カテゴリー「健康 №4(入院)」の93件の記事

2009年2月 3日 (火)

Kさんのこと

 入院中にずっと同室だったKさんのことをお話しすると過去記事に書いておきながら、忘れていました。たまたま、彼女から電話があったので、思い出しました。

 実は、もう思い出してやらない……なんて、思っていたのですね。

 過日、レッドクロス近くの調剤薬局でKさんに会ったときに、元気いっぱいという感じのKさんを見て驚き、嬉しさと疑問でいっぱいになり、「年賀状を出したのに~。応答がなかったから、また入院でもなさったのかと心配していましたよ」といいました。

 するとKさんは「え、くれた、年賀? 本当?」なんて、しらばくれるではありませんか。だって、Kさんの目、泳いでいましたからね。自分のほうから住所を教えてくれた癖に、と思いながら、「出しましたよ、出しました。確かに出しました!」とわたしは、Kさんの目を覗き込んで、いい張りました。

「そうー? くれたー? もしかしたら、来ちょったかもわからんな。病院での住所交換は、あれは社交辞令やからな。わたしは出さんかったわ」と、Kさん。わたしはいささかムッと来ましたが、そのあっけらかんとした物言いには、さすがに人を憎みやすいわたしでも憎めません。

 いいわ、たとえKさんにとってわたしはゴミみたいな存在でも、この人と話していられる間は話していたい……と考え、Kさんも話し出したら長いので、ついつい話し込んで、そのうち互いにハッとしたように席を立ち、一緒に薬局を出ました。Kさんは、山のような薬を持って。

 別れるときに、「電話するからな」とKさん。「社交辞令のお言葉、ありがとうございます」と、わたし。「違うで。電話、するで」と、繰り返してKさん。

「あら、じゃ、わたしの名前、フルネームでいってみて」と、テストしました。「○○○○さんやろ」とKさんは笑いながらいい、驚くべきことに、わたしの住所をマンションの名までスラスラとおっしゃるではありませんか。

 わたしはKさんの住所、いえません。病衣を着ていたKさんは、今はしっかりお化粧をし、サングラスっぽい眼鏡をかけて、毛皮のついた半コートを着、如何にもマダームという感じでした。わたしは、ほどよく華やかな人が好きです。

 この記事を書きながらふと思い出しましたが、同室になった人々から一様に韓国旅行を勧められました。本物のブランドもの、ではない、何というべきでしょうか、デパートなどに普通においてある、いわゆる大衆向きのブランドもの(わたしがときどきこのブログで記事にしている類のものです)が、あちらでは大変安く買えるそうです。Kさんからも、韓国旅行を勧められましたっけ。

 わたしはKさんがわたしの名前と住所を覚えていてくれたことに気をよくして、ちょっと毛皮に触れ、別れました。

 そして、今日の電話では開口一番に、「あんたのとこの郵便番号は何?」とKさん。そんなもの、覚えていやしません。「年賀くれたというあんたの言葉が気になって調べてみたら、年賀状の一枚だけがな、差出人の住所も名前もなくて、郵便番号だけ書かれていたんや。あんた、小さい牛を2頭、描いたやろ?」

 「牛は描きません。わたしのは、全部パソコンで印刷した年賀で、絵は鞠です」と、わたし(絵と文面は一人一人違います。Kさんには、歌舞伎役者の絵と迷いました)。調べてみましたが、名なしの年賀状とは郵便番号も違いました。どうも、わたしが出したはずの年賀状は、本当に、Kさんに届かなかったようです。

「デパートへは、よく行く?」とKさん。「いいえ、あんまり。せいぜい1週間に1度くらいかな」とわたし。「それは激しいな」とKさん。「だって、デパートまで歩いてすぐですから。食品街の5時の市なんか利用したら、スーパーよりよほど、経済的ですよ」とわたし。「魚なんか、すごく安くなるな」とKさん。「魚だけじゃありませんよ。その安くなったのを漁るんですよ。品物が綺麗だから、デパ地下に行き出すと、止まりませんね。弁当をときどき娘に買って来て貰いますが、あれも半額になっていたりしますから、大助かり!」とわたし。

