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2014年3月の32件の記事

2014年3月30日 (日)

キンドル本の新刊3冊『侵入者』、『直塚万季 幻想小説集(1)』、『気まぐれに芥川受賞作品を読む』をご紹介

 直塚万季『侵入者』(ASIN: B00JCN2Y6Y)を販売中です。サンプルをダウンロードできます。

 内容紹介

 今月――2009年9月――上旬の話になるが、「侵入者」続編の資料として活用できそうな、貴重な証言を書き仲間の一人から得た。
 彼は離婚歴があり、再婚後も不倫歴のある男性である。現在の妻とは熱烈な恋愛結婚だったそうだ。これ以上の女性はないと思い、口説いて結婚したという。ところが、実際に結婚してみると、理想と食い違うところがあれこれ見えてきた。彼は口うるさくなり、結婚生活がにがいものになった。そのうち不倫をして、それが妻にばれた。妻は心を閉ざすようになり、子供一筋となった。
 妻は専業主婦だった。不倫に至った彼の動機の中に、「自分は働いているのだから、少しぐらい遊んだっていいだろう」という思いがあったのだそうだ。
 なるほど。女遊びに限らず、遊んでしまう男性の中には、このような心理を潜ませている場合があるという確証が掴めた貴重な証言だった。
「侵入者」の妻は、専業主婦でなければならなかった。家庭を象徴する存在として、専業主婦はそれに最も適う存在だと思ったのだ。わたしは生活圏の侵害――家庭という文化の媒体に対する汚染――という観点から不倫問題を描いてみたいと思い、「侵入者」を書いたのだった。文化が隠れたテーマだった。当然、不倫も文化的産物である。
 優れた作家の作品は、男女の問題を文化が絡むところまで掘り下げている。ローデンバックの「死都ブリュージュ」などは、そうした中でも秀逸な作品だろう。
 証言者の彼は、「侵入者」の続きが読みたいのだそうだ。あのあと、あの夫はどうするのかが読みたいのだという。彼の指針となるような作品にはならないだろうが、そのうち完成させたい。
 しかし、相反する気持ちがわたしの中にはある。遊ぶ男性の心理を知りたいという思いが長年あったが、彼の証言はわたしの想像と一致した。そして、わたしの書きたい気持ちはむしろ冷めたのだった。
 ただ、やはり、続編は書いておきたい。わたしの書きたい気持ちは冷めて――それはそれとして、とても面白い小説にはなると思うから。
 男性を戦慄させるような作品を書きたいという思いが、わたしの中にはずっとある。続編の場合も他の作品の場合も、意識してそうすることは決してないと思うが、案外怖い作品になるかもしれない。「侵入者」さえ、遊んだ彼には、ちょっと怖かったみたいだから。
                    ――「まえがきに代えて」より

「侵入者」は、同人誌「日田文学」56号(編集人・江川義人、発行人・河津武俊、平成20年4月)に掲載された。同年、「文学界」7月号(文藝春秋、平成20年)・同人雑誌評蘭で、今月のベスト5のうちの一編に選ばれた。
続編にあたる「不倫のお相手は肥満気味のストーカー」の出版が計画されている。

『直塚万季 幻想短篇集(1)』、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays 2)』も出たばかり。絶賛発売中(?)です。

直塚万季 幻想短篇集(1) 』(ASIN:B00JBORIOM)に収録した作品は4編。

  • 杜若幻想
    ちょっとコミカルで耽美チックな幽霊譚。ショートストーリーです。
  • 茜の帳
    幼児の頃に母親が自殺したことからくる少女の葛藤を描いています。
    佐賀県鹿島市にある祐徳稲荷神社がクライマックスの舞台で、著者はこれから創建者である萬子媛――江戸初期生まれの筋金入りの女僧で、現在もこの世界を見守っていらっしゃる御方なので、祐徳院様とお呼びするべきでしょうが――の人生を執筆します。
  • フーガ
    亡くなったばかりのピアノ教師の視点から描く師弟愛の物語。リリカルなショートストーリーです。
  • 牡丹
    ちゃらんぽらんな生き方をしてきた男の妻が末期癌になります。男の行動はますますタガが外れたものとなり……「杜若幻想」もそうですが、能楽に刺激されて執筆した作品です。神秘主義的美の世界をお楽しみください。

 サンプルをダウンロードできます。
     ↓

気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays 2)』(ASIN:B00J7XY8R2)はレビュー&文学論です。

 日本の文学界の現状と問題点を鮮明にお伝えします。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(Collected Essays 1 』(ASIN:B00BV46D64)と抱き合わせで、どうぞ。
 サンプルをダウンロードできます。
           ↓

 できれば、明日の深夜までに歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察(Collected Essays 3)』も出していまいたいところです。来月から初の歴史小説に入ると、それにかかりきりになると思うので、今のうちになるべく……。

 表紙は以下。本の登録時には削除します。今回、シンプルですが。

H10blog

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2014年3月29日 (土)

キンドル本『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む』『幻想短篇集(1)』を販売中です。もう1冊、近日販売予定の本を準備中。

 以下のキンドル本をアマゾンで販売中です。サンプルをダウンロードできます。

           ↓

『直塚万季 幻想短篇集(1)』はKDPセレクトに登録しました。

 最低価格が上がっていました。Amazon.comに、「ロイヤリティ70%は$2.99から$9.99の間に設定してください」とあり、$2.99と記入し、日本の欄で、「US価格に基づいて自動的に価格を設定」にチェックを入れたら、¥306と出ました。 以前は250円でしたよね?

 為替レートを考えると、ああそうかと思いますが、ちょっと高いですね。もう無料キャンペーンをするつもりはありませんでしたが、借りていただくことはできるし、他で売る予定もないので登録しましたが……。

 でも数ヶ月、心血注いだ作品の値段が306円で高いと思わなければならない――何千冊、何万冊も売れるならともかく、悲しい商売ですわ。

 ぼやいていると、夫が「ジャンプと哲学書とどちらが売れると思う?」と訊きました。こんなことをいってくれるから、わたしはこの人から離れられないんでしょうね。

 若い頃、まだ本気でプロ作家を目指していた頃は、よい作品を書き、しかも儲けて家族やお世話になった人々にお返しがしたいと思っていました。

 でも、プロになれていたら、少なくとも、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む 2007 - 2012(Collected Essays 2)』は書けないでしょう。これよりずっと無難な小説を書いたときでさえ、落選して受賞者を祝福するパーティーで「こがんた、書かんがよかー」って、『文学界』のH編集長からいわれましたからね。

 それに、賞狙いをしていたとき、どんどん本当に書きたいものから自分が遠ざかるような焦燥を覚えていたことを思えば、今は物書きとしては純粋に幸福な時間を過ごしているといえるでしょう。

 ただ生活者としての心細さ、夫の細い足にすがっている申し訳なさといったら、ありません。だから茨の道っていうんでしょうね。

『気まぐれに……』を書くのがつらかったせいか(日本の文学界を直視するつらさです)、リラックスして続けて3冊目を準備中です。だいたい仕上がっているので、最終確認ができ次第、KDPに提出します。

 以下が表紙ですが〔追記:出版準備のため、削除します。30日〕、これも306円で販売することになると思います。この表紙はKDPに本を提出する前に削除します。短篇にしては高いですが、むしろ売れなくてもいいくらいなので……。

 ところで、ストーカー規制法の改正法が平成26年6月26日に成立し、7月3日公布されました。

 ストーカー規制法でいう「つきまとい等の行為」とは、以下のような行為をいいます。

  1. 住居、勤務先、学校その他通常所在場所でのつきまとい・待ち伏せ・進路立ちふさがり・見張り・押しかけ
  2. 監視している旨の告知行為
  3. 面会・交際・その他義務のないことを行うことの要求
  4. 著しく粗野な言動・著しく乱暴な言動
  5. 無言電話、連続した電話・FAX(ファックス)・メール
  6. 汚物・動物の死体等の送付等
  7. 名誉を害する事項の告知等⑧8.性的羞恥心を侵害する事項の告知等。

「つきまとい等」とは、目的を「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する」ことにおく行為であり、その行為の相手方は、「当該特定の者又はその配偶者、直系若しくは同居の親族その他当該特定の者と社会生活において密接な関係を有する者」であることも要するとあります。
 詳しくは、ウィキペディア

 ストーカーの怖さを『侵入者』を書いたときはまだ自覚できていませんでしたが、暗示となっているところはあるでしょう。

たえずこちらの生活を窺い、わたしを貶め(幸い証拠となる手紙、メールはおびただしいくらいにあります。このことからして、変ではあります)、生活に侵入しようとするストーカーは黴のように生活に蔓延り、身心を害します。

 ただの不倫にしてはおかしいと思っていましたが、これまでのしつこさ(2度目の示談後にも、うちの駐車場で仕事に出かける夫を待ち伏せして脅迫しました)を思えば、あれから2年になりますが、まだまだ油断はできません。相手には、自分がストーカーであるという自覚が全くないのです。

 自由のない暮らしとなってしまいました。また何かあれば通報して、警察にお願いするしかありません。

 こんな異常な暮らしと文学生活の報われなさから、何だか人間が変わってしまいました。娘が昔のわたしの写真を見て、「何だか純真そうな、か弱そうな、可愛いらしいママだねー」

 今のわたしは……絶句。文学がなければ、どうなったでしょう。そんな、助けとなるような文学を日本人は書かなくなったし、読まなくなりました。これでは、いけません。

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2014年3月28日 (金)

キンドル本『直塚万季 幻想短篇集(1)』を近日販売!

 表紙が決まれば、もう中身は出来上がっているので、間もなくKDPに提出できます。初の歴史小説には4月から入ろうと思っているので、前に同人誌に掲載されて何回も校正した幻想色の濃い4篇を集めることにしました。

 歴史小説との関係から廃版にした本の中にあった『茜の帳』も収録しています。

 表紙を作っているときはとっても楽しいです。時間があればGIMPのお勉強をしたいのですが、技術を身につけないままにやっています。

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2014年3月27日 (木)

神秘主義者としての課題と最近の出来事

 出しておきたい本は何冊もあるのだけれど、電子本にするにはかなりの時間を食うので、それだけ新しい作品を書いたり、これまでに書いたものをまとめたりする時間が減ってしまうことになる。

 素人稼業の限界というものを感じ出した。本になるという望みを後世に託して、ひたすら執筆に取り組むだけの世に対する信頼感がわたしにはない。

 自分がしない限りは、誰もしてくれないのだ。

 だから、優先順位を決めることが重要になってくる。その優先順位は、今後わたしにどれだけの時間が残され、その時間をどの程度自分で使うことができるかで、違ってくる。

 世の中には様々な作品が溢れている。わたしは女として、それもとりわけ子育てをした専業主婦として生きてきて――ずっと執筆を続けてきたわけだから、お金をほとんど稼げない兼業主婦というほうが実態に即しているだろうが――、その観点から書きたいことが沢山ある。

『台風』、そのうちキンドル本にする予定の『侵入者』、『地味な人』、『白薔薇と鳩』はそうした傾向の強い作品で、まだまだ書き足りないのだが、それより今は神秘主義者として生きてきた観点から書きたい思いが強い。

 これまでに出したキンドル本のうち、その傾向の強い作品は『枕許からのレポート』(パブー版は無料)、『昼下がりのカタルシス』、『詩人の死』である。

『詩人の死』では、詩人と呼んだ女友達がモデルとして登場する。彼女とは、神秘的な次元での交流やその類の意見の交換などは皆無だった。が、統合失調症に苦しむ彼女を見ていて、神秘主義的な観点から考えさせられた様々な事柄があった。

