カテゴリー「思想」の199件の記事

2019年9月17日 (火)

前記事「あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その13」に貼ったツイート「不登校の東大生」に加筆

前記事「あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その13」に「不登校の東大生」のツイートを貼り付けていましたが、コメントを書き込んだので、差し替えました。

コメントをつなげることができると知ったので、つないでみました。ツイッターの登録は2017年ですが、使い始めたのは最近なので、まだ使い慣れません。

書き込んだ拙コメントは以下。

「天皇制は宗教だ!」そうですが、「天皇制」というのはそもそも左翼用語です(1932年にコミンテルンで決定された通称「32年テーゼ」にあった文言を邦訳)。
左翼系「天皇制廃止論」は珍しくもありませんが、東大ブランドを利用するなら、東大の名に恥じない論文を書き、それから動画作成しては。
天皇のありかたを考察すれば、統治者の理想的なありかたとして聖なる不在を説いた老子に行き着かざるをえないとわたしは考えていますが、何にしても、こうした伝統の粋ともいえるテーマを論ずるには、まず膨大な歴史の勉強が必要ですね。宗教の定義も半端ではいけません。

「天皇制は宗教だ!」という文章は、動画の中に貼り付けてありました。

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2019年8月31日 (土)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その10。問題の本質に迫る美術史家・田中英道氏。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ」

九州北部豪雨(自衛隊の皆様のご活躍に、胸がいっぱいになりました!)、白熱する香港問題、国際常識の逸脱甚だしく何やらハーメルンの笛吹き男に似てきた韓国ムン大統領……と、次々に流れてくるニュースにまたしても釘付けとなっていました。

一方、国際問題に発展したものの、彼らの味方なのかマスコミが一向に騒がず、うやむやのうちに沈静化してしまいそうな「あいちトリエンナーレ」問題。

「林原チャンネル」2019年8月11日公開の動画で、美術史専門の田中英道先生が、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp,1887 - 1968)の作品『泉』を話の皮切りに、問題の本質に迫っておられます。

https://youtu.be/Zgv0KAG-4e8

貴重な動画も、時間が経てば消えてしまうことが多いので、以下に、部分的に文字起こしさせていただきました。

芸術が物になっている。それで芸術を否定したつもりになっている。しかし、これはそのグループの単なる内向きの会話にすぎない。ところが彼らにとってはそこしか見ていないものだから、新しいものだと思い込んでいる。こういうことそのものが20世紀の欠点なんです。

一つはそういうことによって、物派は精神的なものを全部を潰したつもりになっている、否定したつもりになっている。これが宗教も否定する、精神も否定する、哲学も、思想も、全部……そういうものが権威だ、権力だ、ということになっているわけね。家族を否定する、破壊する、そういうことに皆通じているわけ。

こんなものは、それを否定した当人たちの生活を一人一人見ていればわかるわけで、そんなもの否定できっこないんですよ。皆さんそれぞれお母さんから生まれてきて、家族になって育っているはずで、やっぱり矛盾しているわけね。

その偽善的な態度そのものが、芸術を作るなどという前提を否定しているわけです。ですから、こんなものは作らなくていいんですよ。……展覧会のあの体たらくというのは、わたくしはですね、今の戦後の芸術のある種の衰退の象徴だろうと。

やはり、こうした問題の根っこにはマルクス主義的唯物論があると思わざるをえません。芸術を否定しながら芸術活動を行うという矛盾は、プロパガンダ、利権のためでしょうね。

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2019年8月 7日 (水)

あいちトリエンナーレ「表現の不自由展」中止のその後 その5。津田氏のゲンロン仲間、東浩紀氏は「文學界」(文藝春秋)新人賞の選考委員。

カテゴリー「あいちトリエンナーレ」

これはツイッターにも書いたことですが、「あいちトリエンナーレ」津田大介氏(芸術監督)のゲンロン仲間である東浩紀氏は、何と「文學界新人賞」(文藝春秋)の選考委員です。ずっと購読していなかったので、これまで気づきませんでした。

言論をゲンロンとカタカナ書きにしたのは、揶揄しているわけではありません。

ウィキペディア「ゲンロン」によると、2010年東浩紀氏は、インテリアデザイナーで建築家の浅子佳英、空間デザイナーの李明喜らと共に東京都新宿区四谷に合同会社コンテクチュアズ(Contectures, LLC.)として設立しており、2011年に代表に就任、2012年に株式会社ゲンロンに社名変更、社外取締役として津田大介・福嶋麻衣子を迎えています。

