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2013年3月の44件の記事

2013年3月29日 (金)

 娘が携帯で撮った桜です。日が落ちかけた頃。

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短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます! 

 この本は、これで7冊目でした。恐竜の番組を見た後、マイレポートを見てお買い上げいただいたことがわかりました。

『不思議な接着剤』を進められないのなら、『卵の正体』はミニチュア版ですが、この作品は本来長い児童小説になるばずのものなので、こちらを進めるのもいいかな……と考え始めたところです。

 その前に、短い童話を1編仕上げたいと思います。

 サンプルをダウンロードできます。
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28日に、内科受診

 昨日は、副甲状腺の経過観察をしていただいている日赤・内科の予約日でした。

 血液検査の結果で、ホールPTH(副甲状腺ホルモン)だけ次回しか出ないのですが、そのホールPTHの前回の結果を貰いそびれてしまいました。これを検査して貰いに行っているようなものなのですが。

 先生と一緒にパソコン画面で検査結果を見ていたときは、ALPとカルシウムに目が行っていました。

 ALP(アルカリホスファターゼ。多くの場合、肝臓と骨の異常により血液中で上昇)は、いつものように、いくらか高い値です。378(104-338)。

 カルシウムは10.0(7.5-10.0)。

 いつも上限近くをうろうろしていたカルシウムは、今回、ぴったり上限値。これがオーバーするようであれば、治療になりますね、と先生。

 副甲状腺のシンチグラムとエコーは入院時に受けました。そのときから5年経っているので、「シンチとエコー、やりましょうか?」と先生。骨腫瘍と関係あるような、ないような怪しい副甲状腺。

 来月、別々の日にシンチグラムとエコーをやることになりました。入院時は日赤ではシンチグラムができなくて、アルメイダまで行きました。今は日赤で受けることができるとのこと。5年前、ここでシンチもできないなんて……と驚いたものでしたが。できるようになって、よかったと思います。

 帰りにデパートのペットショップに寄り、熱帯魚とハムスターとうさぎを見ました。お店の人がうさぎを抱っこしていたので、触らせて貰っていたら、フワフワの毛が……突然、物凄く咳き込んでしまい、慌ててお礼をいって、その場を去りました。喘息の発作。

 深夜の今になっても、喘息気味で、咳き込むと止まりにくいのですね。前にかかっていた呼吸器クリニックの先生から動物を飼ってはだめ――特にハムスターはもうだめ――といわれていましたが、実感。

 どちらにしても、今の住まいでは飼えませんが、あの可愛らしさ。ロップイヤーの大きくならないタイプだとか。

 ペットショップのおばさんはカメを抱いていたり(ヘルマンくんも可愛かった)、インコを抱いていたり、昨日はうさぎで……動物を飼いたいという誘惑に必死で抵抗しなければならなくなります。

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2013年3月28日 (木)

これは……日本のキリシタン物では?『聖灰の暗号』(帚木蓬生)

 昨日は、童話の創作メモを書いたあと、出かけていた。

 でも、まだ当面は書けない『不思議な接着剤』と、せめて書きたいと考えていたそれのミニチュアのことが頭を離れず、参考資料になればと思い、未読だった帚木蓬生『聖灰の暗号』上下(新潮文庫、平成22年)をざっと読んでみた。

 地理的な描写や歴史的な記述は参考になる。が、何ともいえない違和感。主人公が日本人の歴史学者で、カタリ派弾圧を記録した古文書を発見するのだが、カクレキリシタンのことが小説の中に度々出てくる。

 それはいいとしても、ミステリーとはいえ、肝心のカタリ派まで日本の隠れキリシタンにしか見えない(読めない)のはまずくないか? 

 著者の教養は大したもので、東大仏文科卒(TBSに2年間勤務後、九大医学部に学び、現在は精神科医という。当然、小説家でもあるはずだ)の語学力が生かされたらしく、主要参考文献には横文字のものしか並んでいない。

 そこには、カタリ派の哲学を報告・分析したルネ・ネッリの著作もある。ネッリの著作を読んでいながら、なぜカタリ派が日本の隠れキリシタンになるのかがよくわからない。

 どうして現代日本の小説家が書くと、小説家自身は学歴優秀、語学堪能、海外滞在歴あり……であるにも拘わらず、まるで日本しか知らない人が書いたみたいな糠味噌臭いメロドラマ、お茶の間劇場になりがちなのだろうか。

 わたしは日本語で書かれたり、訳されたりした研究書しか読めないが、それらから浮き彫りになったカタリ派の知的側面に魅了された。日本の隠れキリシタンにはない、神秘主義的側面にもまた魅了された。

 そうしたカタリ派の魅力には、この小説では触れることができない。

 ミステリーとしても、どうだろう。仮に、小説に描かれたようなタイプの古文書が発見されたところで、今更という感じもする。それほどの反響も呼ばないのではないだろうか。

 現に、昨秋などはもっと衝撃的な、ハーバード大の歴史学者カレン・L・キング教授がイエスに妻がいた可能性を示す文献が見つかったと発表したが、バチカンは公式見解として、それを否定した。それだけのことだ。

 勿論カレン・L・キング教授は研究を進めるだろうし、それが本になって翻訳されれば、わたしのような普通のおばさんであっても興味があれば読む。だが、それだけのことではないだろうか。

 バチカンを中心に据えた絢爛豪華な仮想世界を構築し、一般人の好奇心をもそそるようなイエスに関する研究資料を――前掲のキング教授の著作のようなものも――取り込んで、エキセントリックな表現法でミステリーに仕立てた『ダ・ヴィンチ・コード』のような小説を書くのはなかなか難しいことなのだろう。

『聖灰の暗号』には美味しそうな食べ物の場面がよく登場する。あまり食べようとしなかったカタリ派に心を寄せる主人公にしては食べ過ぎる気もするが、レビューを見ると、読者には受けるようだ。

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2013年3月27日 (水)

お話一丁上がり~では、まだなかった。

 当面書けそうにない作品のことをぐすぐす思っていても仕方がないと思いつつも、ぐすくず考えていたが、お風呂掃除をしているときに以前下りてきたインスピレーションが再び急かすように下りてきて、その中に登場する動物が自分のことを書けといわんばかりに自己主張した(?)。

 仕方がないので、ストーリーを改めて考えてやり、プロットも整備してやった。書くかどうかはわたしの勝手だ。

 生憎、今日、明日とわたしは時間がとれそうにない。

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2013年3月26日 (火)

やっぱりだめだ~!

 例のミニチュア、ストーリーもプロットもできていて、3分の1書いてみたが、乗れない。『不思議な接着剤』も、結局進められないわね。カタリ派を感じるためにはモンセギュール、マリー=マドレーヌを感じるためにはサント=ボームに行ってみないと、ぴんと来ない。

 岩壁を穿った寿蔵(存命中に建てておく墓)で禅定に入り、一週間以上。1705年4月10日に大往生を遂げられた萬子媛(田中保善『鹿島市真実の記録』平成2年)を高貴な貴婦人として感じたくらいだから(小さな春をプレゼントしてくださった)、モンセギュールとサント=ボームに行けば、何か感じられる可能性は充分にあるとわたしは踏んでいるのだが。

 誰にでも書けそうな作品なんて、わたしは書きたくない。

 虚しく、モンセギュールのホテルまでリサーチしてしまった。日本人の複数の推理作家がカタリ派をモチーフとしていて、そのうちの何冊かは読んだが、全くぴんと来なかった。そういえば、シモーヌ・ヴェイユをモチーフとしたミステリーまであったっけ。

 その中で、ミステリーではないが、堀田善衛の『路上の人』はモンセギュールの攻防を描いた力作だった。

 わたしは神秘主義者の視点で書きたいのだが、取材に行けないとなると、手も足も出ない感じだ。結局、縁がないのだろうか。

 2月の中旬から電子書籍作りに明け暮れていたので、その癖がついたのか、GIMPを開かない日は寂しく感じる。

 プロ作家の小説のサンプルをずいぶんダウンロードしてみたが、Paperwhiteで読むと、わたしの作品と同じ体裁で読めるので、自分の作品を読む感覚で校正してしまい、結構ひどい言葉遣いがそのままになっているなあと思う。単行本という体裁に騙されていた気がしてしまう。

 ミニチュアは投げ出す可能性が高い。

 登場人物といくつかの場面は鮮明に存在していて、それは目に見えるほどなのだが、登場人物が置かれた物理的な描写が、全くできないとなると、鮮明な場面につながる場面が完成できず、どうにもならない。

 来月はまた本を沢山出したい。これまでに7冊出して、13冊売れた。儲けは見てもあまり意味がない程度のものでしかないが(これでモンセギュールに行くのは、死ぬまで頑張っても無理だろう)、電子版とはいえ、本を出せるだけでありがたい。Amazon Kindleと一太郎に感謝。本を買ってくださった方々に感謝しています。

 全本、サンプルをダウンロードできます。
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2013年3月25日 (月)

デイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』の説教臭さ、ウィリアム・ブレイクの詩『ハエ』との関係

 デイヴィッド・アーモンドが、肩胛骨は翼のなごり……というファンタスティックな俗説(All Aboutの解説によると、肩胛骨は鎖骨と背筋で支えられた背中に浮いている骨であるため、通称天使の羽と呼ばれている。翼のなごりとは、その構造から空想した説だろう)を創作の素材としたように、わたしもまた『卵の正体』で素材としたから、イギリスの作家がどんなものを書いたのだろうという好奇心が湧き、図書館から本を借りたまではよかったが、何かここ数日、落とし穴にでも墜落してしまったような心理状態でいた。

 肩胛骨、天使、鳥、恐竜と同じ素材から気ままに、無責任に空想を膨らませたことは同じだが、その捉えかたには(結びつけかたといったらいいだろうか)、強い違和感を覚えたのだ。

 アーモンドも恐竜について言及していたり、ギリシア神話、ウィリアム・ブレイクなど、わたしと興味の方向が似ている。似ているだけに、その感覚のずれに驚き、さらにはこの本が人気があるということに何ともいえない空虚な気分に陥ってしまったのだった。

 夫とはこの点、こうした根本的な感覚にはずれがないため、本の一部を朗読してどう感じるかを問うと、わたしと同じ反応だったことに深い安堵感を覚えた。

 この作品については後日ちゃんと書きたいと思っているが、ギリシア神話に出てくるペルセポネの話からの引用は――わたしが読んだAmazonのレビューにもあったが――間違っているのではないかと思うし、ウィリアム・ブレイクの詩の引用の仕方のおかしさには言葉が出なかった。

「出たり入ったりする魂」という表現に対する違和感――いや、言葉自体はそれより前のほうに出てくるブレイクの言葉なのだろうが(ブレイクの言葉としてまとまって読むと、おかしいと感じない)、それが人体解剖図にくっつけられることが不自然なのだ。ここでは洒落にはならない。

 ウィリアム・ブレイクの言葉や詩は、他の場面でも引用されているが、意味合いが違うと思うのだ。

 どうしても村上春樹を連想させられるアクセサリー的引用の仕方であり、複数の登場人物はアーモンドの思想を分かち、説教する代理人のようである。ファンタジーを装っているが、宗教書のようだ。

