カテゴリー「占星術・タロット」の44件の記事

2019年5月 7日 (火)

星学に関するブラヴァツキーの言葉(再掲及び加筆)

近代神智学運動の母ブラヴァツキーは、星学についても書いている。天文学と占星術はもともとは星学という名のもとに一つであったので、ブラヴァツキーも星学という用語をそのような意味で用いているのではないかと思う。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)には次のようなことが書かれている。

生まれる時すでに、各人の人生はアストラル光に描かれているが、それは宿命論的なことではなく、ただ、未来は過去と同じくいつも現在の中に生きているからである。こうして各人の運命、各子供の誕生と関係のあるリピカ達は、星学にも影響を及ぼすと言える。気が進んでも進まなくても、私達は星学の真実を認めざるを得ない。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,332頁)

リピカはマハットの一部といわれ、マハットとは顕現した神聖な概念作用である。詳しくは、前掲書を参照されたい。

現在、過去、未来については、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の『67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実』でも引用したが、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250)

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)にも星学に関して深遠なことがいろいろと書かれているが、実生活で役立つことも書かれている。

公開の場所に群がる『大気の精』即ちエレメンタル達から身を守るために、その時をつかさどる惑星の色の玉石の指輪をはめるか、またはその惑星に相応する金属製のものを身につけたほうがよい。しかし、やましいところのない良心と、人類を益しようという確固とした決意は最良の保護を与えるものである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,186頁)

現代では、国家を占うときにはマンデン占星術という手法が使われるが、 H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995改版)の用語解説「星学(Astrology)では分類法が異なり,「マンデーン星学」は気象学、地震学、農業応用に関するものであって、「国家、国王、統治者の未来に関わる国や政治の問題」とは別の分野のものとなっている。ブラヴァツキーの星学に関する長い解説は貴重。 

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2019年4月30日 (火)

平成最後のニトロ。平成と令和をサビアンシンボルでちょっとだけ。

ずっと調子がよかったのだが、27日、映画を観に行ったときに胸の圧迫感があった。このときはニトロを使わずに済む程度だった。

歯科に行ったころから既に、疲れからか(少しの外出ですぐに疲れてしまうのは問題)、尿量減少と足の腫れは若干あった。そのときから昨日までに、変な不整脈、動悸、めまい、軽い胸痛、悪心もあった。ばらばらに起き、しばらくしたら、どれもまあまあよくなったので、ニトロは思いつかなかった。

特に、めまいは脳貧血、悪心は胃の不調と見分けがつきにくい。

昨日は一日中家にいたのに、足の裏がぱんぱんに腫れているため、歩くたびに痛い、痛い。ふわふわのスリッパを履いていても、痛い(以前は竹スリッパを愛用していたが、足裏が腫れると怪我をするので、変えた)。明らかな体調低下で、料理中に座りたくなったり、苛々したりした。料理自体は楽しくても、心臓が「警告!  警告」といっていたわけだ。

なぜかニトロ使用を思いつかなかった。こうした心不全の症状もニトロで改善されることは、自己人体実験(?)でわかっているのだが。

記事を書き始めたとき、ニトロ1錠の舌下では効き目がもう一つだったので、もう1錠追加。胸から両腕にかけて、清涼感が拡がった。

といっても、ニトロを使い始めたときのような圧倒的な効き目とは違う。1~2ヶ月使わなかったくらいでは耐性はなくならない。先生は以前は「臍から上がおかしければ、すぐにニトロを使うように」とおっしゃったが、今は耐性を心配して「使いすぎると、ニトロが効かなくなるよ」とおっしゃる。

わたしもそれを実感しているのだが、心不全の症状と冠攣縮性狭心症の発作はまるで連動しているみたいに起きて体調を悪化させ、不整脈、動悸、胸痛、むくみ、めまい、悪心、尿量減少のどれかが起きたときは、遅かれ早かれニトロを使うことになるので、早めに使ったほうがよい気がする。

元気でありさえしたら、働きに出たい。政府も専業主婦や高齢者のお尻を叩いている。でも、この心臓ではやはり無理だ。ずっと分業を続けてきた我が家では、主婦業だけでも半端ではない。家事や育児が仕事でないなら、家事代行サービス、保育園、コンビニ、外食産業はなぜ必要なのだろう。

最近、循環器クリニックで心電図と胸部レントゲンの検査を受けても何もおっしゃらないので、記録しそびれる。この間もそうで、先生は時間をかけて心電図の記録用紙をご覧になったり、レントゲン写真で心胸比を出したりしていらしたのに、無言。

レントゲン写真をちらっと見て「うん、問題なし!」、心電図の記録用紙をささっと手繰り見て「安定している。よし!」と、以前のようにおっしゃらないのはなぜだろう。ニトロを使うとこのことを思い出し、気になるのだ。レントゲン写真で心臓が寝そべっているように見えるのは、気のせいだろうか。

つまり、ほんのちょっとの外出で問題が出る状態では困るのです、と訴えたいのだが、できない。

この間の受診時には珍しく患者さんが少なく、先生は雑談をなさった。小説のことをお尋ねになったので、萬子媛をモデルとした歴史小説に取り組んでいるといった。先生は北九州出身だが、祐徳稲荷神社をご存知だそうだ。

小大名の奥方だった萬子媛が、晩年は祐徳稲荷神社の禅寺としての前身、祐徳院を主宰する尼僧だったというと、不思議そうに寺院と神社の関係をお尋ねになったので、明治期に出た神仏分離令のことをいうと、ちんぷんかんぷんというお顔をなさった。先生は高校で、日本史を選択なさいませんでしたね?

とはいわなかった。先生は小説が完成したら、「ぜひ、読ませてほしい!」といってくださった。

2004年12月、この市に引っ越してきてからずっと先生に診ていただいている。それまでにかかっていた病院では、頻脈のコントロールはして貰っていたものの、死ぬかと思うような胸痛や心不全の症状にしばしば見舞われていた。安心して暮らせているのは先生のお陰だ。これ以上、何をおねだりできるというのだろう?

