カテゴリー「作品発表広場」の6件の記事

2010年7月25日 (日)

プロフィール欄を変更

 20日、作家登録している「作品発表広場【Sakuhin】http://www.sakuhin.jp/」から、登録ユーザー宛に、以下の内容のメールが届きました。

  1. プロフィール欄の確認のお知らせ
  2. 作品への詳細記入のお願い
  3. リンクのお願い

 そこで、プロフィール欄を以下のように変更。

昭和33年2月生まれ。福岡大学法学部卒業。
(旧)関西文学、日田文学などの同人活動を通して、修練を積みました。また神智学協会の会員として比較宗教、神秘主義哲学にかんする独自の研究を続けています。

エッセー、書評、文芸作品の解説を得意としています。
書評は、核心に触れながら甘口にも辛口にも書く用意があります。
対応可能な作品、得意分野についての詳細は、以下のサイトをご参照ください。
◇ブログ=マダムNの覚書
       http://elder.tea-nifty.com/blog/
◇ホームページ=バルザックの女弟子になりたい!
           http://book.geocities.jp/du3lait/

現在没頭しているのは、シリーズ物にしたいと考えている児童文学作品の第一作目で、歴史ミステリーが絡んだ小学5・6年以上を対象とした作品です。歴史小説も、温めています。 

 今見に行ったところでは、340点の作品が発表されていました。見応えのある作品が、沢山発表されています。関心がおありのかたは、ぜひ、お出かけになってみてください。

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2010年7月13日 (火)

作品発表広場からユーザー宛お便り

 作家登録している「作品発表広場」から、ユーザー宛メールが届いた。

 6月度においては、5点の作品が売買されたそうだ。利用規約が改定されたとのことでざっと目を通したが、より整備されたとの印象。

 文学作品の場合は、「作品発表広場」の
『作品を販売するにはhttp://www.sakuhin.jp/other/to_sall.html』のページで以下のようにあるように、販売契約はできないが、作品の発表や仕事がほしいというアピールをすることはできるので、わたしは登録した次第。〔danger広場を通じて仕事の契約をした場合は、契約した金額の30%を手数料として「sakuhin事務局」に支払う必要があるので、その点は注意が必要。〕

権利の譲渡が必要なもの(曲や文学など)は現仕様での販売はできませんので発表だけは可能ですが、売ることは避けてください。

 「作品発表広場」に行ってみると、現時点で280点が発表されていた。美術従事者などで、発表の場や販売ルートの確保ができずに困っているかたは、一度訪問してみられたら如何だろう?down

作品発表広場【Sakuhin】  http://www.sakuhin.jp/

 最近わたしは、目の保養のために広場に行っている傾きがあるのだが、今日も「建築・インテリア」のカテゴリに発表されている美しいあんどんに思わず見とれてしまった。

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2010年7月 1日 (木)

賑やかになってきた『作品発表広場』

 作家登録しているサイト『作品発表広場 http://www.sakuhin.jp/ 』へ、1日に1回は行ってみることにしているのだが、当初の緊張感漂う「チェックに行く」という感じが次第に「楽しみに行く」という感じに変わってきた。

 美術の分野が賑やかになってきたのだ。特にカテゴリ《絵画の作品》には、既に力作が沢山展示されている。印象に残る作品も複数出てきた。

 今日はどんな作品が新しく展示されているのだろう、とわくわくしながら訪問している自分がいる。創作疲れも癒えてしまう。ミイラとりがミイラになったりして。

 

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2010年6月25日 (金)

スタッフブログで……

 過去記事で、サイト『作品発表広場http://www.sakuhin.jp/』に作家登録をしたことをご報告したが、ここ数日、行っていなかった。

 お試し登録の段階であり、事態の推移を見守る必要があると思っているので、1日1回はサイトに行ってみることにしているのだが、午前中、「忘れていた」と思い、パソコンを開いてアクセス。

 ところが、どういうわけかアクセスできなかった。「サイトが消えたの!」と娘にいうと、出勤前で忙しい娘は眉をひそめ、「ちょっとアクセスできなかったくらいで……。何らかのトラブルからアクセスできないんだろうけれど」と諭した。

 そういわれてみると、アクセスが集中したために、特定のページに接続できず、「Internet Explorer ではこのページは表示できません」 というメッセージが表示されることもあるようだし、と思う。

 過去、文学に関してはろくなことがなかったため、疑心暗鬼となりがちな自分がいる。この、何事も信じまいとする頑なな心は、この国の文学界との関わりから培われたものだった。いや、文学界に入れたとはいえないので、その周辺との関わりといったほうがよいかもしれない。

