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2013年7月の33件の記事

2013年7月31日 (水)

循環器クリニック受診(別件:腎臓結石)

 夜間に比べたら痛みが軽くなったのだが、左腰痛は相変わらずなので、循環器クリニックを受診した。

 何しろ、ここにはわたしのデータが揃っているから、不要な検査を受けずに済む。腎臓結石と思われるが診ていただけるか、それとも泌尿器科を受診すべきかを一応、受付に電話で問い合わせてみた。

 先生に訊いてきます、と受付の人。かなり待たされた。患者さんでいっぱいみたいだ。
 診ることができるかどうかは、実際に来ていただかないと何ともいえない――というお返事。それって、診察します、ということですよね?

 いつもの体重測定と血圧測定、そして尿検査があった。腎エコーはしなかった。先生はカルテを広げていらして、前回受けた血液検査の結果がその上にあった。

 きちんと載っていたので、これは成績がよいというしるしだな、と思った。あまりよくないとき、先生は生徒が悪い答案を貰ったかのように、検査結果を捨てたように置かれる癖がおありなのだ。

 いつから痛みがあり、現在はどうかをお尋ねになった。5日ほど前からで、一度尿が出にくく変な方向に迸るなどあったあと痛みが消えたが、また痛くなったとお話しした。

「左なんだね。でも、Nさんは左右どちらの腎臓にも結石はあるんだよね。それが下りてきているんだろうなあ。腎臓に石がある間は痛まないんだよ。尿管に下りてくると、痛み出す。結石を溶かす薬をあげようか。それと痛み止め……Nさんは確かロキソニンはだめだったよね」と先生。
「はい。吐き気がしたり、めまいがしたりします」とわたし。
「座薬――どうしようかな。飲み薬のほうがいいよね?」と先生。
「座薬って効きますよね、座薬で構いません」とわたし。
「どちらも一週間分あげておこう。それで様子を見てみて」と先生。

 患者さんの多い中、今日は午後からは手術日で午前中のみの診察だったが、診ていただけてよかった。これまでのことをくどくど話さずに済むのが何より快適。先生とお話しているだけで、症状が和らいだ気がした。

「血液検査の結果、凄くいいよ。コレステロールと中性脂肪がちょっと高いだけで。肝機能も問題ない」と先生。

 そうですか、といいつつ、↑マークのついたALP、総コレステロール、中性脂肪を横から覗いた。気になるカルシウムは9.9(8.2~10.0mg/dl)。日赤の内科で出た数字と同じだった。LDL/HDL、クロール、ナトリウムも上限ぎりぎりだが、問題となるようなものではないようだ。現状維持ができていて、確かによい成績だった。

 何より、心房細動の予防のために処方されたサンリズムがよく効いていて、ほとんど不整脈を感じなくなった。勿論人間だから、全然起きないわけではないが、わたしはこれほど不整脈なしの暮らしを送ったことはこれまでになかったのだ。

 こんなに暑い日は(この街、今日は35℃)動悸がして大変だったが、感じない。睡眠中にときどき胸が重くなって目が覚めるのは相変わらずだが、軽くて済んでいる(しばらく身を起こしているうちによくなる)。冠攣縮性狭心症の発作もこのところ起きていない。

 やっぱり先生がおっしゃったように、先発品とジェネリックの違いなのかしらね。ジェネリックでは、また以前の状態に戻りつつあったのだ。サンリズムも日が経てばわからないにせよ、効き方がシャープに感じられるのは確かだ。今日は別件での受診だったので、そんな話はしなかったけれど……。

 別件の結石は大したことないが、わたしの場合、そのための薬で調子を崩さないかが気にかかる。別件の痛み止めとか、膀胱炎なんかに出る抗生剤とかで胃腸がおかしくなり、それでずるずるタケプロンなどを飲むはめになったりするのだ。

 そして、その胃腸薬を飲んでいるときに、薬剤性肝炎を起こしたりしたのだった。結局何が原因だったのかははっきりしないけれど。

 薬剤師さんにその不安をお話しすると、今回処方された「石の発育を抑え、尿を出やすくする作用によって石を排出させる」薬と痛み止めの座薬に関し、副作用の心配はほとんど要らないそうだ。

 石の薬について、「効きますか?」とお尋ねすると、「それほど期待しないほうがよいかもしれません」と、薬剤師さんは率直におっしゃった。

 受診後、外のあまりの暑さに、石による痛みもわからなくなるほどだった。左腰痛は依然としてあるが、痛みの出ない姿勢で座っている限り、パソコンを打つのに何ら支障はない。

 ただ、眠くてたまらない。横になると痛いので、眠れない。座薬、使うべきか否か、迷っているところ。

  • ウロカルン錠225㎎……1回2錠、毎食後。7日分。
  • ボルタレンサポ25㎎……外用座剤挿入(医師の指示通り)。全量10個。

 ※追記
 ウロカルン錠225㎎、たった1錠で効き目を感じました。だんだん楽になっています。この記事を書いている時点ではまだ腰の痛みは残っていますが、何かしていたら気にならない程度です。ただ、服用して2時間ほどは軽い吐き気がありました。夕飯の支度をするときには、何であんなに痛かったんだろうと不思議に思うほど、症状が改善されていました。
 外出をしても家事が普通にできたのは、サンリズム(と他の心臓病薬との連係)のお陰だろうと思います。といっても、まだ体調の悪い日もあって、かなりの波がありますけれど、ほぼ毎日体調が悪かった以前に比べると、大変な違いです。

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石の経過

 昨夜は2時間ほど睡眠をとるのが精一杯だった。といっても、目を閉じたまま空想に耽っていた――雑念を追っていたというべきか――時間がやはり2時間くらいあり、その間、気づかないうちにウトウトしていたかもしれない。

 起きて、歩き回っているときが一番楽だ。寝ていると、どうしても圧迫してしまうのか、痛みが強くなる。痛くない姿勢を確保して座っていることはできるのだが、その姿勢を保つ緊張感から背中全体が凝ってくる。

 腎エコーをして貰っても、大した収穫はない気がする。比較的最近、副甲状腺の件でエコー、CT、シンチグラフィを受け、手術寸前までいった挙げ句に、バラバラの検査結果に手術担当の泌尿器科の先生が難色を示され、取りやめになったことがあった。

 取りやめになったことに不満があったわけではない。専門的な判断は専門家にお任せするしかないからだ。そして、手術が取りやめになったこと自体は経済不安のある我が家にとってはむしろよかったのだが、そのときの泌尿器科の先生の対応にわたしは腹を立て、二度とこの先生の診察は受けないと決意したのだった。

 腹立ち紛れの自分の決意など、相手にするかどうか、冷静なわたしは迷う。以下はその経緯。

 平成20年8月12日から9月6日にかけて日赤の内科に副甲状腺腫の疑いで入院し、副甲状腺関係の精査と頭蓋骨腫瘍摘出術を受けた。

 泌尿器科の先生にはそのときからお世話になっているわけだが、それにも拘わらず……また容貌、声、専門的な説明の仕方からすると、むしろわたしのタイプであるのに、全く親近感が湧かない。

 というのも、この先生、副甲状機能亢進症の疑いのあるわたしとはあまり関わりたくない、できれば関係なくなってほしいという態度があからさまだからだ。副甲状腺の分野が苦手なのだろうか、そうとしかわたしには想像がつかない。

 だから、もし今回の左腰痛で受診するとすれば、内科での副甲状腺経過観察は続いているわけだから、日赤の泌尿器科を受診すべきであるにも拘わらず(腎結石は副甲状腺ホルモンと関係がないとはいえないらしい)、他を受診したいと思ってしまうのだった。

 いずれにしても、今年4月の検査のとき、左腎結石も見つかっている。

 今痛いのはその左だが、そのときの石なのかどうか、わたしにはわからない。尤も、どこで腎エコーを受けても、大抵腎臓に石は沢山あるといわれることがほとんど。サイズはいつも小さいといわれる。悶絶に至るほどの石の主張は感じられないので、今回の痛みも小さな石が原因ではないかと思う。

 慌てず、騒がず(ブログでは騒いでいるが、いいじゃない、ここでくらい。わたしのウェブ日記なんだもの)、出るのを待つのが正解かしら。

 水を飲み過ぎて、おなかが悪くなってしまった。縄跳びをするといいそうだが、その気分にはなれない。ストラヴィンスキーの「春の祭典」の登場人物みたいに、両脚揃えてダン・ダン・ダンといきましょうかね。でも、玄関ロビーでそれやると、気違いと思われちゃいそう。

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2013年7月30日 (火)

また石の旅行

腎臓結石らしき左腰の痛みがあることは前に書いた。

尾籠な話になって申し訳ないが、昨日、尿意を覚えてトイレへ行ったとき、前回の排尿から数時間が経っていたにも拘わらず、尿が一滴も出なかった。

これは気持ちの悪いもので、冷や汗が出て気分が悪くなってきた。原因は結石であることが想像できたので、腹部に力を入れていきむようにしてみた。

すると、何と尿が後ろに迸った。こんな尿の出方は珍しいので、石が排尿を邪魔していることが想像できた。

このときは石が出たかどうかわからなかったが、しばらくしてまたトイレへ行ったとき、尿はまともな方向へ勢いよく迸り、溜まっていたのか、かなりの量だった。

わたしは腎臓結石を患うようになってから、しばしば、小便小僧になったような爽快感を味わう。

この排尿後、何ともなくなった。石は終着点に無事に到着し、そこから海(便器)へダイビングしたのだろう。コツンという音は確認できなかったけれど、それ以外の結論は思いつけない。いやー、おめでとう!

しかし、石には連れがいたようで、その連れは再度わたしの左腰の痛みを惹き起こしたのだった……!

午後8時ごろに痛みをこらえながら料理を済ませた。一旦椅子に座ると、痛みで立てなくなった。

娘に手を引っ張って貰って立ち上がり、楽な姿勢を探して横になった。形が自由に変えられる砂枕に似たクッションで腰を固定し、仰臥していると楽だ。

少しでも動くと石を刺激するのか、痛い。で、左足を立てて仰臥したまま(今はこの姿勢がベスト)、数時間。

おなかが減っても、動けないので(わたしのぶんのご馳走が干からびていく)、チョコレートアイス(森永のチェリオ)を持ってきて貰い、仰臥したまま食べた。チョコレートのかけらが首筋に落ちたが、ウェットティッシュに手を伸ばすことすら、石が怖くてできない。

エプロン、頭の覆い、服、、全てに料理の匂いがしみついているが、着替えにも行けない。

仰臥していると、左腰に鈍痛を感じるものの、それ以上のひどい痛みは生じず、楽なのだ。姿勢を変えようとすると、じんじんした重い痛みに襲われる。でも、さすがにつらくなってきた。

痛みを畏れず起き上がって動けば、うまい具合にまた石が最終地点へ転がり落ちてくれるかもしれないのだ。

ではでは、あなた様はよい夢をごらんになってください。わたしはこれから試練に突入いたします。

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ちょっとひと息

 馬鹿に時間がかかりましたが、『茜の帳』は午前中に、校正に入れそうです。そう、まだその段階なのです。それから表紙絵を作り、また校正をしてようやくKDPへ提出となるわけですね。

 こんなに時間がかかったのは、この本の作成に、これまでになく緊張していたからです。いくら緊張したからといって、よい本が出来上がるわけではありませんが、萬子媛に捧げる本だと思えば、それは緊張しますよ。わたしにとっては生きている麗人と変わりない御方なのですから。

 気持ちが澄んでいるときでないと、作成する気になれなかったのですが、いつも疲れているような身も心もどんよりした状態で、それ以前の問題という日が多いのです。

 これを終えたら『昼下がりのカタルシス』の作成に入りたいと思っています。これは早く仕上がるはずですが。そのあとは8月いっぱい創作。9月、10月は日田文學に提出する作品を何とかしなくてはならず……どうするかまだ決めていません。

『風疹』『杜若幻想』『母と石とすみれのような青年の話』『無垢の浄土は疎けれど』『フーガ』『牡丹』『雪だるま』といった小品が気になっています。30枚くらいあれば1冊に、それより短いものは2~3編くらいを1冊にして――と考えています。エッセー集も第一集を出しておきたいと気があせります。

 小説はもう、生きているうちに作成し終えるのは無理かもしれません(間もなく寿命が尽きるという意味ではありません、お間違えなく。電子化するそばから新しい作品が出来るので、永久に追いつきそうもないという意味です)。

『卑弥呼をめぐる私的考察』もルビ、注釈入れが面倒なので、気合いを入れないと電子書籍にできそうにありません。

『露草』のような初期の小説も早く電子書籍にしてしまいたいところ。同じ赤ん坊がモデルとして出ている神秘主義小説『露草』、児童小説『病院で』は、1冊の本にしたい気もしています。となると、既に電子出版済みの『病院で』は廃版にしなくてはなりませんが(どうせ売れていないから気持ちは軽い)。

『茜の帳』の表紙、どうしましょう? GIMPの使い方、忘れたかも……。あせる、焦る……気持ちばかりが空回りします。

 創作から本作り、宣伝まで何もかも一人で、というのは時間がいくらあっても足りません。本当は無理なことなのかも。ずっと山登りしているような気分です。

 毎日暑いですね。我が家ではバナナジュースをほぼ毎日作っています。

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2013年7月28日 (日)

高校生の読書感想文におすすめの本 2013年夏(短編部門・ベスト3)

(1)ロスチャイルドのバイオリン

  馬のような名字 チェーホフ傑作選 (河出文庫)
  文庫: 341ページ
  出版社: 河出書房新社 (2010/3/5)

 

(2)文鳥

  文鳥・夢十夜 (新潮文庫)
  文庫: 329ページ
  出版社: 新潮社; 改版 (2002/09)

