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2014年11月の36件の記事

2014年11月30日 (日)

ジャガイモ団子のスープが美味しかった!

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ジャガイモ団子入りスープが新鮮で、簡単で、とっても美味しかったです!

参考にしたのは、サイト「E・レシピ」のレシピ『ジャガイモ団子のスープ』。許可が要るようなので、リンクはしませんが、サイト名とレシピ名でググれば出てきます。

Js2b

結構、もちもち感がありましたよ。使ったじゃがいもは「とうや」でした。

土井善晴先生のレシピ『じゃがいもだんごの味噌汁』を連想しました。

記事では、お団子の材料(4人分でじゃがいも300g、小麦粉大さじ6)だけ紹介していました。詳細は、「週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.15」(デアゴスティーニ・ジャパン)を見てほしいのですが、ここでざっと紹介しておきますね。

Md2

静かに煮立てた煮干しのだしに、つぶしたじゃがいもと小麦粉を混ぜて丸めただんごを入れます。

だんごが浮いてくるまで火を通し、味噌を溶き入れ、みじん切りにしたねぎを加えれば出来上がりです。

このだんご入り味噌汁は冬にぴったり! 見た目も可愛らしい。

「E・レシピ」のレシピ『ジャガイモ団子のスープ』はお洒落な感じに仕上がるので、Xmasなんかにもよさそう。

本格的にニョッキ料理を作ってみたいと思ってググってみると、レシピが沢山出てきました。近いうちに挑戦してみたいと思います。

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2014年11月28日 (金)

シネマ「インターステラー」を観ながら連想した、2ちゃんねるの未来人

インターステラー(Interstellar)は「星間の」という意味だとか。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

インターステラー

監督・脚本・製作 クリストファー・ノーラン

主なキャスト

  • マシュー・マコノヒー(主人公クーパー)
  • ジェシカ・チャステイン(クーパーの娘マーフ)
  • マッケンジー・フォイ(マーフの子供時代)
  • エレン・バーステイン(マーフの最晩年)
  • マイケル・ケイン(ブランド教授)
  • アン・ハサウェイ(アメリア・ブランド。ブランド教授の娘)

原題 Interstellar
製作年 2014年
製作国 アメリカ
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 169分

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

以下、ネタバレあり、注意!
まだこの映画をご覧になっていない方、内容を知りたくない方は、お読みにならないでぐたさいね。

砂嵐に襲われるアメリカ中部の田舎町。砂嵐は頻繁に起きた。農作物がだめになり、人類は飢餓と窒息死を待つだけかと思われた。

予算の膨らむ宇宙開発は今では否定され、NASAは秘密基地で細々と研究を続けていた。

そこへ偶然に引き寄せられたクーパー。クーパーは農業を営む元パイロット兼エンジニアだったが、クーパーの過去の業績を買ったNASAの依頼で、人類の救出を賭けた宇宙探査プロジェクト・ラザロ計画に参加することになる。

クーパーには宇宙船を墜落させた過去があり、それは重力の乱れによるものだと説明を受ける。砂嵐も、重力の乱れによるものだという。

ブランド教授がラザロ計画の中心人物で、彼は理論物理学者だった。その娘アメリアも、ラザロ計画に参加していた。

ところで、クーパーの娘マーフの部屋では、本棚から本が勝手に落下した。マーフはその現象をもたらす何かを、ある種の親しみを込めて幽霊と呼んでいた。

実は、その本棚の裏側には異次元の空間が構築されているのだが、何かあると思いながらも、2人には謎のまま、父子の別れが来たのだった。

部屋に吹き込んだ砂模様が「ここに留まるように」というメッセージを送っているから、行かないで……と訴えるマーフ。それを振り切って宇宙へ行ってしまうクーパー。

ラザロ計画。ラザロは、新約聖書のヨハネ福音書に出てくる人物で、イエスが大声で「ラザロ、出て来なさい」と叫ぶと、生き返る。

太陽系から出て人類の生存を計るには、移住か、培養した卵子からコロニーを作るという種の存続を目指すかのどちらかだった。

先発隊が、三つの星から情報を送ってきていた。クーパーたちは宇宙船「エンデュランス」で、土星付近のワームホールを使い、そうした星へ向けて出発することになる。

ワームホールとブラックホールがよく出てくる。以下はウィキペディアより抜粋。

ワームホール:Wikipedia 

ワームホール (wormhole) は、時空構造の位相幾何学として考えうる構造の一つで、時空のある一点から別の離れた一点へと直結する空間領域でトンネルのような抜け道である。

由来
ワームホールが通過可能な構造であれば、そこを通ると光よりも速く時空を移動できることになる。ワームホールという名前は、リンゴの虫喰い穴に由来する。リンゴの表面のある一点から裏側に行くには円周の半分を移動する必要があるが、虫が中を掘り進むと短い距離の移動で済む、というものである。
ジョン・アーチボルト・ホイーラーが1957年に命名した。

第1の星は、生物学者ミラーが向かった星であるが、山と見紛うほどに物凄い津波の起きる海に覆われた星で、ミラーは既に死んでいた。

ここでのアクシデントで時間を食う。星での1時間が地球では7年間に相当し、地球時間にして23年もの時間が経過してしまったのだ。

第2の星は、最も優秀な科学者マン博士が向かった星で、そこは氷に覆われた星だった。

生きていたマン博士は功利心と自分だけが助かればいいという思いの塊になっていた。そこが住めない惑星と知りながら、住めるという嘘の情報を送って助けを呼び寄せたのだ

クーパーは、自分を殺そうとするマンと殴り合う。

マンはクーパーたちの母船エンデュランスを乗っ取ろうとするが、クーパーはそれを阻止した。マンは自業自得の形で、宇宙の藻屑と消える。

しかし、母船エンデュランスは傷つき、もはや地球に戻るだけの力はなかった。近くに存在したガルガンテュアという弱い、回転するブラックホールを利用した航行法で、アメリアの恋人エドマンズの待つ可能性のある第3の星へと向かうことにする。

が、クーパーは独自の判断で、輸送能力のある部分を母船から切り離し、アメリアのみエドマンズのもとへと向かわせた。残された燃料や食料では、1人生き延びるのが限界だと思われたからだった。驚くアメリア。

クーパーは、ガルガンチュアへと吸い込まれていく。

広がる漆黒の空間で、辿り着いたのはマーフの部屋にあった本棚の裏側だった。そこは、様々な時間軸が回線のように走る異次元の空間として存在していた。

マーフの部屋の中で起きる本棚や砂、そして腕時計が惹き起こしていた異常な物理現象は、その異次元世界に拘束されたクーパーが過去にいる娘マーフに送る合図やモールス信号だったのだ。

クーパーは、重力を利用したモールス信号(?)で、ブラックホールの解析データを腕時計の針に送る。

クーパーの必死の行動と、それを読みとらんとするマーフの行動は、実は5次元空間に住む未来人(未来のわれわれ)に導かれたものだった。少なくとも、クーパーはそう解釈した。

マーフはブランド教授の研究を継承していたのだが、父クーパーが送った情報により、重力に関する研究を完成させ、ユリイカ!と叫んだ。

最初に「ユリイカ!(わかった)」と叫んだのはアルキメデスだったが、バルザックも『絶対の探求』で主人公の化学者に「ユリイカ!」と叫ばせた。

クーパーはやがて、「クーパーコロニー」と名づけられた宇宙ステーションに救出される。

そこは土星の軌道上に建設された巨大なコロニーで、理論物理学者マーフ・クーパーにちなんで命名されたコロニーだった。

異なる時間の流れに身を置いてきたクーパーは124歳になっていたが、見かけ上は変わらない。年老いた娘のマーフは、死を迎えようとしていた。マーフの枕もとで果たされた父子の再会。マーフの病室では、沢山の親族がマーフを見守っていた。

クーパーはマーフに「親は子の死を看取るものではないわ」といわれ、アメリアに関する情報を得たクーパーは再び宇宙へ旅立つ。アメリアのいる星へ。

既に恋人エドマンズは死んでいたが、生存可能なその星でアメリアは孤独に生きていた。アメリアが愛の中で得た、恋人のいる星へ行きたいという切実な想いは、未来を孕んだインスピレーションでもあったのだ。

映画では、ディラン・トマスの詩“Do Not Go Gentle Into That Good Night”が使われていた。

穏やかな夜に身を任せるな
老いても怒りを燃やせ、終わりゆく日に
怒れ。怒れ。消えゆく光に

詩が映画に合っていたかどうかは微妙だが、独特の雰囲気をもたらしてはいた。ディラン・トマスの詩を収録した詩集があるので、あとでどれか紹介したい。

映画制作には、重力の権威キャップ・ソーンが協力しているとか。理論物理学者で、時空、ブラックホール、ワームホールに関する権威の一人らしい。

しかし、ワームホールはともかく、クーパーがブラックホールに呑み込まれた辺りから、SFがファンタジーになってしまった気がした。別々の科学理論が短絡的に結びつけられているような違和感を覚えたのだ。

そして、「愛は人類を救えるか?」的な単純なヒューマニズムがあぶり出されてくるところは、あまりにも、あまりにもアメリカの映画……尤も、だからこそ、娯楽映画として、安心して映画鑑賞できるというところもある。

「インセプション」で魅了されたクリストファー・ノーランには、今回も壮大な映像で楽しませて貰った。何よりノーランの考え方に、神秘主義者のわたしにも共鳴できるところがあるのは、嬉しい。

「インターステラー」で描かれる地球の荒廃した姿に、今自分が生きている世界の世界規模で起きるようになった異常気象と生活環境の変化、それに絡んで起きてくる外交問題、増えるばかりの国内問題、内憂外患の事態、揺らいでくるこれまでの価値観……といった社会現象が脳裏をよぎり、他人事ではないと感じさせられた。

映画を観ながら、2ちゃんねるの「未来人さんいらっしゃい」を連想してしまった。以下のサイトで、2062年から来たという未来人の言葉がわかりやすくまとめられている。

民主党政権時代に国会中継を観ていると、日本は他国にのっとられてしまうのではないかという戦慄を覚えずにはいられなかった。そんなとき、どうせ書き込んだのは現代人だろうと思いながらも、その言葉にどれだけ励まされたことか。

Q.次の日本の首相や政権交代の時期
A.首相は今の民主党議員が入れ替わりで就任する。それが終わると自民党に移る。
(2010/11/14)

Q.外国人参政政権、人権保護法は成立するか
A.外国人参政権人などない。
(2010/11/16)

今は、以下の言葉を励みとしている。書き込まれた日付を思えば、何にしても不思議な書き込みではある。

Q.現代の日本人に言っておきたいことは?
A.時に身を委ねることだ。2014年までは足掻いてもどうにもならない。
日本人の忍耐強さが試される時だ。
おそらく今は、他国を攻めるべきだ、強く対応すべきだ、守るべきだ、と色々考えはあるかもわからないがね。
(2010/11/14)

Q.私たちが未来のあなた達への財産として、残しておいてほしいものや、やっておいてほしいものはありますか 。
A.何もない。今の環境で十分すぎるからむしろ感謝しなければならない。
つくづく日本人に生まれて良かったと感謝している。
(2010/11/16)

追記:ライン以下に、映画に使われていた詩ではありませんが、ディラン・トマス「十月の詩」(安藤一郎訳)『世界文学全集――103 世界詩集』(1981)から一部を紹介しておきます。好きな詩なので1編全部を紹介したいのですが、長いのです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

11月19日ごろ、お買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は29冊目のお買い上げでした。

  • 日本……16冊
  • アメリカ……11冊
  • イギリス……1冊
  • ドイツ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
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2014年11月27日 (木)

ラバッツァ「エスプレッソ」をマキネッタで、 ダルマイヤーの「ネイチャーマイルド」をサイフォンで

ビアレッティのマキネッタ――直火式エスプレッソメーカー――を買ってから、エスプレッソを家族で楽しんでいます。

サイフォンより、このマキネッタを使うことの方が多くなりました。でも、コーヒー豆そのものを味わいたいときには、サイフォンで淹れます。

サイフォンで淹れる方が、豆(粉)を多めに消費します。でも、ダルマイヤー「プロドモ ネイチャーマイルド」はぜひ、サイフォンで飲みたいと思いました。

格調高い味わい。

とにかく後味がいいのです。高級酒を想わせるような、チョコレートのような後味が何とも快い余韻となるのです。陳腐な生活が一段高められた錯覚さえ覚えるほど。

我が家では、ちょっと贅沢品になるので、たまにしか買えませんが。サイフォンに、ダルマイヤーのネイチャーマイルドはおすすめです!