 たとえば、以下のような事柄である。直塚万季『詩人の死』(ノワ出版局、キンドル版、2013年)より抜粋。

 ところで、これは神秘主義ではよく知られていることだが、霊的に敏感になると、他の生きものの内面的な声(思い)をキャッチしてしまうことがある。
 人間や動物に限定されたものではない。時には、妖精、妖怪、眷族などという名で呼ばれてきたような、肉眼では見えない生きものの思いも。精神状態が澄明であれば、その発信元の正体が正しくわかるし、自我をコントロールする能力が備わっていれば、不必要なものは感じずに済む。
 普段は、自然にコントロールできているわたしでも、文学賞の応募作品のことで頭がいっぱいになっていたときに、恐ろしいというか、愚かしい体験をしたことがあった。賞に対する期待で狂わんばかりになったわたしは雑念でいっぱいになり、自分で自分の雑念をキャッチするようになってしまったのだった。
 普段であれば、自分の内面の声(思い)と、外部からやってくる声(思い)を混同することはない。例えば、わたしの作品を読んで何か感じてくれている人がいる場合、その思いが強ければ(あるいはわたしと波長が合いやすければ)、どれほど距離を隔てていようが、その声は映像に似た雰囲気を伴って瞬時にわたしの元に届く。わたしはハッとするが、参考程度に留めておく。ところが、雑念でいっぱいになると、わたしは雑念でできた繭に籠もったような状態になり、その繭が外部の声をキャッチするのを妨げる。それどころか、自身の内面の声を、外部からやってきた声と勘違いするようになるのだ。
 賞というものは、世に出る可能性への期待を高めてくれる魅力的な存在である。それだけに、心構えが甘ければ、それは擬似ギャンブルとなり、人を気違いに似た存在にしてしまう危険性を秘めていると思う。
 酔っぱらうことや恋愛も、同様の高度な雑念状態を作り出すという点で、いささか危険なシロモノだと思われる。恋愛は高尚な性質を伴うこともあるから、全くだめとはいえないものだろうけれど。アルコールは、大方の神秘主義文献では禁じられている。
 わたしは専門家ではないから、統合失調症について、詳しいことはわからない。が、神秘主義的観点から推測できることもある。
 賞への期待で狂わんばかりになったときのわたしと、妄想でいっぱいになり、現実と妄想の区別がつかなくなったときの詔子さんは、構造的に似ている。そんなときの彼女は妄想という繭に籠もっている状態にあり、外部からの働きかけが届かなくなっている。彼女は自らの妄想を通して全てを見る。そうなると、妄想は雪だるま式に膨れ上がって、混乱が混乱を呼び、悪循環を作り上げてしまうのだ。
 こんなときにナルシシズムと性欲を以て直子に接した、『ノルウェイの森』のワタナベくんのような人物は、危険である。妄想の繭から出るには、直子が自身で澄明な精神状態になるしかないところへ、彼はそれを手助けするどころか、逆のことをやってしまうからだ。『ノルウェイの森』はわたしにはどうしても危険と感じられる作品なのだが、神秘主義的観点からみれば、村上春樹の作品にはもっと危険なものもあると思う。

 神秘主義者は敏感であるだけに様々な刺激に晒されがちであり、この年齢まで生きてくることがわたしには結構大変だった。反面、喜びも大きかった。

 一般の人々は、日々の糧のための労働と現状の満足を得ることで頭の中がいっぱいだ。それが当然だとも思う。一日の終わりには、快い酔いをもたらしてくれるお酒のような作品が求められる。商業主義は、そこにのっかる。刺激する。

 大衆の求めに応じる作品作りに多くの作家、賞の応募者は追われている。

 わたしは別のことがしたいと思った。わたしの本が売れないのは当然なのだ。それでも、前掲のような神秘主義者の実感と発見をこめた作品に、★一つの烙印を押されるとがっかりする(幸い、すぐに高評価をいただいて、そのかたがわたしにはミューズの使者に想えたほどだった)。

 わたしの本になど目をくれる人はほとんどいないところへ、★一つのような判定が煙幕のような役目を果たしてしまい、酔うことではなく、神秘的なもの、繊細なもの、深いもの、死後の世界にまでもっていけるものを求めている人々にわたしの作品がますます届かなくなることを畏れる。

 世間にはこの類の作品が溢れているようだが、神秘主義に関する平均以上の知識と真摯な姿勢がありながら、ごくありふれた一般人としても生きているわたしのような人間の作品といえば、本当に少ないのだ。

 ほとんどが体験を経ていない借り物にすぎないか、読むことが危険であるようなものか、逆にとても高尚なものであるかのいずれかであることが多いのだ。

 酔うことではなく、神秘的なもの、繊細なもの、深いもの、死後の世界にまでもっていけるものを求めている人々は本当にわずかで、そのうちの電子本を読む人となると、どれだけ少ないだろうと思う。でも、確実にそういった人々はいる。

 呪わしい商業主義、と思うが、その商業主義のお陰でわたしは本を出せるのだから、勿論他方では感謝している。

 神秘という言葉は、現代では雑多なものを含みすぎている。

 わたしの理解している神秘主義は厳密な学問そのものであり、面白いというより、難しいもの、実験を伴うものだ。前掲の抜粋で書いたような、一種のテレパシー現象というべきものをわたしはずっと研究している。

 わたしの作品は、砕けた表現で行う、その発表の場でもあるのだ。

 一種のテレパシー現象というべきもの――といえば、最近こんなことがあった。

 出したばかりのキンドル本『気まぐれに……』が出たか出ないかの頃(体調が悪かったため横になっていたので、確認していなかった)、比較的若い男性がおそらくはわたしの本を見て、愉快でたまらないといった風に笑っている雰囲気が伝わってきた。

 嫌な笑いではなく、軽い楽しげな印象で、わたしの本に何か滑稽なところでもあるのだろうか――と感じさせた。わたしの気のせいか、妄想かもしれないと思ったが、気になり、確認してみることにした。

 そして、前の記事に書いたように、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む ①2007~2012』が出ていて、それはいいけれど、アマゾンの商品ページの本のタイトルを見ると、丸囲み数字の1が見事に文字化けして、2007年が12007年という壮大な未来の年に変貌してしまっていた!(訂正済み)

 ああ、このことを笑っていたんだなと思った。

 人間のハートは自分の思いをも含めた様々な思いを受信する優れた装置であるが、自らの雑念が相当な乱れを惹き起こすこともあって、受信技術に長けるにはハートを清浄に保てるようになる以外になく、神秘主義者は敏感であるだけに、下手をすれば、2ちゃんねる用語にある電波系のような人間になってしまうだろう。

 インテリの雰囲気のある男性が、わたしの本に関心を向けているのも感じられた。そのあと、新しい本が1冊だけ売れたのを確認したが、買ってくれたのはその人かもしれない。まあわたしの妄想かもしれない。

 こうした一種のテレパシー能力は、科学が進めば裏付けることのできる現象だと神秘主義文献には書かれている。この能力は万人にどころか、動物にも植物にも、肉眼には見えない存在にも備わっているはずだ。

 ブログを書いたり、本を出したりしていると多くの人の思いをキャッチしてしまうことになるので、訪問者も購読者も少ないのが幸いしている状況ともいえる。

 しばらくは初の歴史小説にかかりきりになるだろう。その前のちょっしたお楽しみに、タブッキとシモーヌ・ヴェイユの本を借りてきた。タブッキは研究を進めたいが、今は時間がとれない。

 過日、神智学協会ニッポン・ロッジからインド国際本部の会長の選挙用紙が送られてきたので返送したが、アンケート用紙もあり、自由な書き込みのできる欄があったので、「神智学の影響を受けたと思われる作家がわかるようでしたら、教えていただくか、会報誌で特集していただけたら嬉しいのですが」と書いてみた。

 わたしの確認したところでは、作品にはっきり「神智学」と出している作家はタブッキ、カロッサ、ハクスリー。また、ノーベル文学賞を受賞したチリの女性詩人ガブリエラ・ミストラルの略歴には、神智学のチリにおける会に入会したような記述がある。

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2014年3月26日 (水)

ひー、機種依存文字を使ったら見事に文字化け!

キンドル本『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む ①2007~2012』を出したのはいいけれど、アマゾンの商品ページの本のタイトルを見ると、丸囲み数字の1が見事に文字化けして、2007年が12007年という壮大な未来の年に変貌してしまっているではないか!

この記事をご覧になっているあなた様には、丸囲み1はどう見えるでしょうか?

機種依存文字を使うと文字化けすることがあるので、避けたほうがよいということは知っていたけれど、本の登録のページで、プレビューアを使い確認した段階で大丈夫だったため、強行してしまった。

直塚万季で検索して出てきた本のタイトルの一覧では、文字化けしていない。

さて、どうするか。

この本はCollected Essaysというシリーズのうちの第2巻で、タイトルにそれを含めている。それをさらにシリーズ化するための丸囲み1は不要な気もする。

それとも、丸囲み1を(1)に変えるか……。

いずれにしても対処しなければ――と気が急くが、このところ、しきりに夫が自分の2台のパソコンをいじっており、その影響で今、わたしのパソコンはネットにつながらない。

夫の2台のパソコンのうちの1台がもうすぐマイクロソフトのサポートが終わるWindowsXPを搭載していたので、Windows7のOSソフトを買い、新規インストールした。

内蔵型ハードディスクとデスクトップPCのメモリを買い足した。

うちのパソコンはNTTのセキリティを利用している。

いじるたびに、そのセキリティ対策ツールの再インストールがうまくいかない様子。

1回目は、何時間か粘った挙げ句、夫は怒り出した。

キカイやシステムに腹を立てても始まらないので、NTTに問い合わせてはどうかと思ったが、一緒にやってみると、できた。

でも、夫と作業するのは苦痛だ。わたしはせっかちなところはあるが、一方では石橋を叩いても渡らない用心深さがあり、パソコンの操作でも大事なところだと思えば、熟考を重ねつつソロソロと先に進む。

夫はオールせっかち人間なので、わたしがゆっくり考えている間にクリックしてしまう。同じことをせっかちに何度も繰り返したりする。

わたしにはその性急で無駄な動作が耐えられない。すぐに喧嘩になる。

そして、夫は寝てしまった。わたしは気になることがあると、徹夜してでも済ませたいほうで、本当のせっかちはわたしのほうかもしれない。

そう長くかからないでできた。それが1週間ほど前で、3日前にまたいじって、うまくいかないといい出した。わたしは知らないふりをした。すると、そのうちできた様子。

機嫌よく、こだわりのあるデスクトップPCで楽しくやっていた夫。そのパソコンには今のパソコンにはない、とても優秀なところがあるそうで(特に写真など扱うときに違いが出るそう)、古いからといって捨てる気にはならないという。

昨日再びパソコンをいじって古いファイルを削除しているうちに、必要なものまで消してしまったらしい。

またWindows7のインストールをやり直していた。そして、NTTのセキリティ対策ツールで再々度引っかかっている様子。

しきりにため息をついたり、「クソッ!」と腹を立てたりしている。柿ピーを食べたりして、アイスも食べ、そのあとパソコンに戻り、またため息。

「ねえ、○○~!」とわたしを呼ぶ甘い声。わたしと一緒に対策ツールの再々度のインストールをやろうと誘っているのだ。

「やだ!」とわたしはいった。「電子書籍を出す作業で疲れたの。前に成功したんだから、ゆっくりと思い出しながらカッカせずにやってごらんなさい」といった。

「もう忘れた。あれこれやりすぎて、思い出せないよ」と夫。
「今、防災リュックに買ったものを詰めているところだから、忙しいの。大事な作業中なの!」と、パソコンの作業を手伝いたくないわたし。

「俺のやってることのほうがもっと大事」と夫。

夫の優先順位の決め方が理解できない。パソコン歴が長く、パソコンには詳しいのに、なぜこの程度のことができないのかわからない。

「何よ、それ。何で、そんなことがいえるの? 今日にも地震が起きるかもしれないのよ。そりゃわたしだって、パソコンがつながらないのは困るけれど」

夫と、今日一緒にパソコンの作業をするかどうかはわからない。しばらくは放置プレイ。

マイクロソフトといえば、久しぶりにMicrosoftアカウントの最近のアクティビティを見ていたら、米国からのアクセスがあることに気づき、不正侵入と勘違いして問い合わせた。

プロフィールはほとんど空白にしているが、そこを見たときに更新したことになったようで、その関係でマイクロソフトからの業務上のアクセスがあったようだ。

パスワードを変え、新しいメルアドまで作る前に問い合わせればよかった。対応は英語と日本語の双方でメールがあり、きちんとしていた。

携帯からの長打ちはこたえる。

追記1:
朝、夫が廊下に防災リュックの置き場を作ってくれていた。娘もリュックを背負ってみたりしていた。前回準備したときより、役立ちそうだ。もう少し、入れたいものがある。保険証の写しなども入れた。