(3)狭き門

  狭き門 (新潮文庫)
  文庫: 250ページ
  出版社: 新潮社; 改版 (1954/8/3)

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また石の旅行。高校生の感想文に「短い」よい本……うーん。

 電子書籍がもう少しで仕上がりそうなところへきて、左の腰痛。パソコンの前に座るのがつらかった。痛みの性質からして腎結石がまた旅に出たのではないかと思う。

 悶絶するような痛みになれば嫌でも病院に行くのだが、充分我慢できる程度のものだ。腎エコーでは大抵、小さな石が沢山あるといわれるが、砕いて貰わなければならないほどに大きなものが見つかったことはまだない。

 コトンと音がして、出た石を見たことはある。小さなものでも、わたしには痛い。今回、まだ石はのんびり旅行中みたいだ。昨夜はロキソニンを飲もうかと思うほど痛みがあり、少し熱っぽかったのだが、ロキソニンを飲むとわたしは吐き気がしたりめまいがしたりするので、やめた。

 今日はこの時間、パソコンの前に座ることができている。家事はやりにくいが、普通にやっている。

 アクセス解析を見たら、以下の記事に嵐の如く……

 最新版より、とにかく短いものをと思うのだろう。最新版では岡本かの子、上田秋成の短編も紹介したが、難しいだろうか。かの子の短編には面白いものも多く、秋成のは怪異譚集だから、夏場にはいいと思ったのだけれど、とっつきにくいかしら。

 相変わらず村上春樹の記事にアクセスが多いのは、宿題に出るからだろうか。教科書にどんな作品が使われているか調べてみた。予想した以上に使われていた。わたしがリサーチしたところでは、村上春樹の作品を教材にする場合、どう指導にしたらよいのかわからない先生も多い様子。

 そりゃそうだろう、村上春樹の小説はどう考えても娯楽小説だから。権威が一人歩きしてしまっていて、怖い。そのあたりの裏事情をここ数年調べてきたわけだが……

 村上春樹とか、最近の芥川賞作品といった、純文学の皮をかぶった、本当の意味では娯楽小説ともいえない(楽しませる工夫に徹底しているともいえない)、文学作品としては粗悪としかいいようがない作品を学校ではよく読まされているようで、可哀想になってくる。

 腰の痛みで電子書籍の作成ができず、その間、高校生が読むのによい短編を漁っていた。次の記事で、最新版の短編部門ベスト3を公開したいと思う。

 感想文を書くのに適した本は、例えば岩波文庫などを探せばいくらでも見つかるのだが、ほとんど本を読まない高校生の感想文に適した本を選ぶとなると、これが難しい。

 日本の青春文学といわれる――今でもそういうかどうかは知らないが、わたしの若い頃はそうだった――太宰治、坂口安吾、北杜夫の作品をあたってみた。

 太宰治の作品はKindle Paperwhiteで読むと、これが何と印象が変わってしまった。自分の電子書籍と同じ体裁で読むせいで、あらを探すような読み方になるからだろうか――繊細だと思っていた太宰の文章は案外粗い。粗いのは文章だけではない。

 北杜夫は昨年紹介した。短いもので、となると……うーん。

 坂口安吾のものは『白痴』『桜の森の満開の下』などいいように思うが、この手のものをいきなり読むとなると、理解できるかしら。

 ベスト3にはチェーホフの短編集から1編選んだ。『ロスチャイルドのバイオリン』が河出文庫で読めることを知ったから。全集でしか読めなかった作品を文庫で読めるようになるのは、嬉しい。

 チェーホフの短編には童話に近いようなものもあるが、それらでは感想文が書きにくい気がする。チェーホフには、成人男女の心の機微を表現した大人っぽすぎる作品が多い。別のタイプの『六号室』『黒衣の僧』などは名作だが、いろいろと読む中で読むにはよくても、いきなりだと脳への影響が心配になる。

 そうした中で『ロスチャイルドのバイオリン』は読みやすく、感想文も書きやすいと思う。文庫も今はすぐに手に入らなくなったりするので、これは稀少価値。

 夏目漱石、実はわたしはあまり好きではない。文章に凝りすぎるところが鼻につくし、官僚臭(エリート臭というべきか)が残っている気がする。神経症患者特有の観察癖が不快だ。バルザック、ユーゴー、ゾラといったフランスの文豪の作品と比べると、如何にも日本的せせこましさがあるのではないか。

 といっても、漱石の教養、観察眼はすごい。文章も勿論、超一流のものだ。『文鳥』を読み返し、最近文鳥を飼いたいとおもったことがあったせいか(飼えないが)、文鳥の描写のすばらしさにやはり漱石は凄いと思った。その文鳥を死なせた挙げ句、それを家人のせいにする主人公。嫌な男だが、そんな男をぬけぬけと描写してみせる漱石は面白い男だともいえる。

 文鳥に女性の思い出を絡めるところは技巧めいているが、そのことが文鳥の美と生命を夢のような結晶の域にまで高める働きをしている。漱石のことだから、それも計算のうちだろう。小道具としての鈴木三重吉も利いている。そうした物書きとしての計算高さを感じさせるところに、物書きとしてはむしろ信頼感を覚えてしまう。

『夢十夜』その他の作品もいいが、感想文にしやすいのは『文鳥』ではないだろうか。前掲の2011年の記事「「1日あれば大丈夫」でもわたしは漱石の『琴のそら音』(百年文庫31 灯)を2番目に選んでいる。漱石の作品には(個人的な好き嫌いは別にして)、安心感があるのだ。作品としての安定感があり、品位を感じさせる。

『狭き門』について、わたしは年をとるごとに作者や宗教思想に関する知識が増し、いろいろと考えることも出てきたが、この作品のみずみずしい印象は色褪せない。ページ数からすれば、中編に入るのかもしれないが、決して長い作品とは思わせない力がある作品なので、ぜひ、若い頃に読んでほしいと思う。

 恋が叶わないからといって、ストーカーになり、挙げ句に殺したりといった、即物的な行動が増えてきたのは、このような青春文学を学校で積極的に読ませなくなったからだと思う。『海辺のカフカ』が青春文学だなんて、馬鹿なことをいってはいけない。18禁に指定すべき作品ではないか。読書慣れしていない脳にどんな影響を及ぼす可能性があるか、教師はよく考えてほしい。

 読書が人生を変えてしまうことはよくある話だ。

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2013年7月25日 (木)

高校生の読書感想文におすすめの本 2013年夏

「高校生の読書感想文におすすめの本」を書くのも、今回で3回目となりました。自分が年をとってくると、若い方々の体、表情、動作の全てがみずみずしく感じられて、まぶしいくらいです。

 そして、ああよい本を読んで、さらにみずみずしく、輝いてほしいなあと願わずにいられません。

 前回は、作者について短い紹介文をつけましたが、作者について調べてみることも読書の楽しみの一つだと思うので、今回は「この本は如何?」と思った本を、そのまま並べてみることにしました。

 ギリシアと日本の古典を1冊ずつ(古代ギリシアの哲学者プラトンの作品を前回に続いて選んでしまいました。とびきり面白いので。西洋哲学の源流といわれるプラトンの著作を読んだんだ――なんて、自分で自分に自慢できますよ。高校生にも充分読める内容です)。

 ロシアの戯曲を1冊(チェーホフは短編小説の名手でもありました)。

 フランスと日本の深刻な小説を1冊ずつ(あなたがもし同じ状況に置かれたとしたら、何を考え、どう行動しますか? 『ペスト』を書いたアルベール・カミュは1957年、44歳という若さでノーベル文学賞を受賞しました)。

 ドイツと日本の恋愛小説を1冊ずつ(カラーが全く異なる小説を選びました。ゲーテはあまりにも有名となった恋愛小説を書きました。もう1冊は、日常を不思議な世界に変容させてしまう化学薬品のような恋愛小説です)。

 日本の短編小説集を1冊(粋――いき――という言葉をご存知ですか? この本で、粋な小説を味わえます)。

 フランスの文豪のダイナミックな小説を1冊(主人公の最後の言葉に注目!)。

 2006年度ノーベル文学賞受賞者の代表作である、トルコの長編小説を1冊(絢爛豪華な世界です)。

 どれも文庫なので、ページ数をご覧になれば、どれくらいの長さかがわかるでしょう。中編を中心に選びました。ただし、『わたしの名は赤』は上下巻の長編です。『現代語訳 雨月物語・春雨物語』と『老妓抄』は短編集です。

 ギリシアと日本の古典を1冊ずつ――と書きましたが、『饗宴』を書いたプラトンは紀元前5世紀から紀元前4世紀に生きた大昔の人です。『雨月物語・春雨物語』を書いた上田秋成は、それに比べたらずっと現代に近い江戸時代後期の人です。『若きウェルテルの悩み』を書いたゲーテ、『「絶対」の探求』を書いたバルザックも、日本史の区分でいえば江戸時代の人達です。

 名作は、どれも生き生きしています。本の中で、様々な時代、色々な国の人々と交流できるのですから、本ってまるでタイムマシンみたいですよね。

 ところで、あなたは、大阪府吹田市千里の万博公園にある「太陽の塔」をご覧になったことがありますか? わたしはまだですが、粋な『老妓抄』を書いた人は、その「太陽の塔」を制作した岡本太郎のお母様です。

 ……本を並べるだけのはずが、あれこれ書いちゃいましたね。

饗宴 (新潮文庫) 
 プラトーン (著), 森 進一 (翻訳)
 文庫: 218ページ
 出版社: 新潮社; 改版(1968/9/3)

現代語訳 雨月物語・春雨物語 (河出文庫) 
 上田 秋成 (著), 円地 文子(翻訳)
 文庫: 277ページ
 出版社: 河出書房新社 (2008/7/4)

桜の園・三人姉妹 (新潮文庫) 
 チェーホフ (著), 神西 清((翻訳)
 文庫: 252ページ
 出版社: 新潮社; 改版 (1967/9/1)

ペスト (新潮文庫) 
 カミュ (著), 宮崎 嶺雄 (翻訳)
 文庫: 476ページ
 出版社: 新潮社; 改版 (1969/11/3)

沈黙 (新潮文庫) 
 遠藤 周作 (著)
 文庫: 312ページ
 出版社: 新潮社; 改版 (1981/10/19)

若きウェルテルの悩み (新潮文庫)   
 ゲーテ (著), 高橋 義孝(翻訳)
 文庫: 205ページ
 出版社: 新潮社; 改版 (1951/3/2)

第七官界彷徨 (河出文庫) 
 尾崎 翠 (著)
 文庫: 189ページ
 出版社: 河出書房新社 (2009/7/3)

老妓抄 (新潮文庫) 
 岡本 かの子(著)
 文庫: 262ページ
 出版社: 新潮社; 改版(1950/5/2)

「絶対」の探求 (岩波文庫)
 バルザック (著), 水野 亮 (翻訳)
 文庫: 367ページ
 出版社: 岩波書店; 改訳〔〕版 (1978/04)

わたしの名は赤〔新訳版〕(上) (ハヤカワepi文庫) 
 オルハン パムク (著), 宮下 遼(翻訳)
 新書: 431ページ
 出版社: 早川書房; 新訳版(2012/1/25)
わたしの名は赤〔新訳版〕(下)(ハヤカワepi文庫) 
 オルハン パムク (著), 宮下 遼(翻訳)
 新書: 444ページ
 出版社: 早川書房; 新訳版(2012/1/25)

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2013年7月23日 (火)

無料キャンペーンのご報告。『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』のお買い上げ、ありがとうございました!

 以前は電子書籍をお買い上げいただくと、すぐに感謝とご報告の記事を書いていましたが、現在は1週間くらいの時間を置いて書くようにしています。

台風2回目のキャンペーン「眠れぬ夜に」
太平洋標準時7月12日~14日(日本時間7月12日午後5時~15日午後5時)完了

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 これまで『台風』は25冊ダウンロードしていただいていました。それに今回の9冊を加えると、34冊ダウンロードしていただいたことになります。

詩人の死2回目のキャンペーン「出遅れましたが」
太平洋標準時7月13日~15日(日本時間7月13日午後5時~16日午後5時)完了

  • Amazon.jp(日本) 6

 これまで『詩人の死』は有料でお買い上げいただいた1冊を加えると、24冊ダウンロードしていただいていました。それに今回の6冊を加えると、30冊ダウンロードしていただいたことになります。

田中さんちにやってきたペガサス3回目のキャンペーン「真夏の空へ」
太平洋標準時7月14日~15日(日本時間7月14日午後5時~16日午後5時)完了

  • Amazon.jp(日本) 4
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  • Amazon.de(イギリス) 1
  • Amazon.co.uk(ブラジル) 1

 これまで『田中さんちにやってきたペガサス』は有料でお買い上げいただいた3冊を加えると、40冊ダウンロードしていただいていました。それに今回の7冊を加えると、47冊ダウンロードしていただいたことになります。

 ダウンロードしてくださった皆様、ありがとうございました!

 また、このキャンペーン期間中に、Amazon.com(アメリカ)で有料の『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を1冊お買い上げいただきました。ありがとうございました! この本は10冊目でした。

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は一部を当ブログで公開しているため、KDPセレクトに登録できず、無料キャンペーンできません。お買い上げいただくと、大変嬉しいです。

 以下は現在どれも有料ですが、サンプルをダウンロードできます。

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2013年7月21日、参院選雑感。マスメディアに対する抗議行動を撮した動画。

 参院選では自民が圧勝し、ねじれが解消されましたね。でも、未明に当選してしまった自民新人の渡辺美樹氏はブラック企業で有名(?)な外食大手ワタミの創業者です。わたしにはこの人が、いつか見た死神のイラストとダブって見えます。不吉な男。落選してほしかった!

