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2016年6月の30件の記事

2016年6月30日 (木)

狭心症の発作ではないみたい

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このところ外出が続いたためか、朝から体がつらいので、胸の中は何ともなかったのだが、もしかしたら冠攣縮性狭心症が起きているせいかもしれないと思い、ニトロペンを使ってみた。

全く変化なし。

いつも使ったときは胸の中が涼しくなり、それが頭や左腕や腹部のほうへ迸っていく感じがするのに、何も起きない。不思議なくらい何にも。

圧迫感も胸痛も呼吸困難も何もなかったのだから、当然といえば当然なのだが。

メディトランステープ(ニトログリセリン貼付剤)を使っていたとき、肩凝りに使ってみて何も起きなかったことを思い出した。

先生が「ニトロは狭心症の発作にしか効かない。ニトロを使って何ともなければ、それは狭心症の発作ではないよ」とおっしゃったが、まさしくその通り!

さらに先生は「どこかおかしいときはニトロを使ってみるといい」ともおっしゃったので、わたしは違うだろうと思いながらも使ってみたわけだった。

冠攣縮性狭心症の発作の症状がいくらか重くてニトロが効きにくいときがあるが、そのときとの区別は明瞭につく。

これまでにニトロを使って全く効かなかったことがほとんどなかったことから考えると、わたしの冠動脈は攣縮しがちなのだろう。

結局、今のしんどさはただの疲れにすぎないようだ。

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2016年6月29日 (水)

印象操作されない三浦関造の真の姿が明らかになる本

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」 の以下の記事で、わたしは「今月、岩間浩『三浦関造の生涯』が発行されると機関誌で報じられていた(岩間浩は現「竜王会」会長)。そのうちア マゾンにも出るのではないだろうか。トンデモ人間であるかのように印象操作されない三浦関造の真の姿が明らかになることだろう」と書きました。

57 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑧吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」の中で印象操作される三浦関造

前掲機関誌には「岩間会長と相談の結果、今回この書籍を竜王会の会員の皆様並びに関係者に贈呈……」ともあったので、信じられない思いでしたが、本当に本が届いたのでした。何て早いクリスマスでしょう!

これは、凄い。この本も、三浦関造も! 三浦関造の生涯と竜王会の歩みを描いた決定版だと思います。

近々、感想を書きたいと考えています。

綜合ヨガ創始者 三浦関造の生涯

岩間 浩 (著)
出版社: 竜王文庫 (2016/7/2)
ISBN-10: 4897411106
ISBN-13: 978-4897411101

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睡蓮の葉っぱの島(リヴリー)

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梅雨イベントでマジックシードを育ててゲットした「睡蓮の葉っぱの島」と「カエルの王様」です。家出中のピグミーと一緒に島に。うちの子はどこででも安眠できるようです。

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屋内では島遊びももう一つなのか、うちの子は微妙な表情をしています。島をテーブルや敷物として使うのもいいかも。

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2016年6月28日 (火)

便利なキッチングッズ。今年初のバジルパスタ。

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食器や調理器具などの汚れ落としにこのキッチングッズは便利で、何年も使ってきました。これをキッチン掃除専用にしたいと思い、キッチンスクレーパーを別に購入しました。

レック キッチン スクレーパー ( ヘラ ・ スパチュラ ) 
レック (LEC)
ASIN:B001CV4EH6

レック ビン ・ 缶用 スクレーパー ( ヘラ ・ スパチュラ )
レック (LEC)
ASIN:B0011EVX0U

レック フライパン用 スクレーパー ( ヘラ ・ スパチュラ )
  レック (LEC)
ASIN:B001CV4EJ4

この三点はAmazon.co.jpが発送する商品の合計が¥2,000 (税込)以上になると購入できる、あわせ買い対象商品になっていました(三点の総額が¥844 で、通常配送無料でした。今確認したところ¥994 になっていました)。

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この三点セットを使って食器、調理器具、缶・瓶の汚れを大まかに落としてから洗うと、洗剤・水道水・時間の節約になり、助かっています。

うちは缶入りのトマトやキャンベルスープ、瓶入りのジャムや練りごまなど、缶・瓶商品をよく使います。

菜箸で中身を掻き出した後でコップ洗いを使っていましたが、落ちにくくて苦労していました。ビン ・ 缶用 スクレーパーでたちまちこの問題が解決しました。

フライパン用 スクレーパーは耐熱温度140度になっています。

トング。

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ボールの中で茹でたスパゲッティにオリーブオイルを絡めるのに、スパゲッティトングが便利です。それを、フライパンの中の厚みのある肉をひっくり返すのに使ったりもしていましたが、ステンレス製なので、用心していてもそのうちうっかりフライパンを傷つけるのではないかと心配でした。

このトングですと、ヘッドがシリコンなので、その心配がなく、とても重宝しています。こんな具合に。

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ところで、今年になってバジルを初収穫し、バジルパスタを作りました。といっても、記事にしようと思っているうちに日が経ってしまいました。

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葉ダニにやられてあまり出来がよくなく、傷んだ葉を選り分けると、収穫量がいつもより少なくなりました。

それでも、バジルパスタはいつものように美味しくできました。

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以下は昨年の記事です。

昨年の材料。

  • バジル50g
  • 松の実&カシューナッツ50g
  • ニンニク2かけ
  • エクストラバージンオリーブオイル120㏄
  • 塩小さじ2/3
  • こしょう

今回は松の実の代わりにアーモンドを使いました。アーモンド好きな娘のリクエストです。松の実もアーモンドもダイエットに使われるくらいですから、体重への影響をあまり気にせずに済みます。

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「謹厳実直」を絵に描いたような菅義偉官房長官の輝くような笑顔、雨の中の街頭演説会

(参院選2016)

土砂降りに近い中、菅義偉官房長官の街頭演説会が行われました。安倍首相、小泉進次郎氏に続く来県でした。

実物はテレビで見た印象とは異なるという面白さから、わたしはまた出かけました。わが国の今後を案じ、行かずにいられなかったという側面もありました。

実は、演説会の締め括りに次回の街頭演説会の予告があるから……というのが一番の理由として挙げられますけれど。

休日だった娘も一緒でした。今回の娘はアミュプラザで服を見るついでに……というものでした。駅前広場が会場だったのです。

悪天候、緊急来県ということもあって、集まった聴衆はそう多くはありませんでしたが、熱心な人々が結集したというムードがありました。

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テレビでの菅義偉官房長官は少し神経質に見えていましたが、眉を開いた明るい表情でした。

小柄でありながら存在感があり、物腰柔らか、「謹厳実直」を絵に描いたような人物に見えました。首相の女房役として、菅官房長官は最高のはまり役に思えます。

数字などで根拠を示さずに口先だけの批判に終始して、対案を出すこともしない民進党、共産党の無責任に静かなる怒りを覚えておられる様子で、最近の北朝鮮によるミサイル発射など、今の日本が置かれた危機的状況を具体的に示されました。

実際に菅義偉官房長官のお顔を見ると、本当に危機的状況なのだということがストレートに伝わってきます。

このような状況に毎日神経を使い、日本のために働いてくださっているということが、安倍首相や菅義偉官房長官の深みのある表情を見るとわかり、またテレビを視聴するだけでは伝わってきにくい胸のうちや人情の機微を感じることができて感動しました。

菅官房長官の演説が行われる前に、来歴紹介がありました。それによると、菅官房長官はイチゴ農家に生まれ、高校卒業後に上京して段ボール工場で働き、苦学して大学に行かれたとか。

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演説後、菅官房長官は雨の中を聴衆と握手してくださいました。わたしは沢山の傘に阻まれて残念ながら握手はできませんでしたが、すぐ近くでお顔を見ることができました。

輝くような笑顔!

味わい深い、優しい、よいお顔をなさっていました。

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2016年6月26日 (日)

父親の大衆受けするカリスマ性とパフォーマンスを連想させた、小泉進次郎氏の街頭演説会

(参院選2016)

安倍首相の街頭演説会に意外性と魅力があったので、味をしめたわたしは病を押して(?)、続いて来県した小泉進次郎 自民党農林部会長の街頭演説会にも出かけました。

安倍首相のときに比べると人数も少なく、全体に緩いムードでした。

今回も意外性はありました。メディアで報じられる「小泉くん」のカッコよさに釣られ、父親の小泉純一郎元首相とは全然違ったタイプにわたしには見えていたのですが、実物に接して「ああ父親の血筋だ」と思わされました。勿論、政治家としての資質や考えは別に考えるべきでしょう。

大衆受けするカリスマ性、街頭の聴衆を惹きつける応援団長風で芸人風でもあるようなパフォーマンスは、父親そっくり。

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小泉進次郎氏の硬質で割れるような声に興ざめしたわたしは、小泉元首相が大嫌いとあって(自民党をぶっ壊すといって、日本社会の骨組みに致命的な打撃を与えてしまったから)、一気にトーンダウン。帰ろうかなと思ったほどでした。

おなかの中が真っ白に見えた安倍首相とは違って、おなかの中が読めない印象も受けました。小泉進次郎氏はとてもストレートな印象なのに、なぜそう思えたのか自分でもわかりません。

安倍首相が別格の人と感じられたのとは違い、小泉氏は案外どこにでもいそうで――だからこそ大衆受けするのでしょう――まだ若いということもあるのかもしれませんが、人間的には粗削りに見えました。

ですが、政策となると、これは別問題です。前掲の過去記事に書いたように、わたしには安倍首相の政策には到底賛成できないと思えるものがあります。

同じ自民党ですから小泉進次郎氏が安倍首相と政策面で共通しているのは当然ですが、彼独自の考えもあるはずで、その点はリサーチ不足でよくわかりません。

ただ、参院選が初選挙となるという高校生にフランクに語りかけたあと、聴衆全員に選挙の大切さや人口減少を前向きに捉えることの意義をわかりやすく、力強く訴えかける姿には感動を覚えました。

小泉進次郎氏に魅力を感じた聴衆も多かったことでしょう。今後の成長を期待したいところです。

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不調だったのに出かけたツケが回り、昨夜から今日にかけて不整脈に悩まされています。

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2016年6月24日 (金)

英国の国民投票、欧州連合(EU)離脱支持が過半数確実。やっと青色がカウントされ出しました(リヴリー)。

英国で23日にEU離脱の是非を問う国民投票が行われました。英BBC放送によると、離脱支持が過半数に達することが確実になったとか。

移民問題がありました。
残留支持者であったコックス議員が暗殺されるという陰謀(どちら側の?)めいた事件が起こりました。
左派は当然ながら残留支持だったでしょう。
マスコミもブックメーカーも残留予想で一致していました。
離脱が実現すると、大儲けするといわれていた英米のヘッジファンド。

定年退職後に再就職してくれた夫と緊縮経済で暮らす我が家に、マイナス影響の波がなるべく襲ってこないことを祈るのみです。

何が起こるかわからない怖さがあるので、とりあえず、リヴリーに逃避します。

リヴリーを「ハイパーヤミカプセル青」で青一色に変えたあと、リヴリー神社のおみくじを引いてせっせと貯めた有り金(ヤミー)はたいて入手した「スーパーヤミカプセル青(-)」。

ところが、7個の「スーパーヤミカプセル青(-)」を単独で用いても意味がなく(あと3個残っている)、他の色との組み合わせによって色が変化していくことをこの失敗で学びました。「スーパーヤミカプセル青(-)」の購入・使用はわたしの場合、リヴリーの色を変化させるための技術を学ぶ授業料みたいなものでした。

「スーパーヤミカプセル青(-)」の後遺症みたいに、青色になる餌をやってもなかなか目に見える形でカウントされず(マイナスが埋められていたのでしょう)、ようやくゼロから数字が動き出したところです。

ペイントソフトでリヴリーの色を調べると、耳と額では数値が違ってきますが、眉の付け根あたりは現在赤255、緑255、青10 です。

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今後は白に近づけながら、好みの色合いを模索したいと思います。

ここまでリヴリーに真剣になるとは思いませんでした。わたしみたいないいおばさんで、リヴリーに夢中になっている人って他にいらっしゃるのでしょうか。案外、中高年が多かったりしてね。ひと昔前風の政治的スローガンがリヴリーや島の名につけられているのを何度か見かけて、そう思いました。

でも、小学生ですとか、小学生の息子と母親の2人で育てていますとか書かれていたり、受験であまりインできないので餌を恵んでくださいなどと書かれているのを見ると、いろんな年齢層の多様な人々がリヴリーを飼っているのだなと思います。

とても詩的、物語的なひとことが書かれていると、別世界に連れ出されるようで楽しいです。

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寝るときは大好きな本の側で。

うちの子が自分でくわえてきて読んでいたのは、『シートン動物記』の中の「狼王ロボ」です。

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2016年6月23日 (木)

青山繁晴氏が参院比例に出馬のニュース

亀反応ですみません。

政治コメンテーターとして保守層に人気の高いジャーナリスト、青山繁晴氏が自民党から比例代表で出馬するとのニュースに驚きました。

青山氏は1月に世耕官房副長官から打診を受け、先週には安倍首相から出馬要請の電話があったとのこと。

国会中継を視聴していると、どこの国のために国会にいるのかわからないような議員も少なくありませんが、その点では青山氏は心配ないでしょう。

ただ、議員になったら、これまでの一民間人としての自由な立場とは当然違ってくるわけで、政治コメンテーターとしての青山氏の政治評論を楽しんできたわたしとしてはちょっと複雑な気持ちです。

YouTubeで公開されていた青山氏の記者会見の動画を貼っておきます。

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2016年6月22日 (水)

神智学をさりげなく受容した知識人たち――カロッサ、ハッチ判事 ①ハンス・カロッサ

祐徳博物館で見学した萬子媛の御遺物ノートを続ける予定のところを、前々から記事にしておこうと思い、側の丸椅子に積み重ねた本の中にその資料となる2冊の本を加えておきながら、放置したままだった。それを今、やっておこう。

資料となる2冊の本というのは、カロッサ(国松孝二訳)『指導と信徒(岩波文庫)』(岩波書店、2012)及びエルザ・パーカー(宮内もと子)『死者Xから来た手紙――友よ、死を恐れるな』(同朋社、1996)である。

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」収録のエッセー 51、55 で紹介した動画や論文を通して、神智学協会の文化運動が欧米に広がっていたばかりか、インドとの深い関わり、日本への影響、エッセー 15 に見られるようなチリの国民的詩人ガブリエラ・ミストラルの例から推測可能なラテンアメリカへの影響など考えると、その運動が世界的規模のものだったことは間違いのないところだろう。

前掲2冊の本は、神智学協会のメンバーになるところまではいかなくとも(ヒトラー政権下や共産圏では神智学協会のメンバーは弾圧の対象となったことを考慮しておく必要がある)、神智学をさりげなく受容していた知識人がいたことを教えてくれる。

指導と信従 (岩波文庫)
カロッサ (著),    国松 孝二 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2012/9/15)
ISBN-10: 4003243668
ISBN-13: 978-4003243664

カロッサ『指導と信徒』には、神智学と人知学が出てくる箇所がある。区別して訳されているから、人知学とはシュタイナーのアントロポゾフィー(人智学)のことだろう。

『指導と信徒』は1933年に出ている。シュタイナーは1925年に64歳で亡くなっている。カロッサは1878年に生まれ、1956年9月12日に亡くなっているから、シュタイナーが亡くなったとき、カロッサは47歳。