 この感覚はちょうど、プラトンとアリストテレス、原始キリスト教の文献とローマ・カトリック教の教義、ブラヴァツキーとシュタイナー、ユングと河合隼雄を比較したときに覚える違い、後者に覚える違和感と似たものがあった。

 一見、似ているだけに(後者は前者を部分的に引き継いでいるのだから、似ているところがあって当然だが)、その感覚的、意味合いの違いはショッキングなほどなのだ。

 ウィリアム・ブレイクの詩は率直なヒューマニズムを印象づけられるものであって、むしろアーモンドの作品とは対照的なところがある。含みやもったいぶったところを感じさせない。翻訳の問題もあるのか、詩によっては、解釈に苦しむ部分は出てくるのだが。

 以下にブレイクの「ハエ」というタイトルの詩を紹介しておく。アーモンドの『肩胛骨は翼のなごり』ではこの詩が素材としてあまりに直接的に使われているように思えるだけでなく(スケリグとあかちゃん、スケリグとマイケルとミナのダンス)、もしそうだとすれば、意味合いが変えられてしまっていることになる。

 上に書いたように、後日、デイヴィッド・アーモンドについてはもう少しちゃんとした小論を書く予定。

  ハエ

    ウィリアム・ブレイク(高島誠訳)
    ※『世界文学全集――103 世界詩集』講談社、1981年

かわいいハエよ
おまえの夏の遊びを
ぼくの軽快な手が
払いのけてしまった

ぼくこそ
おまえのようなハエではないか
あるいはおまえこそ
ぼくのような人間じゃないのか

ぼくだって踊る
酒を飲む 歌をうたう だから
誰かの無知の手で
翼をもぎとられてしまうのだ

もしも思想というものが
生命、力、呼吸であるのなら
思想がないということが
死と同じであるのなら

生きていようと
死んでいようと
このぼくは
幸福な一匹のハエである

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2013年3月24日 (日)

サビアンシンボルの移行期に、人生を考える

 過日、南海トラフ巨大地震、別府湾地震を想定した校区防災マップが配られた。

 わたしの住むマンションは(わたしたちは借りている)、地区では、というより市全体でも建物としては高いほうで、マップで津波避難ビルに指定されている建物を見ても、何だか心許ない。

 津波となると、ここにいるのが一番だという気がする。しかし地震では古い型のマンションだから、バランスをとるために強く頭を振るに違いない。ここに引っ越してきてから地震に敏感になったのは、どうかしたら震度1でも体感できるくらいの建物の揺れ方なのだ。

 実際、3ぐらいでもこの階の住人は皆通路に飛び出す。巨大地震となると、もうどうなるのか、見当がつかない。

 近くの公民館は避難所にも津波避難ビルにも指定されない貧弱さで、ADAの設置もないが、何と防災井戸がある! 個人宅でも、井戸のあるお家は防災井戸に指定されていて、震災後に市民が押しかけるとなると、大変だろうなあ。

 最低でも、水、トイレットペーパー、カップヌードルはケースで各一つずつ、切らさないように心がけたい。

 わが家族は、日田市にいたときは台風被害、過日は近くで起きた火災など、結構怖い目に遭ってきた。

 夫(と相手)の過ちの後始末としての示談時に両家庭で再出発を誓ってすぐに起きた相手のストーカー行為(今後も何かあれば通報するしかない)や、再婚後にパートナーの影響で徐々におかしくなった父からふっかけられた裁判沙汰など合わせると、ここ10年近く、異常事態が続いてきたといってもよい。

 その間、体がストレスを受け止めきれなかっらしく、頻脈だけだったのが、喘息、冠攣縮性狭心症、骨腫瘍、弁膜症など、大きな事が起きる度ごとに病気が増えていった。

 ここ10年ほど、サビアン占星術ではシンボルが「割れたビンとこぼれた香水」〔※松村潔著『サビアン占星術』(学習研究社)参照〕で、色々なものが壊れやすく(実に、頭蓋骨まで手術でほんのちょっととはいえ割れた!)、示談や裁判など目立ったのは、これが木星の年齢域だったからだろうか。

 年齢的にはそろそろ「玩具の馬に乗っている小太りの少年」の域に移ろうかという時で、鏡関係には「パームの枝を刈る男」、意識の表と裏の関係と解説されている90度には、「聖職の浄化」「半旗として掲げられた旗」が来る。

 マグダラのマリアに関するリサーチには神秘主義者としての「聖職の浄化」としての意識が働いているように思え、鋭さを増してしまった評論活動(ブログと電子書籍を通してやっているにすぎないが)には「パームの枝を刈る男」というしつけ、教育にも関係しているというシンボルが大いに関係しているような気がする。

 わたしは、ケチをつけるとか悪口をいうとかといった心境とは遠い危機的意識で評論を書いている。というより、書くように促されているような切羽詰まった心境にあるといったらいいだろうか。辛辣になりがちなのは、そのためで、自分でもよくないとは思っている。

 大切なものが失われそうな恐怖感がある。その意識は、マグダラのマリアに関するリサーチとも無関係ではない。そして大切なものが失われそうな恐怖感は、「割れたビンとこぼれた香水」の年齢域に起きた災害の恐怖感から引き継がれたものともいえる。

「半旗として掲げられた旗」とは死んだ人を悼む旗のことだそうで、これは死んだ人というより退職する人などの引き際を意味するという。夫の定年退職はわたしにもストレートに影響があり、社会状況の悪化もあって再就職は大変だったが、夫婦で力を合わせて乗り切らなければならない状況は今後も続くのだろう。

 その状況と、わたしが始めた電子出版は無関係ではない。「玩具の馬に乗っている小太りの少年」は創作と関係しやすいシンボルであるようだ。

 近くで起きた火事は、もう一室火元がずれていれば、現在わたしたち家族はここで暮らしていられなかっただろう。実際、隣のおばさんのお宅はそうであり、最近LEDランタンと軍手をプレゼントをしたばかり、というと、まだどんな状態にあるかが想像できると思う。放水で濡れたものの整理に毎日通って来られていて、根を詰めていらっしゃる様子なのが心配だ。

 延焼は免れても、火元の上は大変なのだ。溜めていた浴槽の水が全部蒸発していたという。床が熱かったため放水されたが、床下に溜まった水は火元の鎮火後の夜、300度もあったそうだ。床は、床下も含めてボコボコになったらしい。消防の人がその夜は遅くまでいた。

 わが家は見た目にはベランダが煤けたくらいで変化がなかったが、室内のポリ袋が煤けていたり、萎びたようになったりしていたことから考えると、下に避難していた間に煙がかなり入り込み、室内の温度も高くなっていたに違いない。ベランダの植物は健在だったが、室内に置いていた植物は枯れた。

 おばさんのお宅で、一昨日、盛大な工事の音がしていた。喧しかったが、嬉しい音でもあり、心が弾んだ。来月が終わる頃には、おばさんにも以前の生活が戻ってくる見通しで、わたしも早くそうなればいいなあと思っている。

 ところで、色々なことが起き、これからもまたいつ――という不安感に駆られやすいわたしには、カロッサの戦時下における日記が参考になる。そのときはそのときと割り切り、いつものように過ごす、それが大事なことであるような気がする。

 今日すべきことをする、それが大事。現在のわたしの場合は、家事と創作。家事は家族の勤務を支える欠かせない仕事で、これが一番大事だが、創作はそれとは次元のことなる重要味を帯びた仕事だ。

 傍目にはおばさんのお遊びにしか見えなかろうと、神秘主義的体験をわたしのような形で持ち、かつそれを客観視できる知識と能力に恵まれた人間は少ない。そうした体験を通して社会を見、考察する力量は貴重だ。プロにはなれないまま終わろうとも、他人にはその重要さが認識できないとしても、歴とした仕事なのだ。

 その仕事はまだ始まったばかりといってよい段階で、これから充実させていきたいのだが、さてどこまで体が持つのか。

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「現代アフリカ文学の父」チヌア・アチェベ氏、死去

「現代アフリカ文学の父」として知られるナイジェリアの作家、チヌア・アチェベ(Chinua Achebe)氏が82歳で死去したという。22日、家族の発表によるもの。

 1958年に発表された代表作『崩れゆく絆(Things Fall Apart)』は世界で1000万部以上売れ、50か国語に翻訳されているそうだ。

 わが国では、門土社から1977年に出ているが、現在は入手できず、検索したところでは県立図書館にはなかった。

出版社: 門土社 (1977/11)
ASIN: B000J8R6EG
発売日: 1977/11

 過去記事でも書いたように、本当に現代日本は文学的後進国に成り果てた。戦後、インテリ階級が消えたこの国では、文学的価値の高い本を出したところで、売れないのだろう。商業的価値の高い本なら売れる。

 文学的には限りなく怪しい村上春樹やデイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』のような本なら、馬鹿売れする。コンラッドだって、売れただろう、映画になりゃね。所詮、大衆は、お酒や煙草といった嗜好品のように読める本しか買わないのだ。

 いや、商業的にブランド的価値を煽れば、文学的価値の高い作品だって売れるはず。所詮、この国の大手出版社の編集者にそんな手腕、期待するだけ無駄というものだ。

 二十歳の若者に配るんなら、「現代アフリカの父」と呼ばれた作家の本を配りゃいいじゃないか。よりによって、ホームレス悲惨物語とまぎらわしいあんな……(絶句)。

 以下は、Wikipediaより抜粋。

Wikipedia チヌア・アチェベ

チヌア・アチェベ(Chinua Achebe、1930年11月16日 - 2013年3月22日【死去報道】)は、ナイジェリア出身のイボ人の小説家。アフリカに多い口承文学を題材にした小説を描く。

「生立ち」

アチェベは1976年以降のアナンブラ州にあたる地域の町オギディで生まれた。そして当時ロンドン大学のカレッジであった現在のイバダン大学で、英語と、歴史、神学を学んだ。BBCで放送について学んだ後、1961年にナイジェリア放送の最初の海外放送部ディレクターになる。ビアフラ戦争時にはビアフラ共和国の大使を務めた。この時の経験から「難民の母と子」と題した詩を書いた。

アチェベは英語でのアフリカ文学の父と考えられている作家であり、世界的に賞賛される作家の一人でもある。1958年に発表した『崩れゆく絆』は世界で一千万部以上売れ、50以上の言語に訳され、ノルウェー、イギリス、米国、アフリカなどで小説100選の1つに選ばれた。

アチェベは「あるアフリカのイメージ コンラッドの『闇の奥』にみる人種差別」と題した批評を発表し、世界的な議論を呼び、この文章がディベートの題材として用いられるようになった。アチェベはジョゼフ・コンラッドの帝国主義を描いた有名な小説がアフリカの背景や人物を歪めて非人間化し、人種差別的な文脈や語彙を潜ませていると断じた。彼は『闇の奥』の再評価についての議論で、非人間化された人々を偉大な地位に就けるべきでないとする前提で書かれたこの植民地主義の文章に与えられてきた神聖な地位を拒絶した。

アチェベはイングランド、スコットランド、カナダ、米国、ナイジェリアなどで、ダートマス大学 (1972年)、ハーバード大学 (1996年)、ブラウン大学 (1998年)、サウサンプトン大学、ゲルフ大学、ケープタウン大学 (2002年)、イフェ大学などの30以上の名誉学位を得た。また2007年国際ブッカー賞、英連邦詩人賞などの数々の賞を受賞した。