「文學界新人賞」を受賞した作品の多くが芥川賞候補になります。文藝春秋社内の日本文学振興会によって選考が行われるからです。

一昔前、「文學界」には、およそ文学的でない左翼知識人である柄谷行人の論文がよく載っていて辟易させられました。東浩紀氏はその柄谷氏の出来の悪い弟子らしいですね。その頃「文學界」では、すさんだ作風の在日文学も大流行りで、これにも辟易させられ、わたしは定期購読をやめました。

細井秀雄氏が編集長だったころは、文芸評論家であり保守論客であった江藤淳氏の作品がよく掲載されていました。江藤淳『占領軍の検閲と戦後日本 閉された言語空間』(文春文庫 - 文藝春秋、1994)は日本人必読の書です。

その細井氏から、「九州芸術祭文学賞」で地区優秀作をとったわたしの作品について、懇親会の席でですが、「ああいったことは書かんがいい」と忠告されました。大したことは書いていなかったんですけれどね。その後、「織田作之助賞」で最終候補になったときの懇親会だったか、その席で「今後は児童文学作品を書こうと思っています」というと、心底ホッとした表情をなさいました。

そのころは、文學界の舞台裏をろくに知りませんでした。文学仲間を通して情報を集めた今では、下手に賞なんかとらなくてよかったと思っています。尤も、才能に乏しいので、その心配はいらなかったのでしょうが。

現在、純文学界に在日外国人でも帰化人でもない日本人作家は何割くらいいるのでしょうか、疑問です。

最近では特に、日本文化を貶めているとしか思えない、文学作品の体すら成していない作品が芥川賞をとる傾向にあります。日本人であろうと、外国人であろうと、日本文化を愛する人間にはとても作りえないようなストーリー、無神経な表現が頻出しています。

前出の細井氏は現在、平山周吉という筆名で、作家活動をなさっているようです。アマゾンに読んでみたいと思う作品がありました。幸い図書館にあるようなので、借りて読んでみたいと思います、購入するには、専業主婦のわたしには高価ですから。3,996円。

江藤淳は甦える
平山 周吉 (著)
出版社: 新潮社 (2019/4/25)
ISBN-10: 4103524715
ISBN-13: 978-4103524717

今思えば、江藤淳氏が生きていらしたころは、文学界、日本の言論空間は、まだしもまともでした。

次のツイートで紹介されている動画内容は結構怖い、その次のツイートで出ている情報にはなるほどねと思わせられます。

こうした人々に好き放題されたら、日本は本当に日本ではなくなってしまいます。

芸術家でない大したキャリアもない津田氏がなぜ、こんな大役を任せられたのでしょうか? 反日ネットワークの存在を考えれば、別に不思議ではない気もしますが、武田邦彦氏の語る動画が出てきました。

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2019年6月29日 (土)

河野外相のユニークなお写真。プーチン大統領の言葉「リベラルの理念は時代遅れ」。

河野外相のツイッターが面白くて、つい頻繁に見てしまいます。外交の舞台裏がわかり、外相の人間的魅力も伝わってきて、楽しいのです。

河野談話で有名な河野洋平氏の息子さんが外務大臣に任命されたときは、心配でした。

朝日新聞の捏造(虚偽に基づいた吉田清治氏の証言を多数掲載。2014年12月23日朝刊37頁で訂正、謝罪)と河野談話により、韓国の女性が従軍慰安婦として日本軍に強制連行されたかのような事実誤認の問題が発生しました。このことを最大限に外交利用した韓国の行為が、日本の国益を損ね、品位を汚したからです。

河野太郎外相は、条約破りをして徴用工問題を発生させた韓国に対して、しっかりやってくださっていると思います。

ですが、反日に勤しみ続ける韓国の大統領は現在、北と一心同体となろうとするかのような、危険な動きを見せているではありませんか。危機管理の観点からも、もっとレベルを上げた措置をとっていいのではないかと不安な思いで見守っています。

プーチン大統領のこの言葉は意外で、新鮮な印象でした。馬淵睦夫氏のおっしゃっていたことは本当だったんだ、と思いました。

世の中が超スピードで再編成に向けて動いているかのようで、めまぐるしさを覚えます。

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2019年6月13日 (木)

