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2014年5月の32件の記事

2014年5月31日 (土)

ブログサービ​ス「JUGEM」の公式ファイル改ざん事件、削除したブログのお知らせ

 以下の記事でお知らせしましたが、ブログサービ​ス「JUGEM(ジュゲム)」で大変な事態が発生しました。

 Flash Player、WebブラウザーInternet Explorerの脆弱性は気になっていましたが、こんなかたちでやってくるとは思いませんでした。

 確認したところ、 ウィルス対策ソフトは最新バージョン、Flash Playerは最新版にアップデート済みでした。

  ブログにアクセスしただけで、閲覧者が悪影響を受けるおそれがあり、ただブログを運営しているというだけで感染源になる可能性があるという今回のケース、怖ろしい話です。

 わたしはジュゲムのブログサービスを利用させていただいて、二つのブログ「マダムNの児童文学作品」「マダムNの体調日記」を運営していました。

 それに、わたしはよくネット検索をします。そのとき、よほど興味がわけば別ですが、自分のアクセスしたブログがどこのブログサービスを使っていたか、なんて、覚えていません。

 このことと関係があるような、ないようなことですが、わたしはたまたまジュゲムブログのうち「マダムNの体調日記」をライブドアブログに移転したところでした。

 理由は、わたしのやり方がまずかっただけなのかもしれませんが、テンプレートが崩れるなど、記事が思うように反映しないことがあり、更新するたびにストレスが募りました。

 体調日記はしばらくして、また「マダムNの児童文学作品」の方も時期を見て、削除するつもりでした。

 同じGMOペパボ株式会社の電子書籍作成サービス「パブー」も利用させていただいていて、電子書籍を数冊出しましたが、これもわたしのやり方がまずいのか、思うように作れず、システム、規約にもぬるいところのある気がして、アマゾンのKDPに電子出版の場を移しました。

 これをきっかけに、今日は一日かけて、増えすぎたブログの整理にかかりました。自分の体と同じようなことを自分のブログにも感じていたのですね。

 わたしはよくも悪くも多方面の記事を書きますから、ブログ内容が煩雑になりやすく、カテゴリーを独立させたようなブログがほしくなります。そのときに作ったブログも結構あるのですが、それは今回、残すことにしました。

 今回主に整理したのは、電子書籍の宣伝のために作ったブログです。放置気味のブログ、アクセスの少ないブログも整理の対象としました。

 知名度も肩書きもない人間の、更新回数に乏しい電子書籍宣伝ブログになど、人は来てくれないということがわかったということがありました。

 kindle本の無料キャンペーンをやめても、幸いぽつぽつ買っていただけます。そこから考えて、無理な宣伝はやめようと思ったということもありました。

 今回削除したのは、以下のブログです。恥ずかしいくらいに、よく作りました。勝手な利用の仕方で申し訳なく、ブログサービスには本当に感謝しています。

 ブログサービスがなければ、うまく表現する場を見つけられずに、もっとストレス太りしていたでしょうね。

  • jimdoホームページ「マダムN図書館」
  • グーグルブログ「電子書籍はいかが?」
  • WordPress.com ブログ「ノワの電子書籍」
  • 忍者ブログ「Notes pour N」
  • ソネットブログ「マダムNの純文学小説」
  • ジュゲムブログ「マダムNの体調日記」(「ライブドアブログ「マダムNの体調ノート」に移転)、「マダムNの児童文学作品」
  • シーサーブログ「Naotsuka_Makiの電子書籍」
  • はてなブログ「madame-n's blog」
  • エキサイトブログ「物にならない物書きの洒落にならない日々」(旧「出版に向けてカウントダウン」)

 そして、現在運営中のブログについては、以下の記事をご覧下さい。

 児童文学専用のブログは、そのうち作るかもしれません。

 料理ブログ「プチ・マダムNの覚書」も削除するつもりでアクセス解析を見たら、アクセス数は多くはないのですが、日本以外にも、アメリカ、フランス、ロシア、ウクライナ、グルジア、ドイツ、カナダ、ニュージーランド、オランダなどから時々あって、国際色ゆたかですので、残しておくことしました。

 木星は膨張させ、土星は痩せさせるといいますが、わたしは木星の年齢域から土星の年齢域に移ろうとしています。参考にする本によってはもう既に移っているようでもありますが、松村潔著『決定版!! サビアン占星術』(学習研究社、2004年)によれば、土星の年齢域は57歳から70歳までとなっています。今、56歳です(大きな声でいうことではないかもしれませんが)。

 わたしの体質を表す月は牡羊座ですし、上昇宮も獅子座で、どちらも火ですから、太っているのは性に合わないのです。が、ストレス太りに甘んじていた、精神的に弱り切った日々が長く続きました(今から思えば)。

 前掲の本を参考にすれば、木星のサビアンシンボルが蠍座の2度「割れたビンとこぼれた香水」というもので、頭も心もかち割られるようなことが次々と起こったのでした。

 現に頭蓋骨は抉られ(良性腫瘍だと確認ができてよかったのですが、それにしてもね、抉られすぎだわ……)、心も破裂せんばかりの出来事があれこれと起こり、体調管理のことなんか、真剣に考えているゆとりがありませんでした。

 それがついに、糖尿病の精密検査を受けるはめになりそう――というところまできてやっと、これではいけないと真剣に思ったのでした。

 計算してみると、年齢、身長から見た体重は意外にも標準域でしたが、どう見てもおなかはでっぱり、体は肉襦袢をつけたみたいに重く、顔も太ったのだか腫れてるのだか、こんなのわたしではありません!

 鏡を見て、心の中で叫びましたよ、ハイ。

 膨張させる木星からバトンタッチを受けた土星には、わたしの贅肉が気に入らないでしょうね。わたしの土星のサビアンシンボルは射手座の25度「玩具の馬に乗っている小太りの少年」で、小太りという言葉が気になりますが、射手座でいう太るとは知識太りのことで、肉体的に太ることではないでしょう。

 シンボルの馬に一昨年、急に興味がわいたのも偶然で、不思議ですね。木星の年齢域に入る前は、なぜか急に香水に興味がわいたりしましたし……。

 射手座の25度「玩具の馬に乗っている小太りの少年」の鏡関係には双子座25度「パームの枝を刈る男」があります。今日の作業は伸びすぎた枝葉を処理しているような気分でした。

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〈重要なお知らせ〉2014年5月24日(土)未明~5月28日(水)12時ごろまでの間に、ジュゲムブログにアクセスなさった方へ

 当ブログを閲覧してくださった方々の中に、2014年5月24日(土)未明~5月28日(水)12時ごろまでの間に、管理人のジュゲムブログ「マダムNの児童文学作品」「マダムNの体調日記」にアクセスなさった方はおられませんでしょうか?

 ジュゲムから改ざんに関するお知らせがありました。

「児童文学作品」の閲覧者は少ないのですが、アクセスログを見ると、記事を更新した24日に30アクセスありました。「体調日記」は、ライブドアブログ「体調ノート」に引っ越してからはそのうちブログを削除するつもりで記事の更新を停止していましたが、こちらの方が過去記事に多くのアクセスがありました。

 該当なさる方は、ライン以下のジュゲムのお知らせを必ずお読みいただきますよう、お願い致します。

 それにしても……Windows、Flash Playeは脆弱性を指摘されていましたが、こうしたことが起こってくると、今後が不安になります。

 最近ネット犯罪が増えたので、増やしたブログの管理に自信がなくなってきて、どうしても必要なブログを除いては閉鎖、削除していこうかしらと考えていたところでした。

 電子書籍のためにもブログは活用したいところですが、その電子書籍の宣伝専用ブログから閉鎖、削除することになりそうです。

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お客様の安全のため、対応と注意喚起のご協力をお願いいたします。

2014年5月24日の未明より外部サービスで配信しておりました公式のファイルが改ざんされ、悪意のあるプログラムがダウンロードされた可能性がございます。

現在は全て問題解決しておりますが、下記条件に含まれる恐れがある方は当ページをご確認の上、ご対応をお願いします。

お知らせについてはこちら http://info.jugem.jp/?eid=17191

なお、お客様の個人情報の流出等やブログ記事・テンプレート・画像への 影響等は現時点で確認されておりません。

<この改ざんにより影響のあったサイト・ブログ>

  • JUGEM ポータルサイト
  • JUGEM「JUGEM(無料版)」
  • JUGEM「JUGEM PLUS(有料プラン)」
  • ロリポップ!「ロリポプログ」
  • 30days Album「デイズブログ」
  • グーペ「グーペブログ」
  • カラーミーショップ「ショップブログプラス」

<改ざんの影響を受けたと考えられる方の条件>

(1)以下の日時でJUGEMポータルおよび上記影響のあったブログにアクセスした

2014年5月24日(土)未明~5月28日(水)12時ごろまでの間

(2)Windowsを利用している

対象のOSは以下の通りです

Windows XP

Windows Vista

Windows 7

Windows 8.1~

(3)Flash Playerのバージョンが13.0.0.206未満の方

旧バージョンをご利用の場合には、脆弱性により感染の可能性が高くなります。

※Flash Playerのバージョンはこちらでご確認いただけます。

http://helpx.adobe.com/jp/flash-player/kb/235703.html

ウィルスについては株式会社シマンテック様へ調査を依頼しましたところ、下記のような公式見解をいただいております。 

Flashの脆弱性(CVE-2014-0515)を悪用し、いくつかのマルウェアがダウンロードされます。

マルウェアは複数あり、また毎日更新されておりますが、基本的にInfostealer.Bankeiya.Bというマルウェアに感染すると考えてよろしいかと思います。

マルウェアの詳細や推奨する感染予防策

http://www.symantec.com/ja/jp/security_response/writeup.jsp?docid=2014-052808-0317-99

<対処方法>

【ウィルス対策ソフトを最新バージョンにしてください】

ウィルスは毎日更新されるため、古いバージョンをご利用の場合には、対象のウィルスを検知できないことがあります。

ウィルス対策ソフトが最新バージョンになっているかのご確認をお願いいたします。

【ウィルス対策ソフトでPCをフルスキャン】

ご利用のPCにインストールされているウィルス対策ソフトでPCをスキャンしてください。

ウィルス対策ソフトをインストールされていない方は無料のウィルス対策ソフトのご利用をお勧めいたします。

◆ノートン・インターネットセキュリティ(30日無料体験版)

http://www.symantecstore.jp/trial/

【Flash Playerを最新版にアップデート】

安全な最新バージョンへアップデートをお願いします。

◆Flash Playerダウンロードはこちら

http://get.adobe.com/jp/flashplayer/

【もしウィルスが見つかってしまったら?】

今回の改ざんで使用されたウィルスは複数存在し、一部はネットバンキングの情報を悪意ある第三者へ送信する機能を備えております。

以下の手順を確認して、ひとつずつ順番に対応をお願いいたします。

(1)ウィルス対策ソフトで駆除を行います。

(2)駆除が完了したことを確認したら、再度フルスキャンを行います。

(3)ウィルスが検知されないことを確認し、すぐにネットバンキングのパスワードを変更します。

 

<管理者さまへ 注意喚起のご協力をお願いいたします>

今回の改ざんはブログの管理者さまだけでなく、ブログの閲覧者様にも影響がございます。

お知らせブログをご紹介いただき、ブログを閲覧されたお客様へも同様の対応を行っていただけるように、ぜひブログ上での注意喚起にご協力頂きますようお願いいたします。

(2014年5月29日作成)

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2014年5月30日 (金)

木造家屋を建てる妖精たち

Kentikuyousei1_blog3

 定年退職してから半年職業訓練校に通い、卒業後1ヶ月して再就職した夫ですが、趣味に時間をかけることができるようになり、3D制作に熱中しています。

 これまでにも何度か2D画像にして記事にしましたが、これは妖精たちが木造家屋を建てているところだとか。

 3D画面で見たとき、方向を変えても、この家屋(の骨組み)は崩れません。うまくいっていないと、方向を変えたときに崩れてしまったりするのです。別の方向からは妖精たちの顔を見ることができますよ。

Youseikao3_blog

 ちょっと妖怪っぽい容貌です。後ろ姿は小鳥ですけれど、それにしては尻尾が長いでしょ。まあ、その顔を含めて、妖怪というには可愛いので、妖精といいました。

 現在は人物を作っていて、髪の毛を処理しています。髪の毛を持ち上げたり、散らしたり……

 わたしもやってみたいのですが、膨大な時間がかかるようなので、無理だわ~。

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2014年5月29日 (木)

ダイエット日記 (7)ヘルシー料理の翌日は、空腹でたまらなかった

5月28日

体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.7㎏)/標準域/前日比△
体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス1.5%)/標準域前日比✕
水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス1.5%)/標準域より低い/前日比✕
筋肉率(M): 基準日とした19日比✕(マイナス1.0%)/標準域より低い/前日比✕

コメント

 前日の夕食は、ヘルシーといわれる鶏むね肉を使った。本当は最近会ったSちゃんから教わった「とり天」をする予定だったのだが、鶏肉はヘルシーでも天ぷらは怖いので、満足できる体重になってからすることにした。とり天は大分の郷土料理。ここに引っ越してきてからずいぶんになるのに、うちで作ったことがなかった。作ろうと思ったら、作れない事情ができるなんて。

 その代わりに作ったのは、NHKエデュケーショナル「みんなのきょうの料理」のレシピ「焼き肉チキン」。パサつきやすい鶏むね肉だが、調味料の効果でとても美味しく、家族にも大好評! 
 リンクは報告が必要みたいなので、しませんが、NHKエデュケーショナル「みんなのきょうの料理」焼き肉チキン――で検索したら、出てくると思います。

 ただ日中、馬鹿に空腹で、空腹のあまりか何回か空嘔吐したほどだった。前日の鶏むね肉が軽かったから? 