映画を観に行ったときにカルディに寄り、前に買って美味しいと思った「ノエル」と「ジュエリーブレンド」を買いました。

「ノエル」はダークロースト。前はサイフォンで楽しみましたが、マキネッタで淹れて牛乳を加えてもよく合いました。「ジュエリーブレンド」は娘が特に気に入っていますが、まだ開封していないので、わたしは美味しかったことしか思い出せません。

ラバッツァ「エスプレッソ」もあったので、それも買いました。まだ飲んだことのなかったilly(イリー)「エスプレッソ ノーマルロースト」缶もあったので、それも買いました!

ちょっと買いすぎました。カルディにイリー缶があるのは知っていましたが、買う予定はありませんでした。高いので。

ところが、リニューアルオープンだったためか、たまたまだったのかはわかりませんが、安くなっていたのです。

まだ開封していないイリー缶以外は、冷蔵庫で保管しています。開封したばかりものはやはり美味しい気がしますが、気になるほどの劣化はこれまでのところ感じません。

ラバッツァ「エスプレッソ」はデパートのイタリア展で買ってから、家族全員のお気に入りです。芳ばしく、柔らかな味わいです。

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2014年11月26日 (水)

自分の不整脈について、考えてみる

以下の記事には勝手なことを書いているので、参考にはしないでください。わからないことはドクターに相談しましょう!

不整脈に悩まされた昨日だったが、午後になってかなり元気になった。

洞頻脈、心房細動、冠攣縮性狭心症のどれが起きていたか、わからなかったが、心房細動は起きていた気がする。

洞頻脈では脈が速くなることはあっても、強弱があったり、ふっととれなくなったりすることはないからだ。でも、心房細動についても、よくわかっているわけではない。ネットで専門的な解説を読んでも、もう一つわからない~。

ニトロのスプレー剤を使ったあと、背中の痛みが消えたので、そのとき冠攣縮性狭心症の発作が起きていた可能性も高いと思ったが、一旦治ったかに思えた脈の乱れはその後も続いた。

ナンだか、サンリズムを飲む前、あるいはジェネリックに替えたあとに起きた脈の乱れや疲労感に似ていた。

ダイエットして痩せたことで、サンリズムの量が適切かどうかを調べるために、薬物血中濃度測定を受けた。そして、少し効き過ぎているということで半量の服用となったが、わたしはこのことが少し心配だった。

クリニックは予約制ではないので、体調がよいときしか行かない。薬の量は体調によってもよく効く、あまり効かない気のするときがある。

不整脈の治まらない苦しさがとても嫌なので、効き過ぎているくらいがいいんだがなあ、と思ってしまったのだった。

今朝、起床後も心臓は不安定で、脈をとったわけではないが、心房細動が時折起きている感じがあった。不整脈が起きている――というか、薬で抑えが効いていないときは、とにかく体が疲れ、めまいが起き、何もできなくなるから、嫌でもわかる。

昨日ほどひどくはなかったが、このままだとまた1日棒に振る可能性もあった。

で、朝の薬を飲むときに、サンリズムを以前の分量、つまりいつもの倍飲んでみた。いつもの量で明らかに鎮まっていないのだから、頓服で使用されることもあるというこの抗不整脈を飲んでも悪いことはないだろうと思ったのだ。

現に前は2倍飲んでいて、何も起きなかった。調子が戻れば――というより、戻らない場合も、わたしには理解を超えた事態となるので、先生に相談、否受診せざるをえない――いつもの量に戻すつもりだった。

朝、2倍飲んだら、不整脈を感じなくなった。昼は通常の量に戻した。夕食後に飲む薬をさっき早めに飲んだ。夜の7時頃で、いつもならもっと遅い。いつもより早めに薬が飲みたくなるということはまだ完全復活にはいたっていないということだろう。

薬を飲んだあと、体の隅々まであちこちから涼しさが駈け巡っている。本当に体が薬を欲していたのだろう。まだ今も頭の中や胸の中が網の目状に涼しい感じがする。

これで勝手に薬を増やす癖がついてもいけないと思うので、今度の受診日にはきちんとご報告するつもり。今度はかなり遠いけれど。

リンクフリーとある、お薬のサイト。

ここに、サンリズムについて、次のように書かれている(自分に必要な部分のみ抜粋)。

成分(一般名) : ピルシカイニド塩酸塩水和物
製品例 : サンリズムカプセル25mg~50mg ・・その他(ジェネリック) & 薬価
区分 : 不整脈用剤/クラス1c/不整脈治療剤

旧来のVaughan Williams分類の「1c群」に属します。強力な抗不整脈作用がある反面、新たな不整脈を誘発したり、心臓の機能を低下させるおそれがあります。

【注意する人】
•適さないケース..重い心臓の刺激伝導障害、心不全の人など。
•注意が必要なケース..基礎心疾患(心筋梗塞、弁膜症、心筋症等)、心臓の刺激伝導障害、腎臓や肝臓の悪い人、高齢の人など。

【使用にあたり】
•決められた飲み方、服用量を厳守してください。自分だけの判断で、量を減らしたり、急に飲むのをやめてはいけません。
•飲み忘れにも注意してください。万一飲み忘れた場合、2回分を同時に飲んではいけません。

以下はウィキペディアより(自分に必要な部分のみ抜粋)。

抗不整脈薬:Wikipedia

ヴォーン・ウィリアムズ分類(Vaughan-Williams分類)は比較的単純で経験的に不整脈の種類に対する効果を反映するので今でもよく用いられる古典的な分類である。基本的に活動電位に及ぼす作用を基に抗不整脈薬を分類している。1980年代より既にこの分類の限界は示されている。

・Ic群
活動電位の最大立上り速度を減少させ、活動電位持続時間を変化させないNaチャネル遮断薬である。フレカイニド(タンボコール®)、プロパフェノン(プロノン®)、ピルジカイニド(サンリズム®)などが含まれる。上室性不整脈、心室性不整脈の両方に使うことがある。不整脈の治療で用いられるようになったのは比較的近年である。他剤で無効であったら投与開始とするべきとされているが、2008年現在、最初から使用することを躊躇する危険性はほとんどない。

ピルジカイニド(サンリズム®)
心房細動でよく用いられる。心臓以外の影響がほとんどない安全性の高い抗不整脈薬である。非常によく用いられるのは薬効の高さではなくリスクの少なさによるところが大きい。

・II群
β受容体遮断薬である。プロプラノロール(Propranolol インデラル®)やアテノロール(Atenolol テノーミン®)ビソプロロール(Bisoprolol メインテート®)な どが含まれる。洞頻脈に用いられる。

・IV群
カルシウム拮抗薬(Ca拮抗薬)である。発作性上室性頻拍(PSVT)に用いられることが多い。頻脈性不整脈に使用されるのは非DHP系カルシウム拮抗薬のベラパミル(ワソラン®)、ジルチアゼム(ヘルベッサー®)、ベプリジル(ベプリコール®)である。

ジルチアゼム(ヘルベッサー®)
古典的なCa拮抗薬のうちベラパミルとジルチアゼムが抗不整脈作用のあるCa拮抗薬として知られており海外では汎用されている。アムロジピン(アムロジン®)が登場する以前はCa拮抗薬と言えばニフェジピン、ジルチアゼム、ベラパミルの3つが主流であった。ジルチアゼムはニフェジピンとベラパミルの中間的な性格を持っている。即ち降圧効果、冠スパズム防止効果(狭心症治療)と徐脈効果をもっている。降圧効果はアムロジピンに劣るが,徐脈効果はアムロジピンよりも強いため心拍数の高い高血圧患者の治療を1剤で行いたいとき、あるいは心筋酸素消費量を抑制し冠スパズム予防効果に優れることから狭心症(特に冠スパズム)の第一選択薬に用いられる。

発作性心房細動の治療にβブロッカーやワソランは単独では用いられないが併用はよくされる方法である。これは心室レートを抑制し自覚症状を改善させることが目的である。βブロッカーの場合は心房粗動が生じたときに1:1伝導を防止する効果もあり、交感神経賦活化による不整脈発生を抑制する効果がある。心房細動の治療でI群抗不整脈薬を使用中に心房粗動が発生することはよくある。

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2014年11月25日 (火)

怠け者とはわたしのことです、ハイ

あのあと、ザワザワが戻っては治まり……を3回は繰り返した。

昨夜からミオコールスプレー使用まで、ずっとザワザワを感じていたのに比べると、思い出したようにザワザワするという程度。

が、体調が思うように回復せず、喘息の発作まで起きた。

明らかに、ニトロ使用後は調子がよくなったとはいえ心臓は不安定な感じがあり、家事の中でも後片付けを含めると体力を使う料理はきつい。途中で投げ出すわけにもいかない。

いつも飲んでいる心臓の薬の中にあるサンリズムを頓服的に余分に飲んだらどうか、と思った。

サンリズムはこの間、血中濃度を調べるまで倍飲んでいたので、飲んでみてもいい気がするが、先生に訊いてからの方がいいかしら。

お電話してお尋ねする方法もあるけれど、そうしたら明日受診するはめになりそう(やだ、やっと2ヶ月に1度の受診になったのに)。

夕飯に使うつもりのお魚を昼間、冷凍室から冷蔵室に移してあるのに。豆腐は今日使わないと、いけないのに。

しかし、娘にお弁当を頼むとメールした。娘も疲れてるのに、ワルいんだけど〜!

寒くなって、心臓の負担が増えたからかな。外出しても外食かお弁当にすれば、翌日は元気に……のパターンが崩れてしまった。

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スプレーしてみた

スプレーしてみた

胸がザワザワして(ドキドキではなくザワザワ!)、横になっても休めず、背中の痛みが強まったので、とりあえず、脈をとってみようと思い、横になったまま手首に指を当てた。

脈が強く打ったり弱く打ったり、ふっとわからなくなったりして(測り方が悪いのか、不整脈のせいか)、苛々してやめてしまった。

1分間は長い。わたしは看護師にはなれそうにない。

背中の痛みだけでも解消しないかと思い、ミオコールスプレーを噴霧。

1回目は弱く押したせいか、下の歯にずれてかかった。2回目、舌の付け根にバッチリ、シュッ!

背中の痛みがすっと引いた。なんだ、冠攣縮性狭心症の発作だったの?

でも胸のザワザワは消えなかった。また手首に指を当ててみた。前に先生から、2本の指を当てるように教わった。

今回はそれほど脈の強弱を感じなかったので、1分は長いと思いながら測ると、120。

ザワザワ感は消えない。ニトロになると、血圧が下がり頻脈になることがあるというが、わたしは血圧低下はよく感じてもニトロ使用で頻脈が気になったことはあまりない。

インデラルがよく効いていないと、わたしはザワザワ感を覚え、そのときはほぼ120だ。三十代から。

ドキドキするときは、だいたい140くらい。

これが長く続かなければ、治療の必要もないのだろうが、このザワザワは昨夜からで、外出すると、よくこうなる。

昨日は外食してラクしたのに、これだ。

そして、ミオコールスプレー噴霧後、30分もした頃、胸のザワザワが消えた。胸の中が静かだ。背中の痛みもない。

脈を測ると、なんと64。楽なはずだわ。

感覚というものは、馬鹿にできないと思う。

横になっている必要がなくなった。

ニトロでよくなったのはいいけれど、一体何だったの?

