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2018年12月の12件の記事

2018年12月26日 (水)

無料キャンペーンは終了しました。ダウンロードしていただいた皆様、ありがとうございます!

無料キャンベーンは終了しました。

17冊ダウンロードしていただきました、ありがとうございます!

2年ぶりの無料キャンペーンでした。何回も行って過去にかなりダウンロードしていただき、また以前ほど電子書籍が珍しいものとはなくなって無料サービスも増えているという状況下、サンタさんになるのは難しいかもしれないと思っていましたが、お陰様でなることができました……!

今後、無料キャンペーンを実施するかどうかは未定です。

クリスマス・イブに予約していた生クリームのホールケーキを見て、あまりの小ささにびっくり。これではショートケーキに毛が生えた程度で、来年は手作りしようかと思ったほどでした。

ときどき購入していた海苔の佃煮が値段はそのままに、量が半分くらいになっていたのに、びっくりしたばかりでした。デパ地下で量り売りしているちりめんじゃこもオマケのひと枡がなくなったし。

うーん、値段が上がったり、量が減ったりすることは珍しくありませんが、これほどの違いというのは……日本の食料事情はどうなっているのでしょうか。何だか怖くなってしまいます。

原因を知るために、時間ができたときに日本が置かれた状況をあらゆる角度から分析してくれている、行きつけのいくつかの保守系動画サイトに行ってみたいと考えています。最近なかなか時間がとれなくて、御無沙汰していました。

おすすめの保守系動画。

日本文化チャンネル桜
https://freshlive.tv/channelsakura

DHCテレビ
https://dhctv.jp/

林原チャンネル
https://www.hayashibara-ch.jp/

チャンネルくらら
http://www.chclara.com/

ところで、年賀状はお済みですか?  わたしは予定していた年賀状は昨日までに何とか投函し終えました。

Noixの手帖
https://blogs.yahoo.co.jp/du3lait

おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2019
https://blogs.yahoo.co.jp/du3lait/35951854.htm

※ポストの取集時刻を知るには、以下のサイトが便利です。

  ポストマップ|ポストをひたすらマッピング
 https://www.postmap.org/

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2018年12月23日 (日)

Kindle本「X'mas 無料キャンペーン」の予告(終了しました)

2 年ぶりに、アマゾンのKindleストアで販売中の電子書籍のうち 5 冊を対象とした、「X'mas 無料キャンペーン」を実施します。(終了しました)

ちょっと神秘的な物語がお好きなあなたに、架空のささやかな世界をお贈りします。

……といっても、対象商品は過去にかなりダウンロードしていただいているので、当ブログの常連のかたにとっては「また?」という感じかもしれませんが、新しい訪問者がいらっしゃるかもしれないので、お見逃しくださいね。

無料キャンペーン期間は、日本時間12月24日17:00~12月26日16:59 す。 

  ※中途半端な時間帯なのは、太平洋標準時で設定するためです。

時間はずれることがありますので、無料になっているかどうかご確認の上、ダウンロードしてください。無料キャンペーン時以外は有料ですので、お間違えのないようお願いいたします。

対象商品

  • 田中さんちにやってきたペガサス
  • 不思議な接着剤 1 : 冒険前夜
  • すみれ色の帽子
  • 昼下がりのカタルシス
  • 直塚万季 幻想短編集(1)

作品の内容については、以下の著者ページをご覧ください。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BERQ7P0

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2018年12月19日 (水)

歴史短編1のために #50 萬子媛の父の仕事と妹の生活を、松薗斉『日記に魅入られた人々』から想像する

公家は、官位(官職と位階)によってランク付けされた。五位以上の位階を与えられると――従五位下になると――貴族と呼ばれた。叙爵とは、貴族として下限の位階であった従五位下に叙位されることをいった。

参議以上および三位以上の者を公卿と呼んだ(位階は四位であっても参議に就任すると、公卿である)。

花山院家の家業は「四箇の大事(節会・官奏・叙位・除目)・笙・筆道。一条家の家礼」とウィキペディア「花山院家」(「花山院家」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。2018年8月6日 04:57 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org)とある。

萬子媛の父・花山院定好の仕事内容を想像できる記述が、松薗斉『日記で読む日本史 日記に魅入られた人々 王朝貴族と中世公家』(臨川書店、2017)にある。

前掲書では、院政期から戦国時代までの貴族・公家の日記が解説と共に紹介されているのだが、江戸時代になっても公家の勤務形態や日常の習慣は引き継がれていたようだから、参考になる。

除目[じもく]という政務は、公卿の筆頭である左大臣が担当したという。定好は寛文元年(1661)から寛文3年(1663)まで左大臣職にあった。

『日記で読む日本史 日記に魅入られた人々 王朝貴族と中世公家』から、除目について書かれた部分を引用する。

<ここから引用>
公卿になると、特にまだ見習い扱いの参議から昇進して権中納言以上になると、年中・臨時の行事や諸政務において指揮者ともいうべきこの上卿[しょうけい]という役がまわってくる。儀式・政務には規模の大小、また重要度でも軽重があるが、正月の節会や天皇一代に一度しか行われない即位などは規模が大きく(これらの上卿は内弁と呼ばれる)、またトラブルが生じるとその天皇の治世についてまでまことしやかに言われてしまうので責任が重い。そして個人的に負担が大きいのは、
(略)除目(特に春のそれ)・叙位の執筆[しゅひつ]という、朝廷の人事異動を決定する政務で、その新任者や位階の上がったものを大間書[おおまがき]や叙位簿[じょいぼ]とよばれる書類にリストに書き込んでいく役であろう。天皇・関白の前で行われなければならず、除目の場合、三日間にわたって行われ、作法も煩瑣、かつ書き誤りも許されず、旧の暦とはいえ正月の寒い夜、なかなか負担が重かった。ただし、これらの重要な役は公卿全員に課せられるということはなく、大臣、特にその筆頭である左大臣がまず担当する(そのため左大臣は一の上卿とか一上[いちのかみ]と呼ばれる)。当然、左大臣は公事の様々な次第・作法、そして先例に通暁した練達の人物でなければ務まらない。そのような人物が上卿や除目の執筆を務める際には、公事に熱心な貴族たち(当然ライバルもいる)がその儀式に参加しなくても見物に押しかけることになる。
<ここまで引用>(松薗,2017,pp.32-33)

