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2015年4月の26件の記事

2015年4月28日 (火)

アフタヌーンティー・ティールームの「ソーセージパテとポテトのポップオーバーサンド」

昨日、買い物に中心街へ行き、駅のアミュプラザへも行って遊びました。

Af6

トキハ会館とアミュプラザのアフタヌーンティー・ティールームを比較するために、アミュプラザのティールームに入ってみました。

ゆったりしていて混んでいなかったので、くつろげました。

会館のティールームと比べると、落ち着いた雰囲気が、わさだタウンの二階にあるカフェモロゾフに似ているような気がしました。アミュプラザのティー・ルームでは外の景色は見えませんが。

写真は、「ソーセージパテとポテトのポップオーバーサンド」です。ハーブの利いたパテがとても美味しくて、シュークリームの皮のようなデニッシュ――ポップオーバー――と合っていました。キャロットスープも、人参臭さがなくて、飲みやすかったですよ。

駅構内にあるシアトルズ ベスト コーヒーは、狭い店内ですが、夜入ると、なかなか雰囲気がありました。

奥の壁際に、一人掛けのゆったり座れる椅子が並んでいます。前には小さなテーブル。横幅のある木製の肘置きには丸い穴が空いているので、飲み物をそこに置くこともできます。

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この写真は、食べかけではありませんから。量がわたしには多かったので、フォークで切り分けて家族にやったところです。はつみつ味の甘さを抑えたマフィンは美味しくて、家族にやったのを少し後悔しました。

アミュプラザには面白いお店がいろいろと入っていましたが、全部は回りきれませんでした。

遊んだツケで、今日は心房細動が出て、めまいがすること頻り。

心房細動にはサンリズムを頓服で、という先生のお言葉を思い出し、サンリズムを飲むかどうかで迷いましたが、1日3回の服用以外、頓服として飲むことまではしませんでした。

家事一つするごとに横になり、なるべく安静にするように心がけたら、この時間にはまあまあです。

以下のノートをアップするつもりでしたが、#13との関連もあって、内容がうまくまとまらず、宿題は持ち越しです。

  • 歴史短編1のために #14 出島三学者の一人、ケンペルが江戸参府旅行でよく聞いた子供の声「唐人、バイバイ」

体調がもう一つのときに限って冷蔵庫に小アジがあったりして、アジの南蛮漬けをするはめになりました。でも、南蛮漬けって、美味しいですよね。料理の記事も書きたかったのですが、ちょっとだけ。

Kon2

娘の朝食によく作らされるお握りに使う塩昆布が、少しだけ残っていました。それをピーマンと卵の炒め物に加えたら、何と上品な味わいのサイドディッシュに変身。いや、ホント。

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2015年4月27日 (月)

神秘主義体系、特にフリーメイソンに詳しいマンリー・P・ホールの著作

ブログ散策をしていると、イリュミナティやフリーメイソンの陰謀論が飛び交っている。この現象に気づいたのは数年前だった。左派系と思われる人々のブログでこれらに触れているケースが多い気がしていた。

昔、学研のオカルト雑誌「ムー」で、フリーメーソンの陰謀論をよく読んだ気がするが、一般の読者は日本とは関係のない国のお話として無責任に面白がっているだけだったのではないかと思う。

ところが、いつごろからかネット上で拡散しているイリュミナティやフリーメイソンの陰謀論は、もっと執拗で陰湿な感じがある。これは何だろう、とずっと不審に思ってきた。

左派のプロパガンダに利用されているのだろうか。イリュミナティなんて、今もあるのかしら?

イリュミナティ<フリーメイソン<アメリカという図式が成り立っているようだ。しかし、ソースが発見できない。ほとんど彼らの妄想のような雰囲気が漂っている。至って真剣だから、尚更。

メーソンとは石工のことで、フリーメーソンは1723年、ロンドンで設立されたといわれる。神秘主義的な秘密結社だが、反教会的、世界主義的な傾向から、キリスト教社会では秘密結社とならざるをえなかったのではないだろうか。

Kindle版『平凡なフリーメイソンの非凡な歴史』(檀原照和著、スタジオ天神橋、2013年)を読むと、地味な(?)日本のフリーメーソンについて知識を深めることができる。

平凡なフリーメイソンの非凡な歴史

また、マンリー・P・ホールの象徴哲学大系は、神秘主義を知りたい人のためのガイドブックといってよいシリーズである。第Ⅲ巻『カバラと薔薇十字団』に「フリーメーソンの象徴体系」という章がある。

新版 古代の密儀 (象徴哲学大系)

新版 秘密の博物誌 (象徴哲学大系)

カバラと薔薇十字団 【新版】 (象徴哲学大系)

錬金術 【新版】 (象徴哲学大系)

わたしは旧版を、『錬金術』以外は持っている。錬金術に関しては、ヤコブ・ベーメのあまりにも難解で、さっぱりわからない著作を読み――というより眺め――、たちまち満量に達し、当時、錬金術関係の本はもう沢山だと思ったのだ。

同じ著者に『フリーメーソンの失われた鍵』(マンリー・P・ホール著、吉村正和訳、人文書院、1992年)というのがあるので、初の歴史小説の下調べの合間に読もうと思い、図書館から借りてきた。『錬金術』も借りた。

『カバラと薔薇十字団』の「フリーメーソンの象徴体系」はわたしには難解な象徴体系だが、この体系から感じられる高級感と日本で流布している低俗な印象を受ける陰謀論とがどうにも結びつかない。

いずれにしても、神秘主義関係の事柄は毀誉褒貶に晒されやすい。

一つには、本物の神秘主義者が少ないため、当然ながら神秘主義の薫り高い世界を書く人はもっと少なく、偽物の神秘主義的世界観が拡がってしまうからだろう。

日本のファンタジーには神秘主義からの借り物が様々に登場するが、ひどい使い方をされていることが多くて、心が痛む。

『錬金術』(マンリー・P・ホール著、大沼忠弘&山田耕士&吉村正和訳、人文書院、1992年)のカバーの折り返し部分に、著者の写真が載っている。ハンサムな紳士という容貌。訳者後書きに、見事に描写されている。

左横顔を撮ったもので、黒白による光のコントラストが生きている。髪は撫でられ、耳は比較的大きく、額は高く秀で、鼻筋が通り、手入れの行き届いた口髭を生やし、唇は堅く結んでいる。隙のない、端正で、理知的な顔だ。
 特に印象深いのは、長い睫毛の奥の大きな、鋭い目である。それは一見すると冷徹な感じを与えそうだが、よく見ると、深い愛情を秘めているように思われる。やや伏目がちな目で、ホールは、一体、何を見ているのであろうか。
(p.266)

日本の読者に宛てて、ホールは日本に訪れたときのことに触れ、寺院、日本庭園、茶の湯、生け花、日本民芸館を例にとり、「今日の世界において、象徴体系を学ぶ者がその研究を進めるためにこれほど多くの機会を見出すことができる場所は他にはない」(p.265)と書いている。

『フリーメーソンの失われた鍵』をホールが書いたのは、何と21歳の誕生日を過ぎたばかりのときという。彼はまだメーソンではなかった。

ホールは1901年、カナダに生まれている。『古代の密儀』(マンリー・P・ホール著、大沼忠弘&山田耕士&吉村正和訳、人文書院、1993年)によると、ホールはマックス・ハイデルの愛弟子という。

マックス・ハイデルは、ルドルフ・シュタイナー(神智学協会から独立し、アントロポゾフィー創設)の影響を受けた後、キャサリン・ティングリーの主宰する神智学の一分派に加わり、その後、「カリフォルニア薔薇十字協会」を創設した(p.312)。

師ハイデルが亡くなるとき、「カリフォルニア薔薇十字協会」の後継者に20歳に満たないホールを指名したが、それを不満とした人々が出て協会は分裂。ホールが「ヨーロッパ数千年の秘教教義の伝統を集大成する」という象徴哲学大系の執筆に協力者たちと共にとりかかったのは、このような困難な時期だった。1936年、ホールはロサンゼルスに「哲学探求協会」を創設する。(p.313)

『フリーメーソンの失われた鍵』によると、ホールがメーソンになったのは、1954年のことだった。メーソンとなったことで、メーソン結社に対して長い間抱いていた賞賛の気持ちは深くまた大きなものになったのだそうだ。(p.16)

関連記事:

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胸の圧迫感にスプレー1回

Ni2

胸に圧迫感を覚えてミオコールスプレーを1噴霧したのが、6時15分ごろ。

いつもと同じ前兆があり、昨日は若干のめまい。脳貧血っぽいフラフラ状態が続いて、読書する気分にもなれなかった。

今朝の圧迫感は強いものではなく、ニトロを使うかどうか迷ったのだが、放置していると、今度は心房細動が起き(連動しているかのような最近の傾向)、サンリズムを頓服しても、思うように止まらなかったりする。

昨日の時点で、小さな冠攣縮狭心症の発作が何度か起きていたのかもしれないし(先生はその予防のために、積極的にニトロを使ってよいとおっしゃる)、心房細動が起きていたようでもある。

前回の発作の記録が6日だから、やはり月1~2回の割合だ。

ニトロ効果で、これを書いている今、胸の中が涼しくて快適。ぶり返さなければいいが。大抵数日は心臓が不安定なので、注意が必要。

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2015年4月23日 (木)

草鞋を履いていた江戸時代の馬。YouTubeで見つけた「犬のような猫」の傑作動画。

過去記事に書いた疑問について、調べていました。

で、大体結論らしきものは出たのですが、念のために、出島三学者エンゲルベルト・ケンペル、カール・ツンベルク、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルトのうち、ケンペルとシーボルトの江戸参府記録の本が家にあるので、それらを読んでいるところです。

出島三学者って、全員オランダ人かと思いきや、全員オランダ人ではなく、ケンペルとシーボルトはドイツ出身、ツンベルクはスウェーデン出身です。

日本に来たのが一番早かったケンペルについてウィキペディアを見ると、興味深いことが書かれていました。

エンゲルベルト・ケンペル:Wikipedia
エンゲルベルト・ケンペル(Engelbert Kaempfer, 現代ドイツ語読みではエンゲルベアト・ケンプファー、1651年9月16日 - 1716年11月2日)は、ドイツ北部レムゴー出身の医師、博物学者。ヨーロッパにおいて日本を初めて体系的に記述した『日本誌』の原著者として知られる。

経歴
旅立ち
現ノルトライン=ヴェストファーレン州のレムゴーに牧師の息子として生まれる。ドイツ三十年戦争で荒廃した時代に育ち、さらに例外的に魔女狩りが遅くまで残った地方に生まれ、叔父が魔女裁判により死刑とされた経験をしている。この2つの経験が、後に平和や安定的秩序を求めるケンペルの精神に繋がったと考えられる。(……)

ドイツではキリスト教が裁き、日本ではキリスト教徒が裁かれ……そんな時代ですね。

ケンペルもシーボルトも描写が克明で(日本人の容貌まで、丹念すぎるくらいの描写)、当時の日本が生き生きと描き出されていて、本当に面白い。ツンベルクの本も図書館から借りて読んでおきたいです。

江戸参府旅行日記 (東洋文庫 303)

シーボルトは1823年6月に来日し、オランダ商館医となりますが、1792年の雲仙普賢岳の大噴火に興味を持ち、詳細を調べて記録しています。出島でも、ほとんど毎年大地のゆれるのが感じられると書いています。

江戸参府紀行 (東洋文庫 (87))

ところで、江戸時代の日本の馬は藁靴(草鞋)を履いていたのですね。ケンペルもシーボルトも同じことを書いていて、蹄鉄は使用されていないとあります。馬丁や従僕はすり切れたときのために、馬用の草鞋をいつも沢山用意していると書いています。

