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2018年9月の15件の記事

2018年9月30日 (日)

ヴィザヴィの真っ白なバターケーキ

九州では台風の影響は遠ざかりつつありますが、これから台風の影響が予想される地域の方々は、どうぞご注意ください。

先日、百貨店の「全国うまいもの大会」に行きました。広告に真っ白なバターケーキが載っていたので、娘と注目していました。

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ホントに真っ白なんです。

昔、都会のケーキ屋さんには生クリームのケーキが並ぶころになっても、田舎町ではバタークリームのケーキしかありませんでした。ケーキがそれほど好きではありませんでした。

後年、モロゾフからバターケーキというショートケーキが出ていた時期があり(記憶に間違いがなければ)、そのときに「バターケーキって、何て美味しいんだろう! これこそバターケーキってものだ……」と感激したものでした。

以来、(美味しい)バターケーキには目がありません。

VISAVISの特撰バターケーキは、贅沢な味でした。ほどよい塩味が感じられ、くどい感じがありません。フランス産ゲランドの塩ですって。

小麦粉は佐賀県産「春小町」、卵は佐賀県伊万里の「元気卵」だとか。

高価なカルピスバターは買ったことがありませんでしたが、カルピス社との共同開発ケーキとして、カルピス社のバターがふんだんに使われているそうです。

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ケーキは冷凍した状態で渡されました。こぶりです。おやつのつもりでいただき、いくらでも入りそうな気がしたのですが、バターたっぷりなので、カロリーが高いのでしょう。これくらいの分量――四分の一くらい――でも、わたしは夕飯がほとんど入らないほどでした。

代用っぽいバターケーキしか知らなかった子供のわたしに、食べさせてみたい気がします。きっと、目を丸くしたでしょうね。

VISAVISの特選バターケーキはおとりよせできるようです。

VISAVIS
こだわりの素材で作る美味しいケーキ。ロハスにもこだわった福岡の洋菓子ヴィザヴィ。

http://e-visavis.com/


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2018年9月29日 (土)

台風24号。避難グッズの点検。

このところ、あれこれ忙しく、ブログ更新できませんでした。

ところで台風がまた接近しているようで(24号)、午後、携帯に市からのお知らせが入り、「避難準備・高齢者等避難開始」とありました。

65歳~74歳までを前期高齢者、75歳以上を後期高齢者といったと思うので、60歳のわたしに来たのであれば、このメールは全市民向けなのかとも思いましたが、危険を感じたら早めに避難するようにとのことです。

強風で窓が割れる心配があるのを除けば、マンションの上階ですから、ここにいたほうがいいように思うので、避難しません。

日田市(大分県)在住のときに、民家でひどい台風被害に遭った経験からすると、台風がひどくなってからでは避難は無理なので、危険を感じたら早めの避難が必要ですね。

主に、地震対策用に準備した防災グッズを点検しました。ラジオ、懐中電灯はまだ点きますが、電池を取り替えておいたほうがよさそう。

ストック用に買った保証年が10年のものは、2024年まで大丈夫。ということは、2014年ごろ購入したのでしょうね。少々高くても、長持ちする電池のほうがいいですね。

ペット水も取り替え時。井村屋「えいようかん」は保存用ようかんで、アマゾンで評判がよかったので購入しました。賞味期限5年は助かります。

家庭用にペットボトルの水は、2リットルのものを1ダース、ストックしています。水があれば、何とか生きられるはず。新しく買い足すと、古いものから使うようにしています。

小銭入れにあった1,000円札が、旧札の夏目漱石ではありませんか。

2004年から野口英世なので、いつから防災準備を始めたのか覚えていませんが、前から入れていたものをそのままにしていたのでしょうね。

自販機などでは使えないかもしれないので、これも取り替え時。薬も、何と昨年で切れていました。ウェットティッシュも取り替えておかなくては。

面倒でつい、確認を怠ってしまっていました。気をつけなくてはいけませんね。

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2018年9月22日 (土)

はてなブログのアイコン(23日に追記)

はてなブログでは、ブログのオリジナルアイコンを表示させることができます。

ダッシュボード→設定→基本設定→ブログアイコンと進みます。

「ブログアイコン」蘭に、次のような説明があります。

<ここから引用>
あなたのブログを表すアイコンです。ブラウザのタブやお気に入り、スマートフォンのホーム画面などで使われます。
※ 対応しているファイル形式は、JPEG、PNG、GIFです。

<ここまで引用>

「参照」をクリックして、ファイルを選択し、下方にある青に白字のボタン「変更する」をクリックすれば、ブログアイコンが表示されるようになります。

最初、次のアイコンにしていました。

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小さく小さく表示されるので、文字が白い波状に見え、アイコンとしてはすっきりせず、バッとしないので、今日、次のようなものに変えました。

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これも、もう一つなので、そのうち、ましなものを作成したいと考えています。

マダムNの神秘主義的エッセー
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/

有名なサイトのアイコンは、さすがと思わせられるものが多いですね。

Kindle本の表紙用に、ロゴを作成したときは、もう少し凝ったような。所詮は素人がデザインのデの字も、インターネットのイの字もろくにわからずに作るのですから、そこは大目に見ていただかないと困っちゃう。

2015年4月20日 (月)
ロゴを作ってみました。ゴディバのホットチョコレート。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/04/post-b2d5.html

表紙の端に、小さく小さく表示させるのですけれど、次のような奥深い意味で作ったようですよ。尤も、「半分以上後付け」と書いていますね~。

<ここから引用>
ノワ出版のノワはNOIXです。
フランス語で、胡桃という意味です。わたしは子供のころから自覚のあった神秘主義者でしたが、オーラが見え始めたのはだいたい『枕許からのレポート』の体験後(サイドバーに記事へのリンクがあります)でした。
人間が光でできた球体――卵の形そっくりです――のなかに生きているという神秘的な現象は、真善美の実在を感じさせるだけの気品を伴っています。
最初は全体を黄色にしていたのですが、空の色でもあり、霊的な太陽の色でもある――太陽の色は神秘主義的には青色です――青にして、文字を包み込ませました。
O の中の黄身のように見える黄色が人間です。O の白色は清らかな意識状態のときに放射される白色のオーラを表しています。N の菫色はナイーヴで愛を求めずにいられない心を、I の赤はプラスにもマイナスにも働く情熱や欲求を、茶色の X は煩悩や人間の苦悩、あがきを表しています。
黄身のような、点のような人間はやがて育ち、大きく羽ばたいていくのでしょう。
実は半分以上後付けなのですが、卵形は最初から考えていました。それから、なぜ胡桃が出てきたかというと、胡桃はわたしの好物だからですが、あの外観が何となく脳味噌を連想させるからです。そこから、知性をシンボライズする食べ物に見えるのですね。

<ここまで引用>

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はてなブログのアイコン、Kindle本用のロゴに使用させていただいたのは、サイト「ドットコロン」の「Aileron Bold Italic」です。

ドットコロン

「About」に次のように記してくださっている、ありがたいサイトです。

<ここから引用>
ドットコロンのフォントは CC0またはOFLの元、OpenType形式のファイルで公開しています。Webサイトや印刷物、ロゴタイプなどへの使用はもちろん、改変・再配布等も自由に行って頂いてかまいません。商標登録が必要なものに関しても同様です。
<ここまで引用>

