カテゴリー「瀕死の児童文学界」の67件の記事

2015年10月28日 (水)

新訳『北風のうしろの国』、ジョージ・マクドナルドとC・S・ルイス

 ※新ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」にも収録しました。漱石にかんするエッセーは①のみの収録にとどまっています。なかなか時間がとれないため、続きの収録には時間がかかりそうです。

33 新訳『北風のうしろの国』、ジョージ・マクドナルドとC・S・ルイス

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ジョージ・マクドナルドの“At the Back of the North Wind ”(1871)を初めて読んだのは、子供のころに買って貰った児童文学全集の次の本でだった。

世界の名作図書館〈9〉北風のうしろの国へ・まほうのベット
マクドナルド (著), ノートン (著),  山室 静 (翻訳), 田谷 多枝子 (翻訳), 白木 茂 (翻訳)
出版社: 講談社 (1968/1/1)

好きな児童文学作品は数多くあるけれど、一番好きな作品を選ぶとしたら、ジョージ・マクドナルドのこの作品になる。

作品全体から薫る神秘性、内面描写の繊細さ、著者の偉大さを感じさせる「北風」の謎めいた、深みのある魅力に惹きつけられた。

子供のころ姉妹共に馴染んだ本を結婚するときに持って出るのは妹に悪い気がしたので置いて出て、今は結婚して孫もある妹が所有している。

妹の孫――わたしからすれば姪孫――がもう少し大きくなったら読むだろうか?

妹の子供2人――わたしの甥と姪――には児童文学全集を好んだような形跡がない。それなら、わたしが貰えばよかったと思い、「魔法つかいのリーキーさん」が収録された4巻を送って貰ったのだった。

泣くと眉が赤くなる、赤ちゃんなのに落ち着いた風なところのある姪孫が本好きになったら、リーキーさんを貸してやろう。「北風のうしろの国へ」を読んでどう思ったか、訊こう。

好きな児童文学の話ができる小さな友達がいれば、楽しいに違いない。でも、あの子も児童文学とはあまり縁のない子になるのかもしれない。

1981年、ハヤカワ文庫で出ているのを知り、購入した。ハヤカワ名作セレクションとして2005年に再び出たようで、これは今も購入できるようなので、表紙画像からAmazonに行けるようにリンクしておく。

北風のうしろの国 (ハヤカワ文庫 FT ハヤカワ名作セレクション)
ジョージ・マクドナルド (著), アーサー・ヒューズ (イラスト), 中村 妙子 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2005/9/22)

以下はAmazonからの引用。

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)

「北風と一緒なら誰だって寒くなんかないのよ」―美しい女の姿をした北風の精は、ダイアモンド少年を幻想的な世界へと誘った。夜のロンドンの空へ、嵐の海上へ、そして北風のうしろの国へ…。その不思議な国から戻った少年は、想像力の翼を広げ、産業革命期の生活に疲れた人々に、優しさを取り戻させてゆく。C.S.ルイスやJ.R.R.トールキンらによって開花した英国ファンタジイの、偉大なる先駆者による古典的名作。

その後、太平出版社から「マクドナルド童話全集 全12巻」が出た。図書館から借りて読んだ。

以下に全巻のタイトル、訳者などを紹介しておく(1978~1979年版を参照)。

  1. 王女とゴブリン(村上光彦訳、淵上昭広絵、1978)
  2. 王女とカーディー少年(白柳美彦訳、竹川功三郎絵、1978)
  3. きえてしまった王女(田谷多枝子訳、岩淵慶造絵、1978) 
  4. ふんわり王女(萩美枝訳、ラスロップ,D.P.・本庄久子絵、1978) 
  5. 巨人の心臓(田谷多枝子訳、竹川功三郎絵、1978)
  6. 妖精のすきなお酒(田谷多枝子訳、真島節子絵、1978)  
  7. ふしぎふしぎ妖精の国(田谷多枝子訳、本庄久子絵、1978)
  8. 昼の少年と夜の少女(田谷多枝子訳 岩淵慶造絵、1978) 
  9. 金の鍵(田谷多枝子訳、岩淵慶造絵、1978)         
  10. 北風のうしろの国(田谷多枝子訳、真島節子絵、1978)   
  11. かげの国(田谷多枝子訳、竹川功三郎絵、1978)       
  12. おとぎの国へ(村上光彦訳、岩淵慶造絵、1979)

「北風のうしろの国」は田谷多枝子訳で第10巻に収録されている。

そして、新訳で出た北風である。

これまでに出た「北風」の訳でどの翻訳家のものがベストかはわたしにはわからないが、新訳版ではアーサー・ヒューズの挿絵を存分に楽しむことができる。「訳者あとがき」で紹介されていたマクドナルドに関するエピソードや「北風」の創作秘話なども新鮮だった。

北風のうしろの国(上) (岩波少年文庫 227)
ジョージ・マクドナルド (著), 脇 明子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2015/10/17)

以下はAmazonからの引用。

商品の説明
内容紹介

御者の息子ダイヤモンドは、美しい女性の姿をした北風に抱かれ、夜のロンドンの空や、嵐の海をかけめぐる。そして北風のうしろにある不思議な世界へ。もどってきた幼い少年は、そこで聞いた楽しい川の歌を口ずさみながら、貧しい暮らしにあえぐ家族や友人を助け励まし続けるのだった。イギリスファンタジーの名作を新訳で。

北風のうしろの国(下) (岩波少年文庫 228)
ジョージ・マクドナルド (著), 脇 明子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2015/10/17)

「北風のうしろの国」の著者ジョージ・マクドナルドについて、ウィキペディアより引用する。

ジョージ・マクドナルド: ウィキペディア

ジョージ・マクドナルド(George MacDonald, 1824年12月10日 - 1905年9月18日)は、スコットランドの小説家、詩人、聖職者。
日本では、『リリス』などの幻想文学や、『お姫さまとゴブリンの物語』などの児童向けファンタジーの作者として知られる。
今日ではさほどの知名度は無いが、彼の作品(特に童話とファンタジー小説)はW・H・オーデン、J・R・R・トールキン、C・S・ルイス、マデレイン・レングルらといった作家たちに賞賛されている。例えば、C・S・ルイスはマクドナルドを自分の「師匠」と呼び、その作品を読んだ経験を次のように語っている。「ある日、駅の売店で『ファンタステス』を手に取り、読み始めた。二三時間後、私は自分が大いなるフロンティアを横断し終わったことに気付いた」。G・K・チェスタートンは『お姫さまとゴブリンの物語』を「私という存在を変えた」本だと述べている。マーク・トウェインも、当初こそマクドナルドを嫌っていたものの、彼と友誼を結んだ。

「今日ではさほどの知名度は無い」とあるが、本当だろうか? ファンタジーの父といわれているマクドナルドであるが?

C・S・ルイスがマクドナルドを「師匠」と呼び、“Phantastes: A Fairie Romance for Men and Women” 1858(蜂谷昭雄訳『ファンタスティス(ちくま文庫)』筑摩書房、1999年を参照)で序文を書いているが、この序文は問題だと思う。

C・S・ルイスについて分析してみたいと思いながら中断した過去があった。

前掲の過去記事で次のように書いている。

当世風何でもありのファンタジーはルイスが元祖ではないだろうか。ルイスの功罪をざっとながらでもまとめておきたい気がする。

 『ナルニア国ものがたり』を読むと、イデオロギー的構成に驚かされると共に、ギリシア神話、創世記、神秘主義などから借りてきたキャラクターや概念などの甚だしい乱用が目にあまる。それらを借りてきたことが問題なのではなく、意味の書き換えを行い、イデオロギーに利用したことが問題なのだ。

ジャンルは違うが、権威あるいろいろな書物から言葉や文章を借りてきてアクセサリー的に私用する村上春樹の作品に似たところがある(元の意味合いが完全に失われるだけでは済まない。別の意味づけがなされてしまう)。

ルイスはジョージ・マクドナルドの影響を受けたそうだが、とてもそうは思えない。アリストテレスがプラトンの哲学を無意味なものにしてしまったのと同じようなことが、ルイスとマクドナルドにもいえ、ルイスはマクドナルドのファンタジー――その敬虔な神秘性――をすっかり無意味なものにしてしまったとわたしには思える。

C・S・ルイスについては改めて批評を書きたいが、今は検証している時間がない。ただルイスがマクドナルドを天才と持ち上げる一方ではどんなことを書いたかを示すための引用をしておきたい。

 もし文学を言葉をば媒体とする芸術と定義するならば、確かにマクドナルドは一流には――多分二流にすら――位[くらい]しない。 (略) 総じて彼の書きものの木目[きめ]は平凡で、時には不器用である。悪しき説教壇的伝統がそこにはまつわりついている。時には非国教主義的冗漫さがあり、時には華麗な装飾に対する古きスコットランド的偏愛がある。 (略) 時にはノヴァーリスからつまんできた過度の甘さがある。 (略) マグドナルドが最も得意とするのは幻想〔ファンタジー〕――寓意的と神話創成的との中間に漂う幻想――である。 (略) われわれに立ちはだかる問題は、この芸術――神話創成の芸術――が文芸の一種か否かということである。 (MacDonald、蜂谷訳、1999、序pp.13-14)

このような序文は「序文」に「位しない」とわたしは思う。読者に、マクドナルドは序文の執筆者――つまりC・S・ルイス――より下位の作家という先入観をもたらすからである。

このルイスの偏向した、偉そうなマクドナルド観に影響されている日本人は多いのではないかと思われる。なぜなら、マクドナルドに関してルイスに似たようなことを書いている記事をインターネット検索で多く閲覧したからである。