2013年3月22日、ロイター通信により死去報道がなされた。死因や死亡日時は不明。

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『ハンス・カロッサ全集』第9巻(日記)を読みながら、お茶しています

 家族とお茶しながら、図書館から借りてきたカロッサ全集をざっと見、今は日記を本格的に読む……というより、見ています。カロッサの薫りを楽しんでいるといったところです。この日記は奥さんの編集であるようです。

 日記の二つ目にはもうリルケが出てきます。リルケ宅へ出かけたとのこと。リルケもカロッサも好きなので、何だか嬉しい。当ブログに、リルケでよくアクセスがあります。リルケを好きな人も多いんでしょうね。リルケについてブログに書く人が少ないのかもしれませんが。

 しかし、こうしてカロッサを楽しんでいるとき、つい数時間前にさしたる根拠も示さないままどぎつく批判してしまったデイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』を思い出します。

 わたしがもしカロッサについて何か意に反する、きついことをいわれたら、不愉快だろうと思います。だから、せめてちゃんとした小論文を書かなくてはと自戒したところです。

 三つの記事を書いたとき、悲しくて仕方がありませんでした。

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2013年3月23日 (土)

20歳に贈られたというデイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』

 先の二つの記事で、デイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』について、放言したままになっているが、改めてググってみると、この本は海外の有名な賞を受賞していたり、ノミネートされていたりし、また 2010年国民読書年記念事業「20歳の20冊」(出版文化産業振興財団(JPIC))のうちの1冊に選ばれていたりしていた。

 賞や事業自体がどうこうということではないが、ファンタジーという比較的軽い感覚で読まれている本にしては、何だろう、権威に妙に愛でられて……いう違和感がある。たまたま選ばれただけだと単純に考えていいものかどうか。この点でも、村上春樹と共通点がある。

 村上春樹の権威づけには河合隼雄が一役も二役も買っているのだろうが。

 創作中で、時間がないため、今日のところはメモのみ。

 翼のあるホームレスのスケリグくん、君を感動の道具にしたい人はいっぱいいても、君のことを本当に考えてくれる人はいないわね、作者でさえ。結局、用済みとなれば追い出され……天使という最高級の賞賛の言葉を浴びせられてお帰りはあちら、だそうで……。

 わたしの目には、君の翼は悲しいだけだ。どこがファンタジーだ? ただの悲惨なホームレス物語ではないか。レ・ミゼラブルだ。天使失墜もここに極まれり。

 この日本という国が本当に気持ちが悪くなってしまうが、わたしが村上春樹の作品に疑問を覚えたように、アーモンドの作品に疑問を覚えている人々も少なくはないようだ。しかし、その声は小さい。

 アーモンドといえば、最初の辺りで止まってしまっている『ハムスター列伝』に登場する予定のハムスターに、アーモンドという名のゴールデンハムスターがいた。雄にしては女性的といってよいようなチャーミングな子だった。抱くと、ウィンクするように片目を細めてみせた。

 そして見かけによらず、これが冒険野郎で、本棚の天辺から何度も飛び降りたりして着地を確かめたりしていたが、あるとき、いなくなってしまった。古い借家に住んでいるときで、図書室と呼んでいた部屋に、数時間放してやっていたのだ。家族がうっかり掃き出し窓を開けてしまい、そこから出て行ったらしかった。

 探せど探せど、見つからなかった。そして、数日後、死んだのだろう、魂が天国に行く前に戻ってきた。わたしの胸に飛び込んできて、「ああ……お家だ」と喜んだのがわかった。わたしにはときどきハムスターの気持ちがわたしにもわかる言葉としてストレートに伝わってくることがあった。神智学的には、透聴力ともいうが。

 いつだったか、博多の釜飯屋さんで、同じようなことを話していたおばさんがいた。死ぬ前の愛犬がストレートに話しかけてきたという。

 まあ、『肩胛骨は翼のなごり』とは無関係の話だった。

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図書館から借りた10冊。アーモンドは好物だが、作家のアーモンドはいただけない。

 図書館から借りた本、10冊。

  • ハンス・カロッサ全集 4 
    美しい惑いの年,学位授与,ミュンヒェンへの移住
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1996年
  • ハンス・カロッサ全集 6 
    医師ギオン,熟年の秘密
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1998年
  • ハンス・カロッサ全集 7
    ルーマニア日記,イタリアの手記
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1996年
  • ハンス・カロッサ全集 8 
    狂った世界,一九四七年晩夏の一日,現代におけるゲーテの影響,小品集
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1996年
  • ハンス・カロッサ全集 9 
    日記
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1998年
  • ハンス・カロッサ全集 10 
    書簡集,年譜
    ハンス・カロッサ/臨川書店/1996年
  • 乗っ取られた聖書
    秦剛平/京都大学学術出版会/2006年
  • あの犬が好き
    シャロン・クリーチ/偕成社/2008年
  • めぐりめぐる月
    シャロン・クリーチ/講談社/1996年
  • 肩胛骨は翼のなごり
    ディヴィッド・アーモンド/東京創元社/2000年

 カロッサは集中して読みたいと思っていた。ナチス時代の一作家の記録『狂った世界』を少し読んだところ。

『乗っ取られた聖書』は前に借りてきたが、読む時間がとれないまま返してしまったので、再度。著者の秦剛平氏は、フィラウィウス・ヨセフス『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』の訳者、ヘレニズム・ローマ時代のユダヤ教の研究家として知られている。

 期待して借りたディヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』はひどかった! こう放言しただけでは、誹謗中傷と受けとられかねず、無責任、怠慢といわれても仕方がないだろう。いずれ、その根拠をきちんと示したいと思っている(ああ宿題が溜まっていく)。翼を持った登場人物スケリグのためにも。作者も、他の登場人物である子供たちも、安易に感動する読者もひどい。

 尤も、以下の本で書いているようなことの繰り返しになるだろうが。村上春樹とアーモンドはひじょうに似ている。
   ↓

 優れた児童文学作品に感動して、それを自らの創作の原動力にしたかったのに、やる気が殺がれただけでなく、読後にナンか脳貧血になったみたいに血の気が失せて気分が悪い。

 本当はアーモンドの本を5冊ほど借りる予定だったのだが、直前に予感がして1冊だけにした。借りる予定のなかったカロッサを沢山借りて、よかった。

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2013年3月22日 (金)

創作中。肩胛骨は翼のなごり(追記:デイヴィッド・アーモンドの作品は受け付けず)

 壮大な歴史ミステリーをたったの20枚に圧縮する作業を行っております。盆栽が可能なのだから、不可能ではないと思いますが、時間を限ってしまうと、無理かも。

 わたし独自の解釈を核心として、最も重要でドラマティックな場面をシンボリックに切り取る手法。フリーのグラフィックソフトGIMPを使いながら学んでいることが、文章による創作に生かせそうな気がしています。

 まあ、いびつなファンタジーが一編できるだけかも。そういえば、わたしの電子書籍の中で一番ヒットしている『卵の正体』は、それに似た手法です。この作品は本来、壮大なファンタジーに仕上げるはずのものです。まだまだ準備が調いませんけれど。先に、『不思議な接着剤』を書かなくてはならないから。

 つまり、今書いているのはこの『接着剤』のミニチュアです。といっても、本当のミニチュアというわけではなく、核心を捉えた別の作品というわけです。

 ところで、先日、デイヴィッド・アーモンドに『肩胛骨は翼のなごり』という作品があるのを知りました。

 肩胛骨は天使の羽とも呼ばれますが、肩胛骨ダイエットを紹介しているAll Aboutには、肩胛骨が天使の羽と呼ばれるようになった由来が以下のように説明されていました。

肩甲骨、実は鎖骨と背筋で支えられいます。え? 肩甲骨って背中にくっついているんじゃないの? と思いがちですが、実は肩甲骨は背中に浮いている骨なんです。そのために通称天使の羽などといわれています。

 アーモンドの前掲書は人気のあるファンタジーのようなので、読んでみたくなりました。レビューからすると、わたし好みではないような気もしますが、肩胛骨は翼のなごり――という俗説からアーモンドがどのように空想を膨らませていったのか、同じ物書きとして興味があります。

 図書館にはアーモンドの本が揃っているようなので、そのうち借りて読みたいと思っています。面白かったら、レビューを書くでしょう。〔読後:強烈なご都合主義の臭いがして、わたしは受け付けませんでした。問題だらけの作品だと思います。解説で、児童書であることが強調されているのが怖い。これについては、日を置き、改めて書きたいと考えています。3/23 12:20〕

 わたしの『卵の正体』は、どちらかというと、恐竜好きが昂じたものです。壮大なファンタジーになるはずの物語では、天使と悪魔の戦いという宗教的、神秘主義的なテーマを織り込むつもりです。

 どうせファンタジーを書くのであれば、神秘主義者としての知識をフルに活用して書きたい。

 ちなみに昔、神智学の仲間にオーラが見える人がいて、その人は、霊的に進歩した人のオーラは肩の辺りから翼のような光が出ているのが見えるといっていました(土の精を見たといったのも確かこの人でした)。

 わたしの目にはオーラは楕円形に見え、色合いの美しさでその人が霊的に進歩している人かどうかが判断できるのですが、翼のような光はまだ見たことがありません(オーラの縁を飾る美麗な金色の光のリボンなら、見たことがあります)。

 仲間が翼のような光を見たという男性のオーラをわたしは一瞬だけ克明に見たことがあり、記念のスケッチまでしたほどでしたが、そのスケッチでもやはり楕円形です。楕円形内の構造は興味深いものでした。

 あれほどまでにオーラ(の卵)を克明に見たのは、これまで女性1人、男性1人の計2人に関してだけです。もっと断片的なものはちょくちょく見ます。

 当然というべきか、自分のオーラはよく見ますが、それでも克明に見たことはまだありません。

 わたしのオーラの主調色は過去、緑→青→紫と変化しました。心が澄んだ状態のときには圧倒的な、それでいて、たとえようもなく柔らかな白色光が全身から放射され、自分でもよい状態にあることを実感できますから、やはり心の状態というのは大事ですね。最近は色々な心配事や不安に心がぐらつきがちで、オーラの色調も乱れがちではないかと。いけないなあと思います。

 過去記事で書きましたが、神社に参詣したとき、萬子媛の美麗なオーラを見たというより、全身全霊で感じました。江戸時代にお亡くなりになったはずなのに、わたしには高雅なかた、すばらしい貴婦人、深窓の麗人――という印象です。泉鏡花には神秘主義的な傾向があったようですが、鏡花の描く薫り高い神霊を連想しました。

 エッセー『萬子媛抄』を付録とした幻想短編小説『茜の帳』は、来月電子書籍化の予定です。

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評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!  