追記: 以下のようなものを作ったのですが(色を変えただけのものを1ダースほど)、結局前のものに戻しました。表示させてみると、前のものよりもっと目立たなかったので。他のはてなブログに使うかも。

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2018年9月20日 (木)

勝本華蓮『尼さんはつらいよ』(新潮新書、2012)を読んで

図書館から『尼さんはつらいよ』という本を借りた。

尼さんはつらいよ (新潮新書)
勝本 華蓮 (著)
出版社: 新潮社 (2012/01)

尼僧の環境がどのようなものであるかを中心に、現代日本における仏教社会の裏事情が活写された、興味深くも脱力感に襲われるような内容だった。

著者は、在家出身で、広告関係の仕事で成功していたが、ある仏教者との出会いがきっかけとなって仏教にのめり込む。会社を畳んで比叡山に転居し、佛教大学と叡山学院に学んだ。三年後に、京都の天台宗青蓮院門跡で得度。佛教大学卒業後、尼寺に入り、そこで現実をつぶさに見、幻滅して尼寺を出た。その後、仏教研究者(専攻はパーリ仏教)の道を歩んで現在に至るようである。年齢はわたしと近く、著者(1995年大阪府生まれ)は三つ上になる。

パーリ仏教は上座仏教(上座部仏教)、南伝仏教ともいわれるようだが、昔は小乗仏教といった気がしてウィキペディア「上座部仏教」を閲覧すると、小乗仏教という呼称はパーリ仏教側の自称でないため、不適切であるということになったらしい。

本には、上座仏教圏のスリランカ、タイ、大乗仏教のチベット仏教の話や、尼僧の活動が目立つという台湾、香港の話も出てきた。そういえば、YouTubeで梵唄を検索したとき、台湾か香港からのアップと思われる仏教音楽の動画が沢山出てきて、驚かされたことがあった。

本の核心に触れると、日本の尼寺は絶滅の危機に瀕しているらしい。

尼寺における、あまりに俗っぽいエピソードの数々が紹介されている。全ての尼寺がそんな風ではないのだろうが、著者自身の体験が報告されているのだから、その一端が描かれていることは間違いない。

尼寺が絶滅の危機に瀕している原因を、著者は「なぜ尼寺に弟子が来ないか、来ても続かないか、その理由は、日本が豊かになったからである。生活や教育目的で寺を頼る必要がないのである。そういった福祉は、国家や公共団体が面倒をみてくれる」(42頁)といった表層的社会事情に帰している。

しかし、いくら物質的に豊かになったとしても(今の日本はもはやそうではなくなっているといえる)、人間が老病死を完全に克服しない限りは宗教は需要があるはずである。

歴史的原因を探れば、明治期の廃仏毀釈、第二次大戦後のGHQによる占領政策、フランクフルト学派によるマルクス主義の隠れた強い影響を見過ごすことはできない。これらによって、日本の仏教が壊滅的ダメージを被ったことは間違いないのだ。

本には、著者の神秘主義的能力の萌芽と思われる体験や、心霊現象といったほうがよいようなエピソードがいくつか挟み込まれていたが、こうしたことに関する知識は著者が身を置いた世界では全然得られないのだと思われて、この点でも何だか脱力感を覚えた。

江戸中期に亡くなった萬子媛のような筋金入りの尼僧は、今の日本では望むべくもないということか。

以下の過去記事で紹介した本では、まだ萬子媛の頃の名残が感じられたのだが……

2015年1月19日 (月)
歴史短編1のために #12 尼門跡寺院
http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/01/12-293c.html

あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公
花山院 慈薫 (著), バーバラ ルーシュ (編集), 桂 美千代 (編集), ジャニーン バイチマン (翻訳), ベス ケーリ (翻訳)
出版社: 淡交社 (2009/1/30)

前掲記事で引用した編者バーバラ・ルーシュの文章を再度、引用してみたい。

<ここから引用>
このような経験を積み重ねてゆくにつれ、尼門跡寺院という制度があることがわかってきました。この制度は、日本の真なる文化財の一つともいえますが、十九世紀の廃仏毀釈令によってほとんど破壊されてしまいました。尼門跡寺院というのは、何かを抑えつけるところではなく、逆に解き放つところといえる存在であり、もしこのような場が存在しなかったら、日本のきわめて高い文化的教養をもった女性たちが幾世紀にもわたって活躍できなかっただろうと思われます。皇室由来の寺院におられた尼僧様たちが、和歌の古典的な形態をみがき上げ、『源氏物語』に関する文化、さらに茶道、華道、香道、年中行事などの保存にお勤めになられたのでございます。
<ここまで引用>

尼門跡とは皇女や貴族の息女が住職となる寺院で、随筆集『あやめ艸日記』の執筆者、花山院慈薫(臨済宗大聖寺二十七代門跡 1910 - 2006)は31代・花山院家正(1834 - 1840年)の娘。萬子媛は、21代・花山院定好の娘だった。

和歌には、拙神秘主義エッセーブログ「78 祐徳稲荷神社参詣記 ⑤扇面和歌から明らかになる宗教観」でみたように、日本人の宗教観が薫り高く織り込まれてきたのだ。

その貴い伝統を、左翼歌人の俵万智が壊した。

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2018年9月19日 (水)

9月12日ごろ評論『村上春樹と近年のノーベル…』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(Kindle版、ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

9月12日ごろ、アメリカのキンドルストアでお買い上げいただいたようです。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、78冊お買い上げいただいたことになります。

  • オーストラリア……1冊
  • ブラジル……1冊
  • カナダ……1冊
  • 日本……34冊
  • アメリカ……32冊
  • ドイツ……4冊
  • イギリス……2冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊
  • フランス……1冊

サンプルをダウンロードできます。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

以下に、アマゾンに掲載中の商品説明を引用します。

商品の説明

自由な立場から書かれた本書は鋭い分析力を特徴とし、文学界のみならず日本文化そのものに警鐘を鳴らしている。
2006年5月3日から7日にかけて、著者は自身のブログで、小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」を公開した。その小論に加えて、近年のノーベル文学賞作家オルハン・パムク、ドリス・レッシング、ジャン=マリ・ギュスターヴ・ル・クレジオ各人の作品に関する雑感を紹介する中で、村上春樹がノーベル文学賞作家にふさわしいだけのわが国の誇りとできる作家であるのかどうかを検証した評論を2009年5月、同人雑誌に発表。本書はそれに加筆・訂正を行ったものである。

〈目次〉
 はじめに
 Ⅰ 村上春樹現象
 Ⅱ 小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ
 Ⅲ オルハン・パムク『わたしの名は紅』を分析する
 Ⅳ 乾いた知性、強烈な社会性――ドレス・レッシング
 Ⅴ ル・クレジオの光と風
 Ⅵ 最後に
 あとがき
 第二版あとがき 

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。拙電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BERQ7P0

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2018年9月18日 (火)

「コイコイはやぶさ」をゲット(インターポット)。ある私的自覚。

ビンゴルームに宇宙シリーズが現われてから、「コイコイはやぶさ」が出るのを待ち望んでいました。世界で初めてサンプルリターンに成功した小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡的な地球帰還物語をテレビで視聴して以来、はやぶさのファンなのです。

「コイコイはやぶさ」が登場してからは何度もチャレンジし、ビンゴ券がどんどん減っていきました。

病院や体調不良などもあり、キラポチがおろそかになり(申し訳ありません)、その結果としてみのる木の実の数も少なく、「コイコイはやぶさ」をゲットするには、ランキングにチャレンジしてビンゴ券、死神退治の杖5コ、変化の杖10コを貰うしかないと思いました。