足の腫れもあったから、軽い心不全になり(以前かかっていた病院でいわれていたのは、これ)、頻脈が出ていたのか。
心房細動が出ていたのか(心臓弁膜症があるから、出てもおかしくない)。
冠攣縮性狭心症の発作だったのか。
どれか二つ、あるいは全部組み合わさっていたのか。
ニトロは狭心症と心不全に効果があると薬のサイトには書かれている。心房細動には効かないんじゃないかなあ(わたしは知りません、無知なおばさんブログを参考にしないでください)。

こんなとき、携帯心電計がほしいと思う。

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遊び疲れ

遊び疲れなのか、心臓が不安定な感じで、薬を飲んでも動悸がうまく鎮まらない。

眩暈も起きるので、軽い家事がしんどく、昨日観たノーラン監督の映画『インターステラー』の感想を書き、初の歴史小説を進めるつもりだったが、横になってガラケー打っている。

横になっても休息感がなく、埒があかないので、ニトロのスプレーを使いたくなる。この症状、冠…発作と関連しがちであるような、ないような。

携帯心電計がほしいな。クリニックからお借りすると、何となく遠慮してしまって、使いそびれたことが何度もあったから。

使いたいときに使ってみて、このグラフは先生に確認していただこう、と思ったデータを持参して見ていただくとか、してみたい。

自分の心臓の状態が今一つ、わからないので、把握するためにも自由に使ってみたい。

でも、ちょっと高い。

夕飯を作る時間に向けて、体を休めよう。眠くはないが(胸がザワザワして眠れないということもある)、読書も音楽も疲れる。時間がもったいないわ〓

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2014年11月24日 (月)

今年中に書きたい、自分のためのロマンティック(?)な短編小説

そろそろXmasケーキを注文しなくちゃと、ダイエットを継続するつもりのわたしは複雑な心境で考えました。

でも、たまにはお菓子を食べることもあります。少量にして、そのあとの体重管理に気をつけます。Xmas、お正月とダイエット中の人間には難しい季節(?)の到来。

で、ケーキを焼かない代わりに作品を焼こう!と、考えました。

ここ2日ほど、漠然としたイメージが湧いていたのですが、それがはっきりとした形になりました。インスピレーションがやってきていないので、うまくいくかどうかは不明ですが。

10枚、30枚、60枚、100枚……いずれにすることも可能。ある手応えのある神秘主義者的な体験がもとになっているので、緻密な内容で膨らませることも、淡いタッチで短く印象的に描き切ることも可能だと思えます。

今年は初の歴史小説の下調べに時間を使いましたが、どんな風に書いていくかの目処が立ちましたし、3冊のキンドル本を出し、夏目漱石の評論を構想、120枚の純文学小説1編を書いたので(ご報告がまだでしたね)、物凄く怠けていたわけでもないと思います。

来年は初の歴史小説のための短編を2~3編、その合間に夏目漱石の評論、と重い宿題があります。それらを書くときは、世に出られない物書きであっても、プロフェッショナルな意識で取り組まざるをえませんが、こうした創作とは別個なところで、純粋に自分の楽しみのための物語を、いわば趣味的に書きたくなったのです。1年の締めくくりとして……。

わたしはキンドルストアの片隅をお借りして、ささやかに自分の本を並べています。お客様(読者)を意識して創作した作品ですが、締めくくりに書きたくなっている作品は、ケーキ屋さんが自分のために焼くケーキのようなものです。自分へのご褒美としての自分のための創作。

美味しいケーキだと感じたら、お店に並べたくなるかな。

大学生の男女が出てくる物語です。こんなタイプの作品、初めて書こうと思いました。物書きとしての自分が少し変化してきているのかもしれません。

ところで、Xmasが出てくる児童小説は如何ですか? 以前から当ブログをよくご訪問くださっている方々には、いつも同じような宣伝していて申し訳ありません。

どちらも、サンプルをダウンロードできます。
           ↓

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レンコンの煮物

20141123204036

レンコンの煮物がとても美味しく感じられた昨日の夕飯。サイト「E・レシピ」を参考にしました。

20141123211057

これも、サイト「E・レシピ」の「ジャガイモのカレー炒め」を参考にしたもの。レシピのソーセージではなく、冷蔵庫にあったハムを使いました。

Bk2

過日、久しぶりに作った豚キムチ丼。寒くなってくると、作りたくなります。レシピは以下。

Na

豚キムチ丼と一緒に作った、土井善晴先生の「なすのごま酢」。さっぱりした味わいで、よく作ります。レシピは以下。

  • 2013年8月20日 (火)
    プランターきゅうり~! 土井善晴先生レシピ「なすのごま酢」(『週刊 土井善晴のわが家で和食 改訂版No.2』(デアゴスティーニ・ジャパン))
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/08/post-4af1.html

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ウェブマスターツール

ちょっと必要があって、Google先生で当ブログの過去記事を自分で検索したとき、Google先生からウェブマスターツールへの登録をすすめられた。

ウェブマスターツールがどんなものか、漠然としか知らなかったのだが、「ウェブマスター ツールとは、Google 検索結果でのサイトのパフォーマンスを監視し、維持できる Google の無料サービス」らしい。

登録することにした。

ところが、なぜかうまくいかない。2日悩んだ。困って、ココログに問い合わせのメールをした。

Googleのウェブマスターツールにサイト「……」を登録したいのですが、Googleにファイルの存在を確認して貰うための作業がうまくいきません。
ファイルマネージャー画面の「新規ファイルのアップロード」でHTMLファイルをアップロードすると、「ホーム」フォルダにそれらしいファイルは見つかるのですが、Googleで確認すると、「HTMLファイルを使用してhttp://……を確認できませんでした。確認ファイルが見つかりませんでした」と出ます。どうして、こうしたエラーが出るのでしょうか?

すると、回答があったが――。

誠に恐縮ですが、弊社ではGoogle社の提供するウェブマスターツールについて詳細な資料を持ち合わせておらず、お書き添えのメッセージが表示される場合の対処を含め、設定方法など具体的なご案内をいたしかねます。

恐れ入りますが、ウェブマスターツールのご利用につきましては、お書き添えのメッセージが表示される場合の対処を含め、Google社へご相談いただくか、
関連書籍や下記サポートページなどインターネット上の情報等をご活用くださいますようお願いいたします。(……)

ということだった。

そこで、もう一度、解決法を求めてググってみた。ふと、前に目にしておきながら見落としていたアドバイスの一つが目に留まった。つまり、こういうことだった。

  • http://…… com/   OK
  • http://…… com/blog/   エラー

ウェブマスターツールで「サイトを追加」をクリックし、管理するサイトのURLを入力するときに、com/までにして、それ以下のblog/を外して入力し、確認ボタンを押したら、あっけなくOKが出たのだった。

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2014年11月23日 (日)

『昼下がりのカタルシス』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

Kindle本『昼下がりのカタルシス』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

14日ごろ、お買い上げいただいたようです。

有料でお買い上げいただいたのは3冊目、オーナーライブラリーからお借りいただいたのは1冊です。

マグダラのマリア伝説をモチーフとした時間旅行の児童小説『不思議な接着剤』の下調べ中に、ふと書きたくなった純文学小説でした。

キンドルストアに出ている『不思議な接着剤』は冒険前夜の物語で、物語に登場する3人の子供たちが時間旅行に出かけるのは次の巻になります。

しばらくは、花山院萬子媛をモチーフとした初の歴史小説に取り組むことになります。

合間に電子本を出したいなあと思っていますが、校正に馬鹿に時間がかかるので、出すとなると、ちょっと考えてしまいます。クリスマス向きに『どこか別の美しい街』を出してみたいところなのですが……。

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2014年11月22日 (土)

姪孫の誕生!

妹からメールで、姪に女の子が生まれたと報告がありました。

くくく、かわゆい。写真が添付してあったのです。

うーん、これは隔世遺伝? 妹のご主人にそっくりだあ。

さっそくホロスコープを作成しちゃう!

実は妹と喧嘩していたのだけれど(わたしが勝手に怒っていたともいえる)、歓びごとの前にはかすんじゃうわねえ。

別にわたしの孫でもないのに、ヘラヘラ嬉しいの。不思議な気分。

突然、童話書きたくなってきました。

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薬を飲み損なって心臓ドクドクだったが、今年はダイエットの成果あり。

ダイエットで痩せたお陰で心臓の負担が減り、体調がよくなったことは過去記事でもたびたび書いた。

ここに引っ越してきてからの10年間で太った7㎏。ダイエットで、そのぶん痩せた。この今の体重で、性別・年齢・身長から割り出した標準域・中の中よりやや痩せていると判定が出るのだが、標準域の中の中というのが体には最も優しい体重なのではないかと思う。

10年以上前はもっと痩せていたが、これくらいを保ちたい。

もしこの10年間太り続けるのではなく、引っ越してきたときと同じ体重を保てていたとしたら、洞性頻脈、冠攣縮性狭心症はあったとしても、心臓弁膜症と心房細動にはならずに済んだのではないだろうか。

心臓弁膜症は一旦なれば、よくなることはないそうだが(弁が悪くなれば手術で取り替えることが可能)、体重を現在の状態にコントロールしていくことで、これ以上悪くならないようにすることはできると思う。

つきすぎた脂肪を減らし、不整脈をコントロールでできれば、生活の質はグッと向上する。

不整脈ということでいえば、インデラルを飲む前、サンリズムを飲む前は、それぞれ不整脈に悩まされ、体は疲労しきっていた。

サンリズムを飲む前などは、いろいろな不整脈が頻繁に起きるようになっており、毎日の入浴がつらくて3日に1度くらいしか入浴できていなかった。現在は毎日入浴できている。心房細動が起きていることは、クリニックからお借りした携帯心電計でわかった。

30代の子育て中、不整脈に悩まされ、苦しい何年間かを過ごしたが、そのときはホルター心電図で頻脈発作が睡眠中を含め、一日中繰り返し起きていることがわかり、インデラルの服用を始めた。

そのインデラルのお陰を被っていることを普段は忘れているのだが、今朝、思い出す出来事があった。

昨日、通院日に異例の夕食作りをしたのだ。そう、外出した日、わたしはもう何年も弁当、外食に頼っている。専業主婦にとって、このことが情けない事態であり、わたしにも異常なことであることはわかっているのだが、これが病気というものだと思うことにしている。

外出しただけで、夕食が作れないくらい消耗するのだ。慢性的にお金が足りなくて、将来の経済不安を抱えていながらも、わたしがずっと専業主婦を通してきた第1の理由が、これなのだ。

唯一できることは創作で、これも勿論疲労を誘い、しばしば弁当日を増やしたりはするが、創作でどうにかしようと思ったのは自然の流れだった(どうにもならないが)。

それでも、ここに引っ越してくる前のまだ子育て時代は、体に鞭打って弁当を含む3食手作りを心がけていたことを考えると(どうにもならないときにピザ、ココカレー、ほっか弁など利用していた)、ここに引っ越してきてから、明らかに体力がなくなった。

増えた薬のせいだろうか。心臓の薬が発作や不整脈を減らしてくれる反面、体力を奪う一面があるのだろうか。

病院からの帰りにはいつもヘロヘロに疲れていて(待合室でテレビを見ながらお気楽に待っているだけなのに)、スーパーに寄る気も起きず、まっすぐに家に帰ってすぐに横になっていた。

日が落ちる前にヨロヨロと起き上がって、出かける前に干していった洗濯物を取り込み、食器を洗うくらいが精々で、体調がよければ掃除機をかける。病院に行く前になるべくかけるようには心がけるが、それをすると、その疲れで下手をすれば、病院に行けないのだ。

心臓病でも普通に働いている人が多いことを考えると、この体力の乏しさは不整脈とそれを抑える薬にあるとしか思えない。ネット散策をしていると、頻脈の人は確かにつらそうだ。

通院を例にとったが、通院に買い物、レジャー、冠婚葬祭による外出などを置き換えても同じ。

ところが、昨日は作れると思った。帰り道、ダイエット効果で体が軽く、まっすぐ帰る気がせず、スーパーに寄った。長居した。帰宅後も横にならずに済んだ。このぶんでは夕食も作れると思い、作った。途中で横にもなれず、作れた!

大したものを作ったわけではないが、以前より元気になった記念として写真をアップ。

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ブロッコリーが森みたいに見える? ブロッコリー、サニーレタス、ハムのサラダ。トッピングが美味しかった。

20141121224722

参考にさせていただいたのは、サイト「SUNTORY」の以下のレシピ(リンク可みたいだから張っておく)。

味噌汁みたいに見えているのは、茄子の卵スープ。

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北海道展で買った紅鮭。美味。

で、夕食作り、食器洗いまではよかったが、その後ドッと疲れて夕食後の薬も飲まずに、ちょっと横になるはずが炬燵で朝まで熟睡。夕食を食べたあとすぐに薬を飲むべきなのだろうが、そうすると食器洗いがつらくなるので、わたしはその後に薬を飲む。

朝目覚めると、心臓がドクドクしていた。今風にいえば、バクバク。そう、インデラルを飲む前はこれが一日中続き、休みのない運動選手のような過酷さだったのだ。

ドクドクだけで圧迫感はなかったから、やはり頻脈と冠攣縮性狭心症は別物だ。

インブラルもサンリズムも速効性があるから(頓服で用いられることもあると薬剤師さんがおっしゃった)、服用後すぐに不整脈が治まる。というと、誤解を招きそうだから付け加えると、勿論、同じ病気でも効かない人もいる。

わたしにしても、インデラルが効かなくなったらどうしようという不安は常にある。いや現に、サンリズムを飲む前は怪しかった。現在はこの二つの薬のお陰で、わたしの不整脈は抑えが効いているといえる。

サンリズム効果に感動したとき、これならばサンリズムだけでいいだろうと、勝手な自己判断でインデラルの服用をやめてみる人体実験(?)をしたことがあったが、いくらも続かずドクドクが戻ってしまったので、今のわたしにはサンリズムとインデラル、どちらも必要ということがわかった次第。

来年、わたしの体はどうなるだろう? 今以上に健康感を強めることができるのか、別の事態が待っているのか……それを考えると、怖いようでもあり、期待が膨らむようでもある。

朝ウォーキングをし、家事を済ませたあとで図書館へ出かけてそこで執筆し、午後3時ごろスーパーで買い物して帰宅。夕食作りと残りの家事を済ませ、夜は日が変わるころまで執筆して就寝。