 最大に不吉、というより最大に不穏な人物、民主党・岡崎トミ子氏の落選が決定したときは、ああよかったと思いました。

 ソウルの日本大使館前で反日運動に――税金を使って――参加したことを国会で追及されていた岡崎氏は、極左翼の革マル派だったといわれています(岡崎氏の自家用車の運転手は元革マル派の活動家だとか)。

【民主党暗黒史】 反日活動家・岡崎トミ子VS国士・西田昌司 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=zOd8RLgRINI

 こんな危険人物が国家公安委員長に就任していた民主政権時代が日本にとってどんなに危うい時代であったことか――。

 岡崎氏は極左翼、前科者に官邸フリーパスを乱発したともいわれています。官邸フリーパスの乱発については、ニュースになっていました

平沢勝栄が革マル派の指令で動く民主党の裏体制を暴く!
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=IVxDTmNHyfk

 国会中継さえ視聴していれば、日本がどんなに危険な状態にあるかがわかったのですが、視聴する人が少ないのか、これについて何も触れないマスメディアのせいもあるでしょうが、呑気な日本人が本当に多いなあと呆れます。

 民主政権は、日本列島に贈り物用のリボンを結びかけていたのです。差し出そうとしていた相手はヤクザさながらの近隣諸国でしょう。

 それを物語るように、今回の参院選に対する海外の反応を見ると、中韓は拒否反応もあらわ。アメリカ、ヨーロッパ、ロシアですら、それとは違う反応なのですが(ライン以下にクリップしておきます。リンクしておいても、すぐに消えてしまうので)、テレビメディアは中韓の反応にそっくりで苦笑いしてしまいます。

 アベノミクスもまだ始まったばかりなのに、テレビメディアは叩けるだけ叩いていますね。年金は株式の運用で成り立っているというのに。

 東京では以下のような抗議デモが発生したりしているようです。このようなデモの模様は一向に報道されないのです。

演説会後、NHK取材に自然発生した「NHK解体!」の声13.7.20参議院選挙・自民党街頭演説会@秋葉原
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=iiVv9r2iycY

「ぶっつぶせ朝日!」「帰れ!」「マースゴミ!」取材の報道陣に容赦ない国民の声13.7.20参議院選挙・自民党演説会@秋葉原
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=FBFSJ4eQJd0

 このときの演説会は以下のようなものだったのでしょう。

麻生太郎財務大臣・声のメッセージ13.7.20参議院選・自民党街頭演説会ラスト@秋葉原駅
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=qRUBZPaFfpQ

日の丸大声援!参議院ねじれ解消へ安倍晋三総理大臣の熱き演説13.7.20参議院選・自民党街頭演説会ラスト@秋葉原
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=DrvDuCL33-o

 自民党の街頭演説後、聴衆から自然発生的に起きたというマスメディアに対する抗議行動を撮した動画を見てわたしは、「2013年、マスメディア瓦解(がかい)の年。」と題された結城モイラさんの記事を連想してしまいました。2012年12月31日に書かれた記事です。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

続きを読む "2013年7月21日、参院選雑感。マスメディアに対する抗議行動を撮した動画。"

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2013年7月22日 (月)

胸の圧迫感にスプレー1回(総噴霧回数、53回)。参院選雑感。

2013_0722

 胸の圧迫感にミオコールスプレーを使ったのは、お昼頃です。薬を飲む前でした。

 スプレーで圧迫感がとれ、薬も飲んだあと、ほんの一休みするはずが、午後5時まで寝てしまったので、今になって書いています。

 博多行き、投票・買い物と外出が続いたので、久しぶりにニトロが必要となったのはそのせいもあるのでしょうか。この症状のときによく同時に起きる咳、痰もありました。吐き気も少し。

 でも、概ね、サンリズムのお陰で元気です。博多行きのあとなどは5日間ほど寝たり起きたりになるのが常でしたが、帰宅後も普通に動けました。

 ただ、時間が経って、疲れが出るようなので、外出後はなるべく静かに過ごすようにしたほうがいいのかもしれません。

 今だから書けますが、ここ数年、毎日の入浴ができなくなっていました。わたしには外出、入浴、創作、家事の四つはだいたい同じ比重で、この内の二つを実行すると、それでいっぱいいっぱいになってしまうのです。

 インフルで高熱が出たときも普通に入浴していた、綺麗好きのはずのわたしでした。入浴もまともにできなくなってしまい、本当に情けなかったのですが、入院中の病人は入浴を制限されることも珍しくないので、入浴さえしなければ他のことができるわたしはそれに比べたら元気ということなのです……。

 外出と入浴はセットなので、外出した日は家事はできずに外食か弁当にならざるをえず、創作も無理でした。入浴しない日は、入院患者がするように、2枚のタオルを用意して体を拭いていました。

 でも、サンリズムを服用し始めてからは、毎日入浴しても平気です。サンリズムのジェネリック、リズムコートを使っていたときはまた毎日の入浴ができなくなっていましたが、サンリズムに替えて貰ってからは不整脈がぴたりと抑えられているので、本当に元気になり、外出の前後にシャワーを使うこともできるようになりました(水道料が高くなるかな。でもこれは嬉しい悲鳴です)。

 とはいえ、一般人に比べたら、体が疲れやすいことは前と同じのようですので、気をつける必要があるように思います。体が疲れると、寝る時間帯が不規則になり、結果的に薬の服用が乱れて、冠攣縮性狭心症の発作を招きやすくなるようです。

 連続した外出(1日は間を置いたのですが)は極力控えること。元気に感じられていても、本当はそうではないことを自覚して、サンリズムで快適になった日々を楽しみたいと思います。何しろ、四つのうち三つができるのです! (四つのうち四つ全部できるようになれば、わたしも一般人並みということになるのでしょうが、それはもう期待しないことにしています)。

 それにしてもサンリズム、優秀です。でも、個人差があるようですから、あまり参考にしないでください。わたしにはたまたまジェネリックが合いませんでしたが、これも個人差がありそうです。

 しかし、わたしは先生のお言葉から、他のジェネリックも先発品に戻したほうがよいだろうか、と迷っています。 そうなると、またまた薬代が高くなるので、頭の痛い問題です。

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2013年7月20日 (土)

博多で ③お土産のコーヒー豆。ジャン=ポール・エヴァンで(近日電子出版予定の小説『昼下がりのカタルシス』のご紹介)。

 夫がサイフォンで淹れるコーヒーに凝っていることは前にもお話しましたが、わたしたちが普段よく利用しているのは、カルディコーヒーファームのお店です。

 夫へのお土産にチョコレート(夫は昔からチョコレートが好きです)とコーヒーのどちらがいいか尋ねると、コーヒーといいました。

 カルディのコーヒーには満足しているのですが、せっかく博多に出たのだから、(大分にもあるのだろうけれど)普段は買わない、高級感のあるコーヒー豆にしたいと思い、岩田屋地階のキーコーヒーの売り場へ行きました。

 その前で、商品を見ながら夫に電話。夫が選んだのは以下のコーヒー豆。以前から、このコーヒー豆が気になっていたようです。

20130720165709 

 そのあと、娘と同じ階にあるジャン=ポール・エヴァンへ行きました。

  • ジャン=ポール・エヴァン ホームページ
    http://www.jph-japon.co.jp/

    ジャン=ポール・エヴァン 岩田屋博多店
    福岡県福岡市中央区天神2-5-35 岩田屋本店 本館B2F
    営業時間 10:00-20:00
    定休日 不定休
    ラストオーダー 19:30

201307191614000

 写真をブログに載せていいかお尋ねすると、笑顔の素敵なお店の女性が快く「どうぞ」と許可してくださいました。

 といっても、わたしも娘も携帯しか持っていかず、ちゃんとした写真が撮れたわけではないのですが。

 上は娘が注文したピラミッド形のピスタチオのチョコレートケーキ。スポンジに洋酒が利いていたとか。下がわたしの注文したヘーゼルナッツのチョコレートケーキ。美味でありました。

2013_7_191

 そういえば、2年前に行ったときはマカロンのセットにしたのでした。そのお味に感激し、わたしは小説に使いました。ついでに、近日電子出版予定の神秘主義小説『昼下がりのカタルシス』をご紹介しておきます。

 この小説は九州芸術際文学賞に応募し、地区予選も通過できませんでしたが、趣味性の高い(わたしの場合ですと、神秘主義に偏る小説になります)、ちょっとお洒落なこのような小説は、土着性の高い、生理に依拠した小説が好まれる九州芸術際文学賞では最初から勝ち目がないと踏んではいました。

 賞を世に出るための手段と考えていた無謀無知無策な長い年月がわたしにはありましたが、今では賞を完成度を高めるための手段とするようになっています。以下は賞に応募したときの梗概です(電子出版の際には、この梗概と抜粋は削除します)。女性主人公の名前は直塚万季となっていて、ああそうだった、ペンネームをここから採ったんだった――と思い出しました。

 この『昼下がりのカタルシス』は、児童小説『不思議な接着剤』の副産物といってよいもので、『接着剤』を執筆するために必要なリサーチを続ける過程でふと書きたくなったのでした。

 女性主人公の名前がペンネームと同じではまずいので、ここではMNとしておきます。電子出版の際には別の名前を考えます。

……(引用ここから)……
梗概「昼下がりのカタルシス」

電子出版のため、削除しました。すみません。(2013年8月13日)

 以下は、作品からの抜粋です。作品の登場人物が出揃う場面です。

……(引用ここから)……

電子出版のため、削除しました。すみません。(2013年8月13日)
 

 以下が、ジャン=ポール・エヴァンのお店が出てくる場面です。

……(引用ここから)……

電子出版のため、削除しました。すみません。(2013年8月13日)

……(引用ここまで)……

 まだ本の値段は決めていませんが、同じ神秘主義系の小説『詩人の死』と同じ300円になると思います。KDPセレクトに登録するかどうかはまだわかりません。

 お土産にマカロンを買って、ジャン=ポール・エヴァンを出ました。

201307201836000

 博多駅に、卑弥呼の博多人形が飾られていました。

201307191154000

 歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』も電子出版するつもりですが、電子出版したい作品が多くて作業が追いつきません。

 ジュンク堂で以下の本を買い、すっかり満足して博多を後にしました。

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2013年7月19日 (金)

博多で ②馬の革細工

20130719215922

 博多に行ったときは必ず寄る新天町のレイメイで、20㎝くらいの高さの馬の革細工と出合いました。革細工なのに、ぱっちりとした目があり、その目と合ってしまったのです。しかも値段は3,000円もしませんでした。インド製です。

 本棚に置けます。

20130719220456

 目はくっきりとしているのですが、携帯ではうまく撮れませんでした。 

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博多で ①海江田万里民主党代表を見ました

Juice

※以下の記事は、博多から帰る電車の中で書き、帰宅後にアップしたものです。

運動の後の林檎ジュースの美味しさ!

いえ、運動というとオーバーでした。乗り物に遅刻しそうになったので、ダッシュせざるをえなかったのでした。一緒に行った娘が荷物を持ってくれ、背中を押してくれたりしました。

ダッシュしたときは口から心臓が飛び出そうに胸がドキドキし、ホームに通じる階段を急ぎ足で上っているとき、一瞬目の前が暗くなってよろめきましたが、ヨロヨロしながらも何とか間に合い、しぱらくは激しい動悸で大変でした。

でも、それが自然に鎮まり、30分ほども経つと、その後はどんな種類の不整脈も感じなくなりました。サンリズム効果としか思えませんが、怖いくらいの快適な状態が今後も続くのかどうか……一度期待しすぎてへこんだり、夫をがっかりさせたりしたので、しっかり自己観察をしていきたいと思います。

(不整脈をほぼ完璧に抑えてくれていたサンリズムから、ジェネリックのリズムコートに替えて貰うと、それ以降は徐々に不整脈が戻ってきていたのですが、またサンリズムに替えて貰ったところ、不整脈をほとんど感じなくなりました。)

娘が連休中。わたしの体調もいいので、博多に行ったのです。博多も暑かったけれど、心臓の調子がよかったので、体の軽いこと、楽しいこと!

天神でたまたま、海江田万里民主党代表をなまで見ました。

テレビで見て思っていたより、ずんぐりとした、如何にも体力のありそうな牡牛を連想させられる印象でした。

またテレビでは鼻声が耳についたのですが、マイクの効果があるとはいえ、耳にびんびん響く力強い声。

わたしたちはジュンク堂から新天町に向かう途中だったのですが(午後3時40分くらいだったでしょうか)、西鉄福岡駅の前で、海江田氏は自民党批判を繰り広げているところでした。

民主党代表の街頭演説にしては、人垣は小さく、ビラを配っている人々は、定年退職後の学校の先生を連想させられる年輩者のイメージ、人垣を作っているのも多くが団塊世代以上の年輩者に見えました。

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短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます!

