カテゴリー「家庭での出来事」の376件の記事

2018年2月18日 (日)

やっぱりチャート式かな。2月14日に代謝内科受診。

大人向きに編集された中学数学の問題集をやってきましたが、相変わらず間違いが見つかったり、単元が進むと説明不足でわかりにくいところが目につき出したりで、娘が高校時代に使ったチャート式を開いて中学時代のまとめに目を通すことが多くなりました。

チャート式はさすがに、わかりやすい。

が、中学数学はとても大事なので、以下のチャート式を買うことにしました。娘に頼み、税込み712円でした。近くにK教室スタッフの求人が出なくても、この勉強はウォーミングアップとしても、他の面でも役に立つと思います。

チャート式基礎からの中学数学総仕上げ (チャート式・シリーズ)
数研出版編集部 (編さん)
出版社: 数研出版 (2012/10/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 4410150456
ISBN-13: 978-4410150456

とにかく、間違い探しをしながら忘れてしまった中学数学の問題集をすることに疲れてしまいました。

でも、思わぬ発見ですが、数学を本当に楽しく感じます。数学の厳密さが、やはりわたしには神智学を連想させ、同じときめきを覚えるようになった次第です。

中学数学すらほとんど忘れてしまっていて、新しく覚えているような状況ですけれど、今何にアプローチしているのか、どんなことに応用できるかを考えられるのは大人になった今だからこそ、できているような気がします。

それにしても、数学で使う日本語(数学用語)って、かなり難解ですね。ほとんど丸暗記していたのではないかと思います。日本語としての意味を連想しすぎるから、文系にとって数学は難しく感じるのかもしれません。

高校数学の第一章「数と式」で、「単項式の次数とは,掛け合わされた文字の個数のことである。また,特定の文字に着目するときには,着目する文字以外の文字は,すべて数と考える」(山口清・小西岳著『改訂版 チャート式 基礎と演習 数学Ⅰ+A』数研出版、)とあり、文字を数と考えるなど、文系の頭には斬新な発想に思えます。

神智学では、数を文字(意味を持った言葉)と考えるピタビラス派の思想が出てきます。数は生きており、意味を持っているという考え方はバラ十字の会員だったバルザックの小説にも出てきます。

数学用語を日本語としての意味を持った言葉としてではなく、アイテム名、ツール名と考えればいいような気もします。数学に関する興味深いエピソードを紹介しているサイトも見つかりました。

住居問題は土日で休眠中(?)。この時期は仕事が多いのか、法人関係を主に扱っている不動産屋さんだからか、後回しになっているのかもしれません。

14日に日赤・代謝内科を受診しましたが、いつもと同じような検査結果でした。忘れなければ、別の記事にします。このところ、心臓の調子はとてもいいです。


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2018年2月13日 (火)

問題集に誤植、ミスは多いけれど…。IHクッキングヒーターで使えない調理器具。

過去記事で、大人向けに編集された中学数学の問題集に誤植、ミスがあったのでアマゾンへ行くと、解答ミス以外に、公式ミスや、問題文がおかしい場合もあると複数の人々が怒りのレビューをなさっていたと書きました。

公式ミスまであるのだろうかと思っていたら、昨日見つけました。乗法公式の一つが次のように書かれていたのです。

M1_2???

抜けているものがありますよね。正しい公式は次のようなものです。

Ma2

次のページで素因数分解に進みました。問題3は、「次の数にできるだけ小さい自然数をかけて、ある整数の2乗にしたい。どんな数をかければよいか」というもので、①28 ……以下④まで、数字が並んでいました。

答えを見ると、わたしの答えと一致しました。ところが、①の「略解」が次のように書かれているではありませんか。

M3???

略解の答えが変です。142を素因数分解すると、2×71です。28に7をかけて、14の2乗になるようにしたはずでは? 14×14=196ではないでしょうか。196は素因数分解すると、M8_3 になります。

②、③、④の略解も答えがどれも変でした。連続して、堂々と間違われると、困惑してしまいます。

今日は因数分解へと進みました。幸い、間違いは見つかっていません。

問題集を買い替えたいと思っていますが、間違いが多いとわかっていながら使っています。新しく買うのであれば、高校数学の問題集にしようかと。

高校数学も大人向けに編集された問題集がいいと思い(今使っている問題集は誤植、ミスが多いけれど、それさえなければわかりやすいし、よくまとめられているのです)、アマゾンで探しました。ただ、説明文でよさそうに思えるものも、レビューを見るとやはり誤植やミスがあるようです。少しぐらいは仕方がないのでしょうか。

ところで、この記事を書くためにワードの数式ツールを初めて使いました。ワードで書いた数式をここへコピペすることはできないので、スクリーンショットで撮り、必要な部分を切り取って保存し、画像として挿入しました。

ワードから直接ブログに投稿することもできるようですが、数式なんてめったに書かないし、設定が面倒なので。

萬子媛の小説のことが気になっています。義理の息子、断橋和尚が萬子媛没後に作った漢詩に関することで、専門家に尋ねてみたいことが出てきたのです。住居問題が片付かないと、落ち着かなくて、他の行動に移れません。