 芸術には品位が保てなくては携わることが難しいというのに、賞狙い中心の関わりからは(純文系で世に出ようとすれば、強力なコネがない限り、この国ではそれしか手段がない)、残飯を漁ろうとする野良犬並みの扱いを受けてきた。

 アレクサンドリア木星王さんが励ましてくださらなければ、方向転換した先の児童文学に対する意欲すら保ち続けるのが難しいくらいなのだ。アレクサンドリア木星王さんに書いたように、創作自体からもたらされる喜びは尽きないのだけれど……。

 幸いスタッフブログ『作品発表広場のささやきhttp://ameblo.jp/yunoguchi/』にはアクセスできた。しかも、最新記事では何と、わたしの展示作品の1編である評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』が紹介されているではないか。以下に抜粋。

2010-06-24 19:11:26
テーマ:レビュー
レビュー【村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち】
http://ameblo.jp/yunoguchi/entry-10572230758.html

皆さんこんにちわ、作品発表広場運営スタッフです。
貴重な梅雨の晴れ間、有効に使えましたでしょうか?
このブログを書いている今この一瞬に、茜色が空に消えて、やがて藍が広がり紺碧へ。空はきれいですね。

作品タイトル: 【村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち】(クリックすると新しいウィンドウ/タブを開いて作品をご覧いただけます)
作家情報:NAOMI 様

昨今では【1Q84】を大ヒットさせた村上春樹氏に関する批評です。
村上春樹氏は非常に面白い作品を書く一方、読中・読後に違和感のようなものを感じられた方も少なくないのではないでしょうか?
その原因を探り、また村上春樹氏の影に埋もれてしまっている海外の名作を掘り起こし、比較分析するとともにレビューもされている評論文です。
レビューはこうやってやるんだという意味で、とても参考になりました。
非常に読みやすく書かれているため、村上春樹氏の謎を知りたいと思う方なら一度読まれてみても良いかもしれません。辛口の批評が鋭く切り込んでいます。

それでは皆さん、またお会いしましょう。

 淡々とした紹介文に心が和むものを感じる。スタッフのツイッターにもアクセスできた。午後には、サイト『作品発表広場』にもアクセスでき、ホッとする。今後も推移を見守っていこう。  

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2010年6月17日 (木)

文学界の風穴となるだろうか?

 サイト「作品発表広場」に作家登録したことは過去記事でご報告したが、迷いがないわけではない。

2010年1月20日に公開を開始したばかりの新しいサイトです。

現在はベータ版としてのテスト運営中です。

真剣にものづくりをされている方の作品を通じて、さまざまな出会いやつながりを作っていくサイトです。

 こうした説明を読んだあとで、サイトに展示した作品が売れると30%、仕事の依頼があると30%支払う仕組みになっていることを知ったら、何だ、商売か、仲介業者か、と一抹の胡散臭さを感じないわけではなかった。でも、何となく新しい形態に思われ、好奇心もそそられた。

 わたしはカテゴリ「文芸の作品」で登録しているので、文芸に限って話を進めたい。

 作品発表広場に作家登録する以前から、わたしは文芸作品の展示、及び仕事の依頼を希望する旨の意思表示を自身のサイトで行ってきた。

 しかし、素人の個人的な、趣味的なサイトでこのようなアピールを行ったところで、どんな依頼者も現われはしないだろうことは予感された。時々好意的なメールをいただくことはあるけれど、それが仕事に結びつくとか、スポンサーが現れるということは夢物語のようなことだ。

 それなりにサイトの訪問者はあるにしても、そのほとんどがわたしの記事から何らかの情報を引き出すために訪れるだけ。わたしもそんな利用の仕方をしているのだから、お互いさまといえる。

 それに、胡散臭さという点でいえば、大手出版社の牛耳る文学界は、本当に胡散臭い。

 純文系の作家として世に出ようと思えば、悲劇だ。

 伝手があれば別かもしれないが、大手出版社の新人賞をゲットするしかない仕組みになっている。運よく賞がとれたところで、飼い殺されている作家(であるような、ないような人々)がどれだけいることか、想像できないくらいなのだ。

 わたしが某賞で最終候補になったときに賞をとった男性は、作家になれるつもりで会社をやめたと聞いた。奥さんが働いていたからそれができたのだろうが、賞の発表誌がわが国を代表する文芸雑誌だったのだから、その気になるのも無理はなかった。