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From Wikimedia Commons, the free media repository

カロッサが神智学やシュタイナーの論文を読んだことがあっただけなのか、神智学協会ドイツ支部あるいはアントロポゾフィー協会と関わりを持ったのかどうかは、『指導と信徒』の中の短い記述からはわからない。

ただ、その記述からすると、仮にそうした場所へ足を運んだことがあったにせよ、それほど深い関わりを持ったようには思えない。だからこそ、当時のドイツにおける知識人たちに神智学やアントロポゾフィーの論文がどんな読まれ方をしてどんな印象を与え、どんな影響力を及ぼしたのかが探れそうな気がする。

また、リルケを医者として診察したときの描写や交際、リルケに潜む東方的な影響――ヨガの精神――について書かれた箇所は印象的である。リルケについてリサーチする必要を覚えているが、まずは『指導と信徒』から神智学、人知学が出てくる箇所を抜き書きしておこう。

シュタイナーは第一次世界大戦、カロッサは第一次大戦とナチス下の第二次大戦を経験し、生死の問題が重くのしかかったであろう過酷な時代を生きた。

ウィキペディア「ルドルフ・シュタイナー」によると、ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner, 1861年2月27日 - 1925年3月30日(満64歳没))は、バルカン半島のクラリェヴェクで生まれ、オーストリアやドイツで活動した神秘思想家、哲学者、教育者。

シュタイナーは1902年に41歳で神智学協会の会員となり、同年に設立された神智学協会ドイツ支部の事務総長に就任した。1912年、51歳のときに神智学協会を脱退し、同年ケルンでアントロポゾフィー協会(人智学協会)を設立する。

シュタイナーの死後、ナチス・ドイツ時代には、アントロポゾフィーはさまざまな規制を加えられた。

ウィキペディア「ハンス・カロッサ」によると、ハンス・カロッサ(Hans Carossa,(1878年12月15日 - 1956年9月12日))はドイツの開業医、小説家、詩人。謙虚でカトリック的な作風であった。

カロッサはわたしが学校に通っていたころはよく読まれていたように思う。ドイツの最良なもの、良心とか良識を象徴するような作家という捉え方がなされていたのではなかったか。

『指導と信徒』巻末の訳者解説にも、「ハンス・カロッサ(手塚富雄)」にも、神智学、アントロポゾフィーへの言及はない。ウィキペディアでも同様である。

カロッサは「手術をして助かる時期も過ぎてしまった」患者を親身になって往診していた。その患者との会話が回想される場面で神智学はさりげなく出てくる。長くなるが、引用しておきたい(神智学を赤字にさせていただいた)。

わたしの友人が一番聞きたがったのは、火山の話、とりわけヘルクラーネウムとポンペイの埋没の話、それから彗星、光年、猛獣、毒蛇の話、さらに死後における霊魂の不滅の話であった。最後の問題には、彼は非常な関心を寄せ、自分がこのまま消滅してしまうことにはどうしても承服できず、永遠に生きつづけて両親や兄弟たちとふたたびめぐりあう権利が自分にはあると、躍起になっていい張った。話しあっていても、しばしば話をこの点に持ってくるくらいで、教会の確約していることを医者の口から保証してもらおうと、彼がどんなに熱望しているかが、私にはじつによく読みとれた。私はどこかで読んだことのある、ある論文のことを思い起こした。その論文をすっかり理解できていたわけではなかったけれども、若干の個所が、この孤独な懐疑家を少しばかり勇気づけてやるのに適切なように思われたので、私は彼にこんなふうに説明してやった。空疎な唯物論は、さいわいにして、ようやく没落し、今では神智学という立派な信頼すべき学問が存在している。そしてその学問のおかげで、私たちが現世の肉体のほかにもう一つの肉体、エーテルの肉体を持っていることが、決定的に証明された。この肉体は宇宙のあらゆる永遠の生命力とつながっていて不滅であり、幾度も浄化され、いくつも星をへめぐったのちにおいて、ふたたび自分の血縁者たちと出会うだろう。こういう牽強付会の説明が、病気の彼にどんな効果をおよぼしたか、そこのところははっきりしなかったが、ともかく、前より気持ちが落ち着いたようだった。 (カロッサ,国松訳,2012,pp.39-40)

アントロポゾフィーは、リルケとの会話が回想される場面で、これもさりげなく出てくる(人知学を緑字にさせていただいた)。

若いころのリルケは、非常にらくらくと詩が作れたそうで、かつて彼は、『時禱詩集』の詩風だったから、なお長いことつづけていくことができただろう、といったことがある。しかし年とともに、自分自身の芸術に対する要求が高くなって、より深く掘り下げ、より深く見ようと考えるにいたった。一本の樹木、一匹の動物、一基の彫像、一人の人間、ないしは語り伝えられた歴史上の一人物を、幾度も幾度も執拗に見つめ、ついにはその対象の本然の姿が、突如として自分の心中に浮かびあがってくるまで見つづけることを、ロダンから学んだと彼はいっている。こうしたやり方は、私にとってぜんぜん未知なものだったわけではなく、以前目にした人知学の小論文でも同じようなことが述べられていた。  (カロッサ,国松訳,2012,p.119)

これらには誹謗中傷の嫌な雰囲気は微塵もない。カロッサが神智学及びアントロポゾフィーの論文に対して、真摯に知的に接していた様子が窺える。そのあとのくだりで、さらにカロッサは注目すべきことを書いている。

何か異質な東洋的なものが、私たちドイツの夢想家の世界に入りこんできているように思われた」と述べ、「意志の力によって、己れの光線を魂の集光レンズにかけて一点に集約し、ついにその一点が響きを立てて燃焼するようにする、ヨガの精神」に言及し、次のように続けている。

「物を見るということはすばらしいが――物であるということは恐ろしい。」――仏陀のこのぞっとするような言葉も、むろんもうヨーロッパのうちに鳴りひびいていたのだが、私にはまだその意味が完全にはわかっていなかった。もっとも、老ゲーテを読むたびに、ゲーテはとうにそれを知っていたのではなかろうか、ただ彼は悠揚たる流れの鏡のごとき水面の静けさをまもり、あえて無理な努力をしなかったのだろうと、そんな気がした。 (カロッサ,国松訳,2012,p.120)

まだその当時は完全にはわかっていなかったということは、これが書かれている時点ではカロッサは完全にその意味がわかっていたということだろうか?

さりげない書き方がなされている以上に大きな東洋的な影響力がカロッサに、そしてヨーロッパに及んでいた様子が記述からは窺える。そしてまた、その東洋的な影響力をもたらしたのは神智学及びアントロポゾフィーであった可能性が高い。

一方、リルケはそのときにはもう東洋的な影響力の受容を済ませて作品に生かしていたことらしいことがカロッサの記述からはわかる。リルケが受容した東洋的な影響力はロダン経由であるようだ。

ウィキペディア「オーギュスト・ロダン」を閲覧しても、ロダンがどこから東洋的な影響を受けたのかはわからないが、白樺派の人々はロダンと接触を持ったようだ。

「ロダンは生前に白樺派の人々と文通を行っていた。ロダンにデッサンを送ってもらえる機会を得た白樺派の人々は、フランス語の出来る有島生馬が手紙を書き、白樺派の人々が持っている浮世絵と、志賀直哉と武者小路実篤がお金を出し合って買った浮世絵を送った」という。

以下は、『知恵蔵2015』(朝日新聞社)の解説より「白樺派」。

雑誌「白樺」に依拠して、キリスト教、トルストイ主義、メーテルランク、ホイットマン、ブレイクなどの影響を受けつつ、人道主義、理想主義、自我・生命の肯定などを旗印に掲げた文学者、芸術家たち。1910年に創刊され、23年、関東大震災で幕を閉じた「白樺」は、足かけ14年、全160冊というその刊行期間の長さ、同人の変動の少なさ、影響力の大きさなどからして、近代日本最大の文芸同人誌と言える。「白樺」には同時に、ロダン、セザンヌ、ゴッホ、マチスなどを紹介した美術雑誌としての側面もある。その意味で「白樺」は、文学と美術がジャンルを超えて響き合う、総合芸術雑誌でもあった。(……)総じて「白樺」の自我中心主義や普遍主義やコスモポリタニズムは、あるべき前提と社会意識とを欠いた、良くも悪くも楽天的なものであった。(……)(井上健 東京大学大学院総合文化研究科教授 / 2007年)

以下の過去記事で書いたように、メーテルランク(モーリス・メーテルリンク)は神智学の影響を受けた作家である。Maurice Maeterlinck,http://www.theosophy.wiki/w-en/index.php?title=Maurice_Maeterlinck&oldid=26749(2016/6/22アクセス)

「白樺」の自我中心主義や普遍主義やコスモポリタニズム――と解説にあるが、こうした特徴からはメーテルリンクなどを媒介した神智学の影響を考えずにいられない。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイトによると、ポール・ゴーギャン、ピエト・モンドリアン、ワシリー・カンディンスキー、パウル・クレーは神智学の影響を受けた画家たちであるが、カロッサのようにさりげなく神智学を受容していた芸術家もいたに違いない。

話を戻すと、もっと前の時代に既にゲーテは東洋的な影響力を受けながらも、リルケのようなヨガ行者じみた無理な努力が伴うような受容の仕方はしなかったのではないか、とカロッサは考えていたようである。

いずれにせよ、カロッサは当時のヨーロッパの知識層を代表するような作家の一人である。神智学の影響力が小さなものでも、一時的な流行でもなかったことを、カロッサは彼の作品を通して教えてくれる。

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胸痛にニトロペン1錠。青い子から黄色っぽい子に(リヴリー)。

午前3時ごろ、睡眠中に胸の真ん中に灼けるような胸痛。目が覚め、しばしフリーズ。典型的な冠攣縮性狭心症の発作に思え、かなり焦ってニトロペンのアルミ包装を破り、舌下。

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ミオコールスプレーよりニトロペンの方に手が届きやすかったためニトロペンを使った。焦っていたためか、舌の裏側であちこち移動し、呑み込みそうになった。

でも、血管が開いたときにわたしが感じる涼しさが胸、左腕、頭へと行き渡るのが確認できた。

蒸し暑さのせいだと思う。

萬子媛効果か、15日に遠出したあとも何ともなく、むしろ体調がいいくらいだった。外出がこたえるわたしには例外的なことだ。

それに、心臓の薬を全てジェネリックから先発品に戻して貰ってから、体調がずいぶんよくなったことは間違いない。それまでに比べると、体調に関する記事が減ったのではないだろうか。といっても警戒が必要な体(心臓)であることは同じなので、用心して日々を送ろうと思う。

前回ニトロを使ったのは6月1日。3週間、何事もなかった……といいたいところだが、実は15日、神社に行く前は少し体調が悪かった。ニトロを使うかどうかで迷った程度の軽い胸痛があった。

でもそこでニトロを使ってしまうと、血圧の急激な低下が起きて失神しかけるときがある(失神したように眠ってしまったことが何度かあって、どうもそれは本当に失神したと考えていいらしい)。車の運転は主人にお任せであり、萬子媛の太陽のようなオーラに抱擁して貰えばよくなると思い、外出を強行。

毎日行ける距離にあったら、健康体になれそうな気がするくらい、わたしには効果的な参拝だった。尤も、そこが神社だから効果的というわけではなく、萬子媛がいらっしゃるから効果的なのだ。あくまでわたしにとっては……ということだが。まあ一般的には心理的な効果と思っていただいたらよいと思う(初めてのアクセスでこの記事をお読みになった方は「なんのこっちゃ?」とお思いになるだろうが)。

ニトロペンの殻を、なるべく早く読んでおきたいプラトンの『パイドロス』の上に置いてみた。重要な作品なのに、読んでいなかった。

不快指数が高い日々が続くので、持病をお持ちの方もそうでない方も、ご自愛ください。

ところで、青一色から蛍光黄緑色に変化したうちのリヴリー。

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黄緑だったときに、娘のリヴリーのところへ遊びに行った。オタマジャクシの泳ぐ池に、オタマジャクシの帽子を被った娘のリヴリー。娘のリヴ、かわゆい。楽しくて、つい長居してしまったうちの子。よく行くので、この子たちは幼馴染という感じかな。

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蛍光黄緑をとりあえず黄色に近づけたいと思い、餌を与えるために空腹にさせたくてお散歩。お散歩させすぎたら、「行くのやだ」と拗ねた。無理もない。で、夜まで待って再び……

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かなり黄色に近づいた。当人も満足そうで、ちょっとお澄まししている。

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2016年6月21日 (火)

短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

Kindle版短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

6月12日ごろ、お買い上げいただいたようです。

『ぼくが病院で見た夢』は20冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
    ↓

ぼくが病院で見た夢 [Kindle版] 

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぬけ出した木馬

花の女王 (児童書)

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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歴史短編1のために #26 萬子媛遺愛の品々 ①神秘主義者としての前書き。夫と義理の息子は小柄だった? 銅鏡でおめかし?

過去記事と重なる部分があるが、当ブログは私用のメモでもあるので、お許し願いたい。神秘主義的なメモに関しては、こうしたことが苦手な方々はどうかスルーしていただきたく思う。

神秘主義的感性の持主は割合的に少ないようだが、いずれは万人に目覚めてくる感性であると歴代の神秘主義者たちは考えてきた。神秘主義者の観察では、人間がそうした構造になっているからである。

少数派の神秘主義者たちは、偏見の目で見られながらも、自らが水先案内人であるという自覚があるゆえに、自身の観察記録を残そうとするのだ。わたしもその端くれである。

神秘主義者か霊媒かの区別は萬子媛のような存在を描く中で自ずと明らかになっているとわたしは考えている。

神秘主義者に限らず、霊媒性質が強まりすぎる危険性は人間には常にある。薬物、アルコール、煙草、ギャンブル、不適切なヨガの修養・修行、降霊術(現代版こっくりさん「チャーリーゲーム」が流行っているらしい)、ヒプノセラピー(催眠療法)、恋愛への惑溺などはその危険性を高めると思う。

わたしは自身の霊媒性質が強まったがためにこの世の者ではないのにこの世に接近して何事かを行っている存在と縁ができてしまったのかもしれないという可能性を排除せず、緊張の中で参拝してきた。

幸い、これまで、帰宅時にはいつも高級霊と接した確信と高揚感でいっぱいになっていた。霊媒性質を通して高級霊に接することはできない。

これまでの経験から、今回わたしは萬子媛に対する警戒心よりも神様と呼ばれる聖なる方に再会できる期待感で胸を膨らませながら出かけた。

深窓の麗人を訪問するような気持になる一方では、これまでのこと全てが夢だったのではないか、もし夢でなかったとしても萬子媛はわたしのことを覚えていてくださるだろうか……という甘美な期待感と恐ろしさに似た気持ちとが交錯した。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

6月15日、祐徳稲荷神社に参拝し、祐徳博物館を見学した。

前回、出かける前に家で見た空間に棚引く金色の短冊状のもの(拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」45「祐徳稲荷神社参詣記 」参照)は今回は見なかった。

高速道路を走っているときは場所によって微妙な天候だったが、祐徳稲荷神社に着いたときは梅雨の晴れ間というより真夏のような陽気だった。

地上と本殿をつなぐエレベーターができていた。階段での移動が大変な人には便利だろうし、エレベーターの中から景色を眺めてみたい人にもよさそうだ。

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エレベーターの利用は開運おみくじ付300円で、一日何度乗っても300円だとか。