 家族のリクエストに応えてまた作ると思うので、今度は作った翌日、空腹すぎて耐えられないほどになるのかどうか、自己観察したい。

 もしかしたら、水分不足から来ていたのかも。水分不足になりやすいとわかってから意識的に水を飲むようにしているが、飲みたくないときに飲むのはとても苦手。薬を飲むときも、錠剤だと少量の水でも飲めてしまうので、水が余っていてもついコップを置いてしまう。

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5月29日

体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.7)/標準域/前日比△
体脂肪率(F): 基準日とした19日比△(プラス、マイナス0.0%)標準域前日比◯
水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.2%)/標準域より低い/前日比◯
筋肉率(M) 基準日とした19日比✕(マイナス0.1%)/標準域より低い/前日比◯

コメント

 前回も外食したとき、体重が戻って、それが数日続いた。今回も同じ傾向にある。うちはだいたい、魚と肉を交互にメインに持ってくるのだが、昨日は合い挽き肉を使い切りたかったので、久しぶりにハンバーグをした。

 体重が増えそうで心配だったが、体重は前日と同じ、他の数値はよくなり、体調もよかった。

 家庭料理はヘルシーだと改めて思わされた。でも、その家庭料理、創作に比重がかかると、作るのが苦痛になってくる。病気のせいもあると思うが、朝から夕方まで没頭した日はくたくたになる。料理は、後片付けを含めたら、何て手間暇かかるのだろうとつくづく思う。

 外出した日はやはり外食か弁当にしないとダウンしてしまう。

 少しでも痩せて体が軽くなると、病気が全て治りそうな気がしてしまう。これは期待しすぎだろう。でも、糖尿病の予防にはなるはずだ。このままいけば、精密検査は受けずに済むと思う。

 午前中は家事の合間に児童小説『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』のルビ振り、午後は初の歴史小説の資料読み。就寝ごろ、翌日の予定を立て、必要な本など出しておくのだが、予定通りいったためしがない。

 初の歴史小説では、参考資料として大いに役立ちそうな『葉隠』の、「武士道とは死ぬこととみつけたり」とバラモン経典「バガヴァッド・ギーター」(叙事詩『マハーバーラタ』所収)を比較して記事にするつもりだった。比較はしたが、まだ記事にはできていない。就寝までにできるだろうか。

 気どって就寝といってみたが、力尽きて、いつのまにか寝てしまうだけ。最近は奇跡的に眼鏡を潰していない。眼鏡を買うお金がないので、気をつけてはいるのだが、うっかり寝てしまってはひやりとする。

 いくら犬年とはいえ、わんこみたいにテーブル付近で寝てしまうこの習慣、我ながら情けない。きちんと布団で寝たら、人生変わるわね! そんな日、最期まで来そうにないなあ。物書きには、わんこ寝する人って多いんじゃないの?

 リンドグレーンのアルバムについて、トルストイをモデルとした映画について、戦火の馬のドキュメンタリーについて……どれも書けていない。 電子書籍にしたい小説数編、エッセー集には手が届かない。ルビ振りにこうも時間がかかっては。最近書いたリンドグレーンについての記事を動画にするつもりでいたが、全然その時間がない。

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2014年5月28日 (水)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1)』(ASIN:B00BV46D64)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

 5月21日ごろ、アメリカのアマゾンでお買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は20冊目のお買い上げでした。アメリカでのこの本のお買い上げは、9冊目でした。

 今年になってからこの本が売れたのは4冊ですが、全部アメリカでのお買い上げです。

 サンプルをダウンロードできます。
     ↓

『直塚万季 幻想短篇集(1)』(ASIN:B00JBORIOM)の表紙を作り直しました。

Gen1

『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』は、まだルビ振り中です。ぼちぼちやってます。

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初の歴史小説 (32)『葉隠』 ③序文

「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一文が有名になりすぎた『葉隠』であるが、(28)で書いたように、口述者、山本常朝は神仏儒の合一を説いた石田一鼎の影響を受けている。

 だから、常朝の教養からだけでも、この本が多彩な内容を持っていて、そこから一文を採り出して単純に解釈することはできないとの想像がつく。

 そもそも、『葉隠』は相当に長い作品で、わたしが図書館から借りて読んでいるのは中公バックス版『日本の名著 17 葉隠』で、これは結構な長さなのであるが、これでも抄なのである。

 また、常朝の語りが自身の後学のために記憶されたものであったことを考えれば、内容の率直さにも合点がいく。そのあたりのことは、序文にきちんと記されている。

 そのうちに焼き捨てて貰わねばならないと筆記者の田代陣基に何度もいったそうだ。広く読まれることを目的とした本ではないということなのだ。

 直茂公は船が苦手で、海が荒れたときに吐いて、家来も吐いて、「それが顔や胸・懐に吐き込まれて、言葉で言い表わせない姿であった」とか(勿論この描写はエピソードの枝葉にすぎない)、林羅山から勝茂公が「鍋島公のご先祖はどなたであろうか」と訊かれ、その場の思いつきで少弐氏と答えたとかは、如何にも率直な語りではなかろうか。

 あるいは、斬られて皮一枚で首のつながった男が自分で頭を支えて治療に向かい、無事に治ったとか、火刑に処された男が真っ黒焦げになって下ろされたとたん、死刑執行人に躍りかかり、復讐を遂げた直後に灰になった――といった眉唾物のエピソードは、ユーモラスな語りではなかったかと想像される。

 序文は以下のように書かれている。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 ここに記された全十一巻の書は、そのうちに焼き捨ててもらいたい。世間のことに対する批判や武士たちの行為の善悪、推量したこと、風俗のことなどを、ただ自分の後学のために覚えておられたのを、話のままに書きつけたものである。他人が見れば、あるいは遺恨にも悪事にもなろうから、かならず焼き捨ててもらわなければなりません、と常朝殿は幾度も申された。

 宝永7年(一七一〇)三月五日 はじめてお会いする

  浮世から何里あらふか山桜        吉丸(山本常朝)

  しら雲や只今花に尋ね合ひ        期酔(田代陣基)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 ところが、この書は焼き捨てられるどころか、現代にまで伝わって誰もが読める本になっている。

 実際、焼き捨てるには惜しい内容で、序文にもあるように、当時の風俗が――あからさまといってよいぐらいに――豊富に語られている。時々挟まる思想の断片は、ふと置かれた一輪の花のようである。

「幻という字はマボロシと訓[よ]むのである。インドでは呪術師と呼んでいる。この世はすべてからくり人形のようなものだ。だからこそ幻の字を用いているのである」
「われわれの肉体は、形を持たないものの中から形をととのえてくるということだ。何もないところにいるのが、色即是空[しきそくぜくうである。その何もないところにいて万事が備わっているのが、空即是色である。別々のものと考えないようにとのことである」

 ここからは仏教が薫る。

「恋の悟りの究極は忍ぶ恋である。/恋死なん跡の煙にそれと知れ/つひにもらさぬ中の思ひは/という歌があるが、そのようなものだ。生きて命がある中に、自分の恋を打ちあけるのは深い恋ではない。恋い焦がれて思い死にをする恋が、このうえない立派な恋だ」

 これは世阿弥が『風姿花伝』でいう「秘すれば花」を連想させる。また、秘すれば花という思想は老子の神秘思想を連想させる。

 解説によると、ここにいわれる恋というのは男色だそうだが、わたしが世阿弥や老子を連想したのは、このことが奥深い思想を源としていて、それが恋にも及ぶと思われるからである。

 その証拠に、この語りには続きがあって、このことは、すべて世の中を渡っていくうえでの心得となろうとある。恋の奥義かと思えたものが世渡り術に応用され、「他人の目のないところで慎むことが、そのまま公けの場所の慎みでもある」というマナー教育ともなるのだ。

 このような美意識は、以前は日本人の心情にも、マナーにも、恋愛にも潜んでいて、風雅な国柄をつくっていたと思う。

「家康公が『諸人を子のように思えば、諸人もまたこちらを親のように思う。だから、天下泰平の基は慈悲の心を持つことである」

 これが儒教精神というものなのだろうか。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」のヴァリエーションはあちこちに見つかる。

 例えば、「『人として一番に心がけ、修行しなければならないことは何でございましょうか」と問われたときは、どのように答えたらよいか、まず言ってみよう。いまのいまを、一心不乱に念じて生きることである。いまの世の人は一般に心のしまりがないように思える。活気のある顔というものは一心不乱に何事かを念じて生きているときのものだ。すべて物事を行っているうちに、心の中で自然に固まってくるものがある。これが君に対しては忠、親に対しては孝、武士道では勇気、そのほか万事についての根本である。しかし、これを見いだすことは難しい。また、見いだしたからといっていつも持ちつづけていることはさらに難しい。現在を最高に生きることより外にはないことだ」

 以下のような箇所を読むと、子育ても丁寧に行われたのだなあ、思わされる。

「武士の子どもには一般とは違った育て方があるものだ。まず、幼いときから勇気をつけ、かりそめにもおどしたり、だましたりすることがあってはならない。たとえ幼少のときでも、臆病な気持ちがあれば、それは一生の疵になる。親たちが不注意で、雷鳴のときに恐ろしがらせたり、暗闇などのなかには行かせないようにさせたり、あるいは泣きやませようと思って怖がるようなことを言い聞かせたりするのは失敗である。/また、幼いときに強く叱ると内気な性質になってしまう。そして悪い癖がつかないようにしなければならない。癖がしみついてしまってからでは意見をしても直らないものだ。物の言い方、礼儀などは、だんだんに気をつけさせ、欲心など起こさないようにし、その他、育て方しだいで、普通の性質の子なら充分立派に成長するものだ」

 異常現象について。「異常な現象が起きると、それを怪事として、何事の前兆であろうかとあれこれ言うのは愚かなことだ。太陽と月が同時に見られること・彗星[すいせい]・旗雲[はたぐも]・光り物・六月の雪・十二月の雪などというものは、五十年や百年のあいだにはたまには見うけられるものである。天地の運行の次第によって現われるものだ。太陽が東から出て西に沈むことも、いつものことでなかったら怪事ということになる。それと同じことだ。また天変があるとき、世の中にかならず悪いことが起きるのは、旗のようになびく雲を見て、何事か起きるに違いないと、人々が自分で心の中に怪事をつくり出し、期待するので、その心の持ちようから悪いことが起きてくるのである」

『葉隠』が観念に走った書のように思われがちなのは残念なことだ。実際に読めば、江戸時代を生きた生身の人間のあれこれが伝わってきて、古老の昔語りをじかに聴いているような気分になってくるというのに。

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2014年5月27日 (火)

ダイエット日記 (6)悦びを下降させた外食、怖い。家族に買った北海道展の御菓子。

5月26日shine

体重: 基準日とした17日比◯(マイナス1.1㎏)/標準域/前日比◯
体脂肪率(F): 基準日とした19日比◯(マイナス0.8%)/標準域前日比◯
水分率(W): 基準日とした19日比◯(プラス0.5%)/標準域より低い/前日比◯
筋肉率(M): 基準日とした19日比◯(プラス0.3)/標準域/前日比◯

コメント

 26日は非常に優秀だった。基準日とした自分の体重から1㎏以上減ったのだ。測定を始める前からダイエットに入っていたので、そのときからすると、2㎏は痩せた。筋肉率も良好だった。水分率は低いが、ダイエット効果がようやく表れ始めたといったところか?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

5月27日

体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.7)/標準域/前日比✕
体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス0.2%)/標準域前日比✕
水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.3%)/標準域より低い/前日比✕
筋肉率(M) 基準日とした19日比✕(マイナス0.23)/標準域より低い/前日比✕

コメント

 夕食内容は翌日の測定結果に反映しているようだ。この日、せっかく上昇した成績が下降したのは、26日の外食のせいではないだろうか。

 デパートの北海道展に出かけ、娘とアフタヌーンティーで外食したのだった。

 北海道展では、半額になっていた鮭、太いアスパラガス、じゃがいも(とうや)を買い、ネットカニ缶を買いそびれた。

 わたしにはもう御菓子は遠いものだが(?)、家族のために買った。御菓子には全然、誘惑を感じなかったのは不思議だ。体が軽くなって(それほど体重が減ったわけではないにも拘わらず)、何ともいえない快適さを覚えながら買い物をしていたので、その快さのほうがわたしには印象的だったのだ。以下が家族に買ったもの。

20140527084417

 そして、外食・弁当嫌いの夫にはちょっと豪華な海鮮弁当を買った。夫が外食や弁当のたびにむくれることに腹を立てていたけれど、それはつまりわたしの手料理に彼が心酔していることだと解釈すれば、腹を立てずに済むことに結婚33年目にして気づいた。

 事実、夫は食事のときによく「うーん」と満足そうな声をあげる。

 北海道展の海鮮弁当は、夫にとってはわたしの手料理に拮抗する食べ物らしく、むくれなかった。

 なかなか難しい男であるが、お互い様である。

 難しい男といえば、過日長話したRちゃんは、定年退職した校長先生だった夫がアル中気味であることに困っている。離婚も視野に入れているようだ。

 わたしにはあれほど離婚しないことを勧めた彼女が。でもアル中は難しい病気なので、それもわかる。彼女には経済的心配もないようだし、健康で、行動力もある。思いやりのある、辛抱強い彼女がそう考えるくらいだから、長年困ってきたに違いない。

 夫のお兄さんが悪友のように、飲酒をそそのかすらしい。そのお兄さんはアル中で入院したことがあるそうだが、治っていないのだろう。

 校長先生としては非の打ち所のない人だったようだが、定年退職後のアル中は案外多いそうで、いつかテレビで特集していた。専門家でないと治せないらしい。

 もう亡くなったが、フランスの作家マルグリット・デュラスがアル中で、エッセーでそれについていろいろと書いている。Rちゃんの場合、病院に一緒に行くまでが難しいかもしれない。

 ネットで見つけた、参考になりそうな情報を送ろうと考えている。

 話が逸れたが、アフタヌーンティーは女性向きのお店で、軽食といったメニューなので、心配していなかったが、それでも外食はカロリーが高いのだろう。

「エリンギとやわらかポークの黒ゴマパスタ」、サラダ、パン、チャイをいただいた。セットにサラダが加わって、ハーフサイズのケーキかサラダか選べるようになっていた。ありがたかった。

 パンは持ち帰りをすることが多いのだけれど、バナナ1本で朝昼を過ごしたわたしにはパンもこれまでより魅惑的で、いつの間にか指がちぎっていた。

 でも、外食の制限はしたくない。これまでのように行きたい。

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2014年5月25日 (日)

ダイエット日記 (5)鶏肉(ささ身)効果?

