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2013年12月の34件の記事

2013年12月31日 (火)

ヤッター、苺半額♪

 日田市で行われた高校の同窓会に出席したあとホテルにいた息子と、深夜、午後4時まで、電話で話していた。

 酔っ払っていると、何だか可愛い。

 わたしが郷土史家から提供していただいた古文書のコピーに息子は興味を示したので、送った。息子なら、こうしたものを楽しんでくれるのではないかと思う。

 妹一家と新年に会う予定だったが、都合が合わず、この計画は残念ながら見送りとなった。

 妹たちが来たときに作るつもりだったオープンサンドの一部を、今作ることにした(作っている途中で、この記事のアップ)。年越し蕎麦は夫が茹でてくれるそうだ。

 フランスパンの薄切りに練乳を引いて苺をのせたいので、娘に頼んだところ、他の用事でデパートに寄った娘が地下に行くと、そこでは馬鹿高かったそうだ。

 スーパーに回ってくれた娘から電話があり、値段を訊くと、やはり普段と比べると高い。ちょうどそんな話をしているときに、お店の人が苺売り場にやって来たらしい。「あ、今半額になったよ」と娘。わあい。

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 久しぶりに使うコンビーフ缶、缶ではなくなっていて、びっくり。

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 ちなみに、娘はコミックを夫に手伝って貰って130冊ものコミックをブックオフに売りに行ったのだった。それで2,500円ほどだったとか。ちなみに娘のコミックはまだまだ唸るほどある。

 あと1回、今年中に記事の更新、できるかしら。

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2013年12月30日 (月)

まだ捨てられそうにない文芸部の機関誌 - 自作詩3編と合評メモ。

 3年前にも、わたしは黄ばんだ紙の束を捨てようとして、思いとどまったようです。

 今年もまた捨てられそうにありません。中身を確認さえしなければ、捨ててしまえたでしょうけれど。

 福岡大学で学生生活を送ったのが、昭和51年4月~55年3月までで、1回生の早い時期に入部し、卒業する前年まではよく合評会に出席していました。

 創作詩を中心とした「太陽」の合評会はだいたい毎週行われていました。他にも、年に2回小説部門に主眼を置いた『福大文学』、年に1回詩部門機関誌『シャバ』が発行されていて、その選考のための合評会もありました。

 全部保存していればかなりの数になったでしょうが、わたしが保存しているのはその一部です。「福文連機関紙創刊号 vol.1」も混じっていました。雑誌になったものもあったはずですが、これはガリ刷りです。行織沢子さんの「あこがれ」が載っています。

 「福文連機関紙」は九州産業大学、西南学院大学、福岡大学の作品を集めた、合評のための機関誌でした(その前には九州全域の大学に呼びかけた「九文連」が企画されたこともあったとか。続かなかったようですが)。九州大学にも呼びかけていましたが、当時九大は不活発で、愛好会か同好会しかなかったように記憶しています。

 でも交流はあり、わたしはその中の1人から、「蜜柑」という小説に分厚い感想の手紙を頂戴したことがありました。いろいろと批判してありましたが、あなたなら小説家になれるという激励の手紙だったような……よく覚えていませんが。

 ガリ刷りは年月が経つと印字が薄くなったりするんですね。ほとんど読めなくなっているものもあります。はっきりしているものもあります。なつかしさがこみ上げてきます。

「太陽」には熱心に作品が寄せられていました。わたしも沢山書き、「太陽」で批評して貰い、そして卒業する頃には自身の詩の才能に見切りをつけ、小説に転向しようとしていました。

 詩ではなく、散文になってしまうのですね。そのように指摘されることも珍しくありませんでした。

 沢山書いた中では、以下の記事で紹介した「月とたましい」だけがどうにか詩になっているように思えます。『シャバ』に載りました。

 今回、一部を読み返してみました。書いたことすら、すっかり忘れていた詩が出てきて、びっくりしました。3編の拙詩及び合評会で受けた批評のメモを紹介します。といっても、少ししかメモできていませんが、合評会の余韻があります。

 合評会では、作者は最後にひとこということができるだけで、合評中は静かに耳を傾けているのが作者のとるべき基本的な姿勢とされていました。

「或る記憶」は、飼っていた犬のポリーが死んだときのことを描いた詩。「ろうそく」、もう一つという気がしますが、確か『シャバ』に載せて貰いました。「エロス」は何でしょう、プラトンに心酔していたときの詩でしょうか。プラトンの『饗宴』を読んだあとに書いたのかもしれません。同じ号に「直観をめぐって」という未消化な哲学的エッセーを載せています。

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・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「或る記憶」

後足の細さが かすかにもがいて赤んぼうのように
ポリーは土に降りた。歩いて 歩きながら
ポリーの目は脹れる様(さま)に

見開いてしまった。  わたしは見たのだ。
いつもと変わらぬ 天と地と空(くう)のその一さいが
ポリーの小さな瞳めがけて
雪崩(なだ)れ込むのを
語らぬものの全てが語らぬを周知に 
ポリー
の瞳を選定した。
わたしは見た。ポリーがなぜ死ぬのかを。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • 「視覚的理解」と視覚的恐怖をそのままスケッチしようと思った。
  • 外界、命もたないもの。
  • 感覚的言葉の連続。ぎこちない。
  • 「死の瞬間」
  • 人間――見る側の選定。
  • 最終行の「なぜ」はある部分をごまかしているのではないか? しめくくりに問題あり。
  • 一瞬ゾッとした。
  • 文全体では入ってこない。
  • 「感ずることのあまり新鮮にすぎるとき それを概念化することは きちがひにならないための 生物体の一つの自衛作用だけれども いつまでもまもってばかりゐてはいけない」 [注]司会者のまとめとして引用された文章でしょうか?

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「ろうそく」

ろうそくの灯は わたしを招く手のかたちです
とうの昔から今も眠るものたちの透明な殻が
大地へと染み通った風に擦(こす)られ聴こえてくる
さざめき
ろうそくの灯の疼痛に似た濃い黄は確かに幾ばくかの
ミステリーを隠している
生に立ち還ろうとするもののミステリー
わたしはうわべにすぎぬ
いくら剥ぎ取っても玉葱のように薄ら闇を抱いた
うわべのわたし
泣きにも叫びにも笑いにも実体のほうで籠もってくれはせず
裸足で見つけた わたしの乳母 夢
うつろになるまで夢を見果て
ああ 脳がまた歯ぎしりをしだす

ろうそくの灯はあかいマントの旅人です

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • ろうそく……誰でも使いそうな題材。
  • 「うわべ」重厚な観念か? 生活していくことの貴重な認識。調ったいい詩。
  • 5行~7行「ろうそくの灯の疼痛~ミステリー」の部分では、生に対する考えがもろに出ている。きつい表現があっても、柔らかくしか読めない。読者にとってはそれがよかった。
  • 1行1行の魅力。
  • 8行~10行「わたしはうわべ~うわべのわたし」は愚痴っぽい。
  • 9行~11行「いくら~籠もってくれはせず」は生の声。限りなく共感を感じる。静かな焦燥感。
  • 「わたしはうわべにすぎぬ」「裸足で見つけた わたしの乳母 夢」の定義すごい。切望が籠められている。
  • 最後の4行は少女漫画のような構成。「ろうそくの灯はあかいマントの旅人です」は乙女チック。
  • 閉じた中にろうそくという対照的な構成。
  • いい詩なのか、悪い詩なのか、わからない。
  • 「ああ また脳が歯ぎしりをしだす」では作者の中に葛藤がある。高次元の葛藤。
  • ろうそくの灯の明晰さとの対比。
  • 「ああ また脳が歯ぎしりをしだす」と収束していくが、ひどく重たくなった1行。
  • 行ごとに主張が深まっている。
  • 読んだイメージとしてはいいが、気に入らなかったのは、「うわべ」が2回来ている。「うわべ」が強調されすぎているのではないか? 後のうわべは削ってほしかった。ろうそくのイメージになじまないものがある。全体の感じとしてはよかった。
  • ぐるぐる人生のサイクルの中で、夢のような美しいものを捉えようとするけれど、捉えられないということが書かれている。
  • 最後、言い切ってしまっている。言い切ってしまってほしくなかった。
  • 行の間に時間が感じられない。一瞬の思考。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

「エロス」

空にあって完璧に
翳と光は聖別されている
無数の絵を
どこにもかしこにも散りばめて
見る者を酔わせる空
わたしとは現在を
その空間と時間を
できるだけ充たそうとする
いっしゅんの
わたし
その集積が醸(かも)し出す
光景(ヴィジョン)ではない
酔って酔いどれて
このいっしゅんの輝きのグラス
指の間からこぼれるままに
おまえの峻別する翳と光
身にしみてふるわせるおまえの
うつろさ貧しさ
愚かなおまえ
酩酊の片恋(エロス)よ
たましいの一点だけの明晰
ああ ソクラテス
翳と光の賢者

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

合評メモ

  • 言葉のつながり。エーゲ海あたりの紺碧の空。「ソクラテス」へのあこがれ。かなり強く伝わってくる。この詩には共感できた。
  • 作者が次元の高い所を求めていっているような感じを受けるが、もう一歩なのではないか? 「ソクラテス」は不自然に感じる。読者が相当に読み込まないと駄目な詩。
  • 最初から「いっしゅんの わたし」までは素直に入ってきた。作者のいいたいことがおぼろげにわかる。「酔って酔いどれて」どうしてここで出てきたのか、わからない。「ソクラテス」はあったほうがいいように思う。
  • 「酔って酔いどれて このいっしゅんの輝きのグラス」書かれていることはわかる気がする。少々の混乱。
  • はじめ読んだとき、作者にしかわからない。しかし感覚としてわかる。「ソクラテス」読者に漠然としたものしか感じられない。最初、ああ今から入っていくのだと思った。「酔って~おまえの峻別」するまでは。「ソクラテス」という哲学をもって来られると困る。全部をつつむように「ソクラテス」をもってこられたら困る。哲学で最後を締めくくられるのは嫌いだ。最後の4行は戸惑う。詩的形式が無視して書かれているからだ。比喩が少ない。かといって、直截的ではない。概念――思考内での解釈をそのままで横たえている。問題――詩的魅力があるかどうか。こういう書き方では観念が鈍化していくのでは。散文にしたほうがいいのではないか。映像を氾濫させるとか。
  • 思考の姿を空に託そうとするように感じられる。「酔って」以降、思考の展開。「おまえ」がはっきりしない。手際よく行われてはいない。表現はいいが、展開がよくない。体言止めが三つ続く――もう少し考えるべき。「ソクラテス」唐突すぎる。「わたし~光景ではない」には共鳴できる。
  • 硬質の詩。タイトルがエロスだけに、詩として収めきれない。「ソクラテス」気にはならなかった。

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2013年12月29日 (日)

石が静かなうちにゴミをまとめる

 昼間、腎臓結石が下ってきたと思われる腰痛があり、それを溶かして排出しやすくする薬ウロカロン錠をいつもの心臓の薬と一緒に飲んだら、フラフラしてしまった。

 飲み合わせが悪かったのかしらん?

 それはないと思うが、午後4時になる頃に腰の痛みが減り、フラフラもましになって動けるようになった。まだ痛みも重苦しさもあるので、石が消えたわけではないだろう。

 しかし、とりあえずは助かった。キッチンを集中的に掃除、整理、工夫した。狭いキッチンすら、まだ一部に力を入れたという感じにすぎない。でも、気になっていた部分はすっきりし、使いやすくなった。

 今日、絶対に外せないのはごみの処理。

 うちは明日が今年最後の燃やせるごみの日なので、それに出したいものは今日のうちにごみ袋に詰めておきたい。

 ごみとして案外かさばるカレンダーは外してしまう。幸い、新しい年のカレンダーに大抵は前年12月のものがついている。

 木製のまな板を新調することにしたので、古いまな板は捨てる。

 押し入れについ溜めてしまう、買い物時に入れて貰った紙袋。綺麗なものだとついとっておいてしまうのだ。ほとんど家の中でしか使わないが、例えば、薬袋を入れたり、過去記事に書いたように資料を入れたり。

 でも、必要以上に溜めてしまいがちなので、この際、少しとっておいて捨てる。

 今年、迷っているのは、古いガリ刷りの文芸部の合評誌。これについてはのちほど、記事を改めて。

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石の年末旅行が始まったようだ

 昨日辺りから、「あれ、右腰の下、背中寄りが痛い」と思っていた。

 しかし、この段階では普通の腰痛と見分けがつかなかった。大掃除で、普段しない量(?)の掃除をしたせいかと思っていた。

 今朝になって、間違いない――腎結石が年末旅行に出たのだと確信した。痛みが強まり、尖った痛みになってきた。腰の重苦しさも今や広範囲になっている。

 今年は最後まで石に祟られるのか(絶句)。

 よほどのことがない限り、命に影響があるわけではないから、早く出て行ってくれるのを待つだけだが、年末の忙しいときに本当に困る。トーンダウンする。

 今も、痛くて動く気になれないので、この記事を書いているというわけだ。本当は縄跳びでもして石を動かすのがいいのだろうが。

 クリニックはもう正月休みに入っている。結石を溶かす薬がまだあるので、あれを飲み、我慢できなければ座薬を挿入しよう(それもしっかりある)。

 結石のことではクリニックで嫌な思いをし、日赤でも副甲状腺の手術の話と絡んで泌尿科の医師との間で嫌な思いをした。石くん、君ね、君は旅行を楽しんでいるのかもしれないけれどね。

 幸い、年賀は終わっている。美容室、年末年始のための最低限の買い物は昨日終えた。あとは掃除がまだかなり残っている。玄関と外に面している窓だけはピカピカにし、昨夜、注連縄の飾り付けも終えた。

 動けないんなら、作りかけの電子書籍でも終えてしまおうかしら。とりあえず、ウロカルン錠を飲んで様子を見よう。

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2013年12月28日 (土)

