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2015年8月の26件の記事

2015年8月31日 (月)

Google先生に、仏版ウィキペディアのバルザックのページを翻訳させてみたら……

「バルザックと神秘主義と現代」は1998年に執筆し、当ブログで公開後、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』(Kindle版)に収録したエッセーですが、作品の神秘主義的な傾向から新ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」でも公開することにしました。

KDPセレクトに登録していないと、こういうときは縛られずに済むのでいいですね。少しでも儲けたいとかキャンペーンやりたいといった場合は登録するほうがいいわけです。

公開済み、販売中の作品でも、改めてじっと作品を見ていると、不足なところがいろいろと見えてきてしまいます。でも、このエッセーの内容には触らず、校正のみ改めてやっていました。

そして、エッセーで言及したバルザックの作品のタイトルは邦訳版からの引用になりますが、原題も並記しておこうと思いました。わたし自身が、外国語がわからなくても原題に目をとめる習慣があるからです。

原題が記されていないと、ちょっとがっかりしてしまうことがあるのですね。それで、家にあるバルザックの本で原題を調べていたのですが、「あら皮」が記されていず、わかりませんでした。

日本語のサイトを当てにしてググっても、なかなか出てきませんでした。仕方なく、仏版ウィキペディアに行ってみたら、さすがに内容が充実しているようです。意味はさっぱりわかりませんでしたが。

ぼんやりしてしまったら、勝手にGoogle先生が翻訳してくれました。でも、これがあるとないでは、全然違います。

はじめの部分をGoogle先生で。

デ・オノレバルザック、生まれオノレBalssaでツアーに20 5月1799年 (1回目牧月年VIIの共和党のカレンダー)、およびで死亡したパリの 18 8月1850年
(51年)、ある作家フランス語。小説家、劇作家、文芸評論家、美術評論家、エッセイスト、ジャーナリストやプリンタ、彼が最も印象的な作品の一つ左小説四以上で、フランス文学のを公表された20〜10の小説や物語1829年に1855年、タイトルの下に集めた 人間喜劇。また、そこに百物語コミカル仮名二十五、起草作品の下で公開され、若者の小説。

彼はのマスターである小説、彼は哲学的小説で、いくつかのジャンルを取り上げ、フランス、不明マスターピース小説素晴らしいとラPeauのデ悔し又は新規の詩とのリリーバレー。彼は、特に静脈に優れリアリズム、を含む GoriotとユージェニーGrandet、彼は彼の創造的想像力を超えた先見の明のリアリズムです。

以下が原文。

Honoré de Balzac, né Honoré Balssa à Tours le 20 mai 1799 (1er prairial an VII du calendrier républicain), et mort à Paris le 18 août 1850 (à 51 ans), est un écrivain français. Romancier, dramaturge, critique littéraire, critique d'art, essayiste, journaliste et imprimeur, il a laissé l'une des plus imposantes œuvres romanesques de la littérature française, avec plus de quatre-vingt-dix romans et nouvelles parus de 1829 à 1855, réunis sous le titre La Comédie humaine. À cela s'ajoutent Les Cent Contes drolatiques, ainsi que des romans de jeunesse publiés sous des pseudonymes et quelque vingt-cinq œuvres ébauchées.

Il est un maître du roman français, dont il a abordé plusieurs genres, du roman philosophique avec Le Chef-d'œuvre inconnu au roman fantastique avec La Peau de chagrin ou encore au roman poétique avec Le Lys dans la vallée. Il a surtout excellé dans la veine du réalisme, avec notamment Le Père Goriot et Eugénie Grandet, mais il s'agit d'un réalisme visionnaire, que transcende la puissance de son imagination créatrice.

上段はGoogle先生の迷訳でだいたいわかりました。下段がちんぷんかんぷん。下段に「Lys dans la vallée」とあったので、これは「谷間の百合」だとわかり、他にもタイトルがありそうなので見つけてみました。

原題でググると、邦題が出てきました。

  • 知られざる傑作 Le Chef-d'œuvre inconnu
  • あら皮 La Peau de chagrin
  • 谷間の百合 Le Lys dans la vallée
  • ゴリオ爺さん Le Père Goriot
  • ウェジェニー・グランデ Eugénie Grandet

彼はフランスの文豪で、いくつかのジャンルに取り組んだ。「知られざる傑作」に見られる哲学小説、「あら皮」に見られる幻想小説、あるいはまた「谷間の百合」に見られる詩的な小説に。とりわけ「ゴリオ爺さん」と「ウジャニー・グランデ」がそそるリアリズムの感興にかけては他の追随を許さないが、それは創造的想像力を超えた予見的リアリズムである。

間違っているでしょうが、フランス語の勉強をするわけではないからいいか。

日本ではバルザックの神秘哲学的なところは無視されがちですが、さすがにフランスでは正当に評価されているのかなと思いました。

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2015年8月30日 (日)

当分は文学に専念。漬けるだけで美味な美味酢、頭皮が痒くなくなった石鹸シャンプー用リンス。

まず体調の記録から。

絶好調は、以下の記事を書いたあと、娘とショッピングに出かけた27日までで、その後はトーンダウンしてしまいましたが、それでも家事は普通にでき、新ブログに没頭できるくらいですから、まあまあです。

5日間くらいは不調が嘘みたいで、このまま治るのではないかとさえ思ったほどでした。体が軽くて、心臓も軽いため、全然気になりませんでした。何なんでしょう、この波は。

外出した翌日、おなかの調子が悪くなりました。不調の兆しは大抵、おなかの調子が悪くなることからです。心臓のトーンダウンの兆しかと想像しています。

冠攣縮性狭心症の発作でニトロを使ったとき、さーっと腹部辺りまで涼しくなることがよくあるからです。血行不良が地味におなかの調子にまで及んでいるのではないかと。

結局外出したりして、疲れることがトーンダウンのきっかけとなるのでしょうね。翌朝までは快調で、窓をピッカピカにして満足したほどでしたが。

トーンダウンして体が重くなり、家事が少し負担になってくると、座っているほうが楽なので、創作に専念したくなります。健康体だったら、もしかしたら創作はしてないかもしれません。元気だと、じっと座っていられませんからねえ。

キンドル本に予定しているエッセーを一旦新ブログに作品を上げてみてから……と思い、一気にアップしようとしましたが、上げる段階で再度加筆したりして、かえって時間がかかります

それでも、KDPセレクトに登録しないつもりであれば、人目に晒してから電子書籍の作成に入ったほうが作品が締まる気がします。それだけ買っていただく機会は減るかもしれませんが。

はてなブログは脚注をつけられるところがいいですね。一太郎でキンドル本にする場合にも助かります。

そのはてなブログにアップした一番新しい記事は以下。当ブログでは「バルザックの『動物寓話集』に端を発した、とりとめもないひとりごと」というタイトルでした。加筆しています。

エッセーの中での注目記事トップは現在、あらら以下の記事。

息子が登場するので、このエッセー、息子に悪い気がします。

プライベートに触る触らないということとは別に、ネットの世界も物騒になってきたので、生活があからさまにわかりそうな最近の記事は非公開にしたりしています。

保守系ブログの削除が止まりませんね。花菱さんの二つのブログがブログサービスが異なっていたにも拘わらず、同日に1度に削除されるというのはどういうことなのかとゾッとさせられました。

わたしは自分が保守との自覚はないまま、日本や世界で起きるおかしいと思ったことを記事にしてきましたが、様子を見ながら当分は文学に専念するほうが身のためである気がしてきました。

こう思わなければならないこと自体が、異常な事態であることに間違いありません。もっとも、物書き周辺の世界(?)で生きてきたわたしは、水面下で起きているおかしな動きはかなり前から意識していました。今後どう生き延びるかをよく考えるべきだと思っています。

話はがらりと変わって、食べ物の話題。

庄分酢の酢がとても美味しいことは前に書きました。有機純米酢 (300ml) が好きですが、アマゾンで送料無料になっていなかったので、送料無料になっていた「美味酢」というのを注文してみたら、これも美味しい! 

時間がないときでも、キュウリなどの野菜を切って少しの時間、漬けておくだけで、美味しく食べられます。ドレッシングのベースに使っても美味しくできますよ。

庄分酢 美味酢 1000ml

Dr..ブロナーのマジックソープのことも過去記事で書きました。アーモンドが泡立ちがいいというレビューを読み、注文してみて、確かにそうだと思いました。杏仁豆腐みたいな香りもわたしは好きです。

娘はティートゥリーが好み。

わたしは心臓の薬の副作用で歯茎が腫れやすいため、「歯周病菌とたたかうサンスターG・U・M(ガム)」を使ったりしていますが、その前にティートゥリーのマジックソープを歯ブラシに1滴垂らしてブラッシングします。

ティートゥリーは優れた抗菌、殺菌、抗炎症、消臭などの効能で有名なだけに、使ってみて健康感があり(勿論合わない場合もあるので、使い方、使いはじめには慎重にならなければなりません)、我が家の定番はティートゥリーとアーモンドになりそう。

マジックソープと石鹸シャンプー用リンスを使ったら、頭皮の痒みがなくなり、驚いています。しつこく続いた痒みだったので。創作中に頭を掻きむしる癖がこれでなくなるかどうかは、まだわかりませんが、頭が気にならなくなりました。

石鹸シャンプー用リンスの主成分はクエン酸だそうです。石鹸で弱アルカリに傾いた髪を酸で中和するためだとか。

マジックソープでシャンプーしただけだと、きしんで大変ですが、石鹸シャンプー用リンスを使うとサラサラ、ふんわりとなります。

アマゾンとか近くのスーパーのコストココーナーでマジックソープを安く買えたら、それに石鹸シャンプー用リンスを組み合わせることで、家計も助かりそう。

マジックソープ アーモンド 472ml
DR.BRONNER'S (ドクターブロナー)

今表示されているのはペパーミントです。マジックソープは種類が豊富です。

無添加せっけん専用リンス本体 350ML
ミヨシ石鹸

これは現在合わせ買い対象になっていますが、わたしが使ってみたのはこれなので、他をおすすめするわけにはいかないと思い……

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2015年8月28日 (金)

最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル――その豊潤な詩また神智学との関わりについて

過去記事で断片的にガブリエラ・ミストラルという女性詩人について書いてきましたが、神秘主義的エッセーを集めたKindle本に収録し、新ブログで公開するために、、2007年10月31日に書いた記事を中心として1編のエッセーにまとめました。あとで改稿すると思いますが。

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「最愛の子にブッダと呼ばれたガブリエラ・ミストラル――その豊潤な詩また神智学との関わりについて」
マダムNの覚書、2007年10月31日 (水) 04:56

抽象的な事柄を血肉化し、生きた事例として見せてくれる教科書として、世界の名作といわれるような文学作品に勝るものはない。

ただ巷で人間を眺めているだけでは、その人生まではなかなか見えてこないものだ。それを知るには、先人たちが心の中までつぶさに開示してくれ、渾身の力をこめて人生について語ってくれた薫り高い文学作品を読むのが一番なのではないだろうか。

子供はそのような文学作品の中で様々な人生模様を見、恋愛の仕方を学び、理想的な生きかたを模索する。

命の尊さ――などといわれても、ぴんとこなくて当たり前なのだ。よき文学作品を読めば、そのことが叩き込まれる。生きた水となって土壌に滲み込む。逆のいいかたをすれば、そのような文学作品がよき文学作品ということなのだろう。

詩に目覚めたわたしが自分のお小遣いで買った詩集は、角川書店から出た (深尾須磨子編)『世界の詩集 12 世界女流名詩集』(角川書店、昭和45年再版)だった。

中学1年生のときのことで、その本は大人の女性の世界を開示してくれていた。その中でも、わたしの印象に最も残ったのは、ガブリエラ・ミストラルの「雲に寄す」であった。

 雲に寄す

                    ミストラル

 軽やかな雲よ、
絹のような雲よ、
わたしの魂を
青空かけて運べ。

 わたしの苦しみをまのあたりにみている、
この家から遠く。
わたしの死ぬのをみている、
これらの壁からはるかに!

 通りすがりの雲よ、
わたしを海に運べ、
そこで満潮の唄をきき、
波の花輪のまにまに
うたおう。

 雲よ、花よ、面影よ、
不実な時の間を
消えてゆくかのひとの面影を
描き出しておくれ、
かのひとの面影なくては
わたしの魂は切れ切れに引き裂かれる。

 過ぎゆく雲よ、
わたしの胸の上に
さわやかな恵みを止めよ。
わたしの唇は渇きに
開かれている!

