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2017年5月の20件の記事

2017年5月31日 (水)

力不足の心臓

3月に受けた血液検査で、赤点なしだったと書きました。

これで体力があれば……とも書きました。

息子が帰省したとき、夫、わたしの三人で宇佐神宮に出かけました。真夏のような陽気で、湿気があまり感じられなかったためか、暑いわりには過ごしやすい日でした。

神宮の敷地は広く、石段も多くて、夫と息子について行けず、上宮へと続く石段の途中でへばってしまいそうになりました。石段と石段の間にある踊り場のようなところで、へばって座り込んでいる高齢者を見かけました。

頻脈の治療を受ける前は、こうしたとき、動悸が激しく、息切れがしていました。このときは、頻脈を放置していたころに比べると、そこまでひどくはありませんでしたが、やはり結構な動悸があり、体がへなへなした感じになりました。

頑張って座らずに上宮を目指しました。夫と息子が息切れ一つせずにいるところを見ると、わたしが家にじっとしていたくなるのもやはり体力のなさから来ているのだと再認識しました。

胸痛が起きなかったのは、薬がよく効いているお陰だと思いました。ただ、この体力のなさが動悸や冠攣縮性狭心症を予防するための薬の作用でもあって、心臓の負担を抑えているために心臓が力不足になることから来ているのだろうと思えば、複雑な気持ちになります。

発作は怖いけれど、体力がないのもつらいものです。痛し痒しです。家の中で家事をするのが精いっぱいというのでは、これからが思いやられます。

体力をつけるためにウォーキングなどするのは逆効果だということが過去のウォーキング経験からわかりましたし、もはや、体にハートの白い光を放射するという、いくらか我流の神秘主義的な試みを地味に続けてみるしかないかなあ。

体力のなさを自覚させられたということはありましたが、家族との散策はいいものですね。仕事だった娘が一緒に来られなかったのが残念でしたけれど。

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人権・環境団体も対象、法相認める(テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案、参院審議)

5月29日、テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が参院本会議で審議入りしました。

金田法相は、環境や人権の保護を掲げる団体であっても、その団体の実態が組織的犯罪集団と認められれば、構成員が処罰対象になる可能性があると認めました。組織的犯罪集団かどうかの判断は捜査機関に委ねられます。

金田法相は「対外的には環境保護や人権保護を標榜(ひょうぼう)していても、それが隠れみので、結びつきの基本的な目的が重大な犯罪を実行することにある団体と認められる場合は処罰されうる」と指摘し、そのような団体の構成員は「一般の方々とは言えないことは当然だ」とごく当たり前の答弁を行いました。

裏組織の隠れ蓑となっている人権、環境団体は相当数存在しているようですから、人権、自然保護を自称さえすれば、危険な団体であっても野放しにされ、好き勝手にできたこれまでがむしろ異常だったとわたしは思います。

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2017年5月30日 (火)

久しぶりの息子の帰省

久しぶりに、息子が帰省した。二泊三日の短い滞在ではあったが、家族旅行で顔を合わせたときとは異なる日常的な雰囲気の中で過ごせ、家族揃っての団欒を満喫することができた。

母親としては、第一に我が子が都心で――横浜から東京都内に引っ越した――安全に健康に暮らしているかどうか、ということが気になる。次には、とにかく美味しいものを食べさせてあげたい。

体重が増えたようなので、栄養のバランスが悪いのではないかと心配になった。で、二日目の夜はカフェ&ダイニング「かもめのジョナサン」に行く予定だったので、一日目の夜は大皿に野菜たっぷりのサラダがほとんどメインの風格(?)。

メインはキングサーモンに決めていたので、息子に食べさせたかった大分県認定のブランド地鶏「冠地どり」を2枚焼き、皆が食べやすいように切り分け、サラダに添えた。

冠地どりは美味しいので、過去記事で採り上げている。

息子の仕事のことでお祝いすべきことがあったので、クリスマスのときのように、スパークリングワインを開けた。

わたしは神秘主義者としての見地からアルコールには警戒心を抱いており、現代医学がまだ切り込んでいない分野に関することなのだが、このことには科学的根拠がある――秘教科学ではよく知られている――と思っている。

が、一般人と結婚している人間でもあるので、自分の原理原則を杓子定規に家族に押しつけるわけにもいかない。

アル中気味ではないかと疑っている女友達には神秘主義者であろうがなかろうが、はっきりしたことをいうべきだと思ってそうして、結果的に敬遠されたようだ。アル中気味を疑ったのは、わたしの勘違いかもしれない。

でも、飲みすぎていることは事実のようだし、昼間からお酒を飲む習慣はアル中臭いではないか。もう自己責任で、アル中にでも何にでもなればいいと思う(アル中になってしまうと、責任をとれなくなるのが問題ではある)。

アル中気味というのがわたしの誤解なら、なぜ誤解を解こうとしてくれないのだろう? 神秘主義まで持ち出して説得しようとしたから、逆にこちらの頭を疑われたのかもしれない。

夫には休肝日を作って貰い、飲みすぎないよう注意しているが、その範囲内で自由に飲んでいる(だいたいビールか、炭酸飲料で割った焼酎)。定年後の仕事柄からか、自然に酒量が減ったのはありがたい。

この年齢になってみると、本人や夫がアル中気味で悩んでいる人は多い。老年に近づいてようやく、長年の飲酒のツケが回ってくるということだろうか。

夫の場合は飲酒より、長かった喫煙による影響が心配なところだ。相手がストーカーだったとはいえ、不倫騒動を起こした夫と別れたくなってそういうと、夫は泣いて別れたくないと縋りついてきた。

わたしも、自分のような変人と暮らしてくれる物知りで面白い夫は捨てがたかったので、結婚継続の条件を夫の禁煙にした。

いざ別れるか否かといった選択に直面したとき、わたしのような専業主婦は生活できなくなる不安を真っ先に考えそうなものだが、追い詰められると、逆に精神的な損得しか考えなかった。自己管理の下手な夫と暮らしていく限り、そちらに引き摺られて、わたしも精神的に破滅するだけだろうと思ったのだ。

離婚して暮らせなければ、生活保護を申請すればいいと思った。それが通らなければ、日本に見放されたと思って自然に帰るしかないと考えた(日本という国のことを本当に真剣に考えたのはこのときだった)。

まさか、夫がまた泣くとは思わなかった。というのも、夫は22歳のわたしが結婚を断ったときにも泣いたのだ。

わたしが大学を卒業する直前に母が倒れ、重体に陥ったのだが、母が長い昏睡から覚めたとき、乳児に帰っていた。家族が患者について世話をするのが当たり前だった当時、決まっていた就職は諦めるしかなかった。

母が重体を脱して頭も正常になるまでには、時間がかかった。すっかり正常になるとは思えなかった時期に、わたしは別れるなら早いほうがいいと思い、夫に結婚できないから別れたいといった。そのときに泣いたのだ。

母の頭は奇跡的に正常に戻り、悪化していた腎臓も改善して退院し、通院できるようになった。やがて、無理しない程度の家事であれば、できるようになったので、わたしは公文教室で助手の仕事に就いた。

その後、妹が博多で就職できなかったため、帰省することになり、実家から通える商事会社に就職することになった。夫とわたしは晴れて結婚できたわけだが、夫の泣き顔を再び、このような形で見る羽目になるとは当時は想像もしなかった。

泣いてすがったわりには、夫は禁煙に成功するまでに2~3年要した。夫が挫折するたびに、夫婦喧嘩になった。

わたしたちのごたごたを息子が怒った。当然だろう。夫以上に、生活力のないわたしがどこまでも巨大化して息子にのしかかってくるような恐怖感を与えたのではないだろうか。

会社のことや、会社に通いながら籍を置いている大学院、またプライベートなことでも息子は大変だったようで、その大変な時期を、わたしたちのごたごたが一層大変なものにしたことについては、本当に親として恥ずかしく、反省している。

