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2014年10月19日 (日)

#1 江戸文化の残り香と朱子学的縛り ①「こころ」における宗教、哲学的貧弱さ

memoNotes:夏目漱石・インデックス

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辛気臭いと思っていた漱石の小説が近頃、身にぴったり合う。

世の中の面倒臭いこと――お金のことや、義理人情の絡むことを、面倒だ、面倒だといいながら嬉々として書いている漱石に新たな興味が湧き、来年辺り、自身の歴史小説だか冒険児童小説だかの間を縫って、評論を書いてみたいと考えている。

若い頃は漱石を読むと、小説に書かれているような面倒臭いことを突きつけられ、それに巻き込まれるような気さえして――考えてみれば、赤ん坊の頃から巻き込まれていたのであったが――、本当に嫌だった。

が、蛇に締め上げられるように嫌なこと、面倒臭いことに巻き込まれてかえって変な安心感を得た今、また老後の不安が現実となった今、その全貌が見えてかえって落ち着いたというべきか、漱石に親しみを覚える自分がいる。

「道草」は、世知辛い世の中を描いて絶品である。夫婦の掛け合いがユニークで、読ませる。

2人の女児を持つ主人公「健三」に三女が生まれたときの、健三のぼやきには思わず笑い、しんみりしてしまった。

 三番目の子だけが器量好く育とうとは親の慾目にも思えなかった。
「ああいうものが続々生まれて来て、必竟〔ひっきょう〕どうするんだろう」
 彼は親らしくもない感想を起こした。その中には、子供ばかりではない、こういう自分や自分の細君なども、必竟どうするんだろうという意味も朧気〔おぼろげ〕に交〔まじ〕っていた。

うーん、Kindleで再読するのはいいが、引用したいときに何ページかを書けないのが困る。家に漱石の紙の本も文学全集の1冊やら文庫やらあるが、「道草」が見当たらない。あとで、調べておかなくては。

赤ん坊、動物の描写が漱石はすばらしい。否、身の回り全ての描写に優れた観察眼を持ち、抜群の文章感覚を発揮する。

縛られなくてもよい義理人情に自ら縛られる漱石の小説の主人公は如何にも日本人的であり、古い日本にあった家父長制度の相互扶助を見せてくれる。

漱石の小説から明治の骨格が見えるのは、彼の小説がそうした社会制度と密着した特徴を持っているからだろう。あの辛気臭い(?)作風には正岡子規の影響もあるだろう。正岡子規の観察眼、描写力は凄いが。

漱石の作品を初読、再読する中で、新たな発見があるに違いない。

ただ、漱石はこの世から一歩も出なかった作家とわたしには思われ、そこに物足りなさがあった。本当にそうなのか、その辺りも探っていきたい。

漱石に「夢十夜」のような幽界を感じさせる独特の美しさを感じさせる作品はあるが、幽界は主観的な、半物質的世界であり、地上界の延長線上にしかない(場所としてではなく、状態として)。

幽界は、日本神話では黄泉、ギリシア神話ではハーデース、エジプト神話ではアメンティ(沈黙の影の国)、サンスクリットではカーマ・ローカ(ローカは存在世界、カーマは欲望)、スコラ哲学ではリンボ界、神智学ではアストラル界ともいう。

そういった意味では幽界的事象はこの世の延長線的事象であるから、神秘主義的意味合いで霊的という言葉を使うことはできない。

世間的な営みとそこから来る神経的な苛立ち、他人との齟齬、その結果の孤独……といったことの描写、分析に文学の中心が置かれている。

そうしたことにかけては卓抜した技量を示した。また、幽界的事象の描写は絢爛豪華である。

そして――深読みは自由だが――、大きな円から一歩も出ていないのが漱石の文学だとわたしは思う。

深い思索には霊的感性が必要ではないかと思うが、漱石の思索はどんなに広がっても平面的なのだ。神秘主義的傾向が顕著なわたしには、それがつまらない。そうでない人間には、この世の手応えと厚みを実感させてくれる慈父のような存在なのかもしれないが。

漱石に儒教の影響があることは間違いないが(明治維新後の混乱期に幼児期を過ごした彼に江戸文化の残り香があるのは自然である)、江戸時代に流行った朱子学方面からのアプローチが必要ではないかと思う。

