カテゴリー「☆☆紹介記事」の12件の記事

2012年3月 9日 (金)

ドイツからいただいたメール

 ドイツにお住まいの声楽を教えていらっしゃる方から、メールをいただきました。許可を得て以下にご紹介します。

 [メール本文ここから]……
村上春樹の作品やファンタジーに関するあなたの考察を読んでメールを書きたくなりました。
あなたの書かれているようなことを言う人が
なかなかいないことを前々から不思議に思っていました。
いわゆる芸術ファンや読書人と呼ばれる人たちに客観的に作品を捉える能力が欠如していることが多々あるのかなと思っていましたが
あなたが書かれていることは大変重要なことだと思います。
……[メール本文ここまで]

 このようなメールをいただくと、大変嬉しく、勇気づけられる思いがします。それも、海外にお住まいで、芸術のお仕事をなさっている方の視点ということで、二重に貴重と感じられました。

 時々海外在住の方々からメールをいただくことがあります。日本にいると、その肝心の日本のことが客観的にわからなくなることがありますので、海外からのご感想、ご意見が参考になることがあり、ありがたいと思います。  

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2012年1月29日 (日)

戯れにググってみたら ③風と光が薫る熊沢正子さんの3冊の本

 図書館から、熊沢正子さんの著書3冊『チャリンコ族はいそがない』(山と渓谷社、1988年)、『チャリンコ族はやめられない』(山海堂、1993年)、『チャリンコ族は丘を越える 台湾・ヨーロッパ・韓国紀行』(山と渓谷社、1996年)を借りてきて、読んでいるところです。 

 「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)で印象に残っていた詩の作者・熊沢正子さんと、3冊の本の著者・熊沢正子さんは同じ人に違いないという結論に達しました。

 「前登志夫の文芸ノート『詩』」で入選した詩の作者名と高校名はわかります。本からは著者が高校時代から慣れ親しまれたというJR駅名がわかりました。高校名と駅名は共通しており、生年から見ても、間違いないと確信しました。

 何より詩と紀行から受ける印象に共通点がありました。思いがけず、高校時代に熊沢さんの詩のファンだったわたしは、成人後のご著書を通して、その生きかたに触れるという僥倖に恵まれたというわけでした。

 すっかり黄ばんでしまった「前登志夫の文芸ノート『詩』」の切り抜きを、すっかりおばさんになったわたしが今も時々とり出して読みたくなるのは、熊沢さんの詩があるからでした。熊沢さんの詩には、生きる勇気と真摯さを思い出させてくれる力がありました。

 同じみずみずしさが、前掲の3冊の本にはこぼれんばかりです。

 自転車旅行の醍醐味だけでなく、著者の生きる上での葛藤や試行錯誤のさまが率直に描かれていることに胸を打たれます。少年のような一途さ、おおどかといってよいスケールの大きさの陰に、ナイーヴや細心さなども感じられて、著者の人間的な魅力に惹かれずにはいられません。

 個人的には、上の本の南フランス、特にカルカソンヌの町の描写に胸がときめきました。夫の退職後に待っていた期待外れな出来事が相次ぎ、諦めた海外旅行。子供たちとの海外旅行が実現していたとしても、行けたかどうかはわかりませんが、わたしが一番行きたいと思ったのはまさにカルカソンヌでした。

 児童文学作品『不思議な接着剤』の続きを書くためです。そうか。体力的に自転車で……というのは無理でも、諦めてしまうことはないと思いました。

 『チャリンコ族は丘を越える 台湾・ヨーロッパ・韓国紀行』が出てから16年。熊沢さんは編集者に戻られたのか、農業をなさっているのか……狭い世界で生きているわたしには見当もつきませんが、中学時代から児童文学作家になりたかった、アーサー=ランサムが好きだった――と熊沢さんのご著書にありました。

 中学時代から児童文学作家になりたかったという、自分とのそんな共通点にも胸がときめきます。それでいて、高校時代には詩にも熱中していらっしゃったのですよね? 