マクドナルドを「師匠」といいながら、児童文学作家としてマクドナルドを自分より下に位置づけようとした嫌らしさを感じる。持ち上げ方、貶し方が尋常ではない。

「師匠」の作品に影響されたわりにはルイスの作品には技巧的な工夫に長けたところはあっても、「師匠」の作品を奥深く、輝かしいものにしている神秘性や高潔な人間性とは無縁の二流品にすぎない。

ルイスは、自分のほうが文学的にマクドナルドより優れているといいたいようだが、彼は自分とは異なるタイプの文体、技法を容認できなかったというだけの話であると思えるし(ルイスは一体何様なのだろう?)、また前掲の拙記事「C.S.ルイスの功罪を問うてみたい気がしている」に書いたような理由で、文学的でないのはルイスのほうこそ、そうである可能性が高いとわたしは考えている(ルイスの言葉を借りていえば、ルイスの作品はまあ「文芸の一種」ではあるのだろうが)。

そして、イデオロギー色の濃いC・S・ルイスには、マクドナルドという人間に備わり、作品にも宿った神秘性に惹かれながらも、その本質が理解できなかったのではないかと思われる。

このC・S・ルイスは、神秘主義をまともに批評できずに誹謗中傷するに終わった――わりには馬鹿に知名度の高い――プラグマティズムのウィリアム・ジェームズやゲノンを連想させる。共通点がある。以下に関連記事を挙げておく。

神秘主義者の仕事には、それを叩く人間がどこからか必ず配置されることになっているのかと想像したくなってくる。

マクドナルドを讃えながら、一方ではどこかしら特権的な口吻でマクドナルドの「非国教主義的冗漫さ」を批判するルイスであるが、ルイスがそのように書くとき、彼が「国教主義的簡潔さ」を上位に置き、そこから大上段に構えて発言していることがわかる。

このような態度が文学的といえるだろうか。

C・S・ルイスの思想について、ウィキペディアから引用してみよう。

C・S・ルイス: ウイキペディア

信仰と著作

幼少の頃はアイルランド国教会に基づくキリスト教を信仰していた。14歳の時に無神論に転じ、神話やオカルトに興味を持ち始める。その後様々な書物や大学時代の友人の影響を受け、31歳で同じ聖公会系のイングランド国教会の下で再びキリスト教信仰を始めた。『奇跡』(Miracles, 1947)『悪魔の手紙』『キリスト教の精髄』『喜びのおとずれ』などの神学書や自叙伝、ラジオ講演などを通じて、信徒伝道者としてキリスト教信仰を伝えている。
著作には詩集、神学論文集などがあるが、特に有名なものは『ナルニア国ものがたり』全7巻である。神学者としても著名で、『ナルニア国ものがたり』にもその片鱗が現れているような新プラトン主義的な見解をラジオの連続講義でも披露。スイスの弁証法神学者カール・バルトから、激しい反撥を受けた。1957年には『さいごの戦い』でカーネギー賞を受賞している。
米国聖公会では聖人に叙せられており、命日である11月22日が祝聖日とされている。

イングランド国教会についても、ウイキペディアで確認しておこう。

イングランド国教会: ウィキペディア

イングランド国教会(イングランドこっきょうかい、英: Church of England)は、16世紀のイングランド王国で成立したキリスト教会の名称、かつ世界に広がる聖公会(アングリカン・コミュニオン)のうち最初に成立し、その母体となった教会。 (略)
もともとはカトリック教会の一部であったが、16世紀のイングランド王ヘンリー8世からエリザベス1世の時代にかけてローマ教皇庁から離れ、独立した教会となった。プロテスタントに分類されることもあるが、他プロテスタント諸派とは異なり、教義上の問題でなく、政治的問題(ヘンリー8世の離婚問題)が原因となってローマ・カトリックから分裂したため、典礼的にはカトリックとの共通点が多い。イングランド(イギリス)の統治者が教会の首長(Defender of the Faith、直訳は『信仰の擁護者』)であるということが最大の特徴である。

ルイスは「神学者としても著名で、『ナルニア国ものがたり』にもその片鱗が現れているような新プラトン主義的な見解をラジオの連続講義でも披露」とあるが、確かにルイスは「ナルニア国ものがたり」第7巻、瀬田貞二訳『さいごのたたかい(岩波少年文庫 040)』(岩波書店、1986年初版、2008年新版)で、「かかわりのあるよいナルニアのいっさい、親しい生きもののすべては、あの戸をふみこえて、まことのナルニアにひっこしてきたんだ」(Lewis、瀬戸訳、2008、pp.283-284)、「これはすべて、プラトンのいうところだ。あのギリシアのすぐれた哲学者プラトンの本に、すっかり出ているよ。やれやれ、いまの学校では、いったい何を教えているのかな?」(Lewis、瀬戸訳、2008、p.284)と書いて、まことのナルニアがプラトンのいうイデア界であることを示唆している。

だが、ルイスのイデア界はあくまでキリスト教に取り込まれ、即物的な劣化を起こした、およそプラトンのイデア界とは異なる幼稚な唯物論的世界観にすぎない。

だからルイスが如何に言葉を尽くして「まことのナルニア」が「はるかにいみの深いおもむきがありました」(Lewis、瀬戸訳、2008、p.285)と説明しようが、両者の違いを読者に伝えることはできなかった。C・S・ルイスの児童文学作品はアトラクション的なのである。

ここにマクドナルドとの本質的な違いがある。

マクドナルドは『北風のうしろの国』の主人公であるダイヤモンド少年に、別の世界の空気を伝えさせることに成功している。ルイスの指摘する「冗漫さ」はわたしには別の世界の空気を伝えるための技法と思われる。

というのも、“The Light Princess”1867(『軽いお姫さま(妖精文庫)』富山太佳夫・富山芳子編、1999年を参照)などには、「北風のうしろの国」にあるような冗漫さがないからである。

しかし、「北風のうしろの国」では、「軽いお姫さま」を連想させる「ヒノヒカリ姫」*という小話が挿入され、子どもっぽい長い歌詞が挿入されていたり、まだ翼のつぼみでしかない飛ぶのには使えない小さな翼を肩のあたりではばたかせている天使たちが星をほる話が出てきたりする。

*ジョージ・マクドナルド、脇明子訳『北風のうしろの国 下(岩波少年文庫228)』(岩波文庫、2015年、第28章ヒノヒカリ姫pp.125-165)

こうした悠長、閑雅な世界と、御者の仕事をしているダイヤモンド少年の過酷な現実とがコントラストをなしている。冗漫にも感じられる描写が挿入されているからこそ、コントラストが際立つのである。

では、ルイスに「非国教主義的」といわせるマクドナルドの思想は如何なるものであったのだろうか。

George_macdonald_1860s

George MacDonald,1860s.
From Wikimedia Commons, the free media repository

それはひとことでいえば、万人救済主義(Universal Reconciliation)的なものであったようである。

ジョージ・マクドナルドはカルヴァン主義の会衆派教会に属する家で生まれ育ち、牧師になったが、カルヴァン主義に馴染めなかった。

カルヴァン主義がどんな思想であるかというと、1618年のドルトレヒト会議で決められたドルト信仰基準はカルヴァン主義の特徴を5つの特質として明確にしたものだといわれている。ウィキペディアから引用すると、それは次のようなものである。

ドルト信仰基準: ウィキペディア

  1. 全的堕落(Total depravity) - 堕落後の人間はすべて全的に腐敗しており、自らの意志で神に仕えることを選び取れない。
  2. 無条件的選び(Unconditional election) - 神は無条件に特定の人間を救いに、特定の人間を破滅に選んでいる(予定説)。
  3. 制限的・限定的贖罪(Limited atonement) - キリストの贖いは、救いに選ばれた者だけのためにある。
  4. 不可抵抗的恩恵(Irresistible grace) - 予定された人間は、神の恵みを拒否することができない。
  5. 聖徒の堅忍(Perseverance of the saints) - いったん予定された人間は、最後まで堅く立って耐え忍び、必ず救われる。

マクドナルドがどんな牧師ぶりを示したかを、英語版ウィキペディアから引用してみる。

George MacDonald: Wikipedia

In 1850 he was appointed pastor of Trinity Congregational Church, Arundel, but his sermons (preaching God's universal love and the possibility that none would, ultimately, fail to unite with God) met with little favour and his salary was cut in half.

1850年にマクドナルドはアランデルの三位一体会衆派教会の牧師に任命されたが、彼の説教(神の普遍的な愛と最終的には誰もが神と一つになることができるという教え)はほとんど支持を得られず、給料は半分に減らされてしまったのであった。

マクドナルドは予定説で知られるカルヴァン主義の世界観には納得できなかった。そして万人救済主義的思想に親近感を抱いたのだろう。以下はウィキペディアから。

万人救済主義: ウィキペディア

万人救済主義(ユニバーサリズム、英語:Universal Reconciliation、Christian Universalism)はキリスト教の非主流派思想のひとつ。これは、すべてが神のあわれみによって救済を受けるという教理、信仰である。すべての人が、結局は救済を経験するとし、イエス・キリストの苦しみと十字架が、すべての人を和解させ、罪の贖いを得させると断言する。 (略)
万人救済主義は地獄の問題と密接に関係がある。救済に至る方法や状態に関して様々な信仰と見解があるけれども、すべての万人救済主義者は、究極的にすべての人の和解と救済に終わると結論する。
万人救済の教理、信仰についての論争は歴史的に活発に行われてきた。初期において万人救済主義の教理はさかんであった。しかし、キリスト教の成長にともない、それは廃れていった。今日の多くのキリスト教教派は万人救済主義に否定的な立場を取っている。

歴史
古代にはオリゲネスの思想に見られ、近代のカール・バルトも万人救済を唱えたとされている。
万人救済主義とはキリスト教信仰の有る無しに関わらず、全人類がすでに救われているという思想である。これに対しキリスト教において正統とされてきた神学はアウグスティヌスらが唱え、19世紀までキリスト教会で主流であった排他主義(Exclusivism)である。これは信者のみが救われるという神学である。