5/24

  • 体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.2㎏)/標準域/前日比△
  • 体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス0.4%)/標準域前日比◯
  • 水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.2%)/標準域より低い/前日比◯
  • 筋肉率(M): 基準日とした19日比✕(マイナス0.1%)/標準域より低い/前日比◯

コメント

 夕食が、翌日の測定結果に確実に反映する気がする。ただ、体脂肪率、水分率、筋肉率は1日のうちで結構変動する。体重は意外なほど変化がないが、心臓の具合が悪かった朝は浮腫が原因なのか、おなかが脹れぼったく、一時的に体重が増え、薬で改善した午後には戻った。

 わたしの場合、病気だし、薬を沢山飲んでいるので、その影響は大きいだろう。健康な人と同じように考えるわけにはいかないので、難しい。でも、間食をゼロにすることは、糖尿病の危険が迫っている今、悪くはないはずだ。

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5/25

  • 体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.6㎏)/標準域/前日比◯
  • 体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス0.4%)/標準域前日比△
  • 水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.3%)/標準域より低い/前日比✕
  • 筋肉率(M): 基準日とした19日比✕(マイナス0.2%)/標準域より低い/前日比✕

コメント

 バターコーンラーメン&餃子3個が祟り(?)、5日間動かなかった体重。

 それが動いた。

 尤も、基準日(ダイエット初日)の自己体重からすると、マイナス0.6㎏。動かなかった5日間からすると、0.4㎏という微々たる変化にすぎないが、5日間、一日のうちのいろいろな時間に体重測定してみても微動だにしなかったから、感動的な数値。

 昨日の夕食は、ひよこ豆を沢山入れたチキンライス、クラムチャウダー、和風サラダだったのだが、チキンライスには鶏もも肉ではなく、使いきってしまいたかったささ身を入れた。ささ身効果ではないだろうか?

 ラーメンが体重を増やし、ささ身が減した。天ぷらが体脂肪率を上昇させた。

 過日会った女友達から、とり天のレシピを教わった。ネットでもいろいろと調べてみて、近いうちに鶏胸肉を使って作りたいと考えているのだけれど、鶏胸肉はいいにしても、天ぷらは体脂肪が増えそうで怖いわ~。女友達は健康で、バトミントンをやっている。

 まあでも、まずは間食ゼロが目標で、夕食まで制限をかけたくない。神経質になりすぎるのはよそう。食べる楽しみをあまり損ないたくないし、自分のダイエットのために家族の食生活まで貧弱にするわけにはいかない。

 一週間、間食ゼロでいけた自分を褒めてやろう。間食ゼロにするだけで劇的に痩せることを期待していたが、微々たる変化しかなかったのは意外だった。長期的に見ていけばどうなるのか、興味がわく。そこに期待しているので。

 それと、バナナを食べるときには、忘れないようにコップ1杯の水を飲むようにしよう。夕方にもコップ1杯。脱水症状から体が浮腫むこともあるそうだ。わたしは結石ができやすいが、水分率が低くなりがちとわかり、大いに納得した。

 朝食:ミルクコーヒー(ノンシュガー)、昼食:バナナ1本とコップ1杯の水、夕方:コップ1杯の水、夕食:普通の献立、麦茶1杯。

 このパターンで続けてみよう。

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2014年5月24日 (土)

初の歴史小説 (31)『葉隠』 ②山本常朝の父は有田皿山(窯場)の代官

 当ブログに、記事のあまり入っていない「やきもの」というカテゴリーがある。伊万里焼(有田焼)、その中でも鍋島藩秘窯の里、大川内山の御用窯で焼かれた鍋島焼に興味がわき、歴史小説を書きたい想いに駆られて、2006年の夏、伊万里に出かけた。

 ブログを始めて4ヶ月にしかならない頃で、写真を撮るのも記事を書くのもまだ試運転といった段階で、記事にはざっとしたことしか書いていない。それでも、現在の関心事に響いてくる写真(小さい)と記述(青字)があった。

2006年8月10日 (木)
鍋島藩秘窯の里にて
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/08/post_0f43.html

2006年8月10日 (木)
8日10日のひとりごと
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/08/post_56c6.html

鍋島藩の有能な役人であった山本神右衛門は、有田皿山(窯場)の代官として重要な人物であるようだ。彼は、『葉隠』の著者の父であるという。

2006年8月11日 (金)
8月11日のひとりごと
http://elder.tea-nifty.com/blog/2006/08/post_1feb.html

耽美的とすらいっていい、秘窯で製作された献上用の「鍋島」。管理されシステム化された中であれだけのものがつくられたということは、管理しシステム化する側によほどの焼物の鑑賞力、美意識、思想があったはずだ。

『葉隠』の口述者、山本常朝の師匠筋を遡っていくと、以下のようになる。

山本常朝→石田一鼎→潮音道海→木庵(中国僧)→黄檗宗の開祖・隠元隆琦(中国僧)

 隠元は黄檗宗の開祖であり、煎茶道の開祖でもあることは(29)でリサーチした通りである。

 そして、『葉隠』には死をモチーフとした思想が散りばめられているにも拘わらず、サロン的ムードが漂うとわたしは書いたが、口述された時期が太平の世であり、またそれが煎茶道と関係があるからではないだろうか。

 隠元の渡来は、明王朝の滅亡、清王朝の誕生と関係が深かった。そして伊万里焼が大躍進した――オランダ東インド会社への期待にも応えた――のも、この中国の歴史の転換期と関係が深い。

 大川内山を舞台とした歴史小説を書きたいというわたしの願いは、祐徳院(萬子媛)をモデルとした初の歴史小説の中に溶解しそうである。

 お世話になっている郷土史家のメールによれば、萬子媛の次男は、光茂に仕え、佐賀に住み、光茂の信頼厚く「親類同格」の扱いを受けていた。しかし21歳で亡くなり、このことが萬子媛を慟哭させ、出家の動機となった。その宗教は黄檗宗であった。

 光茂は黄檗宗と関係が浅いとは考えられないし、鍋島焼とも関係が深い。鍋島焼との関係の深さは、元禄6年(1693年)、光茂が有田皿山代官に与えた手頭(指示書)からも明らかである。

萬子媛が生きていた江戸初期から中期にかけて、黄檗宗が流行り、人々は普茶料理に親しんだ。そして、佐賀藩の有田で焼かれた磁器及び献上用の鍋島焼は、普茶料理に使用されたであろう。

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ダイエット日記 (4)天ぷらは体脂肪に祟る

5/23

  • 体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.2㎏)/標準域/前日比△
  • 体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス1.1%)/標準域前日比✕
  • 水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.9%)/標準域より低い/前日比✕
  • 筋肉率(M): 基準日とした19日比✕(マイナス0.6%)/標準域より低い/前日比✕

コメント

 体重は変わらず、標準域にあり、そこから転がり落ちるにはまだ余裕があるというのに、体脂肪率が何と、標準域からはみ出てしまった!
 →体脂肪の標準域を見間違えていた!  自分の基準値と取り違えていた。まだ標準域だが、気をつけないと!

 そして、体はますます乾燥し、筋肉率が落ちた。

 朝昼でバナナ1本を朝昼でグラノーラ1皿(牛乳がけ)に替えたせい? 美味しかったので、思わず写真にキラキラをつけてしまった。

G5_2

 いや、そうではないと思う。前日の夕食の天ぷら(キス、サツマイモ)のせいではなかろうか?

 ラーメンも怖ろしいが(あれ以来体重が0.1増えて戻らない)、天ぷらも怖い。天ぷらは如何にも体脂肪に影響しそうだと思ったが、本当にそうだった。

 また、水分率がこうも低いとは意外だった(夫は逆に多い)。

 アレルギー検査ではアレルギーとは出なかったのに、なぜ湿疹ができるのだろうと思っていたけれど、乾燥のせいかもしれない。

 そういえば、以前、耳鼻科でも「鼻の中は完全に綺麗。ただし、乾燥気味だから、それで鼻の中が気になるのではないか」といわれたっけ(夫は中学のときに蓄膿症の手術を受け、今もよく鼻をとる。何もかも対照的なわたしたち。湿気夫に乾燥妻。性質もそれ風だが、大事なところは幸いに)。

 運動ができればいいだろうなと思うが、過去、先生に反対されたのにウォーキングを実行し、その結果、体調が悪くなった。ウォーキング程度の軽い運動すらできない。当面、この消極的ダイエットを続けよう。とりあえずは間食を完全になくすことを目標としたい。今のところは頑張っている。

 心臓の調子が悪いとおなかが脹れると思っていたが、昨日はそうだった。体重も朝0.3㎏増え、心臓の調子が戻ったら体重も戻った。今朝は心臓の調子は普通。体重も変わりなかった。測定時間に決めている午後3時にはどうだろう? 

 昨日のグラノーラはバナナに戻す。今日はまだ食べていない。バナナはごはんであり、楽しみの一つなので、食べてしまうのがもったいないの。1本を心底味わって食べている。安いので、ありがたい。

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2014年5月22日 (木)

『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays, Volume 2)』(ASIN:B00J7XY8R2)を5月15日ごろ、お買い上げいただいたようです。ありがとうございます!

この本は5冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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ダイエット日記 (3)夕食が待ち遠しい♪/美味しそうなグラノーラ。葡萄になったプチトマト。

5/22

  • 体重: 基準日とした17日比◯(マイナス0.2㎏)/標準域/前日比△
  • 体脂肪率(F): 基準日とした19日比✕(プラス0.5%)/標準域/前日比◯
  • 水分率(W): 基準日とした19日比✕(マイナス0.5%)/標準域より低い/前日比◯
  • 筋肉率(M): 基準日とした19日比✕(マイナス0.3%)/標準域より低い/前日比◯

コメント

 朝、胸の圧迫感があり、おなかが腫れぼったく感じたので体重を測ってみると、前日より0.3㎏増えていた。毎日、午後3時に体組成計に乗り、数値を記録することにしているため、記録はしなかったが、増えているなあと思った。

 午後3時にはおなかの腫れぼったさがいくらかましになった気がした。体重は前日と同じ数値に戻っていた。

 朝昼でバナナ1本とミルクコーヒーだけというのは、昨日まではちょっとつらくて、コーヒーも食糧、バナナは生命線と感じられたほどだった(?)が、今日はそれほどでもない。

 むしろ、バナナを食べたあとで若干、胃もたれを覚えたほど。

 バナナを食べる前は夕食が待ち遠しく、献立をあれこれ考えた。いつもよりこってりしたものを食べたくなるのだが、夕食まで厳しくすると、ダイエットが続かないかもしれないので、作りたいものを作ろうと思う。

 しばらく様子を見て今より体重が増えるとか変わらないようであれば、内容を厳しくしよう。

 ちなみに昨日は、四川風挽肉炒め(ピーマン、白葱、合い挽き肉)、味噌汁(ジャガイモ、白葱、油揚げ)、プチトマト(黒)、冷奴(木綿豆腐、貝割れ菜、削り節)だった。

 本日は、キスとサツマイモの天ぷら、小松菜の辛子和え、トマト、吸い物(梅干し、豆腐、白葱 ※梅干しを入れた、さっぱりしたお吸い物、流行っていますね)。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

20140522153756_2

 これは娘の買ってきたグラノーラ。量り売りで、自分の好きなドライフルーツを組み合わせることができたとか。結構、量がありました。娘は大きなお皿にグラノーラをさらさらと注ぎ、ミルクをかけて食べていましたわ。

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 ダイエット中だからと抵抗したにも拘わらず、娘がしつこく勧めるので、ちょっとだけ味見しました。目立つ大きさのバナナチップがあったのですが、写真を撮る前に摘まんで食べてしまいました。

 娘の解説によれば、黄色いのはマンゴーかパイナップル、赤いのはイチゴ、白いのはリンゴだそうです。アーモンドなんかも入れたとか。

 ドライなのに変な表現かもしれませんが、とても新鮮な味わいです。

20140521202650

 この黒いプチトマトも娘が買ってきました。光の加減で、明るく写ってしまいましたが、わたしは「なんで、このトマトは葡萄に化けているの?」といってしまったほど紫がかった黒でした。

 最近、オレンジ色のプチトマトを食べたばかりでした。カラフルになってくるトマトの世界。

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スプレー1回

朝から軽い胸の圧迫感があった。

通常の飲み薬でよくなった気がしたが、圧迫感が消えないので、ミオコールスプレーを1噴霧した。

使用回数を間違えないように×記入したチェック表を写真に撮り、添付していたが、使用期限までには使いきれないほどの量があるとわかった。

で、わたしとしてはそこまでチェックに神経質になる必要がないため、今回から写真の添付はなしにした。

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2014年5月21日 (水)

『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』はルビ振りで時間がかかっています

 近日発売予定の『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』は、相変わらずルビ振りでもたついています。

