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2015年6月の22件の記事

2015年6月27日 (土)

わが国の集団的自衛権を支持している国、反対している国。胸につけられたブルーリボンバッジ。28日に追記あり。

政府は2014年7月1日、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定を行った。

安倍首相は記者会見で、

「如何なる紛争も力ではなく、国際法に基づき、外交的に解決すべきであると法の支配の重要性を国際社会に対し、繰り返し訴えてきました。その上での万が一での備えです。そして、その備えこそが万が一を起こさないようにする大きな力になると考えます」

「わたしたちの平和は人から与えられるものではない、わたしたち自身で築き上げるより他に道はありません」

「憲法が掲げる平和主義、これからも守りぬいていきます。日本が戦後一貫して歩んできた平和国家としての歩みは今後も決して変わることはありません。今回の閣議決定はむしろその歩みをさらに力強いものにしていくと考えています。また、今回閣議決定をいたしました基本的な考え方、積極的平和主義につきましては、わたしは首脳会談のたびに説明しています。多くの国々から理解を得ています」

と説明している。

これは記者会見の一部抜粋にすぎず、ノーカットの記者会見は首相官邸ホームページの動画で視聴できる。以下はYouTubeにアップされていた動画へのリンク。

海外に対して行われてきたという働きかけの内容が、首相の言葉通りであるかどうかは、首脳会談にかんするニュース、詳細には外務省のホームページで確認できると思う。

ところで、昨日の記事で、わたしは書いた。

  • 2015年6月26日 (金)
    曖昧はどちらだろうか? 只今、国会中継中(衆議院平和安全法制特別委員会質疑)。
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2015/06/post-e60c.html
    集団的自衛権についてググっていると、賛否をまとめた記事が出てきて笑ってしまった。2ちゃんねるがソースらしいその記事は、ずいぶん拡散しているようだ。
    どんな国、団体が支持し、反対しているかを知ることは大事だと思う。

それで、ウィキペディアや、ネット検索で閲覧させていただいた以下の記事を参考に、集団的自衛権を支持している国、反対している国を自分で拾ってみることにした。

ところが、内容を一つ一つ確認しながら作業していたら、終わらない、終わらない。整理どころか、まだ拾う作業も途中で、とうとう日が暮れてしまった。

作業は途中だが、うっかり消してしまいそうだから、メモとしてアップしておこう。そのうち気が向いたら続きを書くが、前掲の参考記事を閲覧していただいたら、いいと思う。

 支持

  • バラク・オバマ大統領(アメリカ合衆国)24日:2014.4.24産経ニュース
  • 米下院軍事委員会(アメリカ合衆国)8日:2014.5.9日本経済新聞
  • 元米国防総省・日本部長ケビン・メア(アメリカ合衆国)2014.6.6朝日新聞デジタル
  • チャック・ヘーゲル国防長官(アメリカ合衆国)1日:2014.7.2産経ニュース
  • ローズ米大統領副補佐官(アメリカ合衆国)1日:2014.7.2産経ニュース
  • ハーフ国務省・副報道官(アメリカ合衆国)1日:2014.7.2産経ニュース
  • アシュ・カーター国防長官(アメリカ合衆国)26日(現地時間):2015.3.27産経ニュース
  • ジョー・バイデン副大統領(アメリカ合衆国)26日(現地時間):2015.3.27産経ニュース
  • ウィルツ報道官代理(ドイツ)2日:2014.7.2産経ニュース
  • アンゲラ・メルケル首相(ドイツ)9日:2015.3.10外務省「日独首脳会談(概要)」
  • デルロサリオ外相(フィリピン)12日:2013.3.12毎日新聞
  • ベニグノ・アキノ3世(フィリピン)24日:2014.6.24ウォール・ストリート・ジャーナル日本版
  • チャールズ・ホセ外務省・報道官(フィリピン)2日:2014.7.3毎日新聞
  • レ・ハイ・ビン外務省・報道官(ベトナム)3日:2014.7.3日本経済新聞
  • ジョン・キー首相(ニュージーランド)7日:2014.7.7新華ニュース 
  • ウン・エンヘン国防相(シンガポール)8月末:永田和男、中央公論2013年11月号
  • ウィリアム・ヘイグ外相(イギリス)16日:2013.10.17朝鮮日報日本語版
  • キャメロン首相(イギリス)1日:2014.5.1外務省「日英首脳会談(概要)」
  • マイケル・ファロン国防相(イギリス)18日:2014.7.産経ニュース
  • ジュリー・ビショップ 外相(オーストラリア)15日:2013.10.15時事通信
  • アンドリュース国防相(オーストラリア)5月30日:2015.6.1産経デジタルZAKZAK
  • ジョン・ベアード外相(カナダ)28日:2014年7月28日本経新聞
  • ヴー・ドゥック・ダム・ベトナム副首相(ベトナム)22日:2014.5.30産経ニュース
  • チュオン・タン・サン国家主席(ベトナム)18日:2014.3.18外務省「日・ベトナム首脳会談(概要)」
  • ナジブ・ラザク首相(マレーシア)25日:2015.5.25産経ニュース
  • ユタサック国防副大臣(タイ)9月18日:永田和男、中央公論2013年11月号
  • スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領(インドネシア)18日:2013.1.30産経新聞
  • プルノモ国防相(インドネシア)6月:永田和男、中央公論2013年11月号
  • シェイク・ハシナ首相(バングラディシュ)26日:2014.5.26外務省「日・バングラデシュ首脳会談(概要)」
  • アブドッラ・ヤーミン・アブドゥル・ガユーム大統領(モルティブ)15日:2014.4.15外務省「日・モルディブ首脳会談(概要)」
  • パッソス・コエーリョ首相(ポルトガル)27日:2015.6.28外務省「日・ポルトガル首脳会談(概要)」
  • フランソワ・オランド大統領(フランス)7日:2013.6.7外務省「日仏首脳会談(概要)」
  • ハサム・サチ首相(コソボ)14日:2014.4.14外務省「日コソボ首脳会談(概要)」
  • ディ=ルポ首相(ベルギー)7日:2014.5.7外務省「日・ベルギー首脳会談(概要)」
  • ベンヤミン・ネタニヤフ首相(イスラエル)12日:2014.5.12外務省「日イスラエル首脳会談」
  • ムハンマド・ビン・ザーイド・アール・ナヒヤーン皇太子(アラブ首長国連邦アブダビ首長国)26日:2014.2.27外務省「安倍総理大臣とムハンマド・アブダビ皇太子との会談(概要)」
  • カーブース・ビン・サイード・アール・サイード国王(オマーン)9日(現地時間):2014.1.10外務省「日・オマーン首脳会談 - 安倍総理大臣のオマーン訪問(概要と成果)」
  • フアン・マヌエル・サントス・カルデロン大統領(コロンビア)29日:2014.7.30外務省「日コロンビア首脳会談 - 安倍総理のコロンビア訪問(概要)」
  • ジルマ・ヴァナ・ルセーフ大統領(ブラジル)1日(現地時間):2014.8.2外務省「日・ブラジル首脳会談(概要)」
  • エンリケ・ペニャ・ニエト大統領(メキシコ)8日(現地時間):2014.10.8外務省「日・メキシコ首脳会談(概要)」
  • ツァヒャー・エルベグドルジ大統領(モンゴル)23日(現地時間):2014.9.24外務省「日・モンゴル首脳会談(概要)」
  • ナレンドラ・ダモダルダス・モディ首相(インド)14日(現地時間):2014.11.14外務省「日印首脳会談」

※まだありそうだが、きりがないので、このへんで。外務省の情報に絞った方がよかったかな。時間があるときに改めて調べ直し、整理したいところだが、放置プレイになるかも。支持国がこんなに多いとは、調べるまで想像しなかった。(2015.6.29)


反対

  • 洪磊副外務省・報道局長(中国)1日:2014.7.1日本経済新聞
  • 外交省・報道官(韓国)1日:2014.7.1日本経済新聞
  • 与党セヌリ党報道官(韓国)1日:2014.7.1日本経済新聞
  • 新政治民主連合(韓国・最大野党)1日:2014.7.1日本経済新聞

※まだあると思われるが、中韓以外の情報が少ない。(2015.6.29)

 今後を注視

  • 外務省・報道官(ロシア)7日:2014.7.8朝日新聞デジタル
  • ドミトリー・ストレリツォフ、モスクワ国立国際関係大学教授・東洋学講座主任(ロシア):2014.7.17ロシアNOW(ロシア政府発行紙)

※ロシアは日本の立場をよく分析している。(2015.6.29)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

ニュース記事と、共同声明・記者会見を含めて首脳会談の内容を確認しながら作業を進めるうちに、わたしは涙ぐんでしまった。安倍首相の凄まじいばかりの外交努力に心を打たれたのだった。

安倍首相は、首脳会談のたびに日本が置かれた立場や平和主義の構築について、丁寧に説明している。

そしてもちろん、経済、文化交流、その他の分野においても、積極的な協力関係を築こうとしている。

結局のところ、どちら側のカラーが好きかということだろう。支持している側か、反対している側か。

支持している国々と協調していく限りにおいては、少なくとも、これらの国々から攻撃される危険性は低いということだ。

わが国の敗戦の歴史と日米同盟を考えれば、よくも悪くも日本の選択肢は他にないように思える。

アメリカの歓迎が大きければ大きいほど、当然ながら日本に求められる役割が大きくなったり、変化したりすることは想像できるが、そのぶん、日本が独自性を発揮できる部分が大きくなるということでもある。

アメリカに呑み込まれてしまわないよう、うまく調整を図りながら、柔軟かつ毅然として、日本らしい平和主義を世界に拡げていければ、それが最善の道といえる気がする。

安倍首相の外交努力はあっぱれというべきだ。

左派は安倍晋三首相がアメリカと組んで世界の国々に戦争を仕掛けようとしているようなことばかりいうが、そもそもこのように多くの国々と協調していこうという姿勢から、そのような解釈を引き出すのはいささか無理があるのではあるまいか。

安倍首相は日独首脳会談で、「『核兵器のない世界』の実現のため緊密に連携したい旨述べ」、両首脳は「軍縮の実現に向けて協力して取り組んでいくことを確認した」そうだ。その心根を疑う気持ちにはなれない。

それは今日の作業を通してもそうなのだが、ブルーリボンバッチを通してもそうなのだ。

ブルーリボンバッチについて知ったのは2009年7月28日にアップロードされた、次の動画だった。そのときから、国会中継を視聴するとき、胸にブルーリボンバッジがあるかどうか、確認する癖がついた。

