カテゴリー「科学」の11件の記事

2017年4月21日 (金)

サイト「The True Size Of ...」で動かしてみた日本の意外な大きさにびっくり!

一般的に利用されている地図は、メルカトル図法による地図ですね。

ウィキペディア:メルカトル図法

メルカトル図法(メルカトルずほう)は、1569年にフランドル(現ベルギー)出身の地理学者ゲラルドゥス・メルカトルがデュースブルク(現ドイツ)で発表した地図に使われた投影法である。図の性質と作成方法から正角円筒図法ともいう。等角航路が直線で表されるため、海図・航路用地図として使われてきた。メルカトルが発案者というわけではなく、ドイツのエアハルト・エッツラウプ(ドイツ語版、英語版)が1511年に作成した地図にはすでに使われていた。

この図法は地球儀を円筒に投影したもので、地軸と円筒の芯を一致させ投影するため経線は平行直線に、緯線は経線に直交する平行直線になる。ところで正角性を維持するには、横方向・縦方向の拡大率を一致させる必要がある。緯線はすべて赤道と同じ長さになるので、高緯度地方に向かうにつれて実際の長さ(地球儀上の長さ)より横方向に拡大される。それに応じて縦方向(経線方向)にも拡大させるので、高緯度に向かうにつれ距離や面積が拡大されることになる。
ウィキペディアの執筆者. “メルカトル図法”. ウィキペディア日本語版. 2017-03-26. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A1%E3%83%AB%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AB%E5%9B%B3%E6%B3%95&oldid=63496100, (参照 2017-03-26).

こうした地図の欠点をなるべくなくすために、サイトの地図上で国を動かして様々な国々との大きさが比較できるよう工夫されたサイト「The True Size Of ..」があることを知りました。

The True Size Of ...
http://thetruesize.com/

使いかたについては、サイト「GIGAZINE」の以下の記事に詳しいです。

世界の国の本当の大きさを地図上で簡単に比較できる「The True Size Of ...」
http://gigazine.net/news/20170111-the-true-size-of/

わたしもさっそく、まずはわが国から試してみました。

J_2a

ヨーロッパに置いてみたときの日本の大きさには、びっくりです。

J_1a

北極(南極)に近づくほどに実際より大きく表示されますから、北欧の国々の近くにまで日本を持っていくと、このデカさ。

J_3a

アメリカに持って行っても、わたしが思ったより大きいです。

自分が小柄なので、思ったより大きかった日本に対して、戸惑いと喜びとが混じります。

他の国々も動かしてみようっと。

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2016年5月22日 (日)

小保方晴子氏がバッシングを受けたSTAP細胞事件、続報

Yahoo!ニュース:Business Journal 5月14日(土)6時1分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160514-00010004-bjournal-soci

3月10日、ドイツ名門大学ハイデルベルク大学の研究グループがSTAP関連の論文『Modified STAP conditions facilitate bivalent fate decision between pluripotency and apoptosis in Jurkat T-lymphocytes(邦訳:修正STAP条件によって、JurkatT細胞の運命が多能性と細胞死の間で二極分化する)』を発表した。小保方氏が発見したSTAP現象を、がん細胞の一種であるJurkatT細胞を用いて独自に修正した酸性ストレスをかける方法を試してみたところ(小保方氏がネイチャーで発表した細胞に酸性ストレスをかける方法とは異なる)、細胞が多能性を示す反応を確認した。

Yahoo!ニュース:神戸新聞NEXT 5月18日(水)18時30分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160518-00000011-kobenext-l28

STAP細胞論文の研究不正問題に絡み、舞台となった神戸市中央区の理化学研究所の研究室から、胚性幹細胞(ES細胞)が盗まれたとされる事件について、神戸地検は18日、「窃盗事件の発生自体が疑わしい」として不起訴処分(嫌疑不十分)とした。

Yahoo!ニュース:Business Journal 5月21日(土)6時0分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160521-00010001-bjournal-soci

米ハーバード大学附属ブリガムアンドウィメンズホスピタルが、STAP細胞の作成方法に関する特許出願を、日本、米国、EPO(欧州特許庁)、カナダ、オーストラリアなど世界各地で行っており、更新料、維持料が支払われている。ハーバード大がSTAP現象の特許を出願し、その審査要求をするのは当然、再生医療での実用化を睨んでのことだとみられる。

マスコミによる異常なまでの小保方氏に対するバッシング。わたしのような科学音痴まで、小保方晴子氏とSTAP細胞に興味を持ってしまったほどだった。

バッシングの中心にいた毎日新聞・須田桃子記者の著作『捏造の科学者 STAP細胞事件』は、第46回(2015年)大宅壮一ノンフィクション賞・書籍部門に選ばれている。

大宅壮一ノンフィクション賞の主催は公益財団法人 日本文学振興会、運営は株式会社文藝春秋で、芥川龍之介賞の選考・賞の授与を行っているのもこの文藝春秋内に存在している日本文学振興会である。

最近の当ブログにおける芥川賞関連記事:

バッシング騒動のさなか、笹井芳樹教授が自殺している。

わたしは最初に『捏造の科学者 STAP細胞事件』を読み、科学的なことはわからないながら著作内容に偏りを感じたので、次に小保方氏の著作を読んだのだった。

そして、心を打たれた。科学のすばらしさや科学者としての良心、また理不尽なバッシングに対する訴えなどが科学音痴にも伝わってきた。文学的にも優れた内容と感じられた。

『あの日』の感想を、わたしは過去記事で次のように書いた。

  • 2016年4月 1日 (金)
    小保方晴子氏のホームページ(ミラーサイト)で見た宝石のように光る細胞の写真
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/04/post-cfea.html

    事の真偽はわからないながら、小保方氏の著作に心を打たれた。
    専門的な部分はおぼろげにしかわからないが、知と情のバランスが完璧にとれた構成で(さすがは科学者の著書だ)、綺麗なわかりやすい文章で書かれている。専門的な部分の丁寧な説明とその間から零れる豊かな情操が印象的である。

このSTAP細胞事件、今後も動きがありそうだ。


捏造の科学者 STAP細胞事件
須田 桃子 (著)
出版社: 文藝春秋 (2015/1/7)
ISBN-10: 4163901914
ISBN-13: 978-4163901916

あの日
小保方 晴子 (著)
出版社: 講談社 (2016/1/29)
ISBN-10: 4062200120
ISBN-13: 978-4062200127

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2016年4月22日 (金)

未来人2062氏とSTAP細胞

わたしは過去記事で、小保方晴子氏の著作『あの日』を読んで、胸を打たれたと書いた。

科学音痴のわたしには専門的なことは何もわからない。光る細胞の写真を見て解説を読み、ああそうかと思っても、理解してそう思うわけではない。

わたしにできるのは文学的な観点から著作を考察することくらいだ。そして、『あの日』が知と情、作品構成的にもバランスのとれた書き方がなされた美しい著作であることに感銘を受けた。

それに対して、小保方氏の著作や他のソースを通して知った若山照彦氏の整合性のとれない言動には科学以前に人間性の問題ありと感じられて不審感が募るばかりである。

当記事を書く前に確認したところでは、小保方氏のホームページでは更新が続けられていて、今月の19日にも更新がなされている。

  • 小保方晴子氏 公式ホームページ
    STAP HOPE PAGE
    stap-hope-page.com/

また、小保方氏を支持する会のサイトでも更新が続けられている。

  • 小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会
    http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/

ところで、東日本大震災と熊本地震を警告したとされる未来人2062氏と思われる人物には2人いると過去記事で書いた。

わたしは2011年7月24日当時のトリ割れしていない「GqwAR6gt9w」を使って書き込まれた「未来」のほうにSF的面白さを感じたのだが、トリ割れした「wbBrH1aGfM」を使って書き込んだ人物こそ初代2062氏である可能性がないわけではない。※トリとは個人の識別のために使われる文字列トリップのことである。トリ割れとはトリップの暗証番号が第三者に流出している状態をいう。

愉快なことに、2人の自称「2062年から来た未来人」はどちらもSTAP細胞に関する質問に答えている。最新科学の話題とトンデモ話題としか見なされないであろう2062氏を結び付けるのは不謹慎だろうか。

だが、人類が滅びずに科学が進歩を続ければいつか人類はタイムトラベルを体験するようになるかもしれない。その技術が2062年に確立されているというのはあまりに早い気がするけれど、2062氏はその技術が未来からもたらされたものだと語った。

わたしは過去記事でも書いたように、自称未来人たちの書き込みをSFとして楽しんでいる。

サイト「NAVERまとめ」の以下のまとめに、「GqwAR6gt9w」「wbBrH1aGfM」使用者の書き込みがわかりやすくまとめられている。

それによると、「GqwAR6gt9w」使用者は次のように答えている。

STAP細胞はありますか?

