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2015年3月17日 (火)

#12 漱石が影響を受けた(?)プラグマティズム ①古き良きアメリカの薫り『プラグマティズム』、漱石のおらが村

memoNotes:夏目漱石・インデックス

漱石研究のために、プラグマティズムにかんする本を2冊借り、代表作『プラグマティズム』は岩波文庫で出ていたので購入した。

プラグマティズム古典集成――パース、ジェイムズ、デューイ
出版社: 作品社 (2014/9/30)

明治プラグマティズムとジョン=デューイ (史学叢書〈3〉)
山田英世 (著) 
出版社: 教育出版センター (1983/06)

プラグマティズム 
W. ジェイムズ (著), 桝田啓三郎 (翻訳)
出版社: 岩波書店; 改版 (1957/5/25)

哲学というものは、それを唱えた人の数だけあると思える。哲学は、哲学の本ををあまり読まない人によって一般に勘違いされているほど、理路整然としたものではなく、本来は単純に区別し、分類できるものではない。

哲学者とその哲学理論は、作曲家とその曲と同じで、ある哲学者の作品を読んだ別の人物がその影響を受けて、新しい作品を書いたりする。よく読めば違うが、似た感じのする哲学理論は同じグループの一員と見なされることがある。

ウイリアム・ジェームズは哲学者・心理学者であったが、代表作『プラグマティズム』を読む限り(まだ読んでいる途中のメモだが)、彼は哲学者というよりは、よりよき哲学書の読み方・影響の受け方を模索し、提唱した哲学評論家であったのではないだろうか。

プラグマティズムとは「ギリシア語のプラグマから来ていて、行動を意味し、英語の『実際(プラクティス)』および『実際的(プラクティカル)』という語と派生を同じくする」(p.52)という

プラグマティズムという語を哲学に導入したのはチャールズ・サンダース・パースで、その影響を受けたのがジェームズ、デューイといわれている。

ただ、パースはプラグマティズムを科学的論理学の一方法として提唱したのであって、「専門学者たちの主張するように、ジェイムズのプラグマティズムは彼がパースの哲学を誤解したところに成り立っており、それゆえに論理実証主義の方向に発展しているこんにちのプラグマティズムとはほとんど関係がないと認められるにしても、それにもかかわらず、プラグマティズムとして知られる哲学上の運動は、疑いもなくジェイムズのこの講演によって強力に押し出されたのであって、アメリカの哲学は、このジェイムズから、ヨーロッパの哲学とは独立な歩みをはじめたと言えるのである」(解説p.319)

ウィリアム・ジェームズはアメリカ哲学の創始者とされているという。恥ずかしながら、わたしはウィリアム・ジェームズがそうした位置づけにあるとは知らなかった。

なるほど、ウィリアム・ジェームズの講義録『プラグマティズム』には、古き良きアメリカのえもいわれぬ芳香がある。

哲学理論というには、最初のほうで出てくる哲学者を二タイプに分類し、一方を「軟らかい心の人――合理論的(「原理」に拠るもの)、主知主義的、観念論的、楽観的、宗教的、自由意志論的、一元論的、独断的」、他方を「硬い心の人――経験論的(「事実」に拠るもの、感覚論的、唯物論的、悲観論的、非宗教的、宿命論的、多元論的、懐疑的)という風に対照させた、そのやりかたからしていささか乱暴で、アメリカ的アバウトさを感じさせるし、また『プラグマティズム』を読むときに強い印象として湧き上がってくる真剣そのもの、純な感じもまたアメリカ的だ。

『プラグマティズム』が、1906年ボストンのロウエル学会、1907年ニューヨークのコロンビア大学で講述されたものであることに、ちょっと注目しておきたい。

弟のヘンリー・ジェームズは「ボストンの人々」(『世界の文学 26 ヘンリー・ジェイムズ』谷口睦男訳、中央公論社、昭和41年)で、ボストンの凋落を描いた。#10で、それについて触れた。

黄金時代のボストン市がどんなところだったかを、解説から引用してみよう。

十九世紀中葉には、エマソン等の文人や理想主義的社会運動家も加わって黄金時代を現出することになった。そして、ボストン市は「アメリカのアテネ」と呼ばれ、ボストンといえば、アメリカ的な知性、教養、上品さ、批判精神などをただちに連想させ、ほとんど他の地域の住人を畏怖させるほどだった。(解説p524.)