香港における民主主義の危機

香港が「逃亡犯条例法」をめぐって、大変な事態となっています。

この法案には日本も無関心でいるわけにはいきません。条例は香港在住の外国人にも適用されるからです。

2019年6月13日付読売新聞朝刊には、「外務省によると、香港には2017年10月現在で日系企業約1400社が進出し、在留邦人数は約2万5000人に及ぶ」とあります。

香港における民主主義の危機、すなわち一国二制度の危機です。今後の世界情勢を決定しかねない際どい局面です。外務省海外安全ホームページに「香港:『逃亡犯罪人条例等改正案』に反対する抗議活動に関する注意喚起」という情報も公開されました。

 

問題となっている法案についてご存じないかたは、以下の解説を閲覧なさるといいです。

以下のツイートには、防具をつけていない海外記者をデモ参加者が気遣って、防具をつけてやっている動画があります。香港の人々(今回のデモの参加者というべきかもしれませんが)は民度が高いですね。

2017年3月に中国へ温泉探査に行った日本人男性がスパイ容疑で拘束され、先月(2019年5月)、実刑判決(国家機密情報窃盗罪で懲役5年6月と財産3万元(約48万円)没収をいい渡されました。

この男性は70歳代だそうですが、定年退職後の再雇用か、あるいは思うような職がなくて温泉探査の仕事に就いた可能性だってあります。誰にでも、起こりうることです。

2017年当時のニュース記事からの引用です。

日本政府関係者によると、拘束されたのは、いずれも中国側の要請で温泉開発調査をしていた技術指導者だった。うち4人が勤務する日本地下探査(千葉・船橋市)の佐々木吾郎社長は、「初めて(現地に)行ってるわけではありませんから、例えば、軍事施設的なものをカメラで撮るとか、立ち入り禁止に立ち入るとか、そういう可能性はほぼないと思います」という。
2017年5月23日付「J-CASTテレビウォッチ(モーニングショー)」『中国の依頼で温泉開発調査に行った邦人技術者6人が拘束 スパイ容疑の可能性も』https://www.j-cast.com/tv/2017/05/23298625.html

2015年以降、中国では少なくとも9人の日本人がスパイ罪などで起訴されており、今回の男性を含め、これまでに6人が実刑判決をいい渡されているとか。

国は見ているだけです。戦後70年以上経つのに、自衛隊の位置づけさえ曖昧で、スパイ防止法すらないのですから、日本には手も足も出ないのでしょう。中共下にある中国は怖ろしい国です。

一般人の冤罪に対する不安だけでなく、中共の側近、否トップですら身の安全に不安があるようですから。臓器ビジネスに関する情報に接したときには背筋が寒くなりました。

香港のデモには、トップに挙げたツイート以外にも、人民解放軍が投入されているようだとの情報は昨日の時点から頻りに発信されています。

以前ウィグル自治区に関する動画を見ていたとき、人民解放軍が少年を囲んで袋叩きにしているものがありました。ああ、あれにそっくりだと思った動画が今回の香港デモのツイートの動画にあったので、信憑性があるように思います。

香港、台湾は、古きよき中国を思わせてくれる希望の地です。思想によって、人間は本当に変わるのです。香港加油!

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2019年5月26日 (日)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (4) 

森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006)を参考にすると、トラヴァースはジョージ・ウィリアム・ラッセル(George William Russell,筆名AE,1867 – 1935)、アルフレッド・リチャード・オレイジ(Alfred Richard Orage,1873 - 1934)、ジョージ・イヴァノヴィチ・グルジェフ(George Ivanovich Gurdjieff,1866年 - 1949)の順に出会ったようだ。

森によると(2006,p.18)、トラヴァースとジョージ・ラッセル(AE)の出会いは1925年。ラッセルは57歳、トラヴァースは25歳だった。ラッセルはトラヴァースを「『娘、助手、徒弟あるいはその三つを合わせたもの』と考え目をかけてくれた」。また、「精神世界について、妖精物語や神話の意味、東洋の宗教などについて教えを受けた。AEが重要視していたのは、アイルランドの国家ではなく、そこに広がって存在する精神的な結び付き、霊的な一族であった」。