次の動画によると、1997年に西村慎吾代議士の働きかけと全国で拉致被害者救出運動が高まったことにより、2002年10月15日、5人の拉致被害者の帰国が実現した。

しかし、この5人の帰国は「一時帰国」という約束で、外務省を中心に、この5人を北朝鮮に帰そうとしたそうだ。

それに強硬に反対したのが、中山恭子内閣参与と安倍晋三官房副長官だったという。

安倍首相と麻生大臣の胸にいつもと変わりなく、ブルーリボンバッチがついているのを見ると、ホッとする。

追記:

1997年の第140回衆議院予算委員会における西村真悟議員の北朝鮮拉致に関する質疑がYouTubeにアップされている。以下はその一。

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2015年6月26日 (金)

曖昧はどちらだろうか? 只今、国会中継中(衆議院平和安全法制特別委員会質疑)。

家事の合間にテレビの前へ行き、NHKの国会中継を視聴している。集団的自衛権にかんする質疑応答が続いている。

維新の党の質疑から見始めた。

安倍首相が「近隣の国が日本を火の海にする、といっている」と危機感を訴えても、完全スルー。

「火の海に」という物騒な発言をしたのは、2014年1月21日、中国の軍事専門家・羅援少将。

安倍首相はその「近隣の国」を刺激しないよう、言葉を選び、国名すら出さずに中国問題をテーマとしている。

それをスルーしておきながら(野党は揃いも揃ってそうである)、維新の党の面々は、安倍首相が曖昧な答弁を繰り返しているという。曖昧にさせているのは彼らではないだろうか。

日本にとって、目下、差し迫った危険性をもたらしているのは中国だ。南沙諸島をめぐって、その中国が緊迫度を一方的に高めているこのときに(ついにアメリカが本気になってきた)、今日も神学論に似た空論を繰り返しているのは彼らである。

この情勢にかんしてスルーはありえない。日本のまともな国会議員であるならば。

記事を書いているうちに、質疑は維新の党から共産党に移った。

左派が、憲法9条を平和憲法と平気な顔でいうのには呆れる。

北朝鮮には、未だに拉致されたままの日本人が沢山いるのを忘れてしまっているのだろうか。憲法9条が平和憲法だと教わってきたが、拉致被害者のことを思えば、その平和憲法は人身御供を必要とするとしか思えない。人身御供だなんて、原始的すぎる。

福岡での大学時代、「浜辺にはあまり行かないほうがいいよ。連れて行かれるから」と誰からともなく聴かされた。そのときは意味がわからなかったが、拉致されることへの警告だったのだ。

ちょうど、横田めぐみさんが北朝鮮に連れ去られたころの話である。大衆レベルでも既に、知る人ぞ知る状況にあったわけだ。

だから、囚われたままの拉致被害者が他人事とは思えないし、平和憲法を守れと叫んでデモをしている人々がとんでもない偽善者、嘘つきに映る。

ところで、集団的自衛権についてググっていると、賛否をまとめた記事が出てきて笑ってしまった。2ちゃんねるがソースらしいその記事は、ずいぶん拡散しているようだ。

どんな国、団体が支持し、反対しているかを知ることは大事だと思う。

飼い主をクマから救った忠犬ショコラのニュース(2014年6月28日の出来事)には感動したが、それを例に竹田恒泰氏は集団的自衛権を解説している。

集団的自衛権は国連も認めている。

次の動画を視聴すると、沖縄同様、台湾も危ない状況にあることがわかる。そして、彼らが日本を頼りにしていることが伝わってくる。

当ブログにおける関連記事:

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2015年6月25日 (木)

「長崎中華街 蘇州林」のサクサク皿うどん。ガパオライス。

百貨店の長崎物産展で、「長崎中華街 蘇州林」の3点セットになった「皿うどん 2人前」を購入していました。

蘇州林の皿うどんはとても美味しいので、長崎物産展で見つけると、必ず買います。今回はうっかりして賞味期限を過ぎてしまうところでした。慌てて作りました。

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家族も大満足でした。 この「皿うどん 2人前」は、ホームページの通販販売ページからお取り寄せできるようです。

商品の説明に「長崎一の極細麺!サクサクとした食感、香ばしい甘み」とありますが、本当にそう。便利な「具入り皿うどん1食」もあるようですよ。ちゃんぽんも美味しいです。

娘は月餅が好きで、長崎物産展に行くと必ず買います。わたしは「よりより」と呼ばれる麻花兒(マファール)が好き。長崎には親戚が多かったので、子供のころ、お土産に貰ったよりよりがよく家にありました。

硬いのですが、噛むほどに何ともいえない美味しさが口の中にひろがります。硬くて、ほのかに甘い麻花兒は、お子様のおやつにぴったり。どちらもお取り寄せできるのは嬉しい……。

プランターにバジルを育てていることは過去記事で書きましたが、2回目のバジルソースを作るにはもう少し育つのを待たなくてはなりません。

少し摘んで、ガパオライスを作ってみました。

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以前ロイヤルホストで食べたことがありましたが、負けてませんわ、これ。美味し~い! サイト「「All About(オールアバウト)」のレシピです。

あなたの明日が動き出す All About

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イカとじゃがいもの煮物のレシピは、サイト「E・レシピ」の「イカとジャガイモのシンプル煮」を参考にしました。

じゃがいもは「とうや」です。イカととうやは互いのよさを引き立てていました!

同じとうやを使って、過去記事でレシピを紹介したベリッシモ先生の「タラとじゃがいものセコンド」を作りました。タラの臭みが全くありません。煮汁も美味しいので、わたしはタラとじゃがいもを食べてしまったあとで、お皿にお茶碗のごはんを入れます。

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サワークリームを混ぜた、きゅうりとハムのマヨネーズサラダ。

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2015年6月24日 (水)

動悸、胸痛にスプレー使用(古いスプレーで失敗)

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神戸旅行から帰宅後、時々不整脈が起きていました

昨日もそれが起き、疲労感が強く、夕飯作りがつらい状態。でも、不整脈が長く続くことはなかったので、毎食後服用しているサンリズムを頓服として使用することはしませんでした。

今朝の5時ごろ、ひどい動悸がして目が覚めました。サンリズムを飲む前に、脈拍数がどれくらいになっているか数えようと思っているうちに、また眠ってしまいました。

1時間ぐらいして、今度は胸の圧迫感で目が覚め、ミオコールスプレーを使いましたが、間違って使用期限をとっくに過ぎた古いスプレーを使用してしまい、効き目が弱く感じました。

で、今使っているスプレーを使用して一件落着。不整脈も今のところ、治まっています。

古いスプレー缶は、捨てておかなくてはだめですね。中身を出し切り、穴を開けて捨てるのが面倒で、つい捨てそびれていました。

使用期限が大きく明記されているので、期限切れの缶と間違えることはないと思っていたのですが、いざ使うときになると、焦っていたり、動作がおぼつかなかったりと、普通の状態ではなく、今日も使用期限なんか見ませんでした。

効き目が弱かったので、おかしいと思い、それでようやく気がつきました。スプレーしたときの舌の痺れがなく、気が抜けた清涼飲料水を連想しました。

旅行の疲れは尾を引きます。

昨日中に、初の歴史小説ノートの更新と、カンディンスキーについて書くつもりでしたが、どちらもできませんでした。

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2015年6月21日 (日)

歴史短編1のために #16 教科書から消えた「士農工商」。5種類はあった江戸時代の子の種類。

#13で、例外が多いなあと思っていた「士農工商」の定義を改めて意識した。

  • 2015年4月18日 (土)
    歴史短編1のために #13 身分の序列を厳格に規定した「士農工商」令を発布した将軍は誰?
    そして、ふと考えた。あれっ、身分の序列を厳格に規定した「士農工商」令――正式名称はええっと?――を起草したのは誰だったっけ? 発布した将軍は?
    わたしはハビアンのごとく、動揺を来した。
    思い出せない
    (……)
    江戸時代を調べれば調べるほど、大雑把と思っていたところがきちんとしており、厳格と思っていたところが大様という不思議さがあった。そして、「士農工商」を厳格に規定した法度をまだ見ていないことに気づいたのだ。
    頭の中が真っ白になってググってみると……

わたしは1958年2月生まれで、江戸時代には「士農工商」という身分が厳しく定められていたと教わった。「士農工商」に属さない「穢多・非人」という最下層の人々が存在したことも教わり、巡回映画『橋のない川』を観せられた。

そのことを格別疑うこともなかったのだが、江戸初期に生まれた花山院萬子媛について調べものを進めるにつれ、「士農工商」という身分制度にはずいぶん例外が多いように感じ出した。

萬子媛が、別格とされた(?)範疇外の公家から、武家すなわち「士」へ嫁いだことだって、身分制度からすれば、ずいぶんな例外ではないだろうか。こんな例外が見つかりすぎるのである。

例えば、大石学『史上最強カラー図解 江戸時代のすべてがわかる本』(ナツメ社、2009年、p.170)で描かれた曲亭馬琴の場合は武士身分に生を受け、浪人を経て、その後町人――雑貨商の家に婿入りした――となっている。

馬琴の息子が松前藩の医者となって、滝沢家は再び武士身分となるが、息子が早世したため、馬琴は孫に幕府御家人の株を買い与えた。

大石氏は「このように、馬琴や彼を取り巻く人々の生涯は、江戸時代の人々の身分に対する意識や、固定的な身分制という我々の通念に大きく疑問を投げかけるのである」とお書きになっている。

改めてググってみると、ブログ「こはにわ歴史堂」の次の記事がヒットしたので、閲覧させていただいた。

目から鱗だった。

ウィキペディアにも、わたしが教わったことはもう古いといわんばかりの記述がなされている。

士農工商:Wikipedia

概要
士農工商(四民)は、古代中国から用いられた言葉で紀元前1000年頃には既に見られる。意味としては、漢書に「士農工商、四民に業あり」とあるように、「民」の職業は4種類に大別されるということになる。そして、これを連続して表記することで、「老若男女」のように、あらゆる職業の民、つまり「民全体」または「みんな」といった意味で使われる。
近世日本では、遅くとも17世紀半ばまでに「士」が武士を意味するように意味が改変されて受け入れられた。また、近代以降には「士農工商」が近世の身分制とその支配・上下関係を表す用語として認識されるようになった。しかし、1990年代になると近世史の研究が進み、士農工商という身分制度や上下関係は存在しないことが実証的研究から明らかとなり、2000年代には「士農工商」の記述は教科書から外されるようになった。これに関係して、「四民平等」も本来の意味(すべての民は平等)ではなく、「士農工商の身分制からの解放」という認識を前提に用いられたものであったため、教科書から消された。ただ、昭和時代の教育を受けた人を中心に未だ士農工商は身分制として認識されていることがある。
なお、上記はあくまで近世日本に「士農工商という身分制」が存在しないということであって、「士農工商」という言葉は当時も(本来の意味で)用いられており、「身分制」も存在していることに注意されたい(実際の身分制については士農工商#歴史を参照のこと)。