安倍総理の靖国参拝

 12月26日、安倍総理が靖国神社を参拝しました。それに対するバッシングがやはり凄いですね。

 わたしは小説を書くので、どんな視点からニュース記事が書かれたのかを第一に見極めようとする癖があるのですが、その視点がおかしいですよね。マスコミ全体というわけではありませんが、マスコミの視点がおかしいと思うようになった人は今や多いのではないでしょうか。

 中国、韓国の視点で書いているとしか思えないニュース記事の多さに、ひじょうに不安な、不安定な気分にさせられます。もっとまともな、共感できる考えに触れたい、そう思うと、最近、西田昌司氏の動画を視聴します。

 問題の本質に迫る穏やかな口調が、わたしには精神安定剤と同じ作用をもたらします。その意見にいつも賛成というわけではありませんが、高飛車な整合性を欠くニュース記事に接したあとなどは動画で西田氏のお顔を拝見するだけでホッとすることが多くなりました。

 それだけ、今の日本、危機的状況にあるのではないでしょうか。

 以下は、ユーチューブより。

西田昌司 「靖国参拝 断固支持!」

 以下の青い部分は、動画を聴いて部分的に書き取ったものです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

(略)
 靖国神社に参拝するということはですね、あの戦争が何だったのかということをもう一度また問い直すということになるということなんですね。そして、そのことを一番否定しているのは、共産党はじめとするこの左翼勢力なんです。
 

 つまり、日本国憲法がそうですけれども、要するに戦後の日本というのは過去の大戦、これをですね、全て否定をしてきたわけです。

 日本が悪かったとその反省の中からつくられたのが、戦後の憲法であり、平和主義なんだと。それをですね、一方的に無視して破棄するようなことは許されない、まあいわばマスコミなど、野党側の根本にあるのはそういう考え方だと思うんです。

 そして、それをですね。ある意味日本は今まで公式に否定することができなかったんですね。といいますのも、憲法もそうですけれども、本当は占領中にですね、日本の主権のない間にああいうものが決められたわけでありますから、主権を回復したあとですね、もう一度、憲法についての議論をしなければならなかったし、歴史観についてもですよ、しっかりと検証していかなければならなかったわけですけれども、それをこの六十数年ずっとやらないで放置してきてしまったわけですね。

 しかし、この、教育の中ではですね、戦後の教育の中で、歴史を否定して憲法を肯定する、そういうことをずっとやってきました。

 従って、勉強すればするほど、公式の立場になればなるほど、日本国政府としてはですね、この戦後体制を是認しているということになってくるんですね。しかし、その一方で、戦後体制そのものがですね、今音を立てて崩れている。もう崩れ去っているわけですよね。

 戦後体制というのは、ひとことでいえばアメリカとソビエトとの東西冷戦というのが一つの大きなタガであったわけですけれども、これはもう24年前にですね、崩壊をしてしまっているわけですよ。

 そして、ソビエトが崩壊しただけではなくてですね。今度は中国という巨大な国がですね、日本の隣国として現れてきたと。

 そして、経済力も軍事力もですね、圧倒的な大きさを背景に今、海洋進出を図ろうとしているわけですね。

 まさにこれは憲法が想定していた平和を愛する諸国民、彼らのですね、公正と信義に信頼していれば、自らの生存と安全を保持することができると、そういう前提ではないということが目に見えて明らかになってきているというわけです。

 そのことを受けてですね。あの尖閣問題が起こってきて、中国の領土的野心に対してですね、日本はこれに対して徹底的に抗議していくと安倍内閣はこれを示しておられるわけであります。

 そして、そのことをしっかりできるようにするためにですね。自らのこの安全保障についての取り組みをしっかりできるように特定秘密保護法もNSCもつくられたわけですね。

 これを反対する勢力、マスコミなどもありましたけれども、まさにその反対した理由というのが戦後の国際秩序、それに対する挑戦だと、共産党のいわんとするところと非常によく似た立場からの反対であったわけです。

 つまり、戦後体制そのまま、憲法体制をそのまま続けていけば、それで日本は安全になるんだという、そういう前提が今壊れてきている。そのことは国民の中にもですね、多く浸透してきていると思うんですね。
(略)
 今回安倍総理がこの年末に靖国神社に参拝されましたけれども、まさに、これもですね、今やもう、戦後の国際秩序うんぬんでですね、戦後の前提としてきた体制の中では日本はその枠組みの中にはおれないんだと、そしてそのことをですね、政治問題として日本をそのクビキの中に引き摺り込んで閉じ込めようとすることは絶対に我々は拒否をしますよ、とまさにそういう政治的メッセージであったと、まさにそういう意味で安倍総理は勇気のある非常に大事な決断をされたと。

 今後こういう中韓にですね、靖国カードは切らせません、と、そういうことを内外にわたしは宣言したものだと高く評価をしたいと思います。
(略)
 マスコミが前提としていた戦後の国際秩序は今はもう無きがごときになっているわけですね。自らの国の安全は、自らが守っていかなければならないわけです。

 このことについてアメリカも落胆していると、そのことを殊更大きくまた報道をしていますけれども、要するに我々はアメリカに頼っていけば、それでですね、自分たちの国の安全保障ができると、そういう考え方もそもそもですね、卒業していかなければならないわけであって、アメリカがどういおうと、中国がどういおうと、韓国がどういおうと、自分たちの国を守るためには、また自分たちの国の百年の計を考えるならぱ、ここで、戦後の日本を一方的にですね、加害者として、いわゆる国連の敵国条項がその典型でありますけれども、そういった歴史観の中に一方的に日本を落とし込んで、自分たちを有利に外交上振る舞っていこうという、そういう靖国カードには毅然とした態度をとらなければならない。

 それはいつかはやらなければならない、それを今安倍総理がされたということでわたしは大いに評価したいと思います。
(略)

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

敵国条項:Wikipedia

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2013年12月27日 (金)

とりあえずの資料の収納先

 まず、紙の束と本の整理から入るか、掃除から入るかで始まった本日。前者を選択したために、掃除が明日からになってしまいました。

 この記事書いている間に玄関のドア掃除だけでも済ませればいいのですが、新年から本格的に取り組む初の歴史小説の資料のとりあえずの収納先を見つけてちょっと満足したので、書きたくなりました。

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 ちょっとムーディに写真加工してみました。押し入れに眠っていたオリジナルエコ引出物袋「FEEL BONDS DON’T YOU(絆感じてる?)」に今フルに使っている資料がスッポリ収まるではありませんか。

 これ以上増えてほしくないなあ。あとは図書館から借りて済ませたいところですが、買い足しは出てくるでしょうね。ここにある本と本棚にある本が入れ替わることもあるでしょう。

 ちなみに向かって左1/3ほどを占めているのは井沢元彦の『逆説の日本史』シリーズ。

 邪馬台国について調べているときに、最初の巻だけ読んだことがありました。怪しいと思える部分もあり、これのみ読むのは危険だと思いましたが、おおまかに流れを掴むには面白く読めるので、司馬遼太郎にはまって厭きた夫から何か面白い歴史エッセーがないか訊かれたとき、井沢元彦をすすめました。

 夫はわたしが持っていた1冊を読んで「面白くない」と一言で却下しました。その後はまってしまったらしく、逆説シリーズがずらりと揃っています。11~16を夫から借り、年内にパパッと読み終えるつもりでしたが、その前に江藤淳が来てしまったので、年内には無理かも。

 図書館の本は江戸、黄檗宗、英彦山関係を中心に10冊借りていましたが、一旦返却。作品の核に関わってくる貴重な資料ばかり借りていたので、ないと不自由です。でも、ないと片付くわ!

 新年に妹一家と博多で会うか、妹たちがこちらに来るか、どちらかになりそうです。うちに来るとなると、何しろ狭いので、日田市の借家にいた頃のように泊めるのは無理です。

 日田市の古い借家は2階建てをあれこれ改築した変てこな家でしたが、中2階もあり、全部で9部屋もありました。台風で潰れましたけれどね。

 ここへ前回妹一家が来たときは、妹の子供たちが小さかったのでそれほどの心配はありませんでしたが、今回はうちではティータイムくらいが精々かしら。そして、車で商業施設に遊びに行くというパターンを考えています。

 前回は中心街へ出かけたものの、まだ小さかった妹の子供たちが足が痛いといい出し(歩き慣れていなかったみたいで)、フォーラスに入っている楽器店を見ただけで帰りました。

 宇佐神宮ぐらい行きたい気もするけれど、妹の家からここまで来るにも距離があるので、宇佐に行くとなると強行軍すぎます。別府に遊びに行くにも時間がない感じ。ここは県庁所在地にしては、観光できそうなところがないですねえ。

 久住高原には妹たちと行った記憶がありますが、あれはわたしたちが日田市にいたときでした。1泊すれば時間の余裕がありますものね。何にしても、この時期はどこも寒い。楽しく過ごせるように智恵を絞りたいところですが、出てきませんよ。

 ティータイム用に、オープンサンド、スープなど用意しようと思い、昨夜オープンサンドに関するネット検索をしていました。妹のご主人が糖尿病の気があり、ダイエットで10㎏くらい痩せたとか。妹がいうには、野菜を先に沢山食べるのがコツだそうです。野菜も沢山用意しておきましょう。

 炊飯器でピラフなんかも作っておけばいいかもしれません。正月だからお餅でもいいかもね。立食パーティー風に持っていきたいところだけれど、この部屋じゃ、何の風情もなく、食べ物を頬張りながら立っているだけというあわれなことになるでしょうね。

 食卓と炬燵に分かれれば座れないこともありませんが。

 福岡県にいたころのアパートも狭かったのに、夫の会社の人を大勢呼んでいました。10人近く来ることも珍しくなく、どうやって座り、食べたり飲んだりしたのだろうと呆れますが、初回に、時間をかけて作った料理が10分くらいでなくなり、愕然としたことを覚えています。

 慌ててホットプレートを出して冷蔵庫にあるものを何でも刻んで出し、焼いて食べて貰いましたっけ。炬燵に簡易テーブルを二つくらいくっつけた気がしますが、あのテーブル、引っ越しを繰り返しているうちになくなってしまったわ。

 何しろ日田市の9部屋ある借家が台風で潰れて1月後に同じ街の別の借家に引っ越したと思ったら、その1月後には転勤でここへ。福岡県での引っ越しも入れると、5回の引っ越し。引っ越し貧乏とはこのことをいうのでしょう。

 さて、明日飾る注連縄のために手早く玄関の掃除だけでもして、夕飯作りといきましょう。

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2013年12月26日 (木)

全国のポストの場所と取集時刻がわかるサイト。同窓会名簿と年賀状。

 年賀状はもうお済みですか?

 というと、まるで郵便局になったみたいですが、わたしは珍しく、済みました。うっかり出しそびれている人があるかもしれませんが、一応は。こんなことは初めてではないかしら。

 大抵25日までに済むどころか、年内では出し終わらず、ぐずくずしていました。たぶん今回は、新年になったら初の歴史小説に本格的に取り込まねば――という意気込みゆえに気合いが入ったのだと思います。

 昨日は一番近くのポストの取集時刻を気にしながら書き進め、否、プリンアウトを進めました。ほとんど自筆はなしですが、文面は全員違います。

 ポストの取集時刻を知るには、以下のサイトが便利です。

 ポストマップは、「みんなで郵便ポストの場所をマッピングしていこうというプロジェクト」だそうです。ポストのある場所、住所、写真、取集時刻(更新日)、支店名などが表示されます。

 この記事を書くためにわたしが閲覧した時点で、「現在 168,123 ポスト (全国181,895ポストの92.429 %)」という表示がありました。これは凄いですよね!

 2回前掲のポストへ出しに行き、数枚終わらなかったので、夜、中央郵便局まで行きました。

 だって、夜に中央郵便局へ行くのは慣れているのですもの。小説の応募で。ぎりぎりまで校正していると、下手をすれば、消印有効日の23時を過ぎることも珍しくありませんでした。

 時間外窓口で押して貰った消印を見せて貰い、「これで当日消印有効とある日の消印を押して貰えたわ」と、勲章を貰ったかのごとく満足しホッとして家に帰るのでした。帰り道で飲む缶コーヒーの美味しかったこと! 

 日田市に住んでいた頃なんて、24時間空いている窓口を求め、電車に乗ってわざわざ隣県の久留米市まで行ったことがありました。出し終えたときはまだ明るかった気がするので、日田市には開いている郵便局がない日だったのかもしれません。

 ここに引っ越してきてからは、24時間いつでも出しに行ける郵便局が歩いて行ける距離にあるというありがたさです! 

