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2016年2月10日 (水)

Notes:不思議な接着剤#90 キリスト教成立以前に東西に広く拡散していた仏教 

ユダとは誰か 原始キリスト教と『ユダの福音書』の中のユダ (講談社学術文庫)
荒井 献 (著)
出版社: 講談社 (2015/11/11)

図書館から借りた『ユダとは誰か』をユダ像が正典とされる四福音書において、どのように変遷したかを読んだ。

荒井氏によると(112-113頁)、

  • マルコ福音書では、ユダがイエスに「引き渡す」代償として「銀貨を与えることを約束した」といわれているだけ。
  • マタイ福音書になると、ユダは「引き渡す」ための代償を祭司長たちに要求し、彼らはユダに「銀貨三十枚」を支払った。
  • ルカ福音書では、ユダは祭司長だけでなく、神殿守護長官たちとイエスを「引き渡す」方法を協議。彼らはユダに「銀貨を与えることで一致し」、ユダは「同意」した。
  • ルカ福音書とヨハネ福音書では、ユダがイエスを「裏切った」原因として、「サタンがユダに入った」。ヨハネではユダが直接「悪魔」と名指されている。
    ヨハネ福音書ではユダが金銭欲のゆえイエスを裏切ったことがマタイ福音書、ルカ福音書で「ユダの裏切り場面」で示唆されているが、ヨハネ福音書になると、ユダは「盗人」であり、イエス集団の金庫番でありながら、その中身を「くすねていた」。

こうした正典におけるユダ像がどのように変遷していくのか、荒井氏は「使徒教父文書」「新約聖書外典」を手がかりに見出していこうとしている。

わたしの読書は「使徒教父文書」「新約聖書外典」の定義を読んだところで止まった。夕飯作りのため中断した。

荒井氏によると(114-115頁)、「正典」から除外された諸文書にも、それを読むことを必ずしも禁じられていない文書と禁じられている文書とがあり、前者にはとりわけ「外典行法」、後者には正統的教会から「異端」として排除された「グノーシス」出自の諸文書が入る。

荒井氏はまた(91頁)、ヨハネ福音書は2世紀以降、初期カトリシズムが成立する過程で、正統的教会よりもむしろグノーシス派などの「異端」的分派の中で広く読まれたと前述している。

グノーシスは定義しづらいらしく、様々な研究書で定義にばらつきがあって、ひじょうにわかりにくいが、ウィキペディアの解説は参考になる。

グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、独: Gnostizismus、英: Gnosticism)またはグノーシス(古希: Γνῶσις、ラテン文字転写:Gnosis)は、1世紀に生まれ、3世紀から4世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つである。物質と霊の二元論に特徴がある。普通名詞としてのグノーシスは古代ギリシア語で認識・知識を意味する言葉であり、グノーシス主義は自己の本質と真の神についての認識に到達することを求める思想傾向を有する。

またグノーシス主義は、地中海世界を中心とするもの以外にイランやメソポタミアに本拠を置くものがあり、ヘレニズムによる東西文化の異教#シンクレティズムのなかから生まれてきたものとも云える。代表的なグノーシス主義宗教はマニ教であるが、マニ教の場合は紀元15世紀まで中国で存続したことが確認されている。
ウィキペディアの執筆者. “グノーシス主義”. ウィキペディア日本語版. 2016-01-02. https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B0%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%B9%E4%B8%BB%E7%BE%A9&oldid=58096269, (参照 2016-02-09).

ブラヴァツキーの著作にはグノーシスに関する事柄が豊富に出てくるので(詳しい複雑な解説の中で逆にまとまりがつかなくなったりもするが)、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子訳)『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、昭和62年初版、平成7年改版)、H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』(竜王文庫、平成22年)、H・P・ブラヴァツキー(ボリス・デ・ジルコフ編、老松克博訳)『ベールをとったイシス 第1巻 科学 下』(竜王文庫、平成27年)、H・P・ブラヴァツキー(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(神智学協会ニッポン・ロッジ、平成元年)を読んでいた。

H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』の用語解説には次のように書かれている。

グノーシス(Gnosis,希)
 文字道りには「知識」。西暦1世紀及びそれ以前の宗教哲学派によって用いられた専門用語で、その探究の対象を表した。霊的で神聖な知識をヒンズー教徒はグプタ・ヴィディヤーというが、これは霊的秘儀のイニシエーションを受けた時のみ得られるものである。儀式的秘儀は霊的秘儀の一種である。グノーシスを体系化し、教えたグノーシス派の哲学者達は1~3世紀に栄えたが、そのうちヴァレンティヌス、パシリデス、マルキオン、魔術師シモンなどが著名である。

H・P・ブラヴァツキー『ベールをとったイシス 第1巻 科学 上』に「グノーシス派,あるいは初期キリスト教徒が,新しい名称に変わった古いエッセネ派の信徒にほかならなかったことを考えに入れれば」とあるところからすると、初期キリスト教徒はエッセネ派から出た人々で、エッセネ派はグノーシス派に属した(そのころは当然ながらまだ「正典とされる」四福音書はなかった)。

このことは過去記事でも書いたが、確かにフラウィウス・ヨセフスが記述するエッセネ派の習慣はキリスト教徒の習慣にそっくりである。H・P・ブラヴァツキー『イシス 科学上』にはそのエッセネ派についての詳しい解説がある。『イシス 科学上』ベールの前でXXXViii-XXXViX頁。

エッセネ派ESSENESとは「癒やし手」を意味するAsaiに由来する。「プリニウスPlinyによればユダヤ人の一派で,彼らは死海の近くに何千年にもわたって暮らしていた」「たくさんの仏教的観念と修行があった」「初期教会で用いられた『兄弟[同胞]』なる呼称は,エッセネ派的なものだった。彼らは一つの友愛団体であり,かの初期改宗者たちに似たコイノビオンKoinobion,すなわち共同体だったのである