初期の歴史
ダマスカスの周辺の初期のクリスチャン共同体が万人救済の教義を提唱したと信じられている。様々な神学者が初期キリスト教において万人救済主義の立場に立った。アレクサンドリアのクレメンス、オリゲネスらである。

万人救済主義はクレメンスやオリゲネスによって知られるようだ。

オリゲネスはキリスト教会の聖職者であったが、アンモニオス・サッカスの弟子であった。アンモニオス・サッカスは新プラトン主義の創立者である。神智学という名称はアンモニオス・サッカスとその弟子たちから始まった。クレメンスはプラトン派に所属したアンモニオス・サッカスの弟子である。神父であり、キリスト教哲学者であった。

このようなことを、わたしはブラヴァツキーの『神智学の鍵』の用語解説で初めて知った。オリゲネスもクレメンスも名前くらいは知っていたが。

マクドナルドが神秘主義的だとは思っていたけれど、その思想を遡るうちに神智学に辿り着いたのだから驚きである。

オリゲネス、クレメンスについて、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、昭和62年初版、平成7年改版)の「用語解説」より引用しておく。

オリゲネス(Origenea Adamantius,Origen)
2世紀末におそらくアフリカで生まれたキリスト教会の聖職者であるが、この人についてはほとんど知られていない。というのはオリゲネスの伝記的断片はエウセピオスの権威のもとに後世に託されたが、エウセピオスはどの時代にも見られなかったほどの紛れもない曲解者であったからである。エウセピオスはオリゲネスの手紙100通を収集したが、それらは現在、散逸してしまっているという。神智学徒にとってオリゲネスの著作の中でいちばん興味深いのは、『霊魂先在説』である。彼はアンモニオス・サッカスの弟子で、この偉大な哲学の師匠の講義に長く出席していた。 (Blavatsky、田中訳、平成7、用語解説p.23)

クレメンス・アレクサンドリノス(Clemens Alexandrinus)
 新プラトン派に所属し、アンモニオス・サッカスの弟子。神父で、多くの本を書いた。西暦2~3世紀のアレクサンドリアの数少ないキリスト教哲学者の一人である。
(Blavatsky、田中訳、平成7、用語解説p.29)

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2015年10月17日 (土)

児童文学界の黒(赤?)歴史と那須田稔の業績

前掲の記事で、わたしは次のように書いた。

わたしは過去記事で、感動した那須田稔氏の本のことを書いています。
この方が児童文学界のトップにずっといらっしゃたとしたら(どうしてそうではないのか、事情は知りませんが)……わたしは文学界を糾弾するような、こんな記事を書いていたでしょうか。

それは、山中恒のオンライン論文「課題図書の存立構造(完全再録)」を閲覧していたからであった。

それによると、那須田稔は昭和47年(1972年)当時、日本児童文学者協会の理事、著作権問題委員長、機関誌『日本児童文学』の編集長を務めていた。

また、「過去三回、全国学校図書館協議会(略称SLA)主催の青少年読書感想文コンクールの『課題図書』の選定を受けた、いわば当代一の売れっ子作家」であったという。

ところが、その那須田稔が盗作事件を起こした。8月10朝日新聞(朝・夕刊)、11日読売新聞(朝刊)で報じられたと論文にはある。

この事件は、「那須田の日本文学者協会退会を報じた読売の記事だけで、それに関する児童文学者の公的な論評もないままに終止符を打ってしまった感がある」そうだ。

昭和47年というと、わたしは14歳である。幸運にも、那須田稔の全盛期に小学校から中学校にかけて過ごしたことになる。

山中恒の論文では課題図書批判がなされていたが、「課題図書」は少なくとも読書嫌いの皮肉っぽい1人の子供を本好きにした。

わたしは初めは無理に本を読まされることが嫌で、「あとがき」を読んで選者の大人心をくすぐる感想文を器用に書いた。

それで読書感想文コンクールでよいところまで行って全校生の前で褒められたため、すっかり大人を見下すところまで行った。それからは、世の中が本当につまらないところになった。

それでも課題図書や児童文学全集を買って貰ったりして仕方なく読んでいるうちに、次第に文学のすばらしさがわかるようになり、中学1年生では立派な文学少女になって自分でも書くようになっていた。

読書感想文コンクールと文学賞は似ている。文学のよさが真にわかったわたしにはもう、文学賞の選者心をくすぐる作品は書けなくなってしまった。

わたしは課題図書だった『チョウのいる丘』を覚えている。

悲しいお話だったにも拘わらず、読後に何か大きな、温かいものに包まれる快さを味わった。表面上はよい子を装いながら、どこかしらひねくれていたわたしは、『チョウのいる丘』を読んで「更正」したように思う。人間の世界を信じるようになったのであった。

那須田稔の盗用は信じられなかったが、どのような盗用であったのかが知りたいと思い、図書館から、中学校の国語の教材に採用された『少年』が掲載されている晶文社発行『長谷川四郎作品集』第4巻「子供たち」(晶文社、昭和44年1月30日)と那須田稔『文彦のふしぎな旅 <すばらしい少年時代・第一部> (ポプラ社の創作文学 1)』(ポプラ社、昭和45年2月25日)を借りてきた。

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物語に合った鈴木義春の絵が素敵だ。

『文彦のふしぎな旅』には昭和47年(1972年)8月11日金曜日付朝日新聞が挟まっており、新聞では「子ども文学にも盗作」のタイトルで盗作事件を報じていた。

朝日新聞には「一方、那須田さんの『文彦のふしぎな旅』はこの6月30日(昭和47年)に出版されたとあるが、わたしが借りたのは昭和45年出版の初版だから、新聞記事にある『文彦のふしぎな旅』は版が違うのだろう。

長谷川四郎のコントからの盗用で、前掲の朝日新聞記事に「長谷川さんの原文は、約15年前、小さな雑誌に発表されたもので、その後、晶文社刊行の作品集に収録された」とある。

確かに『文彦の不思議な旅』64頁から65頁までが、長谷川四郎のコントにそっくりである。

少年がジュウシマツを飼う。父親は小鳥をカゴに入れて飼うのは性に合わないという。母親がとりなす。翌朝、少年は父親に「おとうさんはなにも知らないんだな、ジュウシマツは箱の外には住めないんだよ」(長谷川、昭和44、p.136)という。

1羽のジュウシマツが少年が水をとり替えていたときに、箱から飛び出してしまう。少年は追いかけたが、上空からモズがさっと降りてきて、ジュウシマツをさらっていった。

コントでは次のように締めくくられている。

 父親が言った。
 ――箱の中にしか住めない鳥なんて、もう飼うのはよしたほうがいいな。
 少年は黙っていた。父親というものは、なんて心配症なものだろう、と思って。(長谷川、昭和44、p.136)

那須田稔の作品の舞台は1945年夏の満州なのだが、コントの少年は文彦とニーナ(革命後に祖国を追われた人々の子孫である白系ロシア人)に、母親は澄子先生(ニーナを託されている)に、父親がおじさん(澄子先生の夫)に替えられ、次のように締めくくられている。

 おじさんがいった。
「箱の中にしか住めない鳥なんて、もう飼うのはよしたほうがいいな。」
 ニーナはだまっていた。
 文彦は、おじさんってあんがい心配症なんだなと思った。(那須田、昭和45、p.62)

コントはジュウシマツのか弱く、はかない一生を捉えて一筆書きのように描かれ、秀逸である。そして、コントはそれだけのものとして完結している。

那須田稔はコントから霊感を得て、作品を描いたのだろうか。それとも、温まっていた構想をコントが象徴しているように感じたのだろうか。

いずれにしても、最後まで読めば、ジュウシマツがニーナの可憐ではかない一生をシンボライズするものとして、不吉な前奏曲となっていることがわかる。

戦争がもたらす複雑なお国事情に翻弄される少年少女の話はこの作品以外にもあり、構想としてはそれらは似ているが、それは那須田稔がこれら少年少女に戦争によって損なわれた、かけがえのない何かを象徴させたかったからではないだろうか。

だから少年少女はこの世のものであって、この世のものではないものの化身のようで、はっとするような美しさ、透明感を漂わせている。

那須田稔がコントから盗用してしまったのは、魔が差したのだと想像するしかない。

那須田稔ほどの力量があれば、ここに長谷川四郎のコントとは別のオリジナルな、ニーナの人生をシンボライズする断片を挿入するくらいのことはできたはずだ。

当時の那須田稔が執筆に追われていたとの情報が山中恒の論文にあることから考えると、魔が差して、その労を惜しんでしまったのだろうか。

朝日新聞の那須田稔の釈明に「私は長谷川さんの古くからのファンで、好きな文章をよく書き写した経験がある」とある。

プロではないわたしでも同じ経験があり、文豪の作品を読んで参考にしたり、ヒントを得たりすることはあるので、よくわかる。だからといって、勿論このような盗用は許されるものではない。

ただ、それまでの那須田稔の業績が葬り去られてしまう事態になったことに同情のかけらもなく、この一件を権力闘争に利用でもするかのような雰囲気が山中恒の論文から感じられることに、むしろわたしはゾッとさせられた。

当時、課題図書を推進した勢力とそうでない勢力があったようである。

わたしにはどちらも赤い人々に見えるのだが(詳しいことは知らないので、誤解かもしれないが)、同じ赤でも一方は芸術性とヒューマニズムに特色があり、他方はイデオロギー色の強い、子供の自由を謳うようでありながら抑圧的な印象である。

那須田稔の盗用の罪は、芥川龍之介に比べると、こういっては何だが、ささやかといってよいくらいに軽い。わたしはあくまで芥川に比べると、といっている。重大な不祥事に比べると、如何にも軽い不祥事でありながら、失脚させられる政治家が珍しくないように。