(……)

図書館から借りてきて読んでいる松田敬之『次男坊たちの江戸時代 公家社会の〈厄介者〉』(吉川弘文館、2008年)には、「江戸時代、公家とはどの範囲までを指すのか、非常に難しい点であろう」(p.12)と書かれている。

公家の家族の範囲がはっきりしないのである。現代社会では、「子」の種類は実子と養子くらいなものだが、「江戸時代の子どもの種類は多種多様であり、子[こ]・実子・養子・密子[みつし]、猶子[ゆうし]とだいたいこの五種類に分類される」(p.14)とある。

サブタイトルにある「厄介」とは、「家長の傍系親[ぼうけいしん](兄弟姉妹またその子孫間の関係の意)で被扶養者のことを指している」(p.2)そうだ。

ちなみにウィキペディアによると、インドのカーストには大英帝国時代の植民政策のために歪められ、捏造された部分があるらしい。カースト:Wikipedia

神智学を研究する中で、前にそのようなことを読んだ気がする。

ところで、教科書から消えたのは「士農工商」だけではないという。次の動画で、「聖徳太子」が消えたと語られているのには驚いた。

厩戸皇子まで消えたわけではないようなので、ホッとした。

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2015年6月20日 (土)

神戸旅行2015 ⑤飛行機からの景色。恥ずかしながら、空港で撮った写真をプロフィール用に。

行きは通路側に座り、帰りもわたしの席は通路側でしたが、娘が席を換わってくれたので、飛行機からの景色をデジカメで撮ることができました。

離着陸時の電子機器使用条件について、まとめられた記事を見つけたので、リンクしておきます。

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上空には何層かの雲の層が見え、雪原のように見えるものもありました。でも、厚い雲の層の上には、いつも太陽が輝いているのですね。

普段はそのことを忘れてしまっているので、たまに飛行機に乗って、そのことを思い出すのもいいものだな、と思いました。

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○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

以前は旅行すると、帰宅後2日くらい寝込み、1週間くらいしないと体調が戻りませんでした。

でも、今回は17~18日に不整脈と目眩が出たくらいで、発作止めに使用するミオコールスプレーもサンリズムも使わずに安静にしていたら、だいたい治りました。5日経つ今も、まだ用心はしていますが。

ところで、行きに大阪の伊丹空港で、娘と並んで写真を撮って貰ったので、それを切り取ってアマゾンの著者ページと当ブログのプロフィールページにアップしました。

わたしは小柄なので、173㎝の夫が普通にカメラを構えると、少し見上げる感じになります。顎を引いた写真でないと、訪問してくださったあなた様に失礼かと思いましたが、どうかお許しください。

前にアマゾの著者ページにアップしていた写真は、姪の結婚披露宴のときに従姉と並んで撮って貰った写真を切り取ったもので、このときわたしはお酒に酔っていたのです。

それで、別の写真に変更したいとずっと思っていたのですね。自分では写真をよく撮りますが、撮って貰うことはめったになく、写真を変更したいと思っても、なかなかその機会がありません。

酔っ払っていた写真を削除し、伊丹空港で撮って貰った写真をアップしました。これまでにアップした2枚より、健康的な感じに撮れていると思います。

管理人として、最新のわたしがあなた様にご挨拶申し上げます。
ご訪問ありがとうございます。今後共、わたしのサイト、電子書籍をよろしくお願い致します。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

キヌアとココナッツオイルを食生活に採り入れてから、体調がよくなった気がします。57歳という年齢から来る老化は避けられず、病気もありますが、肌のくすみが軽くなりました、いや、ホント。

肌がくすんでいると、不健康に見えますよね。

ごはんはキヌアと麦を混ぜて炊くことが多いのですが、たまに白米だけにすると、それだけで、体重がいくらか増える気がします。

ココナッツオイルは、ブランドによって合う合わないに個人差があるようです。

娘が最初に買ってきたものを肌に塗ったら、わたしは痒くなりましたが、娘は何ともありませんでした。

神戸旅行のために娘が携帯用に購入した、スティックタイプのココナッツオイルも、使用感はさらっとしてよかったのですが、わたしは鼻腔の右側から外側にかけて腫れました。パンに塗って食べたためにそうなったのか、肌に塗ったためにそうなったのかはわかりません。

チョコレートを食べたときに、時々そうなります。少し腫れるだけですが、3日くらいは軽い痛みがあります。どのチョコレートでも腫れるわけではありません。

実際に使ってみなければ、合うかどうかはわからないと思うので、肌に使う場合は手の甲などで試してみたほうがいいかもしれませんね。こうしたことを考えると、敏感な方は、初回は少ない容量のものを購入したほうがむしろ経済的かも。

わたしにはとても合う、Dr.ブロナーのココナッツオイル。

キヌアと麦入りの白米を炊いたのが、わが家の定番ごはんになりました。

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2015年6月19日 (金)

神戸旅行2015 ④ゴンチャロフの直営店「ガルニエ」。朝食ビュッフェのキヌアサラダとエッグベネディクト。

14日から15日にかけて、1泊2日の神戸旅行でした。

14日、ホテルのフロントで息子と落ち合い、荷物を預けて、どこかでお昼ごはんを食べようという話になりました。

ホテルに来る途中、ゴンチャロフがプロデュースする喫茶&レストラン「ガルニエ」があったので、そこでランチすることにしました。

このランチがしっかりした分量で、とても美味しかったのですが、全員夕飯が入らなくなってしまいました。気づいたときはホテルのレストランも、外の大方のレストランも終わっている時間帯になってしまい、何とか見つけたレストランへ。

ところが、そこは店じまいしかけており、それにも拘わらず、「30分くらいで済ませて貰わなくてはなりませんが、一品料理ならOKですよ」と、好意的なことをいっていただけました。そして、家族はそこで済ませる気になっていたのに、わたしがだだをこねてしまった……

そこでさっと済ませて、ホテルのバーに行けばよかったとあとで思いましたが、そのときはせっかくの4人揃った夕飯を慌ただしく済ませたくないという主婦のこだわりに固執してしまいました。

近くに、長居できるダイニングバーがあったので、そこでお酒と食事をとりました(わたしはアルコールにすっかり弱くなったので、ジュース)。

で、話を前に戻して、ゴンチャロフの直営店「ガルニエ」でのランチがどんなだったか、写真で紹介しますね。ホームページに行くほうが早いでしょうが……

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チョコレートやケーキが並んでいるショーケース。チョコレートの老舗ゴンチャロフというイメージが強かったので、ケーキは眺めるだけでも新鮮でした。ケーキまでは入らず、残念でしたが……

この奥がイタリア料理や喫茶を楽しめる空間になっています。黒と白を基調とした、素敵な空間でした。

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前菜。

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サラダ。スライスした蕪が美しく飾りつけられています。メインにピザを選んだ息子は、ここがスープでした。

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パン。液体はオリーブオイルです。パンが、ランチにはたっぷりすぎて……

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わたしが選んだパスタ。わたしにはちょうどよい塩加減でした。パスタの硬さもグー。このパスタは見様見真似で作ってみたいと思いました。

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コーヒーも美味しかったです。

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プラスしてつけた、ティラミスの手作りジェラート。

近くに住んでいたら、お気に入りのカフェになったでしょうね。

翌朝、朝食は神戸オリエンタルホテルで、ビュッフェ。ビュッフェにしては高級感のある料理が並んでいました。わたしは帰宅後の体重管理を思い、嬉しい悲鳴。

あれこれお皿にとってはいただきましたが、キヌアサラダがあったので、これは写真に撮っておかねばと思いました。向かって右端がキヌアサラダです。左端は蒸し鶏とスモークサーモン。

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キヌアサラダはさっぱりした味わいでした。そのときは材料をメモする必要を覚えなかったのですが、もう忘れてしまっています。

写真からすると、キュウリ(ピーマンにも見えます)、トマト(ドライトマト? いや赤ピーマンかも)、ハム、コーンが入っていたのかな。これも見様見真似で作ってみたいと思います。キヌアサラダのドレッシングは、フレンチドレッシングか何かのあっさりとした感じでした。

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オーダーメニューがあり、娘はエッグベネディクトをオーダーしました。

最近流行っているんですってね、エッグベネディクト。生憎、オバサンは初耳でした。毎日パソコンに貼りつき、グルメやクッキングのサイトもよく見るのに、この疎さ加減。嫌になります。

エッグベネディクトとはなんぞや。ウィキペディアを見ましょう。

エッグベネディクト:Wikipedia

エッグベネディクト(英語: Eggs Benedict)は、イングリッシュ・マフィンの半分に、ハム、ベーコンまたはサーモン等や、ポーチドエッグ、オランデーズソースを乗せて作る料理である。

以下、詳しく解説されています。ググると、レシピも沢山出てきます。わたしはろくにメニューを見ずに目玉焼きをオーダーしちゃいました。

この記事を書きながらホテルのホームページを見ると、目玉焼きはどうもオーダーメニューにはないようです。オーダーメニューにあったのは、オムレツ、エッグベネディクト、パンケーキでした。

でも、何もいわれず、ちゃんと目玉焼きが出てきました。すみませんでした。

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2015年6月18日 (木)

神戸旅行2015 ③カピバラの続き。モフモフのアルパカ。

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カピバラの世界……

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眠そうなカピバラ。穏やかなカピバラ。カピバラの足には、水かきがありますよ。

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ウサギが沢山いて、ずいぶん遊びました。

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オニオオハシを見たとき、「あっ、キョロちゃん!」と思ってしまいました。チョコボール食べたくなりました。

鋭いクチバシがわたしは怖かったのですが、フルーツの入ったカップを持って腕を伸ばすと、とまりに来るそうですよ……

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こうして写真で見ると、穏やかそうに見える白鳥ですが、結構気性が荒いと何かで読みました。白鳥も黒鳥もいましたが、激しく羽ばたいたり、しきりに首をよじったりしていました。

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マガモはすぐ近くにいて、通路を歩いたりもしていました。とても人なつこい、友好的(?)な感じでした。

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乗れそうなくらい大きなリクガメ。ペットショップでまだ小さいリクガメを見て、飼いたいと思ったことがありましたっけ。

飼っていたら、大変なところでした。尤も、このリクガメはゾウガメと呼ばれる大型のリクガメです。リクガメを見ていると、厭きません。見かけは岩みたいですが、豊かな感情の持ち主であることが感じられます。