 それから、話題は、Kさんのカラオケ教室に飛び、カラオケ教室の先生夫婦に関する込み入った話を聴かされ、次に韓流ドラマの話、紅白歌合戦の話から芸能界の噂をし、わたしは病院で会った再入院中のおばあちゃまの話もしました。そうそう、Kさんは電話する前に国会中継を観ていたそうで、その話もしました。

 Kさんはこれから、節分の恵方巻を買いに行くそうです。料理好きのKさんですが、1人暮らしで糖尿病であるため、自分で巻き寿司を作っても残るだけだそうで、恵方巻は買うことにしているのだとか。

 電話の向こう側で、玄関のチャイムの音がしました。「じゃまたな」と、Kさん。「はい、また」と、わたし。楽しいKさん、本当に、またお話ししましょ。

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2008年10月11日 (土)

助かる……

 生命保険。妻型。子供たちが成人するまでは家族型だった。わたしも単独で入っていればよかったと、入院なんかすると思うが、専業主婦の身では無理だった。それに病気になってからは、新しく入るのは難しかった。

 今回入院して受けた手術は生検術だったので、手術給付金はあてにしていなかったのだが、思ったより出て、給付金の総額は、支払った入院費より5万円多かった。

 助かる……。

 その代わりに、といっては変だが、退院後すぐに洗濯乾燥機が壊れて買い替えたため、出費だった。偶然の一致だが、支払った入院費と洗濯乾燥機の値段がほぼ同じ。

 壊れた洗濯乾燥機は長く持ったとはいえない。最初のものが欠陥品で、メーカーから連絡があり、コンピュータ部分のみの取替えがあったが、結局駄目で、まるごとの取替えとなった。それでも、満足のいく使用感ではなかった。

 電器店の人の話によると、昔は有名メーカーは下請けからいっさいを抱え込んでいたが、今ではその余裕がなく、安いところがあると、どこのメーカーもそこへどっと押し寄せたりするのだそうだ。

 だから、どの部品がどこで製作されたかがバラバラだったりし、今はどのメーカーのものを買っても、当たり外れがあるという。うちは、その外れを購入してしまったというわけだろう。

 それでも、もう少し持つと思っていたのでがっかりしたが、今度はドラム式にした。乾燥機付きはドラム式でないと、無理がきやすい気がする。ドラム式の新製品はやはり高い。すぐ前の型のものが機能はそれほど変らず、お買い得だったので、それにした。

 その値段が入院費とほぼ同じだなんて、前に使っていた洗濯乾燥機がわたしの代わりに壊れたみたいじゃないの、と洗濯乾燥機の人権(?)を無視したようなことを思う。でも、こんなことが偶然にしては、よくある。

 ペットを飼うと、それが嫌だった。わたしと同じ箇所を病み、わたしはよくなったのにペットは逝ってしまうなんてことがよくあったから。偶然なんだろうけれど、偶然も重なると、ペットが身代わりになってくれたみたいで切なかった。

 今後入院せずに済ませられればいいが、あちこちにある種瘤のことを考えると、そうもいかない気がする。入院費の点では今回は助かったが、次回もそうとは限らないし、何にしても入院すると、出費がちになってしまう。退院後に生活を元の軌道に戻すには、相当に時間がかかる(まだ戻っていない)。

 退院後も、夫にはこちらが指導してなるべくゴミ出しをやって貰うようにしている。万一またわたしが入院になったときに娘に負担がかかりすぎるから、夫にはゴミ出しの能力くらいは身につけておいてほしい。

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2008年9月17日 (水)

16日に循環器クリニック受診

 薬が切れたので、16日に循環器クリニックを受診しました。

 入院中のことを要点だけお話ししなければ、と少し緊張して出かけたのですが、その心配は不要でした。なぜなら、退院した病院からクリニックのY先生宛に報告書が届いていて、それには記入欄をフルに使い、上から下まで何行にも渡ってぎっしりと書かれていたからです。

 そのことで思い出したのは、過去に別の先生に紹介状を書いて貰ったときのことです。夫の転勤により、いよいよ福岡県の某市立病院が遠くなって通えなくなり、引っ越し先のこの街の病院に変わることにした2004年12月のこと――

 どこにかかるかはこちらに任せられたまま、紹介状を書いていただいたのですが、何年も通い、その間には先生がたの異動で4名の先生にかかったというのに、記入欄にはほんの数行書かれていただけでした。

 慢性膵炎といわれて受けていた治療のことは、何も書かれていませんでした。なぜなら、紹介状を書いた先生がそれを否定してなかったことにしてしまったからです。しかも服用しているインデラルの量が間違って10倍に書かれていたため、そのとき新しくかかることになったこの街のY先生を驚かせてしまいました。

 何という違いでしょう! 

