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2016年8月18日 (木)

歴史短編1のために #27 萬子媛遺愛の品々 ②入定について。印象的な御袈裟。

「なぜ、萬子媛は餓死したの?」と尋ねた友人がいた。

「えっ?」と、わたしは言葉をなくした。

萬子媛の入定については詳しく書いたつもりだったから。さらに丁寧に書くべきか?

「萬子媛の入定がわかりにくかったみたい。あれじゃ、わからなかった?」と夫に尋ねると、「わかるも何も、説明がなくったって、坊主が食を断って亡くなったと聴けば、即身成仏だと思うだろ、普通」

萬子媛を知る人間によって書かれた唯一の萬子媛の小伝といえるものが「祐徳開山瑞顔大師行業記」で、文人大名として有名だった義理の息子直條によって、萬子媛が存命中――逝去の1年前――の元禄17年(1704年)に著述された。

お世話になっている郷土史家が「萬子媛についての最も古くて上質の資料」とおっしゃる萬子媛に関する第一級の資料である。

直條の記述を生かしたいと思い、「祐徳開山瑞顔大師行業記」から引用したりしたのが、難しかったのだろうか。

あるいは、入定を決意するまでの心情表現が不足していて、なぜ入定にまで至ったのかが理解できなかったということかもしれない。禅院での生活にもっと踏み込む必要がありそうだ。

入定について、ウィキペディア「入定」の解説を引用しておこう。

原義としての「入定」(悟りを得ること)と区別するため、生入定(いきにゅうじょう)という俗称もある。

僧が、生死の境を超え弥勒出世の時まで衆生救済を目的とする。後に、その肉体が即身仏となって現れるのである。明治期には法律で禁止された。また入定後に肉体が完全に即身仏としてミイラ化するには長い年月を要した為、掘り出されずに埋まったままの即身仏も多数存在するとされる。

ただし、現在では自殺幇助罪に触れるため、事実上不可能になっている。

修行方法
まず、木食修行を行う。
死後、腐敗しないよう肉体を整える。
米や麦などの穀類の食を断ち、水や木の実などで命を繋ぐ。
次に、土中入定を行う。
土中に石室を設け、そこに入る。
竹筒で空気穴を設け、完全に埋める。
僧は、石室の中で断食をしながら鐘を鳴らし読経するが、やがて音が聞こえなくなり、長い歳月と共に姿を現すとされる。


ウィキペディアの執筆者. “入定”. ウィキペディア日本語版. 2016-03-26. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E5%85%A5%E5%AE%9A&oldid=59110228, (参照 2016-08-18).

萬子媛があの世でボランティア集団を組織なさっているとわたしが想像するのは、参拝するたびに、萬子媛を囲むように一緒にいるあの世の大勢の方々を感じるからだ。

その大勢の方々というのは、萬子媛が禅院を主宰なさっていたときにそこに所属していた尼僧たちを中心とする方々ではないだろうか。

わたしの神秘主義的感性が捉えた萬子媛にはどこか深窓の麗人のような趣があり、無垢で高雅で率直な高級霊の雰囲気が伝わってくる。

それに対して、萬子媛を囲むように一緒に整然と行動している女性達の一歩引いたような、それでいて萬子媛を促がしたりもする雰囲気からすると、大勢の中で中心的役割を果たしている女性たちは生前、萬子媛と寝起きを共にした尼僧たちではないかとどうしても思えてくるのだ。

萬子媛の最も近くに控えている毅然とした感じの女性は、もしかしたら京都から萬子媛が嫁いで来たときに一緒に鹿島にやってきた侍女かもしれない。萬子媛が出家したときに一緒に出家したのでは……あくまで想像にすぎないが、小説であれば、想像を書いてもいいわけだ。

何にしても、萬子媛の一番近くにいる女性は身辺の護衛でも司っていそうな、シャープな雰囲気のある女性なのだ。わたしの内的鏡にほのかに映った気がする程度のものなのだが、萬子媛の圧倒的な雰囲気とはまた別種の矜持と気品とがまぎれもなく感じられて、興味深い。

こうした神秘主義的感性で取材(?)したことを参考にすれば、禅院の生活やムードをもう少し踏み込んで描けるかもしれない。

御遺物メモの続き。

冠台(かんだい)
冠台については、わたしが持っている3冊の国語辞書にも、河出書房『日本歴史大辞典』(息子のもので、預かったままになっている。広辞苑が見当たらず、息子にやった気もするが、忘れた)にも、記載がなかった。

ネット検索では、「冠棚」に記載があった。

かむりだな【冠棚】
① 冠を載せておく棚。のちには香炉の台としても用いるようになった。冠台。かむり棚。
②書院や床の間などに設ける違い棚の形式の一。かむり棚。
(出典:大辞林 第三版)

かんむり‐だな【冠棚】
1 冠をのせる棚。
2 書院や床の間などのわきに設ける化粧棚の一種。
(出典:デジタル大辞泉)

時間が経ってしまったからか、見学時に一度に多くを記憶するのが無理だからか、どのようなものだったかはっきりとは覚えていない……違い棚のようなものも、香炉台のようなものもあったのだが、大辞林の説明からすると、香炉台?

御帯

檜扇

御袈裟(みけさ)
御年60才のころ、善明寺の末寺として祐徳院を草創、出家せられた」と説明があった。
最も印象的だったのが、畳まれてひっそりと置かれたこの御袈裟だった。褪せているが、色は鬱金色(うこんいろ)、蒸栗色(むしぐりいろ)といったもので、萬子媛の肖像画を連想させた。素材は麻のように見えた。夏用なのだろうか。冬にこれでは寒いだろう。意外なくらいに慎ましく見える萬子媛の尼僧時代の衣服から、しばし目が離せなかった。

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