確かエッセネ派はピタゴラス派だったはずである。つまり仏教の影響を受けたピタゴラス派がエッセネ派の正体(?)で、初期キリスト教徒はそうした人々であった。

となると、グノーシスはキリスト教の前に存在し、キリスト教形成期にも、そして東方的にはグノーシス主義宗教であるマニ教が紀元15世紀まで存在したのである。

11世紀から13世紀にかけて南フランスで栄えたカタリ派は「西欧の仏教」と呼ばれ、彼らはヨハネ福音書を尊重した。カタリ派は明らかにグノーシス的である。

わたしはこのカタリ派こそ、初期キリスト教の流れを汲む一派だったと考えている。

カタリ派について、渡邉昌美『異端者の群れ―カタリ派とアルビジョア十字軍』(八坂書房、2008年)には次のように書かれている(124頁)。

 カタリ派を外来の宗教と見たり、少なくとも思想的に西欧に異質な存在だと見る。だからこそ最終的に正統信仰に取って代わることができなかったのだと解釈する見解は今日でもけっして少なくはない。しかし、カタリ派異端者自身が「始祖マニ」の記憶をまったくもっていないどころか、使徒の時代、原始教会への回帰の熱烈な意志をもっていたことは他の異端者とまったく同じだし、他に対して信仰の正統性を主張するときにはやはり使徒からの相伝をよりどころとしていたのである。

『ピスティス・ソフィア』はグノーシス派の文書であるが、H・P・ブラヴァツキー『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』スタンザⅴ367頁の註41には大事なことが書かれている。

グノーシス派では“キリストス”はイエスという意味ではなく、非個人的原理即ち宇宙のアートマン及び各人の魂の中のアートマンという意味をもつものである。だが英国博物館にある古いコプト語の原稿では、ほとんどの場合、“キリストス”は“イエス”に取りかえられてしまっている。

プラトンはピタゴラスの熱烈な弟子だったとブラヴァツキーはいう(『イシス 科学上』の「イシスのベール」10頁)。ピタゴラスはエジプトの秘儀司祭たちから宇宙論的な数の理論を教わった(『イシス 科学上』の「イシスのベール」8頁)。ピタゴラスはインドで、あるいはインドに行ったことのある人たちから知識を得ていた(『イシス 科学上』の「イシスのベール」11頁)。

古代インドの難解な諸体系の最良の要約になっている,かのプラトン哲学」「前キリスト教時代のこの最も偉大な哲学者は,著作のなかに,自身の何千年も前に生きていたヴェーダ哲学者たちの唯心論とその形而上学的な表現を忠実に映し出していた」「プラトンと古代インドの聖人たちには同一の知恵が同じように啓示されていた,と安んじて言える。つまり,この知恵は,時の衝撃のなかを生き延びてきたのだから,神的かつ永遠なるものにほかなるまい』(H・P・ブラヴァツキー『イシス 科学上』ベールの前でXiV頁)

アレクサンドロス大王(紀元前356年7月20日- 紀元前323年6月10日、在位:紀元前336年 - 紀元前323年)の東方遠征やアショーカ王(インドの最初の統一王朝であるマウリヤ朝第3代の王。在位:紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)が仏教布教のためにヘレニズム諸国や東南アジア、中央アジアに僧侶の使節団を送ったことから考えても、仏教はキリスト教成立以前に東西に広く拡散していたのである。

追記:

荒井献『ユダとは誰か』を読了。2世紀ごろ存在していた『ユダの福音書』はグノーシス派出自の福音書の形式と内容を備えているようである。ここではユダは預言が成就するように、イエスを祭司長たちに引き渡す。

グノーシス派に好まれたヨハネ福音書ではユダは直接「悪魔」と名指されているほどで、人間的にも卑しい描かれかたである。『ユダの福音書』のユダとは違う。グノーシス文書にもいろいろあったようだから、こんな対照的なユダ像が出てくるのかとも思うが、この著作を読んだだけではわからない。

以下の過去記事でプロティノスのグノーシス批判を採り上げ、わたしは書いている。

2011年4月 3日 (日)
ヒュパティアが属した新プラトン派
http://elder.tea-nifty.com/blog/2011/04/post-583e.html

プロティノスのグノーシス批判『グノーシス派に対して』[『世界創造者は悪者であり、世界は悪であると主張する人々に対して』]を読みました。
読後感からすると、プロティノスが相手にしたグノーシスの一派はかなり低俗な迷信・霊媒集団だったという印象です。
神秘主義にピンからキリまであるように、グノーシスにもピンからキリまであることがよくわかりました。確かにグノーシスを連想させられる断片は含まれていますが、ここからは『マリアによる福音書』や「ナグ・ハマディ文書」に見られるような格調の高さも、また異端カタリ派に見られる合理精神や知的で清浄さを印象づけられるエピソードに通ずるものも何も感じられません。
ただし、これはプロティノス側から見たものでしかありません。
プロティノスのこの作品は有名なので、後世、これをもってしてグノーシス全般を断ずる向きがあったのかもしれないと思いました。それはグノーシスにとってはあんまりな処遇でしょう。
イエスには奇蹟的なエピソード(いわゆるテウルギーと呼ばれた神わざに属するものでしょう)や病人癒しのエピソードなどがありますが、当時――古代――はそうした技術は神秘家たちによってよく用いられていたようです。そうした技術にもピンからキリまであったようです。神聖なものから有害なものまで。

『ユダの福音書』を通して読んでみないと、何ともいえない。内容的にもさっぱり納得がいかない。

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