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2018年6月16日 (土)

ここ数日……幼馴染みのことで

ここ数日、直腸がんを患っている幼馴染みのYちゃんのことで頭がいっぱいになり、葛藤が起きて何も手につかず、インターポットのビンゴばかりしていたら、50位内にランキング入りしてしまった。神秘主義者にあるまじき……

彼女に電話をかけたとき、留守電になっていたので、大腸がんの名医のいる久留米大病院で手術を受けているとばかり思っていた。彼女はパソコンも携帯電話もしないので、わたしからは連絡がとりにくい。

しばらくしてかかってきた彼女からの電話では、京都時代(彼女は、京都生まれの男性と結婚して京都に住んでいた時期があった。その後、離婚した)の友人の伝[つて]で、京大病院でセカンドオピニオンを受けていたという。

セカンドオピニオンの結果は、最初の見立てと同じステージ3――直腸がんのステージは4まで――だそうだが、人工肛門になるとの説明だったとのこと。

セカンドオピニオンを受けた医師の名を訊いてググったら、大腸がんの名医とあった。セカンドオピニオンの後で、その名医から治療を受けたのかと思いきや、そのつもりはなかったそうで、退院、帰宅後に三軒ほどのホスピスの面接・診察を予約したのだという。

そのうちの一軒では、既に面接と診察を終えたのだそうだ。わたしは心底がっかりした。

彼女は10年ほど前に、顔面神経痛で九大病院に入院した。そのとき、同室に直腸がんの若い患者がいて、尿に便が混じり、泣いていたという。手術前だったのか、手術の失敗でそうなったのか、詳しいことはわからないそうだが、彼女は手術の失敗だと思っていたそうだ。

そんな思いをするより、緩和ケアだけで尊厳ある最期を迎えたいと幼馴染みはいう。

わたしは彼女との連絡がとれない間に、かなりの数の専門サイトと患者のブログを閲覧していた。

その中の患者ブログの一つに、治療を放置したらどうなるか医師に尋ねたら、腫瘍が腸管を突き破って尿から便が出たり、肛門から尿が出たり、また排便がめちゃくちゃになる――と答えが返ってきたとあった。

10年前に幼馴染が同室になった女性に起きた出来事が手術前のことだったのか、後だったのかは判然としないにせよ、放置すれば、そうなることがあるようだ。

尿に便がまじるなど、悶絶する痛みだろう。膀胱炎や結石ですら、わたしは泣きたくなるのに、恐ろしい。

セカンドオピニオンでも、ホスピスでの検査でも、最初に受けた検査のときから悪くなってはいないといわれたそうだ。手術すれば、根治できる可能性があるといわれたとも彼女はいっていた。

いずれホスピスに行くとしても、尿に便が混じるようなリスクを避けるために、手術を受けてからにしてはどうかとわたしはいった。それに、それに、うまくいけば根治できるかもしれないではないか。

大腸がんは消化器のがんの中で一番治りやすく、手術で病巣をとりきれれば、治癒率は75パーセントを超えていると専門サイトにあった。手術前か後に尿に便がまじって泣いていた女性を幼馴染みが見たのは、10年も前の話だ。

永久人工肛門になったとしても、内田春菊さんのように明るく、前向きに生きている人がいる。人工肛門をつけた写真が公開されている記事を見たが、おヘソにはピアス、その横にお洒落にさえ見える人工肛門が装着されていた。⇒ここ

しかし、幼馴染みは死に際を美しく飾ることにしか、関心が向いていない。

現時点では痛くも痒くもないことが、積極的な治療への嫌悪感を誘うのかもしれない。彼女のお母様がホスピスであまり苦しまない最期を迎えたことも、ホスピスへの評価が高まる理由だろう。

ただ、お母様は高齢だった。弱っていた。がんの種類が違う。幼馴染みはまだ間もなく還暦を迎えるという年齢であり、がんはあっても、他はどこも悪くないという。

そんなに体力のある体で、治療さえしなければ、苦しまずに死ねると思うほうが変だとわたしは思ってしまう。逆の見方をすれば、現時点での彼女には大変な治療に耐える体力があるということだ。

手術をすれば必ず失敗すると悲観的な一方では、手術しなくても尿に便が混じる事態になることは絶対になく安らかに死ねると楽観的であり、物事の見方にバランスがとれていない。幼馴染のそのバランスのとれない希望的観測がわたしには不安だ。