夫は、久しぶりの息子の帰省を心底喜び、歓迎した。勿論、わたしも。プライベートなことはもうあまり書かないことにしたのだが、古くから当ブログを訪問してくださっている方々もいらっしゃると思うので、この記事では例外的に昔のことまで引っ張り出して書いた。

娘が選んだスパークリングワイン「モスカート・ダスティ」を出した。モスカートはマスカット、アスティは地名だそうだ。甘くて飲みやすい。

試食してみて、濃厚で美味しいと思ったハードタイプのチーズ「ミモレット」も用意していたのに、これは出しそびれてしまった。尤も、仕事で欧米に行く機会があっても、息子は本場のチーズにもさほど関心がないようだ。オランダのヨーグルトは絶賛していた。むしろ夫のほうがチーズ好きといえるかもしれない。

雰囲気が壊れると思ったので、大皿に盛った野菜の写真は撮らなかった。備忘録として書いておくと、まず、野菜売り場で目に留まったとうもろこし。

とうもろこしは鍋に沸かした湯で茹でるよりもレンジで調理するほうが美味しいと「楽天レシピ」で知ってから、ずっとこの方法で調理している。以下はそのサイトから。

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美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*
美味しいトウモロコシの茹で方*電子レンジ*

料理名:トウモロコシの茹で方
作者:maria's room

■材料(1~2人分)
トウモロコシ / 1本
塩 / ひとつまみ
サランラップ トウモロコシが / 包める量

■レシピを考えた人のコメント
トウモロコシって茹ですぎると旨みが逃げてしまうので レンジで調理が一番美味しい♪
家で採れたトウモロコシです★

詳細を楽天レシピで見る

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フリルレタス、ザラダ菜、ベビーほうれん草、クレソン、アスパラガス、プチトマト じゃがいも(インカのめざめ)、ブロッコリー、紫アスパラガス。

紫アスパラガスは茹でてしまったので、グリーンアスパラガスになってしまった。

北海道物産展で紫アスパラガスを購入したのだが、紫アスパラには抗酸化成分ポリフェノールの一種アントシアニンが豊富に含まれていて、茹でるとそれが飛んでしまうという。生食を勧められた。

家で試食してみると、茹でなくても柔らかく、シャリシャリした食感。しかし、わたしには生臭くて、無理だった。それで、茹でてしまったのだ。

野菜の山になったサラダは、白ワインビネガー大さじ2、粒マスタード小さじ2、しょうゆ小さじ1、塩、こしょう各少々、サラダ油80mlを混ぜたドレッシングで。「週刊 服部幸應のしあわせクッキング第30号」(ディアゴスティーニ・ジャパン)の中のレシピ「豚ヒレ肉とじゃがいものコロコロサラダ」に載っていたドレッシングで、さっぱりとして美味しい。

サラダと冠地どりの大皿の次に、小さめに切った豆腐に小葱、ちりめんじゃこ、みょうがを散らしてテーブルへ。茄子の一夜漬けも出す。

家族がそれらを食べながら談笑している間に、キングサーモンの味噌漬けを焼き、大根おろしを添えてテーブルへ。そして、ごはん。

息子は外資系企業に勤務しているので、外国人に接する機会も少なくない。その中には女性もいて、友人づき合いに発展することもあるだろう。

話に出てきた中に、息子は友人と思っている様子だが、相手の女性は恋人と思っているのではないかと思ったケースがあったので、そういい(わたしの勘違いかもしれない)、そして念のために、外国人との結婚を考える場合は国籍に注意したほうがいいといった。

日本では国籍単一の原則から、多重国籍を認めていないからだ。詳しくは「国籍法」、外務省の「国籍の選択について」を参照していただきたい。

皿を洗っていると、息子が汚れた食器を運んできてくれた。子供のころに親の手伝いをするような躾はしたが、いわなくても自然に手伝ってくれる優しさは大人になってからも変わらず、天性のものだろう。

娘は翌日、博多に出張で、早朝出かけた。午後、息子が宇佐神宮へ行きたいというので、家族三人で出かけた。

真夏のような陽気だった。

中国からの旅行者らしい団体が、添乗員の号令に従って、一糸乱れぬ「二拝四拍手一拝」を行っていた。

厄年の表を見ると、わたしは前厄に当たっていた。娘が祐徳稲荷神社に行きたいといっているので、来月行くことにしていた。そのときに厄払いしていただくことにして、宇佐神宮では家内安全のお守りを買った。

そういえば、宇佐神宮の宮司問題はどうなったのだろう?   敷地内にある山頭火の句碑を撮った。

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夜、娘が帰宅後してから「かもめのジョナサン」へ。翌日、朝と昼を兼ねた食事には何を作るか迷った。幸い、娘は休みだった。

とりあえず、洗ってすぐに出せるアメリカンチェリーをテーブルへ。

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日田市に住んでいたころ、ダイエーによく綺麗なアメリカンチェリーが安く出ていて、見かけるたびに買った。それより値段はいくらか高かったが、量はそのころに買ったのと同じくらい。アメリカンチェリーは健康にいいそうだ。

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サラダにはオリーブ油、しょうゆ、甘酢を同量ずつに辛子、塩コショウを入れて混ぜた、いつものドレッシングで。

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ピーナッツ豆腐にかけたのは、わさびじょうゆ。

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食べやすく切った豚ヒレに塩こしょう、エルブ・ド・プロバンスを振りかけて焼いた。ソースは、フライパンでマッシュルームをサラダ油で炒めて、マスカルポーネと牛乳を加えて火にかけ、塩で味を調えた。

肉を焼いたあとのフライパンでソースを作るつもりだったが、ソースを綺麗な白色にしたくなったので、別に作った。ごはんも出す。梅や海苔も出した。

口直しに、ほんのり甘いアボカドのスープを出した。

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服部先生のレシピを紹介した過去記事へ、リンクを張っておく。

娘が休みだったので、三人で息子を駅まで見送りに行った。空港行きのバスに息子が乗り、バスが行ってしまうと、何だか寂しくなり、三人でスタバに入った。

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2017年5月26日 (金)

記事の再公開時における設定ミスについて

★当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新後、リンク切れを調べていたら、かなりあって、その原因の一つに、非公開設定にしてしまっている記事が多いということがありました。

当ブログを開設した10年前から5年間くらいはまだ賞狙いの執念が自分の中に残存していて、応募作品に使うために非公開設定にした記事がありました。それらは公開設定に変更することにしました。

他にも、そのときは非公開にすべきという判断でそうしたものの、今日の観点から考えて公開してもいいだろうと判断した記事についても再公開することにしました。

再公開のとき、「今すぐ公開」に設定して保存ボタンを押してしまうと、新着記事になってしまい、過去の出来事が現在進行形で起きているような誤解を与えてしまいます。

アッ、しまった、と思い、慌てて下書きに戻し、「日時公開を指定」で改めてその記事を書いたときの日時で公開し直したことが昨夜から何回かあります。

このうっかりはしばらくの間ちょくちょく起きると思いますので、あらかじめお断わりしておきます。

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2017年5月25日 (木)

リンク切れが思いのほか多い一覧、五十音順に作り直すことに。

「★当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新したまではよかったのですが、このままでは使いにくく、また除外した形になってしまっている芸術家に関する記事が以前から気になっていました。