 この本は、特になるべく多くのかたに読んで貰いたいと思っているので、お買い上げいただくと、本当に嬉しいです。これで、2冊売れました。

 本の核を形成する小論「村上春樹『ノルウェイの森』の薄気味の悪さ」は当ブログでもお読みいただけますが、本ではより客観的、総合的な視点から考察を深めていますので、問題点が一層明確になっていると思います。

 このような問題提起がなされてこなかった国、核心をつく物事の見方ができなくなっている国、わたしのようなアマチュアに頼らなければならない国……この国の病は深いのです。

 以前、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を当ブログを含む複数の拙サイトで公開していたときにいただいたメールからすると、そのことに気づいている人々は少なくないようでもありますが。

 サンプルをダウンロードできます。
     ↓

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2013年3月21日 (木)

短編児童小説『病院で』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『病院で』のお買い上げ、ありがとうございます! この本が売れたのは、これで2冊です。やはり、お買い上げいただくと、嬉しいです。

 同じ2冊売れたのは、中編児童小説『田中さんちにやってきたペガサス』です。お値段は高くなりますが、読み応えがあると思います。

 どちらも、サンプルをダウンロードできます。
           ↓

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2013年3月20日 (水)

小学生のブログ ②

 今日も創作の合間に、小学生ブログを閲覧していました。わたしが最も魅了されたのは以下のブログ。

「小学4年」のバナーが貼られています。ブログは2011年9月から書き始められています。当初からバナーが貼られたのだとしたら、この4月で6年? それとも、途中で貼られたのでしょうか?

 当初から安定した筆致で書かれていて、舌を巻きました。

 特に驚いたのが、以下のタグ アーカイブ。

 夏休みの自由研究で漱石を選んだようですが、大人顔負けの文学散歩を行っているではありませんか。寺田寅彦のエッセー「夏目漱石先生の追憶」に触れた記事で、

 “でも、漢字にもうちょっとフリガナふってほしいな。

 という微笑ましいひとことがなければ、小学生のブログだということを忘れてしまうほどです。

けっこうがんばったけど、読み返したら、去年のほうが良かった。どうせ今の先生はろくに読まない人だし。去年の先生は、全員のをちゃんと見てくれて、私の研究もとてもほめてくれた。今の先生には全然そういうこと期待できないんだよなー。

 という箇所の先生賞の審査員に変えたら、何だか自分のブログみたいです。いえ、そういっては失礼ですね。わたしのブログなんかより、端正な印象です。

 青空文庫のKindle版で物理学者・寺田寅彦のエッセーが沢山あったので、わたしは最近まとめてダウンロードしたばかり。ピーター・メイル『南仏プロヴァンスの12か月』も面白い本ですが、この子はママから借りて読んだようです。『南仏プロヴァンスの木陰から』は自分の判断で買って貰ったようですよ。おや、仏検も受けたんだとか。

 デイヴィッド・アーモンド『肩胛骨は翼のなごり』は未読ですが、面白そう。肩胛骨は翼のなごり――という説を、わたしは短い児童小説『卵の正体』で利用しましたが、これは全く違った作品なんでしょうね、読んでみたい。リンドグレーン、ノートンのタグが大きいことに悦びを覚え、ピアノを習っているようですが、わたしも習っていたので、勝手に親近感を覚えてしまいました。

 少女が綴ったブログという体裁をとったわたしの児童小説『すみれ色の帽子』は、こんな少女もいるはずという想定のもとに執筆したものですが、生き生きと感じ思考する、こういう子がいるのなら、少なくとも的外れな作品ではない――という安堵感を勝手に覚えてしまいました。

 でも、もし、こんな賢そうな子がわたしの児童文学作品を……と想像しただけで『やめて、読まないで!」と叫んでしまいそう。日頃は自信満々のくせに、自分の作品が穴だらけのつまらない作品に思えてきます。それだけの刺激を与えてくれるブログに出合えて、嬉しい限りです。考えてみたら、孫と祖母くらいの年齢差です。

 このお子さんは、恵まれた環境の中でのびやかに成長していっているところのようです。大人として、あたたかく、そっと見守りたいものですね。ここに紹介してしまいましたが、間違っても商業主義の編集者に目をつけられたりしないように、ミューズの加護をお願いしたいと思います。

 また、前の記事で紹介したのは、以下のブログでした。

 以下の二つのブログも、楽しい、子供らしいブログです。

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小学生のブログ ①

 昨夜から児童小説のストーリーを煮詰め、プロットを考えていた。日数があまりないので、書けるかどうか心許ない。

 主人公を小学生に設定することははっきりしているのだが、5年生にするか6年生にするかで迷い、小学生ブログ ランキングに出かけてみた。

 初めての世界だった。

 5年生と6年生のブログを閲覧したが、小学生のブログも中年のブログもあまり変わらない気がしてしまった。

 6年生になると、登録数が一気に増える感じだ。モデルをしていたり目指していたりといった子供たち、漫画家やイラストレーターを目指している子供のブログが多いようだ。

 6年生のあるブログの中に、義理のお父さん(本当のお父さんと変わらないとあった)の死を看とったときの記事があり、淡々と書かれた一連の記事からは、愛する家族の死を真摯に見つめている聡明なまなざしが感じられた。

 昨年で更新が止まってしまっている。きっと、頭のよい子なんだろうなあ。頑張って、よいイラストレーターになってほしい。

 あのブログからは、書店の児童書コーナーに溢れている本に描かれているような、こまっちゃくれた、媚びた感じの子供たちとは一線を画するものが感じられた。

 大人に色々な大人がいるように、子供にも色々な子供がいることを、改めて印象づけられたブログ散策だった。

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2013年3月19日 (火)

胸の圧迫感、胸痛にスプレー1回

胸の圧迫感、胸痛にスプレー1回

ニトログリセリン噴霧剤が舌の付け根というより、舌の先寄りにかかってしまったが、効いてきた。

胸痛は消えたが、背中の酷い凝りと胸の圧迫感はまだ残っている。

凝りが消えないうちはぶり返すこともよくあるので、消えなければ、もうひと噴霧したようがよさそうだ。

昨日、日赤の整形外科から帰宅するとき、自宅との中間点はデパート辺りなのだが、そこに行き着く手前、陸橋にも辿り着かないうちに息が上がり、苦しくなった。

冬にマラソンしたときみたいに胸の中が灼けたように熱くなり、息遣いは夏場の犬みたいにハアハアなった。

思い返すと、スポーツは好きだったが、マラソンや長距離走になると、苦手だった。すぐに息が上がって速度が落ちがちだった。仲間に比べると、根性なしとのコンプレックスを拭えなかった。

だからこそ、結婚後もジョギングをし、そのうちマラソン大会にもチャレンジしたいと考えていたが、もしかしたら、昔から運動にはあまり適さない心臓だったのかもしれない。

そういえば、大学時代には既に胸痛もあった。気のせいだと思っていたし、もしかしたら心臓が……と思うこともあったが、死ねば儲けものと考える厭世的人間だった。

その胸痛は胸の奥から来る突かれたような、鋭いものだったが、一瞬で済んだ。今のように圧迫感や背中の強い凝りなどはなかったので、生活に支障なく、当時、病院のびの字も頭に浮かんだことはない。

煙草を吸ったりしていたので、そのせいかもしれない。

今思えば、煙草を美味しいと思ったことはなく、わたしの煙草は女だからと舐められないためのポーズだった。

といっても味の好みはしっかりあり、ショートホープが好きで、それが夫の煙草の好みと一致した。周囲にはセブンスター、ハイライト、マールボロ、ラークを吸っている人が多かった。

その一致が印象に強く、結婚までしてしまったのかもしれない。夫は今はメンソール。わたしにうるさくいわれるので、美味しくない煙草かもしれない。

船員だった父は缶ピーだった。1本失敬して吸ってみたら……これが何と、信じられないくらい美味しかった。香りのすばらしさといったらなかった。

あれに比べたら、ショートホープの煙はただの湯煙みたいだし、セブンスターやハイライトはスモッグだと思った。

それで、ひと缶買ってみたが、あまりの強さに頭がクラクラし、胸の中が熱くなった。

缶の半分も吸わないうちに捨ててしまった。両切りなので、口の中に葉屑が残るのも、不快だった。

あんなの吸い続けて、無事で済むとは思えない。だから父は……。

結婚後、妊娠がわかってすぐに煙草を止めたが、煙草を全く吸っていなければ、心臓病にはならなかったかもしれないと思ったりする。

これを書いている間に、あれほど強烈だった背中の凝り(乳房の間を突き抜けた辺り)が消えた。

昨日の息切れは、弁膜症関連なのではないだろうか。頻脈が出ることは珍しくないが、あんな息切れはめったにない。息切れだけであれば喘息関連だったのかもしれないが、胸の灼けるような苦しさもあったし……。

ブクブクと泡みたいに感じられる不整脈は、最近、ごく短い時間のものが数回あったが、一日中長めのが繰り返し起きるようなのはあれ以来ない。

息切れやブクブクが仮に弁膜症の症状だったとしても、弁膜症は手術で綺麗に治ることが多いと知ってからは怖くなくなった。

ただ適切な時期に手術して貰えるかどうかといった警戒心は、今後も必要だろう。

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短編児童小説「卵の正体」、評論『村上春樹と…』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

 短編児童小説「卵の正体」、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をお買い上げいただき、ありがとうございます!

 購入してくださるかたがあると、励みになります。

 最初の本を出した頃からすると、Kindleストアが短期間に充実してきたような感じがあります。出版社が本気になって電子書籍化した単行本を送り込んでくるようになったのかしら。

 雑誌なんかも増えたようですし、雑誌からある特集だけを本にしたものとか、素人の本にも、その道の専門家のものなど、貴重と思える本にちょくちょく出合えるようになりました。明らかに、読んでみたいと思う本が増えました。

 まあ、そうなればなるほど、わたしの本が沢山の本の中で行方不明になってしまうのも速まるのでしょうけれど。

 中には、素人の表紙絵と見紛うような簡単な、といっていいようなデザイン、安い値段のものなども、有名出版社から群れなして出てきました。これなどは、どういった意図なのでしょうか? 表紙絵になるべくお金をかけまいとしているのか、装った素人臭さで人目を惹こうとしているのか。

 電子書籍専門店グーテンベルク21の本には東西の名作が多いので、サンプルをダウンロードしてみたくなります。

 1年後、日本の電子書籍界がどうなっているのか、わたしには想像もつきません。ただ、電子書籍が紙の本に置き換わることはないだろうな、とは思います。

 1年後、そもそもこの日本が、世界がどうなっているのかさえ、見当がつかなくなってきました。

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2013年3月18日 (月)

整形外科受診

1月の受診をうっかりしてしまったので、恐縮して診察室に入り、受診日を勘違いしてしまったことを手短にお話ししようとしましたが(わたしは馬鹿正直です。無難な嘘をつく技術に欠けているのです)、先生は「いや、よかよか」と、いつもの佐世保弁で優しくおっしゃいました。よかった……。

両膝を片脚ずつ30度、60度、90度の角度からレントゲン撮影し、それに対する先生の説明がありました。

両膝にある骨腫瘍は外側に向かって大きくなってはいるが、内側へと向かって悪さをしている風ではないそうです。

膝がよく引っかかり、すぐ近くで火事が起きて、上の階から階段を下りたときにも、引っかかる膝で必死にならなければならなかったとわたしは先生にいいました。

引っかかる原因は少なくとも腫瘍にあるのではなく(わたしにもそれは、そう思えます)、膝の中のレントゲンには写らない複雑な軟骨に原因があるのだろうというお話でした。

それで水が溜まるようなことになれば、処置が必要になるそうです。

腫瘍に関しては、「腫瘍が何かに当たって痛かときはあっかもしれんばってん、まだ、手術はせんばい」と先生。

左膝の下にできた比較的新しい腫瘍の触診。これも同じ性質のものだろう、と先生。

わたしの気がかりは、こうしたものがあちこちにできるのかどうかということです。

それはやはり、その可能性はあるそうで、わたしは思わず、「先生、わたし、こうしたことが本当に気持ち悪いんです!」といってしまい、先生は「大丈夫、そがん心配せんでよか」と真剣な声でおっしゃいました。

次回は9月で、膝のレントゲン。

シュルダーバッグを荷物籠に入れたまま、診察室を出てしまい、取りに戻りました。つくづく抜けた患者ぶりに、我ながら呆れました。

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薬味が生きる『あっさり味のおかず』(主婦の友社)のレシピ

 主婦の友社『 あっさり味のレシピ』にはタイトル通りのあっさりと美味しくいただけるレシピが満載なので、よく参考にしています。本はもう中古しかないようですが。

 最近参考にした2つのレシピもグー! 当ブログの過去記事検索で確認したら、どちらも既に紹介済みでした。

20130312cook_2

 作ったのは「かじきの薬味づけ」です。

20130318

 こちらは「豚肉の青じそはさみ焼き」。

 どちらも、見栄えがいいので、素敵な器に盛って出せば、お客様にもいいでしょうね。

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2013年3月17日 (日)

短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます……昨日2冊!

