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2018年9月 5日 (水)

台風被害はありませんでしたか? バジルが豊作(レモン水の効果)

関西では台風の被害が大きかったようですが、大丈夫でしたか?

わたしは日田市(大分県)にいたころ台風被害に遭ったので、台風情報に接すると、ドキドキしてきます。『台風』という小説を書いたほど(アマゾンのKindleストアに出しています)、大きな出来事でした。

独身時代、佐賀県鹿島市に住んでいたころは秋になると台風がやってくるという感じで、小学生のころから台風に備える習慣がついていました。

雨戸を閉めるのが子供には一仕事でした。びっくりした蜘蛛が出てくるのが嫌でした。外の犬小屋で飼っている犬を玄関に入れました。庭の中――塀の側――に電柱があったので、倒れないか心配でした。

台風が過ぎると、大抵、あちこちの屋根から瓦が飛んで、田んぼや道路に落ちていました。今考えると、ずいぶん危険な話ですよね。

日田市で借りていた大きな古い家には、雨戸もシャッターもなく、不安でした。

今住んでいるマンションにも何もありませんが、ベランダ側の窓には障子がついているので障子も、その上からつけたカーテンも全て閉め、ガラスが割れたときの用心にしています。

物干しは紐とストッパーで二重に固定していますが、大型の台風のときは外して下に寝かせます。

2004年9月に日田市で台風被害に遭ったときは、家が舟を漕ぐように揺れ、風の音があまりに凄まじいので、一番ひどいときには風の音以外に何も聞こえなくなり、そうなると、考えることも難しくなりました。風が、生き物みたいに感じられました。

小説ではこう書いています。

<ここから引用>
 風圧の異常な高まりの中で、家が震え耐えていた。強弱入り乱れて吹き荒れる風の音が、母子にとって耐えがたいものになっていく。パリーンというガラス窓の割れる音がした。ひとたび静寂が戻り、ザアーッという強い雨音が聴こえる。無意識的に顔を覆い、一瞬家で起きた信じがたい出来事を拒絶した央子[ひさこ]は、はっとなって上のほうを見た。この部屋の小窓が割れたかと思ったのだ。が、そうではなかった。二階のどこかの窓が割れたらしい。ともかく、守りは破られてしまった。

割れた窓から豹のように風が躍りこんでくる音は、競演のようにうなり声をあげあう別の風たちの音に交じってしまう。動くのが危険な気がして、割れた窓を見に行くこともできず、母子は居間で寄り添っていた。すくみあがるたびに力が抜けていき、体が乾燥していく気がする。台所で、立てつけの悪い窓から容赦なく雨が吹きこみ、ポタポタと連続的な雨漏りの音がバケツを置いた以外の箇所でもしていたけれど、バケツや雑巾のある洗面所までの道のりが遠く感じられ、もうそんなものは無意味にも思われた。揺すられ、圧迫されて、老朽化した家は悲鳴をあげながらも歯を食いしばって耐えている。

今や風はゴォーゴォーと轟き、物にあたって砕け散っていた。そこかしこで物を蹴散らし、哄笑しながら宙に放り投げ、泳がし、地面に叩きつけ、なぶるようにまた浮かした。風たちは連動し、触発しあい、四方から押し寄せて、この家をつけ狙っていた。母子は、風の監視の目を逃れることも自由に息をつくことも、もはやできない。央子が一番怖かったのは、耳の中まで鋭い風の音でいっぱいになり、ものを考えることのできない瞬間が繰り返し訪れることだった。何という自然の恐ろしさ、いとわしさだろう!

 もの凄い風圧に家と共に耐えるだけで、母子が何も考えられなくなってほどなく、爆音――としか思えない音――が轟いた。家が回転するように大きく揺らいだ。
 午前十一時四十八分。このとき日田で、大分地方気象台が観測史上最大となる最大瞬間風速五○・二メートルを記録していた。
 母子の上に、バラバラバラと埃と壁土が降ってきた。

<ここまで引用>

近くの工場から大きな物体が飛んできて、家の二階部分を潰したのでした。こんなときにはヘルメットがあると助かりますよ。現在は、防災ヘルメットが家族分あります。

潰れた家は使い物にならなくなりました。一階も、台所は天井に蛇口をつけたみたいに何時間も汚水が迸り続け、その天井が全面、色鮮やかな黴で覆われました。洋室は池のようでした。でも、発見もあったのです。

<ここから引用>
破損した廊下の窓から、台風の去ったあとの光がいっぱいにそそいでいる。洗われたような青空が、砕け散ったガラス窓の向こう側にひろがっていた。優しい色調を湛えた、澄んだ、明るいその空を見ると、こちら側の無残な光景が何か非現実的な、夢の中の光景のように央子には思われてくるのだった。
<ここまで引用>

小説を読んでくれた人がここは逆なんじゃないかといいましたが、そうではありませんでした。逃避の感情とは違っていました。この発見がなければ、この小説は書かなかったかもしれません。

被害状況、工場との示談、引っ越すまでの顛末全て、台風に関することはノンフィクション的筆致で描いています。尤も、テーマは台風ではなく、家族の物語です。

話は変わりますが、バジルが三回目の収穫を迎えました。

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一回目は害虫にやられて、少ない収穫量でした。ググったところ、バダニやハモグリバエ(エカキムシ)の幼虫にやられていたようです。

娘がレモン水がいいらしいよ、と教えてくれたので、実行したところ、二回目の収穫は満足のいくものでした。

2018年8月11日 (土)
観劇のあとで入った、てんぷら専門店「えび福」。バジルの収穫。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/08/post-6ccf.html

今回の三回目はもう、大満足!

プランター菜園は夫の聖域と化していたのですが、レモン水を試すことに賛成してくれ、わたしの責任(?)で面倒を見ていいことになったのです。これを機に、聖域、分けて貰おうかしら。お花、育てたくなりました。

20180905194103_b

「Nに大感謝だな。全然違うね」といって、夫が収穫してくれたのですが、実は、このボールに入りきれませんでした。量ってみると、全部で 150g ありました。

霧吹きスプレーに入れたレモン水を早朝、万遍なくバジルに吹きつけるだけで、これほど効果があり、綺麗なバジルが収穫できるとは想像しませんでした。

家族が好きなバジルソースパスタとガパオライスは必ず作ります。久しぶりにカプレーゼも作ろうかな。

バジルソースはパンに塗ったり、ポテトと和えたりするだけでも美味しいですね。

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