ちょっと待ってくれ。
現代に発見されたのだろうか。記憶違いだろうか。

「wbBrH1aGfM」の使用者は次のように答えている。

893 : ◆wbBrH1aGfM @無断転載は禁止[]:2016/04/15(金) 09:27:46.72 ID:snSNBwsM0
・ロボットは働いていますか?
もちろんだ、
・STAP細胞、iPS細胞は実現・実用化していますか?
STAPとは何だ?iPSは医療の基本だと承知している。

トリ割れした「wbBrH1aGfM」の使用者は未来におけるSTAP細胞の存在を否定するような回答である。2011年7月24日のトリ変更者自身と思われる「GqwAR6gt9w」の使用者はあいまいな答えかただが、STAP細胞の存在を肯定するような回答で、対照的な両者の回答となっている。

あの日
小保方 晴子 (著)
出版社: 講談社 (2016/1/29)
ISBN-10: 4062200120
ISBN-13: 978-4062200127

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2016年4月 1日 (金)

小保方晴子氏のホームページ(ミラーサイト)で見た宝石のように光る細胞の写真

2016年4月2日の追記
アクセスできなくなっていた小保方氏のホームページでしたが、アクセス可能になったようです。

https://stap-hope-page.com/

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

科学音痴のわたしの目にもマスコミの騒ぎ方は異常、醜悪で、そのバッシングの対象となった小保方晴子氏とSTAP細胞に興味を持ってしまった。

今年の2月22日の過去記事に「話題になってかなりになる小保方晴子『あの日』も読んでいる。科学に関してはちんぷんかんぷんなことが多いので、興味自体あまりなかったのだが、あまりに騒がれているので。小保方さんを問題視した毎日記者の本もざっと読んだ。文学的観点からしかわからないが、取材に偏りがありはしないか?」と書いたように、『あの日』と『捏造の科学者 STAP細胞事件』を読んだ。

事の真偽はわからないながら、小保方氏の著作に心を打たれた。

専門的な部分はおぼろげにしかわからないが、知と情のバランスが完璧にとれた構成で(さすがは科学者の著書だ)、綺麗なわかりやすい文章で書かれている。専門的な部分の丁寧な説明とその間から零れる豊かな情操が印象的である。

その小保方氏がホームページを開設したというニュースが流れた。さっそくアクセスしてみると、アクセス集中でサーバーダウンの気配。

20160305225923

わたしのような科学音痴までアクセスするからだと思い、数時間置いて再びアクセスすると、今度は警告が出た。

Obo_20160401

ふーん。過去記事で紹介した拡張機能Flagfoxを使えば、どこにサーバーが置かれているかなどわかる。

今夜、先ほどアクセスしたら今度は……

Obo_20160401_6

アクセスできない理由がバラバラ。

サイト「小保方晴子さんへの不正な報道を追及する有志の会」ではサイバー攻撃が原因で閲覧できない状態となっていると書かれている。

  • http://blog.livedoor.jp/obokata_file-stap/archives/1054987674.html

余命ブログや保守系サイトに対する攻撃を連想させられる。

こちらも幸い魚拓がある(前掲有志の会のサイトで紹介されている)。小保方氏のサイトはすべて英文である。

トップページで小保方氏は、STAP細胞の作製手順などの情報を科学的なコミュニティに提供すると述べ、まだうつ病の治療を受けている状態ながら徐々に更新を続けていくと書いている。

小保方氏の著書を読むと、わたしのような科学音痴でも光る細胞を見たくなる。「Results of the STAP verification experiment」のページに掲載された写真は感動的だ。何粒もの宝石みたいに光っている。

小保方氏の著書に、小保方氏が亡くなった笹井先生と科学の女神様の話をする場面が出てくる。その場面を思い出した。そのあまりにも美しい文章を読むと、科学・宗教・哲学が一つであった古代アレクサンドリア学派を連想した。お二人はヒュパティアの系譜に連なる科学者だと思う。

そして、以下の部分を読むと、神聖な古代科学の世界から(あるいは現代科学の世界から)中世の魔女裁判にタイムスリップしたようで、困惑させられる。

私に実際に課せられた検証実験の条件は、記者会見で発表された内容よりずっと厳しいものだった。「魔術を使うことを防ぐために」監視カメラや立会人による24時間の監視に加え、私の行動のすべては立会人によって記録された。(217頁)

比喩として使われたにしても、別の箇所にも出てくるのである。「私を採用してくれた先生たちからは「魔術を使う」と言われ、誰も信じてくれない」(218頁)

現代科学の現場で「魔術」という言葉が出てくること自体驚きだが、小保方氏に加えられたこうした圧力は万全を期するためというよりはどこか演劇的で、別の目的があったかのようである。

STAP細胞事件関係の著作を挙げておく(2冊以外はこれから図書館から借りて読む予定)。

あの日
小保方 晴子 (著)
出版社: 講談社 (2016/1/29)
ISBN-10: 4062200120
ISBN-13: 978-4062200127


STAP細胞 残された謎 (Parade books) 
佐藤貴彦   (著)
出版社: パレード (2015/12/7)
ISBN-10: 4434212273
ISBN-13: 978-4434212277


捏造の科学者 STAP細胞事件
須田 桃子 (著)
出版社: 文藝春秋 (2015/1/7)
ISBN-10: 4163901914
ISBN-13: 978-4163901916


STAP細胞はなぜ潰されたのか ~小保方晴子『あの日』の真実~
渋谷 一郎 (著)
出版社: ビジネス社 (2016/4/21)
ISBN-10: 4828418725
ISBN-13: 978-4828418728

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2015年4月12日 (日)

#15 漱石が影響を受けた(?)プラグマティズム ④心霊現象研究協会(SPR)と神智学協会

アメリカ哲学の創始者といわれ、その影響は哲学、心理学、生理学、文学など多岐に及ぶとされるウィリアム・ジェームズ。

こうした評判の高い人物とブラヴァツキーを苦しめた心霊現象研究協会(SPR)とがわたしの中で結びつかず、歴史小説執筆のために漱石研究を棚上げしようとしたまさにそのとき、気づいた。

そして、夏目漱石の研究からウイリアム・ジェームズの哲学プラグマティズム、さらにSPRに辿り着いたことで、SPRが異様なまでに権威を帯びた団体であったことを知った。

心霊現象研究会:Wikipedia

心霊現象研究協会(しんれいげんしょうけんきゅうきょうかい、英: The Society for Psychical Research)は、1882年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの(フレデリック・マイヤーズを含む)心霊主義に関心のあった3人の学寮長によって設立された非営利団体である。この組織は頭文字をとって SPR と略称される。
「心霊研究協会」と訳されることも少なくないが、本来科学的研究を意味する Psychical Research(心霊現象研究)と、元はその訳語でありながら日本独自に心霊主義的に発展した「心霊研究」とは異なる。

概要
初代会長は哲学・倫理学者でもあったヘンリー・シジウィック教授である。一般に、これをもって超心理学元年と目されている。
協会の目的は、心霊現象や超常現象の真相を究明するための科学的研究を促進することであった。当初、研究は6つの領野に向けられていた。すなわち、テレパシー、催眠術とそれに類似の現象、霊媒、幽霊、降霊術に関係した心霊現象、そしてこれら全ての現象の歴史である。
1885年にはアメリカ合衆国でもウィリアム・ジェームズらによって米国心霊現象研究協会(英語版) (ASPR) が設立されて、1890年には元祖 SPR の支部になった。有名な支持者には、アルフレッド・テニスン、マーク・トウェイン、ルイス・キャロル、カール・ユング、J・B・ライン、アーサー・コナン・ドイル、アルフレッド・ラッセル・ウォレスなどである。
協会は、1884年のブラヴァツキー夫人と神智学協会のトリック暴き(後にこれは協会手続上の瑕疵により、協会としての行動ではなかったと表明)で名をあげ、設立後30年間とりわけ活動的だったが、霊媒のトリックを次々に暴いたりしたため、アーサー・コナン・ドイルなど心霊派の人々が大挙して脱退したこともあった。

主な歴代会長のリスト
1882-1884 ヘンリー・シジウィック、哲学者
1892-1894 A・J・バルフォア、イギリスの首相、バルフォア宣言で有名
1894-1895 ウィリアム・ジェイムズ、心理学者、哲学者
1896-1897 ウィリアム・クルックス卿、物理学者、化学者
1900 F・W・H・マイヤース、古典学者、哲学者
1901-1903 オリバー・ロッジ卿、物理学者
1904 ウィリアム・フレッチャー・バレット、物理学者
1905 シャルル・リシェ、ノーベル賞受賞生理学者
1906-1907 ジェラルド・バルフォア、政治家
1908-1909 エレノア・シジウィック、超心理学者
1913 アンリ・ベルクソン、哲学者、1927年にノーベル文学賞受賞
1915-1916 ギルバート・マリー、古典文学者
1919 レイリー公、物理学者、1904年にノーベル賞受賞
1923 カミーユ・フラマリオン、天文学者
1926-1927 ハンス・ドリーシュ、ドイツの生物学者、哲学者
1935-1936 C・D・ブロード、哲学者
1939-1941 H・H・プライス、哲学者
1965-1969 アリスター・ハーディ卿、動物学者
1980 J・B・ライン、超心理学者
1999-2004 バーナード・カー、ロンドン大学の数学、天文学の教授

歴代会長のリストを見ると、錚々たる顔ぶれだ。イギリスの首相に、ノーベル賞受賞者が3人もいる。こんな仰々しい連中をブラヴァツキーは相手にしていたわけである! 