作り直すのであれば、早いほうがいいと思い、別記事の下書き設定で「★当サイドで紹介した作家、芸術家、思想家一覧(五十音順)」を作り始めました。

リンク切れを調べながら作業を行っていると、出てくるわ、出てくるわ、リンク切れ続出。

記事を削除したり、非公開設定にしたものや、単純なアドレスの記入ミスなどが考えられますが、一時期、当ブログとは別に作った拙ブログの記事にリンクを張っていたことがあったのです。

それがまずかった! その後、そのブログをやめてしまったために、広告の入ったぎょっとさせられるページに飛んでしまう、といったことが出てきたようです。うっかりしていました。

内容にしても、当ブログを開設して10年になりますが、よくも悪くも記事がしばしば評論形式になってしまうようになったのはここ数年です。それ以前は、気分任せで、様々な作家、芸術家、思想家に思いを馳せ、書きたいことを書いていました。

当然、愚にもつかない記事も多く、リンクを張ったままにしておくかどうかで迷いが生じます。というのも、そうした過去記事には長所もあるからです。

気軽に書くスタイルの自由な発想の中からしか生まれないような、キラッと光るひとことを発見したりすると、リンクを残しておきたくなるのですね。

作り直したところで、あまり役に立たないかもしれませんが、作業を進めたいと思っています。

まずはリンク切れを確認し、一覧の初出順を五十音順に直す予定です。それが終わったら、ひとまず公開します。それまでは、申し訳ありませんが、古い一覧で我慢してくださいね。

芸術家に関する記事へのリンクは、新しい一覧の公開後に時間を見つけてやっていきたいと考えています。

ところで、息子が久しぶりに帰って来るので、気もそぞろです。

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2017年5月24日 (水)

久しぶりに「当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新(2013年1月28日まで掲載済)

★当サイトで紹介した作家、思想家一覧」を更新しました。

久しぶりの更新だったので、掲載基準を再考することに時間がかかり、実際の作業は2012年11月から2013年1月まで進んだ程度です。

総記事数が5,600を超え、初出順にしたために(あいうえお順にすればよかった)、掲載名が増えれば増えるほど、複数回出てくる人物は探すのに時間がかかるようになります。重複している名があるかもしれません。

また自分で記事を削除したり、リンクミスがあったりで、リンク切れになっているものもあると思います。

それでも、この一覧がないよりはましかと。

掲載基準は、当ブログで言及した作家、思想家です。

作家にはプロかアマかの区別なく、ある程度言及した人物については掲載しています。というのも、アマかプロかの区別はつきにくいだけでなく、そのような区別を掲載の基準とするのはナンセンスという気がするからです。

死後に有名になる人物が存在することから考えてもそうですし、歴史作家、郷土史家、闘病記作家(?)には職業作家という肩書を持っている人は一部にすぎないように思います。

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★当サイトで紹介した作家、思想家一覧

search ごく軽く触れたにすぎない人物から評論を試みた人物まで、
ピックアップしています(敬称略)。
番号は初出順です。
続きを読むから日付をクリックしてください、該当する記事に飛びます。

続きを読む "★当サイトで紹介した作家、思想家一覧"

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2017年5月23日 (火)

テロ等準備罪(組織犯罪処罰法改正案)が衆院通過!

産経ニュースから引用します。

共謀罪の構成要件を厳格化した「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案は23日午後、衆院本会議で採決され、自民、公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決された。与党は24日の参院本会議で趣旨説明と質疑を行いたい考えだが、野党の反発は根強く、29日以降にずれ込むことも予想される。(後略)
http://www.sankei.com/politics/news/170523/plt1705230027-n1.html

長かった……、まだ参院での審議が残っていますが、ひとまずホッとしました。

この法案に反対している人々の正体が、悪夢のような民主党政権のころから明らかになってきました。日本国内では、反日勢力が跋扈しているのです。

小泉劇場にも、民主党にも騙されなかったわたしは今回も騙されていませんが、小泉劇場にも民主党にも騙されたあなたは、如何ですか。

折しも、英国中部の大都市マンチェスターのコンサート会場で22日(日本時間23日)、自爆テロと思われる事件が起きました。日本では過去にオウム真理教による無差別テロが起きています。二度とテロが起きないような法整備が急務です。

以下は、当ブログ過去記事より。

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2017年3月21日 (火)
ようやく「テロ等準備罪」が閣議決定
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/03/post-6c98.html

左派が強硬に反対してきた法案だった。わたしは国会中継をよく視聴するほうだが、国会における野党議員の質疑には失笑させられることが多かった。

なぜなら、それら質疑が徹頭徹尾テロの被害者側ではなく、実行者側(実行を疑われる側)に立ったものだったからである。

同じような質疑が繰り返され、単調に感じられるほどだった。では対案は、というと、現行の法律でまかなえるのではないかと彼らはいう。

わが国ばかりか世界を震撼させたテロの実行者オウム真理教に対して、破防法は働かなかったことを思い出す。

当時の首相は村山富市(当時・社会党、現・社民党)、基本的人権に関わることとしてオウムに対しての破防法の適用に慎重な――わたしの考えでは慎重すぎる――態度をとった。何のための破防法なのか、さっぱりわからない。

世論操作で、すっかり宗教、その中でもヨガに罪がなすりつけられたまま、全容の解明には至っていない。

オウム真理教の統一のとれた行動は個人主義的なヨガの修行者の団体らしくなく、むしろ一神教的で、わたしは不思議だった。

また人を人とも思わず、上の命令に盲目的に従い、即物的な実行行為に走るテロリストたちの姿は、フリーメーソンを侵食して共産主義に影響を与えたイルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトが著した秘密結社の内部規律を連想させられる。

この記事を書く前に検索したところ、オウム真理教は朝鮮カルト宗教に操られていた可能性が高いという説を複数閲覧した。

日本国内でヨガの修行者とされる集団が起こした犯罪に、朝鮮カルトの影がちらつく不思議。

そういえば、オウム真理教がロシアから大量に購入したといわれた自動小銃の件はどうなったのだろう? 当時から赤い色がちらつくのも不思議だった。

オウム真理教の教祖、麻原彰晃(本名・松本智津夫)が在日コリアンなのか日本人なのかははっきりしないながら、彼が朝鮮からの渡航者であることは間違いないようである。

ところで、朝鮮半島の動乱の歴史を調べれば、リベラルを好む在日コリアンが日本に多いことは不思議でも何でもない。

まさか、証拠(発掘された遺体や資料など)が厳然と存在する歴史の検証までヘイト扱いされないことを願いたいが、それを心配しなければならないほど、わが国はおかしな国になっている。

しかし、朝鮮半島で起きた「保導連盟事件」を歴史的事実として直視しなければ、在日コリアン問題が解決されることは決してないだろうと思われる。

保導連盟事件について、ウィキペディアより部分的に引用する。

保導連盟事件:ウィキペディア

保導連盟事件(ほどうれんめいじけん)とは、1950年6月25日の朝鮮戦争勃発を受けて、李承晩大統領の命令によって韓国国軍や韓国警察が共産主義からの転向者やその家族を再教育するための統制組織「国民保導連盟」の加盟者や収監中の政治犯や民間人などを大量虐殺した事件。被害者は少なくとも20万人から120万人とする主張もある。1960年の四月革命直後に、この事件の遺族会である全国血虐殺者遺族会が遺族の申告をもとに報告書を作成したが、その報告書は虐殺された人数を114万人としている。
韓国では近年まで事件に触れることもタブー視されており、「虐殺は共産主義者によっておこなわれた」としていた。
(……)
南北朝鮮双方からの虐殺を逃れようとした人々は日本へ避難あるいは密入国し、そのまま在日コリアンとなった者も数多い。


ウィキペディアの執筆者. “保導連盟事件”. ウィキペディア日本語版. 2017-01-26. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E4%BF%9D%E5%B0%8E%E9%80%A3%E7%9B%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6&oldid=62788238, (参照 2017-01-26).