 この本は、これで13冊目のお買い上げでした。

 以前は電子書籍をお買い上げいただくと、すぐに感謝とご報告の記事を書いていましたが、現在は1週間くらいの時間を置いて書くようにしています。

 買ってくださるかたがあると、元気づけられます。

 サンプルをダウンロードできます。
    ↓

 台風の季節に「台風」の小説は如何でしょうか。サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2013年7月18日 (木)

芥川賞受賞作品「爪と目」立ち読み雑感

芥川賞 直木賞の受賞作決まる
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130717/t10013105751000.html

……NKKオンラインより、引用ここから……
第149回の芥川賞と直木賞の選考会が17日夜、東京で開かれ、芥川賞に藤野可織さんの「爪と目」が、直木賞に桜木紫乃さんの連作短編集「ホテルローヤル」がそれぞれ選ばれました。

芥川賞に藤野可織さん

このうち、芥川賞の受賞が決まった藤野可織さんは京都市出身の33歳。
同志社大学の大学院を修了後、平成18年に「いやしい鳥」で文芸雑誌の新人賞を受賞してデビューしました。
今回、芥川賞は2度目の候補で受賞となりました。
受賞作の「爪と目」は、不倫の末に、男性の連れ子の娘と一緒に3人で暮らすことなった若い女性について描いた作品です。
女性と連れ子の複雑でいびつな関係が、連れ子の視点から繊細に描かれています。
藤野さんは記者会見で、「大変うれしく思っています。こんな夢のような、いいことがあるんやな」と京都市出身の藤野さんらしい表現で喜びを語りました。
そのうえで、「これからは毎回一作一作、できるだけ前作とは違ういろんな小説を書いていきたい」と抱負を述べました。

選考委員・島田さん「極めて精巧」

芥川賞の受賞が決まった藤野さんの作品の受賞理由について、選考委員の島田雅彦さんは、「作品は『あなたへ』で始まる2人称小説だ。2人称小説の形式は過去に例がないわけではないが、成功例が少ないなかでこの作品は非常に2人称が功を奏していた。連れ子の3歳児のまなざしで父の愛人である『あなた』のことを描きながらも、その『あなた』に自画像を重ね合わせるという強烈な自己批評が含まれている。細部があいまいにされており、謎が多い小説ではあるが、じっくり読むと極めて精巧にできており、藤野さんのこれまでの作品で最もよかった」と話していました。
……引用ここまで(以下略)……

 新潮社ホームページの以下のページで立ち読みができます。

 以下は、立ち読みをしたわたしの雑感。

「点滴の針がささった腕は、ぱんぱんに腫れ上がっていた」
 看護師さんにいって点滴の針をきちんと差し直してもらえば、流産予防で入院中の友人の問題の一つは簡単に解決することです。

「ピンク色のひくひくと動く後ろ脚」
 このハムスターは痙攣でも起こしているのでしょうか?

 これが三歳児の視点というのが如何にも不自然で(三歳児というものがどんな視点を持っているのかは想像がつくことなので)、むしろ人間には想像がつきにくい、動物とか植物となどの視点のほうが話を作る上では自由度が高く、面白いものになるのではないでしょうか。

 この三歳児の視点と「あなた」の視点とは区別がつきにくいので、「あなた」すなわち三歳児に描写されている女性を語り手に設定したほうが自然に読めそうです。三歳児にしたほうがよいメリットというものが、この段階では全く感じられません。

 三歳児ではなく、思春期の少女というのであれば、また違うでしょう――別のお話になるでしょう――が。内容がありきたりだから、形式にこだわりたいということでしょうか。ならば、安易な話です。

「勤めに出ないという選択肢が現実的でないので続けているだけだが、苦痛ではなかった。あるいは、苦痛であっても、慣れなければならない苦痛だった。眼球の上で少しの乾きと痛みを与え続けるハードコンタクトレンズのように」
「紅茶のカップはほとんど空なのに突然重くなって、受け皿に戻す際にがちりと鋭い音が立った」
 こういうところに感覚の冴えを見せているつもりなのかもしれませんが、わたしには上はありきたり、下は不自然な描写としか感じられず、三歳児の描写する女性が紅茶のカップのように無機的で、何の魅力も感じられないため、この先を読みたいという意欲が湧きませんでした。

 もしかしたら、あまりにも不自然なこの三歳児は何かデモーニッシュな存在として設定され、小説はホラー的な結末を迎えることになるのでしょうか? でも、もうわたしにはどうでもいいことに思えます。

 記者会見で、「出だしを印象的なものであればいいと思うけど、なるべくさりげなく始めたいといつも思っていて、ちょっと特殊な文法使って最初からその文法で何の説明も注釈もなしに始めたので、印象的と言っていただけるようなものになったのではないか」という作者の言葉がありましたが、どこに特殊な文法とやらがあるのか、さっぱりわかりませんでした。

 大学生の試作品かと思いきや、33歳とあり……(絶句)。カテゴリー「芥川賞」を作ったものの、早くもダレてきました。

 そういえば、この暑さですが、京都にお住まいの寂聴先生はお元気でしょうか?

※当ブログにおける関連記事

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2013年7月17日 (水)

16日に循環器クリニック受診(サンリズム⇒後発品リズムコート⇒サンリズム)

20130716160303

 昨日循環器クリニックを受診しました。

 診察前にいつものように体重測定、血圧を済ませ、予定されていた尿検査、心レントゲン、心電図も終えました。採血は診察後に、とのこと。

 わたしの右首筋の湿疹が目立つようで、「わあ、かぶれたの?」と看護師さんたちが口々に。「いえ、湿疹なんですよ」というと、「先生にお薬、出して貰ったらいいわよ」と看護師さんたちがまた口々に。

 わたしは「そうですね」と相槌を打ちましたが、先生には湿疹のことはお話ししませんでした。これ以上ひどくなれば、皮膚科に行ってしまおうと思います。

 診察室に入ると、わたしの胸のレントゲン写真。矢印のついた丸印が目に入りましたが、それについては何も説明がありませんでした。「レントゲン写真も、心電図もいいよ」と先生。ホッとしました。

 新しくサンリズムを出していただいて3日ほどはまるで心臓に羽根が生えたみたいに軽く感じたこと、不整脈は全く感じなくなっていたことをお話しすると、先生は自分のことのように嬉しそうな顔をなさいました。

 ただ朝夕の服用では、夕食後の薬を飲む数時間前に効果が切れる気がすることを訴え、「このお薬は1日に2回までなのでしょうか?」とお尋ねしました。すると、先生は明るいお顔で「いや、1日に3回飲む人もいるよ。腎臓が悪ければ減らさなきゃいけないんだけれど、Nさんは腎臓はいいから、出せるよ」と先生。

 カルテに尿検査の結果の記載があり、潜血プラスが目に入ったので、「先生、わたし、腎臓はいいんでしょうか?」とついお尋ねすると、いいということでしたので、安心しました。いくら夏とはいえ、尿の色が凄く濃く、赤い感じに見えたので、気になっていたのでした。ずっと続いている尿潜血は気になっていますが、ありがちなことなんでしょうね。

 先生が心電図を時間をかけてご覧になっている間、暇だと感じた(?)わたしは、抗不整脈薬についてさらにつけ足して、始めの頃の服用感に比べたら、日が経つうちにいくらか不整脈が戻ってきてしまったものの、不整脈の自覚症状が減り、快適なので、リズムコートに満足しているとお話ししました。

 すると、先生はなぜか眉を顰められ、どんな不整脈を感じるのかとお尋ねになりました。「以前のように長時間の不整脈を感じることはなくなりましたが、前からあるドキドキやドクッやブクブクといった、不整脈です」とわたし。何という貧弱な表現力!

 実はめまいも最近戻ってきて、不整脈とめまいと吐き気がほぼ同時に起きることがありました。咳と不整脈のセットも、また戻ってきていました。以前はそれが始終あったのが、明らかに減ってはいたのですが。

 先生はいつものように脈をとられ、胸に聴診器を当てられました。「フルタイドは1個でいい?」と先生。何か聴こえたのでしょうか。ゼロゼロ気味ではありました。

 先生がそれでいいのかと確認するようにおっしゃる場合は、薬を増やしたほうがいいよという意味なのですが、わたしは「はい、足りています」と押し切りました。その必要性が強い場合は、先生はわたしの確認をとらずに薬を追加なさいますので、選択権がわたしにあるうちは押し切ってもいいのではないかと。

 胃薬もまだあるので、それも今回は出して貰いませんでした。血液検査では、カルシウム値も調べて貰えないかお尋ねすると、入院したときの話になり、カルシウム値も調べていただけることになりました。

 カルシウム値が基準値を超えるとまずく、もしそうなると心臓にも影響のあることなので、一緒に検査して貰えればと思ったのでした。カルシウム値が基準値内であれば、副甲状腺ホルモン値が少しくらい高くても、心配要らないようです。10月には日赤でも調べて貰うわけですが、ついでなのでカルシウム値だけでも、と思ったのでした。

 受付で診察代を支払うときに、渡された処方箋を見ると、リズムコートがサンリズムに戻っているではありませんか! 先生はジェネリックに批判的、薬局はジェネリックに積極的とあって、わたしには戸惑いがあります。でも、先生が先発品に戻したほうがよいと判断なさったのであれば、大人しく従うべきでしょう。

 実は、サンリズムからリズムコートに替えて貰って以降、薬の効果が薄まった気がしていたのでした。いくら薬代が安く済んだとしても、これではあまりお得とはいえません。といっても、これは耐性ができたためかもしれず、サンリズムを使い続けていたとしても同じことなのかもしれないとわたしは考えたりしていたのでした。

 先生がサンリズムに戻してくださって、どこかホッとする気持ちがありました。

 ところが薬局で(今回は初めて見る薬剤師さんが担当でしたが)、「リズムコートカプセルの在庫がありませんので、ピルシカイニド塩酸塩カプセルにしておきました」と薬剤師さん。

「サンリズムではないのですか?」とわたし。「成分は同じですよ。問題ありません」と薬剤師さん。前回、わたしのほうからジェネリックにしていただいたのでした。

 でも、ここでジェネリックはまずい気がしました。わたしの迷いが薬剤師さんには杞憂と映ったようで、成分は同じで、人によってはむしろジェネリックのほうが合う人もいるとおっしゃいました。わたしはジェネリックのコーティングが厚いために薬が溶けきらず、便にそのまま出てしまった人の話を先生が前の受診時になさったことをお話ししました。

 すると、納得していただき、サンリズムに替えていただけました。写真は今回処方していただいた薬。袋の上にのっかっているのが、サントリーが開発したというサンリズムです。

 サンリズムを飲んだら、またあの心臓の軽い感じが戻ってきました。これがどれくらい続くのかはわかりませんが、この新鮮な感触はリズムコートでは得られなかったものです。これは単に、わたしの気分の問題なんでしょうか。

 過去記事を読み返すと、リズムコートに替えて貰ってから問題が出てきているようですが、服用期間が違うので、比較が難しいです。

 薬価を比較すると、サンリズムカプセル50㎎85.9円、リズムコートカプセル50㎎47.8円、ピルカイニド塩酸塩カプセル50㎎53.2円です。 

 ピルカイニドを出していただいた場合と比較すると、(85.9-53.2)円×40日=1,308円高くなります。5千円内で収まっていたのが、6千円超えてしまいました。これにタケプロンが加わっていたら、さらに高くなっていたでしょう。検査代・診察代・薬代の合計は1万円超えてしまいました。

 ああ、このまま医療費が増えていくと思うと、わたしなんかいっそ死んでしまったほうが安くつくと思ってしまいますが、家族は家事で困ると思うし、神秘主義者の考えとしては、せっかくこの世に生まれてきたからには粘れるだけ粘って学びを深めることに意味があると思うので(?)、粛々として生きていきたいと思います。

●心臓の薬(40日分)

  • インデラル錠10㎎ 3錠
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」 3錠
  • サンリズムカプセル50㎎ 3Cap
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100㎎ 2Cap
  • 一硝酸イソソルビド錠20㎎「タイヨー」 2錠

●喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス1個

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2013年7月16日 (火)

Kindle本『台風』『詩人の死』『ペガサス』の無料キャンペーンは終了しました、ありがとうございました!

眠れぬ夜にキャンペーン『台風』7月12日~15日、出遅れましたがキャンペーン『詩人の死』7月13日~16日、真夏の空へキャンペーン『「田中さんちにやってきたペガサス』7月13日~16日――は終了しました。ダウンロードしてくださった皆様、ありがとうございました。

『台風』『詩人の死』は2回目のキャンペーン、『ペガサス』は3回目のキャンペーンということで、まだダウンロードしてくださるかたがあるだろうかと心配でしたが、思ったよりダウンロードしていただき、嬉しい気持ちになりました。

ペガサスは海外の空へも何回か羽ばたいていくことができました。台風も海外でダウンロードしてくださったかたがありました。『詩人の死』をダウンロードしていただくと詩人と呼んだ亡き友人に報告できる悦びがあります。

ご報告は現在、1週間くらいの時間を置いて書くようにしています

新しい本は準備中です。

時間がかかってしまっていますが、これを出したら、既にテキスト原稿がある作品を続けて数冊出したいと考えています。8月になれば専念したい小説(大人の小説)があるので、今月中に最低でも3冊は出したいものだと考えています。

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2013年7月14日 (日)

朝の空に虹がかかっていました

20130714053749

 携帯で撮ったので、よくは撮れませんでしたが、朝5時半頃、虹が出ていたので、思わず撮りました。晴れて見えましたが、ベランダに出てみると、とても細かな――絹糸のような――雨が降っていました。この写真、修正していません。

 肉眼で見ると、虹は雲の上の辺りまで延びていて、雲の隙間からスッと虹の女神イリスが片足を伸ばしたかのようにも見えました。47分に見たときはまだ出ていましたが、6時に見ると、消えていました(この記事を書いていたのです)。

 ギリシア神話に出てくる虹の女神イリスはヘラの使者です。仲裁役として優れていましたが、とても善良だったので、ゼウスがアフロディテとの情事をごまかすために、彼らの子であるエロスはイリスと西風の子――という噂をひろげたときも黙っていました。

 ヘラはそんなことではごまかされず、黙っているイリスを責めました。そのときの様子が『現代教養文庫 1000 ギリシア神話小事典』(バーナード・エヴスリン、小林稔訳、社会思想社、1979年)に美しく表現されているので、引用します。

