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2013年5月19日 (日)

カリフラワーサラダ。最近の家庭生活。本の選択ミスだった読書。

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 昨日作ったカリフラワーがメインのサラダです。他にきゅうり、ハム、ゆで卵、ピクルス、キーウイ。ドレッシングは、土井善晴先生のレシピにあった和風ドレッシングを。薄口しょうゆ大さじ2、酢大さじ2、オリーブ油大さじ4。

 このところ、モチベーションが下がっています。

 体調が悪いわけではありません。家事は普通にやっています。家族関係も別に悪くありませんが、各人に見守りが必要な時期とあって、そちらに比重がかかっているということはあるかもしれません。

 金曜日、久しぶりに息子から電話があり、3時間近くあれこれおしゃべり。めったに電話がかかってきませんが、かかってきたときは長話になることが多いのです。近々、また海外出張だとか。

 息子は昨年、初の海外出張でオランダ、ドイツへ行きました。今度はアジア、それもお隣の韓国へ。今インドに出張中の上司と行くそうです。

 韓国と日本の関係は複雑な状況です。息子が韓国で何をどう見て帰ってくるか、土産話に期待したいところです。

 娘は残業が増え(生き残りにしのぎを削らなければならない書店ですから、大変なのです)、疲労回復の時間を必要としているところへ、気晴らしの時間はむしろ多くほしいとあって、睡眠不足になりがちでした。

 金曜日、帰宅した娘が「駐車場を歩いていたときにクラッとめまいがして、座り込んでしまった……」といいました。座り込んだあと、すぐに普通に歩けたそうですが、それを見ていた同じ会社の女性が車で送ってくださったとか。

 数ヶ月前にも一度同じことがあったというので、気にかかりました。娘は小学6年生のときに橋本病(甲状腺機能低下症)と診断され、野口病院に半年に1度通院しています。その受診では特に変わったことはないようでしたが、めまいと聞くと心配になります。

 めまいの原因となりやすい箇所として素人にも思いつくのは、耳、心臓、脳です。メニエール症候群、不整脈、高血圧・低血圧、脳腫瘍などです。あとは自律神経でしょうか。

 何しろ母親のわたしは不整脈歴が長く、現に今も別の心配な不整脈がないかを調べて貰うために携帯心電計をお借りしているところなのですから、娘がそうした体質を受け継いでいる可能性はあります。

 血圧の点からいえば、娘は夫に似た体質なのか、低血圧です。

 意識がなくなったというわけではなく、左脚から力が抜けて座り込んだ――という娘の訴えから連想したのは低血圧から来ためまいなのではないかということでした。

 わたしは本来は高血圧ですが、循環器系の新しい薬が追加された当初、ひどい低血圧になり、美術館の椅子で眠り込んでしまったことがあったほどです。その頃のめまいには、娘のいうようなタイプのものがあった気がします。

 他に症状はないということから、様子を見てもよい気もしましたが、素人判断は怖いので、病院に行ってみたら、と勧めました。たまたま次の日が休みだったということもあり、わたしの通院している循環器クリニックは土曜日も開いているので、そこへ娘は行きました。

 土曜日も開いている総合病院があったので、そちらでもいいと思いましたが、娘は前にウィルス性の腸炎か何かでかかったときに循環器クリニックの先生が気に入ったみたいで、循環器クリニックを選択。

 それにしても、夫も娘も子供みたいに、体のことはわたしに預けたがります。体でどこか不安な箇所があれば、自分で病院を見つけて受診するなり何なりすればいいのに、と思うのですが。

 夫は、過日、定年後の再就職で入った会社の健康診断で、血圧が経過観察となっていました。夫は密かに心配していたようで、わたしの目につくところに健康診断の結果を広げていました。

 上が130ちょうど、下は基準値内で高血圧という判定は、61歳という夫の年齢からすると、厳しすぎる採点ではないかと思いました。それよりわたしは、ほん少しはみ出ているコレステロールが気にかかりました。義母(夫の母親)は中年期から高脂血症だったのですが、脳梗塞で倒れたことがあります。ただし、これは空腹時の採血ではありません。

 念のために病院に行ったみたら、というと、夫はいつものように「別にいいよ」といいました。明らかにもう一押ししてほしそう。そこで、もう一押ししたら、行く気になってくれました。

