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2014年8月の30件の記事

2014年8月30日 (土)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!/創作計画 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

8月22日ごろ、お買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は25冊目のお買い上げでした。

  • 日本……13冊
  • アメリカ……11冊
  • ドイツ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

短編小説を書き上げたので、まずは児童小説『不思議な接着剤 (1)冒険への道』を電子出版し、初の歴史小説に戻りたいと思います。

お世話になっている郷土史家に残暑見舞いを出したのですが、その中で、
「祐徳院様の周辺を多方面から調べていたら、作品世界が拡がって、収拾がつかないまでになりました。慣れない歴史小説を一気に書くのは無理なので、まずは70枚から100枚くらいの短編を5編ほど書いてみたいと思っています。できたら今年中に、お送りくださった古文書のコピーの中の場面をクライマックスとした1編を仕上げられたらと思っています」
というようなことを書きました。

この文面から郷土史家は、わたしがまだ1行も歴史小説を書いていないことがおわかりになっただろうと思います。郷土史家にご報告することで、今年中に少なくとも1編は仕上げられるように気持ちを引き締めたいと考えました。

純粋に歴史研究に取り組んでおられる郷土史家のことを想うと、自分の気持ちが澄み切っていくことがわかります。

以下は、上に書いた近日発売予定の児童小説の表紙です。

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2014年8月29日 (金)

祝、ダイエット完了!

ダイエット記録の前回は、心臓の発作の記録を書いたついでに、「目標値まであと0.2キロです」と書いたときでした。昨日の時点では同じだったのに、今日になって0.4㎏減。目標値より0.2㎏多く痩せました!

ダイエットを始めた5月9日~8月29日で6.4㎏減。記録し始めた5月17日からは5.7㎏減です。

ゆるやかに痩せたお陰で、ダイエットが原因と思われる皺はできていないような気がします。56歳ですので、全く皺がないわけではありませんし(わたしは皺よりシミのほうが悩みです)、自分で気づかないところにできているのかもしれませんが。

これだけ痩せても、おなかはまだいくらかふっくらしています。体調が悪ければ、別問題としてふくらんだりしますが(浮腫むというべきかもしれません)、この年齢としては、自然なふくらみ、年齢や身長とのバランスのとれた体重ではないかと思っています。

これ以上は痩せなくていいですし、もう少し体重が増したとしても、1日2食はきちんととろうと思います。わたしは病気のせいで、外出するととても疲れ、篭もりがちの暮らしです。ですから1日2食でちょうどよいという感じです。

今のところ、朝は牛乳かけグラノーラ、夕食は一般的な献立です。

間食をやめるだけでも、おおいにダイエッになりますよ。というより、健康な人は間食をやめるだけでも、標準中標準の体重になれるのではないでしょうか。それにウォーキングなどの軽い運動をプラスすれば、理想的な体重になれるのでは……

間食をやめるのが難しいことなのかもしれませんが、一旦決心すれば、間食しないことに達成感が得られるようになり、脂肪が落ちて体が軽くなると、それがご褒美に思えてくるのですね。結構楽しくなってくるのです。

しかし、こうしたダイエットを経験すると、もうあまり間食はできませんね。太って、体が重くなり、快適さから遠のくのが怖くなるのです。でも、体重計と相談しながら、たまにはケーキとかお煎餅とかでお茶したいな。

わたしはあるストレスから過食気味になり、太ってきました。そして、「中年太りする年齢だし、病気もあるんだから仕方がない」と、長いこと自分を誤魔化していましたが、標準域からはみ出しそうな恐怖を覚えるようになるに至って、そうもいっていられなくなり、決意したダイエットでした。

こうした一連の出来事の間に思わぬ発見があり、それが小説のねたともなって、一石二鳥でありました。

以上、ダイエット完了のご報告でした。

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2014年8月27日 (水)

胸の圧迫感にスプレー1回

こんな朝の慌ただしい時間に、圧迫感が治まらず、仕方なくスプレーして、症状が治まるまでじっとしていなければならないとイライラします。

執筆の疲れが出たのか、昨日あたりから動作が鈍い……。

小説はまだ手直し中。作品が完成するまえに執筆の疲れが出るなんて、以前はなかったわ。年ですね。

締まっていかなくちゃ。

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2014年8月26日 (火)

勝谷誠彦さんのウクライナ報告が凄い

以下の「ザ・ボイス」の動画には、勝谷誠彦さんの迫真のウクライナ報告が含まれています。これは凄い。命がけの取材ですが、聴いていて、危険なことを……とハラハラさせられます。

2014/08/25 ザ・ボイス 勝谷誠彦 ニュース解説「広島市の土砂災害 政府が土砂災害防止法改正を検討」「安倍総理 石破幹事長に安保法制担当大臣 就任を打診へ 」など

ところで、広島市の土砂災害には、何というか、びっくりさせられて言葉もありません。

日田市に住んでいたとき、台風や大雨のあとに英彦山を通ると(当時は英彦山越えで福岡県の病院に通っていたので、ちょくちょく通りました)、よく土砂崩れしていることがありました。

が、そういう土砂崩れとはタイプが違う印象で、夫も「まるで中国のニュースみたいだね」といいました。

ニュースでは、長く続く急勾配の斜面、砂防ダム(土砂災害防止のための設備)の不足、地質の弱さなど指摘されていましたが。勝谷さんは砂防ダムのメンテナンスの必要性に触れています。

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2014年8月25日 (月)

60枚で、短編小説は一応完成。「かもめのジョナサン」で。

ふーっ、何とか短編小説60枚、完成。手直ししながら進めてきたので、本格的な手直しは不必要だと思いますが、細かいチェックは何度もするはめになるでしょう。

前の記事で映画「マーニー」がお茶の間劇場と書きましたが、わたしのこの短編小説はまさにそのお茶の間劇場。

これがミューズの霊感を受けて書いたって……ほほほ……

まあ、そのうち電子書籍にしますから、読んでくださいね。面白い人にはとっても面白い(?)と思いますので。

一昨日、夫とカルディに行ったあと、勤め帰りの娘を拾って「かもめのジョナサン」に行きました。以下は、そのときに注文したワンプレート料理。

夫には足りないんじゃないかと思いましたが、映画館でバターポップコーンを食べたあとだったせいか(ダイエット中のわたしは勿論食べませんでしたよ)、足りたといいました。

チーズ風味に揚げられた豚肉が美味しかったです。それにクリーミーなスープがもう美味しくて、お代わりしたいくらいでした。

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2014年8月24日 (日)

縛りを感じさせる幽霊譚になってしまっていたシネマ『思い出のマーニー』

ショッピングモールに入っているカルディに月に1~2度、家族でコーヒー豆を買いに行き、そのとき夫は大抵映画を観、わたしと娘は一緒に映画を観ることもあるが大抵はカルディやスーパーで買い物を済ませたあと、服やアクセサリーを見、ロフトと書店に行く。

コーヒー豆が切れたとき、近くのスーパーには粉になっているコーヒーしかなかったのだが、それを買って使っていた。家でコーヒー豆を挽くときの芳ばしい香り、粉にしたものをサイフォンで淹れるときのフラスコのポコポコ煮立つ音とコーヒーの香り……ああ豆、豆を買いに行かなきゃ。

夫と娘の休みがなかなか重ならなかったので、昨日夫とふたりでカルディに出かけた。夫がいつものように映画を観る態勢だったので、サイト「Yahoo!映画」を一緒に見ると、合う時間帯ではゴジラとマーニーしかなかった。

夫は子供の頃からの少女・少年漫画ファンで、アニメも嫌いではなく、スタジオジブリ作品は確か全部観ているので、ゴジラよりもマーニーを観ようかなという。わたしはその間、買い物をし、ロフトや書店を見て、スタバでくつろいでいようかと考えた。

スタジオジブリ作品である米林宏昌監督『思い出のマーニー』を、その原作であるジョーン・ロビンソンの児童文学作品と比べてみたいという思いはあったが、どうしても観たいとはおもわなかった。

そういうと、夫が映画代を持つよ、といってくれた。定年後の再就職でますます小遣いの額が減ったのに、嬉しいことをいってくれると感謝し、半分だけ出して貰うことにして(それでなくとも、夫の年齢のお陰で夫婦割引が利く)、観た。

とても美しい映像とマーニーの魅力に惹かれたが、いつもジブリ作品に感じるように、今回も違和感があった。

原作をわたしは岩波少年文庫版、松野正子訳で読んでいたので、原作とどう違うか、比較したくなった。というのも、原作には全く違和感がなかったので。

今ここでそれを丹念にやっている時間がない(今月中に仕上げたい小説があるので)。で、書きかけになるが、少しだけでもメモをとっておこう。

以下、ネタバレあり、注意!

