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2015年1月10日 (土)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ②カエルの恨み(追記あり)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率は……

①で書いた男友達から、「続報求む」というわたしの返信に応えて、新しいメールが届いていました。

全文をざっと読み、思わず「アハハハ……」と笑ってしまいました。

以下のような文章で始まっていました。

がんサバイバーなんて、そんなあ、なんかカッコ良いなあ
照れるなあ^_^;
あんまし褒めないでよ<(`^´)>
って胸張ってる場合じゃないか(^o^)

転移していた癌は抗癌剤で消えたようだけれど、CTで転移が認められないかを年末に検査し、その結果を今から聞きに行く、と前のメールにはありました。

実は、前のメールの深刻な内容には友人として相当な精神的ダメージを受けていたのですが、「とりあえず、CTでは転移は認められなかったようです。血液検査でも、腫瘍マーカーは平常値以内だったし」との報告にひとまずホッとしました。

ただ、大腸の狭窄した部分を切除して、つなぎ直す手術を受けなければならないそうです。それによってストーマ(人工肛門)を落とせるかどうかは微妙だそうで、彼は落とすことを望んでいます。

今度、身障者手帳の申請をするそうで、永久人工肛門ではないから4級が認められるかどうかわからないけど、もし認められたらストーマの装具の経済的負担が軽くなるとか。

癌の手術後のいろいろな症状や、なぜそうなるのかについて、わかりやすい詳細な説明があり、勉強になりましたが、読んでいてナンカ脳貧血起こしそうになりました。

そして、メールにはこんなことが書かれていました。

子供のころにカエルのお尻の穴に
ストロー(文字通り麦わら)突っ込んで、息をぷーって吹き込んで
カエルのお腹をパンクさせて遊んでたから、そのカエルの恨みか
バチが当たったんだって真剣に思った。カエルの恨みは恐ろしい。

読みながら笑いつつ、ひーと思いました。

そうか、カエルの恨みだったか、彼の直腸癌は。

幸い、カエルに対して、わたしはそれはやったことがないけれど、カエルを見るたび――特に炎天下でのびているカエルを見ると――罪悪感に駆られます。アリを見ても罪悪感に駆られる理由があるのですが、アリについては過去記事で書きました。ライン以下に全文引用しておきます。

現在わたしには糖尿病の危険信号が点滅しています。これは砂糖責めにされたアリの恨み?

アマガエルに対して何をしたかというと、2つのバケツいっぱいに田圃からアマガエルをとってきて、庭に持ってきたまではいいものの、それをどうするのか、使い途を考えていなかったわたしがバケツを放置している間に、飛び出たアマガエルが庭全体に散り、散ったそこここで一斉にゲコゲコ鳴き始めました。

夏の雨上がり、あるいは水やりをしたあとだったのかは、はっきりとは覚えていませんが、まばゆい光を受けた青々とした芝生の水滴がキラキラと輝いていたことを覚えています。

※「九州沖縄農業研究センター」のホームページに、九州における稲作の時期についての解説があり、「九州での平均的な田植えの時期(田植期)は、1950年代には6月下旬の後半(26~30日)であったのが2000年現在では6月中旬の前半(11~15日)と、2週間ほど早期化しています」とあります。田には水が張られていたので、梅雨の晴れ間だったのかもしれません。

その庭の芝生一面をカエルが埋め尽くした壮観な光景は記憶に焼きついています。このときわたしが叱られたのは母ではなく、わたしと妹が小さかったころは子守りとして、また大きくなってからは家政婦として来てくれていたおばさん。

優しいおばさんだったので、きつくは叱られませんでしたが、困り果てたような表情で、カエルを集めて田圃に帰すようにいわれました。

ですが、アマガエルは水から出したら、想像以上に弱い生きものなのですね。そのことを、わたしはこのとき知りました。

拾い集めようとしている間に、沢山のカエルたちは強い日射しを浴びて、次々にのびてしまったのです。庭一面に、白いおなかを見せてひっくり返ったカエルたち。その光景もまた壮観でしたが、カエルたちをそのあとどうしたのかは、記憶にありません。

わたしはあまり水を飲まず、体が乾燥しやすいようです。人並みだと思っていましたが、意識的に水を飲まないと、すぐに腎臓結石ができてしまいます。それが尿管に落ちてきたときの痛さといったら……

これも、沢山のカエルを乾燥状態に置いた恨み?