同書第五章「やさしい宮様(中世の夫婦善哉日記 ――貞成親王『看聞日記』)」に、貞成親王の日記『看聞日記』からの抄訳がある。いや、『看聞日記』がウィキペディアの解説にあるようなものだとすると、これは他界した妻が夫の日記を紹介するというスタイルをとった貞成親王『看聞日記』の意訳というべきか。

<ここから引用>
『看聞日記』(かんもんにっき)は、伏見宮貞成親王(後崇光院、1372年 - 1456年)の日記。日記41巻と御幸記1巻、別記1巻、目録1巻から構成され、全44巻から成る。一部は散逸しているが、応永23年(1416年)より文安5年(1448年)まで33年間に渡る部分が現存する。『看聞日記』は宮内庁書陵部所蔵の貞成親王自筆の原本の題名で、一般には『看聞御記』(かんもんぎょき)とも呼ばれる。

貞成親王は伏見宮3代で、後花園天皇の実父にあたる人物である。将軍足利義教時代の幕政や世相、貞成親王の身辺などについて記されており、政治史だけでなく文化史においても注目される。
<ここまで引用>「看聞日記」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 2018年7月13日 13:24 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

その中に、阿五々と呼んで育てていた姫宮のことが記されている。

この姫宮が入江殿三時知恩寺に尼として入ることになり、そのときの様子やこの姫宮が一人前の尼となって今御所と呼ばれるようになってからのことなど書かれていて、興味深い。

<ここから引用>
三時知恩寺(さんじちおんじ)は、京都市上京区上立売町にある浄土宗の寺院(尼寺)。門跡寺院。本尊は阿弥陀如来。
応永年間(1394年 - 1428年)北朝4代後光厳天皇の皇女見子内親王が北朝3代崇光天皇の御所で一条西洞院にあった入江殿を寺に改めたのに始まる。
(略)
後柏原天皇の代に三時知恩寺と称されるようになったが、これは宮中における六時勤行(1日6回の勤行)のうち昼間の3回をこの寺で行うようになったことによるとされる。正親町天皇の代に現在地へ移転した。

<ここまで引用>「三時知恩寺」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』。 2018年4月5日 12:03 UTC、URL: https://ja.wikipedia.org

なぜ興味が湧くかというと、萬子媛の妹が臨済宗単立の尼門跡寺院で、「薄雲御所」とも呼ばれる総持院(現在、慈受院)へ入ったからで、小大名に嫁いだ萬子媛だったが、そのような人生を歩んだとしても不思議ではなかったからだ。

慈受院と総持院は室町幕府4代将軍・足利義持の正室であった日野栄子を開基として同時期に創建され、明治6年、総持院と慈受院は合併し(慈受院は江戸期に曇華院宮の管掌となっていた)、大正8年から寺名を慈受院としたそうだ。

慈受院の複雑な歴史について、サイト「黒駒 寺社参拝記」に詳しいので、引用させていただく。

<ここから引用>
慈受院寺史

現在の慈受院は元々、慈受院と総持院という別々の門跡寺院が明治になって
合併したお寺であり、両寺の開基は足利四代将軍義持の正室慈受院竹庭瑞賢尼(藤原栄子)である。義持の菩提を弔うために応永34年(1427)に創建された。
慈受院・総持院はともに内親王・宮家子女・将軍家子女・近衛家子女などが代々の住持を務めていたが、慈受院は江戸期に入り曇華院宮の管掌となる。
総持院は近衛家と花山家から交互して子女が住持となり、宝暦年間(18世紀中期)には比丘尼御所(尼門跡)に列せられて薄雲御所号を勅許される。
明治6年に慈受院と総持院は合併して、大正8年からは寺名を慈受院とした。
江戸期の石高は総持院が74石、慈受院は98石。臨済宗 本尊釈迦牟尼如来。

<ここまで引用>
薄雲御所 慈受院門跡「黒駒 寺社参拝記」<https://blog.goo.ne.jp/ebosi624/e/cdc7edeff9fcf78ddbf74ac01e5e3054>(2018年12月20日アクセス)

尼門跡寺院での生活を、花山院慈薫 (バーバラ・ルーシュ編)『あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公』(淡交社、2009)から想像したりしていたのだが、『日記で読む日本史 日記に魅入られた人々 王朝貴族と中世公家』中の『看聞日記』には、幼い姫宮のホームシックの様子や若くして門跡の代わりを務める重圧のことなど書かれていて、生々しい。

<ここから引用>
入室の儀は門跡様の肝いりで、寺中の尼たちも総出でお迎えくださり、たいそう華やかに執り行われたのですが、何分まだ幼いので、家を恋しがってずっと泣いていたそうでございます。<ここまで引用>(松薗,2017,p.129)

一人前となった今御所は将軍様や上様にも可愛いがられるようになって、18歳のときには将軍様の姫君をお弟子として預かり、領地を寺に寄進していただいた。宮家の長女として尼となっていった妹たちの面倒もよく見ていた。

