カテゴリー「家庭での出来事」の364件の記事

2017年11月 2日 (木)

お土産のお菓子。鶏肉と野菜のごましょうゆ煮(『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』主婦の友社、2013)。

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ドイツのベルリンに出張で出かけた息子が送ってくれた、お菓子です。

輸入食品店カルディコーヒーファーム、ジュピターに行くのが楽しみになっているので、息子がベルリンとフィンランド空港から買ってきてくれたお菓子のブランドには覚えがありました。

が、お土産と同じ商品は見たことがなかったので珍しく、記事にしたくなります。

ミント風味のクッキーをいただいたのは初めてだったので、ちょっとした衝撃でした。メーカー名を見ると、ドイツの老舗ビスケット・メーカー、Bahlsen(バールセン)の商品ではありませんか。

ミニシリーズのビスケットを、何回か買ったことがありました。家庭的な、子供によさそうなビスケットという印象でした。ミント風味のビスケットにも、どこか家庭的な雰囲気があります。

ミント風味のお菓子、わたしは苦手なほうなのですが、このビスケットはミントがほどよい味わいで、抵抗感がありませんでした。

ミント効果でしょうか。お菓子を食べた後の胃もたれ感が全くありませんでした。

手前二つのチョコレートは、フィンランドでは定番とされているらしいFAZER (ファッツェル)の商品です。その奥のグミ(?)もそのようです。グミはまだ、いただいていません。

厚みのある、しっかりとした趣の板チョコは、イタリアやベルギーのチョコレートよりもアメリカのハーシーあたりを連想させました。凝った、洗練されたものというよりは、シンプルな印象を受けました。

わたしは船員の父がアメリカに行くたびに――よく行きました――ダンボール箱で送ってくれるハーシーのキスチョコで大きくなったといってもいいくらいなので、ハーシーのチョコレートは大好きで、時々買いたくなります。

ただ、前に息子が送ってくれたベルギー土産、ガレーのチョコレートの味は忘れられません。神秘主義エッセーブログにはアップしていた下の写真は、日本でも人気のゴディバ(GODIVA)とベルギー王室御用達ガレー(Galler)のチョコレートです。

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最初の写真に戻りますが、向かって右奥のブルーベリー入りのチョコレート(クッキーかと思ったら、チョコレートでした)は、AnthonBerg(アンソンバーグ)の商品です。

ググってみると、1884年創業のデンマーク王室御用達のチョコレートだとか。特に有名なのが、リカーチョコレートだそうです。ブルーベリー入りチョコレートも、お酒が効いていました。

ブルーベリーだけでなく、何か白っぽいものが挟まっているのですが、それが何なのか、わかりませんでした。クリームではないし……日本にはない類の味わいです。木の実を粉末状にして練り上げたものかなあ? うーん、わからない。何せ、説明が読めないので、見当もつきませんでした。

娘にこのチョコレートの感想を尋ねると、「パンチが効いているね~」と表現しました。

珍しいお菓子を味わえ、楽しいおやつの時間でした。

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『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』(主婦の友社、2013)のレシピ「鶏肉と野菜のごましょうゆ煮」がとても美味しかったので、レシピを紹介します。こまの混じったお汁が何ともいえない美味しさなのです。もったいないので、ごはんにかけていただきました。

以下は、『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』(主婦の友社、2013)のレシピ「鶏肉と野菜のごましょうゆ煮」より。

材料(2人分)

鶏もも肉1枚 じゃがいも2個 ブロッコリー120g 塩、こしょう各少々 A【だし3/4カップ 酒、しょうゆ各大さじ1 砂糖小さじ2】 すり白ごま大さじ1

作り方

(1) じゃがいもはくし形に切って、水にさらし、水けをきる。ブロッコリーは大きめの小房に分ける。

(2) 鶏肉は一口大に切って、塩、こしょうを振る。

(3) なべにじゃがいも、Aを入れて火にかけ、煮立ったら鶏肉を加え、ふたをする。再び煮立ったら弱火にして、15分煮る。ブロッコリー、ごまを加えて、さらに4~5分煮る。


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2017年10月 2日 (月)

友情について、再び

旧友からまたメールがあった。目的は今度も温泉旅行へのお誘いだろう。

40年近く年賀状のやりとりだけであったのに(それも彼女とはしばしば音信不通になったため、心配させられた)、わたしが友情の賞味期限も過ぎたと思い、年賀状のやりたりもやめようと思ったときになって、なぜか急に連絡をしてくるようになり(近くに引っ越してきたからというが、中間地点で会ったとしても博多で、片道2時間近くかかる)、しつこく温泉旅行に誘ってくる。

飲み友達がほしいのだろう。

昔のような友情が復活するかどうかに懸念があったので、まずは博多で、他の友人を交えた4人で会ったのは正解だった。

彼女を含む2人が姑臭く(底意地悪く)なっていた。新興宗教に熱中している友人だけが無事だった(意地悪でなく、ごく普通だった)。大学時代の友人の中にやはり、あからさまに意地悪になった人が1人いて、いずれも衝撃だった。

昔をなつかしみ、温かな友情に浸ることを期待して博多へ出かけたのに、ひどい仕打ちである。

こちらの気持ちが昂揚して話に熱が入りかけたところで、すっと冷ややかな顔つきで横を向き、別の話を切り出す。その意地悪そうな顔には戦慄させられた。

もっとも、もう1人の友人が目立ってそうして、彼女はそれに連動した反応をするという風だった。

親しみのこもった雑談の中での一瞬の早業である。独身時代であれば、気のせいだろうか、それとも何か不愉快なことを自分がいったからだろうかと考え込んだところだろうが、もうだまされない。

意地悪というのはそのようになされるものだということを、さすがにこの年齢となっては学習済みなのだ。

上に挙げた大学時代からの友人1人を含む3人には昔から、気のせいだろうか、いや、話に熱中するあまり、うっかりわたしを仲間外れにしてしまうのだろう――とこちらを思わせる特有の癖があった。

バルザックが次のように表現している。

やがて夫人は私とはなんの関係もない、この土地柄のこと、収穫のこと、ぶどう畑のことなどを話しだしました。一家の女主人のこうしたやり方は、当人の教養のなさを示すものか、相手を会話から閉めだして、軽蔑を見せつけようとしている証拠です。しかし夫人の場合には、それもただひたすら困惑のなさしめるわざでした。(バルザック『谷間の百合』石井晴一訳、昭和48年、46頁)

