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2015年1月の27件の記事

2015年1月31日 (土)

ISILによる日本人人質事件の謎を孕む奇怪な展開と、後藤さんの奥様の引っかかる声明

ISIL(イスラム国改めアイシル)に拘束されているジャーナリスト・後藤健二さんの奥様がロイター通信を通じて29日、英語で、音声による声明動画を公開しました。

東洋経済オンラインで、その動画と文章(英文・邦文)を閲覧できます。

何でも、この奥様は東大卒で、独立行政法人・JICA職員(日本国際協力機構)の職員だそうですが、国際的、政治的な面では専門的であるはずの人物が配偶者でありながら、なぜ後藤さんが今回のような事件に巻き込まれることになったのか、不可解です。

また、奥様の声明には――後藤さんのお母様の会見もかなり奇妙なものでしたが――疑問を抱かされるものがあります。思慮を欠いた夫の行動のせいで大変なことになった、という自覚に甚だ欠けているように思える文面です。

夫の生命が危険に晒されている緊迫した状況下、被害者意識があるのは自然なことなのかもしれませんが、「私の夫は善良で、正直な人間です。苦しむ人びとの困窮した様子を報じるためにシリアへ向かいました」といわれると、そうした面がおありなことが感じられ、また生かすために、そのようなアピールが必要だろうと感じられても、聴く側としては白けますし、「私は彼の解放のため、舞台裏で休むことなく働き続けてきました」「私は、彼の命を救おうと戦ったのです」という自画自賛めいた言葉には、違和感と懸念とを同時に覚えてしまいます。

この奥様が水面下でどんな動きをしてきたのか、気になるところです。

「ヨルダン政府と日本政府の手中に、二人の運命が委ねられていることを考えて欲しいと思います」という言葉からは、反日左翼の人々と同じ思考法が感じられます。

この事件は、何らかの終息を見たあとも、尾を引く問題です。日本やヨルダンの今後すら左右しかねない危険性を孕む事件です。テロ組織との取引に応じるには、将来的に出る犠牲と引き換えることだとの覚悟が必要です。

仮に日本とヨルダンが後藤さん夫妻の希望通りに動かなかったとしても(動けなかったとしても)、その責任は日本とヨルダンにあるのではありません。その自覚が少しでもあれば、このような言葉が出てくるはずがないと思えますが、脅迫されていわざるをえなかったのでしょうね。

「私にはヨルダンとヨルダンの人々に対して、特別な感情を持っており、多くの思い出があります」という言葉は、自分たちになるべく親近感を持って貰いたいがためのアピールなのかもしれませんが、ヨルダンの人々に日本人はこの度の人質事件で多大な迷惑をかけているわけです。あって当然のはずのお詫びの言葉がありません。これも、脅迫されて、削らざるをえなかったのでしょうか。

ところで、上の記事に、
「29日朝に公表された画像は、朝9時ごろから日本政府が動き出すというタイムスケジュールを意識している。プロデューサーが視聴者の反応を見てドラマを作っているという感じで、日本の事情をよく知っている人間がイスラム国に協力している」
という元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏の言葉が引用されています。

また、上のジャーナリスト・加賀孝英氏の記事には、
「イスラム国は当初、安倍首相の中東歴訪を重要視していなかった。日本国内などの協力者が、歴訪に合わせて『世界が注目するチャンスだ』と入れ知恵した可能性が高い。この人物を絞り込みつつある」とあります。

後藤さんのことで馬鹿に盛り上がる反日左翼連中といい、奥様の一見まともそうでありながら疑問を抱かせる声明といい、ISILによる日本人人質事件は謎を孕んだ奇怪な展開となってきました。

テレビのニュースが反日左翼色を帯びているので、バランスをとるためにYouTubeへ行くことがあるのですが、視聴した中から2本の動画を紹介しておきます。

以下は、「くにまるジャパン」1月30日放送分から動画に作成されたものです。出演は前出の佐藤優氏。
https://www.youtube.com/watch?v=f_ajv8cTu6U

以下は、SakuraSoTV、「ニュースの読み方」より。戦前・戦中の日本人が如何にイスラム理解に優れていたかが、大川周明氏の著書を通して解説されています。

https://www.youtube.com/watch?v=B-y8OXvx_b4

北大生と関わった、近視眼的印象を与える元大学教授とは、教養という点で大分違うようです。

大川周明:Wikipedia

〔……〕大学卒業後、インドの独立運動を支援。ラース・ビハーリー・ボースやヘーラムバ・グプタを一時期自宅に匿うなど、インド独立運動に関わり、『印度に於ける國民的運動の現状及び其の由来』(1916年)を執筆。日本が日英同盟を重視して、イギリス側に立つことを批判し、インドの現状を日本人に伝えるべく尽力した。また、イスラム教に関心を示すなど、亜細亜主義の立場に立ち、研究や人的交流、人材育成につとめ、また、亜細亜の各地域に於ける独立運動や欧米列強の動向に関して『復興亜細亜の諸問題』(1922年)で欧米からのアジアの解放とともに、「日本改造」を訴えたり、アブドゥルアズィーズ・イブン=サウード、ケマル・アタチュルク、レザー・パフラヴィーらの評伝集である『亜細亜建設者』(1941年)を執筆した。ルドルフ・シュタイナーの社会三層化論を日本に紹介もしている(「三重国家論」として翻訳)〔……〕

ルドルフ・シュタイナーはブラヴァツキーの神智学の影響を受けた人ですが、シュタイナーまで読んでいたとは。昔の知識人って、今の知識人とは読書量にしても、スケールにしても、全く違いますね。

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2015年1月30日 (金)

「作品広場」(旧「作品発表広場」)からリニューアル中のメールあり。メールで退会手続き。

「作品発表広場」のスタッフの方から勧誘のメールを頂戴したことから入会したものの、文章による創作作品を販売することはできないため、俳句を公開したきり、わたしのページは長いこと風に吹かれていました。

その「作品発表広場」からメールが届き、リニューアル中とのことでした。サイト名も「Sakuhin+ 【作品広場】」に変わっています。

Sakuhin+ 【作品広場】は「オリジナルアート作品販売・購入ができるアートショッピングサイト」で、オリジナルアート作品とは「絵画や写真をはじめ、個性豊かなオブジェや器など、世界に一つだけのオリジナルアイテム」であるとか。

わたしは、作品発表広場に登録したことから、自分で作品を売ってみたいという思いを深め、そちらの方向へ出発したともいえます。その後、無料、有料どちらでも作品の公開ができるパブーと出合い、電子書籍を始めてみました。お陰で、アマゾンのKDPが日本に来ると囁かれ出したとき、それを待ち望むだけの下準備ができていたのでした。

感謝しつつ、作品広場の「お問い合わせフォーム」で退会手続きをしました。

オリジナルアート作品を売買できるサイトは「作品発表広場」が走りだったような気がしますが、現在ではこの種のサイトも増えましたね。

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2015年1月29日 (木)

22日付拙記事「過激組織「イスラム国」日本人人質事件と湯川さんのブログ」を更新しました

以下の記事で紹介していた動画の一部が削除されてしまったようなので、記事を更新しました(新しくリンクを張りました)。

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2015年1月28日 (水)

『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

キンドル版短編児童小説『卵の正体』(ASIN:B00BFYSIMM)をお買い上げいただき、ありがとうございます!

1月14日ごろ、オーストラリアのキンドルストアでお買い上げいただいたようです。オーストラリアでのお買い上げは初めてでした。

『卵の正体』のお買い上げは22冊目でした。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

以下は、他の99円の短編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

ぼくが病院で見た夢

ぬけ出した木馬

マドレーヌとわたし

マドレーヌとわたし(漢字使用)

以下は中編児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

田中さんちにやってきたペガサス

以下は日記体児童小説です。サンプルをダウンロードできます。

すみれ色の帽子

以下はシリーズ物の第1巻です。冒険前夜の物語です。サンプルをダウンロードできます。

不思議な接着剤1: 冒険前夜

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2015年1月26日 (月)

クソコラグランプリ。反日左翼の身勝手な不満。

イスラム教スンニ派の過激派組織「イスラム国」による2人の日本人人質事件は、怖れていた事態に発展しました。

湯川遥菜さんは殺害されたようです。ただ、拘束された早い時点で殺害されていたのではないかという気がします。湯川さんが去年の8月にシリアで拘束されたのであれば、半年近く経っているわけですが、動画の湯川さんがふっくらして見えるからです。

そして、イスラム国は身代金の要求を取り下げ、後藤健二さんとの引き換えに、2005年にヨルダンの首都アンマンで起きた連続爆破事件(60人が死亡)に関与したとして死刑判決を受けたサジダ・リシャウィ死刑囚(イラク人の女性)の釈放を要求してきました。

わが国ではこの間に、後藤さんのお母様の記者会見があり、強烈な印象を残しました。わたしはリアルタイムで会見の中継を視聴しましたが、まとめサイト「BLOGOS」で全文読むことができます。

  • http://blogos.com/article/104041/

後藤さんのお母様・石堂さんは息子さんの救出を訴えかけましたが、それ以上に、憲法9条、反原発、地球の平和、軍人だった父親の思い出などに言及し、「イスラムの子どもたちが日本に来て学びたい時は私の家を宿にしてください。地球のために力を合わせて頑張ります」と話を結びました。

イスラム国とイスラム圏の混同や、「電話で交信」といった変わった表現があるところなどから、あるいはこの方も湯川さんのブログを閲覧して感じたように、心を病んでいるのではという懸念が起きましたが、母親としてより思想家として会見に臨んだのだと思えば、このような会見もありかなという気もしました。

反日左翼思想の上澄みだけを掬ったような、汚れのない、しかし抽象的すぎる石堂さんの言葉。市民活動家や反日左翼作家にありがちな毒気は全くない、痛々しいような会見でした。

ホームページや残された伝言動画などから、後藤さんが無防備なまでの美しいヒューマニズムに生きてきた人物であることが窺えましたが、母親によって作り出された思想的な無菌室の中で育った人なのかもしれません。戦後日本の美点と脆弱とを感じさせます。

