« 18日に、循環器クリニック受診(サンリズムを頓服に) | トップページ | かすみ目 »

2015年5月20日 (水)

【拡散希望】「**王女を慰安婦にしよう」という韓国ネット新聞の記事と、歴史認識(21日に追記1、22日に追記2、6月9に追記3、7月21日に追記4あり)

韓国ネット新聞に、「**王女を慰安婦にしよう」などという**内親王を名指しした戦慄させられる記事が掲載され、わが国のネットニュースなどでも採り上げられるようになった。

KAZUYAくんが動画で採り上げている。

韓国ネット新聞に問題の記事を書いた記者は、何と女子中学教師だという。

慰安婦問題の真偽とは別に、韓国における反日教育がどれほど低レベルなものであるかがわかる一件であり、この記事が言論統制を行っている国のネット新聞に掲載されて拡散したということが事態の深刻さを物語っている。

言論統制:Wikipedia

韓国の場合
韓国のインターネットでは親日的な書き込みに対してネット検閲が行われている。大統領直属機関である大韓民国放送通信委員会が、親日的な発言をするウェブサイトとブログを強制的に削除やアクセス禁止をし、言論統制を行っている。更に、反復して同じ文章を掲載したユーザには、強制的な利用解約措置を取るなど、親日的な言論を発言するユーザには大変厳しい言論統制を行っている。

反日教育の影響を受けた韓国人が親日になるのは難しく、日本人もまたこのような事態が放置されている状況下で親韓になるのは困難であるばかりか危険でさえあるだろう。

反日教育は中韓のみならず、当の日本でも行われている。それによって、心が引き裂かれる思いをし、アイデンティティー喪失の危険に晒されて、最も苦しむのは、在日韓国人・在日中国人の中の良識的な人々であることを教育者、マスメディアは自覚すべきである。

3つの国のこのような傾向が、性犯罪を含む新たな犯罪を生む原因をつくり出している。早急な改善を希望する。

反日教育のねたとなっているのが慰安婦問題、南京事件であり、その根拠となってきたのが朝日新聞に掲載された、それらにかんする記事である。朝日新聞が慰安婦問題にも南京事件にもかかわっていることが、衆知の事実となった。

韓国や中国との関係を歴史から読み解くのは難しい。歴史とは複雑である上に、どの観点から歴史を見ていくかで、見えてくるものが違ってくるからである。

例えば、わたしは今月7日の午後8時から9時にかけて放送された、NHKBSプレミアム『英雄たちの選択』で、「平民宰相”原敬 知られざる素顔~切り開け! 協調外交への道」を視聴したとき、ふと疑問を覚えた。

番組では、原敬が撤兵へと大きく舵を切ろうと必死の努力を重ね、暴走する軍部を抑え込むための戦いをしたという原敬賛美へと持っていく、歴史解釈がなされたのだった。

マスメディアで採り上げられる日本軍、学校の歴史で教わった日本軍とは、いつもいつも乱暴で能なしで、暴走ばかりしている印象があるが、当時の厳しい軍人教育を考えてみると、そんなはずはないとも想うのである。

シベリア出兵(1918年~1922年)が侵略戦争の始まりだったとはよくいわれることだが、本当にそうした位置づけでよいのだろうか? 

果たしてシベリア出兵とは何だったのか、改めて調べてみた。すると、ほとんど知らなかった尼港事件(1920年)というのが出てきた。

YouTubeで見つけた尼港事件にかんする動画を紹介しておく。

尼港事件にかんして、以下の記事に詳しい。

また、2ちゃんねるに、よくまとまられているスレがあった。

以下は、貴重な、シベリア出兵少将からの手紙を紹介している動画。「もし日本軍が撤退すれば、シベリアの地はますます紛糾して収支がつかなくなり……」と、撤兵を懸念する内容となっている。

そして、満州事変(1931年~1932年)。

宮脇淳子氏(東洋史家・ 学術博士)は、満州事変は朝鮮を守るために起きたとおっしゃる。当時、朝鮮人は日本人であった(日韓併合時代1910年8月29日 - 1945年9月9日であったため)。以下の動画に詳しい。

そして、満州国とは何だったのか? 以下も宮脇氏の動画へのリンク。当時の複雑な状況が丹念に解説されている。

わたしの母方の伯父は満鉄勤務。伯母の夫は三菱商事の商社マンを脱サラし、満州で始めた製麺業で成功していた。母はそんな兄姉を訪ねて満州を旅行した。「満州はよかった」といっていた母。

結果的に伯父、伯母は満州からの引き揚げで辛酸をなめることになり、とうの昔に全員鬼籍入りしている。満州ってどんなところだったのだろうと最近になって思う。

1937年当時の満州の動画を見つけた。

「そうだ 満州、行こう。」という面白い動画も見つけた。ファンタスティックな満州旅行ができる。動画で示される人口分布が興味深い。

YouTubeに、1937年の陸軍士官学校の記録映画があった。

1937年といえば、南京攻略戦が行われた年である。12月13日に日本軍が南京城を陥落した。その日本軍の構成員たちは、士官学校でこうした教育を受けていたわけだ。

「午前中は学科が四時限ある」そうで、数学、英語、ロシア語、ドイツ語の授業風景が映し出される。他にシナ語、フランス語もあったとか。「予科では国語、漢文、倫理、心理、歴史。理科系では化学、物理、数学、地学」とあるから、勉強だけでも大変。皆、きりっとしたよい顔をしている。 