……という暮らしが理想。そして、原稿がお金になればもっといいな。こうした夢を見ることができるようになったことは、いくらかでも健康度が高まった証拠だ。ダイエットに挑戦したことがよかった。

今年は、ダイエットの成果があった記念すべき年だった。

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2014年11月21日 (金)

循環器クリニック受診

いつものように体重・血圧測定後、診察室で先生に、冠攣縮性狭心症の発作にミオコールスプレーを3噴霧――2回目の発作では、時間を置いて2噴霧――したことをお話しした。脈拍、聴診。

ナンだか、先生は静脈瘤の手術で凄くお忙しそうだし、わたしの発作はいつもの発作で心臓の調子はいいから、先生にそうお伝えした。診察が短時間で済むように。

来年から水曜日がオール手術日となり、心臓で通院している患者にとって、これまで午前中診察・午後手術だった水曜日は休診となる。うっかりしそう。

今日――金曜日も以前はオール診察日だったが、今は午後は手術。つまり現在は、水・金・土曜日は外来午前中のみで、午後は手術。

来年から外来は月・火・木が終日、金・土は午前中のみとなる。帰りに受付で、そのことに関する説明のプリントを渡された。

クリニック開設から15年、下肢静脈瘤の手術施行例は1500例を越え、現在のところ1年先まで予定が入っているとか。今後更に増えることが予測されるという。

心臓血管外科の名医――総合病院時代――として知られる先生の診察には、勿論心臓病の患者さんも沢山通っていて、わたしのように軽い患者はよそへ行ったほうがいいのだろうか……と、ちょっと迷っている。

ダイエットしてから、心臓の調子がとてもよく(このぶんだと、心臓弁膜症のほうもあまり進まずに済みそう)、月に2回程度起きる発作ももう慣れっこなので、いっそ日赤で心臓もまとめて診ていただくほうがいいかしら、と考えてしまうのだ。

これまでは40日分出ていた薬だが、それだと正月休みのころ受診となるので、2ヶ月分出た。調子がよければ、今後は2ヶ月ごとの通院になるのではないだろうか。

ここへ引っ越してきて10年かけてつけてきた脂肪を、姪の結婚式のお陰で(サイズの大きいフォーマルスーツに畏怖してのダイエット)、かなり削ぎ落とすことができた。

7㎏痩せて、前々回、看護師さんから「ここへ初めて来たときの体重がそれくらいだったわね」といわれたが、そう、わたしは10年前の体重に戻ったのだ。体形まで戻ったかどうかは微妙だが。

そして、今年は糖尿病の心配が新たに起きたけれど、来年の循環器クリニック受診のころには内科受診も終え、ダイエット効果が糖尿病阻止にも及んだかどうかがわかっているだろう。

日赤に内科・整形外科・循環器科をまとめてしまえれば、医療費の節約、通院時間の短縮になるわね。検査入院のときや、薬剤性肝炎になったときも、病院の系列の異なるドクターに診ていただいている不便さを感じたものだった。

総合病院とはタイプの異なるクリニックのよさを味わい、先生の腕のよさも感じられてきたので、クリニックの今後の混み具合を見ながら、考えることになるだろう。だって、1年先まで予定が詰まってるって……総合病院並みか、それ以上ではないか。先生のお体も心配になる。

そういえば、薬局で聞いたが、○○地区でインフルエンザが流行っているそうだ。こちらにも来るかしら。

普段の心臓の発作にはミオコールスプレーを使っていて、これはまだ充分あるが、舌下錠のニトロペンを外出用に出していただいた。

心臓の薬

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後×60日分
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg) 1回1錠 毎食後×60日分
  • サンリズムカプセル25㎎ 1回1Cap 毎食後×60日分
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg) 1回1Cap 朝・夕食後×60日分
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg) 1回1錠 朝・夕食後×60日分
  • ニトロペン舌下錠0.3㎎ 頓服 胸痛発作時 1回1錠×10回分

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回3錠 毎食後 ⇒薬が余っているので、それを使うことに。

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤) 1個 吸入

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2014年11月20日 (木)

カテゴリーに関するお知らせ

都合により、Notes:夏目漱石は閉鎖しました。

できたら来年、夏目漱石に関する評論を書きたいと思っています。

完成後のことは特に決めてはいませんが、出来映え次第では賞に応募したくなるかもしれませんし、電子書籍にしてKDPセレクトに登録するかもしれません。

ノートの内容が賞の応募や電子書籍の登録に障ることはないかもしれませんが、念のために閉鎖しておきます。申し訳ありません。

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2014年11月19日 (水)

歴史短編1のために #9 ゆっくり進むことに(今後の創作計画)。萬子媛の次男のホロスコープ。

できれば、今月中に短編小説を完成させたいと考えていたが、準備不足で無理なので、もうこうなったら道草食えるだけ食って、ゆっくり進むことにした。

郷土史家に「予定している歴史短編5編のうち、1編は何とか今年中に仕上がりました」と年賀状でご報告できたらと思っていたが、それも無理かもしれない。

インスピレーションが訪れたとき、完成した作品は既に見えた気がした(プラトンのイデア論は、インスピレーションが訪れたときに、ひじょうにリアルなものを感じる)。

だから、本当の目的の長編はともかく、核となる短編(総論といってもよい面もある、全体を包むもの)は仕上がると確信しているし、骨格もしっかりしていると思うのだが、肉付けの段階で、うまくいかないのだ。

何といっても、知識不足が原因でと感じている。

萬子媛の断食入定をモチーフとし、江戸時代の文化、特に宗教・哲学を織り込んで、公家に生まれ、地方の小大名に嫁き、息子たちの死というショッキングな現実に触れ、思想に生きるようになる女性の後半生を描きたいという考えから出発した。

調べてみると、江戸時代の文化の奥深さ、その思想の襞が萬子媛という一人の女性を通して立ち現れてきたのだった。

萬子媛の兄弟姉妹は、花山院家を継いだ定誠以外は、円利は禅寺へ、堯円は浄土真宗へはいって大僧正に。姉は英彦山座主に嫁ぎ、妹は、臨済宗単立の比丘尼御所で、「薄雲御所」とも呼ばれる総持院(現在、慈受院)へ入った。

定誠、武家に嫁いだ萬子媛も結局は出家している。キリシタン、仏教、儒教を包容する思想、宗教の観点から短編を1編は書ける。

萬子媛の伯父に当たる花山院忠長は猪熊事件に関係したかどで蝦夷松前藩へ流された。流刑となった先で京文化を伝えている。また、その息子は黒衣の宰相と呼ばれた天海の弟子となった(公海)。

江戸時代、黒衣の宰相と呼ばれた人物は2人いる。天海と崇伝。

猪熊事件、2人の黒衣の宰相、後陽成天皇・後水尾天皇と幕府との関わりや公家について……ここからは、短編が2編は書ける。

図書館から、後水尾天皇の百人一首抄を借りた。

江戸時代の四つの貿易口となったうちの一つ、長崎口と西国大名による外敵に対する防衛、オランダ東インド会社・オランダ風説書、伊万里焼と藩窯、黄檗文化……これも短編にしたい。

これに、今書いている核となる1編を加えれば、予定した5編となる。

どの1編も他の1編と切り離せない緊密さで関連し合っているため、5編から長編を編むことは可能だと思う。何年かかるかなあ? 

今年は初めてのことで、下調べに時間をとられたが、来年中に今書いている1編を含め、3編は書きたい。再来年、2編を完成し、長編化に着手。

だいたい3年で仕上がるだろうか。うまくいけばの話だが。間で他の作品も書くだろうから、それに時間を食えば、計画が後へずれるだろう。

過去記事で、萬子媛の小伝を書いた直條のホロスコープを作成したが、萬子媛の次男の誕生日が郷土史家にいただいた資料からわかったので、ホロスコープを作成してみた。

尤も、グレゴリオ暦導入前の和暦を正確に換算することはできないだろうし、出生時間もわからないとあって、だいたいのところ。

そのだいたいだと、萬子媛の次男・朝清の太陽は天秤座の充実した域。天秤座に4つも星が入っている。

金星も強調されているので、際立ってエレガント(男性なのでダンディー?)なタイプではなかったかと。外交官向き? これは公家の血筋といえそう。

相当にバランス感覚に秀でた、逆からいえば、無理をするところがあるともいえるかも。光茂に気に入られたというのも、なるほどという気がする。

ただ風と土に星が偏っていて(特に風)、火水に入っていないというのはホロスコープ的にはバランスが悪い。

両親の愛情を一身に受けて、美しく端正に、ほどほど野心もある、よい子に育った息子さんというイメージかな。

この息子さんの急死が萬子媛を慟哭させ、出家の動機となった。

霊的に感じられる萬子媛はとても優麗な、もう何か圧倒的だけれども強引さとは無縁の、まさに高級霊といった印象だ。そこに魅了されなければ、萬子媛を書こうとは思わなかった。

それに、どこかお茶目――というと、語弊があるかもしれないが、コミカルというべきか――雰囲気も感じられたので、圧倒されながらも弾けるような幸福感がわく。わたしに感じられるのは、萬子媛の壮麗なオーラのみだが、オーラとはかくも雄弁なものなのだ。

息子さんは相当なイケメンであった可能性あり? 

黄檗宗の法衣姿の萬子媛は物凄く威厳のあるお顔をなさっているが、卵形の鼻筋の通った、目は現代風で二重か奥二重だろう。口元は小さく、可憐。若い頃は、美貌の才媛という印象の、しかもコミカルで温かみのある人物だったのではないだろうか。

適当なことを書き散らしている記事なので、参考にしないでください。

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2014年11月17日 (月)

歴史短編1のために #8 今日も4枚追加で、21枚

今日ものろのろと4枚。

でも、朝は「もうや~めた!」と、投げ出しかけたので、何とか続いているだけでもワタクシ的にはよしとしたいと思っています。

あとで何回書き直すことになったとしても、ひどい出来であったとしても、歴史小説は初チャレンジなのだから、とにかく仕上げてみる……それを目標にすることにしました。

江戸時代の日本とオランダ東インド会社の貿易では皮類もかなり輸入していたようです。馬具、武具など、用途は広かったでしょう。

いくさにはシラミ対策に皮の下着が重宝したようです(「葉隠」のどこかに書いてあったのを見つけていながら、付箋を貼り忘れてわからなくなり、探せないので、間違っているかもしれませんが)。

細かな疑問点を調べながら書いているので、進まないのです。つい、それについて書きすぎて脱線してしまい、消したり。萬子媛とある人物との会話なんか、テキトーに書いて面白いけれど、萬子媛がまるごと出てくるまで時間がかかり、まずいかな。

まあいい、短編第1作、とにかく仕上げること。

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2014年11月16日 (日)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

11月9日ごろ、イギリスのKindleストアでお買い上げいただいたようです。イギリスでのお買い上げは『田中さんちにやってきたペガサス』)』(ASIN:B00BEMD5ZK)に続いて2冊目でした。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は28冊目のお買い上げでした。

  • イギリス……1冊(今回)
  • 日本……15冊
  • アメリカ……11冊
  • ドイツ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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歴史短編1のために #7 ちょっと節操なかった江戸貿易

非公開後に書き出した記事も非公開にしなければいけなくなりそうだが、ちょっとだけ書いておくと(当カテゴリーに含まれる記事からの引用、リンクを禁じます)、

江戸時代の1621年から1847年までの227年間に来航したオランダの船は、700隻以上……という史実から考えざるをえないことはオランダは何を狙ったかということだ。

陶器はその一部にすぎない。

それがなんであるかはググれば、すぐに出てくる。わたしは、永積昭『オランダ東インド会社』(講談社学術文庫、2000年)が特に参考になった。中国との貿易では鎖国以前から、それらの流出が見られた。

日本は本来は今日のように、資源のない国ではなかったということである。

では日本は何をほしがったかといえば、何より、生糸であった。これは、江戸時代の文化……東福門院和子の着道楽、大名行列の装い、歌舞伎や花魁の衣装を考えてみるだけでなるほどと思わされる。江戸幕府って、考えようによってはマリー・アントワネット?

さあて、今日は何枚、書けるかな?