西洋占星術で見ると、わたしの月は火の星座の牡羊座にあり、上昇宮も火の星座の獅子座なので、乾燥しやすい体質ではないかとも思えます。

牡羊座が示す体の部位は頭部、獅子座は心臓など。検査のためとはいえ、頭蓋骨を抉る手術を受け、心臓のトラブルは当ブログの古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

火星、金星がいる星座の示す部位も健康に関係するといいますね。わたしの場合は火星が山羊座で、金星が水瓶座です。山羊座は骨。骨腫瘍、関節のトラブルも、古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

1日違いの男友達の出生時間を訊いて、ホロスコープを作成してみたくなりました。

それにしてもねえ。これを閲覧なさっているあなたは、子供のころ、小さないきものに残酷なことをしませんでしたか?

入院中の面白い話はまた今度ね。
抗癌剤治療の副作用についても。禿たりはしてないよ(^o^)
ではまた。

と、メールは結ばれていました。

わたしのほうが禿げてきたわよ。彼の癌年賀・癌メール(もはや連絡のないのが一番のストレス)、湿疹、閉経、創作に行き詰まると頭を掻きむしる癖……禿げないほうがおかしい。

女性の薄毛、抜け毛について、改善策を求め、ネット検索しているところです。中年太りの悩みが遠のいたと思ったら、今度はこれよ。

追記:

カエルの恨み、アリの恨みを神秘主義的に解釈すると、こうした物事の展開はカエルやアリが惹き起こすものではなく、本人自身が招いた事態――つまりカルマの表れということになります。宇宙のバランス感覚の表れですね。小さな生きものに対してであれ、自分がしたことは自分に返ってくるのです。ブーメランのように。

だからといって、それがこのようなかたちで返ってくるとは考えにくいですね。

勿論、糞真面目なこんなことを彼にメールしたりはしません。わたしと彼とのやりとりには常に真面目さと冗談が混ざっていて、お互いがいろいろと複雑なことをわかっているということを前提に、あれこれ含みを持たせて書いています。それができるから、「本当に友人と呼べる人」なのです。

わたしが記事に書いたことをそのまま受け取られても困ると思ったので、付け加えておきます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「小さきものたち、その罪深き思い出」

 夏になると思い出すのは、小さきものたちのこと――さらに甦るのは、自身の彼らに対する罪深い行いである。

 その小さきものたちとは、アリとカエル。カエルはアマガエル。
 そうするつもりでそうしたわけではない。だが結果的に、多くの小さきものたちをわたしは殺してしまった。

 アリに関しては、夏休みのラジオ体操の思い出と重なる。庭では桃の木が鬱蒼と茂り、獲りきれない桃の実が熟しきって落ち、犬小屋のまわりに点々と転がっていた。潰れた桃の実は甘い芳香を放つ。犬は果物を食べない。

 小学生のわたしは、興味に駆られてアリを観察していた。アリは獲物を見つけては、獲物を削って自分が運べる分量の荷物とし、仲間と示し合わせて巣へと運んでいった。

 見事なまでに統一された集団行動であった。驚くほど大きな荷物を運んでいくものもある。獲物は死んだ昆虫、時にはまだ完全には死んでいないセミだったりする。桃の実が沢山落ちていたわりには、それにはアリはあまりたかっていなかった。

  わたしはアリの巣の近くに、潰れた桃の実を持って行った。アリの主食は、甘い物だと思い込んでいたのだった。甘い物がごはんで、昆虫のような生々しい「お肉」はおかずに違いない。。。