でも、今日は壊れた電気コンロの代わりになるIHクッキングヒーターが届き、ホッとしました。経年劣化による故障でしたが、部品がないため、取り替えになりました。ガスコンロは使えず、ここに合うものがそれしかないという選択の余地のなさでした。

二口電気コンロは壊れたのが片方だけだったからよかったものの、先月末から一つのコンロで料理するという不便さでした。底に磁石がくっつくものはIHクッキングヒーターで使えるということで、鍋、フライパンなど試したところ、くっつかないものが結構出てきていました。

ところが、今日試してみると、ほとんどが使えたので、よかったと思いました。使えないのは夫愛用のマキネッタ(IHクッキングヒーターで使えるマキネッタもあるようです)、玉子焼き器、魚の煮つけ専用にしていた平鍋です。

IHクッキングヒーターのグリルで魚が美味しく焼けるかどうか、これからお試しです。主要な住居問題に関しては、まだ片付いていません。

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2018年2月10日 (土)

アバ嬢もオリンピック気分。中学数学のお勉強。神智学。

平昌冬季五輪、始まりましたね。

わたしは特に、スノーボード男子ハーフパイプに平野歩夢選手が出るのを楽しみにしています。

冬季五輪に合わせて、うちのアバ嬢にもフィギュアなんぞさせてみたくなり、神経衰弱でフィギュアスケート衣装、フィギュアスケート靴、背景:スケート場を狙ってみました。

背景はなかなかとれませんが、なぜか衣装と靴はすんなりとれました。うちのアバ嬢がほしがっているときは、すぐにとれるようです。

アバ嬢の気持ちとしては、スケートはしてみたいけれど、競技なんかに出るのは嫌、ということでしょうか。

氷上シートを2枚とり、設置。おお、滑りに来ました。

空中で回転なんてのも、やっています。いやー凄い、平昌にやらなくてはと思うほどです。

回転中。

住居問題はまだ片付いていません。不動産屋さんがいうには、大家さんに連絡がつかないのだそうです。急ぐわけではありませんが、落ち着きません。連休明けに事態が動き出すと思います。

で、予定外の出費になりそうだということから、それが今後のことを考えるきっかけとなり、条件に合いそうな仕事があれば、応募してみたいという気持ちが芽生えました。

ただ、実際に出るとなると、家族の協力が必要で、そうでなければこの計画は破綻します。

過去に検査入院したときのことを思い出すと、皺寄せが全面的に娘に行くだろうとの想像がつきます。娘が、わたしが外へ出ることに積極的でないのはそのためです。

自身の健康問題さえなければ、それほど家族に迷惑をかけることなく、若い人に負けないくらいに頑張れる自信はあるのですが、一番基本的な健康問題……。

長続きさせるためには、家にいるときになるべく体を休めることが必要で、そうなると、家族の協力がどうしても必要となってきます。

ウォーキングにさえドクターストップの出る体で、どれくらい頑張れるでしょうか。疲れると、わたしは不整脈が起き始めるのですが、この場合は心臓のポンプ機能の低下が原因なので、よくなるまで安静にして過ごす必要があります。

無視して動き続けると、不整脈がひどくなり、そうなると、眩暈がして歩くことさえ難しくなることがあり、血液の固まり(血栓)ができやすくなります。これが怖い。万一脳へ飛んだらと思うと。

還暦過ぎると、清掃スタッフあたりが一番現実的な応募かもしれません。わたしはどのような仕事でも雇われれば精一杯やります。体がついていくかどうかです。

リスクを考えると、なるべく外へ出たくありませんが、最近乳酸菌で調子がいいので、近くでK…教室のスタッフ募集があれば行ってみるかもしれません。

過去記事で誤植の多い問題集のことを書きました。新しい問題集を買いに行っていないので、まだ同じ問題集をやっています。間違いが今日もみつかりましたよ。

でも、なぜか中学数学が楽しいです。高校数学ほど難しくないからかもしれませんが、情けないことに、もうほとんど忘れてしまっています。新しく覚えるという感じでしょうか。それが楽しいのかな。問題集を開くときに、ときめきを覚えるなんて、自分でもびっくりしてしまいます。

それはゲームのようでもあり、厳正な哲学理論に触れているようでもあります。実際に数学はそうだと思うのです。

神智学の本を開くときのときめきに似ているのも、そのためでしょう。わたしには難しすぎますが、ブラヴァツキーの論文には数学や物理に関することがよくでてきます。科学者の名前も沢山。

ブラヴァツキーの論文では、数字がピタゴラス、プラトン、新プラトン学派によって用いられたところの象徴言語として出てくるのが特殊なところです。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)では、『ジヤーンの書』から引用された象徴的な詩にそって、深遠な哲学が展開されます。

永遠の親(空間)は常に目に見えぬ彼女の衣に包まれ、七つの永遠の間、再び深い眠りに落ちていた」(ブラヴァキー,田中&クラーク訳,1989,p.239)というスタンザに七つの永遠という言葉が出てきますが、その永遠を計算法する方法があるというのですから、初っ端からびっくりさせられます。

ただ、この七つの永遠というのは、長い時代を意味するにすぎないそうです。神智学では、永遠という言葉であれ、他の言葉であれ、ムードを出すために使われることはありません。