追記2:
パソコンの問題は解決した。わたしは体調が悪くなり、寝ていた(左耳が一時的に聞こえなくなった。外耳炎はあるが、初めて。ちょうど心臓も重かったので、ニトロのスプレーを使ってみた。血管が開く作用が耳にも届くのではないかと。無関係かもしれないが、安静にしていたせいか、治った。またそうなれば耳鼻科に行く)。
夫はNTTに電話していた。すると、それは認証の問題だからプロバイダーに訊くようにいわれ、ニフティに電話。親番号を入力すべきところに子番号を入れていたらしい。夫は、自分から皿洗いをしてくれている。わたしは体調のことはいっていないので、眠くて寝ていると思っているのだろうが……優しくしてくれる。

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2014年3月25日 (火)

ようやく、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む ①2007 - 2012(Collected Essays 2)』をKDPに提出

 ようやく、『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む ①2007 - 2012(Collected Essays 2)』をKDPに提出しました。

 初の歴史小説に入るまでに、以下の本を出したかったが、古いワープロ原稿から一太郎に打ち込むことから始めなければならないので、時間的に無理。『地味な人』は感熱紙原稿なので、早く電子本にしてしまいたいが、こうもぐずくずするようではコピーをとっておくべきかしら。

D3blog 19blog

 キンドル本『茜の帳』をエッセー「萬子媛抄」と歴史小説との関係から廃版にしてしまったたため、一緒に収録していたタイトルともなった幻想短編小説「茜の帳」のことが気にかかる。

 この「茜の帳」、「杜若幻想」、「フーガ」、「牡丹」を一緒にして幻想短編集シリーズⅠとして出したいなあ。それぞれ異なる同人雑誌に掲載していただいた作品だが、電子本にしておければと思う。

 これはテキスト形式の原稿があるのだから、そんなに時間はかからない気がするが、『気まぐれに……』も1週間程度で出すはずがナンと4ヶ月遅れ。

 他のことをやっていたということもあったが、短い間に政治、マスコミ関係で、以前は知らなかったことが明るみに出たり、これまでに見えなかった文学界の側面があらわれてきたりして、自分の中でかなりの動揺と納得が同時に起き、まとまりがつかなかった。

「はじめに」と「あとがき」はわたしの場合、重視しており、その二つが長いことうまく書けないでいたのだった。

 こうしてキンドル本を出したり、サイトを続けようと思うのも、ご訪問くださる皆様のお陰です。本当にありがとう。

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2014年3月22日 (土)

キンドル本『気まぐれに…』はやっと最終段階

K2blog

 一太郎で書いた原稿をepub形式に保存し直すことを、今日もう20回ぐらいやっている。ホント、わたし馬鹿なんじゃないかとつくづく思ってしまう。なぜ書いているときに、おかしさに気づかないのだろう。何度も読み直しているはずなのに、なぜ気づかないのか。

 わたしの原稿に、用法の誤りは多い。以前から当ブログをご訪問になっている方々は、そのことに気づいておられることと思う。よくあとで、ちょこちょこ書き直している。そのままになっていたりもするだろうが……。

 子供の頃に本をよく読んだのはいいが、わからないところを国語辞典や漢和辞典で調べたりはあまりせず、飛ばし読みしたり、自己流に解釈したりしていた。

 そのツケを今頃になって払っているわけである。

 正しい用法を知らないわけではないことが多いのだが(でないと、誤りを直すことは不可能)、原稿を書いているときに主題に気をとられていたり、頭に浮かんだことを書いてしまおうと急いでいたりするときに、子供の頃の癖が出て、いい加減な書き方をしてしまうことがあるのだ。

 その点、キンドルで読むと、すぐに調べられるのがいい。目にも優しいので、案外子供にもいいのではないかと思うが、どうだろう?

 だから児童小説は子供対象に出しているつもりで――もちろん、大人に読んでいただくのも嬉しい――、ルビも振っているのだが、子供のために買ってくれる人はいないだろうなあ。

 用法の間違いの他に、全角で統一している括弧が半角になっていたり、改行を行っていなかったり、余分な空白があったり……あやふやなところを調べ直したり……。

 疲労困憊して出した本が★一つでは、トラウマになっちゃう。

 ★★★三つからは許せるが、★と★★は違うと思ってしまう。

 ★一つというのは、読む価値がないといっているのと同じで、それだけのことをいうのであれば、その理由をきちんと述べるべきだろう。

 商業主義が蔓延る今の日本ではお客様が神様で、その神様からのご神託はありがたく受けなければならない雰囲気があるが、わたしは商業主義者ではないので、そんなこと、思っていない。

 昔の作家は、自身の作品が被った納得できない批判には徹底して抵抗し、論駁した。バルザックだって、ゾラだって、そうだった。

 逆に、そのような抵抗、論駁される可能性を常に考えて、批評を書いているのだが、これは大いに負担をもたらす。それだけ調べ、考えなくてはならないから。

 だから、このままでは日本の文学は息絶えてしまうという危機感を覚えなければ、批評を書こうとは思わなかっただろう。小説を書く時間を奪う怪物みたいに思える。

 間違いを探しているときりがないので、明日くらいにはKDPに提出したい。予定より4ヶ月近く遅れた。

 400字換算100枚の薄い本なので、200円です。それくらいの価値はあると思っています。買ってください。

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2014年3月21日 (金)

「不思議な接着剤ノート』は500枚を超えたところ。

 本格的に初の歴史小説に入る前に、「Notes:不思議な接着剤」をパソコンに保存しておこうと思いました。一太郎・PDF・ワード・テキスト形式で保存したあと、400字換算してみると、508枚にもなりました。

 このノートは、当分は続くはずですが、この先のいつの時点かで非公開とさせていただくことになると思います。ご了承ください。

 児童小説「不思議な接着剤」で仕上がっているのは冒険に入る前までですが、構成、ストーリーはできているので、ある場面が浮かぶとメモしておきます。以下は、登場人物の一人、紘平が異端審問官と対峙する場面です。

 紘平は、異端審問官に答えて、いいました。
「ぼくたちは、異教の地から来ました」
――少なくとも、キリスト教が国教というわけではないからね。
 異端審問官は眉根をぐっと寄せて、うっすらと微笑をうかべました。「異教の地だと? マニ教の地から来たというのだな?」
 紘平はマニ教ときいて、とまどいました。マ二の秘法は、紘平が熱中したことのあるゲームの必須アイテムだったからでした。
「えっと、そうですね。ぼくたちの国にはいろいろな宗教が存在しているんです。もちろん、あなたがたのキリスト教だってありますよ。キリスト教を国教と定めるまえのローマ帝国を想像していただくと、よいかもしれません。一つの宗教を信じている人もいますが、正月に神社へ行って願いごとをし、盆に寺の坊さんをよび、クリスマスにサンタクロースのプレゼントを待つ人がたくさんいるんです。信じられるのは、飼っている動物だけとか、お金だけとかって人もいます」
 もっとも、ザビエルによって日本にキリスト教が伝わったのは1549年、室町時代のことでした。13世紀のこの頃は、日本では鎌倉時代にあたります。仏教の革新運動が進んだ時代でした。元寇の勝利によって、日本は神の国であるという『神国思想』が生まれた時代でもありました。
 異端審問官の頭は、紘平のわけのわからない回答に、混乱していました。
「おまえは、何者なのだ? そして、どこから、何の目的で来たのか? わかりやすくのべよ」
 アジア、といえば、それだけでも、いくらかは通じたでしょうが、紘平は自分の国と身分を表現する、古風でわかりやすい言葉を記憶にもとめて、聖徳太子の飛鳥時代にまで、さかのぼってしまいました。
 ――そうだ、小野妹子だ。
「ぼくたちは、アジアの日出づる処から来た、親善使節の一行です。よきにおはからいのほどを。異端審問官さま」
 紘平はうまく答えたつもりでしたが、平静をとりもどしていた異端審問官は、眉根を寄せただけでした。
 異端審問官の頭のなかは、聖徳太子とも、また紘平とも、ちがっていたので、アジアの日の出るところから来た、という紘平の言葉は、異端審問官には特殊な印象をあたえました。
 中世ヨーロッパでえがかれた『TO図』とよばれる世界地図では、大陸は3つにわけられていました。上半分がアジア、左下がヨーロッパ、右下がアフリカでした。世界の中心はエルサレムで、上のはしっこにはエデンの園があるとされていたのです。
 異端審問官は、きびしい口調でいいました。
「その親善使節の一行が、ローマ教皇のもとへはおもむかず、魔物がすみ、魔女のうたがいのかかる人物がとらわれている洞窟に、何の用があったというのか? その目的をのべよ」 

 2010年2月23日

 異端審問官の姿形、声、表情ははっきりとしたものがあるのですが、ここではまだ粗書きしているだけです。

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2014年3月20日 (木)

防災グッズ 

 先日の地震のあと、防災グッズを再考しました。

 息子から電話があったときに防災グッズの備えはしているのかと尋ねたら、息子の地域では防災グッズが配られたそうです。意識が高いなあと思いました。

 避難用と家での保存用とが必要で、満足のいくまで揃えるとなるときりがありません。が、狭い家の中で圧迫感が出てくるほど買い込んだり、重くて持てないとなると困ります。

 金銭的に余裕のない中で、何を選ぶかで迷います。

 これまでは大中小のバッグに防災グッズを詰めていました。今回、それを改め、一緒に暮らしている家族3人にそれぞれのリュックを揃え、全員に必要なものが行き渡るようにしたいと考えました。

 必要なものが詰められた防災リュックを三つ購入すれば手っ取り早いのですが、既に購入したものがありますし、自分で確認しながら揃えたいと思ったので、まずはリュックから購入することにしました。

 帽子付リュックがナンと650円で出ていました。送料が630円かかり、これは本体が1280円相当の商品で、送料無料と考えるべきだろうと家族で話しました。650円にしては、商品説明がしっかりしていたからです。

 帽子付でポケット付というところが皆気に入り、失敗してもこのお値段ならまあいいかと思い、注文しました。

 今、この記事の途中で確認してみると、値段が上がっているようです。というより、わたしが注文したときは安くなっていたのでしょうね。現時点では「¥1,280+¥630関東への配送料」となっています。

 以下は、注文したときのメール確認画面をスクリーンショットで撮ったもの。

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 これがなかなかでした。帽子は紐付で取り外し可能。中が工夫されていて、使いやすそうです。写真ではわかりませんが、ブラウンの裏地にはロゴが模様として入っています。

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 防災リュックとして使うには、充分ではないでしょうか。贅沢をいえば、水に浮いて防炎加工が施してあるといいなあと思いますが、勿論このお値段でそこまでは求めていませんでした。

 何より、気持ちが明るくなるような色合いが嬉しい。グレーのも、光沢のある白っぽいグレーで、綺麗な色です。どの色のリュックも人目につきそう。防災リュックは地味でないもののほうがいいのではないでしょうか。

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 箱を開けると、ポリ袋、さらに不織布の袋に入っていました。650円+送料にしては――いえ、1,280円+送料にしても――お買い得だった気がしています。

 今のところアマゾンから購入した防災グッズは他に、サバイバルシート、軍手とタオルの圧縮セット、携帯トイレです。

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 軍手とタオルの圧縮セットは小型のトランプみたいな大きさですが、軍手とタオルの圧縮を想わせる重みがあります。といっても、トランプよりは重いという程度。

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 こちらも小型のトランプくらいの大きさで軽いです。5つ入っていたので、リュックに入れる他は、夫の車と娘の通勤用バッグへ。

 ラジオ付き手回し充電LED懐中電灯を、今日2つ注文しました。1人分のライト付ラジオとマルチライトは既にありました。数年前から避難用バッグに入れていたライトにはナイフがついていますが、あと二つマルチナイフが要るかしら。

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 Tシャツ、ズボン、下着は、1組ずつユニクロで購入(写真はTシャツとズボン。室内着ですね)。薄くて柔らかいので、リュックに入ると思います。これでも、ないよりは。

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 三角巾は役に立つという情報ですので、マツキヨで買いましたが、品切れで1つしかありませんでした。買い足しておこうと思います。