昭和から平成になったとき、わたしはまだ完全に健康だった。スポーツも好きだった。下の子が幼稚園に入ったころから心臓がおかしくなった。

子供たちが小学生になれば外で働くという計画は潰れ(そのころはまだ体力があったので、ここくらいの街に住んでいたら可能だったかもしれない)、職業作家を目指す計画も潰れ(芸術家としての作家は中学時代から今に至るまで目指している)、そればかりか純文学、ブラヴァツキーの神智学といった高度な芸術、哲学の一様式は貶められ、いや、日本という国まで誹謗中傷の的となり(誹謗中傷するのはなぜか日本のお世話になったと思われる近隣三ヵ国のみだが)、安定した生きかたを可能とする終身雇用制が壊れかけると共に、男女の分業や家庭自体も壊れかけて、平成という時代は散々な時代だった……とワタクシ的にはいえなくもない。

たが、日本は侵食は許しても奥深さは保っており、わたしは子供たちの成人後も生き長らえてKindle出版なんぞやっている。そこそこよい時代だったともいえるだろう。国も、わたしも、このままでいいわけはないという課題を突きつけられながらも。

平成と令和のホロスコープとサビアンシンボルを出したら、発見があった。既に専門家の方々が記事をアップなさっているが、わたしなりの発見があったのだ。

ひどく偏りのある平成のホロスコープ。山羊座に太陽、月、土星、天王星、海王星が入っているのだ。通信や交通など表す3室に集中した惑星は、インターネット分野の大躍進を意味しているかのよう。

1989年1月8日00:00 東京都千代田区、ブレシーダスハウスで作成したホロスコープのサビアンシンボルは奇怪で、ここに書く勇気がでないほどだ。馬渕睦夫氏のおっしゃっていたことが重なるやうな太陽(政府)のサビアンシンボル……が何かはここには書かない。ご自分でお調べください。

個性を表す平成のアセンダントのサビアンシンボルも奇怪で、松村潔『決定版‼︎サビアン占星術』(学習研究社、2004)を参考にすると、「隠れている泥棒集団」。月(国民)のサビアンシンボルもいささか奇怪で、「病院の子供病棟にあるたくさんのおもちゃ」。

平成になって引き篭もりや鬱病が異常に増え(わたしはそれはある勢力や利権によって作られたものだと思っている)、文化的、知的に低下した国民はさながら病気の子供であり、病院ともぬるま湯とも思える環境で、老いも若きもおもちゃ(ゲームや村上春樹の小説)に夢中だった。

知性を表すサビアンシンボルは「卵から生まれた子供」。無国籍的な考えをする人が多いと解説にある。サビアンシンボル自体に悪いものなどないが、平成の日本に照らして考えると、日本であって日本でないような国柄になった自国に国民が帰属意識を抱けないのは当然で、ましてや増えた不法移民からすれば、無国籍的な考えかたをせざるを得ないだろう。ならず者や日本を食い物にしたい勢力のほしいままだった、病んだ日本。

令和のホロスコープとサビアンシンボルを出すのは恐ろしかったが、意外だった。

2019年5月1日00:00で作成した令和のホロスコープとサビアンシンボルは、アセンダントからして危機を孕みながらも全体的に美しく、スケールは大きいのに、優しい女性的なサビアンシンボルが多い。これは、左派的な意味合いでの「女性」ではないなあ。

太陽は「赤十字の看護師」。月は「小さな白い羊と子供と中国人の召使い」。水星は「冬に鳥に餌をやる若い女」。金星は「成功しなかった爆弾の爆破」。火星は「カフェテリア」。木星は「家のドアにとまっている青い鳥」。土星は「リレー競争」。天王星は「クローバが咲いている芝生に足を踏み入れる」。海王星「弟子を指導する巨匠」。冥王星「修道院に入る女」。アセンダントは「東洋の敷物を扱う商人」。MCは「いきなり笑い出す少女の顔」。

アセンダントのすぐ上に位置する土星と冥王星が鍵だと思う。特に、死と再生を司る冥王星。日本では、修道院は「寺や修験道の道場と言い換えた方がいいかもしれません」と解説にある。どう解釈できるのだろう。

これは国際金融家に操られた一部の日本人の血も涙もないビジネス主義を、衣食住を司る稲荷神のお力をお借りした萬子媛のパワーが粉砕、変容させるということかも(?)。

こんな空想を楽しみたくなるようなホロスコープ、サビアンシンボルで、とりあえずはホッとした。ただ、サビアンシンボルは象徴的なものといっても、わたしの経験からすれば、シンボルそのままの出来事が起きることもあるので、金星のサビアンシンボルなどにはドキッとさせられる。金星のサビアンシンボルがこれだなんて、過激な愛情表現だなあ。

と、調べ終えないうちに書いてしまったので、とんだ間違いを書いているかもしれない。所詮は占星術のイロハも学んでいない人間のお遊びです。

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2019年4月13日 (土)

新生活に向けて出発した娘の女友達

Wさんは、書店勤務だったころの娘が職場で知り合った女の子だった。

女の子――というと、語弊があるが、そのころ彼女はまだ18歳で、高校を出たばかりだったと思われる。

娘と一緒に出かけたとき、たまたまWさんを見かけた。「あっWさんだ。ママ、職場で一緒のWさんよ」

娘が声をかけて振り向いた彼女と、目が合った。ボーイッシュな印象があり、考え深そうなまなざしに好感を抱いた。

気が合う、合わないは年齢とは関係がない。互いに何となく好感を持ったことが感じられたのだが、それから何年か、Wさんはわたしの中では娘の職場友達という位置づけ以上でも以下でもなかった。それがいつの間にか、母親のようにWさんを見守るようになっていた。

彼女は書店ではアルバイトで、他に飲食関係の仕事を掛け持ちしていた。若さに任せて元気いっぱい、食欲旺盛。ただ、そのときの彼女は今からすると、ちょっと表情が暗かった気がする。