論文のテーマを超えたことに言及されることもありません。だからわたしは繰り返し、ブラヴァツキーの次の言葉を思い出すことにしています。「これから与えられるスタンザはすべて、一太陽プララヤ後の地球惑星体系とそのまわりの目に見えるものの(宇宙)発生論だけを扱っていることを読者は覚えておかなくてはならない。普遍的コスモスの進化についての秘密の教えは与えることはできない。それはこの時代の最高の叡智の持ち主にも理解できないからである。〔略〕従って、伝えられることは、“梵の夜”が終わったあとの我々の目に見えるコスモスについてだけである」(ブラヴァキー,田中&クラーク訳,1989,プロエム(緒論)p.201)

このスタンザでいわれている七つの永遠とは「マンヴァンタラの七期の継続に相応する期間であり、総計311,040,000,000,000年となるブラフマーの100年で、マハーカルパ即ち大時代の間中に続いている。ブラフマーの1年はブラフマーの360日と同じ数の夜(チャンドラヤーナ即ち太陰年で計算すると)で構成されている。‟ブラフマーの一日”は人間の4,320,000,000年で構成されている」(ブラヴァキー,田中&クラーク訳,1989,p.240)とか。

こうした‟永遠”は最も秘密な計算によるものだそうで、その計算では本当の総計を得るためには、7のX乗でなければならないそうです。

Xは主観的即ち本当の世界の周期の性質によって様々である。また、客観的、即ち真実でない世界での最大の周期から最小の周期に至る様々の異なる周期に関係があったり、その周期を表しているすべての数は必然的に7の倍数でなければならない。これについての鍵は与えられない。そこには秘教的な計算の神秘があるからで、普通の計算のためには何の意味もない。‟7”という数は神聖な秘儀で教えられる偉大な数である”とカバラはいう。10即ちピタゴラスのデカドはすべての人間的知識の数である。1,000は10の3乗であり、従って、7,000という数もまた象徴的な意味がある。シークレット・ドクトリンでは、4という数字と数は最高の抽象界でのみ男性のシンボルである。物質の世界では、3が男性で、4が女性である。象徴が物質界での生殖のシンボルとなった時、即ち象徴学の第四段階では、3と4は縦と横となる」(ブラヴァキー,田中&クラーク訳,1989,p.240)

神智学では、パラブラフマンといわれる抽象概念だけが唯一の絶対的実在だと教わります。あとはすべてマーヤー(幻影)というわけです。主観、客観という言葉は、このような基本認識から用いられる哲学用語としての主観、客観です。

神智学徒の中には七年ごとに節目があると考え、人生設計をしているかたもいらっしゃったような……。

家計の話からパートの話、中学数学の話から神智学へと話が逸れてしまいました。

中学数学の話に戻ると、当たり前のように出てくる自然数、整数、素数ですが、それらが何であるのか説明せよといわれると、返答に窮してしまいます。そのあたりから勉強しなければなりませんでした。

老化現象のせいか、計算ミスが多いのには驚きます。K…教室でバイトしていたころ、簡単な四則演算くらいは解答を見ずに、素早く、正確に採点するように求められましたが、訓練しないと、自信ないなあ。

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2018年2月 7日 (水)

Eテレ「しごとの基礎英語」に祐徳稲荷神社が登場

夜、娘がよく語学番組をつけっぱなしにしているので、わたしは娘とコーヒーを飲みながら、何となく国際色豊かなムード(?)の夜を送ることが多いです。

つけっぱなしにして、本人は本を読んだり、ゲームをしていたりします。イタリア語があるときは顔を上げて視聴していますけれど。

娘は昨年から受講していたイタリア語講座が一月に終わり、次の講座が始まるのを待っているところ。

あれは、2014年の秋でした。娘にイタリア語講座の見学に行くからついてこない? と誘われ、見学だけならと思い、行ってヒドイ目に、いや楽しい時間を過ごしました。そのときの過去記事です。

2014年9月23日 (火)
お気楽な見学のつもりが体験学習でした。追記あり。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/09/post-bdcf.html

娘が昨年から受講していたイタリア語講座は同じ初級だったそうですが、教室のある場所も講師も違い、2014年のときの女性講師のご主人が講師だったとか。おふたりともイタリア人!

話が逸れましたが、一昨日の夜も何となく語学番組を見ていると、Eテレ「しごとの基礎英語」に何と祐徳稲荷神社が出てきました。

北京五輪競泳メダリストの宮下純一が神社のスタッフに扮して、おもてなしの英語ミニドラマに挑戦していました。

今夜も祐徳稲荷神社が登場しそうなので、録画予約しました。萬子媛! 参拝したいけれど、案外遠いので、暖かくなってから出かけることになりそうです。それまでに、祐徳稲荷神社を創建した萬子媛をモデルとした小説の第二稿をいくらかでも進めておきたいものです。

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2018年2月 5日 (月)