ジェームズ兄弟は、こうしたアメリカ的知性、教養、上品さ、批判精神を感じさせる。

神智学協会を創設したH・P・ブラヴァツキー(1831 - 1891)を支え、神智学運動の拡大に貢献した人々の中に、こうしたアメリカのアテネ的知性を湛えた人々が多数存在したことは間違いない。

ブラヴァツキーの相棒で、第一代神智学協会会長になったH・S・オルコット(1832 - 1901)は弁護士、新聞記者をしていた1873年、ブラヴァツキーと出会った。ブラヴァツキーがニューヨーク新聞のオルコットの記事を読んだことが、出会いのきっかけとなった。

『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論(上)』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、神智学協会ニッポン・ロッジ、平成8年3版)の巻末に付録されていた『議事録』がKindle版で出ている。

シークレット・ドクトリンの議事録 [Kindle版] 
H・P・ブラヴァツキー(著)
出版社: 宇宙パブリッシング; 1版 (2013/9/29)

シークレット・ドクトリンの議事録

ロンドンのブラヴァツキー・ロッジで、ブラヴァツキーを中心として、『シークレット・ドクトリン』一巻の『ジヤーンの書』のスタンザと註釈について、毎週、質疑応答がなされた。その議事録だが、これを読むと、当時の西洋の知識人のレベルの高さには呆れるばかりだ。

漱石はウィリアム・ジェームズの影響を受けたといわれるが、二者は雰囲気が違いすぎるし、漱石はジェームズの方法論の影響を受けるには哲学、宗教にかんする知識や体験があまりに乏しいように思われる。まだ『プラグマティズム』を読んでいる段階なので、何ともいえないが。

弟ヘンリー・ジェイムズの以下の本も図書館から借りた。

ヘンリー・ジェイムズ自伝―ある少年の思い出
ヘンリー・ジェイムズ (著),舟阪洋子(翻訳),市川美香子(翻訳),水野尚之(翻訳)
出版社: 臨川書店 (1994/07)

ヘンリー・ジェイムズ作品集〈8〉評論・随筆
出版社: 国書刊行会 (1984/01)

分厚い『ヘンリー・ジェイムズ作品集〈8〉評論・随筆』の中の「バルザックの教訓」をまず読んだところだ。わたしがバルザックについて日ごろ思っていることが高尚に、的確に書かれていて、感激のひとこと。

ジョルジュ・サンド、ジェーン・オースティン、ブロンテ姉妹、シェイクスピア、スコット、サッカレー、ディケンズ、ジョージ・メレディス、エミール・ゾラなどにも、対照するために軽く触れられており、結構辛口だったりもするが、人を馬鹿にしたような漱石の口吻とは似たところがない。

漱石の悪口からは、悪口をいわれた作家がどんな作品をどのように書いたのか、さっぱりわからないが、ヘンリー・ジェームズの文章からは作家や作品の特徴がよく伝わってくる。漱石が貶したギ・ド・モーパッサン、エミール・ゾラについては独立した評論が収録されているので、読むのが楽しみだ。

無頼派をはじめとする大正から昭和にかけて活躍した主立った作家たちが、漱石を師とするより、バルザックを師としたのは正解であった。漱石は日本をおらが村に変えてしまう。

以下は、「バルザックの教訓」から。

とにかくわたしは皆さまの文学への関心が充分に強いものと考えて、一時間ばかりわたしたち全員の巨匠バルザックの足下にわたしと共に集まるようお願いした次第です。わたしたちの多くの者は道に迷うかも知れませんが、彼は不動です。その重量感によって安定しているからです。そう聞いて、したり顔などなさらないで下さい。わたしから聞かなくとも、彼が重いことは知っていたのだから、わたしの話の中味がそういうことのみなら、今日の講演は聞く必要がなかったなどとおっしゃらないで下さい。確かに彼は動かすには重すぎる存在です。わたしたちの中の多数の者は先程言いましたように、さまよい散らばります――何しろ軽量なのですから、バルザックのようにぐるぐる廻れないというようなことはないのです。しかし、ぐるぐる廻っても移動しないという場合も、妙な話ですけれど、あるのでして、わたしどもも移動しているのかどうか不確かです。とにかくわたしどもはどう動いても彼から離れられません。彼が前方にいないという困った場合でも、背後にはいるのです。わたしたちが田舎のどこかのよく知らぬ道を進んで行くとした場合、道に迷わぬようにするのには木立や林を通して彼の姿を見失わぬようにするのが一番よい方法だと思います。わたしたちが動いているとすれば、それは彼を中心として移動するのです。すべての道は結局彼のもとに戻って来ます。わたしたちの動きとは無関係な地点で彼はどっしりと腰を下ろしていて、道しるべとなってくれます。ですから彼を「重い」と言えるとしても、それは財産の重みが加わっているからなのです。 (p.384)

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