李承晩大統領の命令による赤狩りから日本に逃れてきた人々が、共産主義の思想に共鳴する人々であったところで不思議ではない。その思想のために追われたのだから。

共産主義は国の枠組みを取っ払って世界政府を樹立するのが目的であるから、朝鮮カルト宗教とは目的が似ているのだという。

そして、朝鮮カルト宗教と共産主義の間にはある仲介が存在するようであるが、それを書くとアメリカの日本に対する影響にまで触れることとなり、長くなるので、興味のあるかたは自分で検索してみてほしい。

ベノナ文書によると、第二次大戦時にアメリカの大統領だったフランクリン・ルーズベルトの政権の中に多数のコミンテルンのスパイがいたというが、そのことが問題を複雑にしていると思う。

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2017年5月21日 (日)

ブラヴァツキーの星学に関する言葉

占星術に関するつぶやきと神智学の勉強ノート。

わたしの場合、木星の年齢域とは違って、土星の域では人間関係が活発になり、友人たちとの交際の機会も増えると推測できたが、実際に、木星の域では人間関係が不活発どころか人間嫌いに近い感じになっていた。

それが、確かに土星の域になってから、いろいろな人が車間距離が近すぎると思うくらいに接近してくるようになった。

新らしい人から何十年ぶりという人まで。幼馴染から電話があったのは、それを代表する出来事といってよい。本当になつかしかった。

ただ、自分のために使いたい時間は確保する必要があるので、全ての接近を同じように受け入れることは無理だ。

自分と相手にとって、その交際が有用であると感じられなければ、如何な旧友であろうが距離を置くしかない。グループごと交際が復活した場合はちょっと複雑で、学生時代のように行くだろうか。

舞い上がるほど楽しい面がある代わりに、各人が長年生きてきたあかしともいえるある種の毒素にお互い目を瞬かせられることも当然ある。また、昔であれば、学生時代特有の共通の知識があったが、各人が共有できる知識にもバラつきが出ていることに気づかされる。

わたしはその知識のバラつきをなるべく埋めたいほうで(そう熱望するあまり、こちらから車間距離を縮めすぎて失敗したと思うことがある)、アマチュアとはいえ物書きだから、様々な事柄に興味を働かせるほうだが、皆がそうとは限らない。それでも、やっぱりなつかしさには敵わないけれど。

何にしても、占星術って当たるなあ、と思った次第。

といっても、無知なわたしには占星術をどれくらい信頼のおけるものとして受け入れてよいかが今一つわからないので、物事にある傾向があるかどうかを判断する際の資料の一つとして用いる程度にとどめている。

それというのも、西洋占星術にしても、東洋占星術にしても、流派がいろいろあるうえに、どれも難しくて全体像が掴めず、わたしには表面をなぞるくらいが精々なのだ。

近代神智学運動の母ブラヴァツキーは、星学についても書いている。天文学と占星術はもともとは星学という名のもとに一つであったので、ブラヴァツキーも星学という用語をそのような意味で用いているのではないかと思う。

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、1989)で次のようなことを書いている。

生まれる時すでに、各人の人生はアストラル光に描かれているが、それは宿命論的なことではなく、ただ、未来は過去と同じくいつも現在の中に生きているからである。こうして各人の運命、各子供の誕生と関係のあるリピカ達は、星学にも影響を及ぼすと言える。気が進んでも進まなくても、私達は星学の真実を認めざるを得ない。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1989,332頁)

リピカはマハットの一部といわれ、マハットとは顕現した神聖な概念作用である。詳しくは、前掲書を参照されたい。

現在、過去、未来については、拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」の『67 神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③タブッキの円熟とフェルナンド・ペソアの青い果実』でも引用したが、次のように解説されている。

現在、過去、未来の三つの期間は秘教哲学では複合時間(Compound time)である。現象界に関してだけこの三つは合成数であり、本体の領域では抽象的妥当性はない。聖典に言われているように、“過去は現在であり未来でもある。未来はまだ現れてはいないが、やはりある”。それはマードヤミカのプラーサンギカ派の教えの諺によるのだが、それが純粋に秘教的な学派から離れて以来、その教義が知られてきた。簡単に言えば、継続と時間に関する概念はすべて連想の法則に従って、私達の感覚から出てくるものである。その概念とは人間の知識の相対性でがんじがらめに縛られているが、それにもかかわらず、個人や自我の経験の中でなければ存在しないし、自我の進化が現象的存在というマーヤーを追い払う時、消滅するのである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1988,pp.249-250)

H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『実践的オカルティズム』(神智学協会ニッポン・ロッジ 竜王文庫内、1995)にも星学に関して深遠なことがいろいろと書かれているが、実生活で役立つことも書かれている。

公開の場所に群がる『大気の精』即ちエレメンタル達から身を守るために、その時をつかさどる惑星の色の玉石の指輪をはめるか、またはその惑星に相応する金属製のものを身につけたほうがよい。しかし、やましいところのない良心と、人類を益しようという確固とした決意は最良の保護を与えるものである。(ブラヴァツキー,田中&クラーク訳,1995,186頁)

パラマンサ・ヨガナンダ『ヨガ行者の一生』(関書院新社、初版1960、1979改訂第12版)にも、インドの星学についてとても詳しく書かれている。その本にも、ブラヴァツキーの著作から引用したのと同じようなことが書かれている。

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2017年5月20日 (土)

〈拡散希望〉陸自LR-2の事故に寄せられた陸上自衛隊OBのコメント(「大和心への回帰」から引用)

先日の陸自連絡偵察機LR-2の事故に関して「大和心への回帰」に投稿された陸上自衛隊OBである内記正時氏のコメントが「余命三年時事日記」で紹介されていました。僭越ながら当ブログでも紹介させていただきたいと思います。

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2017年05月17日
大和心への回帰 
168.安倍総理に続く国家観ある人材に未来を託したい。
http://yamatonococoro.seesaa.net/article/449892890.html#comment

内記正時

(連絡偵察機LR-2の事故に涙する)
今回は多分に私事が含まれること、予めご了承下さい。
5月15日、陸上自衛隊の連絡偵察機LR-2が函館空港への着陸直前に山に墜落し、4名の自衛官が殉職するという痛ましい事故が発生しました。同機は函館空港に着陸して救急患者を収容後、札幌の丘珠(おかだま)飛行場まで搬送するという「災害派遣」の任務で飛行していたのですが、任務途中で事故に遭ってしまいました。このニュースはテレビや新聞で大きく取り上げられましたから、皆様もご存じのことと思います。

日々のニュースの中には、人が死ぬような事件や事故が溢れ返っていますが、私にとって今回の航空事故ほど深い衝撃と悲しみを覚えたものはありません。涙が溢れました。それは私が陸上自衛隊OBというだけではなく、私の自衛隊現役時代の最後の仕事がLR-2に関わることであったからです。自衛隊が新しい飛行機を導入する時は、様々な候補機種の中から任務に最適なものを選択するため各種の調査研究を行い、機種が決まったら最初のパイロットや整備員などの基幹要員を養成し、それらの態勢が整ったところで最初の機体が装備されます。その後は様々な性能確認試験などを行い、それが無事に終わればやっと第一線のパイロットや整備員たちを育てるための操縦教育や整備教育に移行することになるのです。これには相当の年月を要しますが、私はこれらの全てに直接の担当者として、或いはプロジェクトのリーダーとして、最後は操縦教育の責任者として、自衛隊を定年退官する直前までずっと携わってきました。ですからLR-2という飛行機は私の分身か相棒のようなものでしたし、この飛行機のパイロットたちの多くも私が直接教えた教え子たちであり、また彼らの後輩たちなのです。