草鞋を履いた馬って、想像すると、可愛いですね。そこからつい、ご贔屓の馬――も増えました――を動画で観たくなり(児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』を書くために、お試し乗馬をして以来馬が大好きに……)、そのあと1年前くらいから気になっている「犬のような猫」「猫のような犬」の動画散策へ。

田中さんちにやってきたペガサス

こんな風で、初の歴史小説の下調べをサボっていたわけではありませんが、つい横道に逸れてしまうここ数日でした。

「犬のような猫」の動画もいろいろと視聴しましたが、わたしは以下の動画が一番衝撃的!でした。これは、猫の口つきではないでしょう。

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2015年4月22日 (水)

Kindle版『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

4月12日ごろ、キンドルストアでお買い上げいただいたようです。日本でのお買い上げは20冊目でした。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は36冊目のお買い上げでした。

  • 日本……20冊
  • アメリカ……13冊
  • イギリス……1冊
  • ドイツ……1冊
  • メキシコ……1冊

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

「気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 二〇〇七 - 二〇一二(Collected Essays 2)」)』(ASIN:B00J7XY8R2)は、文学界を考察した姉妹編ともいうべき1冊です。

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

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2015年4月20日 (月)

ロゴを作ってみました。ゴディバのホットチョコレート。

江戸時代のことで、以下のような疑問を投げかけたまま、放置してしまい、申し訳ありません。

昭和の人間の受けた教育は古いものとなってきたようです。この件についてはちゃんとノートしておくつもりですが、歴史認識が揺れ続けているわたしとしては、ナンか小説どころではない気持ちにすらなり、息抜きがほしくなりました。

で、昨日ご報告したように、電子書籍の表紙を作成していました。

ロゴを初めて作ってみたまではよかったのですが、GIMPで何気なく使っていたフォントにもライセンスの問題があることを知り、慌ててしまいました。

わたしのお気に入りで、ロゴに使用しようとしたフォントは、どうやら自由に使ってはいけないらしいことがわかりました。他のフォントを使おうとして調べても、よくわからないことが多く……

仕方がないので、商用利用可との確認ができたフリーフォントをGIMP――を構成しているファイルのうち、フォントのファイル――にダウンロードして使うことにしました。

ググってみると、参考になりそうな記事が出てきました。

フォントって、オリジナルを作るのは大変でしょうね。美しいフォントを見ると、感嘆のため息が洩れます。

前掲の記事の最初に紹介されていたのが、サイト「ドットコロン」の「Aileron」というフォントでした。

  • ドットコロン
    http://dotcolon.net/

    ドットコロンのフォントは CC0ライセンスの元、OpenType形式のファイルで公開しています。Webサイトや印刷物、ロゴタイプなどへの使用はもちろん、改変・再配布等も自由に行って頂いてかまいません。商標登録が必要なものに関しても同様です。

と書かれていて、わあ、ありがたいと思いました。さっそく使用させていただき、作ってみました。

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ノワ出版のノワはNOIXです。

フランス語で、胡桃という意味です。わたしは子供のころから自覚のあった神秘主義者でしたが、オーラが見え始めたのはだいたい『枕許からのレポート』の体験後(サイドバーに記事へのリンクがあります)でした。

人間が光でできた球体――卵の形そっくりです――のなかに生きているという神秘的な現象は、真善美の実在を感じさせるだけの気品を伴っています。

最初は全体を黄色にしていたのですが、空の色でもあり、霊的な太陽の色でもある――太陽の色は神秘主義的には青色です――青にして、文字を包み込ませました。

Oの中の黄身のように見える黄色が人間です。Oの白色は清らかな意識状態のときに放射される白色のオーラを表しています。Nの菫色はナイーヴで愛を求めずにいられない心を、Iの赤はプラスにもマイナスにも働く情熱や欲求を、茶色のXは煩悩や人間の苦悩、あがきを表しています。

黄身のような、点のような人間はやがて育ち、大きく羽ばたいていくのでしょう。

実は半分以上後付けなのですが、卵型は最初から考えていました。それから、なぜ胡桃が出てきたかというと、胡桃はわたしの好物だからですが、あの外観が何となく脳味噌を連想させるからです。そこから、知性をシンボライズする食べ物に見えるのですね。

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表紙に埋め込むと、こんなにちっちゃくなります。

タイトルなどに使用させていただいたのは、商用利用も可能のフリーフォント「ほのか丸ゴシック」です。

話題が変わりますが、大分駅にアミュプラザができ、賑わっています。たまたまですが、初日に出かけました。

娘が前から飲んでみたいと話していたゴディバのドリンクを買うために行列に並び、娘はミルクチョコレートのフラペチーノ、夫とわたしはホットチョコレートを飲みました。ジャン=ポール・エヴァンのとどちらが美味しいかなあ。

電子書籍にしたわたしの作品『昼下がりのカタルシス』に、博多のジャン=ポール・エヴァンが出てきます。

昼下がりのカタルシス

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2015年4月19日 (日)

kindle版『神秘主義者のカフェテラス』を近日公開予定

当ブログで公開してきた記事の中から、神秘主義者としての体験が映し出された記事をセレクトしたエッセー集の電子出版を計画しています。

このようなエッセー集は他にいくらでもありそうで、案外ないのではないかと思います。

例によって、校正に時間がかかると思いますが、なるべく早く出したいと考えています(とりあえず表紙を作りました)。

他にkindle出版しておきたい作品は沢山あるのですが、手直しや校正にどれだけ時間を食うかと思うと怖くなって、踏み切れません。

当ブログを始めたのは、2006年4月です。記事数はこの記事で4,970本になりました。

ブログに記事を公開することで、書く技術を磨き、自身の体験を客観視する姿勢が保たれていると思います。これも、ご訪問くださるあなた様のお陰です。感謝の気持ちでいっぱいです。

今後共、マダムNのサイト、直塚万季の電子書籍をどうかお見守りくださいますよう、お願い申し上げます。

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2015年4月18日 (土)

歴史短編1のために #13 身分の序列を厳格に規定した「士農工商」令を発布した将軍は誰?

祐徳院(花山院萬子媛)をモデルとした歴史小説のためのノート。

「歴史短編1のために」を始める前に、カテゴリー「初の歴史小説」には№43まで投げ込んでいたのですが、現在は非公開にしています。現在公開中のノートも、いずれ非公開にすることと思います。

極めて不完全なノートですので、当カテゴリーに属する記事へのリンク、引用などはご遠慮ください。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

しばらくぶりの江戸時代の歴史。萬子媛に迫るには、江戸初期から中期にかかるくらいまでをよく調べる必要があり、江戸時代の骨格を築いたといえる思想家であり政策家であった林家三代――林羅山・鵞峰・鳳岡、二人の黒衣の宰相――以心崇伝、天海について、調べなくてはならない。

朱子学の勉強が嫌で逃げていた林羅山からと思い、鈴木健一『ミネルヴァ日本評伝選 林羅山 ――書を読みて未だ倦まず――』(ミネルヴァ書房、2012年)を読み始めた。

道春点とは羅山の施した訓点のことで、漢文訓読の基礎的な型となった。(p.9)

林羅山が訓点に関わっていたとは知らなかった。ざっと年譜を見て、羅山の博覧強記ぶりに驚いた。

勢い余って、地動説と地球球体説を主張したイエズス会の日本人修道士イルマン・ハビアンを地球方形説と天動説で論破したというのだから、笑ってしまう。「その後ハビアンは信仰に動揺を来たし、後の棄教につながっていく」とウィキペディアにあり、ハビアンの方が正しいのだから、ちょっと気の毒だ。このとき羅山、24歳。

朱子学を好む羅山に僧形を命じた家康。このあたり、家康のバランス感覚が働いているのだろうか?

そして、ふと考えた。あれっ、身分の序列を厳格に規定した「士農工商」令――正式名称はええっと?――を起草したのは誰だったっけ? 発布した将軍は?

わたしはハビアンのごとく、動揺を来した。

思い出せない。

林羅山であるはずはない。なぜって、『葉隠』で、肥前佐賀藩の初代藩主・鍋島勝茂に、羅山が、鍋島家のご先祖は誰かと尋ねるくだりがあり、鍋島の殿様はその場の思いつきで小弍氏と答えたというのである。羅山は系図改めを進行させているところだった。

小弍氏の系図を手に入れた勝茂は、それを作りかえて将軍家に差し出したという。それでよかったのだから(それを平気でおしゃべりする山本常朝は二代藩主・光茂に仕えた人物)、まことに大様な感じで、林羅山がカーストにも似た身分制度を起草したとは考えにくい。

では、誰? 

黒衣の宰相のどちらかだろうか? 

江戸時代を調べれば調べるほど、大雑把と思っていたところがきちんとしており、厳格と思っていたところが大様という不思議さがあった。そして、「士農工商」を厳格に規定した法度をまだ見ていないことに気づいたのだ。

頭の中が真っ白になってググってみると……

ちょっと今時間がとれないので、この記事は書きかけです。

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2015年4月17日 (金)

Kindle版『卑弥呼をめぐる私的考察』をお買い上げいただき、ありがどうございます!

4月9日ごろ、『卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays, Volume 3)』(ASIN:B00JFHMV38)をお買い上げいただき、ありがどうございます!

『卑弥呼をめぐる私的考察』は、5冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays, Volume 3)

同じ評論・エッセイシリーズに入っているKindle本です。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays, Volume 1)

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)

枕許からのレポート(Collected Essays, Volume 4)

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2015年4月16日 (木)

Kindle版アレクサンダー・ワイルダー『新プラトン主義と錬金術: 神智学の起源をたずねて』(堀江聡訳)を読んで

以下の記事を書いたときに、神智学の研究に役立ちそうな著作がキンドル版で出ているのを知り、購入した。充実した内容なのに安くて、嬉しい。

ブラヴァツキー『神智学の鍵』を読んでいると、神智学という言葉の意味や由来を説明するのに、「ワイルダー教授」の著書からの引用がある。

そのアレクサンダー・ワイルダーの著作が邦訳版で読めるのだから、ありがたい。

新プラトン主義と錬金術: 神智学の起源をたずねて

本の構成は、後半部が解説対談となっている。このあと今日は読書の時間がとれそうにないので、そちらから読んだ。気になったところを、ざっとメモしておきたい。

ちなみに、訳者の別の本の著者略歴によると、「1958年生まれ。ミュンヘン大学大学院修了。元ピサ大学客員教授、元新プラトン主義協会会長」とあった。

久しぶりに神智学協会ニッポン・ロッジのホームページを閲覧してみたら、「勉強会のお知らせ」に、カバラ基礎・ヘブル語、古典ギリシャ原典購読会、サンスクリット原典購読会が予定されているではないか!