もう一つ、思いがけない印象を残したのが、ISISクソコラグランプリというものでした。

それがどのようなものであるかを知っていただくために、以下の動画にリンクを張っておきます。

  • https://www.youtube.com/watch?v=qNfZ8YMOWH8

実は、わたしはこのコラに癒やされたのです。

日本人のかけがえのない生命が奪われようとしている息苦しい最中に、相手側の無慈悲な振る舞いを茶化し、風刺し、笑い飛ばす、悪戯天使(?)が舞い降りた気がしました。

批判の声は多いでしょうが、評価する声もあります。以下の「BLOGOS」の記事は、海外の評価です。

  • イスラム国(ISIS)に対するツイッター利用者の攻撃と海外からの評価
    http://blogos.com/article/104194/

沢山のコラから受ける印象は同一ではなく、明らかに行き過ぎ、無責任、ただの悪ふざけと感じられるものがあります。しかし一方では、この理不尽な許しがたい状況を、せめて仮想世界で一変させようとする、レジスタンスの意志も伝わってきたのですね。

クソコラクランプリに賛否両論あるのも、なるほどと思えました。この現象もまた、まぎれもなく戦後日本が生んだある種の突き抜けた力である気がします。

そして、反日左翼思想に傾斜した人々が、今のわが国の緊迫した状況下で安倍首相を叩く卑劣な現象は、戦後日本が生んだ悪しき産物だと思いました。何て非国民な連中でしょう。

ネット上によく出てくる、反日左翼的言動で有名な翻訳家のツイッターを閲覧すると、そこでやりとりされている内容は無責任極まるものに思えました。

整合性のとれない内容で、この日本より、彼らはイスラム国の方に遙かにシンパシーを感じているかのようでした。満足できる環境で、ぬくぬくとツイッターしている様子が窺えますがね。

彼らは「原発止めろ」といいます。原発を止めれば、日本の現状としては、石油に頼らざるをえません。中東で日本人が石油を安全に分けて貰うために、首相が中東外交に力を入れていることを、まるで慰安旅行でもしているようにいいます。

そして日本を含めた西側諸国が中東にかけている迷惑を考えれば、人道支援は当たり前の話ですが、それを彼らは「バラマキ」といいます。

彼らは憲法に縛りをかけ、自衛隊を可能な限り無力化しようとするので、この度の人質事件のような緊急事態には手足を縛られたも同然の状態であり、一国家としての満足な対応もできません。ゆすられて、相手の要求に応じれば解決、というわけにもいかないでしょう。どうしようもない状態であることは、少し考えればわかることです。

自分たちが日本の手足を縛っておきながら、彼らは「無能」と嘲笑するのです。

叩くだけで、対案を出さない彼らこそ、無能です。自分たちは手を汚さずに、メリットだけ享受したいのですね。

海外へ行く日本人は少なく、アメリカを頼っていれば安全保障問題は何とかなった時代とは、今は違うことが彼らにはわからないのでしょうか?

西側より東側の方がいいのでしょうか。それなら、自分たちだけでさっさと理想郷へ引っ越せばいいことです。

ならず者にシンパシーを感じ、へつらう者の正体は、ならず者です。

今度こそ、彼らの正体をまざまざと見せつけられた思いです。

以下にのブログ「余命3年時事日記」に勉強になることが書かれています。

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2015年1月22日 (木)

過激組織「イスラム国」日本人人質事件と湯川さんのブログ(※29日に更新)

過激組織「イスラム国」が日本人2人を人質にとり、2億ドル(約236億円)もの身代金を要求し、それに応じない場合には殺害すると予告しました。

23日午後が期限とされています。中山泰秀副外相がヨルダンに派遣され、政府は関係各国と情報交換を続けている模様です。

安全保障の問題、そして中東の石油に依存するエネルギー問題(脱原発により、ますますホルムズ海峡経由の原油頼み)を突きつけられたような事件に、戦慄せざるをえません。

人質となっているのは後藤健二さんと湯川遥菜(はるな)さん。

後藤さんは国際ジャーナリストで、映像通信会社インデペンデント・プレスの設立者。

湯川遥菜さんは、民間軍事会社の代表ということになっています。

わたしは湯川さんのブログを前に閲覧したことがありました。清朝の粛親王善耆の第14王女・川島芳子(愛新覺羅顯玗)のテレビ番組を観たあと、川島芳子というキイワードで検索していたところ、湯川さんのブログが出てきたのです。

それによると、湯川さんは自分を川島芳子の生まれ変わりと信じているようでした。前世について書かれたものには、それが眉唾物であるかどうかを疑うより先に興味がわいてしまいます。

で、ブログを丹念に閲覧したのですが、他にもいろいろと変わったことが書かれていました。そして、閲覧後の感想としては、この方は神秘主義者というよりは、心を病んでいる可能性の方が高いのではないか、という懸念でした。

その後、イスラム国に拘束されたらしいという男性の報道に接したとき、民間軍事会社の代表という経歴と写真から、ああ、あのブログの人だと思いました。

後藤さんは湯川さんに対して保護意識が働き、何とかしてあげたいという思いを抑えることができなかったのではないでしょうか。勝手な想像ですが……。

事件に関する動画を見つけたので、紹介します。スーパーニュース アンカー、2015年1月21日放送からの動画です。前に張っていた別のリンクは削除されたようです。

  1. https://www.youtube.com/watch?v=w1iVwC9wgTM
  2. https://www.youtube.com/watch?v=ju5ii9Gz_l8
  3. https://www.youtube.com/watch?v=AJQDgRCl86U
  4. https://www.youtube.com/watch?v=nwC6Q1lpWVs
  5. https://www.youtube.com/watch?v=uRXWJu3QSEQ

6.までありましたが、事件に関しては5.まで。

青山繁晴さんが出演しています。

2.では、アジアプレスのジャーナリスト・玉本英子さんがイラク北部のアルビルから中継しています。

危険な地域での取材。2012年8月20日、シリア内戦の激戦地・アレッポでジャパンプレスのジャーナリスト・山本美香さんが政府軍の銃弾を受けて死亡した事件は今も生々しい記憶です。

以下は、この事件にも日本ならではの関わり方を考える、チャンネル桜の動画へのリンク。

また以下は、2014/08/04 に公開された動画ですが、中東においてヨルダンという国がどのような意味を持つのか(中山泰秀副外相が派遣されたのもヨルダンです)、佐藤優さんによってわかりやすく解説されているので、リンクを張っておきます。中東への理解が深まります。

以下は、上の動画と関連性のあるもので、日本・イスラエル共同声明に関する佐藤優さんの解説。

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2015年1月21日 (水)

19日に内科、循環器クリニックを受診

午前中に予約していた日赤の内科、午後に予約のいらない循環器クリニックを受診した。

《内科》

副甲状腺機能亢進症の疑いがあり、半年に1度、経過観察していただくために内科を受診している。

それ以外にも、循環器クリニックで受けた血液検査の結果から、糖尿病の心配が出てきていた。

幸い、血糖値は、前回日赤の内科で受けた結果とあまり変わらず、大丈夫だろうとのこと。これが高ければ、もっと詳しい検査に入らなければならないところだったが、やった!との思い。まさにダイエット効果だろう。

担当医が女医さんに変わり、I先生は同性だから、何の遠慮もなく、しっかりとわたしの腹回りに視線を注がれる。そして、わたしを見つめ、満足そうに、頼もしそうに、微笑まれた。

血液検査の結果からも、外観からも、糖尿病の懸念が遠ざかったことを確認なさり、わたしの努力を褒めてくださった……そのような表情だった。

まあ摂生に努めているかどうかは、腹回りを見れば、一目瞭然ですわね。

昨年の5月からダイエットに入らなければ、間違いなく、糖尿病になっていたと思う。努力が実ったかたちだ。

γ-GTPは酒飲みが気にする数値だが、わたしがお酒とは全く縁がないことを 12L という数値が物語っている。基準値は16―73IU/l。

基準値より低くても問題ないようだが、低い場合はタンパク質不足だと解説された複数の専門サイトを閲覧した。一桁だと要注意らしい。

ダイエットを始める前の2014年4月21日の血液検査では、γ-GTPは17で、基準値内。それがダイエット開始後の2014年7月14日の検査では 11L で、継続中の今回も 12L という低さだから、明らかにダイエットが関係しているようだ。

タンパク質の摂取は夕食が主で、他ではミルクコーヒーに入れるミルクくらい。朝も、卵とか豆腐などのタンパク質を摂るようにすべきかもしれない。

それにしても、何を食べたか、食べなかったかは、血液検査に如実に表れるわね。つまり、食生活で改善できることは多いということだろう。

糖尿病対策は今の食生活でOK(もう少しタンパク質をプラスすれば健康度はさらに上昇)、と解釈できる。

また、前回2014年7月14日の血液検査では、先生は何もおっしゃらなかったので心配するほどのこともなかったのかもしれないが、eGFR(推算糸球体濾過量)の数値が気になり、以下のように書いている。

前回(2014年7月14日)は何も印がなかったのに、eGFR(推算糸球体濾過量)の項目がになっていた。
慢性腎臓病(CKD)は、その重症度に応じて、ステージ1からステージ5の5段階に分けられており、その指標となるのがeGFRだという。
それによると、わたしは57.6で、G3a。ステージ3で、「軽度~中等度低下(60>GFR≧45)」。
ステージ3にはaとbがあって、aは軽いほう。45>GFR≧30になるとG3b、中等度~高度低下となる。
前回は66.7で、まだステージ2だった。正常または軽度低下(90>GFR≧60)だった。

それが今回は、2014年4月21日の血液検査結果と同じ66.7に戻っていた! ダイエットしてから、いいことずくめ。

次に、血液検査でわかる副甲状腺関係。

ALP(アルカリホスファターゼ)は多くの場合、肝臓の異常や骨疾患(副甲状腺機能亢進症、くる病、骨肉腫など)により血液中で上昇する。基準値は104~338IU/L。

2010年からのALPの推移は、354H 429H 332 289 414H 300 322 378H 375H 373H 386H 399H 347H(347が今回、2015年1月19日の検査結果)。

