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2018年1月 6日 (土)

モロッコ出身の女性**さんに会いたい(家庭創りに関する考察)

息子が29日の夜帰省し、明けて5日に東京へ戻った。

久しぶりに一週間もの間一家水入らずで贅沢な団欒を過ごすことができ、その団欒を支えるために働くことができたことで、わたしの母性が最高度に高揚し、満足したことはいうまでもない(このような報告をしているということは)。

だが、一方では、主婦としてのわたしに余分なもの――例えばお金にならない文学趣味とか神智学的志向性とか――がなければ、家族にとって完璧な女でありえたのだろうと思い(わたしの考えでは、文学も神智学も人類の成長を促がし助ける不可欠なものだ)、そして唐突にマルグリット・デュラスの次のような言葉を思い出したりもした。

 わたしは次の点を繰り返すわ。なんべんでも繰り返さなければならないことなのよ。起きてから寝るまでの女性の仕事というのは、戦場での一日と同じくらいつらいものだし、男が働いている一日よりも割に合わないものよ。なぜなら、ほかの人たち、家族の者たち、外の制度下にある者たちのスケジュールに応じた自分のスケジュールを作りあげてゆかなければならないからよ。〔略〕

 男性たちにとってのよき母というのは、女性が、このきれぎれの時間の使い方、無音の眼につかぬ連続性に従っている時の姿なのよ。〔略〕そのうえこの無音の連続性が、生活それ自体として受けとられており、生活の属性のひとつ、たとえば仕事とは受けとられていない、わたしたちは今も炭鉱の奥底にいるのよ。

 この無音の連続性があまりにも強固に、しかもあまりにも昔から存在していたため、しまいには、その女性をとりまいている者たちにとっては、それがもうまったく存在していないのと同じことになってしまう。わたしが言いたいのは、男性たちにとっては、女の仕事というのが、たとえば雨を降らせる雪か、雲がもたらす雨それ自体と同じになっていたということなの。彼女の務めは、毎日の睡眠の務めと同じようになされていたのよ。そうすると男は満足して、彼の家のなかはうまくいっていたのよ。中世の男も、大革命当時の男も、1986年の男もそうなのよ。

 女性が頭の中にたたきこんでおくべきことをひとつ言うのを忘れてるわ――だまされちゃいけない。息子ってのは、父親とおんなじなのよ。女を同じように扱う。(マルグリット・デュラス『愛と死、そして生活』田中倫郎訳、河出書房新社、1987、pp.84-86)

働いている女性というのは結局のところ男性化せざるをえず、働いている母に育てられたわたしは母性愛に飢え続けて、そのことに不満と嫌悪感と疑問を抱いていた。

母は可愛らしい人で料理が上手、子供とのスキンシップを好み、家に人を集めて今の言葉でいえばホームパーティーをするのが好きだった。世間づき合いも完璧にこなしていたけれど、わたしには母が、女性の役割もこなす、よくできた男性のように感じられていた。

母は家政婦さんを雇っていたが、家政婦さんというものは本来は専業主婦がいる家庭でないと雇えないものなのだ。家政婦さんを近くで監督する人間がどうしても必要だからだ(電話交換手で、夜勤や泊まりのあった母にはそれができなかった)。

そうでないと、事故が起きる。例えば、わたしのように家政婦さんの息子たちに性的悪戯をされるとか、妹のように手っ取り早く寝かせるために飴玉をくわえさせられっぱなしにされるとかだ。彼女の息子たちとの訳のわからない凄まじいバトルがわたしの小学校時代の全てだった。

小学校の中学年になったころには、わたしが家政婦さんを監督する主婦のような立場になっていた。監督するには家のことが主婦並みにわかっていないといけないから、主婦並みに家のことに詳しくなった(わたしの考えでは、もう家政婦さんは必要ないと思っていた)。家政婦さんはわたしを煙たがって、妹をネコ可愛がりした。

外国航路の船員だった父は自分のことは何でもこなし、休暇中は専業主夫を楽しみながらこなしていたが、休暇は短く、航海は長すぎて、母親的にはなれなかった(家族とのスキンシップ不足が後に問題をもたらした)。しかし、父はいい線いっていたと思う。男性が専業主夫になれるという好例をわたしは父のうちに見る。

仕事はされていたが、役割からいえば専業主夫に近い男性に育てられた女性編集者をわたしは知っている。彼女は父親を母親のように慕っていた。

保育園であったとしても――それが如何に行き届いたように見える保育園であったとしても――大なり小なり事故が起きる可能性を想定すべきだろう。子供は起きた事故について、親に話すとは限らない。多くは自分に起きたことが理解できないから、話せないのだ。死傷につながるような発覚しやすい事故以外にも、見逃されやすい様々な種類の事故が起きている可能性は常にある。

理想としては、結婚した男女のどちらかが専業主婦(専業主夫)になることが家庭創りのためには必要だと思う。いくらお金があったとしても、人間らしい暮らしをし、文化の継承を行い、地域の安全を守るには、専業主婦(専業主夫)の存在なしでは難しい。

女性も老人も子供も、やたらと家から外へ追い立てようとする今の日本がまともといえるだろうか?