                  (野々山ミチコ 訳)

(深尾編、昭和45)『世界の詩集 12 世界女流名詩集』(野々山ミチコ訳)「雲に寄す」pp.162-163

中学1年生のわたしは、格別な大人の女性の薫りに陶然とさせられた。

私的な、内面的な――おそらくは恋愛の――苦悩をテーマとしながらも、その詩は内向的に萎縮し閉じていくのではなく、青海原へと開かれたスケールの大きさを持ち、高潔さ、清々しさを感じさせた。

Gabrielamistral
Gabriela Mistral

ガブリエラ・ミストラル(本名はルシラ・ゴドイ・アルヤガ。1889年4月7日 - 1957年1月10日)。

ガブリエラ・ミストラルは1945年にラテンアメリカに初めてノーベル文学賞をもたらしたチリの国民的詩人で、教育者、外交官としても知られ、「ラテンアメリカの母」といわれた。

Gabriela_mistral_1945
Gabriela Mistral

『世界の詩集 12 世界女流名詩集』は「女に生まれて」「恋愛と結婚」「あこがれ・孤独・別離」「自然――四季おりおりの詩」「時と永遠」「世界の苦悩――平和への祈り」というカテゴリーに分けられているが、ミストラルの詩は1編にその全てのカテゴリーを網羅しているような詩である。

ミストラルの詩は前掲の詩「雲に寄す」の他に、「ゆりかごを押す」「ひとりぼっちの子」「小さな手」「ばらあど」「死のソネット」 の5編が収録されている。

ミストラルの詩は彼女の知る土地の香りを発散しているが、その香りには土地に限定されない、広大な宇宙の香りが混じっている気がした。

その詩の核には、高度に洗練された哲学があるような感じを受けた。

ミストラルは教育者、外交官であったが、そのスケールの大きさの秘密は職業的なことからだけでは解けない気がしていた。

大学生になって神智学を知るようになったわたしは、ミストラルの詩から神智学の芳香を嗅いだ気のすることがしばしばあった。

その後、さらにミストラルを知ることのできる本として、次の2冊にめぐり合った。

  • 芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』JICC出版局、1989年
  • (田村さと子訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』小沢書店、1993年

ミストラルの詩の数々を愛読し、神智学とミストラルの関係が気になっていたにも拘わらず、その点がもう一つはっきりしなかった。

ところで、 このところ、わたしは婦人科的なトラブルと思われるものを抱えて、検査を受けていた。そんな中で、脳裏をよぎったのは、ミストラルの詩であったり、古典文学に造詣の深い円地文子の小説であったりした。

彼女たちが、女性ならではの苦悩を深く考察し、それを作品化した人々だったからだろう。彼女たちには人類の歴史がよく見えているように思われた。

そして今日、(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集』の中から選んだ詩をブログで紹介しようと思った。それがいつ書かれたのかを確かめようと、巻末の年譜を見た。

そのとき偶然わたしの目がとまったのは、次の一文だった。

1912年 23歳 神智学の会〈デステージョス〉に入会する。
 
(田村さと子訳)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』「ガブリエラ・ミストラル年譜」p.209、小沢書店、1993年

稲妻に打たれたような衝撃、次いで感動が走った。何て、馬鹿だったのだろう! この貴重な一文を見落としていたなんて。ああ恥ずかしい! やはり、ガブリエラ・ミストラルは神智学の影響を受けていたのだと思った。

実は、何という神さまの悪戯か、その「神智学」という印字が薄くなっていて、文字が拾いにくくなっていた。

それに、わたしがこの詩集を開くのは詩を読むためで、ミストラルの生涯を知るにはもっぱら芳田悠三『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』(JICC出版局、1989年)に頼っていた。詩集の年譜は大雑把にしか見ていなかったに違いない。

ノーベル文学賞詩人ガブリエラ・ミストラルは、間違いない、近代神智学というブラヴァツキーによって確立された神秘主義思想の影響を受けていた! わたしの直観は正しかった! ――と興奮してしまった。

前掲の伝記(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』では、ミストラルと「見神論」との関わりが「見神論――宗教観の深まり」という見出しの下に7頁に渡って書かれている。※

(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』「見神論――宗教観の深まり」pp.68-75

その文章からすると、どう読んでもこれはブラヴァツキーの神智学だなと思ったが、見神論という訳語にしても、神智学という訳語にしても、ドイツの神秘主義者ヤーコブ・ベーメ(1575 - 1624)の思想を意味する言葉でもあるのだ。

つまり、神智学と訳されていてもベーメの思想を意味することもあるから情況は同じともいえるが、特に見神論と訳された場合にはヤーコブ・ベーメの教義を意味することが多いため、確信を得ることができなかったのだった。

だが、もう間違いないだろうと思う。ミストラルはブラヴァツキーの神智学の影響を受けているに違いない。何より、彼女の詩からそれは薫ってくるものだ。

(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』によると、独身で通したミストラルは、37歳の頃、異母弟の子とも実子ともいわれるファン・ミゲル・ゴドイ・メンドーサを引きとり、共に暮らした。

ミストラルはファン・ミゲルを「ジンジン」(ヒンドゥー語で「忠実」を意味するという)と呼んで可愛がり、ファン・ミゲルはミストラルを「ブッダ」と呼んで慕った。

その最愛のジンジンに、ミストラルは自殺されてしまう。ブラジルにいたときで、ジンジンは17歳だった。

ジンジンの死因と自殺の動機について、(芳田、1989)『ガブリエラ・ミストラル――風は大地を渡る――』p.228には次のように書かれている。

 死因は麻薬あるいは砒素の服用といわれている。そしてその動機は通っていた学校のナチ親衛隊のグループとのいざこざとも、恋のもつれが真因ともいろいろに推測それている。いずれにせよ、ブラジル社会および学校集団での軋轢、情緒の不安定に加えた思春期特有の疎外感といったものがからみあって、この繊細な少年を押し潰してしまったのだろう。

ミストラルは20歳のときに、かつての恋人ロメリオ・ウレタにも自殺されている。苦悩は如何ばかりだったろう。

ここで、(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』から抜粋だが〔母たちのうた〕「母たちのうた」〈よろこび〉p.42、「いちばん悲しい母のうた」pp.46-47を紹介しておきたい。

 母たちのうた

〈よろこび〉
 ねむりについた吾子を抱いて わたしの歩みはしめやかだ。神秘を抱いてから わたしの心は敬虔だ。

 愛の音を低くして、わたしの声はひそかになる、おまえを起こすまいとして。

 いま この両眼[め]でいくつもの顔の中から心底の痛みを探しだす、なぜこんなに青ざめた瞼をしているかを わかってもらいたくて。

 鶉[うずら]たちが巣をかけている草の中を 親鳥の思いを気づかいながらゆく。音をたてずにゆっくりと野を歩く、木々やものものには眠っている赤ん坊がいるから、身をかがませて気づかっているものの傍に。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 いちばん悲しい母たちのうた

〈家を追われて〉
 父は わたしを追い出すといい、 今夜すぐにわたしをほうり出してしまうように と母にどなった。

 夜はなまあたたかい。星あかりをたよりに、わたしは隣の村まで歩いてゆかれるだろうけど、もし、こんな時間に生まれたら どうしよう? わたしの嗚咽が、呼び起こしてしまったのだろう たぶん、たぶん わたしの顔が見たくなって出てくるのだろう。そして むごい風のもとで震えるだろう、わたしがぼうやを包みこんだとしても。

〈どうして 生まれてきたの?〉
 どうして生まれてきたの? おまえはこんなにかわいいのに だれもおまえを愛してくれはしないのに。ほかの赤ん坊たちのように、わたしのいちばんちいさな弟のように おまえが愛嬌たっぷりに笑ったとしても おまえにくちづけしてくれるのはわたしひとりだけなの。おもちゃがほしくてそのちっちゃな両掌をゆりうごかしても おまえの慰めはこの乳房と わたしのつきない涙だけなの。

 どうして 生まれてきたの、おまえを選んできたあの人は この腹部におまえを感じとるとおまえをうとんじたのに?

 そうじゃないのよね。わたしのために生まれてきてくれたのね。あの人の両腕[かいな]で抱きしめられていたときでさえ、ひとりぼっちだったわたしのために、ねえ、ぼうや!

わたしは大学時代、第2外国語でスペイン語を選択していた。囓った程度のスペイン語の断片が記憶にこびりついているにすぎないのだが、スペイン語は学習しやすい明快さを持った言語であること、歯切れのよい、シックな言語という印象がある。

そうした言葉で、ミストラルの詩は書かれたのだ。

Gabriela_mistral01
Gabriela Mistral

晩年の詩集『ラガール』の中の「別れ」という詩には、さよなら、ありがとう、という言葉が印象的に登場する。

さようならはアディオス、ありがとうはグラシアスなのだということくらいはわかり、陰に籠もった依頼心の強い日本的情緒とは無縁の感じを持つ詩を想像している。

「別れ」を(田村訳、1993)『ガブリエラ・ミストラル詩集 双書・20世紀の詩人 8』〔ラガール〕「別れ」pp.147-148から紹介しておく。

 別れ

いま 突風に
吹き寄せられ 散らされてゆく
おおくのさよなら、
このようなものだ、どんな幸せも。
もし 神が望むなら いつの日か
ふたたび ふり返るだろう、
わたしの求める面差しが
ないならば わたしはもう帰らない。

そう わたしたちは椰子の葉をふるわせているようなもの、
喜びが葉っぱたちを束ねたかと思うと
すぐにみだれ散ってゆく。

パン、塩、そして
孔雀サボテン、
ハッカのにおう寝床、
“語りあった”夜よ ありがとう。
苦しみが刻みこまれた
喉もとに もうことばはなく、
涙にくれる両眼〔め〕に
扉は見えない。

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2015年8月27日 (木)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

17日ごろ、買い上げいただいたようです。 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、これまでで42冊お買い上げいただいたことになります。

  • 日本……24冊
  • アメリカ……14冊
  • イギリス……1冊
  • ドイツ……1冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 二〇〇七 - 二〇一二(Collected Essays 2)」)』(ASIN:B00J7XY8R2)は、文学界を考察した姉妹編ともいうべき1冊です。

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

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2015年8月26日 (水)

新ブログ「マダムNの神秘的エッセー」(はてなブログ)開設のお知らせ

神秘主義者としての観点から執筆したエッセーを集めて電子書籍化(Amazon Kindle Direct Publishing)する計画を進めていると過去記事で書きましたが、やはりというべきか、まだ当分かかりそうです。

タイトルも『神秘主義者のカフェテラス』から『神秘主義者として生き延びて(Collected Essays, Volume 5)』に変更するかも。まだ決定してはいず、別のタイトルにするかもしれません。

で、はてなブログで新しいブログを開設し、時間のあるときに電子書籍に収録予定のエッセーを番号順にアップしていくことにしました。

ぼちぼちの更新になりそうですが、予定している電子書籍と同じ内容のエッセーを、(一応)校正済みの状態でお読みいただけます(Kindle本と同じ内容をブログで公開することになるため、KDPセレクトには登録できなくなりますが)。

これに伴い、ライブドアブログで開設した「マダムNの神秘主義的備忘録」は――しばらくは閲覧できます――近々閉鎖することにしました。

以下は、新ブログの案内になります。

まだ12番目のエッセーまでしかアップできていませんが(ようやく2007年に入ったところ)、12番目のエッセーのタイトルは「恩師の命日に」というものです。

ここでいう恩師というのは神秘主義の道をどう歩いてよいかわからなかったときに出会い、神智学を教えてくださった方です。

先生に出会えなければ、果たして神秘主義者として生き延びることができたかどうか、甚だ疑問です。先生は、安全な道とはどんな道をいうのかを魂に叩き込んでくださいました。

先生との出会いがなければ、神秘主義的エッセーを集めたKindle本の計画も、それと同じ内容のブログも存在しえなかったでしょう。

先生への感謝の思いをこめて、「恩師の命日に」を以下に再掲させていただきます。タイトルは当ブログでは「恩師の命日」となっており、内容も若干改稿しています。エッセーの内容は、あくまでわたしの個人的な物の見方、考えにすぎないことをお断りしておきます。

当然、エッセー全体がそうなのですね。これらを妄想とお思いになろうが、真実の断片が潜んでいるとお思いになろうが、お読みになる方々の自由です。

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「恩師の命日に」2007年4月11日

窓を開けていると、気持ちのよい風が室内に入ってくる。

4月9日は、亡き神智学の先生のお誕生日で、11日の今日は命日である。先生のお棺はマーガレットでいっぱいだった。

今日は大好きだった先生のことばかり考えている。もっとも、そうでなくても毎日のように、先生の知的でチャーミングな雰囲気、美しかったオーラの色合いを、思い出さずにいられない。亡くなったのは1995年だったから、もう12年にもなるのに。

先生という人は、わたしにとって、気高いものへのあこがれをそそってくれる貴重な存在であると同時に、オーラや想念形体を見る自身の能力に信頼感をもたらしてくれるあかしのような、欺瞞とは無縁の確かな存在でもある。

神秘主義的自身の生きかたに、ゆらぐことのない新しい感覚をもたらしていただいたような気がしている。先生の希望と確信に満ちた美しいまなざしは、まさに燈台の光だった。

先生の死後も、段階的変化を伴って、先生との内面的絆は保たれているという実感がある。相手が亡くなったからといって、神秘主義者にとっては大した違いはないともいえる。

肉体を持った存在としての相手を見る喜びがなくなった物足りなさは否めないが、その代わりに今では別の楽しさがある。違う世界に生きる者として思いを伝え合う楽しさというものは、格別なものなのだ。

49歳ともなると、亡くなった知り合いも増えた。しかし、そんなことが可能なのは、わたしの場合は先生とだけだ。

相手の死後、初七日までの間に限れば、内的に交流できた人がもう1人だけ別にいた。その人のことも、そのうち書くことがあるかもしれない。

先生は、この世から遠ざかって長くなるごとに尻尾を出さなくなってしまわれ、先生の油断から出た予知的情報をわたしがキャッチすることはなくなった。

あの世からはこの世で起きることが、先のことまで見えやすいのだろう。そして、人間は死んだからといって、そう簡単に変るものではないようである。また、あの世には、この世のことには軽々しく干渉すべきではないという鉄則があるようにわたしは感じられる。

先生が亡くなって年月が浅い頃は、先生の現実的な気遣いが頻繁に感じられた。

ある鋭い警告の言葉が感じられたり(耳に音声として聴こえるのではない。相手の心の中のつぶやきを共有し合うといった感じの伝わりかただ)、相手の微笑や戸惑いが雰囲気としてダイレクトに伝わってくることもあった。

今では、そんな生々しい感じを覚えることはなくなったが、空間に見える光の点のうち、これは先生からの通信に違いないと感じられることは依然としてある。

空間は、わたしのようなごく未熟な神秘主義者にとっても、掲示板のような一面があるのだ。

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2015年8月25日 (火)

日本在来馬の魅力

児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』を書くために乗馬体験し、馬の魅力の虜になりました。乗馬体験で乗せていただいたのは、老サラブレッドでした。

それ以来、競馬番組をよく視聴するようになりました(賭け事はしません)。競馬番組で観るのもサラブレッドです。

そんな折り、イギリスの旅行家で、作家でもあったイザベラ・バード(1831 - 1904)が『日本奥地紀行』の中で、日本の馬に手こずったエピソードを書いているのを読みました。イザベラ・バードはたまたま気性の荒い馬に当たったのでしょう。

イザベラの本の影響もいくらかはあって、日本の在来馬には冴えないようなイメージが湧き、わたしの馬に対する関心はサラブレッドにほほ限定されるようになりました。

ところで、昨夜、録画していたNHK BSプレミアム「戦国鉄砲隊vs騎馬軍団~織田信長・軍事革命の秘密」 を視聴したのですね。

番組によると、戦国時代末期、日本は世界最大の武器国家・軍事国家だったそうです。

当時、火縄銃は最先端兵器でした。一説では15万丁あったとか。戦国大名お抱えの兵士は45万人。その3分の1が鉄砲を持っていたとされ、火縄銃の威力を見せつけた「長篠の戦」がそのブームを呼んだそうです。