自分探しをしている感じがした。そのWさんが手話を始めたきっかけは、ご両親が聾唖者であったために仕方なく――と娘は聞いていた。

一人っ子の彼女はご両親の通訳で、子供のころから大変だったらしい。その後、ご両親は別れたそうで、娘と出会ったころの彼女は父親、猫との二人と一匹暮らしだった。

ぬいぐるみを釣るクレーンゲームへの凝りかたは尋常ではなく、娘がWさんから貰ってくるぬいぐるみはどんどん増え、ついにわたしは娘に伝えた。「ぬいぐるみの移民は今後、禁止」と。

彼女から貰ったぬいぐるみたちは今もわたしたち一家の暮らしを見守ってくれている。ぬいぐるみを釣りながら、聡明な彼女は自身の将来像を模索していたのかもしれない。

将来は大丈夫かな、と思っていたころ、娘がわたしの趣味が占星術であることを彼女に話し、彼女は興味を持った。ホロスコープを作成したところ、仕事運がとてもよかった。それだけに、仕事運ではやや多くの仕事を背負い込みすぎるような暗示もあったが、社会運も悪くなく、全体的に安定感のある、恋愛より仕事に重きのあるホロスコープだった。

演劇を始めてからも、手話は続けていた。仕事はテレビ局に変わった。人間関係が合わないようだったけれど、手話と演劇に集中する時間がとれるようになり、年齢的にも精神的なバランスがとれてきて、頼れるWさんという雰囲気を醸すようになってきた。

Wさんの舞台は2回観に行っている。2回共、彼女の熱演ぶりには魅了された。Wさんの成長を感じ、胸が熱くなる思いだった。

テレビ局の仕事は契約社員で、期限があった。彼女は手話の資格を取得していたようで、その関係の仕事を見つけ、大阪まで試験を受けに行った。

どうやら手話通訳に天職を見出したようだった。子供のころから手話通訳をしていた彼女には、ぴったりだと思った。10年の間に立派な大人に成長し、礼儀正しさ、責任感も備えた彼女の合格をひたすら祈った。

もし、大阪がだめだと次の試験は名古屋だと聞いた。大阪が合格だった! 手話通訳専任の仕事だという。ググってみると、手話通訳は他の仕事との掛け持ちが多いようだ。専任の仕事は難関だったことだろう。

Wさんは明日旅立つ。今日、娘にお茶しようと彼女から誘いがあり、車で迎えに来た。わたしはしっかりお化粧して、見送りに出た。

Wさんはわたしと会うたびに、娘に「おばさん綺麗で、他は何も目に入らなかった」といってくれるので、わたしはお世辞とわかっていながらもそれは必死でお化粧して――うまく隠れてくれないシミをみっとみなく厚塗りなどして――Wさんの前に出るのだ。

Wさんはやや主張の強い眼鏡をかけ、知的に見えた。娘より年下とは思えない、しっかりした雰囲気がある。それでいながら、可愛らしさも漂う。

カレシができたらしいが、振り切って(?)行くらしい。前にタロットで見て貰ったら、頭の中が男だといわれたとか。わたしと同じではないか。わたしも何人からかそういわれた。これはバイセクシュアルという意味ではない。考え方、物事の処理の仕方がクールだということだ。

頭の中が男の彼女になら、むしろ遠隔恋愛が可能だろう。頭の中が男の女は、色に流されて別の男へ、とはなりにくいと思う。色に流されやすい人間は、男であれ女であれ、頭の中が女だとわたしは考えている。

Wさんに、娘の友達という枠を超えて惹かれるのは、自分と似たものを感じるからかもしれない。わたしも独身のころは今とは違い、溌剌としていた。自分も人生もすっかり萎んでしまったのを感じざるをえないが、Wさんを見ると、わたしだってまだこれからだと思う。元気を貰う。

車を降りたWさんの腕を叩きながら、「遠くへいっちゃうの?」といい、泣くはずではなかったのに、泣いてしまった。

「泣かないでくださいよぉ」とWさん。「高齢の親やここでできたお友達のことを考えると迷いましたが、わたしももう年ですし、自分の年齢を考えると、今しかチャンスはないと思いました」と、きちんと報告してくれる28歳のWさん。

「体に気をつけてね」と、もうそればかり、いう。ささやかなプレゼントを差し出すと、Wさんからもいただいた。

渡したのも、いただいたのも、ハンカチだった。Wさんからいただいたのはコーヒー柄のハンカチ。娘は別のものをいただいた。引っ越しなどで慌ただしいのに、こんなところにまで気を回して……と思うと、また泣けてくる。

自分の子供たちには、これほど率直に自分の気持ちを吐露したことはない。こんなに涙もろくなるなんて、男だった頭の中がいつの間にか女になってしまったのかもしれない。

明日は別府から大阪まで、フェリーで行くそうだ。猫と一緒だからという。見送りに行きたいけれど、カレシとの大切なひとときを邪魔するわけにはいかない。

娘も大切な友達が遠方に行くのは寂しいのだろう。彼女とお茶して帰ってきて、あれこれ話したあとはシーンなって寝てしまった。

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2019年3月13日 (水)

歴史短編1のために #51 直朝公の愛

今は京都御苑となっている、かつては200もの公家屋敷が立ち並んでいた町で、萬子媛はどのような暮らしを送られていたのだろう? 

萬子媛は二歳で、祖母である清子内親王の養女となり(萬子媛の母が亡くなったためではないかとわたしは想像している)、鷹司家でお暮しになっていたと思われる。清子内親王は鷹司信尚に嫁ぎ、信尚没後、大鑑院と号していた。

以下の写真付きブログ記事を閲覧させていただいて、わたしは貧弱な想像力を掻き立てようとしている。鷹司邸跡の標示……

京都御苑の公家跡: 京都を感じる日々★マイナー観光名所、史跡案内Part1
https://blogs.yahoo.co.jp/hiropi1600/41415018.html

<ここから引用>
江戸時代まで、今の京都御苑には、200もの公家屋敷が立ち並んでいたそうです。(……)
江戸時代末の慶応年間の公家屋敷図によれば、京都御苑には、大きな屋敷としては、北に近衛家と桂宮家、西北に一條(一条)家、中央に有栖川宮家、西南に嘉陽宮家と閑院宮家、南に九條(九条)家と鷹司家があったことがわかります。
<ここまで引用>