児童小説『思い出のマーニー』は、イギリス児童文学の伝統を感じさせる作品だと思う。

『マーニー』を読みながら、わたしはエリナー・ファージョン『銀のシギ』を連想した。イギリス最大の入江であるザ・ウォッシュがあるというイングランド東部、北海に面したノーフォーク州がどちらにも出てくるからかもしれない。

また、タイム・スリップといってよいと思うが、主人公アンナの生きている時間がマーニーの時代にたびたび入り込むところはフィリパ・ピアス『トムは真夜中の庭で』を連想させた。発表年を調べてみると、『トム』は1958年、『マーニー』は1967年となっている。

アンナの内面描写からは、少年少女の内面を豊かに描いたイギリスの児童文学の中でも、キャサリン・ストー『マリアンヌの夢』を連想させられた。ニュージーランドに生まれて、主にイギリスで純文学小説を発表した短編小説の名手キャサリン・マンスフィールドの繊細な心理描写なども連想させられる。

そして、マーニーが誰であるのか――という謎解きの場面で、皆が話し手のまわりに集まって話を聞くところは、アガサ・クリスティの推理小説を連想させられるではないか。

お金持ちの家に生まれながらマーニーは孤独な子供時代を過ごし、幸せな結婚をするが、その暮らしは長くは続かず、娘との仲もうまくいかなかった。

娘は家を出て、結婚し、女の子をもうけたが、離婚。再婚後の新婚旅行中に交通事故で亡くなる。祖母のマーニーは孫を引き取って、懸命に育てたが、娘の死のショックを乗り越えることができず、病気が重くなって亡くなる。

残された3歳になる女の子は子供のためのホームへ送られ、やがて一組の夫婦に引き取られた。奥さんは女の子を可愛がるが、女の子はその奥さんをお母さんと呼ばず、おばちゃんと呼ぶ。

アンナはおばちゃんと呼んで、自分を引き取ってくれたミセス・プレストンにうまく打ち解けられないが、嫌いでは決してない。ミセス・プレストンの、アンナに愛されているかどうかといったことに関する自信のなさそうな様子や、不自然な態度に対して抵抗を覚えているだけなのだった。

そんな少女の内面が心憎いほど精緻に描かれている。アンナがマーニーと出会う場面は美しく、神秘的である。

なぜアンナが少女だったころのマーニーの世界に入り込むことができ、一緒に遊べたかは解釈によるのだろうが、どちらも愛情に飢えたところがあり、自然体で愛し、愛されることに強い欲求がある。どちらも繊細で共感能力が高い。

しかもふたりには血縁関係があり、共に過ごした時間があったのだ。それにも関わらず、大きな時間のずれがあったために、ふたりは共有した時間をうまく生かすことができず、一方は亡くなってしまい、他方は幼いまま取り残された。

同じ年齢で時間の共有ができさえしたら、ふたりは無二の親友になれたであろうに――その時間のずれという理不尽さを超えるほど、マーニーは残された時間を最大限に使って孫を純粋に愛した。

そのような愛情は決して消えることがないとわたしは神秘主義者として知っている。イギリスの神秘主義は児童文学に豊かに息づいているとわたしは考えている。マーニーの純度の高い、豊かな愛にジョーン・ロビンソンは作家として形式を与えたのだろう。

原作がすばらしかったために、映画では残念に思うところがいろいろとあった。

まず映画では構造上のいい加減さが目につく。映画の場合は死んでいるはずのマーニーのほうから積極的に関わってきているかのような幽霊譚の趣があるが、タイム・スリップに思える場面もある。

そうでなくては、アンナがマーニー以外の人々や当時の情景を一緒に体験することは不可能だろう。しかし、アンナがマーニーと会ったあとで眠ってしまったり、倒れたりするところを見ると、病的なアンナの白昼夢だろうかと思え……何でもありの手法に、こちらの頭の中は混乱してしまうのである。

神秘的な描き方をすればするほど、押さえるべきところはきっちり押さえ、守るべき法則は守らなくては鑑賞に耐えない、いい加減な作品だという誤解を生むだろう。

少女たちの内面や行動、それに対する大人たちの描き方にも不自然や非常識を感じさせるところがあって、手抜きを感じさせるところが多々ある。

映画は原作をなぞっているようで、肝心のところでそうではない。

原作では重要な役割を果たすワンタメニーじいさんだが、映画では存在感に乏しい。マーニーとアンナの双方を知っている、知恵遅れのように描かれているこの老人こそ、鍵となる人物で、異なる二つの時間帯を行き来する渡し舟の船頭なのかもしれない。

原作の最後のあたり、帰省する日にアンナが別れを告げに行ったのはワンタメニーじいさんだけだった。

映画では、引っ越しの挨拶に隣近所を回る大人みたいで、「ふとっちょぶた」にまで挨拶していた。「ふとっちょぶた」の描かれ方も違う。原作ではアンナは「ふとっちょぶた」と気が合わないため、思わず口喧嘩になった、それだけのことである。

映画では、「ふとっちょぶた」といわれた少女は、アンナより1歳上なだけなのに、「おばさん」の縮小版のような外観で、親切なのだが、アンナは過剰反応する。アンナに別れの挨拶をさせることで、制作者は「ふとっちょぶた」を成長戦力のアイテムとして利用しているかのようだ。

そのような説教臭さ、縛りがこの映画にはあり、せっかくの映像の美しさや原作の神秘性を台無しにしている気がする。原作では時空を超えて拡がりを見せる人間愛が、映画では、孫を村社会に溶け込ませることに成功した幽霊のお話(お茶の間劇場)となってしまって、甚だ後味が悪い。

原作にある「内側」という言葉の意味を映画では矮小化している。

この記事は書きかけです。

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キンドル本『直塚万季 幻想短篇集(1)』『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

純文学短編小説集『直塚万季 幻想短篇集1』、児童小説『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

純文学短編小説集『直塚万季 幻想短篇集(1)』は初のお買い上げ、『すみれ色の帽子』を有料でお買い上げいただいたのは5冊目で、Kindleオーナー ライブラリーで1冊お借りいただいています。

どちらも、8月16日ごろお買い上げいただいたようです。

サンプルをダウンロードできます。
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2014年8月23日 (土)

ただいま52枚

執筆疲れか、昨日はだるくて思うように書けず、深夜、「絶対に進める」と決心してパソコンの前に座っていたら、明け方になってようやく6枚書けた。

時間がたっぷりあれば、中だるみもいいかもしれないけれど、たっぷりはない。

現在52枚。

ストーリー、最後の数行も出来上がっているのだが、結末部に自然に入っていけるような流れを作り出すのに時間がかかった。

さて、ベガサスとの小旅行もそろそろ終わり。最後はぴしっと決めたい。といっても、決めるまでにあと2日はかかりそう。それから梗概を書き、ぎりぎりまで校正して印刷……間に合うかどうか。

でも、すぐに初の歴史小説にとりかかり、まずは短編小説を幾編か書く予定だから、またペガサスに乗れるかと思う。

眠いわ…・・・

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2014年8月22日 (金)

息子のサンフランシスコ土産

過日、サンフランシスコに出張した息子でしたが、お土産が届きました。

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オランダに出かけたときは、チョコレートと現地のお金を送ってくれたのですが、今回はギラデリのチョコレート2箱とビーフジャーキー、現地のお金を送ってくれました。

海外旅行をしたことのないわたしと娘には、外国のお金は珍しくて、見ているだけで楽しい気分になるのですね。

金色とオレンジ色の箱には、ソフトキャラメルが中に入ったミルクチョコレートが詰まっていました。ダイエット継続中のわたしですが、息子のお土産は例外的に自分に許可。

味がリンツのチョコレートに似ていると思い、ギラデリについてググってみると、ギラデリはアメリカの代表的な老舗チョコレートブランドで、「1852年、イタリアから来たドミンゴ・ギラデリ(Domingo Ghirardelli) によって創業され、現在はスイスに本社を置くリンツ&シュプルングリー社 (Lindt & Sprüngli) の子会社となっている」(ギラデリ:Wikipedia)とありました。

ギラデリのチョコレートは、サンフランシスコ土産の定番であるようです。

青いアソートのほうは、後日のお楽しみ!