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2014年11月15日 (土)

歴史短編1のために #6 只今、不満だらけの17枚/Amazonにオランダ

なんか、のろのろとしか進めなません。これでいいのか、迷うわ。

家族2人――夫と娘――に朗読して聴かせたら、好感触だったのですが、今日書いた4枚はまだ朗読していません。急速に興味が冷めるかもしれませんね。

でも、とりあえず、進みます。のろのろと、のろのろと。

かなりの手直しが必要になるのか、ことよると全部書き直しになるのか、今のところはわかりません。プロット通り、いっているといえばいっているのですが、これまでのリズムがないのはなぜでしょう。

結局、準備不足ってことかしら。

伊万里焼の本を2冊見つけるのに、何と2時間くらいかかりました。

Room1_3

今日から炬燵に移動したら、これ。

手前に炬燵があり、向かって左側に重ねたクッション。このガラス加工の写真、朝の体調の記事でアップしてみましたが、消してしまい、また出しました。

本を探して、カーペットに散らかしているのではないのです。ワタクシ的には片付いているの!  定位置にあるのよ。掃除するときに重ねてどかすのですが、また同じように置きます。置く本や紙類(?)は時々変わります。

で、伊万里焼の本、本棚を全部探し(前後に置いているので、前のほうをどけて)、何度も探し、諦めてもしやと見たら、クッションの先に10冊ほど積み重ねた中に2冊とも、ありました。

必要になるだろうと思い、出していたのですが、下のほうになっていて、忘れてしまっていました。だから、すぐに要りそうなものを、カーペットに広げられるだけ広げているのです。炬燵の上には図書館から借りた本。

歴史小説や評論を書くと、片付かないので嫌です。

ところで、Amazonにオランダが加わりましたね。いつからでしょうか、さっきKindleストアに行って、気づきました。

  • Amazon.nl

さっそくオランダのKindleストアに出かけてみたら、ちゃんとオランダのKindleストアにもわたしの電子本が並んでいました。

ちょうど伊万里焼と東インド会社の関係や、オランダ風説書について調べていたので、嬉しい気持ちになりました。

江戸時代の1621年から1847年までの227年間に来航したオランダの船は、700隻以上だそうですよ! 鎖国の間、オランダは幕府の要求に応じて「オランダ風説書」を作成し、国際情報をもたらし続けました。伊万里焼を国際ブランドに高めたのもオランダです。

オランダに行った息子は、オランダが好きになった様子でした。

海外旅行は珍しくない時代になりましたが、わたしは珍しい。息子のイタリア土産の記事をアップするつもりで、忘れていました。そういえば、息子は引っ越しするといっていました。近くだそうですが。

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今日の体調

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昨日、冠攣縮性狭心症の発作が2回起き、それぞれミオコールスプレーを2回ずつ噴霧。

発作は最後の噴霧で完全に消えましたが、こうして座ってパソコンしていても、とても疲れ、時々動悸・目眩がします。

この若干不安定な体調が完全に戻れば、また半月からひと月の間、発作は起きないでしょうから、しばらくの辛抱といったところ。

ミオコールスプレー(ニトロ)を使って楽になっても、まだ凝り、圧迫感、胸痛などが少しでも残っている気がするときは90%くらいの確立で発作がぶり返すと考えたほうがよさそうです。

また、常用している薬は、発作予防の薬なので、夕食が遅くなるときは薬だけでも先に服用しておくべきだと反省しました。

上の写真は、昨夜の夕食に作った鶏だんごスープです。ニンニク、ショウガが多めに入っていて、娘はこれが大好き。風邪気味のときにいいですよ。

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2014年11月14日 (金)

おなかパンパンにスプレー1回

おなかパンパンにスプレー1回

午前中2回ミオコールスプレーを使って、だいたい治まりましたが、発作の芯(?)が残っている感じが消えず、でも忘れていたのですが、1時間ほど前から、おなかがパンパンで(娘が、残業というか、午後出勤の遅出だったので、夕食を待っており、一緒に食べるつもりでまだでした。食後の薬もまだで、それがいけませんでしたか)、これは冠攣縮性狭心症の前兆と思い、スプレー1回。

でも舌先にかかってしまい(舌の付け根にスプレーしないと、効きが悪い)、もう1回噴霧。

おなかパンパンになる前に、夕食作っていても、辛抱できないくらいつかれ、ニトロ使いすぎなのか、服用が遅くなったせいなのか、発作の芯(?)のせいなのか。

今日は小説1枚しか書いていません。

これで発作の芯(?)が消えたら、半月かひと月は大丈夫でしょう。

なんと今日は娘とリンドグレーンの誕生日ですよ。

娘のお誕生お祝いは別の日にするつもりですが(といっても、大したことはしないけど。ちょっとご馳走作って、家計からプレゼント……)、とりあえず娘の帰宅までに元気になっていよう。

発作が芯から消えたら、ケロッとなります。まあまあ、なった。

追伸:
かえって胸、苦しい。焦る。あと5分で治れ。ニトロはもう使いません。

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胸痛にスプレー1回 追加1回

胸痛にスプレー1回

昨夜からパソコンの前に座っても根気が続かず、すぐに横になりたくなるのが変だと思っていた。

書く意欲満々でありながら、こうなるときは大抵心臓の不調に原因がある。

胸痛とタイトルに書いたが、左胸から真ん中にかけて異様な凝りに悩まされ、いてもたってもいられなくなり、ようやく冠攣縮性狭心症の発作だと気づいた。

いつもの圧迫感、胸痛とは違うが、こんな症状も珍しくはないと思う。

ゆっくりと薬が効いてきた。まず胸の中が温かくなり(逆に涼しく感じることもある。どちらにしても快適になる)、背中の左側から真ん中にかけて楽になり(ここは涼しくなった)、次に頭(ここも涼しくなった)、さらに胸に戻って、今度はここも涼しくなり、それが左腕に及んだ。

ゆっくりだったので、薬を追加しようと迷っていたのだが、観察していると、薬の効果で、あちこち縛りが解けるように血のめぐりがよくなっていくのがわかった。

これほど効いても、まだ若干胸の縛りが残って苛立つ。もう1スプレーすべきか?

そうすると、血圧が下がりすぎると予測。もう少し様子見。

今回は前回の受診日のあと、1回発作が起きただけで、冠攣縮性狭心症のことは忘れていたほど、調子がよかったのに、やはり期間中(受診から次の受診までの間)、2回は起きる勘定だ。

発作が起きる前兆から薬で治まってしばらくは用心しないと、ぶり返したみたいに、またすぐに起きることがある。

今みたいに凝り(や圧迫感や痛み)の芯(?)が残っている状態では50%の確率かな。

もう我慢できない。写真は撮らないが、もう1スプレーする。

……

スプレーした。ようやく解消。まだ胸の中が不安定なので、用心しよう。

前のほうに書いたように、昨夜から発作の前兆はあったが、朝の室温の低下が直接の原因だと思う。

寒くなると、外出中も起こることが珍しくない。ニトロペン舌下錠を貰っておかなくては。

休み休み記事を書き、その間1時間以上も経過した。こんなに回復が遅いと、困る。

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2014年11月13日 (木)

イエス・キリストには妻だけでなく2人の子どももいた――バリー・ウィルソン教授と作家シムカ・ジャコボビッチ氏

過去記事で紹介した、イエス・キリスト研究に関するニュース記事。このときの研究者は、アメリカのハーバード大学神学部・古代キリスト教史のカレン・L・キング教授だった。

このとき、わたしは記事で以下のように書いている。

イエスは福音書の中でしばしばラビと呼ばれ、ラビは結婚していることが普通であったそうだから、その観点からすれば、イエスが結婚していたとしても何ら不思議なことではない。

イエスの教えのすばらしさを純粋に享受するためには、初期キリスト教の文献が一度、正統派キリスト教の呪縛から完全に解き放たれる必要があると思う。

また、イエスのオリジナルとされてきた言葉にも引用があるのかどうか、引用があるとしたらそれはどこから、どのようになされたのかなどといったことも、人類の思想の歩みを知るためには、今後、研究されていくべきではないだろうか?

今回、「イエス・キリストには妻だけでなく2人の子どももいた」という説を発表した研究者は、カナダ・ヨーク大学のバリー・ウィルソン教授とイスラエル系カナダ人の作家シムカ・ジャコボビッチ氏。

その説を展開した、古代文献を読み解いたという「ロスト・ゴスペル」(失われた福音書)が邦訳されたら、ぜひ読みたいものだ。

キリスト教のご都合主義で、初期キリスト教の沢山の文献からこれは正しい、これは間違っていると非科学的に即断するのは、どう考えても人類の歩みを甚だしく遅滞させている。

本来、初期キリスト教の文献はユダヤ教の文献ともいえるもので、人類の宝といってもよい。特定の利権集団の私有財産ではなく、人類のものであるはず。

当ブログにおける関連カテゴリー:

ライン以下に、ネットニュースからの記事をクリップ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "イエス・キリストには妻だけでなく2人の子どももいた――バリー・ウィルソン教授と作家シムカ・ジャコボビッチ氏"

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アフタヌーンティーのリゾット

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先日、北海道展に出かけたとき、アフタヌーンティーで注文した「小エビと揚げナスのトマトクリームリゾット」。

ハイティーセットにしたので、フード、ティーと、サラダかハーフサイズのスイーツを選べるのですが、スイーツにしたいところをこらえてサラダに。サラダも美味しいです。

リゾットについていた、ニンジン、ダイコン、黒オリーブ、パプリカのピクルスがさっぱしていて美味しかったので、家で作れたらなと思いました。

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歴史短編1のために #5 欠陥だらけの13枚。脱線して、殿様方のホロスコープ作成

13枚書いたが、うーん、欠陥だらけという感じ。でも、とりあえず、先に進もうと思う。書きながら調べてわかったことがいろいろとあった。

家族にまた書き加えた部分を朗読して聴かせたところ、全く自信がないときにも結構辛辣だったりする家族が(家族の誰とはいわないが)、「さまになっている」と褒めてくれた。

そうかなあ。

テキトーな小説で、萬子媛に申し訳ないこと頻り。

萬子媛のご主人と、萬子媛の小伝を書いた義理の息子さんの誕生日と出生地がわかるので(さすがに出生時間まではわからない。大名の奥さんと子供は江戸住まいを義務づけられていたが、支藩の大名はそうではなかったことが出生地が佐賀だったことからもわかる)、ホロスコープを作成してみた。

すると、何とおふたり共魚座で、義理の息子さんは魚座に四つも星が入っている、相当な魚っぽさ。

ご主人はそこそこソフトで勇敢で堅実で、二万石という支藩の小大名にはよい感じ。ご主人は多忙で、萬子媛はひとりの時間を楽しんだ面もあったかも。尤も、出生時間がわからないので、想像を加えた解釈だが。

義理の息子さんは文学肌だったらしいけれど、なるほどという感じ。これも出生時間がわからないので、想像を加えた解釈だが、おかあさんに豊かな愛情(聡明な愛情)を受け、おかあさんが大好きだったんじゃないかな。

実のおかあさんは幼い頃に亡くなっているから、そのおかあさんは萬子媛だ。

彼は奥さんとも仲がよかったはず。徳川の泰平の世でよかったわね。乱世だったら、ちょっと心配だけれど。

同じ年の同じ頃に亡くなったおふたり。小伝は亡くなる1年前に執筆されている。

義理の息子さんが書いた萬子媛の小伝を読んだとき、「ああこの人は萬子媛が本当に大好きで、心から尊敬していたんだ」と感じたのだが、それを裏付けるようなホロスコープ。出生時間がわからないので、あくまで想像を交えた素人解釈。それに、時間がないので、ざっと見ただけだから、間違っているかも。時間ができたときにゆっくり見よう。

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2014年11月12日 (水)

トーセンソレイユ、武豊を乗せて八坂ステークス2着。ホースマンカレンダー。

トーセンソレイユが9日、八坂ステークス(1600万下)で走った。騎手は武豊。差し損なったという感じで、バッドボーイに届かず、2着。惜しい。

トーセンソレイユはディープインパクトの妹で、後方から追い上げていくタイプだけれど、線が細いというか、お兄さんほどのパワーはない。気分のコントロールも案外難しいところのある馬なのでは? 重賞狙うのはまだ無理かな。

小気味のよいところがあるので、うまく走らせれば、そこそこ行けると思う。

ナンにしても好きだなあ、トーセンソレイユ。優秀な馬はいくらでもいるけれど、あの馬体のラインと雰囲気が好き。レースの動画を見て、すぐにトーセンソレイユだとわかる。

わたしもダイエットで少しは締まったので、お試し乗馬したときに比べれば、馬にふさわしい体形になったはず(?)。幸い大分には体験乗馬させてくれるところが複数あるので、そのうち乗りに行きたい。

2015年のホースマンカレンダーを書店勤務の娘に注文した。「サラブレッド血統センターオンラインショップ」から購入することもできる。パンフレットの馬たちを見ていたら、娘に馬ばかり見てるといわれた。