ランキングにチャレンジを始めたのが遅かったこともあって、上位アイテムは無理。せめて死神退治の杖はほしいと思い、昨日は家事以外の時間をビンゴに費やしました。その結果またキラポチがおろそかに(重ねてお詫び申し上げます)。

ところが、ビンゴ券200枚貰っても、死神続出で、報酬「死神退治の杖 5コ」まで行き着けません。

沢山持っていて増やす必要のない「おでかけの草笛」ですが、それが唯一ビンゴ券1枚でチャレンジできるので(他のは2枚必要)、ひたすらそればかり続けてポイントを稼ぎました。

しかし、「お尋ね者ポスター 1コ」を貰った後、「スコア 14698 pt」で――深夜――力尽きました。

「死神退治の杖 5コ」貰うには15000 pt必要です。302ポイント足りませんでした。ランキングの順位は113位でした。ビンゴ券2枚、死神の杖1コが、この時点での全財産でした。

18日の朝9時29分までには時間があったので、達成イベントの「みんなでウエスタンシート7000ゲットする」が達成すれば、ビンゴ券20枚貰えるので、まだ可能性はあると思いました。朝になっても達成はまだでしたが、期待しながら朝の家事に励みました。

ついに、時間切れになりました(9時45分の達成でした)。

その後、前掲の「みんなで…‥」の20枚を貰い、それを使ってビンゴ券を少し稼ぎ、はやぶさにチャレンジ。あと7日ありますが、はやぶさは無理かもしれないと思い、半ば諦めて夫とおしゃべりしながら気楽にビンゴ。

おしゃべりに夢中になってふと見ると、何とビンゴと死神が同時に出現しているではありませんか。しかも、表示されているビンゴ商品はまぎれもない「コイコイはやぶさ」。

迷わず死神の杖を使い、めでたくゲット。ああ死神の杖を昨日のうちに使ってしまわなくてよかった……と思いました。たった1本しかない死神の杖を使ってでも、ランキングポイントを増やしたい瞬間が何度あったことか。

実は、インターポットを始めてから一番ほしいと思ったアイテムは、はやぶさでした。キラするときにはやぶさに出合うと、見とれました。

萬子媛の小説は、藩日記を読んだことで新たに判明したことなどあって、ストーリーの見直しから始めなくてはなりません。その藩日記ノートも、もう少し書いておきたいことがあります。

インターポットのはやぶさを見ると、胸が熱くなります。励みになりそう。

はやぶさは小惑星イトカワのサンプルを採集した後、重大なトラブルの発生により地球への帰還が絶望視されましたが、奇跡的ともいえるサンプルリターンに成功し、役目を果たしたはやぶさの本体は大気中で燃えて失われました。

庭の写真にはガーガーちゃんが写り込んでいますが、はやぶさの向かって右下にイトカワ、前方に天王星が写っています。

わたしははやぶさの爪の垢(?)を飲みたい。ここからはインターポットの話題から離れます。

近代神智学運動の母ブラヴァツキー夫人の周囲には、能力の高い低いの違いはあったでしょうが、神秘主義的能力に目覚めた人々がかなりいたようです。

その当時、わたしがそれらの人々の中に混じっていたとしたとしたら、今感じている疎外感や欠乏感、違和感に悩まされることも、蔑視されることもなかったでしょう。

彼らは、ブラヴァツキーの論文を部分的にでも自分で検証することができたからこそ、ブラヴァツキーの論文の正当性が骨身に滲みてわかり、その福音的価値を確信できたのだと思うのです。

神秘主義的感性は誰にでも存在するもので、それが曇りなく発揮されるかそうでないかの違いがあるだけだと思いますが、わたしの感性はブラヴァツキーのような清澄な人々と曇っている人々との中間域にあると感じています。

主にその中間域にあって迷いや悩みを抱えている人々とブラヴァツキーのような優れた人々によって著された書物との間の架け橋をつくりたいと思い、稚拙ながらこれまで当ブログや「マダムNの神秘主義的エッセー」などで語りかけてきました。

これからも、命のある限り、そうしていけたらと考えています。

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2018年9月16日 (日)

日本人、必見必聴の動画です、「【討論】国連の本当の姿」(チャンネル桜)

日本バッシングが目に余るようになった国連ですが、一体、国際連合とは如何なる組織なのでしょうか。

実は、国際連合という国際機構は、世界のどこを見ても存在していず、正しくは「連合国」というそうです。日本では戦争に負けた年の11月初めまでは「連合国」と呼んでいたのが、11月からは「国際連合」の名前に変わったとか。

この組織の公用語は六つ。

日本では国連と呼ぶようになったこの組織を、誰が、どんな目的でつくったのか――という観点から、外交評論家・加瀬英明氏、元駐ウクライナ兼モルドバ大使・馬渕睦夫氏が分析を始めます。

司会は水島総。パネリストは以下の方々。https://youtu.be/mPH7psUXDEI より引用します。

<ここから引用>
小野寺まさる(前北海道議会議員・チャンネル北海道キャスター)  
加瀬英明(外交評論家)  
我那覇真子(琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会代表運営委員 / 日本文化チャンネル桜沖縄支局キャスター)  
高橋史朗(麗澤大学特任教授)  
細谷清(歴史の真実を求める世界連合会 理事)  
馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)  
山本優美子(なでしこアクション 代表・慰安婦の真実国民運動 幹事)

<ここまで引用>

聴きごたえのある、日本人必見必聴の動画だと思います。

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今秋、初の秋刀魚

大分で暮らすようになってから、秋刀魚にカボスがないと物足りません。

ウィキペディア「カボス」によると、柑橘類のひとつであるカボスは、江戸時代に宗源という医者によって京都から臼杵市に伝わったという説と、大分県原産とする説とがあるようです。大分県が全国の97%を占める主産地となっているとか。

わたしは、佐賀にいたころも福岡にいたころもカボスには馴染みがありませんでした。大分に来てからは秋になると、大量のカボスをスーパーで見ますし、自家栽培のものをいただいたりもして、秋冬はいつもカボスが冷蔵庫にある状態です。

金曜日、クリニックに行った帰りにスーパーに寄り、鮮魚コーナーへ直行。トロ箱に一尾100円の塩秋刀魚がぎっしり並んでいました。

トングで一尾掴みかけたところ、尻尾のほうはガチガチにくっついてとれないのに、おなかのほうはじゅくじゅくしている感じで、薄い血溜まりができていました。どうも保存状態がよくない気がしたので、買うのを断念。

翌日、仕事帰りに別のスーパーから娘が携帯に電話をかけてきたので、綺麗な秋刀魚がないか訊くと、一尾ずつパックした綺麗な塩秋刀魚があるといいました。値段は昨日の秋刀魚の倍しましたが、それを買って来て貰いました。期待通りの綺麗な秋刀魚でした。

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魚を焼く前に、よく厚揚げを焼きますが、最近は焼き茄子にすることが多いです。秋は食べ物が美味しくって、楽しいですね。

もう少し体力がついて元気に自由に買い物に行けたらと思うのですが、娘が買い物を引き受けてくれて助かります。米などの重いものは、夫に頼みます。

夕飯は、クリニックの帰りに寄ったスーパーで買った蓮根と豚肉の炒め煮をメインにしようかな。

今日はインターポットのキラポチを全然していませんが、先に萬子媛ノートを進めようと思います。またキラポチの時間が足りなくなるかもしれませんが。

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2018年9月15日 (土)