しかし、高齢となり、病気がちとなった門跡の代わりを務めるにはまだ若すぎたようで、その重圧からか一種の精神錯乱を起こしたようなことが書かれている。

<ここから引用>
永享10月の9月、門跡様がご体調を崩されるとその重責に押しつぶされてしまいそうになったのでしょうか、11月末に実家に帰ってくると、すぐに体調を崩してしまい、突然大声で泣き出したり、乗り移った門跡の他の尼の生霊でしょうか、「今御所を長らく憎んできた」などとおかしなことを口走るようになって、ひどく錯乱してしまいました。宮家の者たちもびっくりしてどうしてよいのやら、門跡の方々にも随分心配をおかけしましたが、お頼みいただいた験者たちの祈祷のおかげで何とか回復し、その年の暮れにはお寺に帰りました。
<ここまで引用>(松薗,2017,p.130)

三年後、今御所は京で流行った疱瘡に罹患し、亡くなる。26歳だった。

以下の記事は前掲書『あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公』を読んだときにとったノートで、『『あやめ艸日記』は平成18年に96歳の天寿を全うされた大聖寺27代門跡・花山院慈薫の随筆集である。

2015年1月19日 (月)
歴史短編1のために #12 尼門跡寺院
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/12-293c.html

萬子媛は、花山院家の21代・花山院定好の娘だが、花山院慈薫は31代・花山院家正(1834年 - 1840年)の娘。
花山院家の37代・花山院弘匡(1962年 - )によると、尼門跡寺院大聖寺の門跡は24代まで内親王だったが、明治以降は華族出身の子女が尼門跡寺院の法統をお守りするようになり、伯母・花山院慈薫にもお話があったという。
お経、仏典、和漢の書、和歌、哲学などを学び、児童文学や少女雑誌なども読んで育ち、13歳で剃髪。
大聖寺の宗旨は臨済宗系の単立で、本尊は釈迦如来。
ちなみに、萬子媛は黄檗宗の尼僧となったが、開祖・隠元隆琦は中国臨済宗の僧で、黄檗宗は臨済宗系であり、明朝風様式を伝えているといわれている。
編者のバーバラ・ルーシュはコロンビア大学名誉教授で、13世紀に活躍した無外如大禅尼について研究するようになり、この禅尼が大聖寺門跡と関係あることがわかったことから、大聖寺にお参りしたいと思ったそうだ。
バーバラ・ルーシュ「思い出の花輪を捧ぐ」に書かれた以下の箇所は興味深い。

〈ここから引用〉
このような経験を積み重ねてゆくにつれ、尼門跡寺院という制度があることがわかってきました。この制度は、日本の真なる文化財の一つともいえますが、十九世紀の廃仏毀釈令によってほとんど破壊されてしまいました。尼門跡寺院というのは、何かを抑えつけるところではなく、逆に解き放つところといえる存在であり、もしこのような場が存在しなかったら、日本のきわめて高い文化的教養をもった女性たちが幾世紀にもわたって活躍できなかっただろうと思われます。皇室由来の寺院におられた尼僧様たちが、和歌の古典的な形態をみがき上げ、『源氏物語』に関する文化、さらに茶道、華道、香道、年中行事などの保存にお勤めになられたのでございます。

〈ここまで引用〉

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2018年12月18日 (火)

キラポチ、お休みさせていただいています

インターポット

マダムNさんの庭を見に行く

10月からキラポチお休みさせていただいています。毎日来てくださる方々もあって、申し訳ありません。

萬子媛をモデルとした歴史小説第二稿が軌道に乗らないと、再開は無理なのですが、庭のお手入れとお題のビンゴだけしていると、ビンゴ券があっという間に1,000枚超えてしまいました。

2,000枚超えた時点で、思いっきり使いたくなりました。これまでは200枚あったらいいほうで、0枚になることも珍しくなく、ランキングにチャレンジしないと、以前と比べて当りにくくなった状況下、ほしいアイテムをゲットできなくなっていました。

ほしくてたまらなかった「コイコイはやぶさ」をゲットするときは苦労しましたっけ。

2018年9月18日 (火)
「コイコイはやぶさ」をゲット(インターポット)。ある私的自覚。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/09/post-f149.html

ビンゴで狙ったアイテムをゲットするには時間がかかるので、ほしいアイテムがでてきたらと思っていました。ところが、昨日たまたま、お題をクリアするときに「コイコイ積み木ジェットコースター」が1個当ったのです。

それでもう1個チャレンジすることにし、ついでに凱旋門にもチャレンジ。もう1個「コイコイ積み木ジェットコースター」をゲットするのには我慢の子でチャレンジを続けるのみでした。5個とか7個とかが必要なアイテムを完成させていらっゃる方がありますが、凄いなあと思います。

そして、凱旋門ではなく、エッフェル塔のほうが当りましたが、飾ってみると、「コイコイエッフェル塔 Xmas」も綺麗で、満足です。この2つのチャレンジで600枚ほどがあっという間に消えました。時間もね。

年末は慌ただしくて嫌いです。年賀状をもう書き始めなくては。

皆様もお忙しいでしょうが、ご自愛くださいね。

インターポット

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2018年12月16日 (日)

「おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2019」をBlogger!ブログで公開中

「おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2019」をBloggerブログ「Nのめもちょう」で公開中です。

「https化」済みなので、おすすめ記事はそちらのほうがいいかと。ココログも5月以降https対応(選択式)のようなので、それ以降にこちらにもアップするかもしれません。

当初はYahoo!ブログ「Noixの手帖」へご案内していましたが、2019年12月15日をもってYahoo!ブログのサービスが終了になるので、Bloggerブログで新たに「Nのめもちょう」を立ち上げ、そちらへご案内することにしたのでした。