 目の疲れがひどかったので、中断していたのです。眼鏡が合わなくなってきているのかもしれません。

 日本語ワープロソフト「一太郎」が指定の通り小学4年以上の漢字にルビを振ってくれるのは本当にありがたいです。

 ただ、手直しも結構要ります。

 音読みと訓読みを区別するためでしょううか。訓読みには、例えば泣く(なく)、呼ぶ(よぶ)――という具合に、送り仮名までルビがついてしまうので、消す作業が要ります。

 また、ルビが必要な場合、例えば「透明(とうめい)」、「透(とう)明」、「透(とう)めい」、「とう明」、「とうめい」のどれにするかの迷い。

 今日は特に、「零点(れいてん)」、「〇点」、「れい点」のどれにするかで迷いました。わたしのkindle本は縦書きです。

「点」は自動ではルビがつかないので、学習済みということでしょうね。学習済みの漢字はなるべく採り入れたい。

「零点」だと「零」が難しいかもしれませんし、漢数字の「〇」は、縦書きでこの漢数字一つでは何となく間が抜けて見えます。

 で、「れい点」にしようと思いましたが、「れい点」には「零点」と「冷点」があります。で、結局「零点(れいてん)」にしました。

「子供(こども)」「子ども」のどちらにするかは、一種の踏み絵(?)。何のことかわからないかたもいらっしゃるでしょうが、ここではこのことについては触れません。

 ルビにこだわったところで、わたしのkindle本が子供に届く可能性はとても低いでしょう。

 中古を手に入れるか、図書館で読むしかなかったアンリ・ボスコ『犬のバルボッシュ』(天沢退二郎訳)が、福音館文庫から昨年11月に出ていたようです。

 この中にはマグダラのマリアに捧げる祈りが出てくるので、そのメモや感想を書いておきたいのですが、初の歴史小説を書くために読まなければならない本が沢山あって、なかなか時間がとれません。

 関連記事:

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ダイエット日記 (2)ラーメン・餃子の祟り(?)は続く

5/21

  • 体重基準日とした17日の自分の体重よりマイナス0.2㎏(標準域)
  • 体脂肪率(F)基準日とした19日の数値よりプラス0.7%(標準域)
  • 水分率(W): 基準日とした19日の数値よりマイナス0.7%(標準域より低い)
  • 筋肉率(M): 基準日とした19日の数値よりマイナス0.4%(標準域より低い)

コメント

19日の夕食に食べた、ラーメン・餃子の祟りは続いている。標準域とはいえ、体重がラーメン・餃子を食べる前と比べたら0.1㎏増えたまま。
水分率はますます低くなった。意識的に水を飲んだのに。お陰で、結石の痛みは今日はなし。
筋肉率でも相変わらずの劣等生だが、0.1%だけ回復。
今日は心臓の調子がやや悪いためか(?)、おなかが膨らんで感じる。これは浮腫ではないだろうか。

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2014年5月20日 (火)

初の歴史小説 (30)『葉隠』 ①ソクラテスの世界??

祐徳院(萬子媛)
1625年に生まれ、1705年閏4月10日没。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

(29)がまだ書きかけなのだが、図書館から奈良本辰也・責任編集『日本の名著 17 葉隠』(中央公論社、1969年)を借りたので、ちょっと触れておこう。

 昔読んだことがあって、「綺麗……」と思った記憶があったが、まだ繙いたばかりなので、こういうのは早計かもしれないが、「山本常朝インタビュー集」といった、サロン的ムード――というと語弊があるだろうが――漂う本という印象である。

 わたしは、これを読まなければ、佐賀藩、否――江戸時代のことはわからないと思わされた。それほど、様々なことが、こまごまと書かれているからだ。しかも、ここにはテーマが感じられる。武士の理想的あり方を中心に据え、人間はどうあるべきかというテーマを追究した本なのではないだろうか。

 つまり、この本は武人やいくさに関する昔語り、こまごま々とした世間話であり、そうした逸話を題材に武士の心得を説いたマナー読本なのであるが、そこには一貫した哲学や美学が感じられるのだ。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一文だけが有名になりすぎた。

 しかし、山本常朝の談話を田代陣基が筆記し始めたのは、江戸時代も中期の宝永7年3月(1710年)のことで、脱稿したのは享保元年9月10日(1716年)だった。

 武断政治が文治政治へと転換したのちの、太平の世に書かれたのである。

「山本常朝自身が、戦いの経験を持たないのである」、むしろ「太平の息苦しさというものがあった」と解説にあることを考え合わせれば、作品の性質が明らかになると思う。

 太平の世でなければ、ここまでマナーに凝り、美学を糸とした思想を織り成すことは不可能である。戦乱の世では、『葉隠』のような多岐にわたるインタビュー集の企画自体、難しいのではないだろうか。

 主君光茂が亡くなったとき、常朝は殉死したかったというが、殉死を幕府に先んじて禁じたのはその主君であった。

 太平の世にあって、刀と死は美的昇華を遂げた。そうなる必要があった。

 この本を借りようとして図書館の本を検索したところ、三島由紀夫著『葉隠入門』が出てきた。解説からすると、常朝のいう「恋の至極は忍ぶ恋」の「恋」とは男色のことだそうである。以下は解説より引用。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

男女の関係は真の愛情の問題ではなかった。それは、家と家の関係であり、子孫を維持するという関係にすぎないのである。真実の愛情は、そうした物質的な関係の入りえないようなところに成立しなければならない。

 いわゆる男色の道なのである。しかし、この男色とても形にあらわれてはならないというのだ。常朝がよく引く和歌に

  恋死なん後の煙にそれと知れ
    つひにもらさぬ中の思ひを

というのがあるが、死後の煙ではじめて、それであったかというような恋がもっとも美しい恋であるというのである

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

 三島由紀夫から『葉隠』を連想したくない。イメージが損なわれるからだ。三島は生臭すぎる。解説にあるような、物欲(性欲)を排して、いわば聖域にまで高められた男色(プラトニック・ラブ)というと、わたしはソクラテスの世界を連想してしまう。意外にも。

 すっかり放言してしまったが、本格的に読むのは(29)を書くために、もう少し黄檗宗を調べてからなので、読了後には違った感想になるかもしれない。

 何にせよ、後醍醐天皇がどうの、光茂がどうの、島原の合戦で天草四郎から奪った旗がどうの、はたまた武士が顔色を見苦しくなくするために頬紅をさすだの……いや、面白すぎる!

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ダイエット日記  (1)夕食に羽目を外すと、それ相応の酬いあり

 体組成計、最近は体重を測るのにしか使っていなかったが、他の項目も見ることにした。今日からダイエット日記を気まぐれにつけてみる。

 ダイエットでは朝食(あるいは昼食。※1日2食)の内容だけ変え、一般的な内容をバナナ1本と水に置き換える。夕食の内容は同じで、ただし全体に軽めにする(過去記事参照)。

 うちで使っている体組成計では、体重、体脂肪率(F)、水分率(W)、筋肉率(M)が表示される(最初に身長、体重、年齢を記録しておくと、判定が出る)。

 前掲の数値をそのまま晒す勇気はないので(こんな記事を閲覧したがる物好きな人はいないだろうけれど)、基準と決めた日の自分の数値から、増えたか減ったかのみ記すことにした。

判定表より
(年齢)40~59
(体脂肪率)標準23~34
(水分率)標準53以上
(筋肉率)標準32以上

5/17 

  • 体重: (標準域)
    ※この日の体重を基準値とする。

5/18 

  • 体重: (17日の自分の体重と比較して)マイナス0.3㎏(標準域)
  • コメント: おなかが減ったと午後から夕食まで、ずっと思い続けていた。

5/19 

  • 体重: マイナス0.3㎏(標準域)
  • 体脂肪率: (標準域)
  • 水分率: (標準域より低い)マイナス4.7%
  • 筋肉率: (標準域より低)マイナス0.3%
    ※体脂肪率、水分率、筋肉率は、測り始めたこの日の数値を基準値とする。 

5/20 

  • 体重: マイナス0.2㎏(標準域)
  • 体脂肪率: (標準域)プラス0.7%
  • 水分率: (標準域より低)マイナス0.6%
  • 筋肉率: (標準より低)マイナス0.5%
  • コメント: 家族で映画に行ってバターポップコーンはがまんできたけれど、夕食がいけなかった。煮卵を入れたバターコーンラーメンと普段は食べない餃子まで3個たべてしまい、0.1㎏戻ってしまった。
    体脂肪率を見よ。
    体重、体脂肪率は標準域だが(なんで、こんなにおなかが出てるの? これはホントに脂肪なの?)、水分がかなり不足しがちな乾燥人間であるらしい(実はここ数日結石らしい左下腹痛がある)。
    筋肉も足りないわね。筋肉が減ったのは、家事の量が少なかったから?
    夕食に羽目を外すとそれ相応の酬いがあるとわかった。

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2014年5月19日 (月)

わーん、バターポップコーン、食べたいお!

 家族だけ、家族だけ、いい思い。

 わーん、バターポップコーン、食べたいお!

 ↑これが、ダイエット中のおばさんのいうこと? ほほほ……

 朝食=バナナと水、午後3時のおやつ=ミルクコーヒー、夕食=一般的なごはん

 ――のダイエットを始めたばかりではないの。

 唯一の楽しみが食べることになっていた、わが情けない暮らしぶりがよくわかる。バナナがとても美味しい。空腹は最高のスパイスというわね。

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初の歴史小説 (29)黄檗宗 ①僧たちは腹便々。金鼓木魚等鳴り物の拍子。煎茶道。

祐徳院(萬子媛)
1625年 - 1705年(閏4月10日)

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

(27)(28)で書いたように、佐賀藩の第2代藩主、鍋島光茂、萬子媛の間には親しい交際関係があったのではないかとわたしは見ている。

 光茂に仕えた山本常朝の口述による『葉隠』は有名で、山本常朝は、潮音道海の影響を受けて神仏儒の合一を説いた石田一鼎(いしだ いってい)の門下生であった。

 潮音道海(ちょうおんどうかい、1628-1695)は黄檗宗の僧侶である。この潮音道海は、明僧・木庵性瑫(もくあんしょうとう、1611-1684)の弟子。

 木庵性瑫は、黄檗宗の開祖・隠元隆琦(いんげん りゅうき、1592-1673)を補佐し、その法を嗣ぎ、万福寺2世となった人物である。

  萬子媛は黄檗宗の僧侶となった。

 以下の本を、図書館から借りている。

黄檗宗の歴史・人物・文化
木村 得玄 (著)
出版社: 春秋社 (2005/10)

 隠元隆琦、木庵性瑫、潮音道海について、詳述されている。

 また、以下の本は江戸時代について、わかりやすく解説している。

史上最強カラー図解 江戸時代のすべてがわかる本
大石 学 (著, 編集)
出版社: ナツメ社 (2009/7/22)

 これらの本を参考にしながら、メモをとっておきたい。

 黄檗宗は臨済宗、曹洞宗と共に禅宗の一つで、徳川四代将軍家綱1651年 - 1680年)のときに、明(中国)から渡来した隠元隆琦によって開かれた宗派。

 家綱の時代は、三代家光までの武断政治が文治政治へと転換した時代だった。新田開発、治水、交通・流通網など、インフラ整備を行った(萬子媛の夫、直朝が行った治水事業、干拓地造成、新田開発なども、江戸幕府発インフラ整備の一環だったのだろう)。

 農業の生産力が上昇し、富が生まれ、大商人が出現した(三井、住友、鴻池など)。商品経済・貨幣経済の浸透により、生活水準が向上し、元禄文化と呼ばれる町人文化が生まれた。

 隠元隆琦の渡来は1654年。隠元は63歳であった。

 この頃、「江戸幕府は鎖国政策をとっており、外国との接触は長崎だけを通じて行われていたが、当時長崎には多くの中国人が居留していた」。
「当時の日本仏教界は新寺建立の禁止や檀家制度によって形式化し沈滞していたが、隠元禅師の来朝によって大いに刺激を受けた」。

 隠元渡来を聞いた多くの禅僧が長崎に馳せ参じた。龍渓はその一人で、草創期の黄檗宗にとって重要な人物となった。

 隠元禅師によって開創された万福寺(京都の宇治)は第二代木庵に引き継がれた。この第二代から第十三代、第十五代、第十八第、第二十代、第二十一代は中国僧。現在は第六十代。「これらの中国僧は隠元禅師に続いて続々と渡来した人たちであった」。

 広島の妙心寺派禅林寺の虚欞が、長崎の興福寺で隠元の最初の結制(お釈迦さまが定められた制度や制約に従い、修行僧が結集すること)に参加したときのことを手紙に書いている。当時の様子が生き生きと伝わってきて、興味深い。詳しく書かれているのだが、目に留まったところを部分的に抜き書きしておこう。

  • 隠元禅師はとても厳格で、現在日本僧が七十人ばかり、中国僧が二十人あまりいて、十月十五日より正月十五日まで結制しており、規矩は厳然[※厳は旧字体で変換できなかった――引用者]と行われています。日本僧と中国僧が入りまじっているので言葉が通じず、その上、日本僧も中国僧も自尊心が強いため、ときとして事が起こり、私一人が中に入って難儀している様子を想像していただきたいと思います。
  • 妙心寺に隠元禅師を招請することについて、龍渓和尚は貴師(禿翁)とは別に幕府に申し入れていることは、信首座が話しているのを詳しく聞きましたが、結構なことだと思います。
  • 諸精規は、信首座も聞いている通り、私もだいたい聞きましたが、日本とは大いに違っているところが多いようです。
  • 食事は一日に三度ずつで、朝、昼に粥、御飯を食べるのが普通であるが、午後四時にまた粥が出て、夜に入ってからまた菓子とお茶が出ます。これは毎日のことであります。その間に不時の茶菓があることもあり、六、七度食事する日もあります。僧たちは腹便々で、これは日本と大きく違っています。
  • 朝暮の勤行のあと、僧たちは、南無阿弥陀仏を唱えて行進します。金鼓木魚等鳴り物の拍子は面白いですが、しかし、日本では不相応の儀式で、毎日耳ざわりです。そのほか色々の作法がありますが、覚えられないので、書くことができません。
  • 隠元禅師のまわりの僧は、そんなに力量のある人はいません。西堂の独応という人は賢い人だと訊いています。その次に書記の独知[どくち](慧林)という人は、中国僧のなかではよい人ということです。そのほか、侍者の良演[りょうえん]という人は行いがよく、また独湛[どくたん]という人は工夫専一に努めており、隠元禅師も気に入っているようです。その他の僧は少々才智はありますけれど、日本人にはない考え方をするし、常識もなく、あまりよくありません。

「この手紙のなかに独応とあるのは、独言[どくげん]の誤りであると思われる」と解説されている。

 渡来した中国僧と日本僧が拮抗しながら日本黄檗宗を形成していく様子が目に見えるようである。木魚は中国黄檗宗の僧が持ち込んだものだった。

 それにしても……六、七度食事する日もあり、僧たちは腹便々……ダイエットの士気が下がりそうだ! 