 写真にはありませんが、買い置きのあるガーゼのハンカチ、携帯レインコート、ティッシュも入れることにしています。

洗顔石鹸、保湿クリーム、メモ帳&ペン、小銭を含む少額のお金、保険証の写しなども入れておかなくては。

アルコール除菌ジェル、空気枕、ドライシャンプー、携帯スリッパも、リュックに入れば、購入したいと考えています。

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 リュックに入れるペット水は、スーパーに3年持つものがあったので、購入(アマゾンには5年というのがありました)。食料はカロリーメイトですが、入れば、他にも入れたいところ。

 車に備えておくレスキューハンマー。今日注文しました。

 家に保存しておくものとして、トイレ用凝固剤。使用するのに必要な黒いポリ袋はホームセンターで買いました。

 断水に備えて、水タンクを買いました。折り畳み式も1つあります。

 ペット水1ケースは常備しています。買い足すごとに、古いものから使用しています。保存食用に買っておいた1ケースのカップヌードルはとっくに賞味期限が切れていました。まだ食べられそうですが、普段はあまり食べないのです。

 料理に使う缶詰の豆類、シーチキン、カニ、ホタテ、ビーツ、キャンベルスープなど切らさないようにしていて、いざというときは役立つと思いますが、、カンパン、マジックライスなんかも、揃えておいたら安心でしょうね。

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2014年3月19日 (水)

『卵の正体』、『ぼくが病院で見た夢』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『卵の正体』、『ぼくが病院で見た夢』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

3月11日ごろ、お買い上げいただいたようです。

『卵の正体』のお買い上げは20冊目、『ぼくが病院で見た夢』は5冊目でした。

パソコン画面でお読みになりたい方は、パブーでお求めになれます。横書き、最小限のルビになりますが。

以下は、電子書籍を紹介しているアマゾン、パブーのわたしのページです。

YouTubeの動画で、児童文学作品をテーマに語ったりもしています。まだ始めたばかり。時間をかけて本気で取り組んでみたいのですが、なかなか時間がとれません。

以下はキンドル版の99円児童書シリーズです。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2014年3月17日 (月)

慰安婦に関する米軍秘密解除文書。わが国のリベラルな方々へのお願い。

 以下に、前掲の記事からニュース記事を抜粋。

聯合ニュースが14日(現地時間)、米国・国立文書記録管理庁を通じて入手した米軍秘密解除文書によれば、米軍の東南アジア翻訳・尋問所(SEATIC)が1945年4月、ビルマ(現・ミャンマー)で逮捕した日本軍の捕虜を尋問する過程で、日本軍が軍隊慰安婦を運営していた事実を把握した。

文書によれば、米軍当局は捕虜を対象に『附帯施設(amenities)』の一環として慰安婦(comfort girls)を置いているのかを審問した。その結果、その結果、マンダレー州のメイミョーにいくつかの慰安婦を置いていたという回答を得た。

文書は当時の慰安婦の花代が3.5~5円で、日本軍兵士の月給は24円だったと明らかにした。この捕虜は毎月10円を貯蓄して残りはタバコに使い、自分は利用しなかったと供述した。

文書は1945年4月28日に陸軍のG.F ブルンダ中佐が作成して、文書番号は『OSS CONFINDENTIAL-C.I.D XL8505』である。

聯合ニュースが入手したもう一つの立文書記録管理庁の秘密解除文書によれば、1945年4月25日に米軍情報部員が中国の女性看護士をインタビューした結果、日本陸軍の軍医が毎週金曜日に中国・満洲の慰安所を訪問して、『女性(慰安婦)』たちを対象に定期検診を実施した事が判明した。

 高い花代をとり、医療を受けていた――どう考えてもこれは、性奴隷ではなく、売春婦ではないでしょうか。

 安倍首相が国会答弁で慰安婦問題をめぐる旧日本軍の関与強制性を認めた「河野談話」を継承すると明言してしまいましたが、なぜ? アメリカのご機嫌を損ねないため? お隣の国に冷静になって貰うため? それとも、匙を投げたのですか? 

 ここまで問題が拡大してしまった今となっては、日本人らしい事なかれ主義はどうかと思いますが。それが外国人に通じるとは思えません。

 前掲の記事を読むと、旧日本軍の関与があったことは事実のようですが、「強制性」があったかどうかは、これらの記事からは判断できません。

 問題となっているのは、そこのところなのです。

 本当に「強制性」があったのかどうか、徹底した調査を行って貰いたいものです。そのためには、朝日新聞社長と河野洋平氏の証人喚問が必要でしょう。真実を、日本人の一人としてわたしも知りたい!

 また、ここまで戦争下における日本人の性のあり方が追及されるのであれば、他の国々でも同様の追及がなされるべきではないでしょうか? 

 過去に戦争を行った全ての国において、日本と同様の追及がなされるというのも、性の健全化のためにはよいかもしれません。世界中で、残虐なレイプ事件が後を絶ちませんから。

 そして、旧日本軍問題を追及している日本のリベラルな方々にお願いしたいことは、今の日本も見てほしいということです。「少女漫画 過激」という検索ワードで当ブログにお見えになる方々が、ひっきりなしなのです。

 このままでは日本の子供たちのすこやかな心身の発達は望めません。これは緊急課題ですので、まずは、ここから追及し、改善してくださるようお願い致します。

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2014年3月16日 (日)

オルダス・ハクスリーについてのメモ

パソコンを立ち上げている時間がないので、携帯から。

神智学の影響を受けたと思われる作家たちを調べ始めてから、最初に神智学協会との関係の深さを印象づけたのはオルダス・ハクスリーだった。『ジョコンダの微笑』にははっきり神智学と出てくるが、他にもあるだろう。

そのことと直接関係があるわけではないが、岩波文庫『恋愛対位法』の解説に、若いハクスリーがミドルトン・マリ(女流作家マンスフィールドの夫君)の下で働いたことがあると書かれていて、驚いた。

マンスフィールドは好きで、彼女の日記や伝記は読んだが、知らなかった。

「恋愛対位法」には様々な著名人のモデルのあることが指摘されている。マリの他にも、作家ロレンス、政治家など。登場人物はかなりの人数。カラーは違うが、豊富な思想的言及からも、バルザックの作品を連想させられる。

ハクスリーの著作を数冊借りてきていたが(「対位法」は持っている)、読めずに返してしまった。

タブッキの研究も続けたいが、今回は時間切れだ。電子書籍を出してしまい、歴史小説に入ろう。いやはや3ヶ月も遅れた。

4月に祐徳稲荷神社に行き、お詣りと取材をする予定なので、それまでに朱子学、陽明学など江戸時代の主だった思想くらい頭にいれ、萬子姫と関わりの深い黄檗宗の本数冊も読破しておかなくては。

知りたいことを心の中で萬子姫のお社の前で尋ねてみたりして……。わたしにとっては深窓の麗人を訪ねるのと同じで、自分の粗野さ加減が気になるところだが、萬子姫クラスの方になると、取り繕ったところで、なにもかもご存じだ。ああ恥ずかしい。

さて、今日ももうこんな時間。時間が圧倒的に足りないが、研究していると、大学時代の旺盛な読書と本の収集に助けられる。

大学時代、あまりに本を読んでいたので、周囲から大学を卒業していないと思われていたりした。まあまあの成績できちんと4年で卒業しただけでなく、就職も出版社の福岡支社に決まっていたのだ。

卒業式にも出ず、消えたのは母が倒れたためだった。

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2014年3月15日 (土)

トーセンソレイユ、準オープン3着、おめでとう!

 ずっと成績がパッとしなかったトーセンソレイユ(牝4歳)でしたが、準オープン「うずしおS」1400mで、3着でした。まずまずです。

 騎手は桜花賞のときのアンドレアシュ・シュタルケ。

 もうこのまま埋没してしまうのではないかと、ハラハラしていましたよ。

 わたしのペガサスにそっくりだと思ったトーセンソレイユ。大好きです。

 ペガサスが出てくる児童小説を書くために乗馬体験してから馬の虜となり、ディープインパクトの過去のレースの動画を見て人生が変わり(?)、半妹のトーセンソレイユの優雅さに心を奪われました。

 何といっても競馬に出る馬は綺麗なので、テレビ、動画での観戦が趣味となりました。賭け事は一切しないので、あくまで観戦するだけです。

 トーセンソレイユの全弟(つまりディープインパクトの半弟)のモンドシャルナ(3歳)も気になっています。お姉さんに似た傾向を示し、ただいま不調です。

 ディープインパクトの娘ハープスター(3歳)も見守っています。2014/4/13(日) 桜花賞――華麗なる女の戦い――に出ます。わくわく。

 それにしても、ディープインパクトの子供は大勢います。何頭いるんでしょう?

 以下は馬が出てくる児童小説です。『マドレーヌとわたし』は全かなと漢字使用版があります。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ④フェルナンド・ペソアの青い哲学的果実

 ③を書いたあと、フェルナンド・ペソア読んでおかなくてはと思い、図書館からフェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』(澤田直訳、平凡ライブラリー780、2013年)を借りた。タブッキ『黒い天使』、『イタリア広場』。『フェルナンド・ペソア最後の三日間』を再度。『ビクトリアス・ポターの生涯』。他は初の歴史小説のための資料として借りた本。

 フェルナンド・ペソア『新編 不穏の書、断章』は神秘主義者の瞑想的断章という趣ではなく、形而上学的思索の断章で編まれた本という印象で、わたしには難しいところがある。しばしば著者の思考を追っていけず、取り残される。わたしの読解力のなさが原因の一つではあろうが、これがペソアの試行錯誤の書でもあるからだと思う。

 タブッキに覚えたのと同じ親しみを期待して、ペソアの本を繙いたのだった。ところが、ペソアの本は見知らぬ思索者の本として存在していた。

 流派の違いをはっきりと感じ、改めてアントニオ・タブッキが神智学という思想、思考法と如何に関係の深い人であるかがわかった気がした。タブッキが神智学協会の会員であったかどうかは知らないが、彼の諸作品は神智学の芳香を放っている。

「神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界」ももう④になってしまった今頃になってだが、神智学をご存知ないかたのために、ライン以下に「はてなキーワード:神智学」から引用しておく。

 タブッキは「インド夜想曲」で、「僕」に、ペソアはグノーシス神秘主義者と公言していた薔薇十字だったといわせている。「インド夜想曲」は小説だが、著者タブッキはペソア研究の第一人者だったそうだから、「僕」の言葉はタブッキのペソア研究から出たものなのだろう。

 解説には、それらしいことは何も書かれていない。わたしは薔薇十字をのぞき見したことがあるだけなので、ペソアの作品が薔薇十字的かどうかはわからない。そこに漂う薫りは少なくとも神智学の薫りではない。「汎神論、アレゴリー的解釈法、折衷主義、直接の体験によって真理を知ろうとする神秘主義」といった神智学の特徴が見出せない。

 ペソアはひじょうに真摯な、形而上学的思索者というほうがぴったりくる気がする。

 グノーシスの定義は難しいようだが、グノーシス主義の特徴は二元論だといわれる。ペソアは二元論的である。が、神秘主義者といわれても、わたしにはどこがそうなのかがわからない。

 ウマル・ハイヤームの詩が引用されているせいで、連想が働くのかも知れないが、イスラム思想の影響がある気がする。わたしは大学時代、ハイヤームにも惹かれた時期があったが、ペルシャの神秘主義的詩人ルーミーの『ルーミー語録』を読み、イスラム神秘主義[スーフィズム]の高級感ある世界に驚嘆した。

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 しかしペソアは、ルーミーの洗練の極みのような陶酔の境地からも、ハイヤームの虚無的完成度からも遠く、近代的な、そして過渡的な青臭さがあって、陶酔しかけては用心して覚め、虚無に徹するには躊躇があるといった風ではないだろうか。

 タブッキが描いたようなペソア像――ペソアの創作した群像というべきか――は、わたしはちょっと違うという気がある。タブッキのペソア像は、すこやかに神秘主義を呼吸していたタブッキ自身の投影、ヴァリエーションとしか思えない。

『新編 不穏の書、断章』には印象的な断章が多く存在する。わたし好みの――引っかかる部分も含まれるのだが――独特の禁欲的な美しさを帯びた断章を以下に抜き書きしておきたい。

