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2016年6月 5日 (日)

バッシングから遂にブラヴァツキーがゲームのキャラに。面白ければ何をしてもいい国民性は本来の日本人のものではない。(数度の加筆)

「神智学の影響を受けたボームのオズ・シリーズ、メーテルリンク『青い鳥』、タブッキ再び」というタイトルの記事を下書きしている途中なのだが、またメモしておきたいことがでてきた。

レスリー・プライスによって1985年に設立された「Theosophical History(神智学史)」という神智学組織には無所属の、神智学のすべての側面に専念独立した学術雑誌の記事を、たまたま閲覧した。

アムステルダム大学のMarco Pasi によって書かれた、ジョスリン・ゴドウィン英訳 Theosophy and Anthroposophy in Italy during the First Half of the Twentieth Century (二十世紀前半のイタリアにおける神智学と人智学)という論文であった。

掲載された学術雑誌の編集方針からして、どちらかというと批判的な傾向があるのではないかと思ったが、閲覧した論文は格調が高く、優れた論文だと思った。この論文には前掲書きかけの記事で簡単にでも触れておきたいと思っている。

あちこち閲覧しているうちにTheosophical History Vol XVII/4 (October 2014)に吉永進一という名を発見して驚いた。過去記事で出した名を連想したからだった。リンダ・ハリスという人が2014年国際神智学史会議での吉永氏のプレゼンテーションを紹介しているらしい。

Marco Pasi 氏の学術的な芳香漂う論文とゴシップみたいな論文とは対照的で、月とスッポン……いやいや、わたしの勘違いで同姓同名に違いない、とすら思う。

そのあと、togetterの「神智学協会が日本に与えた影響」に出くわした。

  • 神智学協会が日本に与えた影響
    togetter.com/li/268593

そこには笠井潔という、これも過去記事で書いた覚えのある名を発見した。

  • 2009年11月23日 (月)
    Notes:不思議な接着剤 #30/カタリ派について#3
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/11/otes30-fedf.html

    昨夜、カタリ派信仰を持つ女性がヒロインで、そのモデルはかの実存主義系フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユというミステリー、笠井潔著『サマー・アポカリプス』(創元推理文庫、1996)を読んだ……とはいえないお粗末な読みかたで、20分くらいで拾い読みしただけだが、全体のあらましは掴めたと思う。
    かのシモーヌ・ヴェイユにはトンデモ役が二重に振られていて、ミステリーとはいえ、驚いてしまった! ヴェイユは美形だから、人気があるようだが、こんな使われかたをしていたとは。カタリ派に触れたヴェイユの論文まで引用されていた。作品のムード、事件の追跡の仕方はダ・ヴィンチ・コードなどの系統だろう が、歴史の謎解きを絡める主要な線では残念ながら不成功で、どちらかというと単なる人殺しに終わっていた。ここから、ヴェイユの思想、異端カタリ派、グ ノーシス、原始キリスト教などに入れば、一興かもしれないが……。

以下は、ウィキペディアからの引用であるが、注意して読んでいただきたい箇所を赤字にした。純文学崩壊の元凶はこの男だったのかと思った。そういえば当時、文芸雑誌でそんな記事を読んだ気がする。

笠井潔(1948 -)
小説家、推理作家、SF作家、文芸評論家。
小説家としての仕事と平行して思想家・哲学者としての仕事も旺盛に展開する。 『テロルの現象学』でマルクス主義と完全に決別し、以後「マルクスに依拠しない左翼思想」を模索しつづけ、思想史には「マルクス葬送派」(小阪修平、長崎浩)と呼ばれる思潮に属する。この思潮を発展させ、1995年の『国家民営化論』では、反資本主義ではなく、逆に
資本主義を徹底化させて国家を解体させるというアナルコ・キャピタリズムの思想を明確に打ち出した。 また、1990年代から「純文学の終焉」を唱え、これに反対する立場の笙野頼子からの反発を招いた。
ウィキペディアの執筆者. “笠井潔”. ウィキペディア日本語版. 2016-03-29. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%AC%A0%E4%BA%95%E6%BD%94&oldid=59140394, (参照 2016-06-05).

何年も執拗な純文学バッシングとエンター系作家が持ち上げられる現象が続いた。デビューできたはずの純文学作家がどれだけ闇に葬られたことだろうか。

日本では純文学作家が世に出られない仕組みが児童文学含めて完全に出来上がってしまった。

かつての純文学系商業誌の新人賞は、流通業界における新商品を生み出すようなアイディア戦――ひねりを入れた軽薄なものであればあるほど絶賛される――となり、芥川賞受賞作品からは人間性の追究や求道性が完全に失われ、純文学系ともエンター系ともいえない――どちらのよさも見い出せない――、概ね日本語に欠陥のある奇怪な代物と成り果てた。

そしてtogetterにはYOSHINAGA Shin'ichi という名も発見したが、ウィキペディア「吉永進一」の外部リンクの項目に「YOSHINAGA Shin'ichi - 本人のサイト」とあったので、吉永進一氏と同一人物と思われる。