「長篠の戦」では、織田信長・徳川家康連合軍が武田勝頼軍に圧勝しました。

戦力は一説では織田信長・徳川家康連合軍が38,000、武田勝頼軍15,000とされ、兵力の差が大きかったのかもしれませんが、それまで戦の花形であった騎馬隊が三段撃ち鉄砲隊に敗北したのでした。

番組では、鉛の実弾をこめた本物の火縄銃を手にした人と、甲冑をつけて槍を手に木曽馬に乗った人を配して、実際の戦ではどのようであったかを実験、検証していました。

火縄銃は遠方からでは命中率が低く、弾丸をこめるのに時間がかかりました。それに比べて、在来馬である木曽馬は胴長、短足の見かけによらず、足が速いのです。ですから、信長には、三段打ちという戦法が必要だったわけです。

番組では、西洋の例なども出して、鉄砲の流通によって騎士という貴族が存在意義を失い、戦が大衆的なものになったといっていました。

在来種の馬には、木曽馬以外にも北海道和種、野間馬、対州馬、御崎馬、トカラ馬、宮古馬、与那国馬がいますが、本州の在来種は木曽馬しかいません。

騎馬隊は鉄砲隊に敗れましたが、わたしは番組で木曽馬を通して在来馬の魅力に目覚めました。

番組に出てきたのは小夏という名の雌馬でした。性格は穏やかで、寂しがりなところがあるそうです。

ラバみたいに小柄で、おなかのでっぱった、ずんくりした、張りのある馬です。目はサラブレッドより小さめに見えましたが、凜とした印象があります。

重い甲冑をつけた人間を乗せても平気で、走らせれば、これが速いこと! 荷物を運び、農耕を助け、山道も登ることができる、優れもの。

馬の背中が低いので、背の低い日本人が自力で跨がれます。馬から落ちても、サラブレットのような大きな馬から落ちるよりはダメージが小さいのでは、と番組でいっていました。

まさに、日本人にぴったりの馬だったのですね、在来馬は。

ああかわゆい、たまりません!  小夏ちゃん。 勿論、トーセンソレイユもディープも好きだけれど、小夏ちゃんも好きになりました。会いに行きたいです。

YouTubeで木曽馬の動画を探しました。以下は、雪の中の木曽馬たち。

以下は、ドドドッと走る木曽馬たち。

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2015年8月24日 (月)

ミニ極東国際軍事裁判みたいだ ― 只今、国会中継中(参院予算委)

今日は、午前中からテレビを付けっぱなしで家事をしていた。朝鮮半島情勢が気になるので、それがどう話し合われるのか、聴きたかった。

が、テレビの前に座る時間のないまま、今になってしまった。

本日の参院予算委員会のテーマは、内政、外交の諸問題。

朝鮮半島が依然として緊張状態にあるこのときに、日本共産党の山下芳生議員は伊藤博文の話をしている……

朝鮮人から名前を奪った、と山下芳生議員はいった。朝鮮人は日本名を使いたがったという話もあるようだが。

まるで、ミニ極東国際軍事裁判みたいだ。安倍首相を追い詰めようとしている。

安倍首相の戦後70年談話を断罪したいらしい。一方、村山談話は神々しいまでの黄金談話らしい。

この人たちを満足させるような文章にすれば、それをねたに、およそ2ヶ国からこれからもいつまでもいつまでもいつまでもたかられ……いや、要求し続けられることは火を見るより明らか。

いっそ、一からやり直してはどうか。戦前、戦中、戦後に日本が行ったインフラ整備、損害賠償、支援などを全てお金に換算し、それがどれくらいの金額になるのか。そして、日本が近隣国に与えた損害をお金に換算すれば、どれくらいの金額になるのか。

昔も、こんな風に同じ国民でありながら、政治家は敵対していたのだろう。それは、他国でも同様であって、味方と感じる者同士が国境を越えて共鳴し合い、一致団結することは現代でも同じ。

今度はタリーズコーヒー創業者で、日本を元気にする会の松田公太議員。いやはや、お次はナチスの話か。

いずれにしても、第二次大戦時の話だが(伊藤博文の話になると、さらに時代は遡り、明治時代の話になる)、朝鮮半島の緊張は今、現在の出来事なのだが……

北朝鮮軍の潜水艦や潜水艇が、合わせて50隻も基地を出て、うようよしているそうではないか。怖い。

24日午前0時半過ぎに神奈川県相模原市中央区、米軍施設の倉庫で起きた爆発火災の原因もまだ発表されていない。

安倍首相の戦後70年談話を断罪しようとする人々が日本国内にもいる一方では、談話を歓迎している国々が沢山あるという不思議さ。なぜそうなのかも、議員の頭脳であるならば、公平に追究してほしいものだ。

次世代の党の質疑に移った。何か大事なことをいっているようだが、テレビの前を離れるので、このあとは視聴できない(あとで見ようと思えば、参院のホームページで視聴できる)。

以下は、安倍首相の戦後70年談話を聴き逃した方々のために、YouTubeで見つけた動画。

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2015年8月23日 (日)

夢で会えた、夫のおじいさん ②

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

当記事の参考文献を最初に紹介しアマゾンに一応リンクしておくが、全部中古しかない。

  • 死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな
    エルザ バーカー(著), キャシー ハート(編集), 宮内 もと子(翻訳)
    出版社: 同朋舎出版(1996/03)
  • 神智学の鍵 (神智学叢書)
    H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳)
    出版社:神智学協会ニッポンロッジ(1994/03)
  • 実践的オカルティズム
    H・P・ブラヴァツキー(著), 田中 恵美子(翻訳) , ジェフ・クラーク(翻訳)
    出版社: 竜王文庫; 改訂2版 (1996/01)
  • 思いは生きている―想念形体 (神智学叢書)
    アニー・ベサント(著), チャールズ・ウエブスター・リードビーター(著), 田中 恵美子(翻訳)
    出版社: 竜王文庫(1994/02)

アウトラインはABCDEFGまで。順序は入れ替えたほうがいいかもしれない。

A 最も参考にした『死者Xから来た手紙―友よ、死を恐れるな』の紹介

友人の女性に霊界通信を行ったのは、デイヴィッド・パターソン・ハッチ。判事をしていた関係で、ググると、ハッチ判事と出てくる。

ハッチ判事は神秘主義に造詣の深い知的な人物だったようで、無知蒙昧な霊媒が受信するようなタイプの低級な霊界通信と誤解されるかもしれないことを予想し、何のための通信であるのかを説明している。受信者の同意を得、アドヴァイスしながら、通信を続けるといった風だ。

53通の手紙。

ウィキペディアによると、ハッチ判事が建てた館は、ロサンゼルスの歴史的・文化的モニュメントとなっているらしい。有名な人物であったようだ。哲学的、神秘主義的著作も多いとか。

Bibliographic details for "Smith Estate (Los Angeles)":Wikipedia
https://en.wikipedia.org/w/index.php?title=Smith_Estate_(Los_Angeles)&oldid=650233992

Wikimedia Commonsからハッチ判事のパブリック・ドメインの写真を借りよう。海外のサイトに若いころのハンサムな写真が載っていた(本当はこれを借りたい)。

引用1――死者X「あとがき」pp.248-249
 ハッチ判事に関する「ロサンジェルス・タイムズ」紙における物故者記事。

引用2――死者Xp.128 霊界から通信する動機。
 ハッチ判事の動機には、わたしが神秘主義的な記録を公開する動機と共通するものがある。

引用3――死者Xp.110元素の霊、p.219デーヴァチャンなど、神智学に言及している。
p.219には「わたしは神智学というものをそれほど深く学んだわけではないので」ともあり、カロッサのように、興味を惹かれて読んだことがあるといった程度なのだろう。カロッサの過去記事にリンク。

神智学の本を読んだことがあるという程度だったにも拘わらず、霊界にハッチ判事が行ってから、神智学の本に書かれていたことと符合することがあれこれ出てきたというわけだ。

「デヴァチャン」というチベット語を神智学用語に採り入れたのはブラヴァツキーで、ハッチ判事はそれを使っているから、ハッチ判事が読んだのは、ブラヴァツキーを主な執筆者とした初期の神智学文献だろう。

なぜなら、ブラヴァツキーよりあとの神智学者は「デヴァチャン」ではなく、「メンタル界」という用語を使うようになったからだ。

ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー (Helena Petrovna Blavatsky)
1831年8月12日 – 1891年5月8日

デイヴィッド・パターソン・ハッチ(David Patterson Hatch)
1846年11月21日 – 1912年2月21日

ハッチ判事が亡くなったのは、わたしの誕生日と同じ月と日。

B 死者Xの中で、わたしが地上に降りてくるときに抱きしめてきた記憶と符合する箇所

引用4――死者Xp.89 霊界の太陽と物質界のそれとの違い。わたしが記憶していたことと同じだ!

引用5――死者Xpp.81-82 
 わたしが、霊界の太陽の光と前世は修行者だったという記憶をなぜ物質界に持ち込めたかの謎を解く鍵となる説明がなされている。

引用6――神智学の鍵p.161 
 地上に降りてくる直前、これから自分が飛び込むことになる運命を知ってわたしは尻込みし、ほとほと嫌になったのをはっきりと記憶している。

 わたしなりの使命と宿題があり、それが十字架に思えたのだが、肝心の自分を待っている運命や使命、そして宿題がどんなものかは、産み落とされる時のショックで忘れてしまった。

 子供のころはその記憶が大きな部分を占めていたために、すがるように月に向かって「この灰色の暗い世界からどうか助け出してください!」と心の中で叫び、こっそり瞑想をするという子供時代だった(一方では、ごく普通の高い所にのぼるのが好きな子供だった)。

 こうしたわたしの体験を裏付けてくれるブラヴァツキーの解説。

C ハッチ判事が霊界の人々から受けた印象

引用7――死者Xp.101、pp.57-58 

D デヴァチャンについて

引用8―死者Xp.217、p.226
 ハッチ判事が「デーヴァチャン」と神智学用語を使った箇所。

引用9――神智学の鍵「用語解説」 pp.40-41
 ブラヴァツキーによるデヴァチャンの解説。

E 死者が出てくる夢について

引用10――死者Xp.67、

引用11――実践的オカルティズムp.225

F 地獄について

引用12――死者Xpp.146ff.
 酒場の霊的光景や若者に憑依してお酒を味わう低級霊の生々しい描写は、酒場や飲酒する人からわたしが受ける感じと符合する。

引用13――思いは生きている「29図」pp.63-64

 飲酒癖に限らず、依存による習慣は霊媒体質をつくる地獄行きの切符であるという危険性を神秘主義的感性によって実際にキャッチできる神秘主義者は多いわけではなく、普通の人に説いたところで聞いて貰えない。

 義祖父が、地獄行きの切符を買ってしまった人の一例だ。死後、指定された場所へ行きそびれたのに違いない。

 地獄とは――死者Xの説明からしても、わたしの直観からしても――、地上と接した霊界下層を占める、死者自身がつくり出す最悪のある状態を意味する。

 その間、死者はおそらく、霊界の人としては昏睡状態にある。

 ブラヴァツキーの『神智学の鍵』か『実践的オカルティズム』に無神論者の描写があって、彼が死んだあとで霊界で意識を回復せず、自分がいる霊界に気づかないまま、そこでの滞在を終える様子が描かれていたと思う。

 義祖父を成仏させるのに34年かかった。お祓いして、ちょちょいのちょい、というわけにはいかないのが実態ではないかと思う。

 植物人間になった人を回復させるのが難しいのと同じで、普通の愛情や宗教的な儀式くらいではまじないにもならないだろう。

追記:

お盆を前に誤解がないように追記しておくと、宗教的な儀式が無用なものといっているわけでは全然ない。わたしがいったのは、自分の意志で成仏しなかった霊についての話なのだ。

頑固なお年寄りが「わしゃどこにもいかん」といって、心配して連れ出そうとする人に、廃屋のようになった家から出るのを拒むというようなケースを見聞きすることがあるが、死んだあとで霊界に赴くことを拒み、それと同じ状態に陥った「頑固」なケースについて述べているのである。

心を籠めて行われる宗教的儀式は必要だと思う。

婚家には義祖父母の位牌があるが、供養は義父母だけでお坊様を呼び、執り行っていた(誰の位牌があるのかさえ、夫は無頓着だった)。

義祖父母の位牌は本家にあって、分家である婚家に位牌分けしたようだ。最期を看取ったのが義父母だからだそうで、なぜ義父が引き取ったかというと、義祖母が後妻だったからで、末っ子の義父はそのひとりっ子だったためだという。

わたしの実家では、盆正月には父の実家に家族で出かけていた。船員の父は留守のときも多かったが、帰宅すると、すぐに本家に出かけていた。

父の実家に行くと、まず仏壇の前で手を合わせ、ご先祖様に挨拶をする。

その部屋には、ご先祖様の写真がずらりと並んでいた。そこに一族が集まり、お坊様が呼ばれ、お経が唱えられた。儀式が済むと、皆でご馳走をいただいた。

そういうものだと思っていたので、何もないというのが不思議な感じがした。位牌があるのだから、盆正月にわたしたち家族も一緒に――婚家に半同居していた義妹の家族も一緒に――供養する習慣があれば、義祖父母も喜んでくれたに違いないと思う。

親戚の絆がご先祖様を通して深まっただろうし(義祖父の成仏ももっと早かったかもしれない)、各人のエゴイズムは抑えられただろう。わたしの嫁としての自覚もしっかりしたものとなったに違いない。

こちらから「ご供養のときはご一緒させてください」といえばよかったと思うが、新婚当初は何しろ事情がわからず、出すぎた真似はしにくいとあって、引っかかったままだった。

その程度にはわたしは古い人間なのだ。長男である夫の妻となったとき、夫が跡取りとなって義父母の面倒を見るだろうことは承知の上だった。

そうこうするうち、嫁いびりがひどくなった。

この年齢になるまで気づかなかったが、嫁いびりがエスカレートした陰には義妹の姿がいつもあった。義妹はわたしより5歳上である。

新婚時代、婚家に行くと、義母は家の鍵を握らせて、「あなたたちの家だから」といい、ことあるごとにわたしたちに跡取りと自覚させようとした。

しかしそこにはいつも義妹一家がいて、わたしは親思いだなと思っていたが、ひそかに義妹一家がまだ来ていなければいいなと思ったりしていた。

義妹一家が来ていないときは、義母から色々と教わることはあっても嫁いびりにはあまり感じられず、義父母といくらかでも親密になれる気がしたからだった。何より、子供たちに興味を持ってくれることが嬉しかった。