以下のブログ記事では、京都御苑内にある「花山院邸跡」と刻まれた石碑と、花山院家の邸宅で祀られていた邸内神「花山稲荷大明神」を閲覧させていただいた。

花山院家邸内にあった花山稲荷大明神: 京都観光旅行のあれこれ
https://kyotohotelsearch.com/blog/2018/06/07/kazaninaridaimyojin/

<ここから引用>
また、日本三大稲荷のひとつとされる佐賀県の祐徳稲荷神社は、花山院家の姫が鍋島家へ嫁いだ際に祀った分霊であり、「祐徳」はその姫の謚(おくりな)だそうです。
花山稲荷大明神は、京都を中心に庶民から公家・宮中さらには徳川将軍家をはじめ諸大名の江戸屋敷にも分霊や御札が祀られていました。
今は、宗像神社に小さな社殿が残るだけですが、信仰は全国に広がり、今もなお各地の分霊が祀られている神社に多くの人が参拝しています。
商売繁栄、産業興隆、書道・技芸上達の信仰も篤いそうですよ。

<ここまで引用>

養子に行ったといっても、同じ公家町内のこと。萬子媛は花山院家にちょくちょく行かれていたのではないだろうか。

鹿島鍋島家に嫁いでからも、花山院家との親密な関係が続いていたことは鹿島藩日記からも窺える。

ところで、井上敏幸・伊香賀隆・高橋研一編『肥前鹿島円福寺普明禅寺誌』(佐賀大学地域学歴史文化研究センター、2016)所収「直朝公」(普明寺蔵『鹿島家正系譜』収載)を読むと、直朝公が元禄四年(1691)辛未春正月二十一日、70歳のよろこびの礼を行い、申楽[さるがく](能楽)を花頂山に奏したとあり、「毎歳今日(この日)に必ず申楽[さるがく]有るは侯の誕辰(誕生日)を以[もっ]ての故[ゆえ]なり」(井上・伊香賀・高橋編,2016,p.92)と記されている。

ならば、同じ『肥前鹿島円福寺普明禅寺誌』所収「断橋和尚年譜」に、断橋和尚が54歳の宝永二年乙酉(1705)に記されている、次の箇所はどうだろう?

<ここから引用>
猛春十八日、祐徳院殿瑞顔大師の耋齢(八十歳)の誕を祝するの序略に云う、
<ここまで引用>
(井上・伊香賀・高橋編,2016,p.92)

萬子媛80歳のお祝いが誕生日当日に行われたとは限らないが、直朝公は自分の誕生日に拘りがあったようだから、その直朝公が妻の80歳の誕生日に贈り物をしたことが三好不二雄(編纂校註)『鹿島藩日記 第二巻』(祐徳稲荷神社 宮司・鍋島朝純、1979)に記されているとなると、妻の誕生日にも拘ったのではないか……と思いたくなるではないか。

つまり、その猛春十八日が萬子媛のお誕生日ではないかと。猛春には、春の初め、旧暦1月という意味があるが、『鹿島藩日記 第二巻』宝永二年乙酉正月十八日の日記に次のように記されている。

<ここから引用>
一、今日、祐徳院様八十之御祝誕ニ付而、従 殿様為御祝儀、御野菜被進候、左ニ書載、
   一、午房       一、山芋
   一、昆布       一、椎茸
   一、田鴈       一、蓮根
      
 右一折二〆
   一、蜜柑一折
 右、御使者木庭彦兵衛相勤、介副池田新内、

<ここまで引用>
(井上・伊香賀・高橋編,2016,pp.343-344)

何というささやかな、心づくしだろう! 修行に勤しむ妻に合わせた贈り物なのだ。直朝公から贈られた食材は調理され、萬子媛の80歳を祝う食卓を飾ったに違いない。

過去記事に書いたように、この年の閏四月十日、萬子媛は危篤となり、その日、直朝公から付き添う人々におこわと煮しめが届けられている。

2018年8月15日 (水)
歴史短編1のために #39 鹿島藩日記第二巻ノート (1)萬子媛の病気
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/08/post-caf5.html

閏四月十日(6月1日)の日記には様々なことが書かれている。[略]
同日、萬子媛の病床に付き添っている人々に、殿様からこわ飯(おこわ)・煮しめ物重二組が差し入れられた。萬子媛はこの日の「今夜五ツ時」――夜8時に亡くなった。

直朝公は家を出て修行三昧だった妻を全身全霊で愛し、気遣っていられたのではないだろうか。いやはや、ここまで思われちゃ、断食入定なんてできないだろうなあ。

で、萬子媛の仮ホロスコープを作成してみた。フィクションである小説の中の萬子媛のイメージを膨らませるために。これは、わたしの勝手な憶測です。寛永二年一月十八日は、西暦に変換すると、1625年2月24日。

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2019年2月 7日 (木)

転職の季節

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娘の転職が決まったので、娘の好きなミートボールを作った。

新卒のとき、娘は就活に失敗。そのあと、こだわりを捨ててあちこち応募しまくっていたが、完敗。

出版社にこだわったのが敗因だと思っていたら、高校時代、大学時代の友人達もことごとく失敗していた。小泉不況の煽りを食った、就職氷河期後半の世代なのだ。

就職氷河期
日本ではバブル崩壊後の就職が困難であった時期(1993年から2005年と定義されている)を指す語。

「就職氷河期」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2019年1月6日 (日) 05:25 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

娘の大学卒業年は2005年だから、就活は主にその前年の2004年。就職氷河期の終わりごろに当る。

新卒時に総合職に就けなかった場合、希望や学歴にいくらかでも見合った仕事にありつくのは至難の業。特に、地方在住の親元で暮らしながら探すとなると、希望も学歴もお荷物となる。

これはわたしの時代からそうだが、地方で女性の就職に四大出はむしろ不利なことが多く、実務的、実用的なスキルを実業高校、専門学校などで身につけた若い子にぴったりの求人なら結構ある。四大出よりは短大出のほうがまだしも分がある。