「夜に入ってからまた菓子とお茶が出ます。これは毎日のことであります。その間に不時の茶菓があることもあり」とあるが、隠元は煎茶道の開祖でもあった。

 煎茶の好きな人は、黄檗宗を知らなくても、黄檗宗に触れているわけである。

 潮音道海は黄檗の三傑と称されたうちの一人。『黄檗宗の歴史・人物・文化』221頁。

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2014年5月18日 (日)

フォーマル洋装とダイエット。Rちゃん。半年間のkindle本の売り上げ。

 姪の結婚式に何を着るかで迷っていたのだが、妹から電話があったので、改めてその話をした。結納は無事に済んだらしい。

 新郎新婦は同郷のよしみであり、妹は土地にすっかり融け込んでいるから(結婚後ご主人側に合わせるのは並大抵の苦労ではなかったと思う。田舎の嫁は今でも大変である)、妹が「そいでよかよか~!」といってくれたとしたら、それでよいのだと考える。

 というのも、ネットでフォーマルウェアについて調べてみたら、書かれていることが結構バラバラなのだ。和装、洋装、いずれに関してもそう。

 最初は和装を考え、美容院で相談したところ、伯母というわたしの立場であれば色留袖だが、夏用のレンタルはおそらくないだろうとのことだった。

 ネット検索で洋装の場合は、昔の風習そのままのもの、西欧の風習をそっくり借用したもの、日本風にアレンジしたもの…………といろいろで、戸惑ってしまった。その中では日本風にアレンジしたものが一番多いから、アレンジ加減によってどうにでもなるという印象だ。

 ただ、正式、準正式、略式のうち、正式、準正式は和装でなきゃだめ――という考え方は少なくなってきているようだ。

 レンタルを考え、あれこれ検索した結果、購入を決意。デパートのフォーマルウェア売り場に行って店員さんに相談し、店員さんの持ってきた衣装が気に入ったので、それを購入した。

 自分の服で、結婚後にこんなに高い買い物をしたのは初めてだった。この出費のせいで、今後、受けることになるかもしれないと予算を組んでいた心臓弁膜症、副甲状腺機能亢進症、良性骨腫瘍のうち、どれかが受けられなくなる可能性が出てきた(?)。まあ一生、どれも受けずに済む可能性だってある。

 購入したのはフォーマルスーツで、上は胸当て付ジャケット。光沢のあるゴールドがかったベージュ。光沢、ゴールドといっても落ち着きのある印象。下は足元まで隠れる黒のロングスカート(マーメードタイプ)。

 ジャケットのボタンをきちんと留めると、ロングドレスにジャケットを羽織っているようにも見える。

 胸当ては取り外し可能なので、普通のジャケットとしても使える。スカートは、今後ロングを着ないのであれば、短めに切って貰えるそうだ。この上下は、新郎新婦の母親の服装としてもおかしくないという。うーん、そうなのかな。

 これに昔、母に買って貰った真珠のネックレス。一連にも二連にもできるもので、糸はここに引っ越してきてから替えたから大丈夫だと思う。コサージュは二つ持っているが、合いそうにないので、買った。

 コサージュは今は軸を上にして、左鎖骨辺りにつけるそうだ。そのほうが写真写りもよいとか。以前はもっと下につけた。

 娘は結婚披露宴に呼ばれるときは、わたしが譲ったピンクのワンピースドレスを着ていた。これも昔わたしが母に作って貰ったオーダーメイドのフォーマルウェアなのだが、ピンクの色合いが何とも可憐で美しく、とても繊細な作りである。

 以前、博多のデパートをあちこち歩き回って娘によさそうなフォーマルウェアを見たことがあったが、これほど品のよいものは見つからなかった。娘もこれが気に入っていて、他のものを買う気にはなれないといっていた。

 が、これは長袖で(昔はフォーマルウェアは長袖が多かった)、真夏にこれを着ていくのは如何にも暑そう。で、娘も購入。母子で散財した。

 ここで、過日、新生銀行から届いた半年間のkindle本の売り上げがいくらだったか、披露しようか。ネットでも見ることができるのだが、セキュリティが煩わしくて見る気がしなかったのだ。大した売り上げではないことがわかっていたし。

 8,775円なり。

  本の売り上げと考えると、半年でこれでは悲しすぎるが、素人のkindle本の売り上げと考えれば、まあまあというべき(?)。

 ところで昼間、昨日の記事で触れたRちゃんから電話があり、積もる話を3時間ほどした。彼女もいろいろと大変だったようだ。

 電話を切る前に彼女が「6月と9月は予定があって、だけど、その間は暑いよね」という。

 何の話かわからなかったが、彼女はたまに一人でフラリと別府温泉に浸かりに来るのだそうだ。そのときに会おうと切り出せず、遠回しの表現になったのだとわかった。

 病気、家庭問題など、わたしは彼女にいろいろと話してきたため、会える状態にないかもしれないと遠慮していたようだ。ぜひ会いたいので、こちらにくるときは連絡してくれるようにいった。

 ところで、ダイエットを本格的に始めた。

 もしこれでおなかがすっきりとならなければ、病気のことを真剣に考えなければならなくなる。その場合、おなかの膨らみは腹水か腫瘍だろうから、婦人科などの受診が必要になることもあるだろう。

 7月の内科受診でいつものように血液検査を受けるが、そのときの血糖値を前回と比較し、その結果で糖尿病の精密検査を受けるかどうかが決まる。先生から、食事に気をつけるようにいわれた。

 フォーマルウェアの店員さんに、痩せた場合は補正も可能であることを確認しておいた。

 無料のダイエット日記をダウンロードし、昨日からつけ始めた。

 年齢、身長から割り出した体重は普通体重の域にあったが、これには結構幅がある。目標を高く掲げることにし、目標体重を書き込んだ。決意表明(?)も書き込んでおくようになっている。

 これまでは朝夕2回の食事で、内容は一般的なものだった。2回なのは、家に籠もりがちであるため、3回にすると胃にもたれるからだ。

 ダイエットでは朝食の内容だけ変え、一般的な内容をバナナと水に置き換える。夕食の内容は同じで、ただし全体に軽めにする。

 若い頃に断食の経験があるわたしはつい、3日断食したらおなかはぺったんこになると思ってしまうが、それではリバウンドし、食事のリズムが一時的に崩れるだけの結果に終わるだろう。

 満腹感が生じるように、食事はゆっくりと食べ、よく噛むことにした。これまでのわたしはかなりの早食いだった。

 昨日の夕食のメインは青梗菜と牛肉の炒め物だったのだが、ゆっくり噛むと、牛肉から脂がじわじわと出てきて、気持ちが悪くなってしまった。ごはんも噛みすぎると流動食みたいで気色が悪い。まあ満腹感は湧いた。

 今日は朝を食べず、昼バナナにしてみた。これまでになく、バナナを美味に感じた。夫が朝作ってくれるコーヒーはすぐに飲んだほうが美味しいけれど、冷蔵庫に入れておき、午後3時のおやつとしてミルクコーヒーにして飲む。

 あとは軽めの夕飯である。

 中年になってダイエットをすると、痩せたぶんが皺になるそうだ。

 それが心配ではある。中年になると、人間は痩せか太るかに分かれ出し、痩せは皺が目立って老けた感じが強まり、太るほうはおなかのでっぱりとシミが目立って動きが鈍くなる。

 わたしが見たところ、例外なくどちらかなので、痩せたら痩せたでまた悩むことになるのだろうが、少なくとも今は、糖尿病の危険を回避でき、スタイルもよくなれば、一石二鳥! と思う。

 何にせよ、わたしは病気持ちなので、あくまで無理のないよう健康状態を見ながらのダイエットということになる。

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トーセンソレイユ、パールSでの1着、おめでとう!

 児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』でお試し乗馬をして以来、馬の虜となり、テレビ、動画、映画などで馬を探すようになりました(ギャンブルはしません。見るだけです)。

 そして、児童小説が出来上がり、表紙絵のペガサスを自分で描いたのですが、トーセンソレイユがその絵に似て見えました。それからずっとトーセンソレイユのファンです。

 トーセンソレイユはディープインパクトの異父妹です。ディープインパクトには魂を捕まえられましたが(?)、ディープは既に引退しており、牧場で種馬として暮らしていました。動画が沢山出てきます。

 このところトーセンソレイユは揮いませんでしたが、パールS(サラ4歳上1600万下)では勝ちました。動画はまだ見ていませんが、掲示板によると、最後方からのシャープな追い込みだったようです。

 ディープがこの勝ち方でしたね。

 競馬の馬の運命は過酷で、こうして見るだけでも、それを助長していることになるのでしょうか。複雑な思いで、でももうトーセンソレイユが好きになってしまい、観ずにはいられません。

 わたしは思うのです。自動車をなくすことはもう無理に思えますが、一般人の足には自動車をやめ、馬を飼うことにすればいいのではないでしょうか?

 マンションの上から駐車場に並んだ車を見ていると、わたしにはそれらが馬に見えてくるのですが。

 日本より乗馬が盛んな国々では、日本でほど過酷な運命を辿る馬は数的に少ないとか。

 車を馬に置き換えれば、生活は今より不便にゆったりとなり、自然は甦るでしょうね。まあこれはメルヘンですわね。

 わたしはいつの日か、あの世に行ったときには、ペガサスを飼うつもりです。あの世では空想が現実のものとなるというのは、神秘主義者にとっては常識なのです。

 以下は、馬が登場するわたしのkindle本です。『マドレーヌとわたし』と『マドレーヌとわたし(新装版・漢字使用)』は同じ作品のかな版と漢字使用版です。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2014年5月17日 (土)

Cちゃん、Rちゃん

 15日は、大学の女子寮で4年間一緒だった女友達Sちゃんと、娘を交えて過ごした。大学つながりの連想から、同じ法学部だった女友達のことを思い出した。

 その女友達Rちゃん、そして、やはり同じ法学部だったCちゃんのふたりはわたしにとって、親友といってよい女友達だった。

 昨日会った女友達Sちゃんには――当時から現在に至るまでの仲のよい――親友がいる。

 わたしはSちゃんの親友と過去に喧嘩した。それ以降一度も接触がない。才能のある人だから今でも気にはなるが、人間的にわたし好みではないのだ(おそらく互いに)。

 Sちゃんとわたしはたまに会って当たり障りのない(?)話をする、なんというか男友達同士のような、さっぱりとした友人関係といったところだろうか。

 彼女は水瓶座。わたしは魚座だが、上昇惑星、水星、金星が水瓶座とあって、結構クールな側面があり、彼女もそうで、そのクールな側面で融合し合う、なんというかオーガニックなおつきあいなのである。

 だからこそ大学時代、30人いた同学年の女子が出ていったあとも、ふたりだけで寮に残れたのかもしれない。Sちゃんとは学部が違う。彼女は文化学科だった。

 同じ学部のRちゃん、Cちゃんとは内面までさらけ出し合った仲であり(互いに似たところがある気がする)、よくも悪くも濃密な面がむき出しになりがち。だが、Cちゃんとは絶交してしまった。

 過去記事にも書いたと思うが、Cちゃんとは結婚後もほぼ毎日電話をかけ合うべったりした仲だった。わたしは夫の操縦法がわからず、自分のペースがつくれないでいるうちに、それと関係があるのか無関係なのかはわからないが、健康を害してしまった。

 まだ不整脈の治療が安定しない頃で、体調は最悪。彼女は医者の娘なのでおとうさんに聴いた医学的な意見をいってくれたりし、心配して始終電話をかけてきた。

 Cちゃんは乙女座で、こまやか。頭がよく、お嬢様にしては世智に長けており、センスもよく……わたしはすっかり頼りにしていた癖に、当時はあまりの体調の悪さに電話に出ることさえ苦痛になっていたのだった。

 そして、何といったのか覚えていないが、彼女が電話をかけたくなくなるようなことをいったのだろう。あとでしまった!と思い、関係の修復を試みたが、だめだった。離婚する男女は、こんな感じなのかもしれない。

 乙女座と魚座は180度の関係にあり、強く惹かれるが、緊張を伴う関係でもあるのだ。

 今も、年賀状は出し合っている。彼女は分譲マンションに住んでいて、うちは分譲マンションの一室を借りているのだが、ここへ引っ越してきた翌年の年賀状に、●●階からの眺めはどうですか、と書いてあっった。

 年賀状を改めて見ると、ナンとうちと同じ階だったばかりか、全く同じ室番号だった。

 彼女は大学時代、緑色を好み、常に緑色を纏っていたので、葉緑素と呼ばれていた。偏食がちだったので、顔色までいくらか緑色がかっていた。おとうさんから栄養剤を飲まされていた。洋風の顔立ちで抜群に可愛らしかった。

 肉も魚もほとんどだめで、酉年の癖に――2月生まれのわたしは犬年になる――ささ身を入れたオムライスばかり食べていた記憶がある。が、結婚後に他の女友達と新居に押しかけたときは、料理教室仕込みの腕で、料亭さながらの料理を出してくれ、驚かされた。

 息子に、自分で作った五月人形を贈ってくれたときに、「わたしが死んだら、この人形の髪の毛が伸びるわよ」といった。彼女が大事にしている人形には決して埃がつかないのだという。

 いやよー、髪が伸びた人形を見るのは怖いから、5分でも先に逝きたいわ~!