交友関係はラッセルが1934年に亡くなるまで、10年近くに及んだ。森によると(2006,p.29)、ラッセルはトラヴァースの「師でもあり恋人でもあった」。メアリー・ポピンズの初期の作品にロマンティックなムードが漂っているのも、頷ける。

ウィキペディア英語版、日本語版の「ジョージ・ウィリアム・ラッセル」には、神智学協会やヘルメス協会は出てきても、グルジェフ関連の記述は見当たらない。ラッセルはグルジェフとは接触がなかったようである。

ウィキペディア日本語版には、ラッセルが神智学団体のまとめ役や相談役も担ったとあり、次のような記述もある。

1880年頃から神智学に興味を持ち始めた。1885年に学友ウィリアム・バトラー・イェイツがダブリンにヘルメス協会を設立した際にはすぐ加入しなかったが、この組織が神智学協会へと改組されると参加し、さらに1898年にはこの組織を抜けて自らヘルメス協会を復興させた。
「ジョージ・ウィリアム・ラッセル」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2016年7月24日 15:57 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org)

ウィキペディアのヘルメス協会というのは、The Hermetic Order of the Golden Dawn のことではないかと思う。

「黄金の夜明け団」と邦訳される、英国フリーメーソン系英国薔薇十字協会の3人のメンバーによって創設された神秘主義的結社である。

亡き母に捧げられた「風にのってきたメアリー・ポピンズ」は1934年に出版されたが、「メアリー・ポピンズ」シリーズの基となった詩や短編が1923年から見られるという。

1935年7月にラッセルが癌で亡くなった3か月後の10月に書き上げられ、同年出版された「帰ってきたメアリー・ポピンズ」には、最後までこの作品のことを心配していたラッセルの助言が生きているそうだ。

「メアリー・ポピンズ」シリーズ初期の1、2巻にラッセルの影響が色濃く、アイルランドの妖精物語や神話などに交じって神智学の影響が見られるのも、長かった2人の関係を考えれば、不思議ではない。

ちなみに、英語版ウィキペディア「George William Russell」によると、トラヴァースがラッセルを知ったとき、彼は既婚者だった。1898年にバイオレット・ノースと結婚しており、1932年の妻の死はラッセルに大きな打撃だったらしい。ラッセルの気前のよさともてなしは伝説的だった(Russell's generosity and hospitality were legendary.)。以下の記述からすると、特に若い作家に対してそうだったのだろう。トラヴァースもその恩恵に与った一人だったのだ。

He was noted for his exceptional kindness and generosity towards younger writers: Frank O'Connor termed him "the man who was the father to three generations of Irish writers", and Patrick Kavanagh called him "a great and holy man". P. L. Travers, famous as the creator of Mary Poppins, was yet another writer who gratefully recalled Russell's help and encouragement.
「George William Russell」『フリー百科事典 ウィキペディア英語版』。2019年5月25 22:45 UTC、https: //en.wikipedia.org

トラヴァースがラッセルを通じてオレイジと知り合ったのは1933年である。出会いの翌年、1934年にオレイジは亡くなっている。

英語版ウィキペディア「Alfred Richard Orage」を閲覧したところでは、オレイジと神智学協会の関係は1890年代後半から1907年までである。

In 1906 and 1907 Orage published three books: Consciousness: Animal, Human and Superhuman, based on his experience with theosophy; Friedrich Nietzsche: The Dionysian Spirit of the Age; and Nietzsche in Outline and Aphorism. Orage's rational critique of theosophy evoked an editorial rebuttal from The Theosophical Review and in 1907 he terminated his association with the Theosophical Society.
「Alfred Richard Orage」『フリー百科事典 ウィキペディア英語版』。2019年5月15日、04:22 UTC、https: //en.wikipedia.org

1906年と1907年にオレイジは3冊の本を出版した。その内容が The Theosophical Review からの反論を呼び起こし、それが原因で彼は1907年に神智学協会との関係を断ったようである。The Theosophical Review は、アニー・ベサントとG・R・S・ミードを編集者としてロンドンで刊行された月刊誌。

オレイジの著作のタイトルから見る限り、オレイジ独自の思想が神智学と関連付けて織り込まれているのではないだろうか。

1914年にはグルジェフと関係の深かったウスペンスキーと出会い、1922年にはグルジェフと出会っている。それから亡くなるまで、オレイジはグルジェフの助手として働いた。