9月14日に、循環器クリニックを受診。思い出した、心臓カテーテルの名医のオーラ。

検査日で、いつものように尿検査、血液検査(4本)、胸部レントゲン、心電図(普通のと長めのと2種類)。

先月くらいから、日々の健康に関しては放置気味だった「マダムNの体調ノート」にメモしている。当ブログは文学、神秘主義、時々料理が中心になっているので、受診記録以外はそちらに記録したほうが自分にとって効率的なので。

朝、バタバタしながら、ブログを開いて、メモ帳に発作が起きたときの日付とタイトルを写した。「8月13日朝1・夕1、8月14日夕1、8月26日朝1・夕1」。

処置室で看護師さんから発作のときのことを訊かれたとき、わたしはすかさずバッグからメモ帳(表紙の色はブラック。格好よくて、結構気に入っている)を取り出し、読み上げると、「ちゃんとメモしているんですね」と褒められた。人から褒められるなんてことはめったにないので、嬉しかった……

看護師さんはカルテに、わたしのメモの内容を写しておられた。

診察室での先生のご様子、会話は、デジャヴみたいだった。

心電図を丹念に見、胸部レントゲンで心胸比を出しておられ、そのあと、発作のときのことを訊かれたので、お話しする。その間に、脈、聴診。

心電図や胸部レントゲンの説明はないままに、「Nさん、血管造影したことはあったっけ?」とお尋ねになった。先生、リピートなさるんですね、と思いつつ、いいえ、と答えた。

このクリニックではできない検査だそうで、県立、医大、A…病院など、総合病院の名を五つほど挙げられたあとで、ふっと思い出したように何か明るいお顔になって「O…循環器病院でもやっている……」とおっしゃった。

日赤に別件で検査入院したとき、25日間も入院したため、長居していた同室の人達とはすっかり仲良しになり、合宿しているような気分になったものだった。その中には情報通もいらして、その人が「この県ではNさんがかかっている先生と、О…循環器病院の先生が一、二を争う名医らしいよ。わたしのかかっている先生がおっしゃっていた」と教えてくれた。

「検査は痛いのでしょうか」とお尋ねすると、「痛くないよ。手首からカテーテルを通して、麻酔で眠っている間に終わるよ」と先生。局部麻酔ではないのだろうか。

心臓カテーテル検査をすることになるのかなと思っていると、「でも、Nさんはコレステロールは髙くないからねえ……」と先生。

実際には時々基準値をオーバすることがあるのだが、「コレステロールが基準値内だったら、動脈硬化になる心配はいらないのでしょう?」とお尋ねすると、「それがそうでもないんだよ。安心するわけにはいかない」と先生。うーん、医学音痴のわたしには、訳がわからない。

結局、具体的な検査入院の話にはならなかったが、先生が迷っておられることは確かだ。夫の転勤でこの街に住みつき、喘息発作が起きて飛び込んだ呼吸器クリニックの先生からこのクリニックに紹介していただいて、初受診したのは平成17(2005)年3月29日のことだった。

その間、発作をご報告したことは数え切れないほどあったのだが、血管造影検査のことを先生が続けておっしゃったことはなかった。心臓の写真と心電図からその必要を感じておられるとしか思えないのだが、何もおっしゃらないので、真相はわからない。わたしの思い過ごしかもしれない。

検査には当然ながらリスクも伴うので、もし先生がわたしに検査を受けさせることを迷っておられるのだとしたら、それが理由ではないかと想像する。何にせよ、総合病院に勤務なさっていたころは、多くの心臓手術を手がけた先生が迷っておられるのだとしたら、それだけの理由があるに違いない。わたしは先生に粛々と(?)従うまでだ。

一応、造影剤を使う心臓カテーテル検査と費用について調べた。先生は二泊三日とおっしゃったが、一泊二日、日帰りでも行われているようだ。

結構お金は飛ぶ。検査がよりよき治療――心臓の症状の改善――に結びつけばいいのだが、合併症だけおまけについてくる結果になることだって、覚悟しておかなくてはならないだろう。

何にせよ、年内に検査入院ということはなさそうだ。

胸の圧迫感や浮腫みが出たときにニトロの使用を迷うことを、リピートしてお尋ねしたら、前回と同じように先生は使うなとはおっしゃらなかったが、「使いすぎると効かなくなるよ」と注意をされ、「でも、我慢できないと、使うよね……」とおっしゃった。

その通りです! 受診後、休日で家にいた夫に迎えに来て貰い(一緒に、最近、近くにできたケンタッキーに行くため)、ケンタッキーで昼食をとったあとスーパーに寄って帰宅したら、疲れて胸の圧迫感が出た。我慢できなくなり、使ってしまった……

そういえば、昔、頻脈の原因を知りたい、そのとき受けていた治療が適切かどうか知りたい、もっと楽になりたいと思って病院ジプシーしていたときに、小倉にあるK…病院を受診し、たまたま心臓カテーテルを日本で初めて行った有名なお医者様、N…先生の診察を受けたことがあった。

検査室で運動負荷心電図をとって貰い、先生は脈を診て話を聞いてくださった。

で、カテゴリー違いの話になるが、わたしはごくたまに他人のオーラをまざまざと目撃することがあり、先生のオーラも目撃した。

N…先生は小柄で、ちょっとお笑い系かと思えるようなユニークな感じに見えた。ところが、優雅といってよいくらい上品に見える瞬間もあって、印象的なかただった。

そのときわたしに見えたN…先生のオーラはブルー系で、その色合いははっとするほどに精妙で美しかった。治療以上に、あのオーラに癒される患者も多いのではないだろうか。

ウィキペディアを見ると、その後、小倉のK…病院から京都大学医学部に教授として移られたようだ。

クリニックの先生は、N…先生が小倉のK…病院にいらっしゃったころではないかと思うが、その病院に勤務したこともおありのようだ。以前、壁に貼ってあった先生の略歴を見たとき、そのように書かれていたことを思い出した。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • シグマート錠5mg 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ヘルベッサーRカプセル100mg 1回1Cap 朝・夕食後
  • アイトロール錠20mg 1回1錠 朝・夕食後
  • ニトロペン舌下錠0.3mg   1回1錠×10回分

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤、吸入薬) 1個 吸入

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2018年9月11日 (火)

鹿島藩日記第二巻ノート (7)祐徳院における尼僧達 その2

自分のための単なる読書ノートです。あとでまとめて拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」に、「祐徳稲荷神社参詣記」の続きとしてアップします。

『鹿島藩日記 第二巻』(祐徳稲荷神社、昭和54)

その1の続き。

「蘭契」という名が出てくるのは、宝永二年閏四月廿日(1705年6月11日)の日記(『鹿島藩日記第二巻』416頁)である。

素人解読なので間違っているかもしれないが(※あまり参考にしないでくださいね。原文に当ってください)、大体次のようなことが書かれているのではないかと思う。

佐賀の御親類方より勝屋伊右衛門まで、祐徳院様の御中陰は何日より何日まで御執行でしょうかとの問い合わせがあり、こちらに言ってよこされた。それについて、外記より蘭契まで伺ったところ、御中陰というのはなく、御葬礼が行われたことで、儀式は済みました。(……)尼達と相談して申し上げますが、殊に山中ということもありますので、御名代などを送って寄越すには及びません、伊右衛門よりそのようにお口添え下さるのがよいでしょう、とのこと。