ただ、https化してしまうと、ガラケーでは表示されなくなることが多いんですよね。

また、https化されていたとしても、内容とは関係なく、怪しいサイトが沢山あるのも問題です。

https化によって、収益型のビジネスサイトばかりが前面に出てきて、良質の文化的なサイト(豊富な内容のサイトほどhttps化されていないものが多い)や、本音を吐露し、流行に左右されない記事を公開している個人ブログが検索にヒットしにくくなり、不満が高まります。と、愚痴になってしまいました。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

Nのめもちょう
https://n2019memo.blogspot.com/

  おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2019
https://n2019memo.blogspot.com/2019/03/2019.html

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神秘主義エッセーブログ「90」に加筆

目次 4 の文章に加筆したので、その部分を引用しておきます。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

90 映画「くるみ割り人形と秘密の王国」とホフマンの原作
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/12/15/005345

目次

  1. 映画「くるみ割り人形と秘密の王国」
  2. ホフマンの原作は、結構不気味ともいえるお話
  3. 原作のストーリー
  4. 神秘主義者の難しい立脚点と要求されるバランス感覚
  5. ホフマンの生涯

神秘主義者の難しい立脚点と要求されるバランス感覚

原作に登場するドロッセルマイアーおじさんの態度の曖昧さ――あちらの世界にこちらの世界の人間を連れ去るエージェントのようにすら見える――は、おそらくホフマンその人の曖昧さであって、どちらの世界も真なることを知っている神秘主義者の難しい立脚点を表わしていると見ることができる。

それを裏付けるようなホフマンの言葉が、ホフマン(大島かおり訳)『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』(光文社古典新訳文庫,2009)の解説で紹介されている。

自分はあまりにも多くの現実にからめとられている、と彼は言う。そして「髙い領域へ人を導く天国の梯子[はしご]はその脚を現実生活の中に据えていなければならない」*4(ホフマン,大島訳,2009,「解説」p.392)

そのためには、バランス感覚が要求されるだろう。

一口であちらの世界といっても、低級な世界から高級な世界まで――ぴんからきりまで――性質の異なる精妙な世界が存在するからである。

物質界に一番近い目に見えない世界をブラヴァツキーの神智学ではアストラル界、あるいはカーマ・ローカというが、スコラ哲学ではリンボ界、昔の言葉で黄泉の国ともいう。アストラル界は主観的空間の中にあり、五感を超えたものだが、それでも存在しているとブラヴァツキーは解説している。マリーが入り込んだ魅惑的で危険な世界はこのアストラル界を連想させる。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1995・改版)の用語解説「幻覚(Hallucination)」には注目すべき解説がある。省ける部分などないのだが、長いので、部分的に引用する。

幻覚(Hallucination)
(前略)様々な幻覚を起こすのはこのアストラル光の波動であるが、幻覚は医者が説明するように、いつもただ無意味で空想的な夢というわけではない。存在しないもの、つまりアストラル波動に印象づけられていないものは、誰も見ることができない。(中略)酔っぱらいも透視家も、霊媒もアデプトも、それぞれのヴィジョンをアストラル光の中で見ているのである。ただ、酔っぱらいや、狂人や、トレーニングを受けていない霊媒や脳脊髄炎の患者は、ヴィジョンをコントロールすることができないので、仕方なしにごちゃまぜのヴィジョンを無意識のうちに呼び起こしているが、一方、アデプトやトレーニングを経ている透視家は、このようなヴィジョンを選択し、コントロールして見ることができる。(後略)*5(ブラヴァツキー,田中訳,1995,「用語解説」pp.30-31 )

アストラル光とは何であるか、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)の用語解説「アストラル光(Astral light))より引用する。

アストラル光(Astral light)
物質の地球を取り巻くエネルギー場。(中略)二面の鏡のように、上の世界を反映すると同時に、物質界に起こることをすべて記憶する。一般の透視家が見るいわゆる「アカ―シック・レコード」は、アストラル光に記録されたものである。そうしたイメージは幻想的で人間の心を迷わせるようなもので、またアストラル光の波状運動は蛇の動きに似ているので、「大蛇」や「サタン」と呼ばれる。*6(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,「用語解説」p.3)

文学もそのなかに含まれる芸術と人間との関係をいえば、上質の芸術作品がもたらしてくれる美を通して高級界との絆を深める情操を育むことこそが大事で、刺激が強すぎる影響力からはマリーのような児童の場合、保護してやるべきではないだろうか。

神秘主義的観点から見れば、これはあくまでわたしの考えにすぎないが、ドロッセルマイアーおじさんは無責任というだけでなく、危険な人物ですらあると思う。ホフマンはなぜあのような結末にしたのだろう?

これを読んだ用心深い母親は、ドロッセルマイアーおじさんのような人物にはちょっと警戒心を働かせるようになるのではないだろうか。ただ、前述したように、やりすぎたと思ったからこそ、ドロッセルマイアーおじさんはマリーの「空想」を否定したに違いない。

このような問題を考えるとき、助けになるのは神秘主義で、それも近代的な言葉で明快に解説されたブラヴァツキーの著作ほど頼りになるものはない。

ホフマンの作品には美が溢れ、高い世界へのあこがれをそそるものがあるという点で貴重だと思うが、現代日本で出版されている子供向けの著作には有害と思えるようなものがずいぶんあるように思えて、危惧せざるをえない。

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2018年12月15日 (土)