P249
 私たちひとりひとりが小さな社会なのだ。少なくともこの地区の生活を優雅で卓越したものにしなければならないし、われらの感覚の祝祭を抑制し、われらの思考の祝祭を簡素で礼儀正しいものとしなければならない。周囲では、別の魂たちが、貧しく汚い地区を建設することもあるだろう。どこからがわれらの地区なのか、その境界をはっきりと標し、われらが高い建物の外壁から、遠慮深い秘密の部屋まで、すべてが高貴で、静謐であり、簡素に彫刻をほどこされ、すべてが物静かで、目立たないようにしよう。こうして、愛は、愛の夢の影となり、青白く、月に照らされた二つのさざ波の、波頭のIあいだのさざめきのようになる。欲望は無用で攻撃性のない、魂が自分とだけ交わす優しい笑顔のようにしよう。そして、魂はけっして実現を夢見ることも、自分に言って聞かせることもないようにする。捕らえた蛇のように憎悪を眠らせ、恐怖には、視線の奥底、われらの魂のなかの視線の苦悩以外の表現を控えるようにさせること。これこそ唯一、美学に反さない態度だ。

P308-309
 私は、肘をついてぼんやりと座っていた机から立ち上がる。私はこれらの不揃いな印象を自分に語って楽しんだ。私は身を起こし、窓のところへ行く。窓からは屋根が見え、沈黙がゆっくりと始まるなかで、眠りにつく街が見える。月は大きくて、ほんとうに真っ白で、家並みの微妙な違いに悲しく光を当てている。そして、月の光は、その氷のような白さで、世界の神秘全体を照らしているかのようだ。それはすべてを示しているように見える。だが、すべては偽の光と、まやかしの間隔(インターヴァル)と、不合理な高低差と、目に見えるものの不整合性からなる影にすぎない。風ひとつなく、神秘が増したように思われる。私は抽象的な思考に嘔吐感を覚える。私自身の啓示であり、なにかの啓示であるような文を、私はけっして書くことはないだろう。薄い雲が月の上を、隠れ家のように、ぼんやりと漂っている。私は、これらの屋根と同様、なにも知らない。私は、自然全体と同じように、座礁してしまったのだ

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2014年3月14日 (金)

地震にびっくり

2時07分ごろ、瀬戸内海西部の伊予灘を震源とする強い地震がありました。愛媛県西予市で震度5強。

大分県は横に長いので、強いところで震度5弱、弱いところで3。大分市は4。

うちは、頭を振ってバランスを取る古い型のマンションの上のほうに住んでいるので、震度4くらいでも結構ゆれ、飛び起きました。

家族に声をかけ、玄関ドアを開けると、両隣さんも顔を出しました。なぜか地震のときに顔を出すのはこの3軒。ゆれで目が覚めた瞬間、南海トラフか、と思いましたが、すぐにゆれが治まったので、それはなさそうだと思いました。

これが下の階で火災があった昨年は、誰も顔を出さず、馬鹿に静かで、既に黒煙がひろがっていて視界が悪かったので、うちだけ逃げ遅れたのだと思い、階段で下りたのですが、その時点ではまだ皆、中にいたのでした。

助け合おうにも、何かあったときの状況がわかりにくいので、難しいですね。

九州人は台風には慣れていますが、地震には慣れていません。

本棚から、ハムスターの写真立て、コミック、文庫本、紙の束が派手に落ちて、散らかりました。地球儀から地球が転がり落ちました。

避難バッグを大、中、小、用意していますが、避難時には玄関に置いた小を持っていくのが精一杯かも。今日の地震時には、この小と、普段使っているショルダーバッグを持って逃げようとしました。

大、中、小のバッグに必要なものを分散して入れているのですが(水と食料とライトはどれにも入っています)、家族全員にリュックを用意して、それぞれが3日過ごすのに必要なものを厳選して用意しておくべきかもしれません。

とりあえず、小の中身をチェック。

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上のラジオは、コンパクトでライトも点きます。単3電池を2本使いますが、切れていたので取り替えました。リチウム電池に切り換えることもできます。切れた時のためにスペアの単3電池も入れていたのですが、これも取り替えが必要でした。

下のライト(Gatera フレキシブルLEDライト) はアウトドア用だと思いますが、わたしは気に入って防災用にしています。

高輝度白色LEDが3灯同時に点灯し、緊急時の危険を赤色光で知らせる赤色灯に切り換えることもできます。さらに、テレスコープ、ホイッスル、コンパス、ナイフ、ノコギリ、栓抜き&マイナスドライバーを装備。

これは単4電池3本使用します。10年持つ電池を入れておいたので、まだ使えますが、スペアは新しいものに取り替えておこうと思います。

ペット水2本。1本は取り替え時期でした。カロリーメイトはまだ持ちますが、取り替えておこうかな。以下の羊羹が人気みたいですね。これにしようかしら。

ひじょうにコンパクトで評判もいいようなので、以下のグッズも加えておこうかと考えています。

「軍手とタオルの圧縮セット」。タオルのかさばるのが問題だったので。これだと小に、人数分入るかも。

以下の「サバイバルシート(防寒・保温シート)5枚パック」もよさそうです。これも大変コンパクトだそう。

洗顔石鹸も使用期限が切れていました。こうしたものは旅行用や試供品などを入れてきたのですが、保湿クリームは最近よさが見直されている、リーズナブルなニベアのチューブ入りを入れておこうと思います。

確かにニベアは、化粧水を使った上から塗れば、ドクターシーラボの保湿クリームと似た使い心地。これは普段づかいの話ですが、優れものニベアはヘアクリームにもできるし、家具を磨くのにもいいんですって!

カットバン、ガーゼハンカチ、フェイスタオル、携帯用の裁縫道具、ウェットティッシュ、ティッシュ、マスク、使い捨て歯ブラシ3本。ポリ袋、財布(小銭を含む少額のお金)。クスリ。生理用品(わたしはたぶんもう必要ないです)。

小は、これでいっぱいです。中、大にはランタン、軍手、サランラップ、アルミホテル、レジャー用食器、家族全員の下着・レインコート、ドライシャンプーなど、あれこれ入っているのですが、やはり見直しが必要かなあ。

昨年の下の階の火災時、前日に見えた警告の黒ずんだ黄色い点(過去記事参照)のようなものは、今日の地震時には何も見ませんでした。

夢は色々と見ますけれど、多くは単に不安から見る夢でしょうね。夢の中で、某国の爆撃機が九州の某市に現れたりとかね。

以下の童話には、火事からおばあさんを救い出すメリーゴーランドの木馬が出てきます。サンプルをダウンロードできます。

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2014年3月12日 (水)

神智学に満ちているアントニオ・タブッキの世界 ③「フェルナンド・ペソア最後の三日間」

 アントニオ・タブッキ『フェルナンド・ペソア最後の三日間』(和田忠彦訳、青土社、1997年)を読んでいた。

 タブッキは、実在した詩人ペソアの最後の三日間をモチーフに描いている。ペソアの作品要素を巧みに採り入れたペソア解釈ともなっているようだ。とすると、『夢のなかの夢』と似た構成になっている。

 しかし、わたしが読みながら驚いたのは、この本が純良100%の神智学の本だということである。ごく普通の幻想小説としても読めるところが――一般人ならそのような読み方だろうし、勿論それで構わないのだろう――この作品の優れたところだ。

 本をちょっと開いてみただけでも目につく、というより全部だ。神秘主義は単なる知識ではなく、思想を呼吸することだから、当然とはいえ……月並みな表現だが、すばらしいの一言に尽きる。

 今は解説をするゆとりがないが、いずれタブッキについてはまとまった長さの――150枚くらいは――評論を書きたいと思っている。娘につき合って観ているイタリア語講座は、いずれ書くそのときのためにも……。

 以下はタブッキをご存知ない方のために、ウィキペディア「アントニオ・タブッキ」ページへのリンク。

アントニオ・タブッキ:Wikipedia

 しかし、この解説にはタブッキの作品に特徴的な神智学に関する情報が欠けている。邦訳書の解説全てもそう。

 タブッキの心酔したペソアが薔薇十字だったという情報もない。邦訳書の解説全てもまたそう。

 前にも書いたことだが、よくここまで無視できるものだと呆れるほかない。

 神秘主義を長い間、否定、蔑視、無視、抹殺、抑圧してきたリベラル(中道左派)系人々が意識的に行っていることなのか、無意識的に、あるものもないことにしてしまうのかはわからない。

 リベラルといえば恰好よく聴こえるが、要するに本質は幼稚な唯物論ということだ。幼稚というのは、神秘主義もまたその本質は唯物論であることからなされた、神秘主義側からの区別である(参照)。

 以下の引用は、神智学協会を設立したブラヴァツキーの思想の正統な継承者と目されてきたレーリッヒ夫妻のうち妻エレナ・レーリッヒの著書『新時代の共同体』(日本アグニ・ヨガ協会、平成5年)の用語解説より。

唯物論 近代の唯物論は精神的な現象を二次的なものと見なし肉体感覚の対象以外の存在をすべて否定する傾向があるが、それに対して、古代思想につながる「霊的な意味での唯物論」(本書123)は、宇宙の根本物質には様々な等級があることを認め、肉体感覚で認識できない精妙な物質の法則と現象を研究する。近代の唯物論は、紛れもない物質現象を偏見のために否定無視するので、「幼稚な唯物論」(121)と呼ばれる。「物質」の項参照。

物質 質料、プラクリティ、宇宙の素材。「宇宙の母即ちあらゆる存在の大物質がなければ、生命もなく、霊の表現もあり得ない。霊と物質を正反対のものと見なすことにより、物質は劣等なものという狂信的な考えが無知な者たちの意識に根づいてきた。だが本当は、霊と物質は一体である。物質のない霊は存在しないし、物質は霊の結晶化にすぎない。顕現宇宙は目に見えるものも、最高のものから最低のものまで、輝かしい物質の無限の面を私たちに示してくれる。物質がなければ、生命もない」。(『手紙Ⅰ』373頁)

 バランス感覚から出たと思えるタブッキの政治的行動と日本のリベラル――進歩的文化人というべきか。今や退歩的文化人といったほうがいいかもしれないが――との違い。

 豊かな内面性を保持したまま行動するタブッキと、群れる以外は大して有益な政治活動を行うわけでもないのに、イデオロギーに染まって内面性の干からびた人々。

 尤も、日本人が昔からこうだったわけではない。大正から昭和にかけて活躍した文化人が書き残したものを読むと、戦後の文化人の知的、精神的な衰退ぶりがよくわかる。

 反日勢力と見分けがつかなかったり、既得権益に群がっているようにしか見えなかったりする。大正から昭和にかけて活躍した文化人は独自の哲学を持ち、精神的に屹立していた。誇らしげな日本人であって、何かにコントロールされている風ではなかった。

 美しい訳でタブッキの作品が読めることは本当にありがたい。

 それでも、作品を専門的に見ていくとなると、タブッキ、ペソアを神秘主義との関係性の中で読み解く必要があることは、タブッキの「インド夜想曲」からも明らかだ。

 以下は、アントニオ・タブッキ『インド夜想曲』(須賀敦子訳、白水社、2013年)からの引用。彼、というのは作品の中ではマドラス(現チェンナイ)にある神智学協会の会長という設定。

P76
 彼は目をあけ、悪意、でなければ皮肉をこめて、僕を見た。「あなたの好奇心はどの辺りまでですか」

「スウェーデンボルク」僕は言った。「シェリング、アニー・ベザント。すべて少々かじっただけです」彼が興味を示したのをみて、僕はつづけた。「でも、間接的に知った人もあります。たとえば、アニー・ベザントがそうです。フェルナンド・ペソアが彼女の書いたものを訳したからです。ペソアはポルトガルの大詩人で、一九三五年に、無名のまま死にました」
「ペソア」彼が言った。「そうね」
「ご存じですか」僕はたずねた。
「ちょっとだけ」会長は言った。「あなたがかじったとおっしゃったぐらいです」
「ペソアは自分がグノーシス神秘主義者だと公言していました」僕は言った。「薔薇十字だったんです。Passos da Cruz[十字架の道]という秘教的な詩集の著者です」

 小説の中の「僕」は、フェルナンド・ペソアの訳したアニー・ベザント(神智学協会第二代会長)の著書を通してベザントを知った。ペソアはグノーシス神秘主義者と公言していた薔薇十字だった。