 総合病院、わたしの通っている循環器クリニック、近くの内科循環器科医院のうちのどれかがいいのではないか、と夫にいいました。

 夫の年齢を考えると、歩いても行ける距離にホームドクターをつくっておいたほうがいいと前から話してはいました。そのよい機会でした。夫は近くの内科循環器科医院を選択。ググってみると、先生は東京の私大(博士課程)卒。連携という点でどうだろうか、とは思いましたが、よさそうな感じはしました。

 成人病の生活指導なども積極的に行われているようなので、夫に禁煙を勧めて貰えるかもしれないとわたしは期待しました。

 夫が健康診断の結果を持参して、そこを受診したところ、血圧は問題ないということで(病院ではもっと低く出たようです。健康診断の基準は厳しすぎると先生もおっしゃっていたとか)、空腹時の血液検査でも特に異常はありませんでした(でも、悪玉コレステロールには気をつけたほうがよさそうな気がわたしはしました)。

 また何かあれば、ということでした。血液検査なども、心配であれば、定期的にしてくださるそうです。

 先生の年齢はわたしくらい、説明は丁寧、お年寄りの患者ばかりだったそうですが、混んでも閑散としてもいず、建物の中は綺麗なほう。

 夫は気に入り、そこの先生が今後ホームドクターになりそうです。ただ、禁煙とか減煙の忠告などは何もなく、この点に限り、わたしの期待外れでした。

 以前から当ブログをご訪問の方はわたしたちが夫に対するストーカーに悩まされてきたことをご存知だと思いますが、夫は、ようやく彼らしい雰囲気を取り戻してきました。自然な表情と活気。

 いつのまについたのか、一緒に暮らすのが嫌になるような品の悪い癖がいくつかついていたのですが、驚いたことにそれも消えてきました。本当に荒みきっていた長い年月があったのだと、改めて考えさせられました。

 今後また、ストーカーという自覚のない女性(及び協力者の〇〇0さん)から何か引き起こされることがあれば、やはり通報しかないと考えています。

 過日、ストーカーに対する警察の方針に変更があったとのニュース記事を見、コピーしていました。ストーカー被害を受けていらっしゃる方々の参考になるよう、ライン以下にクリップしておきます。

 ストーカー(及び、その協力者)には自覚がなく、自らをむしろヒロイン(ヒーロー)のように思っている場合が多いのではないでしょうか。

 精神医学には無知なわたしにも、ストーカー行為は病気から来るものとしか思えない異常さなので、警察の方針転換はよいことかもしれません。専門機関がどの程度、対応できるのかはわかりませんが。

 娘のことからすっかり夫に話題が移ってしまいました。娘が循環器クリニックを受診したところ、問診で先生は「謎解きみたいだねー!」とおっしゃったとか。

「お母さんに行くようにいわれたの?」とも、おっしゃったそうで。借りっぱなしの携帯心電計を返すように娘に伝言があるかもしれないと密かに心配していましたが、それはありませんでした(ホッ。ぎりぎりまでお借りしようっと)。

 体重測定、血圧、脈拍、心電図、血液検査があったそうです。心電図には異常がなく、先生は、娘が座り込んだあと、すぐに歩き出したという点に着目され、血圧が一時的に低下したのではないかとおっしゃったとか。

 座れば、血圧は上がるそうです。わたしも娘のめまいの原因は低血圧ではないかと思っていましたが、座れば血圧が上がるとは知りませんでした。血圧の低下については、特に何もおっしゃらなかったとか。

 診ていただくと、何となく安心しますね。

 血液検査の結果は、もし何かあれば、結果がわかり次第連絡があるそうですが、そうでない場合は都合のよいときに聞きに行けばよいそうです。娘は先生に対する好感度が高まったみたいでした。娘に関する後日談(⇒その後、橋下病で処方されている薬の量が減ったら、めまいがなくなったという)