ホールPTH(副甲状腺ホルモン)については「前回少し高かったので、今回も調べて貰っています」と先生。

ホールPTHの結果は次回行ったときでないとわからず、用紙が別になっている。この結果を貰うのを忘れがちなのだが、今回もうっかりして貰い損なった。

2014年4月21日に以下のように記録したきりだ。

ホールPTH(副甲状腺ホルモン)の基準値は9~39pg/ml。2009年からの推移は、42H 45H 63H 115H 55H 35 33 73H 74H 54H 67H(67が前回、2013年10月28日の検査結果。ホールPTHの検査結果が返ってくるまでに時間がかかるため、前回受けた検査結果しかわからない)。

次回行ったときには、忘れないようにホールPTHの結果もプリントアウトして貰おう。だいたい、これを診ていただくために、内科受診しているようなものなのだが。

Ca(カルシウム)は副甲状腺機能亢進症で上昇する。基準値は7.5~10.0mg/dl。Ca値は動くことが少ないそうで、これが大きく動けば大問題ということになる。

2009年からの推移は9.7 9.7 9.0 9.0 9.1 9.1 9.0 9.2 10.0 9.8 9.3 9.7 9.4(9.4が今回、2015年1月19日の検査結果)。2013年3月28日の検査では10という上限値だったが、その後は9台で、相変わらず上限付近をうろうろしているものの、基準値内にとどまっている。

副甲状腺機能亢進症は、20年くらいの長い経過をとってあらわれてくることが珍しくない病気だそうだから、今後も経過観察を続けていただくことが大事だと思われる(以下の過去記事を参照)。

《循環器クリニック》

結論からいえば、40日に1回の受診が前回から60日に1回になっていたが、脈拍、聴診などの診察の結果が悪くなかったので、そのまま2ヶ月に1回の受診でいこうということになった。ホント、ダイエットしてからいいことずくめ。

クリニックでは静脈瘤の手術が増えたようだが、水曜日が休診になった。

新しく入った看護師さんが、クリニックと日赤での血液検査の項目を比較して、日赤で行っていない項目だけ、次回血液検査をします、とおっしゃった。このような連係をわたしは期待していたので、ありがたかった。

しかし、総合病院では病院の指示通りに動けばいいから、クリニックでもついそうしてしまいがちだが、ここでは自主的な行動が求められているようだ。本当は自分で、そうしたことを行うべきなのだ。

基本的に、検査関係は患者の側から申し出ることになっているようだ。それをしない患者に対して、看護師さんによっては、検査を促してくださることもあるということなのだ。そうしてくださらない看護師さんにばかり当たると、ずっと検査しないままになってしまうことがある。

日赤と循環器クリニックの血液検査の項目はだいたい重なっているそうだが(日赤のはアルファベットと数字ばかりで、わたしにはわかりにくい)、心房細動の予防で飲んでいるサンズムの血中濃度は半年に1度は検査しなくてはいけないそうで、次回は朝食抜きで受診し、その血液検査と、尿、心レントゲン、心電図の検査を行うことになった。

診察室で、先生は、看護師さんからの検査依頼に快く許可をなさった。日赤での血液検査も快く見ておられた。以前は、日赤などの他系列の病院での検査結果は見せにくかったのだが、何という違い! 今では、そちらでも診て貰っていることに安心なさっているかのよう。

これは手術などの仕事が増えたからなのか、それとも、他病院での検査結果をいきなり診察室で出してしまっていたから先生を不快にさせていたのか、よくわからない。両方かも。

とりあえずは、まず何でも看護師さんにいおう。ただ、看護師さんによっては「直接先生に……」とおっしゃる方もいて、統一がとれてない難しさがある。

薬局で、以前何度か接したことのある洞性頻脈の薬剤師さんと久しぶりにお話しした。

薬剤師さんの脈拍数は現在80―90で、高校生のときからそうだという。自分では、少し速い脈でも慣れているせいか、特につらくはないとおっしゃる。血圧を下げる薬を1種類飲んでいるそうだ。

ただ、前にわたしと話したころは90くらいが続き、ちょっとつらかったとか。

洞性頻脈で薬を飲んでいる患者さんは「結構いらっしゃいますよ」と薬剤師さん。40代くらいの男性の薬剤師さんだが、話していて心が安らぐ。

脈拍数120でテノーミンを飲んでいるという中年女性の患者さんと話したときも心が安らいだ。とても穏やかに話せる。こんなことって、めったにない。

人と話すときは、いつも少しエキサイトしているか、少しトーンダウンしているかのどちらかで、つまり少しとはいえ無理をして人と話しているのだろう。それがなく、本当に自然にくつろいで、優しい気持ちで話せるのだ。

そういえば、亡くなった詩人と呼んでいた女友達が、同じ病気(統合失調症)の人は気持ちの優しい人が多いので、ごく自然に話せて楽しいといっていた。

同じ病気の人はいわゆる同類で、調和しやすい……ということだろうか。これが冠攣縮性狭心症や心臓弁膜症、心房細動の人となると(どれもわたしが持っている心臓疾患ではあるが)、違う人種という気がしてしまう。何の違和感もなく話せるのは、要治療で薬を飲んでいる洞性頻脈の人に限るのだ。

洞性頻脈は健康な人間にも起きるので、治療が必要な場合にも放っておかれやすい。その逆に、一時的なものとして放っておくべきところを投薬治療を受けているせいで、ひどい血圧低下とか心不全気味になるといった、本来は悩まされずに済む副作用に悩んでいる人も多いのかもしれない。

治療が必要な洞性頻脈は、ホルター心電図(24時間心電図)でわかりやすい。月に何度か起きるような発作型の不整脈は、携帯型心電計でわかりやすい。

大抵の不整脈は、ホルター心電図か携帯型心電計で拾えるのではないかと思う。循環器専門の病院であれば、いえば、貸して貰えるはずだ。これらの検査を受けられないまま、ドクターショッピングを続けるより、ドクターに申し出てでも試してみる方をおすすめする。

更新した記事「治療中の疾患と服用中の薬について」に追加した、洞性頻脈に関する拙過去記事をここでも紹介しておく。

以下は、循環器クリニックで出していただいた薬。冠攣縮性狭心症の発作時に使用するミオコールスプレーとニトロペンはまだあるので、今回は出していただかなかった。

心臓の薬(60日分)

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg) 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg) 1回1Cap 朝・夕食後
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg) 1回1錠 朝・夕食後

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回2錠 毎食後 30日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤) 1個 吸入

ナンか、この記事書くのに時間がかかった。最後に、日赤の帰りに寄った百貨店6階のカフェ・ド・クリエで飲んだココアをアップしておこう。摂生を続けている自身へのご褒美のココアだった。

Co1

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治療中の疾患と服用中の薬について(2015年1月21日更新)

当ブログからカテゴリー「健康」のみ取り出し、ライブドアブログ「マダムNの体調ノート」を別に作っています。

そのブログは以前ジュゲムブログ「マダムNの体調日記」として開設し、その後ライブドアに引っ越したのでした。

引っ越し後にブログを確認すると、記事によっては行間が空きすぎるなど、不具合が出ていましたが、面倒で放置していました。

それを直そうと思い、改めてブログを閲覧してみると、何を書いているのか、わかりづらいと感じました。せめて、治療中の疾患と服用中の薬に関する情報くらいはわかりやすく表示しておかなくては……と思いました。

自分のための健康ブログとはいえ、公開設定にしている以上は、訪問者に「何か参考になることがあるかもしれませんよ」というスタンスで情報を提供していることになるのでしょうから。

で、当ブログにも同じ記事と小カテゴリー「健康№1(治療中の疾患と服用中の薬)」を追加することにした次第です。カテゴリーが増えすぎましたcoldsweats01

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

56歳の女性です。「健康」カテゴリーに含まれる記事は主に、受診するとき、先生に話す参考にすることを目的として記録しています。

✩現在、循環器クリニックで、以下の疾患の治療、経過観察を受けています。

洞性頻脈
1995年(37歳)、福岡県T市立病院にて、心エコー、心レントゲン、ホルター心電図で治療が必要なタイプの洞性頻脈と診断されました(洞性頻脈の多くは治療を必要としないようです)。
寝ても覚めても、一日中走り回っているような心電図といわれ、治療後の心レントゲンで、心臓が小さくなっているのが確認されました(正常なときは心臓が普通より小さなサイズと判明)。以来、ずっとインデラルで予防しています。

以下に、洞性頻脈のことを書いた記事を拾ってみました。

冠攣縮性狭心症
2005年2月17日から通院し始めた当市の循環器クリニックで、治療が必要な洞性頻脈に加えて冠攣縮性狭心症もありと診断されました。
冠攣縮性狭心症は、ニトロが効くことから疑われました。
心臓カテーテル検査による確定診断を受けていない冠攣縮性狭心症(疑い)については、セカンドオピニオンを受けています。
 ⇒http://elder.tea-nifty.com/blog/2008/08/10_8ced.html
     (ライン以下の続きに記事をコピーしておきます)
アイトロール・シグマート・ヘルベッサーのジェネリックで予防しています。発作時にはミオコールスプレー、外出用にニトロペン舌下錠を出していただいています。

心臓弁膜症
2013年1月22日に、心エコーで心臓弁膜症と診断されました。弁の締まりが悪いために血液が逆流している映像を確認させられました。異常があるのは 僧帽弁、三尖弁で、軽度です。心配いらないが、心臓弁膜症との自覚は必要とのことで、経過観察を受けています。

心房細動
2013年6月5日、携帯型心電計で心房細動らしき波形があり、予防のため、サンリズムを飲み始めました。

気管支喘息
2004年12月20日、大分県日田市から当市に引っ越すための作業中、咳がとまらなくなりました。日田市の病院で吸入と点滴で応急処置を受け、引っ越し先の当市で、呼吸器クリニックに飛び込みました。そこで、肺機能検査により気管支喘息と診断されました。フルタイドで予防しています。
呼吸器クリニックの閉院後は、循環器クリニックで診ていただいています。