び、びっくりした。本格的だ。東京在住であれば、行けるのに……凄いなあ。勉強してみたいと思っていたものばかり。というより、こうした基礎知識なくしては、本当にはブラヴァツキーの著作は読めないのだ。

本格的な取り組みに感激した。

古典ギリシャ原典購読会を、堀江先生が担当なさるようだ。興味のあるかたは、詳細をホームページで御覧ください。

解説対談は、堀江先生と元神智学協会ニッポン・ロッジ会長の高橋直継氏。

堀江先生は「新プラトン主義のような古典と神智学のような現代の教えが、一方通行ではなく交流して、お互いを豊かにすることが望ましいのではないでしょうか。新プラトン主義の立場から神智学に刺激を与えられるし、神智学の方からも刺激をいっぱいもらって、そういう見方で新プラトン主義をながめると思わぬところが見えてくる」とおっしゃっている。

以下は私的読書メモ。書きかけです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

神秘主義を堀江先生は要約して、「現在の人生ではない人生にこの世でめぐり会えるといような、端的に言えば、一者との合一という思想です。つまり、神と一体になれるという、ある意味怖ろしい思想ですよね。神というのは絶対者ですから、その絶対的な者と、肉体を持って日々あくせくしている人間が一体になるということは論理的にありえないわけですが、それを越えて、弱い人間が神になれるという考え方です。そのような思想が、文献的にはプロティノスで一番はっきり残っているわけですね」とおっしゃるが、こういわれると一者が人格神のようにイメージされてしまった。

プロティノスは『世界の名著 続2 プロティノス ポルピュリオス、プロクロス』(編集責任 田中美知太郎、中央公論社、昭和51年)で読んだだけだが、本を開いたとたんにまばゆい光のシンフォニーがこぼれてくるような、美々しさ、幸福感に満ちている。

ポルピュリオスのプロティノス伝が収録されていて、一匹の蛇がプロティノスの寝台の下をくぐって壁の穴に姿を消したときに息を引き取った、という臨終の様子が印象的だった。

時々本を開きたくなり、断片的には読み返してきたが、全体を通して読んだのは37年くらいも昔なので、通して読み返したくなった。

堀江先生の解説で、ここも引っかかった。「要するに、神智学は卑俗な人間が持つものではなく神が持つので、仮に人間が持つにしろ、起源はどこか神聖なところにあるのだということですね。言ってみれは自己循環的で、神聖なものが神聖なものについて持つ知識、あるいは神が神について持つ知識、それだけだったら相互が自己完結してぐるぐるまわってしまう。神は自分に向かう神聖な智慧の輪から逸れることはなく、他方、人間はあくまで卑俗な世界にいて卑俗な知に向かう輪を循環している。その互いに孤立した二つの円環がそもそも交わりうるのか、そして、交わるとすればいったいどこで交差しうるのか、そこが決め手になってくるのではないでしょうか」

人間の七重の性質についての知識があり、内なる神という考えがあれば、神と人間をここでいわれているような「孤立した二つの円環」という風な個々別々なものとは考えない。

堀江先生の「アリストテレス『形而上学』第一巻に出てくる形而上学がなぜ神的な学問なのか」という説明は、ブラヴァツキーのいう「神々が持っているような神聖な智慧」の説明とは別物というか、置き換えることはできないと思う。ここは高橋氏の「そういうインスピレーションというか、啓示というよりは自己の内側から湧き出てくるような、理性を越えた所からくる直観のようなものを想定している」という説明が的を射ている。議論が噛み合っていない。

一番の大本から段階的に質料とかフォーハットとかいろいろと出てくるが、そうした存在階層はどのように定義されているのかという堀江先生の質問に対して、高橋氏は「ブラヴァツキーが活躍した頃の初期の神智学では、そういった存在階層についてまだはっきりと整理されていませんでした。次のアニー・ベサントたちの世代になってくると、少し存在階層としての宇宙や世界が体系化されてきて、それが現代の神智学における主要な内容とさえ考えられています」とお答えになっているが、複数のアデプトとブラヴァツキーの共作である『シークレット・ドクトリン』が、初期の神智学では整理されていなかった――というような低い段階にある作品とは到底思えない。

アニー・ベサントの理解力には疑わしいところがある気がする。リードー・ビーターになると、全く別物だと思うし、あとのほうで、新プラトン主義的な神秘思想の流れとして触れられているベイリー、クレームについてはひじょうに問題があると感じる。

竜王会で流行した時期に、ベイリー、クレームを読んだことがあったが、わたしが馴染んできた神秘主義の本とはおよそ似ていない強圧的な不浄なオーラが見え、読もうとすると、頭痛がしたり吐き気がしたりしたので(難解だからではない。『シークレット・ドクトリン』ほど難解な本はないと思う)、わたしの中ではダークな本と位置づけられてしまった。

そちらにいった人たちからは、主観的と非難された。オーラの見え方にも多かれ少なかれ主観が入るのかもしれないが、別に偏見があったわけではなかった。予備知識は何もなく、そのころはシュタイナーもリード・ビーターもベイリーも何も区別がつかなかった。

交際する中で、いろんな人からいろんな本をいただいたのだ。善意からだったろうと思う。今では、ブラヴァツキー、エレナ・レーリヒだけは無条件に信頼して読んでいる。オーラがえもいわれぬ美しさで、2人の著作は姉妹のように感じられる。

偽ディオニシウスについて、堀江先生はわかりやすく解説してくださっている。

「6世紀に偽ディオニシウス・アレオパギタという人物がいて、彼も「テオソフィア」という言葉を使います。そして。キリスト教と新プラトン主義を融合しようと試みました。偽ディオニシウスの著作には、『神秘哲学』という神秘哲学のマニュアルのような書や『神名論』という大著があります。さらに、天使の位階を九段階に分けるという『天上位階論』、それに対応して教皇から枢機卿、司教、助祭というように分かれていく『教会位階論』、そして、書簡集から構成されています」以下。

『世界の名著 続5 トマス・アクィナス』(編集責任 山田晶、中央公論社、昭和53年再版)で読んだトマス・アクィナスの作品にディオニシウスからの引用がちょくちょくあって、その部分が大層魅力的だった。気になる存在だった。

例えば、「神の光線が色とりどりの聖なるヴェールに包まれずに直接にわれわれを照らすことは不可能である」(p.109)

ワタクシ的に気になる箇所はあったが、解説対談を読んで、頭の中の整理ができた。

そして、アレクサンダー・ワイルダーの著作を読んだら、今度こそ、朱子学の勉強だ! 林羅山の伝記を読みかけているところ。

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2015年4月15日 (水)

幼馴染みから、30年ぶりの電話あり。久しぶりに動画で観た安奈淳(追記あり)。

先日、幼馴染みから30年ぶりに電話があった。

キンドルストアに出している児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』の舞台は、自動車学校の前にある家だけれど、わたしが小学校低学年のときに両親が新築したその家に引っ越したら、隣の家に、1学年下の女の子と弟がいた。

田中さんちにやってきたペガサス

母親同士が電話局勤めで、一つの土地を買って半分こした。そこへ、それぞれの家を建てたのだった。わたしと妹、彼女と弟の4人は始終一緒にいた。

反抗期のわたしは母親が冷たい人間だと思っていて(両親共留守がちだったので、少しひねくれていた)、彼女のほっこりと温かな人柄に文字通り、癒やされていた。

わたしは魚座で、彼女は蟹座。金星はわたしが水瓶座、彼女は双子座に入っている。一緒にいると、絶えずおしゃべりしていたけれど、風のようにさらりとした感触で、それでいて水の星座らしい潤いもあって、幸福とはあんな時間をいうのだという気がする。

が、高校が別で、さらに大学になって、わたしの両親が別の家を建てて引っ越したということもあり、接する機会が減った。

それでも、30年前までは折に触れて会っていた。

娘が赤ん坊のころに、可愛いフード付ダウンジャケットを持って遊びに来てくれた。

京都の人と結婚した彼女は里帰りしたとき、アパートにご主人と泊まりがけで遊びに来てくれたが、その後離婚してしまった。

同じ福岡にいたのに、そのあと、会わなくなった。年賀状は遣り取りしていて、わたしは毎年会いたいと書いたけれど、彼女の礼儀正しい――彼女は人なつこいが、とても礼儀正しい――、温かみのある文面には、会おうという言葉が30年間、一度も書かれていなかった。電話番号も書かれていなかった。

わたしには会いたくなくなったのだ、と思った。里帰りしたとき、街中で彼女のお父様に出くわしたことがあり、そのとき、近況を伺ったりしはした。

数年前に、彼女のお父様が登場する変な夢を見たので、もしやと思った。今度の彼女の電話でわかったことだが、どうも、そのころ亡くなったようだ。

病気、家庭的なごたごた、お父様が亡くなったあとのあれこれ……と、いろいろと大変なことが続いて、ずっとわたしに会いたいと思いながら、そうできなかったのだという。一段落したら連絡しようと思い、そうしようとしたら、また別の大変なことが持ち上がり、結局電話するのが今になってしまったのだとか。

話を聞くと、なるほど大変だったんだなあと驚いた。まあわたしにもいろいろとあったので、こちらも掻い摘まんで話して、お互いにいろいろとあったのね、と二人共思わず爆笑してしまった。

わたしは彼女ほど安らぎを感じさせてくれる女友達には結局出会っていないが、何と彼女もそうだという。彼女のお母様も、「Nちゃんみたいないい人はどこにもいないのに、なぜ会わないの?」と、度々おっしゃっていたとか。

これからは度々電話をかけ合うことにした。お母様もわたしと話したがっておられるそうで、楽しみだ。本当にずっと彼女と話したかったので、少しも変わっていない――少なくとも声だけは互いに――なつかしい声音に、ほろりとなった。

彼女には子供がいないので、他人の子供さんの話は聞きたくないし、会いたいとも思わないが、わたしの娘には会いたいと思っていたそうだ。

それにしても、なぜ病気のことを教えてくれなかったのか……彼女のお父様もそのことは教えてくれなかった。今はだいぶんいいそうだ。

病気といえば、幼馴染みの病気とは違うが、宝塚の安奈淳は膠原病で大変だったという話を前に何かで読み、驚いた。その安奈淳を、久しぶりにYouTubeで観た。

「宝塚歌劇90周年記念 ベルサイユのばら30周年記念」というもので、榛名由梨、汀夏子、鳳蘭、安奈淳、瀬戸内美八、順みつきが登場し、歌い、トークを繰り広げていた。

池田理代子の少女コミック「ベルサイユのばら」に熱中した関連で、大学時代、宝塚に夢中になった。わたしの宝塚熱は3年も続かなかったので、当時「ベルサイユのばら」を演じていたスターたちしか知らない。好きだったのはオスカル役で印象的だった安奈淳だった。

その安奈淳の病気を克服した元気そうな姿に、嬉しくなった。出演者の中で、スタイルが一番よく見えた。声量も昔よりあると感じられるくらいだった。努力を感じさせたが、ググってみると、果たして彼女は大変な努力家だという。

膠原病の悪化はそれが裏目に出た形だったそうだが、彼女の頑張りは病気の克服、体形の維持、今なお薫る魅力となって現れている。

追記:
「宝塚歌劇90周年記念 ベルサイユのばら30周年記念」は10年前の公演でした。最近はお元気なのか気にかかり、再度ググってみました。

もう終わっていますが、「石井好子メモリアル音楽祭2015 前夜祭~  安奈淳・平みちライブ 2015.3.13」という広告が出てきました。ひと月前のものですので、元気に活躍なさっているご様子が窺えますねワーイε=ヾ(*・∀・)/

最近、なつかしい再会が続く。生まれた時期が近いために、星座の影響が似ているためか、似たような試練に遭った友人は多い。互いに連絡し合う精神的なゆとりもなかったほどの……

が、運気というものは落ちっぱなしということはない。わたしたちは、これから生き生きとするだろう。

赤ん坊だった娘に幼馴染みが贈ってくれたフード付ダウンジャケットを、ブログツールで描いてみた。

こんな感じで、これにキルトステッチが入っている。赤い部分はごわごわした毛布のような感じ。胸に入っていたロゴがどんなものだったか、詳しくは覚えていないが、そのロゴがまた洒落た入り方だった。

Cocolog_oekaki_2015_04_14_22_39

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2015年4月14日 (火)

神智学の本について

当ブログを閲覧してくださった方から「神智学関係の本を読みたいが、どんな本がよいか」との質問をメールでいただいたり、アクセス解析で同様の趣旨の検索ワードを度々見ます。

それで、以前、次のような記事を書きました。

といっても、わたしは神智学を学んでいる、「竜王会」「神智学協会ニッポン・ロッジ」の一会員にすぎず、あくまで個人的な情報にすぎません。

神智学協会ニッポン・ロッジのホームページに「出版物のご案内」があります。

また、竜王文庫のホームページには、書籍注文のページに、カテゴリー「総合ヨガ書籍」「アグニヨガ書籍(コピー製本)」「総合ヨガ(コピー製本)」「神智学」「神智学(コピー製本)」とあり、書籍名が並んでいます。

日本における神智学については、ウィキペディアの解説を以下に引用しておきます。

神智学協会:Wikipedia

日本における神智学
日本における神智学協会の活動は、1971年、田中恵美子が自ら主催する「綜合ヨガ・竜王会」内の内部部門として神智学協会日本支部である「神智学協会ニッポン・ロッジ」を作ったことではじまる。
神智学協会ニッポン・ロッジの初代会長、田中恵美子が1995年に没した後、1996年から2003年まではジェフ・クラークが第2代会長を務めた。
2003年以降、神智学ニッポン・ロッジは、総合ヨガ・竜王会と完全に分かれ、インドのアディヤールに本部がある神智学協会の直属の下部団体として活動をしている。

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2015年4月13日 (月)

ひよこ豆ごはん~!