注意不足から、相手に意地悪と受け取られても仕方のない言動をとってしまうことは誰にだってある。

しかし、それが明らかに意図的に繰り返される場合は教養のなさか意地悪かのどちらかだろうが、わたしには3人の場合がそのどちらに当たるのかがよくわからなかったので、そうした面は見て見ぬふりをして友人づき合いを続けていたのだった。

年月が回答を出した。意地悪からだった。隠れていた面が露わになった。

3人は嫁いびりをする姑そっくりになっていたけれど、考えてみれば、3人共、姑にはなっていない。

昔、わたしはお金持ちのお嬢さんであったそうだ(それほどだったとは知らなかった。普通だと思っていた)。今は貧乏人らしい。

わたしという彼女たちの友人であるはずの人間に対して、こうした類型化を3人が3人とも嬉々として行い(貧乏だと判断して奢ってくれるというならまだしも)、経済的優越を匂わせて、露骨に意地悪をしてくるようになったというわけだ。

彼女たちは拝金主義者なのだろう。唯物的、打算的ではあっても、リベラルではない。人類の思想の歴史を紐解き、いずれかの思想に共鳴するといったタイプの人々ではない。ある意味で素朴な人々なのだ。

まあ自分が貧乏であることを否定はしないが、別に貯金通帳を見せたわけでもないのに、せっかちに貧乏認定するのだから、とにかく見下せる人間を作りたいのだろう。

第一、貧乏と見下されるなど、定年後も働いて、普通に暮らせるくらいの収入を得てくれている夫に申し訳が立たない。わたしにもう少し体力があり、外で働ければ、もっと豊かになれるだろうが、専業主婦だからこそできている、有意義なことも沢山ある。

倹約し、健康を考えた美味しい料理を提供し、国会中継を視聴して日本が変にならないように見守り、伝統文化に関心を持ち、考えの足りない人のぶんまでよく考え、吞兵衛でないことでも家計に貢献している。

そもそも、貧乏はそんなに恥ずべきことだろうか。神秘主義者にとっては貧乏は少しも恥ずべきことではない。

イエスの言葉にもあるではないか。「貧しいあなたがたは幸いである。神の国はあなたがたのものである」(フランシスコ会聖書研究所訳、中央出版社、初版1980、改訂初版1984)

それに3人共、ご主人がアル中気味だったり、ギャンブル中気味だったり、精神的安定を欠くなどして、彼女たちがそれほど金銭的に安心できる状態にないことは、当人たちからもたらされる情報からわかることだ。

不安感が意地悪な行為を助長させるのだろうか。

しかし、この3人以外の友人たちも、中年期までに苦渋をなめなかった人は1人もいないといってよいくらだ。皆それぞれに苦労している。

この世が魂の教育の場、魂を洗練させる場であると主張する神秘主義の立場から見て、それはこの世がそのような仕組みになっているからだと思わざるをえない。

つらい思いをしてきたからといって、友人たち全員が意地悪になったわけでは決してない。幸いにも、意地悪になった――いや、おそらく元々意地悪だった――のは3人だけだ。他の友人たちには昔も今もそんなところは微塵もない。

意地悪な3人とは、今後友人づき合いをするつもりはない。正確ないいかたをするなら、本当の友人であったことなど一度もなかったのだと思う。

社会生活では意地悪な人ともつき合わざるをえないことがよくある。でも、友人は自由に選択できるはずだ。そうでなければ、友人とはいえない。

互いに相手を好きであれば、誤解や行き違いがあったとしても、何とかなるものだ。

最良の友人といえた、長年統合失調症で苦しんだ友人はもう亡くなったが、彼女との友情は今もわたしの宝物だ。なかなか会えないけれど、他の友人たちとの友情も大事にしたい。

関連記事:

2017年7月18日 (火)
息子の土産話。温まった旧交を冷やす、女友達との価値観の違い。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/07/post-1cc5.html

2017年7月29日 (土)
友情について
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/07/post-b891.html

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2017年9月26日 (火)

息子の遅い夏休み。美味しいお菓子(東京カンパネラ、フライドパスタスナック、栗のグラッセ、千枚)。

東京在住の息子が、20日の夜から23日の朝まで帰省していた。5月に久しぶりに帰省してから4ヶ月しか経っていなかったので、嬉しい驚きだった。

ヨーロッパの外資系企業(日本法人)からアメリカの外資系企業(日本法人)へと転職した息子だったが、息子は直属の上司共々ヨーロッパにある子会社にも所属しているような仕事形態だそうだ。

前にいた巨大な総合化学メーカーと比べると、全くタイプの異なる、フットワークの軽い会社という印象を受ける。

ホームページやウィキペディアで新しく入った会社の歴史を見ると、元々はNASAに関係した某プロジェクト開発のため、アメリカ政府の要望を受けて設立された会社らしい。ああそうか、このようなものがなければ航空宇宙業界も成り立たないんだ、と思った。

息子は前の会社の仕事内容ではキャリアを積めないと感じ、転職に踏み切ったようだ。5月は転職の報告に帰省したという感じだった。今回は遅い夏休みということらしかった。

夏、息子がヨーロッパへ研修を兼ねて出張したとき、オフィスにいた普段は世界を飛び回っているアフリカ出身の女性が(過去記事参照)息子に、実家には帰っているかと訊いてくるという。

黒人は一般的にアットホームだというイメージがあったけれど、実際にそうなのだろう。その女性の言葉で息子が帰省したのかどうかはわからないけれど、そのようなことをいって貰えるなんて、ありがたいと思う。

話が横道に逸れるが、今はお見合いや合コンを設定してくれる会社が沢山あるらしい。

親たちが貧乏になってお見合いの話を持ってくることができなくなればなったで、それに代わるサービスが商売として成り立つようになり、そこから「赤い糸」が提供されるようになったというわけだ。

娘も何回か会社の友人と一緒に街コンに出かけた。その友人は2万円払って、お見合い形式にもチャレンジしたそうだ。

娘の話では、娘たちの年齢からすると、街コンでは若すぎる男性が多く、お見合い形式では逆に年のいきすぎた男性が多いらしくて、出会いのきっかけづくりもなかなかうまくいかないようだ。

それが息子の話によると、都会では30万円かかるが、高確率で双方に満足のいく結婚相手を探してくれる会社があるという。

前にいた会社の人が、それで女医さんと結婚したそうだ。適齢期を過ぎた年齢――その人は三十代後半――でありながら満足のいく結婚相手が見つかるというのなら、30万円は安い値段なのかもしれない。