娘はカメがどうしても好きになれないとか。リクガメを飼わなかったのも、娘が嫌ったのが主な理由でした。爬虫類は全部受けつけないそうで、決して触りませんでした。

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様々な色の熱帯性のスイレンを観賞できました。大きくなれば人を乗せることもできる、オオオニバスもありました。

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アルパカの毛はフカフカです。

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当世風にいえば、もう本当にモフモフ。毛の中に手を入れると、沈んでいく感じ。ここへ来たときは日射しが強かったので、アルパカは暑いだろうなあと思いました。

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毛を刈って貰ったばかりのアルパカもいました。涼しそうですが、アルパカに見えないなあ。アルパカは結構大きいのですが、雰囲気も毛のようにフワッとした感じで、威圧感は全くありません。

ただよく動くので、写真を撮るのがむずかしいです。

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お乳を飲んでいます。お乳を飲むくらいだから、まだ赤ちゃんなんでしょうが、母アルパカとあまり変わらないくらいに大きく見えました。

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行き倒れたみたいに寝ているカンガルー。この子は、手枕で寝ていたのですが、見ているうちに起きてしまい、再度コトンと寝たときは手枕なし。

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カンガルーが木の下に集まっていたので、触ってみました。毛は硬いです。カピバラの毛ほど硬くはありませんが、想像以上に硬い毛でした。

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カンガルーは静かな動物ですね。(※ググってみたら、カンガルーは夜行性で、昼間は眠いために、おとなしく見えるのだとか。)

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ポニーが2頭いました。小柄のポニーと大柄のポニー。写真のポニーは大柄のほうで、大人が乗ることもできるとか。

乗りたくてたまらなかったのですが、ワンピースだったので、さすがにオバサンがワンピース姿でポニーに跨がったら見苦しいだろうと思い(あまり人がいなかったので、迷いましたが)、諦めました。

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ラクダは脚が速いので、写真がうまく撮れませんでした。小さく見えるかもしれませんが、馬より大きく、馬に似たところもありますが、たまたまなのか、せわしない、迫力のある印象。背中の二つのこぶは萎んで見えました。

ヒツジは常に群れで過ごし、チームワークを発揮する頭のよい動物だそうです。ヒツジにも触りましたよ。まさに毛糸の原料で、柔らかくも、しっかりした手触り。

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このヒツジたちとヤギ2匹が同じ囲いの中にいました。

ヤギは姉妹だそうですが、いつも単独行動をとり、決して一緒にいることはないとか。

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写真のヤギは、このコーナーのボスで、名はキルト。

女性スタッフが、キルトの短く切った角を握り、ヒツジの1頭から引き離そうと奮闘なさっていました。2匹のヤギはヒツジにつきまとって、嫌がらせをするそうです。

わたしが子供のころ、田舎ではヤギがよく飼われていましたので、ヤギの気性の荒さは知っています。「近寄ると、蹴られるよ」と子供同士で注意し合っていました。

でも、ヤギのお乳って、人間の母乳に一番近いんですってね。

当時、遊びに行く従姉についていったときに、ヤギのお乳を飲ませて貰ったことがありました。牛乳に比べると、青っぽいような白さで、青臭いような感じがありました。薄くてさらっとした、懐かしい味がしました。

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上の写真は、キルトから逃げ、塊になってキルトのほうをみているヒツジたち。警戒しながらも、ヒツジたちは温和な表情です。

高い場所に丸太が置かれていました。ヤギのためのレクレーションの道具だとか。ヤギは丸太を上手に渡るのだそうです。

3匹のヤギが橋を渡る挿絵が印象的な、マーシャ・ブラウンの『三びきのやぎのがらがらどん』(せた ていじ訳、 福音館書店、1957年)を連想しました。

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2015年6月15日 (月)

神戸旅行2015 ②カピバラの毛は、箒並みの硬さでした

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「神戸どうぶつ王国」へ行きました。ふれあい動物園で、沢山の動物が放し飼いされていたり、柵の外から触ったりすることができました。

わたしはウサギ、カピバラ、陸ガメ、アルパカ、カンガルー、ラクダ、ポニー、ヒツジ、ヤギに――そっと――触りました。

オオハシ、アヒル、ミミズク、フクロウ、シカ(小島から浅い池を渡って、通路に上がる寸前の近さにいました)などにも、触ろうと思えば、触れたのですが、勇気がありませんでした。間近で見るシカは、優しい顔をしていましたけれど。

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カピバラとアルパカを見るのが何年も前からの夢でした。

それが、観るだけでなく、触れたのです!

何頭いたでしょうか、カピバラたちはそこいらを歩き回って餌の笹を貰ったり、円形の囲いの中で眠ったりしていました。

カピバラの毛は硬く、箒みたい。

息子が高校生のころ、テレビで一緒にカピバラを見ました。

カピバラは片手(片方の前脚というべきでしょうか)を浸して温泉の湯加減を確かめると、仔カピバラたちを温泉に浸からせました。

まるで慈母みたいな優しい表情と人間みたいな仕草に驚き、そのときから、カピバラを見たいという思いは息子との共通した夢だったのですね。

娘と夫は、息子とわたしほど動物好きではないけれど、感心していました。

息子とわたしは、もうそれは……

呑気そうなカピバラさんでした。

アルパカも気に入りました。もうフワフワの手触り。

陸ガメの甲羅はすべすべした石みたいで、脚はタイヤみたいな手触り。爪にも触りました。触っても、陸ガメは意に介しませんでした。

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バスに酔ってきました。もうすぐ家に着きます。

追記:

植物園と一体化しているような、ふれあいの場はすばらしく、近くのスーパーコンピュータ施設に年に数回行くという息子は「また来よう」といいました。

よく管理されているという印象でした(お猿さんたちが放し飼いされている高崎山を連想しました)。あちこちに、観光客から完全に守られた動物たちの休憩所があります。

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神戸旅行2015 ①久しぶりの家族旅行

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東京方面から合流した息子、娘とわたしたち夫婦での家族旅行は本当に久しぶりです。

夫と息子、長年のこだわりがまるでなかったかのように、ずっと話しています。

よくあんなに話すことがあるわね、と娘と呆れるほどです。

嬉しいのは勿論ですが、男心って、わかりません。

2つの部屋の間にはドアがあり、行き来できます。

二人は時々来てなにか話して、また二人になり、話しています。

写真は、昨日の夕方、神戸オリエンタルホテルの最上階にあるフロントで撮りました。

神戸港が見えます。

大阪の伊丹空港からリムジンバスに乗って、神戸三宮で降りました。

伊丹空港でリムジンバスの乗車券を自販機で買ったとき、自販機が「発見しました!」といったので、「えっ? なにを発見したの?」と思いましたが、「発券しました!」の聞き間違いでしょうか。

ホテルは旧居留地にあり、三宮、元町を散策するのに便利です。

神戸へ来るのは4度目ですが、いつも大阪のついでに寄るという感じで、前回は慌ただしく異人館めぐりをしました。

昨日は、神戸市立博物館に行き、プラハ国立美術工芸博物館所蔵「輝きの静と動ボヘミアン・グラス」を観ました。

中世に製造されたビーカーに描かれた絵は、タロットカードの絵を連想させました。

水晶のようにきらめくボヘミアン・グラス。水晶で製造されたものも展示されていました。

乳白色を帯びたものは陶磁器と間違いそうでしたが、柔らかな、透明感のある感じが陶磁器とは違っていました。

ウランを加えて製造されたものは、黄色い輝きを放っていました。

ウランといっても、人体に影響しない使われかたなんでしょうね。

伊万里焼の地図皿も観ました。天保期に製造された地図皿には、小人国、女護国という不思議な国が書かれていました。

そのような国があると、信じられていたのでしょうか。ファンタジーなんでしょうか。

沖縄が四国より大きく描かれ、北海道には松前しかないように描かれたりしています。

博物館を出たあと、UCCコーヒー博物館に行く予定でしたが、間に合いませんでした。

ゴンチャロフがプロデュースするカフェ「ガルニエ」でランチしました。

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2015年6月13日 (土)

失われたと思っていた中国五千年の芳香 ②ジェノサイドを見て見ぬふりをするしかない日本

11日、中国の天津市第1中級人民法院(地裁)で元共産党最高指導部メンバーの周永康・前共産党政治局常務委員(72)の裁判が行われ、無期懲役の判決が下された。

収賄、国家機密漏洩、職権乱用の罪である。周被告は上訴する権利があるが、上訴しないという。裁判は非公開で行われた。

周永康は江沢民派の重鎮であるが、石油利権のトップだったといわれる。周永康の最大の忌まわしい罪は、法輪功に対する罪だろう。

その日は折しも、わたしが法輪功の神韻芸術団の動画に出合った日だった。

感動の涙を流したあとで、法輪功に加えられた弾圧の内容を知り、その涙が恐怖で凍りついた。

周永康は公安、検察、司法部門を利用して法輪功に対する弾圧を行った黒幕だといわれる。日本のメディアはこのことについて、ほとんど報道しない。

ところで、双子のような気のする大学時代の男友達が直腸癌で、手術を受け、それが成功して退院したが、入院中のメールで彼は臓器提供の話題に触れていた。

彼は臓器提供したいそうで、家族との話もついているらしい。献血も160回以上したという。

そこまで彼が善意の人とは知らず、魚座の上澄みのような人だと思ったが、そのことに感心するというより、善意にもほどがあると呆れ、そこまで行くともうそれは信念というより趣味だと思った。そういえば彼、大学時代に、角膜を人にやってしまうと、あの世で目が見えなくなるんじゃないか、なんていっていたっけ……。

わたしは、入院中の人から臓器提供の話なんて聞きたくないとメールに書き、続けて書いた。

わたしは親族間での生体臓器移植には抵抗感がありませんが、脳死臓器移植には疑問が沢山あります。

脳死臓器移植に比重が傾くと、中国で起きているような臓器売買問題が深刻化したり、免疫抑制剤の問題とか、もっと根源的な宗教の問題も絡んだりと厄介なので、むしろ人工臓器の開発に力を注いでほしい気がしています。

興味があるので、人工臓器の開発は、よくググって閲覧しています。最近見つけたのはサイト「Medエッジ」の以下の記事。

それでも、角膜に関しては、だめになったら貰えるものなら貰いたいと思うだろうし(盲目は怖い)、当然逆もありかな、と思ったりもしているのですが、
自分の角膜が趣味の悪い人に貰われて、残酷映画とかポルノ動画とか浴びるほど見なければならなくなって、あの世でそのことを知ったとしたら、後悔するでしょうね。