『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます……昨日2冊お買い上げいただいたようです! この本は計5冊売れたことになります。嬉しいです。

 KDPのレポートを見ると、昨日の日付で4となっていましたが、これまでの全体から割り出すと、新しいお買い上げは2冊になるので、昨日2冊お買い上げいただいたのだろうと思います(このレポート、今ひとつ見方がよくわかりません)。

 電子書籍化の作業疲れが出たのか、今日はだるくてうまく創作モードに入れませんが、頭のなかは時折精密機械のように作動していて(時々、わたしサイボーグではないかしらと思うことがあります。勿論冗談ですよ)、例のミニチュア作品、何とか書けそうな気がしています。

 でも、もしこれを『道場』に提出するとなると、まずいかな。わたしはまたしても、求められる性格のものとは違ったものを書こうとしています。アイテムに凝らなくてはならないのに、わたしはそうしたことにあまり興味が持てません。

 子供の頃からそうした傾向の持ち主なので、子供の立場に身を置いてみていないわけではないのです。子供の頃から内面的、神秘的、シンボリックなお話をほしがる子供もいるはず。

 ただこうした自己流の解釈で、ずれがある作品を応募し続けるのは、そもそも失礼ではないのか。応募するかどうかはとりあえず、作品を仕上げてから考えたいと思います。この姿勢そのものが第一ずれていますわね。

 サンプルをダウンロードできます。
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最新刊はこちら。
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評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をKindleストアで販売中です

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』をKindleストアで販売中です。

 昨日の夜、Kindleダイレクト・パブリッシングに本を提出し、数時間後にはレビュー(審査)が終わって、出版完了のメールが届きました。

 ホッとしました。

 この評論を電子書籍にしておく必要性を覚えながらも、億劫で仕方がありませんでした。辛口のこの評論をその存在だけで快く思わない人々も少なくはないだろうと想像できるからです。

 が、当ブログで公開していたとき(評論の核となったここ生まれの小論は、これまで通り公開中です)、反論を多くいただきましたが、それと同じくらいの共感、感謝のメールもいただきました。

 村上春樹に関しては、今の日本で書かれている評論のほとんどが護教的なものです。内輪で楽しむためのものです。まともな批評は書けない、ということも耳にしたことがあります。わたしは幸か不幸かプロではなかったために、こうした作品が書けたのかもしれません。

 わたしが学生の頃までは(30年以上も前の話になりますが)、評論の分野は今よりずっと活発だった……というより、今の日本では現在活躍中の作家に対する評論というものがまともに機能していないのではないかとさえ思えます。宣伝の手段になってしまっています。それ以外の作家の研究、評論に関しては、この限りではないのでしょうが。

 言論の自由がありそうで、ない現実。時折、戦慄を覚えてきたのは、わたしだけだったのでしょうか。

 誕生日に息子が贈ってくれた沢山の百合を見ながら、電子化作業を進めましたが、KDP に本の提出を終えてホッし、ふと百合を見ると、最後まで咲いていた百合が散っていました。百合が見守ってくれていたような気がしました。

 サンプルをダウンロードできます。
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2013年3月16日 (土)

自家製ミニ・キャロット、可愛らしいバター煮

自家製ミニ・キャロット、可愛らしいバター煮

可愛らしすぎる人参のバター煮を食べるのにふさわしいのは、お人形のマドレーヌです。

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自家製ミニ・キャロット、穫り立て

自家製ミニ・キャロット、穫り立て

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今夜から創作。夢の中の素敵な馬。

 馬鹿に手間取りましたが、ようやくKindleダイレクト・パブリッシングに、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を提出し終えました。本の値段は400円に設定。さあて、買ってくれる人が出てくるかどうか。

 審査をすんなり通ってくれることを期待するばかり。

 村上春樹の他にオルハン・パムク、ドリス・レッシング、ル・クレジオといった作家の著作にも触れているので、引用も多く、それを一々確認していたら、目が回りそうになりました。

 何回確認しても、不備は出てくるものなので、いつまでも気が抜けません。特にこうした評論では、他人の作品を扱うのですから。

 文学だの、文化だの、この国の行く末だのと、悪い頭で自分には手に余る事柄を無理に考えようとしなければ、評論なんて書かずに済むはずですが、どうしたって考えてしまいます。評論は、好きで書いているわけではありません。

 だから、とりあえず、創作モードに移れると思えば、ホッとするものがあります。料理の記事を書きたいと思って写真もあるのですが、まずは例のミニチュアが書けるかどうかを検討するほうが先かなあ。

 書くのが無理となると、別のものに変更しなくてはならないので。

 ところで、わたしがKindleで出した電子書籍では短編児童小説『卵の正体』が健闘中。最低価格、短い物語、ファンタジー的という点が受けるのでしょうか。4月には、タイプの違う作品をいろいろと出版したいと考えていますので、ご期待ください。

 以下は、どれもサンプルのダウンロードができます。暇なかたはのぞいてみてくださいね。

 これとこれなんかも、地味に頑張っています。
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 羽ばたくエネルギーが切れてきたかな、ペガサス。翔ぶんだ、ジョー! じゃなかったエニフ。

 中編小説『台風』は、今は台風の季節ではないから、目にとまらなくても仕方がないか。

「わたしがマドレーヌよ」と表紙絵からマドレーヌが主張していると娘がいいました。アメリカかインドだか海外旅行後(アメリカかインドで1冊売れました)は、自宅でゆっくりしているマドレーヌ。全かな……大人は読まないでしょう。子どもには紙の本のほうがいい――わたしもそう思います。出せるものなら児童書は単行本で出したいわ、ホント。

 そういえば、電子書籍を出す前に、広い清潔そうな馬小屋で、沢山の馬を飼っている夢を見たんです。

 これから出そうとしているわたしの著作たちが馬になって現れたのではないかと思ったのですが、その中の一頭がとても素敵でした。あの馬はどの作品なのかしら?

  馬主としてはどの馬も可愛いので、よく手入れをしてやって、立派な馬服なども着せてやりたいので、せっせとフリーのグラフィックソフトGIMPをダウンロード・インストールして下手な表紙絵作りにも励んでいるというわけです。わたしにとって、作品=馬、表紙絵=馬服。

 これから半月は創作モードなので、その間に電子書籍作りのことをきれいに忘れてしまわないかが心配です。

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2013年3月15日 (金)

昨夜から座りっぱなし……え、もう夜ですって?

 電子書籍『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の表紙絵作成と校正で、昨夜から最小限の家事をする以外は座りっぱなし。朝ごはんもお昼ごはんも、トイレも忘れ。洗顔だけは2回しました。

 ハッと気がつけば、こんな時間。今日はもうナンか動けない。娘にお弁当を頼むか、宅配で何か頼むことになりそう。

 今日使うつもりだった食材が頭に浮かびますが、今日は無理だわ。家事をさぼると心が痛みますが。

 そういえば、今ネットニュースで見たのですが、村上春樹の新作が4月12日に発売されることが文藝春秋より発表されたとか。タイトルは『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。当人からのメッセージは「『1Q84』がいわばジェットコースター的な物語だったので、それとは少し違うものを書いてみたいという気持ちがありました。それがどんなものなのか、書いてみないとわからなかったけど」というものだそうです。

 以前、当ブログを含む複数のネットで公開し、そのもととなった小論は今も公開を続けている村上春樹に関する評論を今更本にしたところで、買ってくれる人があるかどうかは疑問ですが、わたしにとっては電子書籍にしておくことだけでも意味があります。

 早くKDPに提出して、創作に取りかかりたいと思うのですが、やたらと時間を食っています。審査をスムーズに通ればいいけれど。ググると、わたしの作品のこのタイトルが沢山出てくるので(おおかたは自分で書いているのですが)、パブリックの無断借用と間違えられる可能性大いにあり(『枕許からのレポート』がそうでした)。

 以下は表紙絵。何種類か作ったのですが、これが無難かと。GIMP、なかなか上達しません~楽しいのか苦痛なのかわからない状態。写真素材をまたフリー写真素材サイト「足成」からお借りしました。ありがたいサイトです。

 あ、「あとがき」で、書いたことの一部分は当ブログに開設の頃からご訪問くださっている方々へのメッセージです。以下。

「はじめに」を書いたときから、さらに一年近い時が流れました。その間に、アマゾン キンドルの日本進出があり、わたしのようなアマチュア・ライターにも、セルフ・パブリッシングの機会が訪れました。
 作品を同人雑誌に発表したときからすると、四年もの歳月が流れたことになりますが、内容的にはまだ有効と思われましたので、この度の電子出版と相成ったわけでした。
 アマゾン キンドル、無料で写真素材を提供してくださっているサイト「足成」、ブログ「マダムNの覚書」を開設させてくださったココログ、そして二〇〇六年四月十二日の開設の頃からブログをご訪問くださっている方々に、深く感謝を申し上げます。

 今回電子書籍にしようとしている作品は、当ブログが母胎となったもので、以前からブログにお越しくださっている方々はお産婆さんです。本当に……ありがとうございます。

      ↓ 近日発売予定

Si10small

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2013年3月13日 (水)

短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます……この本、3冊目!