ところが、いつのまにか婚家には義妹の部屋ができ(夫と義妹が巣立ってから義父母は家を購入した)、半ば同居しているような格好になった。嫁いびりは当たり前のものとなり、エスカレートしていった。

いきなり「公文をやらせなさんな」と義母に激怒した口調でいわれて驚き、教育にまで干渉されるとなると、もう距離を置くしかないなと思っていたところへ、娘から「ママがいないと、皆でママの悪口をいっているよ」と忠告された。

わかってはいたことでも、娘にいわれるくらいひどいのなら互いのためによくないと思い、距離を置くことにしたのだったが、公文のことなど義妹がいわなければ、義母が気にとめるはずもなく、義妹が公文のことを悪くいったに違いない。

わたしは結婚前に公文教室で助手をしていた。重い病気から生還した母を見る必要があり、午後2時くらいから夜8時か9時くらいまでの公文教室での仕事はちょうどよかった。

公文公先生の著書は勿論読んだし、教室が一つから三つに増えたとき、その準備を手伝って、もう少し数学ができれば、わたしも教室をするんだけどなと思ったほど、公文の教育理念には共鳴していた。

経済的に苦しい中では、公文しかないと思っていた。あのとき無責任な言葉に折れていたら、子供たちは国公立に行けただろうか。

公文式をいいと思わない理由があるのなら、、二浪して九大に入ったほど頭がよく(わたしのころでも、大学に行けない女性のほうが多かったことから考えると、浪人もできるような恵まれた環境だったといえる。夫も浪人しており、義父母が相当に無理したのかもしれない)、快活なはずの義妹は、なぜわたしに直接いわなかったのだろう。類似の思い当たることが沢山ある。

たぶん、それは本当のところどうでもよいことで、義父母と仲違いさせることで、わたしたちを婚家から遠ざけたかったからではないだろうか。

その後に起きたことを考えると、義妹にとって、婚家は甘えられる大切な場所というより、そして自分が親の面倒を見たいというより(わたしはそうなのかと勘違いしていた)、賄い付別荘として使いたかったというのが本当のところではないかと思う。

義妹夫婦は複数の家を所有する、少なくともうちよりは遙かに裕福な人達だから、夫が継ぐはずの家がほしかったわけではないだろう。

それに比べ、いずれは義父母と暮らすつもりだったわたしたちは、転勤族ということもあって家を買うことはしなかった。バブルが弾ける前は、高い家賃を払うくらいなら家を買うことを中小企業のサラリーマンでも考えたことだった。

しかし、長い時間をかけて育むはずの関係は育めず、わたしたち一家は根無し草のまま不安定な日々を送っている。

友人達は一人、また一人と老いた親と同居を始めている。

義妹夫婦は現在、都会からUターンして福岡市に家を建て、義父母用の6畳の部屋を作り、そこに外から出入りできるドアをつけているという。

夫は感心していたが、わたしには意味不明のドア設置である。耄碌でもすれば、かえってそのドアは危ない気がする。

婚家で好き放題振る舞ってきたのだから、自分の両親にも自分の家で好き放題に振る舞って貰えばいいではないか。

夫の話では、義父母は義妹夫婦に見て貰うつもりはないそうで、見て貰うとすれば、わたしたちだという。しかし、ここまでこじれた仲となった今、体力的にもわたしには自信がない。

義妹に責任をとって貰いたいが、現実問題として我が儘な彼女に介護ができるとは思えない。義父母には馴染んだ場所から動きたくないという思いもあるようだ。

幸い、今のところは、高齢ながら共に元気で、ふたりでカラオケに行ったり、市民講座に通ったりしているそうだ。

さあ、どうすべきか。時の流れに任せよう。

いずれにせよ、嫁いびりの原因を成仏しない義祖父のせいだと考えていた時期がわたしにはあった。

だが、もしそうであれば、義祖父は嫁いびりで盛り上がっているその場所に透明な姿ながらいて、影の采配を揮っていなければならなかったはずだ。

優しかった祖父に夫は大層なついていたくらいだから、むしろそうした場に馴染めず、1階の居間ではなく、一人2階の部屋の仏壇にいたのだろう。

 肉親ですら、どうにかしてあげることは難しい。それこそ人が本来は完全に自由である証拠ではないだろうか。その人がそう望んだので、そうなっただけの話なのだから。

 もし縛られると感じられるものがあるとすれば、それはカルマという宇宙的なプーメラン作用による結果にすぎない。

 ブラヴァツキーがその辺りのことをどこかで書いていたが、見つけ出せない。何にせよ、霊界における地獄状態からその人を救うのは本人の自覚以外ないそうである。

 その予防や治療薬に当たるのが芸術や本物の神秘主義なのだが、この地上はある意味では地獄なので、デヴァチャン的価値観は通用しにくい。

 地上が客観的な世界であり、霊界が主観的な世界であるとは神秘主義ではよくいわれることで、ブラヴァツキーの著書にも死者Xにも繰り返し出てくるが、芸術的、創造的な人間が霊界でどれだけ楽しめるかは想像もつかないくらいである。

 今ではすまないと思っているが、義祖父を負担に感じるあまり、悪霊扱いして――ある意味ではそうだったにせよ――何でもかんでも義祖父のせいにしていた時期がわたしにはあった。

 こう書くと、生前の義祖父を知っていたかのように思われてしまうかもしれない。夫が中学校のときに亡くなったので、わたしの知る義祖父は浮かばれない霊としての義祖父なのだ。

 新婚時代、仏壇の前で心をこめて手を合わせたわたしに、仏壇の奥から視線を投げかけ、ほくそ笑んだ何かがいることをありありと感じたのが最初だった。(以下、長たらしく、ここに至るまでの経緯を書くべきかどうか。)

 幽霊を見たことは一度もないが、こんな風に目に見えない何かの存在を感じることはたまにだがあるのだ。

 過去記事のどこかに書いていると思うが、何年か前に、小鬼のような老婆を内的な目で見たことがあった。老婆は強烈な汗の臭いを発散させ、「ケケケ……」と哄笑しながら走り去った。

 それを、わたしは内的な目でありありと目撃し、内的な耳で聴いたのだった。

 心のスクリーンに映るのを見たといえばいいだろうか。想像とはまた違うリアリティがあるのだ。尤も、普通はここまではっきりと見えることは少ない。

 オーラや想念形態はまた話が別で、時々見るが、ネオンや絵画を見るより力強く、細かいところまで見えたことがあった。

 母の枕許で神秘的な内的格闘をして以来(拙著『枕許からのレポート』参照)、オーラが本格的に見え始め、オーラというものは無理に見ようとすれば、いつでも見えるものだが(たぶん普通の人でもそうだと思う)、無理に見ようとしたら疲れるし、無理にそうするときは肉体に近い層の鈍い光しか見えず、オーラを見る歓びには乏しいため、自然に見えるに任せている。

 オーラがありありと見えたときは、相手の高級我がわたしにそれを見せる必要があると判断したので、見せていただいたのだ、と思っている。

 で、小鬼のような老婆の話に戻れば、背は3歳児の半分くらいしかなかった。物凄く額が広くて、頬がぷっくり膨らんでおり、細い目、白髪を無造作に束ね、草鞋を履き、絣の着物を着ていた。そして空中を蹴って、どこへともなく走り去ったのだ。

 あれは人間と関係のある存在ではなく、神智学でエレメンタルといわれる妖精の類いに違いない。

 いつ目撃したかといえば、社交的に近づいてきて性的に誘惑しようとした男性を撥ねつけたときだった。剣を手にしていたら、斬ったかもしれないというほど、わたしは怒っていた。文学の手ほどきを受けたいという純なムードで近づいてきたので、すっかり信頼してしまったのだった。

 その男性のよこしまな心の隙に小鬼が入り込んで、悪さをしていたのだろう。あんなものが存在するなんて、驚きだった。今も誰かの心の隙に入り込んで、悪さをしているのかもしれない。

 不倫している人はご用心! 接吻している相手の男性や女性は、実は汗臭い老婆の顔した妖怪かもしれないのだから。

 おとぎ話は空想譚とは限らないとこのときつくづく悟った。

 話を戻すと、相手が生きていようといまいと、思いが伝わってくることはよくある。

 この行は昨日公開した記事に加筆しているのであるが、公開したあと、おそらくお酒が好きな人々だろう……怒りや憤慨、不安や訝るような感じが伝わってきた。こうした否定的な感情は似通っているので、わたしはその感情の発信者を特定できないことのほうが多い。

 わたしは、別にお酒に恨みがあるわけではない。アルコールが惹き起こしがちな現象について、そのまま書いているだけなのだ。

 それとは対照的に、わたしが書いたことに共鳴した人々の爽やかな思いも伝わってきた。その方々には、私心を去った、知的な理解の仕方をしていただけたに違いない。

 美しい思いには不思議と個性があり、どこのどなたかはわからなくても、その人がどんな人かが内的なスクリーンに描けるのである。清らかな心の持ち主は霊的にはとても目立つので、自然と高級霊には知られるはずで、そのような人々は高級霊から目をかけられているのではないかと思う。

 尤も、同じ人間であっても、天使と悪魔の間を振り子のように揺れているのが一般的ではないだろうか。少なくもわたしはそうだ。美しい心持ちになることもあれば、低級な人間になることも日常茶飯事である。

 Fが長すぎる。あれこれ詰め込みすぎる。どうせ詰め込むなら、天使だと思った高級霊の話や、わたしに別れの挨拶に来た死者たちの話なども全て書き、こうした話を裏付ける引用もした、本格的なエッセーにしたいものだが、時間がない。 

G 古代ギリシア、霊界の図書館

引用14――死者Xp.129

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2015年8月22日 (土)

心配な朝鮮半島情勢(追記あり)

休戦状態にあった朝鮮半島が緊張しています。

時事通信によると、韓国と北朝鮮の高官が午後6時から会談するとか。

北朝鮮があのままでいいとは思えませんが、戦争になったら大変。

そうなったら、最も犠牲になるのは南北問わず、庶民の中でも貧しい人々でしょうが、日本だって、どんなとばっちりを食うか、わかったものではありません。

そして、日本にとって一番の問題は拉致被害者たちの救出です。

こうなることを懸念して、国会で中山恭子議員があれほど……。

韓国に米軍がまだいるからいいようなものの……

左派の方々、憲法9条のマジックパワーで何とかできませんか。集団的自衛権を行使できないと、日本が韓国を助けることもできませんね(誤解を招く書き方でした。下方の追記を御覧ください)。

会談で、いくらかでも緊張が解ければいいのですが。

追記(25日)

やや和らいだ朝鮮半島情勢ですが、安倍首相は24日の参院予算委員会において、日本が北朝鮮や韓国の領域内での戦闘に、集団的自衛権を行使して参加することは憲法上できない、と明言しました。

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どうやら回復。息切れしながら作った料理。

どうやら、わたしなりの体調に戻ったようです。

発作が起きて調子が悪かった日を拾ってみると、7月は17日、29日。

28日は五十肩で、しかしこれは治りました(ありがとうございます。おそらく光のプレゼントのお陰です。あのままだと、整形外科の受診は間違いないところでした)。

8月に入ってからは、記事を書かなかった日もほぼずっと体調が悪く、記録があるのは、8月3日、9日、17日、19日。

オススメ読書感想文によい本を書いたときに沢山の本を一気読みし、それがわたしには過労気味となり、暑さ負けと相俟って調子が崩れたのではないかと思います。

いくらか低下していたと思われる心臓のポンプ機能が調子よくなったのが、はっきりわかります。心臓をそれほど意識しなくて済みますから。

今日は掃除デーに決め、トイレ、洗面所、キッチン(排水口から徹底的に)を中心に窓もやりたかったのですが、時間切れです。途中胸が重くなり、小休憩しましたが、不整脈は起こりませんでした。

掃除で汚れたので、これからシャワーを浴び、そのあと料理。今日は手をかけて作りま~す。創作は無理かな。

体調悪いときは、簡単なものを1品作る度に心臓が崩壊しそう(あくまでイメージ)な動悸や圧迫感を覚えました。

以下の写真は息切れしながら作った作品(?)です。

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『毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ』(主婦の友、2013年)のレシピ「とうふハンバーグ たっぷりナムルのせ」を参考にしたものです。

ハンバーグの生地は鶏挽肉、玉葱、ゆでたけのこです。もやしナムルには、もやしを1袋使います。煮立ったところへもやしを入れ、すぐに火をとめて蓋をし2分蒸らし、湯を切ります。

もやしに、にんにくのすりおろし、葱のみじん切り、一味とうがらし、塩こしょう、ごま油を加えて混ぜます。詳しくは、本を御覧ください。

主婦の友 毎日の晩ごはん献立BEST800レシピ―今日の晩ごはん即決! だれでもおいしく作れます (主婦の友百科シリーズ)
主婦の友社 (編集)
出版社: 主婦の友社 (2013/10/10)

以下は、さつまいも&にんじんのポタージュ、ごぼうのバター炒めです。珍しいものではありませんが、これらを作るときも心臓が壊れそう(あくまでイメージ)だったので、息切れしながら記念撮影。

さつまいも&にんじんの組み合わせは初めてでしたが、にんじんの臭みが全く感じられず、美味しいポタージュでした。スライスした玉葱、さつまいも、にんじんをサラダ油で炒め、スープで煮て冷ましたら、ミキサーにかけ、牛乳を加えて一煮立ちさせます。

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ささがきにしたごぼうを水につけてアク抜きし、サラダ油で炒め、塩こしょう。仕上げにバターを落とします。

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いや、わたしもまだまだいけそうです。

問題は体調の悪い日が多すぎるということです。サンリズムは、過労気味になって体力が落ちるというようなことがなければ、不整脈を抑えてくれるようです。

この間までは、過労気味になっても抑えてくれていたところがやはり違ってきているところで、効き目が落ちている気はします。サンリズムと不整脈の関係、注意して見ていこうと思います。

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Kindle版の短編児童小説『卵の正体』『ぼくが病院で見た夢』『ぬけ出した木馬』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

キンドル版の短編児童小説『卵の正体』『ぼくが病院で見た夢』『ぬけ出した木馬』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

8月9日ごろ、お買い上げいただいたようです。3冊、同じ日にお買い上げいただくことは珍しいので、興奮しました!