そのころのことは以下の過去記事を読めば、思い出す。記事の中で引用したシモーヌ・ヴェイユの言葉は的確に「失業」というものの本質を衝いていると思う。

2006年10月 7日 (土)
非正規雇用者の問題。わたしと子供たちのホロスコープ。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/10/post_2b73.html

娘は仮のつもりで就いた書店での仕事だったが、いつのまにか15年が過ぎ去った。

薄給と時間的余裕のなさが心配だったが、娘から聞かされる話は面白く、わたしも出版社、取次店、書店の各仕組や関係性、裏事情といったものに詳しくなった。

本に関することなら、娘に訊けばまず、知りたかったことにプラスして、本に関する興味深いエピソードとか、耳よりの最新情報とか、本の本当の売れ行きとかを知ることができた。

娘は意識の高い書店員だったと親のひいき目ではなく思う。ただ、豊富な知識や書物の本質を見抜く冴えた目などを十分に生かすには総合職か編集者でないと宝の持ち腐れだろうなと不憫に思っていたところ、当の娘も、書店員として、してみたい経験はし尽くした気がするといい、転職を考え始めた。

出版界全体にいえることと思うが、不安定でアバウトで突拍子もないところがあって、娘も、傍観しているわたしも、船酔いに似た気分を味わうことがままあった。その船酔いに耐えられなくなった、というところもあったのかもしれない。

あっけなく決まった転職先はメディカル関係で、不思議なことに、その仕事をそのままズバリ占星術で表現したサビアンシンボルが娘にはあって、驚いた。医療事務の資格を持っていないので駄目だと思っていたのだが、「この学歴では、今の仕事はもったいないね」と面接時にいわれたそうで、複雑な気分にさせられる言葉だったが、学歴が初めていくらか役立ったのかもしれない。

娘は、その仕事をうまくこなせるだろうか。

わたしはちょうど中共のメディカル・ジェノサイドについて調べていたところだったので、娘が勤務することになる総合病院では臓器移植が行われていないことを確認し、とりあえずホッとした。

娘は法学部出なので、実は弁護士事務所の仕事を探していた。しかし、法曹界には浄化すべきダークな問題も潜んでいるようで、求人が出ていたとしても、そこが優秀かつ良心的な日本人弁護士の経営する、経営状態のよい弁護士事務所かどうかといったことは、外からはなかなかわからない。

出ていた求人の一つをじっと見ているうちに、契約がパートに変更になったのがあって、経営状態が芳しくないのかなと思ったりした。

娘の転職を、同僚や、既に転職したり結婚したりしている元同僚達が祝福してくれた。しばらくは、書店での締め括りの仕事や新しい職場での新体験、友人達との飲み会などで、忙しいだろう。書店員をしている間に、娘には多くの友人ができた。それが何よりの書店からの贈り物かもしれない。

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2018年3月23日 (金)

娘が実感した乳酸菌の効果

乳酸菌会社の人間ではありませんので、念のため。このところ、家族で乳酸菌の恩恵を受けているので、宣伝したくなりました。

娘は、アパートで1人暮らしをしていた大学時代に、ストレスからか偏食からか皮膚のバランスを崩してアトピー症状を悪化させました(子供のころからアトピー体質ではありましたが、それまではそれほど問題のないものでした)。

皮膚科で貰うステロイド、プロトピックでいよいよ症状を悪化させ、その後、漢方薬でほぼ完璧なまでによくなりました。

漢方薬を飲まなくても問題ない数年が経過。が、バス通勤の娘が異動になる前の職場に近いバス停が吹き曝しの上に、冬場にバスが30分以上も遅れることがあるという状況で、顔の皮膚がすっかり抵抗力をなくし、ボロボロの状態に。異動になってからバス亭の問題はなくなったものの、お肌の状態は回復せず。

また漢方に頼るべく、お世話になった漢方の名医と名高い先生がいらっしゃる小倉まで特急電車で1時間半かけて通院しましたが、先生もお年を召していくぶん勘が鈍られたのか、漢方に合わない皮膚になったのか、時間をかけてもあまり効果がありませんでした。

そうしたときに、乳酸菌の広告がわたしの目に入りました。カルピスのアレルケアと、ヤクルトのノアレです。

アレルケアのほうは特にアレルギーに効果があるとあって、興味が湧きました。が今更、乳酸菌を飲んだところで……とも思い、娘のアトピー肌改善に効果があるかちょっとタロットをしてみたところ、アレルケアに剣のエース、ノアレに星と出ました。

過去、漢方の先生に関しても、全く期待しないでタロットをしたところ、隠れた名医と出て、他の漢方医のお話から実際にそうだということがあとでわかりました。

神秘主義者に占いは褒められたものではないかもしれませんが、迷いに迷ったときにだけ占うと、案外アドバイスとして役立つ面がわたしにはあります。

でも、よい結果が出すぎではと思い、娘に伝えると、娘も全く気がなさそう。そうしたときに、たまたまアマゾンに注文したい商品が出てきて、ついでにアレルケアとノアレの錠剤タイプを一つずつ頼んでみました。

すると、アレルケアをお試しした娘には即効性があり、数日で改善しました。驚きました。症状がひどかったために、効果がわかりやすかったのかもしれません。タロット・カードの「剣のエース」は、アレルギーを制する剣だったのかもしれないと思いました。

娘は化粧品も探しましたが、見つからなかったので、ヤクルトの化粧品を注文し、これも娘の皮膚には合いました。肌の美しさも表現しているタロット・カードの「星」の絵柄が連想されます。

その後、娘はアレルケアをカルピスのオフィシャルサイトから定期購入しています(アマゾンで購入するより安いので)。花粉症に悩まされていた娘でしたが、アレルケアを飲むようになった今年は、あまりマスクも要らないくらいに軽く済んでいます。

蓄膿症――学生時代に手術をしたけれど、もう一つ――の夫の鼻にもいいかもしれないと思い、飲ませてみたところ、気に入ったので、夫も定期購入しています。

わたしはリーズナブルなノアレを、アマゾンに注文する用事ができたときについでに注文しています。

息子が帰省した時にアレルケアを持たせましたが、息子の場合は即効性はなかったとのことです。が、薬剤師の友人がアレルギーにはヨーグルトがいいといっていたので、食べるように心掛けているとか。