腎臓結石
石ができやすいので、予防のため、ウロカルンを飲んでいます。

✩他に日赤の内分泌内科で副甲状腺の経過観察、それとの関連で整形外科・脳神経外科で骨腫瘍(ほぼ良性で間違いなし)の経過観察を受けています。

✩以下は、現在服用中の薬です。

心臓の薬

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg) 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg) 1回1Cap 朝・夕食後
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg) 1回1錠 朝・夕食後
  • ミオコールスプレー0.3mg 1回1噴霧(舌下使用) 胸痛発作時
  • ニトロペン舌下錠0.3㎎ 頓服 胸痛発作時 

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回3錠 毎食後 

気管支喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤) 1個 吸入

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "治療中の疾患と服用中の薬について(2015年1月21日更新)"

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2015年1月19日 (月)

歴史短編1のために #12 尼門跡寺院

尼門跡寺院について、調べていた。

きっかけは、以下の記事に書いたようなことからである。

  • 2014年11月19日 (水)
    歴史短編1のために #9 ゆっくり進むことに(今後の創作計画)。萬子媛の次男のホロスコープ。
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2014/11/9-eacb.html

    萬子媛の兄弟姉妹は、花山院家を継いだ定誠以外は、円利は禅寺へ、堯円は浄土真宗へはいって大僧正に。姉は英彦山座主に嫁ぎ、妹は、臨済宗単立の比丘尼御所(尼門跡寺院)で、「薄雲御所」とも呼ばれる総持院(現在、慈受院)へ入った。定誠、武家に嫁いだ萬子媛も結局は出家している。

尼門跡寺院の「門跡」とは、ウィキペディアによると「門跡(もんせき、もんぜき)は、皇族・貴族が住職を務める特定の寺院、あるいはその住職のこと」をいう。

門跡で検索してみたところ、以下の著作が出てきた。

あやめ艸日記―御寺御所大聖寺門跡花山院慈薫尼公
花山院 慈薫 (著), バーバラ ルーシュ (編集), 桂 美千代 (編集), & 2 その他
出版社: 淡交社 (2009/1/30)

平成18年に96歳の天寿を全うされた大聖寺27代門跡・花山院慈薫の随筆集で、図書館から借りて、読んでいるところだ。

萬子媛は、花山院家の21代・花山院定好の娘だが、花山院慈薫は31代・花山院家正(1834年 - 1840年)の娘。

花山院家の37代・花山院弘匡(1962年 - )によると、尼門跡寺院大聖寺の門跡は24代まで内親王だったが、明治以降は華族出身の子女が尼門跡寺院の法統をお守りするようになり、伯母・花山院慈薫にもお話があったという。

お経、仏典、和漢の書、和歌、哲学などを学び、児童文学や少女雑誌なども読んで育ち、13歳で剃髪。

大聖寺の宗旨は臨済宗系の単立で、本尊は釈迦如来。

ちなみに、萬子媛は黄檗宗の尼僧となったが、開祖・隠元隆琦は中国臨済宗の僧で、黄檗宗は臨済宗系であり、明朝風様式を伝えているといわれている。

編者のバーバラ・ルーシュはコロンビア大学名誉教授で、13世紀に活躍した無外如大禅尼について研究するようになり、この禅尼が大聖寺門跡と関係あることがわかったことから、大聖寺にお参りしたいと思ったそうだ。

バーバラ・ルーシュ「思い出の花輪を捧ぐ」に書かれた以下の箇所は興味深い。

このような経験を積み重ねてゆくにつれ、尼門跡寺院という制度があることがわかってきました。この制度は、日本の真なる文化財の一つともいえますが、十九世紀の廃仏毀釈令によってほとんど破壊されてしまいました。尼門跡寺院というのは、何かを抑えつけるところではなく、逆に解き放つところといえる存在であり、もしこのような場が存在しなかったら、日本のきわめて高い文化的教養をもった女性たちが幾世紀にもわたって活躍できなかっただろうと思われます。皇室由来の寺院におられた尼僧様たちが、和歌の古典的な形態をみがき上げ、『源氏物語』に関する文化、さらに茶道、華道、香道、年中行事などの保存にお勤めになられたのでございます。

萬子媛の妹(と姪もそうである。定誠の娘)が入った尼門跡寺院・総持院(現在、慈受院)について検索すると、2014年4月29日付の「慈受院住職の梶妙壽さん死去」というニュース記事が出てきた。

生前の法話が動画として公開されている。以下に紹介するのは、「諸行無常諸法無我」と題され、2009年3月31日に公開された動画。

公開されていた法話の動画はあらかた視聴した。気持ちが安らぎ、勉強になった。

瀬戸内寂聴の法話の動画もサイドに表示されていたので、そちらも視聴してみた。わたしは寂聴の法話を視聴すると、かえって不安に襲われてしまう。

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2015年1月17日 (土)

キンドル本『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

1月9日ごろ、メキシコのキンドルストアでお買い上げいただいたようです。メキシコでのお買い上げは初めてでした。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は32冊目のお買い上げでした。

  • 日本……16冊
  • アメリカ……13冊
  • イギリス……1冊
  • ドイツ……1冊
  • メキシコ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

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昨日の午前中、文学仲間のFさんからお電話あり。応募者の1人としての要望。

Fさんと前回電話でお話ししたとき、九州芸術祭文学賞について話していた。その話の続きなど、おしゃべりした。Fさんはこの日、午後からNHKカルチャーの文学講座だということだったので(Fさんは講師)、短めに切り上げた。

九州芸術祭文学賞について何を話していたかというと、彼のほうでは既に行動を起こしたそうだが、わたしも同感なので、九州文化協会に手紙を送るか、電話で話すか……いずれにせよ、応募者の1人として要望を伝えたいと思っているのだ。

九州芸術祭文学賞は、九州在住の年配者にとって、希望の星である。

年をとると、デビューに結びつく、中央の大手出版社の新人賞に応募しても通りにくいので、年配者は必然的に地方の文学賞に流れる。

年をとらない人間など、いない。昨日の若者も、明日は老人である。文学のような経験を生かせる分野では、年をとっても創作を続け、デビューしたいと願い続ける人も多いだろう。脳がやられない限り、創作はできるのだ。

地方の文学賞でありながら、中央の商業誌に発表の舞台を持ち、芥川賞候補になる夢を持たせてくれる九州芸術祭文学賞のような賞は希有な存在に思える。

地区選考を通れば、最終選考へ行けるのだ。地区選考には3人の選考委員がいて、全応募作を読んで貰える。

中央の賞に比べると、競争率の低い、まことにありがたい賞なのだが、このありがたい選考が応募者にとっては、案外ネックともなるのだ。

他の地区選考が同じかどうかはわからないが、ここの場合は、3人の地区選考委員が5作ずつ選び、2人に選ばれた作品と3人に選ばれた作品を中心に選考が進められるようだ。

応募者には常連も多く、1度や2度最終選考に行ったことのある応募者は多い。応募者にとっても地区選考委員にとっても、お互いに顔が見えすぎるのである。

それでやる気が湧く応募者もいるだろうが、やる気の失せる応募者も少なくないと思う。

で、Fさんと話していた主催者への要望は、応募者情報を伏せたうえで、毎回ランダムに異なる地区の選考委員が選考を担当するようなシステムにしてほしいというものだ。

ランダムなので、この地区の応募作をここの選考委員が担当することもあるだろう。ぐるぐる回すやり方でもいいかもしれない。

こうしたシステムのデメリットもあるだろうが、年配者たちが何回もチャレンジする可能性の高い賞であるだけに、毎回違った顔ぶれの選考委員に選考して貰えるほうが違った結果が期待でき、やる気が湧くのではないかと思う。

選考委員のほうも、そのほうが新鮮な気持ちで選考に臨めて、豊富な人材もより生かせるのではないだろうか?

要望が多ければ、主催者を動かす力ともなりうる(可能性がある)。Fさん、わたしだけでなく、現選考システムに何か要望のある方は、それを伝えてみては如何かと思う。

わたし自身は、要望を伝える前にもう少し考えてみたいと思っている。

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2015年1月16日 (金)

本日、初の歴史小説に戻りました

5短編を書いて、まとめる形としたいのですか、最初に祐徳院(花山院萬子媛)を中心にした短編を昨年冬になって書き始めたところ、途中で行き詰まってしまいました。

話を進めるごとにプロットの甘さ、知識不足を感じないわけにはいきませんでした。特に、二人の黒衣の宰相――天海、崇伝と林家三代――羅山、鵞峰、鳳岡に関する勉強不足が祟りました。

今日、日光東照宮を調べていたら、行きたくなりました。日光東照宮も見ずして江戸時代を舞台に小説を書こうとするわたし……ほほほ……。

高校の修学旅行で、前年までは東京・日光だったのに、わたしたちの年は「大人になったら東京くらいいくらでも行けるだろうから」ということで、長野になりました。

長野もよかったのですが、東京はともかく、未だに日光に行けていないことを考えると、東京・日光から変更になってしまったことが残念です。

せめてネットで……

大名たちの奉納の数々……。ちなみに、日光東照宮の水屋は鍋島勝茂の奉納。オランダ東インド会社から奉納されたオランダ灯籠、朝鮮国使から奉納された朝鮮鐘があったり……将軍への忠誠を誓った大名たち、外交図も見ることができますね。

英彦山にも行きたいのですが、日田市にいたころからすると、遠くなってしまいました。英彦山には、春から夏の間のどこかで行きたいと思っています。

二人の黒衣の宰相については、ざっとまとめておかなくては。

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2015年1月14日 (水)

ちょっと楽しい文具

B6

向かって右は、消えるボールペンです。これ、初体験。娘が便利というので、使ってみることにしました。

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キンドル本『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

1月6日ごろ、アメリカのキンドルストアでお買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は31冊目のお買い上げでした。

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サンプルをダウンロードできます。
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2015年1月13日 (火)

「詩人」(蔵出しの愚にもつかない自作詩)

短編の校正を昨夜から今まで、可能な限りパソコンの前に座って、ずう~っとやっていました。気になって仕方がないので、パソコンに吸い寄せられたようにそこへ行ってしまい、家事をしていても上の空でした。