このことから考えると、オレイジの最晩年にしか接触がなかったトラヴァースがオレイジからグルジェフへの関心をもたらされたことはあったとしても、神智学の影響を受けたとは考えにくい。

「メアリー・ポピンズ」の初期の2作品からはまぎれもなく神智学の雰囲気が感じとれるから、トラヴァースの神智学への関心はやはり、ラッセルとの交際によってもたらされたものではないだろうか。それも、彼女は直にブラヴァツキーの代表作を読んだのだとわたしには思える。

そして、ラッセル亡き後、トラヴァースはグルジェフに傾倒していったのだろう。

「帰ってきたメアリー・ポピンズ」に話を戻そう。

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以下は未整理のオレイジに関するノート。

英語版ウィキペディア「Alfred Richard Orage」によると、アルフレッド・リチャード・オレイジAlfred Richard Orage(1873 - 1934)は、小学校の教師時代に独立労働党(Independent Labour Party。かつてイギリスに存在した社会主義政党)に関わり、その後プラトンを7年間、ニーチェを7年間、マハーバーラタを7年間学んだ。

1890年代後半、従来の社会主義に幻滅したオレイジは神智学に転向。1907年に神智学協会との関係を断った。

オレイジは1907年に週刊誌「ニュー・エイジ(The New Age)」を買い取って、編集者としての辣腕を振るった。

「ニュー・エイジ」の寄稿者はフェビアン協会のメンバーが多かった。

ウィキペディア「フェビアン協会」(「フェビアン協会」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年2月20日 13:32 UTC、http://ja.wikipedia.org)によると、フェビアン協会(Fabian Society)は1884年にロンドンで設立された。漸進的な社会変革によって教条主義的マルクス主義に対抗し、暴力革命を抑止する思想や運動をフェビアン主義(フェビアニズム)と呼ぶ。労働党の基盤の団体として、現在も存在。 

ファビアン協会のメンバーにはジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw,1856 – 1950)、イーディス・ネズビット、ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells,1866 – 1946)など作家もいて、1907から1933年にかけて神智学協会の第2代会長
を務めたアニー・ベサント(Annie Besant,1847 – 1933)も初期のメンバーの一人だった。

オレイジはその雑誌の傾向を変化させていく。キャサリン・マンスフィールドも寄稿したようである。

オレイジはグルジェフとの関係には紆余曲折あったようだ。ウィキペディア英語版の記述からすると、オレイジはグルジェフに結構こき使われているようにわたしには映る。

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2019年5月23日 (木)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (2) 

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (1) 
http://elder.tea-nifty.com/blog/2019/04/post-f68a49.html

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パメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lindon Trvers,1899-1996)の評伝、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006、p.43)によると、「グルジェフの死後1952年に出版されたトラヴァースのメアリー・ポピンスの物語の第4巻『公園のメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in the Park、53歳)にはグルジェフの考え方が織り込まれているという。

また、晩年に出版された第9巻『さくら通りのメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins in Cherry Tree Lane、1982年、83歳)、第10巻『メアリー・ポピンズとおとなりさん』(Mary Poppins and the House Next Door、1988、89歳)では、森によると(2006,p53)、ますます「グルジェフの神知学」の影響が大きくなるそうだ。

当記事は神智学の影響を受けたというトラヴァースの代表作であるメアリー・ポピンズの物語にどの程度、ブラヴァツキーの神智学の影響が窺えるかを調べるのが目的であるから、神智学の流れを汲むというグルジェフに踏み込むのは別の機会にしたいと思う。

ブラヴァツキーの神智学の観点から読むと、確かに、いわゆる神智学の影響が色濃く感じられるのは初期のメアリー・ポピンズの物語中第1巻『風にのってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins、1934年、35歳) 、第2巻『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(Mary Poppins Comes Back、1935年、36歳) である。

53歳で出版された『公園のメアリー・ポピンズ』は洗練された作品となっており、トラヴァースの児童文学作家としての成熟が感じられる。神秘主義的な作風であるが、格別に神智学を感じさせられる箇所は見つけられなかった。グルジェフの思想のオリジナルな部分からの影響がそれだけ強いということだろうか。

『さくら通りのメアリー・ポピンズ』と『メアリー・ポピンズとおとなりさん』には、いくらか筆の衰えを感じさせられるものがあった。

しかしながら、この2作品には幻想的というより夢幻的といったほうがいいような趣があり、現実と異世界の境界が曖昧で、このころ既にトラヴァースは異世界の住人となっていたようですらあって、夢見心地で書かれたような何か朧げな、恬淡とした味わいがある。