息子もそうすることもできただろうにと思わぬでもなかったが、そういうタイプではないからこそ転職したということだろう。

以下は献立の私的備忘録。

20日
(夜)
おぼろ豆腐
キュウリのヨーグルトドレッシング(服部幸應先生のレシピ→ここ
ボルシチ(ざっとした我流レシピ→ここ

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寒くなると盛んに作るボルシチだが、この街に引っ越してきてからチャレンジした料理なので、息子はまだ食べたことがなかった。気に入ってくれたようだ。息子は自炊するので、ボルシチなんかはいいと思う。

栗御飯(鈴木登紀子先生レシピ→ここ

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栗御飯を作ったのは久しぶりだった。

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21日
(朝)
ミニクロワッサンとコーヒーで軽く済ませる。

(昼)
ダリ展を観たあと、ショッピングモールへ。
モロゾフ

(夜)
浜勝(とんかつ屋さん)

22日
(朝昼兼用)
そうめん(夫がそうめんを茹でてくれた)
かまぼこ
日田産梨

(夜)
ワイン
大盛サラダ二皿(緑色のものはプチトマト)

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山盛りの野菜の写真は撮ったものの、他の写真は撮る暇がなかった。山盛りの野菜は結構余るだろうなと思っていたが、皆よく食べてくれた。

リオナソーセージ・ペッパーロースハム・チーズ(6ヶ月熟成ミモレット。前回は12ヶ月)の盛り合わせ。
 ※6ヶ月熟成ミモレットはキャラメルのような風味。12ヶ月はカラスミのような風味。
焼き肉(牛肉)・じゃこ天・ウインナー
カリカリじゃこ・薬味のミョウガ・梅干し・明太子などをお茶漬け用に並べていたが、家族はカリカリじゃこを御飯にかけて「美味しい」と食べていた。

カリカリじゃこは、ちりめんじゃこを油できつね色になるまで炒め、仕上げに鍋肌からしょうゆを絡ませたもの。

マスカット
 ※マスカットは1200円。それで家族4人には充分な分量のデザートになった。

美味しいと思ったお菓子。わたしは普段しない間食をかなりしてしまったので、ダイエットの必要がありそう。

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息子の東京土産、アイル「東京カンパネラ」。クッキー生地がサクサクしていて、美味しかった。

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ドーバーフィールドファーイースト「フライドパスタスナック」。食べ出したら止まらない。

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竹林堂製菓「栗のグラッセ」。あんこに栗のかけらが入っている。お洒落なお菓子。

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渡辺商店(名古屋市)「千枚」。これはまだ封が開いていない。同じところから出ているがんこ焼が美味しかったので、これも美味しいだろうと思う。

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2017年9月24日 (日)

本日一気に三味線、ヒグマ、キンモクセイ2本ゲット(インターポット)。ダリ展。

息子が帰省していたので、その間にビンゴ券が溜まりました(というと変ですね。最低限のビンゴだけやっていたということです、短時間で券を増やすためだけのビンゴを)。

それを使って、本日一気に浮世絵の三味線、ヒグマのオブジェB、キンモクセイ2本(計4本に)をゲットしました。

まあ三味線がほしくてチャレンジしているうちに、他のものもゲットしたというだけのことですが。

インターポット

アバ嬢が三味線を気に入ってくれたみたいで、さっそく神妙な顔つきで弾いています。アバ嬢は顔がデカいので、そばに植えた柳の木がまるで雑草みたいに見えます。

庭には現在、この三味線の他にハープとししおどしがあり、それぞれに音を出すので、なかなか賑やかです。

インターポット

ヒグマの置き場所が決まらないので、とりあえず遠景風に。いただいたものを置くだけの芸のなさですが、そのうち統一のとれた庭にしたいと考えています。

海底シートをゲットしているので、庭を海の底にもできますが、その勇気がありません(?) 海の中って、魅力も感じますが、何だか怖くて。

アバ嬢は設置中の飛び込み台から、可愛いエーゲ海によく跳び込んでいるので、海底散歩は大歓迎でしょうね、きっと。

コイコイ潜水艦、金のイカリ、エンゼルフィッシュ水色、キングハリセンボン、巻貝C、海の花中、海藻大B、おいしい海藻大B、おいしいワカメをゲットしています。

帰省中の息子と一緒に、家族全員で市立美術館へ『ダリ展』を観に行きました。20世紀を代表する画家サルバドール・ダリ(1904 - 1989)の版画200点が展示されていました。

ダリといえば、シュルレアリスムに属する画家で奇人変人、詩人ポール・エリュアールの奥さんガラを奪った(?)男……くらいの知識しかなかったので、今回展示されていた版画の大部分を占めていたのが旧約聖書をテーマとしたものだったのがちょっと意外でした。

ダリはスペイン出身の画家で、裕福だったようです。一族は自分たちをユダヤ系の血筋と信じていたとか。

「信じていた」というのは、どういうことでしょう。古代ユダヤ人の血筋だと信じていた――ということでしょうか。

わたしにはどれも同じような、奇を衒った――つまり解釈の浅い――作品に見えました。同じ旧約聖書をテーマとしていても、東欧系ユダヤ人(アシュケナジム)だったシャガールなどとは、何という画風の違いだろうと思いました。

ただ、1945年にアルフレッド・ヒッチコック監督が制作したサイコスリラー映画『白い恐怖』に出てくる夢のシーンにダリが協力していると知り、ああなるほどと思い、興味が湧きました。

この映画は現在パブリック・ドメインになっているそうなので、YouTubeにアップされているのではないでしょうか。

装飾的に使われるほうが、ダリの作品は本領を発揮できる気がします。印象に残った以下のダリの言葉。

毎朝起きるたびに、私は最高の喜びを感じる。「サルバドール・ダリである」という喜びを!