ビーフジャーキーには煮付けにしたような味がついていました。

ギラデリのチョコレートはアマゾン、楽天に出ています。

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キンドル本『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

児童小説『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『すみれ色の帽子』を有料でお買い上げいただいたのは4冊目で、8月15日ごろお買い上げいただいたようです。Kindleオーナー ライブラリーで1冊お借りいただいています。

サンプルをダウンロードできます。
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『すみれ色の帽子』は、瞳という少女のブログ記事をまとめた日記体児童小説です。

その瞳が紘平、翔太兄弟と登場する『不思議な接着剤』の第1巻「冒険前夜」を電子出版する直前に、純文学小説を書きたくなり、電子出版が遅れていて申し訳ありません。純文学小説は今月中に仕上げる予定ですので、もうしばらくお待ちください。

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ペガサスの登場する物語は如何? サンプルをダウンロードできます。
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101円~102円の児童書シリーズです。サンプルをダウンロードできます。

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2014年8月21日 (木)

ただいま46枚。映画『華氏451度』。

本日5枚追加で、46枚。できたら、あと5枚進めたかったのですが、今日も校正のほうに時間をかけたという感じです。

一応、賞に応募するつもりで書いていますが、応募を迷っています。

でも電子書籍にしてしまうと、本当にどこにも出せなくなるので、どこかへ出してみたい気がしてしまいます。60枚から100枚に増やして(それが可能な構想)、別のところを考えたりもしているのですが……どうしましょう。

ところで、レイ・ブラッドベリのSF小説『華氏451度』の映画(1966年、フランソワ・トリュフォー監督)を録画しておいてのを夫が観ていたので、わたしも少し観ました。なつかしい映画でした。

レイ・ブラッドベリは中学から高校にかけて結構読みましたが(高1のときのバレー部の合宿に1冊持っていったら、別の人が同じ本を持ってきていました。その人はスポーツ万能なクール美人で、慶應に行きましたが、今どうしているでしょう?)、ある日突然飽きました。

『華氏451度』は読んでいませんが、夫は読んだとか。

華氏451度というのは、本が燃え出す温度だそうです。思想管理が徹底している未来社会では本の存在自体が悪いこととされ、そこでは家は燃えない素材で作られているため、ファイアマンは消防活動をせず、書物の根絶を任務としています。

密告を受けたら直ちに出動し、隠された本を見つけ出しては焼却するのです。サマランダーがシンボルとなっていました。

そのファイアマンの一人が本に魅せられるようになり、追われる身となって、そして1人が1冊の本の内容を全て頭に記憶することで本が伝える思想や文化を継承しようとする人々がひっそりと暮らす村へ赴くという結末を迎えます。

昔観たとき、1人で1冊の本をまるごと、そのまま記憶するなんて、いくら未来人とはいえ、無理のある設定ではないかと思いました。コンピュータが活躍しない時代に制作された映画なので、現代から見ると、つい笑ってしまう未来設定もあるのですが、映像が綺麗で、トリュフォーらしいこだわりが感じられ、丁寧に作られている印象です。

映画に出てくるのは実際に存在する本ばかりで、SF、雑誌、美術書なども出てきましたが、プラトンなどの哲学書やチャールズ・ディケンズ、ジェーン・オースティンの純文学書など出てきて、わたしは今の日本の状況をふと重ねてしまいました。

燃やされこそしませんでしたが、日本では哲学書も純文学書も当時は考えられなかったような凋落ぶりです。昔は、哲学書も純文学書も、もっと読まれていましたよね。

大手出版社がエンター系ばかり派手に宣伝するようになり、村上春樹がよく売れ出した頃から「純文学なんてない」などと盛んにいわれていた時期がありましたが、あれは何だったのか。

書店員の娘に訊くと、芥川賞受賞作品は純文学に分類されるというので、日本でいう純文学のジャンルは依然生きているようですよ。

ただ、そこに分類されるらしい最近の芥川賞受賞作品の多くが、わたしには純文学とも思えません。

今わたしが応募を迷っている賞はジャンルを限っているわけではなく、「未発表小説一編」となっています。作品集を読むと、受賞作品の多くがエンター系(この場合は、大衆系といったほうが感じが出る気がしますが)か純文系といったところでしょう。

わたしは思うのですが、大衆系と純文系を同じ土俵で闘わせるのは無理があるのではないかと。ポピュラー音楽とクラシック音楽では形式が異なるように、大衆文学と純文学も形式が違うのですから。

その賞が芥川賞に一番近いとされる文芸雑誌を発表舞台としていることで、内容は大衆系といってよいのに純文学扱いされ、そのことで純粋な純文系(というと変ですが)作品のイメージと定義が崩れ、結果として純文学の衰退を招く一因になったではないかと思えるのです。

最近の芥川賞受賞作品の多くは、エンター系的面白さを追求しているわけでもなく、だからといって、人間や社会を分析し、洞察し、人間のすばらしいところを謳い上げるといった純文学ともいえず、日本語の壊れたような変な作品がどんどん生まれてしまっているように思います。

夏休みの課題図書に挙がっているのか、最近の芥川賞受賞作品のタイトルで当ブログにお見えになりますねえ。憂慮される事態です。最近の芥川賞受賞作品は日本語がおかしい作品が多いのですから、正しい日本語を身につけるべき生徒にはあまり読んでほしくない気がします。大人が趣味で読むにはいいのかもしれませんが。

読書感想文には、芥川龍之介の作品を読むほうがまだいいのではないかと思ってしまいます。

※関連記事

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2014年8月20日 (水)

ただいま41枚。モンドシャルナ、おめでとう!

41枚書いたところで、ずっと校正をしていました。

校正はやり出したらきりがないのですが、ある程度これをやりながらでないと、わたしは先に進めないのですね。

短編小説は陸上競技でいえば、短距離走だという気がします。だらだら書くと締まりがなくなるので、家事の合間を縫って(というより書く合間を縫って家事をしているという感じですが)、朝も昼も夜もなく書いていて、2、3日休憩したいのですが、そういうわけにもいきません。

そういえば、モンドシャルナがサラ系3歳以上500万下、筑後川特別レースで、1着になったようです。浜中俊騎手。

わたしはギャンブルはやらないので、動画観戦、テレビ観戦を楽しむだけです。

ずっと成績が揮わなかったので、心配していました。モンドシャルナは、トーセンソレイユの全弟、有名なディープインパクトの半弟です。

如何にも優しそうな顔をした馬です。

YouTubeにアップされた動画を観ると、後方にいたのが、馬群の中を巧みに上がっていって、抜け出し、見事1着! 

お姉ちゃんのトーセンソレイユも調子が出て来ているみたいなので、姉弟して、体(馬体)に気をつけて、よいレースをしてほしいと期待しています。

それにしても、毎日じめじめと梅雨みたいな暑さですね。我慢ができないとエアコンを入れますが、エアコンを入れると、やはり小説がはかどります。

汗を搔くと、湿疹がひどくなって、小説がうまく進まないといって掻き毟り、うまく進んだといっては書き毟り……無残。

何やかやいっても、書いているときがわたしにとっての最高の時間です。

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2014年8月19日 (火)

6日間で35枚

 14日に書くことを思い立った短編小説は、6日間で35枚書いた。校正しながら書いているのだが、まだ荒い。

 だいたい予定通りだが、今月中に仕上がるかどうかは心臓の具合次第だ。

 ペガサス(霊感)に乗っているので、構想はゆるぎなく、テーマは深く、俗受けもしそうな感じがあって、まあ純文学を嫌う人には気に入られないかもしれないけれど、かなり面白い作品に仕上がりつつあると思う。

 そう思ってくれる人がどの程度いるだろうか。

 だいぶペガサスを急がせたが、このあとはもう少し丁寧に進めたい。

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2014年8月18日 (月)

ひー、それで、大丈夫なの?