アマゾンのレビューを見ると、効かなかったという書き込みも結構あるので、効くかどうかは人によるようです。この時期の娘には、最高に合ったということだろうと思っています。

過去記事で書いた幼馴染みは大腸がんです。子供のころの彼女は食が細くて、偏食がちでした。その後、成長してからどうだったかは知りません。大腸がんになる人は多いですね。

乳酸菌は腸にいいというイメージがあります。昔はヤクルトと牛乳をセットで注文して、毎朝届くそれらを家族で飲んでいるという家庭は多かったですね。

ニベアも皆よく使っていましたが、ある高級化粧品と成分が同じということで話題になりましたっけ。

わたしの小さかったころも、子供たちが小さかった頃も、ヤクルト、ニベアにはよくお世話になりました。いつのまにか遠ざかっていたそれらと、おつきあいが復活しました。

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2017年5月21日 (日)

ブラヴァツキーの星学に関する言葉

占星術に関するつぶやきと神智学の勉強ノート。

わたしの場合、木星の年齢域とは違って、土星の域では人間関係が活発になり、友人たちとの交際の機会も増えると推測できたが、実際に、木星の域では人間関係が不活発どころか人間嫌いに近い感じになっていた。

それが、確かに土星の域になってから、いろいろな人が車間距離が近すぎると思うくらいに接近してくるようになった。

新らしい人から何十年ぶりという人まで。幼馴染から電話があったのは、それを代表する出来事といってよい。本当になつかしかった。

ただ、自分のために使いたい時間は確保する必要があるので、全ての接近を同じように受け入れることは無理だ。

自分と相手にとって、その交際が有用であると感じられなければ、如何な旧友であろうが距離を置くしかない。グループごと交際が復活した場合はちょっと複雑で、学生時代のように行くだろうか。

舞い上がるほど楽しい面がある代わりに、各人が長年生きてきたあかしともいえるある種の毒素にお互い目を瞬かせられることも当然ある。また、昔であれば、学生時代特有の共通の知識があったが、各人が共有できる知識にもバラつきが出ていることに気づかされる。

わたしはその知識のバラつきをなるべく埋めたいほうで(そう熱望するあまり、こちらから車間距離を縮めすぎて失敗したと思うことがある)、アマチュアとはいえ物書きだから、様々な事柄に興味を働かせるほうだが、皆がそうとは限らない。それでも、やっぱりなつかしさには敵わないけれど。

何にしても、占星術って当たるなあ、と思った次第。

といっても、無知なわたしには占星術をどれくらい信頼のおけるものとして受け入れてよいかが今一つわからないので、物事にある傾向があるかどうかを判断する際の資料の一つとして用いる程度にとどめている。

それというのも、西洋占星術にしても、東洋占星術にしても、流派がいろいろあるうえに、どれも難しくて全体像が掴めず、わたしには表面をなぞるくらいが精々なのだ。

近代神智学運動の母ブラヴァツキーは、星学についても書いている。天文学と占星術はもともとは星学という名のもとに一つであったので、ブラヴァツキーも星学という用語をそのような意味で用いているのではないかと思う。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)で次のようなことを書いている。

生まれる時すでに、各人の人生はアストラル光に描かれているが、それは宿命論的なことではなく、ただ、未来は過去と同じくいつも現在の中に生きているからである。こうして各人の運命、各子供の誕生と関係のあるリピカ達は、星学にも影響を及ぼすと言える。気が進んでも進まなくても、私達は星学の真実を認めざるを得ない。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,332頁)

リピカはマハットの一部といわれ、マハットとは顕現した神聖な概念作用である。詳しくは、前掲書を参照されたい。

現在、過去、未来については、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の『67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実』でも引用したが、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250)

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)にも星学に関して深遠なことがいろいろと書かれているが、実生活で役立つことも書かれている。

公開の場所に群がる『大気の精』即ちエレメンタル達から身を守るために、その時をつかさどる惑星の色の玉石の指輪をはめるか、またはその惑星に相応する金属製のものを身につけたほうがよい。しかし、やましいところのない良心と、人類を益しようという確固とした決意は最良の保護を与えるものである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,186頁)

パラマンサ・ヨガナンダ『ヨガ行者の一生』(関書院新社、初版1960、1979改訂第12版)にも、インドの星学についてとても詳しく書かれている。その本にも、ブラヴァツキーの著作から引用したのと同じようなことが書かれている。

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2015年1月10日 (土)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ②カエルの恨み(追記あり)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率は……

①で書いた男友達から、「続報求む」というわたしの返信に応えて、新しいメールが届いていました。

全文をざっと読み、思わず「アハハハ……」と笑ってしまいました。

以下のような文章で始まっていました。

がんサバイバーなんて、そんなあ、なんかカッコ良いなあ
照れるなあ^_^;
あんまし褒めないでよ<(`^´)>
って胸張ってる場合じゃないか(^o^)

転移していた癌は抗癌剤で消えたようだけれど、CTで転移が認められないかを年末に検査し、その結果を今から聞きに行く、と前のメールにはありました。

実は、前のメールの深刻な内容には友人として相当な精神的ダメージを受けていたのですが、「とりあえず、CTでは転移は認められなかったようです。血液検査でも、腫瘍マーカーは平常値以内だったし」との報告にひとまずホッとしました。

ただ、大腸の狭窄した部分を切除して、つなぎ直す手術を受けなければならないそうです。それによってストーマ(人工肛門)を落とせるかどうかは微妙だそうで、彼は落とすことを望んでいます。

今度、身障者手帳の申請をするそうで、永久人工肛門ではないから4級が認められるかどうかわからないけど、もし認められたらストーマの装具の経済的負担が軽くなるとか。

癌の手術後のいろいろな症状や、なぜそうなるのかについて、わかりやすい詳細な説明があり、勉強になりましたが、読んでいてナンカ脳貧血起こしそうになりました。

そして、メールにはこんなことが書かれていました。

子供のころにカエルのお尻の穴に
ストロー(文字通り麦わら)突っ込んで、息をぷーって吹き込んで
カエルのお腹をパンクさせて遊んでたから、そのカエルの恨みか
バチが当たったんだって真剣に思った。カエルの恨みは恐ろしい。

読みながら笑いつつ、ひーと思いました。

そうか、カエルの恨みだったか、彼の直腸癌は。

幸い、カエルに対して、わたしはそれはやったことがないけれど、カエルを見るたび――特に炎天下でのびているカエルを見ると――罪悪感に駆られます。アリを見ても罪悪感に駆られる理由があるのですが、アリについては過去記事で書きました。ライン以下に全文引用しておきます。

現在わたしには糖尿病の危険信号が点滅しています。これは砂糖責めにされたアリの恨み?