 熊沢さんなら、すばらしい児童文学作品がお書きになれるはず……。作品の舞台によいようなところへも、沢山行かれたのではないでしょうか。現在、熊沢さんは児童文学作品を執筆なさっているのかもしれないと想像すると、またしても胸がときめくのを覚えるのです。

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2012年1月23日 (月)

戯れにググってみたら ①「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)で印象的だった詩

たまたま昔々の学研・高3コース「前登志夫の文芸ノート『詩』」と題された投稿欄を読み返し、ああこの人はどうしているのだろう、と思った女性の投稿者がありました。

その人もわたしも高3の夏以降に集中的に投稿したようで、優れた投稿詩の沢山ある中、なぜか、その人の詩と名前が印象に残っていました。

その人の戦歴は、五席、二席、二席。わたしは六席、四席、三席。

実は、そのときもピアノと同じように詩はわたしの表現形式にはなりえない、と何となく感じてはいました。

しかし、もう少し詩の可能性を追ってみたくて、大学で文芸部に入部しました。

学力という点で、レベル的にはもう一つと思われた大学の文芸部に、大した期待もせずに入ったわけですが、これがわたしには圧倒的なところでした。

今思い返してみても、福大の文芸部は当時は充実した、レベルの高い活動をしていたと思います。

その文芸部で、左サイドバーに紹介記事へのリンクを設けている、天性の詩人と思われた行織沢子さん(ペンネーム)はじめ、優れた才能を秘めた部員たちとの交流が始まり、わたしも沢山書きましたが、その結果、自分に詩の才能のないことがはっきりしました。

はっきりするまで、書きに書いたので、むしろ爽やかな自覚でした。

創作は、インスピレーションと知的作業の協力で成り立ちますが、詩をわたしは頭だけで――勿論、イメージはわくのですが――作ってしまうのです。

というのも、他の形式では、小鳥のように降りてきてくれるインスピレーションも、どういうわけか詩では全然降りてきてくれないからなのです。

わたしに合わないと感じる形式は短歌、詩、推理小説(どうしても殺害行為を描けない)です。

純文学小説は、何ともいえません。

合うと感じるのは、俳句、児童小説、童話(幼児向きの童話に関しては今後の課題)、評論、エッセーです。

どの作品も、というわけにはいきませんが、これらでは――作品の最終的な出来不出来は別として――頑張っていれば大抵、インスピレーションが降りてきてくれます。ミューズの管轄が違うのかしらね。ミューズは9人いらっしゃいますから。

童謡も書けるのではないかと思っていますが……どうでしょう。作曲家や挿し絵画家とコンビを組んで仕事をするのが夢です。

歴史小説は、ぜひ挑戦してみたい形式ですが、時間と取材資金がありません。

晩年になったら、俳句に打ち込みたいなあ!

で、話を戻しますと、「高3コース」で印象に残っていた詩は、文芸部で圧倒されたような異質のまばゆいタイプのものではなく、わたしの作品よりも洗練され、スケールの大きさを感じさせるけれど、わたしが作っていた詩に近い自然体(?)の作風で親しみがわき、加えて精神の活性化を促してくれるような好ましさを持っていました。

それが、深夜戯れに、その人の名前でググってみたところ……続きは次の記事で(少し時間を置きます)。

※追記
 あとで、「高2文芸『詩』中江俊夫・選」にも、その人の詩を見つけました。その号で、その人の詩は入選、12名中10人目に登場。佳作29名。
 「高1文芸『詩』選と評◆吉野弘」(学研・高1コース)、「高2文芸『詩』中江俊夫・選」(学研・高2コース)、「前登志夫の文芸ノート『詩』」(学研・高3コース)のページは、遡るほど、保存ができていないので、他にもあったのかもしれません。その人は、わたしよりずいぶん前から、頑張って投稿していたのでしょうね。

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2012年1月10日 (火)

河津武俊著「耳納(みのう)連山」(鳥影社、2010年) ①過去記事でも紹介した『雲の影』『耳納連山』

 河津さんから、すばらしい小包が届いた。過去記事でも紹介した『雲の影』『耳納連山』を収録した単行本が2010年に出ていたようだ。もう一作『野の花』も収録されている。本のタイトルは「耳納(みのう)連山」(鳥影社、2010年)。『耳納連山』に対する河津さんの思いが察せられる。

 「日田文学」が平成21年5月15日付で発行された57号を最後に休刊になってから、3年が経過した。「耳納(みのう)連山」が上梓されたことを知っていたら、買ったはずなのに。小包の中には、別の一冊「秋の川」もあった。

 「手段を尽くして世に出てください」などと、年賀状で檄を飛ばしたことを受けて送ってくださったのだろう。お返事に「あなたはまだ若いですから、これからです」とあった。わたしは河津さんがおいくつになられるのか、正確には知らなかった。

 本の奥付に著者紹介があり、生年が記されていた。1939年のお生まれだ。今年で73歳。河津さんだって若いじゃないの。わたしと19歳しか違わない(まあ20代の方々にはついていけない話かもしれないが)。若々しいので、団塊の世代かと思っていたほど。

 年賀状では近況を知るにも限界があった。医者の仕事は、まだおそらく続けていらっしゃるのだろう。荒地を購入して公園化……とあると、何だか領主様みたいだわと思った。教育関係の仕事を頼まれ……とあれば、まあ日田のチェーホフ!と思ってしまうが(作風はシュティフター)、文学のほうは?