わたしの憶測でしかないが、蘭契という尼僧が萬子媛亡き後、代表者的、長的な役割を果たしたのではないだろうか。その代表者に、外記が問い合わせたと考えるのが自然だと思う。

その蘭契という人物が、祐徳博物館で伺った、萬子媛に仕えて岩本社に祀られたという尼僧かどうかはわからない。(以下のリンク先参照のこと)

72 祐徳稲荷神社参詣記 ③2017年6月8日 (収穫ある複数の取材)
https://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2017/08/06/205710

萬子媛の葬礼は簡素だったようだが、五月十五日(1705年7月5日)の日記に書かれた三十五日についても、格峯(鍋島直孝、断橋)が恵達(慧達)、石柱を帯同して祐徳院に一泊し、御霊供膳と皆に振る舞う料理を用意させているが、目立った儀式はなかった模様だ。

もし、萬子媛の葬礼のときの布施の記録に名のあった僧侶達の中で、蘭契からが祐徳院に属した尼僧達だとすれば、17 名(蘭契、満堂、蔵山、亮澤、大拙、瑞山、眠山、石林、観渓、英仲、梅点、旭山、仙倫、全貞、禅国、智覚、𫀈要)。萬子媛がいらっしゃったときは総勢 18 名だったことになる。

萬子媛が亡くなる前年までのことが書かれた、萬子媛の略伝といってよい『祐徳開山瑞顔大師行業記』には、萬子媛が尼十数輩を率いたとあるので、人数的には合う。

求道者らしいストイックな暮らしをなさっていたと想像できる祐徳院所属の尼僧達。五月十五日に料理を振る舞うことで、格峯は尼僧達をねぎらったのだろうか。

彼女達がその後どうなられたかが気になるところだ。

ところが、わたしは神秘主義者として知っている。江戸時代に亡くなった彼女達は、あの世で、萬子媛を長とするボランティア集団を形成し、中心的役割を果たしておられるのだ。

カルマに障らないような、高度なボランティアを手がけておられることが窺える。

萬子媛は太陽さながら、豊麗なオーラを放射されるのだが、その光が如何にすばらしいものであったとしても、そのやりかたはわたしが神秘主義者として竜王会、神智学協会ニッポン・ロッジで理論的に学び、また前世での男性僧侶としての修行や今生での独習から会得した技法と同じだと思う。

それは、この世でもあの世でも通じるやりかたなのだとわかった。誰もができるやりかたのはずだ。この世の出来事に囚われ、その技法を磨くことを怠ってきたけれど、このことが確信できただけでも、わたしにとっては大きな進歩だ。

萬子媛をモデルにした小説を完成できるかどうはわからないが、頑張ってみたい。

日記には元禄14年3月14日 (1701年4月21日)に起きた赤穂事件について記されているので、次のノートで採り上げたい。わたしの興味を惹いたのは、日記の解説にあった次の箇所である。

<ここから引用>
元禄十一年の『御在府日記』によると、鹿島藩江戸藩邸では、吉良上野介の希望によって、二三度にわたって有田焼の水差しや香爐などを送っている。(鹿島藩日記 第二巻』祐徳稲荷神社、昭和54年、「解説」2頁)
<ここまで引用>

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2018年9月 9日 (日)

盗用疑惑が持ち上がった芥川賞候補作「美しい顔」。東日本大震災のニュースで観た犬のその後。

芥川賞受賞作「送り火」の感想の続きが途中ですが、リンチシーンを再読したくなくて、まだ書いていません。萬子媛ノートの続きがあるのに。

芥川賞候補作となった北条裕子「美しい顔」には、選考前から盗用疑惑が持ち上がっていたと知り、呆れました。

別に新人賞を受賞した作品でないと、芥川賞候補になれないというわけではないのだから、もう一、二作書かせてみて、優れた作品が仕上がれば、芥川賞候補に選べばいいだけの話です。

芥川賞をとらせたくてたまらなかった事情があったとしか思えません、わたしには。

東日本大震災をモチーフとした作品のようですが、前の記事に書いた拙児童小説『すみれ色の帽子』に、東日本大震災のニュースで観た犬に登場して貰ったことを思い出しました。

『すみれ色の帽子』は日記体児童小説で、「(11)ポセイドンの気まぐれ」にその犬が登場します。

テレビのニュースで視聴したものであり、作品にもテレビで見たと書いているので、発信元を書く必要はないと思い、書いていません。ただ、その中にギリシア神話事典からの引用があるので、引用元を明記し、そのまま引用しています。

犬の話題に入る前に、一家でギリシア神話に出てくるポセイドンを話題にする場面があります。Kindle版だと頁を明記できないのが不便ですね。児童小説なのでルビを振っていますが、省略します。

<ここから引用>
 わたしは、地震と大津波が起きたときの様子を、テレビで見ました。
 波がまるで生き物のように、道路をかけのぼっていました。行く手をはばむいっさいを、なぎたおし、のみこみながら。
 画面がかわって、めちゃくちゃになった沿岸部がうつりました。がらくたのようになった家や塀や車にまじって、船がありました。船は海にいるのが自然なので、それは異様な光景でした。
 また画面がかわり、今度は、闇のなかに、まっ赤なほのおが見えました。このほのおも、あの波の仲間に思え、飢えた怪物のように見えました。何もかものみこもうとしているかのようで、ぞっとしました。
 火災は石油のコンビナートで起きたものだと、アナウンサーが説明しました。


 地震が発生したときのジグザグにゆれる地面が、何度も、何度も、うつります。
「ポセイドンだわ!」
 わたしがさけぶと、ママは、
「えっ?」
 といって、わたしを見ました。
 でも、パパはいいました。
「そうだ、ポセイドンだ。」
 そして、ずり落ちたメガネを指で押し上げると、だまってテレビを見つめていました。
 ママは、いいました。
「ポセイドンですって? あれはギリシア神話に出てくる神さまでしょう? ギリシアの神さまが日本に祟って、あんなことになったなんて、いわないでちょうだいね。」


 わたしはママの言葉にいらいらして、頭をふりました。すると、ポニーテールにした髪のたばが自分の頭をぶったわ。

 ママは、ギリシア神話をよくは知らないのでしょうね。よく知っていれば、ポセイドンが大震災におおいに関係があると、わかるはずです。
 いいえ、ママのように疑いぶかい人には、こういってやらなくてはならないわ。大震災におおいに関係のある何かを、古代のギリシア人はポセイドンとよんだのだ――と。
 昨年の一年間、わたしは壁新聞の係でした。その壁新聞で、ギリシア神話の神々を紹介したので、あのかたたちのことなら、よく知っているというわけなの。


 先生が、バーナード・エヴスリンという人の書いた『ギリシア神話小事典』②(※脚注)という本をかしてくださったので、わたしはその本のなかから、毎月、壁新聞を作るたびに、これは、と思った神さまをとりあげました。
 この日本という国は、海にかこまれていて、ポセイドンは海の神さまだもの、紹介しないわけにはいかないじゃない?
 本に書いてあったポセイドンのことが、テレビで震災のようすを見たときに、頭に浮かびました。

<ここまで引用>

その次の文章が引用になるのですが、Kindle版では引用とわかるように工夫し、脚注で「バーナード・エヴスリン著(ちょ)『現代教養文庫(げんだいきょうようぶんこ) 1000 ギリシア神話(しんわ)小(しょう)事典(じてん)』(小林稔(こばやしみのる)訳(やく)、社会思想社(しゃかいしそうしゃ)、1979年)」という風に引用元を明記しています。ルビを加えたので(ルビ引用者)と断っています。

物書きが、引用していながら、そう書くのを忘れることがあるのかなあと不思議に思います。引用であれば、カギカッコで括るなり、行を下げるなり、するはずです。

自分がギリシア神話を研究したり、翻訳したりしたわけではないのですから、自分がそうしたように装い、自分のものとして書くなんて、怖ろしいことはできません。

『ギリシア神話小事典』を参考にして自分の言葉で書いたのであれば、参考文献として挙げることになります。この二つを混同しますか? 

