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2013年5月15日 (水)

村上春樹現象の深層 ④眠剤を飲むくらいなら純文学小説を読みましょう

村上春樹現象の深層

大学教師に熱愛される村上春樹
村上春樹の浮遊する夢とポルターガイスト体験
マスメディアが媚態を尽くす村上春樹
④眠剤を飲むくらいなら純文学小説を読みましょう
言論統制が行われている中国・韓国で、村上春樹がヒットを続ける理由

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 村上春樹ブームが繰り返されるごとに、純文学のイメージは傷つけられ、下落していくばかりです。

 この現象自体が、村上春樹が書く小説と純文学小説の違いを物語っています。純文学は、村上春樹現象のような商業主義絡みの馬鹿騒ぎが起きる次元とは別の次元に属しています。

 ※京都大百周年記念ホールで行われた村上春樹の「公開インタビュー」の内容には疑問点がいくつかあるので、そのうち記事にしたいと思っています。

 ここで少し書けば、そのうちの一つは、以下の箇所。

1950~70年代、物語小説は差別され、物語というだけでばかにされた。僕は(夏目)漱石のファンだが、漱石も昔は評価が低かった。僕も最初のころはずいぶん批判が多かったが、いつも買ってくれる人がいた。

 団塊の世代の村上春樹とは世代的なずれがありますが、1958年生まれのわたしの記憶する限り、漱石は国語の時間にはめいっぱい出てくるわ、図書館でも書店でも威張っている――重要視されている――わという感じで、いわば日本文学の定番という感じは昔からあったように思うのですが……。

 今、夫が傍にいるので、インタビューしてみます。1949生まれの春樹より2年遅く小学生になった夫は1951年生まれ。

「漱石? 定番中の定番だった。漱石と鴎外は教科書に必ず入っていた。第一親父の代から俺の代を含めて、日本文学全集に漱石が入っていなかった例しはないよ。世界文学全集にだって、日本の巻には漱石は必ず入っているはずだ」と夫。

 そうよね。何で、馬鹿げた嘘を春樹はつくのでしょうか。漱石=春樹=文豪と印象づけるための操作かしら。無意識的なのかもしれませんがね。

 わたしは過去記事でも、文学を音楽にたとえれば、純文学はクラシック、娯楽系はポピュラーになるのではないか、と書いてきました。

 ポピュラー音楽のコンサートではチケットをゲットするのに抽選があることも珍しくないようですが、クラシック音楽のコンサートでは(田舎だからかもしれませんが)博多辺りまで勘定に入れても、過去に一度もそのようなことはありませんでした。

 夫をクラシックのコンサートに連れて行くと、寝てしまい鼾をかくので、悪いけれど、誘わなくなりました。クラシックのコンサートの雰囲気には惹かれるようですが、実際に聴くと、眠りを誘われるようです。家では聴かないので、クラシックコンサートの雰囲気が好きなのでしょうね。

 純文学小説を読み始めると寝てしまう、という方も多いかもしれません。でも、それでいいのではないでしょうか。

 先日、拙著2冊をなるべく多くの人に読んで貰えればと思い、「純文学はいかが?」無料キャンペーンを行いました。

 純文学を読みそうな世代は、電子書籍とはほとんど縁がないと思われるので、全くダウンロードして貰えなくても仕方がないと思っていました。思いがけないダウンロード数には、ほのぼのと嬉しくなりました。

 わたしの小説はジャンル的には間違いなく純文学に分類されると思いますが、未熟な筆遣いですから、自分の作品を「純文学」と声を大にしていうと、怒られそうです。

 わたしの作品を、とはいいません(いえません)が、若い人々にどんどん有名な純文学作品を読んだり眠ったり(?)してほしいと願っています。

 当ブログでは多くの純文学作家・作品を紹介しています。

 眠くなることも多々ある純文学作品を日本人がもっと読むようになれば、それだけで不眠症が減り、眠剤、精神科医、臨床心理士を必要とする人が減るのではないでしょうか?

 また、自他の人生、生活を客観視できる能力を育む純文学作品を子供の頃から多く読ませれば、社会はもっとすこやかに、豊かになるのではないでしょうか? 

 本物の純文学には人間の生を真摯に見つめ、人間社会、大自然、宇宙との関連から人間の生きる意味と理想的なあり方を読み解こうとする作家の不動性が備わっており、そこからくる安定感が、作品の学究的な薫りと相俟って、眠気を誘ったりもするのです。

 ベッドサイドに1冊の純文学がある効用には、大きなものがあるはずです。他の分野と連繋し合う純文学はいわば港であり、純文学作品の不動性はどんな嵐にもびくともしない錨です。

 それは村上春樹の諸著がもたらす不安定感、閉塞感、催眠的な眠気や興奮、利己的なナルシシズムとは対照的な現象です。

 ただ、春樹の小説が純文学ではないのは間違いないにしても(その根拠は拙評論で述べています)、かといって、意識的に読者を楽しませる工夫を凝らす娯楽系(エンター系)小説ともいえない気がします。

 その辺りを探るためにも、近いうちに、前掲の村上春樹の「公開インタビュー」に関する記事は書いておきたいと考えています。(2013年5月15日)

 サンプルをダウンロードできます。
         ↓

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