萬子媛(祐徳院様)はあの世の方だから、お元気でないことはないと思うが、それでもお変わりなくボランティアを続けていらっしゃることを確認できると嬉しいし、高級霊としての品格を本当にさりげなく伝えてくださるので、出かけるたびに萬子媛が好きになる。

わたしが行くことを前もって察知し、歓迎してくださっていることが今回もわかった。博物館に入る前に石壁社のほうを眺めた。その瞬間、太陽の光が強烈に注いだが、その光には石壁社から放射された萬子媛のオーラが加わっていることがわかった。

分不相応な恩恵に与り、恐縮する。江戸初期に生まれ、中期にかかるくらいに亡くなった方なのだ、その方と心を通わせているのだ、という戦きに似た悦びを何度も噛み締めた。

萬子媛を祀る石壁社に早く行きたかったが、今回は祐徳博物館で 萬子媛の御遺物を見学するという最優先の創作上の仕事があったので、失礼ながら博物館に先に入った。

メモをとるためにあまりに長い時間いたので、夫と娘はソファで寝てしまっていた。その割にはメモは多くない。自分で書いたのに、読めない字もある。達筆の萬子媛が御覧になっていたとしたら、悪筆ぶりに呆れられただろう。

そんな風で、正確にメモできていないと思われるから、参考にしないでいただきたい。興味がおありの方は実際に見学に出向かれることをお勧めする。

萬子媛の御遺物が展示された部屋へ行く前に、その手前の部屋で鹿島藩歴代藩主の鎧をまず観た。

参勤交代が行われる頃になると、鎧が実戦に用いられることはなくなっただろうが、威圧感がある。面頬が顔に見えて怖い。

鎧を観て、萬子媛の夫であった直朝公、義理の息子であった直條公は小柄だったのではないだろうかと思った。他の鎧と比べて、いくらか小さい気がしたのだ。

娘は直朝公の肖像画を観て「直朝公って、小柄だったんじゃない?」と繰り返していった。確かに萬子媛の肖像画と見比べると、そんな気がする。萬子媛は比較的長身だったのではないか、とわたしも娘も思った。実際はどうだかわからない。

直朝公の鎧「紺糸縅二枚胴具足」。直條公の鎧「紫糸縅二枚胴具足」。ざっと観て、次の部屋へ。

いよいよ萬子媛の御遺物にお目にかかったわけである。

まず、柄鏡に目が行った。えかがみ。鏡に柄をつけたものだが、え、銅鏡? 

ど、銅鏡? 萬子媛は銅鏡を使われていたのだろうか、とわたしは目が点になった。

銅鏡といえば卑弥呼を連想する――というより、卑弥呼しか連想しなかったのだが、帰宅後に調べたところ、江戸時代までは青銅でできた銅鏡が使われていたのだそうだ。

オフィシャルサイト「京都国立博物館」の以下の解説に詳しい。

  • 柄鏡(えかがみ)
    http://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/kinkou/54dokyo.html

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迷走後に参考になるサイトを発見しました(*^_^*) (リヴリー)

「ハイパーヤミカプセル青」を使って青に染まりきったリヴリー。有り金(ヤミー)はたいて買いましたとも、「スーパーヤミカプセル青(-)」。

10個セットになっていました。これで劇的に青が抜けることを期待して与え始めたのですが、7個まで与えてみても見た目にはほとんど変化なし。

ペイントソフトでリヴリーの色を調べるという、参考になる情報をサイト「ぽこ あ ぽこ」の以下の記事で閲覧させていただきました。

  • 色変えの手引き: ぽこ あ ぽこ
    http://www.mc.ccnw.ne.jp/chiruchiru/livly/check/color.html

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パソコンのモニターで表示されている色は赤緑青で構成されていて、リヴリーの色はこの赤緑青の組み合わせで作られており、エサはこの色を調節するために設定されているのだとか。

うちの子の色を調べてみると、7個の「スーパーヤミカプセル青(-)」を与えたあとの数値が 赤0、緑0、青212 でした。

もういっそ、「ハイパーヤミカプセル黄緑」も試してしまえと思い、与えたところ、蛍光黄緑色に。色自体は青のほうが好きですが、うちの子は目の周囲まで青色に染まり、パソコン画面で見ると目が赤っぽくギラギラして見えるのが苦手でした。

「ハイパーヤミカプセル黄緑」を与えたあと、ペイントソフトでうちの子の色を調べたら、赤0、緑255、青0 でした。ということは7個の「スーパーヤミカプセル青(-)」で 青255 から 青212 にしか青が弱まらなかったということになりますね。もっと過激に弱まることを期待していました。甘かった。

でも、このハイパー迷走のお陰で、今後の方針が立ちました。ペイントソフトでリヴリーの色を調べたら、目標の色の赤緑青の数値を調べ、餌のやり方を工夫してその数値に近づければいいということですね。

蛍光黄緑色は好きではありませんが、青のときに比べたら目がギラついて見えず、表情がわかりやすくなったので、わたしの気持ちは落ち着きました。

青一色だったとき、スノードットかムラクモノテンマに変身させていましたが、何だか気持ちが通じない気がして淋しかったのです。やっぱりうちの子は何といってもラヴォクスです。

あとはゆっくり好みの色を目指して頑張ります。

餌に関する情報が、サイト「oso-zaiya」様の以下の記事で提供されています。

  • リヴリーの餌: oso-zaiya    
    http://sailove.ifdef.jp/livly/1livly/food.htm

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黄緑色になったせいか、緑色のカエルの王様とすっかり仲良し。カエルの王様は「梅雨イベント」で種を育てて貰いました。

リヴリーアイランド、なかなか楽しませてくれます。

『Livly Island』は、GMOゲームポット株式会社の商標です。
『Livly Island』に関わる著作権その他一切の知的財産権は、GMOゲームポット株式会社に属します。
このサイトは『Livly Island』およびGMOゲームポット株式会社とは一切関係がありません。
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2016年6月19日 (日)

失敗しました(T_T) (リヴリー)

毎日1回リヴリー神社でおみくじを引いてコツコツとヤミーを貯め(毎日1回しか引けません)、過日ヤミーSHOPで初めてのお買い物をし、図書館の壁紙を手に入れました。

そのあともコツコツと貯め、現在ようやく940ヤミー貯まったところです。2000ヤミー貯まったら、ヤミ箱屋で買い物する予定で、遠いその日を楽しみにしていました。

ヤミ箱屋では何が出るかわかりませんが、島・背景・前景・アイランド上のアイテムといったものを手に入れることができます。

ああそれが……『まいにちお世話ボーナス限定バージョン期間』中に貰った「ハイパーヤミカプセル青を好奇心で使ってみたら、うちの子がこんなことに(T_T)

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白い子だったのに……薄い灰青色か薄いモスグリーンにしたいと思ってせっせと餌をやり続けても一向に青も緑にもならないので、つい青くなるカプセルを試してみたくなったのでした。

ちなみにこの「ハイパーヤミカプセル青」はヤミ―SHOPで買うと、3000ヤミ―もします。

とりあえずリヴリーの青をぬく餌をやるしかないと思い、オンブバッタ(赤-1、緑+2、青-1)と クロヤマアリ(赤−1、緑−1、青−1)を交互に与えているのですが……

「ヤミカプセル青(-)」というのが550ヤミーで出ていて、青の色素を弱めてくれるようです。これでどの程度弱まるんだか……「スーパーヤミカプセル青(-)」というのもあって青の色彩を劇的に弱めるそうですが、これは950ヤミー。

あと10ヤミー貯まれば購入できるとはいえ、所持ヤミーがゼロになってしまいます(*_*)

1回のおみくじで10ヤミー出ることが多いです。もっとも、ヤミーが出るとは限らないし、これまで出たヤミーの最高額はわたしの場合100ヤミーでした。

1錠でリブリーが真っ白になるという「ハイパーヤミカプセル白」もヤミーSHOPに陳列されています。

それは5000ヤミーという馬鹿高いヤミー価格で、無料でリブリーアイランドを楽しませていただいている者には非現実的なヤミー価格といえます。

変身の術を使い、スノードットに変身させておいて自分を慰め、餌の工夫で自然に薄まるのを待とうかなと思ったりもしますが、それだと気が遠くなるような話なのではないかと……

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とても可愛らしくて、2匹目を飼うとしたらこの子かムラクモノテンマがいいなと思いますが(めったに出ないんでしょうね)、ラヴォクスでないとうちの子という気がせず、変身の術を使っている間はうちの子を幽閉しているような後ろめたさを覚えてしまいます。

薄い灰青色とか薄いモスグリーンとかを高望みせず、白いままにしておけばよかったと思っても後の祭りです。実は「ハイパーヤミカプセル黄緑」も貰っていて、またうっかり好奇心で使いたくなりそうで怖い。

大きいぬいぐるみは今日貰った「「ミューミューのぬいぐるみ・カエル」です。

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2016年6月18日 (土)

30年ぶりに話した高校時代の女友達

中学・高校時代からの女友達で、彼女は助産婦免許を持つ看護師さん。娘は当時彼女が勤務していた大学病院で産みました。

何か異常があれば別ですが、出産に大学病院なんて選ぶものではありませんよ。わたしは彼女がいるからということで選び、彼女も安心よと勧めてくれたので安心と単純に喜んでいたら、何と学生さんたちの実修対象となると知ったのは後になってから。

大勢の人の目に観察されるのは耐えられないと思っていたら、おなかの中の娘が母親の気持ちをわかってくれたのか、日曜日に産気づきました。

女友達がいうには、担当医が良心的な先生で、本来なら実修に合わせて産まれるように調整するところを、せっかく順調なのだから自然に行こうということで、自然に産気づいたのが日曜日だったというわけです。大勢の目のある中で産まずに済みました!

また、わたしが恥ずかしがらないように、と彼女は自分の勤務を日曜日から別の日に変更したりもしてくれました。

そのころ彼女が住んでいた寮に遊びに行ったのが最後の記憶でした。素敵なお部屋でしたが、テーブルに寄りかかろうとすると、お茶の支度をしてくれていた彼女が「わあ、寄りかからないで!」と飛んできました。

テーブルの脚の一本がぐらぐらしていたというわけです。危ないテーブルのある部屋で聴かされた話は結構危ない話でした。

彼女のほうの記憶は、わたしが新婚生活を送っていたアパートで「枝豆を作ってくれて、それを食べたことだけが鮮明な記憶としてあるのよ。なぜか」とのことなので、本当に最後に彼女と会ったのはそのときのはずです。

枝豆を作るって……茹でただけです。現在は洗って、枝豆の端を料理ハサミで切り落とし、塩をまぶしてフライパンで蒸します。この方法をとると、枝豆がめっぽう美味です。

結婚後の彼女もご主人の勤務の関係で転勤族、彼女自身の仕事もあり、彼女が住所変更の連絡などは大雑把ということもあって、よく音信不通となっていました。珍しく千葉から熊本に引っ越したという移転通知が来たと思っていたら、またもや年賀状が戻ってきました。

借家からマンションを買って引っ越したあと(買ったばかりのマンションが震災で少しやられたとか)、移転通知でなく、年賀状で移転の知らせがあったのでした。わたしは面倒で、年賀状を出し直さずにいました。

すると、連絡があり、久しぶりに話しました。互いに電話で話す限りは、昔と同じ印象です。秋ごろに別の女友達を交えて博多あたりで会おうということになりました。

どろどろとした話が色々とあるんですって。「わたしはどろどろされたほうだわよ。何やってんのよ、こんな年して。どろどろは絶対反対」と憤慨したら、「伯母の話よ。小説に書きたいと思っているくらいで、実際に書いたのよ」と彼女。

「伯母さんの話なんて、わたしが聴いてどうするのよ。で、小説は本当に書いたの、それは読みたい」というと、彼女はうまく誘い出したと思った雰囲気で「3行で詰まったから、代わりに書いて」などとのたまう。

わたしたちの伯母さんというと、80歳から90歳くらいになるはずですね。そんな高齢者の色恋沙汰って何だか怖い。わたしが話も聞かずに非難したので、伯母さんが出てきただけだと思いますが。

地元や家系の歴史に興味が湧き、それを少し調べたりもしているといいます。「塩田が昔は荘園だったって、知ってた? うちは塩田出身でね」と、わたしの興味にぴったりのことをいうので身を入れて聴こうとしたら「そんなこんなをあれこれ会って話そうよ」ということになったわけでした。

長年の音信不通で関心がなくなったわたしの気を惹こうと、最近のわたしの興味を研究したのね。そのやり口で男性とどろどろに至るのか……と感心しましたが、彼女は高校時代のわたしが頼りきっていた、魅力的な人です。

当時はフルートの名手でした。高校時代から料理含めて家事を完璧にこなし、行動的で大人っぽい人でした。欧米にいそうなタイプですね。

仮にどろどろしても、うまく関係を断てるタイプ。でも、わたしはそういうの、絶対反対。真面目に結婚生活を送るか、きちんと離婚してからやるべきだと思います。だからわたしの小説って、つまらないのかもしれませんが。

最近、ずっと年賀状だけのやり取りだけだった幼馴染、大学時代の双子みたいな魚座の男友達(癌の手術と抗癌剤治療がうまくいき、仕事にも復帰。震災のあと、安否確認のメールをくれました)、今度は高校時代の女友達と、旧交を温める機会が重なります。

追記:

2016年7月15日 (金)
女友達に懺悔
http://elder.tea-nifty.com/blog/2016/07/post-d1be.html
わあん、ごめんなさい~!
変に疑ったわたしが馬鹿でした。
あなたは高校時代と同じに頼りになる素敵な人でした。

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2016年6月17日 (金)

祐徳稲荷神社に参拝し、祐徳博物館を見学しました(17日に加筆あり)。由布岳。乙女チックリヴリー。

2016/06/16 07:54公開、2016/06/17 18:33再公開

昨日(15日)、祐徳稲荷神社に参拝し、祐徳博物館を見学しました。

2年ぶりに萬子媛に接して幸福な余韻に浸っているところで(祐徳稲荷神社に出かけるときは、深窓の麗人を訪問するような気持になります)、まだ長い記事を書く気分になれないので、ちょっとだけ。

地上と本殿をつなぐエレベーターができていて、驚きました。階段での移動が大変な人や移動するエレベーターの中から景色を眺めたい人にはいいでしょうね。

乗ってみたかったのですが、何しろ家から神社までは距離があり、往復に時間がかかるので、時間的余裕がありませんでした。

萬子媛(祐徳院様)はあの世の方ですから、お元気でないことはないと思いますが、それでもお変わりなくボランティアを続けていらっしゃることを確認することは嬉しいことですし、高級霊としての品格を本当にさりげなく伝えていただき、出かけるたびに萬子媛が好きになります。

参拝者を母親のように見守り、太陽の光のようなオーラで抱擁してくださる萬子媛のような方を長い時間をかけて日本人自身が育んできたことを思えば、祐徳稲荷神社のような文化財は本当に日本の宝物だと思います。

今回、萬子媛の御遺物が収められた祐徳博物館に長居しました。メモをとるためにあまりに長い時間いたので、夫と娘はソファで寝てしまっていました。

博物館を出るときに長居の失礼をお詫びするつもりでしたが、男女の関係者のお二人が事務所の中から優しい快い表情を浮かべてこちらを見てくださったので、感謝のお辞儀をして出ました。