 彼の作品は、エッセーがその雑誌に一度だけ載った。数年後に、わたしが別の作品で最終候補になったとき、彼が来ていた。

 依然として、せっせと担当編集者に作品を提出していたようだった。その後、彼がどうなったのかは知らない。そこと接点を持ち、飼い殺されている人々の話は、何度となく聴いた。

 わたしはアレクサンドリア木星王さんに手紙で打ち明けたように、純文学狙いに限界を感じ、昔から好きだった児童文学に方向を変えた。イギリスにあるような良質の児童文学作品が日本にはないと思ったことも理由の一つだった。

 特に近年、小ぢんまりとまとまったものか、エンター系のものばかりが目につく。以前は、素人を育ててくれる児童書専門の出版社が複数あったが、代表的だったところは素人の作品の持ち込みを受付なくなってしまった。

 過去記事を参照していただければわかると思うが〔続きを読む、以下に全文のコピーあり〕、児童書は厳しい――だが大手出版社の怠慢が目立つ――状況にあることは間違いない。

 もう自費出版しかないと思っていたところへ、ひょっこり舞い込んだ前掲の「作品発表広場」からのメール……。

 純文学の話に戻ると、作風は濃いが、内容は薄くて、じっくりと読みたいという気を起こさせない作家の純文学作品が文芸雑誌を独占しており、評論といえば護教的とでもいいたいようなシロモノばかり。

 もっとずっとましなものか、少なくとももう少しはましなものが書けるはずの人材が埋もれている。日々埋もれてゆく。純文学の修練を積み、実力を培った人材の多くが棄てられて行くこの現状は、惜しい。

 純文学が社会の価値観に与える影響は大きいが、潜在的だから、この事態が見過ごされてきている。わが国の純文学は自然にこうなったのだろうか? 勿論、そんなはずはないのだ。

 わたしのパソコン歴は6年くらいのもので、ネットをし始めた頃に、たまたま平野啓一郎の『日蝕』について検索した。一頃話題になった、佐藤亜紀の『鏡の影』との関係が気になったからだったと思う。その頃、交際のあった女性編集者はわたしにそのことについて、佐藤亜紀の嫉妬だろうといった。

 事の真偽はともかく、神秘主義に親しんできたわたしの『日蝕』に対する感想としては、呆れたシロモノだというしかない。神秘主義的な事柄を玩具にしているように映る(いずれきちんと感想を書いてみたいと思っている)。

 悪趣味で幼稚、どこといってとりえのなさそうな、純文系作品ともエンター系作品ともいえそうにないこの作品が天才的と評されて芥川賞を受賞した。

 純文系作品ともエンター系作品ともいえそうにない――といったのは、昔の作家の例になるが、泉鏡花、吉屋信子の少女小説のように、どちらの資格もあるという意味でいったのではない。どちらの資格もないといっているのだ。佐藤亜紀の作品はエンター系だが、まぎれもない文学作品であり、作風はスタイリッシュだ。

 ところで、平野啓一郎のデビューの仕方を、ウィキペディアから以下に抜粋。

平野啓一郎. (2010, 5月 7). Wikipedia, . Retrieved 19:09, 6月 16, 2010 from http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%B9%B3%E9%87%8E%E5%95%93%E4%B8%80%E9%83%8E&oldid=31979233.

デビューの経緯 [編集]
啓一郎の特色の一つとしてその「投稿によるデビュー」が挙げられることがある。啓一郎がデビューした文芸誌『新潮』の巻末には、現在まで毎巻欠かさずに「御投稿作品は、全て「新潮新人賞」応募原稿として受付けます。」との記述がある。啓一郎自身がインタビューで答えた情報によれば、デビュー経緯は以下の如くである。

1997年、21歳の啓一郎は1年(資料収集半年、執筆半年)を費やしデビュー作となる『日蝕』を書く。投稿先を『新潮』に決める。年末、『新潮』編集部に自分の思いを綴った16枚の手紙を送る。手紙を読んだ編集部からは「とりあえず作品を見せて欲しい」と回答。編集者の出張先が京都であったこともあり、会って食事をする。1998年、『新潮』8月号に『日蝕』が一挙掲載される。「三島由紀夫の再来とでも言うべき神童」などという宣伝と共にデビューする。翌年芥川賞受賞。