 短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます! この本は3冊目のお買い上げでした。

 現在、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の校正を終え(kindleダイレクト・パブリッシングに提出するまでにあと何回校正をするかはわかりませんが、その度に書き直すべき箇所が出てくるでしょう)、今夜から表紙絵作りに入ります。

 KDPは、著作権についての厳密な調査を行うようです。『村上春樹と……』は過去、複数のブログで公開していた作品なので、またパブリックの無断私用ではないかとか何とかいってきそうだなあ。そうしたら、またきっとヒビっちゃうわ。

 勿論、作品の保護という観点では、これは大変ありがたいことです。

 これまでに6冊Amazonのkindleダイレクト・パブリッシングからセルフ・パブリッシングを行いましたが、個人出版者として出版するって一苦労だという感想です。

 でも、プロになる機会に恵まれず、自費出版する金銭的ゆとりがない、発表の場に恵まれないアマチュア・ライターであれば、やってみるだけの価値はあるようにわたしには思えます。

 まだまだ試行錯誤しながらの電子書籍作りという感じなのですが。

『村上春樹……』をKDPに提出したら、創作に入ります。歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』も電子書籍化しておく予定でしたが、来月に入ってからになりました。

 中旬から入る創作では、中断中の長編児童小説『不思議な接着剤』の雛型的作品を書いてみようかと考え始めたところです。『接着剤』を完成させるにはあと何年かかかるでしょうから、その前にミニチュアを作ってみるといった風な試みです。

 といっても、これは、独立して読める別の作品でなくてはならないのですが。まあ無駄に終わる半月になるかもしれません。

 児童書をお探しでしたら……、ペガサスの出てくる物語など如何でしょう。ミューズの厩を離れて田中さんちに降り立ったペガサスがお子様に、また大人のかたにも別世界のムードをもたらしてくれると思います。サンプルをダウンロードできます。
    ↓

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2013年3月12日 (火)

今は昔、禁書目録……フィレンツェの書店主さんに娘が訊く

 わたしは最近、以下の過去記事で禁書目録に触れた。

 この記事を書いたとき、書店勤務の娘とその話をしていたのだった。娘は二人のイタリア人と電子メールによる文通をしていて、そのうちの一人はフィレンツェの書店主さん。イタリア語に訳された源氏物語などもお読みになる大変な読書家であり、演劇もなさっている。

 娘は、その書店主さんとバルザックの著作について感想を交わしたりしたようだ。書店主さんは、バルザックがお好きだそうだ。

 ウィキペディアによると、禁書目録とは「16世紀から20世紀の半ばまでカトリック教会によって作成された書物のリストで、カトリック教会と信徒に対して危険を及ぼすとみなされた書物が掲載された」。正式に廃止されたのは1966年である。わたしが1958年生まれであることから考えてみても、大昔の話というわけではない。

 書店主さんは禁書目録に載っていたバルザックの著作を読むことに抵抗はないのだろうか――と娘とそんな話をしたのだったが、娘はフィレンツェの書店主さんにそれについて訊いてみたという。

 返信によると、書店主さんにとって禁書目録は、今は昔という感覚だそうで、それについて日常的に意識することはないそうだ。そういわれると、昔はそんなことが行われていたっけ――という感じらしい。

 書店主さんは、禁書目録が作成されていた頃の古い資料を見つけたといって、バルザックを悪魔主義と断じた文書の一部を写して娘に送ってくださった。

 そういえば、ニュースによると、新ローマ法王選び「コンクラーベ」(法王選挙会)が12日始まったようだ。これは、約600年ぶりの法王生前退位という異例の事態を受けたものである。

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愛知県沖で始められたメタンハイドレートの掘削試験、その光と影

リンク: メタンハイドレートからガス生産に成功 海底からは世界初 - 速報:@niftyニュース.

「愛知・三重県沖の海底にある『メタンハイドレート』から、世界で初めて海底から天然ガスの採取に成功した」という。

「メタンハイドレートは天然ガスと水分が結びついてシャーベット状になった物質で、『燃える氷』と呼ばれることもある」とか。

 日本のエネルギー政策に希望の光……とも思えるが、一方では、こうした海底開発が地震を誘発する危険性はないのか、心配になってくる。現に、「人造地震」の危険性を指摘する地震学者もいるようだ。

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11日に、循環器クリニック受診(心臓弁膜症 その3)

 血液検査の結果が返ってきていた。先生が、「中性脂肪が高いくらいで、よかったよ」とおっしゃった。ホント、基準値を超えている項目はあるが、患者のわたしの全体の印象としては可もなく不可もなしという感じ(いつもと同じ感じ……)。

 肝臓と骨の異常で増加しやすいというALPはだいたいいつも高めで、今回もそう。これについては副甲状腺の経過観察のため内科で診て貰っていて、今月下旬に半年ぶりの定期検診がある。

 総コレステロールと中性脂肪が高いが、今回はLDLは高くない(すれすれだけれど)。尿素窒素が若干高くて、推算糸球体濾過量(GFR)で調べる慢性腎臓病のステージ(1~5まである)では2。

 2は60~89で、腎障害が存在し、GFRが軽度低下している状態のようで、わたしは65。数字が低いほど重症度が高い。2までは腎臓病とまでは考えなくてよいらしく、わたしは一度も先生からこれについて説明を受けたことはない。

 それよりも、ちょくちょく腎臓結石の下りてくるほうがつらい。

 冠攣縮性狭心症の発作の回数を訊かれた。わたしは前回、心臓弁膜症といわれたことのほうが気にかかっていたので、どの弁が悪くなっているのか、尋ねた。

 わたしは、ネットで調べるまでは心臓の弁のことなど考えたことがなかった。先生は心臓には三尖弁、肺動脈弁、僧帽弁、大動脈弁という4つの弁があると教えてくださった。

 わたしの場合は僧帽弁、三尖弁に異常があるそうだ。その異常には、狭窄症と閉鎖不全(逆流)症があり、その両方があることもあるという知識をネットで仕入れていた。が、先生が「心配要らないよ、大丈夫、大丈夫」とおっしゃるので、さらに突っ込んだことは訊きそびれてしまった。

 わたしの心臓には頻脈性不整脈と攣縮性狭心症のほかに、僧帽弁疾患と三尖弁疾患があるということはわかった。ネットの専門サイトに、三尖弁疾患は大部分が僧帽弁疾患に合併して発症するとあった。

 わたしは心配しているというより、知識欲から知りたいという気持ちのほうが強かったのだけれど。何より、一日中繰り返し起きたブクブクという泡が立つような(ふうに感じられた)不整脈が弁膜症と関係があるかどうか知りたかった。

 先生は弁膜症とは関係がないと思うとおっしゃった。様子を見ていていいそうだ。そういわれて、凄く複雑な気持ちになった。ブクブクが起きると、めまいがしたり、血の気が引いたりして、困るからだ。そんな日はほぼ一日、したいことができずに終わったりする。

 診察時に先生は「Nさん元気だねー!」とか「心配ない、心配ない」とおっしゃることが多いので、単純なわたしは受診すると、健康優良児になった気分になり、朗らかな気持ちで病院をあとにする。

 しかし、健康優良オバさん……それは日頃のわたしの実態とはかけ離れたイメージであるので、そのうち、訊きたいことを充分に訊けなかった不満足感へと変わっていく。ウォーキングにドクターストップがかかる健康優良オバさんって、何なの?

 昔バレーボールをしていたくらいだもの、そのときの先輩や友人が今もマラソン大会に出ているように、わたしだって出たい。倹約して乗馬やりたい(教習所感覚のクレインだとそれも可能だろう)。

 前に、先生の忠告を無視して少しの間やってみたウォーキングは楽しかった!(が、疲れて一日寝ていることが多く、結果的に続かなかった)。と馬鹿な愚痴。こうしてブログや電子書籍作りを楽しくできるありがたさも忘れて……何たる恩知らず! 

 近くで火事が起きたり、電子書籍に熱中しすぎたり……ということがあって、そのストレスから来たものだったのだろうか。次回の受診日まで、同じようにまる一日、ブクブクが繰り返し起きる日があるかどうか、注意しておこうと思う。

 ドライアイに点眼薬を出していただいた。以下は今日出していただいた薬。

心臓の薬

  • インデラル錠10㎎……3錠(1日分/毎食後)×40日分
  • ジルチアゼム塩酸塩徐放カプセル100㎎(先発品ヘルベッサー)……2Cap(1日分/朝・夕食後)×40日分
  • ニコランジル錠5㎎「サワイ」(先発品シグマート)……3錠(1日分/朝・夕食後)×40日分
  • 一硝酸イソソルビド錠錠20㎎「タイヨー」(先発品アイトロール)……2錠(1日分/朝・夕食後)×40日分

喘息の薬

  • フルタイド200ディスカス……1個

逆流性食道炎の薬

  • ランソプラゾールOD錠15㎎「サワイ」(先発品タケプロン)……1錠(1日分/朝食後)×40日分

ドライアイの薬

  • ヒアレイン点眼薬0.1%……2瓶

 ほとんどの薬をジェネリックに替えて貰ったお陰で、ずいぶん薬代が安くなった。薬代4,280円なり。

 冠攣縮性狭心症の発作時に使うミオコールスプレーはまだあるので、出して貰わなかった。

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短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます! 

 また、買ってくださったかたがあり、感激しています。

 サンプルをダウンロードできます。
  ↓

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2013年3月10日 (日)

短編児童小説『病院で』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『病院で』のお買い上げ、ありがとうございます!

 今日もまだフラフラしていた一日でしたが(めまいで)、またお買い上げくださったかたがあって……ポパイのほうれん草みたいで……元気が出ました。

 とうとう循環器クリニックに行きそびれた一週間でした。月曜日は行って、弁膜症というのはどの弁が悪くなったのか、前回の受診時に訊きそびれたことを質問したり、不整脈やめまいのことをお話ししたりしたいと思います。

 変な不整脈はこの1ヶ月、よく起きました。そのせいで、貧血を起こしたみたいに(これまで一度も貧血といわれたことはありません)、血の気が引いた感じになるのです。困ります。

 不安定な気候ですので、当ブログをご訪問くださったあなた様も、どうかご自愛くださいますよう。

 

 

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2013年3月 8日 (金)

短編児童小説『卵の正体』のお買い上げ、ありがとうございます!

 短編児童小説『卵の正体』をお買い上げいただき、ありがとうございます。

 体調がパッとせず、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』の電子書籍化作業どころか、薬がなくなってきたのに、循環器クリニックにも行けていない始末。

 でも、本を買ってくださるかたがあると、元気が湧いてきます……!

  話題は変わりますが、アクセス解析を見たら、昨日・今日とアクセス数がかなり多くなっていました。昨日のユニーク訪問者数が765人。普段は200人ぐらいです(この訪問者数は、あるこぢんまりとした図書館の訪問数と同じぐらいだと知りました)。

 村上春樹の記事のときのように、何千という単位ではありませんが、普段より多いとぎょっとしてしまいます。以下の記事でアクセスが増えているようです。

 またまた話題が変わりますが、WBC 2次ラウンド、日本vs台湾。

 日本、危うし! 1点差。息子が会社帰りらしくて、電車に乗り継ぎの合間なんかに娘にちょくちょく電話をかけてきて、情報を求めています。わー、追いつきました!  さあ、どうなる? 興奮してめまいがしてきたわ。とりあえず、この記事、アップしておきます。

 追記:日本勝ちましたね!