自信のある部分だけ家族に朗読して聴かせたら、夫は含みのある表情に明るい目をして「うん」といい、娘は「おお、綺麗」といってくれました。

まあ、それだけでも書いた甲斐がありました。

短い作品なのに、校正すればするほど、書き直したくなる箇所が出てきて、間違い虫と不適切虫が交尾して、子供がゾロゾロ……退治に次ぐ退治で(モグラ叩き状態)、ついに脳貧血気味になり、フラフラです。

そういえば、大学時代、文芸部に入って初めて書いた詩の冒頭が「朝っぱらから もうふらふらだ」でした。この冒頭が受けて、一時、文芸部の流行語になりました。

天袋を探すと、怖ろしいことにその詩を書きつけたノートがありました。「詩人」というタイトルでした。

なぜ、詩人を碧眼にしたのか、謎です。ムード的なものかしら。それなら、「日本酒」など出さなければいいのに。

それに、この詩人の酔い方は如何にも月並みで俗っぽく、ミューズのお酒に酔っているとはいいがたいですわね。まさに、突っ込みどころ満載です。

このときから38年経った今では、これを詩人とは呼べません。その後、わたしが詩人と呼ぶようになったのは、同じ文芸部の女性先輩でした。

彼女が亡くなってから追悼の思いを込めて小説にしました。彼女がモデルですが、勿論フィクションです。Amazonのキンドルストアで売っています。日記体小説で、面白いといった内容ではありませんが。

詩人の死

わたしが詩人と呼んだ女友達の詩は以下のカテゴリーに収録された記事でお読みになれます。

さすがに合評会では、「朝っぱらから もうふらふらだ」の「詩人」について、詩作はこんなものではないだろう、という意見が多かったように思いますが、愚にもつかない内容のこれを、新入部員を可愛がって流行語にしてくれたのでしょうね。

わたしが自分に詩作の才能がないことを自覚するまでに、そう時間はかかりませんでした(ざっと三年ばかり)、ハイ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「詩人」

朝っぱらから もうふらふらだ。
瞼はすっかり疲れきって しばたくたびに
か細いため息を洩らす。
だが その奥の碧い瞳を見たまえ。
熱病病みのような光のオブラートにくるまれて
情熱が目覚めようとしている。
小さな二個のビー玉は
この世界のどんなに精巧な望遠鏡よりも
遙かなものを映し出し
どんな顕微鏡よりも 繊細なメスを滑らすだろう。
だが、それもビー玉が曇ってりゃ同じこと。
何にも見えやしない。
ただの一色に塗りかえてしまえば 絶望的だ!
そんなビー玉は捨ててしまえ。
盲目のあの児は それでもほしがって
しろい寝床から小さな手を伸ばす。
朝っぱらから もうふらふらだ。
日本酒だって? いや違う。
ウィスキーかって? 冗談じゃない。
これは年代物で、甘美な香りがする。
だれでも酔えるわけじゃない。
いい気持ちになって やがては哀しくなる。
この酒瓶を抱えて 彼は
古びた椅子にどっかと腰下ろし
頭の中から縺れた糸を ひっぱり出すと
不器用な女みたいにぎこちなく
編物を始める。
鼻のてっぺんに汗をにじませて……せっせと。

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2015年1月12日 (月)

短編小説、一丁上がり!

7枚追加で(朝の2枚を加えれば、9枚)2枚削り、10枚の短編――掌編の域か――、一丁上がり!

ああ楽しかった。まだ粗いので、手直しは必要だが、遅くとも週末には初の歴史小説に戻れそうだ。

夏目漱石に関する評論を書いて賞に応募したいが、今年は無理かもしれない。どこか見つかれば、そちらも気にかかってくるだろうけれど、とにかく歴史短編を仕上げなくては。

短編といっても、こちらは70枚~100枚書きたいし、まだ調べ物が必要なだけでなく、うまくまとまっていず、プロットも適当すぎて、このままでは使えない。

昨年書き始めて挫折したのも当然だった。

冷凍していたホタテを自然解凍しているところ。お刺身にしたい。ブロッコリーと油揚げと豆腐を使った煮びたしは土井善晴先生のレシピ。きゅうりのマヨネーズサラダ。味噌汁。

楽しく書けたので、身が軽い、軽い。エンター系に近い作風かも。

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2枚。ウロカルンが切れそう。

朝起きて、2枚書いた。

一気に書いて、早く歴史短編に行きたいが、わずか2枚で息切れ。

腎臓結石の予防薬ウロカルンが受診日よりだいぶ前に切れてしまう。それだけ貰いに行くこともできるけれど、行けば、受診とそれほど変わらないくらい時間がかかる。

ウロカルンを飲み始めてから、結石が尿管に落ちたときの何日か続く不快な症状や痛みが起きなくなった。小さな石のできやすいわたしにはよく効くようだ。

飲まなくなればどれくらいで石の症状が出てくるか、試してみたい気もするが、いざそうなると、何時間もが無駄になるなあ。

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2015年1月11日 (日)

「クローズアップ現代」の「広がる“読書ゼロ”~日本人に何が~」を視聴して考えた、意思疎通の問題

2014年12月10日(水)放送「クローズアップ現代」の「広がる“読書ゼロ”」を視聴してから、書きたいように書いた記事――特に冗談を交えて書いた記事――を一般公開することに不安を覚えるようになりました。

前の記事で、追記を書いたのも、もしかしたら冗談が通じないかもしれないという不安が生じたためでした。

番組には「1年くらい読んでない」男性、「3年に1冊読めばいい」という女性が出てきて驚かされましたが、日本人の読書量は相当に減っているようです。

読書ゼロの学生も多いようですが、インターネットは利用しているという特徴があるようです。

わたしは最近、本を読む習慣のある友人と読書ゼロに近い友人とでは、意思疎通の度合いに相当な開きが出てきたような気がしています。

友人と話していて、趣味や生活環境が異なっているというだけでは片付けられない、意思疎通の齟齬を覚えることがあり、それがなぜ起こってくるのかが以前はわかりませんでした。

が、話す頻度は高くないに拘わらず、意思疎通が円滑に行く友人との違いをピックアップして原因を探っていったら、意思疎通に齟齬のある友人には読書する習慣がなく、読書ゼロに近いという点に行き着きました。

で、これはわたしの推測の域を出ませんが、その人が自分とは関係のないことに対してはほとんど想像力が働かないために起こってくる意思疎通の齟齬ではないかと。読書の習慣は、このことに大いに関係していそうです。

中年になると、若いころとはまた異なるテーマで友人とあれこれ話したいことが出てくるのですが、相手が推理小説しか読まなかったとしても、ある新興宗教に偏った読書をしていたとしても、読書ゼロに近い友人とよりは話せるのです。全然違います。

互いに、うまく理解できなかったことは聞き返すし、理解して貰えなかったと思えば、言葉を尽くしてわかって貰おうとします。本好きの人は、そうしたことが嫌いではないことが多いということに気づきました。

本を読んでいるとき、内容がわからなくなれば、前のページに戻って読み直したりしますよね。それと同じ態度といえるのではないでしょうか。相手をわかることは悦びであり、相手に自分をわかって貰うことが幸福感につながるのです。

嫌いになったわけではないのに、何か話そうとするたびに制限がかかっているような感じがして、以前にも増して話せなくなった友人とは、心のふれあいができなかったような欲求不満や、いったことを誤解されたような不安が募っていきます。

その人に嫌われたからこうなるのだろうかと思ってしまった日々がありましたが、どうもそうではなく(その人のほうから連絡してくれるので……)、その人の語彙不足や知識不足からこちらの話すことがうまく理解できない、また自分の話したいことをうまく話せない可能性があるのではないかということに思い当たりました。

わたしたちの学生時代は嫌でも本を読まされたので、そのころは本を読む人と読まない人の差がそれほどでもなかった気がします。

しかし、中年になるまで生きているうちに、本を読まない人のほうは読む人に比べて、語彙が乏しくなり、目先の知識しかなくなっている場合があると思います(まるで文盲病に冒されていくかのよう)。

この点では、職業を持っていても、いなくても、関係ない気がします。職業を持っている人にも、専業主婦にも、同じ傾向の人があるからです。

高齢となった親戚の人のなかには、隠居暮らしとなってから図書館通いしている人が珍しくありません。以前は共通の話題を必死で探さねばならなかったのに、今は相手の態度に柔らかみが増したような感じがして、自然に話せるようになったのも、読書効果かと思えるのです。

それにしても、こうも本が読まれなくなったのであれば、わたしの電子書籍など、売れるほうが不自然なくらいかもしれません。

今年に入って、幸い2冊売れましたが、お買い上げいただいたのはいずれも外国のキンドルストアででした。

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2015年1月10日 (土)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ②カエルの恨み(追記あり)

癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率は……

①で書いた男友達から、「続報求む」というわたしの返信に応えて、新しいメールが届いていました。

全文をざっと読み、思わず「アハハハ……」と笑ってしまいました。

以下のような文章で始まっていました。

がんサバイバーなんて、そんなあ、なんかカッコ良いなあ
照れるなあ^_^;
あんまし褒めないでよ<(`^´)>
って胸張ってる場合じゃないか(^o^)

転移していた癌は抗癌剤で消えたようだけれど、CTで転移が認められないかを年末に検査し、その結果を今から聞きに行く、と前のメールにはありました。

実は、前のメールの深刻な内容には友人として相当な精神的ダメージを受けていたのですが、「とりあえず、CTでは転移は認められなかったようです。血液検査でも、腫瘍マーカーは平常値以内だったし」との報告にひとまずホッとしました。

ただ、大腸の狭窄した部分を切除して、つなぎ直す手術を受けなければならないそうです。それによってストーマ(人工肛門)を落とせるかどうかは微妙だそうで、彼は落とすことを望んでいます。

今度、身障者手帳の申請をするそうで、永久人工肛門ではないから4級が認められるかどうかわからないけど、もし認められたらストーマの装具の経済的負担が軽くなるとか。

癌の手術後のいろいろな症状や、なぜそうなるのかについて、わかりやすい詳細な説明があり、勉強になりましたが、読んでいてナンカ脳貧血起こしそうになりました。

そして、メールにはこんなことが書かれていました。

子供のころにカエルのお尻の穴に
ストロー(文字通り麦わら)突っ込んで、息をぷーって吹き込んで
カエルのお腹をパンクさせて遊んでたから、そのカエルの恨みか
バチが当たったんだって真剣に思った。カエルの恨みは恐ろしい。

読みながら笑いつつ、ひーと思いました。

そうか、カエルの恨みだったか、彼の直腸癌は。

幸い、カエルに対して、わたしはそれはやったことがないけれど、カエルを見るたび――特に炎天下でのびているカエルを見ると――罪悪感に駆られます。アリを見ても罪悪感に駆られる理由があるのですが、アリについては過去記事で書きました。ライン以下に全文引用しておきます。

現在わたしには糖尿病の危険信号が点滅しています。これは砂糖責めにされたアリの恨み?