 まあそこまで苦労(?)して応募しても、大抵は梨の礫で終わるんですけれどね。そして、今ではほとんど応募をしなくなりました。

 ところで、年賀状を書いたり書かなかったりする気まぐれ同士だと、音信不通になってしまいがちです。

 でも共通の友人が「Nさん元気かな、と◯◯さんからの年賀状に書いてありましたよ」と教えてくれることがあり、実はこれは今年貰った年賀状の文面でして……ほほほ……。

 互いに引っ越したりして、相手の住所がわからなくなっていました。共通の友人に彼女の住所を訊こうと思っていたとき、同窓会名簿が届いて彼女の住所が判明し、1番に書きましたよ。何しろ彼女はわたしの娘が生まれたとき、ナースとして面倒を見てくれた人ですもの。

 それに、最近なぜか岸洋子の歌をよく聴いていますが、高校時代に岸洋子の歌は別格だと教えてくれたのも彼女でした。フルートが上手でした。自身の無精のため、何とうっかり友人をなくしてしまうところでした。

 同窓会名簿を見て、他にも音信不通だった3名に年賀状を書きました。その中の1人は、高校時代に同じ学年で、バレー部のキャプテンをしていた人です。尊敬に値するすばらしい人でしたが、部員が少なくなっていたにも関わらず、わたしはやめたのです。

 体力的にきつくてついていけなくなったということと、文学に惹かれていて読書や詩作の時間がもっとほしくなったというのが理由でした。

 今になって思えば、わたしの心臓はその頃から激しい運動には適していなかったのではないかと思うのです。小柄で敏捷さはありましたが、マラソンのような持久力の必要な運動をすると胸が焼けるように熱く感じられ、苦手でした。コーチからバレーの特訓を受けているときも、そんなことがちょくちょくありました。

 でもその頃、それはわたしに根性がないせいで、やめる理由にはならないと思われ、作家になりたいからやめるといいました。彼女は納得してくれました。でも、他の部員から彼女が泣いたと聴かされました。

 そんなこと、彼女のほうではとっくに忘れていると思いますが、わたしは忘れず、作家になれば彼女に報告しなければと思ってきました。

 今年、それはもう無理だと思ったのですが、せめて互いに馴染みのある祐徳稲荷神社の創建者、萬子姫をモデルにした小説を書こうとしていることを知らせたいと思いました。

 わたしが同窓会名簿を見て年賀状を書いた3人は皆女性で、1人は2学年上、あとの2人は同学年ですが、全員尊敬に値する人格者です。

 音信不通になっていても、よく思い出します。全員凜としたところがあり、江戸時代を舞台にした小説には登場させたいような人々なのですね。

 その3人をモデルとした女性たちを萬子姫の周囲に配置してみたい……。実際にはどうなるのかわかりませんが、そんなこともあって、年賀状を書きたくなったのでした。

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2013年12月24日 (火)

クリスマスイブに思い出すシモーヌ・ヴェイユの断章

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 以前にも一度ご紹介しましたが、クリスマスイブに再度。シモーヌ・ヴェイユ『超自然的認識』(田辺保訳、勁草書房、1976年)《プロローグ》より。

★―シモーヌ・ヴェイユ『超自然的認識』(田辺保訳、勁草書房、1976年)《プロローグ》より―★

 かれはわたしの部屋へはいってきて、こういった。「なにも理解せず、なにも知らぬあわれな者よ。わたしといっしょに来なさい。おまえが思ってもみないことを教えてあげよう。」わたしはかれのあとについて行った。

 かれは、わたしをとある教会へ連れてきた。新しいが、あまり美しくない教会だった。かれは、わたしを祭壇の前までみちびいてくるとこういった。「ひざまずきなさい。」わたしはこたえた。「まだ洗礼を受けておりません」。かれはいった。「真理が存在する場所の前に出たときと同じように、愛をこめてこの場所でひざまずきなさい」と。わたしは、いいつけられたとおりにした。

 かれは、外に出なさいといい、こんどは屋根裏の一室へ上らせた。そこからは、開いた窓ごしに、町の全体が、材木を組んだいくつかの足場が、荷おろしをしている船が何隻かもやってある川が見えた。かれは、すわりなさいといった。

 わたしたちふたりのほかに、誰もいなかった。かれは話した。ときどき、誰かが入ってきて、会話に加わったが、すぐまた、出ていった。

 もう冬とはいえない頃だった。といってまだ春にはなっていなかった。木々の枝は、まだ蕾をつけず、裸のまま、冷たい空気の中で、日ざしを浴びていた。

 光がさしのぼってきて、輝きを放ち、そして薄らいで行った。そのあと、星と月とが窓から入りこんできた。それからまた新しく、明けの光がのぼってきた。

 ときどき、かれは黙りこんで、戸棚からパンをとり出してきて、わたしたちは分けあって食べた。そのパンは、まさしくパンの味がした。その味にはもう二度と再び出あうことがなかった。

 かれは、わたしにぶどう酒をついでくれ、また自分にもついだ。太陽の匂い、その町が建っている大地の匂いがするぶどう酒だった。

 ときどき、わたしたちは、その屋根裏部屋の床の上に横になった。甘い眠りがわたしの上にくだってくるのだった。そして、目がさめると、わたしは太陽の光を吸いこんだ。

 かれは、教えをさずけようと約束していたのに、なにも教えてくれなかった。わたしたちは、古い友だちどおしのように、とりとめもなく、種々雑多なことを話しあった。

 ある日、かれはいった。「さあ、もう行きなさい」と。わたしはひざまづいて、かれの足に接吻をし、どうかわたしを行かせないでくださいと切に願った。だが、かれはわたしを階段の方へと抛り出した。わたしは、何もわからず、心は千々に砕かれて、階段を下りて行った。いくつもの通りを通りすぎた。そして、あの家がどこにあったのかを、自分が全然知らずにいることに気づいた。

 もう一度あの家を見つけ出してみようとは、決してしなかった。かれがわたしを連れにきてくれたのはあやまりだったのだと、さとっていた。わたしのいる場所は、この屋根裏部屋ではない。それはどこだっていい。刑務所の独房でも、つまらぬ装飾品やビロードで飾りたてたブルジョアの客間の一室でも、駅の待合室でもいい。どこだっていいのだ。だが、この屋根裏部屋ではない。

 ときとして、わたしは、おそれと後悔の気持をおさえかねながら、かれがわたしにいったことを少しばかり、自分で自分にもう一度いいきかせてみずにいられないことがある。わたしがきちんと正確におぼえていると、どうしてわかるだろう。そうわたしにいってくれる、かれはもういないのだ。

 かれがわたしを愛していないことは、よくわかっている。どうして、かれがわたしを愛してくれるはずがあるだろうか。それにもかかわらず、なおかつ、おそらくかれはわたしを愛してくれているらしいと、わたしの中の奥深くの何ものかが、わたしの中の一点が、おそろしさにふるえながら、そう考えずにいられないのだ。

★―シモーヌ・ヴェイユ『超自然的認識』(田辺保訳、勁草書房、1976年)《プロローグ》より―★

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2013年12月23日 (月)

クリスマスの頃になると思い出す絵本『雪の森のリサベット』(リンドグレーン)

 クリスマスの頃になると思い出す絵本に、リンドグレーンの絵本がありました。娘も大好きだったそうで、断片的に覚えている場面とか、色彩、その絵本を読んだときの思いなど、その絵本の話で盛り上がりましたが、ここに引っ越してきてから見ていないということでわたしたちの記憶は一致しました。

 絵本の名前も覚えていなかったので、アマゾンで検索してみたところ、それは『雪の森のリサベット』でした。印象的な青い色ですぐにわかりました。それを見たとたん娘が「わあ、なつかしい~好きだったなあ~! これ注文する!」といいました。

 子供たちが小学生の頃に買ってやった記憶があったのですが、わたしの記憶違いだったようで、発行年は2003年。10年前となると、娘はもう大人です。しかも、その絵本がなぜなくなったのかがわかりません。

追記:娘が年末に注文していた本は、1月4日に届きました。「訳者あとがき」で、この作品が1986年に篠崎書林から『マディケンとリサベット』というタイトルで出版されていたとありました。わたしが幼かった子供たちに買ってやったのはその本に違いありません。少なくとも、小型のこの本ではありませんでした。もっと大きな絵本でした。

 ここに夫の転勤で引っ越してきたのは9年ほど前になりますが、その引っ越してくる前にいた日田市で台風被害に遭い、本棚のあった洋室の天井が破れて、沢山の児童書がだめになったのです。

 そのときの模様はわたしの小説『台風』に詳しいのですが(フィクションですが、台風の場面は体験を最大に生かしています)、そのとき被害に遭った本のことを思い出そうとすると、頭の中が真っ白になるのです。

 何とか救えそうな本は、何日も日の差し込む床や廊下に並べて乾かしました。

 それでもだめになった本も多くて(子供の頃に実家で読んだ本も含まれていたかもしれません)、その中に『雪の森のリサベット』があったのかもしれません。

 クリスマスの贈り物にもぴったりの本です。子供には勿論、本好きの大人にも喜ばれると思います。

 今の日本には貧しい人も増えて(うちも夫の定年退職後はぎりぎりの生活です。実際にできるかどうかは別として、毎日考えるのは倹約のこと)、クリスマスプレゼントを買うのも大変という家庭も少なくないでしょう。

 子供には本がおすすめです。1,000円以内で買える本は沢山あります。本を与えて、あとは子供が一人で絵本であれば絵を見るなり、読むなりするのに任せればいいと思います。

 本は、貧しい孤独な暮らしをも豊かな輝かしいものに変えてくれる魔法です。

 読み聴かせなんて、はっきりいって不要です。わたしは両親が不在がちだったので、結構本にお守りされていたと思います。字が満足に読めない頃は、絵から勝手なお話を作り出し、その習慣が今も続いていて創作をしています。

 字が読めるようになって改めてどんな物語だったかがわかったときの驚き! 本はわたしには二度、いや、何度でも美味しい。

 本の読み聴かせは子供の空想力を殺いでいる危険性があると思います。勿論、時々読んでやるのは親子の思い出ともなっていいと思いますが。

『雪の森のリサベット』では『おもしろ荘の子どもたち』、『川のほとりのおもしろ荘』に登場する子供たちが主人公です。

 おもしろ荘シリーズの中心人物はマディケンですが、リンドグレーンにはマディケンという名前の親友がいました。マディケンは銀行の頭取の娘で、写真で見ると、とっても可愛い。長じて、アストリッドの原稿閲読係になったそうです。リンドグレーンの本には親友マディケンの息がかかっていたのですね。

 以上のことは以下の本に詳しいです。

 リンドグレーンの本の紹介をしたあとでは小さな小さな声にならざるをえませんが、以下のわたしのキンドル本をクリスマス無料キャンペーン中です。本日午後5時まで。無料期間中はダウンロード画面で「kindle購入価格  ¥0 と表示されます。

 向かって右は児童書で、小学3年生以上で習う漢字にルビをふっています。大人の方もどうぞ。(サンタさんになりたい……)。

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2013年12月22日 (日)

キンドル本のXmas無料キャンペーン中です。年内に読んでしまいたい江藤淳の4冊。

 現在、『昼下がりのカタルシス』『すみれ色の帽子』のXmasキャンペーン中です。

 無料キャンペーン期間は、太平洋標準時12月22日(日本時間12月22日午後5時ごろ~23日午後5時ごろ)となります。無料期間中はダウンロード画面で「kindle購入価格  ¥0 と表示されます。

 まだダウンロード数ゼロ。サンタさんになれないのかしら? そういえば、『すみれ色の帽子』に「サンタさんの弟子にはなれないわ」という章がありましたっけ。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

 年内に読んでしまいたい本が出てきた。

 全部、江藤淳。現在、『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』を読んでいるが、これがまるでミステリーみたいで、面白い。いや、面白がっている場合ではないのだが。

 団塊世代に多いサヨクは、左翼ともいえない理論的お粗末さ、物事の恣意的解釈、デモすらイベントに利用してしまう幼稚さが特徴的で、わたしは常々これは彼らの脳が敗戦病原菌に強く冒されたためだろうと思っていたのだが、自らにも関わってくることとして、敗戦からの自国を知ろうとするときにつきまとう何か、隔靴掻痒感の原因を探るために読み始めたのだった。

 わたしは古典や大正・昭和に活躍した作家たちが好きなので、その作家たちと今の日本の作家たちとの乖離を感じざるをえないのだ。

『近代以前』は、アマゾンの内容紹介によると、「日本文学の特性とは何か」を江戸文藝を通して探ろうとした作品であるようなので、わたしの初の歴史小説の資料としても使えそうで、年末にこれを読むことで新年の創作へとつなげたい。

 江藤淳は、小林秀雄のあとに出てきた戦後の貴重な文芸評論家ではないかと思う。この人が亡くなってからは日本に文芸評論家はいなくなった。文学を守る番人ともいうべき文芸評論家は不在のままなのだ。このことがどれだけ日本文学の退廃を招いたことか。

 しかし、江藤淳が生きていたときは番人がいる安心感があり、かえってその著作に欲求を覚えなかった。今は虚心に求めざるをえない状況にある。

 読書に熱中してしまい、年賀状が進まない。まだ5枚しか書いていない。大掃除もまだ何も。

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『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

12月15日ごろ、お買い上げいただいたようです。

以前は電子書籍をお買い上げいただくと、すぐに感謝とご報告の記事を書いていましたが、現在は1週間くらいの時間を置いて書くようにしています。

『卵の正体』のお買い上げは、19冊目でした。ぽつぽつとでも買ってくださる方があると、大変励みになります。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

パソコン画面で読みたい方は、パブーでお求めになれます。横書き、最小限のルビになりますが。

以下はキンドル版の99円児童書シリーズです。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2013年12月20日 (金)

ショウガのショウちゃんは元気です

 以下の過去記事で、ショウガのことを書きました。

  • 013年12月 3日 (火)
    ショウガ湯。ボルシチ。
    http://elder.tea-nifty.com/blog/2013/12/post-ff57.html

    2週間くらい前になるでしょうか、夫にショウガの買い物を頼んだら、沢山入ったのを買ってきました。(……)ショウガを冷蔵庫で保管すると、すぐに駄目になってしまうので、ネットに入れて吊ってみようかと思いました。夏、篭に入れておいたら、しわしわになりましたが、この時期に吊ってみたらいいかもしれないと思ったのですね。

 ショウガは11月19日頃買ってきたことになりますが、ちょこちょこ使って、昨夜も豚の生姜焼きをするために使いました。

 まだまだ元気ですよ!