 近代以降の西洋における神秘主義御三家は、薔薇十字、フリーメイソン、神智学で、これらは姉妹関係にあるといってもよく、共有している知識は多いだろうから、薔薇十字であるペソアが神智学の著書を訳したとしても、何の不思議もない。

 わたしは薔薇十字であったらしいバルザックの著書を読んでいると、作品に散りばめられた神秘主義的な言葉やムードのため、なつかしい気持ちでいっぱいになる。

 それにしても、小説に登場する神智学協会の会長は何とも思わせぶりでありながら、そっけない。

「インド夜想曲」をまだ充分に読んでいないせいか、この会長はいささか癇に障る、妙な人物としてわたしの記憶に留まっている。「インド夜想曲」はあとで改めて採り上げたい。

 神智学色の濃い、目についた文章を以下にメモしておこう。

 図書館から借りているというのが少々辛い。手に入れたくても、中古しかない。文庫版がどこからか出ないかしら。

P60-61
アントニオ・モーラは狂人、少なくとも公には狂人です。しかし頭脳明晰な狂人で、異教とキリスト教について多くの考察をしました。
〔……〕
わたしに多くのことを語りました。まず初めに、神々が戻ってくるだろうということ、なぜなら唯一の魂、唯一の神といういうこの物語は歴史の周期の中で終わりかけているかりそめのものだから、と話しました。そして神々が戻ってくるとき、われわれは魂のこの唯一性を失い、われわれの魂は自然の望むままに再び複数になるだろうと。

P87
わたしたちが人生と名付けているイメージのこの舞台を後にする時間です。わたしが心の眼鏡を通して見たことをあなたに分かってもらえたなら。
〔……〕
そして、わたしは男、女、老人、少女でした、西洋のいくつもの首都の大通りの群衆であり、わたしたちがその落ち着きと思慮深さをうらやむ東洋の平静なブッダでした。わたしは自分自身であり、また他人、わたしがなり得たすべての他人でした。

P88
わたしの人生を生きるということは、千もの人生を生きることでした。わたしは疲れています。わたしのろうそくは尽き果てました。お願いします、わたしの眼鏡をとってください。

「わたしの眼鏡をとってください」から作品は終曲に入るのだが、この終曲がまた圧巻。古代アレクサンドリアの神智学派(フィラレーテイアン派)の香気さえ漂う――。

P88-89
 アントニオ・モーラはチュニックを正した。かれの中ではプロメテウスが急き立てていた。ああ、と叫んだ。神なる天空よ、軽快な疾風よ、河川の源よ、海の波頭の数知れぬ微笑みよ、大地よ、宇宙の母よ、あなたがたをわれは呼び出そう、そしてすべてを見ている太陽球よ、われが耐えているものをご覧あれ。
 ペソアはため息をついた。アントニオ・モーラはナイトテーブルから眼鏡をとってかれの顔にのせてやった。ペソアは目を見開き、その手はシーツの上で動きを止めた。ちょうど二十時三十分だった。

 キリスト教作家とはよくいわれるが、神智学作家とはわたしが初めて使うのではないだろうか。タブッキはまぎれもない神智学作家だが、そのような分類は一笑に付されるだろうか。しかし、タブッキを深く理解したい、研究したいと思えば、必要なことではないかと思う。

 神秘主義の世界に布教されて入ることなどまずありえず、思い出すようにして、なつかしさから入ってしまうほかないが、その神秘主義世界の原理原則、言葉、イメージを、タブッキは万華鏡のように作品に散りばめている。

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2014年3月10日 (月)

夢見るようなデコウォッチ

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 壊れてしまった娘のデコウォッチ。博多に行ったときにレイメイで買ったものでした。

 とってもリーズナブルなお値段なのに、凝っていて、なかなか素敵です。つけていると毎日が夢見るよう……と娘がいったわけではありませんが、娘はとても気に入っていました。電池を替え、バンドを替えて、5年は使っていました。

 街中で同じようなものがないか、探していましたが、見つからなかったので、ネットで探してみたところありました。

 わたしが馬、馬いうので、娘も馬が気になるようになり、アナスイの馬のペンダントを買ったり、今回も、馬ではなく一角獣ですが、その一角獣に月を配したものが気に入った娘。さっそく注文していました。

 これまでに使っていた時計よりさらにお安くて、ちゃんと動くのかちょっと心配になるほどですが、通常配送無料でこのお値段ですと、失敗したとしても諦めがつきますね。

 届いた腕時計を見たら、わたしもほしくなるかもしれませんが、さすがにこの年ではね。鑑賞するに留めておきましょう。

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めまい、動悸、胸の苦しさに、ニトロペン1錠

めまい、動悸、胸の苦しさに、ニトロペン1錠

昨日の朝は最悪のコンディションだったが、ミオコールスプレーを使ったあと、昼間はまあまあだった。

家事を集中して行っていた夕方から夜にかけて、めまい、動悸に悩まされた。

サンリズムを服用する前に似ており、サンリズムを服用する前がどんなだったかを思い出した。満足に家事もできないほどのめまい。よくあれで、家事をこなしていたものだ。

インデラルを飲む前の30代となると、思い出したくもない頻脈の苦しさだった。

若かったから耐えられたのだと思う。そして、わたしのような(優秀な? ハハハ……)女性だったからこそ、今日までやってこられたのだと思うのだ。今初めて、そう思う。笑う?

だって、普通の人なら、昨日なんか大騒ぎしていたと思うな。うちは、わたしがいわないと誰も気づかない。うまく病んできたつもりだけど、この点ではその逆かもね。家族の協力を仰ぐ能力のないおバカなのではなかろうか。

深夜、めまい、動悸に加えて胸が苦しくなったので、ミオコールスプレーではなく、久しぶりに最近携帯用に出していただいたニトロペンを舌下してみた(図書館から借りたタブッキの本にのせてみた)。

ミオコールスプレーより穏やかな効き方だが、胸の苦しさ、めまい、動悸は消えた。

尤も、体を動かしたらどうなるか、わからない。

今回のことではっきりしたが、だるさ、尿量の減少が出現したときは要注意だ。

その時点でニトロを使ってみるほうがいいと思うが、いつも後の祭りで、そのときはつい様子を見てしまう。

体調が悪くなっているせいで、いつもの判断力が働かなくなるのかも(?)。

今回はもうこれで大丈夫だと思うけれど、まだ用心していよう。

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2014年3月 9日 (日)

胸の苦しさ、湧き出る痰に、スプレー1回

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ミオコールスプレーを1噴霧してから半時間以上経過した。

寝ていたら、息苦しさと痰の詰まりで目が覚めた。仰向けになると苦しさが増すので、うつぶせになった。

それでも苦しいので、起き上がり、湧き出てくる痰の処理に追われた。次々に湧いてくる痰のために、まだ沢山あったティッシュの箱が空になったほどだった。痰に溺れそうだったわ。

冠攣縮性狭心症の発作というよりも、以前かかっていた先生から鬱血性心不全といわれたときの症状に似ている。

といっても、今の先生からいわれたことはない。心不全なんて、そんな、大丈夫だよ~とおっしゃる。前にかかっていた何人もの先生に鬱血性心不全といわれていたので、服用する薬が増え、症状が変化したとはいえ、軽度の心不全症状も自分に時折出ないとは信じられない。

先生はよく「Nさんはいつも元気だね~!」とおっしゃり、わたしは先生から医学のことは何もわからないおバカと思われている節があるのだ。こんな不調をいえば、先生はまた不機嫌になられ、ため息をつかれる可能性大。

前回の受診では糖尿病の心配も出てきて、先生はそれにも思わずため息をつかれた。嫌みな感じは少しもなく、心労が溜まって思わず、という感じなので、心苦しくなる。でも、先生、先生のほうこそメンタルのほうは大丈夫なの? 患者は無知で具合が悪くて当たり前な存在なのよ。ドクターを困らせる有害動物で当たり前なのよ(?)。優秀な先生で患者数が多いだけに、心労が溜まりやすいのかも。治療効果の上がらない患者ですみません。

頻脈を抑えるのに使っているインデラルには心不全の副作用が出ることがあり(喘息も)、軽度だが、心臓弁膜症(三尖弁、僧帽弁)もある。

何しろ昨日から尿の出が悪く、排尿してもおしっこした気がしなくて、気持ちが悪かった。胸の苦しさもいくらかあり、それに最近確か、物凄くだるいことがあった。

これが冠攣縮性狭心症の発作だとしたら、当然ミオコールスプレーは効くはずだし、心不全にも有効なようだ。今の先生も、冠攣縮性狭心症の症状とはわかりにくいこともあるので、何かあったらニトロを使ってみるようにいわれる。

何より、これまでにこの症状に使って悪かった試しはなかった経験から、迷わず噴霧。

スプレー後、左の肩から胸に回り込む感じで涼しくなり(血の巡りがよくなり? これって冠攣縮性狭心症の発作だったってこと?)、呼吸が楽になって、痰も出なくなって、ティッシュが不要になった。

これ空になったティッシュの箱ね。

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記事を書く間に、また痰が出て来て、新しいティッシュの箱を空け、2度使ったが、こんなものではなかった。片手で使いながらもう片手で新しいティッシュを引っ張り出さなければならなかったほど。トイレか洗面所に行くほうが早いと思ったが、行く暇がなかった(?)。

何にしても、呼吸が楽になり、痰もほとんど出なくなって、ニトロ様々だわ。

以下は、リンクフリーと表示してあった「おくすり110番」から。携帯版もあり、便利なお薬情報サイトで、わたしはお世話になっている。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

おくすり110番
http://www.jah.ne.jp/~kako/

 ニトログリセリン(外用)/ミオコールスプレー0.3mg

 【薬理】

  • 冠循環改善作用..〔略〕
  • 末梢血管拡張作用..体全体の末梢の血管を広げて、心臓の負担を軽くします。心不全の症状をとるのに有効です。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

狭心症の治療に用いる冠動脈拡張薬アイトロール20mgの薬理にも、同じようなことが書かれている。(→ここ) わたしはこれのジェネリック、硝酸イソソルビド錠20mg「タイヨー」を毎日服用している。

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楽になるのを待ちながらゆっくり記事を書いていたので、1時間もかかったが、その間、新しいティッシュはご覧の通り、2度使っただけ。まだたっぷりあるの。

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2014年3月 8日 (土)

今度出す電子本『気まぐれに…』はわたしには鬼門。ピュタゴラス。

 電子書籍『気まぐれに芥川賞受賞作品を読む ①2007 - 2012(Collected Essays 2)』の巻末につける広告を作成したついでに(?)、電子書籍一覧を更新した。

 あとは目次をつけて、校正に念を入れればKDPに提出できるが、この本の作成はまるで鬼門に当たるみたいに気が重く、この本の作業に入ってから、電子書籍の出版が滞った。

 初の歴史小説に取り組んでいることも一因ではあるだろうが、わたしはこの本を作成するために改めて当ブログに書いた芥川賞受賞作品のレビューや文学界に関するエッセーを読み直した。

 その過程で、日本の文学界の未来像を想い描くことが全くできなくなった。

 そして、三島由紀夫や江藤淳の自殺の意味が生々しく迫ってくるようにすらなった。彼らは国家に殉じたのだ。それは確かだ。彼らの死は風化していってしまうのだろうか。

 また、最近、以下の記事を書くために、レビューや知恵袋などを閲覧した。

 サリンジャーの作品が難しいと訴える、若いと想像される人々の文章を読み、これも結構衝撃だった。

 サリンジャーの作品には求道的な深刻さがあるが、大学(福岡大学文芸部)時代、わたしも仲間も半分は娯楽気分で読んだように思う。

 しかし、改めて考えると、サリンジャーの本を読むには西洋思想、東洋思想(ヨガなど)の知識がある程度は必要で、そのあたりが欠落していると、読んでいてもぴんと来ないだろうし、読み終わっても、まるで読まなかったようなおかしな気分に襲われてしまうこともありえると思う。

 日本人の読解力が低下し、歴史、思想、文学などの教養に乏しくなったことは芥川賞受賞作品を読んでもわかるのだが、その自覚が彼らにあるのか、どうか。

 インターネットの普及で断片的な知識をあれこれ持っている人は多いのだろうが、重厚な思想書や文学書をまるごと読む人はわずかになったのではないだろうか。

 江藤淳についてはいつか評論を書いて、『三田文学新人賞』に出したいと考えているが、編集長の交替でカラーも変わるだろう。その変わり方によっては、その気がなくなるかもしれない。そういえば、まだ会費を送っていなかった!