 今回入院した病院の内科の主治医U先生には、こちらから無理をいってクリニックのY先生にコンタクトをとっていただいたのに、丁寧なアフターケアがなされていて、本当にありがたいことでした。几帳面なU先生に一層信頼感が深まりました。

 心臓疾患を診て貰ってきたY先生、喘息を診て貰ってきたM先生とは系列の異なる病院に入院することに不安があり、現実には、やはり同じ系列であるほうがよかったと思うこともあるのですが、U先生、脳神経外科のK先生など、信頼できる先生がたに出会えたメリットの大きさには何ものにも代えがたいものがあります。

 体のあちこちにある腫瘤がテーマで、これからも検査や治療を受ける可能性のあるわたしとしては、それは本当に大事なことなのですね。でも、デメリットと感じたことも挙げておくとするなら、局所麻酔で頭の腫瘍を摘出したあと、血圧が低下したときです。

 もう夜になっていました。心臓の薬を飲まなければと思いながらも、まだ飲んでいず、めまいと吐き気に困っていたわたしは、看護師さんから血圧の数値を聴き、今心臓の薬を飲んだら、ますます血圧が低下してしまうだろうと怖くなりました。

 インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートのどれにも血圧を低下させる作用があるからです。

 そして、胸全体がざわざわしていて、不整脈が起きているのではないかと考えました。が、看護師さんの少ない夜に心電図だ、何だと騒がせたくなくて、控えめにそのことをいいました。何より、今の体調でいつもの心臓の薬を飲む不安を訴えました。

 Y先生にお電話できたらどんなにいいかと思いました。夜でも電話していいといわれているからです。クリニックに電話すれば、先生の携帯に切り替わるそうです。

 が、少しの身動きすら苦痛でしたし(午後11時近くになって携帯から記事を更新していますから、その後いくらか気分がよくなったのでしょう)、病棟の看護師さんに他系列の(看護師さんにとっては)見知らぬドクターに電話していただくよう頼むこともわたしにはできませんでした。

 看護師さんは、「先生に訊いてきますから、ちょっとだけ待っていてね。すぐに来ますから」とおっしゃって、出ていかれましたが、ずいぶん時間が経過しました。ベテランの看護師さんですので、わたしのことを忘れていらっしゃるはずはありませんでした。

 かなり時間が経って看護師さんは姿を現わし、「U先生はお帰りになったあとで、つかまらなかったのだけど、脳神経外科の先生がつかまったからお尋ねしたら、心臓の薬は飲まないでくださいということでした」

 翌日、血圧は戻り、脳外の先生がそれを確認に見えました。その後に心臓の薬を飲む許可が出たので、わたしはいつものようにそれらを服用しました。

 そのときのことを、循環器クリニックを受診したこの日、Y先生にお話ししました。眉を顰めて、「胸がざわざわしたとき、胸の圧迫感もあった?」とY先生。
「胸の圧迫感はなかったと思います」とわたし。

 そのときの血圧の値を訊かれたので、上が90くらいだったといいました。また、「手術の前に脳神経外科の先生が、わたしには狭心症があるので、心臓の血管の痙攣が起きない麻酔薬を使うとおっしゃいました」といいました。

 すると先生は合点がいったように、「ああ……。あのね、手術の夜、心臓の薬を飲まなかったのは正解だったよ。おそらく手術中、点滴液の中に、ヘルベッサーとかニトロ系の薬とかが入れてあって、それがどんどん点滴されただろうから、それで血圧が下がったんだよ。心臓の薬を飲んでいたら、血圧がさらに下がっていただろうから、やめておいてよかった。本当に、やめておいて、よかったよ……」

 わたしは、脳外の先生が「心臓の血管の痙攣が起きない麻酔薬を使う」とおっしゃったとき、そんな風な特殊な麻酔薬があると想像してしまったのですね。なあんだ、麻酔薬は普通のやつで、単に点滴液に狭心症を予防するいつもの心臓の薬が入っていただけなのか――と、ちょっとがっかりしました。

