カテゴリー「マダムNの推薦図書」の24件の記事

2015年7月18日 (土)

面白い本、面白そうな本

月曜日、久しぶりに書店に行きました。本の香り……どんなフレグランスよりもわたしにはすばらしい香りです。

持っていなかったタブッキの『逆さまゲーム』を1冊、購入しました。アマゾンには現在、中古しか出ていないようです。

タブッキの本で、女性におすすめしたいのは『いつも手遅れ』。大人っぽさを感じさせる、お洒落なムードが漂っていて、ベッドの中で読むのによさそう。シックな男性にもおすすめです。

いつも手遅れ
アントニオ・タブッキ (著), 和田 忠彦 (翻訳)
出版社: 河出書房新社 (2013/9/26)

わたしのタブッキ研究は中断中……

孤独感を、ほどよく沈鬱な、落ち着いたムードで和らげてくれる『ペンギンの憂鬱』。

ペンギンの憂鬱  (新潮クレスト・ブックス)
アンドレイ・クルコフ (著), 沼野 恭子 (翻訳)
出版社: 新潮社 (2004/9/29)

孤独感を、圧倒的な存在感で吹き飛ばしてくれる『冬の犬』。

冬の犬  (新潮クレスト・ブックス)
アリステア・マクラウド (著), 中野 恵津子 (翻訳)
出版社: 新潮社 (2004/1/30)

過去記事でレビューを書きました。

そのうち図書館から借りて読みたいと思ったのは、以下の本。

オリヴィエ・ベカイユの死/呪われた家 ゾラ傑作短篇集 (光文社古典新訳文庫)
ゾラ (著), 國分 俊宏 (翻訳)
出版社: 光文社 (2015/6/11)

ルーゴン・マッカール叢書で有名なゾラですが、上記2編の作品タイトルは初めて見ました。

地上界を中心に、地獄界から天上界まで描き尽くした感のあるバルザックほどの満足感は望めませんが、ゾラの綿密な取材に裏打ちされた、人間社会の断面図をまざまざと見せてくれるエネルギッシュな諸作品は、これまで読んだどの作品も重量感ある見事な出来映えでした。

これまでに読んだゾラの作品の中では、『制作』と『ボヌール・デ・ダム百貨店』が印象的でした。

制作 (上) (岩波文庫)
エミール・ゾラ (著), 清水 正和 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (1999/9/16)

制作 (下) (岩波文庫)
エミール・ゾラ (著), 清水 正和 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (1999/9/16)

印象派が世に出ようと苦闘していたころのフランス美術界を連想させる迫力のある作品で、芸術の深淵とその怖ろしさをも印象づけられ、読後呆然となりました。

ただ芸術を描いたにしては、この作品には肝心のものが欠けている気もします。

バルザックがペンで捉えることに成功した高級霊性とそこから来る恩恵ともいうべき芸術の醍醐味そのものがきれいに抜け落ちているために、芸術家の真摯な苦闘もどこか馬鹿馬鹿しい徒労としか映らず、戯画的にしか読めない物足りなさがあるのです。

ここのところがゾラの限界を感じさせるところでもあるように、わたしには思えます。

ボヌール・デ・ダム百貨店―デパートの誕生 (ゾラ・セレクション)
エミール ゾラ (著), 吉田 典子 (翻訳)
出版社: 藤原書店 (2004/02)

デパートの魅惑的かつ危険な生態(?)を見事に捉えた作品。

1883年(明治16年)もの昔に発表されたとは思えない新しさを感じさせる作品です。このときゾラは既に、資本主義社会の問題点を分析し尽くしていたのですね。

ところで、わたしが学生だったころ、シュールレアリズムはまだ人気がありました。モラヴィアは読んだことがありませんが、タイトルに惹かれ、読んでみたくなりました。

薔薇とハナムグリ シュルレアリスム・風刺短篇集 (光文社古典新訳文庫)
モラヴィア (著), 関口 英子 (翻訳)
出版社: 光文社 (2015/5/12)

第三の魔弾 (白水Uブックス)
レオ・ペルッツ (著), 前川 道介 (翻訳)
出版社: 白水社 (2015/7/8)

『第三の魔弾』の商品紹介には「16世紀のアステカ王国、コルテス率いる侵略軍に三発の弾丸で立ち向かう暴れ伯グルムバッハ。騙し絵のように変転する幻想歴史小説」とあって、激しく好奇心をそそられます。

オルハン・パムクが文庫で出ていますね。高校生くらいから読めると思うので、過去記事でもオススメしましたが、重厚感があり、ミステリー仕立ての面白さもあるので、読書感想文によいと思います。

イスラム芸術の絢爛豪華な世界に迷い込んで、エキゾチックな感覚を存分に味わいながら、細密画の制作に従事する人々の生きざまに触れることができますよ。

勿論、大人のかたにもオススメです。

わたしの名は赤〔新訳版〕(上)  (ハヤカワepi文庫)
オルハン パムク (著), 宮下 遼 (翻訳) 
出版社: 早川書房; 新訳版 (2012/1/25)

わたしの名は赤〔新訳版〕(下)  (ハヤカワepi文庫)
オルハン パムク (著), 宮下 遼 (翻訳)
出版社: 早川書房; 新訳版 (2012/1/25)

子供のころに魅了された本が、岩波少年文庫から出ていました。『ジャングル・ブック』と『バンビ――森の、ある一生の物語』です。どちらも、「小学5・6年より」とあります。

岩波少年文庫の本は、単行本に比べると、リーズナブルですし、持ち運びにも便利ですよね。

ジャングル・ブック  (岩波少年文庫)
ラドヤード・キプリング (著),  五十嵐 大介 (イラスト), 三辺 律子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2015/5/16)

バンビ――森の、ある一生の物語 (岩波少年文庫)
フェーリクス・ザルテン (著),  ハンス・ベルトレ (イラスト), 上田 真而子 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2010/10/16)

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2014年6月30日 (月)

子供も大人も物識りになれる那須田稔著「忍者サノスケじいさんわくわく旅日記」シリーズ

 以下のまだ下書きというべき記事で、那須田稔氏の作品に感動したと書いた。

 明日、以下の2冊が届く。

きつねの花火 (おはなし名作絵本 12)
那須田 稔 (著)
出版社: ポプラ社 (1972/06)

天馬のように走れ―書聖・川村驥山物語
那須田 稔 (著)
出版社: ひくまの出版 (2007/11)

『天馬のように走れ』は、50円の中古品ながら「美品!」とあったが、新品ではないし、何せ50円なのだから、本の外観についてはそれほど期待はしていない。

『シラカバと少女』は「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です」と表示されたまま。配送予定日のお知らせメールが届かない。キャンセルになるのだろうか。

 早く読みたいので、図書館から借りてきた。他にも――。

シラカバと少女
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/06)

もうひとつの夏
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1993/11)

砂漠の墓標―ある十五歳の物語
那須田 稔 (著)
出版社: 木鶏社 (1994/05)

ぼくと風子の夏―屋久島かめんこ留学記
那須田 稔 (著)
出版社: ひくまの出版 (2005/08)

忍者サノスケじいさんわくわく旅日記〈21〉魔女がやってきたの巻
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2009/07)

忍者サノスケじいさんわくわく旅日記〈35〉やさしいおひめさまの巻
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2010/09)

ぼくのちいさなカンガルー (おはなしキラキラシリーズ)
なすだ みのる (著)
出版社: ひくまの出版 (2009/12)