那須田稔は主題を空高く羽ばたかせるために盗用したが、芥川龍之介は羽ばたいていたものを捕まえるために盗用した。

例えば、『蜘蛛の糸』はドストエフスキーの長編小説『カラマーゾフの兄弟』第七篇第三「一本の葱」を盗用したものだ。

小話の背後にあるドストエフスキーの思想に対する配慮もないままに無造作に盗られているため、一幅の絵となる短編となってはいても、それはあくまで装飾的な、深い内容を伴わない張りぼて作品でしかない。

那須田稔は盗用したコントをパン種に加えて、単行本1巻の分量の児童文学小説へと香ばしく膨らませた。

芥川龍之介の盗用癖はこれに留まらないというのに、芥川の作品はあちこちの出版社から出ているばかりか、日本の文豪の一人ですらあり、純文学の登竜門とされる芥川賞には彼の名が冠されている。

芥川の盗用――材源と書かれている――については、『芥川龍之介全集別巻』(吉田精一編、筑摩書房、昭和52年)の中の「芥川龍之介の生涯と芸術」(吉田)に詳しい。そこには、62もの「ほぼ確実と思われる出典」がリストアップされている。

那須田稔はこのような事件さえ起こさなければ、日本を代表する児童文学作家として世界に羽ばたいていたのではないだろうか(それに続く作家も多く出ただろう)。

いや、今からでも遅くはない。そのために中止となった那須田稔選集が上梓されればいいのにと思う。

わたしは前述の『チョウのいる丘』が忘れられない。中古で購入した人々の心打たれるレビューがAmazonで閲覧できる。

傍観者の一見方にすぎないのかもしれないが、那須田稔の失脚で、日本の児童文学の質が大きく変化したことは間違いないように思われる。

純文学的色調が主流だったのが、ほぼエンター系一色となってしまったのだ(翻訳物を除いて)。恐ろしい話である。

このままでいいはずがない。

ひくまの出版から出ていたアンネ・エルボーの絵本も2冊、図書館から借りた。

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2015年10月16日 (金)

イタリア絵本展から思うこと(16日に追記:邦訳版から改めて思ったこと)

イタリア語を勉強している娘が百貨店のイタリア展で、2冊の絵本を購入しました。

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娘と出かけたイタリア展の絵本コーナーには、印象的な絵本がいろいろとありました。娘はその日、黄色い表紙の絵本を選んだのですが、別の日にまた行って、白っぽい表紙の絵本を買いました。

わたしはモナリザを連想させる絵のある絵本に心が惹かれましたが、娘の買った絵本はどちらもすばらしいと思いました。

こんな絵に(どんな絵とはうまくいえませんが、ひとことでいえば芸術的な絵と申しましょうか)、日本の子供たちは飢えているのではないでしょうか。

絵本ですら、漫画っぽい絵が多いように思います。それも、目の大きな、媚びたような顔をした子供たちの顔がここにも、あそこにも。わたしは吐き気すら覚えます。

イタリアはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロなどの偉大な画家を生んだ国ですが、日本だって北斎を思い出せばわかるように、負けてはいません。

本格的な挿絵画家を目指している人は日本にも多いはずです。そうした人々はどこへ行ってしまうのでしょうか。

以下の記事は5年前に書いたものです。そのころはまだわたしが文学界を批判すると、僻みととられることも多かったのですが、今ではそうではなかったことがはっきりとわかります。

すっかり左傾化し、腐敗した日本の文学界。そこで書いている人々にはその自覚がないかもしれません。

余命ブログでテーマを募集しています。

わたしは芥川賞に選ばれる近年の作品からも顕著な日本語のおかしさが国民、特に子供たちに与える深刻な影響について訴えたいと思っていますが、いざ考えてみると、難しいですね。

日本の文学の将来を憂えているかたがいらっしゃいましたら、考えてみてほしいと思います。

個人で文学運動を起こすのは難しく、こうした文学界の現象は他の分野と連動した動きから起きてきているものです。放置できないものを感じています。

テーマに投稿するには、抽象的な内容であっては意味がないので、よく考えなくてはなりません。

わたしにはうまくテーマ化し、書ける自信がないので、どなたか投稿してくださればいいのですが。

絵本の話に戻ると、白っぽい絵本は、子供がおかあさんにせがむが如く、娘に訳して貰いました。月曜日と昨日と明日が出てくるお話で、月曜日はやがて雪の中に消えていき、昨日と明日がそのことを悲しんで泣きます。その悲しみの表情が、心底悲しんでいる子供の表情そのままで、わたしも思わず……。

でも、新しい(別の)月曜日が現れます。

不思議な印象の絵本、忘れがたいお話になりそうです。

追記:

ググってみたところ、作者 Anne Herbauts はベルギーのイラストレーターで、活躍なさっているようです。YouTubeに、インタビュー動画が公開されています。

そして、何と、アンネ エルボーの他の本がひくまの出版から6冊、邦訳で出ているではありませんか(現在は中古でしか入手できないようです。原書もAmazonでは中古でしか入手できないようです)。

1978年に浜松市でひくまの出版を創立なさったのは、那須田稔氏。息子さんが那須田淳氏ですね。

ひくまの出版は平成26年に倒産したとウィキペディアにありました。よい本がずいぶん出ていたようなのに、残念です。

わたしは過去記事で、感動した那須田稔氏の本のことを書いています。

この方が児童文学界のトップにずっといらっしゃたとしたら(どうしてそうではないのか、事情は知りませんが)……わたしは文学界を糾弾するような、こんな記事を書いていたでしょうか。

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2015年3月 6日 (金)

#11 疑似祖母との恋愛物語(ぬるま湯物語) - 漱石の「坊ちゃん」

memoNotes:夏目漱石・インデックス

飛ばし読みしながらも、初めて夏目漱石の「坊ちゃん」を最後まで読んだ。

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この作品は純文学小説ではないが、だからといって大衆小説ともいえず、出来の悪い大衆小説的な作品というほかはない。

平板な表現の毒舌がだらだらと続く文章には耐えられず、飛ばしながらでなくては読めなかった。

その文章自体に、問題があるのではないだろうか。言葉の結びつけ方がおかしいのである(ノートですらないメモだから、ここでは省略するが、評論を書くときに例を出して指摘する)。

坊ちゃんはしきりにレッテル貼りを行う。純文学であれば、逆に、世間で貼られたレッテルをまず剥がす作業を行う。

大衆小説であれば、勧善懲悪の爽快感が得られるのだろうが、そういうストーリー展開でもない。

マドンナの心情に重きを置けば、華のある大衆小説ともなるのだろうが、そうした場面もない。

家柄のよい出でありながら、社会的激変のために女中となった清と坊っちゃんのラブロマンスだろうか?

坊っちゃんが殿で、清に祖母・恋人・召使いの役割を担わせた、夢物語というべきか。

借家とはいえ、坊ちゃんと一緒に暮らすという清の夢を実現させ、離ればなれになっても思いを通わせ続けた男女が、晴れて一軒の家に収まるという、庶民の好みそうなつつましい夢物語となっている。

マドンナがまともな形では出て来ないのも、そのためである。清が紅一点でなければならないから。そのことからも、「坊っちゃん」が変則的恋愛小説であることは間違いない。

若い男と老女が一軒の家に仲むつまじく暮らすエンディング、女のわたしには相当に気持ちの悪い恋愛小説である。

坊っちゃんは、いわゆるおばあちゃんに溺愛されたおばあちゃん子であるのだろうが、清が祖母でないというところが味噌なのであろう。清は疑似祖母であるが、まぎれもなく女なのだ。

坊ちゃんと性関係があってもなくても、ああ気味が悪い。疑似祖母との恋愛物語なんて。

わたしは、年齢差のある恋愛関係が気持ちが悪いといっているわけではない。男の側に都合のよすぎる漱石の女性観が、気持ちが悪いといっているのである。

この女性観、既視感がある。村上春樹の女性観だ。以下の作品(Kindle版)で、わたしはそれを指摘している。

「村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)」 (ASIN:B00BV46D64)

マドンナ(若い女性)に欲情することもなく、清への初恋を貫いたままの幼児心理で成人後も生きる坊っちゃん。したい放題して、事が暴力沙汰に及んでも逮捕されることもなく、学校をやめても、すぐに他の仕事が転がり込む。常に保護される坊っちゃん。

清にも天にも愛でられる坊っちゃん。このことからも、純文学小説には欠かせない、主人公と作者との間に存在すべき距離感のないことがわかる。

そして、老女が亡くなったあとのことは書かない漱石。

ぬるま湯に浸かり続ける坊っちゃんを、作者が限りなく肯定するお話なのである。

まともに読んで、まともな感想が書けますか、こんな小説で。シェークスピア、デフォー、モーパッサン、ゾラ、イプセン、芭蕉、李白まで貶す漱石が書いた小説がこれって……。

かような内容の「坊っちゃん」を読書感想文に推薦……ほほほ……ホント、どうかしてますねえ、この国。書けないでしょう、まともな感想文なんか。

デフォーは読んだことがないけれど、それ以外のどなたを読書感想文に選んでも、それなりに書き応えがあるはずだ。読書感想文には、漱石が貶す作家をオススメする。

この男が真面目づらして「門」なんか書くと、なおのこと罪深い。門なんてタイトル、こけおどしもよいところだ。

お稽古事に1、2度行ってやめる子供がいるけれど、主人公の参禅がそのレベルにすぎないことを思えば。

まだ漱石にかんする研究は序の口だが、早くも飽きてきた。この男が文豪と祭り上げられてさえいなければ、とっくに夏目漱石から離れているだろう。

夏目漱石は本当はあばた面だが、日本では文豪のシンボルとなっているあの有名な写真には、それを消す修正が施されているそうだ。それは漱石の罪ではないだろうが、加工されたあの写真が漱石のイメージアップに利用されてきたことは間違いない。