歴史短編1のために #34 鹿島鍋島家の御殿医

萬子媛をモデルとした小説のためのノートというよりは個人的な覚書なのだが、鹿島鍋島家に関する事柄が入っているので、ノートに加えることにした。

亡き母の友人で、現在は博多にお住いのキクヨさんから年に一、二度電話がある。

83歳の高齢で、ここ数年、腰痛やパーキンソン病による歩行の不自由などがあり、お体がつらそうだ。

キクヨさんは鹿島鍋島藩の御殿医の家系の人で、萬子媛をモデルとした小説の第一稿を「あなた、面白かったわよ! 三回読んじゃった」といってくださった貴重な読者だ。

2016年5月 9日 (月)
御殿医の子孫から聞いた萬子媛の歴史短編の感想
http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/05/post-7a1a.html

小説をこのままでいいとは思っていないが、もしこれを大衆向きの歴史小説にしたら、キクヨさんも、キクヨさんと同じように作品を喜んでくれた人々も離れて行ってしまうに違いない。

「小説はどうなった?」と気がかりそうなお声。「第二稿に入るところです」といった。

自分の書いたこの小説を通し、わたしはキクヨさんと年齢を越えて――おこがましいかもしれないけれど――本当の友人になれた気がする。

まず、以前と比較して、ナイーヴそのもののお声が違う。それまではガードのようなもの、警戒心のようなものが感じられた。わたしという人間の正体がもう一つわからず、気が許せないという風に感じられていた。

ところが、下書きに近い代物であるにも拘わらず、第一稿の小説を内容的に受け容れ、共感を寄せてくださったことを感じ、神秘主義的な表現をも快く捉えてくださったことがわかった。その一点といっていいかもしれない。わたしが他人との絆を感じられるのは。

職業作家にはなれなくとも、創作を続けてきてよかった。本当に。

わたしはキクヨさんが我が家に手製のプリンや抜群に美味しい煮物を持って遊びに来られていたころから、キクヨさんと友人になりたいと思っていた。キクヨさんは勿論、母を訪ねて見えていたのだった。

キクヨさんは父親を亡くしたあと、母親に仕え、親戚のために心を砕き、長く独身だった。中年になってから、博多にお住いの大学教授のところへお嫁に行かれた。

数年後にご主人が亡くなり、しばらくはひとり暮らしを続けて血のつながらない孫の面倒を楽しそうに見たりなさっていたが、やがて身辺を整理してホームに入られた。

見かけは普通のおばさんだったが、わたしはキクヨさんの秘められた知性に、子供のころから敏感に気づいていた。人知れず冷たく光っている宝石のような孤独や、持って生まれた類まれな純粋さにも気づいていた。

でも、わたしはキクヨさんの堅いガードを解けず、友人にはしていただけなかった。ずっと、そうだった。馬鹿なことをしてはよく注意され、プライドに障ることをいってしまってはしっぺ返しを食らうことなどあって、わたしには手強い人だった。それでも、キクヨさんが大好きだった。だから、母が亡くなった後も連絡を取り続けた。

昨年、わたしは中学時代からの友人2人と別れた。友人として純粋に愛されているとは思えないところが決定的になったからだった。その代わりに、古くから知ってはいたが、友人とはいえなかった人と友人になれたのだった。

萬子媛は長生きされたが、お子さんがたを亡くしたあとで病気になられたようだ。上のお子さんを看取り(下のお子さんは鍋島光茂公に仕えて佐賀に住んでいた21歳のときに亡くなり、急死だった)、萬子媛を診察し治療したのはキクヨさんの御先祖様だったに違いない。

「トンさん(殿様)」と呼ばれた鍋島直紹公が健在だったころのお話だったと思うが、そのころまでは鹿島鍋島家の集まりが催されていて、御殿医の子孫のやはり医師だったキクヨさんの叔父様が紋付羽織袴で出席なさっていたという。

昨年、祐徳博物館に、佐賀錦のお守り袋を寄贈したとおっしゃった。「あまりに綺麗なので」とキクヨさん。直紹公の御祖母様のものだった、とおっしゃったかな。あまりに長電話で、鹿島鍋島家の話がいろいろと出てきたものだから、わからなくなってしまった。祐徳博物館に行ったときに拝見しよう。

鹿島鍋島家の菩提寺である普明寺を見学した話をキクヨさんにすると、わたしには荒れ果てているように見えたけれど、奉仕活動で定期的に清掃されているそうだ。キクヨさんの叔父様は年に二回は必ずお墓参りに普明寺に出かけられたという。普明寺にあるのは、キクヨさんの御先祖様が代々治療を施し、看取った方々のお墓だ。

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2018年2月 3日 (土)

ド・モルガンの法則

先月末に発生した住居問題が片付かず、相変わらず落ち着かない日々を送っている。

何にしてもお金がかかることは間違いなく、そのことだけでなく、今後のことを、あれこれ想定して対策を立ててみた。

そうすると、夫に関していえば、どうしても後継ぎ問題が出てくる。義妹夫婦に引っ掻き回された夫の実家であるが、やはり後継ぎは自分であり、息子だと何と夫が泣いた!

