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2014年3月22日 (土)

キンドル本『気まぐれに…』はやっと最終段階

K2blog

 一太郎で書いた原稿をepub形式に保存し直すことを、今日もう20回ぐらいやっている。ホント、わたし馬鹿なんじゃないかとつくづく思ってしまう。なぜ書いているときに、おかしさに気づかないのだろう。何度も読み直しているはずなのに、なぜ気づかないのか。

 わたしの原稿に、用法の誤りは多い。以前から当ブログをご訪問になっている方々は、そのことに気づいておられることと思う。よくあとで、ちょこちょこ書き直している。そのままになっていたりもするだろうが……。

 子供の頃に本をよく読んだのはいいが、わからないところを国語辞典や漢和辞典で調べたりはあまりせず、飛ばし読みしたり、自己流に解釈したりしていた。

 そのツケを今頃になって払っているわけである。

 正しい用法を知らないわけではないことが多いのだが(でないと、誤りを直すことは不可能)、原稿を書いているときに主題に気をとられていたり、頭に浮かんだことを書いてしまおうと急いでいたりするときに、子供の頃の癖が出て、いい加減な書き方をしてしまうことがあるのだ。

 その点、キンドルで読むと、すぐに調べられるのがいい。目にも優しいので、案外子供にもいいのではないかと思うが、どうだろう?

 だから児童小説は子供対象に出しているつもりで――もちろん、大人に読んでいただくのも嬉しい――、ルビも振っているのだが、子供のために買ってくれる人はいないだろうなあ。

 用法の間違いの他に、全角で統一している括弧が半角になっていたり、改行を行っていなかったり、余分な空白があったり……あやふやなところを調べ直したり……。

 疲労困憊して出した本が★一つでは、トラウマになっちゃう。

 ★★★三つからは許せるが、★と★★は違うと思ってしまう。

 ★一つというのは、読む価値がないといっているのと同じで、それだけのことをいうのであれば、その理由をきちんと述べるべきだろう。

 商業主義が蔓延る今の日本ではお客様が神様で、その神様からのご神託はありがたく受けなければならない雰囲気があるが、わたしは商業主義者ではないので、そんなこと、思っていない。

 昔の作家は、自身の作品が被った納得できない批判には徹底して抵抗し、論駁した。バルザックだって、ゾラだって、そうだった。

 逆に、そのような抵抗、論駁される可能性を常に考えて、批評を書いているのだが、これは大いに負担をもたらす。それだけ調べ、考えなくてはならないから。

 だから、このままでは日本の文学は息絶えてしまうという危機感を覚えなければ、批評を書こうとは思わなかっただろう。小説を書く時間を奪う怪物みたいに思える。

 間違いを探しているときりがないので、明日くらいにはKDPに提出したい。予定より4ヶ月近く遅れた。

 400字換算100枚の薄い本なので、200円です。それくらいの価値はあると思っています。買ってください。

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