LR-2は1999年に導入されてから今日まで、18年間も無事故で任務を遂行してきましたが、遂にその糸が途切れてしまいました。私にとっては翼の半分が取れたような胸の痛みを感じて、涙を禁じ得ないものがありました。今はただ、任務に殉じた四柱の英霊の冥福を祈るばかりです。

今回の事故は救急患者空輸の災害派遣任務の途中で起こりました。通常であれば、救急患者はドクターヘリや自治体の防災ヘリによって搬送されると思いますが、悪天候のためヘリの飛行が困難と判断され、最終的に自衛隊への派遣要請になったと報道されていました。実際に函館空港周辺の天候は悪く、同機が雲中を計器飛行によって飛んでいたさなかの事故だったようです。

このことからもお分かりのように、自衛隊の任務はかなりクリティカルな場面や状況下で行われることが多く、常に危険と隣り合わせの命懸けの仕事と言っても過言ではありません。私も自衛隊現役時代は、今回と同じような災害派遣任務(救急患者空輸)を50回以上遂行した実績があります。今だから言えますが、人の命が懸かっている故の使命感もあって、かなり無茶な飛行をやったことも一度や二度ではありません。台風が接近し暴風圏に入ろうとする離島に向かって突っ込んで行ったり、夜間照明設備のない小さな空港の滑走路に、飛行機のライト(着陸灯)だけを頼りに強引に着陸したりと、通常の訓練では絶対やらないことにも敢えて挑戦したものでした(決して褒められるものではありません)。一つ間違えば自分の命さえも落としかねない状況と隣り合わせ・・・・私の個人的な経験からもそのように言ってよいと思います。 

自衛隊は国民の命を守る最後の砦としての役割を持っており、それ故に平時であっても相当厳しい任務に直面し、文字どおり命を張って行動するのが常です。ブルーインパルスの展示飛行や戦闘機のスクランブル発進など、国民の目に大きく映る一見華々しい任務もありますが、裏方に徹して黙々と厳しい訓練や任務をこなし、我が国と国民の安全を守っている数多くの自衛隊員たちがいることを知って欲しいと思います。

私は12年前に陸上自衛隊を定年退官しましたが、40年間に及ぶ自衛官時代にあっては、国民の一部から「税金泥棒」と罵られ、或いは「自衛隊は憲法違反」と非難されたことは数え切れません。また左翼思想にかぶれた者からは「この軍国主義者め!」と怒鳴られて、唾(つば)を吐きかけられたこともありました。このようなことは大なり小なり多くの自衛隊員が経験していると思いますが、それでも耐えに耐え、堪えに堪えて、ひたすら祖国防衛の任に黙々と邁進して来たのが自衛隊なのです。

しかし未だに自衛隊は憲法に何の規定もなく、そのために国を守る「戦力」とは位置付けられず、他国が攻めてきても「交戦権」すらありません。憲法学者の7~8割が自衛隊は「違憲」だと表明しているそうですが、違憲の自衛隊には毎年5兆円もの税金が投入されていますから、「税金泥棒」という屁理屈も三分の理を持つことになります。また、仮に外国と戦って自衛官が敵に捕まった場合、軍人なら当然受けられる戦時国際法に則った「捕虜」としての正当な取り扱いを受ける保証すらもありません。もしその自衛官が敵兵を撃ち殺していれば、捕虜どころか単なる「殺人犯」として処刑されても文句は言えないのです。

ハッキリ申して、これまでの政治家も政治学者もメディアもそして多くの国民も、自衛隊に対してはあまりにも無責任でした。「自衛隊は憲法違反の疑いを免れないが、何かあったら汗をかいて国民を助けろ、血を流して国民を守れ」というのが、自衛隊に対する態度だったからです。日本人は、特亜三国人の「民度は低い」と思っているようです。その裏の意味は、相対的に自分たちの民度は高いと言いたいのでしょうが、しかし本当にそうでしょうか?「国を愛する、国を守る」という最も大切な民度の尺度は下の下ではありませんか?しかも、その任に当たる自衛隊が憲法違反と言われ続けても、何とも思っていないのではありませんか?国民の9割が自衛隊を支持しているそうですが、それは「困った時の便利屋」的な意味合いからではないでしょうか?これらを総じて「日本国民の多くは人間としての道義に欠けている」と言ったら言い過ぎでしょうか?

安倍総理が憲法に自衛隊を明記することを打ち出し、改憲の動きを加速させています。ようやく自衛隊に光が当たろうとしています。そこに至るまでの国会の議論や国政選挙の論戦は、これまでのような経済政策や社会保障などのカネまみれの話よりも、「日本人にとって日本という国は何なのか?我々はこの国をどうするのか?」という根本理念を徹底的に問うものでなければなりません。

このことを日月神示的に見るなら、全ての日本人が神人かケモノのどちらかに分けられる仕組の中にいると言うことになります。

殉職された四柱の英霊には、あの世から日本国を守護して頂くと共に、現世の我々に叱咤激励のエールを送って欲しいと願うものです。

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テロ等準備罪と小西議員

共謀罪の構成要件を改めて、「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案が19日午後、衆院法務委員会において、与党と日本維新の会の賛成多数で可決しました。

与党は、23日の衆議院本会議で法案を通過させた後、24日には参議院で審議入りさせる方針だそうです。

ようやく、ここまでこぎつけました……。一刻も早く成立させてほしいものです。オウム真理教事件のようなテロを起こさないためにも、日本には必要な法律だからです。

必要でないと強弁する方々は、あのようなテロがまた起きてもよいとお考えなのでしょうか?

ところで、国会でクイズを出して、クイズ王と呼ばれるようになった民進党の小西洋之参議院議員。

毎回ろくな質問をしないので、この人が質疑に立つと、苛々してくるわたしですが、その小西議員が4月19日、Twitterで次のようなツイートをしました。

Koni

https://twitter.com/konishihiroyuki/status/854698588315635712

小西議員は、共謀罪(「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案)が成立した場合には亡命をお考えのようです。それを受けて、経済評論家の渡邊哲也氏がTwitter上で以下のようなアンケートを実施しました。

Wata_2

https://twitter.com/daitojimari/status/864063586716368896

共謀罪のない国で集団的防衛体制に入っていない国は、イラン、ソマリア、コンゴ共和国、南スーダンの4ヶ国しかないことに驚きます。

テロ等準備罪と集団防衛が如何に必要であるかをわかりやすく示す、機知にとんだアンケートですね。

アンケートの最終結果は「総得票数29,468票 1位南スーダン 同率で二位 ソマリア」となったようです。

小西議員の亡命の際には、民進党の皆さんでぜひ送別会を開いてあげてくださいね。

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ニトロペン1錠。恩田陸のダブル受賞に疑問。

ニトロペン1<br />
 錠

(ニトロペンを出したあとのアルミ包装を手帳にのせてみた)

日本語としておかしな文章が散見され、オマージュという和製フランス語でパクりをごまかしたような手法を用いる恩田陸の『蜜蜂と遠雷』が直木賞に選ばれたときに、レビューを書いた。

同じ作品が4月11日に本屋大賞も受賞した。わたしは数日前に知った。

日本文学はどこまで壊されてしまうのか……そう嘆きつつ、恩田陸について何回かに分けて書いたレビュー(覚え書きといったほうがいいかもしれない)をまとめていたら、夏の夜さながらに暑くなった。