その逆もいえて、自分が貰った場合も、角膜をくれた人はこれで何を見てきたのだろう、と気になりそうな気がする。

わたしはあの世があると思っているし、あの世からはこの世がお見通しと想像しています。で、脳死臓器移植で、思わぬ縁ができてしまったりするのが怖い気がしているのです。

アメリカのオルガノボ社が3Dプリンターで人工臓器を商品化した話では、夫と盛り上がった。

どちらも3Dプリンターに興味があるだけでなく、夫は彼とは対照的に、自分の臓器をやりたいなんて露ほども思わない人間。そんな夫に、むしろわたしはホッとする。

山中伸弥教授がiPS細胞に関する研究でノーベル医学賞を受賞し、iPS細胞を使った眼科領域での臨床応用が進められてもいる。

追記:追記:阪大がiPS細胞から角膜を作製することに成功したという。『産経WEST』2016.3.10 07:28,「ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)から眼球の黒目の部分にあたる角膜上皮組織を作製することに、大阪大大学院医学系研究科の西田幸二教授(眼科学)らのグループが成功した」<http://www.sankei.com/west/news/160310/wst1603100017-n1.html>(2016/4/25アクセス)

メールで中国の臓器売買に触れたが、そのときわたしはそれが国家ぐるみの犯罪だとは知らなかった。法輪功のことも知らなければ、臓器売買のターゲットとされてきたのが法輪功の人々だったとは知るはずもなかった。

①で、ウィキペディアの「法輪功」から部分的に引用したが、「臓器狩り」の部分は引用できなかった。

サイト「ねずさんのひとりごと」の次の記事に詳しい。

ねずさんの前掲の記事から、終わりの部分を引用させていただく。

いま、日本の国会議事堂の裏手にある議員会館の前に行くと、毎日、法輪功の人たちが議員会館前の歩道の一角に座り込み、迫害され、殺害された法輪功学習者たちの写真パネルを掲示し、中共政府の暴虐を訴え続けています。

1年365日、雨の日も、風の日も、寒い日も、猛暑の日も、毎日です。

日本に助けて欲しい。
すこしでも中共政府を牽制し、暴行をやめさせてほしい。
それが、彼らの願いです。
そのために、彼らは、日本の議事堂裏の議員会館前に、毎日陣取っている。

しかし、この法輪功への弾圧は、他人事ではないのです。
もし、沖縄が、あるいは、日本本土が、中共政府による弾圧を受けるとなれば、彼ら法輪功学習者のいまは、そのまま日本の明日になるのです。

議員会館前にずらりと並んだ、法輪功の被害写真パネルの前を、毎日、すべての日本の国会議員さんと、その秘書たちが通過します。

彼らが、そのパネル展示のことを知らないということは、絶対にあり得ない。
なぜなら、日本の国会議員は、毎日必ず、その前を通っているからです。

にもかかわらず、そうした悲惨な被害写真がパネル展示されているにもかかわらず、媚中、親中に走る左巻きの政治家、法輪功弾圧事件を、まるで報道しない日本のメディアというものは、まるで信用に値しないと私は思うのです。

法輪功への弾圧と同じことを、中共政府はチベット、ウイグルでもやっているし、古くは大陸にいた日本人にも、同様の不逞を働いています。

そして法輪功への弾圧は、そのまま、明日の沖縄県民への弾圧の姿でもある。

ねずさんの記事は2012年07月22日に書かれている。そのとき既にひどい状況が続いていたのに、さらに、たっぷり3年間も続いたわけだ。

法輪功への弾圧はまさにジェノサイド以外の何ものでもない。周被告に判決が下ったことで、法輪功の人々は解放されるのだろうか。

ジェノサイド条約というものがある。

ジェノサイド条約:Wikipedia

集団殺害罪の防止および処罰に関する条約(しゅうだんさつがいざいのぼうしおよびしょばつにかんするじょうやく、英:Convention on the prevention and Punishment of the Crime of Genocide)は、集団殺害を国際法上の犯罪とし、防止と処罰を定めるための条約。「ジェノサイド」(「種族」(genos)と「殺害」(cide)の合成語)を定義し、前文及び19カ条から成る。通称はジェノサイド条約(Genocide Convention)。

概要
ユダヤ系ポーランド人の法律家ラファエル・レムキンによって新しく造られた「ジェノサイド」は、レムキンの活動もあって、ニュルンベルク裁判でドイツが行ったユダヤ人の大量虐殺に対して公式に使用された。
詳細は「
ジェノサイド#定義と由来」を参照
その後、ジェノサイド再発防止のためのジェノサイド条約が、1948年12月9日、国連第三回総会決議260A(III)にて全会一致で採択され、1951年1月12日に発効された。締約国は138カ国(2006年10月現在)である。
日本は日本国憲法第2章戦争の放棄第9条の問題(芦田修正)や国内法の未整備(例えば条約では「集団殺害の扇動」も対象であるが、日本の国内法では扇動だけでは処罰できない点)の問題もあり未加入。

(……)

ここで見る憲法9条の印象は積極的、消極的、いずれかの平和主義を象徴するものではなく、平和問題を他国に丸投げする、国としての隠居宣言に見える。

日本の議員は見て見ぬふりをせざるをえないのだ。自分を自分で救えないのに、他人を救うことなどできない。国民を防衛する充分な力もないのに、危険な国を刺激するわけにはいかないのだ。

次は、臓器狩りの調査報告書についての動画。

次の動画は、弾圧される法輪功学習者(修行者)をテーマにしたと思われる、胸が潰れるような内容だが、不思議な美しさを放っている。

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2015年6月11日 (木)

失われたと思っていた中国五千年の芳香 ①弾圧される人々

たまたま出合った動画だった。

「夢醒」という中国語のタイトルの歌で、ソロ歌手のお名前は姜敏とおっしゃるようだ。

なつかしさでいっぱいになり、涙がとまらなくなった。

後で家族に聴かせてみると、へえー綺麗な声だね、と感心したが、わたしほど感動した様子はなかったので、神秘主義的感性も影響しているのかもしれない。

過去記事で、わたしは前世とあの世の記憶の小さな断片を抱きしめて生まれてきたと書いたが、普段は日常生活にまぎれてしまっているそれを思い出し、涙がとまらなくなった。

多彩な色遣いはアジアではありがちな一種独特なもので、一つ間違えば、俗悪になりかねないものだが、わたしが連想したのは道教だった。

歌詞からも、道教と関係があるように思えた。

中国語は全然わからないし、英語力も乏しいので、間違っているかもしれないが、この歌は輪廻する人間の性と人生の浮き沈み、さらにわたしたちの試練には理由があることを語り、道を獲得すれば、輪廻がもたらす夢から覚めることができるということを教えているのではないかと思う。

Kindle本にした『卑弥呼をめぐる私的考察』で、カトリーヌ・デスプ著『女[おんな]のタオイスム ――中国女性道教史』(1119―1182)に出てくる著名な女性道士、孫不二[そんふじ]の詩を紹介した。

歌を聴きながら、その2編の詩を連想したので、ここでも紹介しておきたい。

次の詩は死ぬ直前に作られたもので、彼女は自らの死を予告し、詩を吟じ、蓮華座に座り、時刻を尋ね、逝った。太陽は丁度、天頂点で輝いていたという。

衣服を着替え、私は嬰児のように拳を握り締めて待っている。
その間、火と水は正確なリズムで結合する。
無数の紫色の光線が大海の底から生じ、
一挙に三つの関門を透過する。
       
不滅の音楽の絶え間ない音にからまれ、
私は、神々の酒[アンブロシア]の醍醐味を絶えず味わう。
ベールが至高の万能薬[シュブリーム・パナセ]の上で引き裂かれ、
この万能薬は九度変化してのち、金丹に醸成された。

もう一篇は、天上界への上昇を謳った詩である。

吉日にあなたは谷を出、
神々しい雲の中を昇って行く。
そこでは玉女たちが一組の青色の不死鳥を曳き、
金童が赤い桃[ペーシュ]を差し出す。
花畑の中で、装飾のある竪琴の音とともに、
あるいはまた、月明かりの中で瑪瑙[アガート]の横笛の音とともに、
ある朝、俗なる肉体を去り、
海の波間を安らかに渡りなさい。

今の中華人民共和国に、このような宗教芸術が存在しているということに目映い衝撃を受けた。

中国大陸では多くの王朝が栄枯盛衰を繰り返し、多彩な文明を形成してきた。そうした中国から古来、日本は様々なことを教わってきて、本来は中国に対する畏敬の念があるはずであった。

しかし、中華人民共和国はそれら全てを破壊し、否定する怪物国家であるので、わたしはこの国に対しては暗い、絶望的な気持ちにしかなれず、シンパシーを感じるのは無理である。

共産党はキリスト教の鬼子ともいわれるが、自らは宗教を否定しているため、宗教や文化の継承者としての側面をもたない。

だから、毛沢東王朝である中華人民共和国の歴史は本当に浅い。1949年10月1日、中華人民共和国の建国を北京で宣言したその日からの歴史なのだ。65年の浅い歴史しかない。それも、しらべた限りにおいて、歴代王朝の中でも最悪の王朝といえると思う。

毛沢東王朝の中国を、わたしは中国とは呼びたくない。そう思ってきた。

それが、何という思いがけなさで、中国五千年の歴史が甦ったことか。

訳がわからなくなり、さらにしらべてみると、感動の涙も凍りつくような事情を知った。

南京事件の関係から、最初に視聴したのは、次の動画だった。

中国共産党の悪行を暴露した動画で、この動画には戒律や僧侶の服装を維持するよう主張したため、残酷に殺された、当時112歳だったという立派なお坊様が出てくる。

この動画の元となったのは、2000年5月、ニューヨークで設立された新聞およびインターネットを報道媒体としている多言語メディア「大紀元」が2004年11月18日に発表した「九評共産党(共産党についての九つの論評)」という社説であるようだ。

そして、大紀元と「夢醒」を放送した新唐人電視台は法輪功系のメディアであるという。動画のステージは神韻芸術団によるもので、姜敏は神韻芸術団のソプラノ歌手だそうだ。

ウィキペディアには、「中国で弾圧された法輪功関係者らによって始められたため、現在も中国では公演を行うことが出来ない。法輪功系のメディアである大紀元と新唐人電視台では神韻についての報道を多く行っている」とあった。

184年の黄巾の乱は歴史で習ったが、中共をひっくり返す可能性があるのは道教系の組織しかないのかもしれない。中国五千年の歴史を生きる人々によってしか、中国の再生はないと感じる。

尤も、法輪功は「道家」と(中国)『仏家』の思想を根底に併せ持つ先史文化に根ざした気功だそうだ。

一頃は、中国がニュースで映し出されるときなどに、朝の公園で大人数で太極拳をやっている風景が馴染みのものとなっていた。それは法輪功と関係があったようだ。今は法輪功に対する中国共産党の弾圧がひどいらしい。