ちょっとね、泣くくらいなら、今すぐどうにだって出来る問題でしょ、自分で。と思ったが、これまでの経緯を考えれば、ナーバスになる夫の気持ちはよくわかる。これが一国の問題だったとしたら、と空想を膨らませてみる。

いずれ夫の実家に帰るにせよ、そうでないにせよ、ひとり残された場合を考えると、65歳からの場合、自分の老齢基礎年金と遺族厚生年金で、思ったよりはまとまった金額になる。

が、それだけでやっていけるとは思えない。

とりあえずは、パートに出られたらと思ったが、家事をあまりおろそかにはできず、自身の年齢、体力を考えると、厳しい。

ハローワークの情報に接してみると、夫が定年退職、再就職をしたときに比べると(民主党政権下で最悪だった)、求人の数は増えている。

わたしでもやれそうな仕事は販売員、清掃作業員、調理スタッフなどであるが、どれも体力が要りそうだ。

販売員はデパートの出張所、スーパーマーケット、調理関係は臨時で料亭の弁当の盛り付けをしたことがある。この中で全く未経験なのは清掃作業員なのだが、妹の知り合いに清掃作業員をしている人がいて、広いフロアを一人で任され、大変なのだそうだ。

ひとり残された場合は選択の余地なく跳び込むしかないだろうが、今こうした仕事につくと、おそらくまともに家事ができなくなり、夫と娘の仕事にも影響が出てしまう。

ふと、K…教室というのが目に入った。残念ながら遠くて、ここは無理だが、K…教室なら、ピンポイントで経験があるし、おお「経験者 歓迎します」とあるではないか。

検索してみると、この街にK…教室は結構ある。通える範囲内に、求人が出ることがあるかもしれない。

ただ、年齢の点だけで弾かれる可能性は高い。

「保育士資格をお持ちの方も歓迎」とあるように、保護者にくっついてくる幼児の相手などもあるはずだが、その幼児の祖母のような年齢のスタッフというのはアウトだろうか。

加えて、若かったころと比べれば頭の働きは鈍っているし、ペーパードライバーになってしまっている。ただマイカー通勤可、駐車場は個人確保とあるところから見ると、この教室では運転免許必須ではないということだ。

わたしが働いていた教室では、他に二つの教室があって、離れた地区にあるそれら別の教室へ行くことがあり、先生の送り迎えや休んだ生徒の家に宿題を届けに行くなど、運転免許は必要だった。

学習時間14:00~20:00。生徒がくる前に掃除があるので、その前に行き、生徒が帰ったあとにも採点をして帰りが21時ごろになることも珍しくなかった。もしそうだとすると、夕食の支度に障るのが困る。

面接に加えて電卓持ち込み不可の筆記試験があるとなると、もうだめ、と思うが、通える範囲内に求人が出れば、落ちるのを覚悟で行ってみる……かもしれない。

とりあえずは、頭の体操をと思い、娘の高校時代の数学のチャート式参考書を探し出した。数学1+A。ぱらぱらとめくる。集合――ド・モルガンの法則。

へっ? モルガン財閥のモルガンなら知っている。ド・モルガンの法則なんて、記憶にないなあ。

フランス人?

オーガスタス・ド・モルガン(Augustus de Morgan, 1806年6月27日 - 1871年3月18日)は、インド生まれのイギリスの数学者。 ド・モルガンの法則を発案した。(ウィキペディアの執筆者. “オーガスタス・ド・モルガン”. ウィキペディア日本語版. 2016-09-25. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%B3&oldid=61282337, (参照 2016-09-25). )

イギリスの数学者ド・モルガンが発案したこの法則は大層有名な法則で、コンピュータ科学に欠かせない重要な法則であるらしい。

別に難しいことをいっているわけではなかった。

ド・モルガンの法則では、条件AとBがあるとき、NOTを否定、ANDを論理積、ORを論理和とすると、次のような関係式が成立するとしている。

NOT (A AND B) = NOT(A) OR NOT(B)、NOT (A OR B) = NOT(A) AND NOT(B)

記憶した。でも、これを問題を解くのに使うとなると、至難の技だろう。こんなお馬鹿さらけ出すと、一発でアウトかしらね、ほほほ……。

高校生のチャート式はぼちぼちやることにして、まずは中学数学だ。夫が定年退職後にポリテクに行ったとき、試験までに期間があって、勉強した問題集があったはず(ポリテク受験にはこのような勉強は必要なかったとのことだが)。

その問題集があったので、ボケ防止に一緒にやろうと誘いかけたが、断られた。

孤独に問題を解き出し、しばらくして躓いた。もうすっかり忘れてしまっている。夫はこれを2ヶ月かけて解き終えたといった。「おまえも一緒にやったじゃないか」と夫。そうだっけ?

これをやり終えたころに、近くのK…教室がスタッフ募集してくれたらいいなあ。年齢はごまかしようがないけれど、若作りしていかなければ。

萬子媛の小説を書く合間に数学(いや算数から)の勉強で忙しくなる。同時に、国語はやはり夫がポリテク前に使った「中学校学習漢字939字漢字童話」というのをざっと勉強して、あとは文法だな。中学英語もやらなければ。

萬子媛の小説に関していえば……いや、これは記事を改めよう。

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2018年1月29日 (月)

更新滞っていますが、元気です!

コンロの故障から始まって、あれこれ、住居のことで落ち着かない日々で、記事の更新が滞ってしまいましたが、元気です!