アマガエルに対して何をしたかというと、2つのバケツいっぱいに田圃からアマガエルをとってきて、庭に持ってきたまではいいものの、それをどうするのか、使い途を考えていなかったわたしがバケツを放置している間に、飛び出たアマガエルが庭全体に散り、散ったそこここで一斉にゲコゲコ鳴き始めました。

夏の雨上がり、あるいは水やりをしたあとだったのかは、はっきりとは覚えていませんが、まばゆい光を受けた青々とした芝生の水滴がキラキラと輝いていたことを覚えています。

※「九州沖縄農業研究センター」のホームページに、九州における稲作の時期についての解説があり、「九州での平均的な田植えの時期(田植期)は、1950年代には6月下旬の後半(26~30日)であったのが2000年現在では6月中旬の前半(11~15日)と、2週間ほど早期化しています」とあります。田には水が張られていたので、梅雨の晴れ間だったのかもしれません。

その庭の芝生一面をカエルが埋め尽くした壮観な光景は記憶に焼きついています。このときわたしが叱られたのは母ではなく、わたしと妹が小さかったころは子守りとして、また大きくなってからは家政婦として来てくれていたおばさん。

優しいおばさんだったので、きつくは叱られませんでしたが、困り果てたような表情で、カエルを集めて田圃に帰すようにいわれました。

ですが、アマガエルは水から出したら、想像以上に弱い生きものなのですね。そのことを、わたしはこのとき知りました。

拾い集めようとしている間に、沢山のカエルたちは強い日射しを浴びて、次々にのびてしまったのです。庭一面に、白いおなかを見せてひっくり返ったカエルたち。その光景もまた壮観でしたが、カエルたちをそのあとどうしたのかは、記憶にありません。

わたしはあまり水を飲まず、体が乾燥しやすいようです。人並みだと思っていましたが、意識的に水を飲まないと、すぐに腎臓結石ができてしまいます。それが尿管に落ちてきたときの痛さといったら……

これも、沢山のカエルを乾燥状態に置いた恨み?

西洋占星術で見ると、わたしの月は火の星座の牡羊座にあり、上昇宮も火の星座の獅子座なので、乾燥しやすい体質ではないかとも思えます。

牡羊座が示す体の部位は頭部、獅子座は心臓など。検査のためとはいえ、頭蓋骨を抉る手術を受け、心臓のトラブルは当ブログの古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

火星、金星がいる星座の示す部位も健康に関係するといいますね。わたしの場合は火星が山羊座で、金星が水瓶座です。山羊座は骨。骨腫瘍、関節のトラブルも、古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

1日違いの男友達の出生時間を訊いて、ホロスコープを作成してみたくなりました。

それにしてもねえ。これを閲覧なさっているあなたは、子供のころ、小さないきものに残酷なことをしませんでしたか?

入院中の面白い話はまた今度ね。
抗癌剤治療の副作用についても。禿たりはしてないよ(^o^)
ではまた。

と、メールは結ばれていました。

わたしのほうが禿げてきたわよ。彼の癌年賀・癌メール(もはや連絡のないのが一番のストレス)、湿疹、閉経、創作に行き詰まると頭を掻きむしる癖……禿げないほうがおかしい。

女性の薄毛、抜け毛について、改善策を求め、ネット検索しているところです。中年太りの悩みが遠のいたと思ったら、今度はこれよ。

追記:

カエルの恨み、アリの恨みを神秘主義的に解釈すると、こうした物事の展開はカエルやアリが惹き起こすものではなく、本人自身が招いた事態――つまりカルマの表れということになります。宇宙のバランス感覚の表れですね。小さな生きものに対してであれ、自分がしたことは自分に返ってくるのです。ブーメランのように。

だからといって、それがこのようなかたちで返ってくるとは考えにくいですね。

勿論、糞真面目なこんなことを彼にメールしたりはしません。わたしと彼とのやりとりには常に真面目さと冗談が混ざっていて、お互いがいろいろと複雑なことをわかっているということを前提に、あれこれ含みを持たせて書いています。それができるから、「本当に友人と呼べる人」なのです。

わたしが記事に書いたことをそのまま受け取られても困ると思ったので、付け加えておきます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2014年11月19日 (水)

歴史短編1のために #9 ゆっくり進むことに(今後の創作計画)。萬子媛の次男のホロスコープ。

できれば、今月中に短編小説を完成させたいと考えていたが、準備不足で無理なので、もうこうなったら道草食えるだけ食って、ゆっくり進むことにした。

郷土史家に「予定している歴史短編5編のうち、1編は何とか今年中に仕上がりました」と年賀状でご報告できたらと思っていたが、それも無理かもしれない。

インスピレーションが訪れたとき、完成した作品は既に見えた気がした(プラトンのイデア論は、インスピレーションが訪れたときに、ひじょうにリアルなものを感じる)。

だから、本当の目的の長編はともかく、核となる短編(総論といってもよい面もある、全体を包むもの)は仕上がると確信しているし、骨格もしっかりしていると思うのだが、肉付けの段階で、うまくいかないのだ。

何といっても、知識不足が原因でと感じている。

萬子媛の断食入定をモチーフとし、江戸時代の文化、特に宗教・哲学を織り込んで、公家に生まれ、地方の小大名に嫁き、息子たちの死というショッキングな現実に触れ、思想に生きるようになる女性の後半生を描きたいという考えから出発した。