……引用ここから……
イリスは自分を弁護しなかった。最初彼女はそっと泣き、それからヘラにほほえみかけた。そのほほえみは、あらしの雲の間から輝く虹の光のように、涙のなかにきらめき、そのさまがあまりにも心を魅了したので、ヘラは、オリュンポスの記録では始めて、叱ることを思いとどまったのである。
……引用ここまで……

 午前中の家事で中断。

 ここではエロスはゼウスとアフロディテとの間の子とされていますが、エロスの出自及び性質については諸説あるようです。

 プラトンは『饗宴』で、エロス(森進一訳で読み慣れているのでエロースといわなければ、感じが出ません)をめぐる賛美合戦を描いてみせています。

 ここで、エロース(愛の神)は策知の神ポロスと貧窮の女神ペニアーの間の子であるという説が表れます。それは、ソークラテースがかつてディオティーマという女性から聴いた話だそうです。

 わたしはこのくだりを読んでいると(『饗宴』『パイドーン』を何度読み返したことか)、ランボーの『わが放浪』という詩を必ずといってよいように連想してしまうのです。こんなにみずみずしい詩を書くランボーという人間がエロースのように想えてくるのですね。

 昔人間は球形の統一体で、男性(男男)、女性(女女)、両性者(男女)という三種類がいたが、傲慢さで神々の怒りを買い、ゼウスに真っ二つにされてしまった……それ以来、切断された半身は自らの半身をこがれるようになったのだ……という面白い話が出てくるのも、この『饗宴』です。

 昨年、わたしは「高校生の読書感想文におすすめの本_2012年夏」で、『ソークラテースの弁明』をすすめましたが、『饗宴』とどちらにしようかと迷いました。どちらも読みやすく、とにかく面白いのです。2013年版おすすめも書きたいのですが、もし書いたら『饗宴』を入れるかもしれません。

 ところで、このときの宴で第一番に話し始めたのはパイドロスでした。彼はヘシオドスの説を引き、万物の初め、カオス(混沌)、ガイア(大地)、エロース(愛の神)の順に生まれたといいます。

 このギリシア最古の宇宙開闢神話を引いて、ブラヴァツキーはフォーハットという未顕現の宇宙では潜在的創造力、現象界では電気的生命力となる神秘的なエネルギーについて、興味深い説を展開しています。それについて、つい書きたくなってしまいましたが、興味のない人にとっては独り言になってしまうので、やめます。

 宇宙が話に出てくると、NHKスペシャル「地球大進化」を思い出します。母なる地球とわたしたちが呼んできたこの星は、46億年の間大異変を繰り返してきた荒ぶる星だというのです。

 地球大進化~46億年・人類への旅:ウィキペディア

 40億年前には、全ての海が干上がってしまうような大異変が実際に起きたそうで、その原因は巨大隕石の衝突。2億年前と6億年前には全てが氷に覆われてしまう全球凍結、2億5千万年前には地球内部のマントルが一気に吹き出すという大噴火。

 生命は何度も絶滅の縁に追い詰められましたが、一方でこうした大変動があったからこそ、わたしたち人類は誕生したのだとか。全球凍結は微生物だったわたしたちの祖先を大型生物に進化させたと考えられているそうです。

 何とも壮大な話ですね。

 高校生の読書感想文におすすめです。
     ↓

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2013年7月13日 (土)

Kindle本「台風」「詩人の死」を無料キャンペーン中、「田中さんちにやってきたペガサス」は明日から

 アマゾンKindleストアで販売中の電子書籍の無料キャンペーン情報です。

「台風」「詩人の死」を無料キャンペーン中、「田中さんちにやってきたペガサス」は明日から2日間無料キャンペーンの予定です。

 KDPセレクトへの登録は90日間で、自動更新することも登録を取り消すこともできます。無料キャンペーンの実施は90日間で5日間可能となっています。

 上記3冊がKDPセレクトへの登録中で、期限が近づいており、自動更新するかどうか迷っているところです。そして、消化しきれていない無料キャンペーンを消化してしまおうというわけなのです。5日間まとめて無料キャンペーンしたほうがよかったようにも思います。

 現在作成中の電子書籍『茜の帳』についても、KDPセレクトへの登録を迷っています。登録するとなると、ブログで公開中の萬子媛に関する記事は非公開にしなくてはなりません。

 マグダラのマリア伝説と萬子媛の生き方を比較対照してみた記事などは、公開したままにしておきたいところなのですね。

 前置きが長くなりましたが、以下に3冊のキャンペーン予定をお知らせしておきます。

無料期間中はダウンロード画面で ¥0 と表示されます。

眠れぬ夜にキャンペーン……実施中
純文学小説「台風
日本時間7月12日午後5時ごろ~15日午後5時ごろ
アマゾンのKindleストア、直塚万季「台風」のページ

出遅れましたがキャンペーン……実施中
純文学小説(日記体)「詩人の死
日本時間7月13日午後5時ごろ~16日午後5時ごろ
アマゾンのKindleストア、直塚万季「詩人の死」のページ

真夏の空へキャンペーン……予定
児童小説「田中さんちにやってきたペガサス
日本時間7月14日午後5時ごろ~16日午後5時ごろ
アマゾンのKindleストア、直塚万季「田中さんちにやってきたペガサス」のページ

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夏休み前なのに、もう読書感想文の準備?(先生それは誤解です)

 先週くらいから、以下の記事にアクセスが集中しています。

 まだ夏休み前だと思うのですが、今年は出足がよいようで……どうして?

 これまでは8月も半ばとなってようやく、狂ったように(?)この手の記事にアクセスが集中したものですが……。今回は、わたしの書評の記事にはそれほどアクセスが増えていないので、これは生徒さんではなく、もしかしたら先生?

  生徒さんだったら、感想そのものを盗めるものなら盗みたいようで、あちこち漁った跡がアクセス解析から知れるんです。

 でも先生だとすると、1日あれば、という記事に集中するのが不自然ですね。うーん、どなたがアクセスなさっているのかしら。

夫は、「1日あれば、なんていう不届きな記事がある――と思って、先生がチェックに来ているんじゃないのかな?」といいました。考えてみれば、そうですね。さすがは、授業のサボり魔だったという夫。そのあたりの洞察には力量を発揮します。でも、先生それは誤解です。高校生時代に読むと糧となるような作品を様々な角度――みずみずしさ、深み、思想的中庸、読みやすさ……――から分析して選んでいます。

 前掲の記事は、2011年版中編、長編も同時に紹介しており、また2012年版(中編中心)へのリンクもあるので、我ながら親切な記事だと思っていますが、生徒さんにはできれば中編くらいは読んでほしい気がします。

 その陰で、わたしは自己出版した電子書籍『台風』の無料キャンペーンを淋しくやっております。まだ誰もダウンロードしてくれません。純文学小説の2回目のキャンペーンは厳しいのでしょうか。

『台風』は高校生が登場する純文学小説で、読書感想文にもそう悪くはないと思うのですが(媒体さえあれば現在無料だし)、市民権を得ていない小説をすすめるわけにはいかないので(いや、内容からすると、『台風』は大人向きでした。先生におすすめします)、孤独に次の電子書籍の作成に励んでいます(というより、ずっと別のことにかまけてサボっていました)。

 作成中の電子書籍『茜の帳』は三部構成で、一部は幻想小説「茜の帳」とエッセー「萬子媛抄」、二部は祐徳稲荷神社で詠んだ俳句、三部はブログ「マダムNの覚書」で公開した萬子媛に関する記事で構成。

 三部に収録するエッセーをリストアップし、現在これの作業中です。

  • 2012年1月 9日 (月)
    祐徳稲荷神社 ①初詣
  • 2012年1月12日 (木)
    祐徳稲荷神社 ②石の馬と「うま」くいく御守り。
  • 2012年3月12日 (月)
    祐徳稲荷神社 ③萬子媛ゆかりの石壁神社にて
  • 2013年1月 5日 (土)
    初インスピレーションと石の馬の夢
  • 2013年2月17日 (日)
    不思議なこと
  • 2013年3月22日 (金)
    萬子媛の美麗なオーラ
  • 2013年4月20日 (土)
    同人雑誌と萬子媛のこと
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    宗教の違いなんていうけれど……マグダラのマリア伝説と萬子媛
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    萬子媛のお社

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2013年7月12日 (金)

kindle本『台風』の無料キャンペーン実施中です。『詩人の死』は設定ミスで明日午後5時ごろからになります。

台風の季節に、台風体験をもとにした純文学小説『台風』は如何でしょう? 

アマゾンのKindleストアで販売中の電子書籍『台風』(純文学小説)の無料キャンペーン2回目、題して「眠れぬ夜に キャンペーン」を実施中です。

無料キャンペーン期間は、日本時間7月12日午後5時~15日午後5時ごろの3日間となります。無料期間中はダウンロード画面で ¥0 と表示されます。

※無料になるのは、ダウンロード画面で ¥0 と表示されている間だけです。くれぐれもお間違えのなきようお願いいたします。 サイドバーのプログパーツにはタイムラグがあります。

danger まことに申し訳ありませんが、同時にキャンペーン予定だった『詩人の死』(純文学小説)は設定ミスにより、実施が1日延びます

統合失調症という難病を抱えながら詩人として生きた女性の最期の日々を友人の日記で綴った『詩人の死』……。

こちらは、日本時間7月13日午後5時~16日午後5時ごろの3日間となります。
題して「出遅れましたが キャンペーン」です。
無料期間中はダウンロード画面で ¥0 と表示されます。

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中途半端な時期にですが、杉田久女、三橋鷹女の七夕の句をご紹介

 七夕に、杉田久女と三橋鷹女の俳句を少しまとめて紹介したいと考えていました。

 七夕の季語は秋ですが、旧暦の感覚とはずれがあるので、7月7日に紹介してしまおうかしら、でも七夕の季語は秋だし……と躊躇しているうちに7月7日は過ぎてしまいました。

 が、秋になると七夕のことを忘れてしまいそうなので、中途半端な時期ですが、紹介しておきますね。

 杉田久女の句は『杉田久女全集第1巻』(立風書房、1989年)、三橋鷹女の句は『三橋鷹女全集』(立風書房、1989年)からの紹介です。アマゾンで検索してみましたが、今はどちらの本も入手するのは難しそうです。いずれも同じ出版社から出ています。

 杉田久女の随筆は青空文庫で読むことができますよ。以下は青空文庫の杉田久女のページへのリンクです。

 公開中の作品

  1. .桜花を詠める句 古今女流俳句の比較(新字新仮名、作品ID:44910)
  2. 朱欒の花のさく頃 (新字新仮名、作品ID:43583) 
  3. 女流俳句を味読す (新字新仮名、作品ID:44911) 
  4. 大正女流俳句の近代的特色 (新字新仮名、作品ID:43591) 
  5. 英彦山に登る (新字新仮名、作品ID:43592) 
  6. .瓢作り (新字旧仮名、作品ID:4878) 
  7. 梟啼く (新字新仮名、作品ID:44912) 
  8. 万葉の手古奈とうなひ処女 (新字旧仮名、作品ID:49176)

 では、まず久女の七夕の句を拾ってみます。

七夕百句青き紙にぞ書き初むる
子等は寝し簷端の月に涼みけり
七夕竹を病む子の室に横たへぬ
七夕や布団に凭れ紙縒る子
銀河濃し救ひ得たりし子の命

星の竹北斗へなびきかはりけり
うち曇る星のいづこに星の恋

海松[みる]かけし蟹の戸ぼそも星祭
下りたちて天の河原に櫛梳り
彦星の祠は愛しなの木陰
口すゝぐ天の真名井は葛がくれ
荒れ初めし社前の灘や星祀る
星の衣[きぬ]吊すもあはれ島の娘ら

 久女の句というと、気韻生動たる句、あるいは優婉な句を連想しますが、とても子煩悩だったことを窺わせる母親らしい句も久女は沢山作っています。久女の二人のお嬢さんのうちのどちらかが七夕のころに重い病気になったことを想像させる句があります。

 長女は俳人の石昌子さんです。今、ググってみたら、石さんは2007年に95歳でお亡くなりになっていたようです。わたしは昔俳句の雑誌で見た、石さんのパリをお詠みになった句が好きでした。石さんがお母様の句集を編んでくださったからこそ、今こうして久女の句に親しめるのです。

 ご冥福をお祈り致します。

 真摯であるがゆえに苦渋に満ちた生涯を送った久女の評伝『花衣ぬぐやまつわる……』(田辺聖子、集英社文庫、1990年)では、代表的な句が紹介されています。高浜虚子との最初幸福で、のちに暗転してしまった師弟関係や家庭の事情が描かれ、石さんのことも出てきます。

 次に、三橋鷹女。

七夕や夜空展け来水の面
織姫は人の子吾のゆめに来も
河骨の水底をゆけり別れ星
うつし世にねがひの糸はかけざりき

七夕や男がうたふ子守歌

「七夕や男がうたふ子守歌」って、いいですね。子守歌が似合うのは、少々苦み走っているくらいの男らしい男でしょうね。

 常識を突き抜けたところと端正さとが融和した鷹女の句。晩年に近づくほど、鬼気迫る句柄となっていきます。前にも書いたような気がしますが、写真で見る若いときの鷹女は板東玉三郎に似ているとわたしは思いました。

 杉田久女にしても、久女の弟子として俳句人生をスタートさせた橋本多佳子、そして鷹女も美貌の持ち主で、俳句を通して身につけた凜とした趣が貴人のようなムードを醸しています。あくまで写真を観た印象ですけれど。

 字も、それぞれの人柄を表しているかのようで、さすがは俳人だけあって達筆です。特に久女の揮毫は有名です。

 前掲の『花衣ぬぐやまつわる……』にはその写真も収められています。久女の筆遣いに心底魅せられてしまったわたしは、ずいぶん前に買った文庫本のその字を今でもちょくちょく眺めます。

 そういえば、3,000句作ったと河津さんはおっしゃっていましたが(数年で3,000句だなんて、わたしには想像もつきません)、『日田文學』臨時号で披露してくださるのでしょうか?  

