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2019年1月13日 (日)

在野の歴史学者・森銑三の身が引き締まるような論考。歴史小説執筆の参考になる河津武俊著『肥後細川藩幕末秘聞』。

図書館から以下の本を借りた。

歴史小説執筆の参考にするため
辻邦生全集〈3巻〉天草の雅歌・嵯峨野明月記

辻 邦生 (著)
出版社: 新潮社 (2004/08)


堀田善衛全集10  美しきもの見し人は・方丈記私記・定家明月記私抄
堀田 善衛 (著)
出版社: 筑摩書房 (1994/02)


肥後細川藩幕末秘聞
河津 武俊 (著)
出版社: 講談社 (1993/12)


出星前夜
飯嶋 和一 (著)
出版社: 小学館 (2008/8/1)


資料として
伊万里市史 陶磁器編古唐津・鍋島
伊万里市史編さん委員会 (編集)
出版社: 伊万里市 (2006.3)


森銑三著作集 第9巻
森 銑三 (著)
出版社: 中央公論社 (1971/5)


興味から
シモーヌ・ヴェーユ著作集 3 重力と恩寵,救われたヴェネチア
シモーヌ・ヴェーユ (著), 渡辺 一民 (翻訳), 渡辺 義愛 (翻訳)
出版社: 春秋社; 新装版 (1998/10)

文芸同人誌「日田文學」でお世話になった河津さんが確か歴史小説もお書きになっていたはずだと思い、検索すると果たしてあった。講談社から1993年に上梓された『肥後細川藩幕末秘聞』という本だ。

この本は弦書房から2017年に新装改訂版が文庫本で出ているので、宣伝しておこう。

河津さんとお話しして、互いの作風が似ていることを確認したことがある。河津さんの文章の美しさ、取材力、情報の集約力には遠く及ばないながら、長所も欠点もよく似ているのである。

書き慣れない歴史小説の執筆に悶々とする中でふと、河津さんはどうお書きになったのだろう、河津さんと同じ手法でならわたしにも書けるかもしれないと思ったのだった。どの世界でも、持つべきものはよき先輩である。

『肥後細川藩幕末秘聞』は、第一部で歴史の闇をルポルタージュ形式で追い、第二部がそれをもとにした歴史小説となっている。黒船が来航した年の嘉永6年(1853)、阿蘇の山ぶところに抱かれた平和な村が忽然とこの世から消えたという。

取材の過程を報告しつつ小説を紡いでいく形式が自分には合っている気がして、門玲子『わが真葛物語―江戸の女流思索者探訪』(藤原書店、2006)、『江馬細香 化政期の女流詩人』(藤原書店、2010)を研究したりしていたのだが、河津さんの歴史ルポ&歴史小説を読み、大いに参考になった。

『肥後細川藩幕末秘聞』は、ミステリータッチで描かれていて、面白く読み進めることができるが、伝承の解明には至らないまま終わっているため、それをもとにした第二部が盛り上がりに欠けるのが惜しい。

幕末から明治初期にかけて起きた最後のキリシタン大迫害「浦上四番崩れ」は有名だが、この肥後小国臼内切での事件が小説通りに起きたとすれば、あまりに暴発的で手続きに欠けているため、なかったことにするしかなかったということだろうか。

歴史物ではないが、同じ手法を用いたものとしては、殺人事件を追った河津さんの小説『森厳』のほうが成功しているとわたしは思う。過去記事で感想を書いている。

2013年10月 5日 (土)
男のロマンゆえに形式を踏み外した(?)2編――河津武俊 (著) 『森厳』、谷山稜『最後の夏山』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/10/2-77d2.html

辻邦生の『天草の雅歌』は、高校時代の恩師が年賀状の中で歴史小説執筆の参考として挙げてくださった著作。

森銑三『森銑三著作集 第9巻』 (中央公論社、1971)は、了然尼に関する情報を求めて辿り着いた著作だったが、すばらしい内容だったので、アマゾンとブクログにレビューを書いた。

読みながら身が引き締まるほどの本格的な論考

美貌のあまり入門を断られたため、自らの顔を焼いて入門の許可を得たということで有名な黄檗宗の尼僧、了然尼(1646-1711)に関する情報を求めて森銑三の論考に辿り着いた。
精密な調査に驚き、著者銑三に対する興味も湧いた。ここまで本格的な歴史上の人物に関する論考は、これまでに読んだことがなかった気がする。読みながら、身が引き締まる思いがしたほどだ。
ウィキペディアによると、森銑三(もり せんぞう、1895年(明治28年)9月11日 - 1985年(昭和60年)3月7日)は、昭和期日本の在野の歴史学者、書誌学者で、著作は『著作集』(全13巻)『著作集 続編』(全17巻)にまとめられ、その著述は、江戸・明治期の風俗研究、人物研究を行う上での基点となっているそうだ。
本巻には、「宮本武蔵の生涯」を冒頭に、前掲論考を含む14の論考が収められている。

論考自体が旧字混じりである上に、一次資料からの引用が豊富であるため、漢文、候文ありとなると、わたしのようなド素人が読むには覚悟がいる。

ウィキペディア(「森銑三」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年10月2日 07:53 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)には、次のようなことも書かれている。

高等教育を経験しなかったにもかかわらず、図書館臨時職員、代用教員、雑誌社勤務など様々な職につきながら、独学で文学・国史の研究にいそしみ、図書館・資料館等に保管された資料の発掘と、それらを元に人物伝や典籍について精密に記した膨大な量の執筆活動を通じ、近世日本の文化・文芸関係の人物研究の分野で多大な業績を残した。

在野の研究家であっても、これほどの業績が残せるのだ! 凄い、本当に凄い。これ以上言葉が出ない。

シモーヌ・ヴェーユ『シモーヌ・ヴェーユ著作集 3 重力と恩寵,救われたヴェネチア』のレビューもアマゾンとブクログに書いた。

哲学者ヴェーユの戯曲が収められていて、貴重

重力と恩寵は、シモーヌ・ヴェイユ(田辺保訳)『重力と恩寵 シモーヌ・ヴェイユ「ノート」抄』(講談社文庫 - 講談社、1974)で40年ほど前に初めて読み、稀にしか出合えない高純度の思索に触れた思いがした。それ以来、何度も読み返している。ヴェーユの著作は、一生の宝物となるような性質のものなのだ。
本書には渡辺義愛訳「重力と恩寵」が収められているが、それ以外にヴェーユの珍しい戯曲が収められていて貴重である。この戯曲は未定稿で、完成されていない部分がひじょうに多いという。本書にはヴェーユのメモが頭を下げて各ページの下の部分に印刷されており、読むと新鮮な印象を受ける。
ヴェーユには、母親に溺愛されたヴェーユ、哲学者ヴェーユ、教師ヴェーユ、政治活動家ヴェーユ、神秘主義者ヴェーユとはまた別の顔――作家ヴェーユの顔――もあったのだ。

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