 考えてみれば、心臓の血管が攣縮する懼れのない麻酔薬があれば、誰にでもそれが使われるはずですものね。では、造影剤を使ったCT検査のときにU先生が「喘息が起きない造影剤を使う」とおっしゃったのも、点滴液の中に喘息予防の薬が入っていたということでしょうか。

 報告書に目をやりながらY先生が「それで、頭の瘤は骨軟骨腫だったんだね?」とおっしゃいました。
「いえ、骨腫です」とわたし。

 専門家のサイトによると、どちらも基本的に良性の骨腫瘍だということですが、骨軟骨腫(外骨腫)は軟骨性で、表面を軟骨組織がおおっています。原発性骨腫瘍の中で最もよく見られるものだそうで、単発性と多発性があるようです。多発性の場合、まれに悪性化して軟骨肉腫になることがあるとか。

 骨腫は骨性です。骨腫は主に頭蓋骨、下顎骨、上顎骨に生じるとあり、手足の骨に見られる場合は骨髄骨腫として見つかり、外側から腫瘤に触れることはないそうで、外側の表面に骨腫(傍骨性骨腫)ができることはまれとあります。

 報告書が作成された日付は9月8日となっていました。わたしの退院が6日で、脳外の先生から頭の腫瘤の生検の結果が出たとお電話があったのが10日でした。報告書が書かれた時点では、コブ1号(わたしの命名)は骨軟骨腫が最も疑われていたのでしょう。

 Y先生は、わたしの頭の傷痕を見て、「これは……局所麻酔ではきつかったねえ」とおっしゃいました。わたしもそう思います。削るはずが、手術の途中で抉ることになったのですから、仕方がありません。

 頭に残った2個の瘤も先生は確認しようとなさいましたが、わたしは、その2個はベビーなので、まだ小さいといいました。両膝の3個の腫瘤も確認したあとで、先生は溜息をつくように、「悩みが多いね……」とおっしゃいました。

 ホント。昨日娘と大型商業施設に映画を観に出かけたのはいいけれど、歩き回るうちに、両膝がバカになり、左股関節までおかしくなりました。平坦なところであれば、脚を引き摺らずに長い時間歩けますが、階段は5段上り下りするのも苦痛です。

 ただ、心臓のほうは、シグマートが追加になってから、ほとんど発作が起きなくなりました。入院中に軽い圧迫感は何度かありましたが、ニトロ舌下錠を使うほどのものではなく、看護師さんにもいいませんでした。退院後も、ある夜、小さな胸痛が3回連続して起きましたが、これも舌下錠は必要ありませんでした。

 インデラル、ヘルベッサー、アイトロール、シグマートは協力し合って堅固な守りを形成してくれています。これらが、いつものように35日分出ました。

「落ち着いたら、また小説を書いてください」と先生が励ましてくださいました。

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2008年9月15日 (月)

11日に脳神経外科受診

 11日に脳神経外科を受診した帰り、携帯から記事を投稿しました(この記事)。

 あとでまた書くといっておきながら、今頃になって書こうとしています。実は、忘れていたわけではなかったのですが、何となく考えるのも億劫で、退院したばかりのハイな気分(?)に浸っていたかったために、あまり書く気がしなかったのでした。

 生検のために手術した頭の傷痕は、綺麗だということでした。そして先生との話題は、その生検の結果へ。

 摘出した腫瘤は骨腫という良性の骨腫瘍で、そのこと自体は喜ばしいことでしたが、問題は頭にもう2個、両膝に3個あるということです。

 レントゲンを撮ったのは脳神経外科で頭、整形外科で両膝、股関節、両手だけですので、もっと他にもあるかもしれません。股関節と両手はCTは撮っていず、レントゲンだけですから、先生にはおわかりだったでしょうけれど、素人目には腫瘤があるのかないのか、わかりませんでした。

「皆で話していたんだけど、病理の先生が家族性の○○○○○症候群のお話をなさってね……」と先生はおっしゃって、ネット検索で出てきたアメリカの論文を読みながら、わたしにもわかるように訳してくださいました。