『忍者サノスケじいさんわくわく旅日記』〈21〉は佐賀県が舞台で、吉野ヶ里遺跡が出てくる。わたしは佐賀県出身なので、どうしても読みたかった。

 その本も昨日借りてきた。借りた本全部をざっと確認するつもりでその本を開いたら、読み耽ってしまい、次に当然のように、大分県が舞台で姫島[ひめしま]が出てくる〈35〉も夢中で読んでしまっていた。低学年から読めそうな本だ。

 平易でとっつきやすいエンター系作品として読めるが、文学に心得のある人間が読めば、伝統的な純文系の書き方であることがわかる。何気ない描写がとても美しい。

〈35〉でサノスケじいさんは、一郎太、ゆかりちゃんと大分県に飛ぶが、やがて見えてきた石仏をサノスケじいさんはこう説明する。

「むかしのひとが、みんなが、しあわせになるようにと、岩[いわ]に仏[ほとけ]さまをほったのだよ。この大分県には、たくさんの岩の ほとけさまがあるよ」

 姫島はアサギマダラという蝶が飛来することで知られ、その蝶が皆を大分県にいざなったのだった。本の中ではアサギマダラがいつ、どこから姫島に来て、何という花の蜜を吸うのか、そして南へはいつ帰るのかが書かれている。

 それによると、アサギマダラという蝶は春、遠い南のほうからやってきて、スナビキソウの花の蜜を吸い、夏が近づくと北の涼しいところへ避暑(?)に向かう。秋にはまたやってきて、今度はフジバカマの花の蜜を吸って南へ帰って行くという。

 今、姫島村役場のホームページ「詩情と伝説の島 大分県 姫島」を閲覧してみたら、トピックスに「2014年06月15日 お知らせ アサギマダラ飛来中」とあった。

 また、本では姫島伝説が語られ、「おひめさま」が出てくる。最後は島は祭で盛り上がり、矢はず岳の山の上にまるいお月さまがのぼる。そんな中、えりちゃんが、突然、空を指さして「一郎太ちゃん、ほら、みて みて」という。

 えりちゃんが指さした先には、「そらにうかぶ べにいろの 雲のあいだを あの やさしいおひめさまが、ながいころもを  ひるがえして、たのしそうに とんでいるのでした」。

〈35〉も面白かった。わたしは卑弥呼に興味があった一昔前に色々と調べ、奈良や佐賀の吉野ヶ里遺跡にも出かけたが、そこでの大昔の暮らしというのがなかなか見えてこなかった。

 それが、本を読んで見えた気がしたのだった。一郎太、えりちゃんと完全に一体化していたので、わたしにも見えた気がしたのだろう。田んぼで働く昔の人々が、こちらを見て手を振ってくれた。川でしじみをとっている子供たちの楽しそうな声が聴こえてきた。子供たちの一人と一緒に「火きりうす」で火をおこした。

 嬉しかったのは、染色の話が出てきたことだった。わたしが吉野ヶ里遺跡を調べて一番印象に残ったのは、甕棺墓から出土した銅剣と貝製腕輪に、茜、紫草、カイムラサキで染めたと思われる布片が付着していたという情報だったからだ。

 現在56歳のわたしが30代で書いた未完の小説「あけぼの―邪馬台国物語―」は現代タッチで、少女小説風のあまい語り口をもつ、粗いところのある、ちょっと恥ずかしい作品なのだが、以下で登場する卑弥呼にカイムラサキ染めの衣装を着せた。

 那須田稔氏の本を読んでいると、物識りになった気がしてくる。居ながらにして旅ができ、日本列島に詳しくなるだろう。

 思えば、子供の頃に読んだ本にはどの本にも豊かな知識が花の蜜のように蓄えられていた。子供には旺盛な知識欲がある。

 わたしは那須田氏の本を読みながら、世界の児童文学全集に囲まれていた子供時代の精神状態に戻っていた。

 健全な読書を可能にしてくれる沢山の本が、那須田氏のような良識ある大人たちによってもたらされていたことを改めて思った。そこは、何て幸せな世界であったことか!

 今の子供たちはどうだろう? 刺激の強い、信頼のおけない、低俗な感じのする沢山の本が子供たちを囲んでいないだろうか? 過激な少女漫画は表現の自由なのだという。

 何にしても、学校が大いに推薦するのは『はだしのゲン』。もう少し大きくなってからは村上春樹か……絶句。可哀想に! そう思ってはいけないのだろうか。どうしても、そう思ってしまうのだけれど。

 そういえば昨日だったか、「ノルウェーの森 中学生 村上春樹 読書感想文の必要性」という検索ワード」でお見えになったかたがあったようだ。

 わたしの考えは当ブログと以下の電子書籍で書いている。

 図書館へ行けば、まだ豊かな世界が広がっているはずだから、図書館で良書に触れてほしいと願わずにはいられない。

 わたしは那須田氏の本で花の蜜をたっぷり吸い、アサギマダラのように「さあ、飛び立とう」という気分になった。

 図書館にある「忍者サノスケじいさん」シリーズは全部読破するつもりだ。子供の頃にこのシリーズを読んでいたら、もっと頭のよい子になったかも……(?)。

 ところで、ネット検索中にたまたま、ある文書を閲覧した。児童文学界の変化の原因を物語るような、少なくとも児童文学界全体に影響したと想像される出来事に関係する文書である。

 そのことを今ここに書いてよいのかどうか、わからない。

 図書館からは以下の3冊も借りた。

サティン入江のなぞ
フィリパ・ピアス(著)
出版社: 岩波書店 (1986/7)

ふしぎな家の番人たち
ルーシー・M. ボストン (著)
出版社: 三陽社 (2001/7/12)

やねの上のカールソンとびまわる (リンドグレーン作品集 (17))
リンドグレーン(著)
出版社: 岩波書店; 改版 (1975/9/26)

 リンドグレーンの「やねの上のカールソン」シリーズは全部子供の頃に読んだが、持っていないので、なつかしくなり、借りてきた。

 そういえば、リンドグレーンのアルバムについて書くといっておきながら、まだ書いていなかった。

 昨夜は『不思議な接着剤 (1)冒険への道』のルビ振りを少しやり(ちっとも終わらないのは数行ずつしかやっていないため)、初の歴史小説のことを考えていた。

 初の歴史小説では、いきなり中長編を書くのは無理なので、まず短編を数編書くことにしたのだが、萬子媛に関係する歴史のどのあたりを崩して第一作に持ってくるのかを考えていたのだった。

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2014年6月25日 (水)

本物の文学の薫りがする、那須田稔著『ぼくらの出航』

 数日間セキュリティ関係の補強に追われたが、昨日は少し『不思議な接着剤  (1)冒険への道』のルビ振りをし(まだやっている)、那須田稔著『ぼくらの出航』を読んでいた。

『シラカバと少女』『忍者サノスケじいさんわくわく旅日記 35 やさしいおひめさまの巻』 をAmazonとは別のところに注文しているが、入荷するかどうかはわからないとメールが来た。購入できないかもしれない。

『ぼくらの出航』からは、最近の日本人によって書かれたものからはめったに嗅げない、本物の児童文学の薫りがするので、胸いっぱいにそれを吸い込む。

 全体をざっと見、ちゃんと読んだのはまだ半分くらいなので、完読後に――この記事を合わせた――きちんとしたレビューを書きたいが、初の歴史小説も進めなくてはならないので、遅れるかもしれない。

 作品は、まばゆいほどの初々しさ、歴史の断面を見せてくれる確かな描写力、人間の真性に対する明るい信頼に満ちている。

 終戦の混乱のハルビンで、子供たち、そして大人たち、動物たちまで、何て生き生きと描かれていることか。情景描写も美しい。

 わたしは読みながら、伯父たちのことを思い出した。

 満鉄勤務だったわたしの母方の伯父も、手広く製麺業を営んでいた伯母夫婦も満州からの引き揚げ者だった。伯父の奥さんは終戦のとき、既に病気だった。従兄は3歳、その妹である従姉はまだ赤ん坊だった。