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2013年3月 7日 (木)

只今、国会中継中。海江田万里も、細野豪志も、もはや何をいっているのか、わからない。

 只今、国会中継中。衆院予算委。

 民主党の海江田万里、もはや何をいっているのか、わからない。

 第2次安倍内閣は、2012年(平成24年)12月26日にスタートしたばかり。海江田氏ばかりではない、民主党議員はそれまでの3年間、政権を担っていたという自覚に欠けているとしか思えない。

 民主党議員は、自分たちが如何によいことをしてきたかという抽象的なアピールに終始した質問内容で、貴重な国会の時間を無駄にしている。

 第2次安倍内閣は、喫緊の課題を山ほど抱えて緊迫感の直中にあり、具体的な事柄を詰めようとしているのに、民主党議員は小学生並の質問で邪魔をするのだ。

 昔から国会中継をよく視聴してきたわたしの目に、ベテランの自民党議員は以前より成熟を感じさせる。野党に甘んじなければならなかった3年間、よく勉強していたのだろう。頑張ってほしい。

 民主党議員は揚げ足取りばかりやっていないで、もっと勉強して総合力、バランス感覚を養ってほしいものだ。一部分しか見えていない民主党議員が多すぎる。

 質問者は細野豪志に移ったが、またしても稚拙な抽象論。予算委員会という場で、何やっているのだろう。

 日本がぼろぼろになった3年間、政権を担っていたのは民主党の彼らではなかったのか? まるで、ずっと自民党が与党だったかのような否定、非難はそのまま自分たちに向けるべきものだと思うが。

 それにしても、ひどい。喧嘩をふっかけに来たかのよう。それでも、安倍首相は誠実に、上品に応じている。

 国会の質をとことん低下させてくれる彼らの正体はナンだ?  ここまでくると、それが目的ではないかと思わされるほどだ。

 優れた野党の存在は必要である。今のままの彼らでは、到底その役割は果たせない。

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2013年3月 6日 (水)

童話『マドレーヌとわたし』がアメリカかインドで売れました!

 評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』を電子書籍化していたのですが、疲れたので、すっかり順位の落ちたに違いない子供たち(これまでに出した6冊のKindle本)を見に行きました。

「文学・評論」のジャンルが変で、同じ作品が何度か出てきたりして……不具合なのか、疲れているわたしの目が変なのか。

『田中さんちにやってきたペガサス』を買ってくださったかたが2人ありましたが、それ以降は売れず、売れることを期待してはいけないわねと思いかけていたところでした。

 売れる売れない、あるいはランキングの順位などが気になり出すと、気が変になりそうで、一種のギャンブル中毒になりそうです。

 自分の作品が埋もれてしまうのは仕方がないとしても、優れた哲学や文学の著作がアダルトやエンター系の中であっぷあっぷしているのを見ると、本当におかしくなりそうでした。

 で、初心を忘れないようにしなければと思い、第一にはよりよき保管を求めた結果が作品の電子書籍化だったのだからと、その作業に集中することにしました。

 でも、今日はもう寝ることにし(といっても、もう朝ですが)、その前に、本の順位がどれもなぜかいつもと違う気がしたので、念のために売れたかどうかを確認しておこうと思いました。

 やはり売れていないわね、と思いつつ、何気なく、他の国のAmazonを見たところ、『マドレーヌとわたし』が「Amazon.com(インドを含む)」で1冊売れているではありませんか! 海外でも販売はしていましたが、実は売れるとは想像していませんでした。 

 アメリカにお住まいのかたかインドにお住まいのかたかは存じませんが、ありがとうございます。

 そういえば、一昨日くらいから、『マドレーヌとわたし』の著者表記がなぜかローマ字表記になってしまっています。ググってみたところ、同様の現象は時々発生しているようです。KDPに日本語表記に戻してほしいとお願いしたのですが、まだ直っていません。海外のKindleストアでは勿論、ローマ字表記でないと困るわけですが。

 本の登録のときに、タイトルをローマ字で書くようになっているところは、テキトーに英訳して、その英語タイトルを登録することにし、既にローマ字で登録していた本も、全部英語タイトルにしました。『マドレーヌとわたし』も海外では英語表記となっています。

 海外でも買ってくださるかたがあると思えば、英語タイトルにする意味もあるような気がします。英語版を売ってみたいなあ。わたしの作品は、日本ではもう売れないような気がするのです。息子と息子の女友達に期待したいところですが、なかなか難しいでしょうね。

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2013年3月 5日 (火)

絶品、油揚げ~!

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 娘が、会社の同僚から揚げ立ての油揚げを貰ってきました。その同僚の知人宅がお豆腐屋さんだということです。

 こんがり焼いて、ワサビ醤油でいただいたら……これは……絶品油揚げでした!

 中身が詰まっていて、油揚げが薄切りにした豆腐を揚げたものだということを、思い出させました。

 あまりに美味しいので、買えないか、娘に訊いて貰うことにしました。

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胸の圧迫感にスプレー1回(総噴霧回数36回)。Kindleストアが蚤の市に見えてきた。

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 今日、循環器クリニックに行く予定だった。

 が、朝から心臓の具合がパッとせず、ぐずくずしていた。スプレーを使って、胸の圧迫感が何とか消えても、気分が優れず、出かけたくない。

 
 午後から行くか、明日か明後日に延ばすか、迷うところ。

 病院の待合室がお年寄りの憩いの場となっていて、風邪をひいた誰それさんが来ていない――といった揶揄が流行ったことがあった。

 今のわたしも同じことをしており、逆のいいかたをすれば、体調のよいときでないと病院にも行けないくらい、体力がなくなっている。

 病院を《憩いの場》とする病気のお年寄りは普段、急性の病気のために病院に行く健康な人とは違う目的で病院に通っている。定期検診か、継続的な治療のためだ。それが、生命の維持、そして体を動かして生活していくためには、もはや欠かせない行為となっている。

 お年寄りだって、命に関わる急性の病気にかかったと思えば、体調が悪くても病院に行くのだろうが、そうでもないと思えば、別の日に行く。体調の悪い動物がじっとうずくまっているように、じっとして体力の回復を待つのだ。

 患者数の多い病院では、待つのも一仕事だ。仕事を増やしたくない。体力の消耗を防ぐために、必要以外のことはやりたくない。前回の受診時も、こんな風に循環器クリニックの受診をぐすぐず延ばした挙げ句、整形外科の定期検診をうっかりしてしまった!

 変な不整脈が増えていて、そのことを先生に訴えたいが、もしそれを改善する薬がないとしたら、つらい。そう思うと、ますます行きたくなくなる。こんな状況下で、最終的に宗教や民間医療に走ったりする人々も出てくるのだろう。

 わたしは神秘主義者だから、もうこれ以上何かには走れない。宗教の先にまで走ってしまったのだ。神智学では、病気のときはまずよい医者を見つけてかかることを勧める。

 その通りにしてきて、この世をいつ卒業できるのかは知らないが、あとはもうそれを待つばかり。一旦卒業できたとしても、どうせまたいずれ下りて来なくてはなるまい。あまり芳しくなかった今回のチャレンジだったようにも思う。

 ところで、わたしにはKindleストアが蚤の市に見えてきた。その蚤の市では、アダルトとエンター系が大半を占める。素人のその系統のものも多いが、出版社がそうしたジャンルのものを中心にKindleストアに送り込んでくるからだろう。

 先日読んだKindle本『本を殺したのは、無能編集者である』(赤羽建美著)に、彼らには良心というものがなく、儲けさえすればいいと考えているとあったが、有名出版社のアダルト シリーズがジャンルを構わず、のさばっているのを見ると、本当にそう思えてくる。「アダルト」というジャンルがちゃんとあるというのに。

 子供だってKindleストアをのぞくことがあるだろうに、問題ではないだろうか。

 神秘主義者として何より、人間の欲望を肥大させる方向へと社会のベクトルが向いているこのような傾向に、危機感を覚える。欲望は高級性質とは相容れない性質のもので、死後、人間がデヴァチャン(天国)に行こうとするとき、大いに邪魔をする。

 浮かばれない人口(いや霊口というべきか)が増えすぎると、あの世のボランティアは困るのだ、ホント。

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2013年3月 4日 (月)

まあー、やだ!

B氏が、沢山単行本を出していたらしくて、それがKindleストアに流れ込んできているじゃないの!

あの作品は、確か、送ってくれたやつだわ。

わたしの批評に怒って、以来絶縁状態。

B氏の本がわたしの本の前にいたり、たまには後ろにいたりして……神経に障らないでもないけれど、頑張っているんだと思うと、やっぱり先輩だし、なんか嬉しいかな。

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2013年3月 3日 (日)

赤羽建美著『本を殺したのは、無能編集者である』(Kindle本)を読んで

 以下、ネタバレ部分を含みます。

 神秘主義はときに唯物主義との非難を浴びることがある。それは、霊は物質である、という考えかたをするためなのだが、神秘主義の場合、霊と物質は一体と考えるためで、物質は霊である、ともいう。

 神秘主義者は、日々の暮らしの中で、今住んでいる世界にはもっと精妙な世界が重なって存在していること、また自分の中で、その精妙な世界に呼応する性質のものが働いていることを感じとっているため、上記定義は、自明の理と感じられるのだ。

 著者は、本は物である、という。著者のいう「物」とは、例えば消耗品といった物の一面を意味する言葉ではない。生命を秘めた、一個の「物」なのだ。前掲の神秘主義的定義を連想してしまうほど、著者の「物」は奥行きのある言葉であり、読み進むにつれ、「物」が生命と尊厳を宿したものであるように感じられてくる。

雑誌というものは生き物である。生まれた人間が死ぬように雑誌もいつか死ぬ。そして、幸いにも恵まれた人生を送る人とそうでない人がいるように、雑誌にも多くの人たちから愛されて幸福な時間を経験できる物とそうでない物がある」と著者は書く。「物霊」という小見出しまで飛び出す。

 この著作は、本をモチーフとした文化論、愛情論といってもよい。本と読者に対する愛情が今の編集者には欠けており、その狭量で偏向的な態度が本を殺しただけでなく、物や人に対する欠陥のある態度を文化として発信するという間違いを犯している……とわたしは解釈した。

 以下の著者の言葉はわたしを怯えさせる。

本は内容であると言いながら、部数至上主義を信奉し、言い訳として「いい内容だからこの本は数多く売れた」「数多く売れる本は内容がいい」と言って来たご都合主義の人たち。彼等がデジタルの世界を跋扈するようになったら、今度は電子書籍が殺されてしまう。

  わたしは、そのような御都合主義の人々から逃れて電子書籍の森へやって来た小動物である。でも、既に、生命が脅かされる危険を感じ始めている……。

 対談編における、ベストセラーについてのX氏の言葉「ベストセラーになるのは、読書好きでない人たちも買うからで、それはそれで凄いのは認めます」と同じことは、書店勤務の娘もいっていた。ベストセラーになるように掛けられ、外れることも多いらしい。

『本を殺したのは、無能編集者である』というタイトルが示しているように、この著作は出版界における――特に編集者のありかたに焦点を絞った――問題提起の書といえるが、暴露本的な低俗さのない、読書の醍醐味を味あわせてくれる好著である。

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初めて、有料のKindle本を購入 - 赤羽建美『本を殺したのは、無能編集者である』

 青空文庫の無料Kindle本を買うために初めて登録した3,000円のギフト券。

 そこから、初めて以下のKindle本を購入した。サンプルをダウンロードできるので、冒頭部分を読んでみてほしい。これこそ、わたしが知りたかった舞台裏である。そして、冒頭部分で既に、わたしの感じていたことのいくつかが裏付けられた。

 読了後の感想は、書くかどうかわからないが(印象が強すぎて書けない場合もあれば、読んでいる途中でつまらなくなって書く気が失せる場合もある)、目次機能を使ってざっと見たところでは、読み応えはありそう。