過日、姪の結婚式があった。姪の結婚式のお陰でわたしはダイエットする気になって(それが動機の一つとなって)、ダイエットに成功し、購入したフォーマルウェアを補正する(嬉しい)羽目になった。

結婚式に出席したときのことはエッセーにしたが、小説に使いたくなったので、非公開設定にしたことは過去記事で書いた。

で、昨日の朝妹から、息子に電話したいので、電話番号を教えてくれといってきた。息子は姪の結婚式の日がアメリカ出張に出かける日となっていたため、欠席し、祝電と大きな花束を贈っていたらしい。妹はそのお礼をいいたいという。

妹に電話番号を教えると、午後、息子から電話があり、「叔母さんから不在着信があったけれど、何かあったの?」と訊く。「祝電と花束のお礼をいいたいみたいよ。あんたから電話すれば?」とわたし。「そうする」と息子。

夜、息子が娘(息子にとっては姉)に長電話していたが、そのとき、妹に電話したときのことを話していたみたいだったので、あとで娘に訊いた。

すると、以下のような話。

息子が電話したら、妹が出て、電話には姪が出てお礼をいうはずだったが、姪は初めての料理に疲れて眠っているという。

ひー、それで大丈夫なの? お婿さんはモヒカン風だったし(ツーブロックという若い男性に人気の髪型らしいが)。今年中に赤ん坊も生まれるというのに?

姪はさっそく里帰りして、妹と一緒に料理をしたのだそうだ。姪夫婦は妹宅の近くに家を借りた。

姪は独身時代、ヴォーカルを担当して歌のコンテストクールに出場し、いいところまでいったくらい歌がうまく(披露宴でも姪の歌声が流れていた)、美しい花嫁姿には伯母としての満足と感嘆のため息が出たほどだった。

小柄だが、都会に生まれていたら、劇団に入るなんて道もあったのではないかという気がした。

おなかには赤ちゃんがいたので、安定期に入ってからの結婚式・披露宴だった。結婚は1年前から計画されていたようだが、できちゃった婚となるのは計算違いだったようで、急遽結婚式をすることになったため、真夏の結婚式となったのだった。

姪は真夏に生まれたので、真夏の結婚式は合っているような気もした。

ほっそりした花嫁姿は、知らなければ、あなかに赤ちゃんがいるとはわからなかっただろう。ダイエット前のわたしのおなかのほうが妊婦の姪よりむしろ出ていた気がする。

まだ仕事をしていると聞いたから、その疲れもあるだろうし、今どきの若い女性はあまり料理をしないようでもある。そのぶん、男性がするとも聞く。

娘も料理をしない。子供のころ、家事は一通り、料理も手伝わせていたはずなのに、高校生になったくらいから家事に縁遠くなった。チャイに凝って、美味しいチャイを飲ませてくれたことはあった。

市立大に通っていたとき、1年間アパートでひとり暮らしをし、そのときは細々とやっていたようだ。

心配なので、料理教室に行かせたこともあったが、その後も相変わらず料理はしない。まれにお菓子を作ることはあるにせよ。

それで、娘の家事能力についてかなり心配していたのだが、2008年にわたしが25日間検査入院で家を空けたとき、仕事帰りに病院に寄り、家ではせっせと立派な料理を作ってみせて(メールに添付して料理の写真を送ってくれた)、わたしを深く安堵させた。

娘にいわせると、弁当や外食が嫌で、単純に美味しいものを食べたかっただけだそうだ。

だから、自分の他に作ってくれる人がいれば、作るほうはその人に任せたいという。つまりわたしの入院時の娘の奮闘は別個なものとして考えてほしい、今後もわたしに作れというわけなのだった。

考えてみれば、かくいうわたしも結婚後に料理の本と首っびきで、毎日少しずつ料理を学んでいったではないか。学ぶ気になったとき、近くに料理上手な親がいれば、その親から習うほうが手っ取り早い。妹は料理が上手だ。妹の料理を食べると、料理上手だった母の味だと思うときがある。

まあ、心配する必要はないのかもしれない。第一遠くからわたしが心配しても始まらない。そう思い直して、オロナミンCを飲んだ(なぜか引き出物の中に入っていた)。

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2014年8月17日 (日)

胸痛にスプレー1回

久しぶりに携帯――ガラケーというべき?――からです。

深夜の2時、ドライカレーの食事中に胸のど真ん中に痛み。

変な時間にひとり食事していたのは、家族の食事の間に食器洗いをしていて、ふと書きかけの小説を続けたくなり、そのまま家事も食事も投げ出したままパソコンにへばりついていました。

だからって、うまく書けているわけではなく……

気づいたら深夜の2時近く。慌ててドライカレーを温め、かっこんでいたら来ました、冠攣縮性狭心症の発作。

夕食がこんな風に滅茶苦茶な時間で、夕食後のお薬を飲み忘れていたせいもあるでしょう。

でも、食事中、トイレ中、入浴中といった間が悪いときに起こりやすい気がします。

ドライカレーを口に入れたまま、死にたくないわね、みっともなくて。

そういえば、姪の結婚披露宴で会った75歳になる長崎在住の従兄(従兄の父親は長男で、末っ子がわたしの母なので、年齢差があります)が、狭心症の発作を初めて起こし、ハートクリニックで心臓カテーテル検査を受け、ステントを入れたといっていました。

右手首に、そのときの痕が残っていました。カテーテル検査の翌日には退院でき、その後、心臓の調子はいいそうで、ずっと高かった血圧が今は低すぎるくらいになったとか。

心臓の話で盛り上がりましたが、披露宴にふさわしい話題ではありませんよね。

ダイエットは、目標値まであと0.2キロです。

といっても、朝は牛乳かけグラノーラを食べ、夕食は普通――当分はこのままでいくつもりなので、ダイエットは終了したともいえますし、食生活がダイエットモードのまま、これがワタクシ的標準になったともいえます。

今我が家は美味しいお菓子であふれているのですが、わたしは食べません。

家族が食べきれなかったとしても、わたしは食べません。

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2014年8月15日 (金)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

8月6日ごろ、お買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は24冊目のお買い上げでした。前回に続いて、日本でのお買い上げでした。

  • アメリカ……11冊
  • 日本……12冊
  • ドイツ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
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息子のサンフランシスコ小噺

海外旅行、海外滞在が全く珍しくなくなったこのごろなので、息子の海外出張の話は自分のための家族の記録。

オランダに出張したときも学会に行ったのかと思っていたのだが、それは学会ではなく、会社で行っている仕事の分野における専門家の集まりだったとか。200人くらい。

今回のサンフランシスコへの出張は上司とふたり、アメリカの大きな化学会に出るためで、その集まりでは出席者は1万人を超えていた。

息子が空港に降り立ったとき、アメリカのカラフルなお菓子によく使われている甘い香料が匂った気がした。坂の街で、日本ではあまり見かけない類いの植物が印象的だった。

街中のこぢんまりとしたレストランで、息子はステーキを注文した。レアかミディアムかと訊かれたけれど、息子はウェルダンと答えた。

実は息子が出発する前に、ステーキはミディアムでも血がにじむと思うから、ウェルダンにしたほうがいいと思うわよ――とわたしがメールしておいたので、それを思い出したらしい。

夫は、定年退職するまでいた会社でアメリカ研修に出かけ、ロサンゼルス、ダラス、アトランタへ行った。そのときステーキハウスで、ミディアムを注文した同僚たちを「こんな生々しい肉は無理」と泣かせた。

肉好きの夫はウェルダンで注文したデカいステーキを平らげただけでなく、同僚たちのステーキも平らげてやったと手柄のように話していた。

息子はしっかり焼いた肉でないと苦手なので、忠告しておいたのだった。ウェルダンでも赤い色は残っていたそうだが、シンプルに塩だけ振って食べる、厚みが半端でないステーキはまあまあ美味しかったそうだ。

ステーキの横に、巨大な蒸しジャガイモがごろんとのっかっており、このジャガイモを律儀に食べたらステーキが入らないと息子は思った。

オランダであった専門家の集まりでは男性は皆スーツ姿で、きちんとしたものだったそうだが、サンフランシスコの学会では相当にアバウトで、Tシャツ、ジーンズ姿は普通といってよいくらい。外の芝生でならまだしも、会場の床に平気で座ってパソコンを叩いている人たちも目についた。

ポスター発表は日本からポスターを持っていくのが大変だと息子は出発前にいっていたが、その肝心のポスター発表ではテーマ的なずれがあって、受けはもう一つだったと感じたそうだ。

学会では世界各国から人々がやってきていたが、街中で目についたのは中国人だった。中国人はかなり多い。

歩いていると、1ブロックごとに物乞いがいた。物乞いにはアジア人は見当たらず、黒人の物乞いがよく目についた。

アメリカでは通りが違うだけで怖いところだったりすると夫がいっていたので、ツアーで行くわけではない息子たちの旅がわたしは心配だった。幸い、10年ほどサンフランシスコにいた人が会社にいて、その人が危険な場所に印を入れた地図を作ってくれたのだそうだ。

オランダに行ったときはヨーロッパにいるという、これまでとは異なる感覚があった。日本がアメリカナイズされているせいか、サンフランシスでは日本にいるような感じがした。日本人も多かった。

ホテルは歴史のあるよいホテルだったが、オランダのホテルのほうが落ち着けた。尤も、普段、自分では――大学へ行くときなど――リーズナブルなビジネスホテルばかり利用している息子にとって、宿泊するホテルがシティホテルというだけでも嬉しいようだ。

オランダのホテルの話からはオランダの話になってしまった。息子にとっては、オランダのほうが印象深かった様子。秋に予定されているイタリアでの集まりも、専門家の集まりだそうだ。

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間違って、ニコランジル製剤を二倍飲んでしまった!