以下に、法輪功についてウィキペディアから引用しておく。

法輪功:Wikipedia

法輪功(ファールンゴン、ピンイン:Fǎlún Gōng)とは、中国の気功である。
創始者は、李洪志。日本では「ほうりんこう」と呼ばれているが、「日本法輪大法学会」は、原語の発音に基づいて「ファルンゴン」と読むよう要請している。

概説
創始者は吉林省出身の李洪志。彼によると、法輪功とは「道家」と(中国)『仏家』の思想を根底に併せ持つ先史文化に根ざした気功であるという。そして、かつての太極拳と同様、基本となる気功動作の他に、内面の向上も重要とされている。内面の向上とは、宇宙の特性「真善忍」に基づいて、常に自分自身を厳しく律することで、徐々に心性を高めていくことを指す。(……)
また、法輪功に関しては、内面の向上に重点が置かれているため、他の多くの気功法同様、金銭や利益が絡む活動はいっさい許されていない。その為、現在は各地のボランティアの手によって、無償で気功動作の指導が行われている。(……)

中国政府による法輪功への虐殺や人権蹂躙の疑い
1999年以降、爆発的に増え続けた法輪功学習者の数を警戒した江沢民が、「中南海事件」を契機に、1999年7月20日、彼自身の名により、公に『邪教』であるとして、法輪功学習者への弾圧を開始したと各所から報じられた。このとき彼は「当時、7千万人程度に及んでいた国内の学習者らが結託し、共産党を支持する人数を上回る大規模なグループとして、なんらかの政治的関与を行うのではないかと一方的に憶測し、恐れた」とも言われている(……)

また、1999年以前は「健康の為に良いから」という理由で、中国政府側も法輪功を推奨していた時期があった。その後、1993年に国内で開催された気功の祭典『東方健康博覧会93』において最高賞を受賞し、それにより、国内の学習者の数が急増。
2011年現在は中国国内での存在が一切禁止されており、キーワード「法輪功」をネット検索する事や、公の場で「転法輪」を読む、もしくは、同気功法を練習する等の行為は、公安から取締りの対象となる危険性がある。
これらについて、中国の弁護士「高智晟」は3度にわたる共産党指導部への公開状のなかで、法輪功学習者への迫害を一刻も早くやめるよう呼びかけた。その後、高の弁護士事務所は閉鎖に追い込まれ、2007年9月22日に警察に拉致されて以降、消息がつかなくなっている。同年10月、安徽省政治協商常務委員「汪兆鈞」が、中国共産党指導部へ政治改革を求める公開状を発表。4万字に上るその公開状の中で、天安門事件被害者の名誉回復とともに直ちに法輪功への迫害を停止するよう当局に求めた。
この問題は世界のメディアや人権団体が注視している。この件でアルゼンチンやオランダ、スペインなどで江沢民らを「人道に対する罪」で起訴する動きがある。

2003年の時点で法輪功修行者の投獄は数万人に及ぶとされ、2002年末までに約500人もの修行者が収容中に死亡したとされている。看守からスタンガンによる電撃と殴打を受ける等の虐待・拷問が多数報告されており、不審な獄中死も多い。法輪功修行者への具体的な拷問・虐待、受刑者の不審な死に関しては『現代中国拷問報告』に詳しく載っている。

記事の終わりに、日本新唐人テレビのチャンネルで公開されていた漢字の成り立ちを教えてくれる動画を一つ貼り付けておく。

日本でもこうした教育がなされたら、国語力がアップするだけでなく、いじめなどなくなるのにと思う。洗練された教育理念が感じられ、ほのぼのとしたムードに心が和む。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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2015年6月 9日 (火)

(南京事件の)松井石根陸軍大将の魅力的なお写真と、中国で出回っているという偽物らしき写真

以下の記事で、YouTubeで発見した南京事件関連の貴重な動画を紹介させていただいていたのですが、元動画が削除されたようです。

こうした歴史的に保存すべき動画から消えていくのは、その動画に価値があったからでしょう。

追記:

2015年7月13日、「KSM WORLD」による動画が公開されていました。真実の松井石根大将を知ることができます。ここにも動画を張っておきます。2015.7.21

南京攻略戦のときの日本側の司令官は、松井石根大将でした。この方の生き方と運命を伝える貴重な動画です。

記事にもアップしましたが、ここに松井石根氏のありし日のお写真を掲げ、松井石根氏の霊に黙祷を捧げます。

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以下は、中国のサイトでよく出回っている松井石根陸軍大将とされる写真だとか。どう見ても、別人ですね。

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こんなの素人が見たって、偽物だとわかります。中国の俳優らしいこの顔には何も魅力が感じられませんから。

松井石根陸軍大将は「南京事件」の責任を問われ、極東国際軍事裁判(東京裁判)で死刑判決(B級戦犯)を受け、処刑されました。「アジア人のためのアジア」を実現するため、大亜細亜協会を設立した人物だったということです。

松井石根:Wikipedia

松井 石根(まつい いわね、明治11年(1878年)7月27日 - 昭和23年(1948年)12月23日)は、日本の陸軍軍人。陸軍大将。荒尾精の信奉者として、「日中提携」「アジア保全」の運動に生涯をかけたが、ポツダム宣言受諾後、「南京事件」の責任を問われて極東国際軍事裁判(東京裁判)にて死刑判決(B級戦犯)を受け、処刑された。

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電子書籍とパブリックドメインの絵 ①アルノルト・ベックリン「死の島」(追記あり)

過去記事で書いたことと重複するが、キンドル本にしたいと思っている電子書籍のこと。

『神秘主義者のカフェテラス』というタイトルがしっくりこないので、変えることにした。

表紙用のフリーフォントをGIMPにいくつか入れたが、それでなくともGIMPには沢山のフォントが入っているので(使わないフォントは消してしまおうと思ったりもしている)、追加したフォントについては、フォント名やダウンロードさせていただいたサイトなどをメモしておかないと、使うときになって、どれをどこから追加したのか、わからなくなる。

表紙の作成に、商用・非商用を問わず完全フリーで使える画像検索サイトの写真素材を利用していたが、パブリックドメインの絵を利用できないかと思い、調べたりしていた。

例えば、「グーテンベルク21」から出ているキンドル本に、グスタフ・クリムト(Gustav Klimt)「ユディト(Judith)」(1901年)が使われている。

毛皮を着たヴィーナス [Kindle版]
マゾッホ (著), 小野武雄 (翻訳)
出版社: グーテンベルク21 (2015/5/15)

紙の本も含めれば、いろいろと見つかりそう。

ちなみに、クリムトは、「接吻」(1908年)などは一度観ると、忘れられないが、わたしは「メーダ・プリマヴェージ」(1912年)なんかが好き。

Gustav Klimt 050

以下のサイトで、パブリックドメインの絵が沢山公開されている。

国立国会図書館のサイト「カレントアウェアネス・ポータル」の2015年1月5日付記事「2015年から著作がパブリック・ドメインとなった人々」によると、
没後70年(カナダ、ニュージーランド、アジア等では没後50年)を経過し、2015年1月1日から著作がパブリックドメインとなった人物に、画家ではワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky)、エドヴァルド・ムンク(Edvard Munch)がいる。

2015年から著作がパブリック・ドメインとなった人々

カンディンスキーについては②で書きたい。

以下は、電子書籍作りとは無関係なところで、パブリックドメインの絵の鑑賞時に目に留まった絵。

ヒューゴ・シンベリ(Hugo Simberg)「傷ついた天使」(1903年)。

The Wounded Angel - Hugo Simberg

次の動画はヒューゴ・シンベリ。

アルノルト・ベックリン(Arnold Böcklin)、バーゼル版「死の島」(1880年)。5枚の「死の島」が存在する。

Isola dei Morti IV (Bocklin)

同じく、ベックリン、「聖なる森」(1882年)。

Arnold Böcklin Il bosco sacro

ヒューゴ・シンベリ「傷ついた天使」、アルノルト・ベックリン「死の島」「聖なる森」。どれも美しく、興味を覚えるが、わたしは怖い。

ヒューゴ・シンベリの絵では、傷ついた天使が2人の少年に運ばれていく。天使が出てくるが、ピーテル・ブリューゲル(Pieter Bruegel de Oude)が新約聖書に出てくる出来事を日常生活の中にさりげなく置いたのとは、全く違う印象を受ける。

次の動画はピーテル・ブリューゲル。

ブリューゲルが描いた絵の中には新約聖書の中の惨劇が置かれていることもあるが、そうしたものを含めて、現実世界が聖なる世界を映し出す鏡となっているように思える。

みじめな、危機的状況を孕んだ人間社会を鳥瞰する、意志的な画家の透徹した眼が感じられるのだ。

ヒューゴ・シンベリ「傷ついた天使」の場合は、その逆に、聖なる価値観は現実世界に抵抗できないことを強調しているかのようだ。

ヒューゴ・シンベリの動画に出てくる絵には、死や暴力、あやまち、俗悪または悪を想わせるものが滑稽な形姿で描かれたりもしているが、これらの絵から、それ以上のものをわたしは読みとることができない。

アルノルト・ベックリンの2枚の絵も、美しいが魔性を感じさせる。この人の絵には、ずいぶん怖ろしいものがいろいろとある。

次の動画はアルノルト・ベックリン。

ウィキペディアによると、ベックリンの絵は「第一次世界大戦後のドイツでは、非常に人気があり、一般家庭の多くの家に、複製画が飾られていた。中でも代表作の『死の島』は特に人気が高かったと言われ、複製画の他にポストカードの題材としても盛んに使用された。また『死の島』を真似て描く画家も現れた。アドルフ・ヒトラーも彼の作品を好み、収集していた(代表作である『死の島』の第3作を始め、11点所有していたと言われる)」という。

死の島 (ベックリン):Wikipedia

第一次大戦後のドイツで、ベックリンの「死の島」がインテリに受けただけではなく、一般家庭の多くにこの絵の複製が飾られていたというエピソードは、当時のドイツ市民の単純でない感性と鑑賞眼の高さを教えてくれるが、ドイツ市民が置かれた、ただごとではない――袋小路的な――状況を物語ってもいるかに思われる。

全く性質を異にする、別の絵が飾られていたら……と、想像したくなる。

ベックリンの絵には催眠的なところがあるが、当時のドイツ市民の感性はある面で鈍化していたのか、その危険性が見抜けなくなっていたのかもしれない。催眠性の危険性は、人を霊媒的にしてしまうところにある。

わたしは村上春樹の小説に、同様の催眠性があるのを感じてきた。

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胸の圧迫感に、スプレー1回

胸の圧迫感に、スプレー1回

昨日から、胸が重く、そろそろかなと思っていた。

一昨日まで、ずっと何ともなかったので、もしかしたら治った(?)と期待していた。

残念ながら、そんなわけはなかった。

そういえば、ここ数日間に何回か不整脈が起きたが、すぐに治ったので、気にしていなかったが、わたしの場合、やはり冠攣縮性狭心症の発作と連動して起きるようになっているようだ。

今朝は少し冷えるので、それも発作のきっかけをつくったのかもしれない。

数日はまだ注意が必要だ。

それにしても、次の診察までの期間中、絶対に起きるわねえ、呆れるくらい正確!