アマガエルに対して何をしたかというと、2つのバケツいっぱいに田圃からアマガエルをとってきて、庭に持ってきたまではいいものの、それをどうするのか、使い途を考えていなかったわたしがバケツを放置している間に、飛び出たアマガエルが庭全体に散り、散ったそこここで一斉にゲコゲコ鳴き始めました。

夏の雨上がり、あるいは水やりをしたあとだったのかは、はっきりとは覚えていませんが、まばゆい光を受けた青々とした芝生の水滴がキラキラと輝いていたことを覚えています。

※「九州沖縄農業研究センター」のホームページに、九州における稲作の時期についての解説があり、「九州での平均的な田植えの時期(田植期)は、1950年代には6月下旬の後半(26~30日)であったのが2000年現在では6月中旬の前半(11~15日)と、2週間ほど早期化しています」とあります。田には水が張られていたので、梅雨の晴れ間だったのかもしれません。

その庭の芝生一面をカエルが埋め尽くした壮観な光景は記憶に焼きついています。このときわたしが叱られたのは母ではなく、わたしと妹が小さかったころは子守りとして、また大きくなってからは家政婦として来てくれていたおばさん。

優しいおばさんだったので、きつくは叱られませんでしたが、困り果てたような表情で、カエルを集めて田圃に帰すようにいわれました。

ですが、アマガエルは水から出したら、想像以上に弱い生きものなのですね。そのことを、わたしはこのとき知りました。

拾い集めようとしている間に、沢山のカエルたちは強い日射しを浴びて、次々にのびてしまったのです。庭一面に、白いおなかを見せてひっくり返ったカエルたち。その光景もまた壮観でしたが、カエルたちをそのあとどうしたのかは、記憶にありません。

わたしはあまり水を飲まず、体が乾燥しやすいようです。人並みだと思っていましたが、意識的に水を飲まないと、すぐに腎臓結石ができてしまいます。それが尿管に落ちてきたときの痛さといったら……

これも、沢山のカエルを乾燥状態に置いた恨み?

西洋占星術で見ると、わたしの月は火の星座の牡羊座にあり、上昇宮も火の星座の獅子座なので、乾燥しやすい体質ではないかとも思えます。

牡羊座が示す体の部位は頭部、獅子座は心臓など。検査のためとはいえ、頭蓋骨を抉る手術を受け、心臓のトラブルは当ブログの古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

火星、金星がいる星座の示す部位も健康に関係するといいますね。わたしの場合は火星が山羊座で、金星が水瓶座です。山羊座は骨。骨腫瘍、関節のトラブルも、古くからの閲覧者であれば、ご存知のところ。

1日違いの男友達の出生時間を訊いて、ホロスコープを作成してみたくなりました。

それにしてもねえ。これを閲覧なさっているあなたは、子供のころ、小さないきものに残酷なことをしませんでしたか?

入院中の面白い話はまた今度ね。
抗癌剤治療の副作用についても。禿たりはしてないよ(^o^)
ではまた。

と、メールは結ばれていました。

わたしのほうが禿げてきたわよ。彼の癌年賀・癌メール(もはや連絡のないのが一番のストレス)、湿疹、閉経、創作に行き詰まると頭を掻きむしる癖……禿げないほうがおかしい。

女性の薄毛、抜け毛について、改善策を求め、ネット検索しているところです。中年太りの悩みが遠のいたと思ったら、今度はこれよ。

追記:

カエルの恨み、アリの恨みを神秘主義的に解釈すると、こうした物事の展開はカエルやアリが惹き起こすものではなく、本人自身が招いた事態――つまりカルマの表れということになります。宇宙のバランス感覚の表れですね。小さな生きものに対してであれ、自分がしたことは自分に返ってくるのです。ブーメランのように。

だからといって、それがこのようなかたちで返ってくるとは考えにくいですね。

勿論、糞真面目なこんなことを彼にメールしたりはしません。わたしと彼とのやりとりには常に真面目さと冗談が混ざっていて、お互いがいろいろと複雑なことをわかっているということを前提に、あれこれ含みを持たせて書いています。それができるから、「本当に友人と呼べる人」なのです。

わたしが記事に書いたことをそのまま受け取られても困ると思ったので、付け加えておきます。

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2015年1月 9日 (金)

家事か創作かで、迷う午後

今後の人生において家事か創作かの二者択一に迷っているという大それたことではなく、単にこの午後限りの迷いにすぎない。

夕食の支度にとりかかるまでの時間をどちらに使うかで、迷っているというだけだ。

そしてこの記事を書いているということは、既に答えは出ており、今日の夕方までの貴重な時間を家事(とブログの更新)に捧げることにしたということでもある。

365日、この迷いを抱えながら、日々を過ごしてきた。

家事と創作のどちらに重きを置くかで、1日が違ってくる。どちらかが犠牲になる。

創作の下準備なら、家事と並行しながらでもできる。

今は純文学の短編小説を書いており、かなり前から計画はあったものの、本格的に手をつけたのは昨日からで、昨日は創作のために家事を犠牲にしたお陰で、計画とは異なる作風、別の主題による展開になったとはいえ、完成の見通しが立った。

が、家事はどたばた喜劇のようになり、掃除機はどうしてもかけたかった一部だけかけただけで、室内の見苦しいところを調えた程度。何にしても狭いマンションには家族の本が溢れ(家族全員本好き。夫もわたしも昔から持っている本を捨てられない)、常に見苦しさはつきまとうのだけれど。

昨日、洗濯物は……どうしたかな……覚えていない。室内に干したままだったか、外に出したのかさえ。天気がよければ四季を通じてベランダに干すので、出したとは思うが、記憶が欠落。

天気がどうだったかさえ記憶にないほど、昨日は創作に熱中していたというわけだ。

食器は夫が一部分、洗ってくれた。定年退職後の再就職で夫が家で過ごす時間が増えたぶん、洗う食器の量が増えたので、気が向いたとき程度のサポートでも、本当に助かる。

それで、余裕をもって夕食の支度ができ、夫は食後のコーヒーをゆっくりと飲み、ステンレスマグに入れた紅茶を持って出勤した(ホテルの夜間フロント&警備の仕事。2日か3日行って休みというパターン)。

創作に熱中するとき、食器洗いが案外ネックになる。創作に熱中していると、すぐに洗おうと思いながら、洗いかけてはパソコンの前に戻ってしまい、最悪の場合は夕食作りのときまでそのままだったりする。

臭うので、調理器具や食器の汚れはさっと水で落とし、生ゴミはこまめに捨ててあるが、料理を急がねばならないとなると、これらの洗い物に時間をとっていられない。

必要なものだけ洗いながら料理が進行するので、終わったときは大量の洗い物が流しに溜まっているということになる。洗濯物もとえたきりで創作に戻ったりするから、山を作る。冬などは外に干しても室内に干しても、ストーブで乾かしてやらなければならないことも多い。

で、創作に時間をかけた日ほど、短時間で多くの家事をやらなければならなくなるが、うまく書けたときはそれが苦にならない。世に出られようが、出られまいが、自分は物書きという芸術家の端くれであり、それを続ける義務さえあるという自負心に、心はほのかに輝くのだ。いや、ホント。

逆に、うまくいかなかったときは疲労度も2倍、3倍となる。お金にならないことを、外へ働きに出ることもなく、家事、いや家族すら犠牲にしてやってきた……何にもならない馬鹿な人生を送ってきた……もう取り返しがつかない、という罪悪感に苦しめられる。

この葛藤は、早くも作家になるつもりでいた中学時代からあったもので、そのころは学校の勉強か創作かという葛藤だった。かれこれ40年以上、身を引き裂かれるような葛藤に自身を置いてきたわけだ。

病気はそこに発症した。

今でこそ、主婦としての役割が減ったため、病気ではあってもそれほど無理なくやれるが、子育て時代、病気を抱えながら賞狙いや本来の真摯な創作をどうやってこなしていたのか、うまく思い出せない。

当時借りていた古い大きな家の図書室――と呼んでいた――で、創作のために夜通し過ごし、よくそこで朝を迎えていたことを思い出す。2日くらいの徹夜は珍しくなかった。今は徹夜をしたら昼間寝るから、本当の徹夜をすることは少ないが、当時は昼間はほとんど寝られなかったと思う。心臓がいかれるはずだ。

それに、あの古い大きな借家は、物凄く手がかかった。

専業主婦といっても、結局家で仕事をしている兼業主婦だと思う。お金を稼げないぶん、みじめな心理状態に置かれやすく、またお金で家事を誤魔化せず、子供の受験時代は公文教室だけで進学塾にはやれなかったぶん(公文教室の先生が高校になっても中学の料金にしてくださって、ありがたかった)、受験関係のリサーチには時間をかけた。

何とか家で稼げないかと校正の通信講座を受け、宛名書きの内職などしたが、お金にならず。そのぶん、創作の時間が減っただけだった。外での仕事も探したが、家族に家事の協力をあまり望めず、となると体力が持ちそうになかったので、見合わせた。

こんなことを書いていると、現在自分がどれほど恵まれた創作環境にいるかが改めてわかる。将来の不安はある。が、計算し、考えた結果、この生活を続けるほうがいいという結論なのだ。これでやっていけなくなったときは「ミューズよ、何ゆえ我を見捨てたもうや」と天に問いかけるだけだ。