わたしがここであえて引用という方法を選んだのは前掲書に「ポセイドンはたいへん気まぐれな神で、かんしゃくと愛情、残酷と親切が同居していた」(『ギリシア神話小事典』248頁)という説明があったからで、ここに日記の書き手である少女・瞳なら強い印象を受けると思い、そのまま引用しようと考えたのでした。

東日本大震災のニュースで視聴した犬のことは、次の箇所で出てきます。

<ここから引用>
 ね、あれは、ポセイドンのしわざだったのだと思わざるをえないじゃない?

 そのあと、もう一度、ポセイドンを思い出させるニュースを見ました。
 漂流する住宅の屋根の上に犬がいるのを、海上保安庁のヘリコプターが見つけ、犬はぶじに助け出されたというのです。
 犬は、三週間も、こわれた住宅の屋根にのっかって、海の上をただよっていたことになるわね。
 犬は海をただよいながら、どんな空をながめていたのかしら? 夜は寒かったでしょうね。おなかもすいたことでしょう。もし、犬に文字が書けたとしたら、きっとロビンソンのように、漂流記を書くと思うわ。
 たぶん、ポセイドンの気まぐれだったのでしょうが、海の上をただよっている犬には、彼はやさしかったのでしょうね。


 犬は、三日後に、飼い主に再会することができました。
 飼い主の女の人は、大きな犬をあかんぼうをだくようにだいて、もう二度とはなれないというように、犬と一つとなっていました。
 そのようすを、おおぜいの人間がニュースをとおして見ていたわけですが、それは、だれしも見とれてしまうような、おかしがたい、うつくしい情景でした。

<ここまで引用>

もし、ニュース記事をまる写ししたのであれば、引用元を明記したでしょうけれど、ここでは必要ないでしょう。

「美しい顔」を全文読んだわけではありませんが(講談社が全文公開していたようですが、もう消えてしまっています)、感想を書いている人は沢山いて、引用もされているので、どのような作品であるかはだいたいわかりました。

それから推測すると、引用部分がごく一部書き変えられただけで、引用元の明記もなく、作品に挿入されているようです。何箇所も。

尤も、引用であれば、書き変えてはいけません。引用といわれないように、ごく一部を書き変えたのでしょうか。

過去記事で、拙小説『台風』から引用しましたが、あれがそのままどなたかの文章に挿入され、その作品が新人賞をとったり、芥川賞候補になったりしたとすれば、心穏やかではいられないでしょうね。泥棒、と叫びます。

書いている本人には、引用、参考、創作の区別が明確についているはずです。その区別もつかないような物書きの作品に、文学賞が授与されるなんて、あんまりですから。

でも、盗用が意図的な行為であれば悪質で、尚更、文学賞に値しないと考えるのが常識だと思うのですが、選考委員達は盗用など気にする必要がないかのように、引用と参考の区別を曖昧にし、作品を褒めちぎります。芥川賞は授与されなかったものの……腐敗しきった文学界。

一つ前の記事で書いたように、盗用は、「芸術の一分野としての純文学的動機からというのは考えられません。自分ならではの発見と独自の表現こそ、物書きが求めるものであることを思えば。目的は別のところにあるのでしょう」としか、同じ物書きとして想像できません。

ところで、わたしは東日本大震災のニュースで視聴した犬のこと、そして飼い主との美しい再会の場面を忘れたくなかったので作品に書いたのですが、今回改めて調べてみたら、あのとき助かった犬はその後、事故で死んでいたことがわかりました。ショックでした。

2015年11月2日のJ-CASTニュースの記事で知りました。⇒https://www.j-cast.com/2015/11/02249623.html?p=all

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Kindle版児童小説『すみれ色の帽子』をKENPCでお読みいただき、ありがとうございます!

Kindle版児童小説『すみれ色の帽子』(ASIN:B00FB4K0X2)を8月30日ごろ、KENPC(Kindle Edition Normalized Page Count)でお読みいただき、ありがとうございます!

『すみれ色の帽子』ををKENPCでお読みいただいたのは今回で11回、お買い上げいただいたのは8冊です。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

すみれ色の帽子(日記体児童小説です)

以下は中編児童小説です。

田中さんちにやってきたペガサス

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

以下は、99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぼくが病院で見た夢

花の女王

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下はアマゾン・キンドルストアの著者ページです。管理人の電子著書一覧を御覧いただけます。

Amazon.co.jp: 直塚万季: 作品一覧、著書略歴
https://www.amazon.co.jp/-/e/B00BERQ7P0

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2018年9月 7日 (金)

高橋弘希「送り火」の感想が中断しています。「虎ノ門ニュース」に安部総理が出演(9月3日収録)。

自然災害が続きますね。関西への台風に次いで、北海道での地震。

外国からの旅行者も多い中、そうした人々が空港で途方に暮れている様子がニュースで流れました。

安倍政権は成長戦略の一つに「観光立国」政策を掲げているのですから、こうした非常時に対応できる、外国人旅行者専用の窓口をすぐに立ち上げることができるような体制づくりが望まれます。

そういえば、ネットのDHCテレビの番組「虎ノ門ニュース」に安部総理が出演なさっていますね。9月3日の収録。⇒https://youtu.be/zE5_Xm6RN0w

印象操作なしの安倍総理の素顔を観ることができます。北方領土、拉致問題、アベノミクス、(懸念する人も多い)外国人労働者の受け入れ政策などについて、語っておられます。

安倍総理は政治家の家に生まれて、子供の頃から将来の職業として当然ながら政治家を意識していたそうですが、映画監督になりたいという思いもあったとか。

ゴルフで、トランプ大統領に勝つこともあるそうですよ。トランプ大統領はプロ並みの腕といいますから、安倍総理も見かけによらず(?)、ゴルフは相当にお上手だということですね。

トランプ大統領が各国首脳とゴルフをしまくっているという話は聞かないので、トランプ大統領にしてみれば、よいゴルフ仲間を見つけてラッキーという感じでしょうか。勿論、仕事の話を内密にできる機会づくりとしてのゴルフなのでしょうけれど。

ところで、第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した高橋弘希「送り火」(『文藝春秋』(平成30年9月号))の感想の続きを書くつもりで、今日も書いていません。もう少し分析しておきたいので、再読しなければならないのですが、リンチのシーンを再読するのが億劫です。

日本人は生活が上向かない中で、自然災害も増えて、気持ちの沈むことも多いというのに、こうした作品が求められているとは思えません。リンチの起きる背景を純文学的手法で追究した作品であればまだわかるのですが、リンチという自覚も持てない作者が執拗に描写するリンチ――作者にいわせれば、遊び――の場面。

他に、第159回芥川賞の候補になった北条裕子「美しい顔」にパクリ疑惑があるということで、調べていました。講談社が全文公開していたようですが、もう消えてしまっています。

感想を書いている人は沢山いて、引用もされているので、どのような作品であるかはだいたいわかりました。

パクリが流行っているようですね。無意識的に、というのでなければ、芸術の一分野としての純文学的動機からというのは考えられません。自分ならではの発見と独自の表現こそ、物書きが求めるものであることを思えば。目的は別のところにあるのでしょう。

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2018年9月 5日 (水)

台風被害はありませんでしたか? バジルが豊作(レモン水の効果)

関西では台風の被害が大きかったようですが、大丈夫でしたか?