 わたしは、ごはんが大好きである。ときどき醤油ごはんをしては、母に叱られた。それに比べて肉はミンチにしたものでないと、好きでなかった。魚もそれほど好きではなかった。残すほど嫌いではなかったが、どちらかというと仕方なく食べていた。

 アリもそうに違いない、とわたしは思ったのだ。が、わざわざ近づけてやった桃には案外興味を示さない。そこで砂糖をやってみることにした。キッチンから砂糖壷を持ち出して、巣の近くにこんもりと砂糖を置いてみた。

 アリは警戒したのか、最初は無視した。そのうち運び始めたが、やはり昆虫を運ぶときほどには、熱心さが見られない気がした。わたしは思った。昆虫に気をとられて、砂糖の貴重さに気づかないのだろうと。

 まるごと砂糖が降ってくることなど、めったにないというのに、彼らはいつでもそれが起きると思い込んでいる。そして夏のあいだはいつだって、どこにだって転がっていそうな昆虫の死骸なんぞに気をとられているのだ――と。

 わたしは砂糖をアリの巣に注ぎ込んだ。そして、意気揚々と家に入った。

 ウィキペディア・フリー百科に「アリの基本は肉食で、それに活動のエネルギー源として花の蜜や果実、アブラムシなどの甘露から糖分を節食するという様式が多数派を占める」とあるから、アリが昆虫により精力的にたかっていたのは当然だったろう。

 翌日のことである。わたしは家族の中で一番に目が覚めた。父がいれば父が一番なのだが、航海中だったから、一番に起き、下へ降りていった。

 そして、そこで信じられない光景を目にしたのだった。キッチンのテーブルが黒くなっている! それは黒く厚ぼったく蠢いていて、そこから黒い線が、キッチンからタンポポ色のカーペットを敷いた廊下、さらにはいくらか光沢のある苔色のカーペットを敷いた洋室をほぼ一直線に横切り、ガラス戸の下へと折れていた。

 黒いもの、それはアリたちだった。とんでもない数のアリたち。彼らはテーブルの上の砂糖壷を目的としていた。蓋が開いていたのか、彼らが開けたのかは謎である。のちに借家にシロアリが出て駆除騒ぎとなったことがあったが、このときのおぞましい光景に比べたら、ものの数ではなかった。

 そのあとのことは、怒涛のように襲ってきた畏怖の念と罪悪感とで、よく覚えていない。覚えているのは、めったにヒステリックになることのない母が金切り声を出してわたしを叱りつけたこと、それから「あなたがここにいたからといって、何になるの!」と怒鳴られ、ラジオ体操へと追い出されたことだった。

 ラジオ体操のあとにドッジボールの練習があった。うわの空でそれらを終え、戦きながら帰宅すると、感心したことに母はアリ退治の液体噴射器をフルに使ったらしく、膨大な数のアリを処理してしまっていた。

 あたかも「戦闘」の名残のように、テーブルに何匹かのアリの戦死者が横たわっていた。よく見ると、カーペットにはまだアリの生存者たちがいたが、さしもの彼らも観念した様子に見えた。迷子のような、頼りない動きだった。

 母はキッチンにいなかった。勇者を褒め称えようと、2階に上がると、母は寝室にぐったりと横たわり、目を閉じていた。心持ち、顔色が蒼かった。
 目を閉じたまま母は、もうアリを構うのはやめなさい――といった。

 今でもわたしには謎である。あの物凄い数のアリたち。一つの巣にあれほどの数のアリたちが棲んでいるものだろうか? 庭全体が、アリの連合国だったとでもいうのだろうか?

 わたしには、あれが巣を砂糖攻めにされたアリたちの復讐だったように空想されてならないのだ。

 ああアリのことを書いたら、力尽きてしまった。やはり庭に壮観な光景を繰り広げた――尤も、その原因をつくったのはまたしてもわたしだったが――アマガエルたちについては、また今度。気がむいたら……。 

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