昨日、歴史短編を15枚書くはずが、純文学小説の校正に時間を食い、結局1枚も書かず、深夜起きるつもりが朝まで熟睡。気持ちのよい睡眠だっだけれど……ああ。

すんなり作品に入れるかどうかで、収穫量に差が出る。この作品は果物でいえば……葡萄? うまく収穫できるかどうかが問題だけれど。

『田中さんちにやってきたペガサス』は林檎。

『昼下がりのカタルシス』は洋梨。

『すみれ色の帽子』は、コンデンスミルクが合う甘さの苺。

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2014年11月11日 (火)

歴史短編1のために #4 ようやく出だし4枚

ああ、苦しかった。

4枚だけだが、ようやく本格的にスタートできた。

新しいジャンルに挑戦したことを後悔し始めていた。どうしても、文章が出て来なかったのだ。2行書いては消し、消してはまた2行……

ナンか違う、乗れない文章なのだ。

純文学小説を書いているときもよくあることだけれど、これまでの経験から、構想を含めた作品全体がどんな状態にあるのかがわかるし、そうした停滞はそう長くは続かない。

今度は、どこがどう足りないのか、準備不足なのかどうなのか、さっぱりわからなかった。

もうどうしようもないと思い、これ以上鬱屈したくなかったので、休日の娘と昨日デパートの北海道展に出かけた。お得な海産物とじゃがいものインカと甘いニンジン、お菓子は節制中なので、家族のものを買った。

帰宅後、気分転換がよかったのか、書けそうな気がした。それでも、なかなか出てこない。深夜3時を過ぎたころになって、一気に4枚書けた。幸せだった。

書きたいのに思うように文章が出て来ないときは、本当につらい。対処法は、つらくても、何度でも書くことだろう。

自分なりの歴史小説のスタイルを、ようやく掴めた気がする。

朝、家族に朗読して聴かせた感触もよかった。まだたったの4枚だけれど、とりあえず、郷土史家への年賀状には、「5編の短編小説のうち、最初の短編を○○枚書いたところです」と報告できる。

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2014年11月 9日 (日)

歴史短編1のために #3 後水尾天皇の禅と学問

結局、非公開にしたNotes:初の歴史小説と同じノートになりつつあるが、触りだけという感じにとどめている。

後水尾天皇:Wikipedia

以後、霊元天皇までの4代の天皇の後見人として院政を行う。当初は院政を認めなかった幕府も寛永11年(1634年)の将軍徳川家光の上洛をきっかけに認めることになる。その後も上皇(後に法皇)と幕府との確執が続く。

家光の上洛によって院政が認められたくだりは、以下の本pp.88-89に詳しい。

後水尾天皇―千年の坂も踏みわけて (ミネルヴァ日本評伝選)
久保 貴子 (著)
出版社: ミネルヴァ書房 (2008/03)

昔は防火、消火の手段が限られていたから、火事が発生しやすく、燃え広がりやすかったようだが、それにしても、この時代、あっけないほど邸が焼失している。また、疱瘡などで、人があっけなく死ぬ。疱瘡が目につく。

生きるのが嫌になりそうだが、逆に生への執着が強まるかもしれない。嫌でも、宗教に関心が向きそうだ。

萬子媛の出家は、萬子媛の2番目の実子、朝清が21歳で急死したことがきっかけとなっている。朝清の死の原因は何だったのだろう? 1番目の実子、文丸は元服前の10歳で夭逝している。

前掲書によると、「慶安四年(一六五一)五月六日、後水尾天皇は広御所で突然落飾した。五十六歳の時である」(p.112)。

上皇は臨済宗の僧、一糸文守に傾倒し、帰依したという。上皇は一糸に、父後陽成天皇から伝えられた硯を、二首の和歌を添えて下賜したりしている。しかし、一糸はこの3年後、39歳の若さで亡くなっている。

全く死にたくなりそうだが、上皇は85歳まで生きた。ずっと幕府との確執が続いたことを思えば、大変な生涯だったと思える。学問に救われたところもあるのではないだろうか。

尤も、この学問ですら前掲書によれば、「幕府は、天皇に学問と和歌、そして有職故実全般にわたって習学することを規定した。この法度が制定された時の「天子」は後水尾天皇である。言い換えれば、ここに規定された天皇像の体現を求められた最初の天皇ということになる」(p.44)

書き忘れていたが、前掲書には、「法皇に与えた禅僧は少なくない」とあり、「日本黄檗宗を開いた隠元隆琦もその一人」(p.120)だという。

学問は、父後陽成天皇が九歳で読書始めを行ったという先例にならったという。慶長九年(一六〇四)十二月十三日から、慶長十四年三月十二日に、四書(大学、論語、孟子、中庸)の読書が終わって御祝いの盃のあったことが「時慶卿記」に記されているそうだ。「時慶卿記」は公卿・西洞院時慶の日記。

いやはや、大変な「読書」だ。まず、儒学をみっちり叩き込まれたということだ。

それから有職、有職は公家・武家などの行事、儀式、官職等に関係する知識。和歌。楽・郢曲。連歌。詩文学。歌学。聯句。詩。

さらに、職原抄、職原抄は中世日本の有職故実書。公事根源、公事根源は室町時代に一条兼良により記された有職故実書。神皇正統記。日本紀。和漢朗詠。詠歌大概。百人一首。大鏡。水鏡。増鏡。大和物語。

理系だったら、悲劇だわね。

幸い、後水尾天皇にはこの種の学問が性に合っていたらしく、公家衆への講義なども好きだったようだ。

「源氏物語」は当時、女性に人気があったらしい。前掲書からは、禁裏で女中衆に楽しそうに源氏を講釈している上皇の様子が見えてくるようだ。

寛永二年、三十歳のときに叔父八条宮智仁親王から古今伝授を相伝されたという。

後水尾天皇の和歌、まあまあだとわたしは思う。古今伝授といえば、それを切望した鍋島光茂を連想してしまう。

ウィキペディアによると、光茂は「武家でありながら歌道を極め、京都の公家で二条流の歌道の宗匠である三条西実教より古今伝授を受けた」だそうだが、何首か見た限りでは、わたしは結構ひどい気がしたわ。下手の横好きとしか思えなかった。前の記事に書いた、龍造寺氏の血筋の方がずっと文才、ありそう。

明日までに20枚書くはずだった……計画倒れとはこのこと。

が、ともかく、朱子学、陽明学のおおまかなところ、後陽成天皇、後水尾天皇については頭に叩き込んだ。執筆には想像した以上に時間がかかりそうだが、アウトラインはかためた。よし、行ける!

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2014年11月 8日 (土)

スナップえんどうのサラダ

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サイト『キューピー とっておきレシピ』の「スナップえんどうとゆで卵のハニーマスタードサラダ」を参考にしました。

レシピを閲覧して、茹でたスナップえんどうを半分にさくの? と思いましたが、茹でたスナップえんどうだと簡単にさけ、お皿に盛ってみると、綺麗。

あらびきマスタードがなく、普通のマスタードで作りました。最近、蟹トマトクリームパスタを作ったときに(これも美味しかった)、生クリームが余り、瓶に保存してコーヒーに使ったりしていたのですが、その生クリームをドレッシングに加えました。胡桃も少し散らしました。

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サイト『E・レシピ』の「豚肉のママレード炒め」。このレシピも気に入りました。

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2014年11月 7日 (金)

歴史短編1のために #2 田代陣基。参勤の道筋。

いざ、小説を書き始めようとすると、知識の欠乏が障害となって、進むどころではない。

短編といえど、まだ書き出す段階ではないのかもしれないが、書こうとするときに何が足りないかがわかるので、このまま進んでみよう。

この執筆ノートには企業秘密にあたることは書けないが、書ける範囲内でメモしておくと、葉隠の筆録者、田代陣基(つらもと)iについて、少し。

田代陣基は延宝六年(1678年)生まれで、父は竜造寺胤久の孫――佐賀藩士田代小左衛門宗澄――である。

「祐徳開山瑞顔大師行業記」を書いた肥前鹿島藩の第2代藩主・鍋島直條(なおえだ)の母も、龍造寺政家の娘。

山本常朝の語りの魅力は、田代陣基のインタビュー力と文章力があってこそ、「葉隠」という形で開花した。

龍造寺の血筋は文芸肌なのだろうか。改めて、龍造寺氏の出自をウィキペディアで見てみる。

龍造寺氏:Wikipedia

出自には諸説があって定かにされていないが、藤原道隆の流れを汲むとされる草野季貞の子孫とする高木季綱の次男の高木季家が文治2年、肥前国小津郡龍造寺の地頭となり、地名から龍造寺左衛門尉南三郎と称したことに始まるという。

藤原道隆――、娘は中宮となった定子。定子に仕えた清少納言の著作「枕草子」の中で、明るく、賑やかなサロンの中心人物として、気高い、機知に富んだ女性として魅力的に描かれた女性である。

その血筋というには遠すぎて、はっきりしないようでもあるが、「葉隠」からもサロン的雰囲気が漂うことは過去記事で書いた(あ、非公開設定にしていたんだった!)。

ウィキペディアに「龍造寺本家の断絶後も龍造寺氏の庶家は多久氏、諫早氏、武雄鍋島氏、須古鍋島氏など(龍造寺四家)を名乗り佐賀藩に重臣として仕えた」とある。龍造寺氏の血は「葉隠」のような著作にも一役買って、今も生きているというようか。

話が無関係なほうへ逸れるが、東漢氏のうちの大蔵氏の流れを汲む江上氏が、元冦の役の軍功によって肥前国神埼荘地頭職を賜り、そこへ住むようになった。肥前国での権力争いに巻き込まれ、右往左往したようだが、龍造寺氏との関係は浅からぬものがあるようだ。

わたしの母方の祖母の家系は江上氏の庶流のようで、遠すぎて関係ないといえば関係ないが、あるといえばあるので、龍造寺氏が気にかかる。

子供の頃からなぜか、花山院萬子媛(祐徳院)のことは気になっていたが、その萬子媛に関する最も信頼できる小伝を書いたのが、龍造寺一族の母を持つ鍋島直條(肥前鹿島藩の第2代藩主。初代藩主を鍋島忠茂とする見方では、第4代)……とても遠い、でもナンだか、不思議な縁だなあ。

「葉隠」の口述者、山本常朝は石田一鼎(いってい)の大きな影響を受けている。石田一鼎は光茂(どうでもいい話だけれど、光茂は蟹座だ)の御側相談役だった。潮音道海の影響を受け、神仏儒の合一を説いた。潮音道海黄檗宗の僧侶で、隠元隆琦の孫弟子である。

江戸時代の儒教といえば、朱子学なので、ここ数日、朱子学について詰め込めるだけ詰め込み、それをまたケロリと忘れたが、朱子学が道教と仏教の影響を受けていることはわかった。

アリストテレス的というか、ヨーロッパの近代哲学的というか、頭脳的というか、辻褄合わせ的というか、それだけというか、国家の成立、維持にはとても役立つ思想だろうなあという荒っぽい感想がわいた。

当時の佐賀藩の参勤の道筋を調べた。まだ、後水尾天皇を書いた本を読破していない。それを済ませないと、執筆に入れない。徹夜してでも読破しなくては。

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2014年11月 5日 (水)

ユネスコの精神的母胎となった、神智学協会の理念

注文していた本がAmazonから届いた。

ユネスコ創設の源流を訪ねて―新教育連盟と神智学協会
岩間 浩 (著)
出版社: 学苑社 (2008/08)

H・P・ブラヴァツキーがH・S・オルコット大佐と共に設立した神智学協会が20世紀の世界の文化人に多大な影響を及ぼし、後継者のアニー・ベサントがガンジーや詩聖タゴールらと関係を持ちながらインド独立運動で指導的役割を果たしたこと 、また文化財を保護するレーリッヒ条約については知っていたが、教育関係にも大きな役割を果たして、モンテッソーリ教育を発展させ、神智学協会の理念がユネスコの精神的母胎となったことまでは知らなかった。

神智学協会は博愛的、学術的団体〔H・P・ブラヴァツキー『神智学の鍵』神智学協会ニッポン・ロッジ、平成7年改版)p.29〕であるので、政治活動はあくまでプライベートな領域である。

また、竜王会を設立して総合ヨガや神智学を日本に紹介した三浦関造氏が兄と共に教育者としても大変有名であったことなど、竜王会、神智学協会の会員でありながら、あまり知らなかった(竜王会の内部部門として存在した神智学協会ニッポン・ロッジ。その初代会長・田中恵美子先生の没後、組織は竜王会と神智学協会ニッポン・ロッジに分かれた)。

初代事務局長はイギリスのジュリアン・ハクスリ―(在任期間1946年12月 - 1948年12月)。ハクスリー一族の出身で、生物学者、ヒューマニストとして知られる人物だが、弟は作家オルダス・ハクスリー。オルダス・ハクスリ―は神智学協会との深い関係で知られている。