 RちゃんはCちゃんと同じグループで、また違った傾向の友人関係にあった。彼女は宗教とは無縁だったが、どことなく求道者的なところがあり、はっとさせられるような無垢な――としかいいようのない――面を見せることがあった。

 気取りがない性格だったが、ときに馬鹿に緊張感を漂わせていることがあって、そんなときは何かを真剣に考え詰めているときだった。

 一応の解決を見出すまで、ずーっと考え詰める人間なのだ。無理に結論を出さなくてもいいんじゃないかとわたしなどはよく思ったが、彼女は結論を出さないと動けなくなる。Rちゃんは山羊座。彼女は学校に勤めていたが、一昨年だったか、父親のために早期退職した。

 そのRちゃんに、今年になってから初めて電話をした。

 彼女は大学時代、たまに童話を書き、読ませてくれた。彼女の無垢なところが登場人物に注ぎ込まれていて、技法的にはもう一つな気もしたけれど、わたしは心を打たれたものだった。

 その彼女が退職する数年前から童話を書き出し、それだけでなく、何かしら成果を急いでいるかに感じられ、彼女は例の緊張感を漂わせていた。あとでわかったのだが、身近で人の死が続いたようだ。

 おかあさんが亡くなる前に、彼女は願をかけたという。奇跡的におかあさんが助かれば創作を続け、もしだめであればやめる――と。

 おかあさんは亡くなった。そして彼女は、創作をやめるといった。そもそも、願のかけ方が間違っていたとわたしには思えたが、いえなかった。Rちゃんは例の緊張感を漂わせていた。こんなとき、わたしは何もいえなくなる。

 いつしか、創作が彼女の生き甲斐となっているようだった。おかあさんを亡くしたからこそ、彼女には創作が必要だとわたしは思った。彼女が創作を続けることを願って手紙を書いたが、直接そのことには触れなかった。

 Rちゃんはまた創作を始めた。電話や手紙からは、彼女が相変わらず結果を出したいと焦っているように感じられた。賞狙いは彼女には全く似つかわしくなかった。

 この世の理(ことわり)に対する不審感が彼女を急がせ、また、彼女は校長先生をしている夫にある反発を覚えている一面があって、そのためにも結果を出したかったのかもしれない。

 文学賞には世俗的な要素があるだけでなく、芸術作品を判定する難しさもあり、そして今の日本の文学界が如何に偏っているかをわたしは話した。彼女がそれをどう思ったかまではわからなかった。

 評判のよくない自費出版社から本を出したりした。

 今日、電話の向こうで彼女は嬉しそうに、賞に応募する作品を仕上げたと語った。傾向と対策まで語った。ある生き物を出す必要のある賞で、彼女は生憎その生き物について詳しくなく、書くのに苦労したといった。

 わたしはその生き物が好きで詳しく、観察に時間をかけたことがあったので、話すと、興味深そうに聴いていた。賞狙いは続けていたが、あの緊張感と思い詰めたような成果主義(?)はあまり感じられず、よかったと思った。

 Rちゃんは、輝くような明るさ、無邪気さを取り戻していた。登場人物に彼女はそれを注ぎ込んだに違いない。

 彼女は作品の中でも結論を出そうとするから、説教臭くなりがちなのだが、その説教臭さは彼女の汗と血がにじんだものであって、嫌なものではない。でも、できれば、そうした境地を突き抜けてほしい気がしている。

 彼女の童話が読みたい。今日の電話では、おとうさんのところへ行くために急いでいて、改めて電話をかけ直すといった。

 そういえば、亡くなった詩人も山羊座だった。

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2014年5月16日 (金)

友人とお揃いのデミタスカップ

 久しぶりに、同じ街に住む女友達と会い、ホルトホールでランチ。娘も一緒で、たっぷりお話ししました。

 娘が加わっているのは、女友達が娘の勤務する書店を訪れ、それを娘がわたしに伝え、会う約束となるからです。で、いつのまにか娘も仲間入り。

 彼女のお嬢ちゃんも仲間に加えたいのですが、高校生なので、時間がとれないようです。

 そのときに彼女から貰ったデミタスカップでモーニングコーヒーといきました。デミタスカップは彼女とペアですって。

C2

 大学時代、新入生のときは30人いた女子寮の同学年の女子たちはどんどん出ていき、最終的に彼女とわたしだけが残りました。

 寮となると、規則があったり人間関係の煩わしさがあり、食事もあまりよくなくて(タワシの紐が入って?いたり、食中毒も1度出たりしました)、アパートへ出たり、自宅通学に切り換える人の多い中、わたしたちは珍しい人種ですね。

 尤も、議長団の書記で活動的、もてる彼女はいつも留守。わたしはまあ本さえ読んでいればよかったのですね。

 彼女と娘と3人、楽しい時間を過ごしました。

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2014年5月14日 (水)

初の歴史小説 (28)黄檗宗が『葉隠』の源泉?

(27)で書いたように、わたしは佐賀藩の第2代藩主、鍋島光茂、萬子媛の間には親しい交際関係があったのではないかと見ている。

 そのことは萬子媛の2番目の子、式部朝清が光茂に仕え、佐賀に住み、光茂の信頼厚く、親戚同格の扱いを受けた――と郷土史家のメールに書かれていたようなことからも推測可能だと思う。

 2人の生没年を見ておこう。

 光茂は寛永9年5月23日(1632年7月10日)に生まれ、 元禄13年5月16日(1700年7月2日)に没している。

 萬子媛は寛永2年(1625年)に生まれ(寛永3年という説もある)、宝永2年(1705年)に没している。

 光茂の生涯は、萬子媛がこの世に滞在した期間内に綺麗に収まる。

 光茂に仕えた山本常朝の口述による『葉隠』は再読しておく必要があるだろう。この本、高校のときか大学のときに買い、本棚でたまに目にしていた覚えがあるので、探したが見つからなかった。

「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」の文言は有名で、怖いイメージを抱かれる人もあるかと思う。

 が、昔読んだとき、「綺麗……」と感じた記憶がある。狂信的なところはまるで感じなかった。今読めばどう思うかはわからないが。

 そして、『葉隠』を口述した山本常朝は、潮音道海の影響を受けて神仏儒の合一を説いた石田一鼎(いしだ いってい)の門下生であったという。

 潮音道海(ちょうおんどうかい、1628-1695)は黄檗宗の僧侶である。この潮音道海は木庵性瑫(もくあんしょうとう、1611-1684)という明僧の弟子で、木庵性瑫は、黄檗宗の開祖である隠元隆琦(いんげん りゅうき、1592-1673)を補佐し、その法を嗣ぎ、万福寺2世となった人物だった。

 『葉隠』を調べて黄檗宗が出てくるとは、発見である! 

 黄檗宗が萬子媛を解くためのキイワードである、とわたしは思っているからである。

葉隠 (講談社学術文庫)
小池 喜明 (著)
講談社 (1999/7/9)

 中公クラシックス・シリーズは読みやすくて好きだが、そこからも出ている。

葉隠〈1〉 (中公クラシックス)
奈良本 辰也 (翻訳), 駒 敏郎 (翻訳)
中央公論新社 (2006/06)

葉隠〈2〉 (中公クラシックス)
奈良本 辰也 (翻訳), 駒 敏郎 (翻訳)
中央公論新社 (2006/07)


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できちゃった婚の時代の儀式グッズ。京都婚の流行。

美容院に行ったので、姪の結婚式に何を着ればよいのか、担当の美容師さんに訊いてみた。

美容院では以前、貸衣装も行っていたとのこと。それで、彼女は特に詳しい。

わたしの場合は色留袖だそうだが、貸衣装では夏用の色留袖はないだろうとのことだった。

娘の場合は訪問着でいいそうだが、これも夏用になる。

娘には振袖すら買ってあげられなかった。訪問着だって娘のは無論ない。

着物は調節が利くので、わたしが持っている着物でOKかもと思っていたが、わたしも夏用は浴衣以外にない。

尤も、夏用なんて、金持ちか着物道楽でないと、普通は持ってないのではないだろうか。

これも、貸衣装にはないだろうとのこと。

着物を買うのは無理なので、選択の余地なく洋装になってしまうが、新郎さん側とのバランスがあるので、そちらに訊いてみたほうがいいのでは……とのアドバイス。

妹に訊いて貰おう。かといって着物で統一といわれても困るが……

着付けを習ったのは独身のころで、着物を最後に着たのは子供たちがまだ小さいころだった。

あのころ、古典に熱中していたので、着たくなったのだった。

以後、暮らしに追われ、子供たちの進学と倹約に追われ、賞狙いに追われ、その他あれこれに追われ、着物のことなど完全に忘却。

着物に夏用のあることすら、忘れていた。

:結婚式での着物は結婚式を様式美にまで高めるための儀式グッズの一つなので、夏用でなくてもいいでしょ……というわけにはいかないのだった。

ただ、これができちゃった婚が主流(?)の時代になってくると、招かれる側は、そこまでがんばって一緒に様式美ごっこするなんてのはちょっと馬鹿馬鹿しい気もしてくる。

ところで、美容院の女性誌で見たが、最近、京都婚が流行っているそうである。格式高い神社で行うわりにはリーズナブルだからだそうで。近親者で行われることが多いようだ。総額30万くらいが多かったかな。

新郎側が貧乏な場合は海外婚で乗り切るというスタイルがあるが(息子の結婚となると、うちはそれしかないかも)、それの日本版といったところだろうか。

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2014年5月13日 (火)

初の歴史小説 (27)佐賀藩の第2代藩主、鍋島光茂と萬子媛との人間関係。光茂に仕えた『葉隠』の山本常朝。

 以下の本を読んでいる。

初期の鍋島佐賀藩 藩祖直茂、初代勝茂、二代光茂のことども
田中 耕作 (著)
佐賀新聞社 (2000/10)

 現在、初期鍋島佐賀藩にかんする理解を深めようとしているところ。大河ドラマにさえ興味のないわたしにとって、戦国時代からこっちの日本の歴史は他国の歴史のようですらあったが(西洋史には興味があったので、高校、大学と西洋史を選択した)、ちょっと間を置くと再度「お勉強」に入っていくのが苦痛になってくる始末。

 ただ萬子媛(祐徳院)というキイワードが魔法のような効果を生じている。

 今も天界からこの地上を見守っていらっしゃる萬子媛はとても魅力的に感じられる。神社にはこのようなタイプの高級霊の存在するケースがあることを確認できたことは神秘主義者のわたしにとっては意義深いことで、このことを考察した作品をいずれ執筆して神秘主義者のための資料となるようにしたい。

 このようなタイプの修行者をもたなければ、このようなタイプの守護者を日本人は持つことがなかったわけである。わたしはたまたま児童小説『不思議な接着剤』を書くためにマグダラのマリアについて調べていた。

 すると時も場所も異なるが、萬子媛と同じように後半生を修行に明け暮れて亡くなり、守護聖人として祀られているマグダラのマリア伝説があるのを知った。

 宗教的外観は違うが、古今東西、人間はどこでも似たようなことをやっているわけである。生前に徳のあった人物を慕い、加護を祈念する。そして、驚いたことに、現にそれに応えている祐徳院のような人物(霊)が存在することをわたしは知ったわけである。この純正ボランティア精神(?)が生じた背景を知りたい。

 できれば天界での仕組みも知りたい。いつからいつまで、このボランティアをお続けになるのか(つまり萬子媛が再び地上へ転生なさるときはあるのか。もしあるとすれば、そのあとはどうなるのか)、天界での管理体制はどうなっているのか。地上との関係はどうなっているのか。なまじ神秘主義的直感があると、逆におびただしい疑問が湧いてくるけれど、こうしたこと全てを知ることはわたし程度の神秘主義者には難しい。

 まずは卑近なところから繙いていくしかない。この方はどんな人生を送られたのか。その環境はどんなものであったのか。思想的影響は? 黄檗宗(念仏禅)以外の影響も知りたい。そして、萬子媛を繙くことは、これまでわたしが知らなかった日本について知ることである気がする……

 とりあえず、小説執筆の参考になりそうなところを前掲書とWikipediaからメモしておこう。

●佐賀藩の第2代藩主、鍋島光茂
 寛永9年5月23日(1632年7月10日) - 元禄13年5月16日(1700年7月2日)

 肥前国佐賀藩の第2代藩主、鍋島光茂からすれば、直朝(萬子媛の夫)は異父弟に当たるが、光茂は第2代藩主となるはずだった鍋島勝茂の四男忠直の長男で、光茂は祖父にあたる勝茂から直接、藩主の座を継承したのだった。

 勝茂の長男元茂は勝茂が家康の養女菊姫と結婚したとき、廃嫡され、江戸に人質として送られている。のちに7万3,000石を与えられて小城藩の初代藩主となった。勝茂の五男直澄は蓮池藩、九男直朝は鹿島藩の藩主となった。

 子供たちに濃やかな気配りをした感のある勝茂には葛藤があったようで、五男の直澄に跡を継がせたかったようなことが本には書かれている。光茂は江戸生まれ、江戸育ちで、勝茂は養子にしたこの実孫に違和感があったようだ。

 光茂の母恵照院は直澄に再嫁し、その育児は恵照院付だった小倉に任される。

 この頃、殉死は珍しいことではなかったようで、光茂の父忠直が23歳の若さで亡くなったときも、お供が殉死している。光茂は明暦3年(1657年)藩主に就任したが、寛文2年(1662年)、幕府に先んじて殉死を禁止したという。

 光茂という男は、Wikipediaに「佐賀藩には三支藩(蓮池藩、小城藩、鹿島藩)があり、藩主は勝茂にとって子や弟であったことから、当初は格式の差は無かった。しかし、光茂は支藩への統制を強めた」とあるようにいささか陰険というか、がっちりしたところがあったようだ。

 一方、「武家でありながら歌道を極め、京都の公家で二条流の歌道の宗匠である三条西実教より古今伝授を受けた」ともあり、公家出身だった萬子媛との浅からぬ人間関係を想像したくなる。

