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2014年9月16日 (火)

いお様から頂戴したコメントをご紹介

いお様から先月の16日に、当ブログの以下の記事にコメントを頂戴しましたが、受付停止にしているため、今日になるまで気づきませんでした。

コメントを受付停止にしていますので、ここでご紹介します。

いお

初めまして。コメント受付終了となっていますのに、コメントしてしまい申し訳ございません。
しかも随分昔の記事に…。

大変面白い解説を読ませていただいたので、お礼を言わせて下さい。
私には男性に都合の良い女性ばかり出して、男性に良い想いだけさせる、そして行き当たりばったりの筋しか書けない村上春樹が、ただの普通の男(凡人)にしか見えませんでした。
ですが、マダムN様は彼の凡人以上の不気味さを見抜き、ここで作家としての評価をしておられました。
彼の作品の新しい見方を見つけることができました。

失礼いたしました。
マダムN様の文章に魅力を感じました。
また訪問させていただきます。

わたしにとって、村上春樹の小説が不気味だと感じられる理由には、三点あります。

純文学的技法によって書かれているとは思えない春樹の小説が、純文学扱いされること(ではエンター系かというと、それとも違うように思われる)。また、わたしの神秘主義者としての感性からくるもので、催眠性を感じさせられるところがどうしても薄気味悪く感じられます。

そして、以下の記事を書いたころから、村上春樹が左派のプロパガンダに使われてきたのではないか、という疑念を抱き始めました。

意味の通らない文章を書きがちな大江健三郎がどういうわけかノーベル文学賞を受賞し、左派の広告塔となって久しいですが、ならば同系統の作家として春樹のノーベル文学賞受賞が可能だと思われたとしても不思議なことではないでしょう。

従軍慰安婦、南京事件、靖国参拝はセット物となって、左派の反日プロパガンダに使われてきました。

ところが、今では、従軍慰安婦問題が、朝日新聞の誤報・謝罪から、国家的な――日本の名誉に関わる――問題として大きく扱われるようになりました。

教育現場では盛んに村上春樹の小説や漫画『はだしのゲン』が使われてきたようですが、それらは史料的裏付けに乏しい、反日的な表現を多分に含んでいます。教育現場でそれらを使うのがふさわしいことなのかどうか、検証されるべきではないでしょうか。

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