隠れマザコン(ババコン)で、幼児心理のまま成熟することを拒否、無教養であることを自慢すらし(この世で教養のある人間は漱石先生だけでなければならない)、他人にレッテル貼りをして馬鹿にして、暴力沙汰を好む――そんな生き方を天は愛でると漱石の文学は教えている……(絶句)。

ちょっと、漱石から離れよう。そのつもりなのに、気になってなかなかそうできない。

テレビの国会中継をつけたまま、KindlePaperwhiteで「坊っちゃん」を読んでいるうちに、爆睡。とにかく、漱石を読んでいると眠くなる。

すると、夢を見た。学校に(高校?)、安倍首相が視察にくる。ぞろっと一団になってこちらに来る安倍首相は、わたしたち生徒のほうを見て、「いつからこの国ではいじめが流行るようになったのか、誰かわかる人がいたら教えてください」と声をかける。

わたしはいじめをテーマとした小説を書いたことがあると思い、その小説の載った雑誌を手に、安倍首相を追いかける。

最上階が首相官邸ということになっていて、最上階へと続く階段の踊り場に首相がひとり。わたしが近づくと、ペロペロキャンディーを差し出される。「お一つどうぞ」

この踊り場でペロペロキャンディーをなめる時間だけが、首相の唯一の自由時間らしかった。

わたしは自作の宣伝ととられると困るなと思いながら雑誌を渡して、この小説を書いた時期からいじめが流行り出しました、いじめをテーマとした小説を書かざるをえない社会状況でした、と説明する。

ほお、という表情の首相。

「子供たちにはよい本を読ませなければいけません。でなければ、この国は崩壊してしまいます。よい本がどんな本かの選択が難しいところですが……」と、力説しているところで、目が覚めた。まだ国会中継中で、共産党議員の質疑中だった。

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2014年10月 8日 (水)

明日に迫ったノーベル文学賞の発表と村上春樹の記事へのアクセス数。イスラム国の戦闘に参加しようとした大学生とフィクションの関係。

ノーベル文学賞の発表が明日に迫ったが、6日のYahoo!ニュース(時事通信 18時35分配信)によると、英国ブックメーカー(賭け屋)ラドブロークスの予想では、今年も賭け率5倍で、村上春樹がトップ。

ケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴ氏も同率で、他にベラルーシの作家スベトラーナ・アレクシエービッチ氏やシリアの詩人アドニス氏らが上位に入っているとか。

では、村上春樹人気は健在なのだろうか? 

なぜ、人気を疑うかといえば、朝日新聞の慰安婦問題謝罪のころから、当ブログにおける村上春樹関係の記事へのアクセス数が激減したからだ。

ノーベル文学賞の結果がどうであれ、この時期にこの少ないアクセス数というのは、昨年までを考えれば、ちょっと考えられない。訪問者が減るのは淋しいが、そのぶん、他のブログの他の作家へのアクセスが増えると思えば、嬉しい。

朝日新聞、村上春樹と並べると、2012年9月28日付で朝日新聞・朝刊に寄稿された村上春樹のエッセー「魂の行き来する道筋」を思い出す。

拙ブログ固有の現象にすぎないことを春樹人気と結びつけ、春樹人気の陰りと独断するわけにもいかないが、朝日新聞の偏向報道が明らかになったことが、村上春樹ブランドに疵をつけたということはありうると思う。

村上春樹人気とは無関係だと思うが、7月21日、92歳になった瀬戸内寂聴の体力的負担が理由で、法話の庵「寂庵 ナルト・サンガ」(徳島県鳴門市。京都市の寂庵の別院)が閉鎖されると報道されたころから、大手出版社が何かおとなしい気がしている。わたしの気のせいだろうか。

村上春樹に戻ると、10月4日にOMIURI ONLINEで、ドイツ紙「ウェルト」が今年の「ウェルト文学賞」を村上春樹に授与すると発表したとのニュースを目にした。これについても、これまでほどには騒がれなかった気がする。

YOMIURI ONLINE(2014年10月04日21時20分)のニュースによると、ウィルト紙は、

一連の作品について「魔法のように多彩なリアリズム」「様々なジャンルを飛び越えている」などと評した。

とのこと。

この評、1982年にノーベル文学賞を受賞したガルシア・マルケスが「魔術的リアリズムの旗手」といわれていることを連想して笑ってしまったが、マルケスの小説はどう読んでも純文学で、村上春樹の小説のように様々なジャンルを飛び越えてはいない。

そういえば、今日のYahoo!ニュース(TBS系(JNN)、1時15分配信のニュース)で、イスラム国の戦闘に参加しようとして警察庁公安部の家宅捜索を受けた北大生がフリージャナリストの取材に応じ、その中で以下のように語っているところがあった。

「社会的地位とかに価値を感じなくなった。ただそれだけ。日本の中で流通しているフィクションにすごく嫌な感情を抱いていて、別個のフィクションの中に行けば、違った発見があると思った。それくらい」(事情聴取を受けた大学生)

日本で流通しているフィクションというのが何を指しているのかは漠然としているが、わが国におけるフィクションのあり方、特に日本独特のファンタジー――村上春樹の作品もその中に含まれる――のおかしさについて考察を重ねてきたわたしには、気になる言葉である。

イスラム国が突きつけてくる、非情な生々しい現実を、「別個のフィクション」とは。まるで、粗悪なフィクション漬けになったために脳が冒された若者のサンプルのようだ。

大学生に取材したフリージャナリストの常岡浩介氏は、大学生には破滅願望があり、シリアは破滅的な場所というイメージがあるだけなのかなと受け取った、と語っていた。

日本国内のイスラム教徒はインタビューで、イスラム国のやっていることはイスラムの教えではないといっていた。大学生の行動に疑問を示していた。

それにしても、大学に行きたくても行けない若者が増えてきた日本で……大学生も大学生だが、学生の渡航を仲介していたとして同志社大学元教授が家宅捜索を受けただなんて、言葉をなくす。

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2014年8月24日 (日)

縛りを感じさせる幽霊譚になってしまっていたシネマ『思い出のマーニー』

ショッピングモールに入っているカルディに月に1~2度、家族でコーヒー豆を買いに行き、そのとき夫は大抵映画を観、わたしと娘は一緒に映画を観ることもあるが大抵はカルディやスーパーで買い物を済ませたあと、服やアクセサリーを見、ロフトと書店に行く。

コーヒー豆が切れたとき、近くのスーパーには粉になっているコーヒーしかなかったのだが、それを買って使っていた。家でコーヒー豆を挽くときの芳ばしい香り、粉にしたものをサイフォンで淹れるときのフラスコのポコポコ煮立つ音とコーヒーの香り……ああ豆、豆を買いに行かなきゃ。

夫と娘の休みがなかなか重ならなかったので、昨日夫とふたりでカルディに出かけた。夫がいつものように映画を観る態勢だったので、サイト「Yahoo!映画」を一緒に見ると、合う時間帯ではゴジラとマーニーしかなかった。

夫は子供の頃からの少女・少年漫画ファンで、アニメも嫌いではなく、スタジオジブリ作品は確か全部観ているので、ゴジラよりもマーニーを観ようかなという。わたしはその間、買い物をし、ロフトや書店を見て、スタバでくつろいでいようかと考えた。

スタジオジブリ作品である米林宏昌監督『思い出のマーニー』を、その原作であるジョーン・ロビンソンの児童文学作品と比べてみたいという思いはあったが、どうしても観たいとはおもわなかった。

そういうと、夫が映画代を持つよ、といってくれた。定年後の再就職でますます小遣いの額が減ったのに、嬉しいことをいってくれると感謝し、半分だけ出して貰うことにして(それでなくとも、夫の年齢のお陰で夫婦割引が利く)、観た。

とても美しい映像とマーニーの魅力に惹かれたが、いつもジブリ作品に感じるように、今回も違和感があった。

原作をわたしは岩波少年文庫版、松野正子訳で読んでいたので、原作とどう違うか、比較したくなった。というのも、原作には全く違和感がなかったので。

今ここでそれを丹念にやっている時間がない(今月中に仕上げたい小説があるので)。で、書きかけになるが、少しだけでもメモをとっておこう。

以下、ネタバレあり、注意!

児童小説『思い出のマーニー』は、イギリス児童文学の伝統を感じさせる作品だと思う。

『マーニー』を読みながら、わたしはエリナー・ファージョン『銀のシギ』を連想した。イギリス最大の入江であるザ・ウォッシュがあるというイングランド東部、北海に面したノーフォーク州がどちらにも出てくるからかもしれない。

また、タイム・スリップといってよいと思うが、主人公アンナの生きている時間がマーニーの時代にたびたび入り込むところはフィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』を連想させた。発表年を調べてみると、『トム』は1958年、『マーニー』は1967年となっている。

アンナの内面描写からは、少年少女の内面を豊かに描いたイギリスの児童文学の中でも、キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』を連想させられた。ニュージーランドに生まれて、主にイギリスで純文学小説を発表した短編小説の名手キャサリン・マンスフィールドの繊細な心理描写なども連想させられる。

そして、マーニーが誰であるのか――という謎解きの場面で、皆が話し手のまわりに集まって話を聞くところは、アガサ・クリスティの推理小説を連想させられるではないか。

お金持ちの家に生まれながらマーニーは孤独な子供時代を過ごし、幸せな結婚をするが、その暮らしは長くは続かず、娘との仲もうまくいかなかった。

娘は家を出て、結婚し、女の子をもうけたが、離婚。再婚後の新婚旅行中に交通事故で亡くなる。祖母のマーニーは孫を引き取って、懸命に育てたが、娘の死のショックを乗り越えることができず、病気が重くなって亡くなる。

