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2018年10月22日 (月)

フランス語版ウィキペディアが伝える大戦中の迫害、ペレストロイカ後のロシアで復活したブラヴァツキー

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の「人名インデックス」を工事中ですが、時間がかかりそうなので、公開しつつ書き加えることにしました。

また、「26 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ①ブラヴァツキーとオウムをくっつける人」を一部以下のように書き直しました。「フランス語版ウィキペディア」と題していた部分です。

フランス語版ウィキペディアが伝える大戦中の迫害、ペレストロイカ後のロシアで復活したブラヴァツキー

シモーヌ・ヴェイユのウィキペディアの記事が日本語版とフランス語版ではずいぶん違っていたので、「神智学協会」をフランス語版ウィキペディアで閲覧してみた。次の写真が使われている。

Blavatsky_olcott_mavalankar_1_2

Helena Blavatsky (au centre, debout), Henry Steel Olcott (au centre, assis) et Damodar Mavalankar (3e de gauche) à un congrès de la Société de théosophie à Bombay (Mumbai) en 1881.
出典:Wikimedia Commons

同じようなことが書かれていたとしても、ブラヴァツキーを貶めようとする意図が感じられないというだけで、こんなに清々しい印象を受けるものだろうか。

神智学を誹謗中傷したゲノン(エッセー 25 「ブラヴァツキー批判の代表格ゲノンの空っぽな著作『世界の終末―現代世界の危機』 」を参照されたい)の考えも紹介されているが、冒頭に次のように書かれている。

Parmi les opposants à la théosophie moderne, René Guénon est un des plus virulents.*16

Google先生に訳していただくと、「近代神学の反対者の中でも、ルネ・ゲーノンは最も毒性の強い人のひとりです」と訳されたので、笑ってしまった。

わたしなら、「近代神智学への反対者の中でも、ルネ・ゲノンは最も辛辣な一人です」と訳すところだ。virulent(e) には「意地悪な」「とげとげしい」という意味もあり、それらも魅力的に感じられる。が、ゲノン有毒説は捨てがたい。

いや、冗談だが、ゲノンを辛辣というには、彼のブラヴァツキー批判にそれなりの論拠が必要なはずで、ゲノンにはそれがない。それにも拘らず、誹謗中傷という毒性を持ち、強い伝染性があるのは確かだ。

「Persécutions(迫害)」という項目を読むと、第二次大戦中、ドイツ、フランス、オランダ、スペインといった西欧の国々で、フリーメーソン同様、神智学協会の会員が迫害されたことがわかる。

「ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー」をロシア語版*17で閲覧してみた。ロシア語は全くわからず、辞書もないので、完全にGoogle先生に頼るしかないが、充実した内容に驚かされる。

Google先生が次のように訳された箇所に、特に興味が湧いた。

ロシアの3つの主要な図書館(RSL、NLR、BAN)によって2012年にリリースされた図書館書誌分類では、E. P. Blavatskyの思想は「ロシアの哲学」セクションに割り当てられています。宗教と宗教の哲学科のメンバーを含む哲学と宗教の分野で、多くの専門家が参加しました。モスクワ州立大学の哲学科がこの版の作成にあたりました。
    (略)
20世紀の終わりには、科学界でも、神学文献での関心が急増しました。以前は、20世紀半ばの80年代半ばに「ペレストロイカ」の始まりに至るまで、理想的な理由から、E. P. Blavatskyの作品の出版は不可能でした。例えば、1953年の百科事典辞典(The Encyclopedic Dictionary)は、Theosophyを「反動的ブルジョア隠喩の一形態」と呼んでいます。
E.P.Blavatskyの研究のなかには、ロシアの宇宙主義(N.F. Fedorov)の起源であったと主張するロシアの哲学者の研究と比較される研究者もいます。Blavatskyの教義は、ロシアの宇宙論者の理論に反映され、哲学と芸術におけるロシアの前衛に近いものでした。

Google先生の訳はもう一つのようだが、おおまかにわかるところでは、ぺレストロイカ後、ブラヴァツキーの著作の出版や研究が可能になったようだ。ブラヴァツキーの研究が一気に進むかもしれない。

何しろ、「82 18世紀のロシア思想界を魅了したバラ十字思想」で見ていったように、オンライン論文、笠間啓治「『戦争と平和』にあらわれたロシア・フリーメイスン」*18には、バラ十字思想とロシア思想界について、「中世が生んだこの形而上学的思考方法は、18世紀ロシア思想界を席巻したと言っても過言ではない。というより、まったくの無菌状態のロシアにて異常繁殖したと表現してもよいだろう」と書かれていた。

イルミナティがフリーメーソンを侵食しなければ、ロシアは暴力革命に走る代わりに、豪華絢爛な思想を花開かせたかもしれなかった。その影響は哲学的深みのあるロシア文学に見ることができるのだが、ブラヴァツキーが母国ロシアで復活したと考えると、わたしはまばゆいような喜びでいっぱいになる。

・・・・・・・

*16:「Société théosophique(神智学協会)」『フリー百科事典 ウィキペディアフランス語版』。2018年10月1日14:29 UTC、URL: http://fr.wikipedia.org

*17:「Еле́на Петро́вна Блава́тская(ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー)」『フリー百科事典 ウィキペディアロシア語版』。2018年9月19日07:33 UTC、URL: http://ru.wikipedia.org

*18:スラヴ研究(Slavic Studies), 42: 41-59,北海道大学スラブ研究センター,1995,URI: http://hdl.handle.net/2115/5233

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