 マグダラのマリアを、わたしは思想的に東西をつなぐミッシング・リンクだと考えているのだが、河津さんは戦後世代とはいえ日本文学の伝統を受け継いだ貴重な作家の一人で、世に出ていて当然の人だと考えている。河津さんのような作家を文学界が世に出していたら、文学界はここまで荒れず、文学界が日本社会に及ぼす影響もはるかに良質のものであったろうと思う。

 わたしは『耳納連山』の掲載された「日田文学」を、もうお亡くなりになったが、フランス文学者の田辺保先生にお送りしていた。そのときの返信で、田辺先生は河津さんの『耳納連山』を絶賛していらっしゃった。

 河津さんの諸作品に関する100枚程度の評論を書こうと思ったのはまだ同人雑誌が出ていた頃だから、わたしは亀だ。しかし、夫の定年後の就活が難航中で、この先も書き続けられるかどうかさえ、見通しが立たない。

 書き続けられたら、半年くらいかける予定で、いずれ仕上げたいのだが、いつスタートさせるかなど、この時点では具体的なプランの作成とまではいかない。わたしは「日田文学」の後期に加わらせていただいたので、河津さんの未読作品を読む作業から始めなくてはならない。それから、河津さんの評論にあった――河津さんご自身が影響を受けたという――作家たちについても調べなくてはならない。

 まずは、送っていただいた本の紹介だけでもしたいのだが、萬子媛のエッセーをブログにアップし、そのあと童話を仕上げなければならないので、簡単な本の紹介すら来月にならないと書けない。ホントに亀だ(実はリクガメは足が速い。わたしもリクガメくらいに速く書けるときもある)。

『雲の影』『野の花』『耳納連山』が収録されている。『雲の影』『耳納連山』がすばらしい。

『雲の影』は、老齢となった恩師との交わりを丁寧に描いた作品で、美しいとしかいいようのない作品……。
恩師は、《私》が医学生だったときの外科学の先生で、その関係の域を出なかったが、《私》は先生を憧憬し、敬慕していた。
まるでそのときの思いが叶うかのように、恩師の退官後十年を経て、親しく交わる機会が訪れる。先生の人柄や趣味、家庭的な事情なども知るようになる。恩師との交際におけるエピソードが、次々と空を流れる雲のような筆致で書き連ねられていく。師弟を包む情景のため息の出るような美しさ。

『耳納連山』では、山の美しさに人間の心の機微が織り込まれて、リリカルな描かれかたをしている。何て陰影深い、ゆたかな筆遣いなのだろう……! 何枚もの山の絵画を観るようだ。まさに山に捧げる讃歌であり、山にこの作品を書かせて貰った作者は幸せであり、作者にこの作品を書いて貰った山は幸せだと思った。

 

 当ブログにおける関連記事

 ※追記
      2013年10月5日、河津さんの新しい本『森厳』が上梓されました。以下はそれに関する拙記事です。

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2011年9月13日 (火)

心願こもる島田勢津子著「イルカを待つ海」(編集工房ノア)

 昨日、サイドバーからリンクさせていただいているブログの管理人simasetuさんが、ご著書「イルカを待つ海」(編集工房ノア)と同人誌「黄色い潜水艦」を送ってくださった。

売れない主婦作家生活
http://ameblo.jp/dolpfin0218/

 一編一編は、粒選りの葡萄のような潤いを感じさせ、ひ弱な雛のような柔らかさがあるのだが、全体を鳥瞰したときに建築群のような重厚な印象が残るのは、その一編一編が強度のある社会性を備えているからだろう。ひじょうに知的に構築された作品群という印象を受けた。

 大変な執筆作業だったと察せられるが、作者のそうした作業を支えたのは、モチーフの強さだろう。特に、力量の感じられたのが、本の題名ともなっている『イルカを待つ海』と、同人誌に掲載された『おとうと』である。ドラマにもなりそうな『イルカを待つ海』と、それとは対照的なリアリズムタッチの『おとうと』。

 『イルカを待つ海』は、リリックな美しさを備えた珠玉の一編。療養所を舞台とした恋愛を中心に、当時の閉鎖病棟の問題点、主人公の周囲の人間模様が過不足なく織り込まれ、ドルフィンのキーホルダーがシンボリックに用いられて、流れるような筆致で描かれている。読み進めるごとに、恋人たちがロミオとジュリエットのように思えてくる。精神医療の断面に光を当てた、歴史的、資料的価値のある作品ともなっていて、貴重だと思う。