ふーん。

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2017年7月29日 (土)

友情について

このところ、ずっと友情について考えていた。

59歳になったわたしに、今後も友人をつくる機会が訪れるかどうかはわからないけれど、友人をつくるための最良の時は過ぎ去ったのではないかという気がしている。

今のわたしには文学を通して交際の輪が広がった日々が輝いて見える。その輪の中心には神智学を通じて知り合った人々との交際が見えない世界への翼となって、その痕跡をとどめている。

文学仲間とは文学観の違いから口論になったり、仲違いすることもあった。しかし、それは今思えば、何て贅沢な交際に恵まれた日々であったことだろう。

文学仲間とは話が通じないとか、話題に出したいことを相手に遮られて全く出せないということがほとんどなかった。

そうした交際の中でも、わたしが「詩人」と呼んだ今はなき女友達と女性編集者Мさんとは深い会話ができた。

皆が文学に抱擁されていたからこそ、そうした交際が可能だったのではないかと思う。比較的最近になって女性編集者Мさんから電話があり、会いたいという話だったが、わたしはまた口論になりそうな気がして会えないといった。

彼女が応援している作家たちを、彼女と共に応援することはとてもできないと思ったのだ。編集者として包容力がなければ、仕事にならないことはわかっている。

だが、彼女が応援しているこの国でよい地位を得ている作家たちは本当に作家という名に値する人々なのだろうか(勿論値する人々だっているだろうが)。

Мさんとの齟齬も、本を正せば、この国の文学界が左派に牛耳られている異常な状況から来ているとわたしには思える。

葛藤、不運、不遇が、左派に与することのできない物書きを襲い続けてきたのだ。言論の自由は事実上、左派にしか存在しない。独占を真に自由と呼びうるかどうかは疑問のあるところだが。

左派が毛嫌いする神秘主義、その中でも近代神智学運動の母といわれるブラヴァツキーは左派のバッシングの的となってきた。マルクス主義の根拠となっている唯物論の誤りを的確に指摘できる神智学は左派の天敵だからである。

大学生のわたしはプロティノスが神智学の創始者アンモニオス・サッカスの直弟子とは知らなかったにも拘わらず、哲学者の中ではプラトンに次いでプロティノスに惹かれ、やがてブラヴァツキーの神智学に辿り着いた。

神智学協会ニッポン・ロッジ初代会長であった田中恵美子先生からは、神智学の神髄を教わった。先生がお亡くなりになった今も、わたしは美しい白薔薇を想い浮かべるように、先生の美しかったオーラの色合いを想い浮かべる。

先生と対等に交際するにはわたしには知能も教養も足りなかったが、先生の影響を自分に可能な限り受容させていただいた。

このような、わたしの目に知性美に輝く理想像と映った田中先生のような人と人生の早い時期に出会ってしまったので、先生が亡くなってしまうと、味気ないこの世がいよいよ味気なく映ってしまうようになった。

死後、別れの挨拶に会員達を訪れた先生――同じことを経験した会員が複数いる――は、その後もあの世から見守ってくださっているのを感じる。それでも、生身の先生に大会などでお目にかかることはもうできないのだと思うとこの世は如何にも味気ない。

もし、あの世から地上世界にある神社へと、毎日ボランティアに通っておられる萬子媛のような高級霊と出会わなければ、神秘主義者として生きざるをえないわたしの後半生はどんなに淋しく、虚しく過ぎたことだろう。

あの世にまで広がる交際を可能にしたのは、神智学という神秘主義だ。

文学と神秘主義、この二つの思想に抱擁されて、コミュニケーションの可能性を追求し、その恩恵に浴してきたわたしはいつのまにか、コミュニケーションというものはごく自然に行われるものと錯覚してしまっていた。

ところが、中学時代、高校時代に親しかった友人達と旧交を温める機会を持ったことから、その錯覚が打ち砕かれた。

その中でも、中学から高校にかけて最も親しかったナースになった友人との35年ぶりの再会は意外な展開を迎えた。同じころに幼馴染からもやはり35年ぶりに連絡があり、幸いこちらとは旧交を温めることができた。

二人の違いといえば、幼馴染とは互いに35年間欠かさず年賀状を出し続けて相互に連絡し合っていたが、ナースの友人とは音信不通になったりならなかったりで、その状況に嫌気がさし、もう年賀状を出さないことに決めた矢先の再会だったということである。

幼馴染みは文学好きというわけではないが、長電話の中で「Nちゃん、創作続けている?」と大切なことを問いかけるように尋ねてくれた。創作のことを話したかどうかさえ覚えてなかったので、思いがけない嬉しさだった。

幼馴染みの声は昔と同じように優しく、柔らかに響き、当時と同じようにわたしを癒してくれる。

わたしの創作を励ましてくれるのは、この幼馴染みと東京在住の従姉くらいだ。

いや、もう一人だけいた。大学時代に美術部だった埼玉在住の友人で、彼女は今は喫茶店を経営しており、絵は描いていないという。が、シャガールばりの彼女の絵をわたしは忘れられず、彼女は毎年の年賀状に欠かさずわたしの創作のことを書いてくれるのだ。

誰かと会って話すとき、わたしは相手の喜びの源泉や苦しみの原因を知りたいと思う。そして、相手にも同様にわたしのことを知ってほしいので、万遍なく話題を広げたい。

しかし、考えてみれば、それは高度にコミュニケーションがとれ、相手のことに関心があって初めて可能になることなのだ。

女性同士であっても、相手が好きであれば、相手に関心を持つのが自然である。そして、コミュニケーションは、語彙や表現力が乏しければ、うまくいかない。

博多で三人の友人達と旧交を温めて、とてもなつかしかったものの、むしろわたしにとっては冷やす結果となってしまった。

二人は――ナースの友人には子供はいないにも拘わらず――どこか姑臭くなっていて、なつかしい顔立ちや振る舞い、変わらぬ魅力を湛えた表情の移り変わるある瞬間に何か底意地の悪さといったものを感じさせるのだ。

考えてみれば、昔もそうしたことを感じることがあり、それは気のせいだと思っていた。

だが、おそらく一人は底意地の悪い姑に献身的に仕える重労働の中で、自制心を次第に摩滅させただけでなく、底意地の悪さを姑に学んでしまったのだ。ナースの友人は職場環境によるものだろうか。ナースの中に時々、底意地の悪い人を見かけるときがあるからそう思うだけで、わたしの憶測にすぎない。

わたしが独身時代、金持ちだったのに、今はそうでないのが痛快らしい。金持ちだったのは両親であって、わたしではない。両親の自分勝手には結構苦しめられたし、倒れた母の看病のために就職できなかったにも拘わらず、両親はそのことを意に介していなかった。

好意的でなつかしい友人の振る舞いの中に棘のように意地悪が潜むことに、わたしは耐えられないが、そのときはなつかしさのほうが勝り、再会が嬉しかった。

姑臭くなった友人の一人と二人きりで駅の構内を歩いたとき、幸い昔の彼女が戻ってきた。昔彼女の家に泊めて貰った晩、目を綺羅星のように輝かせながら宇宙への憧れを語った彼女。