 ところで、最近、よい刺激を受けるつもりで読んだ本が逆作用を起こしました。本の選択ミスがあったということですね。モチベーションが下がっている、もう一つの原因です。

『シモーヌ・ヴェイユ詩集』(小海永ニ訳、青土社、1992年)に収録されている戯曲『救われたヴェネチア』を読了。

 全体にギリシア悲劇や旧約聖書の『ヨブ記』を連想させる格調高いムードがありましたが、戯曲で未完とはいえ、人物造形が全然できていません。

 ヴェネチアを侵略しようとする側の指導者(主人公)が、純粋(プロメテウス、ヨブ、イエス・キリストをモデルとしたに違いないヴェイユの意図を考えると、ここは超自然的憐れみというべきかもしれません)というにはあまりにも単純に、十人会という都市を管轄する中枢機関に計画を明かしてしまうというストーリーも、ちゃちに感じられました。

 これでは、子供です。子供も純粋思考を行います。ここで、主人公が幼稚に見えてしまうようでは、台無しです。格調高い台詞をいわせればいわせるほど、逆効果となります。

 ただ、侵略されれば男は殺され、女は犯された挙げ句に殺されたりする(ことも起こりうる。舞台は中世です)――といった点が生々しくクローズアップされていて、そのあたりは秀逸に思えました。

 人物造形、ストーリーのあまりの単純さから、ヴェイユの哲学自体に不審の念すらわき、改めてヴェイユの諸著を読み返して分析してみたい欲求に駆られました。

 哲学者として知られるシモーヌ・ヴェイユに、文学の能力まで期待するのは欲深なのかもしれませんが、がっかりする気持ちがわたしの創作に対するモチベーションを下げてしまったことは否めません。

 もう1冊、児童書。

 すごいなあ、また本が出ているじゃない、と思いながら、期待による興奮と嫉妬でドキドキしながら、本を開きました。

 その人ならではの綺麗な文章……と感じ、作品に対する期待感と充実した作家生活に対する嫉妬心がmax。読んでしまいました。うーん。

 夢を見ないといっていた癖に、なぜ夢の場面がしきりに出てくるのでしょう? 物事の解決に、安易に夢を利用しすぎている気がします。

 記憶が失せている幼い頃の罪な行為に主人公の注意を喚起し、主体的な行動を起こさせることで、罪自体を浄化しようとする作者の動機が読み取れました。

 が、そもそも、幼い悪戯心でした行為と事故とは直接に結びつくものではなく、仮に結びついたとしても、そんな事態を招いたのは明らかに大人たちであるというのに、それが罪などという大袈裟なテーマのもとに展開するなんて、わたしには考えられないことでした。

 あっちも、こっちも、不自然なところだらけ。

 材料を寄せ集めてつなぎ合わせたような作風、とってつけたようなテーマを指摘してしまい、わたしとその人との文通が終了してしまった苦い過去がありました(他にも、たぶん、色々な失礼をわたしは働いたのでしょう)。

 文章は完璧、表現力もすばらしい。そういった面には磨きがかかっているというのに、まぁーだこんな書き方をしているんだ……と心底がっかりしました。

 そのような書き方がその人にとっては自然で、それについて批判するわたしの方が間違っているのかもしれませんが……。

 そのような書き方をした作品でないと今の日本の児童文学界では通らないんだとつい繰り返し思い、わたしのモチベーションは下がるところまで下がりました。

 電子書籍を作っても、所詮は埋もれるだけ。それでも、いい加減、また作り始めますがね。モチベーションの回復しないままに。

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ストーカー、警告でなく治療で予防へ…方針転換
 2013年5月4日(土)8時57分配信 読売新聞

 警察庁は、ストーカー行為を繰り返す加害者に対し、専門機関で治療を受けるよう促していく方針を決めた。

 ストーカー規制法に基づいて警告などを与えても嫌がらせが止まらず、殺人にまでエスカレートしたケースもあることから、警告や摘発で被害防止を図る従来の方針を転換する必要があると判断した。今夏にも一部の警察本部で試行したい考えで、効果を検証したうえで全国的に実施する。

 同庁によると、一部の警察本部に試行を依頼し、警告を受けてもなおストーカー行為を繰り返す者らを中心に、治療実績がある専門機関を紹介し、カウンセリングなどを通じて考え方や行動の修正を図る。

 試行後には、改善が見られたかどうか検証。効果が確認できれば、協力を求める全国の専門機関を選定し、各警察本部に実施を指示する。

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