 病気のおかあさんを助けて3歳の従兄は御飯を炊いていたというが、一家が引き揚げる途中でその人は亡くなった。

 伯父と再婚した女の人も、やはり満州からの引き揚げ者で、日本に向かう船が嵐に遭い、負んぶしていた赤ん坊が背中からすっぽ抜けて波に攫われたと聞いた。

 彼女は帰国後しばらく、気が触れたようになっていたという。伯父は再婚後一児を儲けて亡くなり、彼女ももうとっくに癌で亡くなったが、一緒にお風呂に入ると、首から背中にかけて一面に火傷の痕があった。綺麗な人だったのに。戦争の傷痕に違いないと子供のわたしは思った。

 それでも、伯父たちの体験がぴんとこなかったけれど、『ぼくらの出航』を読んでいると、それがどのようなものであったかが目に見えるような気がしてくる。

 danger 以下、ネタバレあり。

 作品の中で、主人公タダシの父親がシベリアへ行くトラックに乗せられる場面からあとは悲痛な出来事の連続である。そうしたことがまるで川が流れるように、淡々と書かれている。

 寝込むようになった母親を看病する少年。ソビエト軍の命令で家を立ち退かなくてはならなくなり、着替えをしてばったり倒れた母親をリヤカーに乗せて郊外に出るが、小高い丘に来たとき、母親は息絶えた。

 涙が出てきて、しばらく先が読めなくなった。どんなに無念だったろう。タダシは下手をすれば、残留孤児になっていただろう。

 作品から、勢力図の混乱に伴う複雑な諸相が読みとれる。

 国際都市ハルビンで、終戦や各国の混乱の中、もう敵味方の区別さえつかなくなっているようでもある。それでいて、日本の子供、満人の子供、中国の子供、朝鮮の子供、ロシアの子供……それぞれのお国事情と立場がよく書き分けられている。

 このような作品がなぜ、わが国の文学の主流であり続けなかったのか、そのことを疑問に思うと同時に本当にもったいない、残念なことに思う。どの観点から見ても、見事としかいいようのない文学作品ではないか! 

 ソビエト軍の戦車隊があとからあとから続く場面や、満人の子供ヤンとロシア人の御者との会話などは、まるでドキュメンタリーを観るように生々しい。以下に引用してみたい(頁74-76)。

 戦車隊のうしろから、歩兵隊が行進してきた。どの兵隊も、あから顔で、サルのような顔に見えた。よごれた服、ズボン、みじかいゲートル、やぶれたくつ――。ヤンは、いままで、こんなうすよごれた兵隊を見たことがなかった。
 かれらは、駅まえのヤマト=ホテルのまえまでくると、どやどやと、さけび声をあげてはいっていった。
 まもなく、ヤマト=ホテルのてっぺんに、かまとつちのマークのはいった大きな赤い旗がひるがえった。
(ソビエト連邦共和国の旗だ。)
 スズメの一群が、さえずりながら旗をかすめて、中央寺院のほうへとんでいった。
 ホテルのまえにある肉屋のまどから、ロシア人のマダムの顔がのぞいて、あわててまどをしめた。
 戦車の横を、ひげを長くはやしたこれもロシア人の馬車が、すずを鳴らして、いそいでとおりぬけ、ヤンのかくれているポプラの木の横の小道にはいって、とまった。ロシア人の御者は、馬車からおりてきて、戦車隊をながめている。
(……)
 ヤンは、ロシア人の御者に中国語で話しかけた。
「おじいさん、あなたたちの国からきた兵隊だね。ロシアの兵隊がきたので、うれしいでしょう?」
 ところが、ロシア人の御者は、はきだすようにいった。
「あれが、ロシアの兵隊なものかね。」
「ロシアの兵隊じゃないって?」
 ヤンはけげんな顔をした。
 御者のじいさんは、白いあごひげをなでて、「そうとも。ロシアの兵隊はあんなだらしないかっこうはしていないよ。わたらのときは金びかのぱりっとした服をきていたものだ。」
「へえ? おじいさんも、ロシアの兵隊だったことがあるの……。」
「ああ、ずうっと、ずうっと、むかしな。」
「それじゃ、ロシアへかえるんだね。」
「いや、わたらは、あいつらとは、生まれがちがうんだ。」
 おじいさんはぶっきらぼうにいった。
「よく、わからないな。おじいさんの話。」
「つまりだ、生まれつきがちがうということは、わしらは、ちゃんとした皇帝の兵隊だったということさ。」
 ヤンは、まだ、よくわからなかったが、うなずいた。
「皇帝だって! すごいな。」
「そうとも。わしらは、あいつらとは縁もゆかりもないわけさ。あいつらは、レーニンとか、スターリンとかという百姓の兵隊だ。」
「ふうん。」
 ヤンが、小首をかしげて考えこんでいると、ロシア人の御者は、馬車にのっていってしまった。
(おもしろいおじいさんだな。おんなじロシア人なのに、じぶんの国の軍隊をけなしてさ。いろんな人がいるんだな。)
 ヤンは、そう思った。

 わたしもそう思う。おんなじ日本人なのに、いろんな人がいる。昔も今も。いろんな人がいる――そのことを教えてくれるだけでも、文学とは凄いものではないか。

 そのあとの場面で、わたしたち読者は酒場で再びソビエト兵に再会する。彼らはバラライカという楽器にあわせて、大声で歌をうたっている。彼らが大きな肉をちぎって口に放り込んでいるのを、タダシと一緒に見る。

 彼らはタダシを酒場に引っ張り込み、肉やじゃがいもをご馳走してくれる。「カリンカ カリンカ カリンカ マヤ ヘイ!」と繰り返し歌う、陽気でフレンドリーなソビエト兵たちをタダシは好きになる。

 似た場面を、わたしは林芙美子の旅行記の中で読んだ気がする。

 彼らが見せてくれる家族の写真やドイツの子供たちの写真を、わたしたち読者もタダシと一緒に見る。

 ぼろぼろのズボンを履き、裸足で立っているドイツの子供たち。その子供たちと笑って写真に写っていた年寄りの兵隊は、写真の子供たちを指して「おまえの友だちさ」といい、「あんたのおやじさんのために!」といって、ウォッカをぐっと飲む。傍らの若い兵隊の顔を見て、「世界のおふくろさんのために!」といって、また、ウォッカをあおる。

 明日は自分たちの国に帰っていくというソビエト兵。

 次に、また長い引用になるが(頁128-129)、そうせずにはいられない。この作品は、読み継がれるべきだ。世界中で読まれるべきだ。学校で子供たちに読ませるべき作品とは、こういう作品をいうのではないだろうか。

(じぶんたちの国!)
 タダシの国は、どこなのだろう……。にっぽん、日本はくろい海をこえていったところにういている四つの島。目のまえがかすんできて、日本の地図がうかんできた。地図の上に波がうちよせている。日本の地図がタダシのまわりでぐるぐるうずをまいてまわりはじめた。日本はいまにもちんぼつしそうだ。日本の地図にだぶって、おかあさんの顔があらわれた。むこうから、エンジンの音がきこえる。トラックだ。トラックの上におとうさんがのっている。おとうさんは、おかあさんをトラックにのせると、だんだん遠く走っていってしまった。
(どこへいくの!)
 タダシはさけぼうとしたが、のどがからからにかわいて、声にならなかった。
 波がザブンと立ち、タダシは、ふわふわ、およいだ。大きな波がやってきた! タダシはそのまま、暗い海の底へぐんぐんひきずりこまれてしまった。