残された3歳になる女の子は子供のためのホームへ送られ、やがて一組の夫婦に引き取られた。奥さんは女の子を可愛がるが、女の子はその奥さんをお母さんと呼ばず、おばちゃんと呼ぶ。

アンナはおばちゃんと呼んで、自分を引き取ってくれたミセス・プレストンにうまく打ち解けられないが、嫌いでは決してない。ミセス・プレストンの、アンナに愛されているかどうかといったことに関する自信のなさそうな様子や、不自然な態度に対して抵抗を覚えているだけなのだった。

そんな少女の内面が心憎いほど精緻に描かれている。アンナがマーニーと出会う場面は美しく、神秘的である。

なぜアンナが少女だったころのマーニーの世界に入り込むことができ、一緒に遊べたかは解釈によるのだろうが、どちらも愛情に飢えたところがあり、自然体で愛し、愛されることに強い欲求がある。どちらも繊細で共感能力が高い。

しかもふたりには血縁関係があり、共に過ごした時間があったのだ。それにも関わらず、大きな時間のずれがあったために、ふたりは共有した時間をうまく生かすことができず、一方は亡くなってしまい、他方は幼いまま取り残された。

同じ年齢で時間の共有ができさえしたら、ふたりは無二の親友になれたであろうに――その時間のずれという理不尽さを超えるほど、マーニーは残された時間を最大限に使って孫を純粋に愛した。

そのような愛情は決して消えることがないとわたしは神秘主義者として知っている。イギリスの神秘主義は児童文学に豊かに息づいているとわたしは考えている。マーニーの純度の高い、豊かな愛にジョーン・ロビンソンは作家として形式を与えたのだろう。

原作がすばらしかったために、映画では残念に思うところがいろいろとあった。

まず映画では構造上のいい加減さが目につく。映画の場合は死んでいるはずのマーニーのほうから積極的に関わってきているかのような幽霊譚の趣があるが、タイム・スリップに思える場面もある。

そうでなくては、アンナがマーニー以外の人々や当時の情景を一緒に体験することは不可能だろう。しかし、アンナがマーニーと会ったあとで眠ってしまったり、倒れたりするところを見ると、病的なアンナの白昼夢だろうかと思え……何でもありの手法に、こちらの頭の中は混乱してしまうのである。

神秘的な描き方をすればするほど、押さえるべきところはきっちり押さえ、守るべき法則は守らなくては鑑賞に耐えない、いい加減な作品だという誤解を生むだろう。

少女たちの内面や行動、それに対する大人たちの描き方にも不自然や非常識を感じさせるところがあって、手抜きを感じさせるところが多々ある。

映画は原作をなぞっているようで、肝心のところでそうではない。

原作では重要な役割を果たすワンタメニーじいさんだが、映画では存在感に乏しい。マーニーとアンナの双方を知っている、知恵遅れのように描かれているこの老人こそ、鍵となる人物で、異なる二つの時間帯を行き来する渡し舟の船頭なのかもしれない。

原作の最後のあたり、帰省する日にアンナが別れを告げに行ったのはワンタメニーじいさんだけだった。

映画では、引っ越しの挨拶に隣近所を回る大人みたいで、「ふとっちょぶた」にまで挨拶していた。「ふとっちょぶた」の描かれ方も違う。原作ではアンナは「ふとっちょぶた」と気が合わないため、思わず口喧嘩になった、それだけのことである。

映画では、「ふとっちょぶた」といわれた少女は、アンナより1歳上なだけなのに、「おばさん」の縮小版のような外観で、親切なのだが、アンナは過剰反応する。アンナに別れの挨拶をさせることで、制作者は「ふとっちょぶた」を成長戦力のアイテムとして利用しているかのようだ。

そのような説教臭さ、縛りがこの映画にはあり、せっかくの映像の美しさや原作の神秘性を台無しにしている気がする。原作では時空を超えて拡がりを見せる人間愛が、映画では、孫を村社会に溶け込ませることに成功した幽霊のお話(お茶の間劇場)となってしまって、甚だ後味が悪い。

原作にある「内側」という言葉の意味を映画では矮小化している。

この記事は書きかけです。

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2014年7月 8日 (火)

那須田稔著『もうひとつの夏』(木鶏社)を読んで

もうひとつの夏
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/11)

作りすぎのきらいがありはしないか?

danger以下、ネタバレあり、注意!

朝鮮人と日本人とのハーフの少年キムは炭鉱事故で父親を亡くし、失踪した母親を探して海辺の町にやってきた。そこで、彼は戦争で息子を亡くしたショックから頭のおかしくなった源じいと暮らしている。

源じいはキムがトランペットを吹いてやると、喜ぶのだった。源じいだけは、朝鮮人のキムをいじめなかった。

泳ぎの達者なキム。トランペットの上手なキム。黒い小イヌを連れているキム。キムは神出鬼没で、どこか透明感があって魅力的に描かれている。

主人公一郎の叔父は、引き揚げ船の中で知り合った金山と名のる朝鮮人の老人から、息子に会ったら渡してくれるようにとお守り刀を託される。戦争中に日本に渡ったまま行方不明になった息子を探すために密航した金山は、それが露見し、朝鮮へ強制送還されることになったのだった。

そのことを叔父が小学6年生のときに書いた作文で知った一郎は、金山の探していた息子というのはキムの父親ではないかと想像し始める(そうではないことが、あとでわかる)。

そのキムに、養殖魚泥棒の濡れ衣が着せられる。

どこかロマンティック、図式的な描き方で、わたしには違和感があった。

何より、日本で生まれ育ったキムが、際立って異邦人のムードを湛えているところに不自然さを覚えた。

キムが生まれ育ったと思われるような廃坑町に夫の転勤で長く暮らしたため、よけいにそう感じられるのかもしれない。

キムは炭鉱事故で父親を亡くしたそうだが、そこには朝鮮人が結構住んでいたのではないだろうか。

キムはあえてそこを出て、日本人の母親を探しに来た。

母親がキムを置いて家を出たのはなぜなのだろう? 母親は海辺の町で既に死んでいたというが、その辺りの事情は一切語られず、海辺の町で源じいが死ぬと、今度はキムは父の国に旅立つというのである。

放浪癖があるのかもしれないが、この辺りの展開が不自然で、キム少年が狂言廻し的に用いられているように感じられる。主人公の一郎がひと夏の思い出として美化するのに都合のよい展開であるような……。

キムを陥れる鈴木建は「ドラえもん」のジャイアンのように描かれている。そして、この鈴木健という中学生もある種の戦争被害者である。

太平洋戦争末期に日本兵が海辺に築いた小さな「とりで」で、若い兵だった健の兄は敗戦に自責の念を覚えて自殺した。それを知った日から、「とりで」に兄への草花を供えるようになったのだが、その「とりで」がリゾート計画のために壊されることになったのだった。

村会議員の父に「とりで」の温存を頼んだが、その願いははねつけられ、健はグレた。父親への反発はともかく、署名活動でもする方がわたしには自然な展開に思え、ここでも登場人物が狂言回し的に使われている印象を拭えない。

一郎が小学6年生なのだから、従妹の由紀子も小学生なのだろうが、エビフライ、黒ダイの刺身まで作る料理上手である。おさんどんに追われて気の毒なのに、ずいぶん活動的で、作者に塩づくりまでさせられそうになる。

一郎との間に生まれた友情はキムを日本につなぎ止めえない。キムを父の国に帰すことで、戦争加害者としての日本人の罪意識を浄化しようとする作者の意図が隠れてはいないだろうか?

また、戦争ロマンティシズム、ノスタルジーというと、語弊があるだろうが、戦争も文化を生んだのだと思わされるようなフグちょうちんや塩づくりが美しく再登場する描き方に、そう感じさせられるものがある。

図書館から借りた『シラカバと少女』を半分くらい読んだとき、注文した本が1ヶ月ほどして届くとの連絡があった。

あと半分は本が届いてから読もうと思っているのだが、『ぼくらの出航』『シラカバと少女』に比べると、この『もうひとつの夏』は作者の創作姿勢にやや甘さが感じられるように思う。

それでも、戦争に関する貴重なエピソードが散りばめられ、作品の随所に美しい描写があり、文章もすばらしいと思う。塩づくり、やってみたくなる。

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2014年6月30日 (月)

子供も大人も物識りになれる那須田稔著「忍者サノスケじいさんわくわく旅日記」シリーズ

 以下のまだ下書きというべき記事で、那須田稔氏の作品に感動したと書いた。

 明日、以下の2冊が届く。

きつねの花火 (おはなし名作絵本 12)
那須田 稔 (著)
出版社: ポプラ社 (1972/06)

天馬のように走れ―書聖・川村驥山物語
那須田 稔 (著)
出版社: ひくまの出版 (2007/11)

『天馬のように走れ』は、50円の中古品ながら「美品!」とあったが、新品ではないし、何せ50円なのだから、本の外観についてはそれほど期待はしていない。

『シラカバと少女』は「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です」と表示されたまま。配送予定日のお知らせメールが届かない。キャンセルになるのだろうか。

 早く読みたいので、図書館から借りてきた。他にも――。

シラカバと少女
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/06)

もうひとつの夏
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/11)

砂漠の墓標―ある十五歳の物語
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1994/05)

ぼくと風子の夏―屋久島かめんこ留学記
那須田 稔 (著)
出版社: ひくまの出版 (2005/08)

忍者サノスケじいさんわくわく旅日記〈21〉魔女がやってきたの巻
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2009/07)

忍者サノスケじいさんわくわく旅日記〈35〉やさしいおひめさまの巻
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2010/09)

ぼくのちいさなカンガルー (おはなしキラキラシリーズ)
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2009/12)