追記:

あれっ、数字が1回飛んでいる。

前回の発作は42日も前だ。ひと月以上なかったのは珍しい。

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2015年6月 8日 (月)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ⑥退院、おめでとう!

過去記事で書いた、直腸癌を患っている双子みたいな気のする男友達が入院、手術したのですが、先日、今日が退院予定日だとのメールがありました。

ひと月の入院でしたね。

術後は高熱が出たりして大変だったようですが、無事退院できたことと想像しています。おそらく今ごろは帰宅しているんじゃないかと思いますが、ちょっとしたことで退院が伸びたりすることもあるので、ここに御祝いの言葉を綴っておくことにします。

すぐに激務が待っているような話でしたので、その点が心配なところです。必要なだけ、体を休めることができますように。

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2015年6月 7日 (日)

歴史短編1のために #15 隠元禅師のすばらしい墨蹟

図書館から以下の本を借りた。

書名:黄檗 
副書名:京都宇治・萬福寺の名宝と禅の新風 特別展 黄檗宗大本山萬福寺開創350年記念 九州国立博物館開館5周年記念
著者名:九州国立博物館/編集 
出版社:西日本新聞社 
出版年月:2011.3

わたしの初の歴史小説に登場する祐徳院(花山院萬子媛)は、晩年を黄檗禅に生きた。

前掲書の主催者の「ごあいさつ」で、日本に伝えられ、大きな影響を与えた黄檗禅が何であるか端的に解説されているので、その部分を引用しておきたい。

 臨済宗、曹洞宗とともに日本三禅宗に数えられる黄檗宗は、承応3年(一六五四)、弘法[ぐほう]のため長崎に渡来した中国明末の高僧・隠元隆琦禅師[いんげんりゅうきぜんし](一五九二~一六七三)によって開立されました。隠元禅師は、中国臨済禅の正統な法系と厳格な清規[しんぎ]を日本に移植し、当時の日本禅宗界に大きな影響を与えました。その高風は幕府にも届き、隠元禅師のための新寺建立が特別に許され、寛文元年(一六六一)、京都宇治の地に黄檗山萬福寺が開創されました。そこに出現したのは、伽藍配置、仏像、扁額や聯[れん]、法要の次第、梵唄[ぼんばい]などすべてが中国明朝風であり、江戸時代の人々は、当時の流行の先端をゆき、また日中文化交流の橋渡しの役目も果たし、江戸時代の文化の形成と発展に大きく貢献しました。

『黄檗』に収められた作品は、大本山萬福寺の名宝と九州の黄檗寺寺院所蔵の仏教美術である。

本では、隠元禅師が直接伝えた中国文化も紹介されている。

食文化では、いんげん豆、すいか、たけのこ、れんこん。寒天はメイド・イン・ジャパンの食材だが、名付け親は隠元禅師だとか。

煎茶と普茶料理。ごま豆腐は普茶料理である。

仏具では、鳴り物、木魚の原型である飯梆[はんぽう]。木魚がなぜ魚かというと、「夜も目を開いている魚をみならって修業しなさい」という意味が込められているという。小鼓[しょうこ]、銅磬[どうけい]、銅鑼[どらこ]鼓。

原稿用紙、明朝体。

実は、借りたものの読む時間がとれず、返却直前になって、慌てて開いたのだった。

そのとき、目に飛び込んできたのが、これ。

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隠元隆琦墨蹟[いんげんりゅうきぼくせき] 大殿楽成偈[だいでんらくせいげ] 一幅
江戸時代 寛文八年(一六六八)
萬福寺

本の作品解説によると、大雄宝殿の完成にあたって隠元隆琦がしたためた墨跡で、「隠元は「大雄宝殿の完成によって萬徳が備わり、花が開き種子を結び永遠に仏法の芳香が流れていくと述べる」。

この墨蹟を観たとたん、体がカッと熱くなり、何て魅力的な字だろうと興奮した。美しく、おおらかでありながら、端正。そして、どこか可憐。

昔、習字を習ったので、書道作品を観るのは嫌いではないが、趣味としているわけでもないので、鑑賞する機会自体がほとんどなく、この種のものを観て感動したのは、俳人の杉田久女の伝記で紹介されていた久女の墨蹟を観て以来だった。

この墨蹟を観ただけで、隠元隆琦の思想がどのようなものであったかが、伝わってくるようだ。

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隠元隆琦墨蹟いんげんりゅうきぼくせき] 額字原書[がくじげんしょ]「黄檗山」[おうばくさん] 一幅
江戸時代(十七世紀)
萬福寺

この雄大感。どこか絵画的ですらある。檗の字が何だか蝶に見える。山にいる高僧も見えてくるようだ。その山はおそらく、この世の山であって、この世の山ではない。

隠元示寂直前の遺墨というのが、これまた圧倒的。

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隠元隆琦墨蹟いんげんりゅうきぼくせき] 示元瑤尼偈[げんようににしめすげ] 一幅
江戸時代 寛文十三年(一六七三)
萬福寺

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隠元隆琦墨蹟いんげんりゅうきぼくせき] 示諸法子孫偈[しょほうしそんにしめすげ] 一幅
江戸時代 寛文十三年(一六七三)
萬福寺

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隠元隆琦墨蹟いんげんりゅうきぼくせき] 遺偈[ゆいげ] 一幅
江戸時代 寛文十三年(一六七三)
萬福寺

最後に書かれた「遺偈」について、作品解説には次のように書かれている。

いよいよ示寂の四月三日は、今日がその日であると告げ、床で休んでいたが正午に起きて「遺偈」をしたため、未刻に示寂したと『語録』は伝える。(……)
いよいよ床から起きあがった隠元は、遺偈の筆を染めていう。中国の古黄檗から来た自分は、雄風を振ってこの地に黄檗山を幻出させたが、自らの功績ではない。今や身と心を打ち捨て、意識を超えて、思慮を絶した真空の境地と一つなのだと。

宗教の凄みをここに見る思いがする。このような姿を、わたしは既にパラマンサ・ヨガナンダ著『ヨガ行者の一生』(関書院新社、昭和54年改訂版)や、カトリーヌ・デスプ著『女[おんな]のタオイスム ――中国女性道教史』(三浦國雄監修、門田眞知子訳、人文書院、1996年)で見てきた。

宗教、宗派は違っても、薫り高い神秘主義のエッセンス、スタイルが存在するのを感じさせる。

萬子媛は、死に際して、このような形式をとらなかった。それは、死んでからなおも一仕事しようと決心するかのような、自分に鞭打つような死に方ではなかったか。

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べニグノ・アキノ3世フィリピン共和国大統領の国会演説に、共感!

6月3日、国賓として来日したベニグノ・アキノ3世フィリピン共和国大統領が国会を訪問し、両院議長主催による歓迎会が参議院議場において行われ、アキノ大統領が演説を行いました。

アキノ大統領は、東アジア並びに東南アジアの海洋や沿岸地域の繁栄は物や人の自由な移動に大きく依存しているが、国際法に反したやり方で、新たに地理的境界や権限を書き換えようとする試みが行われており、この繁栄が損なわれる危険に晒されているといいました。

演説の中でそうした不法行為を行っている国の名は出てきませんでしたが、その国とは当然中国に他なりません。

わが国も尖閣諸島、沖縄が中国による脅威に晒されているので、アキノ大統領の危機感や協力の必要性を訴える切実な声には共感できますね。

国会で審議されている集団的自衛権、安保法制に関する議論は、こうしたところから出てきた課題です。

安倍首相をヒトラーになぞらえる日本人がいますが、アキノ大統領は3日、都内で講演したとき、南シナ海で地域の緊張を高めている中国の動きを戦前のナチス・ドイツになぞらえました。

アキノ大統領の感覚こそが極めてまともな感覚、世界に通用する常識的な物事の見方です。

マスコミがのっとられているといわれて久しいですが、一般人が普通に情報を求める手段が歪められてしまっているのであれば、わたしたちは日常的に異常な感覚に置かれ、彼らから絶えずストレスを与えられずにはすみません。

文学に生きてきたわたしは、ずっとそうしたおかしさを感じてきました。日本の文学はもうすっかり食い尽くされてしまっています。日本における文学の伝統ということを考えると、絶望感に駆られます。

文学運動を興すための仲間がほしいと思っても、知り合った書いている人は読書しない、賞狙いばかり。そうした人々から受賞していき、やがて審査員になります。

ただ、自分の感覚がまともだったとわかった今になって、大手出版社の保護下で作家になるということはあちら側に組み込まれることで、無名でいられるのも、自身の文学観を貫いてきたからだと思えるようになりました。

作家になるチャンス――かもしれない――と思ったことが数回ありましたが、もしそのときなれていたとしたら、自分の感覚や信条に反する世界に組み込まれたことに気づき、恐怖を覚えたかもしれません。

本当に文学を愛する物書きは、ここ日本では、何というパラドックスを生きらざるをえないのでしょうか。

左派の言い分に耳を傾けていると、頭がおかしくなります。常識を逸脱し、中国の勝手な言い分に限りなく寄り添う彼らは、わが国を中国の日本自治区にしたいのだとしか思えません。

KAZUYAくんがアキノ大統領の講演について、わかりやすく解説しています。

参議院議場において行われたアキノ大統領の演説は格調高いものでした。

参議院のホームページで、国会演説の審議中継映像を「参議院インターネット審議中継」で視聴でき、フィリピン共和国大統領演説をPDF形式でダウンロードできます。

YouTubeに音声のみの通訳の声がよく聴きとれる動画がアップされていたので、貼り付けておきます。

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2015年6月 6日 (土)

余ったバジルソースで、自家製(?)「熟成インカのめざめ」をあえる。

バジルパスタにして美味しくいただいたバジルソース。

余らせて小瓶に保存したバジルソース。何に使おうかしら、と考えるのも楽しい。

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ベーコンとジャガイモをフライパンで炒め、バジルソースであえてみた。美味!