最近、紙パック入りビーンズ(豆の水煮)をよく使うと過去記事で書きました。

20150321161323

数日前、そのひよこ豆を使い、ひよこ豆ごはんを作りました。

ひよこ豆は固形量230gですが、米3合には多い気がしたので、残して翌日のサラダに使いました。

炊飯器に、米3合、水(水加減は普通に)、ひよこ豆150g、酒大さじ2杯、塩小さじ1杯半、砂糖小さじ1を入れて炊くだけです。茶碗によそって、ごま塩を飾り程度に振りかけました。

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この日は、キンキの煮付け、なすのごま酢(土井善晴先生のレシピを参考)、冷や奴、味噌汁(具を何にしたか、忘却)でした。

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キンキって、ちょっと高いけれど、すごく美味しいですよね。小ぶりのキンキでした。

別の日に、洋風も試してみました。楽天レシピ「ひよこ豆ごはん」を参考にしました。

炊飯器に米、水、スープの素、ひよこ豆を入れて炊き、茶碗によそって、炊きあがったごはんにバターをのせます。

バターが香る、とても美味しいひよこ豆ごはんでしたよ。詳しくは楽天レシピへ。

キヌアにはまっているので、いつもはキヌアごはんです。

ライスアイランド 素材 キヌア(輸入) 500g

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2015年4月12日 (日)

#15 漱石が影響を受けた(?)プラグマティズム ④心霊現象研究協会(SPR)と神智学協会

アメリカ哲学の創始者といわれ、その影響は哲学、心理学、生理学、文学など多岐に及ぶとされるウィリアム・ジェームズ。

こうした評判の高い人物とブラヴァツキーを苦しめた心霊現象研究協会(SPR)とがわたしの中で結びつかず、歴史小説執筆のために漱石研究を棚上げしようとしたまさにそのとき、気づいた。

そして、夏目漱石の研究からウイリアム・ジェームズの哲学プラグマティズム、さらにSPRに辿り着いたことで、SPRが異様なまでに権威を帯びた団体であったことを知った。

心霊現象研究会:Wikipedia

心霊現象研究協会(しんれいげんしょうけんきゅうきょうかい、英: The Society for Psychical Research)は、1882年にケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの(フレデリック・マイヤーズを含む)心霊主義に関心のあった3人の学寮長によって設立された非営利団体である。この組織は頭文字をとって SPR と略称される。
「心霊研究協会」と訳されることも少なくないが、本来科学的研究を意味する Psychical Research(心霊現象研究)と、元はその訳語でありながら日本独自に心霊主義的に発展した「心霊研究」とは異なる。

概要
初代会長は哲学・倫理学者でもあったヘンリー・シジウィック教授である。一般に、これをもって超心理学元年と目されている。
協会の目的は、心霊現象や超常現象の真相を究明するための科学的研究を促進することであった。当初、研究は6つの領野に向けられていた。すなわち、テレパシー、催眠術とそれに類似の現象、霊媒、幽霊、降霊術に関係した心霊現象、そしてこれら全ての現象の歴史である。
1885年にはアメリカ合衆国でもウィリアム・ジェームズらによって米国心霊現象研究協会(英語版) (ASPR) が設立されて、1890年には元祖 SPR の支部になった。有名な支持者には、アルフレッド・テニスン、マーク・トウェイン、ルイス・キャロル、カール・ユング、J・B・ライン、アーサー・コナン・ドイル、アルフレッド・ラッセル・ウォレスなどである。
協会は、1884年のブラヴァツキー夫人と神智学協会のトリック暴き(後にこれは協会手続上の瑕疵により、協会としての行動ではなかったと表明)で名をあげ、設立後30年間とりわけ活動的だったが、霊媒のトリックを次々に暴いたりしたため、アーサー・コナン・ドイルなど心霊派の人々が大挙して脱退したこともあった。

主な歴代会長のリスト
1882-1884 ヘンリー・シジウィック、哲学者
1892-1894 A・J・バルフォア、イギリスの首相、バルフォア宣言で有名
1894-1895 ウィリアム・ジェイムズ、心理学者、哲学者
1896-1897 ウィリアム・クルックス卿、物理学者、化学者
1900 F・W・H・マイヤース、古典学者、哲学者
1901-1903 オリバー・ロッジ卿、物理学者
1904 ウィリアム・フレッチャー・バレット、物理学者
1905 シャルル・リシェ、ノーベル賞受賞生理学者
1906-1907 ジェラルド・バルフォア、政治家
1908-1909 エレノア・シジウィック、超心理学者
1913 アンリ・ベルクソン、哲学者、1927年にノーベル文学賞受賞
1915-1916 ギルバート・マリー、古典文学者
1919 レイリー公、物理学者、1904年にノーベル賞受賞
1923 カミーユ・フラマリオン、天文学者
1926-1927 ハンス・ドリーシュ、ドイツの生物学者、哲学者
1935-1936 C・D・ブロード、哲学者
1939-1941 H・H・プライス、哲学者
1965-1969 アリスター・ハーディ卿、動物学者
1980 J・B・ライン、超心理学者
1999-2004 バーナード・カー、ロンドン大学の数学、天文学の教授

歴代会長のリストを見ると、錚々たる顔ぶれだ。イギリスの首相に、ノーベル賞受賞者が3人もいる。こんな仰々しい連中をブラヴァツキーは相手にしていたわけである! 

病身に鞭打って、寸暇を惜しみ執筆していた無抵抗なブラヴァツキーをSPRは猫が鼠を狙うように狙い、追い詰めた。さすがは植民地大帝国を築いだけのことはある、執拗さ、残酷さで。

ウィリアム・ジェームズはブラヴァツキーが1891年に亡くなったあとの1894年から1895年にかけて会長を務めている。

偏見抜きでW・ジェームズの代表作『プラグマティズム』を読むことができて、幸いだった。SPRとブラヴァツキーの間で起きたいざこざを、わたしは心情的にどうしてもブラヴァツキーの側から見てしまうからである。

そして、プラグマティズムに興味を持つこともないまま、ブラヴァツキーがどんな人々と、どんな風潮と闘っていたかを把握できず、またそうする必要性にも気づかなかっただろう。

欧米諸国や日本が経済的物質主義に染まってしまう前に、SPRとブラヴァツキーの一騎打ちがあった。それはブラヴァツキーからすれば、相手側の陣中に引き摺り込まれた不利、不当な戦いだった。

それは、SPRの一方的な勝利宣言に終わり、やがてSPRに象徴されるような唯物論の潮流は、一気に神秘主義の砦ともいえた――「霊的な意味での唯物論」*1を展開する――神智学協会を押し流した。

 *1 『新時代の共同体 一九二六』(日本アグニ・ヨガ協会、平成5年)の用語解説「唯物論」(pp.275-276)を参照。

 唯物論 近代の唯物論は精神的な現象を二次的なものと見なし肉体感覚の対象以外の存在をすべて否定する傾向があるが、それに対して古代思想につながる「霊的な意味での唯物論」(本書123)は、宇宙の根本物質には様々な等級があることを認め、肉体感覚で認識できない精妙な物質の法則と現象を研究する。近代の唯物論は、紛れもない物質現象を偏見のために否定するので、「幼稚な唯物論」(121)と呼ばれる。「物質」の項参照。(pp..275-276)

 物質 質料、プラクリティ、宇宙の素材。「宇宙の母即ちあらゆる存在の大物質がなければ、生命もなく、霊の表現もあり得ない。霊と物質を正反対のものと見なすことにより、物質は劣等なものという狂信的な考え方が無知な者たちの意識に根づいてきた。だが本当は、霊と物質は一体である。物質のない霊は存在しないし、物質は霊の結晶化にしかすぎない。顕現宇宙は目に見えるものも、見えないものも、最高のものから最低のものまで、輝かしい物質の無限の面をわたしたちに示してくれる。物質がなければ、生命もない」(『手紙Ⅰ』373頁)(p.275)

尤も、SPR事件を境として神智学協会が衰退したわけではなかった。実際には、ブラヴァツキーの死後も1920年代までは、神智学協会の強い影響力は洋の東西を問わず及んだ*2

*2 以下のオンライン論文を参照。
2010 杉本良男「比較による真理の追求―マックス・ミュラーとマダム・ブラヴァツキー」出口顯・三尾稔(編)『人類学的比較再考』(国立民族学博物館調査報告90): 173-226
URL:http://ir.minpaku.ac.jp/dspace/bitstream/10502/4459/1/SER90_009.pdf(最終確認日:2015年4月12日)

神智学協会第2代会長アニー・ベザントの死後、協会から活気が失せたのには協会内部の問題もあったのだろうが、第二次世界大戦やマルクシズムの影響など、外部的な要因も無視できないのではないだろうか。

前掲の杉本論文(2010)に、参考資料として「神智協会の目的 Objects の変遷[Ransom 1938: 545‒553]」が挙げられ、三つの目的のうち、2番目の英文の邦語訳について注意が促されている。

2 .比較科学[ママ],比較哲学,比較科学の研究を促進すること。(比較宗教,哲学,科学の研究を促進すること)。
  To encourage the study of comparative religion, philosophy and science.