息子の前々職場には学歴も育ちもよい人が多く、稼ぎもよくて、奥さんも忙しい仕事に就いている共稼ぎの人も多かったようだが、そのような一人であった上司がコンビニ弁当を食べ続けて干からびると冗談をいっていたというから、男女がフルに働けば、やはりそうならさるをえないのだ。

還暦を迎えた、外で働いていた女友達がオヤジ化したり、家庭にいた女友達が姑化したりで、困惑している。会いたいといわれても、アルコール臭いオヤジみたいな女友達や底意地の悪い姑みたいな女友達に会ってどうなるのだろうと途方に暮れるのだ。

保育園の乱立と空っぽの家の密集地帯というのは、想像するだに怖ろしい。一家に一専業主婦(専業主夫)という社会形態を可能にするためには、専業主婦(専業主夫)の地位向上が不可欠だろう。

息子の直属の上司は日本の会社にいるが、その人は営業職で、技術系の直属の上司や同僚はベルギーの会社――本社はアメリカにある――にいる。

息子がいうには、あちらでは男性であっても簡単に育児休暇がとれ、休日には家庭サービスをするのが当たり前だそうだ。日本もそうなっていくのだろう。ただやはり、前述したような理由で、男女のどちらかがずっと家にいるというというのが理想的だとわたしは思う。

日本の会社にいる息子の上司のその上司は同じ営業系の仕事をしているモロッコ出身の女性で、息子のベルギーの会社にいる技術系の上司――ハンサムな白人のベルギー人――とよく行動を共にしている。日本にもちょくちょく来るそうだ。

モロッコ出身のその女性は日本の青年海外協力隊に助けられ、その後フランスの大学に進学してフランス人と結婚し、職場も住んでいるところもベルギーだが、国籍はフランスだという。

有能な女性でありながら料理なども好きなようで、日本贔屓の彼女は日本に来ると、味噌、ワカメ、干しシイタケなどの食材を買って帰るということだ。

息子に写真を見せて貰った。肌の色は黒というより小麦色で(写真では白人のように見える)、見るからに知的そうな容貌の綺麗な、同性にも好かれそうな中年女性だ。

古代エジプトで栄えたギリシア風の学術都市アレクサンドリアには、古代神智学徒(新プラトン学派)であったヒュパティアのような女性哲学者もいたというが、モロッコ出身の彼女の写真はその遠い時代のことを連想させた。

彼女は息子の顔を見るたびに、「家には帰っている?」「親孝行はしている?」と訊いてくるという。今の日本で、誰が息子にそのようなことをいってくれるというのだろう?

わたしは涙が出るほど嬉しい。過去に齧りかけたフランス語を勉強して(勿論英語だと通じるだろうが、どちらかを勉強するとなるとフランス語を勉強したい)、彼女と話してみたいと思うほどだ。

彼女はどんな日本料理を作るのだろうと思いながら、息子が東京に戻る日の朝、次のようなものを作った。

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しらたきのかか煮。

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ミニ・プレーンオムレツ(マッシュルームソース)。

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かまぼこ、長芋(わさびじょうゆ)。

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水菜のからしあえ。

これに味噌汁だったが、朝食には多すぎるよと息子にいわれてしまった。

盛る量が多かったかも。味噌汁なんて、ほとんど白菜の煮物といってよいくらい白菜だらけだったし。これでも、不足しているように思える野菜を少しでも多く摂らせたいと思って工夫した結果なのだ。

盛る量を少なくしてアジの干物か塩鮭を焼いてメインにすれば、お客様の朝食にもいいのではないかと思う。

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別の日のお昼に作ったサラダ。レタス、サニーレタス、キュウリ、白アスパラガス(残っていた瓶詰のもの)、紫玉葱、スモークチキン、ドライ納豆。これに棒状に切ったニンジン、プチトマトを加えたサラダを息子が毎日、山盛り食べてくれれば、わたしも安心するのだけれど……。納豆好きの息子にドライ納豆は受けたが、自分で買いはしないだろうな。

持たせようとすると、怒るしね。荷物になるのは嫌なんだそうだ。母親って、心配するだけの野暮な存在で馬鹿みたいだ。

自分で金を稼ぐ能力も欠いた、馬鹿な女と思われているんだろうなあ。虚しいね。

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夫がパスタを茹でてくれるというので、別の日のお昼に明太子パスタを作った。

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これは、また別の日に作ったアボカドのスープ。

ミキサーで簡単に作れる、デザート風アボカドのスープは本当に便利。アボカド2個、牛乳300㏄、はちみつ大さじ1~2で、3~4人にはちょうどいい。仕上げに黒こしょうを振る。

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これも、また別の日に作ったチキンブイヨンで作ったワカメスープ。これも簡単に作れて、大抵の料理に合うので便利。

正月には必ず作るお雑煮の写真は、撮りそこなった。昆布、削り節でだしをとり、みりんと薄口しょうゆを同量加えて味を調え、かつお菜、焼いた餅、かまぼこを入れて出来上がり。あっさりしていて、実に美味しいお雑煮。母のお雑煮には鶏肉が入っていた。来年はわたしも鶏肉を入れてみようかな。

お節は京料理「濱登久」のものを注文した。お節を手作りすると高くつくと思うようになったころから、注文するようになった。息子が帰省するかどうかがわからない11月21日に頼んだので(それでも遅いくらいだった。薄味で我が家好みの濱登久のものが残っていてラッキーだった)、何人分のものを注文するのか迷ったが、4人でいいくらいのものを注文した。

2日の鍋料理の材料は、豚ロース肉(しゃぶしゃぶ用)、鶏だんご、シャウエッセン(ウインナー)、白菜、水菜、春菊、白ねぎ、えのきだけ、木綿豆腐、しらたき、しめじ。

大学時代に息子のアパートの部屋は友人達のたまり場になっていて、彼らが材料を持ち寄り、よく鍋物をしたという。キムチ鍋は臭かったとか。すき焼きもよくしたそうだ。話では豆乳鍋が美味しそうに聞こえた。まだしたことがないので、一度やってみよう。

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