前回訪問したのがいつだったかは調べてみなくては思い出せませんが、記憶に残っていたのは、扇面和歌、大和物語を写したもの、御掻巻といった僅かな品でした。今回はじっくり見ることができたので、小説に手を加える際の参考になります。

遺愛の名琴と説明のある楽器を見、感激しました。小説を書いているときに、気品の高い女性が筝を弾いている姿が目に浮かび、その場面を取り入れたのですが、萬子媛は本当に箏を弾かれていたようです。

琴と普段呼ばれている楽器は音楽専門サイトによると筝であるようですが(琴には柱がありません)、小説にはどちらの表現を使うかで迷います。

これまでの訪問時には気づかなかった僧侶姿の萬子媛の肖像画も、じっくり見ることができました。郷土史家からいただいた資料の中にこの萬子媛の肖像画の写真のコピーがあり、嬉しくてよく眺めていました。

現物はずっと大きく、色合いもこまやかなため、わたしの中で萬子媛の容貌が修正されました。

とても厳めしい印象だったのですが、もっと軽やかな、優しい、明るい表情に見えます。

霊的に感じる萬子媛のお姿が見えるわけではありませんが、深窓の麗人という印象なので、わたしが思い描くイメージにぴったりです。貼りついたように肖像画の前を動くことができませんでした。

やはり、若いころは相当な美人だったのではないでしょうか。老境に入ってさえ、色白で卵形のお顔に鼻筋が通り、如何にも聡明そうな目は高齢のせいで形がはっきりしませんが、奥二重か二重でしょう。ほどよく小さめの口、薄めの唇、凜とした口元。

家内安全の御祈願をお願しました。少ない初穂料しか納めることができなかったのに、たっぷり30分、神楽殿で御祈願していただきました。巫女さんの御神楽もありました。

寒いくらいにクーラーが利いていたのですが、背中がずっと温かく、萬子媛から発散されるオーラの温もりだと感じました。太陽さながらの萬子媛です。神秘主義的な現象だったためか、今回も夫はずっと寒かったといいました。娘も温かいとは思わなかったようです。わたしは汗が出るくらいでした。

暑い日でしたから、もしクーラーが効いていなかったら、こんな確認もできなかったことでしょう。

こういう場所での30分という時間は半端ではなく、萬子媛の臨在を感じていながらふと緊張感の途切れる瞬間が何度もあり、あれこれ雑念が浮かんだりもしました。

あまりに色々なことを心の中でつぶやいていたので、微笑まれる気配や微かに戦慄される気配が伝わってきた瞬間がありました。

「日本は今、危険な状況にあると思います。どうか日本をお守りください」とつぶやいたとき、萬子媛が微かに戦慄なさるのが伝わってきましたが、萬子媛の最も近くに控えていた方が頷かれたような気配もほのかに伝わってきました。

萬子媛がボランティア集団を組織なさっているとわたしが想像するのは、萬子媛を囲むように一緒にいるあの世の方々を感じることがあるからです。萬子媛が禅院を主宰なさっていたときにそこに所属していた僧侶たちなのかどうかはわかりません。

わたしの願い事に萬子媛がなぜ微かに戦慄なさったのかはわかりませんでした。日本が本当に危ないからなのか、萬子媛の守備範囲を超えた願事をしたからなのか、あるいは真剣に受けとめられた武者震いのようなものなのか……

もう一度、微かな戦慄が伝わってきたのは、「萬子媛の小説を書きました。手直しが必要だと思っていますが、もしこの小説に価値がないのであれば、決して世に出ることがありませんように。でも、価値があるのでしたら、世に出ることができますように。わたしは萬子媛のような方の存在を日本ばかりか世界にも知らしめたい……」とつぶやいたときでした。

短い、出来のよくないところのある作品ですが、わたしは価値があると思っています。電子書籍にはしますが、できたら小冊子くらいにはしたいと考えています。微かに伝わってきた戦慄以外には、萬子媛がどうお思いになったのかは全くわかりません。

実はご報告までと思い、プリントアウトした小説を持参し、御祈願の間ずっと背後にいらっしゃる萬子媛の方に向けて膝に置いていました。

微笑まれたのは、「祐徳稲荷神社に少しは寄付できるくらいのお金があったらな……」と、これは本当に雑念でしたが、思わずつぶやいてしまったときでした。

相手が生きてる人であろうとあの世の方であろうと、神秘主義者にとっては同じように「思いは生きている」ので、相手の反応が伝わってくることがあります。

神秘主義で高級霊といわれるような方々は、人間であったときの豊かな情緒、優れた知性をベースに、あの世から人類のためにボランティアをしている方々に特有の完璧といってよい自己管理能力を感じさせます。

萬子媛の気配を感じるのはわたしの感受性が優れているためであって(?)、萬子媛に隙があるわけではありません。

その全てのほのかな気配が何ともいえない優美さ、快い率直さで、300年前に地上に生きていらしたときの個性を感じさせます。お亡くなりになったときは高齢でしたが、わたしに伝わってくる感じでは妙齢のご婦人を連想させられる若々しい印象です。

300年前の女性を取材できるなんて、神秘主義者の特権ですね。萬子媛が神様と呼ばれるにふさわしい高級霊だと確信できなければ、この世で働いているあの世の存在を観察しようなんて思わなかったでしょう。

これまでの経験から推測するに、萬子媛のご公務は御祈願の窓口が開いている間だと思われます。それ以外の時間はあの世にいらっしゃるのでしょう。

御祈願が終わるころ、側に控えていた方に促されるようにして去っていかれた気配を感じました。

前回参拝したときもそうでしたが、童謡「夕焼け小焼け」が流れたあとに萬子媛が祀られた石壁社にお参りしても、何も感じられなかったのです。哀しいくらいに空っぽに感じられました。

マダムNの神秘主義的エッセー
45 祐徳稲荷神社参詣記
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/02/10/210502

神秘主義者の戯言です。

ちょっとメモしておくだけのつもりが長々と書いてしまいました。改めて記事にします。

そういえば、行きに、由布岳と表示のあったあたりの山――おそらくそれが由布岳と思われます――に上から下まで落石の跡が傷のように残っているのを見ました。別府から湯布院にかけて、高速道路のあちこちで工事が行われていました。地震の爪痕を感じさせました。

話題が変わって、リヴリーの話題。

現在まいにちお世話ボーナス限定バージョン期間中で、「ニューミューのぬいぐるみ・カエル」を貰いました。

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最初は喜んでいたうちのリヴリーですが、傘を占領されっぱなしなので拗ねてしまいました。

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そのうち諦め、傘の後ろで場所で眠り、夢を見ています。

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うちのリヴリーは男の子かと思っていましたが、女の子かもしれないと思い始めました。要するに、色合いで印象が変わるのです。「作りかけのクローバーの冠」を交換チケットでゲットしてやったら、まさに乙女?

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雨を降らせて、「マジックシード・カエルA」という種を育てています。「冠がぬれちゃう!」と、うちのリヴリーが心配そうです。本も濡れちゃいますね。

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時間が経って行ってみると、うちの子はぬいぐるみの女の子と仲よく相合傘していました。うーん、うちの子は男の子、女の子、どっち?

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2016年6月16日 (木)

但馬屋、キヘイカフェで。今後の創作予定。

お出かけの予定があるうえに(2年ぶりの祐徳稲荷神社参拝。昨日無事に済ませました)、娘の外出続きでクリーニング代が半端でなく、今月の家計は破綻だ……と青ざめた12日。

その翌朝、娘が何気なく安倍総理の街頭演説会の広告を見たといい、好奇心を抑えられなくなって出かけたわたしに用事を済ませた娘が合流、娘が「クリーニングのお礼に」といって、デパ地下にある但馬屋でお昼ごはん、キヘイカフェで食後のデザート・コーヒーを奢ってくれました。

それをクリーニング代として入金してくれてもよかったのにと思わないでもありませんでしたが、久しぶりの但馬屋とキヘイカフェは嬉しく思いました。

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和菓子が綺麗、美味しい但馬屋のオフィシャルサイトにはオンラインショッピングのコーナーがあります。

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コーヒーは勿論、フォンダンショコラも美味しいキヘイカフェ。フォンダンショコラは初めて注文しました。前に入ったときはまだありませんでした。プチダイエットの必要がありそうですが。

さあ、お楽しみは終わりました。

祐徳稲荷神社の記事を改めて書き、吉永進一氏の論文に対する反論的感想、タブッキ作品に見られる神智学の影響を考察した記事を「マダムNの神秘主義的エッセー」に収録したら、萬子媛の小説の手直しに入ります。

これから書く祐徳稲荷神社の記事では、祐徳博物館で見学した萬子媛遺愛の品々のことをしっかり書いておかなくてはなりません。

当ブログで既に公開している吉永進一氏の論文に対する反論的感想。神秘主義的エッセーをまとめたブログに置いてみたら、吉永氏の論文が神秘主義の分野においてどんな位置づけになるのかがはっきりするでしょう。

わたしの感想執筆の動機は、偏向した論文の影響の大きさに戦き、何も悪いことをしていないはずの会と創設者に対する、あまりにひどい誹謗中傷論文だとショックを覚えたことからでした。

それどころか有益な活動を行っているに違いない会に対してどれほどの損害を与え、社会的信頼を失墜させることになるのか、また神秘主義哲学の流れを堰き止めて濁った不衛生な水溜りを作り出ることになるのか……等に対する論文執筆者の自覚があるとは思えません。

ただこれはあくまで個人的感想にすぎません。思っていることをそのまま書いてしまうわたしのような品の悪い会員は例外的な存在です。

タブッキ『インド夜想曲』には神智学協会アディヤール本部が舞台となって出てきます。それに関して翻訳者も研究者も一言も触れません。吉永氏の論文に通じる戦後左派色に染まった日本の文系研究機関の問題があると思います。さすがにタブッキの翻訳者や研究者は上品であるゆえに、さりげない無視の形式をとられているのでしょう。

イタリアにおける神智学・アントロポゾフイーの影響を考察した海外の論文には、誹謗中傷の色合いは全くありません。論文の結論で、タブッキの作品が採り上げられています。

マダムNの神秘主義的エッセー
55 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑥20世紀前半のイタリアで
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/09/200406

ブラヴァツキー、三浦関造に対するバッシングはわが国独特なものなのです。アメリカからブラヴァツキーバッシングは輸入されたようですが、それがさらに日本特有の事情に合わせてエスカレートしています。

マダムNの神秘主義的エッセー
53 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ④ 浮かび上がる反日・在日問題、新興キリスト教問題、ヒプノセラピー(催眠療法)問題
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/03/071201

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2016年6月15日 (水)

短編児童小説『ぬけ出した木馬』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

短編児童小説『ぬけ出した木馬』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

6月7日ごろ、お買い上げいただいたようです。『ぬけ出した木馬』は5冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
    ↓

ぬけ出した木馬 Kindle版 
直塚万季 (著)
Kindle 価格:  ¥ 99 
ASIN: B00EGF5XCK

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぼくが病院で見た夢

花の女王 (児童書)

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2016年6月14日 (火)

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を読む ➂印象操作される三浦関造

吉永は三浦関造の読書体験の断片を取り出して、それに固執する。三浦関造がそれらの著作を重要視していたからというよりは、吉永が重要視しているのである。

そうでなければ、モーリス・ドーリルとウィリアム・デッドリー・ペリーの著作をことさらに強調する必然性がわからない。このような偏向した扱いは本来許されないはずである。

三浦関造の文章には様々な本からの引用、紹介がなされているし、旺盛な翻訳事業を見ればわかるように、翻訳するからにはそれらがまず熟読されたはずである。

三浦関造『至上我の光 第1号より第71号合本』(竜王文庫、1972)を見ると、確かにモーリス・ドーリルにはよく言及されていて、ドーリルが三浦関造にとって旬の人であったことがわかる。

ドーリルの著作のうち治療に関する『療法の真義』(林鐡造訳、霞ヶ関書房、1977)をわたしは昔、会員の一人から貰った。その本では、健康を向上させるための様々な考察と助言が物心霊の三方面からなされている。

会員の中には参考にしている人も多かったのではないかと思う。三浦先生がイエスさながらに会員たちやその家族などの病気を癒されたことが合本を読むとわかる。そのやり方が当人の潜在力を惹き出すようなものであったこともわかる。

ウィリアム・デッドリー・ペリーをわたしは知らなかった。合本からもまだ見つけられないでいる。

吉永によると、昭和7年に出版された『心霊の飛躍』(日東書院、1932)にペリーからの手紙が引用されているそうだ。

竜王会東京青年部『総合ヨガ用語解説集』(竜王文庫,1980)の「三浦先生 訳・著書一覧 年代順」には「三浦先生の訳,著述作品は約七十余点にのぼると思われますが,震災,戦災,住居移転等で散逸し,その多くは,現存しておりません。ここに掲載したものは,保存されているもの,発行が確認されたもの(発行年不明のものを含む)を,ほぼ年代順に列記したものです」として訳・著書が紹介されている。

この一覧の中に『心霊の飛躍』は見当たらない。

豊富な読書体験の中から三浦関造がとりわけ愛読したのは新約聖書、『バガヴァッド・ギーター』、パタンジャリー『ラジャヨガ経典』、法華経、H・P・ブラヴァツキー『沈黙の声』ではないだろうか。合本にもよく出てくる。

わたしが竜王会に入会したのは30年以上前にさかのぼるが、三浦先生の著作の中でも『至高者の歌』(ヨガ聖典バガヴァッド・ギーター)、『大直感力』(総合ヨガの理論と実践。パタンジャリーのラジャヨガ経典)、H・P・ブラヴァツキー『沈黙の声』は特によく読まれているような雰囲気があり、必読書だと感じていた。

ところが、わたしは『大直感力』はざっと読んだ程度、『至高者の歌』、『沈黙の声』 は購入すらしていず、必読書の読書をさぼっていた。

弁解になるが、大学時代から新約聖書、プラトンの作品と同じくらい長尾雅人編集『バラモン経典 原始仏典(中公バックス 世界の名著1)』 (中央公論社、1979)を愛読しており、それには9編のバラモン教典と4編の原始仏典が収録されていて、バラモン教典9編の中に「バガヴァッド・ギーター」もパタンジャリ 「ヨーガ根本聖典」も含まれていたのである。

『沈黙の声』はジェフ・クラーク訳と星野未来訳でつい最近読み、そのすばらしさに打たれると共にもっと早く読まなかったことを後悔したのだった(拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」52 参照)。三浦先生が必読書中の必読書を示してくださっているのがわかった。

パタンジャリーという三浦先生の訳は『バラモン経典 原始仏典(中公バックス 世界の名著1)』 ではパタンジ'ャリとなっている。ウィキペディア「ヨーガ」ではパタンジャリとなっていた。ウィキペディア「ヨーガ」を通読すると、次のような箇所に目が留まった。

オウム真理教
(……)オウム真理教ではヨーガによるクンダリニー覚醒の実践が中心的な位置を占めており、沼田は、「ヨーガによる自己変容と しての解脱体験こそ、80年代前半の麻原の宗教的アイデンティティの柱の一つとみなしうる」と述べている。本来ヨーガや瞑想によって常人にない能力を得る ことは否定されてはいないが、オウム真理教の信者には超能力を獲得することを主な目的とする者も少なくなかった。
※出典は沼田健哉 「マインド・コントロールとセルフ・コントロール : オウム真理教事件と関連して」 桃山学院大学社会学論集 29(2), 61-94, 1995-12-20 桃山学院大学。

ウィ キペディアの執筆者. “ヨーガ”. ウィキペディア日本語版. 2016-06-09. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC&oldid=60021934, (参照 2016-06-11).