調べてみると、江戸時代の文化の奥深さ、その思想の襞が萬子媛という一人の女性を通して立ち現れてきたのだった。

萬子媛の兄弟姉妹は、花山院家を継いだ定誠以外は、円利は禅寺へ、堯円は浄土真宗へはいって大僧正に。姉は英彦山座主に嫁ぎ、妹は、臨済宗単立の比丘尼御所で、「薄雲御所」とも呼ばれる総持院(現在、慈受院)へ入った。

定誠、武家に嫁いだ萬子媛も結局は出家している。キリシタン、仏教、儒教を包容する思想、宗教の観点から短編を1編は書ける。

萬子媛の伯父に当たる花山院忠長は猪熊事件に関係したかどで蝦夷松前藩へ流された。流刑となった先で京文化を伝えている。また、その息子は黒衣の宰相と呼ばれた天海の弟子となった(公海)。

江戸時代、黒衣の宰相と呼ばれた人物は2人いる。天海と崇伝。

猪熊事件、2人の黒衣の宰相、後陽成天皇・後水尾天皇と幕府との関わりや公家について……ここからは、短編が2編は書ける。

図書館から、後水尾天皇の百人一首抄を借りた。

江戸時代の四つの貿易口となったうちの一つ、長崎口と西国大名による外敵に対する防衛、オランダ東インド会社・オランダ風説書、伊万里焼と藩窯、黄檗文化……これも短編にしたい。

これに、今書いている核となる1編を加えれば、予定した5編となる。

どの1編も他の1編と切り離せない緊密さで関連し合っているため、5編から長編を編むことは可能だと思う。何年かかるかなあ? 

今年は初めてのことで、下調べに時間をとられたが、来年中に今書いている1編を含め、3編は書きたい。再来年、2編を完成し、長編化に着手。

だいたい3年で仕上がるだろうか。うまくいけばの話だが。間で他の作品も書くだろうから、それに時間を食えば、計画が後へずれるだろう。

過去記事で、萬子媛の小伝を書いた直條のホロスコープを作成したが、萬子媛の次男の誕生日が郷土史家にいただいた資料からわかったので、ホロスコープを作成してみた。

尤も、グレゴリオ暦導入前の和暦を正確に換算することはできないだろうし、出生時間もわからないとあって、だいたいのところ。

そのだいたいだと、萬子媛の次男・朝清の太陽は天秤座の充実した域。天秤座に4つも星が入っている。

金星も強調されているので、際立ってエレガント(男性なのでダンディー?)なタイプではなかったかと。外交官向き? これは公家の血筋といえそう。

相当にバランス感覚に秀でた、逆からいえば、無理をするところがあるともいえるかも。光茂に気に入られたというのも、なるほどという気がする。

ただ風と土に星が偏っていて(特に風)、火水に入っていないというのはホロスコープ的にはバランスが悪い。

両親の愛情を一身に受けて、美しく端正に、ほどほど野心もある、よい子に育った息子さんというイメージかな。

この息子さんの急死が萬子媛を慟哭させ、出家の動機となった。

霊的に感じられる萬子媛はとても優麗な、もう何か圧倒的だけれども強引さとは無縁の、まさに高級霊といった印象だ。そこに魅了されなければ、萬子媛を書こうとは思わなかった。

それに、どこかお茶目――というと、語弊があるかもしれないが、コミカルというべきか――雰囲気も感じられたので、圧倒されながらも弾けるような幸福感がわく。わたしに感じられるのは、萬子媛の壮麗なオーラのみだが、オーラとはかくも雄弁なものなのだ。

息子さんは相当なイケメンであった可能性あり? 

黄檗宗の法衣姿の萬子媛は物凄く威厳のあるお顔をなさっているが、卵形の鼻筋の通った、目は現代風で二重か奥二重だろう。口元は小さく、可憐。若い頃は、美貌の才媛という印象の、しかもコミカルで温かみのある人物だったのではないだろうか。

適当なことを書き散らしている記事なので、参考にしないでください。

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2014年11月13日 (木)

歴史短編1のために #5 欠陥だらけの13枚。脱線して、殿様方のホロスコープ作成

13枚書いたが、うーん、欠陥だらけという感じ。でも、とりあえず、先に進もうと思う。書きながら調べてわかったことがいろいろとあった。

家族にまた書き加えた部分を朗読して聴かせたところ、全く自信がないときにも結構辛辣だったりする家族が(家族の誰とはいわないが)、「さまになっている」と褒めてくれた。

そうかなあ。

テキトーな小説で、萬子媛に申し訳ないこと頻り。

萬子媛のご主人と、萬子媛の小伝を書いた義理の息子さんの誕生日と出生地がわかるので(さすがに出生時間まではわからない。大名の奥さんと子供は江戸住まいを義務づけられていたが、支藩の大名はそうではなかったことが出生地が佐賀だったことからもわかる)、ホロスコープを作成してみた。

すると、何とおふたり共魚座で、義理の息子さんは魚座に四つも星が入っている、相当な魚っぽさ。

ご主人はそこそこソフトで勇敢で堅実で、二万石という支藩の小大名にはよい感じ。ご主人は多忙で、萬子媛はひとりの時間を楽しんだ面もあったかも。尤も、出生時間がわからないので、想像を加えた解釈だが。

義理の息子さんは文学肌だったらしいけれど、なるほどという感じ。これも出生時間がわからないので、想像を加えた解釈だが、おかあさんに豊かな愛情(聡明な愛情)を受け、おかあさんが大好きだったんじゃないかな。

実のおかあさんは幼い頃に亡くなっているから、そのおかあさんは萬子媛だ。

彼は奥さんとも仲がよかったはず。徳川の泰平の世でよかったわね。乱世だったら、ちょっと心配だけれど。

同じ年の同じ頃に亡くなったおふたり。小伝は亡くなる1年前に執筆されている。

義理の息子さんが書いた萬子媛の小伝を読んだとき、「ああこの人は萬子媛が本当に大好きで、心から尊敬していたんだ」と感じたのだが、それを裏付けるようなホロスコープ。出生時間がわからないので、あくまで想像を交えた素人解釈。それに、時間がないので、ざっと見ただけだから、間違っているかも。時間ができたときにゆっくり見よう。

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