病身に鞭打って、寸暇を惜しみ執筆していた無抵抗なブラヴァツキーをSPRは猫が鼠を狙うように狙い、追い詰めた。さすがは植民地大帝国を築いだけのことはある、執拗さ、残酷さで。

ウィリアム・ジェームズはブラヴァツキーが1891年に亡くなったあとの1894年から1895年にかけて会長を務めている。

偏見抜きでW・ジェームズの代表作『プラグマティズム』を読むことができて、幸いだった。SPRとブラヴァツキーの間で起きたいざこざを、わたしは心情的にどうしてもブラヴァツキーの側から見てしまうからである。

そして、プラグマティズムに興味を持つこともないまま、ブラヴァツキーがどんな人々と、どんな風潮と闘っていたかを把握できず、またそうする必要性にも気づかなかっただろう。

欧米諸国や日本が経済的物質主義に染まってしまう前に、SPRとブラヴァツキーの一騎打ちがあった。それはブラヴァツキーからすれば、相手側の陣中に引き摺り込まれた不利、不当な戦いだった。

それは、SPRの一方的な勝利宣言に終わり、やがてSPRに象徴されるような唯物論の潮流は、一気に神秘主義の砦ともいえた――「霊的な意味での唯物論」*1を展開する――神智学協会を押し流した。

 *1 『新時代の共同体 一九二六』(日本アグニ・ヨガ協会、平成5年)の用語解説「唯物論」(pp.275-276)を参照。

 唯物論 近代の唯物論は精神的な現象を二次的なものと見なし肉体感覚の対象以外の存在をすべて否定する傾向があるが、それに対して古代思想につながる「霊的な意味での唯物論」(本書123)は、宇宙の根本物質には様々な等級があることを認め、肉体感覚で認識できない精妙な物質の法則と現象を研究する。近代の唯物論は、紛れもない物質現象を偏見のために否定するので、「幼稚な唯物論」(121)と呼ばれる。「物質」の項参照。(pp..275-276)

 物質 質料、プラクリティ、宇宙の素材。「宇宙の母即ちあらゆる存在の大物質がなければ、生命もなく、霊の表現もあり得ない。霊と物質を正反対のものと見なすことにより、物質は劣等なものという狂信的な考え方が無知な者たちの意識に根づいてきた。だが本当は、霊と物質は一体である。物質のない霊は存在しないし、物質は霊の結晶化にしかすぎない。顕現宇宙は目に見えるものも、見えないものも、最高のものから最低のものまで、輝かしい物質の無限の面をわたしたちに示してくれる。物質がなければ、生命もない」(『手紙Ⅰ』373頁)(p.275)

尤も、SPR事件を境として神智学協会が衰退したわけではなかった。実際には、ブラヴァツキーの死後も1920年代までは、神智学協会の強い影響力は洋の東西を問わず及んだ*2

*2 以下のオンライン論文を参照。
2010 杉本良男「比較による真理の追求―マックス・ミュラーとマダム・ブラヴァツキー」出口顯・三尾稔(編)『人類学的比較再考』(国立民族学博物館調査報告90): 173-226
URL:http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4459/1/SER90_009.pdf(最終確認日:2015年4月12日)

神智学協会第2代会長アニー・ベザントの死後、協会から活気が失せたのには協会内部の問題もあったのだろうが、第二次世界大戦やマルクシズムの影響など、外部的な要因も無視できないのではないだろうか。

前掲の杉本論文(2010)に、参考資料として「神智協会の目的 Objects の変遷[Ransom 1938: 545‒553]」が挙げられ、三つの目的のうち、2番目の英文の邦語訳について注意が促されている。

2 .比較科学[ママ],比較哲学,比較科学の研究を促進すること。(比較宗教,哲学,科学の研究を促進すること)。
  To encourage the study of comparative religion, philosophy and science.

 邦語訳については現行の「神智学協会ニッポン・ロッジ」の邦語訳をかかげるが,訳自体2種類あるので,タイトル・ページにかかげられている訳を初めにあげ,括弧内に入会案内のページでの訳をかかげておいた。個人的には後者の方がこなれた訳のように思う。それはともかく,第2項の「比較omparative」が,この訳のように哲学,科学までかかるのか,宗教だけにかかるのかについては大きな問題をはらんでいる。科学史的には,1896年時点で比較哲学,比較科学という概念はありえないようであるが,協会自体も明確ではないようである。(……)[杉本 2010]

翻訳技術上の問題もあるだろうが、まずは内容から「比較omparative」が哲学、科学までかかるのか、宗教だけにかかるのか、ブラヴァツキーの主要著作『The Secret Doctrine シークレット・ドクトリン』『Isis Unveiled ベールをとったイシス』ぐらいはざっとでも読んで、判断してみようとするのが常識ではないのかと学術的慣わしに無知なわたしなどは思ってしまう。

英語が堪能で羨ましいが、その英語力を駆使しながら肝心のものを読まないという姿勢がよくわからない。

ブラヴァツキーの代表作を読まずしてブラヴァツキーを語ろうとする人々による、ブラヴァツキー批判の無責任な孫引きが執拗に繰り返されて、彼女の畢生の大作は泥だらけにされたのだ。

内容からすれば、比較宗教、比較哲学、比較科学でいいんじゃないかとわたしは思う。

オカルトブームやニューエイジムーブメントの先駆者としてブラヴァツキーの名が挙がることはよくあるが、そこには概ね、蔑視的、批判的な意味合いが籠められている。

そして、その根拠としてSPR事件がよく使われるのである。

具体的にどのようなことが起きたかというと、SPRは、神智学協会の結成とブラヴァツキーの執筆がアデプト*3、と呼ばれる――マハトマあるいはマスターと呼ばれることもある――方々の直接的な指導下で行われたという評判やブラヴァツキーが大衆向きに披露したサイキックな実験などについて調査し、否定的な報告書を作成して、それを公表したのだった。

 *3 H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年改版)の用語解説(用語解説p.14)を参照。

 アデプト(Adept:Adepts,羅) オカルティズムでいうアデプトは、イニシエーションの段階に達し、秘教哲学という科学に精通された方を指す。(用語解説p.14)

ブラヴァツキーを詐欺師に仕立てて、神智学協会の評判を失墜させたSPRは、1986年になって、その原因をつくったホジソン・リポートはSPRの正式な手続きに基づくものではないことを表明したそうだ(ヘレナ・P・ブラヴァツキー:Wikipedia)。

SPRによってブラヴァツキーの名誉回復が図られたともいえるが、あまりに遅すぎた。

『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)を再読し、神智学協会の創立者たちは純真で、お人好しすぎた、との印象が残った。一般に形成されてしまったイメージとは対照的である。

神智学協会にサイキック調査の希望を申し出たSPRに対するブラヴァツキーの協力者たちは、次に引用するような反応を示した。

 一般にインド人達は、秘伝をうけた僅かな人達だけに、秘教的知識を限定した方がよいと思っていましたが、モヒニは創立者達が望んでいた通りにしようとしました。シネットは神智学というものは大衆のためのものではなく、知性的な人達の学ぶものと考えていましたので、サイキック研究会(S・P・R)の学者や科学者と協力するのを大変、幸福だと思いました。心の広いアメリカ人の大佐はいつも自分の発見したよいものを誰とでも頒ち合おうとしていました。事実、彼はその研究をすばらしい万全の機会だと思いました。S・P・Rは「学者の団体」という高い基準を維持することを目ざしていました。もしもこの団体が研究の末、神智学現象の真正さを公言できたなら――その筈だと大佐は考えていました――西洋の物質的思考形式に完全な革命をもたらすことでしょう。大佐は一生懸命、協力しました。(p.266)

