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2015年10月21日 (水)

新ブログを開設して2ヶ月。ぼちぼち論語、さすがは論語。

神秘主義的なエッセーを集めた新ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」を開設して2ヶ月が経ちました。

50アクセス超える日が出てくるようになりました。ユニーク数がどれくらいかはわかりませんが、アクセス数が多い日は何となく嬉しい気持ちになります。

ユニーク数がわかるカウンターを設置することも考えました。電子書籍にすることを目的としたブログですが、そうしたことをなるだけ意識せずにやりたいと思い、無料ユーザーの管理画面でわかる範囲に留めることにしました。

2006年4月に開設した当ブログの記事数は、この記事を書く前に確認したら5127でした。

閲覧してくださる方々に語りかけるような気持ちでプライベートな事情の絡む記事を多く書いていたころに比べたら、個人情報の流出を警戒する気持ちもあって、文学と思想(主に神秘主義関係)に特化したブログに変化しました。

民主党が政権を握ったときから日本の将来に危機感を覚えて政治関係の記事が増えた時期もありましたが、現在はやや距離を置くようになりました。

ブログを閲覧してくださる方々には感謝の気持ちでいっぱいです。

世に出られない物書きはつらいものです。こういう形で創作関係の記事を発表できるようになるとは、個人誌「ハーモニー」を作成していたころには想像もしなかったことでした。

コメント欄をほとんど閉じてしまったのは、議論する時間や丁寧にお返事する時間がなくなったからでした。

時々メールフォームを使って、様々なお問い合わせがあります。時間がかかっても、なるべくお返事することにしています。

ただ神智学関係に関しては個人の考えを述べているにすぎないので、書籍情報程度ならお答えできますが(応じられる範囲の質問は嬉しいのですが)、それ以外のことに関しては、公式サイトをご訪問になってお問い合わせいただくほうがいいと思います。

このブログを閲覧していただければ、少女のころから作家を志し、結婚してからは主婦業の合間を縫って書いてきたこと、神秘主義者としての側面のあることがおわかりいただけるかと思います。

昔の知り合いにブログを閲覧していただくことも多いようですが(年賀状で宣伝しているのですから当然といえば当然。検索で引っかかることも珍しくないようです)、「なつかしいなあ。へえー知らなかった、こんな面があったのか。新たに興味が合致するところを見出したから、連絡してみよう」と思って嬉しいメールをくれる……ことは少ないのです。

当方の興味や都合などお構いなしに専業主婦やっているというところにだけ目をつけ、暇と決め込み、ボランティア待機者(?)と見做す人の多いこと。過去にも同じ苦情(?)を書きましたっけ。

20~30年も全くおつき合いのなかった人ほど、そう。まあ普段からおつき合いがあれば、そうした接点の持ちかたはないのでしょうが。

わたしは専業主婦ですし、専業主婦が社会の習慣から立場的に低く見られがちなことは仕方がないと思っています。

しかしながら専業主婦とはあくまで自分の家庭を職場とする主婦業に従事している者であり、その部分で接点を持ちたいというかたには有料でその方面の専門家をお雇いになることをおすすめします。当方にはあいにく、ボランティアをやっている時間はございません。

昔の知り合いから連絡があると、ない尻尾を振って悦ぶのに、大抵、こんな仕打ち(?)が待っています。知り合いだからなるべく親切にしたい、という気持ちがあだになるのでしょう。昔からそうだったのかしら、彼らが変わったのかどうか、見抜けなかっただけかどうかが思い出せません。

と、ちょうどここまで書いたとき、小倉に住む大学時代の女友達から電話があり(彼女はネットをしません)、2時間たっぷり話してすっきり!

話は変わりますが、江戸時代のことを書くのであれば、朱子学以前にまずは論語を読まなければと思い、ぼちぼち読んできました。論語、いいですね。わたしが愛読しているのは以下の2冊。

論語 (角川ソフィア文庫―ビギナーズ・クラシックス 中国の古典)
加地 伸行 (著)
出版社: 角川書店 (2004/10/23)

論語 (岩波文庫 青202-1)
金谷 治訳注 (その他)
出版社: 岩波書店; 改版 (1999/11/16)

今の気持ちに響いてくる言葉は、以下。

子の曰[のたまわ]く、我れを知ること莫[な]きかな。子貢が曰[い]わく。何為[なんす]れぞ其れ子を知ること莫[な]からん。子曰[のたま]わく、天を怨みず、人を尤[とが]めず、下学[かがく]して上達す。我れを知る者は其れ天か。

先生が「わたくしを分かってくれるものがないねえ。」といわれたので、子貢[しこう]は〔あやしんで〕「どうしてまた先生のことを分かるものがないのです。」といった。先生はいわれた。「天を怨みもせず、人をとがめもせず、〔ただ自分の修養につとめて、〕身近なことを学んで高遠なことに通じていく。わたくしのことを分かってくれるのは、まあ天だね。」 (論語、金谷訳、1999、292頁)

孔子のような人ですら、「わたくしのことを分かってくれるのは、まあ天だね」とおっしゃった。ましてやわたしは天を怨み、人をとがめ……修行がまだまだ足りませんわねえ……ほほほ……。

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