『卵の正体』は23冊目、『ぼくが病院で見た夢』は11冊目、『ぬけ出した木馬』は4冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぬけ出した木馬

ぼくが病院で見た夢

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語で、『すみれ色の帽子』の瞳(ひとみ)、紘平(こうへい)、翔太(しょうた)が登場します。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年8月20日 (木)

左腕の耐えがたい痛みにスプレー1回。Windows10 とWindows7。

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午後7時半ごろ。

左腕全体がたまらないほど痛くなった。少し様子を見ていたが、これは冠攣縮性狭心症の発作を疑いようもない症状だったので、ミオコールスプレーを使った。

結局、冠攣縮性狭心症が出て、ミオコールスプレーで一件落着というパターン?

ここ数日の体調の悪さは、夏バテだったのではないだろうか。サンリズムの効果が弱くなった気はするし、不整脈と弁膜症の関係も疑わしいが、もし弁膜症の悪化であれば、ずっと体調が悪いままではないだろうか。

波のあるところが、如何にも冠攣縮性狭心症の仕業(?)だという気がする。今日は体調が悪く、横になっている時間が長かったが、そうして安静に努めたのがよかったのか、ニトロのお陰か、これを書いている今はとても調子がいい。

今日は、喘息の薬とサンリズムを通常の量に戻した。不整脈は起きた。

昨日から今日になるころと正午ごろ、期外収縮と思われる不整脈が起きた。その後、何度か左胸が抑えられるような感じと左胸の表面をミシンが走るような金属的な(あくまでイメージ)痛みが出現。これは、冠攣縮性狭心症の胸痛とは感触が全く違う。

本当のところ、これが心房細動の症状であるかどうかはわからない。ただ、記憶する限り、携帯心電計で心房細動といわれたときの症状はこれで、その症状が出たとき、変に気になったので、携帯心電計を胸に当ててみたのだった。

これが出てくると、冠攣縮性狭心症の発作のときのような切迫感は全くないのだが、神経に障る何とも不快な痛みで、生活の質が低下する。

そういえば、サンリズムを飲む前はブクブクと泡立つような不整脈が長時間起きることがあり、フラフラしたが、サンリズムを飲み出してからの2年間、1度も起きていない。

あのブクブクはもしかしたら、期外収縮が連続して起きたものかも(?)。

何にせよ、最近わたしが不整脈と感じるものには期外収縮と心房細動が混じっている気がする。

弁膜症の悪化――というのは考えすぎだった気がしてきたが、この記事を書きながら、弁膜症について改めて調べてみた。

弁膜症は薬で完治させることはできない進行性の疾患だそうで、年に1度の定期的な心エコー検査は必要だそうだ。

診断が下ったときのエコーから、もう2年経っている。心エコーの予約ができないか、看護師さんにお尋ねしてみよう。次回、心レントゲン、心電図、血液検査、尿検査は受けるが、弁の様子は心エコーだと、よくわかる。

診察のたびに、先生は脈と心音を丁寧に確認されるので、弁の様子はそれだけでもわかるのかもしれないが(先生は心臓手術の名医として知られた人だから、お詳しいはず)、念のために。

わたしは僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全症だが、これがゆっくり進行して生活に差し支えなければ、弁の悪い部分を修復する弁形成術 、あるいは弁そのものを人工弁に取り替える弁置換術といった手術は、死ぬまで受けずに済むだろう。

そうだといいが、急に進行することもあるらしく、進行しすぎると、手術を受けても予後の悪いことがあるそうだから、年1度のエコーはこちらからおねだりしてでも受けるようにしたい。

先で万一手術になったとして、心配なのは費用のことだが、高額医療費として補助があり、人工弁による弁置換術後の患者は1級の身体障害者認定が受けられるという。

先のことをあれこれ心配しても仕方がない。

ところで、パソコンをしようとすると、Windows 10 のアップデートのオススメが出てくる。無料アップグレードは2016年7月29日まで(Windows10 リリースより1年間無料)。

わたしはWindows 7 を使っており、マイクロソフトのサポート期限を考えると、アップデートしておきたい。

Windows 7 のサポートは2020年1月14日には終了し、セキュリティ更新プログラムの提供が終わる。

しかし、アップデートしてしまうと、わたしのパソコンはメーカーのサポート対象機種ではなくなり、動作確認情報および対応のドライバなどの提供、サポートが行われなくなる。

乗り換え前に、リカバリディスクセットを作成しておかなければならないし、ドライバ対応などを把握しておかなければならない。

ちょっと面倒だ。様子を見ながら、来年の春すぎにアップデートしようかなと考えている。

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2015年8月19日 (水)

体調は3分の2くらい回復(サンリズムで改善後2年ぶりに2日間入浴できず)

まだこんな話題で申し訳ない。

早朝、ひじょうに調子がよく、いつものように家事、食事をして、いつもの薬を飲んだ。サンリズムは不整脈対策のため1錠追加。

実は、恥ずかしながら2日間入浴していなかった。家の中で過ごしていたとはいえ、夏場に料理を含む家事をして入浴なしだと気持ちが悪いが、昨日までの2日間はあまりの疲れに入ることができなかった。

家事を優先しなければ、入れたかもしれない。これは2年ぶりのことで、2年間毎日入浴できていた。

以下に、2年前の記事より引用してみる。

  • 2013年7月22日 (月)
    胸の圧迫感にスプレー1回(総噴霧回数、53回)。参院選雑感。
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/07/154-0248.html

    今だから書けますが、ここ数年、毎日の入浴ができなくなっていました。わたしには外出、入浴、創作、家事の四つはだいたい同じ比重で、この内の二つを実行すると、それでいっぱいいっぱいになってしまうのです。

    インフルで高熱が出たときも普通に入浴していた、綺麗好きのはずのわたしでした。入浴もまともにできなくなってしまい、本当に情けなかったのですが、入院中の病人は入浴を制限されることも珍しくないので、入浴さえしなければ他のことができるわたしはそれに比べたら元気ということなのです……。

    外出と入浴はセットなので、外出した日は家事はできずに外食か弁当にならざるをえず、創作も無理でした。入浴しない日は、入院患者がするように、2枚のタオルを用意して体を拭いていました。

    でも、サンリズムを服用し始めてからは、毎日入浴しても平気です。サンリズムのジェネリック、リズムコートを使っていたときはまた毎日の入浴ができなくなっていましたが、サンリズムに替えて貰ってからは不整脈がぴたりと抑えられているので、本当に元気になり、外出の前後にシャワーを使うこともできるようになりました(水道料が高くなるかな。でもこれは嬉しい悲鳴です)。

    とはいえ、一般人に比べたら、体が疲れやすいことは前と同じのようですので、気をつける必要があるように思います。体が疲れると、寝る時間帯が不規則になり、結果的に薬の服用が乱れて、冠攣縮性狭心症の発作を招きやすくなるようです。
    連続した外出(1日は間を置いたのですが)は極力控えること。元気に感じられていても、本当はそうではないことを自覚して、サンリズムで快適になった日々を楽しみたいと思います。何しろ、四つのうち三つができるのです! (四つのうち四つ全部できるようになれば、わたしも一般人並みということになるのでしょうが、それはもう期待しないことにしています)。

    それにしてもサンリズム、優秀です。でも、個人差があるようですから、あまり参考にしないでください。わたしにはたまたまジェネリックが合いませんでしたが、これも個人差がありそうです。

サンリズムの血中濃度が有効範囲内でありながら、症状が改善されないとなると、サンリズムを飲むのは無意味ということになる。

まだ無意味とまではいかないだろうが、蜜月とはいかなくなったのかもしれない。多くのブロガーが効かなくなった……とお書きになっていたので、覚悟はしていた。

しかし、疲れないようにすれば(難しい)、まだこの薬でいけると思う。

入浴が祟り、1時間くらい寝てしまったが、前日は午前中の家事ができずに寝てしまったところからすると、進歩だ。

体調が悪かったときと、よくなってからの違いをあぶり出すために、調子がよくなってからの印象を書いておこう。

  1. 息切れしない。
  2. 動悸、不整脈を感じない。
  3. 咳が出ない。
  4. 尿が普通に出る。
  5. 体が腫れぼったくない。
  6. 仰向けに寝ても苦しくない。
  7. 横になりたいと思わない。
  8. 料理の途中で投げ出したくならない。
  9. パソコンの前に座るのが苦痛でない。
  10. 読書をしようという気になる。
  11. 家族と一緒にテレビを観てあれこれ話すのが楽しい。
  12. 入浴したくなる。

4.と5.は関係がある。調子が悪い間、しきりに尿意を催したが、トイレに行ってもあまり出ない。そして、体が腫れぼったかった。

どんな風に腫れぼったいかというと、まず鏡を見て瞼が腫れぼったいと思う。両手を握りしめたとき、薄いブヨブヨした手袋をはめている感触(素手でないような、手の表面が半分無感覚になったような感じ)。歩くときも、足の裏が分厚く、ブヨブヨの靴下を履いているような、あるいは半分無感覚になったような感じ。

外出しなかったからわからなかったが、靴を履けば、足が痛かったと思う。靴によっては足がはいらないことがあるのだ。いつもは入るのに。

それが、昨日の夕方、驚くほど大量の尿が出て(利尿剤を飲んだわけでもないのに、なぜだろう?)、その後、体の腫れぼったさがよくなり、体調もよくなった。

夕食後の薬を飲んでからこの記事を書いているこのときまで、不整脈は感じず、動悸も全くない。

こうしてみると、ここ数日間の不調は心臓のポンプ機能が低下して、不整脈が発生し、軽い心不全の症状が出ていた(?)。

お昼の薬にはサンリズムを追加していない(フルタイドは喘息対策で増やしたまま)。このまま不整脈が起きなければ、今後は通常に戻そうと思うが、大丈夫かしら、心配。

また不整脈が起きたら、サンリズムを追加するしかないが、乱用になって副作用が発生しないか不安だ。

次の診察日まであと1月ほどもある。調子が悪ければ、いつでも受診できるが、混んでいるし、静脈瘤の患者さんがいっぱいで待ち時間が長く、落ち着いて相談がしにくく感じる。

何にせよ、また不整脈が起きるかどうかがポイントだ。起きたら、受診を早めるにせよ、そうでないにせよ、受診時に心臓弁膜症と不整脈との関係をお尋ねしなくては一番の疑問が晴れない。

僧帽弁に異常があると、心房細動が起こりやすいようだから。わたしは僧帽弁と三尖弁に逆流がある(僧帽弁閉鎖不全症、三尖弁閉鎖不全)。

心臓弁膜症と診断される状態になるまでは、脈が速くなることはあっても、強弱や不規則な打ち方を自覚したことはなかった。

同じ病歴の繰り返しになるが、平成7年(1995)に心エコー、心レントゲン、ホルター心電図で洞性頻脈だが、それが1日中繰り返し起きているのは問題だから治療が必要といわれ、インデラルを飲み始めた。

そのとき、福岡県の総合病院で慢性膵炎といわれ、その治療を受けていた。わたしがしつこく動悸を訴えたので、心臓の方も詳しく検査していただけたのだ。

服用後、次の受診時に心レントゲンで、先生が「心臓が縮んでいる!」と、びっくりしたようにおっしゃった。しかし、それがわたしにとっては正常な状態で、わたしの心臓は普通より小さいそうだ(頻脈の負担に耐えられなくなった心臓が大きくなっていた)。

それから20年、インデラルがずっと頻脈を抑えてくれていることを思うと、本当にありがたい。サンリズムは根性なしか? 

いや、インデラル、サンリズム、ニコランジル(先発品シグマート)、ジルチアゼム(先発品ヘルベッサー)、一硝酸イソソルビド(先発品アイトロール)、ミオコールスプレー(ニトログリセリン外用)が連係プレーで心臓をサポートしてくれているのだから。

心房細動との診断でサンリズムを処方されるとき、血液をサラサラにする薬の使用も検討されたが、「まだ若いからいいね」とおっしゃった(57歳だけれど)。頻繁に不整脈が起きるとなると、血液をサラサラにする薬、飲まなくていいのだろうかと思ってしまう。

サイト「心臓弁膜症がよくわかる」に次のように解説されている。

弁膜症と心房細動

<引用開始>
弁膜症の患者さんで心房細動を起こしやすいのが、僧帽弁狭窄症と僧帽弁閉鎖不全症の方です。

僧帽弁に障害があり強い逆流があると、心臓の左心房にかかる負担が大きくなります。

そのため長期に放置すると、左心房の壁が傷み心房細動が起こりやすくなるのです。

心房細動になると何が問題かというと、血栓(血のかたまり)ができやすくなるということです。

血栓が血管を流れて脳で詰まれば脳梗塞となります。

血栓以外でも、心臓内の心房から心室へ血流の力が弱くなっていき、心臓の機能が低下します。

弁膜症の心房細動が起きてから日が浅ければ、投薬や電気刺激を与える治療などで治せる可能性はあります。

しかし長期に渡って弁膜症を放置して、心房の壁が伸びて心房自体が大きくなってしまっている場合には治療が困難となります。
<引用終了>

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2015年8月18日 (火)

アクセス解析からわかる、当ブログに求められているもの。本日の体調と対策。

文学、歴史、神秘主義といった分野の検索でお見えになっている方々には、個人的な体調に関する残念な記事ばかりが続く。

が、一方では健康に関する検索でお見えになっている方々も少数ながらあるようだから、まあいいか。健康状態は人それぞれだろうから、参考になるかどうかはわからないけれど。

お盆の間、以下の記事に思いがけないアクセスがあった。

ノートをきちんとした記事にすると予告していたためか、その催促のような検索ワードとアクセスが複数あったのだ。お盆内に書けなくて申し訳ない。

こんな記事ばかり書いていると、よくて霊媒、悪くすると気違いに思われてしまうかもしれないという危惧がわたしにはあり、神秘主義的な記事はそれなりの自己犠牲を払って書いている。