今年は萬子媛の小説の第二稿を仕上げるつもりで、きっちり予定を立てようとしていた矢先……

とりあえず、ご報告まで。

そういえば、1月25日に拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の記事に馬鹿にアクセスが多いと思ったら、ヴァージニア・ウルフのお誕生日だったようです。Googleが採り上げていましたね。以下の記事にアクセスが多かったのでした。

44 ヴァージニア・ウルフの知性美と唯物主義的極点
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/02/04/211114

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2018年1月 6日 (土)

モロッコ出身の女性**さんに会いたい(家庭創りに関する考察)

息子が29日の夜帰省し、明けて5日に東京へ戻った。

久しぶりに一週間もの間一家水入らずで贅沢な団欒を過ごすことができ、その団欒を支えるために働くことができたことで、わたしの母性が最高度に高揚し、満足したことはいうまでもない(このような報告をしているということは)。

だが、一方では、主婦としてのわたしに余分なもの――例えばお金にならない文学趣味とか神智学的志向性とか――がなければ、家族にとって完璧な女でありえたのだろうと思い(わたしの考えでは、文学も神智学も人類の成長を促がし助ける不可欠なものだ)、そして唐突にマルグリット・デュラスの次のような言葉を思い出したりもした。

 わたしは次の点を繰り返すわ。なんべんでも繰り返さなければならないことなのよ。起きてから寝るまでの女性の仕事というのは、戦場での一日と同じくらいつらいものだし、男が働いている一日よりも割に合わないものよ。なぜなら、ほかの人たち、家族の者たち、外の制度下にある者たちのスケジュールに応じた自分のスケジュールを作りあげてゆかなければならないからよ。〔略〕

 男性たちにとってのよき母というのは、女性が、このきれぎれの時間の使い方、無音の眼につかぬ連続性に従っている時の姿なのよ。〔略〕そのうえこの無音の連続性が、生活それ自体として受けとられており、生活の属性のひとつ、たとえば仕事とは受けとられていない、わたしたちは今も炭鉱の奥底にいるのよ。

 この無音の連続性があまりにも強固に、しかもあまりにも昔から存在していたため、しまいには、その女性をとりまいている者たちにとっては、それがもうまったく存在していないのと同じことになってしまう。わたしが言いたいのは、男性たちにとっては、女の仕事というのが、たとえば雨を降らせる雪か、雲がもたらす雨それ自体と同じになっていたということなの。彼女の務めは、毎日の睡眠の務めと同じようになされていたのよ。そうすると男は満足して、彼の家のなかはうまくいっていたのよ。中世の男も、大革命当時の男も、1986年の男もそうなのよ。

 女性が頭の中にたたきこんでおくべきことをひとつ言うのを忘れてるわ――だまされちゃいけない。息子ってのは、父親とおんなじなのよ。女を同じように扱う。(マルグリット・デュラス『愛と死、そして生活』田中倫郎訳、河出書房新社、1987、pp.84-86)

働いている女性というのは結局のところ男性化せざるをえず、働いている母に育てられたわたしは母性愛に飢え続けて、そのことに不満と嫌悪感と疑問を抱いていた。

母は可愛らしい人で料理が上手、子供とのスキンシップを好み、家に人を集めて今の言葉でいえばホームパーティーをするのが好きだった。世間づき合いも完璧にこなしていたけれど、わたしには母が、女性の役割もこなす、よくできた男性のように感じられていた。

母は家政婦さんを雇っていたが、家政婦さんというものは本来は専業主婦がいる家庭でないと雇えないものなのだ。家政婦さんを近くで監督する人間がどうしても必要だからだ(電話交換手で、夜勤や泊まりのあった母にはそれができなかった)。

そうでないと、事故が起きる。例えば、わたしのように家政婦さんの息子たちに性的悪戯をされるとか、妹のように手っ取り早く寝かせるために飴玉をくわえさせられっぱなしにされるとかだ。彼女の息子たちとの訳のわからない凄まじいバトルがわたしの小学校時代の全てだった。

小学校の中学年になったころには、わたしが家政婦さんを監督する主婦のような立場になっていた。監督するには家のことが主婦並みにわかっていないといけないから、主婦並みに家のことに詳しくなった(わたしの考えでは、もう家政婦さんは必要ないと思っていた)。家政婦さんはわたしを煙たがって、妹をネコ可愛がりした。

外国航路の船員だった父は自分のことは何でもこなし、休暇中は専業主夫を楽しみながらこなしていたが、休暇は短く、航海は長すぎて、母親的にはなれなかった(家族とのスキンシップ不足が後に問題をもたらした)。しかし、父はいい線いっていたと思う。男性が専業主夫になれるという好例をわたしは父のうちに見る。

仕事はされていたが、役割からいえば専業主夫に近い男性に育てられた女性編集者をわたしは知っている。彼女は父親を母親のように慕っていた。

保育園であったとしても――それが如何に行き届いたように見える保育園であったとしても――大なり小なり事故が起きる可能性を想定すべきだろう。子供は起きた事故について、親に話すとは限らない。多くは自分に起きたことが理解できないから、話せないのだ。死傷につながるような発覚しやすい事故以外にも、見逃されやすい様々な種類の事故が起きている可能性は常にある。

理想としては、結婚した男女のどちらかが専業主婦(専業主夫)になることが家庭創りのためには必要だと思う。いくらお金があったとしても、人間らしい暮らしをし、文化の継承を行い、地域の安全を守るには、専業主婦(専業主夫)の存在なしでは難しい。

女性も老人も子供も、やたらと家から外へ追い立てようとする今の日本がまともといえるだろうか?

