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2015年11月12日 (木)

歴史短編1のために #21 武家に求められた公家の血。言葉変換サイト。

書き込んだ文章を、御所言葉をはじめ、いろいろな言葉に変換してくれるサイトがあります。

御所言葉を調べていたら、時間が潰れました。

いきなり長編であらしゃいますと、とりとめないものに思われるのやから、短編五つ書くことにしたわけであらしゃいますが、短編には短編の難しさがあるであらしゃいます。

現代小説の短編は一気呵成に書き上げたほうがええ気が致すでおじゃるが、歴史短編となると、史実を盛り込みながらなのやから、そうもいかず、バランスをとるのが難しいであらしゃいますね。

んー、いくら知らない御所言葉といっても、さすがにこのままではまずいような気がします。

元の文章は次のようなものです。

御所言葉を調べていたら、時間が潰れました。

いきなり長編ですと、とりとめないものに思われるので、短編五つ書くことにしたわけですが、短編には短編の難しさがあります。

現代小説の短編は一気呵成に書き上げたほうがいい気がしますが、歴史短編となると、史実を盛り込みながらなので、そうもいかず、バランスをとるのが難しいですね。

これを博多弁に変換してみれば、どの程度の翻訳精度であるかがわかるでしょう。残念ながら変換できる言葉の中に佐賀弁はなく、大分弁は未だに習得できていません。尤も、大分弁にも変換できませんけれど。

いきなり長編ですと、とりとめんものに思われるのか、短編五つ書くことにしたわけですが、短編には短編の難しさがあるたい。

現代小説の短編は一気呵成に書き上げたほうがいい気がするばいが、歴史短編となると、史実ば盛り込みながらして、そうもいかず、バランスばとるのが難しいと。

うーん、微妙に博多弁になっていないというか、日本語になっていないというか、微妙に変な箇所がありますが、Google先生の翻訳機能と比べれば、遜色ない気がします。

御所言葉(を匂わせる程度でいい)を装飾的に、ほんの部分的に使いたいのですが、そのほんの部分を書くのに古典や歴史小説など読み囓って、疲労困憊。何とか自分なりに書き上げ、家族に朗読して聴かせたら、合格しますた(しますた、はネット用語でした)。

郷土史家がその部分をお読みになったら、「?!」かもしれませんが。

今回は念を入れてどちらか一人ではなく、夫と娘どちらにも朗読して聴かせました。聴衆に息子を加えられたら最強ですが、ちょっとしたこと――といえば怒りが増すであろう――で怒らせて、それがし謹慎中であるゆえ……あれ? なぜか下級武士の言葉になったぞのえ(この語尾は御所風?)。どんどん変になっていくとばい、なた?(佐賀弁)

佐賀弁といっても、萬子媛が嫁いで生涯を終えられたのは鹿島という、いわゆる佐賀弁とはまたひと味違う鹿島弁の行き交うところ。

その鹿島生まれである便利さを噛みしめています。少なくとも、庶民の言葉には鹿島弁の知識が使えそうだからです。とはいっても、小説の舞台は江戸初期からようやく中期にかかるくらいですからねえ。

まあそこは小説ということで妥協しましょう。読者が妥協してくれるかどうかは別問題ですが。

萬子媛は京都生まれというだけでなく、おばあさまが内親王(後陽成天皇の第三皇女で、鷹司信尚室)で、そのかたの養女となりました。夫の鷹司信尚は32歳という若さで亡くなっています。鷹司家は五摂家のひとつですね。

幕府は禁中並公家諸法度を発令して、天皇・公家を文化の担い手としての役割に限定し、権勢を削いでいきます。

それで、萬子媛のおばあさま清子内親王の弟に当たる後水尾天皇は物凄い学問をさせられています。

幕府の同じ政策は武家にも及び、文治政治の時代となって、大名の官僚化、武家と公家との交流が活発になります。萬子媛の公家の血は武家に求められていた時代だったのです。

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