 そのあとの感想はちゃんとしたレビューに書くことにして――、作品の最後を見ておくと、タダシら子供たちを救ってくれたのは新しい中国の軍隊であった。その中国の軍隊とは、中華民国の国民党だろう。

 Wikipedia:引揚者によると、「満州や朝鮮半島の北緯38度線以北などソ連軍占領下の地域では引き揚げが遅れ、満州からの引揚は、ソ連から中華民国の占領下になってから行われた。満州においては混乱の中帰国の途に着いた開拓者らの旅路は険しく困難を極め、食糧事情や衛生面から帰国に到らなかった者や祖国の土を踏むことなく力尽きた者も多数いる」。

 そこからの中国の流れをWikipedia:中華人民共和国中華民国を参考、引用していえば、中国国民党率いる中華民国国軍は、ソビエトの支援を受ける中国共産党率いる中国人民解放軍に破れた。そして、1949年に、共産主義政党による一党独裁国家、中華人民共和国が樹立される。

 国民党政府は、日本の進駐中であった台湾島に追われるかたちで政府機能を移転した。1951年のサンフランシスコ講和条約および1952年の日華平和条約において、日本は台湾島地域に対する権原を含める一切の権利を放棄。

 国際法上の領有権は未確定ともいわれる台湾島地域は、中華民国政府の実効支配下にある。中華民国政府も、中華人民共和国の中国共産党政府と同様に、自らを「『中国』の正統政府」であると主張している。

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2013年7月 8日 (月)

『共同研究 パル判決書』(講談社学術文庫)、「第二編 パル判決書(正文)」目次から 

『共同研究 パル判決書』(東京裁判研究会、講談学術文庫、1984年)を図書館から借りた。パル判決書だけでも、和訳して88万5000字余り、四百字詰原稿用紙にすると2213枚にもなるという堂々たるもので、返却日までに読めそうにない。

 大学では村上春樹をよく学生に読ませているようだが、このような本を読ませたらいいのにと思う。長文だが、ざっと見たところでは法学部の学生でないと読めないといった難解さはない(読みやすいように工夫されている)。

 日を置いて、再度借りることにしたいので、とりあえず、「第二編 パル判決書(正文)」の目次だけでも、メモしておくことにしたい。

 第二次世界大戦後終結後に行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)でただ一人、A級戦犯全員無罪としたラダビノッド・パル(Radhabinod Pal)判事。

 パル判決書とは、東條英機元首相以下25名の戦犯被告を有罪とした多数派判決を論駁したインド代表パル判事の反対意見書のことである。

 この本の「序」には「この『パル判決書』は、法廷での朗読も行われず、日本国民に無用の刺激を与え、占領政策に有害なものとして、占領軍当局は、その公刊も禁じた」とある。その後、出版が行われるようになったという。

 以下が「第二編 パル判決書(正文)」の(頁を省いた)目次。これを見ると、パル判決書の構成がわかる。

第一部 予備的法律問題  

    (A)裁判所の構成
    (B)裁判所の管轄権外の事項
    (C)本件に適用されるべき法
    (D)裁判所条例――これは戦争犯罪を定義しているか
    (E)定義――これは裁判所を拘束するか
    (F)戦勝国――法律を制定しうるか
    (G)戦勝国の主権に関する理論
    (H)侵略戦争――犯罪であるか
      (1)1914年までの国際法において不法または犯罪であったか
      (2)1914年からパリ条約成立の1928年までにおいて不法または犯罪であったか
      (3)パリ条約以後不法または犯罪であったか
      (4)パリ条約によって犯罪とされたか
      (5)パリ条約のために犯罪とされたか
      (6)その他の理由によって犯罪とされたか
    (1)個人責任
      (1)ケルゼンの見解
      (2)グリュックの見解
      (3)ライト卿の見解
      (4)トレイニンの見解
      (5)国際生活における刑事責任の導入
 

第二部 侵略戦争とは何か
    (A)定義の必要
    (B)各時代に提案された各種の定義
    (C)右の諸定義の承認にたいする諸困難
    (D)定義の基礎
    (E)自衛
    (F)自衛を決定する要因
    (G)考慮を要すると思われる事項
      (1)中国における共産主義
      (2)中国のボイコット
      (3)中立問題
      (4)経済制裁
      (5)強制的手段の合法性
      (6)条約その他に違反せる戦争
      (7)背信的戦争
 

第三部 証拠および手続に関する規則 

第四部 全面的共同謀議
    (A)諸言
    (B)第一段階――満州の支配の獲得
    (C)第二段階――満州よりその他の中国の全部におよぶ支配および制覇の拡張     
    (D)第三段階――日本の国内法ならびに枢軸国との同盟による侵略戦争準備
      (a)国民の心理的戦争準備
      (b)政権獲得
      (c)一般的戦争準備
      (d)枢軸国との同盟
    (E)ソビエト社会主義共和国連邦に対する侵略
    (F)最終段階――侵略戦争の拡大による東亜の他の地域、太平洋およびインド洋への共同謀議のいっそうの拡張
    結論
 

第五部 裁判所の管轄権の範囲  

第六部 厳密なる意味における戦争犯罪
    殺人および共同謀議の訴因
    日本占領下の諸地域の一般人に関する訴因
    俘虜に関する訴因
 

第七部 勧告 

 

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2013年4月29日 (月)

カロッサ『指導と信徒』に見る神智学・人知学(アントロポゾフィー)の影響と印象的なリルケの描写 その①ブラヴァツキー

 メモ程度の短い記事にするつもりだったが、カロッサの『指導と信徒』に出てくる神智学、人知学について触れるためには、ブラヴァツキーの神智学についてざっとでも触れないわけにはいかなくなり、今日のところはカロッサにまで行き着かずに終わりそうなので、記事を分けることにした。

 でも、分けてしまうと、わたしは後が続かないことがある。『ハムスター列伝』然り、『最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル - その豊潤な詩また神智学との関りについて』然り。

 西洋の知識人にブラヴァツキーの影響は広く、深く及んでいるにも拘わらず、調査が進んでいない。誰のせいだろう? わたしも神智学協会の会員である以上は、その責任がある。

 といっても、頭の悪い、お金もない、普通の主婦には大したことができないので、せめて、文学書に目についた神智学の文字には注目して、記事にしておきたいと思った次第。

 以下はウィキペディアより、冒頭を引用。

Wikipedia:へレナ・P・ブラヴァツキー

ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (Helena Petrovna Blavatsky)、1831年8月12日 – 1891年5月8日) は、神智学を創唱した人物で、神智学協会の設立者。

著書の訳書はH・P・ブラヴァツキーかヘレナ・P・ブラヴァツキーとして出ている。通称ブラヴァツキー夫人。ブラバッキーと誤記されることもある。ドイツ/ロシア系で、ロシア語でのフルネームはエレーナ・ペトローヴナ・ブラヴァーツカヤ (Елена Петровна Блаватская, Eelena Petrovna Blavatskaya) である(ブラヴァーツカヤはブラヴァーツキーの女性形)。旧姓フォン・ハーン (von Hahn)。

神智学はキリスト教・仏教・ヒンドゥー教・古代エジプトの宗教をはじめ、さまざまな宗教や神秘主義思想を折衷したものである。この神智学は、多くの芸術家たちにインスピレーションを与えたことが知られている。例えば、ロシアの作曲家スクリャービンも傾倒したし、イェイツやカンディンスキーにも影響を与えた。