20131219221813b

 ほらね! 器の中のショウガにくっついているように見える白く見えるものは、前に使ったときの断面です。使いたいだけカットして、そのままネットに放り込み、ワゴンに吊っているだけなのです。

 使うときは勿論、その白くシワシワになった断面はカットしますが、新しい断面はまだこんなに綺麗な黄色です。

 暑い時期はこうはいかないかもしれませんが、この時期ですと、今日は12月20日ですから、1ヶ月以上持つということですね。ちなみに、狭いマンションなので、キッチンは温かくなっていることが多いです。寒い場所に吊れば、さらに持つかもしれません。

 冷蔵庫で保存すると、すぐに黴が生えて、何より黒ずんだ汚い色になってしまっていました。ショウガの新鮮な美味しさを味わえるのは買ってきた日からほんの数日で、使い切る前にだめになってしまうことが多かったのです。

 最近ではショウガが元気なことが嬉しくて、まるでペットみたいで、「あら~ショウちゃん。今日も元気そうねえ。おばさんもショウちゃんに負けないように元気で創作がんばるわね」なんて会話するほどです(←嘘。さすがにそこまではしませんが、元気なショウガを見ると嬉しくなってしまうのは本当です。何より家計にありがたい)。

20131219222105

 前掲の写真で、写真撮影のために容器に入れていたショウガ。下の方に、新しいネットに入った新しいショウガが加わりました。昨日娘に買ってきて貰ったショウガです。

 持つとわかったので、早めに買っておきました。カレンダーの絵が全く見えなくなりました。来年のカレンダーは世界遺産の山々を撮影したものなのですが、これじゃ見えませんわね。これだけが問題。

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2013年12月19日 (木)

『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』がまた少し太りそう

 電子書籍の計画が狂って、年賀状を書く時期に食い込んでしまっています。そろそろ年賀状を優先させないとまずいので(おすすめ年賀状テンプレートをアップしておきながら)、『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』を年内に出せるかどうかすら、微妙となってきました。

 年内にKindle本20冊は出したいと思っていたのに、まだ13冊。『気まぐれに……』は50枚内のつもりが、加筆や収録作品の追加で80~90枚になりそうです。値段も200円くらいになりそう。

 いっそKDPセレクトに登録したい気もしますが、そうなると、ブログにアップしている記事を非公開設定にしなくてはならないので、それはちょっとねと考えるところです。

 ブログで公開状態にある記事に比べると、Kindle本では纏まりがよく、校正を徹底し(それでも間違いが残りがちですが)、備考、脚注なども調えていますので、できたら電子書籍で読んでいただきたいのですが、なかなかそういうわけにもいかないので、ブログ記事はそのままにしておきたいのですね。

『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』には、当ブログで公開中の記事「バルザックと神秘主義と現代」も加えることにしました。

 というのも、わたしはわが国が以下のような状態にあることを最近になって知り、衝撃を受けました。

 わたしはマルキシズムにおける文学の問題点について、以下の記事でざっと分析おり、これは5年も前の記事なのですが、今こそこの記事の出番という気がしているからです。

『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』を二部構成とすることにしました。以下が目次になるかと思います。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

はじめに

第一部 芥川賞受賞作品レビュー集

  • 第137回芥川賞(2007年上半期)候補者、川上未映子の詩『私はゴッホにゆうたりたい』
  • 第141回芥川賞(2009年上半期)候補作、シリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』
  • 赤染晶子「乙女の密告」第143回芥川賞(2010年上半期)
  • 朝吹真理子「きことわ」第144回芥川賞(2010年下半期)
     [備考]シネマ『サガン―悲しみよ こんにちは―』を観て/ポール・エリュアールの詩「ちょっぴり変形した女」
  • 西村賢太「苦役列車」第144回芥川賞(2010年下半期)
  • 田中慎弥「共喰い」第146回芥川賞(2011年下半期) 
  • 円城塔「道化師の蝶」第146回芥川賞(2011年下半期)  
  • 鹿島田真希「冥土めぐり」第146回芥川賞(2012年上半期)

第二部 文学論

  • 瀬戸内寂聴の影響を考察する
     [備考]瀬戸内寂聴「あしたの虹」を読んで
  • 時評――左傾化してゆく宗教界
  • バルザックと神秘主義と現代

あとがき
奥付
著作案内

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 候補者の作品が混じっているのは、当時、その方の作品が文学の流れを変える可能性があると考えて読んだからで、若干改稿して第一部に収録しました。

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改めてXmasキャンペーンの予告です。対象は『すみれ色の帽子』『昼下がりのカタルシス』、12月22日午後5時ごろ~23日午後5時。

アマゾンのKindleストアで販売中の電子書籍『すみれ色の帽子』『昼下がりのカタルシス』の無料キャンペーン、題して「Xmas」キャンペーンを実施します。

無料キャンペーン期間は、太平洋標準時12月22日(日本時間12月22日午後5時ごろ~23日午後5時ごろ)となります。無料期間中はダウンロード画面で「kindle購入価格  ¥0 と表示されます。

※『すみれ色の帽子』のKDPセレクト登録の更新が完了し、無料キャンペーンの作成が可能になりました。

 これまでに実施した無料キャンペーンでかなりダウンロードしていただいているので、あまり意味がないかもしれませんが、直塚万季からのXmasプレゼントのつもりです。

 キャンペーン時以外は有料ですが、サンプルをダウンロードできます。
             ↓

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『昼下がりのカタルシス』の無料キャンペーンの予告です♪ 12月22日午後5時ごろ~23日午後5時

アマゾンのKindleストアで販売中の電子書籍『昼下がりのカタルシス』の無料キャンペーン、題して「Xmas」キャンペーンを実施します。

無料キャンペーン期間は、太平洋標準時12月22日(日本時間12月22日午後5時ごろ~23日午後5時ごろ)となります。無料期間中はダウンロード画面で「kindle購入価格  ¥0 」 と表示されます。

※同時に『すみれ色の帽子』も実施したいのですが、丁度KDPセレクトの登録期間が終了し、更新予定ですが、まだキャンペーンの登録ができませんでした。

 気分転換に薄い本――電子書籍なので、小容量の本というべきかもしれません――『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』を出し、余力で『どこか別の美しい街』を作成して、それをクリスマスまでに出すという計画だったのですが、計画倒れでした。表紙だけはとっくにスタンバイできているのですが。

 素人のお遊びの域を出ていないのかもしれませんが、電子書籍であっても本を出そうとすると、馬鹿に時間がかかります。『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』は念のための確認をするだけのはずが、新たな事実がわかったりして(過去記事「左傾化してゆくわが国の宗教界」参照)、加筆をしているうちに10ページぐらい増えて原稿用紙60枚くらいになりそうです。

 これは、校正を何回繰り返すことになるのやら。間違いは後から後から虫みたいに涌いてきて、ほとんど気が変になります。

 『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』を加筆しながら、日本いったい、どうなるの? との思いでいっぱいになり、重苦しい気分になったので、できたら年内に『どこか別の美しい街』も出せればと。

 これは若い頃の未熟なところのある作品なのですが、純粋な思いが充溢している作品です。種明かしをすれば、病気治しで地味に教祖扱いされる、少し心を病む郵便局員兼画家のお話。まあ変な話ですわね。

 この話の中に、『ぼくが病院で見た夢』にも出てくる病気の赤ちゃんが出てきます。その赤ちゃんと現実に同じ病室で過ごしたことがあり、どうしても忘れられません。

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2013年12月18日 (水)

胸痛にスプレー1回

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胸のど真ん中で、金属の鐘にひびが入って、今にも割れるようなイメージ。痛みが始まりかけたところで、ミオコールスプレーを噴霧。焦って舌裏の右よりにかかった。今ゆっくりできないので、困る。

携帯から5回も送ったのに、1回もココログから返信メールなし。どこへ消えた?

途中また痛みが起きたが、じっとしていたら消えた。忙しいときに、困るわ、全く。

追記:
現在19日午前4時すぎ。ニトロを使って発作が治まっても、しばらくは不調がつづく。特に深夜、咳、変な痰に悩まされるので、横になっているより、起きて執筆でもしていたほうが楽。体力が充分でないので、これはこれで疲れるのだが……。

携帯から送った記事に対するココログからの返信は、あとで2回に分けて届いた。既にパソコンから記事をアップしていたので、全て削除。体調ブログ(ジュゲムブログ「マダムNの体調日記」)は記事を投稿したとたんに反映する。どちらにも一長一短あり。

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2013年12月17日 (火)

『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

12月10日ごろ、お買い上げいただいたようです。

以前は電子書籍をお買い上げいただくと、すぐに感謝とご報告の記事を書いていましたが、現在は1週間くらいの時間を置いて書くようにしています。

『卵の正体』のお買い上げは、18冊目でした。卵が18個も孵って、18の○○がこの世を飛び回っていると空想すると、楽しい気分になります。

サンプルをダウンロードできます。
     ↓

パソコン画面で読みたい方は、パブーでお求めになれます。横書き、最小限のルビになりますが。

以下はキンドル版の99円児童書シリーズです。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2013年12月16日 (月)

左傾化してゆくわが国の宗教界

『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』は枚数的には短い評論集なので、とっくに仕上がっていてもおかしくない本なのだが、その芥川賞受賞作品のレビュー集に、わたしは以下の記事の抜粋を収録した。

 瀬戸内寂聴に関するものだ。

  • 2010年6月17日 (木)
    文学界の風穴となるだろうか?

 備考として、寂聴のケータイ小説の感想を載せた。

  • 2008年11月13日 (木)
    瀬戸内寂聴作『あしたの虹』を読んで

 寂聴が、わが国の文学界に鬱然とした影響を及ぼしていると考えたからだ。寂聴に関する分析としてはそれだけでは足りないものがあると感じていた。

 最近は芥川賞受賞作品を読んでいこうという意欲自体が薄れているので、②を書くかどうかはわからないし、わが国の文学の風見鶏ともいえる村上春樹に関する評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の続編に当たる作品を書けるかどうかも今は何ともいえないところ。

 寂聴の影響力は文学にとどまるものではないので、政治に対する影響を、その手かがりとなることだけでも挿入しておきたいと考える。

 前掲の「文学界の風穴となるだろうか?」と備考「あしたの虹を読んで」では〔ライン以下に抜粋を載せておく〕、文学界と仏教界の権威を帯びた文化の顧問的イメージ、おおらかさのシンボル、といった寂聴の実態は、坊主のコスプレをした贅沢なマダ~ムにすぎず、僧侶兼作家という立場を利用した、巧妙な仲介業者ではないかというわたしの推測を述べた。

 信長、秀吉、家康、明治政府、GHQなどを経て、わが国があの手この手で根付かせてきた政教分離だが、寂聴は坊主のコスプレをしたまま、いとも気軽に左翼と関係の深い政治運動へと出かけて行く。 

 テロリストの新左翼活動家とも親しく、『愛と命の淵に―瀬戸内寂聴・永田洋子往復書簡』(福武書店、1986年)など出している。

 YouTubeに「重信房子からの手紙  日本赤軍元リーダー・40年目の素顔」があり、それに寂聴が顔を出していた。

 重信房子は全共闘のアイドルだったという。

 番組の中で短歌を紹介していた。一般人が詠んだと思えばよくできているといったところだろうか。父親との思い出なども紹介されたが、この人にはそんな肉親との時間や植物を愛でる時間を他人から奪ったという自覚は生じなかったのだろうか。

 海外で多数の民間人をも巻き込んだテロ事件を繰り返すことで、罪のない一般人の貴重な時間がいくつも奪われたはずだ。

 ローザ・ルクセンブルクも獄中で植物を愛で、美しい手紙を残しているが、置かれた状況も、立場も、学識も、人間性も、重信房子とは別格で、重信房子のようなテロ活動のなかで自分探しでもしていたような曖昧さ、凡庸な人間性とは器が違う。

ローザ・ルクセンブルク:Wikipedia 

ローザ・ルクセンブルク(Rosa Luxemburg, ポーランド語名ルジャ・ルクセンブルク、Róża Luksemburg 1871年3月5日 - 1919年1月15日)は、ポーランドに生まれドイツで活動したマルクス主義の政治理論家、哲学者、革命家。ミハイル・トゥガン=バラノフスキーとルドルフ・ヒルファーディングの不比例説に対してカール・カウツキーとともに消費制限説で対峙し、ミハウ・カレツキに影響を与えた。
彼女はポーランド王国社会民主党の理論家であり、のちにドイツ社会民主党、ドイツ独立社会民主党(ドイツ社会民主党左派)に関わるようになった。機関紙『Die Rote Fahne(赤旗)』を発刊し、革命組織スパルタクス団を母体としてドイツ共産党を創設、1919年1月にはベルリンでドイツ革命に続いて1月蜂起を指導するが、国防軍の残党やフライコール(義勇軍、Freicorps)との衝突の中で数百人の仲間とともに逮捕、虐殺される。死後、多くのマルクス主義者や社会主義者のあいだでは、同じく虐殺された盟友のカール・リープクネヒトとともに、革命の象徴的存在とされている。後にその思想はルクセンブルク主義とも呼ばれる。

 重信房子のような人間がつくった組織に殺された人々は、本当に浮かばれないという気がする。「人が人を虐げることなく、差別や不正がない社会を追い求めた」と番組では美化していた。

 寂聴も、終始重信房子に共感していて、それは賛美ともとれるほどだ。

「新しいことを起こそうとする人は必ずね、法に触れたり、あるいは世間のね、一般の道徳の癇に障ったりするんですよね。でもそれを恐れないでね――恐れているかもしれないけどですね――あえて、それにぶつかってですね。それでも自分の思いを少しでも達しようとするね、そういう情熱をね、抑えきれない情熱ね、それこそがわたしは若さだと思うんですよね」

「もしもわたしが彼女の時代に生きていたとしたら、やったかもしれない、そういうものが自分のなかにあるから、どうしてもそういう人たちに近寄っていって、縁が結ばれてくる」

 重信房子がしたことはスポーツや起業ではないのである。重信房子が自分の罪を悔いているようには感じられないが、それに気づかせることができるのは寂聴のような坊主のコスプレ女ではなく、萬子媛のような筋金通った僧侶に違いない。

 彼女たちは日本のような国に生まれたからこそ、好き放題しても生かされ、交際の機会さえ与えられたわけである。国家反逆罪に問われたとたんに死刑、宗教者というだけで弾圧される国も世界には珍しくない。その自覚の片鱗さえ、彼女たちには見出せない。

 こうした寂聴の影響が日本人に及ばなかったとは思えない。団塊の全共闘世代が実権を握り始めてからなのか、日本の宗教界――仏教、キリスト教――は左傾化が著しいようだ。わたしはそれについて知らなかったので、ショックだった。

 検索して最初のほうに出てきたサイトを拾ってみた。カトリック教会からの悲鳴が沢山てきた。

宗教界の反日化一考:李下で冠を正す

●2013年03月27日
ベネディクト16世の生前退位の原因は韓国カトリック教会の暴走かもしれませんよ:突然日記

カトリック教会の左傾化(第1回) 東京純心女子大学教授 澤田昭夫 (月曜評論平成12年5月号掲載):相模大野キリスト教会

やはり反正平協のカトリック教徒は多いようだ:Heaven or Hell
2005-10-28

日本の教会をお救いください(2007 9/4):YUMENOSUKE ISLAND

[引用ここから]
主よ、あなたの教会があなたの教会を指導する司祭の多くが解放の神学により左傾化した思想を持ち、反体制的な運動に終始しています。
また彼らを信奉する左翼信者がその手足となり、カトリックの信者は左翼でなければならないという雰囲気にしています。

主よ、私は思うのです。あなたはなぜ私を日本に生まれさせられたのか?
日本と日本人の文化伝統を忌み嫌いかつての日本人を残虐な悪魔の手先かのように宣伝してまわること、天皇制を暴力の象徴などと勝手な解釈をすること。
こういったことのすべてが主よあなたから出されていることだとはとても思えないのです。

「平和・平和」などと叫びながら、反日反米の運動をして何が平和ですか?
今のカトリック教会の体制への攻撃が、それが平和主義を標榜する人たちのやるべきことでしょうか?