そのときの彼女が戻ってきたことを思い出し、交際を深めていけば、姑からの仕打ちの痕跡など、やがて消えて行くのではないかと考えている。その機会があればだが。

ナースの友人とは修復が可能か不可能かという以前に、価値観も友情観も違いすぎるのがわかった。

結局、人間性を損なっていなかったのは新興宗教にはまっている残る一人の友人だけだった。彼女には底意地の悪さは微塵も感じられず、知識欲も旺盛と映った。

おそらく宗教活動を通して、彼女は読書習慣や考える習慣を持ち、それは情操を養う機会ともなったのだ。

その宗教の内容に関してはわたしには共鳴できないところがあるけれど、底意地の悪さというものが本人も気づかない精神的飢餓感から発生しているように思えるとき、宗教が――宗教組織が宗教を何か世俗的な目的のためのアイテムとしていない限りにおいてだが――萎縮しやすい女性の生活に活気と潤いとコミュニケーションの機会を与えてくれるように思われる。

大学時代の友人で、別の新興宗教にはまっている人がいて、彼女にも同じことを感じている。わたしたちは度々電話し合って、様々な事柄について万遍なく話す。暮らしのことから、現在の不安や課題、宗教思想、宇宙について、政治についても。

考えかた、思想の違いも率直に話して、むしろその違いが興味深くて楽しい。彼女にも、底意地の悪さは全く認められない。

そもそも、暮らしに欠けるものを感じ、何か高いものへの欲求や憧れがあるから、二人の友人は入信したのだろうと思う。

聖人ではないのだから、齟齬や不愉快というものは交際にはつきものであって、わが身も顧みず、そのことをどうこういうわけではない。

相手に意地悪と誤解されても仕方のない場面は交際にはよくあることのだが、底意地の悪さというものはこれとは別物で、わたしが問題としたいのはこのことであり、これが意図的であるというところに問題があると思うのだ。

ごく瞬間的な意地悪な素振り、雰囲気、言葉を意図的に親しみの中に混ぜてくる人というのは心底病んでいるだけでなく、その対象とする人を本当には好きではない可能性があると思う。

この悪癖に冒される人達というのは、わたしの知る限り、唯物主義者、現世主義者に多い。それは先述したように、物質偏重からくる飢餓感なのだ。

博多での再会後に彼女のご主人が統合失調症との診断を受けたと知り、わたしはそのことにひどく負担を感じた。統合失調症が大変な病気であることを知っているから、彼女のことが心配になり、こうしたことの全体がわたしには負担と感じられた。

友人としての有効期限は過ぎたとわたしが感じ、整理しかかったときに繰り返し誘いをかけてきて(わたしの体がひどく心配なのだと彼女はいった)、35年ぶりに再会した後、この大変な事態を明かされるとはあんまりだと思った。

しかし一方では、大変な状況下でわたしのことを思い出してくれた彼女に嬉しさを覚え、何か誇らしいような気持ちも起きた。頼りにされているのかもしれないという一方的な思い込みで責任感を刺激された。

わたしには、再婚した奥さんにつられるようにして頭が普通でなくなった父があり、また「詩人」と呼んだ統合失調症の友人がいた。彼女の参考になることを話せそうだった。

コミュニケーションがうまくいかないのを感じたが、彼女のほうではうまく行く必要もないのかもしれない。

彼女の愚痴を聞いて、適度な慰めとなり、陽気な飲み友達となれるのなら、彼女にとって最高の友人となれただろう。ご近所づきあい、気晴らしのアイテムとしての友人関係を求められているだけだとわたしは思った。

ただ、わたしの友人づくりはシビアすぎるのだろう。彼女のほうが標準なのだ。わたしが貪欲に友情に純度の高さを求めすぎるのだ。いつまでも青臭い、お馬鹿さんなのだ。そう、相手が姑臭く感じられるほどに、わたしは若いころから成長がないのかもしれない。

彼女と親しかった高校時代の交際も、考えてみれば、ご近所づきあい風だった。それが彼女の友情観であり、わたしの友情観とは食い違いがあったのだ。だから彼女という友人がいながら底知れない孤独を感じていたのだろう。

高校時代にはそのことがわからなかった。勉強や行事やクラブ活動で忙しい高校時代は、深い話をする機会がないだけだと思っていた。そんなわけはなかったのだ。友情観が一致していたとしたら、ない時間をつくって、あれこれ話したに違いない。

彼女にとって、わたしは重い、変なところのある、面倒な友人だったのではないだろうか。

そんなわたしだが、ご主人を一心に支えている彼女には深い尊敬の念を抱いている。ナースとして優秀な彼女であるからこそ、できることだとも思う。

大地に根差したような彼女の快活さ、バイタリティにわたしは惹かれたのに違いない。くれぐれも無理しすぎないようにと願う。

フルートが上手で、岸洋子「希望」を教えてくれた彼女は本来、芸術に鋭い感性を持つ人だとわたしは思っている。ストレス解消は、アルコールより芸術に頼ってほしい。

何にしても、頭を疑われそうになっては、彼女から逃げ出さないわけにはいかない。何しろ彼女はナースなのだから、怖い。如何に説明しようが、唯物論者で現世主義者である彼女――彼女にその自覚はないだろう――に神秘主義をわかって貰うのは無理な話だ。逃げるが勝ちだ。ごめんね。

結婚するときに、神智学を教わった田中恵美子先生がカーリル・ギブランの
「結婚」に関する詩を邦訳して贈ってくださった。主人との間でいろいろあるたびに、その詩を読み返してきた。

英語版「神智学ウィキ」に、カリール・ジブラン(ハリール・ジブラーン、カーリル・ジブラン)​​の神秘主義は、キリスト教、イスラム教、スーフィズム、ユダヤ教と神智学といった異なる影響が収束したものだと書かれていた。(→ここ

イタリア神智学協会のオフィシャルサイト「著名な神智学者の名前の一部」にもカリール・ジブランの名があった。

過去記事で紹介したカリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)から、「友情について」を再掲しておこう。   

そこでひとりの青年が言った。お話しいただけませんか。友情について。
    アルムスタファは答えて言った。
    君の友人は君の需
(もと)めへの応え。かれは畑。君はそこに愛をもって種まき、感謝をもって刈り取る。
    彼はまた食卓。君の暖炉。
    君は飢えてかれのもとに行き、平和を求めてかれを探すのです。