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2013年7月11日 (木)

エドワード・ゴーリーの危険すぎる絵本

 エドワード・ゴーリーの絵本を知り、衝撃を受けました。

 危険な目に遭う子供たちのその危険の直中ではなく、その直前か直後の場面を描いた『ギャシュリークラムのちびっ子たち または 遠出のあとで』という絵本を動画で観ました。あまりの生々しさに、その世界に引き摺り込まれてしまうような気分になりました。

 高い技術力と、独特のムードを醸し出す能力。

 子供たちの死の原因は、事故か犯罪か不自然な病死です。

 避けがたく迫ってくる忌まわしいムード、嵐の起きる前の静けさにも似たムードには既視感があります。

 わたしは確かにそれを知っており、間一髪で助かった瞬間が何回かあります。全世界が不気味に沈黙し、この世に完全に棄てられたような瞬間。避けがたい危険に呑まれるかもしれないことを全身が察知している、時間がとまったように長く感じられる瞬間。危険な目に遭うとき、時間はいくらでも伸び縮みするのです。現実にも確かに味わったことがありますが、悪夢の中でも味わったはずです。

 そのリアリティはともかく、現実には、このようなおぞましい死の連続、統一された瞬間というのは、ありえないことです。作為的であり、人工的であって、子供たちの死が編集され、コレクションされているのです。子供たちの死はアルファベット順に構成されていますから。それを月並みな言葉では猟奇的と呼びます。

 この子供たちにどんなに幸せな過去があったとしても、彼らは忌まわしい瞬間にピンでとめられ、固定されています。この子供たちは、そこから一歩も動けないかのようです。未来永劫、彼らにはこの瞬間が、この不幸が続くのだと絵本はほくそ笑んでいるかのようです。

 前述したように、この世に生きていても、このような地獄さながらの瞬間を察知し、味わわざるをえないことがありましょうが、わたしが問題に感じるのはその固定です。忌まわしい瞬間をまるで愛撫しているかのような、執拗な拘りです。

 人間は誰もが死にます。どんな人生を送ってきたとしても、結局は死に辿り着くのだ、それ以外にはもはや何も残らないのだ、というペシミズム――で括ることのできない、ある欠落を感じさせます。何なんでしょう、これは。

 この絵本が日本では柴田元幸の訳により2000年に河出書房新社から出版され、それが日本図書館協会選定図書に選定されているというのがわたしには不可解です。

下書きのまま放置しないために公開しておきますが、この記事は書きかけです。

 採り上げ、展開すべき事柄は以下。

 クマ、ロズウェル事件、F大ワンダーフォーゲル部の災難。 イングマール・ベルイマンとエドワード・ゴーリーの共通点。

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2013年7月10日 (水)

節約料理の最強の味方、シャケ!

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 節約料理の記事を書きたいと思っているのですが、なかなかその時間が作れず、申し訳ありません。

 美味しくて安いシャケは節約料理の最強の味方ですよね。シンプルな塩焼きから、手の込んだ料理まで可能にする便利な食材。

 わたしは5切れ一皿になったものを買ってくることが多いです。今うちは3人暮らしなので、3切れ使うと、2切れ余ります。

 次に使うときは1人ぶん足りません! 冷凍しておくと、そのぶんから回せますけれど、冷凍しておいたものでも、何となく同じ鮮度のものを使いたいと思ってしまいます。

 そこで、冷凍しておいた2切れを使って洋風のピラフにしたり、炊き込みご飯にしたりします。

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 昨夜はタンドリー風にしたいと思ったのですが、ヨーグルトがなかったので、ウーマンエキサイトのE・レシピを閲覧させていただき、その中の「サーモンのカレームニエル」を作ってみました。これ、とっても美味しかったですよ(最初の写真)。

☆E・レシピ「サーモンのカレームニエル
 http://erecipe.woman.excite.co.jp/detail/d98d9db7faec8868ce8db2a4c5310330.html

 当ブログの過去記事から、シャケを使ったレシピの記事を探してみました。

 以下は、最近行ったアフタヌーンティーで娘が撮った写真。ひさしぶりのアフタヌーンティーでした。

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2013年7月 9日 (火)

そろそろ同人雑誌「日田文学」編集人に作品の打診をすべきかな

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 わたしが日田市からこの街に引っ越してきた年から加えていただいた「日田文學」は、平成21年5月に発行された「日田文學 57号」(編集人=江川義人、発行人=河津武俊)を以て休刊していた。

 臨時号が出るという葉書が届いたのが、2月中旬。参加させていただくことにしたが、最後の『日田文學』になる可能性が高いので、力作を提出したいところだ。

 が、それが難しい。夏に集中したい作品があり(もう夏だった……)、これは用途が決まっているので、秋に何か書くしかないが、夏秋と続けて完成度の高い作品を書く体力、今のわたしにはない。締切りは10月末日(厳守)。

 休刊直前の「日田文學 57号」にわたしは『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を掲載していただいたが、これは評判がよかった。その後、当ブログで続編の下書きともいえる記事を書いてきたので、それをまとめるにはよい機会とも思えるが、時期尚早かしら。

 村上春樹に関するリサーチに児童文学が絡んでくるとは想像していず、河合隼雄の影響にまで触れざるをえないとなると、河合隼雄はもとより、ユング、ファンタジー系に影響がありそうなシュタイナー、左翼思想の影響などの調査の必要があり、メモ段階の現在から8月のブランクを経て秋までに一応の作品といえるだけのものにするには、時間がなさすぎる。

 となると、『詩人の死』か、児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』でもいけるかどうかを打診しておいたほうがよさそう。

 しかし、『詩人の死』は編集人の江川さんが地区選考委員を務めていらっしゃる九州芸術際文学賞に応募して、箸にも棒にもかからなかった。三田文學新人賞の予選には通過したことをアピールすれば、何とかなるだろうか? 

 普段は賞が持つギャンブル性にひどく否定的な癖に、こんなときは芳しいわけでもない賞での成績を証明書代わりにしようとする自分が情けない。つい賞に応募してしまったりする自分がそもそも我ながら哀れではある。

 そうはいっても、江川さんの文学観とわたしの文学観は随分違うので、色々と対策が必要なわけで、これは前にも使った手なのだった。

「日田文學」が休刊になってしまったのは、「文學界」(文藝春秋)の同人雑誌評がなくなってしまったからだった。河津さんはこのコーナーの常連で、大石さんなんかもそうだった。この同人雑誌評は縮小して「三田文學」に場所を移したのだが、河津さんが完全にやる気をなくしてしまった様子だった。

 そういえば、『abさんご』が芥川賞を受賞したあとで、河津さんからお電話があり、電子書籍の話になって、それについてお話ししたのだが、河津さんのKindle本はまだないようだ。

 とうの昔にプロになってよかったはずの人なのに、純文学に逆風が吹き、純文学を代表するような作品をお書きになる河津さんにはまことに悪い時代だった。

 河津さんの『耳納連山』は、シモーヌ・ヴェイユ(フランスの女性哲学者)の紹介者、翻訳者として著名だった故田辺保先生も、絶賛なさっていた。

「日田文學」に掲載していただいたわたしの作品は以下。

  • 平成17年3月・51号……白薔薇と鳩(小説)
  • 平成17年12月・52号……映画「ヒトラー最後の十二日間」を観て(エッセー)
  • 平成18年7月・53号……台風(小説)
  • 平成19年1月・54号……牡丹(小説)
  • 平成19年9月・55号……回転木馬(俳句)
  • 平成20年4月・56号……侵入者(小説)
  • 平成21年5月・57号……村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち(評論)

 なんか、大した作品、出せていないわね~! それでも、このうち同人の受けがよかったのは『牡丹』。女主人公の艶っぽさが、ゾクゾクさせるそうだ(うーん、そう?)。

「文學界」の同人雑誌評で名が出たのは『台風』、月のベスト5に選ばれたのは『侵入者』。

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は、純文学の書き手たちからは「よくぞ書いてくれた!」と口々にいわれた。

『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は以前ブログで公開していた。そのとき、多くのコメント、メールを頂戴したのだが、怒りをぶつけてきた人、絶賛してくれた人……と評価がわかれた。

 エンター系として愛読されるぶんにはわたしは何の文句(?)もないのだが(村上春樹の小説はそんな扱いが長かったはずだ)、純文学の代表のようにいわれると違うと思わざるをえず、教育に用いられるとなると弊害を心配せざるをえず(ポルノグラフィとホラーが隠れている小説をよりによって)、反日的広告塔となって中韓を悦ばせているとなると絶望的な気分になる。

 普通の小説とは違う、というのが神秘主義者としてのわたしの見解だ。麻薬に近いところがあると思う。主観的な人々から主観的と非難されようと、そう判断せざるをえないのだ。

 

アマゾンのKindleストアで販売中の電子書籍『台風』『詩人の死』(いずれも純文学小説)の二回目の無料キャンペーン、題して「眠れぬ夜に キャンペーン」を実施します。

無料キャンペーン期間は、日本時間7月12日午後5時~15日午後5時ごろの3日間となります。無料期間中はダウンロード画面で ¥0 と表示されます。

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2013年7月 8日 (月)

『共同研究 パル判決書』(講談社学術文庫)、「第二編 パル判決書(正文)」目次から 

『共同研究 パル判決書』(東京裁判研究会、講談学術文庫、1984年)を図書館から借りた。パル判決書だけでも、和訳して88万5000字余り、四百字詰原稿用紙にすると2213枚にもなるという堂々たるもので、返却日までに読めそうにない。

 大学では村上春樹をよく学生に読ませているようだが、このような本を読ませたらいいのにと思う。長文だが、ざっと見たところでは法学部の学生でないと読めないといった難解さはない(読みやすいように工夫されている)。

 日を置いて、再度借りることにしたいので、とりあえず、「第二編 パル判決書(正文)」の目次だけでも、メモしておくことにしたい。

 第二次世界大戦後終結後に行われた極東国際軍事裁判(東京裁判)でただ一人、A級戦犯全員無罪としたラダビノッド・パル(Radhabinod Pal)判事。

 パル判決書とは、東條英機元首相以下25名の戦犯被告を有罪とした多数派判決を論駁したインド代表パル判事の反対意見書のことである。

 この本の「序」には「この『パル判決書』は、法廷での朗読も行われず、日本国民に無用の刺激を与え、占領政策に有害なものとして、占領軍当局は、その公刊も禁じた」とある。その後、出版が行われるようになったという。

 以下が「第二編 パル判決書(正文)」の(頁を省いた)目次。これを見ると、パル判決書の構成がわかる。

第一部 予備的法律問題  

    (A)裁判所の構成
    (B)裁判所の管轄権外の事項
    (C)本件に適用されるべき法
    (D)裁判所条例――これは戦争犯罪を定義しているか
    (E)定義――これは裁判所を拘束するか
    (F)戦勝国――法律を制定しうるか
    (G)戦勝国の主権に関する理論
    (H)侵略戦争――犯罪であるか
      (1)1914年までの国際法において不法または犯罪であったか
      (2)1914年からパリ条約成立の1928年までにおいて不法または犯罪であったか
      (3)パリ条約以後不法または犯罪であったか
      (4)パリ条約によって犯罪とされたか
      (5)パリ条約のために犯罪とされたか
      (6)その他の理由によって犯罪とされたか
    (1)個人責任
      (1)ケルゼンの見解
      (2)グリュックの見解
      (3)ライト卿の見解
      (4)トレイニンの見解
      (5)国際生活における刑事責任の導入
 

第二部 侵略戦争とは何か
    (A)定義の必要
    (B)各時代に提案された各種の定義
    (C)右の諸定義の承認にたいする諸困難
    (D)定義の基礎
    (E)自衛
    (F)自衛を決定する要因
    (G)考慮を要すると思われる事項
      (1)中国における共産主義
      (2)中国のボイコット
      (3)中立問題
      (4)経済制裁
      (5)強制的手段の合法性
      (6)条約その他に違反せる戦争
      (7)背信的戦争
 

第三部 証拠および手続に関する規則 

第四部 全面的共同謀議
    (A)諸言
    (B)第一段階――満州の支配の獲得
    (C)第二段階――満州よりその他の中国の全部におよぶ支配および制覇の拡張     
    (D)第三段階――日本の国内法ならびに枢軸国との同盟による侵略戦争準備
      (a)国民の心理的戦争準備
      (b)政権獲得
      (c)一般的戦争準備
      (d)枢軸国との同盟
    (E)ソビエト社会主義共和国連邦に対する侵略
    (F)最終段階――侵略戦争の拡大による東亜の他の地域、太平洋およびインド洋への共同謀議のいっそうの拡張
    結論
 

第五部 裁判所の管轄権の範囲  

第六部 厳密なる意味における戦争犯罪
    殺人および共同謀議の訴因
    日本占領下の諸地域の一般人に関する訴因
    俘虜に関する訴因
 

第七部 勧告 

 

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2013年7月 7日 (日)

体調と書くことと文学と日本に対する憂い

 リズムコート(サンリズムのジェネリック)を飲む前に比べたら、全体に不整脈はまだよく抑えられているといってよいが、ほころびが目立ち始めたことは間違いない。打つ手はまだ色々とあるだろうけれど、医療費を抑えたいわたしとしては今後のことを思うと、憂鬱だ。