 邦語訳については現行の「神智学協会ニッポン・ロッジ」の邦語訳をかかげるが,訳自体2種類あるので,タイトル・ページにかかげられている訳を初めにあげ,括弧内に入会案内のページでの訳をかかげておいた。個人的には後者の方がこなれた訳のように思う。それはともかく,第2項の「比較omparative」が,この訳のように哲学,科学までかかるのか,宗教だけにかかるのかについては大きな問題をはらんでいる。科学史的には,1896年時点で比較哲学,比較科学という概念はありえないようであるが,協会自体も明確ではないようである。(……)[杉本 2010]

翻訳技術上の問題もあるだろうが、まずは内容から「比較omparative」が哲学、科学までかかるのか、宗教だけにかかるのか、ブラヴァツキーの主要著作『The Secret Doctrine シークレット・ドクトリン』『Isis Unveiled ベールをとったイシス』ぐらいはざっとでも読んで、判断してみようとするのが常識ではないのかと学術的慣わしに無知なわたしなどは思ってしまう。

英語が堪能で羨ましいが、その英語力を駆使しながら肝心のものを読まないという姿勢がよくわからない。

ブラヴァツキーの代表作を読まずしてブラヴァツキーを語ろうとする人々による、ブラヴァツキー批判の無責任な孫引きが執拗に繰り返されて、彼女の畢生の大作は泥だらけにされたのだ。

内容からすれば、比較宗教、比較哲学、比較科学でいいんじゃないかとわたしは思う。

オカルトブームやニューエイジムーブメントの先駆者としてブラヴァツキーの名が挙がることはよくあるが、そこには概ね、蔑視的、批判的な意味合いが籠められている。

そして、その根拠としてSPR事件がよく使われるのである。

具体的にどのようなことが起きたかというと、SPRは、神智学協会の結成とブラヴァツキーの執筆がアデプト*3、と呼ばれる――マハトマあるいはマスターと呼ばれることもある――方々の直接的な指導下で行われたという評判やブラヴァツキーが大衆向きに披露したサイキックな実験などについて調査し、否定的な報告書を作成して、それを公表したのだった。

 *3 H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』(神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年改版)の用語解説(用語解説p.14)を参照。

 アデプト(Adept:Adepts,羅) オカルティズムでいうアデプトは、イニシエーションの段階に達し、秘教哲学という科学に精通された方を指す。(用語解説p.14)

ブラヴァツキーを詐欺師に仕立てて、神智学協会の評判を失墜させたSPRは、1986年になって、その原因をつくったホジソン・リポートはSPRの正式な手続きに基づくものではないことを表明したそうだ(ヘレナ・P・ブラヴァツキー:Wikipedia)。

SPRによってブラヴァツキーの名誉回復が図られたともいえるが、あまりに遅すぎた。

『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)を再読し、神智学協会の創立者たちは純真で、お人好しすぎた、との印象が残った。一般に形成されてしまったイメージとは対照的である。

神智学協会にサイキック調査の希望を申し出たSPRに対するブラヴァツキーの協力者たちは、次に引用するような反応を示した。

 一般にインド人達は、秘伝をうけた僅かな人達だけに、秘教的知識を限定した方がよいと思っていましたが、モヒニは創立者達が望んでいた通りにしようとしました。シネットは神智学というものは大衆のためのものではなく、知性的な人達の学ぶものと考えていましたので、サイキック研究会(S・P・R)の学者や科学者と協力するのを大変、幸福だと思いました。心の広いアメリカ人の大佐はいつも自分の発見したよいものを誰とでも頒ち合おうとしていました。事実、彼はその研究をすばらしい万全の機会だと思いました。S・P・Rは「学者の団体」という高い基準を維持することを目ざしていました。もしもこの団体が研究の末、神智学現象の真正さを公言できたなら――その筈だと大佐は考えていました――西洋の物質的思考形式に完全な革命をもたらすことでしょう。大佐は一生懸命、協力しました。(p.266)

SPRの申し出を拒絶するどころか、期待さえ寄せる協力者たちに対して、さすがにブラヴァツキーには懸念があった。

 HPBの考えでは、大佐は熱心なあまり、研究員達の懐疑的な慎重な心に、自分の奇跡的な体験をあまりに押しつけすぎていました。彼女はこの研究全体に懸念をいだいていました。S・P・Rの高慢な英国の知識人達は現象の背後にある人間についての深いヴェーダの考え方については何も知りませんし、自分の徳性の全傾向を変える放棄のヨガや自己放棄については何も知りませんでした。彼等にとっては、推理的な心が最高の神でした。彼等の心は非常に訓練されていたかもしれませんが、制限されており彼等がつかもうとしている超メンタル界にはとても及ばぬものでした。――間違った角度から本質的な謙虚さもなくとらえようとしていたのです。(pp..266-267)

SPRを疑っているように見られたくなかったブラヴァツキーは拒絶できなかった。それが1883年のことだった。そして、1885年12月31日の大晦日に、最悪の打撃がブラヴァツキーにふりかかった。

 伯爵夫人は次のように書いています。「一言の警告もなしに、サイキック調査に関する協会の報告の写しを、HPBは速達便で受け取りました。その日のことも、彼女が私を見た、生気のない石のような絶望のまなざしも、私は決して忘れることは出来ません。私が居間にはいると、彼女は手に開いた本を持っていました。『私はこの時代の最大の詐欺師で、おまけにロシアのスパイだと言われてしまいました。これでは誰が私の言うことを聞き、シークレット ドクトリンを読んでくれるでしょう?』と彼女は嘆きました」(p.312)

よりによって大晦日に、何て礼儀知らずな連中だろう! 一体、どんな権利があって、そんなことができたのかと呆れる。まるで、魔女裁判のようではないか。 自分たちは恵まれた環境で、ぬくぬくと新年を迎えたに違いないと想像する。

わたしはつい自分の身に置き換えて、頭がおかしくなった父夫婦の訴えにより、地裁から訴状が届いた日の衝撃を連想してしまった。

訴状には、認めるか争うしか選択肢がないとあった。答弁書を提出せず、かつ、定められた期日に法廷に出てこられないときは、訴状に記載されていることをこちらが認めたものとして、即日、原告の請求通りの判決がされることがあるとあった。さらに、地裁では、弁護士以外の者を代理人とすることはできないとあった。

訴状の内容に何の覚えもなかったわたしにとって、その訴状はまさに青天の霹靂であり、ひどいダメージを受けた。

弁護士をつける金銭的な余裕などなく、大学は法学部だったといっても、答弁書を作成しようにももう法律的なことなど何も覚えていず、そもそもそのような実際的なことは学んだ覚えがなかった。

再婚したときから少し異常を感じさせた奥さんの影響があったとはいえ、父があそこまでおかしくなったのには加齢もあるだろうが、何より長年の飲酒癖にあった気がしている。外国航路の船員だった父の飲酒は豪快そのもので、吸っていた煙草も缶ピースだった。

日中は常に完全にしらふだったから、アルコール中毒を疑ったことはなかったけれど、脳に悪影響がなかったはずはない。それより、わたしは父が霊媒体質になってしまっているのではないかと疑っており、その原因がわからなかったが、それも飲酒の影響である可能性が大きいように今は思う。

父夫婦を案じてはいても、わたしにはどうしてあげることもできない。時々入ってくる情報によると、相変わらずのようだが、この先どうなるのかと思えば、心配で胸が痛くなってくる。

ブラヴァツキーの協力者たちの多くは神秘主義的能力の持ち主で、彼ら特有の世界を形作っていたといえるのかもしれない。それが当たり前の人間にとっては、ブラヴァツキーがそうした能力を最高度に発揮するのを目撃したからといって、特殊なことだとは思わないだろう。

心が綺麗でないと神秘主義的な、高級な能力は目覚めないから、ある意味で彼らは赤ん坊のように騙されやすい一面を持っている。自分を騙そうとしている相手の奥底にも美を透かし見てしまうから、その美の印象深さのためについ信じたくなり、結果的に騙されてしまう。

全てにおいてスケールの大きなブラヴァツキーは、騙され方や傷つき方も、半端ではなかったのだ。

ブラヴァツキーの伝記を読むと、若いころからアデプトと接触がありながら、試行錯誤し、実験を試み、幾度も試練に遭い、そうした体験の中で彼女が訓練され、磨かれ、霊的に開花していったことがわかる。それこそ、ブラヴァツキーが霊媒でなかった証拠である。

もちろん、霊媒になってしまう危険性はあっただろう。それは霊的に目覚めている人間にも、そうでない人間にも、どんな人間にも起こりうることである。

自分たちは霊媒性質とは無関係だと思っている、霊媒の定義すらブラヴァツキーの本で学んでいない人々は、霊媒、霊媒とブラヴァツキーを馬鹿にしてうるさいが、わたしが見る限り、世間は霊媒だらけで、彼らの吐く息で大気汚染がひどく、とかくに人の世は住みにくい(いけない、これ漱石の小説に出てくる言葉だった)。

父のことで前述したように、アルコール好きは自分で霊媒体質を作り出しているといえる。アルコールは脳や肝臓に悪いだけではないのだ。まともな宗教の教えに、飲酒をすすめるものなどない。

ブラヴァツキーの卓抜な神秘主義的な能力は前世までに得られたものであったに違いないが、生まれ変わる度に、その能力は再獲得されなければならない。それは本当につらい体験を伴う。

わたしにもいくらかは前世までに獲得した神秘主義的能力があって、それを今生で目覚めさせるのはそれなりに大変だった。今も試行錯誤や実験の最中であり、これはとりあえず死ぬまで続くのだろう。こうした能力は、どんな人間にもいつかは目覚める能力であるはずだ。

自分より遙かに進んでいるように思えるブラヴァツキーがわたしには霊媒、詐欺師に見えるどころか、輝かしく見えることは当然である。素晴らしい大先輩だと思う。この道をもっと進めばあんな試練が待っているのかと思うと、戦慄を禁じ得ないが……

ブラヴァツキーとSPR との間に起きた詳細は『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成8年第3版)中、「『シークレット・ドクトリン』の沿革」に書かれている。

『シークレット・ドクトリン』の執筆中、ブラヴァツキーと共に住んだコンスタンス・ワクトマイスターによると、『シークレット・ドクトリン』執筆に際し、ブラヴァツキーはかなりな透視力を用いていたように見受けられたという。

神秘主義的能力の持ち主だったワクトマイスターは、アデプトが精妙体で出現するのを度々見、言葉を聴くこともあったという。

このように『シークレット・ドクトリン』が複数のアデプトとの共作だったからこそ、ブラヴァツキーははしがきで、「今、しようとしていることは、最古の教義を集めて、一つの調和のとれた全体としてまとめることである。筆者が先輩達よりも有利な唯一の点は、個人的な推論や学説をたてる必要がないということである。この著作は著者自身がもっと進んだ学徒に教えられたことの一部であって、筆者自身の研究と観察による追加はごく僅かだからである」(田中&クラーク訳、平成8)『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』p138)と、率直に書いたのだ。

ウィリアム・ジェームズは超常現象にかんして、「それを信じたい人には信じるに足る材料を与えてくれるけれど、疑う人にまで信じるに足る証拠はない。超常現象の解明というのは本質的にそういう限界を持っている」と発言し、コリン・ウィルソンはこれを「ウィリアム・ジェームズの法則」と名づけたそうだ(ウィリアム・ジェームズ:Wikipedia)。

このウィリアム・ジェームズの法則、わたしには意味がわからない。

信じるとか信じないといったことが、事の真偽に何の関係があるのだろう? W・ジェームズのこの言葉は、おそらく正しくは次のような意味である。「盲信したい人には盲信するに足る材料を与えてくれるけれど、(……)」

端から超常現象を馬鹿にしている言葉ではないか。この男はいつもこんな風だ。まず先入観ありきなのだ。神秘主義者のわたしは、この世界の物質レベルを超えた現象をこの世界の物質レベルの装置を使って証明したり、この世界の物質レベルの能力しか持たない人間にわからせることは不可能ではないかと思うだけだ。

そして、わからないことを端から色眼鏡で見たり、否定したりする態度が科学的だとはわたしには思えない。わかるときまで、仮説として、置いておけばいいことではないか。

ブラヴァツキーを誹謗中傷する人々はコリン・ウィルソンの著作の影響を受けたり、引用していることが多い。

わたしが怪訝に思うのは、ウィリアム・ジェームズのような哲学者を会員として持ちながら、なぜSPRはブラヴァツキーの著作について学術的な論文を書かなかったのかということである。

尤も、『ブラグマティズム』(桝田啓三郎訳、岩波書店[岩波文庫]、2010年改版)で「プラトン、ロック、スピノザ、ミル、ケアード、ヘーゲル――もっと身近な人々の名前をあげることは遠慮する――これらの名前は、わが聴講者諸君の多くには、それだけの数の奇妙なそれぞれのやりそこない方を憶[おも]い出させるに過ぎないと私は確信する。もしそういう宇宙の解釈がほんとうに真理であるとしたら、それこそ明らかな不条理であろう」(p.45-46)と、大哲学者たちをまず否定してかかることを何とも思わないW・ジェームズが、ちゃんと読む以前にブラヴァツキーの著作を否定したことは充分考えられる。