 『おとうと』は、姉の視点から弟の生きざまと死を描いた作品。弟の内面に何とか肉迫してその人生を理解し、位置づけようとする姉のせつない心情が、月の下で寄せては返す波のような光沢感を見せる一編。弟を見つめる姉のまなざしには、弟を一個の人間として尊重しているがゆえの距離感があり、月の光のような慈愛とその核にある哲学を感じさせるのである。「イルカを待つ海」に収録された『ロストタウンのはずれで』の続編としても読めよう。

 作風に映画的手法が取り入れられて、登場人物の表情や仕草などが挿入されれば、より奥行きを感じさせる芸術的作品となるのではないかと思った。

 昨今のゲーム感覚で書かれているかのような、あざとい技巧作品の多い中、心願こもる作品を読ませていただけたことは悦びであった。

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2011年1月24日 (月)

訃報。印象に残る闘病記。

 21日に、閲覧させていただいていたブログの管理人・ペコちゃんがお亡くなりになったそうです。ご主人のポコさんが昨日の記事で、「一昨日2011年1月21日、ペコは、その長い闘病生活を終え、天国へと旅立ちました」とご報告されていて、衝撃を受けました。

 そのブログ名とアドレスです。

 どんなきっかけで訪問するようになったのかは覚えていませんが、ペコちゃんの素人離れした文章力と、ご自身の病状を含む現状を冷静に認識し、問題点を的確に捉える手腕とに感心していました。ピンクリボン、ドラッグラグといった社会問題にも真摯に取り組んでいらっしゃいました。

 ライン以下に、おすすめ闘病記を公開しますが、冒頭に挙げたのは、わたしも読んでみたいと思っているペコちゃんのご本……彼女が命をかけて温め、産み落としていかれた卵です。北海道新聞社、また楽天でも、購入できるようです。

 謹んで、ご冥福をお祈り申し上げます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

若年性乳がんになっちゃった!ペコの闘病日記
藤谷ペコ(著)
北海道新聞社
2011/01


死への準備」日記

千葉 敦子 (著)
文藝春秋(文春文庫)
1991/05
ジャーナリストの千葉敦子さんがアメリカの先進的な医療を受けるがん患者として、日本との違いをリポートし、意識改革を訴える本を次々に出されていた当時は、ぴんと来ないところもあったのだが、現在、日本の医療は千葉さんがお書きになっていたアメリカに、ある部分でかなり似てきている気がする。
入院期間は長く、治療は医師から賜るものといった感があったのが、入院期間は短くなり、 病院も医師も治療も、患者の側で選択可能なものとなりつつある。それだけ患者には、情報収集力と賢い選択能力が求められることになった。千葉さんは、その道のパイオニアだったといってよいのではないだろうか。ペコちゃんは、千葉さんのよき後継者だったという気がする。


死に方目下研究中。―医学者と文学者の彼岸さがし対談

田辺 保 (著), 岩田 誠 (著)
恒星出版
2005/01
シモーヌ・ヴェイユの作品の訳者として知られたフランス文学者の田辺保先生と名医との含蓄ある言葉のやりとりが心地よく、ためになる。






『ガン病棟のピーターラビット」に先行する作品、『アマゾネスのように』(ポプラ文庫、2008/10)を単行本で読んだのは、がんが疑われたときだった。幸いがんではなかったが、率直でユーモラスな筆致からはバイタリティーを与えられてきた。
意識を失う直前まで書き続けられたという『転移』(朝日新聞出版、2009/11)は未読だが、読んでみたいと思っている。


チェーホフ伝

アンリ・トロワイヤ (著), 村上 香住子 (翻訳)
中央公論社(中公文庫)
1992/01
若い頃から肺結核を患ったチェーホフのこの伝記には、豊富に書簡が織り込まれていて、その書簡の内容から闘病記を読んでいるかのような印象を与えられる。チェーホフはどう病み、どう考え、どう書き、どう逝ったのか。
彼の作品にある透徹した観察眼と物優しい憂愁の色は、病と切り離せないものであるような気がする。






この本を闘病記に入れるのは、少しも変ではない。人間は生まれたときから死を目的地として歩いている旅人のようなものであって、この本はその旅の達人が他の旅人のために描いてくれた地図だと思うからだ。「いったい真に哲学にたずさわる人々は、ただひたすら死ぬこと、死を全うすることを目指しているのだが、ほかの人々はおそらく、これに気づかないのであろう」とソクラテスはいう。
それにしても、美しい地図……。 