 日本のサイトにも若干は出ているものがあるようですが、世界的に少ない症例であることは間違いないところでしょう。

 その症候群の名称を伏せているのは、うっかり書いてしまって、それが検索ロボットに拾われて、こともあろうにわたしの愚にもつかないブログが先生の目にとまってしまうのを避けるためです。

 それに先生は参考までにとおっしゃいましたし、その症状とわたしの症状は結びつかないような気がするのですね。ただ――今後これ以上増えるかどうかは神のみぞ知るですが――、頭に骨腫が沢山できるというケースはこれくらいしかないようなのです。

 その症候群は大腸に沢山ポリープができやすく、しかもそれが高率で癌化しやすいため、わたしも念のために大腸ファイバーと、それにその症候群は目にも異常を来たしやすいため目の検査も受けてはどうだろうか――と病理の先生はおっしゃったという脳神経外科の先生のお話でした。

 大腸の検査は5年ほど前に受けたことがあり、そのときはポリープ一つありませんでした。でも、その頃は頭に小さな瘤こそあったものの、あちこちに骨腫があるということはなかったと思います。単に気づかなかっただけなのかもしれませんが。

 入院中に副甲状腺で見つかった、腫瘍らしきもののこともあります。また別の病院で肝臓に沢山あるといわれた嚢胞や経過観察中に小さくなった卵巣の嚢胞のことなどを考え合わせると、ここ数年でわたしの体にはできものが出来やすくなったとはいえるでしょう。

 念のために大腸を診て貰うのもいいかもしれません。あの検査、わたしには全く憂鬱なのですが。目も、大事ですからね。念を入れるのもいいな、と思います。

 次回――来月の30日――に内科を受診した際、先生とお話ししてみるように……ということでした。脳神経外科も同じ日に受診するように、とのことでした。

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2008年9月10日 (水)

生検の結果~やはり良性の骨腫瘍

 午後2時頃、脳神経外科の先生からお電話があり、入院中に摘出したコブ1号(というのはわたしの命名)の生検の結果が帰ってきたというお話でした。

 先生がおっしゃるには、思った通り、骨腫という良性の骨腫瘍だったそうです。

 これで、コブ1号は少なくとも、副甲状腺とは無関係であることがはっきりしたわけですね。それなのに、副甲状腺にも腫瘍らしきものがあるなんて。コブ騒動がなければ、この副甲状腺の腫瘤が見つかることはなかったでしょう。

 コブ1号だけしかわたしの体に存在しなかったのであれば、めでたい話で終わったところですが、これも生検に出す前から予測されたように、話は振り出しに戻ったともいえます。

 まあ本当のところは生検に出さなければ正体がわからないとはいえ、コブ1号の正体がわかったことで、他のものも良性の腫瘍である可能性がより濃くなったといえそうですから、慌てることはなさそうです。

 明日の午前中に、脳神経外科を受診することになりました。

 同じ日に整形外科も予約して受診するように、とのことだったので、整形外科外来に電話しました。

「K何先生ですか? お二人いらっしゃいますが」と、電話に出た看護師さんにいわれ、慌てました。K先生は、いつからお二人になられたのでしょう? とっさには、下のお名前が出て来ません。

「男の先生ですか、女の先生ですか?」と看護師さん。
「男の先生です」とわたし。
「では、部長のK先生のほうですね」と看護師さん。
「K先生がお二人いらっしゃるとは、知りませんでした」とわたし。
「ええ、今は女の先生もいらして、K先生がお二人になられたんですよ」と看護師さん。
 何だか、K先生が細胞分裂でもしたようないいかたですね。 

 その部長のK先生は11月まで予約がいっぱいで、1人入る余地もないとか。入院中に外来で診ていただいたとき、受付に電話がかかってきていて、同じようなことをいわれていましたっけ。他の病院なら紹介できるといわれていたその人がどうしたかまでは、知りません。

 先生の外来日であれば、いつでも受診できそうな脳神経外科と比べ、整形外科は大忙しのようです。頭の腫瘤が良性とわかったので、受診はすぐではなくてもいいような気がしますが、一応先生には脳神経外科と同じ日に――といわれたと、電話の看護師さんにお話ししました。