聴衆や読者に先入観を植え付けるような態度が哲学的な態度でないことは、いうまでもない。

また、神秘主義者によって拓かれた心理学の分野*4がウィリアム・ジェームズのような唯物主義的、実利的な人物の影響を受けたことと、現在の精神医療が薬物過剰となっていることとは当然、無関係とはいえまい。

 *4 上山安敏『魔女とキリスト教』(講談社、1998年)参照。

ところで、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)に、次のように書かれている。

 科学が原子は分割出来るということを確認した時より三年前に、ブラヴァツキー夫人はシークレット ドクトリンに次のように書きました。「原子は弾力があり、分割することが出来るものなので、分子即ち亜原子で構成されていなければならぬ……オカルティズムの全科学は物質の幻影的性質と原子の無限の分割性との理論の上に築かれている。この理論は、実質について無限の視界を開く。実質はあらゆる微妙さの状態にあり、その魂の真正な息によって生気を吹きこまれるものである。(p.405)

わたしは昔、物理学においてクォークを物質の最小単位とする説をわかりやすく紹介した本を読んだとき*5、神秘主義の理論に立てば、クォークが物質の最小単位だなんて、そんなはずはなく、それより小さな粒子が見つかるだろうと思った。

ブラヴァツキーの言葉は、神秘主義の理論を明快に要約したものだ。

 *5 そのとき読んだ本は、南部陽一郎『クォーク―素粒子物理の最前線』(講談社、1981年)だったと思う。『クォーク―素粒子物理の最前線』の第2版に当たる『クォーク第2版: 素粒子物理はどこまで進んできたか』が1998年に上梓されている。

「『標準模型の"基本的な"粒子のいくつか、あるいはすべては、実はさらに分割できるのではないか』と考える理論もある」(基本粒子:Wikipedia)そうだが、『クォーク―素粒子物理の最前線』では、そのようなことも示唆されていたような気がする。

物理学には全く無知ながら、ブレーン宇宙論(ブレーンワールド:Wikipedia)にも興味がある。『シークレット・ドクトリン』の中の記述を連想させるからだが、そのうち息子にブレーン宇宙論について講義して貰おう。畑違いかもしれない。

これは有名な話だが、アインシュタインは『シークレット・ドクトリン』を愛読していたそうだ。

ところで、わたしは神智学の影響を受けた作家、詩人にかんする研究に着手したが、『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』の再読で、ブラヴァツキーの時代に影響を受けた詩人にロバート・ブラウニング、作家にイェーツがいたことを再確認した。

前掲の杉本論文にも、1920年ごろまで協会の影響を受けた欧米の知識人の例が引用されていて、参考になる。ウィリアム・ジェームズの名のあるのが解せないけれど。

ラビンドラナート・タゴールと神智学の関係については、岩間浩『ユネスコ創設の源流を訪ねて - 新教育連盟と神智学協会 - 』(学苑社、2008年)第4章「インド新教育運動の源流―R・タゴールの教育思想と事業を中心に」に詳しい。

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『詩人の死』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『詩人の死』(B00C9F6KZI)を4月3日ごろ、お買い上げいただいたようです。ありがとうございます!

『詩人の死』は6冊目のお買い上げでした。

冒頭に掲げている2編の詩は一部だけですが、以下で完全な形でお読みいただけます。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

詩人の死

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2015年4月 9日 (木)

漱石ノート#15に手間取っている。神秘主義者として書いたエッセー集を出そうかなあ。

昨日は楽しかったが、赤ちゃん一行を見送ったあと、がっくり横になり、何もできないくらいに疲れてしまい、深夜4時過ぎまで、そのまま横になっていた。当然夕食も作れず、仕事帰りの娘に弁当を頼んだ。わたしはバイキングでおなかがいっぱいだったけれど、外では常に遠慮がちな夫はそれほど食べていなかった。

例によって心不全気味になり、夥しい痰に悩まされたが、薬を几帳面に飲み、じっとしていたら、回復。回復すると、全く痰っ気がなくなるのが不思議なくらい。

家の中がだいたい片付き、パソコンができるようになったのは午後3時過ぎ。漱石ノート#15を書いておかなければ、祐徳院(花山院萬子媛)をモデルとした歴史小説に入れないが、ブラヴァツキーと心霊現象研究会(SPR )の間に起きたごたごたについて調べ直す作業に手間取っている。

ブラヴァツキーを詐欺師に仕立てて、神智学協会の評判を失墜させたSPRは、1986年になって、その原因をつくったホジソン・リポートはSPRの正式な手続きに基づくものではないことを表明したそうだ。

SPRによってブラヴァツキーの名誉回復が図られたともいえるが、あまりに遅すぎた。

調べてみて、神智学協会の創立者たちは純真で、お人好しすぎた、との印象が残った。一般に形成されてしまったイメージとは対照的だ。

ブラヴァツキーの協力者たちの多くは神秘主義的能力の持ち主で、彼ら特有の世界を形作っていたといえるのかもしれない。それが当たり前だから、相手にも自分と同じような能力があるからといって、特殊なことだとは思わないのである。

心が綺麗でないと神秘主義的な、高級な能力は目覚めないから、ある意味で彼らは赤ん坊のように騙されやすい一面を持っているのだ。

というのも、騙されているとわかっていても、騙す相手の奥底にも美を感じてしまうから、その美の印象深さのためについ信じたくなり、結果的に騙されてしまうのだろう。

『シークレット・ドクトリン』の原著からサファイアのような美麗な光が出ているのを見るわたしにしても、わたしが辛辣な癖に、子供のように騙されやすいところがあることを、わたしのこれまでの暮らしをご存知の方々は否定しないだろう。

全てにおいてスケールの大きなブラヴァツキーは、騙され方や傷つき方も、半端ではなかったのだ。

ブラヴァツキーとSPR との間に起きた詳細は『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)、『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成8年第3版)中、「『シークレット・ドクトリン』の沿革」に書かれている。

遅れついでに、神秘主義者として書いたエッセー集の最初の1冊をキンドル出版しておこうかなあ。

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2015年4月 8日 (水)

又姪に初対面

Ho1

午前中、妹から電話があり、お昼くらいに会えないかとのこと。

わたしは急な行動が苦手なので、来るときは理想的には1週間前、最低でも2日前にはいってほしいと話してあるのだが、フィーリングで行動するタイプの妹夫婦には通じない。

体調的にももう一つで、急には困るというと、困るならいいよ、と妹。

じゃあ日を改めてくれるのね、というと、もう1時間ほどで着くからそちらには行くけれど、ホテルでランチして帰るから気にしないで、と妹。

ホテルでランチって……すぐ近くのホテルだった。おまけに、赤ちゃんの声がするではないか!

何と、姪と又姪(姪の娘)も一緒だそうな。そりゃあ、会わないわけにはいかない。

会うよ、会う、でもうちは狭い上に散らかってるよ、というと、お邪魔する気はないから、と妹。

妹の家からだと高速を使っても2時間半はかかるはずだが、あと1時間ほどのパーキングからの電話だった。

大慌てで、散らかした本また本を別の部屋へ。何だか頭が混乱して、手順がわからなくなる。

お茶菓子も何もない。夫が食器を洗ってくれて助かった。

近くのホテル1階のレストランのランチはバイキング式で、予約なしでもよいが、混み具合では入りそびれることもある。

予約を入れたあと、赤ちゃんはまだ5ヶ月、レストランで大丈夫かしらと不安になった。

ところが、又姪は最高に場所柄をわきまえた赤ちゃんだった。

又妹と初対面し(写真で見ていたせいか、初めて会う気がしなかった)、2時間ほどもレストランにいたのに、ほとんどぐずらなかった。

公共の場ではいつもそうなの、とすっかりお母さんらしくなった姪。

今のベビーカーは便利で、ベッドのように平べったくなり、赤ちゃんは時折足をバタつかせながら、ご機嫌。

ぐずりかけても、妹、姪、わたしが時々抱っこすれば、泣き止む。

又姪を初抱っこ。忘れていた、赤ちゃんの感触はたまらなかった。

柔らかくて弾力があり、髪の中にキスしてしまいながら、うっとりと抱き締めた。

「わたしも孫ほしい」と思わずいうと、皆が笑った。

写真はブランデーをかけたアイスクリームの山に火がつけられ、青く燃え上がったところ。

ざっくばらんなバイキング式に、隣席との距離もあったので、皆で快適に過ごし、糖尿病の妹のご主人も(薬を飲んでいるが、数値がよくなったので、お酒なども普通に飲むそうだ。普通の食生活を送りさえすれば問題ないレベルらしい)、糖尿病になりかけのわたしも、しっかり食べてしまった。

途中、姪が授乳とオムツ換えのため、赤ちゃんと共に席を外した。オムツ換えには、3階まで行かなくてはならなかったそうだ。

幸いホテルの裏がスーパーなので、夫に皆と一緒に家に行って貰い、スーパーでお茶菓子、蜜柑、ジュースなど買った。

夫が得意のコーヒーを淹れてくれていた。定年前には考えられなかった甲斐甲斐しさがありがたかった。

赤ちゃんが転がれるよう、座布団の上にクリーニング済みのマルチカバーを敷き、即席の赤ちゃん用ダブルベッド。

家では又姪は暴れん坊の赤ちゃんになり、抱っこを嫌がり、ぐずる。

大物になりそうな、デカい泣き声。泣くと、眉辺りが赤くなり、それがまたかわゆい。

レストランでのおとなしさとは打って変わり、好きに泣き、好きに顔をしかめ、好きに笑う。

「レストランではお利口にしていたから、もう好きにさせて」といいたげ。

首はすっかり据わっていて、寝返りはまだだが、うつ伏せにすると、顔を上げるので、まもなくだろう。

急な訪問でろくなおもてなしもできなかったが、赤ちゃんのいる風景はとてもよかった。

誕生して1年後に産休の切れる姪。妹はパートをやめて赤ちゃんを見るつもりだという。

そうなると、自分の子とは違うプレッシャーを感じると妹。

妹は健康だが、頑強というわけではない。年齢から来る体力の衰えを思えば、いろいろと心配だとか。

玄関の外に出したベビーカーへ又姪を寝かせるとき、胸がキュンとなった。

またね、ココ――又姪の愛称――ちゃん、といった。

妹と姪が買ってくれた、ホテルのケーキは食べてしまうだろうなあ。

明日から3日~1週間はダイエットの必要がありそう。

Me4

これも貰いました。ふくや「明太せんべい」。ピリッとして、美味しいです。

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2015年4月 7日 (火)

アジアインフラ投資銀行(AIIB)について、おすすめYouTube

中国主導のアジアインフラ投資銀行(AIIB)が話題になっている。

AIIBへの参加表明国は3月31日までに51か国に上り、アジアの途上国だけではなく、ヨーロッパからの参加表明も目立つ。

アジアインフラ投資銀行:Wikipedia

アジアインフラ投資銀行(アジアインフラとうしぎんこう、英: Asian Infrastructure Investment Bank, AIIB)とは、中華人民共和国が提唱し主導する形で設立を目指している、アジア向けの国際開発金融機関。2015年の業務開始を予定している。

概略
日米が主導するアジア開発銀行(ADB)では賄いきれない増大するアジアにおけるインフラ整備のための資金ニーズに、代替・補完的に応えるということを目的として、中国が設立を提唱した。
当初は東アジア、東南アジア以外の国の参加はないと観測されていたが、実際には創設メンバーとなるための期限である2015年3月31日までに、イギリス、ドイツ、フランス等ヨーロッパの主要国を含む5大陸51の国と地域が参加を表明した。一方、AIIBと業務内容が一部重複するADB(中国はAIIBはインフラ整備に資金供給を行なう一方で貧困削減は世界銀行やADBの仕事だとしている)の筆頭出資国でもあるアメリカと日本は、ガバナンスがない、出資の透明性に欠ける、国際金融機関が融資先に対して課しているのと同様の高い基準の確保に関して疑問がある、などとして参加を見送った。 AIIBにはガバナンスがなく、中国は半分の資本を拠出するのみで、みずからが好む国にインフラ支援を、二国間支援に比しておよそ2倍のレバレッジを効かせて行えることとなり、中国は援助予算総額を増やすことなく援助効果の倍増、またAIIBを対アジア外交強化に用いることが可能となるともされるが、日米不在の現状のままでは資金に莫大な不足を抱えたままの開始となり、中国が巨額損害を被りAIIB自体が失速する可能性があるともされる。申請期限切れを間近に控えた2015年3月20日、中国は日本とアメリカについては申請期限後も参加を待ち続けると表明している。