『忍者サノスケじいさんわくわく旅日記』〈21〉は佐賀県が舞台で、吉野ヶ里遺跡が出てくる。わたしは佐賀県出身なので、どうしても読みたかった。

 その本も昨日借りてきた。借りた本全部をざっと確認するつもりでその本を開いたら、読み耽ってしまい、次に当然のように、大分県が舞台で姫島[ひめしま]が出てくる〈35〉も夢中で読んでしまっていた。低学年から読めそうな本だ。

 平易でとっつきやすいエンター系作品として読めるが、文学に心得のある人間が読めば、伝統的な純文系の書き方であることがわかる。何気ない描写がとても美しい。

〈35〉でサノスケじいさんは、一郎太、ゆかりちゃんと大分県に飛ぶが、やがて見えてきた石仏をサノスケじいさんはこう説明する。

「むかしのひとが、みんなが、しあわせになるようにと、岩[いわ]に仏[ほとけ]さまをほったのだよ。この大分県には、たくさんの岩の ほとけさまがあるよ」

 姫島はアサギマダラという蝶が飛来することで知られ、その蝶が皆を大分県にいざなったのだった。本の中ではアサギマダラがいつ、どこから姫島に来て、何という花の蜜を吸うのか、そして南へはいつ帰るのかが書かれている。

 それによると、アサギマダラという蝶は春、遠い南のほうからやってきて、スナビキソウの花の蜜を吸い、夏が近づくと北の涼しいところへ避暑(?)に向かう。秋にはまたやってきて、今度はフジバカマの花の蜜を吸って南へ帰って行くという。

 今、姫島村役場のホームページ「詩情と伝説の島 大分県 姫島」を閲覧してみたら、トピックスに「2014年06月15日 お知らせ アサギマダラ飛来中」とあった。

 また、本では姫島伝説が語られ、「おひめさま」が出てくる。最後は島は祭で盛り上がり、矢はず岳の山の上にまるいお月さまがのぼる。そんな中、えりちゃんが、突然、空を指さして「一郎太ちゃん、ほら、みて みて」という。

 えりちゃんが指さした先には、「そらにうかぶ べにいろの 雲のあいだを あの やさしいおひめさまが、ながいころもを  ひるがえして、たのしそうに とんでいるのでした」。

〈35〉も面白かった。わたしは卑弥呼に興味があった一昔前に色々と調べ、奈良や佐賀の吉野ヶ里遺跡にも出かけたが、そこでの大昔の暮らしというのがなかなか見えてこなかった。

 それが、本を読んで見えた気がしたのだった。一郎太、えりちゃんと完全に一体化していたので、わたしにも見えた気がしたのだろう。田んぼで働く昔の人々が、こちらを見て手を振ってくれた。川でしじみをとっている子供たちの楽しそうな声が聴こえてきた。子供たちの一人と一緒に「火きりうす」で火をおこした。

 嬉しかったのは、染色の話が出てきたことだった。わたしが吉野ヶ里遺跡を調べて一番印象に残ったのは、甕棺墓から出土した銅剣と貝製腕輪に、茜、紫草、カイムラサキで染めたと思われる布片が付着していたという情報だったからだ。

 現在56歳のわたしが30代で書いた未完の小説「あけぼの―邪馬台国物語―」は現代タッチで、少女小説風のあまい語り口をもつ、粗いところのある、ちょっと恥ずかしい作品なのだが、以下で登場する卑弥呼にカイムラサキ染めの衣装を着せた。

 那須田稔氏の本を読んでいると、物識りになった気がしてくる。居ながらにして旅ができ、日本列島に詳しくなるだろう。

 思えば、子供の頃に読んだ本にはどの本にも豊かな知識が花の蜜のように蓄えられていた。子供には旺盛な知識欲がある。

 わたしは那須田氏の本を読みながら、世界の児童文学全集に囲まれていた子供時代の精神状態に戻っていた。

 健全な読書を可能にしてくれる沢山の本が、那須田氏のような良識ある大人たちによってもたらされていたことを改めて思った。そこは、何て幸せな世界であったことか!

 今の子供たちはどうだろう? 刺激の強い、信頼のおけない、低俗な感じのする沢山の本が子供たちを囲んでいないだろうか? 過激な少女漫画は表現の自由なのだという。

 何にしても、学校が大いに推薦するのは『はだしのゲン』。もう少し大きくなってからは村上春樹か……絶句。可哀想に! そう思ってはいけないのだろうか。どうしても、そう思ってしまうのだけれど。

 そういえば昨日だったか、「ノルウェーの森 中学生 村上春樹 読書感想文の必要性」という検索ワード」でお見えになったかたがあったようだ。

 わたしの考えは当ブログと以下の電子書籍で書いている。

 図書館へ行けば、まだ豊かな世界が広がっているはずだから、図書館で良書に触れてほしいと願わずにはいられない。

 わたしは那須田氏の本で花の蜜をたっぷり吸い、アサギマダラのように「さあ、飛び立とう」という気分になった。

 図書館にある「忍者サノスケじいさん」シリーズは全部読破するつもりだ。子供の頃にこのシリーズを読んでいたら、もっと頭のよい子になったかも……(?)。

 ところで、ネット検索中にたまたま、ある文書を閲覧した。児童文学界の変化の原因を物語るような、少なくとも児童文学界全体に影響したと想像される出来事に関係する文書である。

 そのことを今ここに書いてよいのかどうか、わからない。

 図書館からは以下の3冊も借りた。

サティン入江のなぞ
フィリパ・ピアス(著)
出版社: 岩波書店 (1986/7)

ふしぎな家の番人たち
ルーシー・M. ボストン (著)
出版社: 三陽社 (2001/7/12)

やねの上のカールソンとびまわる (リンドグレーン作品集 (17))
リンドグレーン(著)
出版社: 岩波書店; 改版 (1975/9/26)

 リンドグレーンの「やねの上のカールソン」シリーズは全部子供の頃に読んだが、持っていないので、なつかしくなり、借りてきた。

 そういえば、リンドグレーンのアルバムについて書くといっておきながら、まだ書いていなかった。

 昨夜は『不思議な接着剤 (1)冒険への道』のルビ振りを少しやり(ちっとも終わらないのは数行ずつしかやっていないため)、初の歴史小説のことを考えていた。

 初の歴史小説では、いきなり中長編を書くのは無理なので、まず短編を数編書くことにしたのだが、萬子媛に関係する歴史のどのあたりを崩して第一作に持ってくるのかを考えていたのだった。

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2014年6月25日 (水)

本物の文学の薫りがする、那須田稔著『ぼくらの出航』

 数日間セキュリティ関係の補強に追われたが、昨日は少し『不思議な接着剤  (1)冒険への道』のルビ振りをし(まだやっている)、那須田稔著『ぼくらの出航』を読んでいた。

『シラカバと少女』『忍者サノスケじいさんわくわく旅日記 35 やさしいおひめさまの巻』 をAmazonとは別のところに注文しているが、入荷するかどうかはわからないとメールが来た。購入できないかもしれない。

『ぼくらの出航』からは、最近の日本人によって書かれたものからはめったに嗅げない、本物の児童文学の薫りがするので、胸いっぱいにそれを吸い込む。

 全体をざっと見、ちゃんと読んだのはまだ半分くらいなので、完読後に――この記事を合わせた――きちんとしたレビューを書きたいが、初の歴史小説も進めなくてはならないので、遅れるかもしれない。

 作品は、まばゆいほどの初々しさ、歴史の断面を見せてくれる確かな描写力、人間の真性に対する明るい信頼に満ちている。

 終戦の混乱のハルビンで、子供たち、そして大人たち、動物たちまで、何て生き生きと描かれていることか。情景描写も美しい。

 わたしは読みながら、伯父たちのことを思い出した。

 満鉄勤務だったわたしの母方の伯父も、手広く製麺業を営んでいた伯母夫婦も満州からの引き揚げ者だった。伯父の奥さんは終戦のとき、既に病気だった。従兄は3歳、その妹である従姉はまだ赤ん坊だった。

 病気のおかあさんを助けて3歳の従兄は御飯を炊いていたというが、一家が引き揚げる途中でその人は亡くなった。

 伯父と再婚した女の人も、やはり満州からの引き揚げ者で、日本に向かう船が嵐に遭い、負んぶしていた赤ん坊が背中からすっぽ抜けて波に攫われたと聞いた。

 彼女は帰国後しばらく、気が触れたようになっていたという。伯父は再婚後一児を儲けて亡くなり、彼女ももうとっくに癌で亡くなったが、一緒にお風呂に入ると、首から背中にかけて一面に火傷の痕があった。綺麗な人だったのに。戦争の傷痕に違いないと子供のわたしは思った。

 それでも、伯父たちの体験がぴんとこなかったけれど、『ぼくらの出航』を読んでいると、それがどのようなものであったかが目に見えるような気がしてくる。

 danger 以下、ネタバレあり。

 作品の中で、主人公タダシの父親がシベリアへ行くトラックに乗せられる場面からあとは悲痛な出来事の連続である。そうしたことがまるで川が流れるように、淡々と書かれている。

 寝込むようになった母親を看病する少年。ソビエト軍の命令で家を立ち退かなくてはならなくなり、着替えをしてばったり倒れた母親をリヤカーに乗せて郊外に出るが、小高い丘に来たとき、母親は息絶えた。

 涙が出てきて、しばらく先が読めなくなった。どんなに無念だったろう。タダシは下手をすれば、残留孤児になっていただろう。

 作品から、勢力図の混乱に伴う複雑な諸相が読みとれる。

 国際都市ハルビンで、終戦や各国の混乱の中、もう敵味方の区別さえつかなくなっているようでもある。それでいて、日本の子供、満人の子供、中国の子供、朝鮮の子供、ロシアの子供……それぞれのお国事情と立場がよく書き分けられている。

 このような作品がなぜ、わが国の文学の主流であり続けなかったのか、そのことを疑問に思うと同時に本当にもったいない、残念なことに思う。どの観点から見ても、見事としかいいようのない文学作品ではないか! 

