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2016年9月 5日 (月)

トルストイ『戦争と平和』 ①映画にはない、主人公ピエールがフリーメーソンになる場面

文豪トルストイの代表作をオードリー・ヘプバーン主演で映画化した『戦争と平和』(1956年、アメリカ・イタリア)」がNHKのBSプレミアムで9月1日に放送された。

録画しておいたのを3日に分けて観た。普段テレビは15分からせいぜい長く観ても1時間なので、3時間30分を一気に見るのは無理だと思った。

過去にも放送されているが、断片的にしか見ていない。

  • NHK……1970年1月3日・4日、ノーカット版
  • フジテレビ……1972年5月19日・26日、ゴールデン洋画劇場
  • テレビ朝日……1980年12月14日・21日、日曜洋画劇場

今回は隅々まで楽しめた。ただ、オードリー・ヘプバーンのナターシャ、ヘンリー・フォンダのピエールにメル・ファーラーのアンドレイが加わると、このメル・ファーラーがわたしには『風と共に去りぬ』(1939、アメリカ)に登場するレスリー・ハワードのアシュレーに見えてしまい(そっくり!)、セットも似ている気がして、ちょっぴり『風と共に去りぬ』の劣化版に見えてしまった。

『風と共に去りぬ』のセットがもったいないので、『戦争と平和』に使い回したのだろうかとさえ思ってしまったのだが、1939年ごろのセットを17年後の映画に使うのは無理がありそう。

1939年というと、昭和14年。第二次世界大戦が勃発した年ではないか。そんな昔、そんな御時世にあの豪華な映画『風と共に去りぬ』が制作されたとは……!

3回に分けて観たせいか、ヘプバーンの『戦争と平和』が長いとは全然感じられなかった。如何にもハリウッド版らしい編集で、ロシアの対ナポレオン戦争をほどよく背景としながら恋愛物にまとめていた。

途中、新潮社版『戦争と平和』(これ、夫の蔵書。わたしのは文庫だが、夫の単行本を愛読している。夫はコレクションしただけなので、綺麗)と岩崎書店のジュニア版『戦争と平和』を書棚から引っ張り出して紐解いたりした。

ジュニア版が映画のストーリーを追いながら原作をざっとなぞるにはちょうどよくて、プログラム代わりになった。

視聴後、ソ連の国家的威信をかけて制作されたという『戦争と平和』(1965-67年、ソ連)はどうだったかが気になった。7時間30分という気の遠くなるような長さ。

こちらも、テレビで放映されたものを断片的に観た記憶があった。テレビ初放映は1974年。日曜洋画劇場で4回に分けて放送されている。その後NHKのBSプレミアムで2012年1月30日から同年2月1日まで放送された。

何となく「最近」ソ連版をちらっと見た気がしていたのは、2012年に放映された『戦争と平和』を断片的に視聴したからに違いない。YouTubeにロシア語版がアップされている。

やはりこちらは壮大で、音楽も素晴らしいが、日本的(?)なリュドミラ・サベーリエワのナターシャは可憐でいいとしても(わたしの好みはヘプバーンかな)、セルゲイ・ボンダルチュクのオヤジ風ピエールにはちょっと我慢できない。

時代に忠実な映画化であるためか、夜の場面になると薄暗くて(舞踏会の場面もそう。幻想的で美しいが)、ノートパソコンで観るYouTubeの小さな画面では老眼にこたえるので、所々映画の雰囲気を確認するために観ただけだ。

ハリウッド版も、ソ連版も、どちらも最後の方はドタバタ終わってしまう気がする。原作をなぞりきるには7時間30分かけても時間が足りないというわけだろう。

ナポレオン1世率いる大陸軍(仏軍を中心としたヨーロッパ諸国連合軍)とクトゥーゾフ率いるロシア軍との間で行われた「ボロジノの戦い」の場面が、ソ連版では圧巻だった。

Battle_of_borodino

Artist: Louis Lejeunet(ルイ・ルジューン)
Title: Battle of Moscow, 7th September 1812
Date: 1822

ハリウッド版も迫力といえば迫力だが、どうしても「あっ南北戦争」と思ってしまう。

映画の中の戦闘ですらあの凄まじさだと思うと、つくづく恐ろしい国である。ハリウッドの中で何度も戦争をやらかし宇宙戦争すら辞さないアメリカとなるともう……あんな国とよく日本は戦ったものだ。

もっと早く降伏すればよかったのに――という言葉を聞くことがあるが、映画で観ても敗れた側のみじめさといったらない。皆殺しに遭い国がなくなる可能性すらあるというのに、「もっと早く降伏すればよかった」というのは概ね結果論にすぎないと思う。現に、ソ連は日本の降伏後も侵攻を続けた……。まあ当時の日本に生きていたら、もう何でもいいから早く終わってほしいと思っただろうけれど。