 萬子媛の2番目の子、式部朝清について、郷土史家はわたしへのメールに以下のようにお書きになっている。

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この朝清は、佐賀藩2代藩主鍋島光茂に仕え、佐賀に住み、光茂の信頼厚く、「親戚同格の扱いを受けました。
「親戚同格」というのはご存じかと思いますが、佐賀藩士の身分序列を著すもので、その格付けは(略)厳しく格付けされていました。朝清が「親戚同格」の扱いを受けたのは、破格の待遇だったと思われます。
朝清は、光茂からこのような待遇を受け、鹿島西牟田の地に900石を支給されていました。しかし、貞享4年9月20日、21歳の若さで急死します。原因、病名は不明です。
この朝清突然の死が母萬子を慟哭させ、黒髪を剃って尼となり、深山幽谷の祐徳院に隠棲させるもととなります。

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 光茂の父も23歳という若さで急死しているが、死因は疱瘡であった。もしかしたら、朝清も同じ病気で亡くなったのかもしれない。

 ところで、『葉隠』の口述者として有名な山本常朝は光茂に小姓として仕え、光茂の死後出家し、田代陣基に『葉隠』を口述した。以下はウィキペディアより。

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山本常朝:Wikipedia

山本 常朝(やまもと じょうちょう、万治2年6月11日(1659年7月30日) - 享保4年10月10日(1719年11月21日)は、江戸時代の武士、『葉隠』の口述者。「じょうちょう」とは42歳での出家以後の訓で、それ以前は「つねとも」と訓じた。通称神右衛門、俳号は古丸。

万治2年(1659年)に、佐賀城下片田江横小路(現在の佐賀市水ヶ江二丁目)で、佐賀藩士山本神右衛門重澄の次男として生まれた。母は前田作左衛門女。

常朝が自分の生い立ちのことを語っている項が『葉隠』・聞書第二にあり、それによると、自分は父70歳のときの子で、生来ひ弱くて20歳まで生きられまいと言われたので、塩売りでもやろうと父は思ったが、名付親の多久図書(茂富、重澄の大組頭)の「父の血を受け末々御用に立つ」という取りなしで、初名を松亀と名づけられ、9歳のとき、鍋島光茂(佐賀藩2代藩主)の小僧として召し使われたという。

11歳で父に死別し、14歳のとき、光茂の小々姓(いわゆる児小姓・稚児小姓)となり、名を市十郎と改める。延宝6年(1678年)20歳に元服して権之丞と改名、御傍役として御書物役手伝に従事する。この年に、田代陣基が生まれている。

この間、私生活面では20歳年長の甥・山本常治に厳しい訓育を受けたが、権之丞が、若殿綱茂の歌の相手もすることが光茂の不興をかい、しばらくお役御免となった。失意のこの頃、佐賀郡松瀬の華蔵庵において湛然和尚に仏道を学び、21歳のときに仏法の血脈けちみゃく(師から弟子に法灯が受けつがれること)と下炬念誦あこねんじゅ(生前葬儀の式、旭山常朝の法号を受けた)を申し請けている。

『葉隠』で慈悲心を非常に重んじている素地はこのとき涵養されたといえよう。さらにこの前後、神・儒・仏の学をきわめ藩随一の学者といわれながら下田(現在の佐賀県大和町)松梅村に閑居する石田一鼎を度々訪れて薫陶を受けた。このことも後の『葉隠』の内容に大きな影響を与えている。

天和2年(1682年)24歳のとき、6月、山村六太夫成次の娘と結婚、同年11月、御書物役を拝命。28歳のとき、江戸で書写物奉行、あと京都御用を命ぜられている。帰国後の33歳のとき、再び御書物役を命じられる、命により親の名“神右衛門”を襲名した。

5年後の元禄9年(1696年)、また京都役を命ぜられ、和歌のたしなみ深い光茂の宿望であった三条西実教よりの古今伝授(古今和歌集解釈の秘伝を授かること)を得ることのために、この取り次ぎの仕事に京都佐賀を奔走した。古今伝授のすべてを授かることは容易ではなかった、が元禄13年(1700年)ようやくこれを受けることができ、隠居後重病の床にある光茂の枕頭に届けて喜ばせ、面目をほどこした。

隠居と晩年

同年5月16日、光茂が69歳の生涯を閉じるや、42歳のこの年まで30年以上「お家を我一人で荷なう」の心意気で側近として仕えた常朝は、追腹禁止により殉死もならず、願い出て出家、5月19日、高伝寺了意和尚より受戒、剃髮。そして、7月初旬佐賀城下の北10キロの山地来迎寺村(現在の佐賀市金立町)黒土原の庵室朝陽軒に隠棲。

田代陣基が、常朝を慕い尋ねてきたのはそれから10年後、宝永7年(1710年)3月5日のことである。『葉隠』の語りと筆記がはじまる。

のち、朝陽軒は宗寿庵となり、光茂の内室がここで追善供養し、自分の墓所と定めたので、常朝は遠慮して、正徳3年(1713年)黒土原から西方約11キロの大小隈(現在の佐賀市大和町礫石)の庵に移り住む。正徳4年(1714年)5月、川久保領主神代主膳(光茂七男、のちの佐賀藩五代藩主鍋島宗茂)のために、藩主たる者の心得を説いた『書置』を書き、翌5年、上呈する。

享保元年(1716年)9月10日、田代陣基が『葉隠』全11巻の編集を了える。山居すること20年、享保4年(1719年)10月10日、61歳で没した。翌日、庵前において野焼、墓所は八戸龍雲寺。

辞世の歌:

重く煩ひて今はと思ふころ尋入る深山の奥の奥よりも静なるへき苔の下庵

虫の音の弱りはてぬるとはかりを兼てはよそに聞にしものを

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2014年5月12日 (月)

kindle本『卑弥呼をめぐる私的考察』のお買い上げ、ありがとうございます!

『卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays, Volume 3)』(ASIN:B00JFHMV38)を5日ごろにお買い上げいただいたようです。ありがとうございます!

この本は2冊目のお買い上げでした。

サンプルをダウンロードできます。
      ↓

 子供の日にお買い上げいただいたのではないかと思います。子供の日までに3人の子供たちが中世ヨーロッパに入っていく前の、不思議な接着剤との出合いを描いた物語『不思議な接着剤 (1) 冒険への道』kindle版を出す予定でしたが、時間がかかっています。

T10blog

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小学生風味(?)のマザーズデイカード。創作状況。

Mi2

 昔、小学生だった娘から貰ったカード…

 …では、ありません。昨晩貰ったカードです。

 花束に貼られていました。

Li4

 仕事が終わってから花屋さんに行ったので、もうお花残っていないかと思ったら、よさそうなのが残っていたそうで。カードはわざと小学生っぽくしたみたいです。

 あまりのかわいらしさに笑ってしまいました。 

L8

 わたしの創作コーナーに置いたので、背景がごちゃごちゃしていますが(大雑把なぼかしでは隠しきれない)、淡いピーチのガーベラと濃いピンクの百合。

 この花たちを眺めながら、初の歴史小説、進めなくては。といっても、まだ当分は資料読みの段階を抜けられそうにありませんが。

 先日記事に書いた『初期の鍋島佐賀藩』をまだ読んでいます。次の記事でメモをとっておきたいと思っています。

 トルストイの最期をモデルとした映画が面白かったので、その記事も書きたい。福音館文庫からアンリ・ボスコの『犬のバルボッシュ』が出たので、これは買わないわけにはいかず、買ったのですが、そこに出てくるマグダラのマリアに捧げる祈りはこたえられません。これも『不思議な接着剤』のためにメモしておきたいです。

『不思議な接着剤』といえば、「冒険への道」はどうなったのかとお思いのかたもあるでしょうね。ルビ振りに時間がかかって――というより、近眼と老眼が進行したのかやたらと目が疲れるので、休止していました。

 一太郎くんが賢く振ってくれますが、手直しが必要で、それに時間を食うのです。でも、ちょこちょこやって、出しますよ、遠からず。

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2014年5月11日 (日)

9日、循環器クリニック受診&追記

 9日に、循環器クリニックを受診した。

 先生はクリニックを開業する前は、優秀な心臓血管外科医として有名だったようだ(他の患者さんから聴いた話によると、心臓を止めずに手術がおできになったとか)。

 現在は下肢静脈瘤の日帰り手術で有名。昨日も、下肢静脈瘤の患者さんが多い感じだった。受付での会話とか治療で奥に呼ばれるとかで、「ああ、この人は心臓ではなく下肢静脈瘤の患者さんだな」と見当がつくようになった。

 何にしても、心臓病の患者さんも少なくないだろうから待合室は混んでおり、わたしは薬だけ貰って帰ろうかと思ったほどだった。

 で、診察室での無駄話(?)は極力避けるようにしているのだが(以前は下肢静脈瘤の患者さんが今ほど多くなかったせいか、会話をするゆとりのある雰囲気があった。いずれにしても、先生に合わせての会話である)、昨日は思わず、「これ、下肢静脈瘤の写真ですよね?」といってしまった。

 下肢静脈瘤の手術ビフォーアフターの写真を表示したパソコン画面が見えた。その脚のひどくボコボコとした状態に息を呑んだ。

 太股から足首までボコボコが連なっていた。それが、手術後は綺麗になっていた。

 いつだったか、下肢静脈瘤の治療を受けている中年女性と薬局で話したことがあった。その人が、太股から静脈瘤があり、日帰り手術を受け、半年経つ今も治療のために通っているといっていた。治療後はうずくので、痛み止めを服用するそうだ。

 先生は画面を変えて、他の写真も見せてくださった。「これは女の人だよ」とおっしゃったが、見た目には男性の脚だか女性の脚だか区別がつかない。いずれも、ビフォーはボコボコしているのが、アフターは人間の脚に戻っている(?)。

「先生、これは凄いですね。手術前は怖いくらいボコボコですね。痛いんでしょうか?」とお尋ねすると、「だるいと思うよ」と先生。

 夫は定年退職前は流通業界で働いていたせいもあるかと思うが(立ち仕事の人がなりやすい)、下肢静脈瘤があり、ここに引っ越してくる前の話になるが、下肢静脈瘤の手術で名の通っている病院を受診したことがあった。

 同じ職場の男性がそこで下肢静脈瘤の手術を受けたことから、受診してみては……ということになったのだった。その男性は受診してすぐに手術したとか。

 夫の場合は――この記事を書くために改めて確認したところ――、手術に指定された日は都合が悪かったので、そういったところ、「じゃあ、そのうち気が向いたときにでも……」と緊急性のない言葉が返ってきたという。

 そして、定年後の仕事は格段に楽なのだそうで、立っている時間もあるが、それは2時間くらいなものらしい。幸い見かけの変化はあまりなく、定年前にはよくあった、足がつる症状などは出なくなった。(⇒当記事の下方、追記へ)

 で、わたしの診察であるが、変わったことはないかと訊かれ、月に何度か心臓絡みと思える不調はあるものの、常態化しているため、「変わったこと」とは感じないので、「変わったことはありませんでした」といった。看護師さんには診察前の問診でニトロを使った回数を訊かれ、答えている。

 心臓に不調を覚えたときに尿の出の悪くなることが増え、そのことは気になっている。こうした症状が今後も続き、ひどくなるようであれば、再度お話ししてみようと思う。前にお話ししたときは夏だったこともあり、脱水症を起こしていたのではないかとおっしゃった。

 だが、6~7時間もトイレへ行かないのに、朝一の排尿で少ししかでないと、気持ちが悪く、脱水症からなんだろうかと疑問を覚えてしまう。この症状は胸の苦しさや頻りに出る痰、おなかの膨らみとセットになっていて、冠攣縮性狭心症の発作と関係があるのかどうかわからないがニトロで改善する。

 先生の周囲の同じ年代に亡くなる人がこのところ増えたそうで、「人間の命は有限なんだな――と、最近しみじみ思うよ」とおっしゃった。「お亡くなりになる人が増えただなんて……まだお若いでしょうに。先生もお体に気をつけてくださいね」とわたしはいった。

 

心臓の薬

  • インデラル錠10㎎ 1回1錠 毎食後
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品:シグマート錠5mg) 1回1錠 毎食後
  • サンリズムカプセル50㎎ 1回1Cap 毎食後
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100mg「日医工」(先発品:ヘルベッサーRカプセル100mg) 1回1Cap 朝・夕食後
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」(先発品:アイトロール錠20mg) 1回1錠 朝・夕食後

腎臓・尿管結石の薬

  • ウロカルン錠225㎎ 1回3錠 毎食後 20日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス(ステロイド剤) 1個 吸入

追記:

 診察室で下肢静脈瘤の手術ビフォーアフターの写真を見たことから、それがどんな手術なのかも知らないまま勝手なことを書いてしまい、記事の公開後にしまったと思ったことでした。

 夫と下肢静脈瘤についていろいろと話し、改めてボコボコ具合を見、現時点では大した症状もないということですから、悪化したり、その気になったりしたら下肢静脈瘤の件でクリニックを受診すればいいね……ということになりました。

 わたしが知りたかったのは、下肢静脈瘤とエコノミークラス症候群は関係があるのかどうかということです。

 夫は受診したときのお医者さんとの話から、「関係ないよ」といいましたし、循環器クリニックの先生も雑談の中ではそれについては何もおっしゃいませんでしたが、わたしの中ではもやもやしたものが残っていたので、ググってみました。

 直接的な関係があるような書き方の記事もありましたが、多くの専門家のサイトでは直接的な関係はないと書かれている印象です。

 例えば、ここには以下のように書かれています。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

下肢静脈瘤Q&A

Q3 放っておくとどうなりますか?

放っておいても手遅れになったり、死ぬようなことはありません。また、歩けなくなったり、足を切断しなければならなくなることもありません。ただし放置しておいても自然に治ることはなく、少しずつ悪くなります。足のこぶはだんだん大きくなり、皮膚に色がついたり固くなり、最後には皮膚に穴があく(潰瘍)場合もあります。ただし全ての人がそうなるわけではありません。また経過中に、静脈瘤の中で血が固まって急にはれたり痛くなったりする場合があります。

Q4 血のかたまりが心臓や脳に飛ぶことがあると聞きましたが?