吉永の次の文章を、わたしは拙ブログ「マダムNの神秘主義エッセー」 40 で疑問視している。

『至上我の光』59号(1959年2月1日)には「印度ヨガの危険と建て直しについて」という記事を載せ、インドのヨガは堕落しており、アリス・ ベイリー、ポール・ブラントン、ドーリルを学ぶことが重要であると力説している。その一方で同号に「いかがわしい誤謬だらけの西洋模倣ヨガの本を悉く棄ててしまいなさい」と、まったく矛盾した主張をしている。

ヨガの基本を学んだ者であれば、クンダリニと呼ばれる――蛇の火とも呼ばれる――宇宙エネルギーの一種が脊椎基底に眠っていることを知っている。

吉永が引用した三浦関造の文章にはクンダリニというヨガの用語は出ていないが、クンダリニを無理に目覚めさせようとするタイプのハタヨガの危険性を警告したものなので、竜王会東京青年部『総合ヨガ解説集』(竜王文庫、1980、p.26)から引用しておきたい。

クンダリニ Kundalini
 宇宙エネルギーの一種で,一切生類を養い,人間を超越たらしめる。「蛇の火」とも言い,脊柱基底の中心内に三つ半とぐろ巻いて眠っている竜のようなかっこうをしている。クンダリニは精神的進歩に応じて自然と目覚め,上昇するのが最っとも安全であり,無理に行法等で目覚めさせようとする破壊エネルギーとなり,その人の進歩に支障をもたらす。詳細は『クンダリニ』『大直観力』その他参照。

「詳細は『クンダリニ』『大直感力』その他参照」とあるように、この警告は三浦関造の著作でも機関誌でも繰り返し出てくる。だから、わたしは拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」 40 で次のように指摘したのである。

1959年時点でのインドのヨガは三浦関造の目に堕落したものと映っていたようだが、それはハタヨガに傾斜したインドヨガを批判したものであることが『至上我の光』59号を読めばわかる。吉永には単に読解力がないだけなのか、曲解しているのかわたしには不明である。
59号で言及されたアリス・ベリー、ブラントン、M・ドウリルについては、いずれもハタヨガの危険性、西洋で出版され日本人の訳している誤謬だらけのヨガの本に対する警告との関連で出てくるのである。上記三者はいずれも著作の中で、当時のインドのヨガの堕落や西洋で出版されている誤謬だらけのヨガ本の危険性を警告していた。(……)
ヨガを恣意的に解釈し、それだけの準備が整っていないにも拘わらず、ヨガの行法を自己流に採り入れて遂には自己崩壊したオウム真理教の麻原だったが、ヨガに関しては、そのようにならないようにと竜王会ではずっと警告が続けられてきた。

三浦関造の文章をあら探しし、超次元的空間の世界といわれているシャンバラに関して、物質的場所としての――チベットの首都ラッサの真下なる地下に在るという――シャンバラについての文章を採り上げるのであれば、『至上我の光』56号(1958年11月1日)の次の文章も採り上げなければ整合性がとれず、偏向した解釈になってしまうはずである。

それでは真の法華は、何処に秘蔵してあるのか? それが大問題である。真の法華経はシャンバラにしまってある。シャンバラは私共の頭の中心に在る。マニが光かがやけば、真の法華経が展開するという意味を仏陀は暗示されたのである。即ちマニヨガによって、真の法華経を凡ての人が、自我の内に読むことが出来るという意味である。

ヨガや神智学、すなわち神秘主義では常に外なるものと内なるものとが一対となっている。

竜王会ではこの基本中の基本を繰り返し教わるので、吉永のような一神教と近代唯物論の混在したような考え方はしないし、そのような考え方で三浦関造の文章を解釈しようとすると、整合性のとれない、誤った解釈に陥ってしまう。

竜王会は適切なヨガ実修及び不適切なヨガ実修の危険性を警告し続けた、数少ない貴重な団体の一つである。

それなのに、こともあろうに三浦関造とオウム真理教を結び付け、三浦関造がもっと長生きしていたらオウム真理教のような危険な団体になったかのような論文の結論はありえないことである。

しかも、不可解なことに、吉永は反日テロ集団だったオウム真理教の反日性には一切触れていない。

オウム真理教が、中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第20条で信教の自由を規定した日本国において反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいたことを、わたしは「マダムNの神秘主義的エッセー」40 で指摘した。

吉永による三浦関造の人物紹介も偏っており、唐突に「三浦はまた、昭和3年には見神体験を持っている」と切り出すことで、トンデモ体験のような印象操作を行っていると思う。

昭和3年(1928)というと、1883年生まれの三浦関造は45歳である。しかし、三浦関造の著書や機関誌を読むと、三浦関造の神秘主義的体験が幼児期からあったことがわかるはずである。

そのような体験を「わが幼児の思い出を40年前に書いて、当時のキングという雑誌に投稿」したものだという詩の一節を1958年初版の三浦関造『大直感力』(竜王文庫、1979・第11版)から挙げておく。

ぼくが小さい時でした
お庭の桃に花が咲き
森のこずえに鳥が鳴き
日がぽかぽかな春でした
誰か知らない善い人が
私の名をばよびました
草屋をとんで庭にいで
庭をおどつて森にゆき
森からぬけて野にいつて
うしろを見ても前見ても
影も姿もなけれども
見たことのない善い人が
わたしの名をばよびました

(三浦,1979,pp2-3)

神秘主義者はだいたい幼児期から神秘主義的な体験を持っているものだと思う。わたしのようなヒヨコの神秘主義者ですら幼児期からほのかな前世とあの世の記憶、見えない方々の見守りを感じていた。唐突に起きるものではないと思う。

神秘主義者の体験が織り込まれている純文学作品は多いので、神秘主義者は大抵、純文学系の児童文学作品、小説、詩が好きである。

ヨガについても神智学についてもろくに知らず、知ろうともしない不遜さで、近代日本における神智学の歴史というテーマで持論に都合のよいだけの支離滅裂な展開となった論文を書き、それがアカデミックな論文ということで権威づけられ、ウィキペディアなどに引用されて世に拡散することの恐ろしさを吉永の論文は教えてくれる。

ちなみに『至上我の光』50号(1958年5月1日発行)「瞑想」から、わたしが癒やされた断片を引用してみる。三浦関造が救世主をどう定義しているのかがわかる文章でもある。

 苦しいなら、苦しくない考えと気持ちを生み出しましょう。すると、卵殻の中のヒヨコのように、殻から出ていくことができます。

 無理と理の見きわめをして下さい。自分で理が通っていると思えることなら理にかなっているが、人が理だといっても無理やウソがあまりにも多い世の中です。

 一日中、私の最もよろこばしい時は凡てを忘れて原稿を書く時と、早朝三、四時欠かさず瞑想をして、頭の中心から黄金の花の光がサンランとして光り出るのを見る時です。これは魂の窓が開かれた喜びであります。
 私は東京にいても、魂は全国に通じます。皆さんが気をしずめて、ジーッと私を思い、他心がなくなってしまった時私は貴方と共にいます。その時、貴方と私との間には距離はなくなっています。私が光かがやいて貴方のそばに現われたら、貴方の窓が開かれている証拠です。

 死んだ人のことを思うと死んだ人の処にゆき、神々を思えば神々の処に行く。神々といえども死んだ人々のように不完全な者です。完全なものは自分の魂であります。
 大救世主を知れば、神々の大師になれると教えられていることを忘れないようにたのみます。

機関誌はどの号もこうした奥深い教えと温かな励ましの言葉が充溢しているというのに、静的な会員たちの陥りがちな消極性、危機意識のなさに檄を飛ばした三浦関造の言葉を曲解して、吉永は陰謀論だのメシア論だのというのである。

三浦関造のような人物を今の日本で見つけるのは難しい。戦前の日本は、スケールの大きさとデリカシーとを兼ね備えた三浦先生のような人物を生む国だったのだと改めて思う。

メンタル疾患とジェネリック医薬品と生活保護の申請がやたらと増え続ける今の日本の異常を見るとき、薬漬けになった精神病者の一部は深刻な病気であっても、それ以外の人々には環境改善と三浦先生のような人の助けが必要なのではないかと思ってしまう。

だが、日本国内の動きはそれとは逆方向に向かっているのではないだろうか(拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」53 を参照)。

今月、岩間浩『三浦関造〔かんぞう〕の生涯』が発行されると機関誌で報じられていた(岩間浩は現「竜王会」会長)。そのうちアマゾンにも出るのではないだろうか。トンデモ人間であるかのように印象操作されない三浦関造の真の姿が明らかになることだろう。

最後に、前掲『総合ヨガ用語解説集』の「三浦先生 訳・著書一覧 年代順」から、三浦関造の訳書を紹介しておく。ウィキペディアで著者が確認できたものは、その訳にかえさせていただいた。

  • ビョルンスティエルネ・ビョルンソン「家庭小説・喜び」
  • モールトン・ゲーデン「世界文学としての聖書」(教文館)
  • ジャン=ジャック・ルソー「エーミール 人生教育」「エーミール」
  • チェーザレ・ロンブローゾ「個性の教育・犯罪と遺伝」
  • マーチン・トロウ「反抗の義務」
  • ロマン・ローラン「ジャン クリストフ 闇を破って」
  • フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー「カラマゾフの兄弟」全四巻のうち二巻
  • ラビンドラナート・タゴール「(森林哲学)生の実現」「タゴール詩集・伽陀の捧物」
  • レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ「人生」「修身童話」「童話の倫理問題と教育的価値」「第一歩」
  • ヘンリク・シェンキェヴィチ「ハニヤ」
  • ヘンリー・デイヴィッド・ソロー「歩行と荒野」
  • ウォルト・ホイットマン「大道の歌」
  • ハズリット「旅と人生」
  • エドワード・カーペンター「天使の翼 生に徹する芸術」
  • ジェ ダブルユー リー「科学より宗教へ」
  • ピョートル・アレクセイヴィチ・クロポトキン「革命の港より」
  • プラトン「国家」
  • トマス・ア・ケンピス「御足の跡」
  • コメニウス「大教育」
  • ヨハン・ハインリヒ・ペスタロッチ「石屋の妻」
  • ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ「ドイツ国民に告ぐ」
  • フリードリヒ・ヴィルヘルム・アウグスト・フレーベル「人の教育」
  • ジョン・デューイ「民主主義と教育」
  • ヨハン・アウグスト・ストリンドベリ「新生の曙」
  • ウェルズ「新エミール」
  • ビセンテ・ブラスコ・イバニェス「黙示の四騎手」
  • ・マンテガッツァー「続 愛の学校」

ビョルンソンには「日向丘の少女」があり、子供の頃に読んで感銘を受けたことを思い出した。「黙示の四騎手」を書いた作者が「血と砂」の作者でもあるとわかって、「黙示の四騎手」という作品も読んでみたくなった。

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街頭演説会で目撃した安倍首相、ハイタッチしたときの手の感触

(参院選2016)

安倍首相の自民党総裁としての街頭演説会がわたしの住む街で行われました。

その日の朝、娘が何気なく、安倍首相の街頭演説会の広告を見たよといい、わたしはちょっと迷ったものの好奇心を抑えられなくなって行ってきました。

自民党の党員ではないし、自民党が移民政策に舵を取り出したことには断固反対です。

また、「1億総活躍社会」にも反対で、結婚している2人のうちどちらか一方は家庭にいて、家庭生活を充実させ、地域や日本文化を豊かにすることができるような政策転換を求めたいのです。

このままでは治安は悪化する一方、家族や地域のつながりはバラバラになるばかり、日本文化は内部から崩壊してしまいます。

以前、海江田氏の街頭演説を偶然博多に出かけたときに見ましたが、テレビで視聴するイメージとは異なり、想像していた以上にがっしりとして大柄、声も割れるようで、威圧感を覚えたほどでした。

安倍首相はどうだろうか、と期待に胸が高鳴りました。

その安倍首相の声はテレビで聴くよりも明瞭でよく通り、濁りのないさわやかな印象でした(テレビではわたしにはやや濁って聴こえ、聴き取りにくいときがあります)。他の方々の演説も声が通り、演説によどみがありませんでしたが、別格の感じを受けました。

政治家って、どなたも歌手みたいに声量があるんだなと感心しました。

顔は遠目にはよく見えませんでしたが、安倍首相は演説終了後に一周して聴衆とハイタッチしてくださいました。

想像したように大柄といってよい体躯、顔色はテレビで見たときより明るい健康的な色(テレビではわたしにはいくらか黒ずんで見えていました)、そして何というか……変な感想かもしれませんが、すれたところの全くない、無垢な印象を受けたことに驚きました。

よく視聴する国会中継から、安倍首相がいつも誠実な受け答えをし、表情も上品であることから段々好感度が高まっていったのですが、このとき、わたしには安倍首相がとても柔らかな澄んだ空気に包まれて見えました。

演説のときの堂々とした安定感のある果敢なリーダーという印象とはまた対照的な、きよらかな乙女のようなイメージが湧いてしまいました(そういえば安倍首相は乙女座ですね)。

邪気のない雰囲気に接して、心が洗われるようでした。

安倍首相の機微に触れ、またハイタッチしたときの手の大きく、柔らかな、温かな感触と相まって、左派の誹謗中傷に騙されなかった自身の確かな感性に自信を覚えた次第でした。

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そういえば、斜め後ろにいた25歳くらいの若い女性がすすり泣いておられたので、具合でも悪いのかと驚いて尋ねたら、横から母親らしい人が「ずっと安倍総理にお目にかかりたいといっていたのです。実際に拝見して感動しただけですから、ご心配なく」とおっしゃいました。

休日で午前中に用事があった娘もいくらか遅れて演説会に来ていたことが携帯に電話があってわかり、合流。娘も好奇心から来てしまったようです。こんなところはやはり親子ですね。娘のいた場所は人が多くて、ハイタッチできなかったとか。

「育ちがよさそうだったねー、謙虚できちんとしていて好感度高いよ」との娘の感想でした。そう、わたしの感想も一言でいえば、そうなります。娘の表現のほうが的確でした。

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2016年6月12日 (日)

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を読む ②チャンコ鍋状態

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」の構成から見ていこう。漢数字を算用数字に変えさせていただく。

<論文要旨>
<キーワード>
前書きに当たる部分
一 メタフィジカル宗教
 1 欧米の歴史研究
 2 日本の歴史研究
 3 メタフィジカル宗教と神智学
二 日本の神智学の軌跡――1910年代から1960年代まで――
 1 明治から大正へ
 2 昭和期 三浦関造の神智学

ダウンロードした吉永のこの論文には参考文献が記されていないが、ダウンロード版では省略されているのだろうか。

参考文献が記されていないので、本文と注に出てくる著作以外は吉永が何を読んだのかが不明である。強引な辻褄合わせ、短絡的解釈などから、神智学に関してはまとめめいたものしか読んでいないのではないかとの疑いを覚える。

要旨からすると、ハネフラーフのエソテリシズム史とオルバニーズのメタフィジカル宗教史を日本の霊性宗教史に当てはめることができるかどうかを確認し、次に、アメリカのメタフィジカル宗教を瞥見した上で、明治・大正期の日本への神智学流入、ロッジ活動の失敗、出版での流布を紹介したあと、三浦関造に焦点をしぼるのだという。三浦関造は翻訳家から霊術家、そしてメタフィジカル教師へ変貌したのだそうだ。

ハネフラーフによると、19世紀のオカルティズムは18世紀以前のヨーロッパを中心としたエソテリズム(ネオプラトニズム、ヘルメス主義、カバラ、占星術、錬金術)の世俗化によって誕生したという。

占星術と錬金術はヘルメス主義に含まれるのではなかったか?

