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2016年6月12日 (日)

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を読む ②チャンコ鍋状態

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」の構成から見ていこう。漢数字を算用数字に変えさせていただく。

<論文要旨>
<キーワード>
前書きに当たる部分
一 メタフィジカル宗教
 1 欧米の歴史研究
 2 日本の歴史研究
 3 メタフィジカル宗教と神智学
二 日本の神智学の軌跡――1910年代から1960年代まで――
 1 明治から大正へ
 2 昭和期 三浦関造の神智学

ダウンロードした吉永のこの論文には参考文献が記されていないが、ダウンロード版では省略されているのだろうか。

参考文献が記されていないので、本文と注に出てくる著作以外は吉永が何を読んだのかが不明である。強引な辻褄合わせ、短絡的解釈などから、神智学に関してはまとめめいたものしか読んでいないのではないかとの疑いを覚える。

要旨からすると、ハネフラーフのエソテリシズム史とオルバニーズのメタフィジカル宗教史を日本の霊性宗教史に当てはめることができるかどうかを確認し、次に、アメリカのメタフィジカル宗教を瞥見した上で、明治・大正期の日本への神智学流入、ロッジ活動の失敗、出版での流布を紹介したあと、三浦関造に焦点をしぼるのだという。三浦関造は翻訳家から霊術家、そしてメタフィジカル教師へ変貌したのだそうだ。

ハネフラーフによると、19世紀のオカルティズムは18世紀以前のヨーロッパを中心としたエソテリズム(ネオプラトニズム、ヘルメス主義、カバラ、占星術、錬金術)の世俗化によって誕生したという。

占星術と錬金術はヘルメス主義に含まれるのではなかったか?

ブラヴァツキーは神的な火を人類にもたらしたプロメテウスさながら秘教とされてきた知識を一般にもたらしたが、エソテリズムそのものは純粋に保たれている。世俗化したくてもできないものがエソテリズムなのだ。

その価値を感じるだけの感受性がない人々には、それが通じないだけの話である。間違った解釈がなされることも多々あるだろう。

オルバニーズのメタフィジカル宗教となると、もっとひどい定義で、オカルト全般を指す概念であるようだ。オカルトの意味もブラヴァツキーの定義などとは異なり、要するに何でもありということのようである。

何て無意味な考察なのだろう。何でもありの定義を無理に近代日本、特に三浦関造に当てはめ、当てはまらない――崇高な――面は平気で無視し、切り捨て、歪めようという意図しか感じられない論文なのであるから、たまらない。まさに現代日本における魔女裁判である。

「2 日本の歴史研究」で気になったのは、催眠術という用語である。桑原俊郎『精神霊動』に関する吉永の紹介ではずいぶん大雑把に使われているようだが、著者の定義がわからないので、そこにブラヴァツキーが定義する催眠術以外のものがどう含まれているのかは、実際に著作に当たるしかないようだ。

「3 メタフィジカル宗教と神智学」では、次の文章の意味がどうしてもわからない。

19世紀前半からの動きを追ってみると、催眠術からP・P・クインビーの精神療法とアンドリュー・ジャクソン・ディビスやスピリチュアリズムが出現し、前者の流れからはさらにクリスチャン・サイエンスのエディ夫人や、ニューソート運動の源となったエマ・カーティス・ホプキンズ、後者からは神智学が誕生している。

「前者」がどこにかかり、「後者」がどこにかかるのか、わからない。文章はさらに次のように続く。

これらの運動と、これらが折衷して誕生した運動の総称がメタフィジカル宗教である。

まさに何でもありのチャンコ鍋状態、もはや滅茶苦茶である。そして「メタフィジカル宗教の思想面は、神智学が重要な柱となっている」そうだが、話の流れからすると、チャンコ鍋の中では神智学が一番目立つ、というだけの話だろう。

メタフィジカル宗教で最も政治的な活動をした人物がウィリアム・ダドリー・ベリーであると吉永はいう。わたしはインドの切手にまでなったアニー・ベザントだと思うが。アメリカ人の中では、ということだろうか。

三浦関造がどう書かれているのか、見ていこう。➂へ続く。

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