家族で観た映画「くるみ割り人形と秘密の王国」、神秘主義エッセーブログの更新

一昨日、家族で映画「くるみ割り人形と秘密の王国」を観ました。映画のストーリー、雰囲気がホフマンの原作と全く違っていたので、あれ? と思い、E.T.A.ホフマン(上田真而子訳)『クルミわりとネズミの王さま』(岩波少年文庫 - 岩波書店、2000)など再読して、エッセーを一つ書きました。

「マダムNの神秘主義的エッセー」と「The Essays of Maki Naotsuka」のどちらのブログにアップするか迷いました。ホフマンには神秘主義者としての要素が強いので、神秘主義エッセーブログへ。

おすすめ年賀状テンプレートの記事が仕上がりかけていたので、先にそちらを済ませてしまいたかったのですが。年内に萬子媛ノートだけはこれもアップしてしまわないと、と思っています。

12月はあなた様も何かとお忙しいでしょうね。どうか、お体にお気をつけて。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

90 映画「くるみ割り人形と秘密の王国」とホフマンの原作
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2018/12/15/005345

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2018年12月11日 (火)

神秘主義エッセーブログの記事「34」に手を加えるに当たって、考えたこと

更新したKindle本の表紙。内容は以前と同じです。内容紹介に本文から引用していた文章は削除し、目次を加えました(この部分は現在審査中で、まだ表示に反映していません)。

Cover_makura_s

最近、ブログ記事によく手を入れているのね、とお思いでしょうが、過去記事で登録をご報告したGoogleサーチコンソールのお陰で、自分のブログが検索によってどんな風に見えているかがわかるので、つい手直ししたくなるのですね。萬子媛をモデルとした歴史小説の進行には妨げになりますけれど。

特に「マダムNの神秘主義的エッセー」はある意味で人の生死に関係する――いえ、それどころか死後にまで影響しかねないことを書いていると思えば、読んでくださるかたがどのような受け止めかたをなさろうと、内容的にも体裁的にも手抜きはできないと思っています。力の及ばないところは仕方がありません。

「マダムNの神秘主義的エッセー」は、いずれKindle本にしたいと思っています。ウィキペディアからの引用は、kindle本にするときはまずいですし、ウィキにはとんでもない解説があったりするので(あえて、そのようなとんでもない内容を考察したエッセーも前掲ブログには含まれます)、極力出典はチェックするようにしていますが、そうすると、読書が追いつきません。ですから、このKindle化はまだ先の話です。

「枕許からのレポート」は前掲ブログと当ブログにアップし、kindle本にもしている作品ですが、久しぶりに読み直したところ、引用の脚注に、どのページからの引用か書いていなかったことに気づき、そこを補い、ついでに目次もつけることにしました。シモーヌ・ヴェイユの著作は『神を待ちのぞむ』を『シモーヌ・ヴェーユ著作集Ⅱ ある文明の苦悶―後期評論集―』と取り違えていました。

短い作品であるにも拘わらず、引用したページを調べるだけで、何と、まる二日かかりました。35年も前の独身時代に書いた作品ですが、当時はよく本を購入していたので、幸い全部家にありました。今はよく図書館を利用するため、参照や引用のために同じ本を何度も借りなければならない不便さは致しかたありません。

現在は購入した本も、大事なところは付箋利用です。昔はよく線を引いたり書き込んだりしていたので、当然そうした箇所を見れば引用したページが判明すると高をくくっていました。ところが、線はあちこちにあるのに、なぜか引用したところには引いていなかったのです。

「枕許からのレポート」に引用したのは、次の著作からでした。

  • C・G・ユング(A・ヤッフェ編,河合隼雄・藤綱昭・出井淑子訳)『ユング自伝 ――思い出・夢・思想―― 2 』みすず書房,1963,pp.162-163
  • ヴィクトール・E・フランクル(霜山徳爾訳)『フランクル著作集1 夜と霧』みすず書房,1961,p.183
  • おおえまさのり訳編『チベットの死者の書〈バルド・ソドル〉』講談社,1974,p.49
  • :新改訳聖書刊行会訳『聖書 新改訳』日本聖書刊行会,1978・2版,「新訳聖書」(ヨハネ21・22)p.207
  • 責任編集 野田又夫『世界の名著 27 デカルト』中公バックス - 中央公論社,1978,「哲学の原理」(21)p.381
  • シモーヌ・ヴェイユ(田辺保・杉山毅訳)『神を待ちのぞむ』勁草書房,1967,「神への暗黙的な愛の種々相」p.228
  • クロード・トレモンタン(西村俊昭訳)『ヘブル思想の特質』創文社,1963,p.189

ユングの著作には若い頃は感激しましたが、わたしには今は足りないところが見えてしまいます。

「無意識」が唯物論者に対する妥協的工夫なのか、ユング自身唯物論者の要素が強かったのか、よくわからないところがあります――その両方だと思われます――が、死後の世界への言及、霊的観点からの考察のない神秘主義者の著作などというものはまず存在しません。

「無意識」にこれらを含めるような含めたくないような論考は乱暴といえるくらいに独自的すぎて、錬金術を含む神秘主義の研究者・応用者としての適性をいささか疑ってしまいます。

いずれにしても、晩年の思想の頂点が『ユング自伝 ――思い出・夢・思想―― 2 』で書かれた「死後の生命」のようなものだとすると、神秘主義に長く関わった人としては、変な人だという気にさせられるのです。これが知的誠実さということなのでしょうか。どこか、ウィリアム・ジェームズとの共通点を感じさせます。