    友がその考えを語るとき、恐れるな、君自身の心のなかの「否
(いな)」を。そしてまたおさえるな、「然(しか)り」を。
    また、友が黙するとき、君の心は止めてはいけない。かれの心に耳を傾けることを。
    なぜなら友情にあっては、言葉なしに、すべての思い、すべての望み、すべての期待が生まれて、分かち合われるのです。それも喝采を必要としない喜びのうちに。
    君が友から離れるとき、歎いてはならない。
    なぜなら、君がかれのなかで一番愛しているものは、かれのいないときにこそ明らかになるのだから。山は、それを目指す者には、平野からこそ明らかに見えるもの。
    そして友情には、精神を深めることの他にはどんな目的もあらしめるな。
    なぜなら自らの神秘を顕わにする以外のことを求める愛は、愛ではなくて、投げ込まれる網にすぎない。

    そして君の最良のものが友のためであるように。
    もしかれが君の引き綱を知らねばならぬなら、君の満ち潮も知らせてやるように。
    なぜなら、時間をつぶすための友を求めるなら、いったい友とは何だろうか

    時間を生かすための友をこそ常に求めなさい。
    なぜなら、友とは君の需めを満たすもの。君の空虚を満たすためのものではない。
    そして友情の甘美さのうちに笑いがあるように。そしてまた楽しみの分かち合いも。
    なぜなら、小さな事柄の一滴のうちにも、心は自分の朝を見つけてさわやかになるのだから。

    カリール・ジブラン『預言者』(佐久間彪訳、至光社、1984年)

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2017年7月23日 (日)

ぶんぶんチョッパーの威力

人気らしい、みじん切り器「ぶんぶんチョッパー」を購入しました。

K&A みじん切り器 ぶんぶんチョッパーDX デラックス 大きめサイズ 700ml

ケイ・アンド・エー


容器に刃をセット、食材を入れてフタをし、ハンドルを数回引っ張ると、みじん切りの完成です。ハンドルを引く回数で、みじん切りの細かさを調節できます。

野菜はあらかじめ、大まかにカットしておきます。

大(満水容量:700ml)・小(満水容量:約450ml)のサイズがあり、アマゾンへのリンク先では大(デラックス)は2,000円しません(配送料に注意。現時点では2,000円以上の注文で通常配送無料になっています)。わたしは東急ハンズで購入したので、もう少し高かったです。

大のぶんぶんチョッパーで小ぶりの玉葱2個、一度にみじん切りにできました。それでいっぱいいっぱいでした。大きな玉葱だと1個かな。

小はサイズ的に、1~2人向きでしょうね。アマゾンのレビューを閲覧すると、離乳食作りに利用しているお母さんも多いようです。

洗うのも簡単でした。うっかり食器乾燥機に入れないように気をつけなければなりませんが。

昨夜わたしは、ナス入りドライカレーを作るのに使用しました。

小ぶりの玉葱2個、人参1本、セロリ1/3、ニンニク1かけ・ショウガ1かけを、それぞれ別個にみじん切りにしました。

Img_1467_3

玉葱は10回くらいハンドルを引っ張ったかな。引っ張るのに相当力が要るのではないかと心配でしたが(特に硬い人参が心配でした)、それほどでもなく、引っ張るのが楽しかったほどです。

ニンニクとショウガは一緒に容器へ。少量でも、綺麗なみじん切りになりましたよ。

話が遡りますが、定年後、再就職した夫に時間ができたので、メンタルヘルス的な定年後対策の一環として、家事に興味を持って貰おうと思い、彼の趣味に合いそうなサイフォンを購入しました。

定年後にアルコールやギャンブルなどの依存症になる人は多いようですよ。わたしの友人達のご主人の中にも何人かおられるようです。

幸い夫はサイフォンが気に入り、家庭で喫茶店並みのコーヒーを楽しめるようになりました(彼は3Dに最もはまっています。子供の頃プラモデルが好きだったようで、細かい作業が好きなようです)。

その後、マキネッタ(直火式エスプレッソメーカー)と電動コーヒーミルを追加。我が家のコーヒーに関しては夫の聖域になりました(わたしはコーヒーが上手に淹れられません)

その後、夫は麺を茹でるのもわたしより上手になり、夫婦でよくパスタをするようになりました。

皿洗いや買い物も、必要に応じてやってくれるようになりました。わたしは病身のため、買い物に出るとそれだけで疲れてしまうので、時々代わりに行って貰えると本当に助かります。

ただ、夫の負担を増やさないように気をつけています。夫には仕事がありますし、自分の時間を楽しんでほしいので。買い物は基本的にはわたしがやりますが、なるべく負担にならない範囲内で会社帰りの娘と夫に頼むように工夫しています。皿洗いは、夕食後の後片付けは負担が大きいので、常にわたしがやります。

今では休日になると、「今日パスタする?」と夫から持ちかけてくるようになりました。夫婦の共同作業でよく作るのが、ミートソースパスタと明太子パスタです。

ソースはわたしの担当ですが、ミートソースのときのみじん切りが苦痛でした。

みじん切りって、結構手間がかかり、案外力も要りますよね。玉葱は散らばりやすくて面倒だし、人参は硬いので、体力のないわたしはみじん切りだけで疲れます。

ドライカレーもミートソースと同じような材料で、やはりみじん切りが必要ですね。でも、昨夜はぶんぶんチョッパーのお陰で楽勝でした。美味しいドライカレーができましたよ。

ぶんぶんチョッパーの前に、おろし金を工夫したようなみじん切り器を購入し、それは半額で済んだのですが、失敗でした。粗くおろした感じになり、悪いことには汁が沢山でるのです。

ぶんぶんチョッパーの場合は、包丁を使って切ったときと同じように綺麗なみじん切りができるので、助かります。時間が短縮できるので、気持ちに余裕ができて料理を楽しめます。

夫がぶんぶんチョッパーに興味を示したので、「今度ソース作りもやってみる?」と持ちかけてみると、やってみてもよさそうな表情でした。

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2017年7月20日 (木)

うちのアバターのブレスレットと靴を見て! 娘の友人の劇。エッセーについて。

マダムN
唯一のおしゃれ着のドレスを着せ、手に白薔薇と楽譜を持たせていたので、せっかくゲットしたブレスレット(左手首。よく見なければわからない)と靴が隠れていました。

で、一挙公開(二点だけですが)。

靴、よく見ると、おしゃれでしょ。

アバターは二頭身であるだけでなく、こうして体形のわかる服を着せると、おなかが結構出ているようにも見えます。何だか自分みたいな気がしてきました。

拙神秘主義エッセーブログ(⇒ここ)に「祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日」をアップするつもりですが、その前に当ブログの前の記事に手を加えてアップしておこうと思い、神秘主義エッセーブログの過去記事一覧を見たら、以下のエッセーを既にアップしていました。