ロシア首相を務めたセルゲイ・ヴィッテ伯爵は従弟である。2人の共通の祖母が、名門ドルゴルーコフ家の公女にして博物学者のエレナ・パヴロヴナ・ドルゴルーコヴァである。

 これ以降、特に在印期について書かれた思想的な部分は、ケチをつけるようで悪いけれど、わたしには執筆者がブラヴァツキーの主要著作さえ読んでいないのではないかと思わざるをえない。

 ウィキペディアには以下のように書かれている。

インドの地において神智学にはより多くのインド思想が導入されてゆくことになった。インド人の神智学協会会員のダモダールやスッバ・ロウなどが協力し、ヒンドゥー教や仏教から様々な教えがとりこまれた。ただし、理解や導入に限界はあり、西洋の神秘学との折衷的な手法が採用された。理解できたり、利用できる思想は取り込むものの、それができない部分はカバラーや新プラトン主義などの考え方で補完する、ということをしたのである。

 これでは折衷というより、ただの寄せ集めにすぎない。ブラヴァツキーがそんな甘い姿勢で協会の設立や執筆に取り組んだのではないことが『神智学の鍵』の序文や『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』のはしがきを読んだだけでわかるのだが……。

 折しも、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(訳者:田中恵美子 、ジェフ・クラーク )が上梓されたそうだ。1989年に出版された『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論[上]』の改訂版で、「シークレット・ドクトリンの沿革」と「議事録」の章を抜いて再編集してあるとか。

 以下の出版社「宇宙パブリッシング」のホームページからメール注文により、送料無料で購入できるという(近いうちにAmazonからも購入できるようになるそうだ)。

 最初の20ページを、PDFファイルのダウンロードで読むことができる。この部分だけでも、ブラヴァツキーの神智学の薫りが伝わってくる。

 近代神秘主義、オカルティズムはブラヴァツキーのこの著作抜きでは語れないので(それなのに、彼女の著作を読みもしないで、やたらと語る人が多いのはどういうわけか)、480頁の重厚な内容で、4,000円(税別)はお得だと思う。

「シークレット・ドクトリンの沿革」と「議事録」の章が抜かれているため、安くなっているようだ。わたしが購入した初版、第3版は10,000円(税別)だった。紛失を畏れたのと、書き込みで汚くなってはいけないので、高価な本を2冊求めた。原書も一応持っている。

 日田市で台風被害に遭った夜、わたしはブラヴァツキーのこの邦訳版と、わたしにはサファイアのようなオーラが放射されて見える原書、それにバルザックの『幻滅』、着替え、通帳、ハムスターをケージごと持って、ホテルに避難した。

 『シークレット・ドクトリン』のはしがき(この部分はサンプルのダウンロードで読める)に、「この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって」とあり、執筆にアデプト(大師)の助けがあったことをほのめかしているが、こうした部分が攻撃の的となってきたわけだ。

 そんなこと、確かめようのないことで、わたしにはどうだっていい。内容の高貴さは美しいオーラが証明していると思うし、「はしがき」に表れた著者の謙虚さ、志の高さ、ナイーヴさを知るだけで、わたしにとって、この著作はすぐに宝物になったのだった。

 平易な表現でブラヴァツキーの人生を素描したハワード・マーフェット『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、竜王文庫)には、次のような箇所が出てくる。

或る日、伯爵夫人が書斎に入っていくと、床には棄てられた原稿用紙が一ぱい散らかっていました。
「どうしたのですか?」と彼女は聞きました。
「一頁を正確に書こうとして十二回もやって見ました。いつも大師は違っていると言われるのです。何度も書いて、気違いになりそうです。でも成功するまでは休みませんよ。たとえ夜中までかかってもやります。勝手にさせておいてください」
 コンスタンスはコーヒーを持って行き、そのうんざりする仕事をさせておきました。一時間すると、HPBが呼んでいるのが聞こえました。その頁は満足出来るよう、仕上がっていました。

 文中の伯爵夫人というのは、ブラヴァツキーが『シークレット・ドクトリン』を執筆していたとき、協力者として生活を共にしたコンスタンス・ワクトマイスターという名のスウェーデンの伯爵夫人である。

 この如何にも貴婦人らしい気品に満ちた写真の残っているワクトマイスター夫人は、透視力が優れていて、大師が精妙体で現れるのを度々見たり、時には話しているのを聞くことさえできたという。

 わたしも、いわゆる透視力や透聴力といわれる能力が徐々に発達してきたせいで、子供の頃には前世修行者だったという霊的記憶と瞑想の習慣くらいしかなかったのが、大人になってから、いろいろな体験をするようになった。だから、伝記に書かれたようなブラヴァツキーの周囲で起きる様々な現象も、大して珍しいとも思わない。

 わたしにはなぜ、問題の本質――著作の性質――をそっちのけにして、今なお、ブラヴァツキーが霊媒だのペテン師だのと、それ以外のことばかり問題とされるのかがわからない。

 著作がすべてを語るのではないだろうか。「はしがき」で、ブラヴァツキーは著作の目的を次のように書く。

万物の存在は偶発的なものではなく、必然の結果であると証明すること、宇宙体系においての人間の正しい位置を明らかにすること、さらに、あらゆる宗教の基礎である太古の真理を忘却から救い、その基本的統一性を発見すること、最後に、これまで近代科学が取りあげなかった大自然の側面を示すことである。

 考古学の発見や古文書の解読、また科学の発達によって、当時は荒唐無稽に思われたブラヴァツキーの記述の中に、その正当性が明らかになったことがずいぶんあるのではないかと思う。大学の研究室のような専門機関で、ブラヴァツキーの著作は検証される時期に来ているのではないだろうか。

「はしがき」でブラヴァツキーは明かしている。

これらの真理は断じて、啓示としてもたらされたものではないし、筆者は、世界の歴史の中で今はじめて公けにされた神秘的な伝承の啓示者であると主張もしない。この著作の中にあるものは、アジアの偉大な宗教や太古のヨーロッパの宗教の聖典に表されているが、象形文字や象徴のヴェールにかくされて、これまで気づかれないままに散在していた何千巻にも及ぶものから得ている。今、しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた一貫した全体としてまとめることである。筆者が先輩達よりも有利な唯一の点は、個人的な推論や学説をたてる必要がないということである。というのは、この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって、筆者自身の研究と観察による追加はごく僅かだからである。ここで述べられている沢山な事実の公表は、的はずれで空想的な推論が行われてきたために必要とされるようになったのである。つまり近年、多くの神智学徒や神秘主義の学徒が、自分に伝えられた僅かな事実をもとにして、自分だけが完全だと思い込む空想的な思想体系をつくり上げようと、夢中になっているからである。

 ブラヴァツキーは「多くの神智学徒や神秘主義の学徒が、自分に伝えられた僅かな事実をもとにして、自分だけが完全だと思い込む空想的な思想体系をつくり上げようと、夢中になっている」と書いているが、結局後継者であったアニー・ベサント、リードビーター、神智学協会ドイツ支部の分裂後アントロポゾフィー協会を設立したシュタイナーにしても、ブラヴァツキーの観点からすれば、彼女の死後も同様の事態が発生したことになる。

 アニー・ベザントも、シュタイナーも、それぞれに巨大な足跡を残した人々ではあったが。

 カロッサの『指導と信徒』には、神智学と人知学が出てくる箇所がある。区別して訳されているから、人知学とはシュタイナーのアントロポゾフィーのことだろう。

『指導と信徒』は1933年に出ている。シュタイナーは1925年に64歳で亡くなっている。カロッサは1878年に生まれ、1956年9月12日に亡くなっているから、シュタイナーが亡くなったとき、カロッサは47歳。カロッサが神智学やシュタイナーの著作を読んだことがあっただけなのか、神智学協会ドイツ支部あるいはアントロポゾフィー協会と関わりを持ったのかどうかは、『指導と信徒』の中の短い記述からはわからない。