以上のことから、当記事で採り上げるべき作品は初期の前掲2作品ということになる。ロマンティックなところのある『風にのってきたメアリー・ポピンズ』は過去記事で採り上げたから、ここでは『帰ってきたメアリー・ポピンズ』を採り上げたい。

P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店⦅岩波少年文庫 053⦆、2001新版)では、アナベルという女の子が4人の下に生まれ、バンクス夫妻は5人の子持ちになるわけだが、そのアナベルがゆりかごの中で、ムクドリの問いかけに答えて、自らの起源を語る。

私見によると、この場面でアナベルが語る3箇所に、神智学色が濃厚に表れているのである。引用する。ここに2箇所ある。

「話しておやり、アナベル!」と、親どりが、しゃがれ声でいいました。
 アナベルは、毛布の下で、手を動かしました。
「わたしは、土と空と火と水なの。」と、しずかにいいました。「わたしは闇[やみ]のなかからきたの。なんでも、はじまりはそこなの。」(トラヴァース,林訳,2001,p175)

旧約聖書の創世記にも「闇」が出てくるが、アナベルが語る「闇」とは重要度が異なる印象である。聖書から見てみよう。

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2019年4月20日 (土)

『帰ってきたメアリー・ポピンズ』で、自分がどこから来たかをムクドリに語る赤ん坊 (1) 

パメラ・リンドン・トラヴァース(Pamela Lindon Trvers,1899-1996)の評伝、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006)で彼女が受けた思想的影響をざっと見ていくと、AE(George William Russell  ジョージ・ラッセル,1867-1935)を通じて「マダム・ブラバツキの神知学協会」を知ったトラヴァースは「はじめは疑問をいだいていた」が、『ニュー・イングリッシュ・ウィクリー』の編集者アルフレッド・リチャード・オイレジ(Alfred Richard Orage,1873-1934)の話を聞き、「積極的な信奉者に変わった」。

1933年、AEを通じてオイレジと知り合ったトラヴァースは、1年の交流の間にオイレジの編集する前掲誌の劇評家となり、またオイレジを通じてジョージ・イワノヴィチ・グルジェフ(George Ivanovitch Gurdjieff,1866-1949)に出会ったのだった。オイレジはグルジェフの布教活動をしていたのである。

「マダム・ヘレナ・ブラヴァツキ(Helena P.Blavatsky,1831-1891)の神知学の流れをくむ」グルジェフは、彼の提唱する「仕事」を通じ、「知性と感情と肉体の三つをつなぎバランスをとること」で「本来的自己(霊性)」に目覚め、「それが神性と同じであることを認識し救済に至る」という思想を説いていた。

※グルジェフについては無知で、現時点では未知の人物であるため、評伝をそのまま引用する。ブラヴァツキーの神智学に関する著者の解説は割愛させていただいたが、わたしには違和感があった。

トラヴァースはグルジェフの教えに共鳴した。グルジェフの死後出版された『公園のメアリー・ポピンズ』には、グルジェフの考えが盛り込まれているという。

1963年に京都を訪れたトラヴァースは「アメリカ人で日本人と結婚し、禅の修行を積んだ」ルース・ササキという女性から教えを受けた。また「グルジェフ派のグループの会合にはリーダー格として参加し、インド人の導師クリシュナムルチ(Krishnamurti)をグルジェフの再来として崇拝した」。

1963年、トラヴァースはディズニーによるミュージカル映画『メアリー・ポピンズ』の制作に顧問として参加する。映画は1964年に封切られたが、それはトラヴァースの期待を裏切るものだった。

「エドワード朝の平凡な主婦」のバンクス夫人が「婦人参政権論者」に仕立てられ、「行儀をわきまえているはずの」メアリーのスカートが舞い上がって下着が見え、「アニメ化されたペンギンがファンタジーを損なう」などであった。バートと絵のなかに入る「外出日」が目玉扱いされているのも不満だった。