体験も知識も少ない人間が、体験も知識も豊富……になりつつある一神秘主義者の真面目な記事をどう思おうが知ったことか。そう開き直っている近頃のわたしがいる。

「祐徳稲荷神社」「花山院萬子媛」という検索ワードではほぼ毎日、複数のアクセスがある。これはどういった方々なのか、わからない。わたしの小説の構想とは関係のないところで、たまたまお見えになるのかもしれない。

花山院萬子媛のことをもっと知りたいという方が含まれているのかもしれないと思うと、わたしの創作意欲は増す。

幸か不幸か、政治関係の記事へのアクセスは極めて少なく、当ブログに求められているものが何であるかがわかる。総合すると、何といっても、文学に関する記事へのアクセスが多いのだ。

リルケの詩は、著作権の問題がクローズアップされてきたころ、出典を明記しただけではまずいと思い、非公開としたが、今もお見えになる。リルケの小詩集『薔薇』を山崎栄治訳で読みたいという人は案外多いのかもしれない。

健康の話題に戻ると、現在の状況は、喘息対策としてフルタイドの吸入を増やし、不整脈対策として、不整脈を自覚したときにサンリズムを頓服として使用するか、食後の服用時に1錠追加するという対策をとっている。

これを書いている夕方の時点では体調がいい。

朝は一度起きたものの、体調がよくなく、また寝てしまい、次に起きたのが正午。その間、へんてこな夢を見ていた。以下は夢の内容。

クリニックで薬を処方して貰うところなのだが、処方していただくにはテストを受けなければならないという新方式が採用されることになったという。患者が無知ではいけないからだそうだ。

その問題というのが奇妙奇天烈で、薬の種類ごとに訳のわからない問題が並んでいる。どんな問題だったかはあまり覚えていないが、ある薬(インデラル?)の問題は薬の開発者の家族に関する歴史を長いレポートにせよ、というものだった。

わたしは古い新聞から必死になって関係のありそうな記事を切り取って集めている。が、うまくまとまらない。まとめるためには決定的な何かが不足しているのだ。

わたしは全問解けない、無理だと思っているうちに、薬を飲む時間になってしまう。いつもは優しい先生だから、お願いすれば、薬を出していただけるに違いないと思い、「先生、難しくて、どうしても解けません。薬を飲む時間になりました。処方箋を書いていただけないでしょうか」という。

そこはクリニックというより、美術館のような公共施設の一室のような部屋で、そこに作業用のテーブルがいくつか置かれている。

わたしは土下座までするのだが、先生はなんと、「嫌だよ、アッカンベー」といって、左側にある診察室(?)に引っ込まれる。

目覚めたとき、朝の薬も飲まないで寝てしまったせいか、軽い胸の圧迫感と動悸を覚えた。夢は、変な夢すぎて、どっと疲れた。

再度洗顔を済ませると、とりあえずバナナを食べて薬を服用。サンリズムは通常通り1錠。薬を服用後、2時間くらいして、期外収縮かと思われる不整脈が起きた。

この不整脈が曲者で、これが数回出たあと、数時間して大抵、心房細動と思われる不整脈が起きる。心房細動が起きると、生活の質が低下する。

ただ、今のところ咳が出ないので(わたしの場合、心房細動と、咳、冠攣縮性狭心症が連係しているかのような症状が出がち)、本当に調子がよくなりつつあるのかもしれない。長い記事を書いても何ともないのがその証拠かも。動悸も今は感じない。

夕食後の薬には念のためにサンリズムを追加しよう。

今日の夕飯のメインはカレイの煮付けの予定。冷凍しておいたカレイを使う。料理の写真も溜まってきた。あまり書かなくなったが、料理の記事にお見えになる方は結構ある。

過去記事「パンダの後ろ姿」が当ブログの隠れた人気もの。

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2015年8月17日 (月)

窒息しそうな夢を見て起きたら、本当に息ができず、じたばた・・・

季節の変化が出だしたからか、咳に悩まされている。

一昨日の深夜、睡眠中に普通に夢を見ていたところ、急に息ができなくなり、夢の中のストーリーでは風邪の悪化で喉が痛くなったということになった。バッグの中から飴を取り出そうとするが、できない。

ひー、息ができない!

とジタバタして目が覚めると、本当に息ができない。喉の粘膜がぴたっとくっついた感じで(あくまでわたしのイメージ)、窒息しそうな苦痛と恐怖に襲われた。

激しく咳き込み、何とか息ができた。まだ呼吸器クリニックに通っていたころ(閉院になったので、循環器クリニックで喘息も診ていただいている)、そんなことがたまにあった。

そのとき先生にお話しすると、フルタイドを増やすように、というアドヴァイス。メプチンエアーを出していただいたような気もする。

冠攣縮性狭心症の発作より、わたしの場合はこちらのほうが下手をすれば窒息死しそうで、より怖い。

ネットで調べると、咽頭痙攣に症状が似ている。逆流性食道炎が誘発することもあるらしい。わたしには逆流性食道炎がある。

投薬治療を受けていたが、薬剤性肝炎になってから、原因の薬物が何であったかの検査は危険だということでしなかったが、大学病院の肝臓の先生から胃腸系の薬はやめるようにいわれ、やめた。

幸い、ダイエットして間食を控えるようにしたことがよかったのか、逆流性食道炎の症状は改善した。

それでも、治ったわけではなく、症状には波がある。このことを、循環器クリニックでお尋ねしてみよう。

とりあえず、喘息への対応として、予防薬フルタイドの吸入を増やした(症状によっては、そうするようにいわれている)。

しかし、このところの体調不良は不整脈にあると思う。不整脈がちょくちょく起き、そうすると覿面、体がしんどくなる。

サンリズムを追加しても、ちょくちょく起きる。胸にミシンが走る感じや不快感、動悸。

ここ数日、息が切れて疲労感が半端ではなく、パソコンの前に座ったり、読書することすら、疲れて思うようにできなかった。不潔な話だが、あまりに疲れると入浴できない。体が何となく腫れぼったい。

それでも、専業主婦の宿命(?)で家事を怠るわけにはいかない。家族の仕事に触っては困るのだ。総力を家事に注ぐため、一つ雑用を済ませるごとに横になり(横になると、逆に苦しかったりするので、クッションを重ねて寄りかかると具合がいい)、体力を溜めて、夕食の支度に備えた。

あまりに疲れるので、脈をとると、脈に強弱があり、とりにくい。脈が不規則に感じられることもあった。トン、トン、ズーって、何だ? ズーって、脈が感じられたんだけれど。

わたしはインデラルを使わなければ120~140くらいの洞性頻脈だが、洞性頻脈自体は健康な人にもよく起きるもので、この洞性頻脈は規則正しいことこの上なく、まるでカントみたいだと思ったほどだった(カントはとても規則正しい人で、町の人々はカントが散歩で通るのを見て時計を合わせたという)。

が、サンリズムを処方されるいくらか前から、それが崩れ、適当に打つ(?)ときがしばしば起きるようになった。規則正しい脈に慣れてきたせいか、まるで脈が酔っ払っているみたいだと思うときがある。何にせよ、不整脈は本当に疲れる。体力が削がれる。

小家族の洗濯物を干すくらいで息切れがするなんて、心臓弁膜症の症状ではないのだろうか? マイルド(軽度)とおっしゃったから、心配ないはずだが、自覚はしておくようにとのことだった。これも、先生にお尋ねしてみたい。

万一弁膜症が進んでいるのだとしたら、さっさと進んでくれないかな? 今年の11月で保険が期限を迎え、更新する気はないので、弁を替える手術なんかは今のうちにやれたらと思う。

お尋ねしたら、「マイルドなんだから、心配いらないよ。Nさんはこんなに元気いっぱいなんだし」といわれそう。

心エコーをやって貰えないか、看護師さんにお尋ねしてみたいが、先生は静脈瘤の手術で大層お忙しそうで、ちょっと考えて仕舞う。先生に質問するには言葉を絞る必要がある。

サンリズムは使っているうちに効かなくなってくるという話を、複数のブログで閲覧した。もうその時期? サンリズムとの蜜月は過ぎ去った?

暑さ疲れにすぎないかもしれない。秋になったら、心臓も元気になるのかもしれない。

幸い、今日は涼しいためか、かなり元気になったので、ぼちぼち創作の仕事を進めようと思う。

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中国・天津市の工場地帯で大規模な爆発事故

中国の天津市、港湾部の工場地帯で12日深夜に発生した大規模な爆発。

ここ数日、体調が悪くてニュースのチェックもできていなかったが、先ほど動画でこの事故で起きた何度かの爆発を捉えた動画を視聴し、驚いた。

ロケットが爆発したときのような巨大な光の玉。

シアン化ナトリウムが数百トン保管されていたことを知らずに放水を続けたことが、さらなる爆発を招いたと報道されている。

世界4位の貿易港だという。それがダメージを受けたことで、中国経済に深刻な影響が及ぶのは避けられないだろうが、日本への影響も心配だ。

ところで、シアン化ナトリウム? 化学音痴のわたしは息子に訊きたくなったが、ウィキペディアによると、シアン化ナトリウムは、青酸ナトリウム、青酸ソーダ、青化ソーダとも呼ばれ、工業的に広く用いられる物質だそうだ。

化学的および生理的性質はシアン化カリウム(青酸カリ)に類似するとあった。青酸カリなら、さすがのわたしでも聞いたことがある。推理物によく出てくるあの毒物?

「経口致死量は成人の場合 200~300 mg/人 と推定されている」とあるが、それが数百トン? (絶句)

ここ数日体調がパッとしない話もここに書こうと思ったが、記事を改める。

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2015年8月15日 (土)

郷土史家の新しいテーマ

先月下旬に、初の歴史小説でお世話になっている郷土史家に時候の挨拶状をしたため、作品の進行具合についてご報告をと思ったが、「なかなか下調べをぬけられません」と書くしかなかった。

お返事には、わたしの小説がどうなったか、気になっておりました……とあった。最近郷土史家は、中世の鹿島の歴史を調べていらっしゃるようだ。

次の時候の挨拶状をしたためるまでには、いずれまとめる予定で書きたい5編の短編のうち、1編だけでも形にしたいものだ。

今日は、ノートのノートを放置したまま、公家社会の仕組みについて調べていた。

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2015年8月14日 (金)

保守系ブログの削除が相次ぐ中で、ストラスフィールド市(オーストラリア)が慰安婦像設置を認めず。14日に追記(余命ブログ復活)。

ネットの悪影響を受けていると息子から忠告を受けたので、政治関係動画・サイトめぐりは最小限に控えています。

が、最小限のチェックは行っており、今後も記録しておくべきだと感じたことは記事にしておくつもりです。

保守系ブログの削除が相次いでいるようです。

特に、一度当ブログでも採り上げた気がしますが、「余命3年時事日記」という保守系ネット民の最大の情報源となってきたブログの削除が話題となっています。

このブログはなるべく検索に引っかからないような工夫がなされているにも拘わらず、1日5万人の訪問者数があるという人気ブログでした。

でも、おそらく復活するでしょう。以下のサイトで、そのあたりの情報提供がなされています。

人気ブログであるだけに、コピーサイトや検証サイトなど数多く、魚拓もしっかり残っているとあって、このサイトの内容を知りたければ、知ることに支障はありません。

以下は魚拓サイト。

魚拓検索窓にURLを入力して、ボタンをクリックします。余命3年時事日記のURLはhttp://kt-yh6494.blog.so-net.ne.jp/

言論の自由が保障されているはずのこの国で、保守系ユーチューバー・ブロガーは苦闘しているようです。これらではほとんどがきちんとソースを示しており、記事の信憑性を閲覧者が確認できるようになっています。

それが足枷となっているところがあって、著作権に触れるという理由で削除の対象となるのです。保守系ユーチューバー・ブロガーの良心が反日勢力に利用されている節があります。

「余命3年時事日記」は、妄想日記ということになっていました。必ずしもソースが示してあるとは限らず、それも削除対象とならないための工夫であったのかもしれません。

わたしが「ネットの悪影響」を受けているとすれば、その原因は国会中継です。民主党時代に国会中継を視聴して、肝試し以上に戦慄させられることがよくありました。

それが新聞、テレビなどのニュースでも報道されない。野党である自民党にも、どうにもできない事態……日本が乗っ取られてしまう。

そうした危機感から「ネットの悪影響」を受けるようになったわけです。

確かにやりすぎ、あるいは書きすぎ、と思える場合もあります。ただ昔から疑問に思ってきたことに明快な回答がもたらされ、当時の報道などソースもしっかりしているとなると、それはハマりますわね。

例えば、大学時代に学生運動にハマっていた文芸部の同窓生は炭住で育ったそうで、そこにある家々の表面はボロボロでも中はピッカピカの電化製品が揃い、外車を乗り回したりしていた、それが嫌だった――と昔わたしにいったのですが、どうしてそんな風なのかがわかりませんでした。

あるいは、駅前の一等地になぜパチンコ店があるのか。日本の文学はなぜ偏向し始めたのか(『広場の孤独』が芥川賞に選ばれたころとは明らかに違っています)。単なる商業主義では片付けられないものがあると、長年疑問に思ってきました。

そうした暮らしや文化に関することから、もっと大きなことまで、様々な疑問が鮮明になったり、解けたりしました。疑問が深まったこともあります。

「余命3年時事日記」の場合はソースが不明な記事も少なくありません。あえて、そうしてあるようにも思えます。しばらくしたら、その「妄想」が現実となったりもすることからすると、どんな人々がこのブログに関わっているのだろうと不思議に思います。

で、わたしの場合、判断を保留にしている記事が多くあります(そうした記事はコピーしています)。また通報のススメに至っては困惑し、そこまでせざるをえない状況にわが国が陥っているのだろうか、と民主党時代の国会中継を思い出したりもします。

こうした状況にある中で、人口4万人弱のうち中国系が2割、韓国系が1割を占めるというオーストラリア東部、シドニーの近郊にあるストラスフィールド市の議会が11日、慰安婦像設置を認めないことを議決したというニュースを目にしました。

保守系の方々の努力が実ったのではないでしょうか。慰安婦については、国会はじめ保守系サイトなどで、熱心な検証が行われてきて、「従軍慰安婦」が事実ではなかったという結論は出ているといってよいことでした。