うーん、中国主導というのが引っかかる。

何よりの問題として、中国が中国共産党による一党独裁体制だというところ。どう主導するつもりなのか、甚だ不安。

しかも、中国は国内での政治的な混乱が伝えられ、対外的には侵略、威嚇行為を続けており、大気汚染原因物質PM2.5をはじめとする環境汚染、食品汚染問題を国内外に向けて撒き散らしている最中。また、日本にとっては、尖閣、南京、慰安婦といった問題で困らされてきた相手でもある。

日本が参加を見送ったことで、政府にブーイングが浴びせられているが、耳を澄ませると、例によってブーイングは中韓贔屓の左派から、不参加を賢明だったと賞賛する声は主に保守派から聴こえてくる。

テレビをつけていると、いつもながら左派の声ばかりが――少数派のはずなのに――聴こえる。まあ自民党には中国贔屓も結構いるので、それらの声も混じってはいるが。

嫌でも左派節は耳に入ってくるので、インターネットでなければ接する機会の少ない、不参加を賢明と評価する声を動画から集めてみた(保守派の声のほうが小さいというのは、本当にどう考えても変)。

麻生財務相がAIIBに血税を投入しない理由、「AIIBは審査の甘いカードローン」と明快に解説する上念司氏、中国の投資の仕方がどんなものであるかの実態を語る渡部陽一氏の声は貴重に思われる。また、なぜヨーロッパの国々からの参加が相次いだのか、動画は語っている。

麻生太郎財務相
https://youtu.be/IiyoqyuyEXo

上念司(経済評論家)
https://youtu.be/I1S7Xt-YDy8

渡部陽一(戦場カメラマン)
https://youtu.be/gMPDrTkzFfo

小山和伸(経済学者)
https://youtu.be/BWH7m1MvubM

青山繁晴(シンクタンク経営者)
https://youtu.be/BvYB1SySNMA

三橋貴明(経済評論家)
https://youtu.be/JpuADz69XmY

クライン孝子(ノンフィクション作家)
https://youtu.be/2tOvdNmDcKA

櫻井よしこ(ジャーナリスト)
https://youtu.be/H5QYVJA__H4

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政府は、尖閣・竹島にかんする国内資料を英訳し、海外への発信をスタート

政府は、尖閣・竹島について収集した国内の資料を英訳し、海外へ発信するという。以下はTBSニュースより。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20150407-00000026-jnn-pol
TBS系(JNN) 4月7日(火)12時38分配信

 政府は、沖縄県の尖閣諸島や島根県の竹島について、日本の領土であることを理解してもらうため、国内の論文を英訳してウエブサイトに掲載するなど、海外への発信をスタートさせました。

 「今回、沖縄・島根の地元において、合わせて1500に上る資料・文献を調査収集した。結果についてより多く皆さまにご覧いただくとともに、今後の研究発表などにもご活用いただきたい」(山谷えり子領土問題担当相)

 政府は、これまで9か月かけて当時の地元の行政文書や関係者の記録などを収集してきました。調査結果は政府のウエブサイトに掲載されるとともに、英訳され海外への発信もスタートしました。

 中国と韓国が自らの主張を強める中、政府は、調査結果を英訳し発信することで、尖閣諸島や竹島が日本固有の領土であることを海外に向けて積極的にアピールしたい考えです。(07日11:01).
最終更新:4月7日(火)13時3分

地味で、手間暇のかかる作業だが、中国と韓国のペースに乗せられたまま反論するより、静かな環境で行われた、こうした知的対応こそ、日本にふさわしいものだと思う。

こうしたスタイルで、他の問題についても、客観的な観点から作業を進め、国内外へ向けてどんどん発信してほしい。未来の人々に宛てた史料的な贈り物ともなるだろうから。

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2015年4月 6日 (月)

胸の圧迫感にスプレー1回(追記4件あり)

胸の圧迫感にスプレー1回

夕食のあと、後片付けを済ませ、歯を磨くと、水を入れたコップと薬を持ってテレビの前へ。

漱石ノート#15を書き終えたかったので、まだ寝るつもりはなく、ひと休憩のつもりだった。

それなのに、寝てしまい、喘息の発作と共に目が覚めた。

尾籠な話だが、溺れそうに痰が湧き出るので洗面所に吐きに行き、ティッシュがいくらあっても足りないと思っているうち、胸の圧迫感で苦しくなったので、ミオコールスプレーを使った。午前1時半。

圧迫感が消え、あれほどの痰が出なくなったのは、冠攣縮性狭心症の発作に加えて、軽い心不全の症状が出ていたのかもしれない。

わたしの場合、心不全の症状に夥しい痰がつきものなので。

ガラケーでこれを打ち始めてから、ティッシュを使う必要はなくなっている。

心臓がくたびれているなとここ1週間ほど感じていた。

だいたい同じ経過を辿って、月に1度くらい、こんな体調の落ち込みが来る。

それは大抵腹痛で始まる。原因のはっきりしない腹痛で、何となく胃腸の具合が悪くなると、心臓だなと思う。

あちこちに血行不良の症状が出る気がし出すので、その時点でニトロを使うことを考え始めるが、様子を見てしまう。

足が腫れ、おなかが腫れぼったくなり、後頭部から側面にかけて頭痛。歯に痛みが拡散することも多い。

一昨日は胸痛が起きたが、使わずに治った。この時点で、ニトロを使うべきだったかもしれないが、血圧を下げたくなかった。

昨日はめまい。そして、午後になって、何だか胸がゴロゴロいった。

大抵はニトロを使わないと、一連の体調不良から抜け出せない。

先生に以前この一連の症状についてお話したとき、とにかくニトロを使ってみるようにおっしゃった。

自分では気づいていなくても、小さな冠攣縮性狭心症の発作が繰り返し起きている可能性があるそうだ。

1スプレーしただけで、この回復を考えると、そうかもしれないと思う。自分で調べたところでは心不全の症状にもニトロは効く。

溺れそうな痰は肺の症状だろうが、ニトロ使用後よくなるとなると、心臓と関係していたとしか思えない。

ニトロの使用後、飲み損なっていた6種類の薬を飲んだ。

冠攣縮性狭心症、弁膜症、不整脈があるので、ひと月経つうちにだんだん心臓がくたびれ、心不全の症状が起きてくるのだろう。

昨日近くのスーパーに買い物に行きたかったが、それだけでくたびれ、体調がさらに低下しそうだったので、行かなくて正解だった。

幸い肉、魚は10日くらいは出なくても大丈夫なくらい冷凍している。

その肉を使って、2時間煮込み、ビーフシチューを作った。

野菜など、足りないものは家族に頼む。

健康でスポーツが好きだった若いころが遠いまぼろしのようだ。

疲労で続かなかったが、ウォーキングしたときは楽しかった。

もう少し元気になれたら、観光用に乗せてくれるところでいいから、馬に乗りに行きたいんだけど。

ダイエットで身が軽くなったから、体験乗馬したときより、乗りやすくなっているはず。

追記1:

体調の悪いときに、時間のかかる料理をするのは危険だと思う。あとから反省したので、自戒をこめてメモしておく。

料理するときは、普段から、火の側から離れないように気をつけているし、横になりたい場合は即座に火を止め、鍋を火から下ろす。

しかし、それだけ気をつけていても、相手は心臓だ。いつ失神してもおかしくないと用心して、安全のために、心臓の具合がよくないときは無理をせず宅配にするとか、家族に弁当を買ってきてくれるよう頼むとかにするほうがいい。作る場合は、なるべく手のかからないものにしよう。

まあ、ビーフシチューは美味しかったけれどね(*^o^*)
生クリームかけすぎました。

St5

追記2:

ニトロを使って胸の圧迫感その他の症状がなくなったのはいいが、不整脈が起きているようで、めまいに悩まされている。

先月の受診時に、先生から心房細動のときは頓服でサンリズムを使うように(1日3回予防にも服用している)、といわれた。ニトロは悪化させるそうだ(脈が速くなる)。

現時点での症状にサンリズムを使って間違いないと思うが、何となく気がすすまない。薬を飲むと別の不具合が起きたりするので。

もう少し様子見。(14時40分)

追記3:

動悸、めまいで記事を書くのもつらく、家事ができないので、サンリズム服用。(14時44分)

追記4:

動悸、止まった。あっという間。早く使えばよかったと思うが、今度は胸が重い。今度はニトロを使いたくなった。勿論、様子見。(14時47分)

胸の重い症状もあっという間に改善。それぞれの症状は消えたが、何となく疲れ、何だか横になりたくなった。(14時50分)

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2015年4月 5日 (日)

児童小説『すみれ色の帽子』(Kindle版)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

児童小説『すみれ色の帽子』(ASIN:B00FB4K0X2)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『すみれ色の帽子』をお買い上げいただいたのは7冊目で、Kindleオーナー ライブラリーで1冊お借りいただいています。3月29日ごろお買い上げいただいたようです。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

 

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

卵の正体

ぼくが病院で見た夢

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年4月 4日 (土)

綺麗な色のビーツのスープ

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サイト「E・レシピ」の「ビーツのピンクスープ」を参考に作りました。

ビーツ、ジャガイモ、玉ねぎが入っています。ビーツの水煮缶(425g)1缶で、3人には多かったので、翌日の家族の朝食に。

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綺麗な色なので、うっとり眺めてしまいます。

ビーツ缶、重宝しますよ。スープの他にも、ボルシチ、サラダ、リゾットなど、これまでに作りました。

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【ケース売り】S&W スライスビーツ 425g(固形量:200g)×12缶 原産国:アメリカ合衆国

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こんなときにまたミューズが……

祐徳院(花山院萬子媛)をモデルにした歴史小説と漱石の評論を抱えている(ノート#15さえ、まだ書いていない)のに、またミューズが降りてきた。

冒険前夜のみ電子書籍にした児童小説『不思議な接着剤』の続きや、作成したい電子書籍、手を加えたい過去の作品のことまで考えると、今は到底書くだけの時間がとれそうにもない。

それでも書きたくてたまらないので、とりあえず、メモをとった。ここ数ヶ月、小説にしたいとは露ほども思いつかないままに、考えていたことがあった。

それがどこかでまとまって、別の世界で小説の形に育っていたという感じだ。

インスピレーションに打たれるとき、プラトンのイデア説がリアリティを帯びて感じられる。書く以前に、原型は既にこの世より遙かに高い世界で存在していると感じられるからだ。

わたしはその原型より極めて不完全にしか表現できない。

夢の中で、赤ん坊から育つ人間(小説)や馬(電子書籍)やプードル(創作意欲)がひじょうに生々しく生きていたりもするのだから、不思議だ。繰り返し、夢に登場してくる。

あの世では、創作された人物も、一見生きている人間(というより霊というべきか。つまり、あのよの住人)と見紛うくらいの本物っぽさで街を闊歩しているとも聞くが……よく見れば、わかるらしい。

なぜそういうことになるかというと、あのよが想念の世界だかららしい。そうだとすれば、天国も地獄も招聘するのは、その人自身という神秘主義の説も納得がいく。

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2015年4月 3日 (金)

そういえば、ウィリアム・ジェームズは心霊現象研究協会(SPR)の……(絶句)

ノート#14をもう少し形にし、今日中に祐徳院(花山院萬子媛)をモデルとした歴史小説の準備に入るつもりだった。

が、どういうわけか大事な忘れ物をしたような予感に駆られながら、、そうだ、午前中に、明治期に日本に輸入されたプラグマティズムがどんな風に受容されたかを、借りた本を中心にざっと見ておこうと思った。

そうすれば、数ヶ月後か数年後かに評論ノートを再開するのに都合がいいだろうと考えた。その本をいくらか読み、少し疲れたので、気晴らしに昨日作ったビーツのスープの記事でも書こうと思った。

ビーツの写真をブログ用に準備しているとき、ふと、「もしかしたら、ウィリアム・ジェームズは心霊現象研究協会(SPR)の会員ではなかったかしら?」と思った。

調べたら、やはりそうだった! なぜ気づかなかったのだろう?