映画『戦争と平和』の中の凛々しいロシア帝国軍の姿に、那須田稔『ぼくらの出航』(木鶏社、1993)の次の場面を連想した。

満州にソ連軍が侵攻するときの様子が描かれ、それを観ていた満人ヤンとロシア人の御者が会話する場面から引用する。

 ヤンは、ロシア人の御者に中国語で話しかけた。
「おじいさん、あなたたちの国からきた兵隊だね。ロシアの兵隊がきたので、うれしいでしょう?」
 ところが、ロシア人の御者は、はきだすようにいった。
「あれが、ロシアの兵隊なものかね。」
「ロシアの兵隊じゃないって?」
 ヤンはけげんな顔をした。
 御者のじいさんは、白いあごひげをなでて、「そうとも。ロシアの兵隊はあんなだらしないかっこうはしていないよ。わしらのときは金びかのぱりっとした服をきていたものだ。」
「へえ? おじいさんも、ロシアの兵隊だったことがあるの……。」
「ああ、ずうっと、ずうっと、むかしな。」
「それじゃ、ロシアへかえるんだね。」
「いや、わたらは、あいつらとは、生まれがちがうんだ。」
 おじいさんはぶっきらぼうにいった。
「よく、わからないな。おじいさんの話。」
「つまりだ、生まれつきがちがうということは、わしらは、ちゃんとした皇帝の兵隊だったということさ。」
 ヤンは、まだ、よくわからなかったが、うなずいた。
「皇帝だって! すごいな。」
「そうとも。わしらは、あいつらとは縁もゆかりもないわけさ。あいつらは、レーニンとか、スターリンとかという百姓の兵隊だ。」
「ふうん。」
 ヤンが、小首をかしげて考えこんでいると、ロシア人の御者は、馬車にのっていってしまった。
(那須田,1993,pp.75-76)

満州には、ロシア帝国時代にロシアから移住した人々や、1917年の十月革命で逃げてきた貴族たちが住みついていたと書かれている。

作品の最後で主人公タダシら子供たちを救ってくれたのは新しい中国の軍隊であったが、その中国の軍隊とは中華民国の国民党だろう。

新しい中国への希望を抱かせる明るい場面となっているが、事実はこの後、中国国民党は中国共産党(人民解放軍)との内戦となる。

内戦で勝利した中国共産党の毛沢東は1949年10月、中華人民共和国を樹立した。しかし、発展した社会主義国家建設を目指す「大躍進」政策は失敗し、中国はプロレタリア文化大革命と称する凄惨な暗黒時代へと突入……。

そういえば、『戦争と平和』ではフリーメーソンについて長々と描写されているのだが、御存じだろうか?

『戦争と平和』はかなりの長編なので、有名なわりに読破した人は少ないのかもしれない。欧米の純文学作品を読んでいると、フリーメーソンなど珍しいとも思わなくなるのだが(よく出てくるため)、『戦争と平和』ほどフリーメーソンでの入会式の様子が克明にリポートされた文学作品は珍しい。

主人公ピエールがフリーメーソンになるのである。

トルストイがフリーメーソンだったかどうかははっきりしない。その理由は、当時のロシア政府が入会を禁止していたことにあるという。

レフ・トルストイ(1828年生) - 作家。著書は主人公(ピエール)がメイソンリーに入会する『戦争と平和』など。『10,000 Famous Freemasons』は、多くの者がトルストイをメイソンだと考えているが当時のロシア政府が入会を禁止していた、と記述している。当局のその措置のためトルストイはメイソンでないとの説もある。

ウィキペディアの執筆者. “フリーメイソン”. ウィキペディア日本語版. 2016-08-19. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%83%B3&oldid=60821276, (参照 2016-09-05).

禁止されていたにも拘らず、あそこまであけすけに描写できるとは何て大胆不敵なのだろう。もっとも、その程度の禁止だったのかもしれない。

フリーメーソンの思想が『戦争と平和』に深い影響を与えていることは確かだと思う。

ピエールがフリーメーソンの思想に心の中でいくらか距離を置くような場面は出てくるのだが、その後も小説の終わりかけまで、訪ねてきた知己のフリーメーソンと会話する場面が出てくるのである。

トルストイは取材魔だったようだから、綿密な取材を行ったとも考えられる。でも、秘密結社というのは禁止されたり迫害されたりするからこその秘密にされざるをえない結社であることを考えれば、トルストイがフリーメーソンだったとしても不思議ではない。

トルストイの下の方に「マルク・シャガール(1887年生、1912年入会) - 画家。作品は『私と村』『誕生日』など」とあって、シャガールもフリーメーソンだったと知った。

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