 神智学協会ニッポン・ロッジからも会長選挙の選挙用紙が送られてきているのだが(ありがたいことに、ニッポン・ロッジで翻訳がつけられていた)、まだ送っていない。うーん、どちらの候補者がいいのだろう?

 お一人はフリーメーソンの会員でもあるそうな。フリーメイソンについて、日本ではまことしやかに色々なことがいわれているけれど、バッカみたい。

 キリスト教の教義には古色蒼然、荒唐無稽なところがあり、科学精神やキリスト教以前の文明を否定するので、いくら西洋人といっても、まともな知性の持ち主にはとてもやっていられないに違いない。

 一方、神秘主義には伝統が息づいており、神秘主義の辞書に「神秘」という言葉はなく、科学的であることが基本姿勢なので、神秘主義に逃げ出す人が多くても、何の不思議もない

 わたしは若い頃、キリスト教に接近して逃げ出した。イエスの言葉がどう読んでもすばらしいだけでなく、イエスには伝統の薫りがあるとわたしは感じたので、別の経路でイエスに、というよりイエスから薫る伝統的な思想に接近することも可能だと当時のわたしは考えたのだった。

 わたしも昔の西洋に生まれていたとしたら、迫害や誹謗中傷される危険があったとしても、地下に潜ってでも神秘主義の本を読んだり、研究をしたりしたに違いない。

 今の西洋で神秘主義御三家は、薔薇十字、フリーメイソン、神智学で、これらは姉妹関係にあるといってもよい。同じ原理原則、知識を共有しているから。そして西洋の神秘主義は東洋思想に似ている。

 これら西洋の神秘主義はピュタゴラス抜きでは語れない。

 サモス島(ギリシアの島)で生まれ、イタリアのクロトンで学派(教団)を形成したピュタゴラス(古代ギリシアの数学者、哲学者として有名)は、輪廻転生を説いた。

 ピュタゴラス学派に影響を与えたといわれるオルペウス教だが、オルペウスは北方シャーマニズムの文化からギリシア世界に入ったものと考えられている(参照:イアンブリコス『ピュタゴラス伝』、ポルピュリオス『ピュタゴラス伝』)。

 あれこれ検索していたら、神智学関係の動画が海外から結構アップされていた。

 何にしても早く電子書籍を出して、次へ進まなくては。この本は、とにかくわたしには鬼門だ。

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2014年3月 7日 (金)

児童小説『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

児童小説『すみれ色の帽子』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

2月27日ごろ、お買い上げいただいたようです。

『すみれ色の帽子』にも登場する瞳、紘平、翔太が活躍する『不思議な接着剤』は、冒険に入る前の150枚くらいで中断したきりなのですが、放置しているわけではなく、時々Notes:不思議な接着剤にメモを加えながら、水面下では物語が成長を続けています。現在取り組んでいる歴史小説のあとで、執筆を再開することになります。

『すみれ色の帽子』を有料でお買い上げいただいたのは3冊目、Kindleオーナー ライブラリーでお借りいただいたのは1冊です。

無料キャンペーンは、わたしの本の場合、メリットにはつながりにくい気がするので、行わないことにしました。

 多くの方々に読んでいただければという思いから無料キャンペーンを行っていましたが、その結果、本来はわたしの本などには関心を持たないタイプの人々による、とりあえずのダウンロードを招き、本が雑に扱われる様子が透けて見えてしまういくつかの出来事がありました。

 考えてみれば、バナナの叩き売りですら、無料というわけではありませんものね。

サンプルをダウンロードできます。
         ↓

以下の作品を書くためにお試し乗馬体験をしてから、馬が大好きになりました。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

99円の児童書シリーズです。サンプルをダウンロードできます。

     ↓

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2014年3月 6日 (木)

村上春樹訳に置き換えられてしまったサリンジャーの「Franny and Zooey」

 過日、書店で村上春樹訳の『フラニーとズーイ』を目にし、パラパラとめくってみた。カタカナが多用されていてわたしには読みにくく、何のための邦訳だろう、と思わないでもなかった。

 これで、新潮文庫の野崎孝の名訳『フラニーとゾーイー』は村上春樹訳に置き換えられてしまったわけだ。

 わたしの年代(1958年2月生まれ)で、サリンジャーにはまった人は多かったのではないかと思う。

 J・D・サリンジャー:Wikipedia

 1965年に『ハプワース16、1924年』を発表したのを最後に、作品を発表しなくなったサリンジャーだったが、彼がいつ新作を発表するのか、しないのか、サリンジャーの作品の解釈といった話題で、わたしは文芸部の仲間と当時よく議論をした。楽しかった。

 サリンジャーはわたしにとってはまさに青春の書であった。

 発表週間でサリンジャーを採り上げたような気もする。

「ブルー・メロディー」に触発されて、「とても美しい劇」という掌編を書いた。荒地出版社から出ていたJ・H・サリンジャー『サリンジャー選集3 倒錯の森〈短編集Ⅱ〉』に収録されていた一編。

Sa2

Sa1

 今でも、このシリーズをほしい人は結構いそうな気がする。前出の「ブルー・メロディー」なんか、読み返したい人も多いのではないだろうか。

「ブルー・メロディー」に登場するリーダ・ルイーズは、ベッシー・スミスがモデルだといわれていた。わたしは高校時代にジャニス・ジョプリンを発見し、大学時代はジャニス漬けだったが、そのジャニスが影響を受けたベッシー・スミスである。

 どちらの方面からも、ベッシー・スミスは特別なシンガーとしてわたしの中で輝きを放った。以下はウィキペディアより抜粋。

ベッシー・スミス:Wikipedia

主に1920年代から1930年代にかけて活躍。 多大な成功を収め、「ブルースの女帝」とも呼ばれる。「建造物を揺るがす」ほどの圧倒的な声量と芳醇な情感を保つ歌唱力で聴衆を魅了し、偉大なブルース・シンガーとして現代でもその人気と名声は語り継がれている。

近代アメリカのポピュラー音楽史上、彼女の存在は後に活動する多くの歌手たちへジャンルを問わず幅広く巨大な影響を与えている。彼女を尊敬したという歌手にビリー・ホリデイ、マヘリア・ジャクソン、ジャニス・ジョプリン、ノラ・ジョーンズ達が挙げられる。

作品では『セントルイス・ブルース』、『難破ブルース』などの録音が有名である。

彼女自身も作詞および作曲を行い、2006年7月現在日本音楽著作権協会 (JASRAC) には35作品がPD状態として確認、登録されている。

 でも、わたしはベッシー・スミス、ビリー・ホリデイより、オデッタ(Odetta Holmes, 1930年12月31日 - 2008年12月2日)のほうが好きかな。オデッタの歌声の柔らかさ。以下の動画では体調のせいか、もう満足に声が出なくなっているようだけれど。

Odetta at Governor's Island House of the Rising Sun / When I Was A Young Girl
https://www.youtube.com/watch?v=jsV0kTXgYXc

 なぜか第1巻が見当たらない。『サリンジャー選集1 フラニー ズーイー』を新潮文庫版の訳と比べた記憶があるから、持っていたはずだけれど、本棚の奥にあるのか、なくなったのか、少し時間をかけて調べてみなくてはわからない。

 愚作「とても美しい劇」を読み返してみたが、読める。大学1年のときのそれも戯れに書いた初期の作品に当たるのだが、当時読んでくれた――口うるさいはずの?――仲間がそれなりに感じ入ってくれた記憶がある。

 廃版にした『茜の帳』収録の幻想短編「茜の帳」などと一緒に、『初期短編集』というキンドル本を出すのもいいかもしれない。また☆一つ食らいそうだが。

 サリンジャーに関することなら、どんな断片にも目を走らせた。

 そして、わたしは「東洋思想を受容し損なったユダヤ系作家」という位置づけを行ったのちに、サリンジャーを離れた。

 それでも、のちになって出たサリンジャーの伝記、娘さんの告発本(?)もちゃんと読んだ。

 大学時代にはまった頃からサリンジャーの限界が感じられていたのだが、今思えば、あれほど惹きつけられたのはサリンジャーの真摯さが嫌でも伝わってきたからだろう。

 深淵をのぞき込まされるような、あの真摯さが村上春樹にはない。だから、春樹がどうしても好きになれないのかもしれない。

「ブルー・メロディー」には手を出してほしくないが、多くの人に読んでほしいというサリンジャーの一ファンとしての思いはある。願わくは、同じ訳でなければ、春樹以外の優秀な翻訳家の訳で。

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2014年3月 5日 (水)

日本の子供たちが心身共に危ない!

 サイドバーに当ブログにおける検索ワードランキングを設置しています。このところ「少女漫画 過激」というワードが上位に来ていて、気になっていました。この記事を書く前に確認したところでは2位でした。

 そして、今日は当ブログにおける人気記事ランキングからは洩れていますが、ちょくちょくそこにこのブログを開設した2006年に書いた以下の記事がランキング入りしているのですね。

 そんなことがあまりに続くので、同じワードで検索してみたら、以下のような記事が出て来ました。わたしの記事も上位に出て来ました。

 一方ではよい本を出し、もう一方ではまともな大人であれば愕然とせずには済まないような漫画を出す――これは一体何でしょうか。

 少女漫画の過激さは、わたしが記事を書いたときよりひどくなっているようです。

 日本には作家の会がいくつあるのでしょうか。それら全ての会が団結してこのような漫画を規制するよう政府に働きかければ、このような風潮はもう少しはましになるのではないでしょうか?

 でも、わたしの耳に聴こえるのは「戦争反対」とか「表現の自由」とか外国の子供たちを案じる声ばかりです。

 日本海にミサイルが発射されようが、尖閣や竹島が危機的状況に陥ろうが、彼らは「戦争反対」とそれらの国々に向かってではなく、日本国内に向かっていいます。日本の子供たちの性意識が破壊されようとしているのに、「年とった韓国の従軍慰安婦が可哀想」とばかりいいます。

 もうわたしには、彼らが気違いに見えます。2ちゃんねるには、それよりずっとましな書き込みが沢山あります。

 勿論、日本の出版社からはすばらしい本が沢山出版されていて、良心的な出版社のほうが多いとは思いますが、そうしたよき影響力を消してしまうような好ましくない本もまた沢山出版されているという現状があります。

 いろいろと検索していたら、わたしの過去記事からの引用がなされている記事が出て来ました。勉強になる部分があったので、以下に転載――転載の転載となります――させていただきます。

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児童文学は左翼の洞窟(渡部亮次郎氏のメルマガより転載)
2013/10/12(土) 午後 11:39

