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2015年9月 4日 (金)

シモーヌ・ヴェイユに関する日本での研究に欠けていると思う要素

過去記事「フランシーヌ・デュ・プレシックス・グレイ著『ペンギン評伝双書 シモーヌ・ヴェイユ』(上野直子訳、岩波書店,2009年)」をキンドル本にする予定の神秘主義的エッセー集に収録する予定ですが、まだ改稿に手をつけていませんでした。

で、新ブログにも公開するので、改稿しておこうと思い、本を再読していました。

そして、ウィキペディアを閲覧しましたが、先日たまたまウィキペディアのフランス版でバルザックを閲覧し、さすがはバルザックの本国のウィキペディアだけあって充実していたことを思い出しました。

バルザックの著作がカトリック教会の禁書目録に載せられていたこともきちんと書かれていました。

要するに、キリスト教会が認める人以外の人々について、彼らがイエス・キリストと同じようなことをしたと書いたり、そうした人々のことを解説したりしてはいけないし、その原理を究明するようなことを書いたりしてはいけないということです。

バルザックの豊饒な文学精神、探究心はキリスト教会の枠からあまりにも堂々とはみ出してしまいました。

シモーヌ・ヴェイユの厳正中立な精神性にも、当然ながらキリスト教会の枠には収まりきれないものがあり、前掲書177頁には彼女がペラン神父に問いかけている次のような場面が描かれています。

ペラン神父はすぐさま洗礼を持ち出したが、シモーヌは間髪をおかず、一連の異議を展開しはじめた。洗礼を受ければ、ただひとえにキリスト教に帰依し、他の偉大な宗教のなかに自分が見出した真実を排除しなくてはならなくなるのではないか、とシモーヌは異議を唱えた。さらに、カトリックの教義は教会の外での救済を認めるか否かという問題に、明快に応えてほしいとも迫った。

わたしはかつて教会に出かけたりしていた大学時代、全く同じような疑問を抱きました。

日本人なので、深刻さはありませんでしたし、返ってくる答えも想像がついたので、別のことを尋ねました。

当時出かけていた3箇所で、アメリカ人の神父さんと日本人の神父さんとイタリア人の神父さんに何を尋ねたかは覚えていませんが、日本語が不自由なイタリア人の老神父さんには当時熱中していたトマス・アクィナスについて何か尋ねました。すると、肖像画の載った系図のようなものを広げて見せてくださいました。

日本ではクリスチャンになることのほうがどちらかというと珍しいくらいですが、ヴェイユが生きていたころのフランスでは事情が違うでしょうね。

話が逸れましたが、以下はフランス版ウィキペディアの冒頭部分とGoogle先生を頼ったわたしのひどい翻訳です。

Simone Weil: Wikipédia

Simone Adolphine Weil est une philosophe, humaniste, écrivaine et militante politique française, sœur cadette du savant André Weil, née à Paris le 3 février 1909 et morte à Ashford (Angleterre) le 24 août 1943. Bien qu'elle n'ait jamais adhéré explicitement au christianisme, elle est reconnue, et elle se considérait, comme une mystique chrétienne.

シモーヌ・アドルフィーヌ・ヴェイユは哲学者、ヒューマニスト、作家、フランスの政治活動家。科学者アンドレ・ヴェイユの妹。1909年2月3日フランスに生まれ、1943年8月24日アシュフォード(イングランド)で死亡した。
彼女がキリスト教会に入会した痕跡はないが、自らをキリスト教神秘主義者とみなしていたと考えられている。

以下は日本版の冒頭です。

シモーヌ・ヴェイユ (哲学者): ウィキペディア

シモーヌ・ヴェイユ(ヴェーユ)(Simone Weil, 1909年2月3日 パリ、フランス - 1943年8月24日 ロンドン、イギリス)は、フランスの哲学者である。父はユダヤ系の医師で、数学者のアンドレ・ヴェイユは兄である。
彼女は第二次世界大戦中にロンドンでほぼ無名のまま客死した(享年34歳)。戦後、残されたノートの一部が知人の編集で箴言集として出版されるとベストセラーになった。その後もあちこちに残されていた膨大な原稿・手紙・ノート類を知人たちが編集・出版するにつれてその深い思索への評価は高まり、何カ国語にも翻訳されるようになった。遺稿は政治思想、歴史論、神学思想、労働哲学、人生論、詩、未完の戯曲、日記、手紙など多岐に渡る。

キリスト教神秘主義者という記述も、神秘主義という記述も日本版にはありません。全文読みましたが、どこにもありませんでした。以下のようなエピソードは採り上げられているのに。

激しい頭痛のなか、彼女は母セルマと一緒に復活節前後の祭式で歌われるグレゴリオ聖歌を聴くためソレム修道院の儀式に十日間参列した。シモーヌは、同じように参加していたイギリス青年から英国の詩人ジョージ・ハーバードの詩「愛」を教えられ、その詩を口唱しているときキリストの降臨を感じる。

ヴェイユには異端カタリ派に関する論文もあるんですけれどね。

アントニオ・タブッキの作品に神智学協会が登場しても、解説には神智学にも神秘主義にも何も触れられていないのを思い出しました。わたしは新ブログの以下の記事で、次のように書きました。

わが国では、第二次大戦後のGHQの占領政策によってマルクス主義の影響力が高まった。公職追放によって空きのできた教育、研究、行政機関などのポストにフランクフルト学派の流れを汲むラディカルなマルキストたちが大勢ついたといわれる。

最初保守系のブログで知り、自分でも調べてみたら、そうでした。日本の文系の分野の研究には偏り、あるいは欠落があると考えるべきでしょう。

保守系ブログの削除が目立ちますが、言論弾圧行為として集団訴訟の動きもあるようですよ。おかしな話ですよね、この国で。もっとも、神秘主義者のわたしはずっと前から感じていましたが。

ちなみに、国会図書館のサイト「カレントアウェアネス・ポータル」には以下の記事で2014年から著作がパブリック・ドメインとなった人々が紹介されていますが、その中にはシモーヌ・ヴェイユも含まれています。

パブリック・ドメインとなっているシモーヌ・ヴェイユの写真が沢山あるので、嬉しくなります。

フランス版ウィキペディアでトップを飾るのは以下の写真。

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Simone Weil (1909–1943) – a French philosopher, Christian mystic and political activist of Jewish origin.
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

日本版では以下の写真。

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Simone Weil in 1921.
出典:ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)

この写真、美しいと思いますが、ヴェイユの12歳のときの写真なんですよね。

以下は、新ブログにこのところ公開した記事です。

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