全ての創り主である神よ、あなたが私を20世紀後半の日本に生まれさせたのには意味があるのでしょうか?であるとすれば私はこう考えます。
私の自由意志であるのなら、日本ではなくアメリカに生まれ育ちたかった。
どちらかと言えば保守的排他的なムラ社会の力学が盛んな日本は嫌いでした。日本の文化も浪花節や演歌など、聴くのも嫌なほど大嫌いです。
日本の国家はもっと華やかな美しい曲であってほしいし、日の丸ももっと鮮やかな国旗であってほしい。

しかし私は、主よあなたが思し召しならばこの国を愛しこの国の人間として生涯をささげようと思っています。
大嫌いな日本人の国民性の中で神への愛のために生き抜こうと思っています。そう決心してこれまできましたものの、あなたの教会の指導者は、 日本の歴史文化を忌み嫌い、自虐史観を押し付けて、日本の国益より朝鮮半島や中国の国益を優先するよう教会の中で宣伝しています。

主よ、どうか教えてください。私は朝鮮半島や中国の国益を優先するためにこの国に生まれたのではないと、確信させてください。
平和を守るといいながら、日本人のものであるはずの憲法すら改正させようと しないものたちから、どうか日本の教会をお守りください。

主よ、あなたは私の心の中にこうおっしゃいました。
「自分の行きたい方向へ行こうとすればするほど遠のき、自分のやりたいことをやろうとすればするほど逆のことをやらないといけないようにする意地悪な運命。
そんな運命も自分から進んで自分の意志とは逆の方向へ全力で走ってみたら意地悪な運命も驚いて、一周廻って元に戻るかもしれないぞ。」
そう信じてこれまでやってきました。
果たして意地悪な運命は驚いて一周廻ってくれたのでしょうか?
私は自分はやりたいとかやりたくないとか、好きとか嫌いとかを抜きにして、どうしても左翼は間違っていると思いますし、共産主義は神への冒涜と思っています。
どうか、今現在の状況が、神のご意志でないことを確信させてください。
そして、純粋に信仰にのみ打ち込めるような教会の環境にしてください。

主よ、どうかこの世の中からマルキストを消滅させてください。
主よ、どうかこの世からフェミニズムを消滅させてください。
主よ、どうかこの世から極端な人権擁護主義を消滅させてください。

主よ、どうか日本のカトリック教会を正常な祈りの場に戻してください。
[引用ここまで]

 日本の宗教界でこのようなことが起きているとは。左翼思想、すなわちマルキシズムはそもそも宗教を否定する単純な唯物論なのである。両立ということは、ありえないのだ。

 仏教の場合は僧侶と教師を兼ねることも多いことから、日教組を通して左傾化が起きたと思われる。

 サイト検索では、牧師が左翼の横暴に耐えかねて、プロテスタントからカトリックに緊急避難する例まで見つかった。

 わたしは昨日、眠れなかった。

 こうした現象の元凶はしかし、ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラムなどGHQによる日本占領管理政策によるのではないかと思われる。江藤淳がそれについて著書を残しているようだ。未読なので、読んでみたい。 

 ここでわたしが単純な唯物論と書いたのは、自身の神秘主義的な観点からの表現である。『New Era Community』(日本アグニ・ヨガ協会、平成5年)の「用語解説」から二つの唯物論の違いに関する解説を紹介しておきたい。

[引用ここから]
唯物論 近代の唯物論は精神的な現象を二次的なものと見なし肉体感覚の対象以外の存在をすべて否定する傾向があるが、それに対して、古代思想につながる「霊的な意味での唯物論」は、宇宙の根本物質には様々な等級があることを認め、肉体感覚で認識できない精妙な物質と現象を研究する。近代の唯物論は紛れもない物質現象を偏見のために否定無視するので、「幼稚な唯物論」と呼ばれる。
[引用ここまで]

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "左傾化してゆくわが国の宗教界"

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2013年12月14日 (土)

トーセンソレイユ、太って痩せて8着。今年の文学雑感。

 児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』を書くために馬体験をし、すっかり馬にのめり込んでしまったわたし(賭け事はやりません)。

 競馬に出てくる馬は何といっても美しく、YouTubeにアップされた過去の動画をあれこれ見るのが楽しみとなりました。今は種馬として暮らしていますが、ディープインパクトの過去の活躍を見てファンになり、デスクトップ壁紙はディープです。

 その後、ディープの半妹であるトーセンソレイユのファンになりました。BSジャパン「ウイニング競馬」をよく観るようになりました。

 ディープの子供も沢山いますが、トーセンソレイユは華奢で優雅で――このような資質は競走馬には向かないのかもしれませんが――わたしの小説に出てくるペガサスに似ていると思ったのです。

 ペガサスは牡だと思っていましたが、自分で下手な絵を描いたら牝っぽくなってしまいました。それで、ペガサスの飼い主は最終的にミューズになったので(別の説も存在します)、牝あるいは両性具有でもおかしくないのではないか――ということで、勝手に妥協したのですね。

 で、出だしはよかったトーセンソレイユですが、調整が難しそうです。前回、秋初戦のローズSには馬体重+32㎏で出走。太らせすぎでは、と思いました。

 そして今回の愛知杯(GⅢ)では-14kgの馬体重。

 テレビ観戦ではちらっとしかわかりませんでしたが、トーセンソレイユ、後方にいて、おまけに少し口を開けて、きつそうに見えました。見間違いかもしれませんが。そのまま18頭中11着。

 1着は12番人気のフーラブライト、2着は14番人気のキャトルフィーユ、3着は13番人気のコスモネモシンでした。ちなみにトーセンソレイユは7番人気でした。

 何にしても、コンディションがもう一つという印象でした。

 武豊騎手が乗った1番人気のスマートレイヤーは6着、2番人気のアロマティコは14着、3番人気のゴールデンナンバーは13着という結果でしたから、競馬というものはなかなか予想が難しいようですね。

 わたしがもし馬券を買うとしたら(賭け事はしないので、あくまで仮定の話ですが)、大好きなトーセンソレイユは買わないでしょう。今は心身共に不安定な印象で、あまりやる気がないように見えるからです。

 これからもトーセンソレイユを見守りたいと思います。

 いつか、トーセンソレイユの暮らすノーザンファームに見学に行きたいものです。

 そういえば、夫は秋に山口の湯田温泉へ、かつての会社仲間と出かけましたが、メンバーの一人(メンバーは既に定年退職した人が多いのですが、その人はまだ現役です)に、奥様の実家が北海道で、競走馬の生産牧場だという人がいます。

 ノーザンファームではありませんが、有名な牧場です。いつか取材にいって、馬小説を書いてみたいものです。

 まあその前に書かなければならない小説があれこれあります。『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』もまだ出していない始末。

 細々とした用事に時間が潰えます。来年は少々主婦業をサボってでも、本腰を入れて初の歴史小説に取り組まなくては。でなければ、貴重な資料をもたらしてくださった郷土史家に申し訳が立ちません。

 電子書籍はその合間を縫って出していきたいと思っています。オンデマンドも考えているところです。割高になるので、買ってくださるかたがあるかどうかはわかりませんが。

 それにしても、日本の文学界がすっかり赤いとは知りませんでした。資本主義国に住んでいながら、学生の頃から文学を志してきたわたしは共産圏に住んでいるようなものだったのだとわかりました。説明しにくい不自由感、抑圧感、文学観の甚だしい違いはそれだったのだとつくづく納得。

 内部で書いている人には自覚がないかもしれませんが、日本で流行っている作品の傾向がはっきりそのことを裏書きしています。

 大正から昭和にかけてマルクス主義が知識人の間で流行り、質の高い作品が生まれましたが、それは元々教養のある貴族的な人々が純粋な動機からそれをやったからよかったのです。今の日本のマルキシズムはそれとは別物です。

 戦後、それまで知識人を熱中させたマルキシズムとは別の経路から、質の異なるマルキシズムが日本に入り込んできました。布教者はGHQに潜んでいたという話です。

 マルキシズムがキリスト教の一種であるとはよくいわれることですが、マルキシズムを続けるなら続けるで、もっときちんとした検証、研究がなされるべきでしょう。

 いずれにしてもわたしには、マルキシズムのような単純な唯物主義から優れた文学が生まれるとは到底思えません。今の日本の文学状況がそれを嫌というほど物語っていると思います。

 そもそも、明治の神仏分離で、それまでの日本人の宗教観は破壊されていました。わたしが書こうとしている初の歴史小説の主な舞台は江戸初期から中期ですが、その辺りまで背景に取り込みたいと思っています。

 この国でこれからもアマチュアとして書いていき、それでどうなるのか、わたしにはさっぱりわかりませんが、とりあえず初の歴史小説を完成させます。来年の今くらいには、大まかにでも書き上げていたいものです。

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2013年12月13日 (金)

おすすめ年賀状テンプレート・イラスト2014

 馬好きのわたしには、楽しい年賀状テンプレート・イラスト散策でした。まだまだ見逃している素敵なサイトがあるに違いありません。

年賀状わんパグ
 http://www.wanpagu.com/

印刷したときの色彩の美しさで圧倒的なのが、ここに置かれている年賀テンプレート、イラストです。描かれている動物はキュート、縁起物には品のよさが漂い、全体にすっきりしています。安定した品質の高さがあるという印象です。わたしは特に「シンプル馬デザイン」「切り絵風・馬」が気に入りました。

年賀状素材スープ
 http://pepero-nenga.com/

ぱあっと気持ちが明るくなるような作品が置かれています。かわいいいものと和風のものがあり、写真フレームも充実しています。和風テンプレートは拡大してみると、繊細な作りに驚かされます。

干支の年賀状 十二支
 http://www.nenga-juunisi.net

「午(馬)のファンシー年賀状」に置かれたユニコーンのイラストが夢のように華麗です。ペガサス・飛翔(準備中)とあり、これも楽しみです。「干支文字と縁起物年賀状」の歌舞伎(鏡獅子)のテンプレートは、1枚の年賀状を舞台に変えてしまうだけの風格があります。

年賀状プリント用フリー素材-冬はがき
 http://fuyuhagaki.websozai.jp/index.html

馬たちが個性的です。表情も、スタイルも、ポーズも。見てのお楽しみ! 「海の素材屋」の WEBstudio310 様が管理運営されている年賀状素材のサイトです。

赤ずきんちゃんのかわいい☆無料年賀状
 http://nengaakazukin.web.fc2.com/

ここの「メルヘン」コーナーにどんな作品が置かれているのか、毎年、胸をドキドキさせながら訪問させていただいています。今年も期待を裏切られることなく、メルヘンの世界は健在でした。ペガサスに乗って天翔る赤ずきんちゃん……。

individual locker : 個人専用ロッカー
 http://www.individuallocker.com/

もうこの方のイラストは、スタイリッシュとしかいいようがありません。絶妙なアイディアがそれを可能とするに違いありません。こんな年賀状を貰うと、新年から頭が冴えるでしょう。

年賀状桜屋
 http://www.sakurasozai.com/

馬車、木馬、メリーゴーランドなどが描かれた、ファンタジックなテンプレートが若い女性に好まれそうです。かぼちゃの馬車に乗っているのはシンデレラでしょうね。フォーマル年賀状もきらびやかです。わたしは「縁起物年賀状」のリアルな「折鶴と水仙」に見とれました。

mihoの年賀状
 http://www.mihosozai.net/

「おもしろバージョン」には、何と大ヒットドラマ「半沢直樹」の「倍返しだ!」をイラストにしたテンプレートが置かれています。ユニークな意匠ですが、出したあとで悩まないようにしてくださいね……ほほほ……。朝ドラ「あまちゃん」の「じぇじぇじぇ!」もありますよ。間違い探しができるテンプレートも面白いですね。例年通りスポーツ、音楽テンプレートも置かれています。