今日は、午後に入ってからも創作か家事かで迷いつつ、並行して行っていた。パソコンの前に行けばすぐ書けるわけではなく、精神も魂も創作のレベルまで持っていかなくてはならない。大学時代、文芸部ではこれを「気分作り」と呼んでいた。

あれこれ、それに役立ちそうな文章を拾い読みしたり、音楽を聴いたりしながら、創作にふさわしい内的な調べを作り出す。時間をかけても、それに成功する日は少ない。それができないうちに無理に書き出しても、気のこもらない文章では先が続かない。頭の中ではイバラバラになったイメージが浮遊するばかりとなる。

午後になって、今日はいけそうだと感じ、余裕のある気持ちでベランダの掃除だけでも先にと出た。すると、鳩の若夫婦が物置の上にいた。微笑ましい光景だったが、物置のドアを叩いて追い立て、見ると、やはり鳩の糞がいっぱい。

これで、今日は家事の日となった。

頭の中では小説は最後まで出来上がっている。だが、実際に書いてみなければ、どうなるかはわからない。そのためには集中できる時間が必要だ。今日は夕方までの5時間がほしかった。

でも、鳩の糞の掃除に時間を食い、前日の家事の手抜きが祟って、今日の創作を断念したわけだ。

可能なら家事を終えた夜に小説を進めたいが、家事で疲れた夜には、精々2時間か3時間。気分作りのやり直しで、結局、先に進めることは難しいだろう。

わたしの創作は、体力の充実した昼間に行うのが理想的だ。しかし、洗濯や掃除などの家事によいのも当然、昼間。

毎日、毎日、何かを犠牲にしつつ時間を溜めて創作に惜しげもなく使う。それでも、出来上がるものはごくわずかで、それが価値のあるものかどうかとなると、ご存じなのはミューズだけだ。

無駄なことを続けているのではないかという疑いほど、怖いものはない。

今日は魚料理。魚は煮付けにし、酢の物、蓮根の油炒め、だし巻き卵など作って、純和風といこう。

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2015年1月 8日 (木)

初創作。年賀状。

自分のために書きたい神秘主義短編があると過去記事で書いたが、書き始めたら幻想短編になってきた。

書きたいと思った小説とは違ってきたので、放り出したくなった。しかし、そうすると、気分が乗らないまま書き損じを重ねそうな不安を覚え、プロットを練り直した。

まだ正月気分が抜けないのか、全く書く気分になれなかった。

が、書き始めたからには完成させよう。

プロットを練り直して別物にすると決め、書き出してからは、結構楽しくなってきた。まだ400字詰原稿用紙にして3枚だけれど。

初の歴史小説に入るまえの適度なウォーミングアップになりそう。

昨日からプラトンの「クリティアス」を読み返していた。アトランティス王国のことを書いた未完の作品で、わたしにはそれほど面白いとは思えないのだが、この作品には気になる箇所がいくつかある。

関連のある「テアイテトス」を読み返したら、その点について書きたいが、読む時間があるかしら。

その時間もなさそうなのに、「クリティアス」を読んだらフランシス・ベーコンの「ニュー・アトランティス」も再読したくなった。

人間の陥りやすい誤りを4つのイドラ(幻像)として述べた「ノヴム・オルガヌム」とユートピア物語「ニュー・アトランティス」を初めて読んだのは大学時代だが、イドラというと当時も今もイソギンチャクを連想してしまう。

「ニュー・アトランティス」の内容は忘れてしまった。本棚を探してもないので、図書館から借りて読んだのだろうか? どうしてもすぐに読みたくなり、キンドルでないかAmazonに行ってみたが、キンドルでは出ていなかった。

プラトン、プロティノス、諸子百家、フランシス・ベーコン、ロックなど読んでいたころの幸せな読書体験を思い出す。

あれこれ気を散らさず、短編を仕上げ、初の歴史小説に入らなくては。

初の歴史小説、5編の短編を書いてまとめる予定だが、最初の短編……全然自信がない。

年賀状、どの年賀状もありがたく拝読したが、高校時代の国語の先生は、年賀状に「文学への精進、頑張られることを期待しております」とお書きになっていた。

「卑弥呼をめぐる私的考察」を書いたときに親切にしていただいた歴史作家の中津攸子さんも、「豊かなご発想とご活躍を」とお書きになっていた。神智学関係の知り合いも「萬子媛は出来ましたか?」とお書きになっていた。

周囲に宣伝し、激励していただいたのは嬉しいが、果たして仕上げられるのだろうか?

ところで、何年も毎年元旦に届いていた年賀状のうち、5枚ほどがまだ届かない。5枚ともなると、その人々に何かあったと考えるより、郵便事故の可能性のほうを考えてしまう。

夫の親友からクリスマスに「年賀状、投函したよ。読んでね」とメールがあったのだが、年賀状が届いたのは3日。年賀状の届きかたが、今年は特におかしかった。

年賀状で安否確認している、年賀状のみのやりとりとなっている人々があり、来ないと気にかかってしまう。

創作に乗れない原因は、正月気分から抜けていないことより、このことかもしれない。まあ年賀状のことだから、これも正月気分のうちに含まれないこともないが。

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2015年1月 6日 (火)

クラムチャウダー。スプレー式ホイップクリーム。

服部先生のレシピを参考にして、クラムチャウダーを作りました。

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あさりがあれば、簡単にできるクラムチャウダー。服部先生のレシピを過去記事で紹介していますが、再掲します。

 キング41から。材料は4人分です。

あさり(殻つき)300g、白ワイン1/2カップ、玉ねぎ1個、にんじん1/2本、じゃがいも1個、さやいんげん10本、ベーコン(薄切り)80g、牛乳1と1/2カップ、生クリーム1と1/2カップ、スープ2カップ、パセリのみじん切り少々、クラッカー適量。塩、こしょう、バター。

  1. あさりは海水程度の塩水で塩を吐かせる。貝をこすり合わせるように洗い、水気を切る。貝をこすり合わせるように洗い、水気をきる。フライパンか鍋に入れてワインを加え、蓋をして酒蒸しにする。
  2. 野菜とベーコンは小さな角切りにし、じゃがいもは水につけてアクを抜いてから水気をきる。鍋にバター30gを入れて全体に脂がまわるまでよく炒める。
  3. ②にスープ、①のあさりの蒸し汁を加え、ゆっくり煮込む。途中アクが出ればすくう。野菜に火が通ってやわらかくなったら、①のあさりを加える。
  4. ③に牛乳を加えて、煮立ちかけたら、生クリームを加えて風味をつけ、火をとめる。最後に、味をみて塩とこしょう各少々で調味する。器に盛ってパセリを振り、好みの量のクラッカーを割ってかける。

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アップし忘れていたお雑煮。

昆布と削り節で出汁をとり、しょうゆ、みりん、塩少々で濃いめに味付け。お餅に染みておいしいように。

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かつお菜、蒲鉾。

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このお餅、美味しい。

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スプレー式ホイップクリーム。喫茶店のウィンナ・コーヒーのホイップクリームに比べると、すぐに溶けてしまいますが、濃いクリームが散らばってコーヒーが汚く濁ることのないのが、わたしはむしろ気に入っています。

家族でこれに夢中。

ところで、ウィンナー・コーヒーで検索したら、コーヒーにウィンナー・ソーセージを1本から何本も浮かべたものまで、沢山の画像が出てきて驚きました。何これ?

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癌と闘っている、双子みたいな気のする男友達 ①5年生存率が18%弱

過去記事で書いたことを、長くなりますが、引用します。

 昨年の11月25日に以下のような夢を見ました。

建物の立ち並ぶ、どことなくレトロな街。そこに我が家があるのだが、火事が発生する。道路沿いから裏手のほうへ火が回りかけている。道路の角を曲がるときに見ると、白木造りの家屋の至るところから真っ白い煙が出ている。ここまで火が来ているとしたら、裏手の逆端に近いところにある我が家も危ないのではないかと思う。土手のようになった道路に警官がいて、何か指示している。

 この夢が気になっていたところ、大学時代からの男友達から来た年賀状がこれまた晴天の霹靂というべき内容でした。

 彼は、誕生日がわたしと1日違いの本当に友人と呼べる人でしたが、結婚後は年賀状の遣り取りのみになっていました。年賀状に、とても小さな字で「今、元気にがん患者やっています。直腸ガン。2回目の抗がん剤治療中です。外来でやってます。あと1回抗がん剤入れて、2月の中旬に手術予定」とありました。

 昔、大学の第1食堂でしたか、同じ法学部だった彼と授業後などによくカップコーヒーを飲みながら色々と語り合いました。誕生日が近いせいか、考え方や感じ方がそっくりで、双子のように感じることがありました。

 互いの恋人のことも話したりしました。夫を見た彼はなぜか、「こ、怖い……」といいましたっけ。彼が書いた、『緑色の大地』というSFみたいな変わった小説のことはまだ覚えています。

 就職とアパートを決めたことを母に知らせた翌日に何と母が倒れたので、わたしは帰省してそのまま病院の母の傍で数ヶ月を過ごしました(拙手記『枕許からのレポート』参照)。

 就職がおじゃんになり、先の見通しがつかない失意の状態のときに、彼が来てくれました。わたしを何とか物にしようとしていた夫も、よく高級なメロンなど持って母を見舞ってくれましたが、彼は真の友情から一度だけただ来てくれ、勇気づけてくれたのでした。

 アーモンド型をした女性的にすら見える彼の目に宿った綺麗な光を覚えています。このときの彼をモデルにして、わたしは『どこか別の美しい街』(『露草』から改題)という小説を書きました。これはやや倒錯的(?)な小説になりましたが、電子書籍にする予定ながら、まだできていません。まだ表紙だけ。

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これが昨年の出来事でした。

今年の年賀状が来なかったら、もう……と息苦しい思いで待っていたところへ、年賀状が来ましたが、昨年の時点で5年生存率が18%弱といわれたとか。あと4年を頑張りたいとありました。