「わたしには家族がいないから」とも幼馴染みはいう。「元気になって、一緒に遊ぼうよって、いっているじゃない。わたしは準家族にもなれないの?」といったが、こんな風にいわれてしまった。「いくら友人だからといって、本人の考えを尊重せずに、自分の考えを押し付けるのはどうかと思う」

他の友人たちは皆、彼女の考えに敬意を払い、励ましてくれるそうだ。天涯孤独のようなことをいっていたけれど、友人は多いようだ。わたしは二軍かな。押しつけがましくて、上品になれないで、悪うございました。

「その人達は、皆、直腸がんのことに詳しいの?」と訊くと、「あまり詳しくないと思う。大腸がんに種類があるのも知らないみたい」と、彼女は軽く笑いながらいった。

「どうして、そんなに早く死にたいのよ?」と訊くと、「一度は死ななくてはならないから。これをいい機会だと思って、今済ませられるのならば、今済ませたい」と彼女。

「お母様がYちゃんにマンションや、80歳まで楽に暮らせるくらいのお金を残してくださったのは、早く死ぬためなの?」といい、わたしはわたしの母と一緒に電話局へと出かけていく幼馴染みのお母様を、彼女と窓から眺めていた子供のころのことを思い出していた。

「わたしたちは、自分に欠乏しているものを映し出す鏡よ。Yちゃんには家族がいない。わたしにはお金がない。そのために、もう一つ幸福ではない。わたしはがんになんかなったら、今あるお金でどこまで治療できるだろうとまず考えざるをえないのよ。治療できるお金が潤沢にあるということは、とても恵まれたことでしょ。それは、治療しなさいということではないかとわたしは思う。それに、わたしはYちゃんとこうして話すだけでも幸福な気分になれるのだけれど、Yちゃんはそうじゃないのね」といったが、返事がなかった。じっと聴いてくれているのはわかった。

一昨年会って、話したり書いたりする能力をなくしていっているとしか思えなかった中学校時代からの友人二人の話をすると、まだ若いのに? と幼馴染みは驚いた。

「昔のお年寄りみたいに、親や子供がいくつになったかとか、今どこにいるかとか、そんなことばかり訊いてきて、そこから話が何も展開しないのよ。仕事をしていたり、結婚もしているのに。御主人との会話がほとんどないんだって。その癖、変な意地悪はしてくるのよ。Yちゃんは本を読むの?」と訊くと、本は大好きなのだそうだ。やはり読書は頭の老化を防いでくれるようだ。

また、特定の宗教には関心がないそうだが、ブッダの話などは好きだという。「死ぬ前にはNちゃんに会いたい」と彼女。

「会いたければ、あなたのほうから来て。わたしは小説を書かなきゃならないから、忙しいのよ」とわたしはやや突き放したようにいった。そして、「今体調が悪くなくて、本好きなら、何か送るから、気が向いたら読んで。嫌なら、読まなければいいだけの話」とつけ加えた。

じっと死ぬのを待っている人なんて、わたしは見るに耐えられない。そんな人に、会いたいくない。たとえ、幼馴染みでも。

調べているうちに、萬子媛が断食入定なさったのかどうかははっきりしなくなったが、仮にそうなさったとして、その死を待つありかたは、幼馴染みとは対照的だったろう。

何にせよ、江戸時代の半ばごろに亡くなった萬子媛が、あの世でボランティア集団を率いて今も神社という神域で活動なさっていることは間違いない。あの世からこの世へ、毎日出勤なさっているのだ。凡人、否、凡霊にはそのようなことはできない。

わたしは内田春菊さんの記事と、昔書いたわたしの手記「枕許からのレポート」及び萬子媛のエッセーをコピーして送った。萬子媛のエッセーは、改めて読み返すと、説明不足でわかりにくかったり、表現がおかしかったりするところが見つかった。

自身の神秘主義的な側面を幼馴染みに話したことはなかったので、驚くかもしれない。読んでくれればの話だが。彼女の周囲には幸い複数の――彼女の意思を尊重し、励ましてくれる、名医に伝もある――友人達がいるようだから、もうこちらから連絡することはないだろう。わたしには、末期でもないのにホスピスを志向する幼馴染みを受け入れることができないのだ。

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