ブラヴァツキーは神的な火を人類にもたらしたプロメテウスさながら秘教とされてきた知識を一般にもたらしたが、エソテリズムそのものは純粋に保たれている。世俗化したくてもできないものがエソテリズムなのだ。

その価値を感じるだけの感受性がない人々には、それが通じないだけの話である。間違った解釈がなされることも多々あるだろう。

オルバニーズのメタフィジカル宗教となると、もっとひどい定義で、オカルト全般を指す概念であるようだ。オカルトの意味もブラヴァツキーの定義などとは異なり、要するに何でもありということのようである。

何て無意味な考察なのだろう。何でもありの定義を無理に近代日本、特に三浦関造に当てはめ、当てはまらない――崇高な――面は平気で無視し、切り捨て、歪めようという意図しか感じられない論文なのであるから、たまらない。まさに現代日本における魔女裁判である。

「2 日本の歴史研究」で気になったのは、催眠術という用語である。桑原俊郎『精神霊動』に関する吉永の紹介ではずいぶん大雑把に使われているようだが、著者の定義がわからないので、そこにブラヴァツキーが定義する催眠術以外のものがどう含まれているのかは、実際に著作に当たるしかないようだ。

「3 メタフィジカル宗教と神智学」では、次の文章の意味がどうしてもわからない。

19世紀前半からの動きを追ってみると、催眠術からP・P・クインビーの精神療法とアンドリュー・ジャクソン・ディビスやスピリチュアリズムが出現し、前者の流れからはさらにクリスチャン・サイエンスのエディ夫人や、ニューソート運動の源となったエマ・カーティス・ホプキンズ、後者からは神智学が誕生している。

「前者」がどこにかかり、「後者」がどこにかかるのか、わからない。文章はさらに次のように続く。

これらの運動と、これらが折衷して誕生した運動の総称がメタフィジカル宗教である。

まさに何でもありのチャンコ鍋状態、もはや滅茶苦茶である。そして「メタフィジカル宗教の思想面は、神智学が重要な柱となっている」そうだが、話の流れからすると、チャンコ鍋の中では神智学が一番目立つ、というだけの話だろう。

メタフィジカル宗教で最も政治的な活動をした人物がウィリアム・ダドリー・ベリーであると吉永はいう。わたしはインドの切手にまでなったアニー・ベザントだと思うが。アメリカ人の中では、ということだろうか。

三浦関造がどう書かれているのか、見ていこう。➂へ続く。

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2016年6月11日 (土)

川端茅舎の青蛙の句。梅雨イベント限定アイテム(リヴリー)。拙ブログ「神秘主義的エッセー」を更新。

無料で楽しませていただいているリヴリーアイランド。梅雨イベント限定アイテム、カエルの傘、オオバコをゲットしました!

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雨が降っていても、傘があるので、うちの子はすやすや眠っていました。近くにある金色のものは毬です。一般は金・銀・銅の毬を集めてアイテムをゲットします。

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室内でも傘に入りたいうちの子。大きな耳がはみ出しています。

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ホント、傘がお気に入り。ひよこベッドの島でちゃんと寝ないと、風邪ひきますよ。

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カエルというと、わたしはいつも川端茅舎の句を思い出します。蛙は春の季語ですから、夏の季語である青蛙の句を紹介します。

青蛙ぱつちり金の瞼〔まぶた〕かな

芭蕉葉の露集まりぬ青蛙

青蛙はためく芭蕉ふみわけて

青蛙両手を梅雨にそろへおく

川端茅舎・松本たかし 『川端茅舎 松本たかし集 現代俳句の世界 3』(朝日新聞社、昭和60) 

最近、神智学関係の記事が続き、関心のない方には申し訳なく思っています。スルーしてくださいね。

もう1本の記事でもう少し吉永進一氏の論文――の問題点――を見てから、萬子媛の世界に戻ります。

ご報告が遅れましたが拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を更新しています。当ブログの記事に若干手を加えた程度です。

52 座右の書にふさわしいH・P・ブラヴァツキー『沈黙の声』
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/05/23/080604

53 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ④ 浮かび上がる反日・在日問題、新興キリスト教問題、ヒプノセラピー(催眠療法)問題
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/03/071201

54 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑤バッシングから遂にブラヴァツキーがゲームのキャラに
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/06/144918

55 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ⑥20世紀前半のイタリアで
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/09/200406

56 ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ➆吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」から連想したオカルト情報誌とW・ジェームズ
http://mysterious-essays.hatenablog.jp/entry/2016/06/10/153104

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2016年6月10日 (金)

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を読む ①連想したオカルト情報誌とウィリアム・ジェームズ

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175  (2016/6/10 アクセス)

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」を2015年12月27日の初回のアクセス時に通読し、今回のアクセスまでに何回か部分的に読んでいた。今回は印刷して読んだ。

最初に読んだとき、むかし愛読した学研の月刊オカルト情報誌「ムー」を連想した。じっくり再読した今回も同じ連想が起きた。

情報誌というだけあって、「ムー」のオカルトに関する情報量は多かった。吉永の論文ではわたしが知らなかった明治・大正時代に神智学と関わった人物に関する情報提供があり、その点ではありがたい。

しかし、問題はこれが情報誌ではなく、論文であるという点にある。

吉永の論文は375(579)頁から397(601)頁までで、50字×17行×22頁だから、400字詰原稿用紙にすると47枚。本文だけだと、39枚の論文である。

よほど枚数制限でもかかっていたのだろうかと怪訝になる論文内容で、何がおかしいかといえば、吉永の論文からは当時の背景と人物の全体像がほぼ欠落しているのである。

神智学と関わったと思われる人物を数珠つなぎにし、最終的に三浦関造を俎上に載せている。

この論文が情報を提供するだけというのであればまだしも(それでは論文とは呼べないだろうが)、吉永は無責任にも断罪――と同然のことを――している。

論文要旨の冒頭には「本論文では近代日本における神智学思想の歴史を明治から戦後の一九六〇年まで追う」とある。40枚に満たない枚数に収めるには、そもそも無理を感じさせる仕事である。

オカルティズム、スピリチュアリズムといった用語の定義が、わたしがブラヴァツキーの神智学で学んだものとは異なっている。メタフィジカル宗教という用語は初めて知った。

吉永の定義の仕方は、ウィリアム・ジェームズを連想させる。

以下の過去記事で、わたしは次のように書いた。

現代哲学・心理学が依拠しているといってもよいウィリアム・ジェームズ(William James,1842年1月11日 - 1910年8月26日)の講義録であるW・ジェイムズ(桝田啓三郎訳)『宗教的経験の諸相(下)〔全2冊〕』(岩波書店(岩波文庫),2015)の「第十六・十七講 神秘主義」には『沈黙の声』からの引用がある。
そして、そこではクロロフィルム、エーテルといった麻酔剤による幻覚も、また聖人と呼ばれようが玉石混交と思われる信仰者たちによる様々な段階の内的経験も精査を経ないまま同一のもの、同一の神秘的経験として扱われている。
神秘主義に対するジェイムズのアプローチ法は次のようなものである。

神秘的状態に関する私の論じ方が光を投げるか、それとも暗〔かげ〕を投ずることになるのか、私は知らない。というのは、私自身の性質として、神秘な状態を享楽することが私には全然できないといっていいくらいなのであって、私としてはその状態についてはただ間接的にしか語れないからである。しかし、たとえ問題をこうして外面的に眺めるほかないにしても、私はできるだけ客観的また受容的であるつもりである。(ジェイムズ,2015,p.182)

神秘な状態を享楽?
前置きであるにも関わらず、早くもジェームズは「神秘的状態」とは「享楽」する性質のものであるかのように唐突に断定し、その口吻からはそうすることで彼が自らを神秘主義者たちより上位に置き、自分こそ洗練されたストイックな、そして誠実な論じ方をする人物であると印象づけるための心理操作を行っているように感じられる。
『プラグマティズム』でも、同様の読者に先入観をもたらす儀式があったことを思い出す。
ジェームズは暗を投じ、哲学・心理学を混乱、停滞に陥れたとわたしは思う。ジェームズがいくら客観的また受容的であるつもりであったとしても、これでは神秘的経験を持たない人間の主観的見方の域を出ないはずである。しかしながら、学会は世間はそうは受けとらず、ジェームズの主観的見解は大変な権威を帯びるようになって今に至っている。
神秘主義者ヘレナ・レーリッヒは書いている。

アルコール中毒 や阿片中毒は、火の世界に近づこうとする醜い試みである。もし三昧が高級の火の自然な現れだとすると、アルコールの炎はその火を破壊する者である。麻薬は 火に接近しているような幻影を起こすというのは本当だが、実際は、アグニの本当のエネルギーの獲得を長いこと邪魔するのである。

ヘレナ・レーリッヒ(田中恵美子訳)『アグニ・ヨガの教え』竜王文庫(コピー本),1996,p.58

レーリッヒはアルコールや薬物による経験を「幻影」と呼び、神秘主義的経験とは厳然と区別している。

問題を外面的に眺め、できるだけ客観的、受容的であるつもりのジェームズの論じ方は、内面的にも眺めることのできる人間からすれば、主観的、排他的で、当世風にいえば上から目線である。

はてなキーワードに吉永は「宗教学、ウィリアム・ジェイムズ、近代霊性思想史を専門に研究している」とあったから、彼がジェームズの影響を受けていてもおかしくはない。

前掲の用語の定義にしても、外面的に眺めて同類に見えるものを一括りにしているだけだと思う。

スピリチュアルブームは実はジェームズとその信奉者が作り出した流れではないだろうか。

吉永の論文がゴシップのように感じられるのは、対象が外面的にしか捉えられていないところから来ている。

スピリチュアルブームの問題を神智学的に考察すれば、神秘主義に関する知識が乏しいために、例えば不適切なヨガの修養・修行や降霊術(現代版こっくりさん「チャーリーゲーム」が流行っているらしい)、あるいは神秘主義では黒魔術に分類されるヒプノセラピー(催眠療法)を行ったがために霊媒性を強め、心身に異常を来たす人が増えたことにあるとわたしは考えている。

如何に問題が大きく見えたとしても、このことに尽きるのではないか。

ジェームズのように、彼には同じに思えるからといって、ラリっている薬物中毒者の幻覚と神秘主義者のヴィジョンを同じ神秘主義的経験に分類することはとても危険なことなのである。

問題を混乱させ、正しい知識をもたらしてくれるはずの神秘主義文献を何か危険な負の思想であるかのように扱うことで焚書にしてしまうからである。

スピリチュアルブームは実はジェームズとその信奉者が作り出した流れだといったのは、こうした理由による。

ジェームズのようなやからを先生にするから、筋金入りの神秘主義者であった三浦関造と偽神秘主義者であったオウム真理教教祖の区別もできなくなるのである。

研究対象にしているはずの神智学の、基本的なブラヴァツキーの本を読み飛ばしたり、好き勝手に拾い読みするのではなく、きちんと読んでから、このような論文を計画してほしいものである。そうすれば、もう少しはましな論文が書けるかもしれない。

ジェームズの恣意的な方法だと、現象、事件、人物といった対象を理解するための時代背景や人物の研究などは必要でなくなる。

案の定、吉永の論文では十八世紀、明治三〇年代、大正時代、戦後、昭和期、冷戦下といった表現で「時代」が出てくるだけである。「ムー」のほうがまだしも時代背景を述べ、人物の全体像を紹介していた。

このような論文では人物も思想も記号でしかない。記号の羅列を批判したり、断罪したりするのは不可能なはずだから、執筆者がそうしたとすれば、最初からそれが目的で論文が執筆されたのだとしか考えられない。

吉永は論文の中であからさまには俎上に載せた三浦関造――実は鏡に映った吉永自身であるにすぎないのだが――を断罪していないが、オウム真理教と結びつけるということは、断罪しているようなものである。

それにしても、オウム真理教のきちんとした説明もなしに、外国人にこの記号の意味がわかるのだろうか?

もう少し丁寧に論文を見ていこう。 ②へ

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2016年6月 9日 (木)

20世紀前半のイタリアで神智学・アントロポゾフィー運動。ガブリエラ・ミストラル。ジブラン。(加筆あり)

※加筆部分は青字

過去記事で書いたオープンアクセス可能な吉永進一氏の論文は、今後時間を見つけながら閲覧していくことにしたい(読んだら感想をアップする)。

神智学協会の影響を受けていたことがわかった「青い鳥」のメーテルリンク、「不思議の国のアリス」のルイス・キャロル、「オズの魔法使い」のボームについて調べていたときに、このことも過去記事で書いたが、海外の論文を偶然閲覧した。

Marco Pasi、Joscelyn Godwin英訳、Theosophy and Anthroposophy in Italy during the First Half of the Twentieth Century (20世紀前半のイタリアにおける神智学とアントロポゾフィー)というタイトルの論文である。

論文は神智学の前史時代から説き起こされていて、ああそうだった、イタリアはルネサンスを起こした国だった――とわたしは再認識させられた。論文の結論ではアントニオ・タブッキの小説『インド夜想曲』が採り上げられている。

戦後もイタリア国内では神智学・アントロポゾフィー(人智学)運動はいろいろな形で連続して存在しており、それは今日まで続いているそうだが、20世紀の最初の30年のような社会と文化への顕著な影響力を継続させることはできなかったという。

しかし、『インド夜想曲』の中の、アディヤールの神智学協会国際本部で語り手が会長と会話する章のあいまいで魅惑的な雰囲気こそが、神智学協会・アントロポゾフィーの運動がイタリアで花開いた20世紀の最初の30年にどれくらい浸透したかを物語っていると述べられている。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイトによると、現在、イタリア神智学協会はアオスタ、フィレンツェ、ミラノ、ぺルージャ、ローマ、トリノ、トリエステ、ウーディネ、ヴィチェンツァに存在する。

論文の執筆者マルコ・パシ氏が神智学協会・アントロポゾフィーに対立する立場の人であるのか、協会に属する人なのかがわからないくらい、論文は資料を元に客観的な視点で描かれている。

竜王会の会長に就任された岩間先生の『ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会』(学苑社,2008)を読んだときも、綿密な取材と資料に基づいた客観的な視点で書かれていると思った。

このバランス感覚を保持した純一、客観的な視点こそ、アカデミックな学者の仕事のあかしではないだろうか。

前掲のお二人とは対照的に、わたしが読んだ吉永進一氏の論文はあまりにも偏向した姿勢と、資料の読解力を欠いた憶測で成り立っているという印象で、助成を受けている研究者の論文とも思えなかった。

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175  (2015/12/27 アクセス)