朱子学はまだこれから調べなくてはならないが、朱子学的宇宙観と独特の縛りがある気がする。調べる中で、考えが変わるかもしれない。

急に漱石に興味を覚えたのは、今わたしが江戸時代を調べていることから来ているのかもしれない。

「こころ」。強烈な恋愛感情があるがために友人を裏切る主人公「先生」の心理描写、主人公の周辺の描写が精緻になされたこの作品は、若い人受けするのではないだろうか。

とはいえ、恋愛小説の洗礼を、こんな辛気臭いところで受けてしてほしくない気がする。まあ「三四郎」なんかも悪くはないだろうが……瑞々しい西欧の恋愛小説がいくらでもあるのだから、できればそちらを先に読んでほしい。

「こころ」は甚だ作為的で、登場人物全員――先生、奥さん(恋愛の対象となった、かつてのお嬢さん)、友人K――が漱石の分身といってよいかもしれない。狂言廻し的な動き方をしている。

漱石のつまらなさの端的に出ているのが、「こころ」ではないかとわたしは思う。

真宗の坊さんの子に生まれ、医者の家に養子にやられた「先生」の友人K。

Kが、中学の頃から宗教、哲学に傾倒し(一宗教、一哲学に拘泥していたのではない描き方である)、精進を行っていた――という設定にしては、Kは真面目で純真なだけの人間で、人間としての厚みを欠き、宗教、哲学に含蓄が深いとは感じさせない。

宗教、哲学は恋愛についても様々な考察を行い、対処法を工夫してきた。死について、勿論生きることについても同様である。その割にはKは自死という、極めて単純な決定をあっさりと下している。

恋愛にも、死ぬということにも、生きることにも、宗教、哲学は無力だとあっさり判定を下したのは、実はKではなく、作者漱石である。

そして、Kに頸動脈を切らせ、血が襖に張られた唐紙に飛び散るような派手な死に方をさせて、漱石は事件的な死に方自体をこの作品で売り物にしている印象を受ける。

Kや奥さんの内面描写をひどくケチっているわりには、自殺前後の外面的、物質的描写には微に入り細を穿った、熱の入れようだからである。

漱石はストーリーテラーだが、それが裏目に出ることがある。Kを、会話をしたがらない偏屈な人間に造形して、宗教、哲学の話を披露しなければならない状況を前もって回避しているように映る。

青春時代にはそのようなタイプは珍しくないから、それを器用に利用したのだ。

ストーリーテラーであることは読者サービスに優れているということで、作家として決して悪いことではないが(積極的にそうあるべきですらあるだろうが)、ここではK、あるいはKと談笑したりしていた奥さんに舞台を作ってあげて、もっと話させるべきであろうに、口封じをした。その分野が苦手だから。まことに、無責任、狡猾だと映る。

まさに、「先生」がそうであるように。「先生」は加害者意識と被害者意識を器用にすり替える愚を犯すのみならず、繭に篭もる蚕のように、見聞きしたくないことは存在しない世界を作り上げ、語り手のような賛美者までこしらえる。

わたしは中・高校生には「こころ」をすすめたくない。宗教という宗教、哲学という哲学が中身のない形骸的なもの、無意味で無駄なものだとの先入観を与えかねない。

わたしが中・高校生だったころ、誰からともなく、哲学書を読むと発狂するとか自殺するとか脅かされたが、偏った読み方をすれば、そんな危険性もあるという程度のことをそういったのは、あるいは「こころ」が影響してはいないだろうか。

「こころ」は高校の課題図書によく選ばれていたと思う。

「こころ」から受けた宗教、哲学のそんな否定的な印象に、マルクシズムの「宗教はアヘン」的イメージが重なれば(拙記事「「バルザックと神秘主義と現代」参照)、豊富な読者体験を積まなければならない時期にどんな弊害を及ぼすかを考えると、日本の文豪、漱石の果たした役割のメリット・デメリットを考えずにはいられない。

宗教、哲学分野においては、漱石には江戸文化の名残としての朱子学の影響があるようだと上に書いたが、自覚的には禅を少し囓っただけのいわゆる一般人にすぎないことを、Kの肉付きの乏しさが物語っている。

だから、わたしは漱石を読むと、充実した霊的感受性の下に豊麗な作品群を生み出した泉鏡花をはじめ、東洋思想とフランス文学を真摯に勉強した坂口安吾、さらに大正から昭和期に活躍した女性作家たちでバランスをとりたくなる。

その点、バルザックなどは全てを完璧なまでにひとりで持ち合わせているから、バルザックを読むほうがわたしには手っ取り早かった。

漱石は49歳、バルザックは51歳で亡くなっている。若死にだなあ。

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エッセー「バルザックと神秘主義と現代」は当ブログでお読みになれますが、拙Kindle本『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』に収録しています。サンプルをダウンロードできます。
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