SPRの申し出を拒絶するどころか、期待さえ寄せる協力者たちに対して、さすがにブラヴァツキーには懸念があった。

 HPBの考えでは、大佐は熱心なあまり、研究員達の懐疑的な慎重な心に、自分の奇跡的な体験をあまりに押しつけすぎていました。彼女はこの研究全体に懸念をいだいていました。S・P・Rの高慢な英国の知識人達は現象の背後にある人間についての深いヴェーダの考え方については何も知りませんし、自分の徳性の全傾向を変える放棄のヨガや自己放棄については何も知りませんでした。彼等にとっては、推理的な心が最高の神でした。彼等の心は非常に訓練されていたかもしれませんが、制限されており彼等がつかもうとしている超メンタル界にはとても及ばぬものでした。――間違った角度から本質的な謙虚さもなくとらえようとしていたのです。(pp..266-267)

SPRを疑っているように見られたくなかったブラヴァツキーは拒絶できなかった。それが1883年のことだった。そして、1885年12月31日の大晦日に、最悪の打撃がブラヴァツキーにふりかかった。

 伯爵夫人は次のように書いています。「一言の警告もなしに、サイキック調査に関する協会の報告の写しを、HPBは速達便で受け取りました。その日のことも、彼女が私を見た、生気のない石のような絶望のまなざしも、私は決して忘れることは出来ません。私が居間にはいると、彼女は手に開いた本を持っていました。『私はこの時代の最大の詐欺師で、おまけにロシアのスパイだと言われてしまいました。これでは誰が私の言うことを聞き、シークレット ドクトリンを読んでくれるでしょう?』と彼女は嘆きました」(p.312)

よりによって大晦日に、何て礼儀知らずな連中だろう! 一体、どんな権利があって、そんなことができたのかと呆れる。まるで、魔女裁判のようではないか。 自分たちは恵まれた環境で、ぬくぬくと新年を迎えたに違いないと想像する。

わたしはつい自分の身に置き換えて、頭がおかしくなった父夫婦の訴えにより、地裁から訴状が届いた日の衝撃を連想してしまった。

訴状には、認めるか争うしか選択肢がないとあった。答弁書を提出せず、かつ、定められた期日に法廷に出てこられないときは、訴状に記載されていることをこちらが認めたものとして、即日、原告の請求通りの判決がされることがあるとあった。さらに、地裁では、弁護士以外の者を代理人とすることはできないとあった。

訴状の内容に何の覚えもなかったわたしにとって、その訴状はまさに青天の霹靂であり、ひどいダメージを受けた。

弁護士をつける金銭的な余裕などなく、大学は法学部だったといっても、答弁書を作成しようにももう法律的なことなど何も覚えていず、そもそもそのような実際的なことは学んだ覚えがなかった。

再婚したときから少し異常を感じさせた奥さんの影響があったとはいえ、父があそこまでおかしくなったのには加齢もあるだろうが、何より長年の飲酒癖にあった気がしている。外国航路の船員だった父の飲酒は豪快そのもので、吸っていた煙草も缶ピースだった。

日中は常に完全にしらふだったから、アルコール中毒を疑ったことはなかったけれど、脳に悪影響がなかったはずはない。それより、わたしは父が霊媒体質になってしまっているのではないかと疑っており、その原因がわからなかったが、それも飲酒の影響である可能性が大きいように今は思う。

父夫婦を案じてはいても、わたしにはどうしてあげることもできない。時々入ってくる情報によると、相変わらずのようだが、この先どうなるのかと思えば、心配で胸が痛くなってくる。

ブラヴァツキーの協力者たちの多くは神秘主義的能力の持ち主で、彼ら特有の世界を形作っていたといえるのかもしれない。それが当たり前の人間にとっては、ブラヴァツキーがそうした能力を最高度に発揮するのを目撃したからといって、特殊なことだとは思わないだろう。

心が綺麗でないと神秘主義的な、高級な能力は目覚めないから、ある意味で彼らは赤ん坊のように騙されやすい一面を持っている。自分を騙そうとしている相手の奥底にも美を透かし見てしまうから、その美の印象深さのためについ信じたくなり、結果的に騙されてしまう。

全てにおいてスケールの大きなブラヴァツキーは、騙され方や傷つき方も、半端ではなかったのだ。

ブラヴァツキーの伝記を読むと、若いころからアデプトと接触がありながら、試行錯誤し、実験を試み、幾度も試練に遭い、そうした体験の中で彼女が訓練され、磨かれ、霊的に開花していったことがわかる。それこそ、ブラヴァツキーが霊媒でなかった証拠である。

もちろん、霊媒になってしまう危険性はあっただろう。それは霊的に目覚めている人間にも、そうでない人間にも、どんな人間にも起こりうることである。

自分たちは霊媒性質とは無関係だと思っている、霊媒の定義すらブラヴァツキーの本で学んでいない人々は、霊媒、霊媒とブラヴァツキーを馬鹿にしてうるさいが、わたしが見る限り、世間は霊媒だらけで、彼らの吐く息で大気汚染がひどく、とかくに人の世は住みにくい(いけない、これ漱石の小説に出てくる言葉だった)。

父のことで前述したように、アルコール好きは自分で霊媒体質を作り出しているといえる。アルコールは脳や肝臓に悪いだけではないのだ。まともな宗教の教えに、飲酒をすすめるものなどない。

ブラヴァツキーの卓抜な神秘主義的な能力は前世までに得られたものであったに違いないが、生まれ変わる度に、その能力は再獲得されなければならない。それは本当につらい体験を伴う。

わたしにもいくらかは前世までに獲得した神秘主義的能力があって、それを今生で目覚めさせるのはそれなりに大変だった。今も試行錯誤や実験の最中であり、これはとりあえず死ぬまで続くのだろう。こうした能力は、どんな人間にもいつかは目覚める能力であるはずだ。

自分より遙かに進んでいるように思えるブラヴァツキーがわたしには霊媒、詐欺師に見えるどころか、輝かしく見えることは当然である。素晴らしい大先輩だと思う。この道をもっと進めばあんな試練が待っているのかと思うと、戦慄を禁じ得ないが……

ブラヴァツキーとSPR との間に起きた詳細は『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成8年第3版)中、「『シークレット・ドクトリン』の沿革」に書かれている。

『シークレット・ドクトリン』の執筆中、ブラヴァツキーと共に住んだコンスタンス・ワクトマイスターによると、『シークレット・ドクトリン』執筆に際し、ブラヴァツキーはかなりな透視力を用いていたように見受けられたという。

神秘主義的能力の持ち主だったワクトマイスターは、アデプトが精妙体で出現するのを度々見、言葉を聴くこともあったという。

このように『シークレット・ドクトリン』が複数のアデプトとの共作だったからこそ、ブラヴァツキーははしがきで、「今、しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた全体としてまとめることである。筆者が先輩達よりも有利な唯一の点は、個人的な推論や学説をたてる必要がないということである。この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって、筆者自身の研究と観察による追加はごく僅かだからである」(田中&クラーク訳、平成8)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』p138)と、率直に書いたのだ。

ウィリアム・ジェームズは超常現象にかんして、「それを信じたい人には信じるに足る材料を与えてくれるけれど、疑う人にまで信じるに足る証拠はない。超常現象の解明というのは本質的にそういう限界を持っている」と発言し、コリン・ウィルソンはこれを「ウィリアム・ジェームズの法則」と名づけたそうだ(ウィリアム・ジェームズ:Wikipedia)。

このウィリアム・ジェームズの法則、わたしには意味がわからない。

信じるとか信じないといったことが、事の真偽に何の関係があるのだろう? W・ジェームズのこの言葉は、おそらく正しくは次のような意味である。「盲信したい人には盲信するに足る材料を与えてくれるけれど、(……)」

端から超常現象を馬鹿にしている言葉ではないか。この男はいつもこんな風だ。まず先入観ありきなのだ。神秘主義者のわたしは、この世界の物質レベルを超えた現象をこの世界の物質レベルの装置を使って証明したり、この世界の物質レベルの能力しか持たない人間にわからせることは不可能ではないかと思うだけだ。

そして、わからないことを端から色眼鏡で見たり、否定したりする態度が科学的だとはわたしには思えない。わかるときまで、仮説として、置いておけばいいことではないか。

ブラヴァツキーを誹謗中傷する人々はコリン・ウィルソンの著作の影響を受けたり、引用していることが多い。

わたしが怪訝に思うのは、ウィリアム・ジェームズのような哲学者を会員として持ちながら、なぜSPRはブラヴァツキーの著作について学術的な論文を書かなかったのかということである。

尤も、『ブラグマティズム』(桝田啓三郎訳、岩波書店[岩波文庫]、2010年改版)で「プラトン、ロック、スピノザ、ミル、ケアード、ヘーゲル――もっと身近な人々の名前をあげることは遠慮する――これらの名前は、わが聴講者諸君の多くには、それだけの数の奇妙なそれぞれのやりそこない方を憶[おも]い出させるに過ぎないと私は確信する。もしそういう宇宙の解釈がほんとうに真理であるとしたら、それこそ明らかな不条理であろう」(p.45-46)と、大哲学者たちをまず否定してかかることを何とも思わないW・ジェームズが、ちゃんと読む以前にブラヴァツキーの著作を否定したことは充分考えられる。