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朝、お薬6錠飲むのですが、確かに6錠は飲んだものの、うっかりして写真一番下のお薬を2錠飲み、下から2番目のお薬を飲んでいませんでした。

あら~困ったわと思いましたが、とりあえず飲み損ねた下から2番目のお薬を飲み、様子を見ることにしました。

写真一番上は、

  • ウロカルン錠225㎎(腎臓・尿管結石の薬)

あとは心臓のために処方されたお薬で、サイト「おくすり110番」から抜き書きすると、

  • サンリズムカプセル50㎎
    抗不整脈薬。心臓の刺激伝導系の異常な電気の流れをしずめる働きをする。脈拍が病的に速くなる頻脈性の不整脈に用いられている。強力な抗不整脈作用あり。
  • インデラル錠10㎎
    血圧を下げる薬。また、狭心症や不整脈、片頭痛の治療にも用いられる。【効能C】…洞性頻脈…β遮断薬(ベータブロッカー)という系統です。同系の代表的薬剤で、開発が1960年代とたいへん古く世界的に使用実績が豊富です。日本では処方される機会がやや少ないのですが、海外のいくつもの臨床試験で、脳卒中や心筋梗塞を防いだり、寿命を延ばすことが証明されています」。病気によっては、かえって病状を悪化させるおそれあり。
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg)
    いわゆる「ニトロ」と呼ばれる硝酸薬の仲間
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg)
    血圧を下げる薬。高血圧や狭心症の治療に用いる。カルシウム拮抗薬。
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg)
    狭心症の発作を予防する薬。冠動脈拡張薬。硝酸エステルのニコチン酸誘導体で、硝酸薬(ニトロ)に近い薬。狭心症状をよくおさえ、低血圧などの副作用も少ないので、広く処方されている。硝酸薬に見られる効果の減弱も比較的少ない。

わたしの記憶では、頻脈治療でインデラルのみの使用中に心不全の症状が出てきたので、他の薬への変更が試みられましたが、他の薬では合わなかったので、そのままインデラルの処方が続けられ、福岡県の総合病院から今の循環器クリニックに替わってからカルシウム拮抗薬ヘルベッサーが追加されました。

その後、冠攣縮性狭心症に対処するためにニトロペンとニトログリセリン貼付剤であるメディトランステープが処方されましたが、メディトランステープは皮膚症状の悪化で使えなくなりました。その代わりにアイトロールが処方されました。

それからも長く続く胸痛など起きることがあったので、「シグマートには末梢血管を広げる作用があるから」という先生のご説明で、シグマート処方。それでうまくいっていたのですが、最近になって心房細動(不整脈)が起きるようになったのでサンリズム処方となりました。

で、飲み過ぎたのはニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg)です。

最近低血圧気味なので、血圧が下がりすぎるのを心配したのですが、それがなくて、「お薬110番」の説明に「低血圧などの副作用も少ない」とあったので納得。

そればかりか、ニトロを使ったときのような清涼感が胸にあり、一段と心臓が軽くなったように感じています。わたしの場合心臓の薬がよく効いたときにそうした作用を感じるので、二倍に増やして貰いたいくらい。

先生にお話してみようかしら。

今、気づきましたが、お薬を間違って飲んだときは先生にお電話してお尋ねするのが一番ですよね。今になって気づくわたしって……。

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2014年8月14日 (木)

こんなときにミューズが降りてきた。負け組の星、ハルウララ。

前の記事で書いたエッセー風記事を読み直しているときに、ミューズが降りてきました。お盆なのですが。

勿論、ギリシアの芸術家にしか降臨なさらないということはないはずで、日本風にお呼びするのなら弁財天ですね。

わたしは既にペガサスに乗っています。

児童小説『不思議な接着剤 (1)冒険前夜』を電子出版する寸前で放置プレイ、初の歴史小説はまさに書き始めようとしている段階で、考えてもいなかった純文学モードに。

ただわたしはずっと、女性が(肉体的に)ふくれて萎んだ物語を書きたいと思っていました。ダイエットと関係のある話です。ダイエットした乙女心――いや違ったオバサン心。四十代女性がヒロイン――を分析した作品といってよいくらいです。こんな作品、今まで書かれたことがなかったと思います。

この作品の構想は数年前からあり、頭の中で練って、練って、練りすぎた感もあるくらいですが、どうしても一編の小説としてまとめ上げる体験(ダイエット)とインスピレーションに欠けていたために、手をつけることができませんでした。

今純文学小説に長い時間をかけるわけにはいかないので、短編です。某賞の応募が近いので、間に合えばそれに応募するかもしれませんが、どんな作品が好まれるか傾向と対策をしすぎた賞。

傾向と対策をばっちりした作品でまあまあのところまで進めたものの、賞に媚びた作品には自分ではちっとも愛着が持てないままです。

ですから、もうそんな書き方はしたくないし、したくてもできなくなっているため、作品の引き締め効果を狙って締め切りを頭に置いています。短編小説を書くにはあまり時間をかけないほうがよいとの持論からも、今月いっぱいくらいに仕上げるつもりで書くというのは計画としては悪くないと思っています。

今書いている作品はいずれ電子出版する予定です――といいきれるだけの作品にしたいと考えています。時を経ても色褪せない純文学作品に仕上げられたら……ミューズのエッセンスを生かした作品に仕上げられたら……どんなにいいでしょう。

今回のテーマも結局は、人間とは何か、ということに行き着きます。純文学という形式は、このようなテーマを展開するにはぴったりですね。

かといって堅苦しいものにはしたくなくて、シフォンのようにふんわり焼き上げたい(仕上げたい)。

ああシフォン食べたいわ。もう、すっごく食べたいの! これまでは「ここまで書いたら自分へのご褒美にチョコモナカ」なんてご褒美を設定できたのに、今回はなし。朝食の牛乳かけグラノーラがご褒美でもあるなんて、悲しすぎる……

これで士気が鈍るとすれば、わたしってつくづくオバタリアンだと思いまーす。

ペガサスが急に飛び上がったので、軽いめまいがしました。ペガサス、トーセンソレイユに似ています。書いている間だけはペガサスに合える、乗れるので、気持ちが高揚します。

ペガサスの飼い主は9人――女神ですから9柱というべきでした――のミューズで、芸術家は借りることができるのです。乗馬クラブでのお試しレッスン以来の乗馬。これ以上のご褒美を期待するなんて、罰当たりという気もします。

姪の結婚披露宴の引き出物にギフトカタログあり、その中に乗馬クラブの1回コースがありました。うう、乗りたい。あのときよりスリムになったので、今のほうがうまく乗れると思うのです。

でも、「エスプレッソメーカー」か「みじん切り器」になりそう。

そういえばハルウララ、元気にしているんですってね!