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児童文学は左翼の巣窟か

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      平井 修一

歯医者へ行ったら「絵本のある子育て」(童話館、川端強代表)という小冊子があったのでもらってきた。調べると童話館は会員向けに絵本の定期配本と出版をしているが、「子どもを暴力から守るCAP」(Child AssaultPrevention)の推進活動もしている。CAPとはなにか。CAPセンターJAPANのサイトによると、「子どもへの暴力防止プログラム」の普及をしているNPOである。米国発祥のCAPを日本に紹介したのはジェンダーフリー的な人権活動家の森田ゆりで、彼女は童話館からも本を出している。
童話館は「童話館基金」も運営しており、イラクの小児科病院を支援している。
<イラクでは、湾岸戦争とイラク戦争で、アメリカ軍によって使用された劣化ウラン弾の影響と考えられる、白血病や小児がんが急増しています。医療事情は極度に困窮したままで、童話館基金は、小児がんに苦しむイラクの子どもたちを支えるため毎月、医薬品の支援を続けています。劣化ウラン弾とイラクの子どもたちについて知ってもらう本『戦火の爪あとに生きる』を出版しています>
この本の著者は佐藤真紀(男)で、JIM-NET(NPO日本イラク医療支援ネットワーク)事務局長でもある。JIM-NETには日本国際ボランティアセンター(JVC)も加盟しており、佐藤が懇意にしている谷山博史JVC代表は“イラクの三バカ”高遠菜穂子などと「9条世界会議」を呼びかけた人である。
童話館の川端代表はこれらのオオエ真理教的な人々と親しいのだろう。
「絵本の専門店」という枠にとどまっていればいいのにと思うのだが、児童書籍専門店「クレヨンハウス」を経営している落合恵子も反日屋であり、絵本や童話にかかわる児童文学界の人々は容共左派的な傾向があるのだろうか。
作家の直塚万季がブログに「瀕死の児童文学界」と題してこう書いている。
<今の日本の児童文学界は日本の中の共産自治区ともいうべき、特殊な社会を形成しています。驚くべきことですが、日本の中に共産圏が存在するのですよ。
共産主義が悪いとはいいません。日本では言論の自由が存在するのですから。しかし、それが児童文学という日本文化の一分野を占拠してしまうとなると、大いに問題ではないでしょうか。
一派を形成するのであれば、いいのです。色々な派がある中の一派として存在するのであれば。でも、明らかにそうではなくなっています。いつからそうなのかは知りません。日本のメディアは中国、朝鮮、左翼にのっとられている……と警告するサイトを沢山見かけるようになりましたが、それは本当だと思いますよ。
特に、子供の世界が危ないと思います。荒れるはずです。日本児童文学共産圏には陰湿なところがあるように感じます。そこで書くしかない人々には鬱憤が溜まっており、仲良しごっこの陰には自由行動を許さない雰囲気があります。子供たちのいじめ合いはその反映にすぎません>
日本児童文学者協会(児文協、930名)というのがある。児童文学の作家や評論家、研究者などからなり、敗戦の翌年、1946(昭和21)年に設立された。綱領の「民主主義的な児童文学を創造し普及する」に示されているように「児童文学運動団体」である。
現在の会長は丘修三で、「九条の会」傘下の「子どもの本・九条の会」代表団員も務めている。そのサイトには「この会は、子どもたちのいのちと平和を脅かす九条改憲に反対の意志を表明し、その輪を広げていくことを目的としています。子どもの本に関わる人たちによって構成されています」とあり、もろにオオエ真理教だ。
児文協の左翼的傾向に馴染まず叩き出された人々が浜田広介を初代理事長として1955年に設立したのが日本児童文芸家協会で、「児童文芸を職能とするものの集まりで、健全な児童文芸の創造発展につとめ、社会文化の向上に寄与することを目的」としている。イデオロギー抜きの職能団体なのだろう。
ちなみに浜田広介を「古い児童文学」として否定、批判した急先鋒は鳥越信と古田足日だった。
鳥越信(しん)は早稲田大学国文科卒業後、岩波書店編集部に勤務。「子どもの本・九条の会」代表団員を務めていた。浜田らを「未来への展望がない」として批判、古田足日(たるひ)とともに「少年文学宣言」を起草し、読書感想文指定図書による共産党の児童文学支配の時代を開いたが、作家・大学教授の宮崎芳彦は鳥越を共産党員と断定し批判している。
古田足日は早稲田大学文学部中退。鳥越と同じく「子どもの本・九条の会」代表団員を務めた。
戦後の60余年で官民によるすさまじい反日ネットワークができ上がっている。「子どもを暴力から守るCAP」には「赤い羽根」「年末助けいあい」の中央共同募金会から金が流れている。CAPの教祖的存在の森田ゆりは2004年にこう言っている。
<「備え有れば憂い無し」と小泉首相は有事法制を成立させました。しかし現実は「備えれば憂い有り」です。自衛隊をイラクへ派遣し、有事法制を備えたことで日本は国際テロ攻撃の主要ターゲット国となりました。新幹線や原発爆破がいつ起きてもおかしくない状況です>
国防をハナから否定して無防備になれというオオエ真理教の反日集団に我々の寄付金が使われている。小生は町内会の命令で今日、共同募金を集め終わったが、今年から小生自身は寄付を止めた。孫への絵本も読書感想文指定図書は買わない。小さな「NO!」が大きな声になればいいのだが。
(2013/10/8)  (転載終り)

*最近の「はだしのゲン」事件を見るにつけても、とんでもないところで左翼の売国運動が増殖してゐた。
例の女子中学生コンクリート詰め殺人事件の犯人であった中学生(両親とも共産党員)は、このマンガを読んでゐたことが指摘されてゐる。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

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拙エキサイトブログのタイトルを変更しました

 お知らせです。

 拙エキサイトブログのタイトルを、「出版にむけてカウントダウン」から「物にならない物書きの洒落にならない日々」に変更しました。

 変更前のタイトルでエキサイトブログを作ったときは、まだ文学界を信じている自分がありました。そのときからそう年月が過ぎ去ったというわけでもないのに、そんな気持ちはもはやほとんど残ってはいません。

 今わたしの中にあるのは、このままでは確実に日本の文学が駄目になる、という危機感のみです。 

 ブログの内容も、単行本の出版を目指したものから、「2012年から電子書籍の作成・販売、2014年から動画の作成を始めました。それに関する情報をお伝えします」というものに変わりました。

 できれば、次の記事も読んでください。

 
 
 

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胸の圧迫感にスプレー1回

胸の圧迫感にスプレー1回

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2014年3月 4日 (火)

胸の圧迫感にスプレー1 回

胸の圧迫感にスプレー1回

やはりニトロは狭心症患者――わたしの場合は冠攣縮性――にとっては、魔法の薬。

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2014年3月 3日 (月)

国会中継中(参院予算委)

自由民主党、山谷えり子氏の質疑が終わったところだが、山谷氏の話によると、道徳教育用教材『私たちの道徳』が充実しているらしい。

時間があるときに調べて、改めて記事にしたい。

ちなみに、現在31歳になる娘が小学生のとき、週に1回行われた道徳の授業ではずっと狭山事件のことだったらしい。

高学年のときの話かと思ったら、高学年のときは主要教科の授業でつぶれることが多く、低学年のときのことは覚えていないから、中学年のときのことだと思う……と娘はいった。

で、道徳=狭山事件、と思っていたとか。時々、反戦ドキュメンタリーを観ることもあったらしい。

娘は中学2年で夫の転勤に伴い転校したが、一緒に初めて中学校に行ったとき、生徒が担任の先生に「ユミコちゃーん、バイバーイ」と遠くから叫んだことに驚いた。

生徒が叱られるのかと思ったら、先生は嬉しそうに「バイバーイ!」と手を振って、おっしゃった。

わたしは肝をつぶし、学校がおかしくなっているようだ、と思った。

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2014年3月 2日 (日)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』(Collected Essays 1)をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

 2月23日ごろ、アメリカのアマゾンでお買い上げいただいたようです。

 『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は19冊目のお買い上げでした。アメリカでのこの本のお買い上げは、8冊目でした。

 時々でも、こうしてお買い上げいただくと、本当に嬉しいです。

 サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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聴く文学エッセイ№2 - 「同じ主題を繰り返すアンデルセンの童話 2014/03/02」

同じ主題を繰り返すアンデルセンの童話 2014 03 02

説明:
聴く、文学エッセイシリーズ№2。
自分が現在意識している場があり、そこからある範囲内に濃密に広がる世界(おらが村)があって、わたしたちは普段そこで喜怒哀楽を覚えながら暮らしているわけだが、アンデルセンは、このおらが村とは異なる世界があるということを、繰り返し語っている気がする。

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2014年3月 1日 (土)

最後の百合が咲きました

Lily_e2

 今日は一日調子が悪くて寝たり起きたりしていたのですが、夕方、横になって目を閉じたまま「だるいなあ」と思っていたら、百合の香りが鼻腔に流れてきました。

 あら、最後の百合の莟が開きかけたんだわ、と思い、見たら、やはりそうでした。

 本当に、何て綺麗なんでしょう!

 百合のお陰でがんばって起き上がることができました。

 不調の原因は不明。糖尿病になりかけなのが原因でしょうか。肝臓は大丈夫だと思いますが、うなじの湿疹は悪化。皮膚が綺麗なところもあちこち痒い。

 また、商用・非商用を問わず完全フリーで使える画像検索サイト「Pixabay」から背景に天王星のすばらしい写真をお借りしました。

 関連記事:

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胸痛にスプレー1回

胸痛にスプレー1<br />
 回

サタデーシアター『ミス・ポター』を観(すばらしい映画だった。忘れないうちに感想を書いておきたい)、家事を少しして、ちょっと横になっているとき、胸のど真ん中にジワーと湧き上がるような嫌な痛み。

迷わず、新しく出していただいたミオコールスプレーを舌の裏に噴霧。

昨夜から馬鹿に足がだるく(外出したわけでもない)、今日午前中から録画しておいた映画を観ていたのも、馬鹿に体がだるかったせい。

体調が悪いと、何もしたくないので、そんなときによく録画しておいたテレビ番組を観る。

昨日はNHK・BSの科学番組コズミックフロントを観た。え、と思い、神智学の本を開いて見たりした。

これについても書いておきたいのだけれど、時間がとれない。

「ニトロはよく効くけれど、不安定な薬剤です。使用期限が短いのもそのためです」と、薬剤師さんがおっしゃった。

使い切ってしまう前に使用期限の来てしまったミオコールスプレーは中身を出し切って捨ててください、と注意された。

中身を出し切るとき、吸ってしまうと血圧が下がったりしますから、と処分法にも注意された。

まだ処分していなかった。

胸からお腹の辺り一体が涼しい。腕や頭はまだ涼しくないが、薬の効果で(血行がよくなったのが涼しさと感じられるのだろう)、涼しさが胸から頭のほうに上がっていくときと、下へ向かうときがある。上は頭から下は腹部の胃辺りまで。腕も入る。

ここ2日ほど調子が悪かったのは、心臓に来ていたからかもしれない。

歴史小説の資料読みを中心として過ごしている。

もう少しの電子書籍は勿論気になっている。聴くエッセイシリーズの動画も作りたくて、原稿を半分は書いた。

でも、3月になったのだから、歴史小説を中心に据える。

もう少し暖かくなるのを待って、祐徳稲荷神社に行きたい。緊張するけれど。

博物館にも寄って、萬子媛遺愛の品々など、改めて見たい。

そういえば、宇佐神宮ではまだ揉め事が続いているようだ。検索すると、心配になるような記事が出てくる。

こうした揉め事の背景には、明治の神仏分離政策がある。まだ尾を引いているのだ。

胸痛は綺麗に消えたが、だるさは消えない。

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ビーツ缶で作ったリゾット。美味しいウーマンエキサイトのドレッシング

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 うちではすっかりはまっている半田素麺を注文するとき、ビーツ缶も一緒に注文しました。

 買い物に行けなくて冷蔵庫の中が乏しいとき、この缶詰があれば、助かります。生のままサラダにしても美味しいし、ボルシチにしても、今回のようにリゾットにしてもグーです。

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 写真は、前掲の記事を書いたときに作ったボルシチ。 

 缶詰全部は多いように思えたので、半分使い、残りは別の日に使おうと思います。汁をもっと入れたら、お赤飯で炊いたような色がもっと濃くなったでしょうね。

 材料は、米2合に、にんにく1かけ、玉葱1個、ウインナー、酒、サラダビーンズ、バター、粉チーズ、オリーブ油、固形スープ2個で作りました。

 ヘルシーなリゾットですが、バターと粉チーズを加える前によそったわたしのリゾットは、とりわけヘルシー感がありました。簡単で、満足感の高い一品でした!

 娘が何度も、「トマトを入れたんじゃない? トマトの味がするよ」といいました。いいえ、トマトは入れていません。

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 この一品には、最近作るサラダによくかける、ウーマンエキサイトのレシピを閲覧した作ったドレッシングがかかっています。このドレッシング、家族に大人気。

 レタスに大根の千切りを散らしただけのサラダですが、特にこのサラダに合う気がします。

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 作り置きしておいた甘酢を使います。この甘酢、重宝しています。

 結婚するときに母が持たせてくれたマグカップも一緒に写りたかったようなので、撮りました。

 リンクは許可がいるようなので、甘酢とドレッシングのレシピはどうぞウーマンエキサイトへ行って閲覧なさってください。

 ドレッシングはこの甘酢に、しょうゆ、サラダ油、塩こしょう、練りからしを混ぜたものですが、わたしはサラダ油の代わりにオリーブ油を使っています。

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