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2008年7月22日 (火)

友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品4|赦し

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   赦し

  ・・・・・・・・
君は悪い鏡のなかの
燃える菓子皿だ
君は不当に視つめられた
赤い歯ブラシだ
君は恋する人の
あの非凡な速力だ
影のように付き纏う
君の翳りのような言葉
それとは裏腹の
愛のたえ間ない手
君は信じる以前
の荒地の生命だ
君の忘却の深さから
夢みられた赤い本立
耳に囁かれる風
散歩路で出遇う焼けた空
テーブルが出迎える街
羊水の中の国境のない昨日
朝のメモワール
日の墓
岸辺のなぞり
いのりの

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友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品3|現身(うつそみ)

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   現身(うつそみ)

意しき いぜんに森羅万象を
察知する
そんなわたしにわたしは気づかない

ことば の発生するとおい彼方を
うごめく   具象(かたち)をもたないちきゅうがある
     そこにあって
 わたしとはきずかぬわたしが
   いげんじつのことばでもって
意しきするよりはやく察知して
のちにおちてきたところのそれら
ことばの〈ふしぎなさわぎ〉と〈つぶやき〉

それらでもって
   わたしである と想定しつづけ
にんしきしてしまったところの自己は
かがみのおもてにだけ 構想せよ
ひとり てんしなら
あなたは道化やくしゃ
であるというざっくばらんな堕落がある
   人称のうちそとでありふれた
   客体化をきざみながら
      あなたもいつしか死者である
ことばのうまれるとおい彼方で蠢く
具象(かたち)をもたないちきゅうの空で
ひとり体現者であり死者である

もしも ひとりてんしなら
 あなたは光であったかもしれぬ
ならば
   影のみがわたしにふさわしかろう
そんなさんねんかんがわたしにあった
とおい いちにちのように苦しげに
眼を閉じたままで

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2008年7月20日 (日)

友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品2|盲人

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   盲人

暗い谷間に日の昇る
わたしを見つけて君は云う
はるかな幻影と没落を祈り
うたうはさびしく絶えた公会堂の人ごみ
天主堂で乱れちる
君に自我の責苦を覗かせよう
アイのギラギラする爪で
君の土色の肌を抱きながら
分裂とコンプレックスにあえぎながら
ことばがわたしたちのものであった時代に向けて
脳波を焦がし
わたしでしかないわたしのために
純粋理性と神話のトンネルをくぐりぬけ
祈りを誰にも相続させずにわたしは
発狂していく
ことばはさかのぼり
ああ
いまわたしを処刑するつもりか
長い坂
流転の谷
真理なんてあってはこまるから
動物たちのことばをおしえてください
クリスマスがわたしのはばたきです
映画を見ない風を見よう
汗のストーリーに耳垢をそえて
君の食卓にパイプで決闘
わたしの明日は
ペーパーナイフ・ライター 

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2008年7月18日 (金)

友人の詩をご紹介~行織沢子小詩集・作品1|あこがれ

 大学時代からの友人(文芸部の先輩)の詩を、ご紹介します。友人は行織沢子というペンネームを一貫して用いてきましたが、福岡大学文芸部の機関誌に作品を発表した当時もそうでした。

 今回ご紹介する行織沢子の詩4編は、詩部門機関誌「シャバ」及び掲載の主眼を小説においた「福大文学」に発表されたものです。

 INDEX

   作品1|あこがれ ・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品2|盲人 ・・・・・・・ シャバ13号、1975年
   作品3|現身(うつそみ) ・・・・・・ 福大文学34号、1976年
   作品4|赦し ・・・・・・  シャバ14号、1977年

   あこがれ

あこがれの
はるか下界に
吹きあれていた
見えざる者の身ぶりは
いつもの
思わせぶりの突風か
出発の
支度づかれのあと
ホームの伝言板に置かれてあった
あこがれよ

雪解け水に映る
夕陽とわたしのすき間にも
おまえがひそんだものだ
身をかがめ覗きこんだ時の
おまえのまばゆさは
化粧する少年の
うすい唇に塗られた夕陽のかたちだった
すこやかにくれてゆく落日を背に
飴色の鞄をたずさえた わたしと夕陽のあいだを
遠く隔てた白い道 あこがれ

かれをかたどって
半透明の柱を建てたものよ
丘の上を焔白くするまで
幾柱も
幾柱も
だが
巷のさざめきにうたれたままでいた
あこがれを
握りしめた群れの手垢は
柱に怒りの深みを流し込むだろう    

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