聴衆や読者に先入観を植え付けるような態度が哲学的な態度でないことは、いうまでもない。

また、神秘主義者によって拓かれた心理学の分野*4がウィリアム・ジェームズのような唯物主義的、実利的な人物の影響を受けたことと、現在の精神医療が薬物過剰となっていることとは当然、無関係とはいえまい。

 *4 上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社、1998年)参照。

ところで、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)に、次のように書かれている。

 科学が原子は分割出来るということを確認した時より三年前に、ブラヴァツキー夫人はシークレット ドクトリンに次のように書きました。「原子は弾力があり、分割することが出来るものなので、分子即ち亜原子で構成されていなければならぬ……オカルティズムの全科学は物質の幻影的性質と原子の無限の分割性との理論の上に築かれている。この理論は、実質について無限の視界を開く。実質はあらゆる微妙さの状態にあり、その魂の真正な息によって生気を吹きこまれるものである。(p.405)

わたしは昔、物理学においてクォークを物質の最小単位とする説をわかりやすく紹介した本を読んだとき*5、神秘主義の理論に立てば、クォークが物質の最小単位だなんて、そんなはずはなく、それより小さな粒子が見つかるだろうと思った。

ブラヴァツキーの言葉は、神秘主義の理論を明快に要約したものだ。

 *5 そのとき読んだ本は、南部陽一郎『クォーク―素粒子物理の最前線』(講談社、1981年)だったと思う。『クォーク―素粒子物理の最前線』の第2版に当たる『クォーク第2版: 素粒子物理はどこまで進んできたか』が1998年に上梓されている。

「『標準模型の"基本的な"粒子のいくつか、あるいはすべては、実はさらに分割できるのではないか』と考える理論もある」(基本粒子:Wikipedia)そうだが、『クォーク―素粒子物理の最前線』では、そのようなことも示唆されていたような気がする。

物理学には全く無知ながら、ブレーン宇宙論(ブレーンワールド:Wikipedia)にも興味がある。『シークレット・ドクトリン』の中の記述を連想させるからだが、そのうち息子にブレーン宇宙論について講義して貰おう。畑違いかもしれない。

これは有名な話だが、アインシュタインは『シークレット・ドクトリン』を愛読していたそうだ。

ところで、わたしは神智学の影響を受けた作家、詩人にかんする研究に着手したが、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』の再読で、ブラヴァツキーの時代に影響を受けた詩人にロバート・ブラウニング、作家にイェーツがいたことを再確認した。

前掲の杉本論文にも、1920年ごろまで協会の影響を受けた欧米の知識人の例が引用されていて、参考になる。ウィリアム・ジェームズの名のあるのが解せないけれど。

ラビンドラナート・タゴールと神智学の関係については、岩間浩『ユネスコ創設の源流を訪ねて - 新教育連盟と神智学協会 - 』(学苑社、2008年)第4章「インド新教育運動の源流―R・タゴールの教育思想と事業を中心に」に詳しい。

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2014年4月15日 (火)

これは素晴らしいニュースです! 三菱重工業、放射性廃棄物の無害化の可能性。

 素晴らしいニュースです。ニュースはすぐに消えてしまったりするので、以下、日本経済新聞の記事から。

放射性廃棄物の無害化に道? 三菱重、実用研究へ
2014/4/8 7:00 日本経済新聞 
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDZ040JJ_X00C14A4000000/

 三菱重工業は重水素を使い、少ないエネルギーで元素の種類を変える元素変換の基盤技術を確立した。原子炉や大がかりな加速器を使わずに、例えばセシウムは元素番号が4つ多いプラセオジウムに変わることなどを実験で確認した。将来の実証装置設置に向け、実用化研究に入る。放射性セシウムや同ストロンチウムを、無害な非放射性元素に変換する放射性廃棄物の無害化処理に道を開くもので、原発メーカーとして実用化を急ぐ。

■百数十時間で元素変換

 3月下旬、米ボストンのマサチューセッツ工科大学の講義室。世界から集まった100人以上の研究者を前に、三菱重工・先進技術研究センターの岩村康弘インテリジェンスグループ長は「元素変換はマイクロ(100万分の1)グラム単位で確認できた」と報告した。多数の質問を受け、同社の実験を説明する理論の提案も数多く発表されたという。

 三菱重工の横浜市の先進技術研究センター。700を超える幅広い製品群を擁する同社の次世代研究を一手に引き受ける秘密基地だ。研究棟の1階の約3分の1を占めるクリーンルームで研究者が白衣に身を包み、約25ミリ四方の薄膜の金属板を装置にセットする。超高温や超高圧をかけることなく、数日で内部で元素が変わり、新たな元素が生まれてくる。

 具体的には厚さが数十ナノ(ナノは10億分の1)と極めて薄い金属のパラジウムと酸化カルシウムの薄膜を交互に積層した多層膜に変換したい金属を付ける。この膜に重水素を透過させると百数十時間で元素番号がそれぞれ2から4、6多い元素に変わった。

 セシウムはプラセオジウムに、ストロンチウムはモリブデン、カルシウムはチタン、タングステンは白金に変わることを確認した。特殊な薄膜に重水素を透過させる独自技術は日本での特許に続き2013年、欧州でも特許を取得した。

 先進研の石出孝センター長は「ここ数年で研究が大きく加速した」という。様々な手法で重水素の濃度を高めることで、新しい元素の収量がナノグラムからマイクログラムへ3桁増えた。測定精度も上がり、1平方センチメートル当たり最大数マイクログラムの元素変換を確認したとしている。

 セシウムの元素変換率は、ばらつきはあるものの100%近いものもあるという。元素変換を示唆するガンマ線も微量ながら検出している。同社はセシウムの場合、パラジウム多層膜の内部で4個の重水素が1個のセシウムの原子核に十分近づき、陽子4個と中性子4個が加わりプラセオジウムになったとの仮説を立てている。ただ、詳しいメカニズムや理論は分かっていない。

 元素変換は「エネルギー収支が合わず、従来の物理学の常識では説明できない」などの指摘がある。新しい元素の量が少なく「外から混入した可能性も完全には排除できない」との声もある。

■未知の現象を解明する実験

 もともと低いエネルギーで元素が変わるのは、1989年に提唱された常温核融合と同じ考え方。1億度などという超高温でなくても核融合が起こり、過剰熱が発生するという夢の現象を再現しようと世界中で再現実験が研究されたが、ほぼ否定された。

 三菱重工も当時から研究を始めた。途中からエネルギーの発生を証明するより、元素の変換を示す方が実証しやすいのではないかと考え、元素変換に的を絞った。微量の元素が生まれたことは、兵庫県にある世界最高水準の物質分析技術を持つ大型の放射光施設「SPringー8」を使っても確認している。

 同社の研究に協力した独立行政法人物質・材料研究機構の西村睦水素利用材料ユニット長は「現在まだ解明されていない新種の元素変換反応の可能性を示唆している」としている。トヨタグループの研究開発会社、豊田中央研究所(愛知県長久手市)も元素変換の研究を続けており、成果が出ているようだ。

 昨年12月の東京工業大学。元素変換や低温核融合などをテーマに研究する研究者や技術者が全国から集まった。三菱重工のほか、大学の発表も行われた。岩手大学工学部の成田晋也教授もその一人。「未知の現象の解明を進める」ための実験を続けている。

 岩村氏は「元素変換を確信できる量が取れた。理論的なメカニズムはわかっていないが、我々はメーカー。次のステップに進みたい」という。大学の研究者の間でも「もっと変換の量が増えれば、文句がつけられなくなる」との声がある。

 三菱重工は実験の規模を拡大し、収量を増やし実用化のメドを付ける方針。これまで小規模な体制で先進技術研究センターで研究していたが、他の事業本部や外部の大学や研究機関との共同実験を増やす。

 金属薄膜を大きくしたり、ハニカム構造にして表面積を大きくしたりする方策などを検討している。放射性元素の変換の実験はまだ始めていないが、例えば放射性のセシウム137はユーロピウムに変換する可能性があるという。

 放射性廃棄物の処理以外にもレアメタルなどの希少元素の生成や、新エネルギー源としての応用を想定している。ただ、レアメタルや新エネルギーは既存技術があり経済性との比較になる。

 岩村氏は「現在、決定的な解決策がない放射性廃棄物の無害化は価値が最も高い。当社は原発メーカーでもある。10年後には実用化したい」という。

《記者の目》細々と続けてきたのが実情

 3年前の東日本大震災。放射性物質を拡散する東京電力福島第1原子力発電所の光景を前に、ある三菱重工業関係者は「元素変換をもっと大規模に研究していれば」と叫んだ。三菱重工は約20年、元素変換を研究してきたとはいえ、予算も人員も「細々と何とか続けてきた」というのが実情だ。