ハルウララは勝てない競走馬として一世を風靡(?)し、「負け組の星」と呼ばれました。当然、わたしなどは親近感が湧きますが、この馬、結構気性が荒いとか。

那須田稔氏の本の中に確か、ハルウララの絵本がありました。

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2014年8月13日 (水)

姪の結婚式が終わって

 姪の結婚式・披露宴も終わり、その雑感をエッセー風の記事にして公開していました。閲覧してくださったかたもあるでしょうね。

 その記事を夫に朗読してあげたら、彼がとてもよく書けていると褒めてくれたので(記事には夫も登場しましたからね、その部分が気に入ったのでしょう)、何かに使えそうな気がし、とりあえず非公開設定に切り換えました。

 創作に重きを置けば、どうしても当ブログが痩せてしまう結果となります。記事を何かに使おうと思えば、用心のために公開を控えざるをえないからです。

 わたしが自分の記事を公開しようが、しまいが、ほとんどの閲覧者にはどうでもよいことだと思われますが、非公開にしてしまった場合、わたしという人間の書くものに一貫して興味を持ち続けてくださっている方々には読んでいただきたい記事を自ら封印してしまった――というジレンマに陥ります。

 それほど重大なことを書いているわけではなくとも、記事を書くことによってわたしは物書きとして日々成長しているわけで、非公開にしてしまった記事がある節目を物語っていることがあるのです。

 またわたしの記事から世相の断面が鮮やかに見えてくることは、よくあることだと思います。プロが書いていない貴重なことを書いていることがしばしばあると感じています。

 いやー、素人にしておくのは実に惜しい……自分でいうのもナンですが(笑)。プロが書いていない貴重なことを書いているからこそ、プロになれないのかもしれませんがね。ええ、世の中って、そんなものなんです。

 非公開設定にした記事が増えれば増えるほど、ブログはどんどん痩せていって、物書きとしてのわたしの魅力をアピールする場としての役目を果たすことができなくなります。

 そのうちエッセー集なり、小説の一部としてなり、電子書籍化してお目にかけることになるだろうとは思いますが、非公開のままになってしまうこともあるでしょう。現状としては、こんな風に記事の公開、非公開を切り換えながらやっていくしかありません。これってやはり、何といいますか、素人の物書きならではの不自由さ、情けなさですね。

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2014年8月10日 (日)

高校生の読書感想文におすすめの本 2014年夏(海外編3冊)

最近「高校生の読書感想文 おすすめ」といった検索ワードで、当ブログをご閲覧になる方が増えました。

わたしはこれまでに、高校生が読書感想文を書くのによいと思われる本の紹介記事を6本書きました。高校生の読書にふさわしいと思われるバランスのとれた、文学作品としての品格を備えた作品を紹介するように努めてきました。

アクセスが最も多いのは以下の記事です。

書店で目につく本は毎年変わるので、昨日用事で中心街に出かけた帰りに書店に寄り、書棚で目についた3冊の本のタイトルと出版社名をメモ帳に書き留めてきました。

わたしが持っている本とは翻訳者、出版社などが違いますが、ざっと中身を確認し、おすすめできると思いました。

これまでにわたしが書いた記事では、高校生の理解力を考慮した、よくまとまった、定番的な作品を主に紹介してきました。

今回は、「この本が文庫で買えるなんて、何てすばらしい」と思った本を紹介することにしました。何年か経ってほしいと思っても、絶版になっていたりして思うように入手できないことがあるのですね。

ところで、あなたはフランス料理を召し上がったことがありますか? 

わたしは国内から一歩も外へ出たことがなく、フランス料理店にも入ったことがないので、縁がありません。欧風料理店でランチを注文したことがある程度です。

ですから、フランス料理のフルコースといわれても、漠然と想像できるだけですが、文学の世界でなら、この日本にいながらにして(翻訳されたものを通して)、数々のフルコース(長編)に舌鼓を打ちました。

「暗黒事件」は、そんなフルコース的な絶品小説をせっせと世の中に送り出したバルザックの長編小説です。長編ですが、それほど長くない手頃な長編で、フランスの文豪バルザックの諸作の中でも、とりわけ有名な歴史小説です。

暗黒事件: バルザック・コレクション (ちくま文庫)
オノレ・ド バルザック (著), 柏木 隆雄 (翻訳)
文庫: 443ページ
出版社: 筑摩書房 (2014/6/10)

この本を開くと、歴史の勉強で味もそっけもないものとして「フランス革命」「ナポレオン帝政」などと脳味噌に刻みつけられた歴史用語が突然香りを放ち、生き生きとした姿を見せ始めることでしょう。

わかりにくい箇所は飛ばして読んでもいいと思いますよ。あとで気になれば、ネットでなり、辞書、事典、年表でなり、調べればよいことです。

一番大事なのは、作品の香りを嗅ぐことですから。

勿論、わからないところを調べながら読めば、より読書を楽しめるでしょう。

そして、興味を惹かれた箇所をノートに書き出すことから、感想文の第一歩を始めてみては如何ですか?

以下の2冊に収められた作品は、エッセイ的な要素の強い作品です。プロットのはっきりした小説に比べると、感想文が書きにくいかもしれません。

でも、こうしたタイプの本の読書では、気ままな散歩のような気楽さがあり、一部分を採り出して感想を書いても様になる――感想文らしいものになる――という強み(?)があります。

これらの作品を読んだことのある場合とない場合とでは、この世というところが違って見えてくると思います。洗練された、良識的な物の見方とはどういうものかを教えてくれることでしょう。

マルテの手記 (光文社古典新訳文庫) 
ライナー・マリア リルケ (著),  松永 美穂 (翻訳)
文庫: 394ページ
出版社: 光文社 (2014/6/12)

ヘンリー・ライクロフトの私記 (光文社古典新訳文庫) 
ジョージ ギッシング (著), 池 央耿 (翻訳)
文庫: 331ページ
出版社: 光文社 (2013/9/10)

読書感想文を書くというイベント(宿題)を通して、ぜひすばらしい文学作品に触れてみてください。

※関連記事

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わたしもそろそろ脱皮を

最近、世界情勢が不穏で、謎の航空機事故が続いたりもしたので、息子の海外出張が心配になり、メールすると、電話がありました。

今度の会社の出張先はアメリカで開催される大きな化学学会で、息子は大学で研究した成果をポスター発表するようです。

海外出張は、オランダ・ドイツ、韓国に続いて3回目。秋にはイタリアが決まっているそうです。

「わたしも外国行きたいなあ」というと、「一度は行っておいたほうがいいよ。作品の世界も拡がるだろうし」と息子。

「そうするわよ。お金さえあればね」とわたし。「出してあげるよ、*くらいでよければ」と息子。わたしは一瞬フリーズしましたが、「もしそれ貰えたら、全部家計に入れてしまいそう。カツカツの暮らしじゃあね」というと、息子は冗談と思ったのか、楽しそうに笑いました。

ド・カツカツの暮らしを学生時代に経験している息子には、わたしのいうカツカツなんて、冗談にしか聴こえなくて当然です。

息子は時にO型(血液型)らしい大らかなことをいうときがあるのですが、わたしは聴かなかったことにしています。

いえ、過去には本気にして、これまで息子に甘えたこともありましたが(一緒に旅行したときに宿代を持って貰ったり)、大学の修士課程時代、アルバイトと学業でどれだけ大変だったか……、また会社に入ってからの仕事の大変さや、その仕事の合間を縫って大学の博士課程に通う努力を思えば、息子にはこれ以上、決して甘えるわけにはいかないと思います。

ストイックに目的を絞って生きている息子の厳しい――が、たまにズッコケたり、試練に遭ったりしながら脱皮していく生き方を見ると、胸のすく思いがします。

わたしもそろそろ脱皮したい、しっかりとした歴史小説を書くことで、それが果たせないかと自らに期待をかけてみようと思うのです。わたしも一度くらいは、子供たちに胸のすく思いをさせてみたいものです。

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2014年8月 8日 (金)

昨日書店に立ち寄って

昨日、美容室に出かけた帰りに、書店に寄った。

最近「高校生の読書感想文 おすすめ」といった検索ワードで当ブログにご訪問になる方が増えたので、書店ですぐ手に入りそうな本を見ておこうと思ったのだった。

これまではどちらかというと、高校生が読みやすい、感想文の書きやすそうなプロットのはっきりした作品を収めた本を「おすすめ」していたが、目に飛び込んできただけでなく、ああこの本が今なら文庫で買える――と思わされた本を3冊選び、手にとってみた。

どれも過去に読み、感動した本だが、訳者が異なるので、中身を確認してみた。

昔と比べて近年、書店に本が溢れているようでありながら、すぐに品切れになる本も多い。書店にある本を見れば、いつでも手に入りそうな気がしてしまうが、決してそうではない。

バルザックの『暗黒事件』が今であれば、ちくま文庫で買える。これは歴史小説の傑作だ。

バルザック流のこまかな描写が読書嫌いの生徒には敬遠されるかもしれないが、プロットは鋼鉄のようにしっかりしていて、何しろ面白いストーリーなので、感想文は書きやすいのではないだろうか。