わたしは日田市(大分県)にいたころ台風被害に遭ったので、台風情報に接すると、ドキドキしてきます。『台風』という小説を書いたほど(アマゾンのKindleストアに出しています)、大きな出来事でした。

独身時代、佐賀県鹿島市に住んでいたころは秋になると台風がやってくるという感じで、小学生のころから台風に備える習慣がついていました。

雨戸を閉めるのが子供には一仕事でした。びっくりした蜘蛛が出てくるのが嫌でした。外の犬小屋で飼っている犬を玄関に入れました。庭の中――塀の側――に電柱があったので、倒れないか心配でした。

台風が過ぎると、大抵、あちこちの屋根から瓦が飛んで、田んぼや道路に落ちていました。今考えると、ずいぶん危険な話ですよね。

日田市で借りていた大きな古い家には、雨戸もシャッターもなく、不安でした。

今住んでいるマンションにも何もありませんが、ベランダ側の窓には障子がついているので障子も、その上からつけたカーテンも全て閉め、ガラスが割れたときの用心にしています。

物干しは紐とストッパーで二重に固定していますが、大型の台風のときは外して下に寝かせます。

2004年9月に日田市で台風被害に遭ったときは、家が舟を漕ぐように揺れ、風の音があまりに凄まじいので、一番ひどいときには風の音以外に何も聞こえなくなり、そうなると、考えることも難しくなりました。風が、生き物みたいに感じられました。

小説ではこう書いています。

<ここから引用>
 風圧の異常な高まりの中で、家が震え耐えていた。強弱入り乱れて吹き荒れる風の音が、母子にとって耐えがたいものになっていく。パリーンというガラス窓の割れる音がした。ひとたび静寂が戻り、ザアーッという強い雨音が聴こえる。無意識的に顔を覆い、一瞬家で起きた信じがたい出来事を拒絶した央子[ひさこ]は、はっとなって上のほうを見た。この部屋の小窓が割れたかと思ったのだ。が、そうではなかった。二階のどこかの窓が割れたらしい。ともかく、守りは破られてしまった。

割れた窓から豹のように風が躍りこんでくる音は、競演のようにうなり声をあげあう別の風たちの音に交じってしまう。動くのが危険な気がして、割れた窓を見に行くこともできず、母子は居間で寄り添っていた。すくみあがるたびに力が抜けていき、体が乾燥していく気がする。台所で、立てつけの悪い窓から容赦なく雨が吹きこみ、ポタポタと連続的な雨漏りの音がバケツを置いた以外の箇所でもしていたけれど、バケツや雑巾のある洗面所までの道のりが遠く感じられ、もうそんなものは無意味にも思われた。揺すられ、圧迫されて、老朽化した家は悲鳴をあげながらも歯を食いしばって耐えている。

今や風はゴォーゴォーと轟き、物にあたって砕け散っていた。そこかしこで物を蹴散らし、哄笑しながら宙に放り投げ、泳がし、地面に叩きつけ、なぶるようにまた浮かした。風たちは連動し、触発しあい、四方から押し寄せて、この家をつけ狙っていた。母子は、風の監視の目を逃れることも自由に息をつくことも、もはやできない。央子が一番怖かったのは、耳の中まで鋭い風の音でいっぱいになり、ものを考えることのできない瞬間が繰り返し訪れることだった。何という自然の恐ろしさ、いとわしさだろう!

 もの凄い風圧に家と共に耐えるだけで、母子が何も考えられなくなってほどなく、爆音――としか思えない音――が轟いた。家が回転するように大きく揺らいだ。
 午前十一時四十八分。このとき日田で、大分地方気象台が観測史上最大となる最大瞬間風速五○・二メートルを記録していた。
 母子の上に、バラバラバラと埃と壁土が降ってきた。

<ここまで引用>

近くの工場から大きな物体が飛んできて、家の二階部分を潰したのでした。こんなときにはヘルメットがあると助かりますよ。現在は、防災ヘルメットが家族分あります。

潰れた家は使い物にならなくなりました。一階も、台所は天井に蛇口をつけたみたいに何時間も汚水が迸り続け、その天井が全面、色鮮やかな黴で覆われました。洋室は池のようでした。でも、発見もあったのです。

<ここから引用>
破損した廊下の窓から、台風の去ったあとの光がいっぱいにそそいでいる。洗われたような青空が、砕け散ったガラス窓の向こう側にひろがっていた。優しい色調を湛えた、澄んだ、明るいその空を見ると、こちら側の無残な光景が何か非現実的な、夢の中の光景のように央子には思われてくるのだった。
<ここまで引用>

小説を読んでくれた人がここは逆なんじゃないかといいましたが、そうではありませんでした。逃避の感情とは違っていました。この発見がなければ、この小説は書かなかったかもしれません。

被害状況、工場との示談、引っ越すまでの顛末全て、台風に関することはノンフィクション的筆致で描いています。尤も、テーマは台風ではなく、家族の物語です。

話は変わりますが、バジルが三回目の収穫を迎えました。

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一回目は害虫にやられて、少ない収穫量でした。ググったところ、バダニやハモグリバエ(エカキムシ)の幼虫にやられていたようです。

娘がレモン水がいいらしいよ、と教えてくれたので、実行したところ、二回目の収穫は満足のいくものでした。

2018年8月11日 (土)
観劇のあとで入った、てんぷら専門店「えび福」。バジルの収穫。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2018/08/post-6ccf.html

今回の三回目はもう、大満足!

プランター菜園は夫の聖域と化していたのですが、レモン水を試すことに賛成してくれ、わたしの責任(?)で面倒を見ていいことになったのです。これを機に、聖域、分けて貰おうかしら。お花、育てたくなりました。

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「Nに大感謝だな。全然違うね」といって、夫が収穫してくれたのですが、実は、このボールに入りきれませんでした。量ってみると、全部で 150g ありました。

霧吹きスプレーに入れたレモン水を早朝、万遍なくバジルに吹きつけるだけで、これほど効果があり、綺麗なバジルが収穫できるとは想像しませんでした。

家族が好きなバジルソースパスタとガパオライスは必ず作ります。久しぶりにカプレーゼも作ろうかな。

バジルソースはパンに塗ったり、ポテトと和えたりするだけでも美味しいですね。

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2018年9月 3日 (月)

リンチを遊びとすり替える芥川賞受賞作家。それは犯罪者心理だ(作品「送り火」を文章から考察する)。

本日、赤字部分を加筆しました。2018年8月1日2時22分にアップした記事でした。次の記事でもう少し、作品を分析したいと考えています。

第159回芥川賞(平成30年上半期)を受賞した高橋弘希「送り火」(『文藝春秋』(平成30年9月号))の感想の続きです。

関連記事:
8月28日: 神事、そして文学に対する冒涜でしかない高橋弘希「送り火」(第159回平成30年上半期)
8月29日: 芥川賞受賞作「送り火」のちゃんとした感想を、次の記事で(青字部分、加筆)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