わたしも彼もメールアドレスと電話番号は連絡し合っていましたが、結婚後のやりとりは一度例外があっただけで、あとはずっと年賀状だけのやりとりでした。

一度の例外というのは、彼のいた会社がだめになったときでした。幸い再就職はうまくいったようでした。

年賀状に続いて今日、メールもあり、病気の詳しい経過が記されていました。

明るい文面で元気に癌患者やっているということですが、暗いときには凄く暗いことを――人間ですものね――大学時代から知っています。

彼が治療を受けている福岡県の大学病院には行ったことがあるので、返信にそうしたこととか、神秘主義的なことを話したことはなかったのに(SF的なことはよく話しましたが)、以下のようなことを書きました。ん?でしょうけれど。

眠れないときなんかは、時間を有効活用?するためにも、おなかの中いっぱいに綺麗な白い光がシャワーみたいに降り注いでいるところを想像してみるといいかも。
内科的なことには効きにくいけれど、外科的なことであれば、効くこともあるよ。癌に効くかどうかは、癌になったことがないからわかりません。

そういえば、同じ大学時代の女友達Rちゃんも、職場で知り合った10歳年上の女友達が膵癌で、その人は仕事をしながら、活動的に明るく癌患者やっているといっていました。Rちゃんの頭の中には絶えず、その女友達のことがあるようです。

神智学の仲間で、直腸癌に倒れた人がいました。

当時やっていた神智学関係の集会のあと、手塚治虫にそっくりな年輩の男性、医大生だった青年、わたしの三人で集会後によく喫茶店へ行き、本当に楽しく神秘主義的なことを話しましたが、手塚治虫そっくりだったその男性が直腸癌になりました。

物凄くサボテンに詳しい人でした。その人が亡くなったあと、夢の中で一緒に馬を乗り回す夢を見たことがあります。

読書の習慣をつけてくれた中学校時代の恩師も、直腸癌で亡くなりました。初の歴史小説でお世話になっている郷土史家に出会う前、その恩師の夢を見ました。知り合いだった可能性があり、恩師の導きだと思っています。

男と女という性の違いを超えて友情を育めた、わたしにはとても爽やかに映った人たちが同じ癌にかかり、亡くなったりするのは耐えがたいものです。

男友達も大変なサバイバルに違いありません。ご家族のためにも、頑張ってほしい思いです。

直腸癌は痔と紛らわしいので、発見が遅れがちになるのかもしれません。男友達も痔かと思って病院へ行ったと書いています。

創作にとりかからなければなりませんが、その前に自分のために書きたいと思っていた短編の純文学小説を書いておきたいと考えています。神秘主義的カラーの強い小説ですが、幻想的な美しい小説を書いてみたいのです。『どこか別の美しい街』と合わせて本にするかもしれません。

頭の中ではだいたい出来上がっているのですが、すんなり出てきてくれません。それを終えたら、初の歴史小説にダイビングです。

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2015年1月 3日 (土)

山岸凉子「レベレーション―啓示―」第1回を読んで

週刊 モーニング 2015年 1/15号 [雑誌]
出版社: 講談社; 週刊版 (2014/12/25)

どうです、このジャンヌ・ダルク。力のこもった表紙絵からも、山岸凉子先生の復活が充分に感じられるというものです。

「テレプシコーラ」終了後、もう一つパッとしなかった山岸先生。美内すずえ先生の「ガラスの仮面」は一向に完結せず、40年ぶりに出た池田理代子先生の「ベルサイユのばら」新刊のオスカルの顔は変。

一世を風靡した先生方も、さすがに、もうお年というべきなのだろうか……と淋しく思っていたところへ、山岸先生、新連載の朗報。そして、このジャンヌ・ダルク。いや、山岸先生はまだいける!と確信した次第。

以下、ネタバレあり、注意!

第1回では、まず刑場に曳かれていくジャンヌの姿がクローズアップされ、そこから場面が変わって、13歳のジャンヌが暮らす村の様子、時代背景が描かれます。

勘が鋭そうなジャンヌは、結婚した姉カトリーヌが一見軟弱そうな夫に暴力をふるわれているのではないかと案じますが、そんな折、教会の方から光が射し、ジャンヌが初めての啓示を享ける、ある絶頂感が描かれます。

完全なネタバレになってしまうので、最終ページに書かれたジャンヌの言葉は書きませんが、この言葉は読むに値します。光――啓示――の性質がどんなものであったかを、山岸凉子が科学風に分析しているのです。

ジャンヌは初めて浴びた超自然的な、自分を招いた光のことを刑場に曳かれながら思い出しています。

思い出しているジャンヌと、思い出されているジャンヌの表情の違い……。

思い出しているジャンヌの表情は、いわゆる世に流布されている聖女ジャンヌ像とは違う、すさんだ、痛ましい内面をさらけ出しています。

山岸凉子がどんなジャンヌ像を創り上げようとしているのか、興味深いところです。

これはレビューから離れますが、わたしには昔からキリスト教について個人的に抱いている疑問があって、それは殉教という概念です。

神(または、それに準ずる聖なる存在)がある人物にあることをするように命じ(あるいは懇願し)、命令(懇願)に従ってそれを行えば、天国のご褒美が与えられる――しかし、その前に受難があるという、このパターンがわたしにはどうしてもわからないのですね。

他の宗教者にも、信ずるところに命を賭け、結果的にそれで命を落とすことがかつてあっただろうし、今もあるでしょう。現に、チベット自治区での出来事として、中国の圧政に対して抗議の焼身自殺を行う僧侶たちのことが報道されることがあります。

そうした僧侶たちの行為を、受難とは呼ばない気がします。あくまで、彼らが自らの信念と責任に基づいて行う抗議の自殺なのではないでしょうか。

自殺という手段がよいものではないことは、僧侶自らわかってのことでしょう。この世への絶望感から追い詰められた僧侶たちは、自らを犠牲にし、つかのま燃え盛る松明となることで人々の良識に訴えかけようとするのでしょうか。

それは、あまりにも痛ましく、怖ろしい、宗教者の純粋すぎる愚行と映ります。

ルルドで聖母体験をしたベルナデッタを描いたルネ・ローランサン『ベルナデッタ』(ミルサン&五十嵐茂雄共訳、ドン・ボスコ社、1982年3版)はわたしの愛読書ですが、拷問や刑死ではなかったとはいえ、死に至るまでの凄まじいばかりのベルナデッタの病苦はわたしには怖ろしいと感じられ、上記パターンに当てはまるような気がします。

なぜ愛読書かというと、あちこちに挟まれたベルナデッタの写真の顔と、素朴でありながら率直で理知的、時にユーモアを湛えている言葉が好きだからです。

ジャンヌ・ダルクについて書かれた本もこれまでに数冊読みましたが、ジャンヌがいったとされる言葉には、ベルナデッタとの共通点が見られるように思いました。

すなわち素朴さ(飾り気のなさ)、率直、理知的、機知という点です。

1412年生まれのジャンヌは、読み書きの教育を受けていなかったようです。日本では室町時代です。1844年生まれのベルナデッタは、学校や修道院などで教育を受けました。日本では江戸幕府の第12代征夷大将軍、徳川家慶の時代です。

聖なる存在に接していながら(大天使ミシェル、聖カトリーヌ、聖マルグリットの姿を幻視し、「声」を聴いたとされます)、否、接したゆえにとさえ思われるジャンヌの受難。

利用され、捨てられる。

イエスでさえ十字架上で、今際のきわに「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたとマタイ、マルコは伝えています。

神秘主義的(神智学的)に解釈すると、人間であれば、どんなにできた人物であれ、高級な界から低級な界を内的に行き来しながら生きています。その七つの界に対応できる七つの本質が、人間には備わっているといわれます。

イエス、ジャンヌ、ベルナデッタにしても、この世に生きていたからには同じで、下の界に意識があるときほど、人間の内なる神性は弱められ、苦しむでしょう。十字架上のイエスはその弱い人間としての素顔をさらけ出したのではないかと考えられます。

その逆に、高級我としての内なる人間は聖なる存在と同格と考えられるので、依頼されたときは同格の立場だったともいえるのではないでしょうか。

が、何にせよ、キリスト教の神、聖なる存在がわたしには度を超えて強制的、お節介(?)に感じられてしまうのですね。

召命され、目的が達せられたあとに無残に捨てられるという、この現象は何なのだろう、とずっと疑問に思ってきました。

レビューが横道に逸れてしまいましたが、その解明の手がかりを「レベレーション」にちょっと期待したくなったわたしです。

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2015年1月 2日 (金)

初作句 七句

元旦から二日にかけて、七句作りました。最後の句は俗語を含んでいます。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 

御 降 り に 白 あ る 街 の 景 色 か な

御 降 り に 人 走 る な り 近 隣 図

 姪孫 一句

赤 ん 坊 の 面 の 花 あ り 年 賀 状

 息子と電話で話す 一句

初 電 話 仕 事 の か ご と 聴 く 夕 べ

 初出勤の娘 一句

遅 く 出 て 早 く 帰 る や 初 仕 事

読 初 や 溜 む る ば か り の 必 読 書

積 ん 読 の 上 よ り 取 り て 読 始 む

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2015年1月 1日 (木)

大晦日のオープンサンド

大晦日の献立にはいつも迷うのですが、昨年の大晦日にしたオープンサンドが家族に好評だったので、同じものを作りました。

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ウインナーをのせたものと、苺にコンデンスミルクだったのが生クリームに変わったというくらいです。こういうのが、うちでは人気があります。

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これでおなかがいっぱいになり、年越し蕎麦は詰め込んだという感じ。

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「紅白歌合戦」を観ながら飲んだ、久しぶりのお酒。まだ酔いが残っています。

娘は午後から初出勤です。夕方までなのですが、遅く起きてバタバタ食事をして出かけることになるでしょうから、お節は帰宅後にゆっくりということになりそう。

とりあえず、お雑煮とぜんざいを作ろうと思います。

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あけましておめでとうございます

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

以下は、夫作成の年賀状用画像です。

風船羊で、女の子が空中遊泳しているところだそうです。

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