 ただ、その記述からすると、仮にそうした場所へ足を運んだことがあったにせよ、それほど深い関わりを持ったようには思えない。だからこそ、当時のドイツにおける知識人たちに神智学やアントロポゾフィーがどんな印象を与え、影響を及ぼしたのか、探れそうな気がする。

 リルケを医者として診察したときの描写、友人づきあい、またリルケに潜む東方的な影響――ヨガの精神――について書かれた箇所は印象的である。リルケについても、改めてリサーチする必要を覚える。

 カロッサ全集の中から書簡集と日記を図書館から借りたので、それらに神智学、アントロポゾフィー、またリルケについて書かれた箇所がないか、探してみたい。

 ②では神智学、人知学が出てくる箇所を抜き書きしておこう。シュタイナーは第一次世界大戦、カロッサは第一次大戦とナチス下の第二次大戦を体験し、生き死に関する問題が重くのしかかったであろう過酷な時代を生きた。

 ※当ブログにおける関連記事

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2013年3月 3日 (日)

赤羽建美著『本を殺したのは、無能編集者である』(Kindle本)を読んで

 以下、ネタバレ部分を含みます。

 神秘主義はときに唯物主義との非難を浴びることがある。それは、霊は物質である、という考えかたをするためなのだが、神秘主義の場合、霊と物質は一体と考えるためで、物質は霊である、ともいう。

 神秘主義者は、日々の暮らしの中で、今住んでいる世界にはもっと精妙な世界が重なって存在していること、また自分の中で、その精妙な世界に呼応する性質のものが働いていることを感じとっているため、上記定義は、自明の理と感じられるのだ。

 著者は、本は物である、という。著者のいう「物」とは、例えば消耗品といった物の一面を意味する言葉ではない。生命を秘めた、一個の「物」なのだ。前掲の神秘主義的定義を連想してしまうほど、著者の「物」は奥行きのある言葉であり、読み進むにつれ、「物」が生命と尊厳を宿したものであるように感じられてくる。

雑誌というものは生き物である。生まれた人間が死ぬように雑誌もいつか死ぬ。そして、幸いにも恵まれた人生を送る人とそうでない人がいるように、雑誌にも多くの人たちから愛されて幸福な時間を経験できる物とそうでない物がある」と著者は書く。「物霊」という小見出しまで飛び出す。

 この著作は、本をモチーフとした文化論、愛情論といってもよい。本と読者に対する愛情が今の編集者には欠けており、その狭量で偏向的な態度が本を殺しただけでなく、物や人に対する欠陥のある態度を文化として発信するという間違いを犯している……とわたしは解釈した。

 以下の著者の言葉はわたしを怯えさせる。

本は内容であると言いながら、部数至上主義を信奉し、言い訳として「いい内容だからこの本は数多く売れた」「数多く売れる本は内容がいい」と言って来たご都合主義の人たち。彼等がデジタルの世界を跋扈するようになったら、今度は電子書籍が殺されてしまう。

  わたしは、そのような御都合主義の人々から逃れて電子書籍の森へやって来た小動物である。でも、既に、生命が脅かされる危険を感じ始めている……。

 対談編における、ベストセラーについてのX氏の言葉「ベストセラーになるのは、読書好きでない人たちも買うからで、それはそれで凄いのは認めます」と同じことは、書店勤務の娘もいっていた。ベストセラーになるように掛けられ、外れることも多いらしい。

『本を殺したのは、無能編集者である』というタイトルが示しているように、この著作は出版界における――特に編集者のありかたに焦点を絞った――問題提起の書といえるが、暴露本的な低俗さのない、読書の醍醐味を味あわせてくれる好著である。

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2012年7月30日 (月)

読書感想文の書き方 No.1 - プロローグ

 当ブログにアップした記事『高校生の読書感想文におすすめの本 2012夏』にアクセスが急増しているので、なんとなく気になり、読書感想文の書き方、というフレーズでググってみた。

 すると、読書が嫌になりそうなアドバイスばかりが出て来るではないか。コピペのサイトがあることは、昨年知った。

 読書は、そんなに苦痛なものなのだろうか? 

 苦痛であるなら、苦痛にさせる原因があるはずだ。

 先生の顔色を見て書かなければいけないようなアドバイスを多く目にしたが、そうした読書及び感想文に対する姿勢がそもそも問題なのではないだろうか?

 実は、小学生のある時期、わたしも先生というか大人の顔色をうかがって、読書感想文を書いていた時期があった。そうやって仕上げた感想文は決まってコンクールでよいところまで行き、わたしは全校生徒の前で褒められた。

 大人なんて、だますのはちょろいものだ、ちょっと彼らの心をくすぐるようなことを書けば、いいんだから……と腹の中でせせら笑う、嫌な子だった。しかし心は満たされず、虚しかった。その時期は、読書自体が好きではなかった。

 ああいうことができたのは、本当に感動する作品に出合ったことがなかったからだった。自らを変容させるような、純度の高い感動をもたらしてくれる作品に出合ったとき、そんなあざとい不毛な読み方、書き方は、わたしの中から消えていった。

 だからわたしは、かつての自分と同じような書き方をした読書感想文はわかるし、同じような――何かに媚びた――書き方で文学賞に輝いた作品だってわかる。

『読書感想文の書き方』というこの記事を本格的に書き始めるのは秋か来年になりそうだが、一つだけいっておくと、本は、できれば購入して自分のものにしたほうがいいと思う。

 書店でパラパラと本をめくってみれば、内容の難しさ、わかりやすさとは別に、活字の並び具合が何となく美しいと感じられるか、そうでないかが、わかるはずだ。美しく感じられるものであれば、購入しても損はないと思う。

 本は人間と同じように、人格(本格?)がある。本を購入したり借りたりするというのは、ある人を家に招くのと同じことなのだ。

 前掲の記事で文庫しか挙げなかったのは、文庫は金額的に、比較的購入しやすいからだ。

 本を買ったら、全体をパラパラとめくって、まず雰囲気を感じとってみる。

 読むときは、興味を惹かれたり、疑問を覚えたり――といった、気になった箇所にどんどん線を引いていく。図書館から借りた場合や本を汚したくない場合は、あとで綺麗にはがせる付箋紙を利用するとよい。ノートにどんどん書き出していってもよい。

 しるしをつけた箇所をあとで読み返し、なぜその箇所が気になったのか、調べてみよう。作品の書かれた歴史的背景や主人公の置かれた環境が、改めて浮かび上がってくるかもしれない。作者独特の考え方がはっきりしてくるかもしれない。

 魅力的な作品は別の作品への架け橋となることがよくある。よい作品には、色々な興味を連鎖的にひき起こしてくれるという特徴がある。世界をひろげてくれるのだ。

〈No.1 - プロローグ〉はここまで。

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2012年2月29日 (水)

瀕死の児童文学界 ⑤独学によさそうな本 

 志高く創設されたと思われる児童文学界における名のある二つの協会がいずれも、コンクールを前面に出した安くはない講座案内を賞の応募者に送りつけてきたり、雑誌でコンクール攻略法を特集したり……といった俗っぽさ丸出しという感じだ。そして、コンクールは沢山あれど、栄冠に輝くのはほとんどがエンター系の作品ばかり――といった偏りかたなのだった。

 エンター系、大いに結構だと思うが、音楽のジャンルからクラシック音楽が消え失せたらショッキングであるのと同じように、本格的に児童文学の執筆を開始し始めたわたしには、それはショッキングな現実といえた。