 含みのあるようなエピソードだが、出版社も商売だろうから、作品がよいものであれば、そんなことはどうだっていいと当時わたしは思っていた(よいものとは思えなかったから、そのことが問題だと思った)。だから、ネットで平野のデビューには瀬戸内寂聴が関与しているという記事を閲覧したときも、ちょっと意外に感じただけだった。

 平林たい子と円地文子が好きなので、そのついでにという感じで、瀬戸内寂聴の作品を読んだ。岡本かの子も好きなので『かの子繚乱』を読んだ。よく取材がなされており、労作と思われた。

 しかし読後、わたしは一抹の疑問を覚えた。『かの子繚乱』の天衣無縫というよりは幼稚な、それでいて色欲に衝かれたような生臭いかの子像が、ぴんとこなかった。かの子の作風は高雅で知的であり、性をテーマとしていても、生臭さがない。

 一方、お坊さんなのに、瀬戸内寂聴の作品はどれもこれも生臭いとわたしには感じられた。これまでにわたしの知るどんな作家のものよりも、生臭い。

 一般的には、瀬戸内寂聴は、文学界と仏教界の権威を帯びた文化の顧問的イメージ、おおらかさのシンボル、といったものではないだろうか。 

 現に昨日――6月16日付――の朝日新聞朝刊の文化欄にも、88歳になった寂聴が慎ましやかな表情で出ていた。以下は記事からの抜粋。

 携帯電話にはハート形のストラップも付け、若い作家との交流もある。「芸術は新しい世界をひらいていかないとダメです。こつを覚えれば小説は書けますが、それではつまらない。私もまだ書いていない、新しいものを書き続けていきたいと思っています」

 新しい世界とは何だろう? この生臭いお坊さんを悦ばせる小説とは、どんなものなのか? わたしは彼女が影の影響力を発散し続ける限り、わが国の純文学に新しい世界は拓けないだろうと思う。

 生臭くて内容に乏しい、変な技巧を凝らした作品でないと、賞がとれない純文学界の雰囲気は、一体誰がもたらしたものなのか?

 若い作家と交流があるということは、その作家たちが彼女の後押しでデビューしたということを意味するのではないだろうか。もしそうだとすれば、彼女の影響下でデビューの機会を奪われたその他大勢の作家の卵がいるということを意味する。

 わたしがそんな疑問を持ち出したのは、半年ほど前に、美容院で『婦人画報 1月号』(アシェット婦人画報社、2009年12月1日発売)の《寂聴先生、米寿のおしゃれ説法》を読んだときだった。

 寂聴のブランド趣味を披露した特集……。カルティエ、ティファニーの腕時計。シャネルのバッグは「清水の舞台」的に高かったそうだ。ロエベ、エルメスのバッグ。以下は、愛用品につけられた説明。

①数奇屋袋はブランドバッグと同様に大好きで、粋な意匠のものが好み。ちょっとした散歩などに持ち歩く。

②アンティークの籠バッグ。レザーバッグは耐久性に優れるが、和のやさしさも捨てがたいという。

③寂聴先生のお酒好きは有名で、猪口や片口のプレゼントも増えた。艶やかなガラス製は金沢のもの。

④時間ができると、愛用のピンクの携帯電話で自らのケータイ小説をのぞく。PV数が増えるのが楽しい。

⑤携帯電話に映えるキラキラストラップは、平野啓一郎夫人でモデルの春香さんからの贈り物。

⑥「平野啓一郎さんはプレゼント魔」と嬉しそうに話す寂聴先生。

⑦驚くなかれ、尼寺「寂庵」には秘密のバー「パープル」がある。仲良しの編集者たちと過ごす部屋。

⑧バー「パープル」のカクテルは、すべて紫色。祇園の芸妓さんがレシピをたくさん考案してくれた。

 尼寺にバーがある? ステーキとお酒とブランド品が好きな僧侶。わたしは、めまいを起こしそうになった。

 これではもはや、瀬戸内寂聴は、坊主のコスプレをした贅沢なマダ~ムにすぎない。プレゼントが多いようだが、それは彼女が僧侶兼作家という立場を利用した、巧妙な仲介業者でもあるということを意味しているのではないだろうか。

 宗教の本質は神秘主義である。神秘主義が禁酒、禁煙、菜食を勧めるのには、秘教科学的な理由があるからで、その一つは、肉体より精妙な体にダメージを与える可能性があるからだ。〔以下を参照されたい〕