年賀状そざい苑
 http://bluedaisy.rojo.jp/nengaen/

馬たちが素敵です。春爛漫という気分になります。「洋風リアル系」の「森の出会い」は児童書の挿絵のようです。別館「馬のかわいい年賀状」にはキュートな馬たちがいます。「キラキラ宝石系」は豪華~! わたしは「和風」に置かれた「梅と馬」を使ってみたい気がします。

KF STUDIO
 http://www.kfstudio.net

子供に喜ばれそうな年賀テンプレートが置かれています。置かれている年賀状テンプレートの数は多くはありませんが、とってもかわいらしい。

AKの年賀状テンプレート
 http://www.art-kaede.com/

綺麗で、きちんとしていて、物柔らかで……お正月らしいテンプレートが豊富に置かれています。イラストに説明の添えられている心遣いが嬉しいですね。 迷ったときはここへ。

キヤノン クリエイティブパーク
 http://www.canon.com/c-park/

キヤノン株式会社のサイトです。「年賀状作成おたすけサイト」はありがたいコーナーです。粒ぞろいの年賀状テンプレートが置かれています。

郵便年賀.jp
  http://yubin-nenga.jp

ご存じ日本郵政グループのサイト。ここへ行けば、全てととのいます。使うかどうかは別として、わたしはとりあえず最新の無料ソフト「はがきデザインキット」をダウンロード、更新しました。

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2013年12月12日 (木)

「シャガール展」に出かけて

 大学時代、シャガールはとても人気があった。シャガールはその頃から何回か観ているが、なぜかいつも夫と一緒に出かけている。

 そして、12月8日の最終日に出かけた「シャガール展」。

 大分市子育て支援サイトnaanaを参考にさせていただくと、以下のような展示内容。

●油彩
「エッフェル塔と新婚の二人」1928年
「恋人たちとマーガレットの花」1949 - 50年

●版画
「母性」全5点、1926年
「アラビアンナイトからの4つの物語」全12点の内5点、1948年
「バイブル 」全105点、1956年
「悪童物語」全10点、1958年
「ダフニスとクロエ」全42点、1961年
「出エジプト記」全24点、1966年
「サーカス」全38点、1967年
「オデッセイ」全43点、1975年

 広告には、「愛と幻想の色彩画家」とあったが、わたしの中にあったシャガールはまさにそんなイメージだった。

 広告に使われていた「エッフェル塔の二人」という1928年の大きな油絵などはそのイメージにぴったりで、実物は美しかった。豊かな画風でありながら、案外すっきりしているという印象を受けた。

 エッフェル塔を背景に寄り添っている二人は画家とベラ。十字に仕切られた窓の一角から入ってきている緑色のワンピースを着た天使は娘。窓の外に広がる赤い絨毯のような敷地にはエッフェル塔がある。

 シャガールは愛妻家で有名で、特に最初の妻ベラは美貌と知性、霊感に満ちた女性ということで有名だ。シャガール関係の本は何冊か読んだので、何というタイトルの本で読んだか記憶が定かでないが、ベラは自身の死を予知していたという。

『〈愛蔵普及版〉現代世界美術全集 17 シャガール』(集英社、1971年)に、印象的な2枚のベラを描いた絵がある。

 1枚は「黒い手袋をはめた私のフィアンセ」(1909年、カンヴァス、油彩、88×94 バーゼル美術館蔵)というタイトルの絵。やや横向きのベラは紫色のベレー帽を被り、ストレートヘア、長袖の襟のある白い服を着ていて、黒手袋をはめた両手を腰に当てている。若々しく、凜々しい表情で、女性だけれどもダンディだ。ベラはベラ・ローゼンフェルトといい、裕福なユダヤ人宝石商の娘だった。

 もう1枚は「緑衣のベラ」(1934~35年、カンヴァス、油彩、100×81 アムステルダム市立美術館蔵)という年月を経たベラだ。このベラが魅力的なので、画集から、ちょっと写真を撮ってみた(スミマセン……)。

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 成熟を感じさせるベラで、ひじょうに知的そうで、感性も豊かそうな中年女性だ。

 シャガールにとってかけがえのない伴侶であったベラはこの後、1944年9月、シャガールが57歳のときに感染症で急死する。夫妻はニューヨークにいたが、8月にパリが解放されたところだった。ユダヤ人夫妻にとって困難の多かった第二次大戦の時代がやっと過ぎ去ろうとしていたのに。

 シャガールの描く作品のそこここに、目の大きな、凜とした表情の人物があらわれるが、わたしはそれらの人物から、どうしてもベラを連想してしまう。

 シャガールは愛妻の死に打ちのめされるが、では哀悼のうちに一生を終えたかというと、そんなことはなく、その後、二人の女性と一緒になっている。

 英国女性ヴァージニア(ヴァージニア・ハガード)と一緒になった時期があり、男児をもうけている。その関係の破綻後、ヴァヴァ(ヴァランティーヌ・ブロドスキー)と結婚。

 ヴァージニアの存在は今回調べてみるまで、わたしは知らなかった。以下のブログに詳しい。

 シャガールは女性なしではいられない男性だったのだろう。何より画業にとって、女性は霊感の源泉だったようだ。

 とにかくシャガールというと、そうした愛の歓びとそれを喪失した哀しみを描く画家というイメージだったのだが、今回は版画が多く、それも旧約聖書の挿し絵が充実していたことが意外な嬉しさだった。

 わたしは萬子媛をモデルにした歴史小説が終わった後、長編児童小説『不思議な接着剤』の続きを書きたいと考えていて、その題材であるマグダラのマリアとの関連からも、興味深く鑑賞した。

 女性たちとの愛を描くとき、シャガールは開花するようにひろがり、また空高く飛ぶのが好きで、遠心的になるが、聖書を描くときは題材の人物やエピソードに迫るかのように、求心的になる傾向があるように感じられた。

 キリスト教的に形式化された旧約聖書と、ユダヤ人シャガールを通して知る旧約聖書は別物の感がある。

 物語性が豊かなのだ。ギリシア神話と同じような描きかたで、厳然としたものを感じさせながらもユダヤ神話というムードがある。イエスの死後しばらくして(?)生まれたユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』のうちの旧約時代篇がそうだ。

 というより、シャガールはヨセフスのようなユダヤ人によって語られる旧約聖書に馴染んでいただろううから、連想させられるのは当然か。

 版画作品でモノクロなのだが、人間も動物も素朴でありながら尊厳を感じさせられる厚みがあり、きりっとした表情。

 以下は、美術展でメモしたシャガールの言葉。

私にとって『聖書』を描くという行為は純粋に詩的なものを描き出すという点で、花束を描く行為とそう違っているわけではない。

 また解説にはこうあった。

ここで紹介する『聖書』は旧約聖書の物語集。ユダヤ人の家庭に生まれたシャガールにとって、最も身近であり重要なテーマのひとつです。〔……〕モーセに導かれたユダヤ人のエジプト脱出の物語は、第二次大戦中のユダヤ民族大虐殺を逃れるため、アメリカに亡命したシャガールの心を捉えたテーマです。

 これは余談だが、バッグから手帳とボールペンを取り出してメモをとろうとすると、係の人が飛んできて、鉛筆を渡し、「ここでは鉛筆しか使えないことになっています。どうぞ、それをずっとお持ちください」といわれた。

 美術展には何度となく行き、その度にメモをとってきたが、こういわれたのは初めてだった。鉛筆以外だと、落書きされたときに大変だからだろうか。念のために紙は自前のものでよいか尋ねると、それは構わないとのことだった。

 ところで、わたしは昔からキリスト教における旧約聖書と新約聖書の関係を怪訝に思ってきたのだが、旧約聖書中最も威光を放つ人物はモーセだろう。そのモーセは紀元前13世紀頃の人とされる。

 モーセはイスラエルの民を率いてエジプトを脱出した。そのころエジプトは第19王朝(紀元前1293年頃 - 紀元前1185年頃)のラムセス2世の時代だったと考えられている。そのころ中国は殷の時代。

 何か語られようと、神話の域でしか考えられないこうした古い時代の物語がまるでイエスの時代のつい昨日であったかのように語られる異様さ。

 イエスが亡くなったのは30年頃とされるが、同じ頃に生まれた前掲のユダヤの歴史家フラウィウス・ヨセフス(37年 - 100年頃)の著書は現代的といってもいいくらいの筆致なのだ。何しろモーセを描くのに、スピーチの手法を採り入れるくらいなのだから。

 その頃、中国ではイエスの死を挟んで前漢から後漢の時代となった。イエスの時代はもう神話の時代と考えるには新しすぎるのだが、キリスト教では歴史が神話に、神話が歴史になっているような倒錯がある。 

 話を「シャガール展」に戻すと、サーカスをテーマとしたものもよかった。以下は美術展でメモしたもの。

私には道化もアクロバットの役者も、みんな悲劇的なまでに人間らしい存在だと思われた。どこかで見た宗教画の中の人物によく似ているような気がした

 愛の性質も、宗教観も、個人の資質が大きく物をいうとはいえ、シャガールの場合、それらは当然ながらユダヤ教の懐から溢れ出たものといえるだろう。その愛も宗教観もキリスト教とはやはりどことなく異質なもので、純朴さが特徴的である。

 キリスト教のそれは如何に崇高であっても、どこか作為的で、作り物めいた感じをどうしても受けてしまうのだ。

 付記1:
 昨日、古い時代のことを考えながらこれを書いていた午後7時頃、仕事帰りの娘から「何か買い物ある?」とメールがあったとき、「帰っておいで、我が子よ」と返信してしまった。娘はしばらく沈黙したあと、爆笑しながら電話してきた。

 一昨日の夜、息子と電話で話したとき、「萬子媛の歴史小説のために貴重な歴史資料を提供してくださった郷土史家が凄いわよ。綿密な作業には驚かされるし、何よりも純粋な姿勢が感じられて心が洗われたの」と話したら、「郷土史家には中学や高校の先生だった人が多いね。郷土史家はあなどれないものだよ。地味な作業を、有名になろうという野望とは無縁に根気よくコツコツ続けているといった感じだよね。不思議なことに、彼らはどの地方にも存在する」と共感を示した。

 付記2:
  ユダヤの神話:Wikipediaに、「「イスラエル人たちが神と結んだ契約については繰り返し語られているが、申命記のそれはアッシリアが属国に結ばせた宗主権条約文と類似の構造を持つことが指摘されている。つまり、大国と属国との契約関係を、イスラエル人は神と自分達との契約に置き換えたのである」とある。これは……。

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2013年12月10日 (火)

今朝、ファクスでEIN(米国納税者番号)が届きました

 アメリカの企業であるAmazon KDPから今後も電子書籍を出し続けるのであれば、アメリカの源泉徴収の税金免除を受けておこうと思い立ちました。

 税金免除を受けるほど、電子書籍の売り上げがあるわけではありませんが、少ないからこそ貴重な収入であるわけですから。

 そのために必要なEIN(米国納税者番号)をファクスで申請していました。

 ファクスで届く場合は3日ほど見ておけばいいようでしたが、それを過ぎても届かないので、郵送で届くのだろうか、はたまた記載ミスのために放置されたのかしら、と気を揉んでいました。

 早朝、「表示圏外です、表示圏外です」と、電話機から聴こえてきました。もしや、と思ったら、やはり待っていたファクスが届いたのでした。

 こちらの時間は6時33分でした。あちらからの送信日時はDEC-09-2013 16:48となっていました。この時間差です。

 土日が挟まったために、通常より届くのが遅かったのかもしれません。

 手書きのEIN(数字)が判読しにくかったのですが、それをAmazonに報告するために、KDPの「税に関する情報」を更新しました。以前は書類を郵送しなければならなかったのですが、現在ではオンライン上で記入できるようになりました。

 参考にさせていただいた記事を、以下に紹介させていただきます。どの記事もわかりやすく書かれていて、本当に助かりました。ありがとうございました!