アンネ・フランク、ジャーナリストだったキャサリン・グラハム、Amazon.comの創立者ジェフ・ベゾス、Googleの共同創立者セルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、wikipedia創設者ジミー・ウェールズなども、モンテッソーリ教育の生徒だったという。

明治時代の神仏分離による廃仏毀釈で宗教が骨抜きになり、思想的に混乱した日本。

その日本からイギリスに国費留学して神経衰弱に陥った漱石や、その生徒で、「大なる悲觀は大なる樂觀に一致する」などとカッコつけて厭世観から自殺した藤村操のような人間とは異なる強靱な探究心、スケールの大きさで、日本の宗教思想の再生を試みた三浦関造のような人物もいたのだ。

私事になるが、前世は修行者であの世の光はすばらしかった……というわずかばかりの霊的記憶を持って生まれたわたしを、見えない世界からずっと見守ってくれているうちの中心にいたのがこの方だった。

竜王会に入ろうかどうしようかと迷ってうたた寝しかけたとき、眼前高くぽっかり空いたエメラルドグリーンの円の中から気品の高い方々がこちらを見ていた。その真ん中に写真で見た三浦先生がいらして、「ようやく辿りついたね」と、楽しそうにお笑いになったのだ(そのような幻影、あるいは瞬間的な夢を見たといいかえる方が無難だろうか)。

しかし、竜王会に入ったわたしは三浦先生の諸著作には関心がなく、業績にも興味がなかった。三浦先生の長女、田中先生をただ、ただ慕い、神智学に関する疑問をしきりに手紙に綴って回答を求めた。

そして、日本には仏教があるのに、なぜヨガ? とわたしは疑問に思っていたのだ。その疑問が、初の歴史小説を書くために明治の廃仏毀釈を探ったことで解けたのだった。

仏教思想の本質に触れることは、三浦先生の時代にはもう日本では不可能になっていたのではないだろうか。仏教の源流を求めれば、ヨガに行き着く。

三浦先生のヨガ会得の精華が総合ヨガであり、また三浦先生は神智学に魅せられ、日本に紹介した。ブラヴァツキーの代表作「シークレット・ドクトリン」は、東西の宗教思想が共に源泉としている根源的真理を、仏典の詩編をモチーフに解説している。

三浦先生が達人と呼ぶにふさわしい人物であったことが、綿密な取材を経て本に書かれている。

教育をテーマとしながら、神智学協会が世界に及ぼした計り知れないほどの影響力について、これほど包括的、具体的、検証的に書かれた本はこれまでに出ていなかったのではないだろうか。

「はじめに」から、ユネスコについて、また本が書かれた主な目的が述べられた部分を、紹介しておきたい(pp.2-3)。

ユネスコ(UNESCO)は、戦争の原因は人々の心に根ざすとして、平和な心を育てることなしに、永久的平和はありえないという認識から、人類の教育、科学、文化の発展を目指す国際機関として、国連内に誕生した。その仕事は地味ではあるが、ユネスコは「国連の良心」として、国連の世界平和の実現という大目的に向かって努力している。
 そのユネスコは、どのようにして生まれたのか、それを追求するのが本書の主たる目的である。本書では、国際連盟内の国際知的協力委員会(ICIC)や連盟の外郭団体であった国際教育局(BIE)など、ユネスコの前駆として既に知られている組織の他に、(国際)新教育連盟(NEF)がユネスコ創設に当たり大きな役割を果たしたこと、及びそのNEFを創設したのが神智学協会であったという隠れた事実を浮き彫りにする。この基線の上に、スイス、インド、南アフリカ、日本などでの新教育連盟の展開ぶりを示し、新教育連盟の軌跡の一端を紹介する。また、エンソア、タゴール、モンテッソーリ、レーリヒなど新教育連盟及び神智学協会と密接な関係を有した人々を取り上げ、日本では下中彌三郎、三浦修吾・関造兄弟の新教育運動に影響を与えた人物をケーススタディ的に記述し、かつ、東京の冨士小学校における新教育実践の姿を明らかにする。
 

読了後にきちんとした記事を書きたいが、ざっと目を通してすっかり興奮してしまった。

「ユネスコ憲章」の前文、第1条(目的及び任務)をここで閲覧できる。

神智学の理念を映した、この崇高なユネスコの理念が、日本では日教組の反日愚民教育によってすっかり歪められ、日本の子供たちには本物のユネスコ精神が伝えられなくなってしまっていると思う。

詩聖と称されたタゴールの詩を、わたしは岩崎書店の『ジュニア版 世界の文学 35 世界名詩集』(山本和夫編、昭和44年)で中学1年生のときに読み、魅了された。

タゴールの詩を青空文庫で読むことができる。タゴールは「ギタンジャリ」によって、1913年にノーベル文学賞を受賞している。

拙ブログ「マダムNの神秘主義的エッセー」における関連記事:

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文学仲間F氏、大学時代からの女友達Rちゃんとおしゃべり。

文学仲間F氏にお尋ねしたいことがあったので、昨日お電話した。

定期的にF氏とお話しすると、創作意欲が掻き立てられるので、初の歴史小説の短編第一作目で四苦八苦している今、お尋ねして知りたかったことよりも重点はそちらにあった。

F氏は最近エッセーの賞を2つ、ゲットなさったそうだ。近々某雑誌の編集者がエッセーの依頼、打ち合わせでこちらに見えるという。

いいなあ、編集者が九州くんだりまで……。

1時間ほど、F氏の近況、文学に関する情報交換、文学論などで盛り上がり、お陰様で、体内の細胞が活性化した気がする。これで、地味な創作作業を乗り切れるだろう。1人で黙々と書いていると、ひどく孤独になってくるのだ。

まあ孤独を感じるのは、うまく書けず、自信がないときだけれど。

それはいいけれど、お誘いがいつも唐突で、今朝電話があり、「これからスタバに出かけるけれど、来ない?」とおっしゃる。最近のF氏の仕事場(?)はスタバなのだそうだ。

「カフェで原稿を書くなんて、まるでフランスの作家みたいですね。スタバは好きなので、行きたいけれど、午前中は無理です」と、わたし。ところがF氏のスタバ通いはもっぱら午前中だとおっしゃる。

前は午後から夕方までだったような気がする。通うカフェも、時間帯も、以前とは違う。

電話を切ってから、NHKカルチャーで担当なさっている創作講座のお話を伺うのを忘れていたことに気づいた。

午後になって、大学時代からの女友達Rちゃんに電話をかけた。昨日、電話したらご主人が出られて、彼女は留守だった。少しだけ、ご主人と話した。落ち着きのある、優しそうな話し方なので、おしゃべりなわたしはご主人ともついおしゃべりしてしまう。

「定年退職後のご主人が飲み過ぎることを心配していたけれど、大丈夫そうね」というと、Rちゃんは数ヶ月の間にいろいろあって、ご主人は現在、自分から進んで飲酒を控えているそうだ。

時が解決することって、多い気がする。

創作は沈滞気味だそうで、彼女はダイエットの必要を感じ、スポーツジムに通っているとか。心臓の負担を覚えるほどだという。

それはわたしも通った道なので、エラそうにダイエットのコツを伝授した。ダイエットに自信がなさそうだ。それもよくわかるので、自分の経験を話した。

わたしは現在、たまにお菓子を食べることがあるが、少量に留め、厳しく体重管理している。

尤も、若い頃のようには痩せていないが(そこまで落とすこともできると思うが、皺が心配なのだ)、心臓が楽かどうかをバロメーターとし、心臓が楽な今の体重――ダイエット終了時の体重――をベスト体重と判断している。

これからも気を抜かずに、体重管理、料理と頑張るつもり。

たまに温泉に浸かりにこちらに来るという話だったが、次はいつなのか訊くのを忘れた。そのときはぜひ会いたいので、そのうち電話か葉書で尋ねよう。

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2014年11月 3日 (月)

歴史短編1のために #1一太郎をスタンバイさせる。タイトルの決定。至急読むべき本2冊。 

以下の記事に書いたように、初の歴史小説を書くためのノートは非公開にしました。

で、5編ほど書く短編小説のうちの第1作目に取りかかろうとしたところで、前の記事に書いた出来事があり、他の雑用も重なって、出遅れました。

郷土史家への年賀状に、「とりあえず短編第1作目は仕上がりました」とご報告できるかどうかは、今月の踏ん張りにかかっています。

自分のためのあとで書くtodoリスト的に、したこと、しなければならないことを、書ける範囲内でメモしていこうと思います。

ノートに殴り書きしたプロットを、パッと見てわかるようにワードに整理しておきたいのですが、それ自体に時間がかかるので、次の作業へ。

本格的に執筆モードに入るためのスタイルを調えました。短編1専用に一太郎くんをスタンバイさせたということです。

わたしの一太郎は承で古いですが、電子書籍作り、たまの賞応募にも重宝しています。様々な用途で利用できるテンプレートも豊富なので、手紙を書くときなどにも利用しています。

一太郎の通常形式で、印刷するときのスタイルを設定しておき、執筆時には基本、エディタ、アウトライン、基本編集、提出確認、ビューアから、必要に応じて選択します。

わたしは大抵、横書きエディタで、ノートに殴り書きした下書きをざっと調えながら清書していきます。清書といっても、清書1というべきもので、下書きの一種です。基本に換えて、印刷したときの感じを一応確認しておき、また殴り書きノートに戻ります。この繰り返しです。

一太郎では常にサイドバーで文字数、400字換算枚数の確認ができるので便利です。尤も、基本設定するときに、ページ数、行数が表示されるようにしておくのですが。保存は一太郎の基本設定「通常」と「テキスト形式」で保存しておきます。

一太郎を購入する前は、フリーソフト、地矢ただし氏の「VerticalEditor」を利用していました。縦書き、ふりがなに対応しており、使いやすかったです。新しいバージョンに更新されているでしょうね。

一太郎がスタンバイしたところで、歴史短編のタイトルを考えました。だいたい決めていたのですが、いざ決定するとなると(長編に総合化するときに、そのタイトルは消えるかもしれませんが)、決まらず、1日潰したようなものでした。

といっても、タイトルを考えるのは楽しいのです。タイトルなしで始めることもありますが、タイトルがあると、意図する方向へイメージが膨らみやすい気がします。

わたしがタイトルに持たせているこうした役割から考えると、純文学系の賞を受賞する作品のタイトルはここ何年も奇を衒ったような、変なものが多いですね。ペンネームもそう。

賞に忠実であろうとすることが、作品に不実となってしまうことはこの時代、避けがたいことなのかもしれません。そのときに、サタン(わたしはサタンを物質世界の王と解釈しています)に仕えるのか、ムーサイ(ギリシア神話に出てくる芸術の女神たち)に仕えるのかを選ぶことになるのだと思います。

こんなことを考えてしまうわたしは、職業作家には不向きなのでしょうね。文学界全体が変わったら、違ってくると思いますけれど。

8日までに20枚書く予定でしたが、計画倒れになることがほぼ確実。至急読んでおかなくてはならない本が2冊もあるのです。

8日までに書きたい20枚の部分にやんわり関わってくる、人物に関する本1冊、思想に関する本1冊。だいたいのところを理解して頭に入れておけばいいのですが、図書館の本なのです。大事な箇所や参考文献として挙げるかもしれないので、そのあたりをちゃんとメモしておかなくてはなりません。

読書の合間に明日は5枚でも書けたらと考えています。

息子のイタリア土産の記事をアップするつもりで、時間がとれません。昨日電話がありました。

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2014年11月 2日 (日)

いやーん、タバコ病、キタ━(((((っ・ω・)っo((・ω・))oc(・ω・c))))))━ !!!