深部静脈血栓症(エコノミークラス症候群)のことです。ただし、心臓や脳に血のかたまりが飛ぶのではなく、足の深いところにある静脈に血のかたまり(血栓)ができ、足の運動によって静脈の中を移動して肺の血管に詰まってしまう病気です。そのため息が苦しくなったり、最悪の場合は死亡することもあります。しかし、下肢静脈瘤は深部静脈血栓症と直接的な関係はなく、静脈瘤だからといって特別に深部静脈血栓症になりやすいというわけではありません。したがって深部静脈血栓症になることを恐れて、症状がないのに下肢静脈瘤を治療する必要性はありません。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

 治療法については循環器クリニックのサイトにも解説されていましたが、上記サイトに「静脈瘤の代表的な治療には、硬化療法、高位結紮術、ストリッピング手術および血管内レーザー治療があります。ストリッピング手術が静脈瘤の最も標準的な治療です」とあり、詳しく説明されています。

 ストリッピング手術に伴う危険性については、ここに詳しいです。

 あくまでわたしの調べた範囲内のことですので、興味のある方はご自分で調べるなり、病院に問い合わせるなりなさってください。

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2014年5月 8日 (木)

スヌーピーの入浴。神智学の電子書籍3冊。

 ここ二日ほど、以下の本で初期佐賀藩のお勉強をしていました。祐徳院様をモデルとした初の歴史小説を書くためには読んでおきたい本の1冊です。

 立派な内容だと思います。が、お勉強と思ってしまうと、眠くなってしまって……。

初期の鍋島佐賀藩 藩祖直茂、初代勝茂、二代光茂のことども
田中 耕作 (著)
佐賀新聞社 (2000/10)

 で、気分転換に、見過ごせないくらい(?)汚れてしまっていた2匹を入浴させました。乾かし方はやや乱暴でしたが……。

S3

 天気がまあまあよかったお陰で、乾きました。2匹とも、すっかり綺麗になりましたよ。以下の写真はパソコン台でくつろいでいるところ。

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 スヌーピーの耳は大丈夫でしたよ。

 このあと再びお勉強し、また気分転換がほしくなり、kindleストアを見ていたら、神智学の本3冊が目に入りました。

 買いそびれていたラーダ・バーニア著『他に道なし: 霊的生活の探求』が300円で出ていたので、購入。

 ラーダ・バーニアは1923年インド生まれで、もうお亡くなりになりましたが、1980年から神智学協会第7代会長でした。

 国際会長の選挙で4回も再当選し、その間に3度来日、講演をなさったので、行きたいと思っていましたが、行けませんでした。

 解説を読むと、彼女は1951年にジャン・ルノワール監督の映画『河』に出演なさったとか。

『他に道なし: 霊的生活の探求』を読んで、背筋が伸びました。

 他に2冊、紹介したい神智学関係の電子書籍が出ていました。

 改訂版『シークレット・ドクトリン 宇宙発生論《上》』から省かれた「シークレット・ドクトリンの沿革」「シークレット・ドクトリンの議事録」が、それぞれ電子本になっています。

 ブラヴァツキーの著作に対する低レベルの誹謗中傷が後を絶ちませんが、せめて、これらの本を読んでからにしてほしいものです。

 神智学の検索ワードでお見えになるかたもあるので、この電子本3冊は、記事を改めて、きちんと紹介したいと思っています。

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2014年5月 7日 (水)

缶詰で作ったツナ焼きさんが(『365日のおかずと献立』主婦の友社より)、カニご飯、ビーツとジャガイモのサラダ

 買い物に出かける時間がないときに缶詰があったことに気づくと、ありがたくって拝みたくなります(?)。

 昨日もそうで、北海道展で買ったカニ水煮フレークの缶詰が戸棚にあって助かりました。

 ストーのネット缶はリーズナブルで美味しく、重宝しています。ホタテの貝柱水煮缶も買い置きがあります。

 下の写真は、そのカニ水煮フレークを1缶使って作ったカニご飯です。

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 3合の米――最近麦を少し入れるようになりました――で作りました。カニには酒大さじ1を振っておきます(混ぜずに振るだけ)。

 炊飯器に米、昆布出し汁、鶏ガラスープ(顆粒)小さじ1、薄口しょうゆ大さじ1、塩小さじ2/3を入れ、カニフレークを汁も一緒に塊のまま、上にのせて炊飯器で炊くだけで、美味しいカニご飯になります。

 出来上がったカニご飯は、塊のままフワッとなったカニフレークをなるべく崩さないように、ご飯と一緒に茶碗によそい、三つ葉を散らします。

 カニを混ぜてしまうより、カニフレークを箸で崩しながらいただいたほうがカニフレークのしっとりした美味しさが味わえて、美味しいと思います。家族に大好評でした。

 これに、買い置きしていた3パックのハムの1パックを使い、土井先生のレシピ「アスパラガスとハムの蒸し煮」を作りました。

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 レシピは以下。

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 数日前に、前に通販で1ダース購入したビーツ缶のビーツを使い、キャベツ、ニンジン、ウインナーを加えたスープを作りました。

 その残りがあったので、過去記事によく作ると書いたサラダを作りました。

 ゆでたジャガイモに軽く塩こしょう。それに食べやすい大きさに切ったビーツを加え、サワークリームの塊を残すように混ぜたマヨネーズソースであえます。胡桃があればよかったのですが、買い置きがありませんでした。リンゴやグレープフルーツを加えてもよさそうです。

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 ツナのオイルづけも買い置きがあれば、重宝しますね。新婚当初から使っている『365日のおかずと献立』(主婦の友社)に載っているレシピ「ツナ焼きさんが」を久しぶりに作りました。レシピをご紹介します。材料は4人前です。

〔材料〕

  • ツナのオイルづけ……1缶(200g)
  • ねぎ……1本
  • 卵……1個

〔作り方〕

  1. ねぎは縦四つ割りにし、小口からこまかく刻む。
  2. ツナ缶のつけ油をきって、身をボールに移してスプーンの背でこまかくほぐし、①とみそ小さじ2、卵、小麦粉大さじ1.5、かたくり粉大さじ1を加えて、手でよくまぜ合わせる。
  3. アルミ箔の小さなケースに②を均等に詰め、表面を手で平らにならし、熱したテンピかオーブントースターに並べ入れて、こんがり焼き色がつくまで7~8分焼く。

 子供たちが高校生だったときによくお弁当に作りました。今はお弁当を作らないので、アルミ箔のケースがなく(詰める段階で気づきました)、小ぶりの耐熱容器で作りました。久しぶりに作ったので、家族がなつかしがりました。

 簡単で美味しいので、おすすめです。

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 肉じゃがもしばらく作っていませんでした。レシピは過去記事にあります。

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2014年5月 5日 (月)

別府アルゲリッチ音楽祭で、またしてもフジコを想う

 1日に「第16回 別府アルゲリッチ音楽祭 ベスト・オブ・ベストシリーズ Vol.2 アルゲリッチ&クレーメルデュオ」に出かけた。以下はプログラム。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

M.ヴァインベルク: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第5番 ト短調 op.53
第1楽章: アンダンテ・コン・モート
第2楽章: アレグロ・モルト
第3楽章: アレグロ・モデラート
第1楽章: アレグロ~アンダンテ~アレグレット

L.v.ベートーヴェン: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第10番 ト長調 op.96
第1楽章: アレグロ・モデラート
第2楽章: アダージョ・エスプレッシーヴォ
第3楽章: スケルツォ、アレグロ
第1楽章: ポーコ・アレグレット

(休憩)

M.ヴァインベルク: 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第3番 op.126

L.v.ベートーヴェン: ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第8番 ト長調 op.30-3
第1楽章: アレグロ・アッサイ
第2楽章: テンポ・メヌエット・マ・モルト・モデラート・エ・グラツィオーソ
第3楽章: アレグロ・ヴィヴァーチェ

A3

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

 アルゲリッチはどうしても聴いておきたいピアニストの一人だったが、アルゲリッチ音楽祭は毎年あり、グランシアタで演奏会があるため、いつでも行けるような錯覚を覚え、引き延ばしてきた。

 さすがに上手で、両手のバランスが実によい、無理のない、生で見ると本当にフォームが綺麗なアルゲリッチのピアノだった。が、演奏会の途中でわたしはまたしても、ふいにフジコ・ヘミングのピアノが聴きたくなった。

 ギドン・クレーメルのヴァイオリンがあまり好きではないせいもあったかもしれない。上手で、繊細な音色から迫力満点の音色まで自在に出せる感じなのだが、全体的になぜか筋張って聴こえてしまった。ヴァインベルクの曲が抽象的すぎる現代絵画を連想させ、わたしには全然理解できなかったためかもしれない。

 アルゲリッチを聴いたあとで、彼女以外のピアニストの演奏をCDや動画で、物故者から活躍中のピアニストまで、ここ3日ほどいろいろと聴き比べていた(創作関係は完全なサボり。たまにはいいじゃない、こんなことって、めったにない)。

 ギーゼキング、ギレリス、クラウディオ・アラウ、アルトゥル・シュナーベル、ポリーニ、ホロヴィッツ、リヒテル、ブレンデル、バックハウス、ラザール・ベルマン、ホルヘ・ボレット、ジョルジュ・シフラ、ディヌ・リパッティ、ルービン・シュタイン、グレン・グールド、マリヤ・グリンベルク、マリア・ティーポ、ブリジット・エンゲラー、アリシア・デ・ラローチャ、イーヴォ・ボゴレリチ、キーシン、ブーニン、内田光子、マリア・ジョアン・ピリス……

 昔はリヒテル、ルービン・シュタイン、グールドが好きだった。ディヌ・リパッティは初めて聴いた。リパッティを聴いたあとでグールドを聴くと、うるさく感じた。特に、声がうるさいと思う。それが好きだったのに。自分の弾くピアノで足りないところを彼は思わず声で補うと伝記にあったと思う。グールドだけ聴いていると、うるさいとは感じない。

 リヒテルはやはり好きだ。タイプが違うので比べられないが、リヒテルは巨匠、リパッティは若き芸神といったイメージがわく。

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 このリパッティの指、わたしにはとても人間の指には見えないのであるが……指なんかじゃなく、蛸足でしょ? そういって! 

 クラウディオ・アラウも好きになった。クラウディオ・アラウの「Trois études de concert、S.144/R.5 ため息~3つの演奏会用練習曲より 第3曲」はすばらしい。フジコの演奏と交互に何度も聴いた。

 オーケストラと一緒のときに、ギーゼキングほど強度を発揮した人が他にいるだろうか? ギーゼキングもかなり好きだ。

 前掲のピアニストたちの音楽を聴いたあとでフジコを聴くと、重たく感じた。一部の専門家がフジコを批判するのもわからぬではないなと思う。オーケストラと一緒だと特によくない。もたついて聴こえるときがある。

 が、ショパンの革命を聴きたくなり、ジョルジュ・シフラ、ウラディーミル・アシュケナージ、キーシン、ブーニン、ポリーニ、ボリス・ベレゾフスキー、ホロヴィッツ、ユンディ・リ、ヴァレンティーナ・リシッツァ、アンドレ・ワッツ、リヒター、イディル・ビレット、イグナツィ・パデレフスキ、アナトール・キタイン、ギオマール・ノヴァエス、ヴラディーミル・ド・パハマン、フランチェスコ・リベッタの革命を聴いた。

 ガタガタとうるさく感じられるものが多かった。名だたる演奏家たちの音がうるさいだけに感じられるとは。さっきまでとは印象が逆転してしまった。古い人のは録音状態が悪いせいもあるのかもしれないが。

 ふと思ったのだが、フジコはピアニストには珍しい文系タイプの人なのではなかろうか?

 音楽家には理系が多いそうで、実際にわたしは子供の頃にピアノを習っていて、そう感じた。アルゲリッチとは対照的なピアノ奏法――中村紘子がハイ・フィンガー奏法と呼ぶ――を教わり、それでピアノが嫌いになったのだが、それとは別に疎外感を覚えることがあって、理系人間の中に文系人間がぽつんと混じっているような感じを受けることがよくあった。

 文系人間だからかどうかはわからないが、わたしには無味乾燥な指の訓練が耐えられなかった。が、理系人間の人々は正確に音を刻み、一抱えもある精密な世界を構築することに快感を覚えているように見えた。

 リズムの乱れは神経に障るのだろう。フジコは理系でもあるのかもしれないが、文系の要素を備えていることは間違いないと思う。彼女が弾きながら物語を繰り広げているからだ。文系人間のわたしにはそれが透けて見えるから、バルザックを読んでいるような感じさえすることがある。

 フジコの革命からは、街の通りが見え、民衆の生活ふりが見えてくる。彼らの喜び、街路樹や花の香り、そしてまた男のタバコ、女の化粧が匂い、労働の汗が匂い、赤ん坊から乳が匂い、家の奥からすえた臭いまでしてきて、嘆きが感じられ、やがて動乱の物音や人々の叫びが聴こえてくる。

 そうした物語が、多くのピアニストからは見えてこない。技術的にはすばらしいことがわかってしばらくは驚嘆し、指が紡ぎ出す妙なる調べに浸っていても、物語が見えてこないと、わたしはそのうち退屈してしまうのである。

 多くのピアニストは、例えば、革命なら、「革命とはこんなものだろう」という浅い解釈で弾いている気がしてしまう。それはやはり解釈をもとにした肉付け、音色に表れる。

 フジコは年がいってからのデビューだったので、オーケストラとの共演にはつらいものがあるのではないだろうか。巨匠と呼ばれる音楽家でさえ、ある年齢になれば、仕事を減らしたりするのではないか。

 普通の人間がひかえめとなる頃に、フジコはデビューを果たした。若い頃に出ていたら、また違ったかもしれない。しかし、長い孤独の中で彼女は曲の内容を深め、それを演奏で表現してくれる。

 またフジコの演奏会に行きたい。

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