「それでは、先生にそのようにお伝えしておきますから、明日の受診になるかどうかはわかりませんが、脳神経外科を受診なさったときに――お隣ですから――受付にいらしてください」といわれました。

 入院中、8日にオープンになるレストランのことが話題になっていました。広さからして、レストランというより、軽食喫茶という感じでしたが、ちょっとのぞいてみようと思います。  

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カフェラテ

カフェラテ
「退院したら、デパ地下のカフェへ行こうね」というのが、娘との合い言葉でした。
昨日、それを果たして、満足でした。
娘は、仕事から帰ってきたときに「わあ、ママがいた。よかった!」などと、いいます。
わたしが帰ってきたのは夢で、本当は病院にいるのではないか、という不安に駆られるのだとか。
大した入院でもなかったのにオーバーだな、と思いますが、久しぶりにシャバで飲むコーヒーは新鮮に感じました。
とはいえ、娘とは逆にわたしには早くも、病院での出来事が夢であったかのように現実味がありません。二つの世界が違いすぎるからでしょう。
尤も、デパートから帰る途中、左股関節が痛み、帰宅後には左膝が痛んで湿布をベタッと貼る段になると、とたんに暗い気持ちになり、出てきたばかりの病院の建物の記憶がホラー映像のように迫ってきたりします。
もはやわたしにとっても娘にとっても病院というところは、不具合を改善してくれるところというよりは、楽しくない生々しい現実を突きつけられるところとしてインプットされてしまったようです。

昨日、病院からの請求書と生命保険会社からの書類が届きました。
わたしは妻型での加入なので(入院するなら今のうち)、夫の6割しか出ず、手術も生検術だったので、この分に関しては期待できませんが、入院に関しては1日目からまるまる出ます。病院からの請求も高くはなかったので、旅行に出かけたよりは安くついた、といったところでしょうか。
ふた月に跨ったところが、もったいなかったかな。跨っていなかったら、トントンだったのに。
それは入院が設定される際に気づいていたことでしたが、パソコン画面のびっしり詰まったスケジュール表を先生と一緒に覗いたりしたあとでは、月初めからの予約にしてください、などとはいえたものではありませんでした。

今回の入院に関しては、複雑な感情を 誘われましたが、娘の家事能力を確認できたという点ではよかったと思っています。
将来の不安の一つが消えました。

さて、今週末から来週初めには、人騒がせな種瘤の生検の結果が帰ってくるでしょう。
骨からできているとわかるだけ、という問題解明にはつながらない結果を先生方は一番に予測なさっています……。

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2008年9月 7日 (日)

退院③「退院診療計画書」「予約票」

 退院した昨日は、入院時に持っていった荷物の片づけに追われました。今日から夕飯を作りたいと思っています。わたしも家族も好きなハンバーグを作る予定。

 冷蔵庫が空っぽに近いので、娘に買い物を頼みました。それからの夕飯作りなので、遅い夕飯になりそうですが、久しぶりの夕飯作り、何だかどきどきします。

 手術中は別として、入院中、喘息の発作がほとんど出なくなり、心臓の調子もよかったので、その理由を考えてみました。

 第一番に挙げられるのは、規則正しい生活=きちんとした食事=決まった時間の服薬ではないかと思うのですね。

 規則正しい生活、きちんとした食事は退院後の今、早くもいくらか乱れていますが、服薬だけでも決まった時間に行いたいと思っています。

 適切な室温・空気管理、安静なども大きいと思いますが、シャバに出た以上、これらを入院時のレベルに保つのは難しいでしょうね。要は、これまでのようにざっくばらんな生活ではなく、もう少し注意深い生活を送ることでしょう。

 9月5日付で内科の主治医から出された「退院診療計画書」から、主なものを記録しておきます。

退院後の計画|定期的に外来で検査を受けてください。次回の内科の外来予約日は、10月30日です
退院後の療養上の注意点|運動はきつくない程度にしましょう
その他|傷の痛みや関節の痛みが増強しましたら、早めに受診して下さい

 「予約票」は、次のようになっています。

2008年10月20日|10:30~11:00|CT検査|放射線科へお越しください
2008年10月27日11:00~12:00|Dr.K|整形外科受付へお越しください
2008年10月30日|                   |検体検査|内科|中央処置室へ予約票を出してください。診察前に検査があります
2008年10月30日12:00~13:00|Dr.U|内科受付へお越しください
2008年11月17日13:00~14:00|Dr.K|整形外科受付へお越しください