息子の前々職場には学歴も育ちもよい人が多く、稼ぎもよくて、奥さんも忙しい仕事に就いている共稼ぎの人も多かったようだが、そのような一人であった上司がコンビニ弁当を食べ続けて干からびると冗談をいっていたというから、男女がフルに働けば、やはりそうならさるをえないのだ。

還暦を迎えた、外で働いていた女友達がオヤジ化したり、家庭にいた女友達が姑化したりで、困惑している。会いたいといわれても、アルコール臭いオヤジみたいな女友達や底意地の悪い姑みたいな女友達に会ってどうなるのだろうと途方に暮れるのだ。

保育園の乱立と空っぽの家の密集地帯というのは、想像するだに怖ろしい。一家に一専業主婦(専業主夫)という社会形態を可能にするためには、専業主婦(専業主夫)の地位向上が不可欠だろう。

息子の直属の上司は日本の会社にいるが、その人は営業職で、技術系の直属の上司や同僚はベルギーの会社――本社はアメリカにある――にいる。

息子がいうには、あちらでは男性であっても簡単に育児休暇がとれ、休日には家庭サービスをするのが当たり前だそうだ。日本もそうなっていくのだろう。ただやはり、前述したような理由で、男女のどちらかがずっと家にいるというというのが理想的だとわたしは思う。

日本の会社にいる息子の上司のその上司は同じ営業系の仕事をしているモロッコ出身の女性で、息子のベルギーの会社にいる技術系の上司――ハンサムな白人のベルギー人――とよく行動を共にしている。日本にもちょくちょく来るそうだ。

モロッコ出身のその女性は日本の青年海外協力隊に助けられ、その後フランスの大学に進学してフランス人と結婚し、職場も住んでいるところもベルギーだが、国籍はフランスだという。

有能な女性でありながら料理なども好きなようで、日本贔屓の彼女は日本に来ると、味噌、ワカメ、干しシイタケなどの食材を買って帰るということだ。

息子に写真を見せて貰った。肌の色は黒というより小麦色で(写真では白人のように見える)、見るからに知的そうな容貌の綺麗な、同性にも好かれそうな中年女性だ。

古代エジプトで栄えたギリシア風の学術都市アレクサンドリアには、古代神智学徒(新プラトン学派)であったヒュパティアのような女性哲学者もいたというが、モロッコ出身の彼女の写真はその遠い時代のことを連想させた。

彼女は息子の顔を見るたびに、「家には帰っている?」「親孝行はしている?」と訊いてくるという。今の日本で、誰が息子にそのようなことをいってくれるというのだろう?

わたしは涙が出るほど嬉しい。過去に齧りかけたフランス語を勉強して(勿論英語だと通じるだろうが、どちらかを勉強するとなるとフランス語を勉強したい)、彼女と話してみたいと思うほどだ。

彼女はどんな日本料理を作るのだろうと思いながら、息子が東京に戻る日の朝、次のようなものを作った。

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しらたきのかか煮。

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ミニ・プレーンオムレツ(マッシュルームソース)。

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かまぼこ、長芋(わさびじょうゆ)。

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水菜のからしあえ。

これに味噌汁だったが、朝食には多すぎるよと息子にいわれてしまった。

盛る量が多かったかも。味噌汁なんて、ほとんど白菜の煮物といってよいくらい白菜だらけだったし。これでも、不足しているように思える野菜を少しでも多く摂らせたいと思って工夫した結果なのだ。

盛る量を少なくしてアジの干物か塩鮭を焼いてメインにすれば、お客様の朝食にもいいのではないかと思う。

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別の日のお昼に作ったサラダ。レタス、サニーレタス、キュウリ、白アスパラガス(残っていた瓶詰のもの)、紫玉葱、スモークチキン、ドライ納豆。これに棒状に切ったニンジン、プチトマトを加えたサラダを息子が毎日、山盛り食べてくれれば、わたしも安心するのだけれど……。納豆好きの息子にドライ納豆は受けたが、自分で買いはしないだろうな。

持たせようとすると、怒るしね。荷物になるのは嫌なんだそうだ。母親って、心配するだけの野暮な存在で馬鹿みたいだ。

自分で金を稼ぐ能力も欠いた、馬鹿な女と思われているんだろうなあ。虚しいね。

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夫がパスタを茹でてくれるというので、別の日のお昼に明太子パスタを作った。

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これは、また別の日に作ったアボカドのスープ。

ミキサーで簡単に作れる、デザート風アボカドのスープは本当に便利。アボカド2個、牛乳300㏄、はちみつ大さじ1~2で、3~4人にはちょうどいい。仕上げに黒こしょうを振る。

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これも、また別の日に作ったチキンブイヨンで作ったワカメスープ。これも簡単に作れて、大抵の料理に合うので便利。

正月には必ず作るお雑煮の写真は、撮りそこなった。昆布、削り節でだしをとり、みりんと薄口しょうゆを同量加えて味を調え、かつお菜、焼いた餅、かまぼこを入れて出来上がり。あっさりしていて、実に美味しいお雑煮。母のお雑煮には鶏肉が入っていた。来年はわたしも鶏肉を入れてみようかな。