明治期に神智学がどう影響したかがやり取りされていた。博識に驚かされるとともに、研究対象をまるでゲームのアイテムのように扱っている印象を受け、愕然とした。

「神智学の好きなクマ」という方の書き込みに唯一ホッとさせられた。引用させていただく。

神智学の好きなクマ    2014-08-26 08:13:52

神智学を偏見なく見るには、批評家の書いたものではなく、神智学の本そのものを見たほうが良いです。決しておかしいことは言っていないことがわかるでしょう。その目指すところも、決してオカルトめいた変な方向ではないんですね。
人間は物質界だけで生きるものではないと、精妙な世界のことを教えたのが神智学でした。唯物主義のコチコチに凝り固まった人々に現象を見せた時期もあったのですが、それは物質以外の世界もある、と示す目的があったからですね。当時の西洋において。

そもそも、神智学がどんなものであるかを知らずに、神智学に関係した研究ができるのだろうか。三浦関造について論じた吉永氏の文章を閲覧したとき、この人は神秘主義というものがどんなものであるのかまるで知らないとしか思えなかった。

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175  (2015/12/27 アクセス)

神智学は神秘主義思想なので、内的体験を通さなければ理解できない。オーラが見えなければ、オーラに関するブラヴァツキーの解説は仮説として置いておくほかはない。

資料を沢山集めて博識ではあるのだろうが、理解を伴っていない。だから、吉永氏の描く三浦関造にしても、ブラヴァツキーにしても、その人らしさが全く形作られていない。

昔の話になるが、わたしは三浦先生の講演テープを聴いたことがあった。その闊達な溌剌とした滋味のあるお声は、わたしのヴィジョンに現れた先生の印象に符合するものであった。吉永氏の描く三浦関造は、吉永氏でしかない。

いずれにせよ、吉永氏はせめて博識でないとおかしい。ウィキペディアの外部リンクに「吉永進一 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース」があり、吉永氏が一員となっている――代表となっている場合もある――種目の研究グループに配分されている助成金の額を見ると、貧乏物書きの――プロですらない――わたしはのけぞってしまうからである。

文系への助成金としてはそれが普通なのかもしれないし、多いのかむしろ少ないのか、どうであろうか。いずれにせよ、当然ながら出来上がった論文との釣り合いから妥当な配分かどうかがわかるだろう。

オープンアクセスできる論文には日数を費やしても当たってみたいと考えている。どういう論文に助成金がどのように配分されているのか、国民の一人として興味があるし、日本国の将来の学術のために知る権利と義務がある。

これまでの内容と無関係とは思えない話であるが、togetterに広告が掲載されていて、ブラヴァツキーがゲームのキャラに登場したことを知り……(絶句)。

  • FGO参戦によってにわかに注目を集める(?)ブラヴァツキー夫人
    togetter.com/li/957750

神智学協会が魔術協会の下部組織……霊媒アイドルブラヴァツキーちゃん……アカシックレコードオリコン入り……などというおしゃべりを閲覧。

ゲームがきっかけで神智学の本を読んでみようという気になっていただけたら、神智学協会にとってはいい宣伝になるのかもしれないが、これまでにも神秘主義はゲームで散々玩具にされただけのように思える。

海外の神智学関係者の方々に申し訳なく、日本人として情けない。だが、面白ければ何をしてもいい、否こんなことが面白いと感じる国民性は本来の日本人のものとも思えない。

低俗・低レベルな文系研究者にも不適切な助成がなされてきたことと、心の拠り所と品性を見事なまでに喪失した日本人の今日のあり様とが無関係なはずがない。さらにいえば、「資本主義を徹底化させて国家を解体させるというアナルコ・キャピタリズムの思想を明確に打ち出した」ような危険思想の持主がぬくぬくと儲け、泳ぎ回れるような甘い日本でいいのだろうか。

明治期における神智学の影響については明治政府の廃仏毀釈という文化破壊とあわせて、わたしもいずれ研究してみたいと考えている。時間はかかっても、神智学協会ニッポンロッジ、竜王会の機関誌に投稿できるくらいのレベルには持っていきたい。

いやできるなら、海外の神智学関係者、前掲の海外の雑誌「Theosophical History」の編集者にも日本の特殊な事情を知っていただけるレベルのものに完成させたい。そのレベルのものに仕上がったらの話だが、幸い、神智学協会ニッポンロッジ、竜王会には英語の堪能な方々がおられるので、英訳をお願いすることも可能ではないかと思う。

当ブログにおける関連記事:

おすすめしたい旬の本。余命プロジェクトチームの本は3冊出ているが、以下の本から入ると理解しやすい。

余命三年時事日記ハンドブック  単行本(ソフトカバー),Kindle版
余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2016/3/17)
ISBN-10: 479260544X
ISBN-13: 978-4792605445

以下はKindle版拙著。当記事と合わせて読んでいただければと思う。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

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