39 のエッセーを削除して、ここに別のエッセー(ユイスマンスか何か)を入れ、改めて新しいエッセーを書こうかと考えています。

となると、72 になるはずだった祐徳稲荷神社参詣記③ は 73 になります。

何となく家事雑用に追われて、こうしたエッセーのアップなどの作業がはかどりません。創作に入るには、この種の作業をやっておかないと、あとで不便なことになるので。小説ブログの連載も止まっていますが、忘れたわけではないのです。

新しい電子書籍作成となると、一体いつになるやらです。電子書籍の作り方を忘れてしまったかも。

ところで、娘の友人が劇をやっていて、昨年娘と観に行きました。確かそのときの感想も過去記事に書いていたはず。彼女は情感の表現に秀でていて、わたしは感動しました。

今年も彼女の出る劇がホルトホールであるそうで、来月初旬に行く予定でしたが、ふとカレンダーを見ると、日赤の内科受診の日と重なるではありませんか。

うーん、どうしましょう。病院の予約を変更して貰うべきかどうか迷います。日赤はいつも予約が詰まっていて、あとでどこかに入れて貰うとなると、結構大変そうですし。

劇は来月末にも野外であるそうなので、その日に行くべきか。でも、野外はまだ暑そうですねえ。

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2017年7月18日 (火)

息子の土産話。温まった旧交を冷やす、女友達との価値観の違い。

昨夜、フランス語圏の国に2週間出張していた息子から電話があり、長電話になった。興味深い話をいろいろと聞くことができた。

古い洋館が研修施設になっていたそうだが、近くに森があり、その森は日本の森や林といったイメージからは遠く、そう大きな森ではないのに、とても暗くて、ヨーロッパのお伽噺によく出てくる魔女でも出てきそうな感じだったとか。

魔女裁判があっていたころ、異端視された人々が森の中で秘密の集会を開く場面を本で読んだことがあったが、隠れるにはぴったりといった雰囲気だそう。

尤も、息子は森に入ったわけではなく、近くを通ったときに見た程度だったようだ。

小さな国の割には放牧地が広大で、牛の群れが無造作に点在していたとか。

森の近くの研修施設も、そこからは離れた研究団地のようなところにあるオフィスも国際色豊か、人々は友好的。

ただその国の礼儀作法で、親しい男女間、女性同士が頬を触れ合う挨拶があり(男性同志ではしない)、女性と頬をくっつけ合う挨拶では固まってしまい、それを察知した相手は次の日から握手に代えてくれたとか。

オフィスには世界中飛び回っているアフリカ出身のキャリアウーマンがいて、その人は大の日本贔屓だそうで、それは青年海外協力隊に親切にして貰ったからだという。

オフィスのある街の住人もとても親切で、フランス語しか通じないレストランで戸惑っていると、隣で食事していたお客さんが通訳を買って出てくれたそうだ。

研修の間もオフィスでも昼食はフランスパンにハム、チーズ、野菜などを挟んだサンドウィッチ。ハーブがきつくて、息子はそれが苦手だったそう。

息子がチョコレートを送ってくれるそうで、娘と楽しみにしている。

暗い森の話のところで、つい魔女裁判を連想してしまったのは、わたしが児童小説に魔女裁判にかけられる女性を登場させたいと思い、いろいろと調べてきたからだった。

そして、ヨーロッパの昔話に見られるような魔女の起源はキリスト教会に異端視されたカタリ派に求められるらしいこと、またカタリ派ではイエスとマグダラのマリアが結婚していたと教えていたらしいことを知った。

『異端カタリ派と転生』(原田武、人文書院、1991)によると、カタリ派は都市部における富裕層の知識人たちによって担われ、栄えたが、弾圧されるにつれて農村部に移り、次第に迷信化、妖術化していった。つまり、どんどん俗化を強めていき、遂には絶えたということである。

イエスとマグダラのマリアの結婚については、拙神秘主義ブログの以下の記事を参照されたい。

これも過去記事で書いたことだが、上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社〈講談社学術文庫〉、1998年)によると、魔女裁判が異端審問の延長上に生まれたことは確かであるようだ。

フランスのように教皇庁指揮下の裁判は異端審問、世俗裁判所では魔女裁判――という風に担当が明確であった所もあれば、ドイツのように教皇庁の力が弱くて双方が入り乱れていた所もあって、地域により時代によりまちまちだったようである。

異端者という語を生み、異端審問の開始のきっかけとなったのは、カタリ派だった。カタリ派は、それだけキリスト教会を脅かす存在だったのだ。

現代であれば精神病者に分類されるような人々が訴えられたり、逆に訴えたりするケースは多かったようだ。

一貫して魔女裁判の抑止力となったのは、神秘主義者たちだった。

前掲書『魔女とキリスト教』によると、魔女裁判の衰退に最も影響を与えたのは、ヴァイアーの医学的アプローチ、魔女懐疑論だった。

ヴァイアーはパラケルスス、アグリッパの思想系譜に属する神秘主義者で、彼の師アグリッパは魔女迫害推進派から邪悪な魔術の象徴として攻撃された。

アグリッパは異端視されながら『女性の高貴』など女性賛美の文章を書き(男性優位の社会背景があった。ちなみにカタリ派は男女平等論者だったという)、パリに秘密結社をつくり、メッツ市の法律顧問となって、魔女の嫌疑のかかった老婆の救援に立った。

勿論彼自身も魔女裁判の犠牲となる危険と隣り合わせだったが、個人的に教皇から好意をもたれていたことが幸いしたという。

ヴァイアーは、メランコリーという医学概念を魔女の判定に持ち込んで、魔女は責任能力を有しないことを立証しようとした。

こうした精神病理学の発達で、魔女裁判をリードしてきたフランスの法曹界がその影響を受けるようになったことから、魔女は火炙りにされるよりは拘禁され始め、山火事のようにヨーロッパに拡がった魔女現象は次第に鎮静化したという。

旧交を温めた友人のご主人が統合失調症と診断され、大変なようだ。別の医者は別の診断を下しているという。飲み薬漬け、アル中気味だったのが、療養所に入所したことで、少なくともアルコールとの縁は断っているそうだ。

律儀に夫を支え続けている彼女は立派だ。

が、残念ながら、彼女と前述したような話はできない。

戦後の日本が、共産主義者が大勢入り込んだ進駐軍による愚民政策によって唯物主義、現世主義に大きく傾いたように、彼女の物の考えかたにはその影響が色濃く、それが現代日本における主流なのだから、目下わたしに勝ち目はない。