先日、イタリア語講座の帰りに百貨店から娘が電話をしてきたので、北海道物産展の鮭とネット蟹缶を頼んだ。

娘が「ジャガイモとアスパラガスもいるんじゃない?」と訊いてきたので、「アスパラガスをお願い。ジャガイモは『とうや』をお願いしようかな」というと、「『インカのめざめ』は?」というので、「それは冷蔵庫にたっぷり眠っているから、今回は買わない」とわたし。

そう、この「インカのめざめ」は昨年の11月に北海道物産展で購入したものなのだ。

売り場の人から、冷蔵庫で半年以上熟成させると美味と教わり、芋オバサンのわたしは自家製「熟成インカのめざめ」に挑戦したというわけ。

といっても、1個ずつ新聞紙にくるんでポリ袋に入れ、野菜室で眠らせておいただけだったが……

そろそろ冷蔵庫の中のインカ姫をめざめさせてもよいのでは、と思い、バジルソースと組み合わせてみたのだった。

これを作る前に、茹でた「インカのめざめ」を残しておき、食前芋(?)にして、バレーヌの塩(7点買いした話)を軽く振り、いただいたら、栗のようなほくほく感が何ともいえなかった!

まだインカ姫は冷蔵庫に眠っている。もう少し眠らせてみよう。

バジルソースはパンにぬっても、美味しい。

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写真に撮りそびれたが、パン皿の側にはココナッツオイルを入れた小皿が控えている。

ココナッツオイルに浸していただくパンが、お気に入り。

好みによるのだろうが、わたしはココナッツオイルがあれば、バターもジャムもいらない。この日は写真撮影のために、バジルだけでは淋しいので、マーマレードも置いてみた。

ココナッツオイルのことは過去記事で書いた。

ココナッツオイルとキヌア(キヌアに関する過去記事)は、評判通り、体によい気がしている。

白米だけ炊いたごはんを数日続けると、麦&キヌアを混ぜたごはんのときに比べ、明らかに――いくらかだが――体重が増える。

ココナッツオイルを摂取するようになってから、てきめん、お通じがよくなった。肌にもよくて、よいことずくめだ。

最初のココナッツオイルを肌にぬったら痒みが出たので(娘には合った)、個人差があるようだ。わたしはDr.ブロナーのものだと合う。

ただしココナッツオイルが目に入ると、薄い膜が張ったようになって、しばらく世界がかすんでみえるので、ご注意! 

わたしは目が悪くなったのかと思い、慌てた。このことに関する記事もググれば、沢山出てくる。

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2015年6月 5日 (金)

Kindle版『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!/記事数5,000超え/作業中のキンドル本のこと

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

5月25日ごろ、日本のキンドルストアで、26日ごろ、アメリカのキンドルストアで、27日ごろ、日本のキンドルストアでお買い上げいただいたようです。3日連続してお買い上げいただいたのは初めてでした。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、これまでで41冊お買い上げいただいたことになります。

  • 日本……23冊
  • アメリカ……14冊
  • イギリス……1冊
  • ドイツ……1冊
  • メキシコ……1冊
  • イタリア……1冊

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 二〇〇七 - 二〇一二(Collected Essays 2)」)』(ASIN:B00J7XY8R2)は、文学界を考察した姉妹編ともいうべき1冊です。

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

記事を書く前に何気なく記事数を見たら、5,000本を超えていました(この記事で5,004本目)。

当ブログの開設が2006年4月でしたから、9年間で沢山の記事を書いたことになります。

ブログを書くことは、わたしにとって、今や文学活動の一環です。

そういう意味からいえば、「仕事」という意識で書いている部分が大きいのですが、一面、性格的なところからも来ています。様々な思いや疑問、得た情報などを他の人と分かちたいという気持ちが強いのですね。

過去記事で書いたように、5,000本の記事の中から、神秘主義者としての覚え書きを集めたエッセー集をキンドル本にしたいと思っており、作業中です。

神秘主義的な事柄をずいぶん書き散らしてきたような気がしていましたけれど、探してみると、主に文学関係の記事の中に無造作に落ちているという感じで、1本を独立したエッセーとして読める、まとまった記事は案外少ないのです。

こうしたテーマの下に書いた記事のみをセレクトしたブログ「マダムNの神秘主義的備忘録」がありますが、残念ながら、これはあまり更新できていません。

記事をセレクトしながら、1編のエッセーとして読めるように書き直している段階で、いざとりかかると、電子書籍にはやはり時間を食います。一旦仕上げたあとは、またあの終わらない校正があると思うと……

他方では、優先したい初の歴史小説があり、日本社会で絶えず起きる危機的な出来事には到底無関心ではいられず……

これだけブログが書けるのだから、よほど暇なのだろうと思われがちですが、「沢山書く作家は暇だからだ」とは誰も思いません。わたしは世に出られず、儲けられないだけの話で、暇であったことは、作家を志した中学生のころから一度もありません。すみません、実は、これは知り合いに対する筆無精のいいわけです(このブログをご覧になっているかどうかはわかりませんが)。

電子書籍に話を戻すと、『神秘主義者のカフェテラス』というタイトルがしっくりこないので、変えることにしました。

表紙用のフリーフォントをGIMPにいくつか入れましたが、それでなくともGIMPには沢山のフォントが入っているので(使わないフォントは消してしまおうと思ったりもしています)、追加したフォントについては、フォント名やダウンロードさせていただいたサイトなどをメモしておかないと、使うときになって、どれをどこから追加したのか、わからなくなります。

表紙の作成に、商用・非商用を問わず完全フリーで使える画像検索サイトの写真素材を利用していましたが、パブリックドメインの絵を利用できないかと思い、調べたりしていました。

長くなりそうなので、これについては記事を改めます。

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2015年6月 4日 (木)

バジルパスタに、ようやくありつけました!

昨年は、バジルが駄目になってしまい、バジルソースが作れませんでした。

梅雨時に弱ることが多いので、ベランダ農夫の夫と、その前に一度収穫しようということになり、昨日、収穫。量ってみたら、50gほど。

  • バジル50g
  • 松の実&カシューナッツ50g
  • ニンニク2かけ
  • エクストラバージンオリーブオイル120㏄
  • 塩小さじ2/3
  • こしょう

で作ってみました。オリーブオイルは撹拌する前に20㏄ほど注き足したのですが、足さなくてもよかったかも。粉チーズは各自好みで、好きなだけかけました。

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バカに撹拌できないと思ったら、オリーブオイルを入れ忘れていました。

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前に作ったときより、バジルの緑色が淡いです。もう少し育ってから摘んでいたのでしょうね。

アスパラガスがあったので、バジルパスタに加えました。

パスタが仕上がる前に鍋に投入して一緒に茹でてもよかったのですが、パスタのときは夫が茹でてくれるので、先に茹でておきました。

定年退職までは家事らしいことは何一つやりたがらなかった夫ですが、サイフォンやマキネッタでコーヒーを淹れるのと、麺を茹でるのは、わたしより上手になりましたよ。たまに自分でやると、妙に自信がなく、夫の評価が気になります。

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「もう少し固めでもよかったかな……」と、夫。わたしは少し柔らかいくらいのほうが好きなので、満足でした。

飾りにしたアスパラガスは、百貨店の北海道展から娘に買ってきて貰ったものなので、太くて立派です。そのアスパラを縦に半分にして、混ぜ込むアスパラと一緒に茹で、麺の両側に頭を逆向きにして添えました。

トマトスープがバジルパスタによく合いました。

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バジルソースは使い切ってしまわずに、いくらか余らせておきました。茹でたジャガイモにつけると、とても美味しいので。

摘んだ後のプランターのバジル。梅雨に負けずに育ってほしいです。順調な年で、だいたい3回くらい収穫できます。今年はどうでしょう?

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2015年6月 2日 (火)

年金情報流出。安保法制と中国の人工島(上念氏、富坂氏)。欧州の中国依存症(河添氏)。ユダヤ陰謀論の誤り(内藤氏)。

昨日は終わりの1時間程度しか、国会中継を視聴できなかった。共産党の穀田恵二議員がお題目ばかり並べるのに苛々していたら、年金情報が流出したとのテロップが流れ、唖然。

機密情報を扱うパソコンで外部との接触が普通にできたなんて。独立した専用のネットワークでやっているものだとばかり思い込んでいた……

そのうえ、それで自由にメールを遣り取りしていただけでなく、今じゃ一般人のプライベートなメールボックスに届いたものでさえ警戒の対象となる添付ファイルを脳天気に開き……

意図的だろう、そう思いたくなるずさんさだ。

そういえば、「消えた年金問題」なんてのもあったけ……絶句。

先の国会中継の話に戻ると、共産党の穀田恵二議員がお題目ばかり並べていたのは、当然意図的だったに違いない。

なぜ今、国会で安保法制やらなくてはならないのか、上念司氏(経済評論家)がわかりやすく解説している動画を見つけた。「おはよう寺ちゃん活動中!」2015年.6月1日。

以下の動画では、富坂聰氏(ジャーナリスト、ノンフィクション作家、拓殖大学教授)がアメリカの海洋国家としての側面に注意を促し、中国が急ピッチで進める南沙諸島人工島に対して、なぜアメリカが猛反発するのか、解説している。「あさラジ」2015年5月26日。

中国が主導する「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)にヨーロッパ勢が雪崩れ込んだのがわたしには異様に思え、その心理がわからなかったのだが、河添恵子氏(ノンフィクション作家、株式会社ケイ・ユニバーサルプランニング代表取締役)がわかりやすく解説している動画が公開されていた。

まだヨーロッパ勢は中国の正体をわかっていない――痛い目に遭っていない――ところがあるが、ただ彼らは日本人ほど甘い人々ではないそうで。

以上の河添氏出演の動画は「チャンネルくらら」から配信されているのだが、内藤陽介氏(元東京大学文学部イスラム学科教官)による「きちんと学ぼう!ユダヤと世界史:ユダヤ陰謀論を叱る」シリーズも興味深い。

以下は第1回(2015年4月1日)。

児童小説『不思議な接着剤』の下調べで、ユダヤの歴史に踏み込まざるをえなくなった(ノート)。

昔、学研のオカルト雑誌『ムー』でユダヤ陰謀論を読み、わくわくしたものだったが、哲学書を乱読するようになり、さらには神秘主義に惹かれるようになると、それらで断片的に触れる情報からユダヤ陰謀論に疑問を抱くようになり、距離を置くようになった。

まだ第1回を視聴しただけなので、これからどういう話を聴けるのか、楽しみだ。花山院萬子媛をモデルとした歴史短編の下調べの合間に視聴しようと思う。

アメリカの三大財閥――ロックフェラー、メロン、モルガン(あるいはデュポン)――に「ユダヤ系」はいないという事実は、第1回を視聴して知った。

2016年5月24日に追記:

ユダヤ系財閥ロスチャイルド家については→https://youtu.be/1UPorwVHoPc

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