ハワード・マーヒットが書いたブラヴァツキーの伝記『近代オカルティズムの母 H・P・ブラヴァツキー夫人』(田中恵美子訳、神智学協会 ニッポンロッジ、昭和56年)に、SPRとの間で起きたごたごたが詳しく書かれている。

ブラヴァツキーの協力者で、一時期、生活を共にしたワクトマイスター夫人は、ブラヴァツキーがSPRにどんなに悩まされたかを語った。

W3

まさか、夏目漱石からプラグマティズム、そしてついには神智学協会の評判を大きく失墜させたSPRに辿り着くとは。

しかし、思い出したのがウィリアム・ジェームズの代表作を読んだあとでよかった。でなければ、プラグマティズムについて詳しく知ることはなかっただろうし、あの事件の性質がどんなものだったかがわからないままだったろう。

ノート#15で、簡単にでも触れておかなくてはならなくなった。

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2015年4月 2日 (木)

#14 漱石が影響を受けた(?)プラグマティズム ③現金価値

W・ジェームズの『プラグマティズム』( 桝田啓三郎訳、岩波文庫、2010年改版)を読んでいると、過去の哲学が最新科学ではないといって非難しているかのようだ。

プラグマティズムが何であるかは、以下の引用にいい表されていると思う。

「一つの観念ないし信念が真であると認めると、その真であることからわれわれの現実生活においていかなる具体的な差異が生じてくるであろうか? その真理はいかに実現されるであろうか? 信念が間違っている場合に得られる経験とどのような経験の異なりがでてくるであろうか? つづめて言えば、経験界の通貨にしてその真理の現金価値はどれだけなのか?」
 プラグマティズムは、この疑問を発するや否や、こう考える。真の観念とはわれわれが同化し、努力あらしめ、確認しそして験証することのできる観念である。偽なる観念とはそうできない観念である。これが真の観念をもつことからわれわれに生ずる実際的な差異である。したがってそれが真理の意味である。それが真理が真理として知られるすべてであるからである。
(pp.199-200)

現金価値という言葉が出てくるあたり、アメリカの哲学らしいといえばそうだが、わたしにはW・ジェームズが馬脚を露わしたように感じられた。

神秘主義者は、神秘主義的知識の有無で、この世でもそうだが、より一層死後の世界であるあの世での「現実生活」においていかなる具体的な差異が生じてくるかのデータを集めてきた。

かくいうわたしもほんの少しだが、今生でこれまでに少しは集めた。そのための内的な装置作りをつらい体験によって今生でやり直さなければならなかった(その頂点というべき体験を『枕許からのレポート』で書いた)。この世的にそれを証明できないのが残念であるが。

2007年9月30日 (日)
手記『枕許からのレポート』
http://elder.tea-nifty.com/blog/2007/09/post_e32f.html

※Kindle版もあります。
枕許からのレポート(Collected Essays, Volume 4)

験証とは、検証、実験の結果に照らして仮説の真偽を確かめることだが、最新の実験装置で験証できる観念だけが真の観念である、とW・ジェームズはいっていることになる。

つまりそのときの科学で解明できることだけが真で、それ以外の仮説は全て偽ということになるわけだ。神秘主義者はそうやって切り捨てられたりするわけだが、それはつまり、哲学を科学に限定してしまうという話になるのではないだろうか。

だが、科学の進歩を考えれば、現代のプラグマティストによって偽と見なされた観念も、未来のプラグマティストには真の観念と見なされることもありうるということになるのではないだろうか。

神秘主義がなぜ生き延びてきたのかというと、神秘主義がその方法論において無秩序ではなく、一つのスタイルを遵守してきたからだと考えられる。

H・P・ブラヴァツキー『実践的オカルティズム』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年)序文で、それがどんなものかが説明されているので、引用してみよう。

 ブラヴァツキーの言っている「オカルティズム」は当然、心霊現象や「超自然的なこと」を漠然と指す現代の「オカルティズム」とは全く違う意味である。夫人のいうオカルティズムは、人類と同じくらい古い「科学中の科学」で、人間の最高の成就である。神聖な科学は近代科学と同様に、普遍的真理を探求するために厳密な方法を用いるので、科学と言える。しかし、道具と教育と動機という面において、神聖な科学と世俗的な近代科学は大いに異なる。
 物理的な観察をするために近代科学は様々な装置に頼るが、神聖な科学は物理的及び非物理的な観察をするには、主に、清められた人間の心の認識に頼る。(一人の観察は幾代もの先輩達の観察と照らし合わせて真正さが確かめられる。)

今ある物理的な装置で験証できないことを全て偽とする態度が哲学的とは、わたしには思えない。験証できない仮説は仮説のままにしておくほうが愛智者にふさわしい態度に思えるし、そもそもそうでなければ――哲学の仮説がなければ――、哲学が科学の進歩に寄与する機会も乏しくなるのではあるまいか。

だからこそカントは、『純粋理性批判』の中で「どうか理念(イデー)という語をその原義に即して保存されることをお願いしたい」(『純粋理性批判(中)』篠田英雄訳、岩波文庫、1961年、p.37)といって、仮説は仮説のままの純粋さに置いておこうとした。

また、カントはプラトンの「イデア」とアリストテレスのいう「イデア」との違いについて書いている。

プラトンは、イデアという語を用いた。そして彼がこの語を、感覚から採らなかったばかりでなく、アリストテレスの論じた悟性概念を遙かに超出するものと解したことは明らかである。経験のなかには、これと合致するようなものはまったく見出せないからである。[……]表現の行き過ぎということを別にすれば、この哲学者が、世界秩序における自然的なものを理念の不完全な模写と見なすことから始めて、目的即ちイデアに従ってこの世界秩序の建築的〔体系的〕結合へ上昇していく精神の飛翔は、我々の尊敬と追従に値する努力である。また道徳、立法および宗教の原理に関するところのものについて言えば、イデアが経験において完全に実現されることは不可能であるにせよ、しかし(善の)経験を初めて可能にするのは、やはりイデアそのものなのである。従ってイデアは、これらの領域において実に独自の功績を有する。それだのにこの功績を認めないのは、かかる功績がまったく経験的規則によって判定されるためであるが、しかし原理としての経験的規則の妥当性は、当然イデアによって無効にせられた筈である。自然に関しては、我々に規則を与えるものは経験であり、経験が真理の源である。しかし道徳に関しては、経験は(残念ながら!)仮像を産む母であり、私がなすべきところのものに関する法則を、なされるところのものに求めようとし、或いは後者によって前者に制限を加えようとすることは、まことに以てのほかの沙汰である。 (『純粋理性批判(中)』pp.32-37)

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2015年4月 1日 (水)

42年前に読んだ、高校1年生の日記『あしたはガンバレ!』(梅沢久子作:高1コース5月号第6付録)

U1

42年前に発行された学習雑誌の付録、高校1年生の日記『あしたはガンバレ!」(梅沢久子作:高1コース5月号第6付録、学習研究社、昭和48年)が、本棚漁りをしていたときに出てきました。

日記について、「作者梅沢久子さんが、昭和42年石川県立金沢商業高校入学以来、45年に卒業するまで3年間にわたって書きつづけた、彼女の高校生活の全記録です。梅沢さんは、この日記を四部に分け、『起・承・転・』としていますが、本書では『起』にあたる高1の部分を収録しました」と解説されています。

自分と同じ高校1年生の女子の日記……身近な感じのする平明な表現で書かれ、共感を覚える箇所が多く、自分よりしっかりしたところもあって、前向きで好感が持てる――というのが、当時のわたしの読後の感想だったように記憶しています。

成人してからも、たまに読み返していました。

が、11年前に台風被害に遭って同じ町で引っ越し、それから1月後には夫に転勤の辞令が出て他市への引っ越しと、2度の引っ越しが続いたあと、本棚の中が訳がわからなくなりました。

我が家は全員本好きとあって、引っ越しなどで時折処分したりはしてきたものの、本の数が半端ではありません。

奥行きのある本棚には二重に本を置いているため、前の本をどけないと、後ろに置いた本が確認できません。10年間で本の配置換えはたびたびやりましたが、そのたびに「ああ、ここにあった」となつかしい本に出合い、嬉しくなります。

『あしたはガンバレ!』は薄い本なので、台風被害に遭う前は、目につく場所に置くように気をつけていました。ところが、台風で駄目になった本の確認作業も充分できないうちの2度の引っ越しで、どうなったかわからないままでした。何回か探しかけては、なくなったのだろうと諦めていたのです。

再会できて、幸せです。今読んでも、高校生のときの気持ちが甦ってきます。

一般の高校生によって書かれた日記を読むことは、インターネットのできる今では珍しいことではありませんが、当時は闘病記とか自殺した人が残した日記といった特殊な事情で上梓された形のものか、交換日記でもしない限り、目にする機会がありませんでした。

ちょっと引用してみましょう。

 どうも、わたしには陽気な面が不足している。そして、そっと相手の顔色をうかがうようなところがある。対人恐怖症なんだ。でも、「人間」をとっても愛しているんだ。無人島なんか行きたくない。ほんとうだよ。(p.18)

わたしの精神は健全なのだろうか? それとも異常なのだろうか? もし異常なのなら、どんなふうに異常なのかを知りたい。もっと心理学の本を読もう。(p.20)

 どうしたんだろう? 最近セカセカと気があせり、こうして日記を書いていても、線路道を追われるように歩いているみたい。それに夜になると幽霊が心配だ(半信半疑なのだが)。でも、SFで三次元とか四次元とかの世界があるし……あれはいったいどういうことなのだろう? それに、死後の世界ってほんとにあるのだろうか……。どうして、わたしはいまここにいるのかな? どうしてもわからないし、あまり考えすぎると妙な心もちになるからいやなんだ。(p.28)

 時間にへばりついて生きている。性格について、学習成績について、友人について、そし“中近東の王子様”について……。
 二週間ぶりにあったきのうは楽しかった。どうしてあんなに美しい顔をしているのだろう。小麦色の顔、引き締まってほっそりしている顔。顔のことばかりで、もの足りないが、性格なんてそう簡単にはわからない。ちょっとみえっぱりなのかしら。とにかくすてきなのですよ。
(pp.39-40) 

恋のときめき、クラブ活動、成績、円形脱毛症になったこと、本の感想など、内容は高校生らしいもので、思ったことが素直に、自分の言葉で書かれているという印象を受けます。

どんな中年女性になっておられるんだろう(わたしより6つ年上ですから、63歳?)、もしかしたら本を出されているかもしれないと思い、ググってみましたが、残念ながら、それらしい記事はヒットしませんでした。仮に本を出されていても、結婚されていて苗字が違っていたり、ペンネームだったりすると、わかりませんよね。

過去記事で、高3コースの詩の投稿欄で印象的だった方のことを書きました。

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