窓を開けたら、今度は冷えてきて、てきめん、冠攣縮性狭心症の発作。

強い圧迫感。冷えたのがいけなかったのだろうが、夜の10時くらいから兆候はあって、腹部膨満感に悩まされていた。

胃の症状と区別がつかなかったが、ニトロの舌下でおなかのあたりまで爽快感がひろがり、膨満感は消えたので、やはり心臓から来た症状だったようだ。

ニトロはかなりゆっくりと効いてきた。もう1錠追加しようと迷いながら様子見してよかった。

もう1錠追加すると、どうしたって血圧が下がりすぎる。

………………

2017年1月29日 (日)
発表に気づかなかった「芥川賞」「直木賞」。山岸先生『レベレーション』第2巻の感想はまだ書きかけ。
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/01/post-530a.html

2017年2月 5日 (日)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』を齧って、妄想的雑感(結局、本買った)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/post-d6b4.html

2017年2月 7日 (火)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ1
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/post-a35d.html

2017年2月 8日 (水)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ2(オマージュ?)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/2-6f63.html

2017年2月10日 (金)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ3(奇妙な自説の展開)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/3-ca92.html

2017年2月12日 (日)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ4(唯物論的芸術観の限界か?)
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/4-1f73.html

2017年2月17日 (金)
恩田陸『蜜蜂と遠雷』感想メモ5(おかしな文章) 22日に追記あり
http://elder.tea-nifty.com/blog/2017/02/5-3237.html

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2017年5月18日 (木)

美味しい春雨レシピ

大好きな春雨。

栗原はるみさんのレシピで『マーボー春雨』を作りました。中華風のレシピは手の込んだものが多いので、時間がないときにはあまり作らないのですが、この栗原さんのレシピは手早くできて、とっても美味しかったです。

Img_1353_3_blog

レシピがサイト「おさらいキッチン http://www.osarai-kitchen.com/」に置かれています。

当ブログの過去記事で「毎日のお惣菜シリーズ4 肉料理」(婦人之友社、1986)から紹介した前田侑子先生レシピ『挽肉と春雨の炒めもの』も美味しいので、時々作ります。

春雨というと、過去記事で「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版」(デアゴスティーニ・ジャパン)から紹介した土井善晴先生のレシピ『春雨とハムのマヨネーズあえ』によくアクセスがあります。

同じ雑誌から紹介した土井善晴先生レシピ『春雨とキムチの炒め物』』も、時々作ります。

やはり当ブログの過去記事で「やりくりおかずと節約献立」(扶桑社、1999年)から紹介したレシピ『春雨スープ』は、さっとスープを作りたいときに重宝しています。

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エッセーブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました

エッセーブログ「The Essays of Maki Naotsuka」を更新しました。

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2017年5月17日 (水)

16日に、循環器クリニック受診(やったー、赤点なし(≧▽≦))

昨日は患者さんが溢れていた。3時間くらいかかりそうだった。用事があるのに困ったなと思っていると、「連休明けなので、多いですね」と看護師さん。

これまでに、待合室で待っていると、薬のみ受けとって帰っていく患者さんをちょくちょく見かけた。

転居をきっかけとして今のクリニックに移って10年になるけれど、これまでに一度も「今日は薬だけお願いできますか?」とお願いしたことはなかった。

が、前回から今回までの間はとても調子がよかったし、前回受けた検査結果もよかったと思われるので(処置が必要なほど悪いときは先生からお電話がある。それがあったのはこれまでに、薬剤性肝炎になって肝機能が悪くなったときだけだ)、お願いしてみた。OKが出た。

看護師さんから「次回はお時間をつくって受診してくださいねー!」と注意されたので、次回は必ず診察を受けなくては。1回これができてしまうと、ついまたこの手を使いたくなってしまいそう。それはダメ! と自分に厳しくいって聞かせる。やはり先生の診察を受けることは大事だ。

体重は1キロ増えていた。それはおそらく、夫の実家から送られてきた「宗家 源吉兆庵」の『あんとろり』を食べすぎたせいだと思う(?)。

夫の実家との間にはある問題があって、わたしは何年も距離を置かざるをえなかったのだが、夫の母方の祖父の町長時代のことが掲載された***市史を送るときに、夫にいってわたしからのメッセージを添えて貰ったのだった。

それについてはそのうち書くかもしれないが、ある進展があったとはいえるのかもしれない。

距離ができたことに対して、夫の両親も年だし、このままにしておけないと思ったからだが、自分が悪いとも思っていないのに、悪かったと謝るようなことはしていない。が、核心をついた短い、さりげないメッセージを夫に託したのだった。

『あんとろり』は、餡子の和菓子が好きな人にはこたえられないかも。

  • 「宗家 源吉兆庵」オフィシャルサイト
    http://www.kitchoan.co.jp/site/

検査室で測って貰った血圧も120 - 80 と理想的。そして、何と、看護師さんが「簡単に教えておきますね」といって教えてくださった血液検査の数値に赤(異常値)が一つもなかった……

血圧検査の結果に一つも異常値がないなんて、クリニックに移ってからは初めてではないだろうか! 

前回からどういうわけか、副甲状腺機能亢進症の疑いで総合病院のほうで診ていただいているALPの数値が基準値内なのだ。今回はそれに加えて、いつもパラパラとあった異常値も全て基準値内。

わあ、と喜んでいると看護師さんが「ぎりぎりですけれどね」とおっしゃった。でも、舞い上がらずにおれようか。神秘主義者らしいあるちょっとした試み(といっても、ブログに書いたことだが)を気まぐれながら行ったのもよかったのかも。

これであと体力さえつけばと思う。買い物に行くと、疲れて料理ができなくなるので、家族に買い物を頼むか、買い物に出かけた日は外食か弁当になるという、我ながら情けなくなる体力のなさは変わらない。

心臓の負担を抑える薬を飲んでいるせいだと思うが、飲んでいないときには心臓を杭で打たれるような恐ろしい痛みがちょくちょく起きたし、心臓が原因で起きるトラブルが多かったことを思うと、薬には感謝しなくてはならない。

前回から今回までにニトロ舌下錠を使ったのは1回だけで、2錠使った。不整脈は多く出た日が数日あった(やはりちゃんと体調の記録はつけておくべきだ。看護師さんに聞かれても、正確に答えられない)。

こう書くと、いつもと同じじゃないと思われそうだが、冠攣縮性狭心症や不整脈の発作が起きたのを除けば、いつもより体が軽くて快適な日々だった。気候的に過ごしやすかった、ということもあるだろう。

何にせよ、血液が綺麗になったのは体調改善の第一歩に違いない。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • シグマート錠5mg 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ヘルベッサーRカプセル100mg 1回1Cap 朝・夕食後
  • アイトロール錠20mg 1回1錠 朝・夕食後

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤、吸入薬) 1個 吸入

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2017年5月14日 (日)

新玉ねぎとちりめんじゃこの炊き込みご飯

新玉ねぎの美味しい時期ですね。

新玉ねぎを使ったレシピを探していたところ、サイト「うまもぐ http://umamog.jp/ 」で、新玉ねぎを丸ごと米に埋め込んで作る、斬新な炊き込みご飯に出合いました。ちりめんじゃこもたっぷり入れるので、栄養的にもよさそう。以下が、そのレシピへのリンクです。

さっそく作りました。

Img_1352_blog_2

詳しくは前掲のレシピを閲覧していただくとして、覚書として書いておくと、まず米2合(3、4人分)をといで、30分ほどザルに上げておきます。玉ねぎ1個は先端と根を切り落とし、外側の皮を剥ぎます。ちりめんじゃこは乾煎りしておきます。