 H・P・ブラブゥツキー著『実践的オカルティズム』(田中恵美子、ジェフ・クラーク訳、竜王文庫、1995年)の用語解説より、その七本質を紹介しておく。

神智学の教えによると、人間を含めて宇宙のあらゆる生命、また宇宙そのものも〈七本質〉という七つの要素からなっている。人間の七本質は、(1)アストラル体(2)プラーナ(3)カーマ(4)低級マナス(5)高級マナス(6)ブッディ(7)オーリック・エッグ

  アストラル体はサンスクリット語でいうリンガ・シャリーラで、肉体は本質というよりは媒体であり、アストラル体の濃密な面にすぎないといわれる。物質界に最も近い目に見えない世界をアストラル界というが、アストラル体はそのアストラル界の質料から構成されている。カーマ、マナス、ブッディはサンスクリット語で、それぞれ、動物魂、心、霊的魂の意。ブッディは高級自我ともいわれ、人間の輪廻する本質を指す。ブッディは全く非物質な本質で、サンスクリット語でマハットと呼ばれる神聖な観念構成(普遍的知性魂)の媒体といわれる。

 ブッディはマナスと結びつかなければ、人間の本質として働くことができない。マナスはブッディと合一すると神聖な意識となる。高級マナスはブッディにつながっており、低級マナスは動物魂即ち欲望につながっている。低級マナスには、意志などの高級マナスのあらゆる属性が与えられておりながら、カーマに惹かれる下向きのエネルギーも持っているので、人間の課題は、低級マナスの下向きになりやすいエネルギーを上向きの清浄なエネルギーに置き換えることだといえる。

 飲酒や肉食は、カーマに惹かれる下向きのエネルギーを強めるといわれる。他にも、いろいろな理由から、神秘主義は清浄な生活を勧めている。

 一般人には、一足飛びにそのような清浄な生活を送るのは難しいが、誓いを立てた僧侶はその難事業にチャレンジし、世の模範になろうとするわけである。彼女は僧侶とはいえないが、前掲の雑誌から以下に抜粋する彼女の意味をなさない言葉からすると、良識ある大人ともいえない。

「女子高生が援助交際なんかしちゃってブランドバッグを手に入れて喜んでいる一方で、ブランドものなんて虚飾!と言わんばかりに頭から否定してしまう大人がいる。いったい日本はどうなってしまったんでしょうね。戦時中の“贅沢は敵だ”じゃあるまいし、モノのもつ価値をきちんと理解できる大人が、大切に慈しんで使えば、それでいいではありませんか。ねぇ」

 わが国を覆う物欲と性欲。この風潮に彼女が一役買っていないとは思えない。

 世に出る手段の見い出せないわたしのような作家の卵にとって、サイト「作品発表広場」は変則的な、ちょっと面白い仲介業者に映る。ただし、まだ正体の掴めないところがあって、お試しで作家登録している――といったところ。

 わたしは文学革命を夢見ていた。しかし、価値観も作風も多様化した今のわが国で、物書きが足並みを揃えることは無理だとも感じていた。

 価格破壊という言葉がある。デジタル大辞泉の解説によると、価格破壊とは「ディスカウントショップの躍進、安い輸入品の増大などによって、それまでのメーカー主導型の価格体系が崩れ、消費財の価格が下落すること」をいう。

 物書きは決して安売りしてはならないが、「作品発表広場」のようなサイトに優秀な作家がどんどん登録して繁盛すれば、大手出版社主導型の純文学界の価値体系を崩すことが可能かもしれない。

memo 関連記事:
瀬戸内寂聴作『あしたの虹』を読んで
   ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/11/post-0d65.html
芥川賞の公益性
   ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2010/06/post-37d7.html

続きを読む "文学界の風穴となるだろうか?"

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2010年6月14日 (月)

「作品発表広場」に問い合わせた件

 作品発表広場に、貴社サイトを通じて執筆の依頼を受けた場合は30%貴社に支払うことになるのでしょうか、と問い合わせたところ、さっそく回答がありました。以下に、その部分を抜粋。

お問い合わせの件でございますが、当サイトを通じて作家様に
仕事の依頼がございましたら、ご契約された金額の30%を手数料と
して、弊社が頂戴するシステムとなっております。
そのため金額につきましては、手数料等を考慮されることを
お勧めしております。

 となると、わたしのサイトにご訪問くださった方で仕事を依頼なさりたい場合は、なるべく直接わたしにメールしてくださるほうが助かります。高くついても、仲介業者を通したほうが安心という場合もあると思うので、どちらにとってもケース・バイ・ケースですが。

左サイドバーのカテゴリーに「作品発表広場」を設けました。

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