 予約票の記載は来月以降のものになっていますが、今月は脳神経外科へ、頭の腫瘤の生検の結果を聴きに行かなければなりません。いつ結果が出るかわからないため、事前に電話するようにとのことでしたが、16日頃にでも、電話してみようと思います。

 そして、脳神経外科へ行く日に、整形外科も受診するようにとのことでしたので、忘れないように、そちらの予約もとるようにしなければなりません。

 今月は循環器科クリニックの受診もあり、入院中のことはご報告することになっています。何にしても、コブの件が落ち着かないと、気忙しいです。

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2008年9月 6日 (土)

退院②

退院②

 午前10時頃に退院して自宅からですが、携帯からの更新です。

 土曜日の退院なので、スタッフが少なく、あまり挨拶できないだろうと思い、前日から出会う看護師さんに片っ端からお世話になったお礼を言っていたのですが、それで正解でした。
 問題を残しての退院なので、どの看護師さんも「気をつけてね」とか「お大事に」とかおっしゃいました。
 ドクターには、内科、脳神経外科、整形外科の外来でまたお目にかかることになります。

 ずっと一緒に助け合って楽しく過ごした69歳の女性Kさんは、わたしが「さようならを言いたくないから、Kさんがお風呂に入っている間に帰るかもしれない」などと言ったばかりに、髪も洗わずに驚く速さで入浴を済ませ、廊下で看護師さんに「まあKさん、随分早くあがったのね」などと言われていました。
 そして、いいと言うのに荷物を持ってくれたりしてタクシー乗り場まで見送ってくれました。
涙ぐんでいたので、わたしも泣きそうになりました。
 彼女は頻繁にではありませんが、入退院を繰り返しています。わたしもまた入院する可能性はありますけれど、そのときは内科ではなく、脳神経外科か整形外科で階が違うでしょう。
 親分肌で義理堅く社交的な女性ですが、反面寂しがりやで可愛らしい人です。獅子座だそうで、どことなくファミリー的感触を受けたのは母も獅子座だったからかもしれません。
連絡先を教え合い、そのうちデパ地下のカフェで落ち合ってコーヒーを飲みましょう、と約束しました。

 マンションの玄関で出くわした管理人さんにしばらく留守にしていたことを話し、わが家へ。
 病院では6人部屋のベッドが減って4人部屋になり、さらにはそこを最後の頃は2人で使っていたわけですから、だだっ広い感じでした。
 自宅に入り、うちって、こんなに狭くてごちゃごちゃしていたかしら、と驚きました。
でも家族は奮闘してくれたようで、流しもトイレも綺麗、掃除機がかけてあり、ゴミも処理されていました。

 わたしは室内物干しの洗濯物をベランダに出してとり込み、畳んで、持ち帰った汚れ物を洗っただけですが、疲れました。

 写真は娘のプレゼント、スティッチ。ティッシュ入れです。

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退院①

退院①
新しい病棟の廊下から、日の出が拝めます。
同室の糖尿病の女性と、お日様を見ました。
少し雲がありましたが、よく見えました。写真は、よく撮れませんでしたけれど。

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2008年9月 5日 (金)

入院25日目②

16:40 泌尿器科受診
副甲状腺の裏側かリンパ辺りに、何か腫瘤があることは確かだそうです。サイズは小さなものだそうですが、副甲状腺にできる腫瘍はそんなものだとか。
副甲状腺ホルモン値は2回同じ検査法でいずれも高く、次いで別の検査法では正常でした。後の検査法の方が信憑性が高く、また骨シンチでも異常な副甲状腺ホルモンの分泌を思わせるような結果は出ませんでした。
よって骨の腫瘤とは無関係と思われ、腫瘤を摘出しても何も変わらない可能性のほうが高いので、手術はしないほうがよいとのことでした。
今後、この腫瘤が大きくなるかどうかはわからないそうです。

退院に当たって出された「退院診療計画書」「予約票」のことも記録しておきたいのですが、どうやら今夜は時間切れ、消灯の時間です。
続きは自宅のパソコンからになるでしょう。
おやすみなさい。

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