ざっとでも再読しておかなければ、おすすめできないと思い、読み始めると、ざっととはいかない面白さで(何度読んでも面白い)、もう捕まってしまっている。

副産物として、この本を選んだ生徒を歴史好きにするかもしれない。女性哲学者シモーヌ・ヴェイユの伝記を読むと、学校でかなりバルザックを読まされている。

最近、フランスのことを書いた何かで、バルザックは学校で読まされる定番だという文章を目にしたことがあるので、今もよく読まされるのかもしれない。

そういえば、娘が文通しているイタリア人の書店主さんはバルザックの『オノリーヌ』をお読みになったばかりだそうだ。『オノリーヌ』も今ならちくま文庫で買える。

光文社古典新訳文庫の服を着たリルケの『マルテの手記』、ギッシングの『ヘンリー・ライクロフトの私記』も目に飛び込んできた。

なつかしい友人にでも再会したように、目が潤む。毎日自宅の本棚で見ている癖に、装いを新たにしているのを見ると、何ともいえない感動を覚えるのだ。

この2冊はエッセイ風なので、感想を書きづらいところはあるかもしれない。

しかし、ストーリーものだと挫折してしまう生徒には逆に、どこからでも読めるという利点がある。これらの本を読むと読まないとでは人生の味わいが違ってくる。

高校生で読めるだろうかと心配になったが、『マルテの手記』は中学1、2年で、『ヘンリー…』も高校生で読んだというレビューが出てきた。わたしが思った通り、これらの本が人生を変えたと書いている人のレビューを複数目にした。

自宅にある3冊をざっとでも再読して、おすすめ記事を書きたい。もたもた再読していると、夏休みが終わってしまうかもしれない。

この3冊はおすすめ海外編としよう。日本の本のおすすめも書店で決めたかったが、時間がなかった。自分が若い頃、翻訳物が好きだったせいか、どうしてもそちら中心になる。

バルザックの歴史小説は、これから歴史小説を書こうとしているわたしには刺激になる。高校生のときだったか、山岡荘八の『織田信長』などに夢中になったことはあったものの、大人になってからは日本の歴史小説、中には面白いと思うものもあるが、パターン化されている感じがし、正直いって、わたしにはつまらない。かといってバルザック風には書けるはずもないが……

お世話になっている郷土史家に(暑中見舞いを書きそびれたので)、残暑見舞いを出そうと思い、「かもめーる」を買ってきた。「かもめーる」、残暑見舞いにも使えることを一応窓口で確認した。

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2014年8月 7日 (木)

だし巻き卵

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たまに食べたくなる、だし巻き卵。

巻くときにちょっと失敗したのですが、美味しかったのでよしとしました~。

土井勝先生のレシピを参考にしました。『土井勝 日本のおかず500選』、大切に使っています。母も土井勝先生の本を参考にしていたので、母の味に出合いたいときはこの本を見ます。

『土井勝 日本のおかず500選』(土井善晴監修、テレビ朝日コンテンツ事業部、1995年)から4人分の材料を以下に紹介すると、

  • 卵6個、
  • だし汁(卵の分量の1/4)
  • 塩小さじ1/3、みりん小さじ1、薄口しょうゆ小さじ1

以前、息子さん(土井善晴先生)のレシピでも作ってみました。

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2014年8月 6日 (水)

愚痴及び政局雑感

夫の元の会社では継続雇用が再開との情報。年金との関連があるにせよ、つまるところ、民主党政権の間の放置プレイが原因で、機を見るに敏な夫の会社では継続雇用を中断していたことになる。

民主党時代に定年退職を迎えた夫。最悪だった。再就職できたのはありがたいが、本当に定年退職後の仕事なので(シティホテルの夜間フロント&警備)、正社員とはいえ、とにかく給料が安く(勿論ボーナスなどない)、継続雇用の場合とでは年間100万円違う。5年で実に500万円の違い!

今ほどの生活不安を抱えずに済んだだろう。そう、継続雇用になると思っていたから、倹約生活を覚悟しつつも、わたしたちは定年退職をそれほど心配していなかったのだった。

まあ慰めは、継続雇用に比べたら今は勤務内容が体に優しく、夫が趣味の時間を多く持てるということだろう。継続雇用であれば(元会社は流通業)、新店の応援に駆り出されることが増え、炎天下での商品の積み卸し作業も加わっただろうから、肉体的には大変だったに違いない。

継続雇用だったら、そうした別種のデメリットが生じた可能性はあるが、匂わされるだけ匂わされて(自民党時代に会社が作成した――会社が政府の誘導でそうせざるをえなかった――継続雇用に関するプリントを夫は貰っていた)切られ、長かった就活期間と陥ったぎりぎりの暮らし。

電化製品一つ買い替えるにも青息吐息。いつ家計破綻するだろうと冷や冷やする暮らしぶりであり、日々の安らぎなど遠いものとなってしまった。

世話の焼ける夫との結婚生活とわたしの体では、わたしとしては創作で物になるしかなかったが、結局、創作は何にもならなかった(キッパリ)。創作に賭けた人生を後悔していないとはいえない。

綺麗な気持ちで創作に励み、美しいオーラの光を空間に発散し続けることはできたから、神秘主義的にはずいぶん働いたことになるけれども、物質的には何もしなかったし、何もできなかった。これがこの世の現実だ。芸術家が陥る苦境の断面図だ(キリッ)。

とにかく、我が家の暮らしの変化から見ても、民主党政権、最悪だった。彼らは中韓に尽くすだけで何も、何も国民のメリットになることはしなかった。国会中継をつぶさに視聴していたのだ、騙されない。

自民も迷走することはあるにせよ、長年政権を担当してきているだけにそれなりのことはする。しようとする。世界情勢を見ても、本当に難しい状況であることがわかる。

わかるが、アメリカが失敗しているのだから――アメリカ国内のひどさを見れば――新自由主義路線を突っ走るのはいい加減やめてほしい(竹中が癌)。

グローバル経済の問題、防衛問題、食の確保・安全の問題、エネルギー問題、国内に抱える様々な問題が政権に襲いかかっている。

最近の気になるニュースでは、佐賀空港へのオスプレイ配備計画。

佐賀空港の基地化? 佐賀出身のわたしとしては複雑な気持ちにならざるをえないが、中国、北の脅威が、わたしが想像している以上なのかもしれない。民主党政権のままだったら、彼らは何もしないので(しないことで協力するに決まっているので) 、占領されるがまま放置プレイ。

尖閣問題は中国の内部抗争の表れだとする見方もあるようだ。以下はYouTubeより。23分くらいからひじょうにわかりやすく中国の軍閥と利権に関することが語られている。

中国とどう接していけばいいのでしょうか?
中国は物理限界に近づいています。バブルも崩壊して、環境的にも、人口的にも限界に達した場合に中国がどうなるかということですね。
まず最も多くの日本人が勘違いしているところに、中国は共産主義の国ではありません。共産主義だったらですよ、貧富の差、環境汚染の問題が起きるわけがないんです。中国はひじょうに利己主義的な国である、個人主義の強い国家であるというがまず基本になって、そこの認識を変えるところから始めないといけないと思います。
中国は、中国共産党独裁自由主義経済の国なんですよ。中国共産党が独裁していて、独裁者だけが自由な商売をしている自分勝手な国であるということですね

【渡邉哲也】おはよう寺ちゃん 活動中 2014年7月29日回:ジョナサンワドワーズ

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胸の圧迫感にスプレー1回

1回は舌の裏側にうまく噴霧できず、歯に噴霧してしまったので、もう1回。

この暑さに体がまいっている。

昨日は1日、書きたいと思いながらフラフラして(この時点でミオコールスプレーを試してみるべきだったのかも)、思うに任せなかった。

家事はちゃんとやっているが、つらい。家事くらいでもたもたしているわたしなんて、わたしじゃない!と自己否定したくなる。

姪の結婚式もあるというのに、出席できるのだろうか? まあ這ってでもするだろうけれど。台風が来ると困るなあ。

ダイエットでスリムになれたお陰で、フォーマル用に購入した(せざるをえなかった)服の補正だが、売り場と補正の現場とで安くしていただき、10,000円といわれていたのが5,000円強で済んだ。

食事は2食に戻し、朝食は牛乳をかけたたっぷりのグラノーラと普通の夕食。アーモンドがダイエットに役立つという記事を読んだ。

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2014年8月 4日 (月)

