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2015年12月22日 (火)

叔母から萬子媛の歴史短編の感想

過日書き上げた歴史短編を内々で読んで貰いたいと思い、郷土史家からご感想をいただいたあとで、約20人に序文をつけた作品を送ってみた。

2度にわけて送り、後から送った人には「『はじめに』の部分で変わったことを書いていますが、気にしないでくださいね」と一筆箋にしたためた。『はじめに』では神秘主義的なことを率直に書いたので、わたしなりの精一杯の配慮のつもりだった。

父方の叔母にも送った。叔母は図書館から本を借りて読む習慣があるといっていたし、叔母が家に来てくれたときには父がよく祐徳稲荷神社に連れて行っていたので、萬子媛の物語には興味を持ってくれるかもしれないと思ったのだった。

「Nちゃん、あんた、よく調べたねえ!」と叔母の第一声。

「いえ……ハハハ……叔母さま、それはですね、序文で書いたようにお世話になった郷土史家――迎先生のお陰なんです」

「わたしなりにね、最後まで読ませて貰ったよ。いや~、ただのお稲荷さんだと思っていたから、鍋島さんとのつながりがあるなんて、ちっとも知らなかったのよ。それどころか、いろいろつながりがあると知って、びっくりしたわよ」と、テンション高い叔母の声に、わたしも驚きと嬉しい気分で甲高い声になった。

ただ、同じ県内でも祐徳稲荷神社はこれくらいの認知度なのかと驚いた。

地元では全国的に有名な神社で(三大稲荷には諸説あるが、祐徳稲荷神社を入れる説もある)、当然創建者のことくらいは知られていると思っているのだけれど、ご当地的な話なのだろうか。でも、タイでも有名に……

小説が面白かったのかどうかはわからないが、叔母はとても興奮していた。わたしはそれだけで満足だった。

叔母は小説に注文をつけた。ルビをもっと振ってほしいとのこと。特に名前には全部振ってほしいそうだ。名前には気をつけて振ったつもりだったが、全部には振っていなかった。

電子書籍にするときにはそうしたい。

叔母のご主人は定年まで自衛隊で勤め上げたあと、関東から地元の神崎市に帰ってきた。関東での生活が長かったこともあって、叔母は祐徳稲荷神社のことをあまり知らなかったのかもしれない。

でも、これで萬子媛のことを知って貰えた。書いてよかった。最後まで読んで貰えて、とても嬉しい。

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