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2016年9月12日 (月)

トルストイ『戦争と平和』  ④破壊、オルグ工作の意図を秘めたイルミナティ結成者ヴァイスハウプトのこけおどし的な哲学講義

ピエールはバラ十字系フリーメーソンの長老に惹かれて、フリーメーソンになる。③で引用させていただいた論文から、この長老は実在の人物であったことを知り、神秘主義者のわたしは一層の魅力を感じた。タロットカードの「隠者」を髣髴させる。

しかし、長老ヨシフ・アレクセーエヴィチは別格といってよい人物で、その長老も病気で隠棲してしまった。ピエールはペテルブルク支部の指導者にされてしまうのだが、支部にもピエールの生活にも世俗臭が漂う。

フリーメーソンの奥義を究めるために外国に出かけたピエールがイルミナティ(啓明結社と訳されている)に染まって帰国したために、支部は弾劾と支持をめぐって沢山の派にわれた。

長老に判断を仰ぎに行ったピエールは批判される。肉体の苦痛の中、生を恨まず、死を愛し、内なる人間が清らかさと高さの極みにある長老の言葉にピエールは内省を促がされたのだった。ピエールは日記に綴る。

ヨシフ・アレクセーエヴィチは貧しい暮らしをしてもう三年も水腫という苦しい業病に悩まされている。呻きも苦情も、誰も一度も彼の口から聞いたことがないそうだ。朝から夜ふけまで、ごく粗末な食事をとる時間以外は研究に打ち込んでいる。彼はやさしくわたしを迎えて、自分が寝ている寝台にかけるようにすすめた。(……)彼は、フリーメーソンの三つの目的が何であるか、おぼえているかときいて、わたしを驚かせた。(一)秘密の保持と認識、(二)それを受け入れるための自己の浄化と矯正、(三)その浄化への努力を通じての人類の矯正、この三つである。この三つのうちもっとも主要な第一の目的はどれであるか? もちろん、自己の矯正と浄化である。(……)啓明結社が純粋な教えでないのは、社会活動に熱中し、思い上がりもはなはだしいからである。(……)話がわたしの家庭問題にふれると、彼は言った、『真のフリーメーソン会員の最大の義務は、あなたに言ったように自己の完成にある。ところが、われわれは、生活上の困難をすべて遠ざけてしまえば、早くこの目的を達せられそうにしばしば思いがちだ。ところがそうではないのだ。浮世の波風の中にあってこそ、はじめてわれわれはこの三つの主要目的を達することができるのだよ。(トルストイ,工藤訳,1970,Ⅱpp.508-509)

1812年、ナポレオンはロシアに侵攻した。

生活が改善しない中、ピエールはフリーメーソンの同志の一人からナポレオンに関する予言を知らされる。カバラ数秘術で計算すると、ナポレオンはヨハネ黙示録に記された反キリスト666になり、彼の権威の限界は42歳になった年の1812年に来るのだと。予言に興奮するピエール。自分の名も666になるよう「L'」を加えてみたりする。

やがてピエールは、売国奴のフリーメーソンと疑われ、モスクワから追放される。モスクワに戻った彼は、亡き長老の褪せた書斎で長時間過ごし、ナポレオンの暗殺を決意した。

モスクワは炎上し、暗殺は果たせず、ピエールは放火犯の容疑でフランス軍に捕まる。捕虜仲間となった農民兵プラトン・カラターエフの、生活と信仰が一体となった、純真で素朴な生き方に打たれる。カラターエフは「善良なまどかなすべてのロシア的なものの化身として、永久にピエールの心の中にのこったのである」((トルストイ、工藤精一郎訳『新潮世界文学 18 トルストイⅢ』新潮社、1970、pp.419)。

ピエールは慈善だけに限定せず、独立と行動を加えて結社の拡張をはかろうとしている。そのピエールに強烈なあこがれを抱く、少年ニコーレンカ(ボロジノの会戦で負傷し死亡したアンドレイ侯爵の子)が印象的に描かれて壮大な物語は終わる。

神秘主義的な観点から読むと、『戦争と平和』はまさにロシアのフリーメーソンが急進的な政治結社イルミナティに侵される過程を描いたかに映る。

(……)ペテルブルクの状態は、つまりあんなわけで、皇帝はいっさい口出ししない。皇帝は例の神秘主義ってやつに溺れきっている有様だ(神秘主義を信じる者は、いまのピエールは誰であろうと容赦をしなかった)。(トルストイ,工藤訳,1970,Ⅲpp.638-639)

あれほど神秘主義的な長老を敬慕していたピエールの、完全にイルミナティに染まりきった姿である。ロシア革命が起きたのは、トルストイの死から7年後のことだった。

イルミナティを結成したヴァイスハウプトの本、アダム・ヴァイスハウプト著(副島隆彦解説、芳賀和敏訳)『秘密結社イルミナティ入会講座<初級篇>』(KKベストセラーズ、2013)』を昨夜図書館に借りに行き、そのあまりのトンデモ本ぶりに唖然。

ルネ・ゲノン、ウィリアム・ジェームズにそっくり。ろくに根拠を示さずに恣意的に取り出した断片で唐突に断罪するところ、口の悪いところが。それまでの哲学の歴史を消去したいようなので、勉強嫌いには受けるかもしれない。

オゾマシクも超難解な本かと想像していたので、付録「秘密結社の組織論」(アダム・ヴァイスハウプト『イルミナティの新システム――全位階と装置の詳説(1787)』からの抄訳)の充実度に比べ、本編のこけおどし的な内容には……(絶句)。

随分偉そうなわりには、神秘主義の意味すらわかっていないヴァイスハウプト。プロティノスのような神秘体験があって初めて神秘主義哲学の理解の最初のステップを踏むことができるはずなのだが、それができないでいて外野から下品に喚く、教授だったとはとても思えない人物である。

盲目の人にも香りで花の姿を想像できる人もいれば、ヴイスハウプトのように「花だと? わしには見えん。そんなものはありはしない。絵空事だ」という人もいるというわけなのだ。

「度はずれた大バカ、腐れ頭人間。身の毛のよだついやらしさの極致」と本当にヴイスハウプトは書いている(ドイツ語の悪態を邦訳するのも苦労だろう)。

ピタゴラス、プラトン、新プラトン派の流れを汲む思想とその影響を受けたキリスト教に対してつかれた悪態なのだ。

それにしてもよくもまあ、神秘主義の流れを汲むはずのフリーメーソンに潜り込めたものだと呆れる。恐ろしい。それこそ身の毛のよだついやらしさの極致だ。

以下の本を借りた。

秘密結社イルミナティ入会講座<初級篇> 
アダム・ヴァイスハウプト(著),副島 隆彦(解説)(その他),芳賀 和敏 (翻訳)
出版社: KKベストセラーズ (2013/1/16)

ロシアを動かした秘密結社: フリーメーソンと革命家の系譜
植田 樹(著)
出版社: 彩流社(2014/5/22)


秘密結社 チャイニーズ・フリーメーソン ~裏と表で世界を動かす組織・洪門
鈴木 勝夫(著)
出版社: 宝島社(2016/2/13)

石の扉―フリーメーソンで読み解く世界 
加治 将一(著)
出版社: 新潮社(2006/1/27)

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