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プチぬいぐるみのレンレンにお友達ができました(靴下にゃんこ&ロッシ―)

Petit

 向かって右端は、以下の記事で紹介したプチぬいぐるみのレンレンです。レンレンという名がついていました。わたしの携帯電話につけています。小さなぬいぐるみなのです。

 そのレンレンに、お友達を連れてきたのは――例によって――娘です。靴下にゃんことロッシ―ですが、大きさがレンレンと同じくらいでびっくりしました。

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2013年12月 9日 (月)

昼間は頻脈が続き、さきほど胸の圧迫感に1スプレー

昼間は頻脈が続き、今胸の圧迫感に1スプレー

久しぶりに携帯からです。
今日は朝から頻脈気味で、朝の薬を飲んでも治まらず、昼の薬を飲んだら、いくらかましになりましたが、頻脈が続き、圧迫感も出てきたので、ミオコールスプレーを使いました。

昨日、最終日のシャガール展に行ったので、その疲れでしょう。

美術展のあとでスーパーへ行き、帰宅して夕飯作りをするはずが、疲れすぎていて無理でした。

今日も疲れるほどのことはしていないのに、心臓が悲鳴を上げています。寒さのせいかもしれません。

ホント、情けないですね。こんなことで、萬子媛の歴史小説が書けるのでしょうか。

本格的にスタートさせるのは来年からで、今年は電子書籍や書いておきたいエッセー、また家庭の雑用に費やす予定です。

シャガール展のことを書こうと、メモをとっていたところでした。

大学時代、シャガールはとても人気がありました。シャガールはその頃から何回か観ていますが、なぜかいつも夫と一緒です。

今回は版画が多く、それも旧約聖書の挿し絵が充実しており、わたしは歴史小説のあとに書きたいと思っている長編児童小説『不思議な接着剤』で扱うマグダラのマリアとの関連からも、興味深く鑑賞しました。

キリスト教を通して知る妙な手が加わり、形式化された旧約聖書と、ユダヤ人シャガールを通して知る旧約聖書は別物の感があります。

物語性が豊かなのですね。古代のユダヤ人の歴史家フラウィウス・ヨセフスのユダヤ古代誌のうちの旧約時代篇がそうです。

というより、シャガールはヨセフスのようなユダヤ人によって語られる旧約聖書に馴染んでいたでしょうから、連想させられるのは当然でしょうが。

話は変わりますが、小学校6年生の頃から娘は橋本病(甲状腺機能低下症)で、この方面の治療で有名な別府市にある野口病院に、だいたい半年に1度の割合で通っています。

足りない甲状腺ホルモンを補うために薬を貰っていますが、診察を受けて橋本病の経過観察をしていただき、その量が適切かどうかをチェックして貰っています。

ここ半年~1年は薬が効きすぎているようだということで、3ヶ月前に薬の量を減らされ、それが適量かどうか今日診察に行きました。

娘がいうには、薬が減ったら何回か起きた眩暈がなくなったそうです。

わたしは娘が会社から出たところで眩暈がしたといったとき、薬の量が適切でなくなっているのではないかと思い、野口病院に行ってみたらといいました。

が、娘は遠いから嫌だとか何とかいうので、わたしの通う循環器クリニックを勧めたら、先生を気に入っている風の娘は受診しました。

診断結果は過去記事に書いているはずですが、「何だろうね?」といった風のニュアンスではなかったでしょうか。

で、今日の診察ではまだやや効きすぎているそうですが、一気に減らしすぎるのも……ということで、今のまま半年後の受診となりました。

また眩暈とか動悸がしたら、野口病院に行きなさいといいました。

このまま薬が必要なくなればいいのですが、ホルモンの病気は一生経過観察が必要でしょうね。

甲状腺ホルモンや副甲状腺ホルモンは循環器に影響するので、わたしも副甲状腺とって貰ったら頻脈がなくなるのではと思ってしまいます。

まだ心臓は不安定ですが、急いで夕飯の支度をしなければ。

今日は夕方までにシャガール展の感想、プチぬいぐるみの紹介をし、電子書籍を完成に持っていきたいと思っていましたが、どれもできませんでした。

比較的最近加わったサンリズムを含む5種類の心臓の薬はオーバーワークにさえならなければ、よく効いています。

問題は、本当にちょっとしたことで、すぐにオーバーワークになってしまうことです。

体力の容量小さすぎます。発作の報告をすると、先生が最近不機嫌な顔をされるので、あまりニトロ使いたくありません。ニトロを使うことは問題ないようですが、治療効果の上がらない患者にうんざりなさっているのでしょうね。

患者本人、心底うんざりしていますから、無理もありません。

仕方ありません、病人なんだもの。何とか体調をコントロールしながら、萬子媛のご加護を祈りつつ、来年は初の歴史小説に取り組みますわよ。

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2013年12月 8日 (日)

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます! 

 12月1日ごろ、アメリカのアマゾンでお買い上げいただいたようです。

 以前は電子書籍をお買い上げいただくと、すぐに感謝とご報告の記事を書いていましたが、現在は1週間くらいの時間を置いて書くようにしています。

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は16冊目のお買い上げでした。アメリカでのこの本のお買い上げは、5冊目でした。とても嬉しいです。

 サンプルをダウンロードできます。
     ↓

 初の歴史小説を書く間の気晴らしのつもりで作成し始めた『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』ですが、まだ完成していません。参考、備考を挿入し、校正していると、どうしても時間がかかります。400字詰め原稿用紙にして50枚くらい。短いので、100円にしようと思っています。

C5g1_blog

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ビーツの残りで作ったサラダ

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 ボルシチの材料の残りで作ったサラダが美味しくて、家族に好評でした♪

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 ビーツ、ジャガイモ(インカの目覚め)、数日前にプランター最後のバジルでバジルソースを作ったときの残りのクルミ(松の実とクルミで作りました)を、やはり残りもののサワークリームとマヨネーズを合わせたものであえました。

 クルミはフライパンで煎って、刻みます。クルミのかけらを残しておいて、最後に天辺にのせればよかったと思いました。サワークリームはマヨネーズと混ぜすぎず、塊をいくらか残しておくとクリームのような味わいが楽しめて、美味しいです。ビーツとサワークリームって本当に合います。クルミは絶対にあったほうがいいです。

 メインは炊飯器で作ったエビピラフでした。ニンニク、玉葱のみじん切りをオリーブオイルで炒め、そこへ加えた米を透き通るまで炒めて炊飯器へ。スープを注ぎ、酒、塩を加えて混ぜ、コーン缶のコーンをのせて炊くだけ。

 ブラックタイガーは一緒に炊き込まず、オリーブオイルで炒め、あとで混ぜました。刻んだパセリ、バター、こしょうも加えて混ぜます。このエビピラフも好評。これに白ネギ、卵のスープ。

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 そういえば、前掲の過去記事で書いたショウガはまだみずみずしい中身を保っています。下の写真はついきっき撮影したもの。

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 このショウガで昨夜作ったショウガ湯です。お茶そっくりの色になりましたが、おろしショウガ――これは滓をのぞいた汁ですが――をたっぷり入れるとこんな色になります。

 このショウガ湯を飲んで寝ると、わたしは喘息が出ません。ショウガ湯にはハチミツもいいですが、黒砂糖を入れても美味しいです。黒砂糖を入れると、色が茶色になります。

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2013年12月 6日 (金)

このニュースは凄い!――民主政権の3年余で、防衛秘密3万件廃棄

 昨日から、特定秘密保護法案をめぐる与野党の攻防が続いている。

 この特定秘密保護法案は1985年に第102回国会で議員立法として提出されたが、第103回国会で審議未了で廃案となった国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案 (通称「スパイ防止法」)の焼き直しともいわれているようだ。

 この二つの法案について、わたし同様よく知らない方々もいらっしゃると思うので、ウィキペディアの各項目へリンクを貼っておく。

 日本にはスパイ防止法すらなかったのだということに、改めて気づかされた。そうしたところへ思わずコピペしたくなった以下のニュース。

防衛秘密3万件廃棄=民主政権の3年余で―安倍首相
  時事通信 12月6日(金)17時32分配信

安倍晋三首相は6日発売の夕刊紙のインタビューで、民主党が特定秘密保護法案を「情報隠し法案」と批判していることに関連し、「これまで約4万件の防衛秘密が廃棄されたが、その4分の3に当たる約3万件が、たった3年3カ月の民主党政権時に廃棄されたことは特筆すべきだ」と述べ、民主党をけん制した。政府が11月に閣議決定した答弁書によると、防衛省は2012年までの6年間に、約4万2100件の防衛秘密の文書・図画を廃棄している。

 わたしは最初から民主党を疑わしく思っていたわけではない。国会中継をよく視聴するので、そうした中で不審感が膨らんでいったのだった。民主党には優れた議員もいらっしゃるので、こう一括りにすることには問題があるのだろうが、不審を抱かせる議員が多いことは確かだ。

 前掲のニュースを読んで、このニュースは凄いと思ったとき、同じようなタイトルの記事を前にも書いた気がして調べてみると、あった。

 官邸に「左翼80人」入り込んでいた 飯島内閣官房参与が明かした「惨状」――というニフティニュースにリンクした記事なのだが、リンク先のニュースは既に消えている。

 ニュースは過去に遡って調べることで改めてわかってくることも多いのに、すぐに消えてしまうのは残念である。

 マスコミは、特定秘密保護法案に関して、言論の弾圧、知る権利の剥奪などと騒ぎ立てているけれども、そう騒ぎ立てているマスコミのほうがよほど国民の知る権利を尊重せず、自分たちの勝手にしてきたのではないかと思う(勿論、その中にも優れた人々がいらっしゃるからこそ、わたしはこういうブログ記事を書けるのである)。

 その証拠に、官邸に「左翼80人」入り込んでいた民主政権の3年余で防衛秘密3万件廃棄といった戦慄すべきニュースは話題にもならず、消えるに任される。 そういえば、岡崎氏が極左翼、前科者に官邸フリーパスを乱発したといわれていた。岡崎氏は第83代国家公安委員会委員長、内閣府特命担当大臣、民主党副代表を歴任した人物なのである。

 こういうニュースこそ知りたい、マスコミに追及してほしいと思う国民はわたし1人ではないと思う。特定秘密保護法案が出てきたこうした深刻な背景をマスコミは国民に報道する義務があるはずだ。

 多くの国民は無力な存在で、マスコミに強調して貰わないと意識できないからである。

 以下は、岡崎氏を国会で追及していた参議院議員、西田昌司氏の特定秘密保護法に関する動画である。

 そして以下は、秘密保護法反対デモを行う人々を捉えた動画である。

 どちらを信頼するかは、人それぞれ、自分で決めるしかない。

追記:6日夜、参議院本会議で、自民・公明両党の賛成多数で可決され、成立。

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2013年12月 5日 (木)

秘密保護法案は参院特別委で可決、本会議採決は6日

 紛糾していた国会ですが、秘密保護法案は参院特別委で可決されました。本会議採決は6日に持ち越しとなる見通しです。

 反対運動が盛り上がっていますが、動画で映し出された様子を見ると、かつての学生運動を連想してしまいました。

 あのときは相当に学校が壊されました。弁償もしていない彼らは革命思想に基づいて――というより、かぶれて、というほうが適切でしょう――あれをやったわけですが、結構ぬくぬくと就職し(大臣に就職?した人までいる始末)、ぬくぬくと退職して(そのまま居座って会社を牛耳っている人も多いでしょう)、安定した老後を楽しみながら今またあんな運動を繰り広げられても――と白けてしまうのはわたしだけでしょうか。まあ、そのときの人々とあの人たちが重なるのかどうかはわかりませんが。

 民主政権のときに日本がスパイ天国であることを見せつけられ(それも国会という場でです。でも、事態はなかったことのように推移してしまいました)、韓国の旗の前でお辞儀をしている時の首相。日本の水源、土地を中国に買い漁られている現実。進まない拉致問題。全部、国会で真摯に問われていたことです。ニュースではほとんど採り上げられませんでした。日本の放送局とは思えないのです。

 そして、現在の防空識別圏問題。

 ただ成立を急ぐあまり、内容の詰めが不十分だと、これは勿論問題ですが、そこのところをわたしは自分できちんと調べていません。専門的な知識が必要なこともありますし、民主政権時代ほどには明日にも日本が終わるような恐怖を覚えなくなったからということもあります。

 依然として危うい日本ですし、わたし個人の生活も苦しく、この先どうなるのだろうと思うと、お先真っ暗な気分になりますが、あの民主政権が続いていたら、この状況はもっとひどかっただろうと思うだけです。テレビは偏ることなく、報道に努めてほしいものです。

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今頃になってEIN

 今頃になって、この先もKindleで自己出版を続けるつもりであれば、アメリカの源泉徴収の税金免除を受けるために、手続きをしておいたほうがいいかな、という気になりました。

 それにはEIN(米国納税者番号)を取得する必要があります。

 売り上げはアマゾンから報告が届いても見なくなってしまったくらいかわいいものですし、TPPでそのうち手続きが要らなくなるんじゃないかしら、あとでいいわ、あとで……と先延ばしにしてきたのでした。

 が、この時期になると、今年中に済ませるべき仕事を残しているような気がしてしまったのですね。

 どうやるかは前に調べたことがありましたが、すっかり忘れてしまったので、改めて調べてみると、情報に結構バラつきがありました。

 記入ミスがあると、放置されるそうです。また、ファクス番号を記入したとしても、郵送で届いたため3週間かかった――というブログ記事を複数閲覧しました。

 前に調べたときは、送信先の番号がくらくら変わるということで、騒ぎとなっていた――というとオーバーですが――気がします。アメリカにファクスを送ることを考えただけで、こちらは頭がくらくらします。

 昔、船員をしていた父が3人のアメリカ人の少女にわたしのことを紹介したため、その3人のアメリカ人と文通していましたが、そのときのことはほとんど忘れてしまいました。

 マリーという少女の写真が同性の目で見ても惚れ惚れとするくらい美しかったのを覚えています。長い金髪の髪に青い目。でも、英語が苦手で、書きたいことをうまく書けない苛立ちからやめてしまいました。

 滅茶苦茶なわたしの英語に、マリーは優しくつき合ってくれたのに。マリーはどんな中年女性になっているのでしょうか。確か彼女は水瓶座でした。

 話が逸れましたが、送信先の最新のファクス番号を調べておこうと、そちらに行ってみました。

 Kindle作家さんたちの記事を参考にさせていただき、何とか記入し終えて送信しました。あー疲れた! あれでよかったのかどうかはわかりませんが。

 この免税対策と並行して、オンデマンドについて調べていました。気にかかる著作権のことなど。

 4980円で、書籍をAmazonから出版できるWebサービスを行っているのは、デザインエッグ株式会社。ISBNが発行され、注文のたびにAmazonのプリント・オン・デマンドで印刷されるというもの。インターネット上にPDFファイルなどの原稿をアップロードする必要があるようです。

 Kindle本を始めるときに購入した「一太郎 2012承」で簡単にPDFファイルを作成できます。電子書籍のことを本気で考え始めたのは、昨年の今頃でしたっけ。

 オンデマンドは来年の課題となりそうです。

 雑用で中断していた『気まぐれに芥川賞作品を読む ①2007 - 2012』を仕上げ、早く萬子媛の小説に戻らなくては。

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2013年12月 3日 (火)

KDPに、ローマ字表記の件で問い合わせ

 過去記事で書きましたが、以下の問い合わせをKDPにしました。

件名: 本の登録で、著者のローマ字表記を変更する場合について

いつもお世話になっております。

本の登録に関する質問です。

次回の本の登録時から、「著者等のローマ字表記」をこれまでの日本式表記NAOTSUKA MAKIから、姓(苗字)が名前のあとに来る英語式表記MAKI NAOTSUKAに改めたいと考えているのですが、これまでに出版していただいた本も全部、MAKI NAOTSUKAに編集し直した方がよいでしょうか?
と言いますのも、海外で検索される際にNAOTSUKA MAKIとMAKI NAOTSUKAが別人として扱われるのではないかという心配をしているためです。