 それにしても誤算だった。夫定年後の暮らしが再就職できてさえ(再就職は難しかった!)これほど厳しいものになるとは想像しなかったし、自分の体がこれほど厄介なものになるとは思っていなかった。ぎりぎりの状態で暮らしているというのに、今後これがさらに厳しさを増すとなると……創作で夢を見られなくなったことが一番つらいことかもしれない。書くことはもう抵抗運動じみたボランティアでしかないと思うと、さすがに意欲がわかない。

 結局一生書くことは社会に認知されないまま終わるのだ! それはつまり、日本社会でわたしは失業しっぱなしで、有効な力を持ち得ず、お荷物に近い生き方をせざるをえないということだ(家事で家族を支えているとはいえ)。ささやかなこのブログも、病む日本の文学にとっては焼け石に水…… 

 本当に、日本における文学の偏向と衰えが気にかかる。神秘主義者のわたしにとっては、それは情操及び霊性に対する危機であると感じられる。

 人間に対する高度な精察を持たない共産主義に児童文学がのっとられていたとは! 児童文学に今ほど注意が行かなかった頃からずっと、児童文学の乱れと生気のなさが心配だった。その原因がようやくわかったのだ。

 大日本帝国が世界でもまれに見る立派な志を持っていた国であったことを最近になって知り、調べれば調べるほどそれが事実だったとわかってきた。GHQ指導下で発生した日教組による自虐史観、愚民教育は本当にひどいもので、日本民族の魂が抹殺されようとしているというわけだ。

 以下のブログの記事が詳しい。

 かつて教育施設を壊しまくった、GHQに洗脳されきった団塊世代が今度は日本社会の息の根を止めようとしている。それを阻止しようという動きもまた団塊世代がリードしているのではないかと思うが、わたしと同世代の議員が今、頑張っている。

 自民所属の参議院議員、西田昌司氏は1958年(昭和33年)9月19日生まれで、わたしと同じ年の生まれ。稲田朋美内閣府特命担当大臣(規制改革担当)は1959年(昭和34年)2月20日生まれで、わたしは年は1年、日は1日遅く生まれている。いずれも、わたしより1学年下で、同世代の人々だ。
 

 わたしは中学1年生のときから純粋に文学を続けてきて、文学のことをよく見てきた。そのせいか、自身の体調に日本における文学の衰退が反映され、病気がそれと並行して進んでいるような錯覚を覚える。しかし、相当衰えてはいるが、わたしは墓場に行くにはまだまだ元気だ。そう、文学にも、日本にも、まだまだ打つ手はあるはずだ! こんな記事ばかり書いていると、肝心の創作が進まないが、後回しにできる問題ではない。

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2013年7月 6日 (土)

胸痛にスプレー1回(総噴霧回数52回)

胸痛にスプレー1<br />
 回(総噴霧回数52<br />
 回)

中小の胸痛が連続して3回起きた。スプレーしたあと、不整脈が起きた。そのせいか(?)咳がしきりに出る。左肩がサッーと涼しくなって(血行がよくなったのだろう)、胸痛もすぐに消えたが、咳がしきり。

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昼下がりの仮眠時に見た他愛ない夢。パル判決書。オーラについて。

 深夜ニトロを使ってから(使う前からというべきか)、体調がパッとせず、朝はちゃんと起きたが、鏡を見て、「幽霊!」と思ってしまった。馬鹿に青白く、目のまわりが茶色。普段はとても病人とは思えない、元気いっぱいの顔色なので、びっくりした。

 フラフラしていたので、ヘンな顔色になっていたのと無関係ではないだろう。

 東京裁判でただ一人日本の無罪を主張したというパル判事の(前に読んだ本ではパールと訳されていた。ベンガル人で、英語綴りではRadhabinod Pal)判決書を収めた『共同研究 パル判決書』(講談社学術文庫)の上下を図書館から借りたのだが、何せ、和訳して88万5000字余りになるという判決文なのだ。四百字詰原稿用紙にすると、2213枚!

 大学時代であれば、臆せず、すぐに読書に取りかかっただろうが、おばさんになったわたしはしばらくボーッとしていた。完読したいが、電子書籍の作成や他に読まなければならない本もあるので、返却日までにはとても無理だ。他の急を要する読書を先にし、しばらくしてまた借り直すことになるだろう。大人の本なのに、最初辺りで少し汚されている。

 前に図書館から借りた『「南京事件」日本人48人の証言』(小学館)はもっと汚されていて(ちり紙代わりにするなんて!)、触ることができなかった。630円だったので、仕方なく購入した。

 趣味でほしいと思う本を買う余裕が全くない。娘が時々買ってくれる。チェコ作家ミハル・アイヴァス『もうひとつの街』も、そう。わたしがあまりに話すので、フレグランスとして持っておきたくなったらしい。いつでも読んでいいよといってくれる。図書館からまた借りずに済むのは嬉しい。

 東京裁判研究会の研究部分は置いておいて、パル判決書の目次だけでも写しておきたいと思いつつ、何だか気疲れして(?)フラフラ度が増し、寝た。寝たら、フラフラは治ったが、まだ体調が回復していないので、夕飯作りはつらいものになりそう。

 本のことを考えながら寝たためか、以下のような夢を見た。

  • 知っている文学部の老教授が亡くなる(現実には何年も前の出来事)。わたしはバンガロー風のカフェにいて、わたしに宛てられたという形見となってしまった2冊の雑誌を渡され(渡したのは感じのよい女性だった気がするが、はっきりしない)、それを見る。詩を中心に編集された格調高い専門誌で、表紙はどことなくパウル・クレーの絵を想わせる。ワンポイント的に置かれた顔のイラストは岡本太郎「太陽の塔」の顔に似ている。色合いが大変シックで美しくて、1冊はほのかに煌めく焦げ茶色に香るばかりの薔薇色の線があしらわれている。もう1冊は同じデザインだが、薔薇色の部分がパステルブルーになっている。
     先生はわたしとその雑誌について素朴に語り合いたいと思っていらしたという。それを聴き、感動のあまり号泣する(目覚めたとき、本当に泣いていた)。

 本の装丁が、この世ではお目にかかれない美しさだった(色合いも線も)。神秘主義では眠りの世界はあの世の世界とつながっているといわれるが、あの世の色合いの美しさといったらない。この世に近い――中間域の――あの世の色合いでさえ、そうなのだ。

 でも、この世にいても良質の霊感があれば、人間も皆、否生き物全て、物でさえ、本体は光であることがわかり、それはあの世の状態で物を見ているということなのだ。

 本もオーラを放っている、というより、本も光なのだが、日本人によって書かれる最近の純文学(ということになっているエンターテイメントともいえない変な小説)、ファンタジー、児童書も、わたしには肌理の粗い、金属的な、暗い、錯綜した色に感じられるものが多い(比較的良質に感じられるものも勿論あるが)。

 そうした本は、傍にあると、ひどく苦痛だ。下層域に引き摺り込まれる気がして恐怖さえ覚えることがある。本は良書を選ばなくては、オーラに悪い影響を与える。尤も、こうしたことはこの世の言葉では、好みに合わないの一言で片付く。

 オーラという言葉をポピュラーにしたのはブラヴァツキーだが(古代からオーラという言葉はある)、それについて書いてあるほとんどが嘘っぽい。この世では何て、嘘が横行しているのだろう!

 中国は、文化大革命で大勢の文化人を殺してしまったせいで、品位も何もない国になってしまっている。周恩来が最期の気品だった。中国も、韓国も指導者が悪すぎて、自国民を愚民教育している状態。

 日本より深刻な問題だろうが(病としかいいようがない)、唯一彼らを導こうとした大日本帝国は海の藻屑と消えてしまった(イザベラ・バートは、李氏朝鮮は日本かロシアのような他国に何とかして貰う以外にないと書いている)。今の韓国の上層部の品のなさは、李氏朝鮮時代の兩班(ヤンバン)という最悪の支配層の気質がそのまま引き継がれているからではないかと思う(イザベラ・バード『朝鮮奥地紀行』を読むと実感できる)。

 ※当ブログにおける関連記事

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胸の圧迫感にスプレー1回。アブドゥーラ・イブラヒムの音楽。

20130706

1時間ほど前、胸が石のように重くなって、目が覚めた。体を起こしたら楽になったので放置していると、また強い圧迫感が起きたのでミオコールスプレーを使った。

就寝前、何の不整脈かわからないが、しきりに起きていた。不整脈は冠攣縮性狭心症の発作を誘発しやすいのだろうか。心臓が不調のときによく起きる咳は、珍しいことにない。

テレビをつけると、NHKBSプレミアムで、プレミアムアーカイブス「南アフリカ 絶景を弾く~アブドゥーラ・イブラヒム~」があっていた。

アブドゥーラ・イブラヒムは南アフリカ人のジャズ・ピアニストで、彼の音楽はアパルトヘイトに対する抵抗運動で大きな力となった。

南アフリカを旅し、絶景ポイントの大地に直にピアノを置いてジャズを弾くアヴドゥーラ。音楽もアヴドゥーラの表情も美しい。

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2013年7月 3日 (水)

瀕死の児童文学界 ⑩日本の中の児童文学共産圏

 幸いなことに日本では、小説を書くための基礎的な学力は義務学校で身につけることができます。創作の技法は独学できますし、文芸部などで学ぶこともできます。学ぶことができないのは、独自に育むしかない哲学で、それによって文学観が形成されるのです。

 そういった意味では物書きは求道者に似ており、一人一人が創業者であり、開拓者であって、外の世界に師匠を求めることはあっても、基本的には自分自身が先生であり、生徒のはずです。

 芸術家は皆そうではないでしょうか。

 出来上がった作品を出版社に持ち込み、出版社がそれに惚れ込んだら、契約が交わされます。出版社は印刷所に頼んで本にし、出版取次が流通させ、書店が売る――のはずが、日本の児童文学界ではよほどの経済力かコネでもない限り、そのやり方が通用しなくなっているのです。

 今の日本の児童文学界は日本の中の共産自治区ともいうべき、特殊な社会を形成しています。驚くべきことですが、日本の中に共産圏が存在するのですよ。

 共産主義が悪いとはいいません。日本では言論の自由が存在するのですから。しかし、それが児童文学という日本文化の一分野を占拠してしまうとなると、大いに問題ではないでしょうか。

 一派を形成するのであれば、いいのです。色々な派がある中の一派として存在するのであれば。でも、明らかにそうではなくなっています。いつからそうなのかは知りません。それが、カテゴリー「瀕死の児童文学界」を作り、そこに記事を投げ込み始めてから続けてきたリサーチと観察を通して得た結論です。

 最初、わたしは作品を出版社に売り込むつもりで、持ち込みできる出版社を探しました。10年くらい前には、対面式で持ち込める児童文学専門の出版社が結構ありました。

 今もないわけではありませんが、可能なのは郵送だけです。放置されるか、葉書でお祈りされるかのどちらかだと児童文学作家の卵の皆様はブログに綴っていらっしゃいます。わたしもどちらも経験済みです。

 コネもお金もない貧乏人にとっては、もう賞狙いしかありませんが、そこからの経緯は「瀕死の児童文学界」に書いてきた通りです。発端の記事は以下のようなものでした。児童文学の世界ではよく知られているらしいある賞に応募したところ、創作教室のチラシが送られてきたのにショックを覚えたのが始まりでした。

“2012年3月 4日 (日)
文学の危機――その発端を回想する

ねえ、考えてもみてください。

創作コースとか創作講座といったものは、アメリカ発祥のビジネスです。
アメリカははっきりいって、文学的には後進国ですが、だからこそ、不用意にそんなものがつくれたともいえます。

日本でその種のものができたのは、早稲田大学が最初ではなかったでしょうか? 
こんなものができるようになっちゃ、文学も終わりよね――と誰かと話した覚えがありますが、本当にそうなりつつあるという危機感をわたしは覚えています。

ヨーロッパの偉大な作家(児童文学作家も含めて)の一体誰が、そんなところの出身だというのでしょうか?
このことは、そんなものが必要ないことを示しています。
むしろ、文学という自由な精神を必要とする芸術活動にとっては有害であるとすら考えられます。

 結論だけいえば、賞も同人誌も、異分子をいれないための関所なのです。さすが共産圏。

 内部でがんばっていらっしゃる方、指導に当たっていらっしゃる先生方の一人一人は一生懸命に善良になさっているのだとは思いますが、圏外から見ると、まことに異常な世界なのですよ。

 同人誌での体験学習を非礼を承知であえて公開記事とさせていただいたのは、おそらく他の同人誌も同じような傾向を持つと思われるからです。

 そこで起きたことは、日本の中における児童文学共産圏の特徴をよく表しています。

 そこは当初わたしが思ったより、遙かに有名かつ有力な雑誌でした。プロの作家、編集者が編集委員で、応募作品の全てにコメントがなされます。

 しかし、そもそも売り込むはずが、何でこんな教育を受けるはめになるのでしょうか。共産圏だからとしか考えようがありません。前述したように、そんな派があっても構わないと思うのです。児童文学全体の中の一部を占める限りにおいては問題ではありません。

 ここが違うと思えば、自分に合う出版社を見つけるなり、もう少し技術力を身につけたいと思えば、文学観の合う創作教室や同人誌を探せばいいのですから。

 でも、持ち込みはほぼ不可能。賞も、同人誌も、創作教室も、エンター系のジャンルに限られている上に特殊な文学観を感じさせられるものしかなく、そのどれもが再教育の必要性を謳っているかのようであり、仕方なくそこに身を置けば、否応なしに一から教育し直されるとなると……それは教育というより洗脳ですが、本来の自分を殺して洗脳に身をゆだねてその世界で生きるしかないとなると……それって、何のための文学でしょうか。それは文学といえるのでしょうか。