お節は京料理「濱登久」のものを注文した。お節を手作りすると高くつくと思うようになったころから、注文するようになった。息子が帰省するかどうかがわからない11月21日に頼んだので(それでも遅いくらいだった。薄味で我が家好みの濱登久のものが残っていてラッキーだった)、何人分のものを注文するのか迷ったが、4人でいいくらいのものを注文した。

2日の鍋料理の材料は、豚ロース肉(しゃぶしゃぶ用)、鶏だんご、シャウエッセン(ウインナー)、白菜、水菜、春菊、白ねぎ、えのきだけ、木綿豆腐、しらたき、しめじ。

大学時代に息子のアパートの部屋は友人達のたまり場になっていて、彼らが材料を持ち寄り、よく鍋物をしたという。キムチ鍋は臭かったとか。すき焼きもよくしたそうだ。話では豆乳鍋が美味しそうに聞こえた。まだしたことがないので、一度やってみよう。

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2018年1月 2日 (火)

あけましておめでとうございます

本年も昨年同様よろしくお願い申し上げます
あなた様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします

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元旦に、特等席(非常階段)から撮影した初日の出です。ガラケーでの撮影なので、これで精いっぱい。

当市の日の出は7時17分となっていましたが、わたしがマンションの非常階段から撮影したのは7時48分でした。

雲がかなりあったので、初日の出をここから拝むのは無理かもしれないと思いましたが、雲を透かして太陽の輪郭がくっきりと見え始め、雲と雲の間に円い姿全体が現れました。

そこで初一句。

初日影雲を透して円きかな

息子が早めに帰省したので、久しぶりに家族そろって元旦を迎えることができました。おさんどんをするのに追われて、ご挨拶が遅くなった次第です。

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2017年12月31日 (日)

恵比寿様の格好で(アバター)。息子が帰省中。オリジナルパンケーキハウス。

マダムN

年末の慌ただしさに追われているうちに、もう31日になってしまいました。

まだ終わらない年賀状。今年こそは早めにと思ったのに、雑用に気をとられているうちに、こんなことに。年賀状の文面を一人一人考えていると、楽しい気もするけれど、何だか小説を書くより疲れます。

一昨日息子が帰省し、昨日の朝、高校時代の忘年会があるということで日田市へ。今日戻るということでした。

一昨日は夕食の後で、遅くまで会社で必要な理系の英文解説文を邦訳する仕事をしていました。娘は炬燵で寝ていました。一段落ついたようだったので、ミルクティーを淹れ、昔住んだ街の話などしました。

今日は早めに買い物に行って、元旦に作る雑煮用のカツオ菜をゲットしなくては。

夕食メモになりますが、一昨日も、息子が帰省するといつもそうするように、まずサラダをお皿に山盛りにして出しました(不足していそうな野菜を沢山食べさせたい)。

レタス、玉ねぎ、トマト、キュウリ、レモン、白アスパラガス(瓶詰)、コーン(缶詰)、マッシュルーム、卵。ドレッシングはよく作る、同量のオリーブ油・しょうゆ・甘酢に辛子、塩コショウを加え、空き瓶に入れて振ります。

焼き厚揚げ。半分に切って斜め薄切りにしたミョウガ、おろしショウガをのせ、好みでしょうゆかポン酢。メインは江戸崎愛先生のレシピ「キャベツと肉だんごの煮物」。玉ねぎと麩の味噌汁。

明日は、ここ何年か好評で作っているオープンサンドのあと、息子が蕎麦アレルギーなので、年越しにゅうめんを作る予定です。

オープンサンドの参考に、よく閲覧させていただくのは、アンデルセンの「パンを楽しむレシピ」。見るからにお洒落で美味しそうなパンのレシピが公開されています。

ANDERSEN
http://www.andersen.co.jp/andersen/

素麺は、素麺にしては太く、うどんにしては細い、半田手延べ素麺が気に入って、よくアマゾンで購入します。コシがあって、厭きの来ない美味しさです。

28日、娘と中心街に出たあと、駅にあるアミュプラザの中の「オリジナルパンケーキハウス」に入りました。アメリカ・ポートランド発祥の老舗パンケーキ専門店ということです。

注文するときに、パンケーキのお値段にしては高いと思いましたが、おなかがはち切れそうにそうになったので、高いとはいえないかもしれないと思いました。

お盆に焼いたパンケーキと、他にも何かのせてお店の人がやってきました。そして、パンケーキを置き、そこへホイップバターをたっぷり塗り、レモンを絞って、粉砂糖をこれまたたっぷり。これには、「ダッチベイビー」という素敵な名前がついていました。

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とても美味しかったけれど、これは太りそうですよ。

もう一つは「オリジナルエッグベネディクト」。

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わたしたちはどちらも食べてみたかったので、半分ずついただきました。来年還暦を迎えるおばさんには重すぎて、しばらくは椅子から立ちあがれないほど満腹になりました。

でも、メニューや店内に掛けられたアメリカの古きよき時代のパンケーキハウスの写真などからアメリカンな躍動感が伝わって来た、オリジナルパンケーキハウス体験でした。

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