炊飯器に米を入れ、普通に水加減し、米の中に下処理した玉ねぎ1個を丸ごと埋め込みます。そのうえからフワッとちりめんじゃこを置きました。

炊飯器のスイッチを入れます。

炊き上がると、胡麻油小さじ2を回しかけ、たまねぎをほぐしながらご飯を混ぜます。お茶碗によそい、黒胡椒を振ります。

…………

炊いているときに、炊飯器から美味しそうな匂いが漂います。出来上がって蓋を開けると、玉ねぎは透き通って、柔らかくなっていました。臭みをなくすために乾煎りしたちりめんじゃこがいい感じに玉ねぎを包んでいました。

玉ねぎは簡単にほぐれます。

玉ねぎがあまりに甘いので、驚きました。新玉ねぎならではの甘さでしょうね。まるで、砂糖を入れたみたいな甘さなのですよ。乾煎りしたお陰か、ちりめんじゃこの臭みを全く感じませんでした。

新玉ねぎを丸ごと埋め込んで炊き込みご飯にできるとは、驚きです。いろいろ、アレンジできそうですね。

サイトでは、前掲のレシピの次に、新たまねぎ、オリーブオイル、にんにくを使い、仕上げに粉チーズを使った洋風の炊き込みご飯も載っています。

新玉ねぎには何が合うのか、自分でもあれこれ試してみたいと思いました。

ところで、ベランダのプランターには、現在バジル、プチトマト、パセリ、アスパラガスが生長しています。

バジルの生長を助けるために、夫がいくらか葉を摘んでいました。「これ使う?」とくれたので、ガパオライスを作ることにしました。

Img_1351__p

目玉焼きが陣取っていて、バジルやピーマンがほとんど見えませんね。バジルの風味も爽やかなガパオライスが出来上がりました。家族もこれが大好きです。

さて、今年もバジルがうまく育ってくれれば、バジルソースを作ることが出来ますが、天候がここ数年、以前の日本とは違って来ているので、心配です。自家製のバジルソースであえたパスタは最高ですから。

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2017年5月13日 (土)

ロスチャイルド銀行出身で、毛沢東語録を愛読するフランス大統領マクロン氏

このところ、気温が上がると、またぞろ出てくる不整脈のせいで、モチベーションが低下していました。

亀記事になりますが、フランスで7日、親EU路線の中道系無所属マクロン氏が、EU離脱と反移民を掲げる極右・国民戦線ルペン女史を下し、フランス大統領になりましたね。

ルペン女史は極右ということですが、日本ばかりか欧米のマスコミも左に振れ切って半ば壊れている状態らしいので、この辺りは調整を加えながら見る必要がありそう。

わたしがウィキペディアでマクロン氏の経歴を閲覧して気になったのは以下の部分です。

ウィキペディア「エマニュエル・マクロン」

投資銀行員
2004年からフランス財務省財政監査総局(フランス語版)の財政監察官として働く。2006年に社会党に入党し、2007年大統領選挙で社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤルを支援した。

2008年、ロスチャイルド家の中核銀行であるロチルド & Cie(フランス語版)に入行する。2010年には副社長格にまで昇進し、一時期の年収は200万ユーロにも上ったという。

ウィキペディアの執筆者. “エマニュエル・マクロン”. ウィキペディア日本語版. 2017-05-12. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%A8%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%B3&oldid=64091654, (参照 2017-05-12).

5月8日付(11時10分)Record Chinaの記事によると、マクロン氏はフランス大統領選に出馬した後に受けた取材で、毛沢東や鄧小平の語録を引用し、中国資本を歓迎すると発言したそうです。

ウィキペディアに社会党に入党した経歴が紹介されていますから、マクロン氏の思想傾向はマルクス主義の影響の強い中道左派ですね。それで、毛沢東にも親しみが湧くわけでしょう。文化大革命の惨劇を知らないわけではないでしょうけれどね、エリートですから。

さらに、マクロン氏はロスチャイルド銀行の副社長だったとあります。

ロスチャイルド、マルクスといえば、彼らをつなぐのはイルミナティです。フリーメーソンを侵食してマルクスに影響を与えた、アダム・ヴァイスハウプトのイルミナティ。イルミナティを都市伝説と思っているかたは、以下の過去記事を参照してください。

2016年12月 1日 (木)
第二次世界大戦では事実上イルミナティと戦い、敗戦後はイルミナティに育てられ…
http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/12/post-cc65.html

1776年のイルミナティ結社の設立に際して、財閥ロスチャイルド家の基礎を築いたマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが資金援助を行いました。

また、1800年代にはルーズベルト家の一員クリントン・ルーズベルト(セオドア・ルーズベルト、フランクリン・ルーズベルトはクリントンと親戚)がイルミナティに資金援助を行い、それがマルクス、エンゲルスの著作活動の資金になったということです。

イルミナティ主義という世界統一政府の樹立を目指す過激なグローバリズム(ヴァイスハウプトの著作を見る限り、先鋭的な方法論だけが充実した、中身のない思想です)、ロスチャイルドマルクス主義、この三つは一見無関係に見えながら深い関係にあることは間違いありません。

なぜか、表立って論じられることはないのですが。

マクロン氏の背後にはイルミナティ主義が存在すると考えて、おそらく間違いないでしょう。

そういえば、左派はよく市民という言葉を使いますね。イルミナティの創設者アダム・ヴァイスハウプトの著作に、「市民」という言葉がひじょうに特殊な意味合いで出てきます。

それについては、別の記事で。

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2017年5月 6日 (土)

抹茶水まんじゅう 茶々〇(辻利兵衛本店)、家庭訪問の思い出

百貨店で「オールTBS おめざ感謝祭」が開催されているので、娘と出かけました。

間食はなるべくしないようにしていますが、「おめざ」では、仕方がありません。美味しそうなものがいっぱい。

その中でも魅了されたのが辻利兵衛本店「抹茶水まんじゅう 茶々〇」と、10分間で2000本売れたというクリオロの「幻のチーズケーキ」でした。

賞味期限の近い茶々〇をまずいただいたので、写真をアップします。可愛らしい名前のお菓子ですね。

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きなこをかけていただくからか、わらび餅を連想しました。外観も味わいも上品で、「お茶菓子にぴったりね、お客様になったみたい。何だか食べるのがもったいないわね」というと、「ううん、お客様のお茶菓子にはもったいない……自分で食べなきゃもったいない」と娘。

「一個目はつるん、と入っちゃった。もう一個はゆっくりと味わう」と夫。

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のど越しがよくて、淡く透けて見える抹茶クリームは甘すぎず、そのクリームの中に小豆が入っているのがまた嬉しい。以下は、辻利兵衛本店のオフィシャルサイトのアドレスです。

辻利兵衛本店
http://www.tsujirihei.co.jp/

家庭訪問を思い出しました。召し上がらない先生もいらっしゃいましたが、召し上がってくださる先生もあって、何を用意しておこうかと迷いました。

幼稚園のときから高校まで家庭訪問がありましたが、今はなつかしい思い出になっています。

その家庭訪問のときの忘れられない、ある恥ずかしい思い出を、2006年に記事にしていました。以下に再掲しておきます。

…………………………………………

2006年11月 6日 (月)
朝のごみ出し情景
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/11/post_f139.html

朝、ごみを出そうとエレベーターが上がってくるのを待っていたら、声がして、あとから2人のマダムがやってきた。

3人はそれぞれのごみと共にエレベーターにのった。1人は高齢のマダム、もう1人は孫がいる中年の域から高齢の域に移ろうとしているマダム、そして中年の域にどっぷり漬かっているこのわたしマダムN。