ユングについて書きたいと思っていますが、時間がかかるので、これもすぐには無理ですね。

フランクルの『夜と霧』は昔も今も感銘を受け、全て再読しました。そしてちょうど、『夜と霧』を再読する直前にシオニストと正統派ユダヤ教徒(同化主義ユダヤ人を含む)の違い、シオニストについての情報をもたらしてくれそうな著作を漁っていたので、シオニストによるナチス下のドイツで同朋に対する裏切り行為、選別行為がどんなものだったかの裏付けとなる著作として、昔読んだエティ・ヒレスム(大社淑子訳)『エロスと神と収容所 エティの日記』(朝日選書298 - 朝日新聞社、1986)も再読しました。

この本は大学時代の後輩から貰った貴重な、美しい内容の本ですが、日記の執筆者エティの関わった組織「ユダヤ人評議会」というのが何であるのか、長年、わたしは疑問を抱いたままでした。

ユダヤ人評議会は訳者あとがきに「ユダヤ人を支配し、操り、最後には殺人収容所に送り込むためのナチの巧妙で狡猾な道具であった」とあるような、生易しい組織ではなく、むしろ逆にナチを操っていた恐るべき存在だと考えるほうが理にかなった見方です。

グローバリスト=シオニスト=共産主義者=リベラル(極左)=ネオコンなのですよ。ヴァイスハウプトによるイルミナティの方法論が浸透しています。以前は根も葉もない陰謀論とされていましたけれど、最近になって豊富に資料が発掘されたり、新たに書かれたりしています。

シオニストの計画通りに建国されたイスラエル国では今もなおシオニストと正統派ユダヤ教徒(同化主義ユダヤ人を含む)は対立し、その対立は激化しているようです。このことは世界中に影響があるため、無知でいるわけにはいきません。

以下の本は至急読んでしまいたいところですが、大著もあり、図書館にない本もあって、これも年越しかな。まだ読んだのは『ルーズベルトの開戦責任』だけ。

20世紀ドイツの光と影―歴史から見た経済と社会
斎藤 晢 (編集), 鎗田 英三 (編集), 八林 秀一 (編集)
出版社: 芦書房 (2005/09)

ファシズム時代のシオニズム (叢書・ウニベルシタス)
レニ ブレンナー (著), Lenni Brenner (原著), 芝 健介 (翻訳)

出版社: 法政大学出版局 (2001/07)

裏切られた自由 : フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症
ハーバート フーバー (著), ジョージ・H. ナッシュ (編集), Herbert Hoover  (原著), George H. Nash (原著), 渡辺 惣樹 (翻訳)
出版社: 草思社 (2017/7/13)

裏切られた自由 下: フーバー大統領が語る第二次世界大戦の隠された歴史とその後遺症 単行本 – 2017/11/9
ハーバート フーバー (編集), ジョージ・H. ナッシュ (編集), Herbert Hoover (原著), George H. Nash (原著), 渡辺 惣樹 (翻訳)
出版社: 草思社 (2017/11/9)

ルーズベルトの開戦責任 (草思社文庫)
ハミルトン フィッシュ (著), Hamilton Fish (原著), 渡辺 惣樹 (翻訳)
出版社: 草思社 (2017/4/4)

誰が第二次世界大戦を起こしたのか: フーバー大統領『裏切られた自由』を読み解く
渡辺 惣樹  (著)
出版社: 草思社 (2017/7/13)
※フーバー、フィッシュ著作の参考書として。

エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】
ハンナ・アーレント (著), 大久保 和郎 (翻訳)
出版社: みすず書房; 新版 (2017/8/24)

私のなかの「ユダヤ人」
ルティ ジョスコヴィッツ (著)
出版社: 現代企画室; 増補新版 (2007/8/1)

話を戻すと、引用を調べていると、読書傾向が変わったことがわかります。デカルトなどは、よく読んだものだ、あまり面白くもないのに……と思ってしまいました。

ところが当時は、理解できていたかどうかは別として、面白かったのです。

デカルトの作品を読むには、あまり教養が必要ありません。面倒がらずにじっくり読んでいけば、神秘主義者でない人物の作品は、毛嫌いさえしなければ、頭脳さえフルに使えばいいので、時間はかかっても読めるのです。数学は時間がかかるので苦手ですが、数学と同じです。

当時は、プラトンやプロティノスは別として、神秘主義者の著作はさっぱり読めませんでした。読むには、本当に教養と経験と高度な情操が必要なのです。自らが成長しながらでないと、読めないのが本物の神秘主義的著作です。ブラヴァツキーの著作はその中でも第一級品です。

冒頭に置いたKindle本の表紙は、慌てて作ったので、そのうち作り直したいです。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

34 枕許からのレポート
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/09/044335

目次

  1. はじめに
  2. 枕許からのレポート
    Ⅰ プロローグ
    Ⅱ ある友人に宛てて出した手紙の一部
    Ⅲ 思想形成の出発点となった体験を考察する 
    あとがき 

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

2007年9月30日 (日)
手記『枕許からのレポート』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

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2018年12月 8日 (土)

神秘主義エッセーブログの記事「3」に目次をつけ、加筆しました

最近アクセスの多かった神秘主義エッセーブログの記事「3」に目次をつけ、加筆しました。目次と加筆部分を以下に転写します。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

3 精神安定剤の思い出
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/08/25/123213

目次
  1. 神経症(心因性頻尿)と共に過ごした中・高校時代
  2. 悪癖を断つ
  3. 神経症になったきっかけ及び高校卒業以降
  4. 神経症になったハムスター
  5. つらかった時代に没頭した詩作
● 神経症になったきっかけ及び高校卒業以降

わたしが心因性頻尿になったきっかけは、中学1年時の授業中に挙手して許可を貰い、トイレに行ったことだった。それまではトイレはむしろ遠いほうで、学校にいる間中一度もトイレに行かなかった日もあるほどだった。