わが国ではノーベル文学賞というと、村上春樹のことばかりで違和感があるが、タブッキはノーベル文学賞をとるかもしれないといわれていた。

タブッキが亡くなったときに娘が「タブッキが死んでしまった! 死んだらノーベル文学賞は貰えないよね」と悔しがっているのを見、わたしは初めてタブッキを読んでみようと思ったのだった。娘にタブッキを教わったのだ。

タブッキについては当ブログに①~④までノートしており、今後もそれは続ける予定だが、萬子媛の江戸時代に戻る前に、これまでのノートをエッセーブログに入れておこうと思う。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイトを閲覧し、「著名な神智学者の名前の一部」という項目を閲覧したところでは、タブッキが神智学協会のメンバーであったかどうかはわからなかった。

鈴木大拙の名があり、最近奥さんだけでなく、鈴木本人も神智学協会のメンバーだとわかったという報告がなされていた。1年ごとの更新だし、協会には誰がメンバーだったかどうかを詮索する習慣もないので、何かのきっかけでわからない限り、メンバーだったかどうかの確認は難しい。

ドイツの小説家カロッサの小説には神智学、アントロポゾフィーに言及した箇所があるのだが、カロッサのこうした面について書いた文章をこれまでに読んだことはない。

文学の分野は、わたしのような文学好きの人間がコツコツ堀り起こしていくしかないのだろう。

「ラテンアメリカの母」と敬愛されたチリの国民的詩人で外交官だったガブリエラ・ミストラルは、チリの神智学協会の形成期にメンバーだったのではないかとわたしは考えている(拙エッセーブログの以下の記事参照)

ミストラルは1889年に生まれ、1957年に亡くなっている。チリの神智学協会が設立されたのは1920年で、ミストラルはこのとき既に31歳になっている。

ガブリエラ・ミストラル(田村さとこ訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 (双書・20世紀の詩人 8)』( 小沢書店、1993)の「ガブリエラ・ミストラル年譜」には1912年、23歳のときに 神智学の会〈デステージョス〉に入会すると書かれている。

年譜に書かれた神智学の会は、チリ神智学協会の形成期に作られた会ではないだろうか。伝記にそれを思わせる印象的な記述があるので、改めて見ていきたいと思う。

ノーベル賞を受賞した中に神智学協会のメンバーだったことが判明した人々くらいは採り上げて、研究していくべきだろうと考えている。

そうすることで、ブラヴァツキーや神智学協会の本当の影響がわかると思うからだ。

スピリチュアルブームの中でいろいろとおかしなことが起きてきて、それらを全てブラヴァツキーに結びつける傾向があるけれど、それはあまりに大雑把で根拠を欠いた、危険な話である。

ブラヴァツキーは心霊的な領域で起きる様々な危険性について警告しただけでなく、その原理を解き明かし、また東西の諸宗教哲学が共通の源としている教えを書物に著した。

それは人類を見守ってくださっている方々に助けられて可能になったことで、ブラヴァツキーは常に謙虚な姿勢でそのことを控えめに表現した。

彼女の代表作すらまともに読まずに誹謗中傷する人々は、人類を見守ってくださっている大先輩方を貶めているだけでなく、スピリチュアルブームを刺激し、煽り、危険性を膨張させているとわたしは思う。

魔女狩りでもしているつもりだろうか。

そういえば、「神智学ウィキ」にカリール・ジブラン(ハリール・ジブラーン、カーリル・ジブラン)​​の神秘主義は、キリスト教、イスラム教、スーフィズム、ユダヤ教と神智学といった異なる影響が収束したものだと書かれていた。(→ここ

カリール・ジブランは人気のある詩人だ。

イタリア神智学協会のオフィシャルサイト「著名な神智学者の名前の一部」にもカリール・ジブランの名があった。その部分を引用しておく。

Kahlil Gibran, celebre poeta e scrittore di origine libonese (1883-1931) (cfr. Il Profeta: la vita ed il tempo di Kahlil Gibran/Robin Waterfield (New York: St. Martin’s Press, 1999), pag. 225);

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リヴリーアイランドも梅雨のムード

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紫色のバンブーリーフとカエルのがま口は今日、黄色い食虫植物に似たグリンリーフは最近(青いのは過去記事で書きました)、ミニスイレン白はリブリーアイランドに登録して間もなくうちの子が拾ってきました。

娘はコツコツ貯めたヤミー(YM)で、ピンクのカエルリュックを購入。後日、このリュックは梅雨のアイテムに変化するのだとか。リュックは回収されないので、娘のリヴリーが遠足に持っていくことができます(背負うにはデカいか?)。

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2016年6月 7日 (火)

娘がパンのお店「DONQ(ドンク)」から買ってきてくれたパネッタ

小倉に出かけた娘が、パンのお店「DONQ(ドンク)」からパネッタを買ってきてくれました。

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ドンクのグループブランドであるイタリア発酵菓子「Sanremo(サンレモ)」の商品で、イタリアの伝統的な発酵菓子パンドーロを三日月型にふんわり焼き上げたパネッタ。イタリアの古語で「おはよう」という意味だそうです。

ふわふわで、ほどよい甘さ。これが大好きなのですが、ドンクがこの街からなくなったので、なかなかありつけなくなりました。

サンレモのパンはドンクのオンラインショップで買えるほか、アマゾンにも出ています。


ルネッタは「DONQ サンレモセット」に入っています。

DONQ サンレモセット【イタリアの醗酵菓子13点の詰め合わせ化粧箱入り】
(パネトンチーノ4個・パンドリーノ3個・ブォンディ 3個・ルネッタ3個入り)
価格:3,445円

そこそこ日持ちするので、贈り物にもいいでしょうね。

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2016年6月 5日 (日)

バッシングから遂にブラヴァツキーがゲームのキャラに。面白ければ何をしてもいい国民性は本来の日本人のものではない。(数度の加筆)

「神智学の影響を受けたボームのオズ・シリーズ、メーテルリンク『青い鳥』、タブッキ再び」というタイトルの記事を下書きしている途中なのだが、またメモしておきたいことがでてきた。

レスリー・プライスによって1985年に設立された「Theosophical History(神智学史)」という神智学組織には無所属の、神智学のすべての側面に専念独立した学術雑誌の記事を、たまたま閲覧した。

アムステルダム大学のマルコ・パシによって書かれた、ジョスリン・ゴドウィン英訳 Theosophy and Anthroposophy in Italy during the First Half of the Twentieth Century (二十世紀前半のイタリアにおける神智学と人智学)という論文であった。

掲載された学術雑誌の編集方針からして、どちらかというと批判的な傾向があるのではないかと思ったが、閲覧した論文は格調が高く、優れた論文だと思った。この論文には前掲書きかけの記事で簡単にでも触れておきたいと思っている。

あちこち閲覧しているうちにTheosophical History Vol XVII/4 (October 2014)に吉永進一という名を発見して驚いた。過去記事で出した名を連想したからだった。リンダ・ハリスという人が2014年国際神智学史会議での吉永氏のプレゼンテーションを紹介しているらしい。

マルコ・パシ氏の学術的な芳香漂う論文とゴシップみたいな論文とは対照的で、月とスッポン……いやいや、わたしの勘違いで同姓同名に違いない、とすら思う。

そのあと、togetterの「神智学協会が日本に与えた影響」に出くわした。

  • 神智学協会が日本に与えた影響
    togetter.com/li/268593

そこには笠井潔という、これも過去記事で書いた覚えのある名を発見した。

  • 2009年11月23日 (月)
    Notes:不思議な接着剤 #30/カタリ派について#3
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2009/11/otes30-fedf.html

    昨夜、カタリ派信仰を持つ女性がヒロインで、そのモデルはかの実存主義系フランスの女性哲学者シモーヌ・ヴェイユというミステリー、笠井潔著『サマー・アポカリプス』(創元推理文庫、1996)を読んだ……とはいえないお粗末な読みかたで、20分くらいで拾い読みしただけだが、全体のあらましは掴めたと思う。
    かのシモーヌ・ヴェイユにはトンデモ役が二重に振られていて、ミステリーとはいえ、驚いてしまった! ヴェイユは美形だから、人気があるようだが、こんな使われかたをしていたとは。カタリ派に触れたヴェイユの論文まで引用されていた。作品のムード、事件の追跡の仕方はダ・ヴィンチ・コードなどの系統だろう が、歴史の謎解きを絡める主要な線では残念ながら不成功で、どちらかというと単なる人殺しに終わっていた。ここから、ヴェイユの思想、異端カタリ派、グ ノーシス、原始キリスト教などに入れば、一興かもしれないが……。

以下は、ウィキペディアからの引用であるが、注意して読んでいただきたい箇所を赤字にした。純文学崩壊の元凶はこの男だったのかと思った。そういえば当時、文芸雑誌でそんな記事を読んだ気がする。

笠井潔(1948 -)
小説家、推理作家、SF作家、文芸評論家。
小説家としての仕事と平行して思想家・哲学者としての仕事も旺盛に展開する。 『テロルの現象学』でマルクス主義と完全に決別し、以後「マルクスに依拠しない左翼思想」を模索しつづけ、思想史には「マルクス葬送派」(小阪修平、長崎浩)と呼ばれる思潮に属する。この思潮を発展させ、1995年の『国家民営化論』では、反資本主義ではなく、逆に
資本主義を徹底化させて国家を解体させるというアナルコ・キャピタリズムの思想を明確に打ち出した。 また、1990年代から「純文学の終焉」を唱え、これに反対する立場の笙野頼子からの反発を招いた。
ウィキペディアの執筆者. “笠井潔”. ウィキペディア日本語版. 2016-03-29. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E7%AC%A0%E4%BA%95%E6%BD%94&oldid=59140394, (参照 2016-06-05).

何年も執拗な純文学バッシングとエンター系作家が持ち上げられる現象が続いた。デビューできたはずの純文学作家がどれだけ闇に葬られたことだろうか。

日本では純文学作家が世に出られない仕組みが児童文学含めて完全に出来上がってしまった。

かつての純文学系商業誌の新人賞は、流通業界における新商品を生み出すようなアイディア戦――ひねりを入れた軽薄なものであればあるほど絶賛される――となり、芥川賞受賞作品からは人間性の追究や求道性が完全に失われ、純文学系ともエンター系ともいえない――どちらのよさも見い出せない――、概ね日本語に欠陥のある奇怪な代物と成り果てた。

そしてtogetterにはYOSHINAGA Shin'ichi という名も発見したが、ウィキペディア「吉永進一」の外部リンクの項目に「YOSHINAGA Shin'ichi - 本人のサイト」とあったので、吉永進一氏と同一人物と思われる。

明治期に神智学がどう影響したかがやり取りされていた。博識に驚かされるとともに、研究対象をまるでゲームのアイテムのように扱っている印象を受け、愕然とした。

「神智学の好きなクマ」という方の書き込みに唯一ホッとさせられた。引用させていただく。

神智学の好きなクマ    2014-08-26 08:13:52

神智学を偏見なく見るには、批評家の書いたものではなく、神智学の本そのものを見たほうが良いです。決しておかしいことは言っていないことがわかるでしょう。その目指すところも、決してオカルトめいた変な方向ではないんですね。
人間は物質界だけで生きるものではないと、精妙な世界のことを教えたのが神智学でした。唯物主義のコチコチに凝り固まった人々に現象を見せた時期もあったのですが、それは物質以外の世界もある、と示す目的があったからですね。当時の西洋において。

そもそも、神智学がどんなものであるかを知らずに、神智学に関係した研究ができるのだろうか。三浦関造について論じた吉永氏の文章を閲覧したとき、この人は神秘主義というものがどんなものであるのかまるで知らないとしか思えなかった。

吉永進一「近代日本における神智学思想の歴史」
『宗教研究』84 巻2 輯(2010年)
ci.nii.ac.jp/naid/110007701175  (2015/12/27 アクセス)

神智学は神秘主義思想なので、内的体験を通さなければ理解できない。オーラが見えなければ、オーラに関するブラヴァツキーの解説は仮説として置いておくほかはない。

資料を沢山集めて博識ではあるのだろうが、理解を伴っていない。だから、吉永氏の描く三浦関造にしても、ブラヴァツキーにしても、その人らしさが全く形作られていない。

昔の話になるが、わたしは三浦先生の講演テープを聴いたことがあった。その闊達な溌剌とした滋味のあるお声は、わたしのヴィジョンに現れた先生の印象に符合するものであった。吉永氏の描く三浦関造は、吉永氏でしかない。

いずれにせよ、吉永氏はせめて博識でないとおかしい。ウィキペディアの外部リンクに「吉永進一 - KAKEN 科学研究費助成事業データベース」があり、吉永氏が一員となっている――代表となっている場合もある――種目の研究グループに配分されている助成金の額を見ると、貧乏物書きの――プロですらない――わたしはのけぞってしまうからである。

文系への助成金としてはそれが普通なのかもしれないし、多いのかむしろ少ないのか、どうであろうか。いずれにせよ、当然ながら出来上がった論文との釣り合いから妥当な配分かどうかがわかるだろう。

オープンアクセスできる論文には日数を費やしても当たってみたいと考えている。どういう論文に助成金がどのように配分されているのか、国民の一人として興味があるし、日本国の将来の学術のために知る権利と義務がある。

これまでの内容と無関係とは思えない話であるが、togetterに広告が掲載されていて、ブラヴァツキーがゲームのキャラに登場したことを知り……(絶句)。

  • FGO参戦によってにわかに注目を集める(?)ブラヴァツキー夫人
    togetter.com/li/957750

神智学協会が魔術協会の下部組織……霊媒アイドルブラヴァツキーちゃん……アカシックレコードオリコン入り……などというおしゃべりを閲覧。

ゲームがきっかけで神智学の本を読んでみようという気になっていただけたら、神智学協会にとってはいい宣伝になるのかもしれないが、これまでにも神秘主義はゲームで散々玩具にされただけのように思える。

海外の神智学関係者の方々に申し訳なく、日本人として情けない。だが、面白ければ何をしてもいい、否こんなことが面白いと感じる国民性は本来の日本人のものとも思えない。

低俗・低レベルな文系研究者にも不適切な助成がなされてきたことと、心の拠り所と品性を見事なまでに喪失した日本人の今日のあり様とが無関係なはずがない。さらにいえば、「資本主義を徹底化させて国家を解体させるというアナルコ・キャピタリズムの思想を明確に打ち出した」ような危険思想の持主がぬくぬくと儲け、泳ぎ回れるような甘い日本でいいのだろうか。

明治期における神智学の影響については明治政府の廃仏毀釈という文化破壊とあわせて、わたしもいずれ研究してみたいと考えている。時間はかかっても、神智学協会ニッポンロッジ、竜王会の機関誌に投稿できるくらいのレベルには持っていきたい。

いやできるなら、海外の神智学関係者、前掲の海外の雑誌「Theosophical History」の編集者にも日本の特殊な事情を知っていただけるレベルのものに完成させたい。そのレベルのものに仕上がったらの話だが、幸い、神智学協会ニッポンロッジ、竜王会には英語の堪能な方々がおられるので、英訳をお願いすることも可能ではないかと思う。

当ブログにおける関連記事:

おすすめしたい旬の本。余命プロジェクトチームの本は3冊出ているが、以下の本から入ると理解しやすい。

余命三年時事日記ハンドブック  単行本(ソフトカバー),Kindle版
余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2016/3/17)
ISBN-10: 479260544X
ISBN-13: 978-4792605445

