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2014年5月28日 (水)

初の歴史小説 (32)『葉隠』 ③序文

「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一文が有名になりすぎた『葉隠』であるが、(28)で書いたように、口述者、山本常朝は神仏儒の合一を説いた石田一鼎の影響を受けている。

 だから、常朝の教養からだけでも、この本が多彩な内容を持っていて、そこから一文を採り出して単純に解釈することはできないとの想像がつく。

 そもそも、『葉隠』は相当に長い作品で、わたしが図書館から借りて読んでいるのは中公バックス版『日本の名著 17 葉隠』で、これは結構な長さなのであるが、これでも抄なのである。

 また、常朝の語りが自身の後学のために記憶されたものであったことを考えれば、内容の率直さにも合点がいく。そのあたりのことは、序文にきちんと記されている。

 そのうちに焼き捨てて貰わねばならないと筆記者の田代陣基に何度もいったそうだ。広く読まれることを目的とした本ではないということなのだ。

 直茂公は船が苦手で、海が荒れたときに吐いて、家来も吐いて、「それが顔や胸・懐に吐き込まれて、言葉で言い表わせない姿であった」とか(勿論この描写はエピソードの枝葉にすぎない)、林羅山から勝茂公が「鍋島公のご先祖はどなたであろうか」と訊かれ、その場の思いつきで少弐氏と答えたとかは、如何にも率直な語りではなかろうか。

 あるいは、斬られて皮一枚で首のつながった男が自分で頭を支えて治療に向かい、無事に治ったとか、火刑に処された男が真っ黒焦げになって下ろされたとたん、死刑執行人に躍りかかり、復讐を遂げた直後に灰になった――といった眉唾物のエピソードは、ユーモラスな語りではなかったかと想像される。

 序文は以下のように書かれている。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 ここに記された全十一巻の書は、そのうちに焼き捨ててもらいたい。世間のことに対する批判や武士たちの行為の善悪、推量したこと、風俗のことなどを、ただ自分の後学のために覚えておられたのを、話のままに書きつけたものである。他人が見れば、あるいは遺恨にも悪事にもなろうから、かならず焼き捨ててもらわなければなりません、と常朝殿は幾度も申された。

 宝永7年(一七一〇)三月五日 はじめてお会いする

  浮世から何里あらふか山桜        吉丸(山本常朝)

  しら雲や只今花に尋ね合ひ        期酔(田代陣基)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 ところが、この書は焼き捨てられるどころか、現代にまで伝わって誰もが読める本になっている。

 実際、焼き捨てるには惜しい内容で、序文にもあるように、当時の風俗が――あからさまといってよいぐらいに――豊富に語られている。時々挟まる思想の断片は、ふと置かれた一輪の花のようである。

「幻という字はマボロシと訓[よ]むのである。インドでは呪術師と呼んでいる。この世はすべてからくり人形のようなものだ。だからこそ幻の字を用いているのである」
「われわれの肉体は、形を持たないものの中から形をととのえてくるということだ。何もないところにいるのが、色即是空[しきそくぜくうである。その何もないところにいて万事が備わっているのが、空即是色である。別々のものと考えないようにとのことである」

 ここからは仏教が薫る。

「恋の悟りの究極は忍ぶ恋である。/恋死なん跡の煙にそれと知れ/つひにもらさぬ中の思ひは/という歌があるが、そのようなものだ。生きて命がある中に、自分の恋を打ちあけるのは深い恋ではない。恋い焦がれて思い死にをする恋が、このうえない立派な恋だ」

 これは世阿弥が『風姿花伝』でいう「秘すれば花」を連想させる。また、秘すれば花という思想は老子の神秘思想を連想させる。

 解説によると、ここにいわれる恋というのは男色だそうだが、わたしが世阿弥や老子を連想したのは、このことが奥深い思想を源としていて、それが恋にも及ぶと思われるからである。

 その証拠に、この語りには続きがあって、このことは、すべて世の中を渡っていくうえでの心得となろうとある。恋の奥義かと思えたものが世渡り術に応用され、「他人の目のないところで慎むことが、そのまま公けの場所の慎みでもある」というマナー教育ともなるのだ。

 このような美意識は、以前は日本人の心情にも、マナーにも、恋愛にも潜んでいて、風雅な国柄をつくっていたと思う。

「家康公が『諸人を子のように思えば、諸人もまたこちらを親のように思う。だから、天下泰平の基は慈悲の心を持つことである」

 これが儒教精神というものなのだろうか。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」のヴァリエーションはあちこちに見つかる。

 例えば、「『人として一番に心がけ、修行しなければならないことは何でございましょうか」と問われたときは、どのように答えたらよいか、まず言ってみよう。いまのいまを、一心不乱に念じて生きることである。いまの世の人は一般に心のしまりがないように思える。活気のある顔というものは一心不乱に何事かを念じて生きているときのものだ。すべて物事を行っているうちに、心の中で自然に固まってくるものがある。これが君に対しては忠、親に対しては孝、武士道では勇気、そのほか万事についての根本である。しかし、これを見いだすことは難しい。また、見いだしたからといっていつも持ちつづけていることはさらに難しい。現在を最高に生きることより外にはないことだ」

 以下のような箇所を読むと、子育ても丁寧に行われたのだなあ、思わされる。

「武士の子どもには一般とは違った育て方があるものだ。まず、幼いときから勇気をつけ、かりそめにもおどしたり、だましたりすることがあってはならない。たとえ幼少のときでも、臆病な気持ちがあれば、それは一生の疵になる。親たちが不注意で、雷鳴のときに恐ろしがらせたり、暗闇などのなかには行かせないようにさせたり、あるいは泣きやませようと思って怖がるようなことを言い聞かせたりするのは失敗である。/また、幼いときに強く叱ると内気な性質になってしまう。そして悪い癖がつかないようにしなければならない。癖がしみついてしまってからでは意見をしても直らないものだ。物の言い方、礼儀などは、だんだんに気をつけさせ、欲心など起こさないようにし、その他、育て方しだいで、普通の性質の子なら充分立派に成長するものだ」

 異常現象について。「異常な現象が起きると、それを怪事として、何事の前兆であろうかとあれこれ言うのは愚かなことだ。太陽と月が同時に見られること・彗星[すいせい]・旗雲[はたぐも]・光り物・六月の雪・十二月の雪などというものは、五十年や百年のあいだにはたまには見うけられるものである。天地の運行の次第によって現われるものだ。太陽が東から出て西に沈むことも、いつものことでなかったら怪事ということになる。それと同じことだ。また天変があるとき、世の中にかならず悪いことが起きるのは、旗のようになびく雲を見て、何事か起きるに違いないと、人々が自分で心の中に怪事をつくり出し、期待するので、その心の持ちようから悪いことが起きてくるのである」

『葉隠』が観念に走った書のように思われがちなのは残念なことだ。実際に読めば、江戸時代を生きた生身の人間のあれこれが伝わってきて、古老の昔語りをじかに聴いているような気分になってくるというのに。

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