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2015年3月 7日 (土)

カテゴリー「Notes:夏目漱石」にこれまでに収録した記事の紹介、及び閲覧にかんするお願い

祐徳院(花山院萬子媛)をモデルとした歴史小説を書くために、下調べをしていました。

江戸時代初期に生を受けた萬子媛が次男の死をきっかけとして出家し、やがて死期を悟って断食入定を遂げた――そして、これは神秘主義者にしかわからないことではありましょうが、今尚彼の世でこの世のためにボランティアを続けておいでになる――そんな筋金入りの生き方を生んだ当時の社会状況、思想などを考え、さらに、そんな生き方を生まなくなった原因を探しているうちに、明治の廃仏毀釈という大事件に行き着きました。

この事件は今だに半ば封印されているような感じがあります。それで日本の宗教はだめになってしまったのだとも思えましたが、そうではない生き方をした人物をわたしは確実に一人は知っていました。

竜王会という総合ヨガ、神智学の会を創設した三浦関造氏です。この方も萬子媛と同じように、死後に彼の世でボランティアをなさっており、わたしは幼いころからこの方を含む一団の方々に見守られて大きくなりました。

今の日本で、このようなことを書くことが如何に風変わりなことであるかの自覚はありますが、実生活ではごく普通の暮らし方をしてきました。あえて書かなければ、伝えられないため、書いています。

過去記事でも書いてきたように、わたしは前世は修行者だったというおぼろな記憶――もちろん脳は一回性のものなので、これは霊的な記憶です――と、彼の世の大気や光の忘れがたい記憶を持って生まれました。見守っていただいているのは、前世の縁ではないかと思います。

見守ってくれている方々の正体がずっとわかりませんでしたが、大学時代に、多くの書物に触れる中で川が海に注ぐような自然さで神秘主義へと、そして、そのエッセンスともいえる神智学に惹かれていきました。

また、日本でその分野の翻訳・出版事業を行っている竜王会という神秘主義の会を知りました。現在は竜王会と神智学協会ニッポン・ロッジに分かれていますが、元は一つのものでした。

入会を迷っていた夜、うとうとしかけたわたしの眼前高く拓けたエメラルドグリーンの円い光の中に、わたしを見守ってくれている方々がいて、その中央で、写真で見ただけの三浦関造氏が「ようやく辿り着いたね」と笑っておいでになりました。

筋金入りの三浦氏のような人物は、明治の廃仏毀釈後にも存在していたのです。こうした人々の影響力が低下したのはなぜか、また三浦氏が神智学を経由して東洋の思想に触れた理由など、明らかになっていくなかで、それと対照的な生き方をした夏目漱石が思いがけない関連性をもって浮かび上がってまいりました。

廃仏毀釈前の日本の思想の動きを萬子媛を含む周辺を描くことで、また夏目漱石の生き方を追究することで、廃仏毀釈後の日本の思想や文学の動向を探るという構想が生まれました。

評論を完成させ、電子書籍にするまでには何年かかかるでしょう。その間、現在の健康を保って書き続けられるという保証はありませんので、見苦しいところはありますが、ノート、メモを公開していくことにしました。

信念をもって書いたものが読まれないまま埋もれることほど、物書きにとって怖ろしいことはないからです。ネット社会が到来したありがたさを思えば、我々報われない物書きは感謝の気持ちでいっぱいにならざるをえません。

夏目漱石にかんしては、一旦削除したカテゴリーを復活させました。

いずれ評論に使うつもりなので、当カテゴリーに属する記事の無断引用、リンクを禁じます(感想文や研究の参考になさる場合はご一報の上、直塚万季のエッセーからの引用であることを明記してください)。
 漱石研究はこれからなので、今後考えが変わり、記事を訂正、削除、非公開にする可能性があります。

以下は、これまでにこのカテゴリーに収録した10本の記事です。新しい記事が上です。

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