村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

 7月26日ごろ、お買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は23冊目のお買い上げでした。久しぶりに日本でお買い上げいただき、アメリカでのお買い上げ冊数と並びました。

  • アメリカ……11冊
  • 日本……11冊
  • ドイツ……1冊

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

『不思議な接着剤』の姉妹編『すみれ色の帽子』。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

台風小説、家族の物語。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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最近の眠け/ダイエット日記(19)目標に向けてゆるやかに

前の記事で『不思議な接着剤1 冒険前夜』の近日発売を予定していると書きながら、なかなか出せないのは、精神的にきりっとならないためです(?)。

きりっとした精神状態で「あとがき」を書いて完了となるはずが、最近血圧が低くなりすぎて、家事などして動いているときはよくても、止まると(座ると)、たちまち眠くなってしまいます。

本来は高血圧なのに、心臓の薬が追加になるたびに低くなっているところへ、夏なので血管が拡張し、低くなってしまうのでしょう。低いぶんには健康には問題ありません。

ただ冠攣縮性狭心症の発作の前兆だったのだろうと思いますが、昨日の朝、胸の圧迫感があり、ニトロ(ミオコールスプレー)の使用を迷いつつ、「これ以上、血圧が低くなるのは嫌だなあ」と思い、使用しませんでした。

そのうち治まりましたが、血圧が低いときに発作が起きると困ってしまいます。勿論、強い胸痛とか我慢ができない圧迫感があれば、躊躇なく使いますよ。

ダイエットで全体にすっきりなったのですが、体調が悪いと、やはりおなかが膨らみ(張った感じになります)、ニトロの使用を迷った2日前から足が浮腫んで靴が入らないほどでした。

外出したわけでもないのに、一日中足が腫れて、雪に足を突っ込んだみたいに色も赤かったのです。

ダイエットは循環器クリニックを受診後、昂揚した気分が萎んでしまいましたが、血液検査の結果のことで先生からお電話がなかったということは、悪くなかったということだと思います!

目標の数値まであと0.7㎏まで迫りました。7月26日に記事を書いたときからすると、0.5㎏減です。

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昨日作った海老と茄子の煮物。

ダイエットしようと決意した理由はいろいろとありますが、自身のここ数年間の中年太りがストレスからで、お菓子依存症(?)になっていると思ったからです。

楽しく適度にお菓子をいただくぶんには、お菓子は生活の潤いとなりますが、わたしの場合はそうすることで嫌なことを忘れようとする傾向がありました。

神秘主義者にはあるまじきことで、情けない事態です。

対象が何であれ、依存的になりすぎると、受動性が強まり、霊媒体質にもなりやすくなります。悪い影響を受けやすくなるのです。

ある程度の霊媒性質は人間であれば誰にでもあって、それがなければよい影響も受けられないので、進歩もないことになりますが、過度にその傾向の強まることが問題となり、その過度に強まった問題のある状態を神秘主義者は一般に「霊媒体質」と表現します。

H・P・ブラヴァツキーは『実践的オカルティズム』(田中恵美子&ジェフ・クラーク訳、平成7年)の中で、「自己を支配する力を失い、もはや自分自身の行為を決める力や意志をもたなくなったという程度にまで他の存在の影響を受ける人」を「霊媒」と定義しています。

※オカルティズムは秘教科学という意味で使われています。当時はオカルティズムという用語は神聖な意味で用いられていました。

佐世保で女子高校生が起こした陰惨な事件も、わたしはこうした霊媒体質と関係があるのではないかと考えています。

事件から離れ、前掲書の中にダイエットをするときに思い浮かべた言葉があったので、以下に紹介します。

空腹の時にのみ食べ、渇きを覚える時にのみ飲め。そうでない時にはけっして飲み食いするな。ある料理が君の味覚をそそっても、ただその欲望を満足させるために食べてはならない。その食べ物を食べて得た快楽は、数秒後にはなく、数秒後にはもはや存在しなくなることを覚えておくように。それは一時的な快楽であり、今は快楽であっても食べ過ぎれば苦痛となり、食べ物は舌にだけ喜びを与えるにすぎないことを覚えておくように。

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2014年8月 2日 (土)

『不思議な接着剤1 冒険前夜』の表紙。ともさかりえ、NHKの朝ドラ「花子とアン」。

時間を食っている『不思議な接着剤1』ですが、サブタイトルを「冒険への道」から「冒険前夜」に変えたので、表紙を作り直しました。

しばらくGIMPを開いていなかったら、やり方、かなり忘れてしまっていました。といっても、まだごく初歩の段階で、できることは少ないのですが。

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以下のフリー素材専門サイトから、可愛らしいフレームをお借りして、1巻の「1」を入れさせていただきました。素敵なフレームが沢山あります。

『すみれ色の帽子』にもお借りしました。この作品は、『不思議な接着剤』に登場する三人の子供たちのうちの一人、瞳という少女が綴ったブログ記事をまとめたものです。サンプルをダウンロードできます。
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今日のところはこの表紙と英語タイトルに時間を食って、時間切れです。「スタジオパーク」で、ゲストのともさかりえがいつも何作ろうかと料理のことばかり考えている――というようなことをいっていましたが、共感しました。

もうずいぶん前になりますが、ともさかりえのブログを見つけてから時々閲覧しています。

「ロッカーのハナコさん」、面白かったのを覚えています。今は、NHKの朝ドラ「花子とアン」に出演中ですね。

「花子とアン」は「『赤毛のアン』の翻訳者・村岡花子の明治・大正・昭和にわたる、波乱万丈の半生記』を描いたドラマ」という触れ込みだったので、たまに観るのですが、花子の実家の描き方が変で(それ以外にも変なところだらけで)、ほとんど視聴が挫折しております。

何で、花子の実家の人たちはいつもいつも顔が黒いのでしょうか? 洗わないのか? 

いろいろとあまりにも変なので、娘の買った以下の本をパラパラと読みました(じっくり読もうと思いながら、積ん読状態)。

アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)
村岡 恵理 (著)
出版社: 新潮社 (2011/8/28)

ドラマはしっかりした伝記ものにするか、村岡花子から離れた完全なフィクションにするかのどちらかにしたほうがよかったのではないでしょうか。

花子の父安中逸平は『アンのゆりかご』によると、幕末の安政6年に小さな茶商に生まれ、「もとより文学好きだった安中逸平は、茶の行商中にカナダ・メソジスト教会に出入りするように」なります。教会の思想に夢中になって引っ越しするほど。

逸平は「宣教師や教会に通うインテリ層との交流によって、新しい文化の洗礼を受けた」とのことです。そして花子が5歳のときに逸平は一家で上京し、生活のために葉茶屋を始めたとあります。

その辺の道端にムシロを敷き、何か並べて商売したというのなら、まあ汚れた黒い顔でもできたのかもしれませんが、葉茶屋でしょう。しかも、異国のハイカラな新しい文化にあこがれていたわけですよね。それが顔も洗わないなんて、矛盾も甚だしい。

小さい頃住んでいた家の近所に葉茶屋さんがありましたが、子供心に格式のあるお店と感じられ、母とそこへ行くときはとても緊張しましたよ。

あの描き方は何なのか。翻訳の功績を際立たせるために、洗練された外国文化とひどい日本文化という対照的な演出を必要としたのでしょうか。

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2014年8月 1日 (金)

蝉。抹茶ソルト。

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ベランダの柵に蝉が止まっていました。だいたい毎年、止まりにきます。

日田市に住んでいたころは、脱皮する蝉を見ることができました。脱皮したばかりの蝉は翡翠色で美しいです。溝に普通に蛍もいましたよ。庭を横切り、塀を伝って溝で水浴し、また庭の巣へ戻ってくる蛇もいましたっけ。

以下は、そうした生き物たちが結構出てくる真面目~な拙小説。主人公は台風ですけれどね。サンプルをダウンロードできます。
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今、わが家では抹茶ソルトがブームです。

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多めに振りかけても辛くありません。胡麻おにぎりに使ったり(うちのごはんは最近麦入りです)、冷や奴、ゆで卵にもいけます。天麩羅にも合いそう。

夫は抹茶ソルト・トーストにはまっています。初めて見たとき、パンに黴が生えたかと思ってしまいました。

最近作ったキスのピカタ。

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キスをくぐらせる前の卵液に、粉チーズと少量の粉末タイムを混ぜました。バターレモンソースをかけましたが、抹茶ソルトを振りかけても美味しいでしょうね。

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