御回答いただければ幸いに思います。

 しばらくして、回答がありました。

「KDPへのお問い合わ​せ」

Kindle ダイレクト・パブリッシングにお問い合わせいただき、ありがとうございます。

Amazon.comでNAOTSUKA MAKIとMAKI NAOTSUKAで検索しても、お客様の書籍は問題なく出てきますが、 本の諸委細ページで著者名をクリックしたときに、名前が同一でないと検索結果に出てこない可能性もございますので、変更されることを推奨いたします。

Kindleダイレクト・パブリッシングをご利用いただき誠にありがとうございます。

 ということで、これまでに出した13冊を全て、NAOTSUKA MAKIからMAKI NAOTSUKAに変更したところです。

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ショウガ湯。ボルシチ。

 娘が風邪をひき、昨日のお休みは寝ていたので、夜、ショウガ湯を作りました。好評だったので、今朝も娘はまだ風邪は撃退できていない様子でしたが、休まずに出勤するくというので、再びしょうが湯。

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 娘の馬のペンダントを買ったときにアナ スイで貰った容器に入れてみました。普段はマグカップに作ります。

 華奢なので、外出用には向きません。家族はいずれもステンレス タンブラーを出勤時に持って出ています。暑いときは冷たい麦茶、この時期にはノンシュガーの熱い紅茶です。

 すり下ろしたショウガをマグカップに入れ、沸騰させた湯を大さじ1杯のハチミツに注ぐようにして入れて混ぜれば、ショウガ湯の出来上がり。

 子供たちが小さいときはよく、ジャムの空き瓶に千切りの大根をぎゅうぎゅう詰めにして、上からたっぷりのハチミツを垂らし、蓋をしておいて、出てきた汁を飲ませていました。これは姑直伝の風邪の秘薬です。

 成長したらこれを飲まなくなったので、ショウガ湯。夫には以前はよく卵酒を作っていました。すると、風邪でもないときに始終卵酒というようになったので、作らなくなってしまいました。

 2週間くらい前になるでしょうか、夫にショウガの買い物を頼んだら、沢山入ったのを買ってきました。ちょっとした買い物であれば、抵抗なく行ってくれるようになったので助かります。わたしはちょっとでも外出すると、ひどく疲れてしまうので(ウォーキングはドクターストップでした)。

 ショウガを冷蔵庫で保管すると、すぐに駄目になってしまうので、ネットに入れて吊ってみようかと思いました。夏、篭に入れておいたら、しわしわになりましたが、この時期に吊ってみたらいいかもしれないと思ったのですね。

 その前にニンニクを吊ってみて、よい感触だったので。

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 10月31日に出荷されたニンニク。

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 皮をむいた今日の姿。二つに割ってみました。中はみずみずしく、今作っているボルシチに使いました。ひと月前に買ったにしては、綺麗でしょ。

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 吊るといっても、適当な場所が見つからなかったので、ワゴンの縁にフックで掛けています。上に食器乾燥機とミキサー、下に米櫃とか俎などのキッチン用品を置き、側面の目隠しにカレンダーをかけています。ネットは水切りネットです。せっかくのカレンダーの写真が見えなくなってしまいましたが(パリのエッフェル塔)。

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 ショウガ湯を作るために、端の丸いところをポキッと折って、そのままネットに戻しました。

 今日はボルシチ。娘には、体調次第ではお粥になるかもしれませんけれど。

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 ボルシチに欠かせないものたち。ビーツ、サワークリーム、セロリ。他にキャベツ、玉葱、ジャガイモ、ニンジン。トマトを入れることもありますが、今日は入れません。ボルシチ、体がとても温まりますよ。以下は昨年のボルシチの記事。

 ボルシチには牛角を使うので、肉がやわらかくなるまでに時間がかかります。今日は午後3時半からコトコトと肉を煮始めました。灰汁がすごいので、今日は肉をざっとゆがいてから鍋でニンニクと一緒にサラダ油で炒め、月桂樹の葉っぱを入れて煮ました。

 柔らかくなったので一旦火を止め、この記事を書いています。今日は小説関係をしていないので、優雅な時間がゆったりと過ぎました。

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2013年12月 2日 (月)

楽しそうな3D制作

Sakuru2d1

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 ブレンダーで3D制作にはまっている夫。

 上二つの画像は、夫が練習のために『キャラクターをつくろう! 3DCG日和。 vol.3』(友、ビー・エヌ・エヌ新社 、2012年6月)を見て制作した3Dを2Dにしたもの。

 3Dで、動かしたり、光を当てたり、また角度を変えてみたりしているところを傍で見ていると、面白くて、わたしもやってみたくなります。

 ブレンダーBlenderというのは、オープンソースの3次元コンピュータグラフィックスソフトウェアです。

 無料でダウンロードでき、入門サイトもいろいろとあり、夫が購入した本もあるので、ダウンロードしたくなること頻りなのですが、これにはまると、小説が書けなくなると思うので、自制しているところです。

 以下は夫のオリジナル。年賀状のために作ってくれたもの。

Horsenblog1_5

Horsenblog4

Horsenblog2

 下は、背景を透過したもの。

Horse_blog_5_3

 そういえば、年賀状作成の季節になりましたね。以下の昨年の記事にアクセスが増えてきました。

 ずいぶんぎりぎりにアップしていますが、今年は早めに年賀状を書きたいものです。夫が作ってくれた馬と少女の画像を使ったり、電子書籍にした画像を使ったりもしますが、フリー素材屋さんのお世話にもなることと思います。

 なるべく早めに最新の「おすすめ年賀状テンプレート・イラスト」の記事をアップしたいと考えています。あれこれすることが多くて気が散りがちなので、忘れないようにしなくては。

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2013年12月 1日 (日)

『日田文學』編集人から届いたお手紙

『日田文學』(特別号)の発行計画が中止となり、わたしはそれを知らず(郵便事故だったのか、参加希望の葉書が届かなかった由)、掲載希望作品『昼下がりのカタルシス』、それが駄目だった場合の参考作品として『詩人の死』とジャンル違いだとは思ったが『田中さんちにやってきたペガサス』を同封し、編集人の江川さんに送っていた。

 中止になったことを発行人の河津さんからお聴きし、既に送ったあとだったので、江川さんに電話をかけた。

 江川さんは発行中止になって申し訳なかったとおっしゃった。そのことを知らずに、3作もの作品を送ってしまったことをわたしは詫びた。原稿を送り返しましょうとおっしゃったので、それは処分してくださって結構ですといった。

 発行計画が中止になった理由は江川さんの体調不良ということのようであったが、それを窺わせる様子で、何となく生気がないように感じられた。

 お手紙には、わたし以外の2、3人から問い合わせがあったとのこと。

 ところで、わたしは最近、年のいった人に何か送ったり、メールしたりするのがすっかり怖くなってしまった。届かないことがよくあるので。

 それで、河津さんにお送りする約束の雑誌をまだ送っていない。わたしが送らなくとも入手可能ということもあるが、以前送ったメールも、看護師さんに残した伝言(河津さんはドクター)も、厚い封筒も届いていなかったようなのだ。

 今年中には送るつもりだが、何となく怖い。

 萬子媛関係をファクスで問い合わせた神社からの返信もなかったし(わざわざあちらからファクス番号を教えてくださったにも拘わらず)、佐賀大学の先生(絵本『萬媛』の企画者)、妹、お嬢さんを介して接触することのできた識者とは郵送、ファクスでは交信可能だが、メールは3度送って1度も届いていないという。それで、メールするときはファクスも送ることにしている。

 ちなみに、お嬢さんのメールもお父上(識者)に届かないそうで、識者のメールボックスの迷惑フォルダなど見ても入っていなかったという奇怪さだ。セキュリティが効き過ぎているのかもしれないと想像するしかない。

 過日、多くの資料を送ってくださった封書には、改めてご自身のメールアドレスがしたためてあったので、わたしはそのアドレスと照合した上で前にいただいたメールの返信ボタンを押して文面を書き、送信したのだが、果たして着信したのかどうか。

 何だか次元の異なる世界で暮らしているかのよう。

 で、話題が逸れたが、江川さんは3作を返送してくださったばかりか、心の籠もったお手紙が添えられており、3作の感想がしたためられていた。かなり褒めてくださっていて、お体のことが本気で心配になった。

 でも、ジャンル違いの児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』についても、大変楽しく読んだとあり、「挿話を有効に挿入し、話題と人物を巧みに構成されて、Nさん独特の文脈で展開していく小説世界に興味深く浸りました」と書かれていて、励みになる。

 次の小説についても期待してくださっているようだが、その小説を書けるかどうかはわからない。萬子媛の小説にかなりかかるだろうし、そのあとには長編児童小説『不思議な接着剤』が待っているから。ふと書きたくなるかもしれないけれど。

 何にしても、体調の優れない中でしたためてくださった、ありがたいお手紙だった。

 前掲の識者のお嬢さんは、佐賀の「熱気球大会」のひと幕、色とりどりのバルーンが空へ飛び立つところが撮られた絵葉書を送ってくださった。

 識者から貴重な資料を沢山送っていただき、わたしは満足して宝の山でまどろんでいるような日々を送っていた。満足しすぎて、次の行動に取りかかれないほどだった。もしわたしが自力で資料集め、取材を行っていたとしたら、何年かかったところで、これだけの資料を集めることはできなかっただろう。

 よい作品にしなければならない――と気負いすぎるわたしに識者は「想像力をふくらませて、自由に」というアドバイスまでしてくださった。識者を紹介してくださった佐賀大学の先生に、感謝の葉書を書いた。届いていればだが。

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純文学小説『台風』の「備えあれば」無料キャンペーンのご報告。『マドレーヌとわたし』の全かな版、漢字版について。

 純文学小説『台風』の「備えあれば」無料キャンペーンのご報告です。3回目の無料キャンペーンでした。

 太平洋標準時11月14日~18日(日本時間11月14日午後5時~19日午後5時)完了

  • Amazon.jp(日本) 7
  • Amazon.com(アメリカ) 1
  • Amazon.co.uk(イギリス) 1
  • Amazon.com.br(ブラジル) 1

  1週間後にご報告するはずのところを、うっかりしていました。素人にまで拡がった電子書籍ブーム、最近は潮が引いたみたいで……。

 でも、わたしには、当面これしかありませんので、活気があろうとなかろうと、売れようと売れまいと、マイペースを保ち、気を引き締めてやっていこうと思います。

 現在、KDPで本を登録する際、販売地域を以下の二つから選択できます。

○全世界の権利―全ての地域
○特定の販売地域―地域を選択してください

 わたしはこれまで全部の本を、「全世界の権利―全ての地域」で登録しています。全世界の権利というのは変な翻訳ですが、わたしのKindle本は以下の国々のアマゾンで販売中となっています。

 日本、アメリカ、カナダ、ブラジル、メキシコ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペイン、インド、オーストラリア。

 最初の本を登録したときからすると、販売国が増えました。一番新しい国はオーストラリアですね。

 で、新しい本を出すと、一応他の販売国でもちゃんと表示されているか見に出かけます。

『マドレーヌとわたし』には全かな版と漢字版があって、わたしはどちらも表示してほしいのですが、片方しか表示されないことがあるようです。

 日本co.jpは、全てのカテゴリーで直塚万季と入れて検索すると、漢字版しか出てきませんが、Kindleストアで検索すると、両方出てきます。

 他の販売国では、著者名はNAOTSUKA MAKIで出てきます。わたしがそう登録したからですが、登録画面で「ローマ字で」と指示が出ていたので、日本式に登録してしまいました。

 今のところ問題はありませんが、将来英語版でも出したいと考えているので、英語式にMAKI NAOTSUKAで登録したほうがよかったような気がしています。

 次回からそうしようかと考えたりしていますが、これまでの本を全部MAKI NAOTSUKAで登録し直さないと、検索で別人と認識されてしまうのでは、と不安になります。そう思うと、ちょっと面倒です。KDPに問い合わせてみたいと思っています。

 話を戻すと、ブラジルcom.br、メキシコcom.mx、オーラトラリアcom.auでは両方出てきます。この国々は比較的最近加わった国々ですね。

 漢字版しか出てこないのは、

  • アメリカcom……allで検索すると、漢字版のみ。Kindle Storeで検索すると、欄外の検索結果に全かな版も出てきます。
  • フランスfr……Boutique Kindleで検索しても同じ結果。
  • イギリスco.uk……欄外の検索結果に全かな版も出てきます。Kindle Storeで検索すると全かな版のみ。

 全かな版しか出てこないのは、

  • カナダca
  • ドイツde……Kindle-Shopで検索すると、漢字版のほうが出てきて、欄外の検索結果に全かな版が出てきます。
  • イタリアit

 わたしの最初のKindle本は、今年の2月13日に出た『卵の正体』でした。今年中にあと2冊出せればと考えていますが、あと1冊で今年は終わるかもしれません。来年は萬子媛の小説に全力を注ぎ込む予定なので、電子書籍はあまり出せないかもしれませんが、来年電子書籍の世界は、そして紙の書籍の世界はどう変わっていくのでしょうか。

 わたしはアマチュア作家ならではのどこにも縛られない物書きとしての強みを生かし、Kindleストアとパブーでしか作品を買えない貴重な作家と称される域に至るべく、精進を続ける覚悟です。いや、無私の境地で創作に励みたく思います。

 今後共、マダムNのサイトと直塚万季の電子書籍をどうかよろしくお願いいたします。

 現在は有料ですが、引き続きKindleストアで販売中です。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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