物心ついたときから神秘主義者であったわたしなどは、現代日本の価値観からすれば、非科学的な時代錯誤の人間と映って当然だ。一方では、これをいってはまずいのかもしれないが、わたしにはむしろ彼女のような人々のほうが古めかしい人々に映る。

高校時代に親しかった彼女に、当時のわたしは自身のほのかな前世やあの世の記憶について、話したことはなかった。話せない雰囲気を感じていたからだろうが、かくも価値観の異なる青春時代における友人関係というものが、互いにとって有意義であったかどうかは微妙なところだろう。

ただ、何にせよ、神秘主義は科学に反する立場をとっているわけではない。オーラが肉体を包んでいるように、神秘主義は科学そのものを包含し、包含する観点から正誤を考察しようとするものなのだ。

近代神智学運動の母H・P・ブラヴァツキーの著書はそのようなもので、その著書には古代から当時知られた科学者に至るまで、多くの科学者、哲学者の説が沢山出てくる。

わたしは友人ににこうした考えを押し付けようとは思わない。彼女が思った以上に現世主義者で、価値観があまりにも異なることがわかったため、高校時代にそうであったように、今後こうした方面の話はしないだろう。

彼女も、彼女のご主人も一定の落ち着きを得たようだし、頼りになる妹さんもいるようだから、元のように距離を保つほうがいいかもしれない。

もっとも、神秘主義の研究を標榜しながら出鱈目な論文を書く学者や、スピリチュアルという名の下に誤った知識を商売道具にしている者など怪しげな人々が沢山いて、神秘主義が誤解されるのも無理はない。

それでも、精神病理学を発達させたのがヴァイアーのような神秘主義者であったことから考えると、神秘主義を排除して唯物的なアプローチを続けたところで、精神医学が停滞を続けるばかりであることは想像できる。

ユングのような神秘主義に関心を持った心理学者も出たが、そのアプローチの仕方はあまりに恣意的なのではないだろうか。

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2017年7月12日 (水)

薔薇色の上着を着て、夢に現われたプードル。旧友に関する勘違い。

わたしの夢に、時々プードルが現れます。これまでのワタクシ的夢の解釈からすると、プードルは創作意欲、作品傾向を表現しているようです。

プードルが現れた夢を全て記録しているわけではないので、はっきりしませんが、これまでに5回は出てきました。

作品そのものは赤ん坊として出てくることが多いです。

賞応募に熱くなっていたころ、よく夢に赤ん坊が出てきました。電子書籍そのものは馬となって出てきます。不思議ですね。

今書きたいと思っているのは一編の評論、一編の童話、そして萬子媛をモデルとした小説の第二稿です。

アルコール中毒気味ではないかと疑っていた旧友がそうでないとわかり(さすがはナースだけあって、健康管理はしっかりできているようです)、嬉しくなって創作意欲が高まっているということはあります。

なぜそう思い込んだかというと、彼女のメールの文面がわかりづらく、勘違いしてしまったからでした。

わたしの萬子媛をモデルとした小説は難解かもしれませんが、筋の通らない書き方ではないはずです。でも、友人達のメールの文面ときたら、主語が抜けていたりして、「いつ・どこで・誰が・どうした」のかがさっぱり掴めないこともよくあります。

電話で話せば疑問の解消することが多いです。書くとなると、自分がわかっていることを相手もわかっているように錯覚して省略してしまうのですね。

萬子媛をモデルとした小説の第一稿が難しく感じられるのは、文章の長さに対して情報量が多すぎるからだと思います。

また、あの難解さはあえて史料を生かすために、そのレベルになるだけ釣り合うように頑張ろうと思った結果でもあって、試行錯誤しながらとりあえずまとめたのが第一稿でした。

あれを読破した上に、面白いといってくれた人が半分もいたことにはむしろ驚きました。

ナースの彼女も萬子媛をモデルとした小説を読んでくれましたが、さっと読むつもりが難しくて、読み進めるのと放置を何回か繰り返し、時間ができた最近になって読破してくれたとか。わからない箇所はネットで調べたりもしたそうです。

何だか宿題を課したみたいで、いやー、申し訳ない。何にしても、第二稿はもう少しわかりやすく書こうと思っています。

萬子媛に関することでわからなかったことが、祐徳稲荷神社に出かけるたびに一つ、また一つと明らかになってきたのが不思議です。

これも、郷土史家の迎昭典氏から貴重な資料のコピーを沢山提供していただかなければ、新しいことが出てきたとしても、大事な事柄とは気づかずにわたしの中を通り抜けてしまったことでしょう。

夢に出てきたプードルが萬子媛をモデルとした小説への意欲と作品傾向を表わしているのかどうかはわかりません。薔薇色の上着は何でしょう?

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2017年5月31日 (水)

力不足の心臓

3月に受けた血液検査で、赤点なしだったと書きました。

これで体力があれば……とも書きました。

息子が帰省したとき、夫、わたしの三人で宇佐神宮に出かけました。真夏のような陽気で、湿気があまり感じられなかったためか、暑いわりには過ごしやすい日でした。

神宮の敷地は広く、石段も多くて、夫と息子について行けず、上宮へと続く石段の途中でへばってしまいそうになりました。石段と石段の間にある踊り場のようなところで、へばって座り込んでいる高齢者を見かけました。

頻脈の治療を受ける前は、こうしたとき、動悸が激しく、息切れがしていました。このときは、頻脈を放置していたころに比べると、そこまでひどくはありませんでしたが、やはり結構な動悸があり、体がへなへなした感じになりました。

頑張って座らずに上宮を目指しました。夫と息子が息切れ一つせずにいるところを見ると、わたしが家にじっとしていたくなるのもやはり体力のなさから来ているのだと再認識しました。

胸痛が起きなかったのは、薬がよく効いているお陰だと思いました。ただ、この体力のなさが動悸や冠攣縮性狭心症を予防するための薬の作用でもあって、心臓の負担を抑えているために心臓が力不足になることから来ているのだろうと思えば、複雑な気持ちになります。

発作は怖いけれど、体力がないのもつらいものです。痛し痒しです。家の中で家事をするのが精いっぱいというのでは、これからが思いやられます。

体力をつけるためにウォーキングなどするのは逆効果だということが過去のウォーキング経験からわかりましたし、もはや、体にハートの白い光を放射するという、いくらか我流の神秘主義的な試みを地味に続けてみるしかないかなあ。

体力のなさを自覚させられたということはありましたが、家族との散策はいいものですね。仕事だった娘が一緒に来られなかったのが残念でしたけれど。

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