家庭によって出るごみの量は違うものだなあと思う。高齢のマダムは馬鹿に少なく、小さなビニール袋1つ。ごみ、食べているんじゃないかしら……と思うほど少ない。

もう1人のマダムはわたしとどっこいで、大きなビニール袋1つと中くらいのビニール袋1つ。孫が来ていて、紙に絵を描き散らし、おかげでごみが増えたという。

わが家は鼻が悪い夫のチーンするティッシュと、わたしの小説の書き損じの紙で増える。表に印字しただけの用紙はもったいないと思うが、つい、まるめてしまう。

あれは娘が小学1年生だったときのことだが、書き損じたワープロ用紙の裏を娘のお絵描き用にしていた。まだ若くて執筆力が旺盛、かつワイルドだったわたしは、盛んに書き損じをこしらえ、娘もそれに負けない旺盛さでお絵描きをした。

うかつにもわたしは気づかなかったのだが、娘はそれを学校に持って行き、せっせと担任の先生に見せていたのだった。定年に近い年齢の女の先生だった。

先生は、娘の絵とわたしの書き損じた小説をせっせと見てくださっていたようだ。それを家庭訪問のときに知らされ、顔から火が出そうになった。

そんなことを思い出したが、勿論そんな話は2人のマダムにしなかった。

3人のマダムはごみを出し終わり、再びエレベーターにのった。

「3人1度にエレベーターにのると、電気代が3分の1で済むわねえ」「ほほほ……」などといった会話を交わし、それぞれの室に散った。

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2017年5月 4日 (木)

Notes:不思議な接着剤#95 ナザレ人

H・P・ブラヴァツキー(アニー・ベサント編、加藤大典訳)『シークレット・ドクトリン 第三巻(上)――科学・宗教・哲学の統合――』(文芸社、2016)に注目すべきことが書かれている。この第三巻は、未完のまま終わった『シークレット・ドクトリン』をアニー・ベサントが再編し刊行したものだという。

ブラヴァツキーは次のように書いている。

『新約聖書』、『使徒行伝』そして『使徒書簡』集が――いかにイエスの歴史像の真実に迫るとしても――すべて象徴的、比喩的な発言であること、また「キリスト教の創設者はイエスではなくパウロであった」こと、しかしそれはいずれにしても、正式な教会キリスト教ではなかったこともまた真実である。「弟子たちがキリスト教徒と初めて呼ばれたのは、アンテオケにおいてであった」ことを『使徒行伝』は伝える。それまで彼らはそう呼ばれなかったし、その後も長い間、単にナザレ人と呼ばれた。(ブラヴァツキー,加藤訳,2016,p.262)

また、「ナザレ人はカルデアのテウルギストつまり秘儀参入者の階級」(ブラヴァツキー,加藤訳,2016,p.265)であって、パウロが「秘儀参入者」の階級に属していたと書き、その根拠を示している。パウロが目指した教義は次のようなものだったという。

パウロにとって、キリストは個人でなく、具体化された理念である。『だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者であり』この人は、秘儀参入者のように、生まれ変わったのだ。なぜなら主は霊――人間の霊――だからである。パウロは、イエスに会ったことはなかったけれども、イエスの教えの底に横たわる秘密の理念を理解していた唯一の使徒であった」「しかしパウロ自身は無謬ではなく完全でもなかった」「新しく広やかな改革、人類全体を包むことのできる改革をスタートすることに心を傾けていた彼は、自身の教義を本心から、時代の知恵のはるか上位、古代の密儀や最終的な『エポプタイ』(秘儀の伝授)より上に本心で設定した」(ブラヴァツキー,加藤訳,2016,pp.264-265)

ペテロは秘儀参入者ではなく、ユダヤのカバリストであった。

このような方向で、ギリシアの秘儀とカバラという確かなガイドを目の前にして探索をすすめるならば、パウロがペテロ、ヨハネおよびヤコブによりあのように迫害され憎悪される秘められた理由を発見するのは容易であろう。『黙示録』の著者は、生粋のユダヤ人カバリストであり、異教の秘儀に対する先祖伝来の憎悪を全身に漲らせていた(註『ヨハネによる福音書』がヨハネによって書かれたものでなく、プラトン主義者、あるいは新プラトン学派に属するグノーシス主義者の一人によって書かれたことは言うまでもない。イエスの存命中における彼の嫉妬はペテロにまで広がった。(ブラヴァツキー,加藤訳,2016,pp.266-268)

この第三巻(上)は、H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、2010)、H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 下』(竜王文庫、2015)と重なる部分も多く、『ベールをとったイシス』に補足した巻ということもできそうだ。

原始キリスト教を研究するには、『ベールをとったイシス』同様に欠かせない著作であると思う。

「『ヨハネによる福音書』がヨハネによって書かれたものでなく、プラトン主義者、あるいは新プラトン学派に属するグノーシス主義者の一人によって書かれたことは言うまでもない」と前掲書の註に書かれていた文章から、カタリ派がヨハネ福音書を偏愛していた事実を思い出した。

ナザレ人はカルデアのテウルギストつまり秘儀参入者の階級だった、とブラヴァツキーは書いている。

新バビロニア(カルデア人が築いた王国で、カルデア王国ともいう。紀元前625 - 紀元前539)の王ネブカドネザル2世により紀元前597年に滅ぼされたユダ王国のユダヤ人たちは、バビロンに捕囚された(ダビデ王によって統一された統一イスラエル王国は、ソロモン王の死後、紀元前930年頃に分裂し、北のイスラエル王国は紀元前722年、アッシリア帝国に滅ばされている)。

その地で、ユダヤ人は圧倒的なバビロニア文化(カルデア人は天文学・占星術に優れていた)の影響を受ける一方では、それに抗して律法を重視する(エルサレムの町も神殿も失っていたため)ユダヤ教を確立した。

ブラヴァツキーはこうも書いている。ノート92から引用する。

アリストテレスの時代には物質主義が優勢な思潮となって、霊性と信仰は頽廃した。秘儀そのものが甚だしく変質し、熟達者[アデプト]と秘儀参入者[イニシエート]は侵略者の武力で散り散りになり、その後継者と子孫は少数だった(ジルコフ編,老松訳,2010,pp.18-19)とブラヴァツキーはいう。

エジプトの「聖なる書記や秘儀祭司は,地上をさすらう者となった。彼らは聖なる秘儀の冒涜を恐れて,ヘルメス学的な宗団――後にエッセネ派Eseenesとして知られるようになる――のなかに隠れ家を探さざるをえず,その秘儀知識はかつてなかったほどに深く埋もれた」(ブラヴァツキー,ジルコフ編,老松訳,2010,p.19)

エッセネ派はノート91で書いたように、ユダヤ人の一派であって、グノーシス派、ピタゴラス派、ヘルメス学的集団、あるいは初期キリスト教徒であったとブラヴァツキーは述べているのだ。
(……)

ウィキペディアからナグ・ハマディ文書について引用すると、写本の多くはグノーシス主義の教えに関するものであるが、グノーシス主義だけでなくヘルメス思想に分類される写本やプラトンの『国家』の抄訳も含まれている。(……)調査によって、ナグ・ハマディ写本に含まれるイエスの語録が1898年に発見されたオクシリンコス・パピルスの内容と共通することがわかっている。そして、このイエスの語録は初期キリスト教においてさかんに引用されたものと同じであるとみなされる(ウィキペディアの執筆者. “ナグ・ハマディ写本”. ウィキペディア日本語版. 2016-02-23. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%8A%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%9E%E3%83%87%E3%82%A3%E5%86%99%E6%9C%AC&oldid=58723955, (参照 2016-02-29).)とあることからもわかるように、エッセネ派に関するブラヴァツキーの記述はまるでナグ・ハマディ文書の内容を述べたかのようである。

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2017年5月 1日 (月)

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