さあ、これから初の歴史小説に突入!といった、矢先の出来事でした。

前の料理の記事を書いているときに、娘が健康診断の結果が届いたといって見ていました。

わたしは家族の健康診断の結果はチェックさせて貰うことにしているので、「どうだった?」といって見せて貰いました。

娘の場合、これまでは小学校で受ける身体検査程度の貧弱な内容だったので、尿検査が異常なかったか、確認する程度でした。娘は小学校6年生のときに橋本病(甲状腺機能低下症)と診断を受け、別府市の野口病院を半年に1度受診しており、そのとき血液検査があるので、そちらを参考にしていました。

これまで娘は健康保険が、「協会けんぽ」でした。協会けんぽの「26年度対象者年齢一覧表」を見ると、一般健診が受けられるのは35歳からとなっています。夫が定年退職以前に勤めていた会社も今の会社も同じ協会けんぽなので、35歳までは健康度の目安となる一般検診はありませんでした。

ところが、書店勤務の娘の健康保険は、今年の夏くらいに、これまでの「協会けんぽ」から「出版健保」に変わり、内容が一気にグレードアップ。血液検査、子宮頸がん、乳がんの触診(マンモグラフィーは希望しただけで受けられませんでしたが、項目にはありました)……いやー、豪華。

それだけに、緊張して健康診断の結果を見ましたが、幸い異常なし(持病の橋本病を除けば、ということですが)。

豪華といえば、息子が受ける健康診断の内容はもっと豪華な気配が漂っています。当然35歳にはだいぶ間がありますが、充実した項目の血液検査(例えば痛風なんかもわかるようです)、脳ドッグも一部は自己負担なのかもしれませんが、希望すれば、受けられるようです。

父は船員保険だったので、こちらもまた特殊というか、充実した内容でした。

どうしてこんなに違うの?と無知なわたしは思い、ググってみたら、ダイヤモンド社のサイト「DIAMOND 男の健康」の「会社員の健康保険のお得な制度を見逃すな!大企業の従業員には、さらに充実した保障もある」という記事(⇒ここ)を見て、納得。

わかりやすい箇所を以下に引用します。

 国民皆保険の日本では、誰もがなんらかの健康保険に加入しているが、加入先は職業によって次のように分かれている。

  • 自営業者、無職の人など、その家族  →国民健康保険 (国保)
  • おもに中小企業の従業員、その家族  →全国健康保険協会(協会けんぽ)
  • おもに大企業の従業員、その家族   →組合管掌健康保険(組合健保)
  • 公務員、私立学校の教職員、その家族 →共済組合

 いずれの健康保険も、保険証を見せれば、医療費の一部を自己負担するだけで、全国どこでも平等に医療サービスを受けられるという点は同じだ。

 しかし、民間企業の従業員が加入する健康保険には、自営業者などが加入する国民健康保険にはない保障もある。

 さらに、大企業の組合健保の中には、法律で決められた給付よりも充実した保障を上乗せしているところもあり、同じ国の制度でも、加入している健康保険によって受けられる保障は変わってくる。

なるほど、それで健康診断の内容が違うのかと思いました。

ちなみに、出版健康保険組合は、出版業界の健康保険組合として、1947(昭和22年)に設立され、「国に代わって、出版業界に働く方とその家族の方々の病気やけが、出産、死亡などに対して給付を行っています。また、みなさまが健康で、安心して生活できる環境をつくるためさまざまな事業を行っています」とありました。

契約社員として安くこき使われている娘は、健康診断だけはグレードアップしたようです。息子は自分の受ける健康診断の内容が普通だと思っている様子だったので、違うわよと教えました。格差社会を嫌う息子は、腑に落ちない様子でした。

話題が逸れましたが、夫の健康診断は娘より早かったはずなのに、まだ結果が届かないのかと不審に思い、尋ねると、「全部よかったよ。基準値を少しはみ出ていたコレステロールは基準値内に戻っていた。善玉コレステロールの数値がすごく優秀なんだって」という。

善玉コレステロールが優秀? バナナ効果かしら?

わたしは血液検査にちらほら異常値がありますが、家族の血液検査で見る限り、料理内容はまずまずというところでしょうか。主婦として褒められたような悦びを覚えました。料理頑張っていますもの! だあれも褒めてくれないけれどね、わたしはそれだけでも満足。

しか~し! ナンか変だと思いました。というのも、夫は健康診断の結果を自分から積極的に見せる方なのに、見せるどころか、この話題を早く終わらせようとしている様子だったからです。

どこか検査が必要なのであれば、まず机の上に広げて置いておくはず。そして、興奮した面持ちで、待機しているはず。

これまでと違うと感じたわたしは、「キタ━(((((っ・ω・)っo((・ω・))oc(・ω・c))))))━ !!! 肺気腫だあ」とぴんと来ましたわ。

というのも、わたしは愛煙家がなりやすい肺気腫、別名タバコ病と夫がいつかは診断されるだろうとずうっと前から心配し、口が酸っぱくなるほど「禁煙、せめて減煙」の必要を唱えてきたからです。

馬の耳に念仏でしたが、定年退職後の仕事内容が前の仕事に比べると、ストレスが少ないことや、ここに引っ越してきて間もなく始まった(相手からのストーカー)不倫が一応終息したこともあって、本数が減ってはいるようでした。

何度も不倫がぶり返し、互いの家族を交えた示談(出席者全員が互いの前途を祝して閉会しました)すら効果がなかったときは、わたしも我慢の限界に達し、今思えば、精神的に危険な状態でした(よく死ななかったものです、ブログのお陰かもしれません)。

荒むばかりの夫の不倫の意味がわからず、別れを口にするたび、夫が子供のようにわたしの背中にしがみついて泣くので、変だとは思っていましたが、ついに相手がストーカーだったとわかりました。

相手が非常識すぎると、損害賠償の請求すら、できません。相手の子供が不憫ですしね。協力者もいて、本当なら相手と協力者全員を訴えたいほどです。ずっと警戒が必要だと考えています。何かあれば、即警察と未だに緊張の抜けない日々なのです。

今は和やかなコーヒータイムを夫婦で楽しむ毎日ですが、外出時の煙草はなかなかやめられないようでした。

ところが、夫はここひと月ほど、ほとんど吸っていないようで、それが不思議でした。いつからか家の中では吸わなくなりましたが、外で吸ってきただけでも、わたしは喘息がでるので、もし煙草をやめていないとそれがわかるのです。

どういう風の吹き回しで夫が禁煙する気になったのかは謎でしたが、しきりに飴をなめるのが嫌でした。結局対象が変わるだけで、依存性という根本原因は変わらないからです。今度は、飴のなめすぎで糖尿病になるでしょうよ(糖尿病のわたしがエラそうにいえたことではありませんが)。

子供たちは幼い頃は喘息でしたから(わたしが喘息になったのは日田市で台風被害に遭い、ひと月ほど半分潰れた黴だらけの家で暮らしてからです)、夫の煙草のことで大喧嘩することが頻繁でした。ゲーム三昧でもあり、わたしは夫害から子供たちを守ることで必死でした。そうした行動の原因に、仕事に対する不満があったようですが……。

健康診断の結果を見せるように、わたしは強く迫りました。

夫が渋々渡した結果を見ると、すばらしい成績でしたよ。希望で追加したB型肝炎、C型肝炎も陰性。コメントに「レントゲンでは、別名たばこ病とも言われる肺気腫の所見が認められますので、もうひと頑張りして禁煙できるとよろしいですね」とあった以外は……。

定年退職前は1日に20本(不倫中はもっと吸っていたはずです)、それ以降は1日5~6本吸っていた、と夫の弁。

わたしは翌日にでも、呼吸器科を受診するようにいいました。夫は「(4)要治療」ではなく、「(3)要経過観察」だから、行かなくていいといい張ります。素人が経過観察できるわけ、ないでしょうが、馬鹿!とわたしの語気は荒くなります。

結婚前は上品なお嬢さんだった、と率直な友人にいわれたことがあります。正直いって、この人と結婚したのは失敗だったと思いますが、もう運命共同体となってしまっていて、このわたしたちの物語を最後まで読んでしまいたくなっているわけです。

夫のホロスコープでは月が労働や健康の6室にあり、しかもその月は傷ついています。月は母親や妻を意味するので、夫と一緒にいる限り、妻のわたしは下働き的な労働の室に閉じ込められ、あまりよい待遇は受けないでしょう。

わたしのホロスコープでは月は外国や出版を表す9室にあり、第1室の天王星とトライン、第6室の金星とセクスタイルです。

月の置かれた環境がずいぶん違う気がします。ただわたしの天職を表す土星のサビアンシンボルと夫の妻を表す月のサビアンシンボルは同じ「玩具の馬に乗っている小太りの少年」(松村潔著『決定版!! サビアン占星術』学習研究社、2004年)です。創作にはよいシンボル。

夫と結婚してから、閉じ込められた中で創作している(もうそれしかない)気がしきりにするのですが、それ以前はもっとのびのびと創作活動をしていたような気がします。創作1本で行くつもりはありませんでしたし。まあ、日本の今の文学界を見る限り、明るい気分にはなれませんが。

夫のホロスコープの太陽は土星とセクスタイル、わたしのホロスコープの太陽は水星と合、木星、海王星とトライン、冥王星とオポジションです。

夫の金星のアセンダントは2つあり、火星、天王星とセクスタイルです。夫は他人に愛想よく接するので(いわゆる外面のよい内弁慶)、女性に誤解を与えやすいところがあるのかもしれません。

金星は健康運も表すので、適度な運動を心がけるといいかもしれません。夫のホロスコープの6室は夫自身の健康運を表しているので、体質的に不安定ということがいえそうです。結婚後は、わたしが身代わりとなっているのかも(?)。

いえ、この記事は占星術の話ではありませんでした。

で、呼吸器内科クリニックをググッてみると、この街には案外少ないのです。循環器内科クリニックは沢山あるのですが。わたしは以前、喘息で呼吸器内科クリニックに通っていました。残念なことにそこは閉院し、今は循環器クリニックで喘息の方も診ていただいています。

大きい病院の方がいいだろうかとも思いましたが、肺気腫になると、風邪やインフルエンザを甘く見るわけにはいきませんから、むしろ気軽に行けるクリニックの方がいいような気がしました。

ホームページのしっかりした、院長の略歴もわかる、呼吸器内科クリニックを夫に勧めました。ホームページには、COPD(慢性閉塞性肺疾患)についての解説もあります。

COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、喫煙習慣が主な原因となる肺の生活習慣病で、以前は肺気腫や慢性気管支炎と呼ばれていたとか。

今は肺気腫のことをCOPDというのですね。知恵袋に行って「肺気腫」で検索すると、沢山でてきてました。若い人にも結構COPD患者がいるようですね。女性は男性より、なりやすいとか。アル中にも女性の方がなりやすいといいますね。

COPDと診断されてからきっぱり禁煙した人と、止めたり吸ったりを繰り返しながらだらだら喫煙している人とでは、COPD患者としての未来像が全然違う印象を受けました。前者は明るく、後者は暗い。

夫は呼吸器内科クリニックで胸部レントゲンを撮って、やはり肺気腫と診断されました。壊れた肺胞が黒く、肺が少し長く映っていたそうです。

が、幸いスパイロメータという器具を使った肺機能検査では、

  • 肺年齢は36歳(-27歳)、コメント:異常なし
  • %肺活量による拘束性換気障害評価は125%で、コメント:異常なし

でした。

咳、痰はありますが、夫にそれ以外の自覚症状はなく、エレベーターが混んでいると10階以上あるマンションの階段を一気に駆け上ります。

むしろスポーツ音痴なのに、持久力だけはあるようで、水泳が好きだったとか。短距離よりマラソンの方が好きだとか。水泳選手を目指していれば、人生が変わったかも。

わたしと真逆です。スポーツは好きでしたが、マラソンとか水泳のような持久力を必要とするマラソンでは、子供のころからすぐに胸の中が火のように熱く、苦しくなりました。皆マラソンをすると、そうなるのかと思っていたら、家族は全員どちらかというと、運痴なのに、そんなことになったことはないとか。

夫は以前、肺機能検査を受けたときも、痩せた外見に似合わない肺機能の高さに驚かれたといっていましたから、夫が煙草をやめないのは、それがあるからだろうなとは思っていました。

呼吸器内科クリニックの先生は、壊れた肺胞が元に戻ることはないけれど、肺機能が落ちていないので、「今、禁煙できれば、煙草を吸わなかったことにできますよ。わたしの顔を見ることも2度とないでしょう」とおっしゃったそうです。

夫は鼻が悪いのですが(副鼻腔炎自体は若いころの手術で改善したようですが)、禁煙することにより、肺の炎症が治まると同時にそちらの方の炎症も治まって、改善すると思います、というお話だったとか。

ひと月禁煙した効果は既に表れています。夜間に咳き込むことがなくなりました。鼻をかむ回数も減りました。ついでに、わたしの喘息発作も減りました。

このまま禁煙できればいいのですが、もし難しいのであれば、呼吸器内科クリニックの先生にご相談しようと思っています。今は禁煙外来だってありますしね。風邪やインフルエンザのときには、呼吸器内科クリニックを早めに受診するようにしてねというと、クリニックを気に入ったらしい夫はそうするといいました。

わたしも長いこと、循環器クリニックでの聴診以外は喘息の検査を受けていないので、1度受診したい気がしています。

NHKの健康番組「ためしてガッテン」の過去の番組で、肺気腫によいストレッチが紹介されています。『患者600万人!恐怖の脳ホネ心臓ボロボロ病』で検索すれば、出てきます。そこの《番組内容を印刷する》をクリックすれば、全文閲覧、印刷できます。

ああ、頭の中で構築されていた初の歴史小説が、夫のことで真っ白になってしまったわ。ペンネームを使い始めたのは正解だったと思っています。本名のままでは、夫のホロスコープの6室に閉じ込められたままでしょうから。ペンネームで羽ばたきます。

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