 三菱重工は1990年代前半に元素変換の研究を始めた。一般に内容が知られたのは、関連学会の論文誌に岩村氏が論文を発表した後の2002年ころだ。ただ、常温核融合の負のイメージもあり「現代の錬金術」との見方もされ、同社は対外的なアピールに慎重だった。

 岩村氏は技術統括本部のインテリジェンスグループ長という肩書を持つ。「技術もマーケティングが必要」との考えから10人のチームを束ね、エネルギー・環境分野を中心に他社の技術開発動向を探る。

 「グループ長の仕事に専念してほしい」と遠回しに元素変換の研究からはずれるように言われたこともある。社内の研究予算はついていたが「07、08、09年ごろはけっこう危なかった」という。

 岩村氏は「この10年で研究の精度が飛躍的に上がり、世界で研究仲間も増えてきた。中国の大学は我々そっくりの装置で研究している」と元素変換の認知度向上とともに、競争の激しさを実感している。

 10年前から大がかりな研究体制をとれば、現時点で放射性廃棄物処理の具体的な実証実験ができていた可能性がある。しかし、実態は「基礎から実用研究へ移行できそうな段階」にとどまる。

 元素変換は重工幹部も時折、「おもしろい研究をしているんだ」と口にする。「あんな研究を続けられるのも重工くらいだよねぇ」という外部の声もある。研究を途切れさせなかったのは三菱重工の懐の深さだが、現状の体制で、10年後に大きな成果が期待できるのか。そろそろ企業として腹をくくる時だ。

(企業報道部 三浦義和)

 物理音痴のわたしにはよくわかりませんが、生物でいえば、遺伝子組み換えに当たるような技術なのでしょうか。

 原発事故後、脱原発のほうへ進んだとしても、研究のほうは続けてほしいと願っていたので、こうしたニュースが出てきて嬉しい気持ちでいっぱいになりました。

 放射性廃棄物の無害化の可能性で連想したのが――科学ニュースに続けてこんなことを書くのは不謹慎かもしれませんが――2062年から来た未来人が2ちゃんねるに残したという書き込みです。

 以下のような箇所があります。

2062年から来た未来人の予言

Q.サッカー王国千葉は2062年まで変わらずなのかー。

さすがに原発事故から51年も経つと放射能の影響は少ないんですかね?

A.言っていいのかわからないが、陸地放射能はわずか数カ月で無くすことが出来る。

(2011/7/23)

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2013年7月14日 (日)

朝の空に虹がかかっていました

20130714053749

 携帯で撮ったので、よくは撮れませんでしたが、朝5時半頃、虹が出ていたので、思わず撮りました。晴れて見えましたが、ベランダに出てみると、とても細かな――絹糸のような――雨が降っていました。この写真、修正していません。

 肉眼で見ると、虹は雲の上の辺りまで延びていて、雲の隙間からスッと虹の女神イリスが片足を伸ばしたかのようにも見えました。47分に見たときはまだ出ていましたが、6時に見ると、消えていました(この記事を書いていたのです)。

 ギリシア神話に出てくる虹の女神イリスはヘラの使者です。仲裁役として優れていましたが、とても善良だったので、ゼウスがアフロディテとの情事をごまかすために、彼らの子であるエロスはイリスと西風の子――という噂をひろげたときも黙っていました。

 ヘラはそんなことではごまかされず、黙っているイリスを責めました。そのときの様子が『現代教養文庫 1000 ギリシア神話小事典』(バーナード・エヴスリン、小林稔訳、社会思想社、1979年)に美しく表現されているので、引用します。

……引用ここから……
イリスは自分を弁護しなかった。最初彼女はそっと泣き、それからヘラにほほえみかけた。そのほほえみは、あらしの雲の間から輝く虹の光のように、涙のなかにきらめき、そのさまがあまりにも心を魅了したので、ヘラは、オリュンポスの記録では始めて、叱ることを思いとどまったのである。
……引用ここまで……

 午前中の家事で中断。

 ここではエロスはゼウスとアフロディテとの間の子とされていますが、エロスの出自及び性質については諸説あるようです。

 プラトンは『饗宴』で、エロス(森進一訳で読み慣れているのでエロースといわなければ、感じが出ません)をめぐる賛美合戦を描いてみせています。

 ここで、エロース(愛の神)は策知の神ポロスと貧窮の女神ペニアーの間の子であるという説が表れます。それは、ソークラテースがかつてディオティーマという女性から聴いた話だそうです。

 わたしはこのくだりを読んでいると(『饗宴』『パイドーン』を何度読み返したことか)、ランボーの『わが放浪』という詩を必ずといってよいように連想してしまうのです。こんなにみずみずしい詩を書くランボーという人間がエロースのように想えてくるのですね。

 昔人間は球形の統一体で、男性(男男)、女性(女女)、両性者(男女)という三種類がいたが、傲慢さで神々の怒りを買い、ゼウスに真っ二つにされてしまった……それ以来、切断された半身は自らの半身をこがれるようになったのだ……という面白い話が出てくるのも、この『饗宴』です。

 昨年、わたしは「高校生の読書感想文におすすめの本_2012年夏」で、『ソークラテースの弁明』をすすめましたが、『饗宴』とどちらにしようかと迷いました。どちらも読みやすく、とにかく面白いのです。2013年版おすすめも書きたいのですが、もし書いたら『饗宴』を入れるかもしれません。

 ところで、このときの宴で第一番に話し始めたのはパイドロスでした。彼はヘシオドスの説を引き、万物の初め、カオス(混沌)、ガイア(大地)、エロース(愛の神)の順に生まれたといいます。

 このギリシア最古の宇宙開闢神話を引いて、ブラヴァツキーはフォーハットという未顕現の宇宙では潜在的創造力、現象界では電気的生命力となる神秘的なエネルギーについて、興味深い説を展開しています。それについて、つい書きたくなってしまいましたが、興味のない人にとっては独り言になってしまうので、やめます。

 宇宙が話に出てくると、NHKスペシャル「地球大進化」を思い出します。母なる地球とわたしたちが呼んできたこの星は、46億年の間大異変を繰り返してきた荒ぶる星だというのです。

 地球大進化~46億年・人類への旅:ウィキペディア

 40億年前には、全ての海が干上がってしまうような大異変が実際に起きたそうで、その原因は巨大隕石の衝突。2億年前と6億年前には全てが氷に覆われてしまう全球凍結、2億5千万年前には地球内部のマントルが一気に吹き出すという大噴火。

 生命は何度も絶滅の縁に追い詰められましたが、一方でこうした大変動があったからこそ、わたしたち人類は誕生したのだとか。全球凍結は微生物だったわたしたちの祖先を大型生物に進化させたと考えられているそうです。

 何とも壮大な話ですね。

 高校生の読書感想文におすすめです。
     ↓

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2012年6月15日 (金)

借りた本のうち数冊をざっと。ミューズが降りて来た。

 昨日図書館から借りた10冊のうち、日本バルザック研究会の論文集『バルザック』を読んでいるが、以下の本にもざっと目を通した。

ツヴァイクの伝記は如何にも資料が豊富という感じだが、どの登場人物の心理にも一々入り込み、細かく推理しすぎている嫌いがあって、逆にツヴァイクの主観が強く印象づけられ、ごてごてした印象で、人物像がぼやけてしまう。

 その前に読んだこちらは、如何にもすっきりと、厳選した局面にだけスポットライトを当て、気品に満ちたメアリー像を浮き上がらせている。流れるように自然に読めるところが、逆にフィクション性を感じさせもする。

 わたしはツヴァイクの推理に次ぐ推理で合成したメアリー像にも、デュマの芸術的感性で捉えられたメアリー像にも、興味をそそられた。メアリー・ステュアートについては、アリソン・アトリーの『時の旅人』読了後にまた書きたい。

 そういえば、バルザックに、『カトリーヌ・ド・メディシス』という作品がある。カトリーヌ・ド・メディシスはフィレンツェの名門メディチ家の出身で、メアリーの最初の夫がフランソワ2世だから、メアリーの姑に当たる人物。ちらっと姿を見せるメアリーを、バルザックは俗っぽく描いている。この作品、歴史的な興味があまり持たなくて、ちゃんと読んでいなかったが、今は読んでみたい気持ちだ。東京創元社の『バルザック全集』に入っている。

 久しぶりに東京創元社のホームページに行ってみると、在庫切れ! 在庫切れとあると、切ない気持ちになる。台風被害に遭ったときは、ブラヴァツキーの『シークレット・ドクトリン』にバルザック全集の数巻と一緒に避難したくらい、バルザックが好きなので。