南京攻略戦のときの日本側の司令官は、松井石根大将であるが、以下の動画には写真が出てくる。心惹かれる表情だ。

追記3:

ここにYouTubeで発見した貴重な動画を紹介させていただいていたのですが、元動画が削除されたようです。

とりあえず、以下に素敵な松井石根大将のお写真のみ。

Matsui_iwane_phot3

以下は、中国のサイトでよく出回っている松井石根陸軍大将とされる写真だとか。どう見ても、別人ですね。

Nise_matsui_3

こんなの素人が見たって、偽物だとわかります。この俳優の顔には何も魅力が感じられませんから。(2015.6.9)

「南京事件」の責任を問われ、極東国際軍事裁判(東京裁判)で死刑判決(B級戦犯)を受け、処刑された。「アジア人のためのアジア」を実現するため、大亜細亜協会を設立した人物であった。

松井石根:Wikipedia

追記4:

2015年7月13日、「KSM WORLD」による動画が公開されていました。真実の松井石根大将を知ることができます。(2015.7.21)

松井石根氏の霊に黙祷を捧げます。

以下は憲法を考えさせられた動画、第2弾。保守論客・櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)×護憲派・福島瑞穂氏(社民党参議院議員)。

おかしな番組内容である。櫻井氏がここという大事な、聴くべき論を展開しようとすると、物凄く慌てて遮ったりする。32分くらいからの司会女性の慌てぶりはミモノだ。

憲法改正にかんする討論で、興味深い事実に櫻井氏は触れている。37分くらいから。

「交戦権」の意味が憲法草案を書いた要の人であったケーディス民政局長本人にすらわかっ ていなかったという唖然とさせられる事実である。

チャールズ・ルイス・ケーディス:Wikipedia

以下の動画でも、櫻井氏の憲法にかんする、学識豊かな、よくまとまったお話が聴ける。さすが保守論客といわれるだけのことはある。

吉田茂首相でさえ、総理大臣をやめたときに世界の国々を回ってみて、軍事力をきちんと持っていない国はこんなに軽んじられるんだということを実感して、自分が生きているうちに軍事力再建をしなかったということが最大の悔やみであるという言葉を残しているという。

文明的な求心力として働いた皇室を中心としたわが国の国柄についても語られている。

追記1:

あなたは南京事件が4回もあったことを、ご存じだろうか? ブログ「ねずさんのひとりごと」に詳しい。

その4回を、以下の記事より、引用させていただく。

1 第一次南京事件(大正2(1913)年)
  
張勲軍が南京に乱入し、城内の民間人に対して
  虐殺、強姦、略奪を行った事件

2 第二次南京事件(昭和2(1927)年)
  
国民党の国民軍が騙し討ちのような形態で南京
  に入り込み、
  城内で虐殺、強姦、略奪を行った事件。

3 第三次南京事件(昭和12(1937)年)
  
南京に陣取った国民党軍が、
  日本軍がやってくるからと城内で
  虐殺、強姦、略奪を行った事件。

4 第四次南京事件(昭和24(1949)年)
  
中共軍が南京を制圧し、資本家らを襲い虐殺、
  強姦、略奪を行った事件

以下の動画では、第四次南京事件(1949年)に触れている。この動画に見る写真や解説は、宮脇淳子氏のこのころをテーマとした歴史講義と符合する。

上の動画と同じものもあるが、以下は、南京大虐殺の日本軍の怖ろしさ(?)を暴いた豊富な写真集……・゜・(ノ∀`)σ・゜・。いーっひっひっひっひ!

ああ、どうしよう。調べれば調べるほど、昔の日本人が世界でもまれな、立派な人々であったことがわかってしまう! だからアジアには親日国が沢山あるのだ。

今の日本人も気質は受け継いでいるので、少しも不自然な話ではない。戦後の歪んだ教育で、わたしたちは情操が低下しているだけ。頭がおかしくなりそう、幸福感で! 

追記2:

前掲のブログ「ねずさんのひとりごと」の以下の記事には言葉をなくした。

日韓併合を望んだのが李氏朝鮮の中人階層だったことは何かで読んで知っていたが、どうしてもわからなかった日本にとっての日韓併合の意味。この記事を閲覧して初めて、理解できた気がした。今の北朝鮮、韓国のおかしさも。

過去記事で確か昔の朝鮮の写真を紹介していたはずだと思い、確認しようとしたところ、それらの動画は削除されてしまっていた。昔の朝鮮の写真が出現してはまずいことでもあるのだろうか。歴史検証には必要なものなのだが。

削除された動画のタイトルは以下。

  • 19世紀の朝鮮半島 韓国人が一生教わらない歴史 Old picture of Korea
  • 韓国併合・劇的ビフォーアフター 일본 통치 시대 Before After 
  • 証拠資料に基づく従軍慰安婦の正体

新しくYouTubeで見つけた動画を紹介しておく。これらも削除されるのかもしれないが、ググれば、昔の朝鮮の写真を載せている歴史検証サイトは沢山出てくる。

併合前

併合時

以下の動画では、朝鮮半島の昔の写真にウィリアム・E・グリフィス(1843-1928)『隠者の国 朝鮮』、イザベラ・L・バード(1831-1904)『朝鮮紀行』を引用しながら文化面にまで切り込んでいる。日韓併合後の朝鮮半島の写真も登場する。

|

« 18日に、循環器クリニック受診(サンリズムを頓服に) | トップページ | かすみ目 »

おすすめYouTube」カテゴリの記事

ニュース」カテゴリの記事

時事・世相」カテゴリの記事

歴史」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事