 同じような作品ばかり出ているのが不思議でしたが、今ではその原因が特定できました。

 大人の文学の分野では、まだしも、自分に合う同人誌や出版社を見つけることが可能でした。わたしが合うと思ったり、わたしの作品に魅力を感じたりしてくれた作家や何軒かの出版社は、上品で教養があるゆえに力がなかったり、貧乏だったりでした。

 わたしは純文学作品を書き続けるつもりですが、児童文学のほうを本格的に書き始めたいと思い、いわば下調べとして持ち込み、応募、同人誌をリサーチしてきたわけでした。

 しかし、これでは仮によい作品ができたとしても、電子書籍にするしかない現状です。作家の卵としては、ほぼ抹殺された状況といってよいでしょう。

 わたしのブログが抵抗文学ならぬ抵抗ブログ的であり、つい図書館からカロッサやケストナーといった抵抗文学を借りてしまうのは、わたしの執筆環境がそれによく似たものだからなのです。自由なはずの日本において。

 日本のメディアは中国、朝鮮、左翼にのっとられている……と警告するサイトを沢山見かけるようになりましたが、それは本当だと思いますよ。

 特に、子供の世界が危ないと思います。荒れるはずです。日本児童文学共産圏には陰湿なところがあるように感じます。そこで書くしかない人々には鬱憤が溜まっており、仲良しごっこの陰には自由行動を許さない雰囲気があります。子供たちのいじめ合いはその反映にすぎません。

 アンドレ・バーナード『まことに残念ですが… 不朽の名作への「不採用通知」160選』(木原武一監修、中原裕子訳、徳間文庫、2004年)はわたしの愛読書です。ひどい言葉で断られようと、作家は編集者と対等に扱われており、健康的な社会だと感じさせます。編集者の断り文句もなかなか独創的です。

 そういえば、一昨日、空間に金色の星のきらめくのが見えました。神秘主義者のわたしには時々、見えない世界からのエールがあります。あながち間違ったことは書いていないというエールではないでしょうか。以下は関連記事。

 ところで、まだ夏休み前なのに(?)読書感想文の記事にアクセスが集中し始めました。新しい記事を書くつもりですが、以下は高校生のために書いた前年版の記事へのリンクです。

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2013年7月 1日 (月)

「鬼ヶ島通信」の掲示板へ編集長と応募者のお一人からお返事をいただき、それに対するわたしの書き込み

「鬼ヶ島通信」へのわたしの書き込みに対して、編集長から丁寧なお返事と、応募者のお一人からご意見と友情エールをいただきました。

 以下は、それに対するわたしの書き込みです。

那須田編集長

ご丁寧なお返事ありがとうございます。
那須田編集長にお目にかかったことはありませんが、お優しそうな雰囲気が伝わってきますので、このような書き込みをするに当たって迷ったのですが、どうしても気になったので、書き込みをさせていただきました。一般の人も購読なさることがあると思うので。
今後の編集、がんばってください。

こうやま様
ユニークそうなタイトルが多いので、どんな作品をお書きになるのだろうと思っていました。
「ももたろう」への昇格ですか?
うーん、わたしには難しそうです。ももたろうに昇格したら、きび団子をください。家来にはなりませんが、お団子は好き。
今後のご文運、お祈り致します。

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瀕死の児童文学界 ⑨「鬼の創作道場」 - 鬼ヶ島通信 - における体験学習(応募)を経て

 前に、どのアドバイスも参考になりましたと書きましたが、正直にいえば、それは「鬼の創作道場」のレベルがどの程度のものであるかを知る参考になったという意味も含んでいたのですね。

 今の日本では批評されたことは謙虚に受け止め、反論などしてはならないことが暗黙の了解のようになっていますが、これってヘンですよね。口封じのための方便としか思えません。

 バルザックにしても、ゾラにしても、今読んでいるカロッサにしても、様々な批評、批判に対して精力的に反論し、自作を弁護しています。双方の主張がぶつかり合う中で文学観が磨かれたりもするのではないでしょうか。

 わたしは現在本を出されているプロの児童文学作家のブログやレビューの書かれたアマゾンなどをちょくちょく見ますが、互いに褒め合い、宣伝し合っている場面しか拾えません。

 文学論も戦わせない作家なんて、本来の意味でいう作家とはいえないのではないでしょうか。

 で、上記批評を分析してみますと、全体に、これは文学賞への応募作品という水準にある作品に対する批評の仕方ではありませんわね。子供の作文に先生が一言だけ意見を添えるとしたら、こんな風になるのかもしれませんが。

 それでもこれじゃ、その子供が次の作文を書くときの助けとはなりえないでしょう。

 これ以上応募を続けたら、最後には花丸をねだるようになってしまうのではないかという危機感さえ覚えました。純文系雑誌の新人月評など見てもひどいものですが、それにしても、ちょっとひどくはありませんか。

 でも、頑張ってそれに耐え、できれば共産主義者にもなって、30年後ぐらいの作家デビューを目指せたらと真剣に考えたりもしました。

 30年後、わたしは85歳で、2013年、厚生労働省の発表によると、日本人の平均寿命は、男性79.59歳、女性86.35歳ですから、おお、ぎりぎりセーフ。

 自作の弁護に移りますが、わたしは『田中さんちによってきたペガサス』を書くために、乗馬体験をしてから馬が大好きになり、YouTubeで競馬観戦などするようになりました。

 そして、人間を楽しませてくれる馬のレース引退後の運命を知り、そこに思いを馳せたとき、人間の罪深さを思わずにいられませんでした。

 実は今わたしにはお気に入りの牝馬がいるのですが(わたしの想像するペガサスに似ています。優美なところがあるのです)、成績が揮わなくなり、調整のためにレースに出なくなりました。このまま調子が戻らないとなると……胸が潰れそうです。

 危ない運命の迫っている馬の一頭をせめて、架空の世界で助けたかったのです。

 メリーゴーランドから抜け出した木馬が窮地を救う、それも、飛び出したばかりで、外の世界が何が何だかわからない木馬の、他の馬と一緒に走りたいという衝動が他の馬を助けるきっかけとなる愉快な展開にしたいと思ったのでした。

 競馬の馬の過酷な運命を子供に向けて書くためらいは大いにあり、数日悩みましたが、知っておいてもいいのではないかという結論に達しました。

 子供の読者のショックを和らげるためにも、ユーモラスな、美しさもある展開にしたかったのです。メリーゴーランドの着飾った木馬を出したのは、華やかさを演出したいという意図もありました。

 火事の場面は、ちょうど作品を執筆する前に自身が体験したことでした。火元の真上のお宅は5月の連休明けには長かった改修工事が済んで、それを待っていたかのように鳩が戻ってきましたよ。うちにも遊びにやってきますが、糞をするので叱ります。

 あの火事のとき、わたしの想い描くような木馬がいれば、火事で犠牲になった男性も助かったかもしれないと思いました。

 神秘主義者のわたしは、火事の夜、男性がオロオロと見回っているのを感じ、この世のことはこの世に任せるようにとアドバイスしましたけれど(詳細)、まあそれについては、わたしの夢想ということにしておきます。

 子供の読者に対し火事を生々しく描写してみせることのデメリットも数日考えましたが、リンドグレーンの『はるかな国の兄妹』ではもっと悲惨な場面が描かれているのを読み、間近で火事が起きたときの参考になるのではないかという結論に至りました。

 序破急の構成でしたから、2回助けた木馬が最後に助けられる結末にしたいと考えました。

 わたしは自身がメリーゴーランドの木馬のように狭い家の中、限られた執筆環境の中でグルグル回っているような虚しさに囚われることがよくあります。

 いくらかの文学的才能と神秘主義者としての体験を持っているのに、このまま宝の持ち腐れで終わるのかしら。グルグル回っているだけで、何も世のためになっていないのではないかしら。

 その応えを、最後の「急」に求めたのでした。物事に行き詰まったとき、わたしはよくグーグルアースで世界を旅するのです。大きな世界のことを考えることで、救われる気がします。

「木馬にもっとよりそって」という意見がありましたが、ガイドブックを持たずに旅行に出たときのわたしがあんな風で、どこで何をしたらいいのかよくわからないまま、何か気を惹かれたり、誘われたりしたらそちらに行ってしまいますから、木馬だってそうではないかと思ったのですね。

 ところで、いじめを描いたティーンズものが流行っているようですが、少年少女にはそんなときこそ、いじめなどとは無縁なスケールの大きさを感じさせる作品に出合って貰いたいものだとわたしは思います。

「できれば共産主義者になって」と書きましたが、説明を加えますと、今の日本の児童文学界は共産主義者のための楽園というべきか、閉鎖社会になっているという現実が窺えるからです。

 尤も、福音館はプロテスタント系ですが、日本のプロテスタントと共産党は不思議なことに仲がいいそうです。

 知恵袋がその辺りを解説してくれています。

 どの出版社のものも、すばらしいのは翻訳物ばかりではありませんか。

 日本の児童文学界自体やその作品群に漂っている閉塞感と暗さの一因は、今の日本共産党的考え方では、他国から攻められたときには滅ぶ以外にないという、未来像を描けないところからきているではないかと思います。武装中立国を目指した時期もあったようですが、まだしもそれだと納得がいきます。

 戦争を知らない子供たちの一人であるわたしは戦争のことなど、できれば考えたくなく、ましてや大日本帝国が行ったといわれるヒトラー並の侵略戦争などもってのほかだと思うのですが、あれはGHQ影響下の日教組による愚民教育の一つで、真実ではなかったという説が最近盛んですね。

 わたしはそれについてリサーチを続けているところですが、共産主義者が大戦中の国難の時に国家転覆を企んで大日本帝国の足を引っ張り、あの戦争を一段と悲惨なものにしたことは間違いないでしょう。愚民政策の一つなのか、馬鹿に美化されていますが。

 攻められたときのことを考えると、防衛は本当に大事ですよね。

 純真な少女時代に、わたしは二人の男性から性的な悪戯を受けました。こちらが清く正しい生き方をしていても、犯される(侵略)ときは犯される(侵略される)わけです。殺されなかっただけでも、儲けものだったと思っています。

 わたしは日本が攻め込まれたら、竹槍ででも戦います。安手の平和論ほど、嫌らしいものはないと思っています。

 わたしの母方の祖母の家系を傍流から丹念に辿れば、やまとのあやに辿り着き、一番近い祖先は元冦の役の功で祖母の実家のあった辺りの土地を賜ったようです。そのとき松浦水軍の一員として戦ったらしい夫の祖先とわたしの祖先は、縁がありそうです。

 祖母は母が13歳のときに亡くなっています。聴いた話では、祖母は名のある軍人の仲人で結婚し、嫁いだときは沿道に見物人が詰めかけたといいますから、名のある軍人に仲人を頼めるような人が祖母の身内にいたのではないかと思い、ググってみました。

 すると、名のある軍人と直接に親しいと考えるには若すぎますが、身内かもしれないと思える軍人が見つかりました。祖母は結婚した年が明治41年で、女学校を出ていますから、明治21年生まれのその人は弟でしょうか? 兄かもしれません。祖母の生年がよくわかりません。

 本当に祖母の身内だったかどうかはわかりませんが、そこから離れて、その男性の一生を軍人の一サンプルとして(?)鳥瞰するとき、海での戦に明け暮れた大変な人生が浮かび上がってきます。

 その人は、明治44年(1911年)、大日本帝国海軍の筑波 (巡洋戦艦)に海軍少尉として勤務したのを始まりとしています。佐藤さとる先生の海軍士官だった父の人物伝『佐藤完一の伝記 海の志願兵』にこの筑波が出てくるそうですね。

 中尉のときに一旦勤務を離れて、砲術校、水雷校に行っています。そして大尉になるまで巡洋戦艦、戦艦、海防艦、駆逐艦に乗り、海軍大尉のときから海軍少佐のときは主に駆逐艦長。海軍中佐のときは駆逐隊司令など。海軍大佐のときから出てくる鎮附って何でしょうか?  海軍提督府に勤務すること?

 まあ何にせよ、いろいろな軍船や海軍施設などでこの人は勤務して、昭和17年(1942)年に戦死53歳、海軍少将。戦死する前年は駆潜隊司令とあり、これは駆逐艦とは違って、漁船を改造したような小回りの利く小さな船? 

 海軍の船について今調べたばかりで、さっぱりわかりません。間違ったことを書いているかもしれません。 

 31年間もほとんど海に出っぱなしで、もう引退もしたかっただろう時期に、最後は危ない小船に乗って司令中に撃沈されたのかしら?

 その心は知りようがありませんが、お国を守るために必死だったのではないかと想像します。命をかけて守った国が戦後、こんなになるとは知らないで。

 原発反対だってね、わたしは原発は計画的に止めていくべきだと思いますが、急に原発がとまれば、石油や天然ガスに頼らざるをえませんよね。自然エネルギーは大した足しにはならないし、シェールガスは環境破壊や誘発地震がいわれており、結局手っ取り早く頼れるのは石油に天然ガスでしょう?

 タンカーの乗組員だった父は中東情勢が悪いときも、死ぬ覚悟でとりにいっていましたよ。2年近く帰れないこともありました。嵐のときなんか凄いらしくて、優秀な船長候補が狂ってしまったなんて話を聞いたことがあります。若いのに、わけのわからないことを口走って、垂れ流し状態になったんですって。

 西側諸国のこうした行動は中東を刺激し続けているのです。

 反対するのであれば、優れた対案を出していただきたいものですが、共産党は国会じゃ、とりあえず反対するばかりですよね。綺麗事ばっかり。そして、共産党は日本では少数派なのに、児童文学界では多数派という異常な事態がありますわね。 

 鬼ヶ島の先生方にはすばらしい方が多いようですし(楽しみにしていた連載もいくつかありました)、そこに集う書き手も優秀な人々だと思いますが、体質改善が必要なところもあるのではないかと感じました。

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