 電子書籍とアマゾン・プリント・オン・デマンドのみで発売されている異例の作品だそうだ。

  著者名が、本では赤羽建美になっている。案内では、赤羽達美。本にしるされているほうが正しいのだろう。

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あと2冊、本を出したら、創作に入る予定

 3月になったら創作に入る予定だったが、夏以降の予定を考えると、7・8月は純文学小説『侵入者』の続編、その後は10月末に締め切りの「日田文学」臨時号(まだ参加希望の葉書を出していなかった!)に提出する作品を書かなくてはならないことを考えると、時間がいくらあっても足りない。

 実は、3月に創作したいのは、「鬼の創作道場」に応募するための作品。できたら2編書きたいと思っており、わたしは筆が速いとはいえないから、早くとりかかりすぎるということはない。

 児童文学は、大人の小説を書くときとは別のところで、難しさがある。ましてや、わたしはいささかジャンル違いのところへ、ズーズーしくもまた応募しようとしているのであり……やはり、心惹かれる審査員の先生がたや、掲載作品に出合えるからだろうか。

 だから、一日も早く創作に入りたいと思っていたが、夏以降のことを思えば、評論『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』、歴史エッセー『卑弥呼をめぐる私的考察』を電子書籍にしておきたい。10日までには作業を済ませたい。

 4月には、純文学小説『茜の帳』(付録:エッセー『萬子媛抄』)、『昼下がりのカタルシス』、『詩人の死』くらいは電子書籍にしてしまいたい。

 そして5・6月は、中断中の長編児童小説『不思議な接着剤』をいくらかでも進めたい。

 Kindleストアに出した著作については気にかかるが、今後は時々チェックに行く程度にして(どうせそのうち大量のKindle本の中で埋もれる宿命)、ストアを信頼してお預けしよう。

 あの近くで起きた火事のことを思えば、こうして馴染みの部屋でパソコンを打っていられるなんて、本当にありがたいことなのだ。あの火事で、火元周辺には結構被害があり、住人不在の室がいくつか出ている。なかなか修理に入れない状況にあったりもするようだ。

  憑かれたように立て続けに6冊出した心理には、あの火事の恐怖が潜んでいたような気がする。おかしな不整脈が増えたことが、それに拍車をかけた。

『卑弥呼をめぐる私的考察』は1997年に(旧)「関西文学」、『村上春樹と近年のノーベル文学賞作家たち』は2009年に「日田文学」に掲載していただいた作品で、ずいぶん年月が流れてしまったなあと驚く。

 だが、どちらも、内容的にはまだ有効であると思われる。人間、いつ何があるかわからないことを思えば、この2編はとにかく電子書籍にしておきたいのだ。

 過去、公開していた作品であり、非公開後もこれらの作品に触れることがしばしばあるので、またKDPからパブリックの無断借用ではないかとの問い合わせのメールが届くのかしら。

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2013年3月 1日 (金)

電子書籍の登録時に改めて気づかされる日本人のおかしさ

 Kindleダイレクト・パブリッシングに本を登録するときに選択するカテゴリと、Kindleストアで表示されるジャンルとは同じではなく、ずれを感じることがある。

 カテゴリは二つまで選択できる。

 純文学小説『台風』はフィクションであり、そのうちの文学作品という大きな括りの中で、自然災害に遭遇した家族の物語というものであるので、それにふさわしいカテゴリを探すと、自然災害、その中でも台風をモチーフとしたものであるという点にリンクするカテゴリをどうしても見つけられなかった。

 一つは、フィクション>文学 を選んだ。

 でも、台風を描いたものだという点をどうしてもカテゴリに反映させたかったので、フィクションという大きな括りを離れて、自然災害を選んだ。すると、本の出版後、Kindleストアでは「文学・評論」「科学・テクノロジー」に並んだ。

 「文学・評論」はいいが、「科学・テクノロジー」となると、これは冷や汗ものだ。『台風』を登録するあたりまでは、カテゴリのずれをあまり意識しなかったが、とりあえずは本を完全に「文学・評論」の分野に戻さねばならないと思い、カテゴリの選択をし直した。

 自然災害物という拘りを棄て、

 フィクション>家庭生活

 を選んだ。しかし、この新しいカテゴリの選択がKindleストアでの『台風』のカテゴリに反映するかどうかはわからない。

「文学・評論」には、以下のジャンルがある。

  • 小説・文芸
  • 歴史・時代小説
  • 経済・社会小説
  • ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
  • SF・ホラー・ファンタジー
  • ロマンス
  • エッセー・随筆
  • 詩歌
  • 戯曲・シナリオ

「小説・文芸」「経済・社会小説」あたりに並んでくれたらと思う。

 カテゴリのアメリカ様式には偏りを感じないではない。日本様式のジャンルには感覚的には馴染む。ただ、そこに並んでいる本にはアダルト、エンター系小説の類が何て多いのだろうと驚かされてしまう。

「哲学・思想」というジャンルにまでエロティックなタイトルが当たり前のようにのさばって上位を占めるこの国の人間は、もう脳が冒されているとしか思えない。

 以下は、人文・思想>哲学・思想カテゴリにおける過去30日、人気度で検索した結果(2013年3月2日23時41分)。
 

Kindle20130302_2

 わたしの著作はアダルト系サンドウィッチの具材になっている。

 ちなみに、このページのトップは113件中97件目で、「ニーチェ[超]入門 生きるための哲学」。

 わたしは今、児童文学に一番関心があるので、ライン以下に、本の登録時に並んでいるカテゴリの中から「青少年向けフィクション」に含まれるカテゴリを抜粋、紹介しておきたい。

 そこに並ぶ豊富なカテゴリを見(これは全て青少年向けのフィクションに含まれるものなのだ)、その中の一カテゴリにすぎない「ファンタジー、魔法」に現代日本のフィクション系児童文学作品の大半が収まってしまう現実を考えるとき、日本社会のおかしさを痛感せざるをえない。

 それも日本のファンタジー、魔法物の多くが、古代形成された神話や過去に書かれたファンタジックな物語などから、好みのものを、背景の理解もなしにあちこちから盗ってきて作品に利用するという節操のない手法で書かれた、いわば、何でもありの作風のものが多い。

 アメリカ様式のカテゴリを見ていて思うのは、こまやかに、正確に青少年を見つめ、深く理解し、また薫育したいという意図なしで、これほど多くのカテゴリが存在するとは考えにくいということである。

 そこでは、たとえ空想物であれ、折り目正しさ、学識と教養、大人としての責任が求められている気がする。日本に溢れているのは、空想物というより、妄想物というべきものが多い。

 わたしの400字詰換算20枚程度の童話『マドレーヌとわたし』のカテゴリを選ぶ際、一つは「ベッドタイム・夢」を選択した。「ベッドタイム・夢」がもう一つ、「キリスト教徒」という括りの中にも存在する。

 ここで種明かしをするのもナンだが、以前からわたしのブログに来てくださっている方々は、わたしがマグダラのマリア、フランスの呼びかたで、マリー・マドレーヌのリサーチを続けていることをご存知だと思う。

『マドレーヌとわたし』は、キリスト教徒という括りには入らないが、神秘主義者という括りに入る「ベッドタイム・夢」だった。作者としてわたしはマドレーヌに、黒い聖母像の象徴性を持たせたかった。

 そして、主人公のかすみは、自覚はないが、子供でありながら、その象徴性を感じとれるだけの感性の持ち主であり、一個の神秘主義者なのだ。子供時代のわたしがそうであったように。尤も、わたしは前世修行者として死んだというと自覚があり、瞑想の習慣があったくらいだから、自覚があったといえるが……。

 一方では、マドレーヌか主人公かのどちらかが死んでしまった、あるいは不具になってしまった困惑と悲しみ、それでもなお消え去らない何かを表現しようとしたものだった。詩人と呼んでいた女友達をマドレーヌに重ねていた。

 勿論それが読者にそっくり伝わるはずもないが(そもそも、そんな書きかたをしていない)、ムードとして、ほのかにでも伝わらないだろうか――という期待も、無造作なジャンル分けの前には(今の日本ではそれで事足りるのだ)、四散してしまうものがある。

 本の登録時点では、わたしはあの作品に籠めた神秘主義的な意味合いに拘るとするなら、「青少年向けフィクション」から離れて「神秘主義」か「グノーシス主義」、あるいは「神知学」、「マリア論」なんかを選んでもよかった。少なくとも、それに応えるだけのカテゴリが用意されている。

 が、それが日本式に変換されれば、結局のところ、「絵本・児童書」の中の「読み物」に日本式ファンタジーと一緒に振りわけられるだけのことなのだ。

 ライン以下に、「青少年向けフィクション」に含まれるカテゴリ一覧を抜粋。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆ 

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『365日のおかずと献立』より「豚肉とトマトの煮込み」

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 新婚時代に買った料理の本「365日のおかずと献立』(主婦の友社)は、今も利用しています。子供たちが小さい頃、紙を破る楽しみを覚えた頃に、既に奥付は破れてしまっていて、発行年がわかりません。

 Amazonで検索してみましたが、中古も出て来ませんでした。同じ主婦の友社の類似した本はありましたが。

 このレシピでは、仕上げにウイスキーを振りかけるようになっています。昔はよく夫の会社の人たちが家に遊びに来たり、誰や彼やとよくお客さんがあったので、家にちょくちょくウィスキーがありました。夫は元々ウィスキーはそれほど好まず、ビールと焼酎が好きなので、今、ウイスキーが家にあることはめったにありません。

 夫も、ウイスキーが嫌いな娘も、これには断然入れたほうがいいといいます。それで、ウイスキーの小瓶を買います。料理用に、ミニチュアのお酒を何種類か揃えておくと、重宝しますよね。

 Amazonで検索したところでは、サントリー オールド700mL が1,510円。狸と呼んで大学時代にありかたがって呑んだオールドも、安くなったものですね。それに、見たことも聴いたこともなかったような、格好いい洋酒がいっぱい。

 お酒を飲まなくなってから、素敵なお酒が沢山やってくるなんて……。久しぶりにお酒をいろいろ目にすると、どんな味なんだろうと興味が湧きます。

   ↑
 こういうの、家計に余裕があれば、ちょっと飾ってみたい気がします。

 で、わたしは豚こまで作りましたが、とても美味しいので、前掲の本から「豚肉とトマトの煮込み」のレシピをご紹介。

[材料・4人分]

  • 豚ロース薄切り肉……200g
  • トマト(赤く熟したもの)……2個
  • 玉ねぎ……1個
  • 生しいたけ……3~4個
  • にんにく……1かけ
  • さやいんげん……8本
  • スープ……1カップ
  • ウイスキー……大さじ2

[作り方]

  1. 豚肉は長さを三つぐらいに切り、軽く塩、こしょうして、小麦粉を薄くつける。
  2. トマトは熱湯に30秒ほど浸し、すぐ冷水にとって皮をむき、くし形に切る。いんげんはゆでて3㎝ぐらいに切り、玉ねぎ、しいたけは薄切りにする。
  3. にんにくをつぶし、油大さじ3を熱して豚肉といっしょにいため、玉ねぎ、トマトを加えていため合わせ、スープ、しょうゆ大さじ4、砂糖大さじ2を加えてしいたけを入れ、9分ぐらい煮る。
  4. 材料に味がなじんだらウイスキーを振りかけ、塩、こしょうで調味して、仕上げにいんげんを散らす。

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