バルザック全集〈23巻〉
カトリーヌ・ド・メディシス コルネリユス卿
オノレ・ド・バルザック
渡辺一夫/鈴木健郎/沢崎浩平 訳
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488019235

 ざっと読み、ユングらしからぬ古色蒼然たる印象だなと思い、「訳者あとがき」を見たら、『心霊現象の心理と病理』(1902)は精神科医となったユングの最初の論文、『潜在記憶』(1905)は週刊誌に掲載された評論だそうだ。

教科書のような体裁。アトリーの生涯と作品の特徴がコンパクトにまとめられている。原文もいくらか鑑賞できる。

 アトリーは、マンチェスター大学で物理の学位を取得したあと、ケンブリッジで教育学、心理学、哲学を1年間学び、科学の教師になった。創作意欲が高まってきて書いた『農場でくらして』を酷評した夫は、アトリーが作家として歩み始めたときに自殺。アトリーと息子との関係は密接だったそうだが、その息子は晩年のアトリーを拒絶したりした揚句、アトリーの死から2年後に自殺している。

 アトリーの農場への郷愁、、夢と時間、妖精、民話への興味。アトリーが、短編作家キャサリン・マンスフィールドが大好きだったとは意外だ。同じアパートに住んでいたこともあるらしい。『農場でくらして』の出版が46歳だから、アトリーは遅咲きの作家だ。アトリーの伝記をもう1冊読む予定なので、『時の旅人』を含む感想はいずれまた。

 ところで、読書欲と創作欲は連動しているらしく、ミューズが降りて来た。ミューズ由来の作品の案は、決して忘れることがない。そういう原石のままのがいくつか転がっているので、そのうちの一つを形(児童文学作品)にしたいと考えていたのだが、大人の小説の案が浮かんでしまった。

 鮮やかな場面が見え――舞台は日本なのだけれど、ギリシアのような印象――、次いで、最初と最後を含む場面がいくつか見えた。モチーフが空間を音楽のように、川のように流れる。あの世界をどうしても書きたい。この作品は、亡くなった――わたしが詩人と呼んでいた――女友達をモデルとしたエチュードの如きものになるだろう。

 しかし、これも賞に応募したところで、結果は……ああ全く使い道のない作品の創作に、一銭も生み出さない労働に、また駆り立てられる。

 NHK・クローズアップ現代「“薬漬けになりたくない”~向精神薬をのむ子ども~」を観て②も、せっかく番組から沢山メモしたのだから記事にしておくつもりなのだが、メモとるときって、何だって、わたしの字って蚯蚓になってしまうのかしら。解読が老眼にはつらい!

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2012年6月 5日 (火)

昨日驚いた三つのニュース

①野田第二次改造内閣で、民間から防衛・安全保障の識者、森本敏氏が防衛相に起用された。
 民主党はどこの国の政党なのだろう、と訝しく思わされるくらいの防衛意識の低さが、これでましになるのか? アメリカは期待しているようだが。

②BSプレミアムの番組ワイルドライフ「大都会ロンドン キツネ1万匹大繁栄の謎に迫る」。
 キツネたちが、日本の野良猫、野良犬そっくりに暮らしている……ロンドンで。

③NASAが春に発表した不思議な映像に関する佐野博士の説。
 NASAの映像では、太陽から巨大な球体(木星ほどの大きさだとか)が飛び出ていて、太陽とその球体とは紐状に見えるもので繋がっていた。まるで、母体と臍の緒でつながる胎児のように。その後、球体は飛び去ったらしい。
 この現象について、ロシア科学アカデミーの佐野千遥博士は、太陽が生んだ新惑星という説を唱える。佐野博士はこのことを、2011年11月7日に科学理論として予言していたという。

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2011年5月 6日 (金)

シネマ『アレクサンドリア』のレビュー

★★★★☆

アレクサンドリア
AGORA

2009年スペイン映画
日本公開: 2011年3月5日   
上映時間: 2時間7分 
配給: ギャガ
監督: アレハンドロ・アメナーバル
脚本: アレハンドロ・アメナーバル/マテル・ヒル
キャスト: ヒュパティア=レイチェル・ワイズ/ダオス=マックス・ミンゲラ/オレステス=オスカー・アイザック/アンモニウス=アシュラフ・バルフム/テオン=マイケル・ロンズデール/ジュネシオス=ルパート・エヴァンズ/アスパシウス=ホマユン・エルシャディ/キュリロス=サミ・サミール/メドルス=オシュリ・コーエン 

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆  

 地中海の真珠と謳われた、国際的学術都市であったアレクサンドリア。
 アレクサンドリアの街並みは、マルタ島のリカゾリ砦に建築された実物大のセットとデジタル技術とが融合したものだという。

 よくぞつくられたと思う反面、あまりに狭く混み合った、猥雑で薄汚い印象にがっかりするものを覚えた。町中で破壊行為がなされた時代が時代だから、荒れ果てたような描写は当然にしても、元々の雰囲気があまりに違うのではないか、という疑問が拭えなかった。

 わたしは映画のヒロインとなったヒュパティアをマンリー・P・ホール『象徴哲学体系 Ⅲカバラと薔薇十字団』(1971年、人文書院)の中の紹介で知ったことから、例えば、その中のヒュパティアが僧侶グループに襲われる下り、

“彼らは広々とした街路でアカデミアから自宅へ向かって通り過ぎていくヒュパティアを襲った。無防備の彼女を二輪馬車から引きずり下ろし、カエサル教会へ連行した。”

 というむごいが背景のわかる描写などからは、もっと別の街並みがイメージされていたのだ。

 失望は他にもあった。この制作者もパンフレットの書き手も、新プラトン派を知らないと感じさせられたことだ。

 ヒュパティアはちっとも、新プラトン派の哲学者らしくなかった。あれでは、ただの現代の科学者だ。

 プラトンやプロティノスの著作を読めばわかることだが、彼らの科学は哲学の中に組み込まれているのだ。というより哲学の一部分なのだ。

 そして、その哲学とは、見える世界及び見えない世界についての洗練された探求なのだ。また、それは小宇宙としての人間及び大宇宙としての宇宙の探求でもある。

 新プラトン派は神秘主義者で、神秘主義の辞書に奇蹟という言葉はないから、元々キリスト教とは相容れない性質のはずだ。

 ところが、映画では、あたかも科学者を信仰者の上に置く、現代的価値観からヒュパティアを優位に立たせる描き方で、何か違う。

 ホールの前掲書から以下に引用する箇所では、ヒュパティアが如何にも新プラトン派的にキリスト教批判を行っただろうことが、想像できる。

“ヒュパティアの教義の神髄はキリスト教的だと考えた著作家は多い。事実、彼女はこの新興宗教を包んでいた神秘のヴェールを取り払い、その最も複雑な原理をまことに明晰に説明したので、キリスト教に帰依したばかりの者が多数、それを捨てて彼女の弟子になったほどだった。ヒュパティアはキリスト教が異教に起源を有することを決定的に論証したばかりでなく、現象界を支配する自然法を明示することにより、当時神の好意を示すものとしてのキリスト教徒が唱導した奇蹟と称するものの正体を暴露した。”

 著者のこの文章がどのソースによるものかは、調べてみなくてはわからないのだが、ここに描かれたヒュパティアには、如何にも新プラトン派らしい、と感じさせるものがある。

 パンフレットに、出村みや子『アレクサンドリアとヒュパティア』と題されたヒュパティアの紹介文があり、その中に以下のような文章がある。

“ ヒュパティアの生涯に関する最も古く、信頼できる資料が5世紀の同時代人で、教会史家のソクラテス(Socrates Scholasticus 390年頃-439年以降)の記述であり、そのほかに彼女の弟子のひとりで後に410年ないし412年にキュレネの主教となったシュネシオスの書簡や、アテーナイのプラトンのアカデメイアの学頭となったダマスキオスの証言がある。これらの資料においてヒュパティアは当時何より哲学者として名声を得ていたことが知られるが、これを裏付ける彼女の哲学的書物は何も残っていない。この映画では、この世を超えた超越的価値を志向する当時の新プラトン派哲学者を彷彿とさせるヒュパティアの発言が随所に見られる。しかし最近の研究者は彼女の重要性をむしろ、古代世界における最初の女性数学者、天文学者であったことに見ており、この点についてはかなりの情報が伝えられている。”

下線は筆者]

 下線に注意していただくと、最近の研究者は、ヒュパティアが当時何より哲学者として名声を得ていたことがわかっているにも拘らず、裏付ける資料が残っていないのをいいことに、新プラトン派末期の輝かしい一員としての意義をヒュパティアから奪い、代わりに女性科学者という副次的な価値を賦与していることがわかるだろう。