以下はKindle版拙著。当記事と合わせて読んでいただければと思う。

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

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2016年6月 2日 (木)

ブラヴァツキーバッシングから浮かび上がる反日・在日問題、新興キリスト教問題、ヒプノセラピー(催眠療法)問題。

過去記事で神智学の影響を受けたイェイツ、メーテルリンク、ルイス・キャロル、ライマン・フランク・ボームについて書きかけていたので、続きを書いていたのだが、その記事をアップする前に、ブラヴァツキーバッシングについて新しいメモをアップしておきたい。

ブラヴァツキーをバッシングしている記事を調べることで、バッシングしている人々の利害関係と目的が明らかになるはずである。調べているうちに、三つの問題が浮かび上がってきた。

一つ目は、オウム真理教事件から本来は最も色濃く浮かび上がってくるはずの反日・在日問題である。この問題から世間の目を逸らす意図が、ブラヴァツキーバッシングにはあるのではないか。

過去記事でも書いたように、オウム真理教は、中共のような思想弾圧している一党独裁国家ではない、憲法第20条で信教の自由を規定した日本国において反日テロを起こすという重大な思想的問題を孕んでいた。

戦後の日本は反日・在日問題で苦しんできたが、そのことを一般人が漸く知り始めたのは民主党政権以降である。

オウム真理教の宗教的側面が強調され、今なおブラヴァツキーの神智学や三浦関造と関連づけようとする動きがあるのは、反日・在日問題から目を逸らす意図があるのではないかとわたしは疑っているのである。

次の過去記事でわたしは「天皇をメシア信仰と位置づける日本人は珍しい。在日コリアンか帰化人、あるいは左派にはそうした解釈を時々見ることがあるが……」と書いたが、こうした普通の日本人にはおよそ考えつかないような意味づけが、わたしの仮説に有利な情報を提供してくれたような気がしているが、如何であろうか。

  • 2015年12月28日 (月)
    (2度の改稿)ブラヴァツキーの神智学を誹謗中傷する人々 ②三浦関造の雛たちに危いまなざしを向ける人
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/12/post-6f6e.html

どれほど宗教的に暴走したところで、普通の日本人には反日テロを起こさなければならない理由がないから、わたしには反日・在日問題としか考えようがなく、在日外国人の方々に対する偏見からではない。

二つ目は、新興キリスト教問題である。ブラヴァツキーの神智学は彼らの布教の邪魔になるようだ。

ブラヴァツキーバッシングを行っているブログを多く閲覧したが、昔ながらの品のよいキリスト教信者の思考回路ではおよそ考えつかないと思えるような奇怪なことが書かれていたりする。

わたしは若いころキリスト教に関心があったし、キリスト者の知り合いもいるので、昔ながらのキリスト者たちではないと思うのである。コリアン系キリスト教会が増えているようであるが、そのことと関係があるかどうかはわからない。

三つ目はヒプノセラピー(催眠療法)問題である。

ヒプノセラピーを広めるのにブラヴァツキーの神智学が邪魔になるのか、なくすのに邪魔になるのかはわからないが、ブラヴァツキーバッシングにはちょくちょくこのヒプノセラピーが出てくる。

催眠術を奨励する神秘主義者などいない。偽神秘主義者はこの限りではない。

何度も書いたように、催眠術は神秘主義では黒魔術である。ブラヴァツキーは、催眠術という「強い意志力をもった者が、心の弱い者を一種のトランス状態に入れるブロセス」は「神経の流体の流れを妨げるので、道徳的にも肉体的にもたいへん危険なことである」(H・P・ブラヴァツキー著,田中恵美子訳『神智学の鍵』神智学協会ニッポン・ロッジ,1995改版,用語解説p.32-33)と警告している。

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2016年6月 1日 (水)

神智学の影響を受けたボームのオズ・シリーズ、メーテルリンク『青い鳥』、タブッキ再び

過去記事で書いた「Theosophy Wiki 神智学ウィキ」に作家、詩人、劇作家といったカテゴリーがあり、神智学協会と関係があった作家、詩人、劇作家がリストアップされている。著名人というカテゴ リーもあり、そこからアインシュタインを閲覧すると、アインシュタインについて興味深いことが書かれていた。このことについては、別の機会に。鈴木大拙も 著名人のカテゴリーにある。

アインシュタインもそうだが、第二次大戦中ナチスの影響下にあった国々では神智学協会のメンバーは迫害を受けたようだから(共産圏でもそうだろう)、神智学の影響を受けた人々が出てきにくいという事情がありそうである。

迫害を恐れたために関係を否定せざるをえなかった人々もいたに違いない。過去記事で書いたカンディンスキーの奥さん(ニーナ夫人)の場合はどうだろう。

  • 2015年7月 5日 (日)
    電子書籍とパブリックドメインの絵 ②カンディンスキーと神智学、アントロポゾフィー(人智学) ※6日に追記あり
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/07/i-f865.html

また日本語で調べている限り、神智学と作家との関係が出てきにくい。

ウィキペディアに書き込まない我々日本の神智学協会のメンバーに責任 があるのかもしれないが、ウィキペディアが研究者や翻訳家の出版物を元に書かれていることが多いことから考えると、戦後赤化してしまった日本の研究機関で、調査中の人物が神智学と関係があることがわかったとしても故意に無視されるといったこともありそうである。

そうした疑いをわたしは次の過去記事でぶちまけている。

  • 2014年2月27日 (木)
    神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ②「インド夜想曲」その1
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/02/post-be66.html

イタリア神智学協会の公式ホームページで「有名な神知学者の名前の一部」という項目を閲覧すると、名が見当たらないから、タブッキは神智学協会に入ったことはなかったのかもしれない(鈴木大拙の名が挙げられている)。

  • Società Teosofica Italiana(イタリア神智学協会)
    www.teosofica.org

しかし、「インド夜想曲」では神智学協会インド国際本部が舞台の一つとなり、会長なる人物まで登場して意味深な会話を交わす場面があるのだ。

「インド夜想曲」はアラン・コルノー監督によって映画化されている。当時、急に知人が神智学協会のことを知りたがったので不思議に思ったら、この映画を観たばかりだったのだとわかった。このように、一般的感覚からいっても、神智学協会に関するちょっとした情報がほしくなるくらい印象的なモチーフの一つとなっていた。

また、タブッキにとっては研究対象という以上の大切な存在だったと思われるポルトガルを代表する詩人フェルナンド・ペソアはバラ十字会のメンバーだったそうだが、ペソアは神智学協会第二代会長アニー・ベザントの著作を訳しているという。

それだけタブッキのムーディーな作品は神智学の薫りでいっぱいであるのに、作品解説にも作家の特集号にも神智学や神智学協会に何の言及もないというのは不自然である。

ところで、前掲の神智学ウィキで「詩人」を閲覧したら、イェイツの名があった。ウィリアム・バトラー・イェイツは(William Butler Yeats, 1865 - 1939)は詩人で、アイルランド文学復興運動の指導者であり、わが国での知名度も高い。

作風から神智学の影響が感じられ、以前本や日本語版ウィキなどで調べてみたが、「黄金の夜明け団」のメンバーだったことしかわからなかった。

今改めて閲覧してみると、日本語のウィキペディアにはイェイツが英国バラ十字協会系「黄金の夜明け団」のメンバーで日本の能の影響を受けたことや1923年にノーベル文学賞を受賞したことなどは書かれているが、やはり神智学の記述は皆無である。

英語版ウィキには神智学協会との関係について書かれている。神智学ウィキでは、イェイツが神秘学、スピリチュアリズム、バラ十字運動に興味を持ち、神智学協会ダブリン・ロッジの重鎮だったと記述されている(→ここ)。

『オズの魔法使い』を書いたライマン・フランク・ボーム(Lyman Frank Baum、1856- 1919)の『オズの魔法使い』は日本語版ウィキペディア「オズの魔法使い」に「アメリカ初のおとぎ話」(→ここ)と書かれているように文学史、ファンタジー史、またアメリカの文化史においても極めて重要な作品だと思われるので、神智学ウィキの「作家」で逸早く目に留まった。

ライマン・フランク・ボームがメソジスト派の家庭に生まれたことは日本語版ウィキペディアの「ライマン・フランク・ボーム」に、ボームがルイス・キャロルの1865年の『不思議の国のアリス』から影響を受けていたらしいということは「オズの魔法使い」に出ているが、神智学との関わりについての記述は皆無である。

神智学ウィキによると、ボームは1892年9月4日に神智学協会に入会している(→ここ)。英語版ウィキペディアにも記述がある。ボームが神智学協会のメンバーとなったのは36歳のときであった。

それから8年後の1900年、46歳のときに『オズの魔法使い』がアメリカ合衆国イリノイ州シカゴのジョージ・M・ヒル・カンパニーから初版が出版され、以後20年に渡って14巻からなるオズ・シリーズが刊行された。

オズ・シリーズに神智学の影響がないとは考えられず、ボームが影響を受けたというルイス・キャロルだが、神智学ウィキによると、ルイス・キャロルは心霊現象研究協会(略称SPR)の会員で、神智学にいくらかの関心があった。彼はシネットの『エソテリックブディズム』のコピーを所有していたという。

過去記事でも引用したが、SPRが誕生した経緯について、ブラウァツキーの伝記ハワード・マーフェット(田中恵美子訳)『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(竜王文庫内 神智学協会 ニッポンロッジ,1981,p.265)には次のように記されている。

マイヤーズは神智学協会に関係のある超常現象に特別な興味をもっていました。彼もその友人達も皆、博学な人達でしたが、最近、自分達の特殊な協会をつくり、このような現象の研究を始めました。

これがSPRと呼ばれるようになった組織なのである。

SPRの設立に関わったフレデリック・ウィリアム・ヘンリー・マイヤース(Frederick William Henry Myers, 1843年2月6日 - 1901年1月17日)は長い間神智学協会のメンバーだった。

ホジソン・リポートの存在もあって、SPRを神智学協会の上位に位置付けた対立構造を煽るような書かれかたをすることが多いが、実際にはSPRは神智学協会の知的で自由な、開かれた雰囲気のなかから生まれた組織であった。

ブラヴァツキーの相棒オルコット大佐はSPRを歓迎して一生懸命に協力したが、ブラヴァツキーにはSPRの研究全体に懸念があったようで、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(竜王文庫内 神智学協会 ニッポンロッジ,1981,p.266-267)には次のように記されている。

彼女はこの研究全体に懸念をいだいていました。S・P・Rの高慢な英国の知識人達は現象の背後にある人間についての深いヴェーダの考え方については何も知りませんでしたし、自分の徳性の全傾向を変える放棄のヨガや自己放棄については何も知りませんでした。彼等にとっては推理的な心が最高の神でした。彼等の心は非常に訓練されていたかもしれませんが、制限されており彼等がつかもうとしている超メンタル界にはとても及ばぬものでした。――間違った角度から本質的な謙虚さもなくとらえようとしていたのです。

神秘主義者であれば、目に見えない世界の研究には浄化された心の認識力が用いられることを知っているが、SPRのメンバーはそのような心得のないまま、世俗的な心と物質界の装置で無意味な研究を行おうとしてい.るという懸念がブラヴァツキーにはあったのだろう。

ルイス・キャロルは1832年に生まれて1898年に没しており、ブラヴァツキーは1831年に生まれて1891年に没しているから、2人は同時代を生きている。神智学協会とSPRの形成期に、ルイス・キャロルが双方に興味を持ったとしても不思議ではない。

ホジソン・リポートに言及したついでに書いて置くと、神智学ウィキに「Category:People who encountered Mahatmas」というのがあって、マハトマに遭遇した人々――38人――がリストアップされている。興味本位な記述ではない。

一方で38人全員が精神障害者かペテン師か、あるいは霊媒だったと想像するのであれば、他方でブラヴァツキーを代表者に選定して彼女を霊媒でペテン師だったと性急に結論づけたかった人々の利害と目的は何だったのかと想像するのでなければ、バランスがとれない話である。

いずれにせよ、ホジソン・リポートの虚偽性は1977年にSPRの別のメンバー、ヴァーノン・ハリソンによって暴かれた。

この調査結果はブラヴァツキーを誹謗中傷した人々にとって面白くないからか、ブラヴァツキーの世間的な名誉回復はなかなか進展しない。

『オズの魔法使い』に話を戻すと、再読の途中だが、中年になって読むと、ドロシーが子供らしく自然な感じに描かれていることに感心した。次の部分に、心臓病の発作に悩むわたしは慰められた。

少しずつでもオズ・シリーズを読んでいって、神智学の影響を探りたいと思っている。

『青い鳥』を著したモーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck, 1862 - 1949)についても、調べてみたい。

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胸の圧迫感、眩暈、動悸にニトロペン

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ニトロペンを取り出したあとのアルミ包装。いつもは銀地に赤字で「ニトロペン舌下錠 0.3mg」と書かれた表を撮影していたが、今回は裏を撮影してみた。

使用期限がわかりやすく表示されているので、間違って期限切れを使用せずに済む。

今回の不調は土曜日に外出したツケだと思われる。心臓の薬5種類を全て先発品に戻す前は外出の翌日はダウン、平常復帰に1週間かかったが、先発品に戻してからは普段の予防が効いているお陰か、発作自体が軽くて済み、外出の影響は数日後に出るようになった。

外出した日の夜とその翌日はじっとしているべきで、夕飯作りも翌々日からにすればいいとの学習ができているはずなのだが、翌日大して何ともなければどうしても普通に家事をしてしまう。

今度こそ外出後に体調を崩さずにいけると思ったのだが、こうなった。わたしの心臓には外出はオーバーワーク以外の何物でもないようだ。

症状としては外出した土曜日は何事もなく、日・月曜日はやや疲れを覚えながらも普通に家事ができ、火曜日は眩暈に悩まされ、料理中の胸の圧迫感・胸痛があったが、中断してニトロを使うことができずにいるうちに何とか治まった。

料理のメインは日曜日はイカのバターしょうゆ焼き、月曜日は明太子パスタ、昨日はポークソテーで、手のかかる料理はしていないのだが、後片付けまで含めるとわたしの心臓には結構負担なのだろう。

料理中の発作は危ない。やはり外出の翌日は弁当にして心臓の疲れを治してしまわなければ。火曜日、残っていた本棚の整理を行ったのもオーバーワーク度を高めた。

水曜日(今日)。早朝4時半に目が覚めたので、放置したブログ記事を書こうとパソコンに向かったところ、動悸と眩暈。いつものことだが、この症状だと、サンリズムとニトロペンのどちらを使うか迷うところだ。

前に先生にお尋ねしたところでは、不整脈が冠攣縮性狭心症を誘発することはないが、その逆はあるということだった。また、自覚しにくい冠攣縮性狭心症の発作が繰り返し起きる場合もあるということで、火曜日の料理中に起きた胸の圧迫感・胸痛は冠攣縮性狭心症の発作だろうし、その後も起きていた可能性があるので、ニトロペンにした。

不整脈の薬サンリズムの使い過ぎは怖いという思いもある(血中濃度の測定で管理して貰っている)。その点、ニトロペンだと副作用の心配がないので、安心して使える(何ともない人が使うとひどい頭痛がするとも聞くが)。

ニトロペン舌下後しばらくは脈の強弱、乱れが治まらず、眩暈もまだ起きていたが、今はだいぶ落ち着いている(いくぶん強弱あり)。

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