 というのも、わたしは拝顔も叶わないままではあったが、前掲の二つの協会のうちの一つ日本児童文芸家協会の会長を1975年から1995年まで務められた福田清人氏の以下の本を一番の教科書として、児童文学を独学してきたからだった。

 わたしが以下の過去記事で引用したのは、この本からだった。

2006年11月12日 (日)
新聞記事『少女漫画の過激な性表現は問題?』について
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/11/post_a6be.html

 今読んでも少しも古びていない、このすばらしい創作の指南書には次のようなことが書かれている。長くなるが引用しておきたい。

[引用 ここから]……
 すぐれた児童文学は児童の精神形成――豊かな情緒をやしなわせる点や、勇気敢闘の志を持たせるのに役立つ文学である。それは多くの自伝、回想記類を見ても、きまって幼少時の読書の思い出を述べていることでもわかる。ドイツのすぐれた児童文学者ケストナーは「たいがいの人間は自分の少年時代をコウモリガサのように過去のどこかに忘れてきてしまう。そのあと四十年、五十年の学問も経験も最初の十年間にくらべると純粋さという点ではとても及ぶものではない。少年時代は私たちの灯台だ」といっているが、この少年少女時代に純粋な灯台の日を自覚させ、また灯台の光線の照明する遠いかなたを示す一方、おとなたちにもそれを読めばかつての純粋な時代を回想させるのが児童文学である。ところでわが国の文壇ではなんだか児童文学は一般成人文学より安易なもの、年齢的な児童なみに一段下がったものという誤った観念があるのではなかろうか。
 それは小川未明がすでに述べたように小説と別の独立した文学ジャンルである。詩や小説を書いているうち、自分の文学精神が一般の詩や小説より児童文学に向いていることを自覚し、そちらへ進んだといった方がいいのである。
 日本の児童文学史をみても、その開拓者巌谷小波は、尾崎紅葉硯友社同人で「文壇の少年屋」とよばれたほど、少年の主人公の小説家から少年文学へ進んだ。鈴木三重吉も小川未明も、宮沢賢治もそうであった。
 今日児童文壇の二大家である浜田広介氏も坪田譲治氏もそうであった。
 それは日本の作家ばかりでなく、アンデルセンにも童話以前に小説「即興詩人」があり、ケストナーにも詩集があった。
 私はむしろ詩や小説で文学のデッサンをして児童文学へはいった方がいいのではないかとさえ思っている。
……[引用 ここまで]

 わたしが童話の試作を始めたのは、中学1年のときだった。子供ごころに童話は難しいと感じられた。他にジュニア小説を書き、真似事のような詩を書き散らした。高校生のときには詩と童謡、大学生のときは詩と哲学論文もどきのエッセーと純文学小説、大学卒業後は主に純文学小説で、俳句に熱中した一時期があった。歴史物を書きたいと思って取材に出かけたり(まだ試作品とエッセーしか書けていない)、戯曲を書いたりもした。

 40代で一度児童文学に戻りかけたが、そのときですら時期尚早と感じられた。子育ての最中だから書けるかもしれないと思ってのことだったが、子供というものを至近距離から見つめすぎて苦しく、むしろ書けなかったのだった。

 そして、ようやくわたしは念願の児童文学に戻ってきた。故郷のように感じられるのはこの世界のはずだった。

 生活不安という世俗的な事情から、賞応募には少し早いと思いながらも、昨年いっぱいチャレンジしてみた。ところが、賞に落選したよりはるかにショッキングな前述のような出来事に遭遇したわけだった。しかし、それは子育て中から異変を感じていたことではあった。わたしが子供の頃に親しんだような児童文学全集をわが子にも買ってやりたいと思っているうちに、子供たちは成人してしまった。待っていても出なかったのだ。

 できれば、自身の代表作となるような児童文学の秀作を数編は仕上げてから、児童文学の問題に直面したかったが、早く直面してしまったので、わたしは問題へのとり組みと児童文学の修業を同時に行うという、いささか滑稽なはめに陥っている。碌な作品も書けないでいて偉そうなことをいうなといわれるのが落ちだとわかっていても、放置できる問題とは思えない。かといって、この問題をどうすべきかがわからないから、とりあえずブログで問題と感じる点を記事にしているというわけだ。

 前掲の福田清人氏の本を読めば、わが国の児童文学界がエンター系に偏ることになった発端の事情も窺える。

[引用 ここから]……
 最近、坪田譲治氏にお会いした折り、氏は「小説は書こうと思えば書けるが、童話というものは本当にむずかしい。なかなか書けないものだ」と、しみじみ述懐しておられた。
 児童文学といってもファンタジー性の濃い童話と、児童小説とに分類できる。坪田氏のいうのは主として前者を意味するもののようであった。それは散文詩的な要素を含み、強いモチーフにささえられている。アンデルセンや宮沢賢治や、初期の小川未明や、浜田広介の作品のようなものである。
 こうした傾向の作品は、今日少ない。世間一般に児童文学というとき、この種の傾向を意味している場合が多い。しかしこうした童話のモチーフが浅く、児童に甘えた傾向におちいったとき、児童の現実を描く生活童話が生まれた。それはそれなりに意味はあったが、いつか安易に流れた下手な小説めいたものが多く書かれた。
……[引用 ここまで]

 ウィキペディアに、日本児童文芸家協会「創立当初の会員構成は、文壇作家や放送作家それに「少年倶楽部」系などの大衆児童文学作家が大半を占めていたことが特徴的であった」とあったのも、わたしが電話で訊ねた編集者の認識が冒険物=エンター系であったというのもなるほどと頷ける。純文系は生活童話、それも「安易に流れた下手な小説めいたもの」という印象が今も残っているのかもしれない。

 しかしこれはわが国の特殊事情であって、純文学とは本来そういったものではないはずだ。音楽でいえばエンター系がポピュラー音楽なら、純文学はクラシック音楽といえよう。子供向きの純文学作品でよくできたものは、児童の生活を興味深く照らし出す彫りの深い描写を特徴とし、面白さという点でも格別の、精巧さを宗とする第一級の芸術品なのだ。そして純文学であれば、文化の継承という使命を忘れることはない。宮沢賢治の童話がそうであるし、フィリパ・ピアスの『トムは真夜中の庭で』は純文学の手法で書かれた傑作だ。

フィリパ・ピアス
岩波書店
発売日:2000-06-16

 わが国の児童文学はイギリスなどとは違って、ジャンル的な確立がうまくできないまま、あやふやなかたちで来ているのかもしれない。このままでは、子供というより中年女性の好みそうなお菓子(スイーツと呼ぶべきか)、魔女、お化けの溢れかえったエンター系の読み物が、宮沢賢治やフィリパ・ピアスのような作家の育つ土壌まで完全に覆い尽くしてしまうだろう。

 以下のような本を一度でも読んでいるのといないのとでは、文学作品に対するとり組みかたが全然違ってくると思う。

レオン・サーメリアン
旺史社
発売日:1989-03
ひじょうにバランスのとれた、格調の高い指南書。

 リンジグレーンの以下の本は、子供の思考、行動がよく捉えられている子供のスケッチ集といってよいような作品集だ。短編集なので、一編くらいなら筆写が可能だろう。ずいぶん勉強になるに違いない。わたしはやってみようと思っている。

アストリッド・リンドグレーン
岩波書店
発売日:2008-09-26

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2012年1月 6日 (金)