 わたしにいわせれば、最近の研究者も映画制作者も気づいていないのかもしれないが、これこそがキリスト教の影響によるものだ。

 ヒュパティアを魔女とするよりは女性科学者という現代的かつ無難な持ち上げ方をする(実は貶めている)ほうが今となってはキリスト教にとってむしろ安全なわけであり、そうすることによってキリスト教は新プラトン派と、神秘主義の内容を競わずに済む――現代的な検証に晒されずに済む――わけだ。

 このことは、キリスト教がアレクサンドリアの聖カタリナにヒュパティアを吸収させて、キリスト教にとって無難な存在につくり変えたのと事情は同じだ。

 勿論、最近の研究者も、映画制作者も、そんなことは意識していないだろうが……。

 また、紹介文の中で、映画では「新プラトン派哲学者を彷彿とさせるヒュパティアの発言が随所に見られる」――とあるが、そんな発言は、わたしには一つとして発見できなかった。

 しかし、映画の内容は概ね、史実を辿ったものとなっていた。

 4世紀末、ローマ帝国の分裂、解体期におけるエジプトのアレクサンドリアが舞台。
 エジプトはローマ帝国の属国であるが、主教とその親衛隊である修道兵士が実権を握るようになる。ローマ帝国衰退の歴史は、キリスト教発展の歴史でもあったのだ。

 テオドシウス1世[位379-337]はキリスト教を国教化するが、それはローマ帝国がキリスト教にのっとられたことを意味していた。異教が禁止されたということは、学問の自由が禁止されたということでもあり、アレクサンドリア図書館の終焉は、その象徴的出来事といえた。 

 モスタファ・エル=アバディ『古代アレクサンドリア図書館』(中公新書、1991年)によってアレクサンドリア図書館がどんな性質のものであったかを見ていくと、アレクサンドリアの中心たるべく設立されたのは、ムーゼイオンという名の、大総合図書館を付置した一大研究センターだった。ムーゼイオンの計画はアテナイの二つの有名な哲学教育機関、プラトンのアカデメイアとアリストテレスのリセウムをモデルにしていた。
 ストラボンによると、それは王宮の一部であり、散歩道(ペリパトス)、アーケード(エクセデラ)、会員用大食堂を備えた大きな建物からなる。会員たちはすべてを共有する共同社会を構成し、代々の国王(ローマ帝国領となった今は皇帝)によって任命されるムーゼイオンの責任者である神官が一人いた。

 ムーゼイオンという学芸の女神ミューズを祀る神殿で学問ができた会員たち。そこでは、科学と文学との完全な融合がみられたという。
 しかし、前48年に王立図書館が消失してからは、セラペウムの神域内に位置していた姉妹図書館がアレクサンドリアの中心的図書館だった。
 この姉妹図書館は、王宮からはかなり離れた町の南部のエジプト人街に位置していたらしい。そして、おそらく391年がこの図書館の最期だった。

 著名な数学者だったヒュパティアの父テオンが、記録に残る最後のムーゼイオン・メンバーだった(380年頃)。
 

 映画に出てくるテオンは、あまりに平凡なお爺さんだった。

 ヒュパティアの死は415年のことだった。
 映画のヒュパティアを演じたのは、イギリス生まれのレイチェル・ワイズ。成熟した女性の落ち着きと用心深さ、ほどよいクールさがあり、まあまあだった。難点をいえば、講義にもっと生き生きとした表情を出してほしかった。

 架空の人物、奴隷のダオスの葛藤はよく描かれていた。自由を求めてキリスト教徒となったダオスの失望……ヒュパティアに寄せる切ない恋情が哀れだ。

 シュネシオスは物足りない。
 ヒュパティアの思い出を懐かしそうに手紙に綴って後世に貴重な史料を提供したシュネシオスの存在感と役割が、あんなものでいいわけがない。主教にまでなった男だ。
 制作者はヒュパティアの死のときには既にいなかったシュネシオスの寿命を引き延ばしているが、彼がいなかったからこそのヒュパティアの死という描き方もできたろう。

 虚実とり混ぜた長官オレステスは、魅力的な人物造形がなされていた。

 宇宙衛星から鳥瞰したような地球。視点は、そこからアレクサンドリアへ向かう。その逆もあった。
 ズームイン、ズームアウトが繰り返され、闘争を繰り返すキリスト教グループと異教グループは、上空から眺めると、まるで蟻の動きのように見える。

 上空から近づいていくと聴こえてくるキリスト教徒たちの叫びが、わたしには「パンを! パンを!」と聴こえた。経済問題と奴隷の問題があるようだった。

 大衆の生活に密着したキリスト教のような現世利益的宗教は、どうしたって伸びるのだ。奴隷は、ローマ帝国との戦争で敗れて連れてこられた捕虜たちだろうか?
 ヒュパティアに仕えていた奴隷のアスパシウスは、ご主人様に匹敵するするどい科学的勘を有していて、印象的だった。
 ダオスにしても、賢くて科学に適性があったから、キリスト教徒になってみると、地球は平べったいなどというキリスト教には色々と物足りないところが出てきたのだった。   

 しかし――繰り返しになるが――、映画で描かれたのは、あくまで新プラトン派の一面だけであり、他の面は無視されている。

 現代になっても、ヒュパティアの死で失われた学問の半身は、失われたままだ。新プラトン派は、全く同じ方法で、見える世界と見えない世界を研究したというのに、見える世界の研究については先端科学であったと評価され、見えない世界の研究については擬似科学という不名誉なレッテルが貼り付けられている。
 キリスト教の呪縛はいつまで続くのだろう?

 ヒュパティアがただの現代の科学者風に描かれているのは、上に書いたような事情によるところが大きい。現代人の自画自賛にすぎないものだ。

 そして、純文学が貶められる今の日本の有り様は、さながら破壊されるアレクサンドリア図書館のようで、観ていて苦しくなった。

 と、いろいろと文句をつけながらも、見応えのある映画ではあった。あの時代に現代を当て嵌めた映画として見れば、別の発見があっていいかもしれない。

 わたしがヒュパティアの扱いに拘る理由の一つは、わたしが神智学協会の会員で、新プラトン派の哲学者たちや彼らの説に、馴染みがあるからだ。大学時代にプロティノスの哲学に触れて恍惚となったわたしは犬年生まれの特技を生かし、抜群の嗅覚でその薫りを辿っているうちにブラヴァツキーの神智学に出合った。

 大学関係から出ている哲学の本は、表面的な解説に終始しているという印象で全く満足できず、自分自身もその哲学に生きている研究者がなまの解説をしている、という印象を与えられたのはブラヴァツキーの著作くらいだった。

 ただ、それにはどういうわけか、擬似科学、似非科学、などというレッテルがべたべたと貼り付けられていて驚いた。さらに驚いたことには、それら誹謗中傷の輩はブラヴァツキーの著作を本当に読んでいるのかいないのかはっきりしないほど、誹謗中傷の内容から彼女自身の著作の影は薄かった。

 実際に当たってみると、ブラヴァツキーの著作は厳正でバランスのとれている印象だった。大学時代から時々オーラが見えるようになっていたわたしの目に、『シークレット・ドクトリン』の原書は、サファイアの色合いそっくりのえもいわれぬ光の塊に見えた。美麗という言葉は、この光の色合いを表現するためにあると思えたほどだった。しかしまた、彼女の著作はとてつもなく難解でもあった。そもそも代表作の『シークレット・ドクトリン』ですら、まだ全訳が出ていない。

 『シークレット・ドクトリン』の副題は「科学、宗教、哲学の総合」だが、内容はまさにそうしたもので、理系には文系的部分が読めず、文系には理系的部分が読めないといった風の難解さがあった。大学の研究機関にあって当然の著作が、あまり頭のよくない一主婦にすぎないわたしなどの手にある哀れさは、想えば、ヒュパティアの受難以来のものなのだ。

 わたしには比較的読みやすいと感じられた『神智学の鍵』を読んでみると、神々が持っているような神聖な智慧、を意味する神智学という言葉が、新プラトン派から出たものだと書かれていた。

 神ではなく神々、というところを注目していただければ、なるほど新プラトン派の背景となった宗教が多神教であることがわかるだろう。『神智学の鍵』には、ピタゴラス、プラトン、アレクサンドリアの哲学者のことや、その説について考察したものが沢山出てくる。キリスト教の教義との違いも詳細に解説されている。

 初めて『神智学の鍵』を読んだ当時、わたしは古代の歴史や思想に無知すぎて、知らない名前や様々な説にめまいを覚えるばかりだった。

 それが、今ではかなりわかるようになって、ブラヴツキーの書いていることにどれほど信憑性があり、重要なことであるかを理解できるようになった。新プラトン派の流れは絶えたわけではないのだ。 

 夫も『アレクサンドリア』を観たいというので、付き合ってもう1回観ることになりそうだ。古代アレクサンドリアが舞台というだけで、何度でも観たい気がしてしまう。

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