トイレに立ったことでからかわれたわけでも、極端に恥ずかしかったわけでもなかったのだが、休み時間にはトイレを済ませておくようになった。

そのうち行かなければ不安を覚えるようになり、それが次第にエスカレートしたのだと思うが、授業中や全校集会の間中ずっと今にも漏れそうな切迫感を覚えるようになったのだった。その症状が高校を卒業するまで続いた。

大学生になると、マンモス大学の法学部の授業は後ろのドアからも出入りできる大講義室で行われることが多く、オープンな雰囲気があったから、トイレのことがあまり気にならなくなった。

60歳になった現在では、緊張する場面とかトイレに行きにくい状況下では近くなりやすいとはいえ、まあ普通といっていいだろう。その代わりに――といっては変だが、腎臓に結石ができやすくなり、それが尿管に落ちてくると、結石の刺激によって、排出されるまで尿意に苦しめられることになる。尿意と縁のある人生に呆れている。

神経症になったハムスター

そういえば、神経症をつくり出す動物実験をテレビで視聴したことがあったが、我が家で飼ったハムスターで、そうなったのがいた。子供たちが小学生から高校生になるまでに飼った11匹のハムスターのうちの1匹が、明らかに神経症だったのだ。

ショコラと名づけた、しとやかなメスのシャンガリアンハムスターは、顔を洗い終えたと思ったらすぐに同じ所作の第二楽章を始め、次に第三楽章……という具合に、毛繕いばかりしていたものだった。

ショコラがなぜそうなったのかはわからない。他のハムスター同様、ストレスはあったに違いない。しかしながら、少なくともフロイト的解釈でよく持ち出されるところの性的トラウマからそうなったわけではないだろう。

毛繕いに忙しかったショコラはわたしに懐く暇もないくらいだったが、死ぬ間際に抱いて小さな手を握ってやると、綺麗なまなざしでわたしを見つめてくれた。寿命は普通だった。

● つらかった時代に没頭した詩作

神経症はつらい。拷問さながらだ。神経症にならなければ、わたしの場合、文学に今ほど深く関わることはなかっただろう。

つらかった当時、学研の高三コース「前登志夫の文芸ノート」の『詩』欄にせっせと投稿した。六席、四席、三席に選んでいただき、どれだけ励みになったことか。

六席になったのは『燕』。ぎこちない印象を与える詩ではあるが、動植物の生きざまが「師匠」のように感じられていた当時の心境がよく出ているので、前先生の選評と共に紹介しておきたい。

   

   
    空高きより出没し
    地低く沈み
    私の傍を
    一瞬のうちに
    よぎった
    ほんの少しで
    触れそうだった

    本を握りしめ
    それは雑踏の中
    おまえは
    抜け出して来たのか?
    詩人の愛情が強すぎて

    雨がやみ
    おまえが描くのは
    ゆるやかなカーブ
    私の憂鬱も
    飛び去った
    おまえの背に
    のっかって

    十字架となった
    おまえの体は
    つるぎ
    まばたきする間に
    風は
    真二つだ

    おまえの
    羽にかかれば
    かくも軽き
    私の悩みよ

   
《選評》

この詩もまた正確に対象をとらえ、内部と外部をきわどいところでひとつにした抜群の詩である。とりわけ、「十字架となったおまえの体はつるぎ」の一節は鮮やかである。(前登志夫)

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2018年12月 3日 (月)

掃除が楽しくなる、万能マイクロファイバークロス

早めにニトロを使ったのがよかったようで、体調が戻りました。すっかり元気になりました。外出すると、疲れて体調が崩れやすいので、その辺りが年末年始の課題です。

ところで、大掃除の時期が近づいてくると、アマゾンに出かけて注目してしまう布巾、雑巾。

前にこの話題を取り上げたのは4年前だったようです。このころはまだ、マイクロファイバークロスは珍しかったのかな。

2014年12月26日 (金)
掃除に便利です、山善のお徳用「マイクロファイバークロス500g」
http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/12/500g-2397.html

このクロスは使えました。昔ながらの綿の雑巾と併用して使いました。綿の雑巾を常備していないと落ち着きません。

記事にしたマイクロファイバークロスは使い捨てにするにはもったいない厚さ、大きさだったので、同じような使い心地のコンパクトなものがないだろうか――使い捨てできるような――と思い探して、以下のものを注文してみました。

マイクロファイバークロス【大容量50枚組 30×30cm】Lipropp 業務用 万能 ふきん 雑巾 キッチン 食器 テーブル 吸水 速乾 超極細繊維 掃除 洗車

コンパクトに箱に詰まっていて収納に場所をとらないのが、まず気に入りました。

このクロスはとりわけ柔らかく、案外大判で、薄手だけれど、生地はしっかりしています。掃除のときの悩みが、拭いたあとに繊維が残ることでしたが、それがほとんどないのが嬉しい限りです。

我が家にはガラスケースに入らない――入れるほどでもない――おまけについていたものも含めて小さな人形類が本棚に沢山並んでいます。この子たちを綺麗にしてあげるのが一仕事でした。いっそ捨ててしまおうかと思うほどでしたが、捨てるには可愛らしすぎて。

ほこりが綺麗にとれ、どの子もピカピカになりました。その近くに置いた置時計もピカピカに。そのままにドアに直行して、ドアにはまっているガラスを拭いたら、クリーナーなしで綺麗になり、満足感が高まりました。

夫の洗車にもいいと思い勧めると、「手触りでいいとわかるよ。使えるね、これは」と喜んでくれました。水槽の掃除にも、50枚も入っているので、惜しげなく使い捨てにできます。キッチンには勿論使えて、本当に便利。

