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2018年11月26日 (月)

神秘主義エッセーブログの記事「38」「65」を改稿。マンリー・P・ホール『錬金術』。

はてなブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」で公開中のエッセー「38」「65」を改稿しました。

マダムNの神秘主義的エッセー
http://mysterious-essays.hatenablog.jp

38 シネマ「アレクサンドリア」 ③現代の科学者にすぎなかった映画のヒュパティア

目次

  1. ヒュパティアの半身だけが評価される現代
  2. キリスト教にのっとられたローマ帝国(異教及び学問の自由が禁止された)
  3. 映画の登場人物たち
  4. 継承されている新プラトン派の伝統
誤解を招きそうなタイトルで、科学者が気を悪くされるのではないかと心配ですが、勿論、現代の科学者を誹謗中傷する意図はなく、ヒュパティアの半身しか描かれていないといいたいだけなのです。タイトルを変えることも考えましたが、ヒュパティアの時代との違いがわかりやすいタイトルだと思い、あえてそのままにしました。

65 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ①「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」

目次

  1. オーラの美しさ
  2. フラ・アンジェリコの描く、あまりに物質的な天使の翼や後光の謎
  3. アントニオ・タブッキ『ベアト・アンジェリコの翼あるもの』について
  4. 【付録】ペテロとパウロについての私的疑問:『マリヤによる福音書』についての私的考察
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マンリー・P・ホール『錬金術』(大沼忠弘&山田耕士&吉村正和訳、人文書院、2015・新版)が届きました。

3年前に図書館から借りてきて、ざっと読んだことを思い出しました。今回、図書館検索の仕方が悪かったようで、ないと思い込み、注文したのでしたが、注文して正解だったと思いました。このような勘違いがなければ、購入しないまま借りて済ませたことでしょう。

でも、やはり貴重な本は購入して自分のものとして読んだほうがいいですね。図書館から借りたときのメモを以下の記事に書いています。

2015年4月27日 (月)
神秘主義体系、特にフリーメイソンに詳しいマンリー・P・ホールの著作
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/04/p-341a.html

マンリー・P・ホール(Manly Palmer Hall,1901年3月18日 - 1990年8月29日)はカナダに生まれました。89歳で没しています。

誕生日に見覚えがあると思ったら、息子と同じ3月18日でした。

マンリー・P・ホール『古代の密儀』(大沼忠弘&山田耕士&吉村正和訳、人文書院、1993)によると、彼はマックス・ハイデルの愛弟子だとか。

マックス・ハイデルは、ルドルフ・シュタイナー(神智学協会から独立し、アントロポゾフィー創立)の影響を受けた後、キャサリン・ティングリーの主宰する神智学の一分派に加わり、その後、「カリフォルニア薔薇十字協会」を創立しました(p.312)。

師ハイデルが亡くなるとき、「カリフォルニア薔薇十字協会」の後継者に20歳に満たないホールを指名しましたが、それを不満とした人々が出て協会は分裂してしまいます。

ホールが「ヨーロッパ数千年の秘教教義の伝統を集大成する」という象徴哲学大系の執筆に協力者たちと共にとりかかったのは、このような困難な時期だったそうです。

1936年、ホールはロサンゼルスに非営利的財団「哲学探求協会」を創設します。(p.313)

『フリーメーソンの失われた鍵』によると、ホールがメーソンになったのは、1954年のことでした。メーソンとなったことで、メーソン結社に対して長い間抱いていた賞賛の気持ちは深くまた大きなものになったのだそうです。(p.16)

英語版ウィキペディア「Manly P. Hall」によると、70年以上のキャリアの中で、ホールはアメリカ内外で約8,000の講演を行い、150以上の本とエッセイを執筆し、無数の雑誌記事を書いたそうです。

動画検索を「Manly P. Hall」で行うと、沢山の講義の動画が出てきます。

フリーメーソンがどの程度かイルミナティ思想に侵食されていることは確かなようですが(各ロッジによって性格が異なるようです)、わたしが持っているホールの著作からはそのような懸念は微塵も感じられません。ホールが亡くなってから28年経っています。ホールに代わるような人物はおそらく、現われていないでしょう。

前掲書『錬金術』の訳者(吉村正和)後書きには、次のようなことが書かれています。

その夏訳者は渡米する機会があり、ロサンゼルス市にある「哲学探求協会」を訪ね、幸運にもホール氏自身と会うことができた。「協会」の心臓部ともいえる図書館にはホール氏が生涯をかけて収集した数万冊の書物が収められており、誰でも自由に利用することができた。ここに収められた書物は、古代の密儀宗教、ヘルメス学、新プラトン主義、カバラ、魔術、薔薇十字思想、フリーメーソン、錬金術など神秘学のほとんどすべての分野にわたるものであり、その大部分が現在では入手の難しい類のものであった……本書はこの膨大な文献をもとにして編まれたものであり、ホール氏の文献を凝縮する小型「博物館[ムセイオン]」と言えるであろう。ホール氏は遠来の訳者を、稀覯本を収めた特別の部屋に案内してくださった。それは、たとえ図書館が消失しても残るように、二重の厚い鉄の扉と壁に囲まれた部屋で、恐らく世界に一冊しかないと思われるヤコブ・ベーメの色彩本、サン-ジェルマン伯の自筆本、トーマス・テイラー初版本などが収められていた。……(pp.266-267)

わあ、凄い。サン-ジェルマンって、本当にいたの?

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