最もトラヴァースを失望させたのは、「メアリー・ポピンズがただの使用人になってしまい、作品の特徴である神秘性が感じられない」ところであった。

以上、森恵子『P.L.トラヴァース』(KTC中央出版、2006)16~46頁を参考・引用させていただいた。

トラヴァースはケルトの文芸復興運動とも関わりが深そうなので、その方面からも見る必要があるだろうが、ここではただ、神智学の影響を色濃く感じさせる部分を拾うに留めたい。過去記事では『風にのってきたメアリー・ポピンズ』を見ていった。

メアリーが子どもたちの世話役として勤務するバンクス家には、4人の子どもがいた。ジェイン、マイケル、双子のジョンとバーバラである。

P.L.トラヴァース(林容吉訳)『帰ってきたメアリー・ポピンズ』(岩波書店⦅岩波少年文庫 053⦆、2001新版)では、アナベルという女の子が4人の下に生まれ、バンクス夫妻は5人の子持ちになる。

 

❗上でトラヴァースが受けた思想的影響をざっと見たので、このあと『帰ってきた』で、神智学の影響を色濃く感じさせる箇所を引用する予定です。パソコンをつかえないため、iPadで書いており、時間がかかるため、途中ですが、アップしておきます。

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2019年4月16日 (火)

これはショック、ノートルダム大聖堂が……。大聖堂復興に貢献したユーゴ―の文学作品。

<ここから引用>
パリのノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム寺院とも) はゴシック建築を代表する建物であり、フランス、パリのシテ島にあるローマ・カトリック教会の大聖堂1。「パリのセーヌ河岸」という名称で、周辺の文化遺産とともに1991年にユネスコの世界遺産に登録された。現在もノートルダム大聖堂は、パリ大司教座聖堂として使用されている。ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアを指す。 (……)
ノートルダムの敷地は、ローマ時代にはユピテル神域であったが、ローマ崩壊後、キリスト教徒はこの地にバシリカを建設した。1163年、司教モーリス・ド・シュリーによって、現在にみられる建築物が着工され、1225年に完成した。ファサードを構成する双塔は1250年に至るまで工事が続けられ、ヴォールトを支えるフライング・バットレスは12世紀に現様式に取り替えられた。最終的な竣工は1345年。
全長127.50m、身廊の高さは32.50m、幅は12.50mと、それまでにない壮大なスケールの大聖堂が完成した。全体の色合いから、白い貴婦人とも称されている。 (……)
1789年のフランス革命以降、自由思想を信奉し宗教を批判する市民により、大聖堂は「理性の神殿」とみなされ、破壊活動、略奪が繰り返されていた。1793年には西正面の3つの扉口および、王のギャラリーにあった彫刻の頭部が地上に落とされた。ノートルダムの歴史を語る装飾が削り取られ、大聖堂は廃墟と化した。
その後、ヴィクトル・ユーゴーの『ノートルダム・ド・パリ』の出版が、国民全体に大聖堂復興運動の意義を訴えることに成功し、1843年、ついに政府が大聖堂の全体的補修を決定した。(……)
2019年4月15日の夕方に大規模火災が発生し、屋根の尖塔が崩落した。フランスのメディアでは、現地で実施されていた改修工事による火災の可能性があると報じられている。 建物内の美術品や聖遺物は、全て搬出された。
<ここまで引用>
「ノートルダム大聖堂 (パリ)」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年4月15日 23:00 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

ノートルダム大聖堂の歴史は知らなかった。ノートルダムが聖母マリアを指すことは知っていたが、キリスト者ではないわたしには真っ先にユーゴ―の有名な文学作品『ノートルダムのせむし男』(ノートルダム・ド・パリ)が連想された。

しかし、その作品が大聖堂復興運動や修復に大きく関わっていたとは知らなかった。

そもそも革命以降、ノートルダム大聖堂が廃墟と化していた時期があったことなど、知らない人も多いのではないだろうか。今、ふと思い出したが、ユーゴ―は確かフリーメイソンではなかったか。

<ここから引用>
ヴィクトル・ユーゴー(1802年生) - 作家。著書は『レ・ミゼラブル』など。政治活動家(中年期以降)。ユーゴーはメイソンのDr. Henry Hopkinsに対して自分がフリーメイソンリーに所属していることを認めた。ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』は、メイソンの象徴で満ちている。同小説の「Ceci tuera cela(これがあれを滅ぼすだろう)」の章は、疑う余地なくメイソンリーが反映されている。『レ・ミゼラブル』における秘密結社「ABC(ア・ベ・セー)の友」は、実在の政治的秘密結社「人権協会」がモデルであるが、メイソンリーに類似する。ユーゴーは1871年にルクセンブルク大公国のロッジ「Enfans de la Concorde fortifiée」のメイソンたちと接触した。ユーゴーがメイソンでないという文献もある。
<ここまで引用>
「フリーメイソン」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年4月9日 02:13 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org