ただ、使い捨てにするには惜しい強度なので、それほど汚れなかった場合は洗って使っています。

現在2,380円で出ていますが、わたしはタイムセールで購入して2,280円でした。風呂蓋が劣化したので(掃除しているつもりでも、どうしても汚くなります)、それを新調することにしたのですが、ついでに頼んだのでした。

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2018年12月 2日 (日)

久しぶりにニトロ1錠。読みにくい候文。

夏は暑さに心臓がくたびれてよくニトロを使ったが、涼しくなってからは秋を満喫し、ずっと体調がよかった。ニトロのことなど、思い出しもしなかったくらいで、よし! わたしは暑い時期さえ我慢の子でいれば、あとは快調に過ごせる――という気分になっていた。

ちなみに健康だったころは、夏が大好きで、暑いときほど食欲が増すタイプだった。

しかし、夏だけ我慢の子でいればよいというのは幻想にすぎなかった。寒い時期も我慢の子でいなければならないような気がし出している。

ここ数日、寒くなったことが原因だと思うが、心臓が重くて張り裂けそうで(あくまでイメージ)、疲れが増す一方なので、久しぶりにニトロを使った。弱い胸痛が時々あったので、冠攣縮性狭心症の発作が時々起きているのだろうと思った。

使用後、しばらくは快適だったが、数時間後にはまた重くなった。

どんどんニトロを使うわけにもいかないので、工夫が必要だ。先生はニトロの効果を取り戻したければ、なるべく使わない期間を長くすること、とおっしゃった。

7月14日に先生がおっしゃったように、毎日2回朝夕服用しているアイトロールはニトロペンと同じ硝酸薬の仲間なので、この服用だけでも耐性がつきやすい。

2018年7月14日 (土)
7月13日に循環器クリニック受診
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/07/713512-729d.html

「あんまり、そんな。アイトロール飲んでいるから、あんまりニトロを使っていると、効かなくなるよ」

アイトロールの成分は一硝酸イソソルビドで、硝酸イソソルビド(ニトロール、フランドルなど)に比べ肝臓での代謝を受けにくいという利点があるようだ。

発作時に使用しているニトロペンもミオコールも成分はニトログリセリンで、ニトロペンは発作時に舌下投与、スプレー剤ミオコールは発作時に舌下へ噴霧する。

一時使っていた貼付剤はよく効いたが、肌がかぶれて真っ赤になり、仕舞いには傷になり、潰瘍みたいになって使えなくなった。その代わりにアイトロールが処方された。

萬子媛ノートを神秘主義エッセーブログにアップしようとして改めて藩日記を読んでいたら、キーッとなっちゃった。候文って苦手だ。前後の文章からだいたいのことはわかるのだが、じっくり読んでいくと、当て字が結構あったりして、本当にわかりにくい。音読すると、当て字が判明しやすい。候文には誤字も案外多いそうだ。そうではないかと思っていた。

だからといって、最初から当て字、誤字と決めつけるのは禁物だ。素人にどこまで読めているのか。萬子媛はわたしの解読や萬子媛に関する憶測をどうおもっていらっしゃるのだろう。

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2018年12月 1日 (土)

豚汁の美味しい季節。銀のぶどう。準備段階から抜けられない歴史小説第二稿。神秘主義エッセーブログの更新。

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豚汁が美味しい季節となりました。冷蔵庫にあった豚ミンチで、作ってみました。普段は豚バラ薄切り肉で作るのですが(ワタクシ的にはやはりこれが一番かな)、豚ミンチでもいけます。お子様には、食べやすくていいかもしれませんね。

美味しい話題のついでに、最近いただいた「銀のぶどう」のお菓子が美味しかったので、ホームページを紹介しておきます。通販もあります。あまりに美味しかったので、娘と「ガトーセレクト」を頼んじゃおうかと話しています。

銀のぶどう
https://www.ginnobudo.jp/index.html

そろそろ平成最後の年賀状を書く時期にもなりました。無料の年賀状素材屋さん方は、既に素敵な素材を沢山アップされています。できたら、紹介したいと考えています。

今年中に、花山院萬子媛をモデルとした歴史小説第ニ稿の執筆にかかりたかったのですが、いざやり始めると、わからないことが出てきて、リサーチに終始してしまいます。

でも、それでいいと思っています。それだけ大きなテーマに挑んでいるということだと開き直りました。早く形にしたいという焦りはあるのですが、ここまで調べてきた以上、適当なところでお茶を濁すわけにはいきませんので。

「マダムNの神秘主義的エッセー」にこの後、萬子媛の葬礼の模様と残された尼僧達の様子、萬子媛の名前と初婚だったか再婚だったか、鍋島焼に関すること、比較と参考に了然尼に関すること(時代的に重なるばかりか同じ黄檗宗の尼僧でもあった)を整理してアップする予定です。

萬子媛は年末年始、お忙しいことでしょう。金色の鯉は元気かしら。

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はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー「36」「37」を改稿し、目次をつけました。改稿といっても、内容は変わっていません。ヒュパティアに関する三本の記事で、若干バラつきのあった表現を統一しただけです。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

36 シネマ「アレクサンドリア」 ①新プラトン主義最後の女性哲学者、ヒュパティア
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/12/192244

目次

  • 象徴的な意味合いを持つヒュパティアの死
  • 誤解を招きやすい用語《神秘主義》
  • アンリ・セルーヤが解説する、神秘主義の概念及び定義

37 シネマ「アレクサンドリア」 ②ヒュパティアが属した新プラトン派について
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2015/12/13/015538

目次
  • 新プラトン派の創設者は、プロティノスの師アンモニウス・サッカス
  • 音楽のように美しいプロティノスの著作
  • プロティノスのグノーシス批判は有名だが、実はピンからキリまで多数あったグノーシス派

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