選考委員によれば、作者は描写力があるそうだが、文章を見てみよう。冒頭。

<ここから引用>
欄干の向こうに、川沿いの電柱から電柱へと吊るされた提灯が見え、晃が語っていた習わしを思い出し、足を止めた。河へ火を流すというのは、例えば灯篭流しのようなものだろうか――、(322頁 ※「習わし」のルビの位置に「、、、」。引用者)
<ここまで引用>

文章が頭に入ってこない。冒頭がこれではわかりにくい。

わたしは提灯に火が入っているのだと思ってしまった。しかし、続く文章から、時間的に、提灯にはまだ火が入っていないと思われる。

冒頭の作者の文章が「河へ火を流すというのは」と続いているので、提灯には火が入っており、その提灯を舟に積んで河へ流すのだと勘違いしたのだった。

後のほうを読むと、そうではないようだ。その習わしというのは、急流の中を、集落の若衆が帆柱に火を灯した三艘の葦船を引いていくというものらしい。まぎらわしい書きかたである。

また、後のほうに、市街地の祭りとは別に河へ火を流す習わしがあり、提灯はその習わしの準備だと書かれている。提灯の色は茜色とある。

欄干の向こうに、提灯が見えた。茜色の提灯が、川沿いの電柱から電柱へと吊るされているのだ。晃が語っていた習わしを思い出した。河へ火を流すという習わしなのだが、それは灯篭流しのようなものだろうか。

ここで、提灯の茜色を出しておいてもいいのではないか。もし提灯に火が入っているとすると、提灯自体の色よりも明かりの色が目に映るものなので、提灯が茜色と書けば、昼間で、提灯には火が入っていないとわかる。

「足を止めた」は余計だと思う。「晃が語っていた習わし」と「足を止めた」の二方向に、読者の注意が分散されてしまうからだ。ここで重要なのは、前者のほうではないかと思うので、それのみを生かすほうがいいのではないだろうか。そうすれば、強調の「、、、」は必要ない。

もう一つ、先のほうに取り出しやすい文章があるので、見てみよう。

<ここから引用>
その簡素な祠には、赤い前掛けをした地蔵菩薩が祀られていた。夏蜜柑が二つ供えてある。五穀豊穣を願ったものだろうか――。(323頁)
<ここまで引用>

ここも説明的で、映像的に入ってこない。夏蜜柑がここでは鍵となる。

その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた。赤い前掛けをしている。お供えの夏蜜柑が二つ。

地蔵菩薩というと、わたしには子供の守り仏というイメージなのだが、五穀豊穣の願いが感じられるというのであれば、夏蜜柑を瑞々しく描けば、効果的だと思う。野菜を豊かに盛った籠を置いたなら、より「五穀豊穣」を願う場としての雰囲気が出る。

夏蜜柑といっても、どこにでもある夏蜜柑というものは本来ないのだ。どの夏蜜柑も、他の夏蜜柑とは違う。

地蔵菩薩の前に置かれた夏蜜柑が萎びていたなら、どこか哀しい。

実際には、地蔵菩薩の赤い前掛けが鮮やかだったり、色あせていたり、お顔もくっきりとしていたり、目鼻が消えかかっていたりで、一様ではない。容貌も様々だ。作者の描きかたでは一般的な地蔵菩薩の域を出ず、小説に出せる状態ではない。

地蔵菩薩が置かれているということだけを印象づけたければ、「その簡素な祠には、地蔵菩薩が祀られていた」だけでいいと思う。

作者の文章はわたしにはわかりにくく、描写力があるとは思えない。

弱者がリンチを受ける場面は生々しく、一見、描写力があると思わせられるが、即物的で、どこかで読んだような文章である。ここにしかない蜜柑を、作者はどこにでもある蜜柑のように描くが、それと同じ印象を受ける。

大衆週刊誌の事件簿、エンター系バイオレンス小説を連想させられる。否、実際のバイオレンス小説の描写はこれほどくどくない。案外あっさりしているので、夫の本棚にあっても気にならない。

「送り火」は、これでもかこれでもかといわんばかりである。リンチを受け続ける稔は、医学的に見れば、もう何回か死んでいるのではないだろうか。

明らかにリンチ殺人事件として報道されるような暴力沙汰であるのに、発表誌『文藝春秋』(平成30年9月号)の受賞インタビューで、高橋氏は次のように話している。

<ここから引用>
物語の最後に、‟サーカス”という遊びを描きました。‟サーカス”が乱暴な色合いの濃い遊びなので、彼は日常的にもう少しマイルドな遊びをやってただろうなと思って、四種類くらいの遊びを考えた。(略)ただ自分としては、殊更に子どもたちの凄惨さを書こうと考えたわけではないです。この年頃の男子ってけっこうバイオレンス好きだと思うんで、だから、物語の中の彼らも、普段から度胸試しというか、チキンレースのような遊びを日常的に行っているだろうと思って。(前掲誌320頁)
<ここまで引用>

「すると、稔は卒倒し、地べたに蹲った。白目を剥いて泡を噴き痙攣すると、低い鼾をかき始めた。ズボンの股当りが濡れて染みになっている。観客から次々に野次が飛ぶ。立ち上がらねぇぞ、演技ばしてら。汚ぇ、小便もらしてら。バケツだ、バケツの水ばかけろじゃ」(前掲誌376頁)

これがサーカスという遊びで遊ぶ「子どもの情景」というのだ。おぞましい血みどろの場面が長々と続く。

最終的に、稔は「バケモン」になる。「確かにその姿は人間には見えなかった。稔の肉の形をした人外にしか見えない」(掲誌376頁)

これを遊びと表現する高橋氏は、頭がどうかしているとしか思えない。作品がどうの、という以前の深刻な問題があるように思える。

作者は明らかに、暴力シーンを見せ場としている。誇示している。暴力を、リンチを賛美しているのだ。だから、作者にとってはどこにでもある田舎の神事を適当に持ってきて、場面を盛り上げることも厭わない。これが純文学小説であるはずがない。

リンチを遊びとすり替えるな。それは犯罪者の心理だ。

作者がリンチ――作者にいわせれば、遊び――という状況下に、主人公を執拗に追い込んでいることが小説をよく読めば、わかる。

ノンフィクション的に、そのような状況下に至った経緯を描いているのではない。作者が神――鬼神――となって、そのような宿命を主人公に押し付けているのだ。これが芸術の一分野である純文学の創作とは別物の、趣味、それも悪質な趣味でしかないとわたしが考えるのは、それが理由である。

祭りも、そうした主人公の運命操作に使われている。祭りをそのように使うとは、作者は地域の祭りに参加したことがないのだろうか。帰国子女か? 

高橋氏の前作は戦争文学だそうだが、その内容は「送り火」から推して知るべし。

芥川賞は、壊れた日本語で書かれた小説や、異常な人物の出てくる不快な小説を量産して、日本文学を、日本文化を破壊するつもりか? 

danger まとめるには、時間がかかりそうなので、後回しにするかもしれません。候文は難解ですが、『鹿島藩日記』が美しく見えます。そこに戻りたい。

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