幼年童話と五感の発達。マリー・ホール・エッツ『わたしと あそんで』(福音館書店)。

  • 4~6歳対象で10枚
  • 幼児から小学1~2年対象で15枚

 という目標を掲げて、まず4~6歳対象の童話にチャレンジしているところだが、難しい。

 子供の発達は目覚しいから、自分の子供たちのことを思い出してみても、4歳児と6歳児では全く違う。幼稚園生で考えると、

  • 年少……3歳~4歳
  • 年中……4歳~5歳
  • 年長……5歳~6歳

 という理解でいいだろうか。

 孫でもいれば、もっと身近に感じられるのだろうが、幸い、子供たちのその頃のことはよく記憶している。
 幼稚園の頃の自身の感覚はこの年齢になっても刻印されていて、幼稚園のお弁当温め機から漂ってくる匂い。薪や炭、雪、お日さまの香り。動物の毛の匂い。月の光をあれほど生々しく肌に感じることも、それ以降はめったにない。

 幼年というのは五感の発達するときで、ここからこうといった線引きはできないにせよ、ぐんぐん頭脳的になっていく小学校からとは違いがある。その五感に添う、わかりやすい、はっきりとしたお話を書きたいのだが、どうしても、小学生以上を対象としたものになってしまう。

 ただ、4歳~6歳が対象の童話といっても、大人が読んであげる場合と、子供が自分で読む場合とでは、これまた違う。そこで、「こどものとも」を何冊も読んでみた。うーん。

 悩んでいても始まらない。何編も書くうちに書けるようになるだろうと期待しつつ、とにかく書いてみることにした。題材は、以前から温めていたもの。どうしても、その題材を生かしたい。時間の流れを、一日単位にするか季節単位にするかで迷う。

 マリー・ホール・エッツはさすがに上手だ。


 同じエッツの『もりのなか』は、わたしは怖い。しかし、たまにどうしても読みたくなり、今度こそ買おうと書店に行くが、読み直すとやはり怖くて買えない。家に置いておくのが怖いのだ。
 なぜだろう。リンドグレーンに対するような、信頼できる怖さとは違う。どこかしら油断できないものを感じてしまう(これはあくまでわたしの特異な感じかたにすぎない)。

マリー・ホール・エッツ
福音館書店
発売日:1963-12-20

 日本人作家では、神沢利子が好き。

 海たまごでラッコをみたとき、『いたずらラッコのロッコ』を思い出した。海たまごのラッコは、プールを行ったり来たりしていたが、ターンするときに必ず観客のほうをチラッと見た。その飄々とした表情に、何だかこちらのほうが見られる動物になった気がした。
 『くまの子ウーフ』は小学2~4年向きとある。内容は案外抽象的で、哲学がかっているところすらあるから、対象としてはそんなものかもしれない。

 ただわたしは、神沢利子の作品では、読んでいて結構、止まってしまう。
 たとえば、めんどりがウーフにたまごを「あんたがもらいにきたらそのたびにうんであげるわ。」という場面。

 これは無精卵と解釈していいのだろうか。昔読んだときに、めんどりがわが子をくまの子に生贄として差し出す場面に想えて怖いと感じて以来、何度読んでもここで止まってしまう。大人になってからは、無精卵だから大丈夫、と自分を納得させようとするけれど、だめだ。『銀のほのおの国』も、ウサギが毛皮の履物を履いて出てきたところで、その不自然さにそこで止まってしまった。

 止まりはするが、奥行きがなく、複雑でもない。気楽に読めるから、好きなのかもしれない。こう書くと、賛美しているのかその逆のことをやっているのかわからなくなってくるが、五感を基本にして頭で考え、工夫して書かれている作品という気がする。ホームメイド的といおうか、親しみがわくのだ。
 リンドグレーンの作品の場合は、気楽に読むこともできるが、深みにはまろうと思えば、いくらでもそうなることが可能だ。その作品のうちに潜む哲学的な深みは、ほとんど霊的といっていいぐらいに、重層的で謎めいている。日本の児童文学作家に、リンドグレーンのような詩情、ユーモア精神、哲学性、霊感を備えた作家はいない。

 リンドグレーンの先輩といってよいスウェーデンの児童文学作家ラーゲンレーヴにも同じ傾向が見出せるが、ラーゲンレーヴには、リンドグレーンのような怖さはない。大人向きに書かれた神秘主義小説『幻の馬車』(角川文庫)はわたしの宝物。根に潜むものがラーゲンレーヴの場合は性善説であり、リンドグレーンの場合には高潔ながらもっと深刻なもの――鋭く人類の愚かさを見据えた怒りと哀感――の存在を感じさせる。

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2011年12月 8日 (木)

クリスマスにおすすめの本 2011

 美味しそうな、1本のにんじん。
 食物を探しにくい雪の日に登場する動物たち。
 彼らの友人を思う気持ちと行動が円環をつくり出します。
 動物たちはリアルで可愛らしく、彼らの部屋の中をのぞける楽しさも味わえますよ。
 平仮名の読めるお子さんであれば、自分で読めるでしょう。

 グリーン・ノウ物語は全6巻ですが、各巻が独立した作品として読めるようになっています。
 そのなかの第1巻『グリーン・ノウの子どもたち』は、クリスマスに読むにはぴったりの作品です。作者であるボストン夫人の息子さんが手がけた挿絵も、凝った典雅な趣のあるもので、贈り物にもいいでしょうね。

 大おばあさんの元へ休みを過ごすために出かけた、寄宿舎に入っている孤独な少年。
 母親は亡くなっており、父親は再婚していて、少年は二度目のおかあさんにうちとけることができませんでした。
 そんな暗い事情が読者に明かされる、汽車のなかの場面から始まるのですが、古い城のような家に住む大おばあさんと少年が顔を合わせる場面の一部分をご紹介してみましょうか。

“へやには、たくさんのガラスのろうそく立てに、ろうそくがいっぱいともされていた。そして大おばあさんがトーズランドに手をさしだしたとき、指輪にもろうそくの光がうつった。「とうとう、かえってきたわね!」
 大おばあさんは、少年が前にすすむと、ほほえんでいった。”

 大おばあさんと一緒だと、少年は屈託なくて、雪の香りもよいものだと感じさせます。
 そして、大おばあさんの家での暮らしは幻想と古い歴史が織り合わった、謎と奇怪さと美にみちたものでした。
 さて、少年はどんなクリスマスを迎えるでしょうか?

シュティフター
岩波書店
発売日:1993-11-16
 作者の哲学的強度を感じさせる作品4編を収めた、まるで宝石箱のような短編集。
 最初の作品『水晶』を、わたしは子供の頃に児童文学全集で読みました。

 大自然のふところで生きる村人たち。
 クリスマスの祝祭のリポートから作品が始まります。
 ネタバレでいってしまうと、これは二人の子供の遭難と救出の物語なのです。
 兄の言葉に従うときの妹の「そうよ、コンラート」という口癖が、作品を読み終えても長く耳について離れません。

 大人になってもそうだったので、岩波文庫に『水晶』入りのシュティフターの本を見つけたときは嬉しかったです。
 岩波文庫には他に『森の小道・二人の姉妹』、ちくま文庫には長編『晩夏』が入っています。

マービン マイヤー,エスター・A. デ・ブール
日経ナショナル ジオグラフィック社
発売日:2006-11-30

 マグダラのマリアをめぐる古文書からの断章集。
 キリスト教の素顔に迫る原典の紹介に、一般人にもわかりやすい解説が添えられています。
 初期キリスト教のエッセンスを集め、マグダラのマリアと名づけた香水のよう。
 クリスマスの意味合いを一変させるほどの衝撃的かつ格調高い内容を秘めた著作です。

 表紙絵と日本語のタイトルが内容と合っていない気もしますが、
原題はThe Gospels of Mary(マリアの福音書)。

xmas2010版はこちら⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/12/post-79b5.html

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