話は変わりますが、明日からお盆になるので、ノートだけとっていた「夢で会えた、夫のおじいさん ②」を書いてしまわなくてはと思っています。

夫の代になれば、関係者を全員呼んで、義祖父母の供養を華やかに(?)行いたいと思うわたしです。

2015年8月12日 20:23

14日の追記:

余命ブログは、13日にWordPressで「余命三年時事日記」として復活したようです。

昨日一旦、復活の追記を書いたのですが、本物だろうかという不安に襲われたので、前掲「余命3年時事日記アーカイブ」で報告があるのを待つことにしました。

報告があり、新生余命ブログが更新され、その記事では三代目余命節が明らかなので、間違いないとわかりました。

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2015年8月13日 (木)

短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

キンドル版の短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

8月5日ごろ、お買い上げいただいたようです。

『ぼくが病院で見た夢』は10冊目のお買い上げでした。最近、この本を続けてお買い上げいただいて嬉しいです。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年8月10日 (月)

短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

キンドル版の短編児童小説『ぼくが病院で見た夢』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

7月31日ごろ、お買い上げいただいたようです。

『ぼくが病院で見た夢』は9冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年8月 9日 (日)

心臓の不調にスプレー1回(読書疲れか、暑さ疲れか)。10日に追記あり。

20150809ni

17時半くらいに、ミオコールスプレーを1回。

いつもの胸痛や圧迫感とは違います。

息苦しさがあり、いつもの胸の中から起きる、心臓が鉛になったみたいに重くなる圧迫感とは違い、上から抑えつけられるような感じがありました。サンリズムと迷いましたが、ニトロを使いました。

ミオコールスプレーで、胸の中が涼しくなり、頭や左腕まで、それが拡がったので、軽い冠攣縮性狭心症が起きていたのかもしれませんが、よくわかりません。

そのあと、左寄りにまた胸が上から抑えつけられたようで、その上をミシンが走るみたいな、何ともいえない不快感が起きました。携帯心電計の結果から心房細動といわれ、サンリズムを飲むようになる前に起きた症状と似ています。

そして、目眩が起きました。サンリズムを頓服で飲むべきだったかもしれませんが、昼のサンリズムを1錠追加したので、これ以上飲むと、乱用になって、かえってよくないかもしれないと思い、ミオコールスプレーを使ったのです。

昨日も、「高校生の読書感想文におすすめの本」を書くために、何冊も本を再読し、くたくたになって(別に誰に頼まれたわけでもなく、役に立つかどうかもわからないのに、馬鹿ですね)、夜料理をしていたら、不整脈が起きました。

その前にも、1度、何時だったか、不整脈が起きました。すぐに治まったのですが、念のためにサンリズムを頓服で服用しましたが、何だか心臓が音を上げている感じでした。

ほんの少しでも自分にとってオーバーワークになると、不整脈が起きるようになっています。しっかり抑え込めていたはずなのに。

涼しくなれば、この症状、よくなるのかもしれませんが。でも、クリニックに行こうと思うほど、きつい症状ではないので、何となく気になりながら、サンリズムを増やしたり、減らしたりしています。これを書きながらも、目眩がしています。

追記:

心臓に不調を覚えていた間、止まりにくい咳が頻繁に出ていたのが、ミオコールスプレー使用後、止まりました。喘息対策としてはフルタイドを使っており、この咳が喘息の咳だったのか、そうでないのかわかりません。

不整脈と咳と胸痛がセットになることが多いこのごろ。サンリズムを頓服で使ってみても、結局ミオコールスプレーで一件落着。

今日はサンリズムを頓服としては使っていません。そのせいか、心臓がまたもや不安定な感じ。足りていない感じ。脈をとってみると、強く打ったり弱く打ったり。少し目眩がします。

次回の受診時にサンリズムの血中濃度を調べて貰うと思うので、疑問点は先生にお尋ねしようと思います。

A20150809161122

サボテンはやたらと元気で、また子供ができています。下のほうは茶色く色が違っているでしょう?

日田市にいたときは死にかけていたのです。古い借家は庭も家も湿気が強かったので、サボテンには毒だったのでしょうね。

茶色く萎びていたので、もう死んでるだろうから捨ててこようかと思ったほどでしたが、連れてきてよかったです。

10年くらいかけて、こんなに伸びました。

A20150809161041

バジルの花です。白い、可憐な花。花がつき始めるとこのバジルは終わりですが、最後まで収穫します。

植物に負けないように、がんばろうっと。

暑いので、ご訪問くださったあなた様もお気をつけて。

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2015年8月 8日 (土)

高校生の読書感想文におすすめの本 2015年夏

短編・中編小説

夜間飛行 (光文社古典新訳文庫)
アントワーヌ・ド サン=テグジュペリ (著), 二木 麻里 (翻訳)
出版社: 光文社 (2010/7/8)

『星の王子さま』を書いたことで知られるサン=テグジュペリはフランスの作家ですが、パイロットでもありました。実体験をもとにドキュメンタリータッチで書かれた、美しさとスリルに満ちた作品です。

田園交響楽 (新潮文庫)
ジッド (著), 神西 清 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1952/7/17)

盲目の少女が牧師に引き取られます。粗野だった少女は牧師のもとで成長し、次第に洗練されていきます。やがて、手術の成功で目が見えるようになった彼女が見たものは……? 

複雑な内容の小説ですが、複雑であるからこそ小説を読む楽しさが増し、当然、解釈もいろいろと出てきますから、それだけ感想文も書きやすいというわけです。

肉体の悪魔 (新潮文庫)
ラディゲ (著),  新庄 嘉章 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1954/12/14)

ラディゲの長編処女小説といわれていますから、長編のグループに入れるべきでしょうが、ストーリーがシンプルであるためか、あまり長いとは感じられないので、このグループに入れました。

15歳の少年と19歳の人妻が出会い、あまやかに始まった恋愛は……という、よくありがちなストーリーの小説です。

しかし、よくありがちでないことには、この小説をラディゲは16歳から18歳の間に書き、20歳で夭逝(ようせつ)しました。

恋する男女の未来に何の手心も加えない、クールな筋の運びです。箴言(しんげん)のように響く言葉を頻繁に自身につぶやく主人公は、そうすることで恋愛を成熟の糧(かて)としているかのようです。

精緻(せいち)な心理描写に驚かされますが、わたしの場合は年取ってから再読した今のほうが驚きが強いように思います。

感性のネットワークを張り巡らせ、人妻に関係のあることばかりか自分から出た考えや感情に至るまで、全てをキャッチし、客観的に解釈しようとする、凄まじいばかりのエネルギーに圧倒されます。全文、どこにも弛緩(しかん)した箇所が見当たらないのです。

ラディゲに対抗するつもりで、意欲的な感想文を書いていただきたいものです。

草の竪琴 (新潮文庫)
トルーマン カポーティ (著), 大沢 薫 (翻訳)
出版社: 新潮社 (1993/3/30)

カポーティは『ティファニーで朝食を』のような軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)な小説や、この『草の竪琴』のような哀しくなるほどに美しい少年時代の小説を書く一方では、『冷血』の如き重厚なノンフィクション小説も書いた作家です。

次に紹介するフィツジェラルドとどこか共通点のある、アメリカらしい作家といえるかもしれません。

グレート・ギャツビー (新潮文庫)
フィツジェラルド (著), 野崎 孝 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1989/5/20)

アメリカの一時代を知るためにも、ぜひ読んでほしい小説です。きらびやかな華やかさとわびしさが交錯する、ため息の出るような世界が描かれます。読書感想文は書きやすいと思います。

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)
ジョン スタインベック (著),  大浦 暁生 (翻訳)
出版社: 新潮社 (1994/8/10)

アメリカの良心を代表しているような作家スタインベック。スタインベックの小説は社会派小説に分類されると思いますが、叙情味ゆたかで、哀切なところがあり、アメリカの土地の香りがしてくるようです。

マンスフィールド短編集 (新潮文庫)
マンスフィールド (著),  安藤 一郎 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1957/9/3)

人間の気分というものは、周囲のちょっとした気配に影響されて一変することがあります。そうした過程を、マンスフィールドほど巧みに描いた人は少ないでしょう。

喜怒哀楽がこんなに微妙なところから誕生するとは、自分ではなかなか気づくことができません。このような人間の秘密を明晰(めいせき)な形にして教えてくれる、希有(けう)な作家です。

とても短い作品が多い短篇集ですが、読書感想文が書きやすいかどうかは微妙でしょう。

ただ、一編の短い小説から何枚もの絵画が出てくるかのような美しい作品ばかりなので、こうした機会にマンスフィールドの世界を知っていただきたいと思います。

萩原朔太郎 (ちくま日本文学 36) 
萩原 朔太郎   (著)
出版社: 筑摩書房 (2009/6/10)

萩原朔太郎は詩人として有名ですが、小説にもいいものがあります。

『猫町』『ウォーソン夫人の黒猫』はどちらもとても短い幻想小説で、感想文におすすめです。『ウォーソン夫人の黒猫』は心理小説なのかオカルト小説なのかわかりませんが、怖いですよ。上品な作風であるだけに……。

散文詩

プラテーロとわたし (岩波文庫)
J.R.ヒメーネス (著), 長南 実 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2001/2/16)

プラテーロというロバに語りかけられた、138編の散文詩です。読み進むにつれ、アンダルシアの風景や町並み、人々の暮らしなどが見えてきます。

プラテーロがどんなロバかは、こんな風に書かれています(11ページ)。

プラテーロはまだ小さいが、毛並みが濃くて、なめらか。外がわはとてもふんわりしているので、体全体が綿でできていて、中に骨が入っていない、といわれそうなほど。ただ、鏡のような黒い瞳だけが、二匹の黒水晶のかぶと虫みたいに固く光る。

1956年、ヒメーネスはこの作品でノーベル文学賞を受賞しました。

印象深かった詩のどれかを採り上げて感想文にしてもいいでしょうし、全体の感想を書いてもいいでしょうね。

戯曲

ギリシア悲劇〈1〉アイスキュロス (ちくま文庫)
アイスキュロス (著),  高津 春繁 (翻訳)
出版社: 筑摩書房 (1985/12)

高校生の夏休みにギリシア悲劇にチャレンジしてみませんか? 一生の宝物になりますよ。

一番目に収録された作品『縛られたプロメテウス』は、読書感想文にオススメです。

夜叉ヶ池・天守物語 (岩波文庫)
泉 鏡花 (著)
出版社: 岩波書店 (1984/4/16)

美の極致といってよい、泉鏡花の幻想的な戯曲です。ストーリーは、『天守物語』のほうがわかりやすいかもしれません。

日本美を堪能させてくれる泉鏡花の作品ですが、表現が古風に感じられるでしょうね。そこがいいのですが、鏡花の場合は小説より戯曲のほうが読みやすいと思います。

どちらも、青空文庫に入っています。

長編

白痴 (上巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー (著), 木村 浩 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (2004/04)

白痴 (下巻) (新潮文庫)
ドストエフスキー (著), 木村 浩 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (2004/04)

白痴というタイトルは逆説的で、無垢、清浄、天上的知性という意味合いが含まれているように思います。

主人公のムイシュキン公爵は、ひとたび知れば、なつかしい人物となります。

この小説では会話が多く、それに圧倒されるためか、それほど長いとは感じられません。読み応えはたっぷりあります。

ジェーン・エア (上) (新潮文庫)
C・ブロンテ (著), 大久保 康雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1953/2/27)

ジェーン・エア (下巻) (新潮文庫)
C・ブロンテ (著), 大久保 康雄 (翻訳)
出版社: 新潮社; 改版 (1954/1/12)

ジェーン・エアを好きか嫌いかは別として、ジェーン・エアを知らない自分というものが、わたしは想像できません。英文学の定番――の一編――といえます。

長編ですが、難しい作品ではありませんし、ストーリーには不気味で謎めいたところがあるので、肝試しのノリでどんどん読めると思います。

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2015年8月 6日 (木)

今後の執筆予定

初の歴史小説のノート

江戸時代にかんする主要な事柄が全く頭に入っていないので、これは創作以前、日本人としての認識が欠如した状態とすらいえそう。

『梁塵秘抄』からの引用をしようとしたところで、初の歴史小説のノートは止まっていた。

江戸初期のケンペル『江戸参府旅日記』を読んでいると、後白河法皇によって平安末期に編まれた歌謡集『梁塵秘抄』を何度も連想したので、歌を出して比較してみたいと思ったのだ。

時代が隔たっているにも拘わらず、そして一方は外国人が書いた日記、他方は歌謡集であるにも拘わらず、雰囲気がそっくり! 歌に描かれた情景をまるでケンペルがなぞっているかに思えた箇所が複数あった。

『梁塵秘抄』は、これが歌謡集だと思えば驚くほかないほどの宗教的繊細、深み、知性を感じさせる。

庶民にまで浸透していた宗教の教えの気概、躍動感。

現代日本にはどう探してもないものだ。どうしてここまで失われてしまったのか、というのが、初の歴史小説を書くわたしのテーマでもある。

萬子媛を義理の息子が描いた貴重な史料「祐徳開山瑞顔大師行業記」を読んで、わたしは野趣といってもいいような宗教のダイナミズムを感じた。人としての心情の発露が如何にも自然で、その直截な表現が萬子媛の出家であった。

まさにこの時代、宗教はまだ生きていた。

これは宗教教育の賜だろう。

萬子媛は公家の出だから、当然教養は豊かであっただろう。

庶民レベルにおいても、行事、歌謡、習慣、芸術作品などを通して、宗教教育が自然に実践されていたのだろう。

国家安泰を願い、衆生救済に尽くすことを願った萬子媛の断食入定はある意味決定的、象徴的な出来事で、戦後の日本では、法的にも、精神的にも、およそ考えられない側面がある。

ウィキペディアで即身仏の一覧を見ると、廃仏毀釈後の明治36年まで記録があるようだ(明治36年、仏海上人、観音寺)。

萬子媛が生まれた江戸幕府という器。

まずは朱子学だ、林家だ。この読書が一向に進まない。

キリスト教神学とアリストテレスの形而上学を総合したのがトマス・アクィナスのスコラ哲学だとすれば、朱子学はそれまでの東洋思想(儒教・仏教・道教)を総合したものとして、手法的にスコラ哲学に似たところがある。