フリーメイソンは本来は神秘主義的な性格を持つ博愛的な団体で、各結社により個性があった。

ところが、1777年に反神秘主義者であったアダム・ヴァイスハウプトがフリーメーソンとなり、彼のラディカルな思想(ヴァイスハウプトはこれに先立つ1776年にイルミナティ教団を立ち上げている)によってフリーメーソン結社を侵食し始めた。

81 トルストイ『戦争と平和』… ②ロシア・フリーメーソンを描いたトルストイ: マダムNの神秘主義的エッセー
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/04/05/151342

フランス革命には、イルミナティ系フリーメーソンが関わっていたといわれる。

本来のフリーメーソンであれば、暴力革命に賛成するはずがない。ユーゴ―はフリーメーソンだったと思われるが、作品から見る限り、反イルミナティだったとしか思えない。改めて、ユーゴ―について調べる必要を覚える。

いずれにせよ、ユーゴ―は「聖母マリア」を救った。明治期の廃仏毀釈によって破壊され尽くされようとしていた仏教美術を救った一人、フェノロサは近代神智学の影響を受けていた。神秘主義者たちによって貴重な文化遺産が救われてきたことは、あまり知られていない。

キリスト者にとっては聖母マリアの象徴であり、文学を愛する人間にとっては文学の象徴でもあったノートルダム大聖堂があんなことになり、ノーベル文学賞が滅茶苦茶になって……哀惜の念に堪えない。

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2019年2月 1日 (金)

メディカル・ジェノサイド メモ1

まだ、過去記事の加筆整理ができていません。中国共産党の臓器ビジネスについて改めて調べていると、底なし沼に沈んでいくような気持になります。

法輪功学習者へのひどい迫害を知った日から、このことを考えない日は一日もありません。それがウイグル人に、さらに中国の地下キリスト教徒へと拡がって行くのを、同時代人として傍観しているという葛藤。

中国「臓器狩り」の証拠を弾圧下のウイグル自治区で発見
2018.10.06 07:00
NEWSポストセブン
https://www.news-postseven.com/archives/20181006_754699.html?PAGE=1#container

中国の臓器狩り:大紀元
https://www.epochtimes.jp/special/34/index.html

ノンフィクション作家・河添恵子さんによると、世界の調査機関によるおとり捜査によって、中国側の病院がどのようなやりとりをしているか明らかになっているそうです。

ピザを頼むような、軽いやりとりで話が進んでいくとか。病院内に使用済みとなった死体(ご遺体なのです)を処理するための火葬場(設置した側の意識では、おそらくただの焼却炉)があることも、ボイラー室で働いている人の声でわかっています。

世界では中国に行って移植を受けることを法律で禁ずる流れとなっていて、イスラエル、台湾、スペインなどそうなっているそうですが、日本では名前を出し勇気を持って戦ってくれる学者、国際弁護士、医師などがいないらしいです。

しかも、中国で移植手術を受けている人数が多いのは、日本、中東だそうです。

中国共産党が尖閣を皮切りに沖縄、北海道を狙っているといわれてきましたが、最近では九州もその中に含まれるようになってきました。

グローバリズムの利権にまみれた政治家たちは、ろくな対策も打たずにこうした地域を切り捨て、真ん中だけの日本にするつもりですか。でも、そうなったとき、もはや真ん中も日本ではなくなっているでしょう。

この国は、萬子媛のような、あの世にあってもなおこの世に生きるわたしたちのことを思って千手観音のような働きをなさっている先人たちが見守っていられるというのに。何て罰当たりな話でしょうか。

人を部品の集合体としか思わない単純な唯物主義ほど、愚かしい怖ろしいものはありません。

以下の動画は、林原チャンネル「ノンフィクション作家・河添恵子#11-2★中国臓器狩りの真実◉人道を超えた臓器売買&移植手術の実態」です。

以下の動画はNTDTVJP「メディカル・ジェノサイド: 中国の臓器移植産業の隠れた大量虐殺」です。

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