 ソビエト軍の戦車隊があとからあとから続く場面や、満人の子供ヤンとロシア人の御者との会話などは、まるでドキュメンタリーを観るように生々しい。以下に引用してみたい(頁74-76)。

 戦車隊のうしろから、歩兵隊が行進してきた。どの兵隊も、あから顔で、サルのような顔に見えた。よごれた服、ズボン、みじかいゲートル、やぶれたくつ――。ヤンは、いままで、こんなうすよごれた兵隊を見たことがなかった。
 かれらは、駅まえのヤマト=ホテルのまえまでくると、どやどやと、さけび声をあげてはいっていった。
 まもなく、ヤマト=ホテルのてっぺんに、かまとつちのマークのはいった大きな赤い旗がひるがえった。
(ソビエト連邦共和国の旗だ。)
 スズメの一群が、さえずりながら旗をかすめて、中央寺院のほうへとんでいった。
 ホテルのまえにある肉屋のまどから、ロシア人のマダムの顔がのぞいて、あわててまどをしめた。
 戦車の横を、ひげを長くはやしたこれもロシア人の馬車が、すずを鳴らして、いそいでとおりぬけ、ヤンのかくれているポプラの木の横の小道にはいって、とまった。ロシア人の御者は、馬車からおりてきて、戦車隊をながめている。
(……)
 ヤンは、ロシア人の御者に中国語で話しかけた。
「おじいさん、あなたたちの国からきた兵隊だね。ロシアの兵隊がきたので、うれしいでしょう?」
 ところが、ロシア人の御者は、はきだすようにいった。
「あれが、ロシアの兵隊なものかね。」
「ロシアの兵隊じゃないって?」
 ヤンはけげんな顔をした。
 御者のじいさんは、白いあごひげをなでて、「そうとも。ロシアの兵隊はあんなだらしないかっこうはしていないよ。わしらのときは金びかのぱりっとした服をきていたものだ。」
「へえ? おじいさんも、ロシアの兵隊だったことがあるの……。」
「ああ、ずうっと、ずうっと、むかしな。」
「それじゃ、ロシアへかえるんだね。」
「いや、わたらは、あいつらとは、生まれがちがうんだ。」
 おじいさんはぶっきらぼうにいった。
「よく、わからないな。おじいさんの話。」
「つまりだ、生まれつきがちがうということは、わしらは、ちゃんとした皇帝の兵隊だったということさ。」
 ヤンは、まだ、よくわからなかったが、うなずいた。
「皇帝だって! すごいな。」
「そうとも。わしらは、あいつらとは縁もゆかりもないわけさ。あいつらは、レーニンとか、スターリンとかという百姓の兵隊だ。」
「ふうん。」
 ヤンが、小首をかしげて考えこんでいると、ロシア人の御者は、馬車にのっていってしまった。
(おもしろいおじいさんだな。おんなじロシア人なのに、じぶんの国の軍隊をけなしてさ。いろんな人がいるんだな。)
 ヤンは、そう思った。

 わたしもそう思う。おんなじ日本人なのに、いろんな人がいる。昔も今も。いろんな人がいる――そのことを教えてくれるだけでも、文学とは凄いものではないか。

 そのあとの場面で、わたしたち読者は酒場で再びソビエト兵に再会する。彼らはバラライカという楽器にあわせて、大声で歌をうたっている。彼らが大きな肉をちぎって口に放り込んでいるのを、タダシと一緒に見る。

 彼らはタダシを酒場に引っ張り込み、肉やじゃがいもをご馳走してくれる。「カリンカ カリンカ カリンカ マヤ ヘイ!」と繰り返し歌う、陽気でフレンドリーなソビエト兵たちをタダシは好きになる。

 似た場面を、わたしは林芙美子の旅行記の中で読んだ気がする。

 彼らが見せてくれる家族の写真やドイツの子供たちの写真を、わたしたち読者もタダシと一緒に見る。

 ぼろぼろのズボンを履き、裸足で立っているドイツの子供たち。その子供たちと笑って写真に写っていた年寄りの兵隊は、写真の子供たちを指して「おまえの友だちさ」といい、「あんたのおやじさんのために!」といって、ウォッカをぐっと飲む。傍らの若い兵隊の顔を見て、「世界のおふくろさんのために!」といって、また、ウォッカをあおる。

 明日は自分たちの国に帰っていくというソビエト兵。

 次に、また長い引用になるが(頁128-129)、そうせずにはいられない。この作品は、読み継がれるべきだ。世界中で読まれるべきだ。学校で子供たちに読ませるべき作品とは、こういう作品をいうのではないだろうか。

(じぶんたちの国!)
 タダシの国は、どこなのだろう……。にっぽん、日本はくろい海をこえていったところにういている四つの島。目のまえがかすんできて、日本の地図がうかんできた。地図の上に波がうちよせている。日本の地図がタダシのまわりでぐるぐるうずをまいてまわりはじめた。日本はいまにもちんぼつしそうだ。日本の地図にだぶって、おかあさんの顔があらわれた。むこうから、エンジンの音がきこえる。トラックだ。トラックの上におとうさんがのっている。おとうさんは、おかあさんをトラックにのせると、だんだん遠く走っていってしまった。
(どこへいくの!)
 タダシはさけぼうとしたが、のどがからからにかわいて、声にならなかった。
 波がザブンと立ち、タダシは、ふわふわ、およいだ。大きな波がやってきた! タダシはそのまま、暗い海の底へぐんぐんひきずりこまれてしまった。

 そのあとの感想はちゃんとしたレビューに書くことにして――、作品の最後を見ておくと、タダシら子供たちを救ってくれたのは新しい中国の軍隊であった。その中国の軍隊とは、中華民国の国民党だろう。

 Wikipedia:引揚者によると、「満州や朝鮮半島の北緯38度線以北などソ連軍占領下の地域では引き揚げが遅れ、満州からの引揚は、ソ連から中華民国の占領下になってから行われた。満州においては混乱の中帰国の途に着いた開拓者らの旅路は険しく困難を極め、食糧事情や衛生面から帰国に到らなかった者や祖国の土を踏むことなく力尽きた者も多数いる」。

 そこからの中国の流れをWikipedia:中華人民共和国中華民国を参考、引用していえば、中国国民党率いる中華民国国軍は、ソビエトの支援を受ける中国共産党率いる中国人民解放軍に破れた。そして、1949年に、共産主義政党による一党独裁国家、中華人民共和国が樹立される。

 国民党政府は、日本の進駐中であった台湾島に追われるかたちで政府機能を移転した。1951年のサンフランシスコ講和条約および1952年の日華平和条約において、日本は台湾島地域に対する権原を含める一切の権利を放棄。

 国際法上の領有権は未確定ともいわれる台湾島地域は、中華民国政府の実効支配下にある。中華民国政府も、中華人民共和国の中国共産党政府と同様に、自らを「『中国』の正統政府」であると主張している。

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2014年6月21日 (土)

皮相的反戦ものを超えた真のヒューマニズムの書、那須田稔氏の児童文学作品

 鬼ヶ島通信から雑誌が届き、あれ?

 会員になる自信がなくなり、昨年は継続手続き(雑誌代の振り込み)をしなかったのですが、事務ミスでしょうか。せっかく送っていただいたので、ありがたく拝読させていただこうと考えました(ただ読みではありませんよ、雑誌代はちゃんと振り込みます)。

 そして、編集長のお名前から連想したのは、過去記事にも書いた気がしますが、お父様の那須田稔氏の著作『チョウのいる丘』です。

チョウのいる丘 (児童文学創作シリーズ) 
那須田 稔 (著), 市川 禎夫 (イラスト)
出版社: 講談社 (1968/02)

 ずっと前からほしいと思い続けてきたので、入手したいと思い、Amazonで見ましたら、中古品しかなく、値段が跳ね上がっていました。小学校のときに読み、詳細は覚えていませんが、味わいのある挿絵と共に主人公の少女の生き生きとした描写が浮かんできます。

 病室の窓から見える夕焼け空の描写は忘れられません。その夕焼け空は、病気のために眼に出血を起こした少女にしか見えないものだったのです。

 一言でいってしまえば、白血病の少女を描いた反戦児童小説といえると思いますが、これこそ、戦後日本が産んだ知的宝物――皮相的反戦ものを超えた、真のヒューマニズムの書だと思います。

 純文学の手法で書かれた確かな描写、美しい文章……当時はまだ文学少女ではありませんでしたが、このような著作を通して文学に目覚め、高貴な思想に触れ得た、これが最初の段階だったような気がします。文学的洗礼を受けたといってよいかもしれません。

 以下の著作は未読ですが、那須田稔氏の代表作であるようです。

ぼくらの出航
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/09)

 Amazonの商品説明には以下のようにあります。

商品の説明

内容(「BOOK」データベースより)

終戦の混乱のハルビン。悪事の見張り役をさせるチャン親方から逃げ出したタダシを救ったのは、同じ親のない子どもたち、タヌキ(日本)、チン(中国)、サイ・アヒル(朝鮮)だった。廃船の船底を秘密のすみかとし、冒険ずきな五人は力をあわせて、数々の事件をくぐりぬけ、たくましく成長する。少年たちの冒険と国をこえた友情を熱くユーモラスにえがく。

 この商品説明だけでも、著作の価値が伝わってくる気がします。なくなっては大変なので、注文しました。

 このような著作がわが国の児童文学の中心にあり続けていたら、日本は、日本の子供たちは、中国、韓国との関係も、日本の文学も、今とは全く次元の異なったすばらしいものであっただろうに――と、本当に口惜しく思います。

 本が届いて読了したら、また感想を書きたいと考えています。

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