スコラ哲学はキリスト教が排斥してきた神秘思想などもうまい具合に、品格を損なわないように注意して採り入れているので、キリスト教によって排除されてきた思想をほどよく知ることができるという点で、便利である。

しかし、これは哲学というより、いわゆる「まとめ」であって、何か肝心のものが欠けている気がする。思想の目的が剥ぎ取られ、方向性を見失ったそれらは無理にキリスト教の衣を着せられ、困惑しているかのようだ。社会的に利用するための加工が施されているといえばいいだろうか。

朱子学も、これまでの読書を通してだいたいそのようなものだと感じられたので、あまり興味が持てず、つい朱子学のちゃんとした勉強を後回しにしてしまう。

だが、江戸時代を知るには、そして花山院萬子媛がどのような社会的器に生きたかを知るには、まず林家三代から知らなくてはならない。そして二人の黒衣の宰相について。

ここまでやるべきことがはっきりしているのに、勉強が進まない。

ノートのノートになってしまった。とにかく、この文章を整理して次のノートを書くのが宿題。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

高校生の読書感想文におすすめの本 2015年夏

これを調べていて、今日は時間が潰れた。早く書いてしまおう。

堀田善衛『広場の孤独』は朝鮮戦争時の知識人の日常を捉えており、立ち位置も、共産党、アメリカ主義、いずれからも距離を置きたい日本人としてのアイデンティティーの問題を感じさせる名作だと思うが、アマゾンでは中古しかないみたいだ。

芥川賞受賞作品で、今の芥川賞との格の違いは歴然としている。

堀田善衛は『ゴヤ』で有名だが、カタリ派のモンセギュール城攻防を描いた『路上の人』を「不思議な接着剤」ノートのための資料として読み、よく書けていて驚いた。

おすすめ本を、過日書店で選んできたつもりだったが……今回はこれまであまり採り上げなかったアメリカ文学を数冊入れたい。スタインベック、フィツジェラルド、サリンジャー、カポーティなど。テネシー・ウィリアムズは高校生には早いだろうか。

ニュージーランド出身のマンスフィールドなんかも、長いものが苦手な生徒にはいいかもしれない。フランスの作家ジッドは青春文学という感じで、採り上げたくなる。ラディゲの『肉体の悪魔』もいいかもしれない。

『肉体の悪魔』は16歳から18歳の間に書かれたとは思えない作品だが、中年になって読むと、危ういところを感じさせ、全体的に咲きたての薔薇を見るようなみずみずしさだ。

萩原朔太郎の小説も採り上げたい。読書好きな高校生であれば、ドストエフスキー『白痴』はどうだろう。チャレンジするなら、手応えのある読書となるだろう。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

ゾラ『夢想』

これについてはノートしておきたい。ゾラの手法、いくらかでも学びたい。うまい具合に史料が挟まれている。バルザックの手法との違いなども。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

夢で会えた、夫のおじいさん  ②

ノートして放置はだめ。神秘主義的エッセー集に欠けていると思っていた要素がこれで揃う。99円シリーズの短編児童小説も、秋くらいには出したい(作品はある)。

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2015年8月 4日 (火)

Dr.ブロナーの「マジックソープ」はオススメです

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Dr.ブロナーの家族という感じでしょ?

瓶はココナッツオイル、真ん中の小さい缶はマジック オーガニックバーム、オレンジのはマジックソープ(944mlなのでデカい)、薔薇色の背の高いのがマジック トナー、低いのがマジック クリーミーゲルです。

家族に加わっている赤いのは、ロータスのカラメルビスケット。朝食がパンのときは、ココナッツオイルをそれに塗るのですが、そうでないときはココナッツオイルにビスケット1枚浸して、ビスケットと一緒にココナッツオイルを摂取したりしています。

炒め物やドレッシングなど、料理にも時々使っています(高くつくので、時々です)。

Dr.ブロナー オーガニック バージン ココナッツオイル 375g (414ml)
DR.BRONNER'S (ドクターブロナー)

健康によいココナッツオイルを食品として摂取するだけでなく、肌に塗り始めたのは、瞼が乾燥して赤くなり、皮が剥げて、痒みに悩まされたからでした。

ファンケルもDr.シーラボもだめでした。ココナッツオイルが効果がありました。ココナッツオイルを何種類か使ってみましたが、わたしの場合はDr.ブロナーしか合いませんでした。

瞼はよくなったものの、目に入ると(気をつけているつもりでも、なぜか入りやすい)、視界が霞みますぅ(ノ_-。)

ココナッツオイルは日焼け止めにも使えるそうですし、顔のシミが薄くなった気がして気に入ったのですが、視界が霞むと、創作に差し支えます。

そこで、過去記事で紹介した「マジック オーガニックバーム サンダルウッド 14g 」を娘から借りて塗ってみました。

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問題はこれで解決しました。

が、暑さが厳しくなってくると、これは不要になりました。そして、Dr.ブロナーのなら、化粧水や保湿クリームもいいかもしれないと娘と話し、これも共有してお試ししてみることにしました。

化粧水に当たるものは「マジック トナー」になるのでしょうか。全成分は「水、ダマスクバラ花水、エタノール、アロエベラ液汁、グリセリン、ハチミツ、ハマメリス水、アサ種油、アボガド油、ホホバ種子油、ビタミンE、ラベンダー油、キサンタンガム、マンナン」とあります。

とろみのある化粧水といった使用感です。べたつかず、肌によく馴染みました。

マジック トナー 150ml
DR.BRONNER'S (ドクターブロナー)

ノーマルとローズがあり、ローズのほうがさっぱりしています。現在、娘はノーマル、わたしはローズを使っています。

「マジック クリーミーゲル」が保湿クリームに当たるようです。よく伸び、肌がしっとりします。

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マジック クリーミーゲル ローズ 30ml
DR.BRONNER'S (ドクターブロナー)

これもノーマルとローズがありますが、まだローズしかお試ししていません。ローズが安くなっていたのです。

クリーミーゲルは保存料が入っていないため、2ヶ月内の使い切りが推奨されています。ひとりで使い切れるかどうかはわかりませんが、わたしは娘と共有できるので、この点は問題ないかな。

弱くなった肌の手入れを如何に安く、安全に、効果的に行えるかが、緊縮家計の我が家の課題の一つです。

ファンケルとDr.シーラボで数年やってきました。Dr.ブロナーに替えた場合、どうなるのか、しばらく試してみたいと思っています。

合わないと、わたしの場合、すぐに痒くなるので、続けたくても無理です。そのときは、ファンケル、Dr.シーラボに戻したり、他のものを試すことになります。

これをコスメ・ジプシーっていうんですってね。肌の弱い人が増えているのでしょうか。

尤も、昔はジプシーしようにも、今ほど豊富に化粧品が出ていなかったので、皮膚科で化粧はやめておくようにいわれ、「もう一生化粧ができないんだ」と暗くなったりしたものでした。

憂鬱になった気分を俳句にした覚えがあるので、子供たちがまだ小学生のころの話です。しばらくの間、化粧は口紅だけつけていました。基礎化粧はどうしていたんでしょう、何を使っていたのか、覚えていません。

何にせよ、コスメ・ジプシーできるということは、幸せなことです。

アマゾンで買い物するときは、なるべく「Amazon.co.jp が販売、発送します。通常配送無料」と表示があり、割引率が高いものを注文することにしています。

クレジットカード登録はしていず(そもそも使いません)、買い物のたびに少し面倒ですが、コンビニでアマゾンギフト券を購入、登録して、前払いすることにしています。

暑い間の基礎化粧品、わたしはDr.ブロナーのトナーとクリーミーゲルでいけそうです。トナーが1,736円、クリーミーゲルが1,982円。寒くなってくると、マジック オーガニックバームが必要ですが、これは972円でした。

いつもこの値段で出ているとは限りませんが、ニベアを併用したり、ココナッツオイルで補ったりすれば、安くつきそう。

最後になりましたが、一番おすすめしたいのは、「マジックソープ」です。944mlにリンクしましたが、もっと小さなサイズもあります。944mlを1,773円で購入しましたが、まだそのお値段ですね。

マジックソープ ティーツリー 944ml
DR.BRONNER'S (ドクターブロナー)

これ1本で全身洗えると説明されています。

口コミでは掃除、洗濯にも使えるようで、嘘、と思いましたが、本当でした。

メイクも、クレンジングオイルは必要とせず、これだけでよく落ちます。皮膚の弱いわたしでも、大丈夫でした。

髪はきしみます。マジックソープでシャンプーした後でコンディショナーを使えば、問題ないのかもしれません。わたしはシャンプーを2回します。1回はマジックソープ、もう1回は生活の木で買ったシャンプーがまだあるということもありますが、それを使っています。そして、コンディショナー。

追記:

洗髪後の髪を弱酸性に戻すための石鹸シャンプー専用リンスを使うとよいそうです。

Dr.ブロナーのシャンプーが別にありますが、それはお試ししていません。

現在、我が家で使っているマジックソープはティーツリーです。他にラベンダー、アーモンド、グリーンティ、サンダルウッド&ジャスミン、シトラスオレンジ、チェリーブロッサム 、ベビーマイルド、ペパーミント、ユーカリ、ローズがあります。

マジックソープも娘がお試しして(娘はお試しが好きです)、わたしは最初ティーツリーは灯油みたいな匂いが苦手でしたが、次第に慣れてきました。

ティーツリーオイルは万能薬といわれるほど、抜群の効能で知られているので、家族で本格的にこれを使うことにしました。

泡ボトルに入れ、水道水で希釈して使っています。

驚いたのが、トイレと洗面所の床掃除に使ったときです。

このマンションは借りた時点で20年経っており、床全体がわざと汚したのかと思うくらい、汚れていました。それから10年、なかなか落ちませんでしたが、試しにマジックソープで強めに擦ってみた部分の汚れが驚くくらい落ちました。

洗濯にはまだ使ったことがありません。食器洗いには使えました。掃除や食器洗いには、ユーカリも試してみたいと考えています。

944mlサイズのマジックソープも大きいですが、さらに大きなガロンサイズ(3776ml)もあります。

何にでも使うとなると、ガロンサイズを買いたくなります。でも、我が家では5倍くらいに希釈して使うので(そうする人が多いようです)、さすがにガロンサイズだと長持ちするでしょうね。

そういえば、944mlサイズのマジックソープが近くのスーパーのコストコ・コーナーにありました。シトラスオレンジ、ラベンダー、ローズがありました。

何日かして行ったら、一番安く出ていたシトラスオレンジが全部売れたのか、コーナーから消えていました。

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2015年8月 3日 (月)

昨日の2度の不整脈に、ある試み

朝と夜、服用している薬は、

  • インデラル錠10㎎
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg)
  • サンリズムカプセル25㎎
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg)
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg)
  • ウロカルン錠225㎎

ウロカルンを除けば、全部心臓の薬で、昼はインデラル、ニコランジル、サンリズムのみ服用しています。

昨日、不整脈が2回起きました。こういうことがあると、最近はその後しばらくして、決まって冠攣縮性狭心症の発作が起きました。

5月19日の受診のとき、先生に質問をしました。

  • 2015年5月19日 (火)
    18日に、循環器クリニック受診(サンリズムを頓服に)
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/05/18-55fa.html
    期間内、心臓の調子はよいほうだったが、その発作自体よりも、その前後に起きる不整脈のほうが気にかかるので、再度先生にお尋ねしてみた。
    わたしのこうした不整脈には、毎食後1錠ずつ服用している抗不整脈薬サンリズムを、それとは別に頓服として積極的に使ってよいそうだ。その根拠として、サンリズムカプセルの主成分である塩酸ピルジカイニドの血中濃度が基準値内で、上限までには余裕があるからとのこと。
    塩酸ピルジカイニド血中濃度は0.31μg/mLだった。有効治療濃度は0.20~0.90μg/mL。ダイエットして体重が6㎏ほど減る前は、50㎎(1日150mg)を服用していた。
    体重が減ると薬が効きすぎることがあるということで、塩酸ピルジカイニド血中濃度を調べて貰うと、1.07μg/mLで効き過ぎていることがわかり、半量に変更になったのだ。
    塩酸ピルジカイニドの効き過ぎは致命的な不整脈を惹き起こすこともあるというから、怖い。
    半量になってからは、先生がおっしゃるように上限には余裕があるので、怖がらずに使っていこう。

そのことを思い出して、昨日の夕食後にサンリズムを2錠服用してみました。25㎎×2=50㎎になりますが、以前は50㎎を服用していました。

50㎎は25㎎よりも効き目が強い感じが確かにします。脈の乱れに強く作用して症状が改善されるせいか、胸の中が清々しい感じがしますが、これ以上効き過ぎると、それはそれでまずいのでしょうね。

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今朝もサンリズムを2錠服用しました。昼は通常通り1錠。

サンリズムの血中濃度が高くなったせいか、不整脈は起きていません。冠攣縮性狭心症の発作も起きていません。

実は昨日、トイレでまたごく軽い胸痛が起きたのですね。起きかけたといったほうがよいくらいで、すぐに何ともなくなりましたが、その代わり、しばらくして不整脈が起きたのです。ニトロを使うより、まずこの不整脈を丁寧にコントロールしてみようと思いました。

また通常に戻すべきか、どうか、これから食後の薬を飲むところですが、迷ったので、とりあえず昨日からの試み――というとオーバーですが――をブログに書いておくことにしました。

トイレで、なぜ冠攣縮性狭心症の発作が起きやすいのでしょうか?

うちのトイレは今すごく暑いのです。気温の差が刺激となって発作の起きることがあるようなので、居間ととトイレの室温の差が原因でしょうね。

そして、トイレへ入ると気が抜けるというか、ホッとします。冠攣縮性狭心症の発作はリラックスしたときに出やすいという特徴があるみたいなので、それも一因かなと考えています。

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2015年8月 1日 (土)

児童小説『すみれ色の帽子』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『すみれ色の帽子』(ASIN:B00FB4K0X2)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『すみれ色の帽子』をお買い上げいただいたのは8冊目で、Kindleオーナー ライブラリーで1冊お借りいただいています。7月23日ごろお買い上げいただいたようです。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

 

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぼくが病院で見た夢

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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